第百八十一話 艱難辛苦(中田戦⑦)
2048年2月 某邸宅寝室
「やあこんばんは龍」
「パパッ!
フンッッ!」
予想外。
僕はまだ昨日の中田を引きずってテンションが低いと思っていた。
何か妙なやる気が漲ってるのが解る。
「ど……
どうしたの龍?」
「僕だって来年は中学生なんだっっ!
怖い事があったってへっちゃらだいっ!」
ははん。
なるほど。
要するにこれは空元気、虚勢の類だ。
そう思ったのは“怖い事”。
このワードだ。
テンションを上げてる様に見えるけどやはり昨日の最後は怖いんだ。
12歳にもなって僕が居ないと寝られなかった自分が恥ずかしかったんだろう。
何と言うかいじらしいなあ。
場合によっては虚勢を張るのも構わないと僕は思う。
テンションを下げて目的遂行を阻害、もしくは不可になるぐらいなら虚でも空でも良いからテンションを保った方が良い。
でも別に子供なんだから怖がってても良いと思うけどなあ。
「フフフ……
龍は強いね……
僕が龍ぐらいの歳の頃はあんな話、聞いたら怖くておしっこちびってたかも知れないのに」
これは誇張。
いくら僕が12歳の頃、弱かったって言っても小便を漏らす様な事は無い。
これは僕と接する時に空元気と言う選択を取ってくれた龍に対する返礼の様なもの。
謙譲語……
いや、謙譲言と言った所かな。
龍なりの頑張りに報いてあげたかったんだ。
「キシシ。
パパ、おしっこなんてちびってたのぉ?
ダッセー」
トホホ。
いつの世も親の心子知らずと言う事だなあ。
「タハハ……
じゃあ今日も始めて行くよ」
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え?
何で見てるんだ?
中田が何で僕を見てるんだ!!?
体内から膨大に溢れ出る危機感。
ヤバい!
ここに居たらヤバい!
大量に溢れ出した危機感は焦燥感へと成り代わり、そこから別の感情へと変化する。
その感情とは……
恐怖。
産まれた大恐怖は身体を縛る。
動けない。
一歩も動けない。
動かないとやられるのに。
蛇に睨まれた蛙とはまさにこの事。
何故動ける?
いや、痛覚が無いから動けてもおかしくない。
いつから覚醒していた?
いや、そんな事は今はどうでも良い。
神通三世は?
制限時間なんてとっくに過ぎてるだろ!!
焦燥と恐怖と疑問。
その三つの感情が頭の中で混然一体となってグルグル巡る。
その巡りは止められない。
止められないと言う事は、まとまらない。
ギュルゥゥゥッッ!
だが中田はこちらの態勢が整うまで待ってなんかくれない。
右腕の傷口から受憎腕がこちらに向かって伸びて来た。
ジュルゥンッッ!
受憎腕の生成スピードに目が追い付かず、動きに気付いて俯いた時は既に遅し。
見えたのは受憎腕の残骸を鶻が掴んでいる姿だった。
僕は吸収を阻止する事も出来ず、ただただ見てるだけしか出来なかった。
中田が起きていた。
この事実により湧いた。
膨大に湧いたあらゆる感情に身体が縛られていたから。
これは眼刺死では無い。
しかし、眼刺死よりもよっぽど効く。
僕は俯いていた。
黙って俯いていた。
鶻により残骸が回収されるのを黙って見つめていた。
あ、残骸を回収したって事は材料が残り少ないんだ。
僕の頭に過ったのはこんな呑気な考え。
これは逃避。
覆い被さる圧倒的な恐怖に耐えきれず精神が産み出した思考。
だがこの後、襲い掛かって来る中田の予想外の行動は僕のこんな逃避思考がどれだけ甘いのか。
花畑を笑顔でスキップするかの如く甘い考えだと言う事を思い知る事になる。
チク
地獄の始まりは小さな痛みから。
久久能智の指から細い棘が伸びて僕の腕を刺したんだ。
感覚神経が少し刺激され、身体を奔る痛み。
ここから地獄が始まる訳だが幸運な事が二つあった。
まず一つ。
神道巫術により顕現した久久能智が側に居た事。
久久能智の冷静な判断による棘の痛みで身体が動く様になった事。
そしてもう一つ。
中田の様子がおかしい。
腹這いに寝ている中田。
身体から何かが染み出て来ている。
腹から染み渡る様に拡大する紫色。
どんどん円状に広がる紫。
ドス黒い紫。
見た事無い。
こんな攻撃方法は見た事無い。
ヤバい。
これはヤバい。
紫色が拡大するスピード。
それはゆっくり。
酷くゆっくり見えたんだ。
これは素で起きたタキサイキア現象。
命の危険に陥った時、視覚から入った情報をうまく処理出来ない現象。
これがもう一つの幸運。
集中ッッ!
両脚に魔力集中。
ダァァァァァンッッ!
思い切り地を蹴り、宙で跳び上がる僕。
緊急事態の為、起動を使用する事すら忘れていた。
だが、効果は充分。
超速で舞い上がる僕。
「ガレアァァッァァァァァァァッッッッ!!」
僕は叫んだ。
相棒の名を。
ギュンッッッ!
超速で舞い上がる僕の頭上を更に上回るスピードで通り過ぎる深いエメラルド。
やがて僕の身体が最高高度に達する。
ここから重力に従い落下……
すると思われた。
ストッ
だが僕の身体はすぐに止まった。
僕が着地したのはガレアの背中だった。
【んな大声出さなくてもわかってるっつーの】
やはり先程通り過ぎたエメラルドはガレアだったんだ。
頼りになる僕の相棒。
バタバタバタバタ
気流の音がうるさい。
かなり高い高度の様だ。
月明りがあると言ってもやはり夜の為、視界は不明瞭。
パンパン
僕はガレアの首筋を叩く。
【ん?
何だ竜司?】
ひょいッとこちらを振り向くガレアの顔。
僕は下を指差す。
【ん?
降りたら良いのか?
なら……】
ギュンッッ!
ガレアは超速で下降。
「わわっっ!!?」
突然の下降移動に驚く僕。
エレベーターが下降した時の様な感覚が身体の中で大きくなる。
僕は必死で首に掴む。
目端に見えるコブ。
ガレアの後頭部下辺りに付いてるコブ。
逆鱗だ。
もしかしてガレアの逆鱗に触れないと中田は倒せないのでは?
そんな考えが過る。
邪な考えが過る。
いやいやいやいや。
何を考えてるんだ僕は。
暮葉の逆鱗に触れて引き起ったのがドラゴンエラー。
ガレアの逆鱗なんかに触れたらおそらく日本は沈む。
そんな事出来る訳が無い。
馬鹿か僕は。
どうやら中田への恐怖で錯乱していた様だ。
やがて地表が見えて来る。
パンパン
僕は首筋を軽く叩く。
フワッ
するとどうだ。
超速降下していたガレアが突然ブレーキをかけ、ふわりと浮いてホバリング
バサッ
バサッ
僕の両端で大きく翼がはためいている。
いつしかバタバタとうるさかった気流の音も止んでいた。
【何だよ竜司】
「高度はこれぐらいで良いよ。
ありがとう」
ドッドッドッ……
また少し動悸が早い。
動揺している。
だが冷静な判断が出来ない訳じゃ無い。
集中
僕は両眼に魔力を集中させ、中田が居た付近を見降ろした。
ブルゥッ!
何…………だ?
これ…………
身体が芯から震える。
異変。
僕の眼下に見える光景は想像を絶するものだった。
大きく。
中田を中心に広くドス黒い紫が広がっている。
大きさは全経10メートル程。
何だ?
あの紫は。
いや、答えは解っている。
あのドス黒い紫色は受憎腕だ。
いや、もうあの形状は腕とは大きくかけ離れている。
あれは?
あれは何だ?
僕は全方位内の中田を確認。
明らかにおかしい。
一見しただけで解る先程の変化。
何がおかしいのか?
それは中田の位置。
位置が地上では無いのだ。
言わば地下。
めり込んでいる…………?
いや、そんな感じでは無い。
力で圧し付け、めり込んだ感じでは無い。
これは……
どう言う事だ?
見た感じ、すり鉢状。
中田の身体の下がすり鉢状に消失している。
どう言う事だ?
考えている間も紫色の何かはじわりじわりと拡大し続けている。
僕は全方位内を注視し観察。
と、言うか眼下で起きている異変に目を離す事が出来なかった。
そうこうしている内に動きがあった。
この動きでこの広がったドス黒い紫色が何かが解った。
そして中田の行動に絶望する事になる。
「何……………………?
これ…………?」
中田の下にあるすり鉢状の凹み。
それが大きくなって行っている。
何故大きくなったのか?
それは…………
ドス黒い紫色の何かが地面を吸収して行っていたからだ。
何だ?
何だこれ?
何でこんな事をしている?
超速で巡る数々の疑問。
この予想外の行為に僕は大きな恐怖を覚えた。
「…………ここから離れよう……
退避だっっ!!」
僕が弾き出した結論は退避。
今、眼下で起きている事が信じられなくて、身体から産まれた恐怖に駆られ選んだ選択は退避。
これは結果として悪手となる。
最良手としては今の段階で中田を叩いておくべきだった。
だが、僕は選べなかった。
持っている情報を尽く覆した中田の行為は僕の中から立ち向かうと言う選択を奪ってしまっていた。
【ん?
逃げんのかよ。
何処にだよ?】
「さっきの島だっ!
早くっ!」
【わかったよ】
ギュンッッ!
ガレア発進。
その速度は速い。
瞬く間に目的地へ到着。
バサァッ
辿り着いたガレアは降下。
ドスッ
ガレア着地。
僕はゆっくりガレアから降りる。
場所は祠の側。
ズズズ…………
僕は祠にもたれかかりながら打ちひしがれる様に地へ座り込む。
そして頭を抱える。
ドッドッドッ
動悸が早い。
動揺している。
完全に動揺している。
こんな状態じゃ冷静な判断も出来ない。
「水虬……
チルアウトを頂戴……」
〖わかりんした……〗
差し出された人差し指をゆっくり咥え、染み出るチルアウトを身体に取り込んで行く。
トク……
トク……
トク……
動悸の早さが治まって来た。
気分も落ち着いて来る。
絶望的な状況でもチルアウトは例に漏れず効果がある様だ。
僕は頭を抱えたまま……
「…………参った……」
ぽつりと一言弱音を吐く。
僕が情報として持っていた事がほとんど矛盾している。
この絶望に似た恐怖は呼炎灼が展開したマグマの海を見た時と酷似している。
いや、呼炎灼の時はマグマと言う既知のものだっただけ微かにマシだ。
既知の物である為、触れるとどうなるかは予想できるから。
中田の場合は今ある情報へ矛盾を突き付けて来た。
こうなると持っている情報はほとんど役に立たなくなる。
また一から情報を集め直すハメになる可能性を孕んでいると言う事。
文字通り手探りで中田と闘り合わないといけない。
あの僕を殺したくて殺したくてしょうがない中田とだ。
だが、呼炎灼が展開したマグマの海も地獄を想起させるのに充分な光景である事は確か。
トク……
トク……
トク……
鼓動は落ち着いている。
頭も回って来た。
いくら地獄の様な光景だろうと。
絶望的な状況だろうと。
それらは僕が戦いを止めて良い理由にはならない。
中田がまだ動けるのなら続行しないといけない。
逃げ出したいけどやるしかない。
考えろ。
考えるんだ。
まず中田が展開した紫色の何か。
あれが何か考える所からだ。
あれは何なんだろう?
色から考えて受憎腕……
いやもうあれは腕じゃない。
受憎で生成した何か。
形状からすると多分受憎で生成した皮の様な。
薄い皮の様な物だ。
受憎皮?
何でそんなものを生成したんだろう?
僕はチルアウトを飲んで落ち着いたせいか先程目撃した絶望的な光景を一瞬忘れていた。
だが一瞬。
その受憎皮を生成した目的・動機を考えるとすぐに思い出した。
あの絶望的な光景。
確かに地面を吸収していた。
それですり鉢状の穴が大きくなった。
となると受憎皮の裏側に鶻が生成されていたと言う事になる。
何故、鶻が造れる?
鶻は式と言う術の特徴として掌にしか生成出来ないんじゃなかったのか?
持っていた情報と食い違う。
しかも吸収していた物質も矛盾がある。
地面。
そう、無機物なんだ。
地面を吸収し、すり鉢状の穴が大きくなって皮が伸びている。
と言う事は吸収した地面を材料として使用したと言う事。
何で吸収・使用出来る?
持っていた情報では受憎の材料になり得るのは機能停止した細胞。
簡単に言うと死肉。
だった筈。
だが今現在起こっている事は無機物である地面を吸収し受憎を使用している中田の姿。
この二つの大きな矛盾。
僕の中でも重要な情報だったこの二つ。
これを覆して来た中田。
くしゃ
僕は頭を押さえ、更に深く抱え込む。
〖主はん、どないしたんどす……?
…………ってまあ心境はお察ししますけんど……
大概バケモンやったんが輪ァかけてバケモンになったんやもんなあ……
ほいでも闘んのやめへんのやろ?〗
「うん……
いくらバケモノになったからと言って…………」
この久久能智の一言で今の抱えている矛盾にある種の結論を付ける事が出来た。
輪をかけて化物になった。
そう、成ったんだ。
これは進化。
何がそうさせたのか?
僕の殺したい程、憎んで産まれた恨気がそうさせたのか?
ここで泥や曽根の行動から思い出した事が一つあった。
式使いは追い詰めれば追い詰める程強くなる。
自身を追い詰めた対象を恨む事で産まれる恨気量が膨大になるからだ。
中途半端な攻撃は逆効果。
僕が必死に色々なものを呑み込んで展開したさっきの作戦は中途半端だったって事になる。
少しショックを受けつつ、更に思考を飛躍させる。
多分先程までの中田は僕の持っていた情報通りだった筈。
だが現時点の中田は持っている情報とは違う行動を取っている。
これは溢れた恨気と僕に対する怨みによって式と言う術が進化したんだ。
そう結論付けた。
だから何?
って思うかも知れないけどこう言うのって地味に重要だったりするんだよ。
不明な事を不明なままで置いとくと思考が先に進まない。
多少強引でも結論をつけた方が先に進み易いんだ。
もう持っていた情報を捨てて新たに考え直さないといけない。
いや、全て捨ててはいけない。
前と同じ部分もあるだろう。
情報の取捨選択が重要。
そんな気がする。
情報を更新させた上で作戦を組まないといけない。
まず無機物を材料として扱える。
これが物凄くヤバい。
詰んでいるのではと思うぐらいヤバい。
何故なら現在の中田は材料切れが無いからだ。
材料になり得る物はそこら中に溢れているから。
材料切れを狙って拘束するという手段はもう取れない。
鶻に関しては思い出した事がある。
確か泥が足に触れた死肉を吸収していた。
鶻は他の部位に生成する事も出来たと言う事。
となると脅威なのは材料条件範囲の拡大。
これが本当に恐ろしい。
全方位内を確認。
まだ中田は伏したまま。
四肢を失っているんだから当然だ。
だがすり鉢状の穴はどんどん大きくなって行っている。
受憎皮の拡大も続いている。
ヤバい。
何らかのアクションを起こさないと。
逃げてゆっくりと思案。
そんな悠長な事は言っていられない。
パンッ
僕は胸元で勢いよく両手を合わせる。
「黄道大天宮図」
天に向かって両手を観音開きし、星団図を生成する。
神通三世の準備だ。
そのまま左手で保持。
「ハァ…………
ガレア……
行くよ……」
【何凹んでんだよ竜司】
「だってあんな化物と闘わないといけないんだよ?
テンション上がる訳無いじゃないか……」
【何だよお前。
弱っちい奴だな。
んな気の抜けた状態だと勝てるモンも勝てねぇよ】
「ならガレアはあんな化物に勝てる見込みがあるって言うのかい?」
【んなモンやってみねぇと解んねぇだろ?
俺は闘る前からあーだこーだ考えてテンション下がってるから勝てるモンも勝てねぇって言ってんだよ】
確かにガレアの言う通りだ。
闘う前から机上の空論を並べてもしょうがない。
まだ進化した中田とは一度も闘り合って無い。
もしかして何か弱点があるかも知れないじゃないか。
こんなテンションが下がった状態で挑んだら視える物も視えなくなる。
ピシャァッッ!
僕は思い切り両頬を打った。
気合を入れる為だ。
「水虬ッッッ!
チルアウトをッッ!」
〖はふぅんっ……
凛々しい楼主はんも素敵でありんすなぁ……
はぁい……〗
パクゥッ
勢い良く人差し指を咥えた僕はチュウチュウと吸い始める。
口内の指から溢れ出る液体。
ゴクンゴクンゴクン
どんどん飲み込み、体内に吸収。
トク……
トク……
早鳴っていた鼓動を半ば強制的に落ち着かせる。
「ガレアッッ!」
ピトッ!
続き勢い良くガレアの鱗に手を合わせた。
ドッッックゥゥゥゥゥゥゥゥンッッ!
ドッッックゥゥゥゥゥゥゥゥンッッ!
ドッッックゥゥゥゥゥゥゥゥンッッ!
大型魔力を三回補給。
一つは僕用。
もう一つは水虬用。
残る一つは…………
磐土用だ。
「久久能智ッッ!
お前を一旦引っ込めるっっ!」
〖さよですか。
まあ別に構いやしまへんけど、誰呼ぶんどす?〗
「磐土だよ」
〖あの脳筋、呼ぶんでっか?
大丈夫どすか?〗
「今の進化した中田と闘り合うのは初めてなんだ。
そんなのやってみないと解らないよ」
【カッカッカ。
ようやくいつもの竜司らしくなって来たじゃねぇか。
相変わらずお前は俺が居ねぇとダメだなあ】
「うん、ホントそうだよ」
フィンッッ
僕は手を横に振り、久久能智消失。
「磐土……
磐土……
聞こえてたら出て来て欲しい」
ブン
目の前に現れる蒼いサークル。
せりあがってくるシルバーグレイの石棘。
一本から始まり二本三本とせり上がって来る。
続いて出て来たのはゴツゴツした岩の顔。
やがて全身が現れる。
幅の広い岩のなで肩。
猫背姿勢。
巨大な岩拳。
磐土だ。
間違い無い。
〖ウオオオオッッ!
誰が脳筋じゃぁああああっっ!
あのクサレ木材がぁぁぁぁぁっっ!〗
出るなり怒っている。
さっきも思ったけど、精霊って思ってた以上にめんどくさい奴が多いんだな。
それにしても同僚を木材て。
「ま……
まあまあ……
磐土……
そんなにカリカリしないで……
僕の顔を立てると思ってさ……」
〖おおっっ!!
頭ァァァッッ!
ワシの力が必要になったんですかいのうっっ!!?〗
「うん、頼みたい事があるんだ」
〖磐土……
久しぶりでありんすぇ……
相変わらずやかましい精霊でありんすなあ〗
〖おおっ!?
ワレ水虬かっ!?
何でそんな姿になっとんじゃぁっ!?〗
〖うふふ……
美しいでありんしょう……?〗
細く綺麗な蒼色の指が妖艶に口元へ添えられる。
「もうっ!
そんな事は良いんだよっ!
それよりも磐土、重たい石ってどう言うのがある?」
〖ん?
重たい石?
そうじゃのう……
鉄重石っっちゅうもんがあります〗
「鉄重石?
聞いた事無いけど名前は重そうだね」
〖これを使ってタングステンっちゅう金属を精製するんじゃ。
鉄重石はタングステン程重くはないけんど結構重たいんじゃよ?〗
タングステン。
聞き覚えがある。
確か兄さんが呼炎灼と対峙した時に使っていたやつだ。
「じゃあ、その鉄重石……?
だっけ?
それの生成を頼みたい。
数は中田をぐるりと取り囲むぐらい。
あと生成した鉱石は磐土ならすぐ消せるんだよね?」
〖ほうじゃ、ワシは石の大精霊。
鉱石を出すも消すも思いのままじゃあ〗
「OK。
なら作戦を説明する。
今、現在中田は受憎で作った皮の様なものを展開している。
未確認だけど裏側には多分鶻が付いてる。
それで地面を吸収して材料としているんだ」
〖地面を食べとるんでありんすか……?
エラい悪食でありんすねえ……〗
悪食。
何となくしっくりくる。
よし、あの展開している受憎皮は悪食と呼ぼう。
「確かに展開している悪食は脅威だ。
けど本体と繋がってないと受憎腕の生成は出来ないと思うんだ」
僕の作戦はこうだ。
磐土に寝ている中田を取り囲む様に鉄重石を生成。
その重みで圧し切って悪食と本体を分離させるというもの。
いくら吸収器官が多数あったって本体と切り離してしまえば材料として使えないのではと考えたんだ。
〖わかりやしたぁっ!〗
〖楼主はん……
わっちは如何しんしょう……?〗
ゴクリ
僕は生唾を呑み込む。
今から頼む事の恐ろしさでだ。
「水虬……
お前にはある液体とのリンクを張って取り寄せておいて欲しい…………」
〖わかりんした……
どんな液体をご所望ざんしょ?〗
「……………………硫酸……」
僕は腹を括ったんだ。
何処か僕の中に甘えた気持ちがあった。
だから中田に中途半端な攻撃を与えた事で今の事態を引き起こしてしまったと考えたんだ。
もっと精霊達を扱えば中田を拘束出来たかも知れないのに。
精霊達の能力に圧倒されてたんだ。
だから甘い使い方しか出来なかった。
結果、中田を中途半端に追い詰め進化を許してしまったんだ。
だから僕は覚悟を決めた。
これからは精霊達をもっと使う。
そう決めたんだ。
〖はふぅんっっ…………
腹括った楼主はんの顔ぉ……
素敵でありんすぅ……
よござんす……
わっちに任しておくんなんし!
すぐに硫酸を取り寄せて見せますぅ〗
「う……
うん……
あとガレア」
【ん?
何だ竜司?】
「今回はお前に乗って闘う。
魔力閃光も解禁だ。
撃って行くぞっ!」
【お?
何だ撃っていいのか?
やっぱりケンカの時は魔力放出しないとなあ】
「うん、お願い。
高度はそんなに高くなくていいから。
二人共、糧持って行ってね」
〖おうさぁっ!〗
〖わかりんした〗
身体から大きな何かが抜けて行く感覚。
さっき取り込んだ大魔力が抜けて行っているんだ。
やがて大きな喪失感は消えて行く。
「ふう、じゃあ行こうか」
【おー。
乗りな竜司】
「うん」
僕はガレアに跨る。
バサァッッ!
大きく翠色の翼を羽ばたかせ、ガレア飛翔。
臀部を強烈な力が押し上げる。
僕はガレアと二人の精霊を連れて夜の闇へ跳ぶ。
現在目算で大体45メートル付近の上空を飛んでいる。
「ガレア、少し高い。
もう少し降りて」
確か受憎腕の射程は15~20メートルだった。
と言う事はそれ以上であれば安全圏の筈。
【ん?
そうか?】
ガレア、ゆっくり下降。
もうそろそろ到着する。
僕は覚悟を決めた。
もう躊躇はしない。
必要であれば硫酸でも何でも使ってやる。
その覚悟。
持つのが遅かった事を知るのはほんの少し先の話。
酷く後悔するのは僅か先の話。
中田が進化した。
この意味を痛感する。
地獄の様な光景を目の当たりにするのは一歩先の未来の話だった。
現場到着。
ゾクリ
眼下の地獄絵図に身の毛がよだつ。
すり鉢状の穴は更に大きく。
悪食の範囲も15メートル以上に拡大している。
ドス黒い紫が広がっている。
これはもう手をこまねいている場合では無い。
急がないと。
まずは磐土の作戦から。
「磐土ィッ!
鉄重石を生成だっっ!」
〖オウサァッッ!!〗
ズズゥゥンッッッ!
宙に巨大な黒い岩が現れた。
しかも大量に。
見た目で重そうなのが解る。
重苦しい音を立てて地上に落下。
寝ている中田の周辺をぐるり取り囲む様に。
よし、あの大きさだ。
悪食は千切れた筈。
本体と切り離されただろう。
僕は下を目掛けて左手の指で刺した。
これは魔力閃光の狙撃ポーズ。
「魔力閃光ォォォォォッ…………」
カァァッァァァッ……
あんぐり開けたガレアの口に魔力が蓄積される音。
「シュゥゥゥゥゥゥトォォォォォッッッ!!」
僕は全身の力を込めて叫んだ。
カッッッ!
下から眩い煌めき。
ガレアの口から魔力閃光放射。
目標は悪食。
真っ直ぐ超速で撃ち出される閃光。
まずは一発。
ドカァァァァァァッァァァァァァァンッッッ!!
けたたましい爆音と真っ直ぐ燃え上がる爆炎。
よし!
命中!
ボゥゥッッ!
じんわり脚に爆炎の熱が伝わって来る。
何と言う威力。
高さ25メートル付近を飛んでいるんだぞ。
僕の脚を焦がさんばかりに燃え上がっている爆炎。
「水虬ッッ!
水を降らせて消火しろっっ!」
〖わかりんした……
ほな〗
フィッ
そのスラリと長く艶めかしい蒼い指を横に振る水虬。
ザァーーーーッッッ!!
同時に僕の下から雨音が聞こえる。
不思議だ。
雲が出ている訳じゃ無い。
けど確かに水が降っている。
何も無い所から水が生まれて降っている。
「不思議だ……
何で何も無い所から水が……」
〖ウフフ……
わっちは水の大精霊でありんすから……
これぐらい容易いでありんすよぉ……〗
見る見るうちに消化される爆炎。
白煙が舞い上がり、視界が遮られる。
「ケホッ……
凄い煙……」
モクモクと立ち昇る白煙が上空の僕らを包み込んだ。
吸い込んでしまい少し咽てしまう。
やがて煙が晴れて、視界がクリアーになる。
黒い巨石が中田を中心に円形でぐるりと歪に取り囲んでいた。
すり鉢状の地表に落下した為、ガタガタと歪んでいる。
悪食と黒石の間。
微かに見える地面。
黒石の重みで千切れたのが解った。
そのすぐ側に大きな穴が空いて地面が剥き出しになっている。
悪食ごと吹き飛ばしたんだ。
穴の周りが魔力閃光の熱で黒く炭化。
剥き出しの地面をぐるり取り囲む様に黒く太く炭化している。
まるで黒いドーナツだ。
ゴクリ
久々に見たけど、やはりガレアは凄い。
凄くて恐ろしい。
呆気に取られてしまった。
呆気に取られてしまって次の一手を打つのを忘れてしまっていた。
ゴパァッッ!
眼を疑う事が眼下で起きた。
何とぐるりと取り囲んだ黒石の中心から更にドス黒い紫色の何かが溢れ出して来たんだ。
あれは悪食だ。
溢れた悪食は黒石を覆い被さる量。
ヤバい!
戦慄が奔る。
「磐土ィィィィィッッッ!
早くゥゥゥゥッッ!
早く石を消せェェェェェッッッ!!」
〖ヌウッ!!?〗
ベチャァッ……
だが遅かった。
悪食が黒石に覆い被さった。
黒い石がドス黒い紫に成り代わる。
が、すぐにペシャリと凹んでしまった。
なるほど、精霊が造った物なら何かに阻害されてもすぐに消す事が出来るのか。
これで精霊が出したものは材料になる事は無い。
だが眼下に広がる地獄絵図。
地獄絵図と呼ぶに相応しい光景。
倒れている中田から溢れた悪食は千切れた残骸も含めて全て取り込んでしまっている。
ウジュル……
ウジュル……
その悪食はどんどん広がって行っている。
しかも中田はまだ寝たままなんだ。
駄目だ。
この生物は止まらない。
どうする?
どうしたらいい?
ジュルゥゥッッッ!
ここで下に動きがある。
広域に展開していた悪食が急速に収縮していく。
瞬く間に全て格納してしまった。
どう言う事だ?
一体中田は何を考えている?
ギュルゥッッ!
唖然として見降ろしていたら、中田の四肢が生えた。
急速に。
現れたのはドス黒い紫色の両手足。
形だけはヒトに戻った中田。
ゆっくりと起き上がる。
その様は悪魔の胎動の様。
キョロ……
ゆっくりと首を左右に振る。
僕を探しているのだろうか?
くい
顎を上げた。
目線は僕の方へ。
ゾクゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッ!
寒気。
巨大な寒気が脊髄を立ち昇る。
地表から見上げる紅い両眼には恨み。
怨みが零れそうな程、溢れているのが解ったから。
この怨みの念には結構晒されて来たけどいつまで経っても慣れない。
怖い。
正直怖くて仕方が無い。
だけど僕は今ガレアの背に乗って高度25メートル付近を飛んでいる。
この地点は中田の射程外……………………
の筈だった。
進化とは置かれている環境に適合する為、既存の種が新しい種に変化する事を指す。
中田が進化するとはどう言う事か?
それを思い知る事になる。
え…………?
小さかった中田の顔が。
紅い眼に怨みを載せて怒りの形相で僕を見上げていた中田の顔が…………
大きくなった。
ギュオッッ!
急速に。
訳が解らない。
【ん……?
うわっ!?
アイツが昇って来るぞっっ!】
ガレアも気付き、驚いている。
つまりそう言う事だ。
何らかの手段を使って中田が昇って来ている。
訳が解らない。
このままじゃ中田の間合いに入ってしまう。
ビュビュビュビュゥゥンッッ!
手をこまねいている僕らを上昇しながら両腕を大量の受憎刃に変えて攻撃して来る中田。
「ガレアァァァッッ!
避けろぉぉぉぉっっ!!」
ここで僕は“避けろ”と指示をしたんだ。
この時に取る選択として“上昇しろ”と言うのもあったと思う。
けど僕は避けろと指示。
これが幸か不幸か何故中田が上昇して来たか判明する事になる。
理由は物凄くシンプルなものだったんだ。
ギュンッッ!
ガレアは瞬時にスピードを上げ、バレルロール。
迫り来る大量の刃を翻弄し。掻い潜る。
ガレアが進んだ方向は上では無く横。
中田から横に間合いを取る事を選択した。
ギュルッッ!
ある程度離れたガレアは急旋回し、中田と対峙する。
「何………………
だ…………?
アレ…………」
見えるその中田の姿に巨大な戦慄が奔った。
恐ろしく。
果てしなく。
長くドス黒い紫色の両脚が伸びている。
見える中田の姿。
途轍も無く長い両脚が伸びている。
その長さ目算で20メートル近く。
しかも上空に座している中田の両腕からは長い受憎刃が大量に伸びている。
その姿を形容する言葉を僕は知らない。
化物。
そうとしか言えない。
化物なんて言葉が生温いと感じる程、その姿の異形ぶりは半端無かったんだ。
あれと…………
闘うのか……?
ドッドッドッ
今まで闘った事の無い未曽有の相手に鼓動が早鳴る。
こんな敵、見た事無い。
今までの強敵は橙の王、辰砂、呼炎灼等が挙げられるが、そのどれにも該当しない。
橙の王は竜だった。
見慣れている竜の姿だった。
呼炎灼。
化物じみて強かったが物凄く強い竜河岸と言うイメージが強い。
一番近くて辰砂だが、こいつは人外の動物と言うよりかは禍々しさ毒々しさが目立ち、しかも僕と闘っている間は人型を保っていた。
だからイメージとしては極悪の竜河岸となる。
ゾンビの様な動きも見せていたがやはり人型を保っていた分、イメージとしては僕と同線上。
人間である印象が強い。
だが中田はそのどれにも当てはまらない。
ドッドッドッ
更に鼓動が早くなる。
まるでロックバンドのドラミングの様な早さ。
動揺している。
〖はい……
楼主はん……
これでも飲んで落ち着きなんし……〗
ズポ
脇から人差し指が差し出され口に突っ込まれる。
口内に入った瞬間、溢れて来るオレンジ味。
柑橘系の風味が舌を優しく包み込む。
これはチルアウトだ。
今回これに頼りっぱなしだなあ。
異形と化した中田から目を離さずにチュウチュウとチルアウトを飲む僕。
トク…………
トク…………
トク…………
鼓動が落ち着いて来た。
さすが。
冷静さが蘇って来る。
同時にやる気。
闘志もブスブスと燃え始めて来た。
ボコォッ!
僕は右拳を握り、自分の頬を殴る。
喝を入れる為だ。
あんな異形の化物と闘うには平手打ちじゃあ足りない。
もっと気合を入れないと。
「ウオォォォォォォッッ!
闘るぞぉっっ!
ガレアァァッッ!
魔力閃光の準備ィィッ!
ヤツに近づけぇっ!」
僕は叫んで指示。
【お?
何か面白れぇ事考えてやがんな竜司。
で、魔力閃光は一発で良いのか?】
さすがガレア。
僕の相棒。
朧気ながら僕の考えが見えている様だった。
ニヤリ
そんなガレアとの深い意思疎通が嬉しくてつい自然と笑みが零れた。
「さすがガレア。
あぁ、二発だ。
二発準備をしてくれ」
【りょーかい。
主人】
キィィィィィッッ……
ギュンッッ!
僕の依頼通りあんぐりと空けたガレアの口の前には光球が二つ。
魔力閃光の魔力溜めだ。
「ガレアッッ!
少し魔力閃光の溜め時間を作るッッ!
ヤツまで近づいたら急上昇しろっ!
真っ直ぐ上に昇れっっ!
昇りつつ攻撃を掻い潜れェッ!」
【おうよぉっ!】
ガレアの力強い応答。
身体の奥から湧き上がる無敵感。
相棒とガッチリ連携した時に来る信頼感。
こうなると僕らは強い。
そう簡単に負けはしない。
一瞬で中田に近づく。
目の前には大樹の様に太いドス黒い紫色の脚が二本。
真っ直ぐ上に伸びて僕の視界から飛び出ている。
至近距離で見るとその大きさが解る。
ゴクリ
生唾を呑み込む。
まるで怪獣映画。
ゴジラやガメラと対峙している気分になって来る。
いくら僕とガレアが無敵だろうと未曽有の敵を前にするとやはり未知の恐怖は感じてしまう。
ビュビュビュビュビュゥゥゥンッ!!
中田の両脚を視認した刹那。
頭上。
死角から猛烈に空気を斬る音が鼓膜を揺さぶる。
見なくても解る。
両脚が確認できた。
と、言う事は今現在中田の射程。
と……
なると……
僕は素早く見上げる。
目に映る光景は地獄絵図。
数えるのも面倒な程大量な。
夥しい数の受憎刃が降って来たんだ。
だけど……
「来たぞぉぉッッ!
ガレアァァァッッ!
上昇しろォォォッッ!」
【オラァッ!】
ギュンッッッ!
超速で横に進行していたガレアがスピードを維持したまま急上昇。
かなり速度は出ていた筈なのに少しも減速せず真っ直ぐ天を目指すガレア。
僕に向かって降り注ぐ刃の雨に飛び込む事になる。
けど僕は微塵も恐怖は感じていなかった。
何故なら僕は今、相棒と一緒だから。
今まで数々の強敵と共に渡り合って来たガレアと在るから。
ガレアなら刃の雨だろうと銃弾の雨だろうと絶対に避けてくれる。
そう信じていたんだ。
グッッ
僕は強くガレアの首に掴まる。
僕に出来る事は超速の方向転換で発生する巨大な遠心力に耐える事と……
ギャンッッ!
時には鋭く避け、時にはバレルロール。
多彩な動きで受憎刃を翻弄し躱して行く。
時折受憎刃が頬を掠める事もあった。
だけど僕は恐怖を感じなかった。
出来る事は発生した巨大な遠心力に振り落とされない様、首にしがみ付く事と相棒を信頼する事だけだ。
ギュンッッ!
ガレアは受憎刃の雨を掻い潜りながら夜空を目指す。
超速で紫色の両脚の側を駆け抜ける。
猛スピードで流れる中、確かに見た。
紅い両眼を更に血走らせながら射る様に凝視する中田の顔を。
ブルゥッ!
さすがに怖い。
化物じみた中田のフォルムも受憎刃の雨もガレアと一緒なら怖くは無いが、やはり中田の怨みを真正面から突き付けられると恐怖を覚えてしまう。
だが、ガレアはそんな僕の心境なんかお構い無しに駆け上がる。
無限に縦横無尽に迫り来る受憎刃の雨を掻い潜りながら。
抜けた!
中田の頭上を取った!
そのままガレアは宙返りし、間合いを広げる。
これは魔力閃光を撃つ為だろう。
さすがガレア。
頭に血が上る。
結構キツい。
だけどフラついていられない。
僕はしっかりと狙いを定めないといけない。
僕らは少し中田から距離を取ったポイントに辿り着く。
よし!
溜め時間も充分だ!
「ガレアァァァァァッァァァァッッッ!
狙いは奴の両脚だァァァッァァァァッッッ!
撃ち抜けェェェェッッッ!
魔力閃光ォォォォォォォォッッッッ…………」
「シュゥゥゥゥゥゥゥトォォォォォォォォォッッッ!!!」
僕はあらん限りの力を振り絞り腹から叫んだ。
カカッッ!
気合の叫びに呼応する様にガレアの鼻先で二つの閃光。
魔力閃光放射。
眼が眩むほどの光。
だが一瞬。
一瞬の弾ける様な閃光。
目がチカチカする。
ズズズゥゥゥゥゥンッッッ!
視界が不明瞭な中、重苦しい音が聞こえて来る。
やがて目が慣れて来て辺りが視認できる様になった。
目の前に居た中田の巨体は消えていた。
それはもう綺麗サッパリ。
影も形も消えている。
さっき聞いた重苦しい音。
察した僕は魔力を両眼に集中し、眼下を見降ろした。
そこには倒れている化物が居た。
両脚とも千切れている。
太腿辺り。
ここまで伸び切っているともはやどこが太腿かも解らないが魔力閃光で千切れた為、支えを無くし落下したと言った所か。
【カッカッカ
二発使うって言うから何すんのかなって思ったけど、そう言う事か。
デッケェあいつが思い切り倒れてるじゃねぇか。
竜を見降ろしてチョーシに乗りやがって、ザマァ無ぇな。
あぁユカイユカイ】
何か勝ち誇った様にガレアが笑っている。
愉快なんて言葉、知ってたんだ。
それよりも中田はどうなった?
見ると両脚の傷口から伸びた表皮や肉片が見える。
力任せに千切ったと言う印象。
やはり魔力閃光と魔力刮閃光はそのものの本質が違う様だ。
おっと脇の考察はどうでも良い。
確かに脚は恐ろしく伸びていたが、本体。
いわゆる上半身自体はそのままの大きさ。
となると、中田は高度25メートル付近から転落したと同義だ。
いくら痛覚がほとんど無いと言っても打ち所が悪ければ脳震盪ぐらい起こしてくれて無いだろうか?
そんな訳無い。
ある訳が無い。
地面に落下して止まっていたのはほんの数刻。
ほんの1~2分程度。
中田はすぐに動きを見せる。
しかもその動きは禍々しいものだったんだ。
ゴパァッッ!
うつ伏せに倒れている中田の腹から急速に何かが溢れて来た。
それは何かを生成したとか言うレベルでは無い。
溢れたと言う言葉が相応しい。
溢れ出したものはドス黒い紫色。
悪食だ。
悪食を展開した。
溢れた汚い紫は千切れた両脚だけでは無く、周囲の木々までも呑み込んで行く。
範囲はさっきよりも遥かに広い。
動きもアクティブになっている。
紫色の荒波と化した悪食は見る見るうちに周囲の物体を呑み込んで行った。
シュルシュルシュル……
あれ?
吸収が止まった。
悪食が収縮して行く。
見る見るうちに中田の腹まで戻って行った。
気が付くと周囲約20メートルの荒れ地。
中心にうつ伏せで倒れている男。
何股も分かれ先を刃と化した両腕を持ち、恐ろしく長く千切れた太腿を持った男が伏しているだけだった。
シュル……
シュルシュルシュル……
更に動きを見せる中田。
両腕から何本も伸ばしていた受憎刃も。
千切れた恐ろしく長い脚も。
全て格納し始めた。
格納速度は速く、瞬く間に視界に見える紫色は全て消えた。
残ったのは死体と見紛う程ピクリとも動かない四肢をもがれた男。
僕は上空から見ていた。
いや、観ていた。
観察していたんだ。
痛覚麻痺と自立生成エネルギー。
更に周囲の物体を取り込める様になった中田。
一見するとほぼ無敵。
漫画やアニメで見るボスキャラの様。
チートの様な能力を身につけた中田。
だけどチートなんてものが存在するのは漫画、アニメ、ラノベだけ。
絶対に何処か弱点がある筈。
いや、弱点とまでは言わずとも何処か綻びがある筈。
そう思って上空から中田の行動を観察していた。
決して化物の様な中田に怖気づいていた訳じゃ無い。
心中で闘志は燃えていた。
じっと。
ただじっと見つめていた。
一言も発さずじっと観察を続けていた。
頭の中は超速で思考が巡っていた。
現時点での受憎腕の範囲は?
受憎刃の硬度はどれぐらいだろうか?
僕の魔力注入の一撃で割れるだろうか?
もはや空は安全な場所では無い。
現時点での受憎腕の限界本数はどのくらいだろうか?
悪食で取り込んだ材料を全て受憎腕に使ったとしてその攻撃を神通三世で躱せるだろうか?
この仮定だと多分手数はゆうに百を超えるだろう。
取り込んだ物質は体内でどの様に管理されているのか?
取り込める範囲は広がったかも知れないけど量はどうなんだ?
どれだけの量を積載できるのだろうか?
おや?
この考えが頭を過った時、違和感を感じた。
微かな違和感。
中田の行動に違和感を感じた。
何処がおかしいのか?
何がさっきと違うのか?
僕はじっと見る。
観る。
視る。
解った。
違和感の正体。
それは取り込んだ物質にあった。
確かに中田の周囲20メートルはほとんど吸収され荒野と化している。
だが、地面は平地のままだったんだ。
さっきの様に抉れてすり鉢状になっていない。
何故だ?
何故中田は地面を喰わなかったのか?
聞く人によっては下らないと一笑されるかも知れない。
今の中田の能力からするとそれ程小さな違和感。
それよりも早く逃げた方が良いんじゃないか?
そう言う人も居るだろう。
だけど僕は逃げない。
逃げる訳にはいかない。
小さくても微かでも綻びを見つけたんだ。
ここから中田を打倒出来るなら挑まないといけない。
視ろ!
視るんだ!
中田は今進化したてで身体の変化に対応しきれていない可能性もある!
行動すると言う事は何か意味がある筈!
とにかく凝視。
注視する事に専念したんだ。
今はヤツの能力、生態を把握する事を優先させたんだ。
これは手を出さずにいると言う事。
言い換えれば中田に準備する時間を与えると言う事。
もしかしてこの判断がもしかして勝敗を分ける事にもなるかも知れない。
でも僕は観察を選択した。
何故かと聞かれたら直感としか言い様が無い。
直感+経験だと思う。
今まで強敵と渡り合って来た。
経験を積んだ今の僕の直感がこう告げていた。
視ろと。
だから僕はじっと視る。
中田の一挙手一投足見逃さない様に視たんだ。
ギュルゥゥゥッッ!
今ある全ての受憎腕を格納した中田はしばらくうつ伏せのまま倒れていた。
が、唐突に行動を起こした。
千切れた四肢の傷口。
そこから新たな受憎腕が急速生成されたんだ。
今回は長くない。
脚に生成された受憎腕を合わせても一般男性ぐらいの身長しかない。
両腕も一本ずつ。
ドス黒い紫色。
悍ましい四肢の色を除けば普通の人間の形をしている。
これはどう言う事だろう?
何故さっきの様に化物じみた形態に変化しないのか?
材料は充分ある筈。
それは周囲20メートルに広がった荒野が物語っている。
どう言う事だ?
考えろ。
考えるんだ。
何故今、中田が人型の形態を選択したか。
ここは原点に立ち返ってみよう。
式と言う術。
厳密には受憎と言う術。
これを使うには何が必要?
それは材料と恨気。
材料はさっきも考えた通り充分ある。
となると…………
もしかして…………
恨気が足りないのでは?
さっきの動きから中田の恨気発生起因は僕を目撃する事。
これは検証も行ったからほぼ確定。
まず僕が残骸を拾おうとした時に一度目撃。
膨大に恨気が発生した。
そこで悪食を生成。
そして宙に逃げた僕を目撃した。
ここでまた恨気生成。
二度目。
僕とガレアが魔力閃光の溜め時間を作る為に中田に近づいた。
これが三度目。
三回目はずっと僕を凝視していたから恨気は溢れ続けていた筈。
そこから魔力閃光を撃って両脚を落とし、落下した。
ここでまた違和感が産まれた。
これはすぐに出所が解った。
感じた場所は三度目。
僕らが近づいた時、中田の体内には恨気が発生し続けていた。
だけど……
三度目の付近では受憎腕を新たに生成していないんだ。
生成していないと言う事は恨気を使用していないと言う事。
ここが違和感。
恨気を使用していないのなら体内に残っている筈だ。
なのに今現在中田が選んだのは人型。
この矛盾。
すぐに結論は出た。
推論混じりではあるが超速で思考が巡っていた為、答えが出るのは早かった。
おそらく受憎腕を維持するのにも恨気を使用するんだ。
あれだけ長くて太い受憎の両脚の維持。
あれだけ夥しい数の受憎刃の維持と超速挙動。
多分僕が考えている以上に恨気を使用するんだろう。
だんだん進化した中田と闘うやり方。
輪郭が朧気に見えて来た気がした。
僕の姿を目撃されない様に闘う。
多分この戦い方は合っていると思う。
「ガレア……
少し上昇して雲の中に身を隠して」
【ん?
そうか?
なら……】
バサァッ
ガレアが大きく翼をはためかせ上昇。
ズボォッ!
雲の中に突入。
バタバタバタバタ
やはり雲が発生してる地点は気流の音がうるさい。
だけどここから降りる訳にはいかない。
姿を晒してしまうと目撃されて中田の体内に恨気が発生する可能性があるから。
例え地表から豆粒の様にしか見えない距離だったとしても。
用心に用心を重ねないといけない。
バタバタバタバタ
しかしうるさい。
しょうがない。
アレを使うか。
そう、マザーから貰ったプレゼント。
精神端末だ。
何だか使うの久しぶりな気がする。
確か……
体内の魔力を……
両手に集中させるんだっけ……
集中
両手が眩く光る。
光は少し大きくなり収束。
光の中から現れたのは綺麗な翠色の菱形。
さすがマザーのくれたプレゼント。
しばらく使って無くても生成できるもんなんだなあ。
本当に綺麗。
宝石と偽っても売れそうな気がする。
おっと、そんな事は言ってられない。
続いて……
僕は念じる。
するとその綺麗な翠色の菱形に真っ直ぐ線が入って行く。
二等分完了。
よし。
お次は……
二つに分かれた菱形の片割れをガレアの背中に押し付ける。
すうっと吸い込まれて行く。
もう一つの片割れは僕だ。
自身の胸に押し付けた。
不思議だ。
見た目は堅そうだけど、何の抵抗も無く吸い込まれて行った。
―――ガレア……
ガレア……
聞こえる……?
―――ん?
何だ竜司。
お前また念話使ってんのかよ。
―――うん。
今は降りれないからね……
ん?
あれ?
何か違う。
何か今までと違う。
何が違うんだろ?
―――ん?
竜司、どうした?
あ、解った。
あの妙に気の抜けたポンコポンコ音が付いていないんだ。
どう言う事だろう?
僕もレベルアップしたって事かな?
〖楼主はん……
そのポンコポンコ音て何でありんしょう……?〗
バタバタバタバタ
「あぁ、何かね。
前まで精神端末で会話してた時は語尾に妙な音がついてたんだよ。
その音がヘンでポンコポンコだのポンコペンコだの鳴ってたんだ」
〖ウフフ……
何やら可愛らしい音でありんすなあ……〗
「でも精神端末なんて使う時は緊迫した時がほとんどだから勘弁して欲しかったよ」
〖ウフフ……〗
「生きるか死ぬかの瀬戸際だって………………
あれ?」
再び違和感。
「何で水虬の声がハッキリ聞こえるんだろ?
磐土も僕の声、聞こえる?」
〖おうっ!
頭の声じゃけぇ。
ハッキリ聞こえとりますっ!〗
磐土の声もクリアーに聞こえる。
〖……わっちらは楼主はんの創り出したモンでありんすから気流の音なんぞ関係ありんせんよ……〗
へえ、そんなものなのかな?
でも、これで準備OK。
―――じゃあ僕が中田を観察して気付いた事を話す。
精霊達も念話の内容聞いててね。
〖わかりんした……〗
〖わかりやしたっっ!〗
精霊とのコミュニケーションは念話でも話しても行けるから楽だなあ。
―――まず中田が……
僕は話した。
念話に載せて現在の中田の状態、能力を説明した。
まず僕への怨みで能力が桁違いに変化した。
一番の違いは何でも吸収する様になった事。
そして吸収の仕方も悪食に変わった事を。
―――何でもって何だよ。
―――何でもは何でもだよ。
それこそ地面とか石とか木とか。
―――ゲッ、アイツ地面なんか喰うのかよ。
美味いのかな?
―――多分味なんか解ってないと思うよ。
だから悪食なんだ。
僕は説明を続ける。
さっき伸びていた脚も含めると中田の射程は桁違いに広くなっている事を話す。
―――けど竜司よ。
じゃあアイツ何で脚、伸ばしてかかって来ねぇんだよ。
ここからは推測、憶測混じりになる。
多分あの状態の維持と悪食は消費恨気が膨大なんだと。
ガレアが両脚を撃ち抜いたから千切れた残骸を回収する為に悪食を広範囲展開した。
そのせいで残存恨気が少ないんだろうと。
―――大体解ったけどよ。
で、どう闘るんだ?
―――水虬の濃霧を使おうと思う。
あれで視界を遮って攻撃しようと考えている。
―――ノームってさっきの雲か?
ふうん、それで上手く行くのか?
―――そんなのやってみないと解らないよ。
と、なると顕現させる精霊を今一度考えないといけない。
水虬は決定として、あと一体はどうしよう?
磐土を使うか?
いや、現在の進化した中田は脅威。
とても近接戦闘で渡り合える自信が無い。
だいいち見られるとそれだけで膨大に恨気が発生するんだ。
神通三世を使っても10秒以上攻撃されたら喰らってしまうかも知れない。
ブルブルブルゥッ
僕は大量の受憎刃でなます斬りにされている自分を想像して寒気が奔る。
近接戦闘が無理となると中距離か遠距離。
僕の得意距離はロングレンジ。
遠距離からの狙撃だ。
さっきは中田の命を奪ってしまうのではとガレアの魔力攻撃は使わなかった。
多分その中途半端な気遣いが中田の進化を引き起こしてしまったと思う。
中田は現在、全長25メートルまで大きくなる事が出来る。
いや、それ以上も可能かも知れない。
そんな化物と闘うんだ。
ガレア抜きでは考えられない。
よし、決めた。
僕はガレアに乗って中距離から狙撃。
精霊は水虬と久久能智の二体。
お姉さんコンビだ。
―――よし、三人共聞いてくれ。
まず精霊は磐土を引っ込めて久久能智を出す。
選定理由は射程。
久久能智の蔓や棘は中距離から遠距離まで届くからね。
〖…………ワシ…………
あんまし役に立っとらんのじゃあ……〗
「いやいやいやいやっっ!
そんな事無いっっ!
そんな事無いよっっ!
お前の出した石で悪食は千切れるって言うのも解ったしっっ!
今回は距離が中~遠距離だからだよっっ!」
〖…………わかりやした……
ハァ……〗
何か落ち込んでいる。
灰色のゴツゴツしたなで肩を落とし猫背だった背中を更に丸め、文字通りゴツい顔をションボリさせて落ち込んでいる。
そんな様を見せられてかける言葉なんか無い。
フィンッ
僕は黙って指を横に振り、磐土を消した。
続いて……
「久久能智……
久久能智……
聞こえる?
聞こえていたら出て来て欲しい……」
僕の呼びかけに応じ、久久能智顕現。
今度はきちんと見つめていた。
〖フフ……
今回はちゃんと見ていたどすなあ……
感心感心〗
「久久能智。
話は聞いていたね。
お前は中田の周囲から蔓と棘を生やして攻撃して欲しい」
〖わかっとりまんがな〗
「よし、じゃあ行くか。
水虬、中田の周りに濃霧を散布して」
〖わかりんした〗
「全方位じゃ濃霧が撒かれたか解らないから撒いたら教えてね。
ガレア、僕が合図したらこっちの方向に飛んで」
【わかった】
〖はい……
楼主はん、終わりんしたよ〗
さすが水虬。
仕事が早い。
じゃあ行こう。
「ガレア、こっちの方向へ飛んで。
中田の様子も見たいからゆっくりでお願い」
【わかった】
「じゃあ三人共行くぞォッ!
気合を入れろぉっ!」
僕は慣れない檄を飛ばし、三人を発奮させる。
意気揚々と戦いに臨む。
そして勝利を掴む。
勝利とまでは行かなくても優勢で終わる………………
と思っていた。
何故なら僕は覚悟を決めたから。
頼れる相棒とガッチリ連携を組んだから。
だけど………………
結果は散々たるものだったんだ。
15分後
「ハァッ……
ハァッ……
ハァッ……」
息を切らせて大木にもたれかかっている僕が居た。
「グゥッ……!」
体内で身を焼く感覚が駆け巡る。
痛覚神経が刺激され、呻き声が漏れる。
痛みの出所は身体中の斬り疵。
受憎刃で斬り付けられた疵。
かすっただけなんて生易しい物じゃない。
数は多数。
中には深い疵もある。
痛い。
喋る気も無くなる程痛い。
本当に嫌。
斬られるのはもう嫌だ。
弱音が頭を過っている間もズキンズキンと灼熱感が身体で膨らんでいる。
とにかくまずは魔力注入で治癒しよう。
でないと考える事も出来ない。
ズズ……
ズズ……
僕はもたれたまま大木の麓にへたり込んでしまう。
患部も大量。
一つずつ治癒して行かないと。
集中
患部に魔力を集中。
身体を縛っていた痛みが引いて行く。
僕はその時、大池の真ん中にある島。
さっき退避場所に選んだ島に居た。
今回も退避場所に選んだんだ。
結果だけ言うと僕の劣勢。
大劣勢で終わったんだ。
判断ミスも多かった。
遠くから攻撃しなかったのって?
そりゃ離れて攻撃はしたけど、距離で言うと中距離。
久久能智が精密な攻撃をする為には離れてちゃ駄目だからね。
…………まあ久久能智の攻撃は全く通用しなかったんだけど……
ハハハ。
まずここから話そうか。
確かに中田は人型。
身長も常識範囲内だった。
だけど一点。
ある一点が常識を。
僕が知ってる中田を大きくかけ離れていたんだ。
化物じみていたのは…………
強度。
身体の硬さだ。
どれだけ硬かったかと言うとガレアの魔力閃光を弾く程だったんだよ。
おそらくこれは受憎を凝縮させて身体に纏っていたからだと思う。
まるで鎧の様にね。
言わば凝受憎と言う物を使用していたんだ。
材料は山程体内にあるからね。
簡単な話、魔力閃光が弾かれたのが一番大きな判断ミスだったんだ。
そこからボロボロと崩れ出したんだよ。
濃霧も魔力閃光の風圧で霧散。
発射位置から僕の姿も目撃。
膨大に恨気が溢れたんだ。
濃霧が風圧で霧散する事も。
中距離から発射した事も。
全て僕の判断ミスから来たもの。
完全に中田のペース。
そこからは酷いモノだったよ。
膨大に恨気が溢れたと言う事は受憎に必要な条件。
恨気と材料。
その両方が揃った事になる。
と……
なるとどうなるか?
中田は大量の。
無数の受憎刃を急速生成して僕に襲い掛かって来たんだ。
僕はガレアに乗っていた。
だから避けれる…………
筈だったんだ。
「ガレアも……
傷だらけだよ……
治したら?」
僕の身体の傷は治癒完了。
だけど気分は沈んだまま打ちひしがれていた。
相棒の身を案じる事が精一杯。
【クソッ…………
何かアイツの攻撃、速くなってねぇか?】
そう、ガレアの思惑は合っていた。
明らかに中田の攻撃は速くなっていた。
これは順応。
ガレアのスピードに中田が順応して来たんだ。
慣れたと言い変えれるかも知れない。
■順応
個体生物がその生態系における変化に対応し、気温の変動、食糧の入手状況、その他のストレスを生き延びられる様にする過程を指す。
順応は短い期間で起こり、その個体の生涯に収まる。
え?
進化と何が違うのって?
えっと……
進化って言うのは世代を超えて変質する事を指すんだ。
その変質はもう元には戻れない物。
かたや順応はその個体のみ。
この話の場合だと中田のみだね。
あとその変化は元に戻る事も出来るんだ。
やはり言い方としては“慣れた”と言うのが正しいかも知れないね。
だから僕は中田の式の変化。
悪食だったりとか無機物も吸収し始めた事。
これを進化。
ガレアの超スピードに追い付いて来た事を順応と表現したって事だよ。
え?
神通三世はどうしたのって?
もちろん使ったよ。
僕はガレアの背中から振り落とされたからね。
もちろんこの頃の僕ならガレアの超スピードで発生する遠心力は踏ん張れるよ。
スピードよりも遠心力で吹き飛ばされたんだ。
この時のガレアの動きは凄まじくてね。
超スピードを維持したまま短い間隔で何度も何度も方向転換するもんだから耐えられなかったんだ。
色んな方向へ瞬間的に何度も何度も強い遠心力が発生するんだよ?
あれは流石に踏ん張れないよ。
ガレアから分離した時は焦ったね。
すぐに黄道大天宮図を展開して神通三世を発動させたよ。
それでこの時、解った事があるんだ。
神通三世は絶対防御じゃない。
避けられない攻撃は存在する。
それを証明するのが身体中についた斬り疵って訳さ。
多分、厳密に言うと致命傷を避ける動きをするんだ。
昨日言った神の攻撃も避けれるって言うのは自惚れ以外の何物でも無いんだよ。
やはりチートなんて存在するのはフィクションの中だけだなと痛感した瞬間だったよ。
しかも神通三世には厄介な制限もあるからね。
そう、時間だ。
10秒しか持たない。
僕を目撃した事で中田に発生している恨気は無尽蔵に近い。
うん、龍の言う通り。
魔力に似ているね。
その膨大な恨気から繰り出される攻撃は…………
物凄かった。
凄惨。
この一言に尽きる猛攻だった。
縦横無尽。
全方位から迫り来る受憎刃の雨は神通三世をもってしても躱し切る事は出来なかったんだ。
10秒なんてあっという間だったよ。
カウントを数えている暇も無かった。
何で制限時間が過ぎたか気付いたって言うと右腕の上腕部に付いた斬り疵がキッカケだった。
そこから伝わって来る痛みが大きかったんだ。
僕は即、魔力注入に切り替えた。
でもその頃の僕の力量じゃあ攻撃を避け切る事は出来なくて、じわりじわりと斬り付けられる回数も増えて行った。
集中すれば躱せたのかも知れないけど、僕は横の状況に気を取られてたんだ。
横の状況っていうのはガレアの事。
ガレアも必死に中田の攻撃を躱していたよ。
それでも中田の猛攻は凄まじくて刃は着実に確実に身を斬り付けて行ってたんだ。
でも僕が本当に。
本当に凹まされたのはガレアのスピードに追い付いた事なんかじゃない。
もっと別にあったんだ。
僕が凹まされた原因。
それはガレアの防御にあった。
厳密には防御が原因じゃない。
防御法から導き出される答えが途轍も無く絶望的だったんだ。
ガレアの防御法。
それは魔力壁だったんだ。
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「はい、今日はここまで。
一昨日も話したよね?
ガレアの身を防いでいたのは魔力壁だったんだよ」
「うん、確かに聞いたけどそれが何で絶望的なの?」
やはり龍は覚えていない。
魔力壁の効果を。
こう言ってる僕も最初の魔力壁で思いつかなかったんだからマヌケな話だ。
「魔力壁ってね……
反応するのは魔力を含んだ攻撃だけなんだよ……」
「え…………?」
事実を突きつけると流石の龍も察しがついた様だ。
「そう、この頃の中田は魔力を使い始めていたんだ…………
本当に参ったよ……
この時は……
今、生きてるのが不思議なぐらいさ……」
「けっ……
けどっ……
中田って今は化物かも知れないけど元は一般人だったんでしょっっ!?
一般人には魔力って猛毒じゃあ無かったのっっ!?」
「うん、それは龍が合ってるよ。
だから中田は苦しんでいたと思うんだ。
時々中田が胸を掻きむしる様に悶え苦しんでいたのは魔力の猛毒が身体を侵食していたからだと思う」
「あ………………
そうか………………」
龍が理解した。
本当にこの時はヤバかった。
それこそ呼炎灼戦以上のヤバさを感じた。
何せ相手は魔力と恨気と言う二つのエネルギーを扱う事になったんだから。
「パパッッ!?
大丈夫だったのっっ!?
そんな相手と闘ってっっ!?」
龍が焦って問いただしてくる。
相変わらず僕がここに居るって事はとりあえず無事だって事が解ってないらしい。
「フフフ…………
どうなるかは明日のお楽しみ。
さあ、今日はもう遅い。
おやすみなさい」