第百八十話 救火揚沸(中田戦⑥)
2048年2月 某邸宅寝室
「やあこんばんは」
「あ、パパ。
うす」
どうやら今日はいつもの龍の様だ。
昨日話した内容もそこそこキツかったと思うけど慣れちゃったのかな?
「ねえ龍?
昨日は長く話しちゃってごめんね。
どこまで覚えているか教えてくれない?」
「えっと……
中田が葉槌が造ったお花を食べて……
苦しみ出して……
あれ?
そこからどうなったんだっけ?」
なるほど。
その辺りで眠ってしまったと言う事か。
結構大きめの声を出して中田の苦しむ声を再現したんだけどそれだけ疲れていたって事か。
「OK。
じゃあそこからどうなったか簡単に説明してから今日の話を始めよう」
「うん」
「中田はエンジェルトランペットを摂取した事で起こった幻覚に苦しんでいたんだ。
それはもう割れんばかりの叫び声をあげてね」
「ゴクッ……」
あ、龍が生唾を呑み込んだ。
うんうん、驚いている様だ。
良かった。
「そしたらね……
何と中田は背中から新たにたくさんの!
受憎腕を生成したんだ!」
龍が良いリアクションをするもんだから僕もテンションが上がって来た。
「た……
たくさんって……
どれぐらい……?」
「そりゃあもう数えきれないぐらいさ。
中田の頭の上が汚い紫色で埋まるぐらい。
本当にたくさん生成したんだ。
多分それだけエンジェルトランペットの幻覚がキツかったんだろうね」
「そ……
それでどうなったの?」
ここから出した受憎腕を全部受憎刃に変えるんだよな。
フフフ。
どんな顔するだろ?
「ジャキィィィンッッ!
なななっ!
何と生やした沢山の受憎腕は全部!
一つ残らず全部受憎刃に変わったんだっっ!」
「えっっ……
えええええええええっっ!?」
ウフフ。
驚いてる驚いてる。
龍はやはり素直な反応をするなあ。
でもそれぐらい驚いてもらわないと。
本当に中田との闘いは何度も死を覚悟したんだから。
「もう物凄い数の刃を生やした中田の姿は人間じゃ無かったね」
「な……
中田はそれでどうしたの……?」
「最初は悶えてるだけだったよ。
エンジェルトランペットの幻覚がまだ効いていたからね…………
でもね龍……
中田との闘いに少しの休みも無いんだよ」
「え…………?」
本当にリアクションをするなあ龍は。
「ビュビュビュビュビュンッッッッ!
ブォォォォォォッッ!
何と!
生えている受憎刃を全部振り回したんだ!
それはもうデタラメに!
やたらめったら!
縦横無尽に!
もう中田には僕が何処に居るかなんて解っちゃいない!
これは幻覚の苦しみから逃れる為の行動っっ!!」
「パパッッ!!?
大丈夫なのっっ!?」
「フフフ……
龍……
いつも言ってるでしょ?
僕がここで話してるって事は……?」
「あっ……
大丈夫だったって事か……
でも受憎腕って伸びるんでしょっ?
それでそれでどうなったのっっ!?」
「もちろん、中田の刃は僕の所にも届きそうだったよ。
でも最初に被害を受けたのはガレアだったんだ」
「ええっ!?
大丈夫だったのっっ!?」
「ガィィィンッッ!
何とガレアの周りに蒼白い六角形の壁が現れて身を護ったんだ!
ガレアの身を護った物。
それは魔力壁だった。
昨日はここまで話したんだ。
今日はここからだよ」
「ホッ……
良かった……
うんっ!
わかったっ!
早く聞かせてっっ!」
やはり龍も気付いていない。
中田の攻撃を魔力壁で防いだ意味が。
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【おい、どうするよ竜司。
アイツおかしくなってるぞ】
中田の様子を見つめたガレアからの進言。
ブォォォォォォッッ!
ズバババァァァッッ!
ドドドズゥゥンッッ!
「アアアアアアアアアアアアアアアアアッッッ!」
縦横無尽に暴れ回る受憎刃の群れ。
次から次へと巨木が薙ぎ倒される音。
切り離された木々が地に落ちる音。
中田の悶える叫び声。
それらの音が合わさり、絶望の多重奏となって辺りに響き渡る。
もはやこれは取り押さえるとかのレベルでは無い。
見る見るうちに林が荒野と化して行く様を唖然と見つめていた僕だったが、すぐに冷静になり結論を弾き出した。
「三人共…………
退くぞ……」
【え?
逃げんのかよ】
「あんなのに攻撃を仕掛けるなんて自殺行為だよっっ!
一旦退避だっっ!
起動ォォォッッ!」
バンッッッッ!
強く地を蹴り公園中央の大池を目指す。
【何だよ。
全くもー】
ガレアもぶーたれながら地を蹴って、ついている。
そんなガレアのぼやきを気にしている余裕は無い。
魔力注入を発動した僕の脚ならすぐに到達する。
とにかく今は距離だ。
中田から離れないといけない。
そうこう考えている内に大池到達。
おや?
池の真ん中……
いや、真ん中よりも少し上寄りに小さな島がある。
木も充分生えている。
よし、ここに隠れよう。
ダンッッ!
池の岸辺に到着した僕は一度角度を付けて強く地を蹴り、高く跳躍。
天高く舞い上がる僕。
眼下には小さな島。
30平方メートルぐらいの小さな島。
中に小さな。
神社?
いや、祠かな?
何かある。
全方位内だから形しか解らないんだよな。
ザフンッ!
無事着地。
ふう、どうにか落ち着いた。
まず全方位内の中田の状態からだ。
ゾクゥッ!
見える惨劇に寒気。
全方位内を確認するとまだ中田は居た場所から動いていない。
悶えている。
悶えているのだが、その周りが酷い。
中田を中心に二十メートル四方がほとんど荒野。
さっき見えていた林がほとんど切り株と化している。
もう斬る物も無いだろうにも関わらず、ずっと背中から生えている無数の受憎刃を振り回している。
超速で。
全方位内を駆け巡る青線。
この青線は伸びきった受憎刃だ。
そのスピードは物凄く早く、軌跡を追うだけで精一杯。
青線が創り出す幾重の軌跡が全方位内にドームを作り出している。
まるで地に堕ちた蒼い月の様。
それを作り出しているのは右上半身を吹き飛ばされても生きている化物。
ドッドッドッドッ
動悸が速くなる。
いかん、動揺して来た。
水虬を呼ぼう。
どっちを引っ込めようか。
やはり葉槌か。
全方位内を確認すると斬り落とされてしまってはいるが咲いたエンジェルトランペットはまだ残っている。
生成した物体は精霊を消しても残っている事は確認済。
それに久久能智は冷静に判断してくれるから参謀として置いておきたい。
やはり引っ込めるのは葉槌だ。
「ねえ……
ハヅ……」
僕が顔を上げると、何やら葉槌がキョロキョロしている。
どうしたんだろう?
見ると久久能智も同様。
キョロキョロしてる。
「ど……
どうしたの?
二人共」
〖いや……
この場所がわぃや清らがな場所だはんで驚いでらんだぁ〗
〖こん島……
多分神さん祀る目的で拵えたんやろなあ……
ものごっつハレとるわ……
多分葉槌も同じ理由で驚いとるんどす〗
晴れてる?
いや、確かに雨は降ってないけど晴れてるって感じじゃないぞ。
雲も多いし。
そろそろ日も落ちようとしてるし。
「ん?
確かに雨は降ってないけど、晴れてるって程じゃ無いんじゃない?
雲、多いよ」
〖あぁちゃいますちゃいます。
“ハレとる”言うんは穢れの真逆の意味どす〗
あぁそう言う事か。
タブンに続き二度目。
何か恥ずかしい。
ガレアじゃないんだから。
へえ、穢れの逆って清まっているとか清浄とか言うと思ってた。
「へえ……
何か神様を祀っているのかな?」
祠っぽいものもあった事だし。
〖さよです。
あっちに弁財さんを祀った祠がありますえ〗
弁財さんって七福神の弁財天の事かな?
ドッドッドッ
おっといけない。
鼓動の早さはまだ治まっていない。
この島には興味あるがその前に精神を落ち着かせないと。
「それはわかったけど、その話は後回しだ。
葉槌。
お前を引っ込めてまた水虬を出す」
〖わがったぁ〗
葉槌は磐土や水虬と比べてえらく物分かりが良いなあ。
僕に対する気持ちの問題だろうか?
まあ別に逆らう訳じゃ無いから良いんだけどね。
「また呼ぶかもしれないからそのつもりで。
じゃあ」
〖決すて無理はすね様さあ。
そいだばへば〗
フィンッ
え?
何て?
意味を尋ねる前に消えて行ったピンク色ツインテールの女の子。
何かビジネスライクだなあ。
「水虬……
水虬……
僕の声が聞こえる……?
聞こえていたら出て来て欲しい」
目の前に現れる魔法陣。
中央から水が溢れ出し、中からせり上がって来る蒼い花魁着物を纏った女性。
…………あれ?
なんだか気持ち怒ってる様な雰囲気があるぞ。
〖つーん〗
「あ……
あれ……?
水虬、どうしたの?」
〖わっちだって幻覚作用のある液体ぐらい都合つきんしたのにっ……
葉槌に変えるだなんてあんまりでありんすぅ……
つーん〗
出て来るなりそっぽを向いている水虬。
少し頬を膨らましている。
僕的には葉槌の確認と食虫植物の方が重要だったんだけどな。
「ごごっ……
ごめんごめんっ!
ホラ……
だってまだ葉槌は出した事無かったからどんな姿か見ておきたいって言うのもあったしさ。
ちなみに幻覚作用のある液体ってどんなの?」
〖ええっっ…………!?
そっ…………
それはぁ~…………
そのぉ~……………………
LSD……
とか……
ボソッ〗
え?
何て?
声が小さくてよく聞こえない。
「え?
よく聞こえない。
何て?」
〖………………ん~~っっ!
やっぱり言えんせんっっ!
わっちの可愛い楼主はんに穢れた人間が造りんしたモンなんぞっっ!
言えんせんっっ!〗
ん?
何だか良く解らない。
けど言えない様なヤバい液体を僕に使わせようとしたのか?
何かだんだんそのヤバい液体に興味が出て来た。
けど、多分今の水虬に何を言っても口を割らないだろう。
こう言う時は…………
「わかったよ。
じゃあ、もういいや。
それじゃあチルアウトを頂戴。
また動悸が激しくなって来てるんだ」
〖ホッ……
良かったでありんす……
はいな、チルアウトですね……
少々待ってくんなまし…………
はい、用意出来たでありんす……
あーん……〗
さすが水虬。
用意が早い。
僕は差し出された右人差し指をパクリと咥え、吸い始める。
チュウチュウ
人差し指から溢れるオレンジ味の液体。
ゴクンゴクン
相変わらず美味しいチルアウト。
どんどん体内に吸収。
トク……
トク……
トク……
鼓動も落ち着いて来た。
大時化だった心も何時しか穏やかな凪に変わっている。
「いやあ、相変わらず水虬のチルアウトはよく効くねえ。
それに美味しいよ」
〖うふふ……
それはよござんした。
わっちも楼主はんに喜んでもろて嬉しいでありんす〗
「うんうん。
美味しい美味しい。
ゴクゴク……
美味しいなあ」
〖うふふ〗
「ゴクゴク……
ふう、所でさっきのヤバい液体ってなあに?」
〖うふふ。
あぁ、LSDでありんすよ〗
ふうん、LSDかぁ。
なるほどなるほど。
ってぇっ!!!?
えええっっ!?
LSDッッ!!?
■LSD
リゼルギン酸ジエチルアミド。
非常に強烈な作用を有する半合成の幻覚剤である。
純粋な形態は透明な結晶だが液体の形でも製造可能。
無臭、無味、無色であり極めて微量で効果を持つ。
その効用は摂取量だけでは無く、摂取経験、精神状態、周囲の環境で大きく変化する。
効能は耐性や摂取量によって6時間~14時間続く。
日本では麻薬及び向精神薬取締法による取締りの対象となっており輸出、輸入、施用。譲受、譲渡、所持は全て罪となり懲役、罰金を併科される。
さらに1991年、麻薬特例法の適用対象にもなる。
正真正銘の麻薬である。
薬物に詳しくない僕でも知っている。
LSD。
麻薬だ。
何て物を使わせようとしてるんだコイツは。
「水虬ーーーっっ!!
何て物を使わせようとしてるのーーーっっ!」
僕は自身の精霊に怒鳴ってしまった。
当然だ。
持ってるだけで犯罪の麻薬を使わせようとしたんだから。
〖そ……
そんな怒らんでおくんなんし…………
わっちもアホではありんせん……
ただ提案だけしんして、楼主はんが驚く様を見たかっただけでありんす…………
可愛い悪戯心だと思って許しておくんなんし……〗
「じゅ……
充分ビックリしてるんだけど……」
〖今のは完全に楼主はんの不意打ちでありんしょう?
それでは駄目なんでありんすえ……
わっちが自分で言うてそれで驚いてくれんと……〗
めんどくさ。
思った以上に面倒臭い奴だなあ。
「て……
て言うかLSDなんてすぐに手に入るの?」
〖はいな。
日本の至る所にありしんすから、一瞬で取り寄せる事が出来んすえ〗
怖い。
怖過ぎる日本。
平和だと言われているがやはり表面的なものなのだろうか?
いや、そう言う犯罪が隠れているから兄さん達、警察が在るんだろう。
おっといかんいかん。
降って湧いた麻薬話に気を取られていた。
トク……
トク……
トク……
声を荒げはしたが鼓動は正常。
気持ちは落ち着いている。
さすがチルアウト。
ここで再び全方位内を確認。
中田は…………
再び止まっていた。
夥しい数の受憎刃もそのまま。
だらんと地に落ちてピクリとも動かない。
今回は天を仰いでいない。
ただ真正面を見つめ、動かない。
先程から見受けられるこの中田の行動は何なんだろう?
まずはそこから考えてみる事にした。
何故中田は動かないのか?
逆に何故生物が動くのだろうか?
一番シンプルな答えとして考えられるのは生命を維持する為。
生きて行く為に動く。
ズキッ
胸が痛い。
ここで中田が動かない理由の推測が立ってしまったから。
生物が動くのが生命の維持なら、動かない中田は生命の放棄と言える。
もう中田は何も要らない。
自身の怨みを晴らすだけ。
それだけで良いんだ。
そう考えると哀しくなって来たんだ。
駄目だ駄目だ駄目だ。
中田の状態に気を取られてはいけない。
これはあくまでも中田が動かない動機の部分。
しかも推測だ。
確定した理由じゃない。
そんな部分に気を取られていても勝つ事は出来ない。
そう、僕は中田に勝たないといけない。
昔の僕。
引き籠っていた頃なら。
誰にも大切にされず、大切にしたい人も居ない頃なら。
これだけ怨まれているのであれば死んでも良いと思ったかも知れない。
けど今は違う。
僕はこの旅で大切な人が沢山出来た。
そしてかけがえのない親友、相棒と女性も出来た。
僕はちらりとガレアを見る。
【ん?
何だ竜司?】
僕が死ぬと哀しむ人がいる。
その人達の為にも死ぬ訳にはいかない。
僕は中田に命を差し出す訳にはいかない。
僕を怨んでいるならそれでいい。
その怨みも背負って生きて行くだけだ。
では続いて考えるポイントを変えてみよう。
生態部分から考える。
生物が動かなくなる理由。
すぐに思いつくものは体内に身体を動かす為のものが無くなった場合。
人間で言うと血だったり栄養だったり。
そう言えば式使いって血は必要なのだろうか?
いや…………
さっきの凄惨な中田の状態。
右上半身が吹き飛んでも存命していた点から必要では無いのかも知れない。
人間の場合、血とは体内に栄養を送り必要に応じて脈中を巡り、知覚活動や手足の活動を円滑にするもの。
言わば機械で言う所のガソリンや潤滑油と言うべき物。
ならば式使いは何で血を代用しているのか?
そんなものは簡単。
恨気だ。
恨気を血の代用として身体を動かしているんだ。
となると中田が現在動かないのは恨気が少ないから?
中田の尋常でない行動を見ていれば消費エネルギーの量は途轍もない量になるだろう。
少なくなる理由は解る。
だんだん現在の中田が解って来た。
フラ……
おや?
中田が動き出した。
だが足取りはかなり重たく、行先も定まっていない。
まるで酩酊しているかの様だ。
よし、少し試してみよう。
「三人共聞いて。
ちょっと試してみたい事がある」
〖主はん、何か思いつきはりましたんどすか?〗
「思いついたって言うか……
確認って言うか……
これが役に立たないかも知れないし役に立つかも知れないし……」
〖楼主はん……
何をする気でありんすか……?〗
【ん?
何だ何だ?
竜司、何するんだよ?】
「今回、ガレアはお留守番。
確認しに行くだけだから。
すぐに戻って来るからここで待っててよ」
【何だよそれ。
つまんねぇなあ】
「まあまあ、そう言わずに。
言ったけどこれは確認する為なんだ。
アイツを倒す為じゃない」
【ふうん……
竜司よ、お前時々良く解んねぇ事するよな】
「そうかな?
あと久久能智、水虬」
〖はいな〗
〖何でありんしょう……?〗
「今回は僕だけでやるから二人共手出ししなくていい。
ただ万が一僕が中田の攻撃でやられてしまった時は久久能智、お前が根を生やして僕を戦闘地から急速離脱させて欲しい。
退避場所はこの島だ」
〖はいな。
ならうちらは戦闘に参加せんでいいんどすな?〗
「うん」
〖楼主はん……
大丈夫でありんすか?〗
「神通三世使うつもりだし、制限時間が近くなったら逃げるつもりだし多分大丈夫だと思うよ」
ピト
そう言いながら僕はガレアの鱗に手を添える。
ドッッックゥゥゥゥゥゥゥゥンッッ!
「久久能智?
今、中田がいる所からここまで根を伸ばしたとして糧足りる?」
〖あぁ、それは大丈夫どす。
さっきの糧で充分足りますわ〗
なら一回で大丈夫か。
「わかった。
黄道大天宮図」
僕は胸元で手を合わせ、観音開き。
両掌の上に現れた眩い星団図。
それを左手に保持。
よし、準備OK。
続いて……
集中
たった今取り込んで保持をかけた大魔力を両脚に集中。
「じゃあ、行って来るよ。
すぐに戻って来るから……
起動」
ダンッッッッ!!
僕は強く地を蹴り、発進。
低く遠く跳ぶ様にジャンプ。
超速で空を駆ける僕の身体。
中田の居る所までこの速度ならおおよそ5~4秒と言った所。
その中で僕は予測と疑問をまとめる。
中田が現在動きが鈍いのは恨気が少ないからなのか?
それが正しいのなら何故僕と対峙した時はあれだけ化物じみた動きを見せたのか?
僕の予測が正しければ僕の姿を見たら襲い掛かって來る筈。
結論を出さなかったのはまだ予測の段階だからだ。
確定していない事象に結論を付けてしまう程、僕は馬鹿では無い。
そろそろ辿り着くぞ。
ザシャァァァァッッ!
問題無く着地。
両膝を充分に曲げ、勢いを殺す。
素早く起き上がり、中田の方を向く。
視界が変化する中、周りの状況も一緒に確認。
ゴクリ
生唾を呑み込む僕。
それはそれは酷い光景が広がっていたからだ。
遠くにうっすら道路が見えている。
そこまで刃は届かなかったらしく道路際にはまだ無事な木が何本かある。
あるが刃の射程範囲は酷い。
先程まであった木々はほとんど切り倒されている。
まるで材木を得る為に森林伐採した東南アジアの様相。
中田を中心に全経40メートルがその状態なんだ。
その光景が如何に中田が暴れ回ったかを物語っている。
そして当の中田本人の様子はと言うと……
真正面を向いたまま。
こちらを向かない。
口はぽかんと空け、下顎から一筋ヨダレが垂れている。
多分十人いたら十人がこの人、頭がおかしくなったのかと思う。
そんな雰囲気。
あれ?
僕の予想だと近づいたら気付いて攻撃して来るものだと思っていたが違うのか?
どうする?
神通三世を発動するか?
いや、まだだ。
タイミングは中田が僕を視認してから。
もう少し。
もう少し待つんだ。
現在中田との距離はおおよそ10メートル。
伸びた受憎刃の射程に入っている。
だが、動かない。
受憎刃は動かない。
中田は変わらず真正面を向いて口を開けたまま。
怖い。
正直怖い。
どうする?
動くか?
頭の中で考えが巡る。
2分後。
結局僕は頭の中で考えるだけで一歩も動けずにいた。
2分間中田は変わらず虚空を見つめるのみ。
まるで蝋人形の様に。
しょうがない。
このままでは埒が明かない。
ジャリ……
僕は一歩前に踏み出す。
間合いを詰めたのだ。
ゆっくりと。
ジャリ……
ジャリ……
一歩ずつ一歩ずつ慎重に慎重に近づいて行く。
どんどん詰まって行く間合い。
8メートル、6メートル、4メートル。
まだ神通三世は発動させていない。
間合いが3メートルを切った段階で動きがある。
クルゥゥゥ~…………
ゆっくりと。
静かにドアノブを回すかの様にゆっくりと。
スムーズにこちらを向いた中田。
僕の姿を視界に収めた。
ギンッッッ!!
その瞬間、大きく両眼を見開いた。
血涙を流したその紅い両眼を。
ギリィィィィィッッッ!!
開けていた口をあらん限りの力で食いしばり始めた。
どんなに鈍い唐変木でもこの男は怒っている。
それが解る凶相、鬼相。
その怒りに怨みが載り、それが僕に向けられている事は解っている。
何故なら中田をこんな風にしてしまったのは僕なのだから。
燃え盛る炎のような形相。
先程まで呆然としていたとは思えない。
ここだ!
神通三世っっ!!
スキル発動。
ゴォォォォォォォォッッ!
風が激しく突き抜ける音。
作動音だ。
カカカカカカカカンッッッ!
その作動音に被さる様に鳴る拍子木の音。
鳴った刹那。
瞬時に視界が変わる。
経過時間:0.4秒。
ザシャァァァァッッ!
気が付くと僕は背後に着地していた。
相変わらず素早い神通三世の動作。
僕が先程まで居た所が解った。
何故ならその地点に幾重の受憎刃が差し向けられていたから。
それはもう縦横無尽から。
僕の前方。
少なくとも視界内の受憎刃はまだ地に伏したままだった。
ほぼノーモーションであの数の受憎刃を仕掛けて来たんだ。
死角も含めたポイントからいくつも攻撃を仕掛ける。
しかも挙動がほとんど無いんだ。
おそらく神通三世で無ければ全部避けるのは不可能だっただろう。
グァァァッ!
物凄い形相で振り向く中田。
まるで僕が何処にいるか解っているかの様な動き。
経過時間:2.8秒
カカカカカカカカンッッッ!!
視界が変わる。
今度は上空。
両手で迫る受憎刃の腹を払い、頭を下げて顔面に向かって来た紫色の刃を避けている。
そんな僕は巨大な大刃の上に立っていた。
ゾクリ
頭上スレスレを掠める受憎刃に背筋が凍る。
もう少しで顔面を串刺し。
そんなイメージが超速で脳裏に過り、肝が冷えたんだ。
神通三世の性能を信用していない訳じゃ無い。
訳じゃ無いが恐ろしく鋭い刃が深く刺さるイメージはやはり恐怖を感じる。
3……
4……
5……
何とか恐怖を押し殺し、冷静にカウントを数える。
制限時間はあと半分。
残り三秒になったら退避しよう。
「グァァァァァァァッッッ!!
貴様ァァッッ!
貴様貴様貴様キサマきさまキサマァァァァッァァァァッッッ!!
憎い憎い憎いニクイ憎いニクイィィィィィィィィッッ!!
ガァァッァァァァァッァァ!」
上空に居る僕を紅い眼に黒く淀んだ燃える怨みを載せて見上げる中田の口から放たれたのは巨大な呻きと僕に対する憎しみの声だった。
カカカカカカカカンッッ!
中田の叫びを認識した瞬間、再び視界が変わる。
ドスッッ!
ドドドドドドドドドドドスゥッッッッ!
視界が変わった事を認識するよりも速く鼓膜を震わせる大きな音。
これは刺突音。
それが連続して聞こえる。
何故刺突音が?
その答えはすぐに判明。
僕の両手が受憎刃の触手部分を掴み、強引に引き寄せていたんだ。
結果どうなるか?
僕を突き刺そうと向かって来た受憎刃の群れは全て引き寄せた受憎刃の触手部分に突き刺さったんだ。
中田は自らの刃で自らの腕を突き刺した事になる。
神通三世凄い。
こんな防御方法も取れるのか。
「グァァァァァァッァァァァッァァァァッッッ!
憎いィィィィィ!
憎い憎い憎い憎い憎い憎いィィィィィッッ!
コロスゥゥゥッッ!
殺す殺すコロスころす殺す殺すゥゥゥゥゥゥッッッ!!
アアアアアアアアアアアアッッッッ!!」
目の前の光景は中田も見ている。
ただの一刀たりとも僕の身体を傷つけてはいないからだろうか?
更に叫び声をあげる中田。
6…………
7……
そろそろ限界か。
退避するぞ。
集中
両脚に魔力を集中。
ズボァァァッァァァァァッァァァァァッッッ!
耳孔に飛び込む嫌な音。
更に夥しい数の受憎腕を追加生成したんだ。
自ら突き刺した大量の受憎刃はそのまま。
一体こいつはどれだけの死体を格納しているのだろう。
一体どれ程の恨気を内包しているのだろう。
全方位から迫り来る数多の受憎腕。
だが、一手遅い。
僕はもう退避準備が出来ている。
起動ッッ!
ダァァァァンッッッ!!
僕は集中した両脚の魔力を爆発させた。
強く地を蹴り、バックステップ。
超速で遠ざかる中田の姿。
ガガガガガガガァァァァァッッンッッッ!
僕の居た位置は中田の繰り出した受憎腕が炸裂。
ドス黒い紫色の肉でいっぱいだ。
大量の受憎腕が一点集中して襲い掛かった為、お互いがお互いを押し合いへし合い。
ピラニアの群れが獲物に喰らい付く様になっていた。
バックステップで跳びながら全方位内を確認。
跳んでいる方向を把握する為だ。
少し南西にズレている。
島はもう少し右だ。
ダンッッッッッッッ!
僕は地を再び蹴り、右へ方向転換。
バックステップから切り替える。
よし、方角はバッチリ。
すぐに島が見えて来た。
クルンッ
素早く反転。
着地準備。
ズザァァァァァァァッッ!
無事着地。
両膝で衝撃を吸収。
「ふう」
ようやく一息つく。
そのまま全方位内の中田を確認。
止まっている。
また動きが止めてしまっていた。
〖んで主はん。
見てましたどすが、結局何がしたかったんですのん?〗
「あ、久久能智。
いや、何で中田が今みたいに動かないのかなって思ってさ。
僕の中である程度結論は出てるんだけど、あくまでも予測だからね。
その検証をしたんだよ」
〖楼主はん……
大丈夫でありんすか……?
言われたから手ェ出さんと見てたけど……
わっちは気が気でありんせんした……〗
冷静な久久能智とは対照的にオロオロしてる水虬。
この子、結構心配性?
「大丈夫だよ水虬。
僕の創った神通三世は絶対防御なんだから」
〖そうでありんすか……?〗
そう言えば、こいつらは僕の側に付き従っている訳だからついて来てたんだよな。
僕が必死に中田の攻撃を躱してる時も何も言わずじっと見ていたって事か。
謙虚と言うか慎ましやかと言うか。
さて、ガレアと合流するか。
「ガレアーガレアー」
返事が無い。
奥に行っちゃったのかな?
ガサガサ
僕は島の奥へと進む。
多分この島、池の外側から眺める為の物なんだろう。
結構、草木が生い茂っている。
ガレアはどこ行ったんだろう?
僕は草木を掻き分け、奥へ進む。
おや?
何か見える。
可愛いサイズの屋根が付いた紅いオブジェ。
〖主はん、あれが弁天さん祀っとる祠どす〗
「へえ……」
そう言えば僕、リアルに祠って言う物を見るのは初めてだ。
ゲームのドリクエとかじゃ見た事あるけど。
なるほど。
祠って言うのは田舎で見た事があるお地蔵さまだけ居る様な小さな建物の事なんだな。
【ぽへーぽへー】
何処かで聞いた事がある珍妙な声。
祠の側に寄ると翠色の大きな爬虫類が丸まって寝ている。
ガレアだ。
僕はガレアの巨体を揺する。
【ん……?
ムニャ……
何だ竜司か。
戻って来たのか……
ファァァァ……】
のそりと長く太い首を持ち上げ、僕の顔を見つめる。
欠伸をしたその顔は心倣しか眠たそう。
ここで僕は違和感を感じる。
あの寝起きが良いガレアが眠たそう?
「ガレア?
眠たそうだけど大丈夫?
あ、いいよいいよ。
今から少し考える事があるからまだ寝ていても」
【ん……?
そうか?
なら…………
ぽへーぽへー……】
起き上がろうとするガレアだが制止する僕。
そしてすぐに眠ってしまう。
特に気にする訳でも無くゆっくりと首を畳み、丸まったかと思うと再び眠りについた。
すぐに出て来た珍妙なイビキ。
コイツ、寝起きが良いだけじゃない。
寝付きも良いんだ。
何故眠たそうなんだろう?
いつもなら起こすと秒で目覚めるのに。
ガレアは物凄く眠りが浅い。
普通の声で呼びかけただけですぐに起きる。
しかも覚醒直後でも平常時の応答をする。
いわゆる人間で言う所の……
ムニャムニャ……
もう朝……?
的な台詞が全く無いんだ。
パチッと目が開いたら“竜司うす”と挨拶。
これが僕の知っているガレア。
そのガレアが眠たそう。
この理由を考えてみる。
答えはすぐに判明。
おそらく魔力の使い過ぎ。
考えてみたら曽根との闘いでも結構魔力補給をした。
続き中田との連戦。
その中でも僕自身、精霊の糧用と頻繁に魔力補給をして来た。
如何にガレアの内蔵魔力が膨大でもかなり消費したんだろう。
こればっかりはガレアの感覚でしか解らない事なので何とも言えないが、概ね眠たい理由はそんな所だろう。
ガク…………
あれ……?
両膝が曲がる。
眠たそうなガレアにつられたのだろうか?
眠たくなって来た。
恐ろしく。
へたん……
身体に湧いた巨大な怠さにへたりこんでしまう。
さっきまで全然平気だったのに。
「あれ……?
どうしたんだろう……?」
〖はい……〗
ズポッ
水虬が人差し指を口に突っ込んで来た。
ん?
これはチルアウトだ。
少しだけ飲み込む。
〖多分疲れがどっと噴き出したんでありんしょうなあ……
これ飲んで落ち着いてくんなんし……〗
〖主はん、どうするんどす?
ちょお寝はります?〗
「そうさせて…………
貰えると助かる……」
〖それは良いんどすが、主はんが寝てしもたら多分うちらも消えるで?
ガレアもそんな状態なんどすし、起こすやつ居なくなりますえ?
これが今生の別れにならんよう、そこら辺考えてから寝てくんなはれや〗
つらつらと冷静に意見を述べる久久能智。
まあ言ってる事ももっともだ。
僕は今一度全方位内の中田の様子を確認。
やはり止まっている。
今度は俯き加減で一点を見つめ止まっている。
これなら大丈夫かな?
眠い。
すんごい眠い。
動きが止まっている事に関する考察は後回しだ。
後は……
懐からスマホを取り出す。
アラームアプリ起動。
どれぐらい寝よう?
言っても今は戦闘中。
そんなにも寝てはいられない。
10分?
……30分?
……1時間?
駄目だ駄目だ。
いかんいかん。
人間と言う者は気を抜くとどんどん甘くなるものだ。
今は戦闘中。
現在時刻は?
午後18時47分。
気が付いたらもう日は落ちていた。
だが真っ暗と言う訳では無い。
照明はついているから視界は明瞭。
よし、決めた!
45分!
45分寝る!
このアラームアプリはレジューム機能も付いているから起きるまで鳴るから寝過ごしても大丈夫だ…………
多分。
時間を……
19時32分にセットして……
「じゃあ……
久久能智……
水虬……
少し……
眠る……」
ズズズ……
祠にもたれかかった僕は眠ってしまった。
###
###
PIPIPIPI
……何処かで何かが鳴っている。
何だよ。
僕はまだ眠たいんだ。
寝ていたいんだ。
何で僕が寝ていると思っているんだ。
体力を回復する為だぞ。
PIPIPIPI
うるさいなあ。
おちおち眠ってもいられない。
もうちょっと。
もうちょっとだけ。
後五分。
五分だけ寝かせて欲しい。
でないと中田に勝てない。
…………………………ん?
中田……………………?
そうだっっ!!
中田だっっ!
僕は中田を止める為に戦っているんだっっ!
寝ている場合じゃないっっ!
ガバッ!
僕は跳び起きる。
辺りは更に暗くなり夕闇だった空が夜の黒と成り代わっていた。
だが、ここは日本国首都東京。
闇を照らす光が地上で煌々と灯っている。
まるで闇に侵食されるのを阻止しているかの様。
【ぽへーぽへー……】
ガレアはまだ寝ている。
珍妙なイビキを立てながら。
辺りは静寂。
しんと静まり返り、ガレアの面白いイビキしか聞こえない。
PIPIPIPI
おっといけないいけない。
スマホのアラームを止めないと。
僕は懐からスマホを取り出す。
ついでに時間を確認。
午後19時37分。
少し予定時間を上回っているが概ね予定通り。
身体はどうだ?
僕は立ち上がる。
身体が軽い。
さっきの怠さが無くなっている。
チルアウト+睡眠の効果だろうか?
これならまだまだ闘れそう。
まず中田の状態からだ。
「全方位」
僕を中心に超速で展開される翠色ワイヤーフレーム。
それは見る見るうちに広がり、辺り一帯をスッポリ包んでしまった。
お次は……
パンッッッ!
胸元で勢いよく両手を合わせる。
「神道巫術」
両指先が蒼白く灯る。
その蒼い指先が鳥居を描いた。
「久久能智……
水虬……
聞こえる?
聞こえたら出て来て欲しい……」
フン
僕の目の前に現れる二つのサークル。
一つは太い木の根がいくつも超速で生え、もう一方は中心から水が大量に溢れて来た。
うん、これは久久能智と水虬だな。
二人には悪いけど、登場シーンを見ている程僕は暇では無い。
それよりも中田の状態だ。
全方位内を確認。
中田は…………
止まっている。
あれ?
よく見ると寝る前確認した位置から変わってないんじゃないのか?
となると僕が寝ている間、全く動いてなかった事を意味する。
この挙動から僕の予想はほぼ確定と考えて良いだろう。
〖あの……
主はん……?〗
〖楼主はん…………〗
ふと側を見ると既に顕現していた久久能智と水虬。
おや?
何か様子がおかしい。
何となくガッカリしている様な面持ち。
「おや?
どうしたの二人共?」
〖いや……
せっかくうちらが華々しく登場したのに……
全然こっち向いてないんやもんなあ……〗
〖そうでありんす……
わっちらの登場シーンを……〗
え?
そんな重要だったのか登場シーン。
「あっ!?
あぁ……
何かごめん……
それよりも気になる情報が欲しかったから……」
〖もう……
ちゃんとうちらの事、見てくれへんと困りますえ……
そんでガレアはどないするんどす?〗
「あぁ、まだ寝てるならそのままで。
ガレアは大事な補給源でもあるんだ。
言い換えれば僕より重要かも知れない」
〖わかりました。
んで主はん、さっき確認した事って何ですの?〗
「あぁ、中田が何で動かないのかなって思ってね……」
僕は自分の弾き出した結論を話した。
僕が確認したかったのは中田の恨気の発生挙動について。
中田が今現在動かないのは恨気が無いか残り少ないからだ。
だけど僕と対峙した時には物凄い数の受憎刃をかなりのスピードで振り回していた。
これを実現させるにはかなりの恨気量が必要になるだろう。
この矛盾。
これを解消する結論は……
おそらく中田は僕を目撃しただけで膨大な恨気が発生する様になっている。
かなりピーキーな発生挙動となっているんだ。
そして僕と対峙した時、叫んで更に恨気を募っていた。
あの膨大な。
夥しい数の受憎刃を操る為にはそれだけ恨気を使用するのだろう。
中田が現在動かないのは残量恨気が少ない訳だけど、これはもう中田は僕を苦しめて苦しめて殺す事だけで良いんだ。
他は何も要らないんだ。
だから僕を目撃したら後先考えず右から左へ溢れた恨気を使用するんだ。
だから今止まっている。
恨気の発生起因は解った。
ここから考える事はどうやって中田に恨気を発生させないかと言う点。
そこを模索しないといけない。
どうしよう?
中田に見られたら駄目だ。
恨気が膨大に発生してしまう。
気配を殺して近づかないといけない。
こう言う時はスマホだ。
スマホで検索しよう。
検索ワードはこうだ。
“気配を消す 方法”
……何々?
ミスディレクション。
マジシャンの手法で観客の注意を意図的に逸らすと言う物らしい。
やり方は大きく三つ。
まずミスディレクション。
なぞなぞや推理小説などで使われるやり方。
人の固定観念や思い込みを利用するものらしい。
これは使えない。
何故なら中田は多分会話が出来ない。
会話が出来ないものに固定観念なんかある訳無い。
思い込みは死んだふり等があるかも知れないがこれも多分無駄だろう。
死んだふりをしたとしてもおそらく中田は攻撃を止めない。
僕の肉体を細切れになるまで切り刻みでもしない限り止まらないだろう。
従ってミスディレクションは使えない。
他は……
タイム・ミスディレクション?
これはどう言う物だろう?
…………要は時間差。
時間を空けて結果を提示すると心を読まれたと錯覚すると言う物。
これも使えない。
さっきも考えたが中田は多分会話が出来ない。
いや、出来ない可能性が高い。
もしかしてまだ理知的な部分を残しているかも知れないが、それを僕は確認出来ない。
怨みの大元なのだから。
僕が話しかけたとしても口から出るのは怨み事だけだ。
となるとブラフやハッタリの類は使えない。
駄目だ駄目だ。
ミスディレクションは基本対象を認知してからその認知、注意を逸らすと言う手法。
中田は僕を目撃したら多分超速で退避するまで逃さない。
揺さぶりやハッタリも通用しない。
ただ僕とガレアを殺す為だけ。
ただその為だけに動くんだろう。
せっかく考えたのに無駄になってしまった。
だけど中田に僕の気配を悟られないと言う発想は合っている筈だ。
ならアプローチを変えてみるか。
僕の気配を殺すのでは無く中田の気配を察する感覚を鈍らせる、または阻害すると言う方向で考えてみよう。
中田は僕を認識するのは両眼で行っている様だ。
僕を目撃したら背後に回ったとしても気付くがどう言う訳か最初は目視からなんだ。
それは毎回中田が僕の方を振り向いてから攻撃している点から見ても合っていると思う。
となると話は簡単かも知れない。
何故なら奴の視界を封じればいいのだから。
例えば濃霧とかを発生させて視界を奪うのはどうだろう?
あ、もしかして無理かな?
水虬って気体や固体は生成できないんだったっけ?
「ねえ水虬?」
〖はいな。
何でありんしょう楼主はん〗
「お前って霧って発生させる事って出来る?」
〖出来るでありんすよ〗
「あれ?
出来るの?
確かお前って気体や固体は生成出来ないんじゃ無かったっけ?」
〖はいな。
その通りでありんすよ〗
「なら霧も生成出来ないんじゃないの?」
〖……楼主はん……
霧が何か知っていんすかぇ?〗
「え?
そ……
そんな事言われても……
水蒸気みたいなもんじゃないの?」
〖フウ…………
じゃあ何で湯気って確認出来るか解りんしょうかえ?〗
僕は水虬が何を言いたいか良く解らなかった。
「え?
え?
そんな事言われても……」
〖水蒸気は気体……
わっちでもそらでは生成出来んせん……
けんど湯気言うんは小さい小さい水の粒が大気に付着したもんでありんす……
これの領分は液体……
わっちの領分でありんす……
ただ湯気自体は熱を含んでるからこれも無理でありんす〗
「なるほど……
じゃあ物凄く濃い霧を発生させる事は出来る?」
〖造作もありんせん……〗
「消費する糧の量はどうだ?」
〖範囲を絞れば、頂いとる糧で発生させる事が出来んす……〗
「よし……
久久能智は……
どうしよう?」
僕の目的は中田を拘束する事。
拘束する為にはどうしたら良いんだろうか?
僕は考えた。
結論は四肢を寸断してダルマ状態にした上で縛り上げる。
この残酷な結末以外思いつかなかった。
ゾクゥッ
身の毛がよだつ。
僕の頭に浮かんだのは辰砂。
絶招経でぶちのめした辰砂だ。
あの惨状をもう一度創り出さないといけないのか。
だが他に案が思い付かない。
痛覚がほとんど欠損している中田を拘束する為にはこれしかない気がする。
中田はいくら痛めつけても心が折れない。
いや、心があるかどうかも怪しい。
そんな相手を拘束するとなると物理的に動けなくするしかない。
少なくとも今の僕の頭ではそれしか思いつかない。
それで考えるとして目指す先はダルマ状態になった中田。
これを実現するにはどうしたら良いのか?
単純に切断するだけでは駄目だ。
何故ならやつには受憎があるから。
となるとやる事は…………
消耗戦。
受憎腕をどんどん刈って行く。
中田の材料が枯渇するまで。
戦闘の形態までは把握した。
続いて考える事はどうやって切断するかと言う点。
僕は踊七さんの様な獲物を持たない。
辰砂の時は魔力刮閃光で切断した。
だけど今回は使えない。
濃霧で相手の視界を奪ってから事を起こすのだ。
狙いが付け辛い。
〖主はん、全方位で狙い付けたらええんとちゃいまっか?〗
久久能智からの進言。
あ、そうか。
こいつらは僕の考えも読めるんだった。
確かに。
全方位を使用すれば狙いは付けられる。
となると射程外からの狙撃も出来る。
どうしよう?
いや、駄目だ。
魔力刮閃光は放つのに“溜め”がいる。
連続斉射が出来ない。
辰砂の時は絶招経を発動していたし、四発同時に溜め始めたからダルマに出来たんだ。
大量の受憎腕を切断するには向かない気がする。
魔力閃光でイケるだろうか?
弾かれる事は無いだろうが、切断する為にはやはりそれ相応の“溜め”がいる。
何か他に手立ては無いだろうか?
〖主はん、うちが蔓で絞めて切ったろか?〗
え!?
そんな事出来るの!?
「え……?
木の蔓ってそんな事出来るの……?」
〖んなモン絞める力を上げれば出来ますえ。
ただあの量やともうちょい糧が欲しいとこですけどな〗
サラッと言っているがあの強靭な受憎腕を切断する程のパワー。
圧力の単位などは知らないが物凄い力だろう。
ゴクリ
「そ……
それなら受憎腕の切断に関しては久久能智に任せるよ」
〖はいな。
あと切断した残骸に関してはどうするんどす?〗
ん?
作戦に移ろうとした時、久久能智が尋ねて来た。
「え?
どう言う事?」
〖主はん、アホな顔して何を呆けとるんどす。
あんバケモン、残骸喰ろうてまた材料にするやろ?
残骸そのままには出来へんやろ〗
あ……
そう言えばそうだった。
どうしよう。
「あ…………
ど……
どうしよう……?」
〖どうしようって言われても……
うちもあんなバケモン見た事無いしなあ……〗
確かに久久能智の言ってる事ももっとも。
ここを考えないと作戦実行出来ない。
受憎腕の残骸が何故材料になるのか?
そこから考えないと。
受憎腕が何故材料になり得るのか?
その答えは簡単。
死肉だからだ。
受憎の材料になる条件は死んでる生物の肉体?
いや、ハエトリソウも材料として使った所を見ると機能停止した細胞と考えた方が良いのかも知れない。
だったら受憎腕の残骸をどうすれば材料として使用不可に出来るのだろうか?
この答えも比較的簡単に思いつく。
思いつくが方法を探すのが困難かも知れない。
思いついた方法とは…………
焼却。
機能停止した細胞を変質させれば良い。
一番シンプルなやり方は燃やして炭化させれば可能だ。
だけど…………
その方法が…………
無い。
僕は火なんか起こせない。
〖う~ん……
うちも水虬も領分違いで火なんか起こせんしなあ……
主はん、軻遇突智と契約するか?〗
「でも未契約の精霊ってその司るものが無いと出れないんでしょ?
確か神籬って言ったっけ?」
〖そうどす。
未契約の精霊を出すには神籬。
要は火が無いとあきまへん〗
「いや、あきまへんじゃ無しに……
だからその火を起こせないんだって」
しかしどうしたものか?
残骸を焼却させると言う考えは合っていると思うが、どうやって焼却させたものか。
【ぽへー……
ぽへー……】
ここでガレアの珍妙なイビキが耳に入る。
そう言えば……
ここである風景が想起される。
その風景とはガレアが受憎腕の残骸が身体に付着した時、吐息で焼いていた。
灼けつく息とでも言おうか。
ばかうけ食ったりマンガ読んだりアステバン見たりしてるから忘れてたけどガレアって竜なんだよな。
久々に見たガレアの竜っぽい生態。
これを使用出来ないだろうか?
僕はガレアを揺り動かす。
「ガレア……
ガレア……
起きて……」
【ん?
竜司うす】
いつものガレアだ。
と言う事は回復したんだろうか。
「おはようガレア。
気分はどうだい?」
【キブン?
キブンって何だ?
豆か?】
本当にこいつが何を言ってるか良く解らない時がある。
こいつ、もしかして自分の知らない単語は全部豆で片付けるんじゃないだろうか?
何で僕が起きぬけの竜に豆の事を聞かないといけないのだろうか。
「何言ってるんだよガレア。
身体は大丈夫かって聞いてるの」
【ん?
別に】
ガレア、キョトン顔で応答。
「ま……
まあいいや。
それよりもガレア。
さっき自分の身体についた肉片を息で焼いていたけどあれは何?」
【ん?
シャクトの事か?
それがどうしたんだ?】
シャクト?
変な名前。
漢字で書くのかな?
シャクト……
灼吐とでも書くのかな?
「そのシャクト……
だったっけ?
それって要はガレアの吐く息でしょ?
それを浴びたらどうなるの?」
【どうなるのって言われてもなあ……
何か浴びたら燃えるなぁ】
質問をした直後少し後悔。
超絶ぶっきらぼうなガレアが自身の能力を把握している訳が無い。
「そ……
そう……
じゃあ今までシャクトを浴びせて燃えなかったものってある?」
【竜の鱗ぐらいだぜ。
そんなの】
なるほど。
となるとかなりの高温。
もしかして別の作用で燃焼してるのかも知れないが今は後回しだ。
とりあえずこれで焼却方法は手に入れた。
これで……
もう……
大丈夫かな?
「久久能智……
これで大丈夫かな?」
〖ん~~、うちはもう思いつく事ないわ。
水虬、さっきから黙っとるけど何か無いんか?〗
〖しっ……
黙っといておくんなんしっ……
わっちは今、楼主はんがかっこよく作戦を立てとる所を見とるんでありんすからっっ!
はふぅん……
やっぱり楼主はんは間夫でありんすぅ……〗
〖そ……
そうか?
あんさん、ホンマに主はん好きやなあ……〗
あれ…………?
あぁ!!
そう言う事かっ!?
さっきから僕に対するヘンな振る舞いは僕の事好きだからか!
って言うか精霊に恋心なんてあるのか!?
応える気は無いけど、もし僕が応じたらどうなるんだ!?
色々と疑問や思惑が交錯する。
恥ずかしながら僕はこの瞬間、水虬が僕の事を好きな事に気付いたって訳さ。
〖はふぅんっ……
そんな熱い視線でわっちを見んでおくんなんしィ……〗
僕は色々な事に驚き、水虬を見つめてしまっていた。
「ま……
まぁ、何も意見が無いならそれでいい。
なら作戦を実行するぞ。
ここから位置を移動する。
周りが水よりも中田とは地続きの所が良いと思う。
まず僕が敢えて中田に姿を見せる。
多分目撃した中田は怒り狂って恨気を産み出すだろう。
それを使って新たに大量の受憎腕を生成すると思う」
〖何や主はん。
最初から霧、撒かんのかいな〗
「うん。
よくよく考えたら今、中田は恨気が少ない状態だから多分異変が起きても特に行動は起こさないと思うんだ。
だから敢えて僕が目撃されて敢えて受憎腕を大量に生成させる。
内包している材料を枯渇させたいんだ」
〖んな事言うても中田があとどれだけ触手造れるかって具体的に解っとんか?〗
「いや、それは解らないよ。
これは念の為さ。
どちらをとっても事態は変わらないかも知れない。
けど更に受憎腕を追加させた方がより材料が減る事は確かだ。
ならこっちを選んだ方が良い。
それに最初から霧を発生させたら僕がやる事無いからね。
これでもお前達の主人なんだ。
お前達ばかりに身体張らせてもいられないだろ?」
〖主はんてヘンなトコで生真面目なお人やなあ〗
「久久能智、うるさい。
それよりも今生えている受憎腕にプラス…………
そうだな……
15本。
15本追加されたとして全て切断できる?」
〖ん~……
今生えとんのと合わせて40本か50本ってとこか?
さっきもろた糧をもっかい頂けるんやったらイケますえ〗
「わかった。
ガレア、ちょっとこっちに来て」
【ん?
何だ竜司】
ピト
ガレアの鱗に手を添える。
ドッッックゥゥゥゥゥゥゥゥンッッ!
ドッッックゥゥゥゥゥゥゥゥンッッ!
大型魔力を二回補給。
一つは久久能智。
もう一つは僕用だ。
両方共、体内に侵入した直後に保持をかける。
「はいOKだよ。
久久能智、持ってって」
〖はい。
おおきに〗
身体から巨大な力が抜けて行く。
〖ふうごちそうさん〗
これで準備OK。
さあ行くか。
「じゃあ行くよ三人共。
具体的な作戦についてはポイントについてからだ」
〖はいな〗
〖わかりんした〗
【ん?
移動すんのか?】
「うん、起動……
ガレア、しっかりついて来てね」
バンッッッ!
僕は両脚に魔力を集中させ三則発動。
弾ける様に飛び出す。
方角は今居る位置から西北西。
池を超えた辺り。
そこを目指す。
距離にして50メートルも無い。
ズザッ
すぐに到着。
ここから中田は北北東の方角。
距離はおおよそ100メートル。
そこで立ち尽くしている。
夥しい量の受憎刃もそのままに。
「よし、ここから作戦を説明する。
かなり超速で展開されるからみんなタイミングは見誤らない様に。
まず僕が敢えて中田の前に姿を晒す。
中田が受憎腕を追加生成したのを確認したらすぐに離脱する。
多分時間は五秒も無いだろう。
僕が退避行動を取った瞬間、水虬」
〖はい……
何ざんしょ……?
楼主はん……
はふぅん……〗
「お……
お前は中田の周囲に濃霧を発生させてくれ。
範囲は中田の視界が遮れればいいから大体5~10メートル範囲ぐらいで」
〖わかりんした……〗
「濃霧が発生したら久久能智」
〖はいな。
うちは蔓を生成して生えとる触手を全部千切ったったらええんやな〗
「そうだ。
よろしく頼む。
そしてガレア」
【ん?
何だ竜司】
「お前は僕が帰って来たらシャクトの準備。
放つタイミングは僕が出す。
僕の合図を聞いたら下。
気持ち下向きにシャクトを放ってくれ」
【うん……
うん?
何か良く解らんが解ったぞ】
良く解らんが解った。
これはガレアがよく言う台詞。
これを言ったら大体僕の思い描く様に動いてくれる。
「そうか。
なら作戦開始だ。
黄道大天宮図」
僕は胸元で手を合わせスキル発動。
そのまま空へ向け、観音開き。
掌に現れた光り輝く星団図。
それを左手に保持。
「じゃあ行って来るね。
ガレア、多分すぐに帰って來ると思うけど待っててね」
【おう。
竜司、やられんじゃねぇぞ】
「うん。
起動」
ドルンッッ!
ドルルルンッッ!
体内で響くエンジン音。
両脚に集中させた魔力を発動。
ダンッッ!
強く地を蹴る。
魔力注入を発動させた僕の脚なら一瞬で着く。
ほら、そんな事を考えている内に見えて来た。
ドス黒い紫色。
それが広範囲に敷かれているのが目に映る。
あれは受憎腕。
受憎腕の群れだ。
大量に生成し、それを動かさず地に伏してあるもんだから、まるで汚い紫色の絨毯の様に見える。
〖主はん……
そろそろ……〗
超高速で地を駆けている所に久久能智から声がかかる。
そろそろ神通三世を起動したらと言っているんだろう。
僕が言うのも何だけど、この時の速さって尋常じゃ無いんだ。
多分100メートル走っても一秒とかからない。
オリンピックなんか出たら金メダル確定。
絶対人類が到達し得ない世界新記録が樹立されるだろうね。
そんな超高速の中で久久能智は声をかけてきたんだ。
これは神道巫術の特性で僕の側から離れられないと言うのがあるからだ。
「うん、行くよっ!
神通三世ッッ!」
スキル発動。
ゴォォォォォォォォッッ!
体内で響く猛風音。
よし!
今から10秒。
攻撃は当たらない。
絶対に。
ザシャァァッ!
僕は着地。
中田が見える。
よく見える。
背中から夥しい数の受憎腕を生やしている。
それらがだらんと力無く地に伸び広がっている。
まるで機械のコードやチューブの様に。
こんなラスボス、漫画で読んだな。
確か鉄の錬金術師。
そのラスボスであるパラケルススが初めて出た時。
椅子から物凄い数のチューブが伸びていてラスボス感が出ていたっけ。
僕が着地したポイントは中田から5~8メートルの所。
地には網の目の様に受憎腕が広がっている。
完全に中田の射程範囲。
だが、僕は何ら不安や身の危険を感じる事は無かった。
何故なら今僕は…………
神通三世を発動しているから。
10秒間。
このほんの僅か時間。
僕には誰も攻撃出来ない。
例え神の攻撃だって当たらない…………
って言うのはちょっと言い過ぎかな?
僕が気にする点は経過時間。
これだけだ。
経過時間:0.7秒。
クルゥゥゥ~~……
中田がこっちを向いた。
見る見る内に変貌していく表情。
無表情。
心を何処かに無くした様な面持ちが一瞬である感情を浮かび上がらせる。
その感情は……
怨。
怨み。
この一言に尽きる。
「アアアアアアアアアアアアアアアアアアアッッッッッッ!!!」
鬼畜の表情へと一瞬で変化した中田は叫ぶ。
体内で大きく広く燃え盛る怨みの大炎を吐き出すかの様に。
空へ向かって。
カカカカカカカカカカッカカカカカカンッッッ!
中田の叫びを認識した瞬間、頭の中で連続した拍子木の音。
かなり長い。
新記録。
具体的に鳴った回数をカウントしている暇も無い。
ザシャァァッッ!
気が付いたら風景が変わっていた。
見えたのは向かい合っていた筈の中田の後頭部。
右半分が禿げ上がった後頭部。
中田の脇から覗く僕が居た位置にはドス黒い紫色の壁…………
いや、あれは壁じゃない。
受憎刃の群れが収束しているんだ。
僕を串刺しにする為に。
ゾクッッ!
自身が串刺しになったイメージが脳内に過り、寒気が奔る。
駄目だ駄目だ。
感じるな。
恐怖を感じるな。
押し殺すんだ。
冷静に戦況を図れ!
経過時間:2.1秒。
よし!
あの量の受憎刃を一瞬で操れてるんだ。
多分中田の体内には膨大な恨気が溢れている。
ここまでは予想通り。
まだ離脱出来ない。
僕が離れるのは受憎腕を追加生成した時。
多分中田は僕がどの位置にいるか視えている。
グァァァァッ!
案の定、振り向いて怨みの溢れた両眼をこちらに向ける中田。
経過時間:2.9秒。
「グァァァァァァッァァァァッァァァァッッッ!!
殺す殺す殺す殺す殺すコロスころすぅぅぅぅぅぅぅっっっっ!!
死ね死ねしね死ね死ね死ね死ねしねシネェェェェェッッッ!!」
中田が悪魔の様に口を開き、叫ぶ。
その声に怨みが載っているのは当然だが別感情が見え隠れしている気がする。
僕に一撃も喰らわせられないから焦っているのだろうか?
経過時間:3.5秒。
ズボァァァッァァァァァッァァァァァッッッ!
来た!
ずっと聞いて来た嫌な音。
背中から生える大量の受憎腕。
やはりまだ材料を残していたか。
カカカカカカッカカッカカカンッッッ!
今回も長い。
連続して鳴る拍子木の音。
視界が変わる。
瞬く間に変わる。
ガンッ!
ガガガガンッッ!
神通三世の防御行動が作動すると視界が一瞬で変わるんだ。
これは味わわないと理解するのが難しいけど、一番近いのはTV番組の場面切替かな?
あれってパッって一瞬で変わるじゃない。
あんな感じなんだよ。
光景が変わるほんの僅かな時間。
拍子木が鳴って。
視界が変わる。
瞬きよりも短い小さな水滴の様な隙間。
その時、確かに見たんだ。
受憎腕が地面に跳ね返り、物凄い勢いでこちらに襲い掛かって来ているのを。
この攻撃方法は初見だ。
初めて見る。
だが…………
ザシャァァァッ!
神通三世には関係無い。
見た事の無い攻撃だろうと瞬時に回避・防御行動を取る。
気が付いたら僕は再び中田の背後に移動していた。
ドッドッドッ
少し動悸は早いが問題無い。
経過時間:4.3秒。
よし!
良い位置だ!
ここから作戦の肝に入る!
水虬!
頼んだぞ!
起動!
ダァァァンッッ!
僕は強く地を蹴ってバックステップ。
退避の為だ。
超速で遠ざかる中田の後頭部を濃い乳白色のもやがかかっていく。
どんどん飲み込まれ即座に消えた。
その様を退避しながら見つめていた僕。
よし!
次は久久能智だ!
頼む!
………………どうだろうか?
もう距離が離れ過ぎていて音が聞こえない。
バキッ
「イタッ」
頭に何か当たった。
あ、木の枝だ。
僕は今バックステップで退避中だった。
精霊達の仕事を見るのも大事だが、自分の安全確保もきちんとしないと。
お?
後ろにイイカンジの枝がある。
「よっと」
ガシッ
僕はバックステップで跳びながら振り向きもせずその枝を掴む。
くるん
掴んだ手を支点に勢いを殺す様に反転。
ザフッ
宙返りした僕は難なく着地。
今のすっごいカッコいいんじゃない?
っとそんな事考えている場合じゃない。
作戦はまだ終わっていないんだ。
早くガレアと合流しないと。
ダンッッ!
軽く地を蹴ってガレアの元へ向かう。
すぐに見えて来た翠色の鱗。
ガレアだ。
ザシャァッ!
僕はガレアの側で急ブレーキ。
【お?
竜司、帰って来たのかよ…………
ってわわっ!?
何だよっ!?
急に跨りやがってっ!】
止まった僕は一息もつかず、ガレアに跨った。
突然の事に驚いているガレア。
「作戦の内容はさっき話したでしょ?
さぁガレア、こっちの方角に走って。
お前は速いから気持ちゆっくり目で。
この方角に走ると雲が見えてくるからそれが見えたら止まって」
【雲?
何言ってんだ竜司。
ここは地上だぞ。
雲は空に在るもんだろうがよ】
ガレアに気を使って雲と表現したのに裏目に出てる。
「いいから。
こっちに走ってよ」
【わーったよ】
ダダッ
ガレアが中田の居る方角へ走り出す。
「久久能智、受憎腕の切断はどうなってる?」
〖どうなってるも何も。
今生えとるもんはもう全部千切っとるで〗
え!?
早い。
僕は慌てて全方位内を確認。
ホントだ。
中田の身体から生えていた夥しい数の受憎腕は一つ残らず全て切断されている。
今、現在の中田の姿は背中が激しく凸凹した普通の人型。
「ホントだ……
早い……」
〖うちはこれでも木の大精霊やからな。
これぐらい簡単どす。
んで主はん、うちは“受憎腕を全部千切れ”言われたからやったんどすが手足はどないしますのや?〗
え?
久久能智が言っているのは人間で言う所の四肢。
これをどうするのかと聞いているのだ。
確かにさっきは中田を捕える為にどうしたら良いかと考えてダルマ状態にすると言う結論を出したが、思案するのと実践するのとは雲梯の差がある。
〖そうこうしとる間に着いてまうで〗
僕が黙っていると久久能智からの催促。
確かに。
今、考えている間にガレアがポイントに辿り着いてしまう。
代案がある訳じゃ無い。
もう…………
やるしかない。
「わかった…………
久久能智……
中田の手足も………………
…………………………
切断して」
〖はいな〗
僕は全方位内の動きを注視。
地から太い蔓が生えて手足に絡みついているのが見える。
位置は両上腕部分と両太腿部分。
強く締め付けているのが解る。
やがて……………………
切断。
両上腕骨。
両大腿骨ごと。
力任せに圧し切った。
自重を支えるものが無くなった中田の身体は重力に逆らう事無く。
まるで物の様に地面に落下。
四肢が切断されたと言うのにピクリとも身体を動かさない中田。
本当に死んでいるかの様だ。
これで中田は文字通りのダルマ状態となった。
林を抜け、やがて濃霧が見えてくる。
「ガレア、ストップ」
キキィッ
ガレア、素直にブレーキ。
【ホントだ。
何で地上に雲が在んだよ】
目の前には乳白色のもや。
大きさにして10メートルぐらい。
ガレアじゃないけど確かに不思議な光景。
よし、ここまでは作戦通り。
特に予想外の事は起こってない。
「ガレア、いいかい?
あの見えてる雲の下の方。
そこに向けてシャクトを放って欲しい。
あと水虬、消火用に上から水を降らせる準備をして欲しい」
〖わかりんした〗
【ん?
もーいーのか?
ほんじゃ行くぞー。
スゥーー…………】
ガレアが大きく息を吸い込む。
僕はこの時、竜の吐く灼吐と言う物の恐ろしさ…………
いや、竜が全く人とは違う。
人間と大きくかけ離れた生物である事。
それと中田。
コレがヒトと言う生物を大きく踏み外して。
踏み外して転がり堕ちて行っている事に気付かされる事になる。
そして転がり堕ちるスピードは加速度を上げてもはやヒトが手を掴んで引き上げる事は叶わない領域まで堕ちている事を強制的に理解する事になる。
【カァーーーーーーッッッ!】
パカッと大きく開けたガレアの口からおそらく何かが出ているのだろう。
無色だから良く解らない。
アニメや漫画だったら竜の吐く息って紅い色とか炎とかになってるものだけど。
でも実際は無色透明だから何が出ているか良く解らないんだな。
その効果は浴びた対象の反応で判明する。
ボッッ!
火の手が上がった。
物凄い勢い。
大きめの炎。
高さは大体僕の背の半分ぐらい。
その火が一つだけならちょっと激しい焚火ぐらいで済んだかも知れない。
だがその数。
発火点の数が膨大なんだ。
乳白色の濃霧が火勢により散って行く。
着火点はそこだけでは無い。
ボボボゥッッ!
周囲の切り株も燃え出した。
瞬く間に出来上がった火の海。
パチパチ……
炎が爆ぜる音が聞こえる。
どうしよう。
まさかここまで火勢が強いとは思って無かった。
ここには燃える物しかない。
手をこまねいているとこの公園全体に延焼してしまう。
【おーよく燃えるなあ】
大火災の入り口に片足を突っ込んでいる状態なのに呑気なガレア。
ここで一つ誤算があった。
残骸がどれだけ燃やせば炭化するのか把握していない。
これだといつ消火していいか解らない。
どうしよう。
僕の判断ミスで大火災を産んでしまう。
パチパチ
ボボウッッ!
「くっ……!
水虬ィィィッッ!
ここら一帯に大量の水を降らせろォォッッ!
残ってる糧を全部使えェェッッ!」
僕は急いで指示を送る。
ザザァーーーッッッ!
送ったと同時に物凄い勢いで雨が降って来た。
まさに豪雨。
視界も不明瞭になり、2メートル先も見えない程。
それ程の大豪雨。
見る見るうちに火が消えて行く。
火は消えたがまともに喋る事も出来ない。
【何だこりゃっっ!!?
急に雨が降って来たぞっっ!?】
「ミ…………
ミヅ……
ぷわぁっ……!?
止め…………」
僕は必死に水虬が居た方向へ手を振る。
一応止めてくれって合図なんだけど合っているか解らない。
止めど無く降って来る雨に気を取られて吟味している暇も無い。
ピタッ
ピタリと雨が止んだ。
良かった、通じた。
もう身体全体ビショビショだ。
僕は濡れに濡れた顔全体を拭い、付いた水を振り落とす。
〖楼主はん、大丈夫でありんすか?〗
「あぁ……
物凄い勢いだったからビックリしたけど、お陰で火が消えたよ。
ありがとう」
【何か急にすんげぇ雨が降って来たと思ったらお前がやったのか?
ありんす、スゲーなー】
〖うふふ……
わっちは水の大精霊でありんすから……
これぐらいお茶の子さいさいでありんすよ……〗
ほのぼのした会話を尻目に僕の注意は他に行っていた。
それは中田。
倒れている中田だ。
周りは炭化した残骸だろうか?
太くて黒い筋が何条も中田の身体から伸びている様に見える。
だがあくまでも見えるだけでその黒い筋はブツブツと途切れていた。
倒れている中田はピクリとも動かない。
発生した恨気を使い切ったのだろうか?
現在、中田の両手両足は無い。
僕の指示で切断したからだ。
僕の作戦は成功したのだろうか?
あれ?
色々と疑問が浮かぶ中、目に入る物がある。
中田の身体の奥に紫色の肉片が見えたんだ。
受憎腕の残骸だ。
燃え残っている残骸だ。
刃になっていない所を見るといわゆる腕部分の一部分。
そこが燃え残っていたのか?
中田の身体が防いだ形になったのだろうか?
ここで一瞬…………
ほんの僅かな気の緩みから…………
取った選択が誤りだった事を思い知る。
僕は中田の方へ歩み寄って行った。
念のため燃え残った残骸を回収しようと思ったからだ。
中田は動かないから難なく側まで寄れた。
かなり惨い惨状なのであまり中田の方は見なかった。
無事、残骸の側まで辿り着く。
身を屈めてその残骸を拾おうとした時……………………
ゾクゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥゥッッ!!!
背筋に悪寒が超速で立ち昇った。
何か熱線で射抜かれた様な熱さ。
黒く淀んだ熱さ。
熱い様で冷たい。
身体を内側から凍らせるような冷たさ。
極熱と極冷。
そんな線に同時に射貫かれた様な錯覚。
バッッ
僕は素早く。
本当に素早く振り向いたんだ。
だけどゆっくり。
ゆっくり僕の視界に入って来たのは………………
僕の方を向いて紅い眼を見開いている中田の顔だった。
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「はい、今日はここまで……」
「ガタガタガタガタ…………」
龍が震えている!!?
「龍っっ!?
どうしたのっっ!?
大丈夫ッッ!?」
僕は龍の両肩を掴む。
「パパ…………
中田……
ナカタ……
怖い……
ガタガタ……」
あちゃあ。
中田に心底ビビってしまっている。
どうしよう。
ギュッ……
僕は優しく。
力強く龍を抱き寄せた。
「ほら……
龍……
僕の身体は温かいでしょう……?
生きてるんだよ僕は……
って事は中田には勝ったって事だ……
だから大丈夫…………
パパは死んだりしないから……」
ネタバレになるが龍がこうなってしまってはしょうがない。
「う……
うん……
ガタガタ……」
まだ少し震えている。
夢でうなされなければ良いけど。
「さあ、今日はもう遅い……
ゆっくりとおやすみ……
お前が寝るまでパパが側に居てやるから……」
「うん…………
あ……
ありがとうパパ……
おやすみなさい……」
「うん……
おやすみなさい」