第百七十六話 風紀雲湧(中田戦②)
2045年2月 某邸宅寝室にて。
ガチャ
「やあ、こんばんは龍」
「あ、パパ。
うす」
龍がいつもの様にガレア風挨拶。
「今日も始めて行こうかな?」
「うん。
えっと……
昨日は中田が気絶したかを確認しに行って……
でも気絶していないくて……
急に起き上がって……
刀を振った所までだったっけ…………?
あれ?
意外にピンチじゃんっっ!?」
何を言ってるんだろうこの子は。
やはり昨日、話した内容は新情報が多かったって事だろうか。
「うん。
さぁパパはどうなったんだろう?
それを今から話して行くよ」
「うんっっ!
ドキドキ…………」
###
###
コイツ、気絶していない!
ガキィィィンッッ!
僕は超速で振り上げられた受憎刃を見上げる。
脳裏には今の状況が短く過る。
あれ?
斬られていない?
僕の目の前には………………
大きな岩。
見上げる程大きな灰色の岩が在った。
〖頭ァァッッ!
大丈夫かァァッ!?
おどりゃぁぁッッ!
何してけつかるゥゥゥッッ!〗
ドコォォォォォォォォンッッッ!
ズザァァァッァァァァッッッ!
続き巨大な衝撃音。
何だ!?
一体何が起きてるんだ!?
僕は今起こっている出来事を理解できず戸惑う。
いかんいかん。
冷静になって状況を確認しよう。
まず中田は気絶していない。
これは気絶したフリだったのだろうか?
いや、あの様子からしてそんな生易しい物じゃない。
あれは……
疑死だ。
■疑死
外敵に襲われた動物が行う行動ないしは反応の類型。
動かなくなってしまった事を指す。
別名を死んだフリ、死にまね。
一種の防御行動とも考えられる。
疑死を行う動物は幅広く昆虫ではナナフシ、カメムシ、ハムシ、コガネムシ等。
昆虫以外ではクモ、ヤスデ、カニの一部によく似た状態が見られる。
哺乳類ではタヌキ、オポッサム等が疑死行動を取る。
俗に言う狸寝入りはこの行動から来ている。
多分そう。
ただ解せない点がいくつかある。
まず疑死からの覚醒と言うのは突然訪れるものと記してあった。
疑死とは抵抗反射が低下して姿勢が硬直する。
この現象をカタレプシーと言うんだけど、疑死中の動物に機械的な刺激(棒でつつくなど)を与えると覚醒すると続いてあった。
だが中田の動きはまるで自らの意思で覚醒した様に見える。
僕が指でつついたから覚醒したとでも言うのだろうか?
ビビっていたからそんなに力を込めてないのに。
僕も引き籠り時代にネットで見た限りなので真偽は定かでは無い。
ただ、中田は疑死行動が取れる。
そして自らの意思で覚醒できる。
そう思っていた方が良いだろう。
この中田の疑死行動。
これがある決定的な事実を裏付ける事になるとは僕は気付いていなかった。
その決定的な事実とは…………
中田は失神しないと言う事。
厳密には失神し辛い。
失神したかの判別が困難と言う事。
この事実によって導き出される答えは…………
中田は殺さないと止まらないと言う事。
僕はおそらく気付いていたんだ。
ただ気付かないフリをしていただけなんだと思う。
続いて何で僕が斬られていないか。
それは前に立ちはだかった巨大な岩塊が護ってくれたからだ。
その岩塊は磐土。
中田の動きに気付いた磐土は即行動し、僕を護ってくれたんだ。
なんて素早さ。
見た目は鈍重なイメージなのに。
そして護った磐土は巨大な岩拳で一撃を放ったんだ。
そしてまともに喰らった中田が吹き飛んだ。
俯くと大きく魔方陣から身を乗り出しているのが見える。
これが今の状況。
ようやく状況は理解出来た。
「ちょ……
ちょっと磐土どいて」
〖おおう、すまんこってす〗
ようやく魔方陣の内側に身体を戻した磐土。
僕の眼には遠く離れて仰向けに倒れている中田の姿が見える。
ピクリとも動かない。
動かないと言ってももう不用意に近づけない。
疑死の可能性が多分に考えらえれるからだ。
それよりも磐土の取った行動に気になる点が多い。
「磐土……
何したの?」
まだ頭の中の整理が済んでいない。
僕の口から出た言葉はこれだった。
〖頭ァ、危ないとこじゃったのう〗
「って事は磐土が護ってくれた事だよね……」
見たままその通りの事なのだが僕は確認する為、本人に聞き直した。
〖ほうじゃ〗
「それで……
何で中田が吹っ飛んでるの?」
〖そりゃわしの拳を叩き込んだからじゃ〗
あっけらかんと言う磐土。
それにしてもガレアといい物凄い事をあっけらかんと言う奴が多いんだよな僕の周りって。
まあそれは置いといてまず磐土が行った事を考えてみよう。
まず磐土は身を挺して僕を護った。
そして大きな拳で中田を殴った。
これは間違いないらしい。
さっき磐土に掴まれた時、感触があったから実体化してるのは確認した。
バッ
僕は久久能智の方を見る。
〖ん?
何や主はん。
磐土がドツいたんがそない不思議か?
さっき掴まれた時、磐土が実体化しとんのは知っとるやろ?〗
「いや……
そりゃ知ってるけどさ……
でも久久能智達って僕らにしか見えないじゃない?
だったら中田からしたらどんな感じになってるのかなって……」
〖そら見えへん力にドツかれたみたいになっとるやろなあ〗
「なっとるやろなあって……」
まるで幽波紋。
僕がまず思い浮かんだのはこれ。
幽波紋と言うのは週刊フライで連載していたジュジュの怪異な冒険と言う漫画に出て来る特異能力。
僕と同じ様に守護霊みたいな物を操る。
ただのバトル漫画では無く怪異現象などを解き明かしたりと飽きさせない展開で僕も大好きな漫画。
その幽波紋も一般人には見えなくて、同じスタンド使いでないと目視出来ないと言うルールがあった。
一度スタンドが岩を砕く所を一般人視点で描かれているシーンがあった。
その時はひとりでに割れたと驚いていたっけ。
多分、中田の印象としてはそんな所だろう。
確かに神道巫術を創作しようとしたキッカケは念動力の様に色々な物を操れたらと思っていたけど、まさか読んでた漫画に似た能力になるなんて。
ムフフ、僕はスタンド使いになったのかあ。
〖主はん、ものごっつうキショい顔しとりますえ〗
〖コラァッ!
久久能智ィッ!
われ頭に向かって何ちゅう口、聞いとるんじゃいっ!
頭の顔は珍妙で奇天烈な顔じゃろうっっ!?〗
久久能智が毒を吐いた後、磐土がフォローになってないフォローを入れる。
また僕の中のオタク心がムクムクと膨れ上がったんだ。
こう言う時のニヤケ顔は本当に気持ち悪いらしい。
「えぇっ!?
そっ……
そうかなっ!?
……ゴシゴシ……
それと……
磐土……
僕を庇ってるんだろうけど……
言ってる事、久久能智と変わらないから……」
〖えぇっ!?
かっ……
頭ァッ!?
そうですかいっ!?
それはすまんです……〗
いや、謝るなよ。
謝ったら言った事を肯定する事になるだろ。
まあ、こう言う時の僕の顔が気持ち悪いのは今までしてきた旅の中でさんざん言われているから構わないんだけどね。
ここで幽波紋との違いをいくつか見つけた。
まずスタンドはコミュニケーションが取れないんだ。
全く喋らない。
ましてや久久能智の様な京都弁や磐土の様な広島弁は話さない。
中には喋るスタンドも居たけど劇中では珍しい方だ。
あとスタンドには遠距離まで動かせる物もあったりする。
遠く離れれば離れる程パワーが落ちると言うルールがあったが。
だけど神道巫術の場合は僕の側から動けない。
正確には魔方陣の中から動けない。
僕は俯きながら考えていた。
この魔方陣動かせないかなあ?
何だかコツさえ掴めれば動かせそうな気がする。
ググ……
おや?
ググググ
動いた。
魔方陣が動いた。
ゆっくりと。
どれぐらい動くのだろう?
グルグル
念じると久久能智と磐土を載せた魔方陣は僕の周囲を回りだした。
僕から離れる事は出来ないみたい。
いくら念じても一定の距離を保っている。
移動と言うよりは位置変更。
そんな印象。
僕はこれで充分と考える。
フォーメーションを状況に応じて変えられると言う事だ。
「なら久久能智も何か出来るの?」
〖主はんがヤバなったらそら色々させて貰いますえ〗
色々の内容が気になるが頼もしい限りだ。
むくり
中田が起き上がった。
フラフラとこちらに歩み寄って来る。
「…………何だ……
今のは……?」
やはり磐土の攻撃は見えていない模様。
狐に摘ままれた様な顔をして状況を理解していない様だ。
僕は飛び掛かって来た時に対処する為、磐土と久久能智の魔方陣を前方に配置。
影に隠れて卑怯だと思うかも知れないけど、この二人を出してるのも僕のスキルなんだからね。
僕は二人の隙間から様子を伺う。
すると目を見開き、射る様な視線で僕を見つめる中田が居た。
「何故だぁぁっ!?
何故斬れていないィィィッッ!!?」
どうやら無傷の僕を見て驚いている。
ギュンッッ!
とか考えていたら中田が超速で飛び掛かって来た。
両腕がいつの間にか受憎刃に変わっている。
〖頭ァッ!?
離れてつかぁさいッッ!〗
ガィインッッ!
ガガガガガガガキィィンッッ!
感染和法で強化した両腕を超速で振るう中田。
何度も何度も斬りつける。
連続した衝撃音が響き渡る。
だが……
おかしい……
この攻撃は似非の様な気がする。
僕を斬りつける目的では無い。
ダンッッ
とか考えていたら、中田の姿が消えた。
瞬時に僕の右側へシフト。
グァァァッッ!
そのまま躊躇いなく受憎刃を振り下ろしてくる。
「うわぁぁぁぁっっ!?」
鋭い紫色の刃に僕は悲鳴を上げる。
〖おどりゃあっ!
こすい真似しくさりおってっっ!〗
ガキィィィンッッ!
魔方陣から身を乗り出し僕を庇う磐土。
ガガィンッッ!
ガガガガガガガガィィンッッ!
先と同じ様に超速で受憎刃と化した両腕を振るう中田。
〖うっとおしんじゃっっ!
喰らわんかいッッッ!〗
ドコォォォォォォォォンッッッ!
磐土の巨大な右拳が唸りを上げた。
狙いは中田の左脇腹。
ドシャァァァァァァァッッ!
中田が消えた。
デカい岩拳が吹き飛ばしたんだ。
僕は中田が吹き飛ぶ瞬間、確かに見た。
両腕の受憎刃でクロスガードしていたのを。
遠く吹き飛んだ中田だったが、多分ダメージはさほど無い筈。
むくり
ゆっくり起き上がる中田。
ほら、思った通りだ。
「…………貴様は……
何か悪霊でも付いているのか……?
何かが護っている……」
僕は驚いた。
中田が僕を分析し始めたのだ。
式使いは基本自分の欲を満たす為にほぼ本能で襲い掛かってくるもの。
それはまるで飢餓状態の獣の様に。
だが中田は違う。
頭を使って考えている。
そのまま中田は話を続ける。
「俺が位置を変えた時、声を上げた……
見えない何かを使える様になって間もないのか……
それとも臆病なだけか…………
ブツブツ……」
誰に聞かせる訳でも無くブツブツと独り言を続ける中田。
悪霊。
確かジュジュでも幽波紋が初めて出た時はそう称してたっけ。
そして中田の予想は二つとも合っている。
「しかも……
さっきの悲鳴……
貴様…………
何十万人も罪のない人間を殺害しておいて…………
身勝手な理由で殺しておいて…………
いざ自分に危険が降りかかると悲鳴を上げるのか……
……ギリィィィッッ…………
貴様…………
貴様貴様貴様貴様貴様ァァァッァァァッッ!!
憎いぞォォォォォォッッ!」
忘れていた。
僕は自分に憎しみの矛先を向けさせる為、悪人のフリをしたんだ。
確かドラゴンエラーは故意に起こして、その動機は目障りな人達を一掃したかったって事にしていたんだっけ。
中田の気持ちも解らなくはない。
悲鳴を上げると言うのは命が惜しい事の証。
何十万人も身勝手な理由で殺した奴が自分の命が惜しいと言うのだ。
何と利己的で自分勝手な男だろうと昔の僕なら腹が立っていただろう。
だけど、今はそんな事を考えている場合では無い。
今までの式使いは猛獣のイメージだったけど、中田は違う。
人間だ。
頭を使い物を考えれる人間だ。
そして今叫んだ事で体内に恨気を募らせた。
「…………となると……
ヤツをどうやって苦しめるか…………
フム……
やってみるか……」
叫んだと思ったらまたブツブツと独り言を呟き出した。
かなりの情緒不安定。
何ておっかない独り言。
息をする様に僕を苦しめると言った。
さっき僕は中田を人間と言ったけど、そのイメージにはズレがあった。
やはり式使いは式使い。
対峙している側からしたら獣。
猛獣である。
さしずめ中田は頭のいい猛獣と言ったイメージがシックリ来る。
ん?
全方位内で動きがある。
これは……………………
ヤバい!
中田の足元から無数に何か伸びて来ている。
場所は地中。
地面を掘り進んで超速で何本もこちらに向かって来ている!
「やばいィィッッ!
ガレアァァァッッ!
飛べぇぇぇぇ!
起動ォォォォッッ!」
ダァァァァァンッッッ!
僕は強く地を蹴り、高く跳躍。
【おっっ!?
何だ何だ急にっっ!?】
バサァッ!
突然の危険信号に驚きはしたが、ガレアも翼をはためかせ急速上昇。
ボコォォォォォォォンッッ!
宙へ跳んだ刹那、僕等が居た地が割れ中から無数の棘が生えた。
その色は紫色。
ドス黒い紫色。
これは今ここに生えたんじゃない。
中田が生成した受憎腕……
いや、受憎棘だ。
危なかった。
全方位内の動きに気が付かなかったら串刺しになっていた。
スタッ
僕は空中でガレアの背中に着地。
「ガレア、大丈夫?」
【俺は何とも無いけどよ。
何だあのトゲトゲ】
「あれもアイツが出したんだよ」
【うげっ!?
人間ってそんな事出来んのかよっ!?】
「あんな事、出来る訳ないじゃない」
【でもやってんじゃねぇか?
んじゃあいつは何なんだよ】
「そんな事、僕に言われても解らないよ」
〖確かにあいつ人間やめとるなあ〗
〖ほうじゃのう……
あんなやつ捕らえるなんて事、出来んのじゃろか……〗
「磐土、さっきかなり斬りつけられていたけど身体は大丈夫?」
〖頭ァァッ!
心配かけてすまへんっっ!
さっきかなり糧、頂きやしたんで全然大丈夫じゃっっ!〗
そう言う磐土の身体は夥しい数の斬撃傷が付いていた。
呆気に取られてその様を見つめてしまう。
「だ……
大丈夫そうにはとても見えないんだけど……」
〖ん?
あぁっ!?
こんな傷はっっ…………〗
ブンッ
一瞬で元通りの磐土に戻る。
傷を治したと言うよりかは別で用意してた新品の身体に成り代わった。
そんな印象。
「す……
凄い…………
あんなに傷があったのに一瞬で……」
〖だからさっきも言うたけど、うちらは主はんの糧さえあれば大抵の事は出来るんどす〗
「なら久久能智も磐土みたいに護る事は出来るの?」
〖そら誰もおらん様になったらうちが身体、張るしかないやろけど多分アイツの攻撃は防げんやろなあ〗
平然と言ってのける久久能智。
「ふ……
防げないって……
どう言う事……?」
〖だから仮にさっきの攻撃をうちが防いだとするやろ?
そしたらやな…………
多分うちの身体ごと主はんの身体もバッザリ行くやろな〗
ブルッ
身体の底の底から震えが来る。
「こ…………
怖い事言わないでよ……
大体その場合、久久能智も死んじゃうでしょ……?
あれ?
死んじゃう?」
精霊に死などあるのだろうか?
何となくしっくり来ない。
〖だから言うとるやろ?
うちらは主はんの糧があればいくらでも復活出来るんどすて。
まあでもこの場合は主はんも死ぬやろから、うちらの存在も消えてしまうやろな〗
そうか、精霊の死とは存在が消える事なのか。
久久能智達が消える。
こうして話している者が消える。
そう考えたら物凄く哀しくなってきた。
「そ……
そんな……
寂しい事言わないでよ……」
〖あぁっ!?
そない哀しそうな顔せんでおくれやすっ!
うちが話したんはあくまでも仮の話やからっ!〗
「う……
うん……」
〖コラァッ!
久久能智ィィッ!
われ頭を何、哀しませとんのじゃあっ!〗
〖あーもーやかましい磐土〗
「で……
でも何で磐土だったら防御できるのに久久能智だと斬れちゃうの?
イメージ的に解らなくは無いけど僕の糧は同じでしょ?」
〖あぁ、それは糧の使い方が違うんどす。
うちはどちらかと言うと操作に割いとるんですわ。
磐土はその身体に割いとるんどす。
これは性格によるもんですなあ〗
へえ、なるほど。
となると各精霊それぞれ得意分野と不得意分野があると言う事か。
「へえ……
じゃあ他の精霊にもそう言うのがあったりするの?」
〖もちろんどす。
水虬は物量。
あと軻遇突智は威力やったかな?
他は覚えとりゃせん〗
軻遇突智。
僕がまだ契約していない火の大精霊だ。
だんだん精霊達の事が解って来た。
言わば磐土はタンク。
久久能智はサポーター。
水虬は何になるんだろう。
まだ出してないからわからないや。
でも……
確か……
水虬って……
廓詞を話してたよな……
廓詞って遊郭で使われた言葉。
と……
なると……
イメージ図は……
〖ん?
何や主はん。
鼻から血ィ垂れとんで〗
あ、またやってしまった。
頭に浮かんだエロい妄想に身体が反応してしまった。
「えぇっ!?
…………ゴシゴシ……」
僕はしきりに鼻を擦る。
腕が僕の鼻血で真っ赤になった。
全くもう。
さっき失血した所なのに。
僕は竜河岸だから想像力が豊かなんだよなあ。
〖何や助平な事でも考えてはったんどすか?〗
「ちちっ……!?
違うよっ!?」
〖別に隠さんでもよろしおす。
主はんも若いんやから、女のカラダに興味持ってもおかしないおかしない。
主はんさえ良ければ、うちの乳ぐらい揉んでも構わんで〗
何を言い出すんだコイツは。
そんなの触れるわけ無いだろう。
触れるわけ…………
でも…………
僕はじっと久久能智の胸元を凝視してしまった。
結構デカい。
これも僕のイメージから作り出したのだろうか。
ちょっと自己嫌悪の気持ちが湧いて来た。
〖…………主はん。
何を人の胸元じぃっと見て凹んどるんどす。
失礼なお人やなあ〗
「ちちっ……
違うんだっっ!
久久能智がどうとかじゃなしに……
この形も僕のイメージが創り出したって考えたら自分で思ってる以上にスケベなんだなあって思って……
ちょっと……」
〖フウ……
ホンマに下らん事で悩みはんなあ人間て。
んでどないすんねや主はん。
さっきからエラい眼でこっち睨んどんで〗
くい
そう言いながら親指を下に向ける。
僕は指差す方向を見降ろす。
その様を見て僕は絶句した。
怨。
この一文字で表される程の形相で見上げている中田が居た。
いつのまにか無数の受憎棘も無くなっている。
残っているのは穴だけだ。
たくさん地面に穴が開いている。
上空から見降ろすと中田の様子が良く解る。
一体どこからあれだけの受憎棘を出したのだろう?
地面に穴が開いたのであれば恐らく下向きに生成して地中を掘り進んだはずだ。
だけど中田の周りは全く穴が開いていない。
いわゆる出口はあるのに入り口が見当たらない状態。
虚空に生成する事も出来るのか?
いやいやいや。
受憎腕と言うものは死肉を使う。
虚空に生成出来るのならどうやってそこに材料を送っているんだって話だ。
死肉を使う。
術者本体から生やす。
受憎腕を生成するにあたって護らないといけないルールはおそらくこの二つ。
となると先程の受憎棘も中田本体の何処かから生やしたはずだ。
一体何処から?
僕はずっと睨み続けている中田の様子を観察する。
おや…………?
解った。
地中を掘り進んで来た無数の受憎棘。
出口の穴はあるのに入り口の穴が見当たらない。
ここから生成したと考えれば全て説明が付く。
生成した場所……
それは足の裏だ。
足の裏から生成して掘り進んだんだ。
だから穴が見当たらない。
それにしても何て戦い方だ。
僕が全方位を使えなかったら確実に死んでいた。
くそっ!
さっき全方位で何処から出てるか確認しておけばよかった。
おや?
中田に動きがある。
何やら親指を立ててこちらに向けている。
嫌な予感がする。
ギュルルルッッッ!
警戒する暇も無く予感的中。
突然こちらに向かって受憎腕を伸ばして来た。
激しく捲れ上がる長い裏頭。
「うわぁっっ!!」
シュルルッッ!
【何だっっ!?】
ガレアの脚に巻き付いた受憎腕。
不意の事にガレアも驚いている。
この高さでも届くのか!?
油断していた。
安全圏内と思われていた空だったから。
気が抜けていたと言われてもしょうがない。
グァァァァッッ!
瞬く間に地面に引きずり降ろされる僕ら。
中田は伸ばした受憎腕を片方の腕で掴み、投げ飛ばしたんだ。
まるで大物を釣り上げた釣師の様。
頭上に見える地面。
僕らの身体が反転した。
ガレアも唐突な攻撃に力を入れて踏ん張る事も出来ないみたいだ。
何て力だ!
僕とガレア二人をいとも簡単に投げ飛ばしている。
このままだと地面に激突は避けれない。
ヤバい!
地面にぶつかる!
頭に血が上るのをほのかに感じつつ、叩き付けられる事を覚悟した…………
その時。
〖こらあかんなぁ。
磐土、ガレアはんは頼んだで〗
〖おうさぁっ!〗
久久能智と磐土の声。
そうだ。
この二人が居た。
シュルシュルゥッ
すらりと長い緑色の腕を伸ばす久久能智。
見る見るうちに腕が変質。
緑の太い蔓に変わり、僕の身体に向かって物凄い速度で伸びて来た。
あ、巻き付いた。
ガレアと一時分離。
そのまま僕の身体は久久能智の方まで寄せられる。
気が付いたら僕は緑色のお姉さんにお姫様抱っこされている体勢になっていた。
〖主はん、大丈夫どすか?〗
頭上には優しく微笑む久久能智。
その姿はまさに森の女神。
「う……
うん……
危ない所だったよ……
ありがとう久久能智……」
〖どっせいっっ!〗
ガシィッッ!
お次はガレア。
磐土のゴツゴツした両腕が見事にガレアの巨体を受け止めた。
【おっ!?
じゃけーっ!
お前すげぇなっっ!】
ドスゥゥンッッ!
重苦しい音が鳴る。
磐土とガレア二人分の重量だからそりゃそうか。
ん?
重量?
そう言えば精霊の重さってどうなってるんだろう。
「久久能智……
降ろして……」
〖あら?
そうどすか?
うちとしてはもう少し可愛い主はんを抱いてたかったんやけどなあ〗
ボッと赤面する僕。
何だか母さんに抱っこされてるみたい。
「もっ……
もうっ!
何言ってるのっ
久久能智ッッ!」
〖うふふ、冗談どす〗
ストッ
優しく僕を降ろす久久能智。
見るとガレアはもう降ろされていた。
「貴様…………
やはり何か飼っているな……」
ギリギリと歯軋りしながら溢れる恨みの念を僕に向けている。
……いや、もうこれは怨みに変わっている。
「………………何の話……?」
僕は出来るだけ感情を載せず、冷たく反応する様心掛けた。
中田の中で僕は大悪人になっているのだから。
「ギリィッ…………!
とぼけるなぁっっ!
見えないからと言って隠し通せると思っているのかァッ!
その足跡が何よりの証拠だぁっ!」
ビシッとドス黒い紫色の指をこちらに差し向ける中田。
まるで相手を糾弾する弁護士の様に。
中田の指の先は真っすぐ磐土に向けられていた。
多分足跡と言うのは磐土のものだろう。
今は磐土が立っているから確認は出来ない。
しかしいくつか解せない点がある。
それは精霊の脚。
磐土はきちんと両脚が生えて大地に立っている。
足の下に魔方陣がある。
かたや久久能智は衣服を形作っている丁子色の蔓が寄り集まってドレスの様な長いスカートとなって魔方陣の中に消えている。
何となく浮いている様にも見える。
一体どういう事だろう?
ギュンッッ!
そんな事を考えている間に中田が一足飛びにこちらへ向かって来た。
もちろん両手は受憎刃に変わっている。
〖頭ァァッ!〗
バッ!
先と同じ様にドッシリと磐土の巨体が前に立ち塞がる。
ガィィィィンッッ!
ガガガガガガガガィィンッッ!
超速。
目にも止まらない速さで猛斬撃を繰り出す中田。
集中ッ!
起動ッ!
僕は目に魔力を集中し、魔力注入発動。
にも関わらずそれでもぼやけている。
何てスピードだ。
しかし磐土のガードは鉄壁。
一刀たりとも僕の身体には届いていない。
ギュルゥッ!
嫌な音が聞こえた。
何処かで聞いた嫌な音。
磐土の巨体に隠れて良く解らない。
ビシィッッ!
寸前。
唐突に。
横から。
死角から僕とガレアを掴もうと向かって来た無数の受憎腕。
だが、それも届いていない。
久久能智が両腕から急速生成した木の蔓で完全に捕縛している。
ググッ
グググググッ
僕らを掴もうと振り解こうとするが硬く捕縛された拘束は解けない。
〖うちがおる限り……
主はんには手出しさせまへんえ……〗
ニヤリと不敵な笑みを浮かべる久久能智。
「これでハッキリしたァッ!
貴様…………
少なくとも二体以上の悪霊の様なものを飼っているなァッ!
どうせ貴様の事だァッ!
圧倒的な暴力で無慈悲にィッ!
冷酷にィッ!
屈服させたんだろうがなぁっ!
憎いィィィィッッ!
貴様貴様貴様貴様貴様貴様貴様ァァァァァァッァァッッッ!」
磐土の巨体の向こう側で怨み言を叫んでいる中田。
〖キモい奴やなあ…………
ホイ〗
ググググ
捕縛している木の蔓が動く。
無数の受憎腕と二本の受憎刃を生やした中田の巨体を持ち上げた。
ビュンッッ!
中田を投げ飛ばした。
「うおおおおおおおっっっ!」
叫び声を上げながら遠くへ飛んで行く中田。
ドシャァァァァァァァッッ!
そのまま強く地に叩き付けられ勢いのままに滑って行く。
「す……
凄い……」
圧倒的な光景に感嘆の呟きを漏らす事が精一杯だった僕。
はっ!
そんな事よりガレアはっ!?
「ガレアッッ!?
大丈夫ッッ!?」
【俺は何ともないぞ。
てか何が起こったかよくわからん】
良かった。
て言うか何が起きてるか良く解っていない様子。
「ガレアッッ!
一旦退くぞっっ!
色々と整理したいっっ!
僕を載せて飛んでくれっっ!」
【ん?
いいぞ。
乗りな】
僕は素早くガレアの背に乗る。
バサァッ!
ガレアの翼が大きくはためき飛翔。
臀部が大きな力で押し上げられる感覚。
「ガレア、高度はさっきと同じぐらい。
たださっきよりも少し中田から離れてくれ」
【わかった】
さっきの受憎腕の長さから間合いをもう少し取らないとまた掴まってしまう。
ただ、僕の姿を見失われるとそれはそれでまた問題だ。
本当に何とも厄介な相手だ。
ガレアは低く遠く飛翔し、中田から気持ち遠目に離れた所で停止。
僕の言った通りだ。
ピッタリ久久能智と磐土も付いて来ている。
空中で見ると良く解る。
やはり二人共、出方が違う。
磐土は身体全て出ている。
何か魔方陣を足場にしている。
そんな印象。
かたや久久能智は多分脛の真ん中より下の方は魔方陣内に格納されているのではないだろうか?
蔓のドレスで何処からかは良く解らない。
「ありがとう二人共。
お陰で助かったよ」
〖気にせんでつかぁさい。
頭を護んのは自分自身を護っとるんと同義じゃけぇ〗
同義?
それはさっきの僕が死んだら存在しなくなると言う話だろうか?
そう言う磐土の身体は夥しい斬撃痕。
さっきと同じ……
いや、それ以上の傷が付いている。
僕はその傷痕を見た瞬間、ガレアの背に手を合わせた。
魔力補給をする為だ。
ドッッックゥゥゥゥンッッッ!
ドッッックゥゥゥゥンッッッ!
大型魔力を二回補給。
ガシュガシュガガガガシュガシュガシュッッ!
入って来た巨大で濃密な魔力を右から保持。
この魔力補給は精霊達の為だ。
少なくとも磐土には必要な筈。
そう踏んだ。
「色々と話したい事はあるけど、ひとまずは磐土。
傷を治したら?
糧は用意してるから持って行ってくれて構わない。
久久能智も必要なら持って行ってね」
〖うっ…………
ウオオオオーーンッッ!!
何て気が利く頭なんじゃあっ!〗
磐土が大号泣。
四角い眼から涙が溢れている。
ピッピッ
大量の涙から数滴、僕の身体に付着。
うん、濡れている感覚はある。
磐土が良い奴って言うのは解ったから何か出してこれ以上疑問を増やすのは止めて欲しいなあ。
〖磐土、うるさいわ。
まあ確かに気が利く優しい主はんではあるけどな。
ほなよばれますわ〗
言い終わる辺りで感じる倦怠感。
大きさは中ぐらい。
そんなに大きくない。
何か身体から抜けて行っている感覚。
久久能智が魔力を吸収しているんだ。
〖ふう……
ごちそうさん。
磐土?
何をボサッとしとりまんねや?
主はんはあんさんの痛々しい傷を見るのが嫌なんどすからとっとと治しい〗
〖あぁっ!
頭ァッ!
すまんこってすっ!
では……〗
ブン
また瞬時に身体が元通りに戻る。
〖では頭ァッ!
頂きやすっ!〗
あれよあれよと言う間に磐土の傷が治り、再び襲い来る大きな倦怠感。
今回は大きい。
言葉にすると怠い。
そう言える程の大きな倦怠感。
さっき久久能智が吸い取った量と違うんだ。
磐土の方が消費エネルギーが多かったって事だろう。
やがて倦怠感が引いて行く。
吸収が完了した様だ。
「終わった?
ところで磐土、聞きたい事があるんだけど。
お前の重さってどうなってるの?」
〖ん?
何が聞きたいんかようわからん〗
〖ハァ……
磐土、あのな……
多分、主はんはうちらの目方がどないなっとんねんって聞きたいんどす。
多分、中田に足跡を指摘された点から疑問に思ぉたんと違いまっか?〗
さすが久久能智。
その通りだ。
「う……
うん……
その通りなんだけどどうなってるの?」
〖女性の目方を聞きたいやなんてこん不届きモンッッ……!
……っと言いたいとこやけど答えたります。
うちらに重さはおまへん〗
え?
無い?
ゼロって事?
「ちょっとどう言う事?」
〖うちらは実体化しとるとは言え主はんの作り出した具象体どす。
言うたらイメージの塊や。
そないなもんに重さなんかあるはずおまへんどす〗
重さが無い理由に関しては納得出来なくは無いが更に色々疑問が湧いて来る。
なら、中田が見た足跡は誰のものだったんだ?
「重さが無いなら、中田が見た足跡は何だったの?」
〖それは磐土の足跡や。
厳密にはガレアはんの重さが乗っかった足跡や〗
つまりこう言う事か?
磐土自体に重さは無いけど、その上にガレアが乗っかっているからその重みで出来た足跡って事か?
何ともややこしい話だ。
「何かややこしい話だね…………
本当に久久能智達って何なの?」
〖だから精霊や言うとるやろ?〗
「…………ま……
まぁ、重さについてはそれでいいや。
それにしても解らないことだらけだ。
掴まれた時に硬い岩の感覚もあったし、この涙の感覚だって濡れてるってハッキリ解る。
それにさっきの中田の斬撃。
確かに硬い物を斬りつけてる音が響いてた。
これはどう言う事?」
〖主はん。
その手に付いとる水滴は何や?〗
突然、妙な事を聞いて来る久久能智。
「え……?
磐土の涙?」
〖うん、そやな。
つまりそう言う事どす。
それも主はんが創り出したイメージ。
磐土の身体を硬い岩石の塊になっとんのも全部主はんえ?
だから、硬い岩に掴まれたって感じんのも涙に濡れた思うんも全部主はんのイメージから来とるんどす〗
来とるんどすって言われてもなあ。
つまりこう言う事か?
いわゆる極度の思い込み。
硬い岩で掴まれたと感じるのも涙で濡れたと思うのも感じる前に磐土の手が岩だと磐土の眼から流れたのが涙だと言う認識が先に来る極度の思い込み。
若干無理がある気がしないでも無いがこうでも結論付けないと納得できない。
「じゃ……
じゃあ斬撃音に関しては?」
〖それは硬い糧の塊を斬ったから音しとんのとちゃいまっか?〗
これは何となく解る。
中田は僕を斬りつける事は出来なかった。
そこに磐土が在ったからだ。
久久能智達は見えない。
ならば中田からしたら磐土はどうなるのかと言う話だ。
これは僕の推測になるけど、多分魔力の塊。
それを斬りつけた様になってるんだろう。
糧は魔力の事。
魔力は扱う者のイメージによってあらゆる形に変化するエネルギー。
磐土を硬い岩石でイメージしたのなら中田の斬撃を阻止した魔力の塊も硬いと考えるのが道理。
魔力も見えはしないけどそう言う事なのだと思う。
よし、納得したら次の一手だ。
さっきから中田の驚くべき能力で先手を奪われてばかり。
せっかく神道巫術がレベルアップしたんだ。
ここから反撃にうって出るぞ。
それにはまず各精霊が何を出来るか確認しないと。
と…………
言う訳で水虬を呼び出してみようと思う。
いや!
別にスケベな気持ちで選んだわけじゃないよ!
あくまでも……
あくまでも!
各精霊がどんな事が出来るのか確認したかっただけで!
それ以外は何にも………………
いや、今だから謝ります。
ごめんなさい。
その時は久久能智が予想以上にセクシーだったから水虬の姿がどうなるのか見たかっただけです……
ホントごめんなさい。
〖んで主はん、どないしはるんどす?〗
「うん……
まず各精霊がどんな事を出来るのか確認したいと思う……
だからまず水虬を呼び出してみる……
水虬……
水虬……
僕の声が聞こえる?
聞こえてたら出て来て欲しい……」
しん
特に変化は無い。
〖主はんの力量やとまだ二体同時が精一杯みたいどすなあ〗
なるほど。
となるとどちらかを一旦消さないといけない。
どちらを消すか。
チラ
少し中田の様子を確認する。
あれ?
何か悶えている様子。
胸を掻きむしりながら苦しんでいる。
さっきも全方位内で同じ様な反応を示していた。
体内に溢れた恨気が原因だろうか?
解らない。
ただ今は僕に構ってる余裕は無さそうだ。
今のうちにこちらの戦力を確認しておかないと。
よし、一旦引っ込めるのは久久能智だ。
これだけ離れていれば攻撃しては来ないと思うが、万が一と言う事もある。
盾役の磐土を引っ込めるのは少し怖い。
「じゃあ……
久久能智、一旦引っ込んで」
〖うちかいな。
まあ妥当なトコどすな。
ほなごめんやす〗
そう言い残し、魔方陣ごと消えてしまった久久能智。
パンッ!
僕は胸元で勢いよく両手を合わせた。
神道巫術をかけ直す為だ。
魔法では持続時間は明記してなかったけど、多分もう一度かけた方が良い気がしたから。
「神道巫術」
ポウ
両人差し指が青白く灯り、再び描く軌跡は蒼い鳥居。
「水虬……
水虬……
僕の声が聞こえる……?
聞こえてたら出て来て欲しい……」
すると目の前にサークルが現れた。
中央に六芒星。
蒼白い線で描かれたそれは磐土が出て来たものと同種だ。
やはり現在の僕では二体同時が限界みたい。
コポ……
おや?
何か音がしたぞ。
コポコポコポコポ…………
魔方陣の中央から水が溢れて来た。
瞬く間に魔方陣は水浸しに。
ただこの水は不思議で全く魔方陣の外には出ない。
下に垂れないんだ。
これも僕のイメージが創り出したと言う事か?
とか考えていたら水虬が水の中から現れた。
うん、概ね予想通り。
女座りで現れたのはスッと綺麗な蒼色を基調とした和着物を纏った女性。
慈愛の光を携えていた久久能智の眼と違ってスゥッと切れ長の眼。
深い水の底。
そんなイメージが想起される眼。
整った高い鼻は同じだが、厚い久久能智の唇と違って薄く小さい。
セクシーと言うよりかは妖艶。
そんなイメージ。
それよりも目が行ったのは髪型。
紺に近い青色の髪。
それが形作る髪型は…………
何て言ったっけ…………?
あぁ横兵庫だったっけ?
■横兵庫
江戸時代中期以降に江戸の吉原、京の島原等の高級遊女に結われた髪型。
前髪はふっくらと、鬢(頭の左右側面の髪が生えている部分)も横に大きく張り出しているのが特徴。
吉原、島原と髪の結い方は同じだが扱われる髪飾りに違いがあり、島原の方は花簪やサンゴを垂らしたビラ簪を用い、若干艶やかだと言える。
扱う言葉が廓詞なせいか本当に顔立ちは花魁。
まるで江戸時代からタイムスリップしてきた様だ。
肌は緑の久久能智と違って青色。
所々、蒼の濃さに違いがある。
アイシャドウは紺に近い。
そして…………
ゴクリ
その身体。
和着物は和着物でもいわゆる胸元が広く浅いVの字に開いた花魁着物。
もちろん胸の谷間はクッキリ見えている。
そしてデカい。
久久能智よりもずっとデカい。
しかも空いているのは胸元だけではない。
脚もそうだ。
着物にはスリットが大きく開いており、中からムッチリとした青色の太腿が覗いている。
確かに肌の色は蒼くて人間離れしているかも知れない。
だがこのフォルムを見て、下腹部に熱を帯びるのは健康な日本男子ならばしょうがないのではないだろうか?
あと、特徴として長い煙管を咥えている。
持つ手もスラリと長くこれまた妖艶。
「あ…………
あの…………
水虬……
さんで……
宜しいでしょうか……?」
とりあえず僕は確認。
ピューーーッ
煙管から口を離し、煙を吐く様な仕草で口から飛び出たのは水。
小さな水流だ。
ニヤリ
流し目で僕を見つめ、薄く微笑んだ。
〖ええ……
楼主はん……
わっちは水虬でありんすえ……〗
ハイ確定。
僕の目の前にいる蒼い花魁は水虬。
もう一度言う。
予想通り。
すると水虬の顔が変化。
眉をハの字に傾かせ、薄い唇が山の形。
何かグッと堪えている。
そんな表情を見せる水虬。
何故そんな顔をしたか?
それは次に取った行動で明らかになる。
ガバッ!
プニョォンッ!
突然自身の胸元に僕を抱き寄せた水虬。
精霊がイメージ?
具象体?
そんな事は関係無い。
僕の顔に感じている豊満な胸の恐ろしい柔らかさは本物だ。
「モガーーーーッッ!」
圧迫された僕は息苦しさに声を上げる。
これは本当に不思議なんだけど、僕は魔力の塊に抱きしめられたって事になるんだよね。
〖ようよう会えんしたーーっっ!
楼主はーーんっっ!
わっちは……
わっちは……
えらい嬉しんすーーっ!〗
「プハッ!」
強い力で抱きしめられていたが顔を上にズラし、何とか息苦しさから解放された。
ポタッ……
ポタポタポタッ
顔に数滴、水が落ちるのを感じる。
見上げるとそこには僕を見降ろし泣いている水虬の顔。
若干顔が紅潮している様にも見える。
蒼いのに紅潮って不思議な感じがするけどとにかくそんな印象だったんだ。
「あ……
あの……
水虬さん……?
離してくれると嬉しいんだけど……」
そんな僕の顔は依然として豊満な胸が創り出す深い谷間に挟まっている。
僕が居る場所は空中。
ガレアの背中に乗って上空に居るのだ。
バランスを崩して落下する恐れも忘れ、僕は顔全体で水虬の胸の柔らかさを堪能していた。
恐るべきエロスパワー。
〖あぁっ!?
これは失礼しんした……〗
パッ
ようやく解放された。
もうちょっと……
いやいやいや何を考えているんだ僕は。
「ゴッ……
ゴホンゴホン……
で、ミヅ……」
身なりを整え、話を進めようとするがじぃっと僕と水虬のやり取りを見ている視線を感じた。
バッ
僕はその方向を見る。
ぎょろりとした四角い眼が二つとまん丸い眼が二つ。
磐土とガレアだ。
「な…………
何……?
二人共……」
【人間って良く解んねーよな、じゃけー?
コイツ、時々こう言う二つのコブに触れたらこうなんだよなー。
何でだろーなー?】
〖わしもそこら辺はようわからん。
何分わしは人間っちゃあ頭以外会うた事無いけぇのう……
オイッ!
水虬ッッ!
頭はその柔こい二つのコブをご所望じゃあっっ!
もっと自分から触らせたらんかいッッ!〗
どセクハラ。
正真正銘、紛う事無きセクハラ発言。
また精霊だから性的嫌がらせの意味を知らなかったり僕を気遣って言ってくれてるのが始末が悪い。
〖嫌やわぁ磐土……
これはコブやのうて乳房言う有難いモンでありんすえ……〗
ゆっくりと低い声で話す水虬の様はまさに妖艶。
艶やかさが半端ない。
【ん……?
ありんす……?
えっっっ!?
お前ありんすかっっ!?
お前も全然違うじゃねぇかっっ!】
ようやく水虬と認識したガレア。
「もう……
磐土も何言ってるの。
今は戦闘中だよ?
そんな事する訳無いじゃないか。
僕は中田を止める為に今ここに居るんだ。
それでミヅ……」
再び僕の発言が止まる。
今度の原因は水虬本人。
さっきの顔を紅潮させた雰囲気でじっと見つめている。
一言で言うならうっとり。
そんな感じだ。
「ど……
どうしたの……?
水虬……?」
〖いや……
楼主はん……
凛々しゅうて素敵でありんすなぁ思て……〗
そう言う水虬はニコニコ笑顔のウットリ顔。
ヘンな奴だなあ。
いや……
多分この頃の僕は水虬の心に気付いていたんだ。
水虬の抱いていた気持ちは恋心。
要は僕の事を好きだったって事。
ただこの頃の僕は精霊が恋をするなんて突拍子も無い話が信じられないと言うのもあったし、何より戦闘中だ。
よけいな事を考えたくないって言うのがあったんだと思う。
「…………ま……
まあいい。
それよりも水虬、君は何が出来る?」
〖何が出来るって…………
これまたザックリとした聞き方でありんすなあ……
おや……?
見た所……
楼主はん、疲れとるでありんす…………〗
ジロジロと僕の身体を見渡したあと妖艶な声を発する。
疲れてる?
まあそりゃそうだろ。
曽根戦からの中田戦で背中を刃物で刺されたりもしたし。
「え……?
ま……
まぁそりゃあ……」
〖なら楼主はん……
あーんしておくんなんし……〗
突然、妙な事を言い出す水虬。
「えっ!?
えっ!?
どう言う事っ!?」
〖良いから。
早うしておくんなんし……
これがわっちが出来る事の説明にもなりんすから……〗
「う……
うん……
あーん」
僕は言われるままに口をあんぐり開けた。
「きゃーーんっ!
素直な楼主はん、ごっつ可愛いわぁっ!
わっちの胸はきゅんきゅんが止まりんせんっ!」
口を大きく開けた僕をほったらかしてキャイキャイ騒いでいる水虬。
本当にヘンな奴だなあ。
何をするか知らないけど早くして欲しい。
「は……
はの……
ははふひへほひー……」
〖あら……?
それはいけんせん……
ほな……〗
スポ
すると僕の口に自身の右人差し指を差し入れた。
〖ほい楼主はん……
わっちの指を吸うてくんなまし……〗
ええっっ!!?
何を言い出すんだこの女性は。
何か凄く恥ずかしい。
〖ほら……
楼主はん……
恥ずかしがりんせんで……
吸うてくれたら良いんでありんすえ……〗
しょうがない。
これはやらないと終わら無さそうだし、水虬のやる事だ。
僕に不利益は無いだろう。
チュウチュウ
僕は言われるままに水虬の指を吸い始めた。
指から大量に溢れ出て来る液体が見る見るうちに体内に流し込まれて行く。
ゴクンゴクン
チュウチュウ
ゴクンゴクン
チュウチュウ
チュウチュウゴクンとどんどん液体が体内に吸収される。
〖はぁあんっ……
あぁっ……
ハァッ……
楼主はんが……
んんっ……
わっちの指をぉっ…………
はぁっ!
一生懸命吸ってるでありんすぅっ……!
はぁんっっ!
赤んぼ……
みたいにぃっ……
チュウチュウとぉっ…………
あぁぁんっっ!〗
艶やかな喘ぎ声混じりの水虬の声が響く。
下腹部が熱くなって来た。
何てエロいんだ水虬。
おや?
身体が…………
軽くなっている。
感じていた怠さも何処かへ消えてしまった。
頭もスッキリしている。
僕は水虬の指から口を離した。
〖あぁんっ!
もうちょっと吸っててくれてても良かったでありんすのにィ……〗
だからエロいってば。
「そ……
そんな事より水虬……
僕に何を飲ませたの?」
〖あぁ……
それは人間の世界にあるなんちゃらD言う飲みモンでありんす……
それをわっちが糧、使こて効果やら即効性やら増したモンでありんす〗
なんちゃらD?
もしかしてリポビタンDの事か?
■リポビタンD
大正製薬が販売している栄養ドリンク剤。
成分はタウリン、イノシトール、ビタミンB群など。
主成分であるタウリンは高い血圧を正しく保つ効果や肝臓の解毒能力を強化。
イノシトールは神経を正常に保ち、脳細胞に栄養を送る効果。
ビタミンB群はエネルギー代謝の補酵素である。
本製品の効果は疲労回復、体力、身体抵抗力、集中力の維持・改善。
キャッチコピーはファイト一発。
CMは演者がピンチの時、リポビタンDを飲んでキャッチコピーを叫びながら危機を乗り越えると言う物。
昔、僕はこのCMを見ながらこんなすぐに効くもんかと鼻で笑っていた。
だが、水虬の飲ませたリポビタンDであればCMでやっていた事が本当に出来てしまう。
…………待てよ?
水虬は今ハッキリと人間の飲み物と言った。
となると僕が飲んだ物は実際にあるリポビタンDと言う事になる。
なら何処から持って来たんだ?
「ねえ水虬……?
その言ってるなんちゃらDって何処から持ってきたの……?」
〖これ作っとる何処ぞの工場から少量拝借したでありんす……
それを元にわっちの身体で増殖、強化して楼主はんに吸うてもろたんでありんす…………
はふぅんっ……〗
僕が吸ってる所を思い出したのか、また艶っぽい声を出す水虬。
って言うか拝借した!?
どう言う事だ!?
いくら僕の全方位の範囲が広くなったからと言って県を跨いでは届かないぞ!
「ちょっ……!
水虬ッッ!?
拝借したってどう言う事っ?
お前は全方位外へも行けるって事っ!?」
〖いんえ。
わっちは全方位内から出れんせん。
わっちの能力は地球上のありとあらゆる液体とリンクが張れるんでありんす……
その能力を使ってこっちに取り寄せたと言う訳でありんす〗
「…………それってある程度の量が無いと張れないとか制限はあるの……?」
「いんえ。
ござんせん。
小さい物なら涙の一滴から巨大湖の水まで液体であれば何処からでも取り寄せる事が出来るでありんす」
サラッと言ってるけど物凄い能力だぞ。
もしかしてやり様によっては精霊の中で一番強いのでは無いだろうか。
僕はそれを聞いて唖然としてしまった。
「……………………す…………
凄いね…………
もしかして火星の水も取り寄せる事が出来たりとかするの?」
〖宇宙に関してはわかりんせんなあ……
考えた事もありんせんし……〗
「だよねぇ……
ハハハ……」
水虬の役割はヒーラーだ。
もう決めた。
アタッカーとしても使えるかも知れないが余りにも危険過ぎる。
ただ、このリポビタンDは使える。
本当に今までの身体の重さ、怠さが嘘の様に霧散しているんだから。
よし、一旦降りて中田と戦おう。
まだまだ中田の力を僕は解っていない。
相手の力量を計るには同じ土俵に立たないと。
ヒーラーの水虬が居ればある程度の式対策にもなるだろう。
「磐土、水虬。
一旦全方位を張り直す」
〖わかりやしたぁっ!〗
〖わかりんした〗
一旦全方位を解除。
持続時間リセットの為だ。
途端に周りが静かになる。
磐土と水虬が消えたからだ。
僕はガレアの背に手を合わせる。
念の為の魔力補給だ。
ドッッックゥゥゥゥンッッッ!
ドッッックゥゥゥゥンッッッ!
僕は四回大型魔力を補給。
「全方位」
スキル再発動。
僕を中心に超速で広がる正円状のワイヤーフレーム。
全経20キロを包み込む。
パンッッ!
続いて胸元で両手を合わせる。
「神道巫術」
両手の指先が青白く灯る。
その指先で蒼い鳥居を描く。
宙に浮かぶ蒼白い鳥居。
「磐土……
水虬……
二人とも聞こえる……?
聞こえてたら僕の前に出て来て欲しい……」
キュンッ
僕の眼前に現れた2つの蒼いサークル。
中に六芒星が描かれている。
右は淡い光で輝き出した。
コポ……
コポコポコポコポ……
左側は中心から水が噴き出て来た。
二つともそれぞれの反応。
右から灰色の太い棘が何本もせり上がって来る。
続いてギョロリとした四角い両眼。
大きな口と上下に生えた牙。
やはり要らないよな牙。
広い幅のなで肩。
磐土だ。
〖頭ァッ!
お務めご苦労さんですッッ!〗
何かヤクザの親分になった気分だ。
磐土が僕を慕っているが故の物言いだけど正直止めて欲しい。
左の溢れた水から現れたのは蒼い花魁着物を着た肌の青い、切れ長の目のお姉さん。
全身からゆんゆんと妖艶な空気が溢れている。
水虬、再び登場。
〖楼主はん……〗
女座りでたおやかに佇む水虬の顔はまたウットリとしている。
本当にヘンな奴だ。
「よし、これで準備OK。
二人ともよく聞いて。
今から僕は降りて、中田に近接戦を挑む。
そこでフォーメーションだが磐土」
〖へいっ!〗
「お前は前衛。
中田の攻撃を防いで欲しい」
〖わかりやしたっ!〗
「次に水虬」
〖はいなぁ〗
「お前は後衛。
僕が万が一やられてしまった場合、僕を連れて一旦退避。
間合いを取って僕を回復してくれ」
〖楼主はん……
危ない事は避けておくんなんしと言いたい所でありんすが……
楼主はんは生粋の間夫(良い男)でありんすからなあ……
わっちが止めても無駄ざんしょ?〗
「うん……
僕が戦うのを止めても中田は止まらないし。
そもそも中田がああなったのは僕が原因だから……」
〖よござんす……
後衛はわっちに任せておくんなんし〗
「うん、お願いね」
よし、作戦は精霊に伝えた。
後はガレアだ。
どうしよう?
魔力閃光は使えない。
威力が強すぎるから殺してしまうかも知れないから。
ガレアって格闘戦とか出来るのかな?
「ねえ、ガレア?」
〖ん?
何だ竜司〗
「お前って格闘戦とか出来る?」
【カクトー?
カクトーって何だ?】
「ええっと……
格闘ってのは……
こう……
パンチとかキックとかでケンカする事だよ」
【何だ取っ組み合いの事か】
「うん、そう。
竜ってさ、基本魔力を撃ち出すケンカじゃない?
だから出来るのかなって」
【俺あんましやんねぇけど、時々あったぞ。
そう言うケンカ】
「…………ちなみに……
どんな感じなの?」
何となく興味を持ったので尋ねてみた。
【基本はお前の言う様に魔力でぶっ飛ばすやり方だよ。
でもたまに頭に血が上って飛び掛かって来る奴が居るんだよ。
頭に血が上った竜ってしつこいんだ。
んでお互い拳やら尻尾やら牙やら使って殴り合いの噛み合いで大抵めっちゃくちゃになるなあお互い】
ガレアはサラッと言っているが、おそらく実際は凄まじいのだろう。
竜の鋭い牙。
強靭な尻尾。
硬い拳と鋭い爪。
それらを使って闘争本能が治まるまで延々と戦い続ける。
考えると怖い。
やはり竜は竜。
人間とは違うのだ。
まあとにかく出来ると言う事だ。
考えてみれば今までガレアと二人で格闘戦をした事が無いな。
今回が初めて。
ぶっつけ本番だ。
連携が大事になるだろうけど…………
大丈夫かな?
「ガレアいい?
今から降りてあいつに取っ組み合いを仕掛けようと思う」
【ん?
アイツ、ヤベェんじゃねぇのか?
だからこんだけ離れてんだろ?】
「そうなんだけど相手の事がまだまだ全然解らないからね。
それを知る為だよ」
【ふうん。
大丈夫か?
それ】
「そりゃやってみたいと解らないよ。
それで……
ね……?
ガレア……
お前にも取っ組み合いに参加して欲しいんだよ」
【俺もやんのか?
んで誰、殴るんだ?
全部か?】
僕らが一体誰と戦ってると思っているんだろう。
時々ガレアの言ってる事が解らない。
本当に。
「それだと僕とガレアが戦う事になっちゃうでしょ。
あいつだよあいつ。
僕ら二人でやつをぶっ倒すんだ」
二対一で卑怯と思うかも知れないけど、中田は僕を殺そうと向かって来ている。
そんな相手に卑怯もへったくれも無いだろう。
【ふうん、まあいいや暴れられんなら。
どんな感じで行くんだ?
お前、俺から降りるのか?】
「うん、僕は一旦お前から降りて戦うよ」
【よし、んじゃ降りるぞー】
ガレア降下。
降りる中、僕は考えていた。
神通三世はどうしよう。
近接戦闘を挑むなら準備しておいた方がよさそうだ。
僕は黄道大天宮図を生成する為、胸元に手を合わせようとした…………
が、思い留まった。
僕が仮に神通三世を発動したとする。
その場合ガレアはどうなるんだろう?
確かに神通三世は絶対防御ではある。
ただどの様に避けるかは僕で制御できないのだ。
もし中田の攻撃を避けた時、ガレアが巻き込まれたら。
そう考えて思い留まったんだ。
やめとこう。
神通三世の回避行動はかなりの超速。
もしぶつかったら僕らは隙だらけになる。
ストッ
ガレア着地。
僕はゆっくり降りる。
魔方陣のポジションを変更。
磐土は前方。
少し左寄りに配置。
水虬は僕の真後ろに配置。
「ガレア、こっちに来て」
【ん?
何だ?】
僕はガレアを右隣りに呼びつける。
これで配置は全て完了。
中田はどうしたのだろう?
止まっている。
少し顔を俯かせ、ピクリとも動かない。
さっき苦しみ悶えていたのにどう言う事だろう?
だけどさっきの疑死もある。
僕は少しも気は抜いてなかった。
止まっていても未だ健在と考えた方が良い。
【ん?
何だ?
アイツ、止まってるぞ。
もう死んだんじゃねぇか?】
「いや、ガレア。
アイツは生きてる。
絶対に。
だから予定通り奴には攻撃を仕掛ける」
【うーん……
動かねぇ奴を殴るのか?
気分悪りぃなあ】
「そんな事言ってられるのも今の内だよガレア。
間合いに入ったら絶対に攻撃して来る」
【ホントかよ。
全く動いてないぞ】
確かにガレアの言う通りピクリとも動かない中田は立ったまま死んでいると言われてもしょうがない見た目だ。
だけど僕には確信があった。
今までのやり取りで恨みが怨みに変わる程、僕を憎んでいる中田があっさりと絶命する訳が無い。
「僕がこと戦闘でガレアに嘘ついたりした事ある?
まあ殴るのはガレアだし?
どう行ってもらってもいいけど……
ねっ!」
僕は屈伸運動をしながら敢えてガレアを挑発する様な言い方をした。
「でも、ガレア。
僕は全力で行くよ?
気が抜けた状態で僕に追いつける?」
【にゃにおぅっ!?
竜司ッッ!
テメーの速さなんて俺から見たらまだまだ遅せぇんだよっっ!】
そんな事は重々承知。
ガレアの主人は僕。
ガレアの物凄いスピードは僕が一番知っている。
だけど…………
「へえ、そう?
でも速いだけじゃなあ。
一撃の威力は僕の方が上かもね」
【ぐぬぬぬ……
何だよっ!
竜司の癖にっっ!
竜司の癖にっ!
いいぜやってやらぁっ!
俺も全力だっ!
全力でアイツを殴ってやるっっ!】
ビシッ
そう言って指差す方向には俯き、動かない中田。
よしよし。
どうにかやる気になった様だ。
単純な奴。
「起動」
ドルンッ!
ドルルルンッッ!
ドルルルルルル
体内で響くエンジン音。
魔力注入発動。
魔力の割り振りとしては両脚に5。
両腕に4。
防御の為に全身1と言った所。
「さぁ行くよガレアッ!
磐土ッ!
水虬ッッ!」
【やっかましぃっ!
竜司ッ!
オメーにいっぺん俺の凄さを思い知らせてやるっっ!】
やる気になったのは良いけど、若干トゲトゲしてるガレア。
〖おうさァッッ!
防御はわしに任しておくんなせいっっ!〗
血気盛んな磐土。
〖気炎万丈の楼主はん…………
素敵でありんすなあ……
ハァ……〗
そしてウットリ顔のヘンな水虬。
さあ、攻撃を仕掛けるぞ!
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「はい、今日はここまで」
「ねえパパ?
遊郭ってなぁに?」
やはりそこか。
今日の話は絶対水虬関連でツッコんで来ると思っていた。
「遊郭については多分中学生の歴史で習うんじゃないかな?
江戸時代からある施設の事だよ」
間違いでは無い。
「ふうん。
今日のお話、その辺りが良く解らなかった。
花魁……
だっけ?
その人が来てる着物って普通の着物とは違うの?」
今日はグイグイ来るなあ。
「う…………
うん……
少々……
露出が激しい着物って言うのがあるんだよ」
「露出が激しいってどのくらい?」
駄目だ。
ここまでツッコんで来るとは思って無かった。
「主に露出しているのは首から肩。
そして足だね」
何かもういいや。
僕は開き直って説明した。
「確か水虬って女の人の形をしてるんだよね……………………
むふふ~ん」
僕の話を思い返し、いやらしい笑い方をする龍。
「ど……
どうしたの?
龍」
「やぁっぱりぃ、パパってスケベなんだなぁ~~って。
キシシ」
「龍ももう少し大人になったら絶対そうなるからっ
女性の胸元でドキドキするのは普通だからっ」
「えぇ~~?
僕はそんなカッコ悪くならないよぉ~~
キシシ」
そんな事を言ってられるのも今の内だと言うのに。
「さあさあ、そんな事よりもう遅い。
今日はもう寝なさい」
「はぁ~い……
キシシ」
まだ尾を引いている。
「おやすみなさい」