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ドラゴンフライ  作者: マサラ
最終章 第二幕 東京 暮葉ドームライブ編
176/284

第百七十五話 三頭両緒(中田戦①)


 時は2045年2月。

 我々が生きる現代よりも少し未来。


 場所は某県某市の邸宅。

 寝室で150日以上、寝物語を話聞かせる一人の中年男性とその息子がいた。


 この男性の名は皇竜司(すめらぎりゅうじ)

 45歳。


 息子の名は皇龍(すめらぎたつ)

 12歳。


 竜司は公益財団法人である竜河岸組合から設立されたNGO法人カダルの会長を勤めている。


 活動内容は主にスキルが使えなくなり、仕事や生活で不便を強いられている竜河岸のケア。

 遅れて来た第一世代(ディレイド)へのいじめ、差別虐待の解決など。


 息子は今年小学校を卒業し、市内の公立中学へ進学予定。


 聞かせている話は若い頃の旅のお話。

 現代とはうって変わって竜がそこらを飛び回り、歩き回っていたと竜司は言う。

 もちろん2045年現在では竜なんて一匹も見当たらない。


 そんな突拍子も無い話を何か月も(たつ)に話聞かせていた竜司。


 ウジウジ内向的だった自分がガレアと言う竜に出会い、数々の竜河岸や敵との争い、自分の犯した罪と向かい合い成長して行く冒険譚にも似た旅物語。

 男子ならばワクワクする内容で苦にならず(たつ)も楽しく聞いていた。


 それがこの小説、ドラゴンフライ(竜飛翔)である。



 ###

 ###



 某邸宅 寝室



「やあ(たつ)

 こんばんは」


 いつもの様に寝室へ入り、挨拶をする。

 が……

 僕の顔をじぃっと見つめたまま無言。


 あれ?

 何か様子がおかしいぞ。


「た……

 (たつ)

 どうかした?」


「パパ……

 今日のお話は……

 何処から……?」


「え?

 何言ってるの(たつ)

 昨日の続きじゃない。

 僕とガレアが受憎腕に(さら)われた所から」


「…………何だかパパにお話ししてもらうの…………

 すっごいすっごい久しぶりな気がする……

 時々来るこのヘンな感じは何なんだろ……?」


「え?

 昨日も話したじゃない。

 時々言ってるけどヘンな感覚だねえ」


「うん……

 本当に何なんだろう……」


 何だろう。

 この(たつ)のおかしな感覚に今では懐かしいスキルの面影が見える。


 現在は竜は居ないから僕を含めて竜河岸みんなスキルは使えない。

 だから酷く懐かしく思う。


 ※これは(たつ)に話している内容はあくまでも竜司本人に降りかかった出来事のみなので先の曽根戦、渇木戦に関しては話していない為です。

 竜司は百六十六話の途中までしか(たつ)に聞かせていません。


「さあさあ、今日はついに中田と僕の対決の話だよ」


「ねえパパ?

 曽根と渇木はどうなったの?」


「あぁ、後で聞いた話なんだけど無事、二人共逮捕出来たんだって。

 曽根は蓮が助けに来てくれて。

 渇木は兄さんが助けに来てくれたんだって」


「ええええっっ!?

 その話、詳しく聞きたいッッ!」


「タハハ……

 次に二人と会ったら頼んでおくよ……」



 ###

 ###



 2017年 12月 東京ドーム


 クソッ!

 何て力だっっ!


 僕とガレアに巻き付いている気持ち悪い紫色の触手。

 これは受憎腕だ。

 見間違う訳が無い。


 受憎腕は強く僕に巻き付き、強制的に何処かへ連れて行こうとしている。

 目端に見えるのは超速で流れて行く東京ドーム通路。

 スピードも相当ある。


 ガシャァァァァァンッッッ!


 とか考えていたら耳に飛び込んで来たガラスの破砕音。

 外に飛び出したんだ。

 上空を砲弾の様に飛ぶ僕ら。


 あ、下で踊七さんと(げん)が戦っているのが見えた。


 けど、僕らは踊七さんらに声をかける事も出来ず飛び去ってしまう。

 一体どこに連れて行こうと言うのだろう。


 空中で犯人の正体はほぼ特定出来ていた。

 特定って大袈裟な物じゃなくて考えれば当然の事なんだけどね。


 まず僕がさっき戦っていたのは曽根。

 そして踊七さんらが戦っていた相手は多分渇木だろう。


 理由としてはこの巻き付いている受憎腕に“意思”みたいなものを感じたからだ。

 誰でもいい訳では無く、僕らを狙って来た。

 そんな感じがする。


 僕は渇木なんか知らない。


 と……

 なると……

 犯人は一人しか居ない。



 中田だ。

 中田宏だ。



 やがて地表が見えて来る。


 ドカァァァァンッッ!


 中田着地。

 続いて僕らも()()


 強く地に打ちつけられる。

 先の曽根戦で魔力注入(インジェクト)を発動していた為、さほどダメージは無い。


 シュルルルッッ……


 僕らの拘束が解かれた。

 見る見るうちに中田の元へ引き戻って行く受憎腕。

 物凄く気持ち悪い。


 そのまま長い裏頭(かとう)の中に格納された。


 多分……

 中田だと思うが……

 ブカついた大きい裏頭(かとう)の影に隠れてよく顔が確認できない。


 ブワッッッ


「うわっ?」


 ここで突風が巻き起こった。

 突然の風に僕は思わず声を上げる。


 風の勢いは思ったより強くて中田の頭巾が捲れ上がり、顔が太陽の下に晒されたんだ。


 その顔を見て…………

 僕は言葉を失った。


 両眼は血走り、口は歯を折らんばかりに強く食いしばっているのが解る。

 頭は右半分がほとんど禿げ上がり、縮れた毛が数本残っているだけ。

 残っている左半分も汚い白髪と化していた。


 顔は蒼い。

 血色は物凄く悪い。

 顔面蒼白。


 瀕死の状態では無いだろうか?


 そう思うのに充分な顔色をしていた。

 頬は()けているが、この人相には覚えがある。



 中田だ。

 中田宏だ。



 間違いない。

 ビデオに収められていた竜河岸を殺害した男。


 初めは戦力を分断する為に僕を(さら)ったと思ったが、それは間違いだ。

 陰で曽根との戦いを見ていて、僕と暮葉とガレアを連れ出す隙を伺っていたのだろう。


 しかし……

 数か月ぶりに中田の顔をきちんと見たんだけど…………



 酷い。

 物凄く。



 前に見た顔とは様変わりしていた。

 その顔は凶相…………

 いや、兇相と言う言葉が相応しい禍々しい人相となっていた。


「…………二か月………………

 か……」


 ここでポツリと中田が一言呟いた。


「………………は…………?」


「貴様がドラゴンエラーの犯人と知って…………

 二か月……」


 そう言えばそうだ。

 中田と初めて出会ったのは竜界に出向く前。

 今からおおよそ二か月ぐらい前だ。


 ゴクリ


 僕は恐ろしく冷たい生唾を呑み込んだ。


 二か月。

 この短い期間で人間はこうも変わってしまうものなのか。


 先の跳躍や伸びていた受憎腕。

 ガレアの首に巻き付き、引き寄せる程のパワー。


 これらを二か月と言う途轍もなく短い期間で会得した事になる。

 それだけ僕や竜に抱いている恨みが恐ろしく膨大と言う事だろうか。


「もはや俺は人間では無い…………

 貴様を殺す為。

 そこに居る竜を殺す為……

 俺はこの二か月で化け物になった……

 ………………貴様と同じだァァァァァッッ!!

 同じ化物になったのだァァァッッ!」


「そ……」


 “そんな事をしてしまったら僕と同じじゃないか”


 そう言おうとしたけど止めた。


 中田の採った選択は“目には目を”と言う報復律。


 僕は圧倒的な竜の力でドラゴンエラーを引き起こし、怪物の様な竜河岸のスキルで中田の仲間を五千人以上薙ぎ倒した。

 正直、僕は自分自身を化物だと思っている。


 中田も同じ土俵に上がって来たと言う事。


 この頃の僕は中田に何て言って良いか解らなかった。


 だけど、それは違うと思ったんだ。

 絶対に。


 僕は中田の採った選択を否定する為に発言しようとした。

 だけど止めた。


 それは僕がやっちゃいけない気がしたから。

 中田の採った選択を否定する事は僕が一番やっちゃいけない気がする。


 ジャキィィンッッ!


 中田の右腕が硬質化。

 鋭い紫色の大刃に変化。


 受憎刃とでも呼ぼうか。

 その刃は脚の脛辺りまで伸びている。

 間合いが広い。


「恵美……

 萌……

 お前達の無念……

 今こそ俺が……」


 え?

 誰?


 ドンッッッッ!


 強く地を蹴り、中田がこちらに向かって来た。


 僕の出来る事。

 それは黙って中田を止める事だ。


 ■皇竜司(すめらぎりゅうじ)


 本編主人公。

 14歳。

 天災級魔力事故のドラゴンエラーを引き起こした張本人。

 この事が原因で引き籠り、祖父に冷遇される事になる。

 家出同然に飛び出し、旅を続け数々の出会いを経て成長する。

 多数のスキル、魔法(マジック・メソッド)で創作した新スキルを駆使し数多の強敵や困難を乗り越えて来た。

 現在、魔力注入(インジェクト)の神髄である絶招経(ぜっしょうけい)の弊害により“怒り”の感情を欠損している。

 感情が復帰する見込みは今現在無い。

 オタクで主に好きなのは特撮。

 続いてアニメ、漫画。

 時々オタク気質がムクムクと顔を出す。

 特に好きな特撮は宇宙警察アステバン。



【何だあいつ。

 手が刃物になってやがら。

 ヘンな人間だなあ】


 切迫する状況でもガレアはいつものガレア。

 呑気なもんだ。


「ガレアッッ!

 アイツ(中田)は僕達を殺しにかかってくるっっ!

 注意しろっっ!」


【あ?

 竜司、俺を誰だと思ってやがる。

 俺はいつもと変わんねぇよ。

 向かって来るならぶっ飛ばすだけだ】


 本当にコイツ(ガレア)はブレないなあ。


 ■ガレア


 本編もう一人の主人公。

 本名はガ・レルルー・ア。

 緑色の翼竜。

 年齢は推定五千歳。

 中期竜に分類される。

 特撮好き。

 竜司とはアステバンを通じて知り合う事になる。

 共に旅に出て、数々の強敵と渡り合う。

 ポテンシャルは相当なもので魔力放出量は高位の竜(ハイドラゴン)に匹敵。

 かの橙の王と対峙した時に四枚羽になったりとまだまだ可能性を秘めている。

 人間文化には割と興味があり、疑問に思った事は忌憚なく竜司に尋ねる。

 その時に見せるキョトン顔は物凄く愛らしい。

 好きな食べ物は肉とばかうけ。


 ■中田宏


 元竜排会横浜支部部隊長。

 ドラゴンエラーで愛妻と愛娘を失い、竜と竜河岸を憎む様になる。

 ドラゴンエラーを起こしたのが竜司だと知った事により、竜と竜河岸に。

 特に竜司に対して激しい恨みを抱く。

 その恨みの大きさは相当なもので二か月で式を会得し、他の三人の追随を許さない程の式使いへと変貌した。

 刑戮連(けいりくれん)のリーダー。

 初登場は第九十七話。


 

 速い!



 向かって来たかと思うと瞬時に間合いを詰められた。


 ドボォォォォォッッッ!


 中田の速さを認識した途端、腹に痛烈な衝撃。

 大きな鈍痛が身体中に奔る。

 中田の膝蹴りが命中したのだ。


「ゥオェェェェェェェッッッ!!」


 急激に胃液が食道を(さかのぼ)るのを感じる。

 苦痛混じりの嗚咽が漏れる。


 ドシャァァ…………


 一発。

 ただの一発で僕は地に倒れ伏した。


 ここで気付いた。

 魔力注入(インジェクト)の効果が切れかかっている。


 ヤバい。

 これはヤバい。


 開始早々、危機感が僕の脳裏に過った。

 だけど、動けない。

 痛みが身体を縛っているからだ。


【竜司ッ!】


 ジャキィィッ!


「動くな」


 うつ伏せの為、正確には確認できないが多分右手の受憎刃をガレアに突き付けて手助けできない様に制止させたのだろう。



 ブスゥッ!



 左肩に焼ける様な酷い痛み。

 中田が受憎刃を突き刺したのだ。


「ウグァァァァァァッァァァァッァァッッッッ!!」


 僕は左肩から全身に奔る巨大な痛みに悲痛の叫びをあげる。

 その痛みはまるで極熱で炙られている様。


 え?

 何だ?

 何だこれ?


 ジタバタジタバタ


 あまりの痛みに情けなく手足をジタバタさせてしまう。


 抜けない。

 痛い痛い痛い。


 やめて。

 許して。

 痛い痛い痛い痛い。


 痛みの大きさに思わず僕は心の中で許しを乞うてしまう。

 それ程の痛み。


 やめて。

 抜いて。

 痛い痛い痛い。


 身体の肉を斬り裂き、内部へ侵入して来る鋭い刃は容赦無く僕の痛覚神経を刺激する。


 早く抜いて。

 これを抜いて。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。


 やめて。

 もうやめて。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。


 許して。

 もう許して。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い痛い。


 

 ズブゥッ……



 だが、中田はゆっくり。

 ゆっくりと深く受憎刃を刺し込んで来た。

 身体を縛る巨大な痛みは急激膨張。


「アアアアアァァァッァァァァァァァァッァァッッッッッ!!」


「聞こえるか…………

 恵美……

 萌……

 お前達を消し飛ばした奴が今とても…………

 とても苦しんでいるぞ……

 ケヒヒッ……

 ケヒヒヒィッ……」


 笑っている。

 僕の悲鳴を聞いて笑っている。


 中田が笑っている。

 僕に刃を突き立てて中田が笑っている。



 ズブゥッ!



 更に刃を刺し入れる中田。

 身体を焼いていた大きな痛みは更に膨らむ。

 炎が更に猛々しく燃え盛る様に。


「イギャァァァァッァァァァァッァァァァッッッッッ!!」


 僕は情けない悲鳴を上げる。


 いくら僕が数々の強敵と渡り合ってきたと言っても。

 いくら僕が老けていて雰囲気が落ち着いていると言っても。


 中身は14歳。

 色々な物を取っ払うと在るのは只の経験の浅い非力な少年なんだ。


 別に僕の情けなさを擁護する訳じゃないけど、刃物で刺されたのも初めてだったんだ。

 しかも拷問の様な刺し方。


 僕は歴戦の職業兵士と言う訳じゃない。

 ただの引き籠りだったんだ。


 そんな男の子を刃でゆっくり突き刺せば、そりゃ情けなく悲鳴を上げて許しを乞いたくなると言う事を解っておいて欲しい。


「ケヒヒィ……

 叫べ……

 もっと叫べ…………

 だがな…………

 恵美と萌は…………

 叫び声をあげる事も出来ずゥッッ……!

 一瞬で消し飛ばされたんだぁぁっぁぁっっ!」



 ズブゥッッッ!!



 荒ぶる感情のままに勢いよく刃を刺し込んで来た。

 左肩辺りが生温い液体に濡れている感覚がある。

 流血しているんだ。


 そんな事を気にする余裕も無く、体内の痛みの炎は更に火勢を増す。


「イギャァァァッァァァァァッァァァァッッッッ!!」


 身体を焼く膨大な痛みに人目も(はばか)らず情けない叫び声をあげる僕。


 ビクンビクンビクンビクンッッッ!


 圧倒的な痛みの波に両手足が大きく痙攣する様に震え出す。


 許して。

 痛い痛い痛い。


 もうやめて。

 痛い痛い痛い痛い。


 刃を抜いて。

 痛い痛い痛い痛い痛い。


 何でもするから。

 痛い痛い痛い痛い痛い痛い。


 巨大な痛みは思考を混乱させる。


「貴様は…………

 ただでは殺さん…………

 ありとあらゆる責め苦を味あわせた後に…………

 自分のしでかした事に対して…………

 後悔と苦悶を表情を顔に刻み込んで…………

 殺してやる…………

 ケヒヒッッ……」


 悪魔か。


 僕の脳裏に過った純粋な感想。


 どうする?

 どうする?

 このままだと本気で中田が言ってる様になりかねない。



 起動(アクティベート)ッッ!



 ダァァンッッッ!


 衝撃に地が弾け飛ぶ。

 僕が後方に跳んだのだ。


 僕の採った選択はこうだった。


 体内に残っている魔力をかき集め、両脚と両手に集中(フォーカス)

 三則を使い、一気に緊急回避した。


 痛いッッッ!!


 左肩に激痛。

 後方に跳びながら身を焦がす大きな痛みを感じていた。


 バキィッ!

 ベキベキィッ!


 林の中を真一文字に突き進む僕の身体は遮る木々を力任せにへし折って更に跳ぶ。


 ドシャァァァァッ!


 ようやく着地。

 余りの痛みに受け身を取る事も出来ない。


 けど、どうにか刺突の痛みから解放された。


 ズキンッッッ!


 そう思ったのも束の間。

 左肩から激しい痛みを感じる。


 中田の刃から逃れたのは良いが、強引に緊急回避したから突き刺した状態で跳んだんだ。

 多分外側に裂けてるんだろう。


 ブルッッ!


 冷静に先程の凶行を思い返し身震いする。

 中田が僕に向ける恨みは恐ろしい事になっている。


 まさに悪鬼羅刹。

 それが今の中田だ。


 ズキンッッッ!


 激しく痛む左肩。

 いけない。

 早く魔力注入(インジェクト)で回復しないと。


 残存魔力は…………



 無い。



 空っぽだ。

 先の起動(アクティベート)で全部使ってしまった。


 マズい。

 魔力が無いと魔力注入(インジェクト)は使えない。


 ガレア!

 ガレアは何処だ!?


 居ない。

 見当たらない。

 ガレアが居ないと魔力補給も出来ない。


 こうしている間にも左肩から血が流れて行っているのが解る。


 ここで思い出したのが名古屋での拉致。

 杏奈に誘拐された時だ。


 あの時、僕が心でガレアを呼んだら来てくれた。

 これをするしかない。


 今回も来てくれるかどうかは解らない。

 でも今、(すが)れるのはガレアとの絆だけ。


 ガレア!

 お願い!

 傍に来て!


 頼む!

 ガレア!



 ドスゥンッ!



 地が少し揺れた。

 重たい物が傍に落下した様だ。


【わっ!?

 竜司っっ!

 お前いっぱい血が出てるじゃねぇかよっっ!】


 僕の耳に入って来た声は聞き慣れた声。

 この数か月いつも聞いていた声。

 ガレアの声だ。


「ガ…………

 ガレア……」


 やっぱり来てくれた。

 ガレアとの絆は本物だ。

 僕がピンチになるといつも助けに来てくれる。


【さっそくやられてんのかよっ!

 全くしょうがねぇ奴だな】


「ガレア……

 ごめん……

 僕を載せて空に飛んで……」


 僕は一旦態勢を立て直す為、空へ向かうつもりだった。


 中田と同じ位置に居るのはマズい。

 少なくとも左肩を負傷している今では。


 ガレアは翼竜。

 いくら中田が化物と言っても空を飛べる訳じゃない。

 一番安全な場所として空を選んだんだ。


【ん?

 まあ別にいいけどよ。

 ホイ】


 ドサッ


 無造作に僕の襟首を掴み、自分の背に乗せる。

 雑な扱いの為、左肩に猛烈な痛みが奔る。


「イタァァッ!

 ガッ……

 ガレアッ……

 もっと優しく……」


【うるせえな。

 ほんじゃ行くぞー】


 バサァッ!


 ガレアが大きく翼をはためかせる。

 僕は振り落とされない様に残った力で翼の付け根を右手で掴んだ。


 ギュンッッ!


 ガレア飛翔。

 真っ直ぐ天へ。


 物凄い風圧。

 必死に付け根にしがみ付く。


 あっそうだ。

 今のうちに魔力補給を。


 ドッッックゥゥゥゥンッッッ!


 ドッッックゥゥゥゥンッッッ!


 ドッッックゥゥゥゥンッッッ!


 取り込んだ魔力の大きさに心臓が三度大きく波打つ。


 保持(レテンション)ッッッ!


 ガガガガシュガシュガシュガシュガシュガシュ!


 体内に取り入れた魔力に右から保持(レテンション)をかけていく。

 体内で響く圧縮機(コンプレッサー)の音。


 集中(フォーカス)ッッ!


 保持した魔力を患部。

 左肩に集中。


 見る見るうちに痛みが引いて行く。

 ふう、何とかなった。


 バタバタバタバタバタッッッ!


 お次は風圧。

 どんどん上昇するガレア。


 かなりの高度まで飛んだ様だ。

 鼓膜を震わす乱気流の音がそれを物語っている。


 いくらなんでも飛び過ぎだ。

 これじゃあ意思疎通も出来ない。


 パンパン


 僕は高度を下げてもらう為、ガレアの首筋を叩く。

 が、ガレアに反応は無い。


 バンバン!


 結構強めに叩く。

 でも反応が無い。


 あ、そうだ。


 コチョコチョコチョ


 僕は一計を案じた。

 叩いても気付かないのならくすぐってやれと。


【うっ……

 うひょひょひょ……

 おい竜司、やめろ……

 うひょひょ……

 うひょひょのひょ】


 グラァッ


 ガレアに反応はあった。

 あったが困った事が起きた。

 猛烈に。


 余りのくすぐったさにガレアの体勢が大きく崩れたのだ。


「ウワァァァッッ!」


 僕は宙へ投げ飛ばされた。

 重力に逆らう事無くぐんぐん落下。

 僕の大きな叫び声も置き去りに下へ下へ。


【おい竜司、コチョコチョすんの……

 あれ?

 竜司がいねぇ。

 あ、下だ。

 また落ちたのかアイツ。

 全くしょうがねぇなあ……

 よっと】


 ヒュンッッ


 遠ざかる空でガレアが急速反転したのが見えた。

 瞬く間に大きくなるガレアの身体。


 ドサッ


 僕はガレアの背中に落下した。


「あ……

 ありがとう……

 ガレア……」


【全く……

 俺の背中に乗るのは構わねぇがヘンな事すんじゃねぇよ】


「ご……

 ごめん……

 でもガレアが飛び過ぎたから……

 あんなに飛ばれたら話も出来ないじゃない」


【ん?

 そう言えば竜司。

 血が止まってるじゃねぇか。

 もう傷は大丈夫なのかよ】


「うん……

 もう治った。

 血が結構抜けたから少しフラ付くけどもう大丈夫」


 気がついたらガレアと会話出来ていた。

 もう大きな気流の音もしない。

 それだけ高度が下がったと言う事だろう。


【んで竜司、どうすんだ?

 アイツ殺る気満々だったぞ】


「うん……

 物凄く嫌だけど……

 アイツは僕が止めないといけない……」


【最初からボコボコやられてたのに大丈夫なのかよ?】


「そんなのやってみないと解らないよ…………

 でもやらないと……

 アイツがああなってしまったのは僕のせいだから……」


【ん?

 竜司、お前なんかやったのか?】


「…………うん…………

 ガレアには悪いんだけど詳しい話をしている暇は無いんだ…………

 それで……

 ガレア……?」


【ん?

 何だ竜司?】



「また…………

 僕と一緒に戦ってくれるかい?」



 僕はガレアに共闘の申し出をした。


 中田からすれば竜憎し、僕憎しな訳だからガレアの意思など関係無しに襲って来るだろう。

 となるとガレアが戦いに巻き込まれるのは必定なんだ。


 これはいつしか僕が決めたガレアに対する礼儀。

 僕一人の手には負えない敵が現れた場合、必ずガレアに共闘の申し出をしようと。

 そう決めたのだ。


【へっ……

 竜司よう。

 何言ってんだ。

 俺の主人(マスター)はお前だろ?

 アイツ見た感じヤバいだろ?

 お前一人じゃ負けるかもって話なんだろ?

 なら一緒に闘ってやる。

 赤の王ん時みたいによ。

 俺達二人でアイツをぶっ倒そうぜ】


 この彼方まで広がる大地の様なドッシリとした頼もしさ。

 これがガレア。


 僕が使役している自慢の竜だ。

 本当にガレアと共に在るだけで腹の底から勇気が湧いて来る。


「ありがとう……

 ガレア……」


【んで、どうすんだよ】


「まずは敵の位置を把握する……

 全方位(オールレンジ)


 僕を中心に広がる翠色の正円ワイヤーフレーム。

 瞬く間に辺り一面を包んでしまう。


 中田は……

 中田は何処だ……?


 居た。


 中央の大きな泉の上辺り。

 中田が連れて来たここは公園だろうか?

 前に行った新宿御苑程もある広大な公園みたいだ。


 位置は解った。


 ここから作戦会議。

 まず現在解る情報だけで中田の戦力を分析しないと。


 まず身体能力。

 あの速さとスピードから言ってもう感染和法をかけているのだろう。


 次は受憎腕。

 僕らを捕らえた時の長さからあまり高度を落とすのもマズい。

 中田自体は空は飛べないが、空中に居る僕らを捕らえる事は出来るかも知れない。


 そしてビデオでも見た受憎刃。


 ゾクゥッッ!


 受憎刃の事を考えるとさっきまで身体を縛っていた灼ける様な痛みを思い出し、身震いする。


 しかも怖いのは受憎刃を()()()使()()()()()()()

 最初に攻撃して来たのは刃では無く膝だった。


 これ見よがしに刃を出しておいて本命は別にあったんだ。

 欲望のままに本能で闘う(なずみ)や曽根とは違う。


 僕を苦しめる為なら囮でも犠牲でも何でも払って攻撃して来るだろう。


 怖い。

 本当に怖い。


 ブンブン


 僕は顔を横に振った。

 恐怖に呑まれては駄目だ。

 そんな事では殺されてしまう。


 この時は膝が震えなかった。

 後から思い返してみると多分責任感の方が強かったからだと思う。


 僕が引き起こしたドラゴンエラーで生まれた化物を何とかしないといけないと言う責任感。


 確かに怖い気持ち。

 恐怖はあったんだけど、この時は奮い立つ事が出来たんだ。


 冷静になって考えよう。

 まず中田の射程。


 僕らに受憎腕を巻き付いていた時。

 中田と僕らは5メートル程離れていた。


 巻き付いていた分も考えておよそ10メートル。

 あれ程のパワーが出せるのはその長さが限界と考えよう。


 続いて硬質化したあの刃。

 多分中田は近~中距離が主戦場なんだろう。

 そして中田は近距離での戦闘を挑みたい筈。


 理由としては先の笑い声。

 ヤツは僕が苦しむ姿を見たいんだ。

 となると遠距離からの攻撃はして来ないと考えるのが自然。


 これは僕のアドバンテージ。

 僕の主戦場は遠距離。

 遠距離からの狙撃だ。


 ならば話は簡単。

 上空から中田目掛けて魔力閃光(アステショット)を連続斉射すれば良い。

 空に居る限り安全だ。


 幸い僕には全方位(オールレンジ)がある。

 中田の位置は把握している。


 卑怯かも知れないが、向こうは殺す気で向かって来ているんだ。

 安全策を取って何が悪い。


 ここでふと疑問が過る。


 中田に勝つって一体どう言う事だろう?


 中田に対する勝利条件は何だろうと言う疑問。

 要するに一体どうなったら中田に勝ったと言えるのか。


 殺す事?


 ブンブン


 僕は過った考えを散らす様に顔を横に振る。


【おい竜司。

 お前何さっきから黙りこくって顔ブンブン振ってんだ?

 何か面白れぇぞ】


 僕が黙って長考しているのが面白いらしい。


「僕も色々考えてるんだよ」


【何だ。

 あーでもねぇこーでもねぇって考えてるから顔振ってんのか?

 ちっこい人間のちっこい頭で考えたって出ねぇもんは出ねぇんだからよ。

 どれ、何考えてたか俺に話してみな?】


 ここでガレアからの妙な提案。

 僕の考えを話してみろと言うのだ。


 そう言えばこう言う相談ってガレアとした事無かったな。

 橙の王の時も呼炎灼(こえんしゃく)の時も大体僕が作戦を立案してガレアに伝えていた。


 どうしよう?

 今まで考えてた事を話すべきか?


 三人寄れば文殊の知恵とも言うし。

 一度試してみよう。


「あのね……

 ガレア……」


 僕は中田が得意とする距離は近~中距離で僕らの苦しむ顔が見たいから近づいて攻撃して来ると言う予想をまず話した。


【何だそりゃ?

 俺達の苦しむ顔なんて何で見てぇんだよ】


「それだけ僕達が憎いんだよ」


【気持ちわりぃ人間だなぁ。

 それってアレだろ?

 ヘンパイって言うんだろ?】


 ヘンパイ?

 何の事だ?

 よくわからない。


「ああそうだよ。

 よく知ってるねガレア。

 それでね……

 遠距離の攻撃をして来ないなら……」


 しょうもない事で話が途切れるのも嫌だったから何の事を言ってるか良く解らなかったけどとりあえず肯定した。


 そのまま僕は話を続ける。

 相手が遠距離で攻撃して来ないなら遠くから魔力閃光(アステショット)で攻撃すれば良いんじゃないかと伝えた。


【なら答え出てんじゃねぇか。

 そうすりゃ良いだろ?】


「でも、出来ないんだよ……

 ガレアの魔力閃光(アステショット)は威力が強すぎる……

 相手は竜河岸じゃない……

 一般人なんだ……

 下手したら死んでしまうかも知れない……

 僕らの勝利条件は相手を殺す事じゃないんだよ」


【何だお前?

 相手がこっちをぶっ殺そうとしてんのに相手を殺そうとしないのか?】


「嫌だ…………

 僕は人を殺したくはない……

 (おと)さんも遥も暮葉だって相手を殺さず捕らえようと頑張ってたんだ……」


【ヘンな事考えやがんな人間って。

 んでどうすんだよ?】


「だから……

 僕らが目指す勝利の形はヤツ(中田)が失神する事なんだけど……」


【けど?】


「その方法が思いつかないんだ」


【あー何となくわかった。

 竜司。

 おめえそんな事で悩んでたから頭、振ってたのかよ。

 失神させるねえ……

 息止めたら意識失うんじゃね?】


 突然妙な事を言い出すガレア。

 でもこれが僕の戦い方を決める事になるなんて思ってなかった。


「息止めたらって…………

 そう言えば竜って呼吸しているの?」


【竜司……

 俺達を何だと思ってやがんだ……

 そりゃ竜だって息してるに決まってんだろ?】


「息が止まるとどうなるの?」


【失神するよ】


 ガレアがあっけらかんと言ってのける。


「失神しても息が止まってたらどうなるの?

 竜でも死んじゃうの?」


【それは知らねぇなあ……

 圏竜(けんりゅう)とケンカした奴らも大体失神して終わってたらしいし】


 ここで更に新しい言葉を出したガレア。


「何?

 圏竜(けんりゅう)って」


圏竜(けんりゅう)って種類の竜だよ。

 あんまし数は多い方じゃねぇんだけどな。

 決まった範囲の空気を操るんだってよ】


 初耳だ。


「へえ……

 そんな種類の竜が居たんだ。

 そう言えば竜のケンカってどうやったら決着つくの?

 相手を殺しちゃうの?」


【竜を殺せる竜ってのは居ねぇんじゃねぇか?

 俺も聞いた事ねぇし。

 大抵決着つくのは相手がビビッて逃げ出すか修復に時間がかかる程痛めつけられるかのどちらかだな。

 マザーとか赤の王ぐらい物すんげえ竜になったらわかんねぇけどな】


 殺しをしないケンカ。

 ある種平和的と言えるのではないだろうか。


【んでよ。

 圏竜(けんりゅう)の奴らって皆から嫌われてたんだよ】


「何で?

 血の気が多かったりするの?」


【うんにゃ。

 逆だよ逆。

 圏竜(けんりゅう)の奴らっておとなしいんだよ。

 何かずっと植物大きくしようとしてんだって】


「そんなの魔力を使えば簡単じゃないの?」


【そうなんだけどよ。

 それって竜が側に居ねぇと駄目だろ?

 何か圏竜(けんりゅう)の奴らは一人でにどんどんでっかくなる植物を作ってんだってよ】


 まるで科学者だ。

 竜って自由気ままに生きるか血生臭いケンカばかりしてるものだとばかり思っていた。


 何より驚いたのが学問めいた。

 そう、文化的な行いをしていた事にだ。


「へえ…………

 竜にも人間みたいな事してるのが居たんだね」


 それを聞いたガレアはキョトン顔をこちらに向ける。


【ん?

 人間みたい?

 全然そんな事ねぇぞ】


 僕の言った事を否定するガレア。


「どう言う事?」


【だって人間ってああしたいこうしたいってちゃんと終りが見えてて色々考えてんじゃねぇか?】


 多分ガレアが言いたいのは人間とは明確な目的があり、目標があって色々考えているって言いたいのだろう。


 でも……


「でも圏竜(けんりゅう)……

 だっけ?

 その竜も植物を大きくするって終りがあるじゃない」


【違うんだよ。

 一回、俺が何で植物大きくしてぇんだって聞いたんだよ。

 そしたらわかんねぇってよ。

 何かそうしたいからそうしてるって言うんだ】


 何だろう。

 本能が突き動かすみたいな感じかな?


「でも、そんなので上手く行くの?」


【うんにゃ。

 だから全然出来ねぇって言ってた】


 前言撤回。

 やはり竜は竜だ。


「それで何で嫌われてるの?」


【何かよ。

 そいつらにケンカ売ったらすんげぇ爆発起こされたりとか、急に息苦しくなって失神したりするんだってよ。

 訳わかんねぇからみんな近寄らねぇんだ】


 大気を操るって言ってたけど水素爆発でもさせてるのかな?

 多分失神は酸欠によるものだ。

 周囲の酸素濃度を低下させてるとかじゃないかな?


 竜でも呼吸が止まれば失神するんだな。

 なら中田も例外じゃないかも。

 僕の出来る事で何とか中田を失神させる事は出来ないだろうか……


 あ…………



 神道巫術(シントー)



 これを使って何とか出来ないかな?


 今、全方位(オールレンジ)は展開している。

 発動は可能だ。


 空中で精霊達は出てくれるのかな?

 でもまあやってみないと解らない。


 パンッッ!


 僕は胸元で両手を強く合わせる。


【おっ?

 竜司、何かやんのか?】


「うん……

 神道巫術(シントー)


 ポウ


 両手の人差し指の先端が蒼白く灯る。


 スッ


 両手を指差す形に構える。

 それを上下互い違いにスライド。

 光が描く軌跡は二つの蒼い線。


 更に人差し指を構えたまま上下に振り下ろした。

 宙に現れたのは蒼白く灯る鳥居。

 よし準備OK。


久久能智(ククノチ)……

 久久能智(ククノチ)……

 僕の声が聞こえる……?

 聞こえてたら返事をして欲しい……」


 ここで目を疑う現象が起きた。

 目の前に蒼白いサークルが現れたんだ。


 中に六芒星が描かれている。

 これは魔方陣だろうか?


 今までの神道巫術(シントー)と反応が違う。

 どうなるんだろう?

 僕は少し緊張した。


 更に場は驚くべき事象へと変化していく。


 キュルゥンッ!


 何と魔方陣が光り輝き、中から何か出て来たのだ。


(ぬし)さん、おはようさん……

 えらい久しいどすなぁ……〗


 この呼び方と口調は久久能智(ククノチ)だ。

 間違いない…………


 間違いないのだが……


 フォルムが全然違う。

 僕の知ってる久久能智(ククノチ)は茶色系の丁字色の炎。


 そう、炎の筈だ。


 だが…………


 僕の眼前に浮いているのは……

 女性。


 肌が緑色の女性なのだ。

 幾重にも重なった木の蔓が衣服の様になっている。


 髪は黒髪ロング。

 少しパーマがかかっている。


 大きい瞳は慈愛の色を示し、整った鼻と厚い唇が妙にセクシー。

 これは充分美人に分類されるだろう。


〖ん?

 (ぬし)はん、どないしはったんや?

 鳩が豆鉄砲喰ろうた顔しはって……〗


「あ……

 あの……

 久久能智(ククノチ)……

 さんで間違いないですか……?」


〖何言うとりますのや。

 うち、呼んだん(ぬし)はんやろ?〗


「いや…………

 そ……

 そうなんだけど…………

 前に見た時と全然形が違うんだ……」


〖へえ……

 さよですか?

 うち、どないな感じに見えとりますのや?〗


「は……

 肌は緑だけど……

 物凄く美人なお姉さん風に……」


〖フフ……

 だから頬、赤ぁしとんのかいな。

 (ぬし)はんは可愛いどすなあ〗


【えっっ!?

 お前どすかっっ!?

 前に見た時と全然違うじゃねぇかっっ!?】


 ガレアが言っているどすと言うのは久久能智(ククノチ)の事だろう。


〖うちの形が変わって見えるのは多分(ぬし)はんとの(えにし)が強まったからとちゃうか?〗


 (えにし)が強まった?

 結びつきが強くなったと言う事だろうか。


「そ……

 それにしても全然違うね……

 前の炎の姿は何処にも無いよ」


〖そないな事ありゃしまへんやろ?

 どっかに炎の色無いどすか?〗


 あ、そう言えば衣服となっている木の蔓の色が丁字色だ。


「あ、そう言えば……」


〖そないな事より(ぬし)はん、どないしはりますのや?〗


 話を進める久久能智(ククノチ)

 そう言えばこの精霊達は姿は見えなくても僕のやってる事を見ていたんだった。


「う……

 うん……

 中田を殺さずに捕えようと思うんだけど……

 木の蔓とかで相手の首を絞める事って出来ないかな?」


〖うちらは精霊やからな。

 いつもの通り、(かて)さえもろたら多分出来ると思うで〗


 僕の考えたやり方は久久能智(ククノチ)を操って蔓を生成して首を絞めて失神させようと言うやり方。


「良かった……

 なら……」


〖あ、でもこっからは出来へんで。

 遠すぎるわ。

 こっからやと雑な狙いしか付けられへん〗


 射程があるのか。

 となると近づかないといけない。


 久久能智(ククノチ)一体では不安だ。

 他の精霊の手も借りたい。


 でも…………


〖どないしたんや(ぬし)はん〗


「いや……

 遠いと言うなら近づかないといけないんだけど……

 中田の視界に入るのは危険なんだ……

 他の精霊の手も借りたい……

 だけど僕は一体ずつしか精霊を呼び出せないじゃない?

 だから困ってるんだ」


〖試してみたんか?

 うちの姿見えとんのやろ?

 ほなイケるかも知れんで〗


 そんな事を言う久久能智(ククノチ)のフォルムは肌が緑の綺麗なお姉さん。

 木の蔓の衣装と肌の色で物凄く精霊感がする。


 でもこのイメージは何処から来たんだろう?

 やっぱり神道巫術(シントー)を創ったのが僕だから僕のイメージだろうか?


「そうかな?

 じゃあ……

 そう言うなら……

 磐土(イワツチ)……

 磐土(イワツチ)……

 僕の声が聞こえる……?

 聞こえてたら出て来て欲しい……」


 続いて僕が選んだ精霊は土、岩の大精霊磐土(イワツチ)


 すると…………

 久久能智(ククノチ)が乗っかっている魔方陣の隣にもう一つ魔方陣が出て来た。


 おや……?


 ヌゥンッッッ


 こんな音が聞こえてきそうな()()が出て来た。

 大きい。

 そしてゴツゴツトゲトゲしてる。


 灰色の岩塊が魔方陣の中から出て来た。

 天に向かって何本も太い岩の棘を生やしている。


 あ、これ顔だ。

 と言うのも出て来た両目と合ったからだ。

 そのまま顔、身体とせり上がり全貌が明らかになる。


 これも僕は全く知らない形。

 物凄く大きい。

 ガレアの背に座ってる僕は見上げてしまう。


「あ……

 あの…………

 磐土(イワツチ)さん……

 ですか……?」


 余りの巨体に圧倒され少し物怖じしてしまう。


 ぎょろり


 四角い大きな目が僕を見降ろした。

 上瞼も大きな岩なもんだからむくんでる様にも見える。


(かしら)ァァッァァッッ!

 久しぶりじゃあぁぁっっっ!〗


 静寂を破るかの様な大声。

 思わず耳を塞いでしまう。


 うん、間違いない。

 コレは磐土(イワツチ)だ。


 ガッッ!


 再会できた嬉しさのあまりだろうか僕の両肩を強く掴み、抱き寄せようとする。


 断っておく。

 今僕が居る所は上空だ。


「うわわわわっっ!

 イッ……

 磐土(イワツチ)ィィッッ!

 落ち着いてェェッ!

 危ないッッ!

 落ちるぅぅっっ!」


〖あぁっっ!?

 ぶちすまんけえ(大変申し訳ない)ッッ!

 大丈夫かのうっっ!?〗


 パッと両手を離す磐土(イワツチ)

 ここが上空と言うのを理解した様だ。


「う……

 うん……

 何とか……」


〖それにしても(かしら)ァ、久しぶりじゃのう。

 横浜の地震以来じゃけえ〗


 ひょいっ


 声を聞きつけたガレアの長い首が振り向く。


【何かまた別の声が聞こえると思ったらお前じゃけーかっっ!?

 お前も全然違うじゃねぇかっっ!】


 神道巫術(シントー)のレベルアップにガレアも驚きっぱなしだ。

 改めて磐土(イワツチ)をまじまじと見上げる僕。


 最初に見えた太い岩の棘は頭に何本も伸びている。

 人間で言う所の髪の毛だろうか?


 両眼はぎょろりと四角く大きい。

 上瞼も大きな岩になっていて腫れぼったく見える。


 口は横に大きく何故か上に下に牙が生えている。

 オイ、必要かソレ。


 身体は大きな岩が何個もくっついて構成されており物凄く肩幅が広く、なで肩だ。

 何となく父さんの部下のジャックさんを思い出す。


 このRPGで出て来るゴーレムの様なフォルムも僕が創ったのだろうか?


〖出て来るなりやかましい奴っちゃなあ……〗


 そう言って耳を塞いでる緑色のお姉さん、久久能智(ククノチ)


〖ほうか?

 わしはいつもこんなもんじゃろ?〗


 そう言う全身岩塊の磐土(イワツチ)


 二人を並べてみると物凄い景色。


 そして不思議な点がある。

 さっき磐土(イワツチ)に掴まれた時、()()()()()()()()


 ゴツゴツとした硬い岩に掴まれている感覚。

 これが意味する事は何か?


 久久能智(ククノチ)にしても磐土(イワツチ)にしても実体化しているのだ。

 心象や表象では無い。

 確かに今ここに緑色のお姉さんとゴーレムの様な岩の塊は存在しているのだ。


 これを僕のスキルが創ったのか。

 いや……

 スキルと言うよりかは魔法(マジック・メソッド)でか。


 解ってはいたけど物凄い技術だ。


〖そないな事はいいんどす。

 (ぬし)はん、磐土(イワツチ)は何で呼びはったんや?〗


「近づかないといけないから中田の周りを硬い石とかで囲んで動きを封じれないかなって……

 それで動きを封じた所で久久能智(ククノチ)の蔓で首を絞めたらどうだろう……?

 あ、その場合って久久能智(ククノチ)は見えてるの?」


 石が動きを封じてしまったら中の様子が解らないんじゃないかと思ったんだ。


(ぬし)はん、何言うとるんどす。

 今、(ぬし)はんに遮蔽物が関係ありまっか?〗


 え?

 何の事を言ってるんだろう。


 あ、そうか。

 僕は今、全方位(オールレンジ)を展開している。


「うん、そう言えば関係無いね」


〖そういう事どす。

 (ぬし)はんが見とる景色はうちらの景色。

 うち等に目隠しは意味無いどす〗


 となると安心だ。


「じゃあ行こうか」


〖はいな〗


〖おうさぁっ!〗


 まずは位置を再確認。


 おや?

 何だか中田は特徴のある動きをしている。


 少し歩いて立ち止まって悶える様な仕草をして。

 そして歩き出す。

 そんな動き。


 歩く方向もフラフラして定まらない感じ。

 少なくとも健常者の動きでは無い。


 病気を患っている。

 そんな印象を受ける。


 森ほども無い。

 林と言う言葉がシックリ来る様な木々の中を歩いている。

 フラフラと。


(ぬし)はん……

 うちらが何かせんでも放っといたら勝手にくたばってまうんとちゃいまっか?〗


〖ほうじゃのう……

 わしらがしごう(酷い目に遭わす)せんでもすぐにくたばってしまいそうじゃ……〗


 緑色のお姉さんと巨大な岩人間が僕と同じ方向を見て提言。


 放置。


 確かに妙案かも知れない。

 このまま戦いを挑んで危険な目に遭うより安全な空にしばらく滞在してやり過ごすのも一つの手かも。

 そんな考えが頭を過る。


 ブンブンブンブンッッ!


 僕は強く頭を横に振る。


 何を考えているんだ僕は。

 このまま放置?

 有り得ない。


 このまま放置して今、居る公園から抜け出たらどうする?

 ほぼ絶対確実に何も知らない一般人に犠牲が出る。

 僕が放置した事が原因で。


 そんな事、絶対に嫌だしさせたくない。

 第一、弱っている確証など何処にも無いでは無いか。

 やはり放置は有り得ない。


 しかも冷静に考えるとそんなにモタモタもしていられないんだ。

 中田がこの公園に居るのは僕が居るから。

 中田は僕が見当たらないと公園外に逃げたと考えるだろう。


 するとどう言う行動に出る?


 多分僕を追って公園外に向かう。

 だから僕は早く中田に姿を見せないといけない。


 ただ中田に近づくのは危険。

 これは変わらない。


 だから位置は上空を変えず、地上からお互い視認できる距離まで下降。

 攻撃を仕掛ける。


「いや……

 久久能智(ククノチ)磐土(イワツチ)……

 フラフラ動いているからと言って弱ってる確証なんて何処にも無いんだ…………

 スゥーーーーーッッ…………

 フゥーーーーーーッッッ……!」


 僕は大きく深呼吸。

 身体の下丹田を意識し力を込める。


 戦う。


 僕は溢れ出る恐怖を押し殺し腹を括った。


「戦うぞ……

 三人共ッッ!

 僕に力を貸してくれぇっ!」


【おうよっっ!】


〖フフフ……

 (ぬし)はん、ええ眼どすなあ……

 ほいきた、やりまひょか〗


〖オウサァァッッ!

 (かしら)ァァッ!

 やっちゃるけぇのうっ!〗


 三者三様の気合の入れ方。

 大きく、静かに、激しく気合を入れた。


「まずはガレア。

 こっちの方向に飛んでくれ。

 気持ちゆっくりと。

 進みながら少しずつ降りて行って。

 僕が合図したらその高さをキープだ」


【おうよっ!】


 僕が指差した方向は南東。

 中田が歩いていた林の辺り。

 僕らが飛んでいる所は公園の北端。


 バサァッ!


 ガレアが大きく翼をはためかせ発進。

 ゆっくりと斜め下を目指しているのが解る。


 こう言う素直な所もガレアの良い所だ。

 この速度なら多分2~3分もあれば到着する。


「次は久久能智(ククノチ)……

 蔓の準備を。

 出来るだけ強くて柔軟なやつが良い。

 出来る?」


〖あのな(ぬし)はん……

 うちを何やと思てるんどす?

 木の精霊やで?

 出来るに決まったあるやろ?

 ほなイワガラミの蔓でも(こしら)えまひょか。

 (ぬし)はん、蔓の強度に関しては(かて)次第や。

 (かて)が多ければ多い程、強い蔓が出来ると考えとってんか。

 これは磐土(イワツチ)も同じどす〗


「解った。

 ありったけ持って行ってくれていい」


 僕はそう言いながらガレアの背中に手を合わせた。


 ドッッックゥゥゥゥンッッッ!


 ドッッックゥゥゥゥンッッッ!


 二回大きく心臓が波打つ。

 即座に保持(レテンション)をかけて体内へ封じ込めた。

 僕は大型魔力を二回補給。


「ふう……

 磐土(イワツチ)、お前は中田を封じ込める岩壁の準備だ。

 硬い岩が良いんだけどそう言うのってある?」


(かしら)ァッ!

 任せておくんなせいっ!

 庵治石(あじいし)言うもんがありますけぇっ!

 それで壁を創ったりますよってぇ!〗


 ■庵治石(あじいし)


 香川県庵治町・牟礼町で産出される花崗岩(かこうがん)の一種。

 石英と長石を主成分とする少量の黒雲母と角閃石を含む硬い岩石。

 水を含みにくい性質の為、風化や変質に強いのが特徴。


「わかった。

 じゃあそれでお願い。

 段取りとしては中田の姿を上空から確認出来たら僕が大声を出す」


(かしら)ァ……

 大声なんて出して気付かれませんかいのう?〗


「良いんだそれで。

 僕がここに居る事を認識してもらう事が目的だから。

 僕が近くに居ないと思われる事が一番まずい」


 それを聞いた久久能智(ククノチ)磐土(イワツチ)はニッコリ微笑んで僕の方を見つめる。

 緑色のお姉さんとゴツゴツの岩人間がである。

 何とも不思議な光景。


「…………何……?

 二人共」


(かしら)ぶち(とても)優しいのう〗


〖ほんまどすなあ……

 他の人ら巻き込みとう無いんやろ?

 そん為に自分を犠牲にするなんてなあ……

 ガレアはんに乗ってんねんからいくらでも逃げれんのになあ〗


 僕の顔が赤面。

 何か恥ずかしい。


「ちょっ……

 二人共やめてよっ!

 そんな恰好良い物じゃないんだよっ!

 もっ……

 もともと中田がああなったのは僕が原因なんだし……」


(みそぎ)してへんでも、うちらとの(えにし)が強まったんはそう言う自己犠牲の精神や利他的な行動が”徳”を積んだからやろなあ〗


 僕は横浜大震災以降全く(みそぎ)をしていない事を思い出した。


「あぁっ!?

 ごっ……

 ごめんっ!

 久久能智(ククノチ)ィッッ!

 落ち着いたら必ず再開するからっっ!」


 正直僕の生活は目まぐるしい。

 特に最近は。

 (みそぎ)の事を考えていられなかったと言うのが本音だ。


 それにしても徳?


〖フフフ……

 ホラ?

 うちみたいなバケモンでも対等に接してくれはる……

 そう言う優しさもきちんと神さんは見てはって徳は積まれて行くんどすえ〗


「ねえ久久能智(ククノチ)……

 さっきから言ってる徳って宗教とかでよく言われてる良い事をすると溜まるって言うアレ?」


「そう、それどす。

 (ぬし)はん、震災ん時ほんまに頑張ってはったやんかぁ。

 そう言う行いが積み重なってうちらを形造っとんどす」


 マジかおい。

 確かに何でレベルアップしたかは僕では解らない。

 本人がそう言うならそうなんだろう。


 精霊や徳やらと現実に出て来ると無神論者の僕も神様の存在を認めたくなる。

 ヨシオみたいに怪しい宗教を作るつもりは無いけど

 (参照話:第三十四~九話)


 でも、まあ恨まれて疎まれても震災の救助や復興をして来た事は無駄ではなかったんだ。

 こうして形に現れるとそれが実感できる。

 嬉しい。


 おっと、そんな事を考えている場合では無い。

 もう眼下に地表は見えている。


 あと少しで中田の姿が見えて来る。

 高度としては15メートルから20メートル付近まで降りて来た。

 もういいだろう。


「よし、ガレア。

 降りるのはここまでで大丈夫だ。

 あとは真っすぐ進んでくれ。

 急がなくていいよ。

 ガレアが本気出したら目に映らないんだから」


【おうわかった…………

 ムフフ~~

 そおかぁ~

 そんなに速ええのか~~】


 見なくても解る。

 ガレアは今顔をゆるゆるに綻ばせて喜んでる。

 相変わらず(おだ)てに弱い奴だ。


(ぬし)はん(ぬし)はん。

 ガレアはん、何か顔がゆるっゆるになっとるけど、どないしたんどす?〗


 久久能智(ククノチ)が身を乗り出してガレアを覗き込んでいる。


 ここで解った事。

 精霊達は下の魔方陣を動かせないみたいだ。


 あと外には出れないみたい。

 だけど身を乗り出す事は出来るらしい。


 ただこの魔方陣。

 ガレアの動きにはピッタリついてきている。

 多分術者である僕の動きに合わせてるんだろう。


「あぁ、それは僕がガレアの事を速いって褒めたから嬉しがってるんだよ」


〖何やそれ。

 (ぬし)はんも素直なら連れとるトカゲも素直言う事どすか?〗


「まあそんな感じかもね。

 …………久久能智(ククノチ)……

 トカゲじゃないよ……

 竜だってば」


 そんなこんなしている内に人影(?)が見えて来た。

 

 中田だ。

 見えるのは右半分は頭皮剥き出しになった後頭部。

 フラフラとゆっくり進んでいる。


 左側には緑の草原……

 じゃ無い。


 一本一本が長い。

 多分花畑では無いだろうか。

 花弁が付いていない所を見るとシーズンオフなのかな?


「よし、ガレアストップ。

 ここで少し浮いてくれ」


【おう】


 ガレア停止。

 この距離なら大声で叫べば聞こえるはずだ。


「よし、今から僕が大声を出す。

 僕の声が聞こえたら磐土(イワツチ)


〖オウサァァッ!〗


「中田の四方。

 出来れば天井もさっき言ってた庵治石(あじいし)で塞いでくれ」


〖ウオオオオッッ!

 久々のシゴトじゃあッッ!

 やっちゃるけぇのうっ!〗


 でっかい声。

 精霊の声が僕とガレアしか聞こえなくて良かった。


〖やかましい磐土(イワツチ)

 気合入れんのはええからとっとと準備しい〗


【じゃけー、でっけぇ声だなあ】


 やはり聞こえる者はみんなうるさいらしい。


「ま……

 まあまあ……

 最後の段取り確認だ。

 磐土(イワツチ)、お前のタイミングは僕の叫びが終わるか終わらないか。

 多分僕の叫びを聞いて中田は振り向くと思う。

 そのタイミングに合わせて石壁を出してくれ」


〖わかりもうした〗


「次に久久能智(ククノチ)

 磐土(イワツチ)の壁が現れたと同時に中田の足元から蔓を出して中田の首を絞めてくれ」


〖はいな〗


「それじゃあ二人共。

 僕の身体から(かて)を持ってってくれ」


ほなよばれまひょか(ではいただきます)


〖ごっつぁんですッッ!〗


 大きな脱力感が身体に襲い掛かって来た。


 僕の身体から何か急激に膨大に抜けて行くのを感じる。

 さっき補給した大魔力がゴッソリ抜けて行っているんだ。

 満タンの水風船から水が抜けて行ってる様な感覚。


 やがて脱力感は消えて行った。

 魔力を吸収し終わったんだろう。


 抜かれている時は気怠さが物凄かったけど終わってしまえば体調も元に戻った。

 大波が引いて行った後の海の様だ。


〖ごちそうさん。

 こんだけもろたら相当強い蔓が(こしら)えれんで〗


(かしら)っっ!

 いただきやしたっっ!〗


 よし、二人共準備OK。


「じゃあ…………

 始めるぞっっ…………

 スゥーーーーーッッッ……」


 僕は大きく息を吸い込んだ。



 ここから…………



「ゥ僕はァァァァッァァァァァッッッッ!!!」



 不毛で寒々しく、陰陰鬱鬱(いんいんうつうつ)で虚無感と重い枷だけしか残らない……



「こぉぉぉこぉぉぉだぁぁぁっぁぁぁぁぁっっっ!!」



 中田と僕の最終決戦が始まる。



「中田ァァァァァァァァァァァッッッ!!!」


 ズズゥゥンッッ!


 重苦しい音が響く。

 見えていた中田の後頭部から白と黒の細かい絣模様(かすりもよう)の大きな石壁に変わっていた。


 この石、何処かで見た事ある。

 あ、墓石だ。

 墓石でよく見る白と黒の細かい斑模様(まだらもよう)


 この石の事を庵治石(あじいし)って言うのか。


 ゴゴォォンッッ!


 とか考えていたら更に大きな石塊が現れ天井を塞いでしまった。

 ここまではOK。


久久能智(ククノチ)ィィッッ!!」


〖よう見てみぃ。

 もう蔓、(こしら)えてんがな〗


 僕は全方位(オールレンジ)内を確認。


 中田の足元から無数の蔓が中田に向かって勢い良く伸びているのが見えた。

 瞬く間に中田の身体を縛り上げている。

 首にも巻き付いた。


 見た目には只の大きな石壁。

 だが、全方位(オールレンジ)が使える僕からしたら中の様子がありありと解る。


 中で中田は藻掻いている。

 苦しいんだろう。


 顔を忙しなく上下左右にキョロキョロ動かしている。

 何かを探している様にも見える。


 もしかして今、自分の身に降りかかっている状況が把握出来ていないのでは?

 ジタバタジタバタ藻掻く中田。

 まるで得体の知れない物が張り付いて来たから振り払おうとする様に。


 ここで中の状況を想像してみる。

 庵治石(あじいし)で四方を囲まれた中田の居るスペースは闇。


 あれだけの大きさだ。

 多分陽の光など一片も通さず完全に密閉されてしまっているだろう。


 ここである決定的な気づきが僕の脳裏に過ったんだ。


 もしかして…………

 中田は…………



 自身の両眼以外では敵を把握出来ないのでは?



 当然ではあるんだけどね。

 普通人間は両眼で見えてるものしか把握出来ないものだ。


 ただ戦闘経験が豊富な人とか達人とかになると第六感とかで後ろから敵が来ている事を察知出来たりするけど、中田はそういった類の事が出来ない。


 そして式使いは痛覚が麻痺している。

 これが何を意味するのか?


 多分それは触覚鈍麻に繋がると思ったんだ。


 触覚が鈍る。

 これは自分に触れている物、自分が触れている物が何なのか解らなくなる。


 となると、中田は現在何が自身に巻き付いているのか解らない。


 これは怖い。

 現在中田に起きている事を自分に置き換えて考えてみて少し身震いする僕。


 中田は今真っ暗闇の中で正体不明の物に幾重も巻き付かれ、強く締め付けられている事になる。


〖ん……?

 割と強いどすな……〗


 あっ!?


 そんな事を考えている内に石壁内で動きがある。

 中田が何本か蔓を引き千切ったのだ。


「あぁっ!?

 久久能智(ククノチ)ィィ!?

 頑張れぇっ!」


 僕は焦り、思わず声を上げる。


(ぬし)はん、慌てんといておくれやす……

 こないなモン……

 こうしたらええんどす〗


 ギュルルッッ!


 更に地中から倍以上の蔓が飛び出し、中田の身体を(から)め捕る。


「す……

 凄い……」


 数本引き千切られても更に蔓を急速生成する久久能智(ククノチ)に驚嘆の呟きが漏れる。


〖何言うとるんどす。

 うちがやっとんは全部(ぬし)はんの(かて)でやっとんねんで?

 自画自賛かいな。

 自慢しいは男の株を下げんで〗


 久久能智(ククノチ)がチクリと毒を吐く。


 だからお前達は産まれて二か月も経ってないんだってば。

 この世知に長けている感じは何なんだ。


 もちろん僕は自分で自分を褒めているつもりなんて微塵も無い。

 ただ、千切られても更に蔓を生成する久久能智(ククノチ)が凄いから呟いただけなんだ。


「何言ってるんだよ久久能智(ククノチ)

 そんなんじゃないよ」


 ガンッ…………

 ゴンッ…………


 苦しいからか藻掻く中田の腕が庵治石(あじいし)の壁にぶち当たっている。


 だが、微動だにしない石壁。

 ビクともしない石壁。


 単体だけでも物凄い重量なのに上にもう一つ乗っかってるから更に重量は倍加している。


 まさに堅牢。

 硬い石で出来た堅牢。


 遠く。

 奥から叩いている音がか細く響くのみ。


磐土(イワツチ)

 あの石壁って硬さはどれぐらいなの?」


(かしら)は水晶と言う鉱石をご存じか?

 アレと同じぐらい硬いものじゃあ〗


 水晶ぐらい僕も知ってる。


 でもそれって硬いのかな?

 イメージ的には簡単に割れそうな気がするけど。


「何となくすぐに割れそうなイメージがあるけど水晶って硬いの?」


(かしら)、何を言うとるんか。

 水晶は石の中でも硬いんじゃ〗


「へえ、そうなんだ。

 そんなに硬い石をあの大きさで何個も一瞬で創り出すなんて凄いね」


 これも僕の純粋な所感。


〖それもこれも(かしら)の与えて下さった(かて)があったればこそじゃけぇのう〗


 磐土(イワツチ)久久能智(ククノチ)と同じ様な事を言っている。


 とどのつまり、誰が一番凄いのかと言うとやっぱりガレア。

 それだけの膨大なエネルギーをポンと差し出せるガレアが一番凄い。

 そう言う結論に至った僕。


 ポン


 僕はガレアの背中を優しく撫でた。


【ん?

 何だ竜司?】


「いや……

 やっぱりガレアは凄いなって思って……

 お前は僕の自慢の竜だよ」


【今更、何言ってんだお前。

 そんなの当たり前だろへへへ】


 当然だと言うガレアの顔は綻んでいた。

 嬉しいんだ。


 強大な力と純粋な愛らしさ。

 この二つを持っている。


 それが僕が使役している竜。

 ガレアだ。


 僕らのやり取りを見て微笑んでいる者が二人。

 久久能智(ククノチ)磐土(イワツチ)だ。


「な……

 何だよ……

 二人して……」


〖いや……

 ホンマに二人は仲ええなあ思てな……

 ほっこりしとったんどす〗


〖ほうじゃ。

 まるでガレアと(かしら)は兄弟の様に見えるけぇ〗


 僕とガレアの仲の良さは精霊でも伝わるみたいだ。

 何か嬉しい。

 それだけガレアとの絆が深くなったと言う事だから。


 と、そんな事を考えている内に事態は急変。


 ドシャァッ……


 ついに中田が倒れた。

 ピクリとも動かない。


「あっっ!?

 そんな事より中田が倒れたよっっ!」


〖ほんまどすなあ。

 (ぬし)さん、どないしはりますん?〗


「ま……

 まずは状態を確認したい……

 下へ降りよう。

 ガレア、地上に降りて」


【わかった】


 バサァッ!

 バサァッ!


 翼を大きくはためかせ、ゆっくりとガレア降下。


 ドスッ


 ガレアが着地した。

 僕は地面に降り立つ。


 まだ全方位(オールレンジ)は解除していない。

 久久能智(ククノチ)磐土(イワツチ)も側に居る。


 僕は全方位(オールレンジ)内を確認。

 まだ蒼い人型の光点は灯っている。


 灯っていると言う事は中田はまだ生きていると言う事だ。

 これは辰砂戦で学んだ事。


 そして蒼い光は………………


 一般人である事を示す。


 式使いの化物ぶりからは想像つかないが全方位(オールレンジ)の判断では一般人となるらしい。


 ジャリ……

 ジャリ……


 充分警戒しながらゆっくりゆっくりとにじり寄る僕。

 近くまで来た。

 眼前には庵治石(あじいし)の大きな石壁。


 中からは物音ひとつしない。

 全方位(オールレンジ)内も中田は倒れたままだ。


磐土(イワツチ)……

 石壁を……

 解除して……」


(かしら)ァ。

 いいんですかい?〗


「うん、このままじゃ埒開かないし……

 怖いけどしょうがない」


 正直内心物凄く怖かった。

 受憎刃での拷問めいた攻撃があったからだ。


 今思い出しても身震いするあの猛烈な痛み。

 もうあんな目に遭うのは二度と御免だ。


〖それじゃあ……

 解除しますよって〗


 でも、このままだと中田を捕らえる事が出来ない。

 どんどん湧き上がる恐怖を強引に押し殺した。


 フィンッッ!


 一瞬で目の前にあった石壁が全て霧散した。

 中から現れたのはうつ伏せで倒れている中田とその身体に巻き付いている無数の蔓。

 全て地中から生えて来たみたい。


久久能智(ククノチ)……

 蔓を解除して。

 仰向けにして確認する」


〖はいな〗


 フィンッッ


 中田を縛っていた数多の蔓は全て霧散。

 場には穴だけが残っている。


 ごろり


 僕はゆっくりしゃがみ、中田を転がす。

 天を仰いでいるのは目を見開き、口をあんぐり開けてピクリとも動かない中田。


 傍から見ると気絶している様に見える。

 確か瞳孔を確認したりするんだっけ。

 でも僕にはそんな知識は無い。


 ちょいちょい


 恐る恐る指でつついてみる。

 全く反応が無い。


 これは完全に気絶していると考えて良いのでは無いだろうか。


 何とも呆気ない。

 刑戮連(けいりくれん)のリーダーとの決戦。

 それがあっさりと勝敗が決してしまった……………………



 と思われた。



 だがそれは途轍も無く、とんでも無く、途方も無く、滅茶苦茶に凄まじい程………………



 甘い考えだった事を身体全体で腹の底から思い知る。

 猛烈に。



 ガバッッ!


 シュンッッ!


 急に素早く起き上がった中田。

 そのまま右腕を振り切った。


 中田の右腕は…………



 受憎刃に変わっていた。



 ###

 ###



「はい、今日はここまで」


 本日の話の終りを告げた僕。

 が、(たつ)は無言。


(たつ)、どうしたの?」


「いやね……

 色々と新しい事が多くってポーッとしちゃった……」


「あぁゴメン。

 今回は新情報が多かったかな?」


「まずパパッ!?

 左肩大丈夫なのっ!?」


「うん、今はもう何ともないよ。

 痣は残っちゃったけどね」


 そう言って僕は左肩を晒し、背を向ける。


「うわぁぁ…………

 痛そう…………」


 僕の傷痕を見てひいている(たつ)


「だからもう痛くないんだってば」


「あと神道巫術(シントー)だったっけ?

 あれ、どうなったの?

 前までは出て来るの炎だったでしょ?」


「うん、精霊と縁…………

 仲良くなったから形が見える様になったんだよ」


「へえ……

 仲良く……

 ねぇパパ?

 僕も精霊と仲良くできるかな?」


 もう中学生になろうかと言う歳なのに時々こう言うメルヘンチックな事を言うんだよな(たつ)って。


「うん、それにはまず人に親切にしたり掃除をきちんとしたりして良い事をしないとね」


「あっっ!!

 お話の中で言ってたトクを積むって奴だねっっ!!?

 うんっっ!

 僕、いい子になるっっ!」


「フフフ……

 じゃあ今日も遅いからおやすみなさい」

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