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ドラゴンフライ  作者: マサラ
最終章 第二幕 東京 暮葉ドームライブ編
184/284

第百八十三話 回天之力(中田戦⑨)

 2048年2月某邸宅寝室


「やあ(たつ)、こんばんは」


「あ、パパ。

 うす。

 今日はどんなお話になるの?」


「今日は絶招経についての話が中心だね」


「絶招経ってアレでしょ?

 パパが怒れなくなった原因の。

 あの(スーパー)ベジタ人みたいになるやつ」


 (たつ)の言ってる超ベジタ人って言うのは漫画タイガーボールで出て来る形態の事だ。


 この状態になると髪の毛が金色に逆立って物凄く強くなるんだ。

 そう言えば後半はこの状態になる奴がボコボコ出て来たなあ。


 確かに絶招経を発動した僕は超ベジタ人みたいな感じだったかな?

 流石に髪の毛は逆立っては無かったけど。


「ウフフ。

 そうだね」


「昨日の最後で使うかどうか考えていたよね?

 でも大丈夫なの?

 それ使ったら感情が無くなっちゃうんじゃ無かったっけ?」


「そうだね。

 人間の持つ感情をエネルギーにして超絶パワーを得る。

 それも絶招経の()()()()()()


「一面?

 パパ、ヘンな言い方するね」


「ウフフ。

 その事も今日の話の中心になるよ」


「へーっ」


「さぁ今日も始めて行くよ」



 ###

 ###



 使うか?



 絶招経を。



 もう切れるカードはこれしか無い。

 絶招経で得る超絶パワーとそれにガレアのパワーを合わせて中田の力を上回り圧倒的力でゴリ押す。


 雑でシンプルな力押し。

 作戦とも呼べない程、単純な物。


 しかし……

 使って良いものだろうか?


 絶招経は他の追随を許さない程の超絶パワーを得る代わりに大きなリスクがある。

 そのリスクとは…………



 感情の欠損。



 僕は今、絶招経の弊害で怒れなくなっている。

 怒りの感情が欠損してしまったんだ。


 しかもこれは状況からの推測でしかない。

 確定では無いんだ。


 その理由は前例が無いから。

 少なくとも同年代で絶招経を使用したのは僕だけだから。


 僕の年代だけじゃない。

 兄さんの世代も父さんの世代もお爺ちゃんの世代だって。


 使用した例が一つも無い。

 使用した話があるのは魔力注入(インジェクト)を編み出した頭の残念な武道家だけ。


 ■絶招経


 静岡決戦時に竜司が発動させた魔力注入(インジェクト)の究極形態。

 ガレアから大魔力注入(ビッグインジェクト)を遥かに超える超々極濃魔力を捻出し、体内に取り込み、保持(レテンション)を重ね掛けする事で発動させる。

 恐ろしく超濃密な魔力を更に保持(レテンション)をかけ、体内に封じ込める。

 竜司曰く“体内に小型の太陽が内在している様”だと。

 その小型太陽から発揮される効果は凄まじく、成人男性を一撃で成層圏近くまで弾き飛ばし、本人も1跳びで同高度まで到達する程。

 他にタキサイキア現象下でも通常通り行動可能など様々な現象を引き起こす。

 この絶招経は当初、最大魔力注入(マックスインジェクト)と呼称していたが竜司の祖父、皇源蔵の話から絶招経では無いかと言われ竜司もその名前が気に入り、改名。

 通常の魔力注入(インジェクト)を大きく逸脱する効果を得られる絶招経だがリスクが存在する。

 それは感情の欠損。

 自身の感情を代償に人智を超えた力を手に入れると考えられている。

 この絶招経には謎の点が多い。

 何分、前例がほぼゼロに等しい為、確定している事もほぼゼロなのである。

 使用例も魔力注入(インジェクト)の雛型を発案した中国の武術家のみ。

 何故、使用者が居ないのか?

 竜河岸であれば魔力の持つ毒性は周知の事実だからだ。

 この武術家も竜河岸ではあったのだが、力だけを追い求める少々頭が残念な人物だった為、絶招経の概要などは不明なのだ。

 名前などが何故知れ渡っているかと言うとその残念な武術家が高らかに名前を叫びながら辺りを破壊し尽くしていたからである。

 目撃した人の伝聞でそれが色んな人に伝わっているせいか祖父の言っている事も不明な点が多い。

 “絶招経とは魔力の注入が青天井”。

 この言葉の意味する所も未だ不明。


 参照話:百二十九~百三十話、百三十二~三十三話、百五十一話。


〖…………(ぬし)はん………………

 まだやりはるんどすか……?〗


 神妙な面持ちで久久能智(ククノチ)がようやく重い口を開いた。

 様子から中田の超順応に参ってるんだろう。


「う……

 うん……」


〖正直、うちの力であんバケモン捕らえられる気がしませんわ……

 多分どんだけ込める(かて)増やしても即対応して来ます……〗


〖わっちも…………

 楼主(ろうしゅ)はんの願いはとても叶えられる気がしんせん……〗


 久久能智(ククノチ)が口を開いたのにつられ水虬(ミヅチ)も口を開き、心情を吐露する。


 願いと言うのは中田を殺さずに捕えるって事だろう。

 どんな力を持ってしても超順応で即対応してくる中田を捕えるなんて物凄く甘い考えなのかも知れない。


 殺すのを前提で考えれば単純な話。


 中田の身体を覆う程の範囲で硫酸の豪雨を降らせ、溶かし切ってしまえば良い。

 超順応も間に合わない程の勢いで降らせれば可能だろう。


 だけど…………


「うん、二人の気持ちは物凄く解るよ……

 けど……

 本当に小さな可能性だけど……

 もしかして殺さずに捕える事が出来るかも……

 知れない」


〖ホンマどすか?〗


〖本当でありんすか?〗


「うん……

 でも進化した中田を捕えるとなると……

 多分……

 かなり……

 物凄く無惨で残酷な形になるだろうけど……

 僕の予想では辛うじて生きてると思うんだ」


(ぬし)はん、もったいつけんと早う話してくんなはれ〗


「うん……

 それは……」


 僕は話した。

 最後の切り札、絶招経について。


 僕の作戦は絶招経を発動させて、その力で中田の身体を削って行く。

 超スピードで削って行く。


 超順応を使う暇も与えない。

 削る場所が生身だろうと受憎腕部分だろうと関係ない。


 ガンガン攻撃を仕掛け、ガンガン削って行く。

 物理的に行動不能になるまで。


 僕の予想では顔と胸部の1部分。

 そこだけを残し、他を削ってしまえばさしもの中田も止まると思うんだ。


 いくら大量の材料を吸収出来ると言っても物理的に格納場所が無ければ意味が無いだろうし。


 これが作戦の概要。

 絶招経の超絶パワー頼みの雑なゴリゴリの力押しと言う事も話す。


〖何や。

 そないな事出来たんどすか?

 なら何でさっさとやらんの?〗


 軽く言う久久能智(ククノチ)


 いや、お前見てるだろ?

 大震災の時に。

 そうそう簡単にポンポン使える物じゃ無いんだよ。


「そう簡単に使えるもんじゃ無いんだよ。

 使うと僕の感情……」


 ここでふと過る感覚。

 それは違和感。

 僕の中で過った違和感。



 それは僕の中の感情の数。



 今まで絶招経は3回使用した。


 初めて使用した時と呼炎灼(こえんしゃく)戦。

 そして大震災の時だ。


 もし絶招経が感情を欠損する術であるなら、僕は3つの感情を欠損している事になる。


 だけど大震災以降僕の中で感情に関して新しい違和感が産まれた事は無い。

 僕が怒れなくなった事は入院した時、すぐに気付いたのに。


 もちろん感情なんて常に全部使用している訳じゃ無い。

 もしかして使用していない感情が無くなってる可能性もある。


 失う物が感情と言う目に見えないものである事と前例がほぼゼロに近い為、真偽の確かめ様が無い。


〖ん?

 (ぬし)はん、どないしはりましたんや?

 何や言いかけた思たら黙りこくってからに〗


「いや……

 絶招経ってね。

 物凄いパワーを得る代わりに感情を失うんだよ」


〖へえ……

 さよですか?

 ほんだら(ぬし)はん、今なんか感情が無いんでっか?〗


「うん……

 僕は今、怒れないんだ。

 状況でしか判断できないけど多分、絶招経の弊害で僕は怒れなくなってると思う……」


〖へえ……

 そらおいそれとは使えまへんなぁ……

 だから怖気付いて考えとったって事どすか?〗


 相変わらずズケズケ言って来る久久能智(ククノチ)

 怖気付いたって何だよ。


「いや、そうじゃないよ。

 話している内に違和感が浮かんだんだ」


〖へえ、その違和感って何でんの?〗


「数が合わないんだよ。

 僕は今まで絶招経を3回使ったんだけど、欠損してる感情は怒りだけなんだ。

 もちろん他の使って無い感情が欠損してるかもしれないんだけどね」


〖ふうん……

 数ねぇ……

 何かその3回で違いとはありまへんの?〗


 違い。


 違いかぁ…………

 最初に使った時は……


 確か暮葉が襲われそうになって……

 その時は辰砂の気化水銀(ヴァブール)の毒で動く事が出来なくて……


 死の危険も出て来て一心不乱に使ったんだ…………


 それで……

 2回目は……


 兄さんが呼炎灼(こえんしゃく)にやられて……

 僕がキレて……

 使ったんだ…………


 それで……

 僕はキレてたから絶招経の上から暮葉の魔力ブーストをかけたんだ……


 3回目は……


 横浜の地震で……

 津波が来る時……


 精霊達に与える(かて)を変質させる為に使ったんだ。


 結果上手く行って大量のテトラポットを生成して……

 被害を最小限に抑える事が出来た。


 3回目使う時は怖かったな。

 この時は絶招経の弊害が感情の欠損である疑惑があったから。


 こんな感じか……


 違い……

 違い……



 あれ?



 僕は1つ気付いた事がある。

 それは怒りの感情が欠損したタイミング。


 一体いつ感情が欠損したのか?


 少なくとも1回目では無い。

 何故なら2回目使用する時に僕はキレていたから。

 そして3回目の段階で僕は怒れない事に気付いていた。


 けど、震災時から今まで感情面で新しい違和感は無い。


 どう言う事だろう?

 やはり失った感情の種類が違うのだろうか?


 もちろんその可能性は捨て切れないが、何か……

 何か決定的に違う点がある気がする。

 1,3回目と2回目との差。



 あ



 気付いた。

 1,3回目と2回目との決定的な差。


 それは…………



 魔力ブースト。



 そう、暮葉の魔力ブーストだ。

 絶招経にブーストをかけたから怒りの感情が欠損した。


 こう考えて見たらどうだろう?


 もちろん全て憶測、推測の域を出ない。

 確定した事は何も無い。


 けどこれは光明かも。

 未ブーストで絶招経を使用すれば特に副作用、弊害の類は発生しないのかも知れないから。


 確定した訳では無い。


 だけど最悪のケースとして考えられるのは絶招経で魔力ブーストを使用すれば主感情。

 いわゆる喜怒哀楽に代表される様な感情が欠損。


 ブーストをかけずに絶招経を発動させたら普段あまり表に出ない言わば副感情が欠損。


 やはりあれ程、常軌を逸した力を何の代償も無く得られるモノでは無い。

 となると今挙げたケースを念頭に置いて考えた方が良さそうだ。


 今解る感情の欠損は怒りだけ。

 となると暮葉の居ない今なら絶招経を発動させてもすぐに目立った違和感を感じる事は無いだろう。


「……三人共……

 大体理論は立てた……

 多分今なら絶招経を発動させても特に目立った問題は出ない筈だ……」


〖さよですか。

 ホンマに大丈夫どすか?〗


楼主(ろうしゅ)はん……

 あまり自分の身を犠牲にする様な事は避けて欲しいでありんす……〗


 各精霊達もめいめい僕の事を心配してくれている。

 感情が無くなるなんて言われたら当然か。


「う~ん……

 まぁこの絶招経については本当に解ってる事って少ないから……

 正直どうなるかは解らないんだ……

 でも……

 今の中田に対抗する為には絶招経を使わないと多分どうしようもない…………

 だから……

 ガレアッッ!」


【何だよ……

 急にデカい声出しやがって……】


 心なしか元気が無い。

 自分のスピードに追い付かれた事がそんなにショックだったんだろうか?


「ガレア……

 凹む気持ちも解らなくは無いけど……

 まだやれる事はあるんだ……」


【そうなのか……?】


「あぁそうだ……

 絶招経ィィッッッ!!

 行くぞォォォォォォォォッッ!

 ガレアァァァァァッァァァッッッ!

 大量のォッッ!!

 ありったけのっっ!!

 魔力を僕によこせェェェェェェェェッッ!」


 僕は気合を入れて叫び、身構える。


 これで四回目の使用。

 声を発する事で気持ちを作ったんだ。


 ムンニョォォォォォォッッ…………


 ガレアの背中から見た事ある超特大魔力球が()り出て来る。


 周囲は白緑色。

 そこから中心の常盤色(ときわいろ)に向かってグラデーションを描いている。


 その特大魔力球の中は夥しい数の小さな光る粒子がチリチリと忙しなく動いている。


 これだ。

 これを取り込んで落ち着くまで保持(レテンション)をかけ続ける。

 これが絶招経の発動手順。


 それにしても……


 やはり……

 デカい……


 いつも見ている魔力球よりも遥かにデカい。

 ガレアの巨体よりデカい。


 少し躊躇してしまう程の大きさ。


 でも……

 これを取り込まないと絶招経は発動出来ない。


 スッ


 僕はその恐ろしく巨大な翠色の球体に向かってゆっくり手を伸ばす。


 ピトッ


 手が触れた。


 シュオォォォォォォォッッッ!


 見る見るうちに吸い込まれて行く超特大魔力球。

 全て吸い込んだ。


 バァァァッッンッッッ!!


 巨大な爆竹の様な破裂音。

 破裂音と共に浮かび上がる身体。


 これは心臓の高鳴り。

 もう一度言う、心臓の高鳴りなんだ。


 身体が浮かび上がる程の高鳴りとはどれだけ。


 熱い。

 身体が熱い。


 内側から焼き尽くされる様だ。

 この太陽を取り込んだかの感覚。


 そうだ。

 この感覚だ。


 ここから……


 保持(レテンション)ッッ!


 ガガガシュガシュガシュガガガシュガシュッッ!


 まだだ!

 まだ感覚は変わらない!


 保持(レテンション)ッッッ!


 ガガガシュガシュガシュガガガシュガシュッッ!


 熱い!

 まだか!?

 身体が灼けてしまう!


 保持(レテンション)ッッ!


 ガガガシュガシュガシュガガガシュガシュッッ!


 クソォォッ!!

 し……

 ず……

 ま……

 れェェェェェッッッ!!


 保持(レテンション)ッッッ!


 ガガガシュガシュガシュガガガシュガシュッッ!


 保持(レテンション)ッッ!


 ガガガシュガシュガシュガガガシュガシュッッ!


 ガガガシュガシュガシュガガガシュガシュッッ!


 どうだッッ!?


 ……………………


 感覚が変わった。

 身体を蝕んでいた灼ける様な熱さは身体の中心に収束濃縮されて封じ込められた様な感触がする。


 熱さは放っているが身体を焼く程では無い。

 母親の掌の様な暖かさ。

 それでいて力強くドクンドクンと胎動している。


「……おっと」


 ビュオオオオオオオッッッ!


 突風が吹いている。

 僕を中心に吹いている。


 体内に気を取られ、現状確認を忘れていた。


 僕は今浮いている。

 体内から激しい突風が吹き荒れて持ち上げてる為だ。


 これは魔力風。

 いや、体内に封じ込めた超大魔力塊から漏れ出ている余剰風だ。


 確か……

 この風を体内に吹く様イメージすれば……


 ピタリ


 風が止んだ。


 ストッ


 僕は軽く着地。


【おっ?

 竜司、お前またタイガーボール状態になったのかよ】


 多分、ガレアはイメージしてるのは超ベジタ人の事だろう。


「うん……

 もう僕が出来る事はこれぐらいしか無いからね」


〖それって前に(ぬし)はんが津波止める為にやったやつどすなぁ。

 それって(かて)の質を変えるモンじゃなかったんどすか?〗


「もちろんその使い方も出来るけど本来は術者の力を飛躍させる術なんだ」


〖へえ……

 いつも使こてるあの術とは違いますのんか?

 確か起動(アクティベート)言うてよう叫んでますけんど〗


「うん、その術は魔力注入(インジェクト)って言ってね。

 身体にまりょ……

 (かて)を取り込んで身体強化出来るんだ。

 それで良く僕が叫んでる起動(アクティベート)って三則って言う魔力注入(インジェクト)を扱う上で基本の型の様なものだよ。

 (かて)ってさっきも言ったけど人体には物凄く毒だからね。

 三則を使用しないと毒に侵されちゃうんだ。

 まあ起動(アクティベート)って言うのは(かて)を爆発させて効果を倍増させるものだけど」


〖へえ……

 それって人間共が考えたもんどすか?〗


「うん、そうだよ」


〖人間っちゅうもんは昔っから知恵こねくり回して色んな事しはりまんなぁ。

 ほんじゃあ、今やったのはその身体強化の凄いやつって事どすか?〗


「うん、絶招経って言ってね。

 この名前はお爺ちゃんに教えて貰ったんだ」


 ここで入院時のお爺ちゃんとのやり取りを思い出し、一つ疑問が浮かぶ。


 確かお爺ちゃんは……


 この絶招経の凄い所は魔力の注入が青天井と言う所。


 こう言っていた。

 魔力の注入が青天井と言うのはどう言う意味だろう?


 そもそも僕の知る限り絶招経とはガレア。

 つまり使役している竜から大量の魔力を取り込み、それに保持(レテンション)をかけ続けて封じ込める事で発動できる術。


 その力は体内に封じ込めた極大魔力から振り分けて使用する。


 何が疑問かと言うと早い話が矛盾なのだ。

 封じ込めた魔力を使用する形なので新たに魔力を取り込むと言う所作は無いんだ。


 どう言う意味なんだろう?

 お爺ちゃんに話した人が適当な事を言ったのかな?


 確か青天井の意味は上限が無いと言う事。

 となるといくらでも取り込めると言う事。


 お爺ちゃんの言葉を解釈すると絶招経発動後に魔力を取り込むとも取れる…………


 これは……

 もしかして……


「ガレア、ちょっと試してみたい事がある。

 こっちに来て」


【ん?

 何だよ】


 ピトッ


 僕はガレアの鱗に手を添えた。

 魔力補給の為だ。


 まずは中型魔力から。


 体内に力が侵入して来る。

 少し待つも特に身体は何とも無い。


 続いて大型魔力。


 大魔力注入(ビッグインジェクト)を発動する時に使用するサイズ。

 ガレアの鱗から僕の右掌を伝って巨大な力が侵入して来るのが解る。


 少し待つ。

 既に魔力は取り込んでいる。

 が、身体は何とも無い。


 …………やっぱり。


 魔力は猛毒。

 使役していない竜の魔力に触れれば一瞬で黒く変色する程の猛毒。


 これは竜河岸であれば全員が知っている事。

 だから三則が存在し、だから魔力を取り込んだ時に心臓が高鳴るんだ。


 だけど…………


 今の僕は魔力を取り込んでも身体は何も起きない。

 平気なんだ。


 これが青天井の意味だろうと予測する。


 絶招経を発動した術者は魔力を取り込んでも毒素にやられない。

 どう言った作用でそうなったかは解らない。


 体内に取り込んだ魔力は体内の超々極濃魔力塊に合わさったんだろう。

 何となく中で膨らんだ気がする。


 …………うーん……


 この超々極濃魔力塊って言うのは何か呼びにくいなあ……


 何かオタクっぽい。

 厨二臭い。

 カッコいい名前を付けようかな?


 絶招経を発動する為に取り込んだ極大魔力は太陽みたいなんだ。


 小型の太陽。

 ……魔太陽……?


 何か違う。

 カッコ悪い。


 太陽を意味する漢字って他にあったかな?


 ……(あけぼの)

 これって音読みで何と読むんだろう?

 知らない。


 他だ他。


 …………(あさひ)

 確か音読みは(きょく)だった筈。


 …………魔旭(まきょく)


 うん、何か聞いた事無い感じだしカッコいい。


 これからは絶招経発動時に取り込んだ魔力を魔旭(まきょく)と呼ぼう。

 おっと思考が大幅に逸れてしまった。


(ぬし)はん、(ぬし)はん。

 また黙りこくって何を考えとりまんのや?

 んで薄っ気味悪い笑い方しよってからに〗


 あ、しまった。


 僕の悪い癖。

 オタクっぽい事を考えると薄ら笑いを浮かべてしまうんだ。

 その顔は物凄く気持ち悪いらしい。


 久久能智(ククノチ)の言った言葉は結構グサッと来たけど正す事が出来て助かる。

 何せ自分の顔は良く解らないから。


 ピシャピシャ


 両頬を打ち、引き締める。


「ゴホンッゴホンッ…………

 えっと……

 今解った事だけど……

 多分今僕はいくらでも(かて)を取り込める様になってる……」


〖ん?

 (ぬし)はん、さっき言うとる事とちゃいまんがな。

 (かて)は人間に毒なんや無かったんどすか?〗


「うん、本来ならね。

 でも今、試しに(かて)を取り込んでみたら何とも無かったんだ。

 多分絶招経を発動してるからだと思う」


 魔力の注入が青天井と言われた所以は多分これ。

 どう言う訳か絶招経を発動すればリスク無しで魔力を補給出来るんだ。


 これでエネルギーの部分は中田と同列に並んだ。


 向こうは僕を目撃しただけで溢れ出す恨気(エネルギー)

 それこそ無尽蔵。

 半永久的に湧き続ける。


 僕は魔旭(まきょく)が小さくなればその都度魔力を補給可能。

 それこそガレアが魔詰状態にでもならない限り半永久的に使用可能。

 供給源が別と言う違いはあるが。


 よし、これで準備は整った。


「三人共聞いて。

 今から作戦を話す。

 今から中田の身体を()()()()()()()

 身体を削るのは僕とガレアでやる。

 久久能智(ククノチ)


〖はいな(ぬし)はん〗


「お前は僕が合図したら中田の足元から大木を急速生成して空へ飛ばしてくれ。

 今の僕の(かて)を持って行けば余裕だろ?」


〖そうどすなあ。

 わかりました〗


水虬(ミヅチ)


 返事が無い。


水虬(ミヅチ)!」


〖へっ!?

 あっ……

 あぁ……

 楼主(ろうしゅ)はん……

 どうしんした……?〗


水虬(ミヅチ)

 どうしたの?」


〖いや……

 さっき(かて)をいくらでも取り込めるって言うたんが気になりんしてなぁ……〗


 妖艶な顔から一転神妙な面持ちになっている。


「気になるって何が?」


〖わっちら精霊は昔から人間を見て来んした……

 どんだけか弱い生き物かと言うのも知っていんす……

 そんな人間の楼主(ろうしゅ)はんが、おっきい(かて)をたくさん取り込むとか聞くとやっぱり心配でありんす……〗


 なるほど。


 確かにいくらでも取り込めると言っても2回の検証による推測でしか無い。

 何か別で副作用が発生するかも知れない。


 感情の話だってもしかして最悪のケースの可能性だってある。

 いまこうして話しているが僕の中で感情が1つ消失しているかも知れない。


 けど…………


 知れない知れないと考えて躊躇してる場合では無いんだ。

 手ぬるい手段ばかり取っていたら本当に殺されてしまう。


 それぐらい中田は化物になってしまっている。

 四の五の言ってられない。


「うん……

 水虬(ミヅチ)の言ってる事も解るよ……

 僕の言ってる事は全て推測・憶測……

 もしかしたら感情の欠損以外の副作用もあるかも知れない……

 (かて)の毒素は効いていないんじゃ無くて効いているのに気付いていないだけかも知れない……

 普通ならやめておいた方が良いし、僕も出来れば使いたくない……

 でももう状況が()()()()()()()()……

 こうして話している内も中田はどんどん人から大きく踏み外して転がり堕ちて行ってる……

 もう中田は人間に戻れない……

 ここまで堕ちて化物と成ってしまったのは僕が責任だ……

 僕が中田を止めないといけない……

 やっぱりどこか甘かったんだろうね……

 中田が人間を捨てて化物になって向かって来てるのに僕が何のリスクも背負わず立ち向かうなんて……

 だから……

 水虬(ミヅチ)には悪いけど……

 僕は絶招経を解除する気は無いよ」


 ギュッッ!


 ビュォォォォォォッッ!


 右拳を硬く握る。

 右手を中心に突風が噴き出す。


 これは魔力風。

 魔旭(まきょく)から出る余剰風だ。

 依然絶招経は発動中。


水虬(ミヅチ)、無駄や無駄。

 (ぬし)はんが頑固もんなんはここまで話してよう解っとるやろ?

 言うても聞く様なお人やおまへんどす。

 そない心配しても取り越し苦労っちゅうもんどす。

 うちらが出来んのは(ぬし)はんが死なん様にサポートする事だけやおまへんか?〗


〖そ……

 そうでありんすけんど……〗


 こう言う時、歯に衣着せぬ物言いでズケズケ行く久久能智(ククノチ)の性格が功を奏したりする。


「そうだよ水虬(ミヅチ)

 安心して…………

 って言うかもう絶招経は発動してしまってるしもう心配しても一緒さ。

 それに僕が言うのもアレだけど、本当に物凄いから絶招経は」


〖そ……

 そうでありんすか…………?

 わかりんした……

 じゃあわっちは何をしたらいんざんしょ?〗


「あ、そうそう。

 水虬(ミヅチ)は中田の周りに濃霧を撒いて」


〖それさっきやってあきまへんでしたやん?

 ガレアの一撃で霧なんか吹き飛んでしもて〗


「うん、わかってる。

 だから次は僕が仕掛ける」


〖へ…………?

 どう言う事ですのん?〗


 精霊が驚いている。

 何か不思議。


「だから僕が霧に飛び込んで速攻を仕掛けるって言ってるんだよ。

 僕には全方位(オールレンジ)があるから中田の場所は丸見えだし」


〖軽ぅ言うてますけど、あんバケモンの懐なんか飛び込んだから一瞬で串刺しやおまへんか?〗


「だからそうならない為に絶招経を発動させたんだよ」


〖…………あんバケモンの動き、うちら精霊が言葉失う程になっとんのに…………

 ホンマに大丈夫どすか?〗


「疑り深いなあ。

 そりゃやってみないと解らないかも知れないけど、今の僕はそう簡単にやられないって」


〖ま……

 まあそない言うんやったら……〗


「あとガレア」


【ん?

 何だ?】


「お前が暴れるのは空。

 空中だ。

 まず僕が仕掛ける。

 中田(ヤツ)を空へ弾き飛ばしたら合図だ。

 空へ飛び上がれ」


【おう】


「僕も追って空に跳ぶ。

 空中で合流しよう。

 僕が乗ったのを確認したら即魔力を溜めて魔力刮閃光(スクレイプ)を発射だ」


【竜司よ。

 俺はどうでも良いんだけどよ。

 そのスクレ何とかって橙の王の時に使った奴だろ?

 そんなの撃ったらアイツ(中田)死なねぇか?】


「スクレイプだよ。

 自分の技名ぐらい覚えてよ。

 多分当たり所が悪かったら死ぬだろうね。

 だから僕が指差す方向に一発だけで良い。

 その一撃で身体の大半を削り取る。

 あとの細かい部分は流星群(ドラコニッドス)で削るから。

 もしかして跳び上がる直前ぐらいから魔力を溜めてた方が良いかも」


【なるほどな。

 大体解ったぜ。

 それにしても竜司、お前は相変わらず面白れぇ事を考えやがるな】


 平然と話しているが、この作戦が上手く行って出来上がる中田の姿は物凄く残酷になる。


 僕が残そうとしているのは中田の顔と胸部だけなのだから。

 その状態はかつての辰砂より酷い。


 今だから思う。

 この時、僕の理性はタガが外れていたと。


 無理も無い。

 今この場に人間は僕だけなのだから。

 そんな残酷な事は止めなさいと諫める者は何処にも居ないのだから。


「後は……」


 僕は地面から蔓を拾い上げる。

 これはさっき僕とガレアを固定していたもの。


 再びこれで固定しようと言う訳だ。


 しかし……

 少し長い。


 今回は硬く結ぶ気は無い。

 軽く巻き付ける程度。


 これの3分の2ぐらいで良い。

 僕は端の方を掴み、両手にほんの僅か魔力を集中させる。


 起動(アクティベート)


 ブチィッッ!


 いとも簡単に引き千切れた。

 さっきはどんなに引っ張っても千切れなかったのに。


「さて……

 行こうか……

 三人共」


〖わかりました〗


〖わかりんした……〗


【おう!】


 ジャリ……


 ブォンッ!


 ジャリ……


 ブォンッ!


 一歩ずつガレアに近寄る。

 踏みしめる度に足元から突風が噴き出ている。


 この反応は初めてだな。

 さっき取り込んだ魔力のせいだろうか?


 しかも気持ちが次第に変化して行くのが解る。

 さっきまで比較的穏やかだった気持ちがある感情に成り代わり膨れ始めていた。


 その感情は…………



 闘争心。



 ドッドッドッ


 動悸は比較的早い。

 だけど焦りや恐怖から来るものじゃない。


 やる。

 闘ってやる。


 簡単に言うとそんな気持ちが膨れていた。


 暴れたい。

 力を放出したい等の破壊衝動では無い。

 その類の感情は怒りに付随するものだからだろう。


 僕の中で膨れている闘争心は言わば生存本能に直結する様な。

 そんな感情。


 死ねない。

 生き残らないと。

 僕の命を狙う存在は全て排除してやる。


 そんな思惑が脳内に巡っていた。


 ガレアの元に辿り着いた僕は軽くガレアの腹に蔓を巻き付ける。


「よし……

 行くぞ……」


 ダッ


 軽く地を蹴り跳躍。


 スタッ


 ガレアの背に着地。

 腹に巻き付けた蔓を片手で持つ。


水虬(ミヅチ)、もう霧を撒いて」


〖わかりんした……〗


「ガレア、今回は別にゆっくりじゃなくて良い。

 普通のスピードで良いよ」


【ん?

 そうか?

 お前、さっき乗ってペラペラになってたじゃねぇか。

 大丈夫なのかよ】


「うん、多分大丈夫。

 試した訳じゃ無いけど大丈夫だと思う」


 グッグッ


 片手で蔓を引っ張り強度を確かめながら応答する僕。


楼主(ろうしゅ)はん……

 もう撒き終わってるでありんすよ……〗


「よし」


 今一度全方位(オールレンジ)内の中田を確認。

 依然として悪食を展開し、地面を貪り喰っている。


 位置は大分下がっている。

 足元の地面を喰ってるから沈んで行ってるんだ。

 一体どれだけの材料を格納出来るんだろう?


「今一度作戦の概要を説明する。

 まず最初は僕が行く。

 超スピードで速攻を仕掛ける。

 仕掛けた後は中田の動きで色々変わるだろうけど、何とか中田を蹴り上げて空へ飛ばす。

 空なら受憎の材料になる物は無いからね。

 蹴り飛ばす瞬間、合図を出すから久久能智(ククノチ)は中田の足元から木を急速生成して。

 それは短くていい。

 生成の勢いで中田を上に弾き飛ばすだけだから。

 中田が空へ飛んだら、ガレア。

 お前はそれを追え。

 僕も追う。

 上空で僕らが合流したらまず魔力刮閃光(スクレイプ)を発射。

 それで身体の大半を削り取る。

 あと余った所に関しては流星群(ドラコニッドス)で削って行く。

 こういう形で行こうと思うんだけど、誰か意見ある?」


〖…………まぁ、えらい都合良ぉ考えとるみたいやけど……

 うちらは今の(ぬし)はんがどれぐらいのモンか知らんからなあ……

 まあせいぜい気張りよし(頑張りなさい)


〖わっちは……

 ただ楼主(ろうしゅ)はんが無事ならそれで……〗


【おう!

 解ったぞ!

 アイツ(中田)が上に飛んだら追っかければ良いんだな】


 三者三様。


「ガレア、魔力刮閃光(スクレイプ)の魔力溜めは忘れないでよ。

 じゃあ行こう」


 こうして話している間も中田は(おぞ)ましく禍々しく活動している。

 だけど僕の心に恐怖は無かった。


 平然と発進の合図。

 これは絶招経を発動しているからだろう。


【おー】


 バサァッ!


 大きく翼をはためかせるガレア。


 ギュンッ


 飛翔する時の浮遊感を感じる間も無くガレア発進。


 起動(アクティベート)ッ!


 物凄い風圧。

 僕は全身に魔力を張り巡らし魔力注入(インジェクト)発動。


 ギュゥッ


 蔓を握っている手を更に硬く握る。


 よし!

 踏ん張れる。


 ボサッともしていられない。

 ガレアは今、通常巡行。


 中田の元へ辿り着くまで秒もかからない。


 タキサイキア。


 僕は頭に魔力を集中しタキサイキア現象発動。


 これも絶招経の効果。

 自由にタキサイキア現象を引き起こす事が出来る。


 ゆっくり。

 ゆっくりと風景が後ろへ流れて行く。


 ゆっくりと言っても自転車が進むぐらいのスピードはある。

 さすがガレアと言った所か。


 やがて遠目に乳白色のモヤが見えて来る。

 見た感じ形はドーム状。


 これは中田の位置が沈んでいるせいだ。

 となると、中田に突撃する場合は角度を付けた方が良いだろう。


 よし。

 目算で15メートルの間合いまで近づいた。

 僕は10メートル付近で行動を起こす気でいた。


 あと数瞬。


 よし!

 来た!

 10メートル!


 グイィィィィッッ!


 僕は思い切り斜め上に蔓を引っ張った。

 まるで手綱で馬を操るかの様に。


 これも絶招経の効果。

 タキサイキア現象が引き起こればそれに付随して自身の動きもスローになるのだが、絶招経発動下では平時と変わらない動きが出来る。


 ガレアが急旋回、急上昇。

 進行方向は斜め上に急変。


 鋭い弧を描いて舞い上がる事で発生する巨大な遠心力。

 その遠心力が強烈に僕を押し出そうとする。


 パッ


 僕は蔓を持っている手を離した。

 タイミングバッチリ。


 ダンッッ!


 ガレアの背を強く蹴り、弾け飛ぶ。

 ガレアからかかる強烈な遠心力を利用したんだ。


 上空から真っ直ぐ抉れた地面にある乳白色の濃霧に向かって突き進む。


 いわゆるガレアに投擲された様な形。

 僕の身体は絶招経のパワーに強烈な遠心力が加わり、砲弾を超える程のスピードで濃霧に飛び込んだ。


 目下タキサイキア現象発動中。

 ゆっくりゆっくりと散って行く濃霧が見て取れる。


 霧散して行く濃霧の向こうにドス黒い紫が見える。


 何本も何本も夥しい数の受憎腕。

 あれは中田の背中だ。


 ぐるんっ


 集中(フォーカス)


 僕は反転。

 同時に両脚へ魔力集中。


 ビュォォォォォォッッ!


 脚から四方へ魔力風が吹き荒ぶ。

 その風により濃霧は完全に四散した。


 それにより現在の中田の状態が明るみになる。


 背中は所狭しと太い受憎腕が何本も何本も詰め込まれる様に生えておりだらんと地に垂れ下がる。

 その先は大きく鋭い刃と化していた。


 しかも先で別れていてその先も刃。


 それだけでは無く両腕からも受憎刃の大群が垂れ下がっている。

 同様に先で別れ、刃を形成。


 おそらく背中を合わせた刃の数は100を超えるだろう。


 悪食は腰から広く展開されていた。

 (おぞ)ましいスカートの様に。


 悪食はドクンドクンと脈打っている。

 今も地面を貪っているんだ。


 胎動する汚く小さな紫色の丘。

 その中心に背を向けた中田の上半身と大量に横たわる受憎刃の大群。


 こんなラスボス、何かのゲームであったな。


 でも今起こっている事。

 見ている物はゲームじゃない。

 現実の話なんだ。


 ドコォォォォォォォォォォンッッッ!


 ブチィィィィィィィィッッッッ!!


 巨大な衝撃音と悪食を踏み千切る音が響く。

 中田の近くに着弾した。


 ドス黒い紫色の肉を貫き、地面に達したんだ。

 大きく膝を曲げ、衝撃を吸収。


 ビクンッッ!


 頭上から刺す様な視線を感じる。

 見上げると横眼で見降ろす真っ赤な中田の眼がそこに在った。


 僕を見ている。


 と、言う事は恨気が発生している。

 大量に。


 それに気付いた刹那。

 背中、両腕の受憎刃が一斉に襲い掛かって来る。


 こう言う事になる訳だ。


 だが動きはゆっくり。

 極めてスロー。


 さてどうしたものか?


 辰砂の汞和金(アマルガム)の時は向かって来る一本に他を突き刺し、思い切り足で踏ん付けて固定したんだ。


 今回もその手で行くか?


 いや、受憎刃は夜の空をビッチリ覆い尽くす程の量。

 やれない事も無いけどキリが無い。


 超スピードで攻撃しないといけない。

 長引けば長引く程、超順応で対応して来る。

 悠長な事は言ってられない。


 ガッッ!


 僕はゆっくり向かって来る受憎刃の内、比較的大きい受憎刃を()()()


 グィィィィィィッッッ!


 そして思い切り逆方向へ引っ張った。

 そこに造られたのは太い受憎腕の壁。


 ドスドスドスドスドスドスゥゥゥッッ!


 集中(フォーカス)


 僕の前に敷かれた受憎腕の壁に大量の受憎刃が突き刺さる。


 だがそんな事で受憎刃の大波は防げない。

 まだまだ押し寄せて来る受憎刃の大群。


 だが、僕は全く慌てていない。

 心は平穏そのもの。


 その理由は計算通りだったから。

 多少の受憎刃を防げれば良かったんだ。


 要は数瞬。

 ほんの僅かな間。

 隙が出来ればそれで良かったんだ。


 ビュオオオオオオオッッッ


 右足から突風が吹き荒む。


 魔力風。

 僕は出来た数瞬の間に中田を蹴り上げるつもりだった。


 数瞬と言えどもタキサイキア現象を発動している僕の感覚では数秒~数十秒にも感じられる。


「…………起動(アクティベート)


 ドルンッ!

 ドルルンッッ!

 ドルルルンッッッ!


 ブロンッッ!

 ブロロンッッ!


 三則使用。

 体内で暴れる様に鳴るエンジン音。


 ボバッッッッッ!!


 右足に集中させた魔力が爆発。


 この魔力は通常の物とは違う。

 絶招経を発動し、体内に生成された魔旭(まきょく)から取り出した魔力を一点集中させ爆発させたんだ。


 起動(アクティベート)を使用した瞬間、吹き荒んでいた突風が激変。

 風量、風圧、風速共に飛躍。

 その勢いはまるで鉄砲風。


 さて、この今から繰り出す蹴り。

 今から中田を空へ弾き飛ばす途轍も無く強烈な蹴り。


 これの名前はどうしよう?


 (たつ)はオタク臭くて馬鹿馬鹿しいって思うかも知れないけどこう言うのって大事だったりするんだよ?

 特にイメージが物を言うスキルの場合はね。


 僕は考えた。


 やはり絶招経を発動した時の僕は風。

 猛風。

 嵐なんだ。


 ………………結局辿り着いたのは颱拳(たいけん)

 そう、拳で放つ一撃と同じなんだ。


 まあ(げん)震拳(ウェイブ)も蹴りでそう呼んでたし良いかなって思って。


「今だぁぁぁぁぁぁっっ!

 久久能智(ククノチ)ィィィィッッ!

 中田(やつ)を飛ばせェェェェェェェッッ!

 颱拳(たいけん)ッッッッ!」


 ボッッッッ!


 大気との摩擦で火を噴く僕の右脚。


 ドコォォォォォォォォォォォォォォォンッッッ!!!


 遮る大量の受憎刃。

 でもそんなものは関係無い。


 僕の右脚は全てを巻き込む嵐と化し、立ち塞がる受憎刃の群れを弾き飛ばし、中田の腰に命中。


 ギャンッッッッ!


 中田が消えた。

 視界いっぱいに広がっていた紫ごと。


 僕は中田が何処に行ったか気付いていた。


 素早く見上げる。

 闇夜に大きな紫色が一点。


 グングン小さくなっていく。

 街の明かりが届かなくなる程高く。


 目の前にはビックリする程太く短い木が生えていた。

 久久能智(ククノチ)が仕事をしたんだ。


 よし、ここまではOK。

 僕は即行動に移す。


「ガレアァァァァァァァァァァァッッッ!

 追えェェェェェェェェェッッ!」


 僕はあらん限りに力を込めて叫んだ。


 ダァァァァァァァァンッッッッ!


 そして一瞥もせず全力で跳躍。


 ガレアなら大丈夫。

 絶対に。

 必ず追ってくれている。


 気圧の壁を貫き、グングン上昇する僕の身体。


 集中(フォーカス)


 中田を追って上昇する最中、僕は両眼に魔力を集中。


 起動(アクティベート)


 ドルンッ!

 ドルルンッッ!


 これは視力強化の為。

 おそらく中田は地表からの光が届かない所まで到達するだろう。


 呼炎灼(こえんしゃく)戦でお馴染みの暗視鏡を通した様な視界になる。


 眼前にはまだまだ上昇を続ける中田の身体。

 辰砂の時は成層圏近くまで殴り飛ばした。


 現在の中田の重量から考えてそこまでは飛ばないだろう。

 次第に中田の身体が大きくなっていく。


 僕の方が上昇速度は上。

 どんどん中田の身体が大きくなる。


 ブァァァンッッ!


 上昇を続ける僕の眼前を()()が超速で通り過ぎた。

 その()()は急旋回、急上昇しうねる様に中田と同高度まで。


 見えるのは雄々しく広げた両翼。

 勢いに荒々しく震えている長い尻尾。


 間違い無い。

 ガレアだ。


 中田と同高度まで舞い上がったガレアはグルッと宙返りして僕の所へ向かって来るのが見える。


 合流する為だ。

 宙返りしたガレアは流星の様に僕の下へ。


 ズンッッッ!


 見降ろすよりも速く、僕の腰が巨大な力で押し上げられるのを感じる。

 ガレアと合体したんだ。


 まだ久久能智(ククノチ)の蔓は付けっぱなし。

 すぐにそれを掴んで体勢を固定。


 素早く見上げる。

 上昇を続けていた中田の身体。


 小さくなるのが止まった。

 最高高度に達したんだ。


 少しづつ大きくなってくる。


―――ガレアッ……

   魔力溜めは完了しているなっ……

   上を向けッ


―――おおっ!


 念話(テレパシー)で指示を送る。

 上を向いてあんぐり口を開けるガレア。


 バババボボボバババババ


 ィィィィィィィィッッッッ…………


 口の中から巨大な魔力球が浮かび上がって来る。


 その球は膨張していた。

 ジェット気流の轟音に紛れて魔力が集束する音が聞こえる。


 まだ溜めているのか?

 経験則上、この大きさなら魔力刮閃光(スクレイプ)の太さは全経10メートルを超える。


 こんな太さの魔力を放つのは久しぶりだ。

 おそらく中田の鳩尾辺りから下をまるまる(こそ)げ取って行くだろう。

 悪食ごと。


 僕は右人差し指を天頂へ。

 中田へ向ける。


 この一撃は狙いが重要。

 外れたら中田ごとまるまる削り取ってしまう。


 目標は結構下。

 何せ10メートルの太さなんだから。


―――ガレア……

   もう少し下…………

   気持ち右……


 僕は念話(テレパシー)で微調整。


 グングン大きくなる中田。

 速度が上がっている。


 重量に重力が加わって加速度が増しているんだ。


 もう少し。

 もう少し引き付けろ。


 まだ狙いも納得いっていない。


 吹き荒れるジェット気流の中、左手で硬く握った蔓を引っ張り自身の身体を圧し付けガレアの背中に固定。


 常人ならばたちまち吹き飛ばされるレベルの風速。

 その中で少しも震える事無く真っ直ぐ中田を指し示す僕の右人差し指。


 ゆっくり。

 ほんの少し。


 僅かに揺れる。

 微調整の為だ。


 この揺れはジェット気流のせいでは無い。

 自らの意志だ。


 バババボボボバババババ


 ィィィィィィィィィィッッッ!


 吹き荒ぶジェット気流の音と静かに力を溜め続けているガレア。


 ………………ん?

 ちょっと待て……


 力を溜め続けていると言う事は全経10メートルを超えると言う事か!?


 しまった。

 10メートルで計算していた。


―――ガレア、魔力溜めはもう良いよ。

   これ以上大きくなられたら何処を狙って良いか解らなくなる。


―――ん?

   そうか?

   なら早く撃ちやがれよ。

   このまんまって結構しんどいんだぞ。


―――わかったよ。


 誤差修正。


 カッコいい四字熟語を並べたがやってる事はおおまかな。

 大雑把な修正。


 と言うのもかなりの量の魔力が蓄積されているからどれだけ大きくなるか予想がつかないんだ。


 ガレアが超極太の魔力閃光(アステショット)魔力刮閃光(スクレイプ)を発射すると眩く光るから。

 正確な意味では10メートルを超えた太さの魔力光は見た事無い。


 思案し続けている間もぐんぐん落下して来る中田の身体。

 速度もうなぎ上りで上昇している。


 僕らとの距離は50メートルを切った。


 もう時間が無い。

 これだけの魔力が溜められたのならまた僕の視界は眩い光に包まれるだろう。


 ゆらり。

 ゆらり。

 狙いを定める。


 ここだ!


 ピタリ


 僕の右人差し指が止まる。

 荒れ狂うジェット気流の中、微動だにしない。


 ボボボバババボバババボボ


 聞こえるのは気流の轟音のみ。

 40メートル。


 ボボボバババボババババババ


 顔を上に向けあんぐりと口を開けているガレア。

 35メートル。

 もう少し。


 …………あ、しまった。


 眼が光に包まれるならまた先程の様な視界不良になってしまう。


 どうしよう?

 瞼を閉じるぐらいで残像って防げるものなのかな?


 ええい、ここまで来てしまっては後戻り出来ない。


 バババボボババボバボボバ


 30メートル。

 今だっっ!


「ガレアァァァッァァァァァァッッッ!

 魔力刮閃光(スクレイプ)ゥゥゥゥゥゥゥゥッッッ!

 シュゥゥゥゥゥゥトォォォォォォッッッ!」


 僕は力いっぱい叫んだ。

 念話(テレパシー)では無く自分の口で。


 この声は誰かに聞かせる為じゃない。

 自分の気合いをこの一撃に載せる為。


 カッッッッッッ!


 発射する刹那、僕は両瞼を閉じた。


 が、閉じてても解る。

 今、瞼の外は強烈な白色光がスパークしている。

 眼を閉じているのに何て光だ。


 その光は急速に萎み、消えた。

 まさに弾けた様な印象。

 瞼を閉じていても感じる。


 多分イメージとして魔力閃光(アステショット)は魔力の杭で殴る、貫くと言う印象。

 魔力刮閃光(スクレイプ)はレーザー。


 どちらも見た目はレーザービームみたいなんだけど。

 僕は恐る恐る両眼を開ける。


 ……よし!


 残像は無い!

 次は中田だ!

 中田はどうなった!?


 見上げた空には居ない。

 あれだけ大きかった紫が影も形も無くなっている。


 僕は全方位(オールレンジ)内を確認。


 どこだ!?

 何処に行った!?


 居たっ!


 位置は僕らの右斜め下。

 遥か下。


 座標がかなり右へ流れている。

 中田の反応はさっきと比べて物凄く小さくなっている。


 あれだけ広く展開していた悪食がまるまる無くなっている。


 そして身体も。

 鳩尾辺りから下が…………



 まるまる無くなっている。



 両腕から伸びていた大量の受憎刃もゴッソリ消失している。

 現在の両腕は刃を失った受憎腕のみ。

 その様はまるで捌かれているタコの触手を想起させる。


 あれだけの長さだ。

 おそらく巨大な魔力刮閃光(スクレイプ)に巻き込まれたんだろう。

 何て威力だ。


 おっと悠長な事を考えている場合では無い。

 中田は今、攻撃能力をほとんど失っている。



 叩くなら今!



「ガレアァァァァァッッ!

 下だァァァァァァァァッッ!

 僕の指差す方向へ飛べェェェェェェェッッッ!」


 僕は真っすぐ下を指し示す。


 ギャンッッッ!


 瞬間急下降。

 僕の指し示した方向へ真っすぐ。


 焦った僕は念話(テレパシー)では無く、口で叫んだにも関わらず。

 このジェット気流が渦巻く中だと多分僕の声は聞こえていない筈。


 でもガレアは僕の指示通り中田を追って急下降している。

 これが竜の本能によるものか僕とガレアとの絆によるものかは解らない。


 気圧の壁を貫き、押し退け、超速で東京の闇夜を駆け降りる。

 一筋の流星と化す僕ら。


 標的を追うガレアは速い。

 見る見る内に間合いが詰まって行く。


 高高度での乱気流とガレアのスピードによる風圧が合わさり身体が持ってかれそうになる。


 重心を低く、腰を据え、左手で掴んでいる蔓を更に引っ張り、強く固定。

 よし、何とか踏ん張れる。


 中田(ヤツ)との間合いは約50メートル。


 もう少し。

 もう少し近づいてからだ。


 40メートルを切った。

 よし!


流星群(ドラコニッドス)ゥゥゥゥゥゥゥゥッ………………」


 ィィィィィィィィィィィィッッッッ……


 超速で下降するガレアの鼻先で魔力が急速チャージ。

 全方位(オールレンジ)内の中田に蒼い標的捕縛(マーキング)の印が付き始める。


 場所は両肩、肩より伸びる残った受憎腕部分、両側胸部、両下肋部(かろくぶ)(脇腹)、上胃部。


 合計三十箇所近く。

 瞬時に調印完了。


「シュゥゥゥゥゥゥゥゥトォォォォォォォォォッッッ!!!」


 カカカカカッカカカカカッカカカァァァッッ!


 超速で下降しているガレアの鼻先が煌めいた。

 連続して鳴り響く発射音。


 僕の両眼には眩い光が連続発光。

 まるで謝罪会見で記者達が焚くストロボの波の様。


 だが目に残像が産まれる程では無い。

 産まれても瞬時に消える程度。

 頭もフラ付かない。


 発射された何条もの魔力閃光(アステショット)は意志を持っているかの如く縦横無尽に駆け巡り、目標に向かって突き進む。


 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガァァァンッッ!


 雷鳴に似た衝撃音が乱気流の音に混じって響く。

 流星群(ドラコニッドス)が命中したんだ。


 中田の身体、着弾点から煙が上がる。

 だが落下速度と乱気流で一瞬で掻き消された。


 その煙の中から現れた中田の姿は…………



 見るも無残な姿になっていた。



 身体をほとんどが削り取られている。

 残されているのは顔と首から続く両外側頸部(がいそくけいぶ)、体幹の胸骨部のみ。


 普通に考えたら死体。

 眼下に見える()()はかつて中田と言う名前だった肉と化している…………



 筈だった。



 だが…………


 ギロォォォォォォォォッッ!


 中田との間合いが20メートルを切った段階で確かに見た。


 中田の両眼。

 眼球が動いたのを。


 ゾクゥッ!


 身体が自然と身震い。

 僕を射る様に見つめるその視線には巨大な怨みを載せているのが解る。

 現位置が超々高度だろうが関係無い。


 だが、身体を縛る程じゃ無い。

 これは現在の中田の姿がそうさせているのか絶招経の効果でそうなっているのかは解らない。


 ただ、ついさっきまで感じていた絶望感や脊髄を立ち昇る様な怖気は感じなかった。


 僕の頭の中にあった言葉はこれ。

 シンプルな一言。



 中田未だ健在。



 多分中田の怨みにあまり反応しなかったのは極限状態だったからだと思う。


 まだだ。

 追撃する。


「ガレアァァァッァァァァァァッァァァッッ!

 跳ぶぞォォォォォォォォォォォッッッ!!」


 ガレアの背を強く蹴り、今居る場所よりも遥か高く跳躍。


 グルンッッ!


 離脱し、一人宙へ飛んだ僕は素早く反転。

 両脚を夜空に向けた。


 天は満点の星々が煌めいていた。

 白色の粒が視界いっぱいに広がっている。

 ここまで高高度に上昇すれば大気汚染なんか関係無いんだ。


 息を呑む様な大星団図。

 これに気を留めている暇は無い。


 僕は星空を見上げるのはやめて顔を下に向ける。


 僕が今やる事は中田を沈黙させる事。

 ロマンチックな満天の星空なんかどうでも良い。


 ボフンッッッ!


 魔力を集中させた両脚で虚空を蹴り、急落下。


 これも絶招経の効果。

 どう言う訳か絶招経を発動したら空を蹴って方向転換出来るんだ。

 多分これを利用したら空中も歩けるだろう。


 魔力を込めた両脚で蹴った衝撃+体重+重力で僕の落下速度は急上昇。


 どんどん近づいて来る地表。

 そして中田の身体。


 落下速度は僕の方が上。

 常に中田の位置は全方位(オールレンジ)で把握している。

 中田との距離が約30メートルまで縮まった。


 グルンッッ


 更に僕は素早く反転。

 右足を巨槍の様に中田へ向けた。

 蹴りの体勢。


 ボッッ


 グングン上昇する落下速度。

 大気摩擦で足元から腰にかけて燃え上がる。


 文字通り炎の蹴り。


 不思議と熱くない。

 これも絶招経の効果だろうか?


 大気摩擦で燃え上がりながら目標に向かって真っすぐ落下するその様はまるでICBM(大陸間弾道ミサイル)


 距離10メートルを切った。


 ドコォォォンッッ!


 僕の蹴りが中田に命中。


 あれ?

 浅い。


 僕の身体が火を噴く程の速度ならもっと大きな衝撃音が鳴っても良い筈だ。


 何故?

 何でこんなに衝撃音が小さいんだ?


 ギロォッッ!


 中田の眼球が真っ直ぐ僕に向けられている。

 溢れる怨みを載せて。


 もしかして攻撃して来るか?

 大気摩擦で発火する程の速度で落下していても今の中田なら有り得る。


 ズルゥゥゥッッ!


 案の定。

 やはり傷口から受憎刃を急速生成し襲い掛かって来た。


 タキサイキア。


 だが僕は全く慌ててなかった。

 僕にはタキサイキア現象があるから。


 ゆっくり。

 ゆっくりと僕に向かって来る紫色の大刃。


 ここで違和感を感じる。


 本数が少ない。

 2本しか生成していない。


 どう言う事だろう?

 この状態で生成出来るならもっと大量に生成する筈だ。


 やはり物理的に格納場所を削ると言う方法が上手く行ったのだろうか?

 おっと、考える前に迫って来る受憎刃を何とかしないと。


 ガッッ!


 僕は両側から迫り来る受憎刃の腕部分を掴み、そのまま振り下ろす。

 生成部分の根元を斬り落とした。


 ポイ


 斬り落とした受憎刃の残骸を空へ投げ捨てる。


 やってる事は物凄く残酷で無情で無慈悲な行為。

 だけど僕の心は恐ろしく静かだった。

 波一つ立っていない湖面の様に。


 僕の目的は中田を拘束する事。

 それに付随する事以外を考えている余裕は無かった。

 それ程の極限状態。


 わかった。


 唐突に何故先程の衝撃音が小さい理由が解った。

 それは中田の身体。


 恐ろしく小さくなっている。


 砕くべき肉も。

 折るべき骨もほとんど残っていない。


 具体的に何が原因とは言えないがおそらくこれが理由だろう。


 ぐんぐん落下して行く僕ら。

 ようやく地上の明かりが見えて来た。


 凄い。

 眼下に広がるのは先程見た満天の星空に負けない程の街の灯り。


 赤、白、青と色んな光が粒となって遥か遠くまで広がっている。

 さすが首都東京。


 けどこんな夜景も今はどうでも良い。

 夜景が見えて来たとなると着弾が近い。


 おそらくその衝撃は凄まじいものになり、轟音が鳴り響くだろう。


 ……………………


 あれ?



 もしかしてその衝撃で…………

 中田は死ぬんじゃないか?



 やばい。

 それはまずい。


 少し焦りだす僕。


 超々高度で受憎刃から攻撃を受けても。

 その受憎刃で中田の身体を斬り付けても全く波が立たなかった僕の心にさざ波が立つ。


 ほんの少しだけ動揺。

 だが、すぐに次の手を思い付いた。


 集中(フォーカス)


 目下中田の胸部に接触している右足に魔力を集中させる。

 着弾まで約200メートルを切った。


 パッ


 僕は接触していた右足を離し、大きく振り被る。


「オオオオオオオオオオオオオオオオオオオオッッッッッッッッッッ!!!!」


 気合いの雄叫び。


起動(アクティベート)ォォォォォォォォッッッッ!」


 ドルルルルルンッッッ!!

 ブロロロロロロンッッ!!


 体内で響き渡るエンジン音。


 ドコォォォォォォォォォォォォォォォンッッッッッ!!


 エンジン音に被り、轟く衝撃音。

 まるで巨大な雷が落雷したかの様。


 ギャンッッッッッ!


 中田の身体は落下方向を急変化させ斜め下に向かって消えた。


 激しく回転しながら斜め下に超速落下。

 方角は公園の南西。


 ザフッッ


 小高い丘の林に飛び込んだ。

 音は極々小さい。


 これは想定内。

 今の中田の身体じゃいくら高高度から落下したとしてそんなに大きな音は出ないだろう。


 よし、中田の落下は確認した。

 次は僕だ。

 地表まで約70メートル。


「ガレアァァァァァァッァァァァァァッッッ!!」


 僕は頭を下にして落下していた。


 僕の両眼には夜空。

 さっき放った蹴りの反動で逆さまになったんだ。


 もう星は見えない。

 真っ暗な夜闇に僕の大声が染み込んで行く。


 落下速度は更に増加し、ぐんぐん落ちて行く。

 着弾まで約25メートル。


 キラッッ!


 夜空に煌めく一つの星。

 小さく眩く強烈な光を放つ翠色の星。


 その翠色の星は真っすぐ僕に向かって流星の様に落下。

 タキサイキア現象を発動していると良く解る。


 その星の正体はガレア。

 ガレアが僕の声に呼応、合流しようと急降下を仕掛けたんだ。


 速度は途轍も無く速く、対流圏上部から落下して来た僕の速度を遥かに凌ぐ程。


 ビュンッッッ!


 そのまま僕のすぐ傍を通り過ぎ、下方へ。

 横殴りの激しい風圧が身体全体を包む。


 さっきガレアは確かに発光。

 光っていた。


 これは表現とかじゃ無い。

 確かにガレアは緑色光を放っていた。


 不思議に思って見ていたら良く解った。

 ガレアが光を放っていた部分は両翼。


 大きな翼が翠色の閃光を放っていた。


 光の正体は魔力かな?

 魔力を巨大な推進力に変えてガレアの超スピードは実現させているのかな?


 ドサッ


 そんな事を考えている内に優しく背中が受け止められた。

 目端には巨大な翼がはためいているのが見える。


 にゅっ


 僕は弓反りで天を仰いでた所、死角から見慣れた爬虫類顔が飛び出て来た。

 ガレアの顔だ。


【よっ竜司。

 お前、スゲーな。

 アイツ(中田)どうなったんだよ?】


 ガレアらしくぶっきらぼうに僕を称賛する。

 いや、お前も充分凄いから。

 僕は起き上がり、ガレアに跨る。


「中田はこっちの方角に落下して行ったよ。

 あっちの小さな丘を目指して飛んで」


【アイヨ】


 ギュンッッ!


 ガレアが落下地点へ向かう。

 戦闘していた地点から南西に約200メートル弱離れた所。


 小高い丘が見える。

 その上には木々。


 やはり森の一歩手前。

 林と言った印象。


 上空から見ると生い茂っている葉の中にポッカリ穴が空いている。

 多分あそこに落ちたと言う事だろう。


「ガレア、あの穴辺りに降りて」


 僕は穴を指し示す。


【おう】


 穴に向かうガレア。

 林の木は折れてはいない。


 ポッカリと穴の様に葉が生えていない箇所がある。

 ただそれだけだ。


 ガレア、降下ポイントに到着。


 バサァッ


 翼をはためかせホバリング。

 ゆっくりと降下。


 バキバキ


 木の枝を押しのけ、降下。


 ドスッ


 ガレア着地。

 僕はゆっくりとガレアから降りる。


 キョロキョロ


 辺りを見渡す。

 中田は見当たらない。


 その代わり、何かが着弾した様な地面の凹みとそこから点々と続いている何かが落下した跡。


 僕が仮に魔力注入(インジェクト)を発動させて上空から思い切り標的を蹴り飛ばしたとする。


 すると落下地点にはクレーターが出来るか、角度によっては着弾点から地を削り取って道が形成される。

 もちろん落下地点にある木などは力任せに叩き折られる。


 が、中田の着弾は変わっている。


 まず木々は折れていない。

 折れてるのは枝ぐらい。


 着弾点の凹みもクレーターとは呼べないぐらいの緩い物。

 一番変わっているのはその先に続く点々。

 延々と真っ直ぐ小高い丘を降りて行っている。


 中田の身体が無い事とこの続く点々。

 その二つから答えはすぐに解った。


 中田の身体は…………



 跳ねたんだ。



 あの身体の小ささだ。

 着弾して跳ね、そのまま丘を降りて行ったんだ。


【あれ?

 アイツ居ねえぞ。

 どこ行ったんだ?】


「こっちだよガレア……」


 この常軌を逸した着弾を目の当たりにしても僕の心は何ら動揺しなかった。

 静かな湖面の様に静か。

 言葉にするなら……


 “あぁ、そうなんだ”


 その程度のもの。


 僕らは続く点を追って小高い丘を降りて行く。

 その丘は小さく、すぐに下へ辿り着いた。


 遠目に()()見える。

 何か物体が佇んでいる。

 その物体から微かに道が出来ていた。


 中田だ。


 跳ね終わった中田が地面を滑って行ったんだ。

 僕は中田の元へ向かう。


 そして…………

 現在の…………



 中田の姿を見て愕然とする。



 ドッドッドッドッ


 動悸が見る見るうちに速くなる。

 中田の様を見て酷く動揺した。


 中田の肉体は顔、首、体幹の胸骨部のみ。


 それ以外は欠損していた。

 まるまる。

 ゴッソリと。


 何も動かず。

 動じず。

 不動のまま、まるで置かれた物の様に佇んでいた。


 しかも残された肉体の外側は焼け焦げ、残っていた左半分の白髪もチリヂリに焼け抜けている。


 ほぼ丸坊主に近い状態。

 これは落下時の大気摩擦が原因だ。

 頭皮も焼け焦げ、黒ずんでいた。


 ドッドッドッドッドッドッドッドッ


 僕は2メートル弱の距離で歩みを止めた。

 動悸の速さが更に増す。


 え?

 これ何だ?


 これ誰だ?

 中田?

 何でこんな姿になってるの?


 動転し始める気持ち。

 現状の判断も覚束なく、責任転換の思考まで巡り始めていた。


 僕自身がやった事にも関わらずまるで他人がやった様な思考。

 こんな思考が産まれた理由は逃避。


 現実逃避。


 何で僕の精神は堅実逃避を選んだのか?

 それはある感情が急激に僕の中で膨れ始めたから。


 その感情とは…………



 恐怖。



 僕がこれ以上近づけなかったのは恐怖で縛られていたから。


 カタカタカタカタカタ


 両膝が震えて来る。


 つい先程まで。

 現在の中田姿を見るまでは静かに落ち着いていた僕の心が今は激しく動揺している。


 まるで鏡の様な湖面が一瞬で荒れ狂い大波が立った様。


 僕の身体は動かない。

 動けない。

 まるで太い鎖で拘束されたかの如く。


 この唐突で歪な恐怖。

 これには覚えがある。


 呼炎灼(こえんしゃく)戦。

 空中で斬り付けた時に襲った感情と酷似していた。


 ガタガタガタガタガタ


 両膝の震えが大きくなる。

 膝を付いてしまいそうだ。


 駄目だ。

 この感情は駄目だ。


 早く何とかしないと。


 今、暮葉は居ない。

 僕一人だ。


 どうしよう。

 僕は動揺して一瞬ある事を忘れていた。


【おいっ

 竜司っ

 どうしたんだよっ

 ガタガタ震えてるじゃねぇかっ】


 そう、ガレアの存在。

 側にガレアが居た。


 プルプルプルプル


 震える右手をゆっくり上げて、ガレアの鱗に手を添える。

 大型魔力を補給。


 確かこれでも恐怖は治まる筈……………………


 ……………………



 カタカタカタカタカタ



 あれ?

 何で?


 恐怖が治まらない!


 ガタガタガタガタガタ


 ますます震えは大きくなる。


 ぺしゃぁっ


 僕はその場にへたり込んでしまった。


 体内の魔旭(まきょく)に意識を向ける。

 確かに膨らんでいる。

 と、言う事は魔力補給は完了している。


 何で!?

 何で消えないんだ!?

 今までは上手く行ったのに!


 ズルゥゥゥゥゥゥゥッッッ!


 ここで眼を疑う事が起きる。


 中田が…………



 新たに受憎腕を急速生成した。



 その数は三本。


 丸太の様に太い脚が一本。

 両側から長い腕が各一本ずつ。


 ヤバい!

 早く!

 早く動かないと!


 グググググ……


 中田はドス黒い紫色の手を支えにゆっくり立ち上がろうとしている。


 何で!?

 何で恐怖が消えないんだ!?


 ガタガタガタガタガタ


 依然として僕の身体は大きく震えている。

 恐怖が消えない。


 中田が立ち上がった。

 まるで妖怪の唐笠小僧の様。


 ダッ……

 ダッ……


 ケンケンで僕の側まで近寄って来た。

 見降ろすその真っ赤な両眼には零れそうな程、溢れる僕への怨み。


「フーーーーッッ………………

 フーーーーッッ………………

 EMIィィィィィィィィッッッッ!!!

 MOEェェェェェェェェェェッッッ!!」


 荒い息を吐いた中田は大絶叫を上げる。

 夜の闇に響き渡る中田の叫び。


 もはや中田の言葉は片言になっていた。

 自身の愛妻、愛娘の名前もまともに呼べない程まで。


 ガッッッ!


「カハッッ…………」


 素早く受憎腕を伸ばし、僕の首を掴んだ。

 そのまま片手で持ち上げる。


 息が詰まる。

 何て力だ。


 このまま僕の首をへし折る気か。

 それとも窒息させる気か。


【竜司っ!】


(ぬし)はんっっ!〗


楼主(ろうしゅ)はんっっ!〗


 命の危機にガレア、久久能智(ククノチ)水虬(ミヅチ)が動こうとした…………



 が、僕を助けたのは意外な人物だった。



 ガッッ!


 呼吸困難で薄れゆく意識の中、ぼんやりと見えるのは中田の肩を掴んだ白い手。

 綺麗な白い手。


 あれ……?

 何処かで見た事ある様な……


「………………離して…………」


 ぽつりと呟きが聞こえた瞬間。


 視界が急変。


 地面が斜め上……

 いや、僕の身体が逆さまになったんだ。


「竜司がァァァァッァァッッ…………

 苦しんでるでしょーがァァッァァ…………」


 この声。

 もしかして……


 タキサイキア。


 ゆっくり。

 世界がゆっくりと動く。


 大体現状を把握した。


 僕は今振り回されている。

 首を掴んでいる中田ごと。


 その振り回している人物は……………………



 暮葉だった。



 ###

 ###



「はい……

 今日はここまで」


「何でママが居るの?

 ライブじゃ無かったの?」


 あれ?

 今日は結構残酷な話だったのに割と(たつ)は平気そうだ。


「何でママが居るかは明日ね。

 それよりも今日は平気だね(たつ)

 結構残酷なシーンもあったのに」


「うん。

 ちょっと怖かったけど、やっぱりパパがカッコよかったから。

 ゼッショーケイッ!」


 何か(たつ)が叫びながらポーズを決める。

 息子から褒められると素直に嬉しい。


「そうだろそうだろ。

 フフン」


「でも最後の方はカッコ悪かったけど。

 相変わらず、すんなり勝てないねパパって」


 チクリと辛辣な意見。


「グッ…………

 しょっ……

 しょうがないじゃないか……

 本当にこの時の中田は化物だったんだから……

 さぁ今日も遅い……

 おやすみなさい」

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