第百七十四話 速戦即決(渇木戦⑤)
場は緊迫していた。
その場にいる誰もが緊張していた。
ガガガガガガァァン…………
ガガァァン……
依然としてタングステンブロックの奥の奥で破壊しようと殴り続けている音が静かに聞こえて来る。
間合いとしては豪輝の出したブロックを中心として約15メートル程取っていた。
一人ずつ機動隊員が配置につく。
その間に踊七、元、豪輝が立つ形。
受憎腕がこちらに向かって来た場合、機動隊員を防衛する為。
上から見るとちょうど扇状の形。
左側の防衛は元。
左手には高周波ナイフ。
中央は踊七。
両手に持たれた日矛鏡。
右側は豪輝。
手にはタングステン製の刀。
かなりの長尺。
刀身は二メートル弱ある。
野太刀、大太刀と称しても憚られる程の長さ。
これはかの静岡決戦の時に竜司に渡したものと同種である。
(参照話:百三十一話)
何故、豪輝が中央で無いのか?
それは豪輝には解除後の仕事があるからだ。
渇木の背後に回って頸動脈を切断しないといけない。
間違っても首を切断しては駄目だ。
頸動脈を切る目的はあくまでも脳に行く血液をストップさせる為。
首を切断してしまうと絶命の恐れが高まる。
規格外の長身刀で頸動脈のみを切断すると言う繊細な作業。
これは皇豪輝でないと成し得ない事。
豪輝は現在普通の人型をしている。
形状変化は使用していない。
■形状変化
不等価交換の第一形態。
効果は筋肉超肥大と筋繊維超増量。
かつ魔力をより効果的に扱える形状に変化させる。
また両脚を恐竜の様な形態に変化させ、桁外れのスピードで移動する事も可能。
筋肉も従来の人間のそれとは違い、どちらかと言うと機械的な仕組みに変化する。
体表面も鋼鉄色の硬化角質に変化し、防御力も高い。
豪輝が形状変化を使わないのは理由がある。
それは一般人である機動隊員の存在。
豪輝は自分自身でも解っているのだ。
形状変化を使用した自分の姿が化物である事を。
スキルを扱う竜河岸ならば異能や異形にある程度耐性はあるだろうが、一般人ではそうは行かない。
やはり何周りも大きくなり、何倍も伸びた両腕と肉食恐竜の様な大きさと形の両脚。
共に鋼鉄色をしている。
そんな形に知り合いが変わるのを見れば、一般人は動揺を隠しきれないだろう。
最悪のケースになると豪輝や特殊交通警ら隊のネガティブな情報を拡散される可能性もある。
従って一般人がいる前では形状変化は使えない。
受動技能である蓄積魔力だけで渡り合っている。
(参照話:百五十三話)
それでも平時で並の魔力注入ぐらいの身体強化は可能。
コントロール次第では瞬間的に大魔力注入と同等の火力も出る。
そしてその火力は通常の拳の話。
形状変化で異形に変化した拳で放ったとなったらどうだろうか?
その威力は敢えて言葉にしなくてもお解り頂けるかと思われる。
不等価交換と蓄積魔力。
チートとも言える二大スキルを有する豪輝だが、当然、両方共に欠点は存在する。
まず不等価交換。
形状変化の場合、物理的に形が変わる為それなりの時間がかかるのだ。
戦闘時に使用するのは不向き。
事前に使ってから戦いに臨まないといけない。
そして見た目の大幅な変化による一般人への心理的影響。
これが地味に響くケースがあったりする。
市街地等では使えないのだ。
一般人であれば人間かどうかも疑わしいフォルムをしているモノに避難誘導などされたくないと言う事である。
豪輝が警察官である為の弊害とも言える。
形状変化は使用不適切になるケースが多いのだ。
続いて第二形態の構成変化。
これにも純然とした欠点は存在する。
脳への負担が原因で同時に変化出来る物質は四種が限度。
しかも四つと言うのは単純素材の場合。
複合装甲の様な複数素材から成る物質も生成可能だがその場合は脳のリソースを三倍使うと言われている。
元が以前やり合った時はその弱点を突かれ渾身の頭突きを喰らう羽目になる。
(参照話:百二十話)
ある程度離れた所でも生成が可能だが有効射程としては3メートルとやや狭い。
構成変化は複数種類生成できないと言う点と射程が弱点と言った所。
続いて蓄積魔力だがこれは豪輝の体質も関係する。
豪輝は年少時代、祖父に嫌われていた。
いや、嫌われていたと言うのは語弊がある。
頭を悩ませていたと言うのが正しい。
豪輝は体質で魔力を体内に蓄積する事が出来ない。
竜儀の式を終えてもその体質のせいでボギーの魔力を蓄積出来なかったのだ。
魔力が体内に蓄積できないと習得したスキルも扱えない。
竜河岸としては落ちこぼれ。
竜司達の祖父は落ちこぼれは徹底的に見下す性格。
だが、初孫だから可愛い。
この二つの相反する気持ちで困り果てていたのだ。
しかし竜司の様に徹底的に排斥しなかったのは、竜儀の式で神主に告げられた豪輝のスキル不等価交換のお陰である。
その教えてもらった内容は物質変化出来るスキルとだけ。
ここで祖父の脳裏に過ったのは豪輝の母。
皇十七のスキル生命の樹である。
間違い無い。
豪輝は十七の血を受け継いでいる。
そう確信した祖父は落ちこぼれと断ずるには早いのではと言う希望も湧いていた。
ここで一計を案ずる祖父。
知り合いに豪輝の教育を頼んだのだ。
その知り合いとは長野の山奥に住む変わり者の竜河岸。
世捨て人となって自給自足の生活をしている。
竜河岸も変わり者なら竜も変わり者で人間文化にはあまり触れず、ずっとこの竜河岸に付き従っていた。
その竜河岸の元で二年間修業を積んだ。
その中で発生した受動技能が蓄積魔力なのだ。
このお陰で身体に大量の魔力を纏わせる事が出来る様になった。
豪輝が扱う魔力は体外に全て浮いている。
体内に格納されていない為、大量に蓄積でき毒性に侵される事は無い。
一見、良い事ずくめの様なこの受動技能だが、大きな欠点がある。
傷を負った時、治りがかなり遅いのだ。
体内に蓄積されないから魔力注入ももちろん使えない。
以前十拳轟吏が魔力注入未習得の為、傷の治りが遅いと言うのがあったかと思われるが轟吏でもまだ体内に魔力を蓄積できる為、遅くとも十数分で内蔵修復、骨折治癒ぐらいは出来る。
だが、豪輝の場合は同じ症状でも治るのに一時間はかかる。
さきの呼炎灼戦で腰をやられた時も一切治る気配を見せず、救急車で運ばれた事からも解るだろう。
蓄積魔力のお陰で使用魔力が多くても対応でき、保持を使わなくても長時間扱える様にはなった。
が、防御面と回復面がかなり弱い。
蓄積魔力のコントロールで防御を強化する事も出来るが、内蔵している魔力を使用している魔力注入の方が遥かに上なのだ。
だから豪輝は防御面の弱さを構成変化で人工ダイヤを体表面に張り巡らせる事で補っているのだ。
長々と語ったが一見チートの様な能力だがやはり人が創造したものの為純然とした欠点は存在する。
この欠点が欠点と思えないのはひとえに皇豪輝本人の実力と言わざるを得ない。
ちなみに受動技能が発動する以前は竜司と似た様な性格だったと言う。
「じゃあ……
行くぞ…………
不等価交換……」
緊迫した空気が更に強まる。
今ここに。
渇木髄彦との戦闘。
その最終局面が…………
「解除」
開始される。
豪輝が左手を横に振った。
巨大なタングステンブロックが全て霧散する。
ビュオゥッッ!
途端に弾け飛んだ受憎腕の大群。
それはまるで逆巻く暴風の様。
(うわぁぁぁぁぁっっっ!)
飛び出して来た無数の触手。
その悍ましさ、気持ち悪さにさしもの機動隊員が悲鳴を上げる。
怖気づいて火炎放射器のトリガーは引いていない。
「構成変化ッッ!」
機動隊員の前に急速生成されたタングステンの壁。
防御壁。
その数五つ。
それが一瞬である。
ガガァァンッッ!
ガガガァァァンッ!
現れた強固な壁により受憎腕の侵攻は阻止された。
「お前らっっ!
この壁はちっとやそっとじゃ破れんっっ!
気にせず放射しろぉぉぉっっ!」
豪輝の指示が飛ぶ。
(はっ……!?
はいぃぃぃぃっっっ!!)
豪輝に喝を入れられたのか、大声で返事をする機動隊員。
まるで自分自身を鼓舞するかの様だ。
グッ
五つのトリガーが一斉に引かれる。
ブォォォォォォォォッッッ!
五方向から火炎放射。
思っていた以上に長い。
十メートルはあろうかと言う長い炎が真横に吹き出た。
【ムウ……
まるで炎竜のブレス……
あんなものも創るのか……
人間は……】
じっと見つめていたナナオの呟き。
それだけの火勢。
だが、あくまでも似ているのは見た目だけ。
威力は当然竜の方が上である。
ボッッ!!
受憎腕が着火。
次々と。
次々と燃えて行く。
燃え広がって行く。
「うおっ!?
火炎放射器って初めて見るけどごっついのう」
あまりの火勢に元も驚いている。
バタバタバタバタバタバタバタッッッッ!
着火した受憎腕から順にバタバタと動き出す。
炎を消したい。
だが消えない。
藻掻いている様はそんな印象を受ける動き。
全て動物の反射運動なのだ。
キョロキョロッッ!
一斉に着火した受憎腕。
瞬く間に多くの大松明に囲まれた渇木の上半身。
何が起きたかと言わんばかりに戸惑い、キョロキョロと首を忙しなく動かす。
渇木自身には炎の熱さは感じていない。
痛覚がほぼ無いからだ。
だから事態の急変に戸惑う事しか出来ない。
痛みとは身体の異常を知らせる大事な感覚。
痛覚が無いと言うのは一見良い事の様に思えるかも知れないが、こう言う緊急事態の時に戸惑うだけしか出来なくなる。
仮に炎の熱さを感じるのであれば、のたうち転げ回るだろう。
それだけの火点数。
だが、その転げ回る動作は炎を消す為の動き。
身を焦がす熱が痛覚神経を激しく刺激し、痛みが全身に奔るから行うのだ。
だが、渇木には痛覚はほとんど無いに等しい。
従って消火活動などもしない。
ただただ周りを取り囲む炎と言う事を聞かなくなっている受憎腕に戸惑うだけ。
「起動ォォォッッ!」
踊七が叫んだ。
魔力注入発動。
ダァァァンッッ!
強く地を蹴り、着火している受憎腕の大群を目掛けて飛び出した。
燃えている触手を切断する為だ。
両手に持っている日矛鏡を大きく翼の様に広げた。
ザンッッ!
日矛鏡の両翼が瞬時に畳まれる。
描く軌跡はクロス。
そのまま4、5本の受憎腕を斬り飛ばし駆け抜けて行った。
「へえ……
なかなかやるじゃないか」
壮絶な踊七の斬撃に豪輝も思わす称賛の呟き。
スタッ
踊七着地。
「もういっちょっっ!」
ダンッッッッ!
再び地を蹴り、踵を返す様に飛び出した踊七。
ズバババァンッ!
今度は飛び出した身体に回転をかける踊七。
錐揉み状態になった踊七は両手を。
日矛鏡を大きく広げた。
回転力を活かした斬撃は更に受憎腕を3、4本斬り飛ばす。
ズザァァッッ!
元居た場所に戻って来た踊七。
「ふう……」
一息ついた踊七はくるりと渇木の方を向く。
眼が合った。
渇木は真っ直ぐ踊七を見ていた。
その眼はまさに“怨”。
この一言に尽きる。
その大きな恨みが込められた視線を踊七に真っすぐ向けていた。
あ、これは。
踊七は嫌な予感。
バタバタバタバタバタ
7本近く斬り飛ばしてもまだ大量に残っている受憎腕。
依然として大炎を上げている。
「ムシャァァァァッァァァァァァァッッッ!!」
渇木が叫んだ。
恨気を募ったのだ。
これがエネルギーを充電する為か、本当に憎くてしょうがないのかは解らない。
いや、現在渇木は追い詰められている。
となると後者と考えるのが自然だろう。
ガァンッッ!
ガガガァァァンッ!
ここで眼を疑うべき事が起きた。
何と渇木が受憎腕で攻撃して来たのだ。
もちろん着火したままである。
向かって来た受憎腕はタングステンの壁に激突し、激しい音を立てる。
(ひぇぇぇっっ!!)
「隊員さんらっっ!
壁の後ろに隠れェェッ!
…………こんダボがァァァッッ!!」
ザンッッ!
向かって来た受憎腕を一息に斬り飛ばす。
元の頼もしさ復活。
しかし何故着火した筈の受憎腕が向かって来たのか?
これは渇木の意思で操った事を意味する。
受憎腕は着火すると反射運動を引き起こし、コントロール不能となる筈だ。
その仮説自体は正解。
正解なのだ。
ならば何故今現在、受憎腕が渇木の意思に従っているのか?
それは先程の募りが原因。
溢れた恨気量が途轍もなく膨大だったのだ。
要するに力で強引に従わせた。
その為、今動かせているのだ。
これが式使いの恐ろしさ。
追い詰めれば追い詰める程強くなるのだ。
だが、渇木側が劣勢なのは変わらない。
その証拠に元が斬り飛ばした受憎腕は燃え尽き、炭化した。
こうなってしまえばもう再利用出来ない。
「見ろォッ!
斬り落とした触手は燃え尽きているゥッ!
火は有効なんだっっ!
怯まずどんどん炎を放射しろぉっ!」
豪輝の檄。
(りょっ……
了解ィィィィッッッ!)
突き動かされるようにトリガーを引く五人。
ブオォォォォォッッ!
五つの発射口から放射される炎が再び残る受憎腕に着火。
燃え始める。
燃え広がる。
パタパタパタパタァッ!
着火した受憎腕の反射運動。
ダァァンッッ!
再び踊七が燃えている触手を目掛け、強く地を蹴る。
前へ飛び出した。
ズバァンッッ!
燃えている受憎腕を大量に切断。
そのまま駆け抜ける。
更に踵を返した。
ザンッッッッ!!
切断数追加。
ズザァァッッ!
更に受憎腕を切断した踊七。
見る見るうちに半数近く受憎腕を減らした渇木。
燃えている残骸は再利用不可。
もう体内に材料は無い。
総攻撃が仇となった渇木。
そんな様子をじっと見つめている豪輝。
全く動かない。
指示や檄は飛ばすが戦線に参加しようとはしない。
豪輝は何をやっているのか?
観察しているのだ。
踊七の場合は戦いながら渇木の動向を観察していたが、豪輝は全く動かず観察している。
既に渇木の体内に材料が残っていない事は見抜いていた。
そして鑑識結果がかなり有効である事も判明。
報告書によると材料吸収は掌で行うらしい。
地に落ちている炭と化した残骸に手を付けない所を見ると炭化すると再利用は不可。
概ね予定通り。
あとは今生えている受憎腕を全て燃やし、切断。
ダルマになった所を背後に回り頸動脈切断すれば渇木を確保できる。
既に勝利の道まで見据えていた豪輝。
だが懸念材料が無い訳でも無い。
豪輝が気になっているのは先程の叫び。
叫び自体の意味は恨気を募る為だと言うのは解っている。
豪輝の懸念している箇所はそこではない。
懸念している事。
それは渇木の能力進化。
思い出していたのは泥戦の報告書。
そこに書かれていた最後の部分。
泥は追い詰められた事によって眼刺死を会得、使用し最後の抵抗を試みた。
これを豪輝は能力進化と呼んでいる。
このまま進めば良いのだが、追い詰めると強くなるのが式使い。
この能力進化が渇木に発生すると解らなくなる。
ここが豪輝の懸念している部分。
そして…………
その懸念は…………
的中する事になる。
「ん…………?
妙だな……」
始まりは微かな違和感に豪輝が気付く所から始まる。
何か違う。
さっきと違う。
何が違うのか?
まだ解らない。
踊七も渇木の姿に違和感を感じていた。
「ムシャァァァァッァァァァァァァッッッ!!
ムシャッ!
ムシャッ!
ムシャァァァァッァァァァァァァッッッ!!」
ここで渇木の巨大な叫び声。
耳をつんざく金切り声。
鼓膜を震わす大音量。
(うわぁぁぁっっ!)
「うおっっ!?
デッカイ声ッッ!?」
思わず悲鳴を上げる機動隊員。
驚く元。
それだけの大音量。
しかし……
この誰もが驚きたじろぐ声の中、気を取られずじっと観察を続ける者が二人。
そう、皇豪輝と梵踊七である。
豪輝はさっきの違和感の出所を探していた。
そして踊七は気付いた。
これは渇木との戦闘経験の差。
感じた違和感が先程の物と同種だったからだ。
「豪輝さぁぁんっっ!
気を付けてぇぇっっ!
ヤツは受憎腕を何本か体内に格納しているゥゥゥッッ!」
同種の違和感。
それは先程の隠して受憎腕を格納した時と同じだったのだ。
渇木は大量に生え残っている受憎腕の内を何本か体内に格納していた。
踊七は体験していた為、先んじて気付く事が出来たのだ。
「何っっ!?
…………なるほど……」
体内に格納する意味を瞬時に理解した豪輝。
だが、ここから。
ここからこの場に居る誰しもが未体験の事象に遭遇する。
渇木の様子に変化は無い。
パタパタパタパタパタパタパタパタ
依然として燃えている受憎腕の反射運動はあるものの、本体に動きは無い。
だが…………
それは誤りだった。
ガクッ
五本の火炎放射器の内、右端の火が消失。
何だ?
何が起きた。
原因は右端の機動隊員が両膝を付き、倒れたのだ。
「何ッ!?」
事態の急変に驚きの声を上げる豪輝。
(ハッ……
ハッ……
ハッ……)
倒れた機動隊員は苦しそう。
何だ?
何が起きた!?
渇木の動きに変化は無い。
解らない。
何故機動隊員が倒れたのか。
戸惑っている所……
ドシャァ……
続いて左端の機動隊員も倒れてしまった。
突然。
突然訪れた緊急事態。
だが、ここでも皇豪輝のリーダーシップ発揮。
そして豪輝をサポートする踊七の手腕も発揮される。
「全員退避ィィィィィッッッ!
輸送車まで走れぇぇぇぇッッ!」
ここで退却……
いや、戦術的撤退を選択した豪輝。
正体不明の攻撃に闇雲に対応してもやられるだけ。
何よりも一般人である機動隊員にこれ以上犠牲を出す訳にはいかない。
そう考えて取った決断。
「元ッッ!
倒れている人を担いで走れェェェェッッ!
生順破棄ィィィィッッ!
面足尊ォォォォッッ!」
既に踊七の手には少量の土。
依然として日矛鏡が握られているのである。
柄を握ったまま右指でL字を模り一回転。
ズボォォァァッ!
渇木の足元に粘着沼が現れた。
見事にはまる渇木。
豪輝が退避の指示を飛ばした瞬間、行動を起こしていた踊七。
「合点ッッッ!」
ヒョイッッ!
軽々と左手一本でフル装備+火炎放射器を担いだ成人男性を担ぎ上げる元。
もう一人は豪輝が担いでいた。
ダダッッ!
一目散に退避する機動隊員と豪輝ら三人。
踊七は一番最後。
もし追撃してきたら対応する為だ。
いわゆる殿と言うやつである。
---
そのまま人員輸送車まで辿り着いた。
側に機動隊員を寝かせる豪輝と元。
(ハッ……
ハッ……
ハッ……)
息も絶え絶えになっている二人。
「こ……
これは一体……?
誰か渇木が何かしたのを見たか?」
踊七、元。
残りの機動隊員も首を横に振る。
ここで踊七が進言。
「見た感じ……
渇木の恨気に侵された症状だと……
ただ……
妙です」
現在、豪輝らと相対しているのは渇木のみ。
周りに渇木の仲間も居ない。
となると何らかの方法で恨気を流し込まれたと考えるしかない。
だがおかしい点がいくつかある。
まず受憎腕の掌。
鶻に掴まれていない。
「ちょっと……
豪輝さん……
失礼します」
倒れている機動隊員の装備を外し、制服の前を外す。
素肌を確認する為だ。
もし恨気に侵されているのであれば感染箇所が黒く変色するはずだ。
だが、黒くない。
全く正常な血色。
(ハッ……
ハッ……
ハッ……)
しかし依然として苦しそうな機動隊員二人。
「黒く…………
なってない?」
豪輝の呟き。
報告書を読んでいて知っていたのだ。
恨気に侵されると皮膚が黒く変色すると言うのを。
「ええ……
だから妙なんです」
「ボギーッッ!」
【豪輝、なあに?】
豪輝がボギーを呼びつけた。
ドスドスと側へ寄って来る。
「亜空間を出してくれ。
行先は警察病院だ」
【はぁい】
言われるままに亜空間を出したボギー。
「お前ら、二人を担いでこの中に入れ。
入るとすぐに出口があるからそこを潜って先生に二人の状況を説明してくれ」
豪輝は機動隊員五人をこのまま戦線離脱させるつもりだった。
見た目でも解る危険な状態の二人。
しかもここまで酷くなるのに十分と経っていない。
このまま残って被害が拡大する前に一般人は全員退避させようと言うのだ。
(は……
はいっ!
わかりましたっっ!)
機動隊員達は衰弱している二人を担いで亜空間に消えて行った。
行先はよくお世話になっている警察病院。
医者の知り合いも多い。
竜の亜空間も見慣れている。
突然押しかけて驚く事はあるまいと豪輝は踏んだ。
だが正直、現代の医学で解決できるのかどうかは解らない。
警察病院の医者は皇十七では無いのだ。
今、場に残っているのは竜河岸のみ。
「さて……
踊七さん」
「はい」
「渇木が追って来ないのは君のスキルのせいか?」
「はい、五行魔法と言いまして。
生成した粘着質の沼に足を取られて身動きが取れない状態の筈です」
豪輝の目に映るのは粘着沼に足を取られ、ジタバタ藻掻いている渇木の姿。
燃えている受憎腕の反射運動も手伝ってえらく忙しい。
「へえ……
あれが俺の不等価交換に似てるって言ってた君のスキルか」
「そうです。
ただ豪輝さんの不等価交換の方が桁違いに凄いですけどね……
生成スピードや範囲から言ってモノが違う……」
これは謙遜などでは無く、素直な感想。
確かに踊七の五行魔法は汎用性、威力共に不等価交換に引けは取らない。
だがプロセスやモーションの分、発動が遅いのだ。
最初にL字に指を模り太極図を創るか、太極図のモチーフを用意。
呪文を唱えるか、憑代を用意してようやく発動する。
かたや不等価交換の場合はモーション、プロセスは必要無い。
必要なのは発動する意思だけ。
それを念じても良いし、声に出して叫んでも良い。
発現する速度は先の瞬時に壁を生成した所を見ても解るだろう。
かつ五行魔法の発動範囲は目が届く距離。
言い換えれば真正面にしか発動出来ない。
だが、不等価交換の発動範囲は豪輝を中心に半径3メートル前後全方位。
そう、全方位なのだ。
視認する必要は無い。
死角だろうと生成可能。
しかも一つか二つなら5メートル離れていても生成出来るのだ。
ならばどうやって座標を定めているのか?
それは豪輝の優れた空間知覚によるもの。
■空間知覚
物体の位置、方向、姿勢、大きさ、形状、間隔など物体が三次元空間に占めている状態や関係を、素早く正確に把握、認識する感覚の事。
別名、空間識、空間認知、空間認識能力とも言う。
航空機のパイロットなどに求められる感覚。
豪輝がスキルを発動する瞬間、脳裏に描いているのは地図。
戦場の地図なのだ。
視認した景色の地図を瞬時に思い描く事が出来る。
その地図上で発動座標を定めている。
どうやって場所を特定しているかまでは解らないが防御壁が出た時、渇木の方を向いていたのを見ていた踊七。
そこから背面でも発動可能だろうと察した。
「だけど、俺の不等価交換ではあんなトリモチは作れんからなあ。
…………もしかして、ここら一帯に広がっている木の床も君の仕業か?」
「はい、ヤツが地中から棘で攻撃して来たので」
「これ相当広い範囲だが、一度のスキルで生成したのか?」
「いえ、さすがにそれは……
二回のスキルで生成しました」
「それでも相当凄いぞ。
大したもんだ。
竜司が先輩と慕うのも頷けるよ」
薄く踊七に笑いかける豪輝。
「いえ……
そんな……
それよりも豪輝さん、ヤツの仕掛けて来た攻撃についてです」
「そやそや、兄やん。
それやで。
確かにさっきのポリさんの様子はワイや踊さんがやられた時と同じ顔してはったで。
て事は体力吸い出されたんでっしゃろか?」
「多分な……
でも元……
俺やお前が喰らった時とは違う……
黒く変色してなかった……」
確かに機動隊員が倒れた理由は恨気による侵食が原因。
急激に体力が吸い出され、倒れたのだ。
変哲の無い身体しか持っていない一般人。
普段から魔力を取り込んでいる竜河岸と違って異質な力に何の抵抗も無い。
従って吸い出される体力も膨大なのだ。
通常、恨気は鶻と呼ばれる掌から接触感染する。
鶻に掴まれた部分から黒く変色して行くのが特徴。
妙なのは確かに恨気に侵されているにも関わらず黒く変色していない点。
ここで察しの良い読者なら気付いたかも知れない。
そう、前話でも似た様な症状が起きていた。
それにより響達が苦しめられた。
渇木が仕掛けた攻撃…………
それは…………
感染除法である。
恨気を含んだ大気を吸い込んだ為、体力が吸い出されてしまったのだ。
だが、感染除法の存在を豪輝を含め踊七らは知り得ない。
それはそうだ。
術の概要が明るみになったのはついさっき。
別場所でだから。
だから正解には辿りつく筈が無い。
情報が足りないのだから。
だが……
この男だけは違った。
「空気……
感染か……?」
そう、皇豪輝である。
「………………呼吸……?」
豪輝の呟きにより踊七も察した。
「恨気を含んだ空気を吸い込んだッっちゅう事か……
有り得まっせ兄やん」
元も同様。
恨気。
その認識に関しては特殊交通警ら隊員、各々微妙に違う。
響は正体不明の異能。
カズは泥としか接触してないので報告書に書いてある通り。
轟吏は良く解らん。
解らんが掌に掴まれなければ何とかなる。
鞭子はあんなキモいモン流されたら肌が痛むじゃないのよこのカスが。
この様に刑戮連と接触した隊員は脅威と言う共通認識の上にそれぞれ違った認識を持っている。
それは豪輝も同じ。
豪輝の認識では恨気は毒。
式使いは猛毒使い。
恨気が流し込まれると言う事は毒に感染すると言う事。
ならば人間の今まで培った技術である程度対応出来るのではと思っていた。
今回の少ない情報からの気付きもそれである。
感染経路とはまず二種類。
垂直感染と水平感染がある。
垂直感染とは妊娠中や出産時の赤ちゃんが感染する事。
一般的には母子感染と言う。
今回は関係無い。
水平感染とは感染源から周囲に広がる事。
経路は大きく分けて接触感染、飛沫感染、空気感染、媒介物感染の四つ。
接触感染とは感染者に直接接触して感染する事。
鶻による恨気感染がそうである。
飛沫感染は咳、くしゃみ等で飛び散ったしぶき(飛沫)を吸い込む事によって感染する事。
媒介物感染とは水、食品、血液、虫等を介して感染する事。
例としてはマラリアや食中毒がこれにあたる。
劇中で登場した辰砂の血感染も媒介物感染と言える。
特に渇木は咳き込んでいる訳でも無いし、血液を飛ばす様な動きもあった訳では無い。
と、なると飛沫感染、媒介物感染。
この二点は除外される。
豪輝が空気感染に疑いを持ったのも消去法から来る当然の帰結と言えるのだ。
「だけど豪輝さん……
一体どうやって吸い込ませたんでしょう?
ヤツは全く動いてなかったですが……」
曽根を見ていても解ると思うが式使いの恨気とは本体から滲み出るのだ。
だから竜司も曽根と対峙している時、間合いを取っていた。
踊七が言わんとしているのは本体が離れていたのに何故二人は感染したのかという話。
「それに関してはおおよそ予測はついているぞ」
豪輝は響や轟吏の報告書。
並びにさきの踊七の叫びから予測は立てていた。
「えっっ?」
踊七が驚きの声を上げる。
空気感染を予測した事は感染経路の種別を知っていればまあ解らなくも無いが、恨気の散布方法まで予測出来ているとは思わなかったからだ。
「受憎ってのは自在に触手を生やせるんだろ?
自在ってのは太さも自在だって事だ。
なら多分やつは物凄く細い触手を生成してこちら側に送り込んで来たんだろうよ」
「えぇっっ!?
でっ……
でもそんな動きは全く見えなかったですよッッ!?」
踊七が突然、突飛な予測を言ってのける豪輝に戸惑い、焦る。
こんな踊七は見た事無い。
「多分視認するのが困難な程細いんだろうな。
それを踵辺りから地を這わす様に生成して戦場を大きく迂回したんだろう。
さっき踊七さんが叫んでたろ?
ヤツが何本か体内に格納しているって。
その格納した分を使った極細の触手ならかなり遠くまで這わせる事が出来るだろうよ。
まあ今の奴の姿だと踵があるのかどうか怪しいがな。
とにかく足元からって事だ」
ゴクリ
踊七は生唾を飲み込んだ。
豪輝に対して抱く感情はもはや畏怖に変わっていたのだ。
この人の洞察力は半端ないと。
あの緊迫した状況で全ての事象を把握し、それを材料に予測を立てていると。
この予測はさすが豪輝と言わざるを得ない。
散布方法に関しては正解。
渇木は格納した受憎腕で再生成した。
その太さは絹糸よりも更に細い。
超極細の受憎腕を。
その太さはいくらドス黒い紫と言っても立っていれば視認は困難な程の細さ。
邪魔している奴らに見えない様に足元から二方向に大きく迂回して敵の真横に付く様に伸ばす。
結局燃えている受憎腕に気を取られていた踊七達は気付かず素通りしてしまう。
タイミングとしては踊七が二度目に斬りかかった辺り。
その段階で極細の受憎腕を這わせ始めていた。
そして渇木が二度目に叫んだ直後、膨大に溢れた恨気によって能力進化が起きる。
溢れた恨気をミクロン単位まで細分化。
感染除法を発動させたのだ。
そして極細の受憎腕に伝わせ、敵の近くで恨気を散布。
大気に付着させたと言う運びである。
響らドーム内組は感染除法に加え、曽根の不死身とも思えるタフさに苦しめられた。
正直魔力ブーストをかけた蓮の一撃が無ければ殺されていたかも知れない。
それ程の窮地だったのだ。
だが…………
「あと……
必要なのは……
火だな……
踊七さん、君のスキルで何とかならないか?」
「あ、大丈夫です。
私のスキルで火は起こせます」
「同時使用は?」
豪輝が聞いているのは粘着沼を出した状態で火を起こす事は可能かと聞いているのだ。
「大丈夫です」
踊七も豪輝の聞いている内容を理解したらしくただの一言で答える。
「上等…………
なら余裕だな」
豪輝が断じた。
余裕だと。
あの倒しても倒しても起き上がり、地中から地上から夥しい量の攻撃を仕掛け、元や踊七を苦しめ、死の覚悟すらさせたあの渇木髄彦をである。
これには理由がある。
まず豪輝の頭にはもう勝ちへの道が見えている。
受憎腕を全て燃やして頸動脈を切断すると言う道が。
勝ちの道が見えている。
それはやる事が判明していると言う事。
正体不明の攻撃に多少焦りはあったが、もうほとんどネタは割れてしまっている。
現在、圧倒的窮地に陥っているのは渇木である。
どれだけ踊七達を恨み、内部で恨気を募ろうと。
どれだけ能力を進化させようと全て対策が取られてしまっている。
これが人間の戦い方。
どれだけの脅威が迫ろうとも。
それがどれだけ正体不明な事象であろうとも。
観察し、分析。
対策するのだ。
対応するのだ。
対処するのだ。
これが動物としての牙が頭脳である人間の戦い方なのである。
「恨気を含んだ大気……
何かまどろっこしいから恨大気と呼称するぞ。
恨大気に関しては簡単だ。
息をしなけりゃいい。
踊七さん、元くん。
君達は魔力注入が使えるだろ?
息を止めた後は高速で移動すれば問題ない。
苦しくなりゃ間合いを広げて呼吸する」
対策は響と同種だった。
現在状況としては正体が明るみになっていない攻撃を仕掛けられた状態なのだ。
にも関わらず完全に落ち着いている豪輝を見て唖然とする踊七と元。
「に……
兄やん……
そない上手く行きまっかいのう……?」
自信満々に対策を話す豪輝を見て、堪らず聞いてみる元。
「元くん。
上手く行くんじゃない。
上手く行かすんだよ。
俺達の手で。
大体ヤツはもう踊七さんのスキルで身動き取れない段階で詰んでるんだよ。
それよりも……
踊七さん」
「はい」
「君の発火スキルだが射程はどれぐらいある?」
「視認できる範囲なので具体的な距離までは……
あと動いている物に火をつける場合は多少近づく必要があります」
「わかった。
あと同時着火数は?」
「これも具体的に検証は行ってはいないんですが……
先程の戦闘では形式を加えて八つでした」
「フム……
なら形式無しで発動すると六つぐらいか……
踊七さん。
君の形式は?」
「片手で憑代って言うスキルのスターターを持って両手首でクロスするんです」
身振りでやってみせる踊七。
「へえ……
憑代……
踊七さん、君のスキルは変わっているな」
「ちょっと特殊なスキルなんです。
今、詳しい話は出来ませんが」
「話は渇木を護送した後にゆっくり聞かせてもらうよ。
けど、憑代ってのを持つなら二刀流は止めた方がいいな」
「あ、はい。
解りました」
ドスッ
地に日矛鏡を突き立て、左手を横に振る。
フィンッ
瞬時に霧散。
「解除した時の反応まで似ていやがる……
よし!
じゃあそろそろ行くか?」
「はい!」
踊七が元気な返事。
その様子は自分と接する竜司の様。
右手には日矛鏡。
左手には天火明命の憑代であるガス切れライター。
「おう!」
元は依然として右腕は使えない為、左手で高周波ナイフを構える。
「まず今燃えている受憎腕から処理しよう。
ボギー」
話ながら再び自身の竜を呼びつけた豪輝。
黄金の鱗に手を添える。
魔力補給の為だ。
ちなみに豪輝の場合手は添えているが体内には蓄積されない。
体表面に滞留するのである。
「形状変化」
ビリィッ!
バリィッ!
ググググ……
豪輝のズボンが弾け飛んだ。
何周りも瞬時に膨らんだのだ。
お次は豪輝の背がどんどん高くなる。
脚が伸びている。
2.5メートルぐらいはある長身長になった。
グググ……
更に変化する豪輝の脚。
太腿と思しき箇所は巨大な鉄塊を想起させる大きさ。
短い管が何本か外側に伸びている。
膝関節が人体とは逆に曲がっている。
これは鳥類などに見られる逆関節構造。
そのまま長く太い鉄柱の様な脛が伸び、大きな足に繋がる。
巨大な三本の足爪が床石に食い込む。
その様は分厚い大きな鉄板の如く。
全て金属で表現したがそれもその筈。
現在の豪輝の脚は鋼鉄色になっていたからだ。
両脚が異形と化した豪輝がそこに居た。
これが不等価交換の第一形態、形状変化。
「とと……」
タッ
トッ
タッ
軽く二、三度足踏みをする豪輝。
両脚が逆関節になっている為、重心移動をしたのだ。
「こ……
これは……」
あまりの異形ぶりに驚きを隠せない踊七。
「踊七さん、これが形状変化だ。
今、この場に一般人は居ねぇからな。
俺も少々本気出す」
現在、この場には一般人は居ない。
機動隊員は撤退したからだ。
もう衆目を気にしなくていい。
解禁と言う事である。
ちなみに形状変化で変化した箇所は魔力を蓄積する事が可能。
体質すら変わるのである。
「相変わらず、この形態の兄やんはインチキ臭いけどかっこええのう」
豪輝の異形に見惚れている元。
「へっ……
ありがとな元くん。
見た目だけじゃねぇぞコレは」
ニヤリと不敵な笑みを浮かべる豪輝。
「さて、二人共準備は良いか?
見た感じでは残る触手は二十も無い。
上手く行けば踊七さんのスキル二回で済む。
まずは少し近づこう。
二人共まだ魔力注入は使うな。
発動するタイミングは俺が出す。
呼吸には気を配っておけよ。
少しでも身体に異変を感じたらすぐに報告だ」
「わかりました」
「おう」
「じゃあ行くか。
今度は俺も切断に協力する」
ザッザッ
異形の脚になった豪輝を中心に竜河岸三人が渇木に向かって歩を進める。
今、この場に居る竜河岸はどれも屈強の猛者である。
長尺のタングステン刀、日矛鏡、高周波ナイフ。
それぞれ手には獲物が持たれている。
「よし止まれ。
踊七さん、この距離ならどうだ?」
位置は先程、戦闘を行ったポイントより気持ち少し離れている。
豪輝が聞いているのは五行魔法の射程についてである。
「多分……
もう少し左側に寄れば……
はい、ここで多分大丈夫です」
「じゃあ早速スキルの準備に取り掛かってくれ。
二人共身体は大丈夫か?」
「はい、大丈夫です」
「何とも無いわ」
渇木はと言うと依然として面足尊の粘着沼から抜け出ようと藻掻いている。
周りには燃え盛っている受憎腕がしきりに反射運動を繰り返していた。
まるで激しいファイヤーダンスの様。
何故、渇木は先程とった脱出方法を採らないのか?
理由は二つある。
まずは材料不足。
体内に新しく受憎腕を生成する材料が無い。
これがまず理由の一つ。
ならば燃えていない受憎腕を格納すれば良いのでは?
と考えるかも知れない。
だが、それは出来ない。
出来ないと言うか思いつかないと言うのが正しいかも知れない。
渇木の体内に膨大に溢れた恨気。
それは戦闘を続けている最中も渇木の脳を侵食していたのだ。
もはや単一の事しか考えられなくなっている渇木。
今は……
“粘着沼から抜け出る”
この事しか考えられない。
抜け出る為に長い受憎腕を生成して、何かに掴まって脱出するなんて事は考えらえれないのだ。
バッッ!
渇木が振り向いた。
豪輝達に気付いたのだ。
その両眼に宿る猛々しい恨みの炎。
目に映る物を全て焼き尽くさんばかりの炎。
「ムシャァァァァッァァァァァァァッッッ!!
ムシャァァァァッァァァァァァァッッッ!!」
渇木の叫び。
二度の大絶叫。
これで再び膨大な量の恨気が体内に溢れる事になる。
そして渇木は藻掻く事を止めた。
思考が豪輝らを恨む事。
これにシフトしたからである。
「生順破棄……
天火明命」
だが、今この場には叫びで怖気づく者など一人も居ない。
落ち着いてスキルを発動する踊七。
ボボウッッ!
狙いすましたかの様に着火。
全て燃えていない受憎腕だ。
「へえ……
見事なもんだ。
二人共行くぞ!
魔力注入発動しろ!」
豪輝からの号令。
「発動ォォォォーーーーッッ!!」
「発動ォォォォッッ!」
二人同時に魔力注入発動。
魔力の集中先は四肢。
配分は両脚7、両手3と言った所。
ダァァァンッッ!
強く地を蹴る三人。
前に飛び出した。
もちろん三人共呼吸は止めている。
感染除法対策の為だ。
豪輝の脚が。
二人の脚が唸りを上げる。
超速で向かって行く。
ズバァァンッッ!
バツンッッ!
ズバァンッッ!
ズバァッ!
燃えている受憎腕だけピンポイントで大量に切断。
余りの勢いに残骸が斬り飛ばされ、吹き飛ぶ。
そのまま渇木の側を駆け抜けた。
ザザザァァーーッッ!
踊七と元はカウンターで足を入れ、急ブレーキを掛ける。
ダァァンッッ!
だが、豪輝は違った。
勢いの凄まじさは東京ドームの外周にまで達した。
そのまま外周に着地し、重力が架かるよりも速く壁を蹴ったのだ。
更に倍加するスピード。
豪輝が形状変化を施した足は地を駆ければチーターを凌ぎ、宙を飛べば猿をも凌ぐのだ。
ズバァァァァァッ!
踵を返した豪輝は長尺の刀を振るう。
更に斬り飛ばされる受憎腕。
ダンッッ!
着地した豪輝はすぐさま間合いを広げた。
ズザザザァーーーッッ!
ようやく動きが止まった豪輝。
「ふう……」
振り向き、渇木の様子を確認する。
ズザァッ!
元と踊七も豪輝の元へ戻って来た。
「へへ……
二人共遅いぞ」
二人共魔力注入の練度は相当なものである。
だが、それを凌ぐスピード。
しかも豪輝は魔力注入を使っていないのだ。
スキルによる身体強化でこの二人を超えたスピードを出している。
これが現役最強クラスの竜河岸の実力である。
「す……
すいません……」
「兄やんがこの脚で動いたらワイも見失うぐらいやもんなあ」
「さて……」
改めて渇木の状態を確認。
それはそれは見るも無残な姿へと成り代わっていた。
周囲に燃え盛っていた受憎腕はほとんど切り落とされ、まるで力任せに林を伐採されたはげ山の様になっている。
あれだけ大量にあった受憎腕の大群も残り一桁に差し掛かる本数しか残っていない。
残るは粘着沼に接触している受憎腕の群れ。
これを切断すれば文字通り丸裸となる。
「あと一度で何とかなりそうだな。
踊七さん頼む」
「はい」
懐から取り出したガス切れライター。
左手で正円を描く。
そのまま両手首をクロス。
「生順破棄……
天火明命」
ボボウッッ!
脚として利用している受憎腕の大群が一斉に炎を上げる。
その火は燃え上がり、渇木の数少ない生身の部分を焦がし始めた。
「おっと、いかん。
俺が先に行く」
「え?」
ダンッッッッッ!
返事をした踊七を置き去りに再び豪輝発進。
超速で駆ける中、刀を真横に構える。
これは右薙ぎ。
タングステン刀の長尺を活かして一気に斬り飛ばすつもりなのだ。
豪輝が切断を急いだのは理由がある。
見ると渇木に残された生身部分はヘソ辺りから上の頭部を含めた上半身と左腕上腕部と右腕のみ。
生身の部分に影響があると、絶命の恐れが出ると考えたのだ。
ザンッッッッ!
豪輝の長尺タングステン刀が唸る。
右薙ぎ一閃。
燃えている受憎腕全てと本体を一瞬で斬り離した。
ダァァァンッッッ!
先程と同じ様に外周を蹴って、踊七達の元へ戻る豪輝。
超速で移動する中、眼下に見えた景色に少し困惑する事になる。
ザザザァァーーッ!
豪輝が帰って来た。
「二人共……
少し困った事になったぞ……」
「豪輝さん、どうしたんですか?」
「見てみろ」
そう言って指差す方向には渇木。
「どないしたんでっか?
見た所燃えてる触手は全部斬ってる様に見えますけど?」
「よく見ろ。
奴はうつ伏せに倒れてしまった」
「あ…………」
「それの何がアカンのですか?」
踊七は察したが、元は解っていない様子。
うつ伏せに倒れた。
これは粘着沼に顔を埋めている事なのだ。
つまりどういう事か?
窒息するのだ。
呼吸が止まると式使いと言えども意識を失い、やがて絶命する。
「このまま放っておいても失神はするだろうが、この状態だといつ失神したか解らないしなあ…………」
「どうします?
一旦解除しますか?」
踊七は面足尊解除の是非を問う。
窒息を待って失神させるか。
予定通り頸動脈を切断して失神させるか。
決断を強いられる豪輝。
豪輝が選んだ選択は…………
「いや、解除はしなくていい。
今は首の後ろが見えている状態だ。
このままトリモチで拘束された状態で頸動脈を切断しよう」
頸動脈切断を選択した豪輝。
「はい、わかりました」
「じゃあ、行くぞ。
恨大気の事もある。
二人共この場で待機だ」
「わかりました」
「兄やん、お気をつけなすって」
ダッ
軽く地を蹴り、一足飛び。
瞬時に渇木の背後を取る。
バタバタバタバタバタバタバタッッッッ!
藻掻き苦しんでいる渇木。
呼吸が出来ないからだ。
だが動くのは豪輝らに切断され短くなった受憎腕。
忙しなく動くだけで何も出来ない。
チャキッ
豪輝がタングステン刀を構える。
立つ位置は渇木の身体よりも右寄り。
頸動脈とは首の右側に存在する。
刀を振り下ろし、刮げる様に頸動脈だけを切断しようと言うのだ。
パタパタパタパタ
硬く刀の柄を握る豪輝。
パタパタパタパタ
今まさに自身が敗北すると言う瞬間。
だが、渇木はそんな事を気付かない。
ただ息苦しさから短くなった受憎腕の大群を藻掻く様に動かすのみ。
そんな様を見て豪輝はほんの少し憐れに思う。
ちなみに泥と曽根は犯罪者だが、渇木は違う。
犯罪者では無い。
一般人なのだ。
ただの拒食症を患った一般人。
何がどうして宗匠と出会い、式を会得する運びになったのか本人がこうなってしまっては誰も解らない。
何処かで絶望の底の底まで堕とされる事が降りかかり式を会得する決心をしてしまったのだろう。
それが道を大きく踏み間違えている事に気付かずに。
式を覚えた渇木はその力を振るい、恨みを晴らす為だけに生きる化物と化す。
そして目の前で藻掻いているのは脳の大半を恨気に侵され、人語も話せず、意思の疎通もままならず、感情はほとんど消失。
ただの自身の恨みを。
唯一残った感情である恨みを晴らす為だけに動く殺戮機械と成り果てた渇木の姿。
その姿を見て憐れに思ったのだ。
両手に力を込める。
だが、豪輝は警察官。
市民に危害を及ぼす輩を放っておく訳には行かない。
いくら憐れに思っても止める気など微塵も持っていない豪輝。
ヒュンッッ!
刀が振り下ろされた。
ブシュゥゥゥゥゥゥッッッ!
真っ赤な血が首から噴き出る。
パタパタパタパタ
刀の切っ先が弧を描き、見事渇木の頸動脈を切断したのだ。
パタパタ………………
パタ……
藻掻く受憎腕の動きが止まった。
「ふう……
終わったか……
おーいっ!
踊七さーーんっ!
ちょっとこっちに来てくれないかーーっ!?
もう渇木は失神したーっ!
恨大気も消失しているーっ!」
「は……
はいっっ!」
踊七は豪輝の側まで駆け寄って来る。
眼下には自分の出した粘着沼に顔を埋め完全停止している渇木の姿。
「踊七さん、この粘着している沼の解除と渇木の首の傷を燃やしてくれないか」
「あ……
解りました」
懐からガス切れライターを取り出しながら、左手を降る。
フィンッ
粘着沼は霧散。
跡形も無く消えてしまう。
降った左手でそのまま正円を描く。
「生順破棄……
天火明命」
ボボウッッ!
踊七の見つめる先は真っ赤な血を噴き出している渇木の首。
発火して傷口を焼いて行く。
「さてと……
ボキーッッ!」
「兄やん、終わったんでっか?」
「あと最後の仕上げをして確保完了だ。
元くん、手伝ってくれないか?」
「ええですよ」
【豪輝ーっ!
なあにーっ!?】
ドスドスとボギーが側へ寄って来る。
「亜空間を頼む」
【はあい】
現れた亜空間に手を突っ込み取り出したのは毎度お馴染みの拘束衣。
特殊交通警ら隊の隊員は常に拘束衣を使役する竜の亜空間に格納して任務にあたるのだ。
最後の仕上げとは拘束衣を渇木に着せる事。
踊七は踊七で次の作業に取り掛かっていた。
手に持たれているのは小さな醤油差し。
これは水行の憑代だ。
再び踊七の指が描くのは太極図。
「生順破棄……
水波能売命」
バシャァッ!
ジュォォォッ!
踊七が使用したのは水行の弱術。
現れた水球弾は渇木の燃えていた傷口に落ち、瞬く間に消火してしまった。
その様子を見ていた豪輝。
「……ん?
あれ?
違いました?
てっきり豪輝さんは焼却法で止血するのが目的と思って消火したんですが……」
水に濡れた渇木の身体はすっかり止血出来ている。
噴水の様に吹き上がっていた血は止まっていた。
「いや……
君の察しの良さに驚いているんだ。
あ、元くん。
少々気持ち悪いかも知れんが渇木を持ち上げてくれないか?」
「うえっ……
マジですかっ!?
死体なんか持った事無いで……」
その様子から死亡していると決めつけた元。
そんな元を見てしゃがみ、渇木の胸に手を合わせる豪輝。
「…………思った通りだ……
元くん、胸に手を合わせて見ろ」
「うげっ………………
あれ?」
嫌悪感を示しつつも渇木の胸に手を合わせる元。
ドク………………
ドク………………
弱々しくはあるが、ハッキリと伝わって来る心臓の鼓動。
そう、渇木髄彦は生きているのだ。
へそから下の半身、左前腕部を欠損。
頸動脈を切断され、大量に流血したにも関わらずである。
もうここまで来ると筆者ですら何故生きているか定かでは無い。
「何で生きとんねん……
こないな姿になって……」
「さあな……
そこら辺は俺にも良く解らん。
さあ、死体じゃないなら持てるだろ?
一人じゃ拘束衣を付けるの面倒なんだよ」
「わかったわい。
全く兄やんには敵いまへんなあ……」
そう言って渋々承諾した元。
恐る恐る失神している渇木の上半身を持ち上げる。
「うおーーっ!
キモッ!
キモいっーーっ!
何か表面ヌタヌタしとるーーっっ!
んでちょっと暖かいーーっっ!」
視覚の嫌悪感に加え、触覚の嫌悪感もプラスされ叫び声をあげる元。
「元くん、うるさいぞ。
…………あれ?
……ここがこうでこうなってるから…………」
拘束衣を解くのに手間取っている豪輝。
「早よしてーーっ!
兄やーーんっっ!」
「だからうるせぇって言ってんだろ。
あ、こうかこうか……
よし、これを通して……」
最初に手間取っただけで解いてしまえば後は手早く拘束して行く。
あれよあれよと言う間に出来上がった真っ白く硬い布で包まれた渇木髄彦。
上半身だけしか無い為、下がベッコリへしゃげている。
何とも歪な拘束姿。
「…………後は……」
備え付けられている目隠し用のアイパッチで渇木の両眼を覆う。
ググググ…………
すると見る見るうちに豪輝の両脚が元の人の形に戻って行く。
逆関節から元の関節へ。
数分後、浅黒い豪輝の下半身に戻った。
形状変化を解いたのだ。
これが意味する事は何か?
それは渇木の確保完了したと言う事。
今までの式使いとの戦闘を考えると何とも呆気ないと思われる読者もいるかも知れない。
多くの情報を所有し、対策を立てた人間の戦いなどこんなものである。
確かに式と言う術と式使いの身体能力は脅威ではある。
だが、見せ過ぎた。
その圧倒的な力を見せ過ぎたのだ。
術の詳細もほとんど明るみになり、受憎腕に火が有効と言う事も割れてしまった。
結果、この渇木の呆気ない敗北と言う結末なのである。
確かに情報として無い感染除法の攻撃に若干被害は出たが恨気と言うものがどう言うものか豪輝は認識していた為、落ち着いて対応出来たのだ。
この結末は概ね豪輝の予想通りである。
どれだけ意味不明で正体不明の能力を駆使して来ようとも能力の詳細が割れ、対策を立てれば楽に勝利を掴む事が出来る。
これが人間。
もし刑戮連がもう少し人間らしく知略を重ね、狡猾に立ち回っていればこうすんなりと行っていなかったかも知れない。
しかし、体内に産まれた恨気はどんどん侵食し術者の人間らしさを奪い、恨みを晴らす為だけに生存している一種の化物を創り上げてしまっていた。
衆目も気にせず、どんどん式を使い続けた結果があっさり負けた渇木髄彦なのである。
じっと豪輝の下半身を見つめる元。
「ん?
元くん、どうかしたか?」
「兄やん。
その立派なモンは流石でんな」
元は何の事を言っているのか?
それは豪輝の今の姿を見れば解る。
豪輝は今半裸なのだ。
これも形状変化の弊害。
発動すると来ている衣服は下着ごと弾け飛んでしまうのだ。
「だろ?
男ってのはこうでなくっちゃあいけねぇ」
しかし全く恥ずかしがる様子も無い豪輝。
さすがあの超弩級変態、皇滋竜の息子である。
もう一度言う。
今、現在……
皇豪輝は半裸である。
「あ……
あの……
豪輝さん……?」
堪らず踊七が声をかける。
その両眼に映るのはキュッと引き締まった浅黒いケツ。
そう、豪輝の尻なのだ。
「ん?
お疲れ様、踊七さん」
「あ、いえ……
お疲れ様じゃ無しに……
目のやり場に困るので服を着ていただけると助かるんですが……」
もっともな意見である。
「ん?
そうか?」
カラ……
豪輝は地面に落ちている小石を拾う。
「構成変化」
豪輝スキル発動。
小石が鮮烈な光に包まれたかと思うと一瞬でズボンに成り代わった。
何も言わず現れたズボンを履き始める。
そのズボンはカーキー色のカジュアルズボン。
いわゆるチノパンと言う種類の物。
豪輝が現れてから語っていなかったが、豪輝は男性スーツでやってきていた。
通常のシングルスーツ。
勤務中なので当然と言えば当然なのだが、ここで現在の豪輝の姿を考えてみよう。
上はカッターとネクタイにスーツの上着を羽織っている。
そして下はカーキー色のチノパン。
そう、物凄くアンバランスなのだ。
言い換えれば不格好。
構成変化を突き詰めればもっとスーツに合う洒落っ気の聞いたボトムも生成出来るだろうが、当の本人。
豪輝がオシャレにあまり興味が無いのだ。
従ってズボンを生成する時は決まってカーキー色のチノパンなのである。
自分が上に何を着ているかは知ったこっちゃないのだ。
静岡決戦の時もそうだった。
ただ服を着ろと言われ、素直に応じる所はまだ滋竜よりかは理知的と言える。
「ほら、これでいいだろ?」
振り向く豪輝の姿は上がネクタイ&スーツ。
下はカーキー色のチノパン。
「わ……
笑い事っちゃねぇぐらい不格好ですけど、まあ大丈夫です」
「笑いごっちゃ……
何だって?」
「あぁ、兄やん。
それ踊さんの口癖ですわ。
気にせんでヨロシ」
「そうか?
ならいいか。
まあ何にせよ二人共。
お疲れさん、よく俺が来るまで持ち応えたな」
「持ち応えたも何もワイら二人で何とかするつもりやったんですよ」
「ええ、響さんからは何も聞いてないですし」
「あれ?
そうか?
確か……
昨日、機動隊員の訓練が完了したからって…………
…………ホントだ……
言ってねぇ……」
「ホンマやちゃいまっせ。
明石家さんまですかい。
ワイら、一つ間違えたら死んどったんですから」
「いや……
まあ、何だ……
それに関してはスマンとしか言いようが……
車内で響からの電話を受けた時もてっきり周知は完了しているものとばっかり……」
「響さんからの電話?
用件は何だったんです?」
「あぁ、曽根を確保したってよ。
あっちはあっちで護送車と救急車が向かってる所だ」
「無事だったんですね。
良かった……
あとは……
竜司だけですね……」
「あぁ…………
そうだな……」
そう言う豪輝の顔は複雑な表情。
「こんな事を……
聞くのは……
野暮かも知れませんが……
やはり……
助けには行かないんですか?」
「察しが良いな……
これは竜司自身で決着をつけないといけない事だ……
例え兄弟と言っても口出しする事じゃない」
豪輝の考えは変わらない。
だが、表情からは助けに行きたいと言う気持ちがひしひしと伝わって来る。
中田と言う化物を生み出したのはドラゴンエラーが原因。
ならばそれを起こした竜司が決着をつけないといけないと言う事だ。
「もしも……
万が一……
竜司が殺されてしまったら……?」
ピクン
踊七の問いに豪輝が反応する。
湧いた感情を押し殺した様だ。
「…………それでも助けに行ったら駄目だ……
ここで助けてしまったら竜司の成長を妨げる事になってしまう……
死んだら…………
それまでの男だった…………
と言う事だ」
冷酷な言葉を吐く豪輝の顔は辛そうだ。
竜司の全く関係ない所の脅威であれば、すぐに駆け付け加勢する。
だが、今回はドラゴンエラーが絡んでいる。
精神的外傷のきっかけ。
このトラウマを乗り越える為。
完全に乗り越える為に竜司は一人で中田に立ち向かわないといけない。
ここで手助けをしてしまうと事態が解決したとしてもトラウマを乗り越えた事にはならない。
豪輝はそう考えていた。
「何や何や二人共。
何、重苦しい顔しとりまんのや。
エラい心配しとるみたいですが、ワイは何も心配しとらへんで。
あの竜司やで?
橙の王やら呼炎灼やらぶっ飛ばした奴やで?
大丈夫でっしゃろ?」
これは親友と言う同一目線で見ている元と後輩、実弟として見ている踊七と豪輝との差。
元は年下と言えど竜司を同一の目線で見ている。
だから竜司には信頼しかない。
だが、踊七と豪輝は違う。
信頼していない訳では無い。
信頼の上に心配が上乗せされるのだ。
それは後輩だから心配であり、弟だから心配。
竜司が強いのは二人共知っている。
だが、心配の念は産まれてしまうのだ。
「そうは言うけどもだな元……」
「…………元くんの言う通りかも知れん……
俺達が心配しても始まらん」
そう言って携帯を取り出し、何処かへ電話をかける豪輝。
「もしもし……
俺だ。
容疑者を一人確保した。
護送車を一台頼む。
場所は東京ドームの三塁側外周。
誰か詰め所に居るなら声をかけて同行してもらってくれ。
……あぁ……
それぐらいヤバい容疑者だ。
前に府刑に護送したヤツと同レベル。
今は拘束衣で動けないが、誰も竜河岸が居ないのなら装備をしっかりしてから来る様に……
それじゃあ……」
電話を置く豪輝。
「さて……
これで仕事は完了だ。
俺は容疑者の引き渡しがあるからしばらくここに居るが、君達はどうする?
暮葉さんのライブでも見に行くのか?
…………って東京ドームがこの有様じゃあ残念だが中止かな?」
「あ、ライブは別場所でやるみたいですよ兄やん。
元々二ヶ所でライブやる予定やったみたいで。
国立競技場で今頃ドンチャンやっとるんちゃいます?」
「何だそりゃ……
東京ドームと国立競技場、二つを使うのか。
そんなライブ聞いた事無いぞ」
「このライブ、協力してもらってる竜河岸も多いんですよ。
何でも観客の移動は竜の亜空間を使用するそうです」
「ハハッ……
何だそりゃ?
前代未聞のライブだな」
あまりに突飛な計画の為、呆れ笑いを浮かべる豪輝。
しばらく考えた後、踊七が口を開ける。
「…………私はこの場に残ります。
暮葉さんのライブは改めて家族と一緒に大阪で拝見しようと思います。
元、お前はどうするんだ?」
「う~ん……
ワイも暮葉とライブ見る言うて約束したしなあ……
どないしよ?」
「なら蓮ちゃんも一緒に俺達と大阪で見るか?
家族も紹介したい」
「ならそないしますわ。
蓮にはまたワイから言うときますよって」
結局三人共この場に残る事を選択。
踊七は暮葉との約束もあるがそれよりも何よりも豪輝ともう少し話がしたい。
そう思ったのだ。
こうして死亡者三名。
重傷者二名。
東京ドーム外周を半壊。
外壁一部破損。
店舗一棟全壊。
夥しい被害を出した渇木髄彦との戦闘は幕を閉じた。
豪輝・踊七・元VS渇木髄彦。
豪輝らの勝利。
決まり手:タングステン刀による頸動脈切断。
続く