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ドラゴンフライ  作者: マサラ
最終章 第二幕 東京 暮葉ドームライブ編
174/284

第百七十三話 戮力協心(渇木戦④)



(げん)っ!

 踊七さんっ!

 大丈夫っ!?」



 黄金に光り輝き、放電火花を散らしている大型銃を持った女の子が駆け寄って来る。

 この女の子は新崎蓮(しんざきれん)である。


 何故竜司に別れを告げ、泣きながら去って行った蓮がここにいるのか?

 その理由は前話をご覧いただけたら解るだろう。

 (参照:百六十九話)


「れ……

 蓮ちゃん……

 ど……

 どうしてここへ……?」


「れ……

 蓮か……?」


 二人とも突然降って湧いた救援に状況を理解出来ず、呆気に取られている。


「良かった……

 二人とも無事みたいね」


「俺はもう君は来ないと思っていた…………

 ありがとう……

 助かったよ……」


「ね?

 踊さん、だから言うたでしょ?

 蓮はそこらのタレ()とはちゃうて。

 んでも蓮。

 ここにおるっちゅう事はもう()()()()()


 (げん)の言っている“ええんか”と言うのは竜司の事に決着をつけたのかと言う意味である。


「…………竜司の事……?

 って事は色々と知ってるのね……

 ううん……

 まだ自分の中で踏ん切り付けれた訳じゃないわ……

 今日もここに来たのは暮葉がやってる事を見ておきたくて来ただけだし……」


 蓮が竜司への想いに決別できたのは泣きながら再会を喜んでくれた暮葉を見た瞬間である。

 現在はまだ竜司への想いは燻り燃える焼け跡の様に残っている状態。


「何じゃそら?

 タレの考えとる事はようわからんわ」


「あの…………

 りゅ……

 竜司は……?」


 蓮がおずおずと竜司の所在を確認。

 さすがに大号泣して別れを告げてから二週間と経っていない為、面と向かって会うのはバツが悪いと言う事だ。


「竜司なら……」


 そう言いながら東の空を指差す(げん)


「空がどうしたの?」


「敵に攫われて空に消えてったわ」


「え…………?」


 あっけらかんと言ってのける(げん)に言葉を失う蓮。

 そして事実を確認する様に踊七を見る。


「あぁ…………

 (げん)の言う通りだ……

 竜司は(さら)われた……」


「そう…………」


 ここで意外な反応。

 蓮は急いで救援に行こうと焦りだすと思っていたが、思いの外淡白だった。


 一瞬、蓮の反応に驚いた踊七だったが前後の会話からすぐに気付く。

 蓮は竜司に顔を合わせ辛いのだろうと。


「蓮ちゃん……

 君は中で戦っている(おと)さんの援護に向かってくれ」


 ここで踊七からの指示。


「えっ!?

 でもっ……

 アイツ(渇木)は良いんですか?」


「あぁ……

 蓮ちゃんも知ってると思うがアイツは対象を恨む事でエネルギーを生成する……

 さっきの一撃が蓮ちゃんの仕業ってわかったら君も標的になっちまう……

 起き上がって来ない今がチャンスなんだ……

 早くこの場から立ち去った方が良い」


 恨気とは対象を恨む事で生み出されるエネルギー。

 さっきの一撃が蓮の超電磁砲だと分かれば、更に恨気を増大させる事になる。


「えぇっ……?

 でも……

 さっき物凄く苦戦してたじゃないですか……?

 敵が桁外れの化物だと言うのは解っています……

 私も参戦した方が良いんじゃないですか?」


「確かに笑い事っちゃねぇぐらい正論だ。

 けど今アイツの中にある恨気(エネルギー)は百近くある触手を自在に操る程溢れているんだ……

 ここで蓮ちゃんが加わると更にエネルギーが産まれる事になる……

 それよりかは離れて恨気の増大を抑えた方がまだ勝機はあると俺は思う。

 なあに俺達の事なら心配いらねぇさ。

 苦戦してたのは突然大量に攻撃されたからさ。

 もう解っているから対策の立てようもある」


「そ……

 そうですか……

 解りました……」


 蓮は納得した。

 踊七が言ってる事にも一理あると思ったからだ。


 だが、踊七の言っている事。

 少しハッタリも混ざっている。


 それは受憎腕攻撃への対策についてである。


 はっきり言おう。

 対策など無いのだ。


 正直、圧倒的物量で多方向から迫り来る攻撃にどう対処すれば良いかなんて見当もつかないというのが本音。


 要するに空威張り。

 虚勢なのである。


 だが、虚勢を張ってまで蓮をこの場から離したかったのはやはり恨気の増大を抑えると言う意味合いが大きい。


「じゃあ……

 私行きますっっ!」


「あぁ……

 (おと)さん達を頼んだぞ」


「はいっっ!」


 ダダッッ!


 超電磁砲のルンルを抱えた蓮はそのまま走って東京ドームの中へ。


 この後、曽根との死闘へと雪崩れ込む訳である。

 (参照話:百六十八~七十話)


 蓮は去った。

 渇木はまだ起きない。


 それ程、超電磁砲(レールガン)の威力が凄まじかった。

 ピクリとも動かない渇木。

 背中から生やしている夥しい数の受憎腕も。


 失神してるのではと思う程。


 その通り。

 この時、渇木は失神していた。


 首部を強打した事による椎骨動脈の閉塞。

 脳幹部への血流が低下した事で起きた一時的な椎骨脳底動脈循環不全が原因。

 今この瞬間は渇木を捕らえる絶好の機会だったと言える。


 が、踊七らは動かない。

 気絶しているフリの可能性があるからだ。


 依然として大量に受憎腕は生成したまま。

 もし不用意に近づいて罠だったとしたら50以上の猛攻に晒される事になる。


 聞いていても身震いする様な状況。

 いくら踊七に度胸があると言ってもとてもそんなマネは出来ない。


 まだ敵の圧倒的物量に対抗する手立ても思いついていない。

 今はただじっと注視する事しか出来ないのだ。


 沈黙。

 長い静寂。

 まだ起きない渇木。


「踊さん……

 アイツ起きませんな……

 今度こそトンだ(失神した)んちゃいます?」


「あぁ……

 かもな……

 けど手は出せねぇ……

 狡猾なアイツ(渇木)の事だ……

 俺達を誘い込む罠の可能性も充分考えられる……

 出来れはあのシャレにならんぐらい伸びてるモン(受憎腕)を全部切断してからこの状況になりたかったんだがな……

 笑い事っちゃねぇ……」


 受憎腕を全て切断されたのであれば近づいても攻撃される可能性は軽減される。


「それにしても物凄い攻撃でしたな……

 あんなん(ゾク)とのケンカでも体験した事あらへん……」


 (げん)が言っているのは過去に暴走族チームをたった一人で壊滅させた話。

 (げん)の強さは相当なもので一度に多数の人間をぶっ飛ばす事も容易くやってのけるのだ。


 素手での格闘の場合、一度に襲い掛かれる人数と言うのはせいぜい四人まで。

 それしきの人数なら一度に倒せるぐらいの強さを持っている(げん)

 事実上、人口七十億人とケンカしても負けないと言う事なのだ。


 だが、今回は違う。

 相手は一人。


 だが手数は百近く。

 それが全方位から一度に襲い掛かって来る。


 しかも超速で。

 おまけにその攻撃一つ一つはそこらの不良高校生なんか比べ物にならないぐらいの力を持っている。


「あぁ……

 あいつどれだけの死体を内蔵してやがんだ……」


 受憎腕の材料。

 これに関しては謎が多い。


 現在渇木の中に内蔵されている材料は人体換算でおおよそ12体。

 これは戦闘後に吸収した一般人も含めてである。

 残り10体は廃ビルに確保していたホームレス。


 12体もの死肉。

 それを体内に格納している。


 物理的に考えて不可能。

 いくら渇木の身体が大柄だと言っても明らかにそれ以上の量になる。


 何らかの手立て。

 おそらく恨気を使用しているのだと思われるが圧縮していると考えるのが妥当。


 そして全ての材料を使って50以上もの受憎腕を現在生成している。

 これが限界。

 これ以上は生成できない。


 文字通りの総攻撃だった。


 だが、この事実を踊七らは知り得ない。

 底知れない渇木の能力にまだ生成できるのかもと言う疑念は捨て切れない。


「踊さん、どうします?

 このままボーッと見てても埒開かんのとちゃいまっか?」


「そうは言ってもなあ……

 近づいて罠だったら死亡確定だぞ……?

 そんな無謀なマネ出来るかよ……

 笑い事っちゃねぇ……」


「誰か他に間合い広ぉて刃物操れるヤツがおったらええんですけどねぇ……」


 (げん)が言っているのは距離を取った状態で受憎腕を切断出来ればと言っているのだ。


「俺の沙土瓊尊(スナツチニノミコト)伊斯許理度売命(イシコリドメノミコト)を合わせれば出来るかも知れんが……

 そんな使い方した事ねぇしな……

 検証が足りん……」


 五行魔法(ウーシン)は二つの行を合わせて使用する事も出来るのだ。


 例としては水行の強術である武美名別命(タケミナワケノミコト)で巨大な水の竜巻を作り出し、土行の弱術の大苫姫尊(オオトマヒメノミコト)で生成した土の壁と合わせ激しい土石流を発生させる。

 (参照話:百三十九話)


 今回、踊七が考えたのは沙土瓊尊(スナツチニノミコト)で蔓を作り出し、先端に伊斯許理度売命(イシコリドメノミコト)で生成した刃を付けると言う物。


 こんな使い方した事が無い。

 そもそも日矛鏡(ヒボコノカガミ)が複数本生成出来るかも解らない。


 もし一本しか生成出来ないのであれば踊七は丸腰と言う事になる。

 そんな危険な事、出来る訳が無い。


「ならこっから動かれへんっちゅう事でんな………………

 どないします……?

 仮に起きたとしてもっかいあの猛攻来られたら正直凌げる自信ありませんで……

 それこそ殺す気でいかんと……」


「あぁ……

 正直、身の危険は俺も感じた……

 だが…………

 やはり……

 殺人は駄目だ……」


 これは日々喧嘩に明け暮れている(げん)と所持スキルが即死級の威力を持つ踊七との差。


 百戦錬磨の経験から殺せないという心に制限を持った状態だと渇木には勝てないと判断した(げん)


 踊七もその意見には同意できる点もある。


 だが、出来ない。

 やってはいけない。


 この一線を踏み越えてしまったら二度と戻れない気がする。

 踊七は簡単に人を殺せる術を持ってしまったからだ。


 男子はヒーローに憧れる物である。


 その悪を砕くパワーに。

 弱い人々を救う頼もしさに。

 正義を貴ぶその気高さに。


 男子は少なからずそう言うヒーローに憧れる。


 踊七が五行魔法(ウーシン)を創作している時もそんな憧れの気持ちが動機としてあった。

 それで産み出されたのが五行魔法(ウーシン)の強術である。


 が、いざ持って見ると使えない。

 危ないからだ。

 ヒーローはビルをも一撃で砕くパワーを持っていたが、現実(リアル)に持って見るとそれが簡単に人を殺める事が解った。


 そんな危なっかしいものおいそれとは使えない。


 そして踊七の暮らしていた土地は憎しみの街(ヘイトシティ)の横浜。

 過去に集団リンチを何度も見た事があるのだ。

 殺意を持った人間が傍から見るとどれだけ狂っている様に見えるのかを肌で知っているのだ。


 出来れば自分はあんな人間にはなりたくない。

 人を殺める術はいくつも持っているが故になりたくない。


 (げん)の言う事に100%同意出来ないのはそれらが理由。

 だがそれで殺されてしまっては本末転倒。

 本当に身の危険が迫った時には使用するが。


 踊七はまだその時ではないと言いたかったのだ。


 ガラッ…………


 物音。


 バッッ!


 踊七と(げん)は素早く音の方を向く。

 渇木だ。

 渇木が起き上がって来た。


「…………ほら、やっぱりな……

 笑い事っちゃねぇ……」


 踊七はまだ戦いは終わっていない事と予想通りだった事にウンザリし、愚痴を零す。


 フイッ

 フイッ


 無言で顔を動かす渇木。

 獲物を探しているのだ。


 この動きを見て”しまった”と思う踊七。

 獲物を探していると言うのは自分達を見失ったと言う事。

 となると気を失っていたのではないかと言う考えに帰結するからだ。


 渇木はようやく踊七らに気付く。

 目が合う(げん)


「ムシャァァァァッァァァァァァァッッッ!!」


 渇木が叫んだ。

 恨みを募ったのだ。


 おそらく渇木の中では蓮の超電磁砲は踊七らが撃った事になっている。

 だから叫び、更に恨みを募ったのだ。


 何だ今の一撃は?

 もう少しであいつらを動けなく出来たのに。

 何だったんだ今の爆発は?

 あいつらがやったのか?

 憎い憎い憎い憎い。

 あいつらが憎くてしょうがない。


 渇木の思惑を言語化。

 ここで恨気の増大を抑えれるという踊七の目論見は脆くも崩れ去る事になる。


「来ますでっっ!

 踊さんっっ!」


 (げん)の声。

 即座に身構える二人。


 ダァァンッッ!


 強く地を蹴り、こちらに向かって来た渇木。

 かなりのスピード。


 ブオォォォォォッッ!


 先と同じ様に大量の受憎腕で一斉攻撃。

 もはや音が暴風の様になっている。


 ガガガガガガガガガガガガガガガァァッ!


 激しい衝撃音が連続して鳴り続ける。

 踊七が日矛鏡(ヒボコノカガミ)で捌き始めたのだ。


 ズバンッ!

 バツンッ!

 ズバババババァァッッ!


 (げん)も高周波ナイフで次々と切断。

 猛攻は止む気配を見せず次々と襲い掛かって来る。

 切断した残骸は地に落ちるよりも早く渇木が回収している。


 その様を見ていた踊七に戦慄が奔る。


 これはマズい。

 さっきと同じ形だ。

 ヤバい。


 さっきは蓮の援護があったから事無きを得たが、今は誰の援護も受けれない。


 だがどうする?

 一旦回避するか?


 だが、二人に襲い掛かる十重二十重の受憎腕。

 まるでドス黒い紫色の大きな屋根。


 陽の光を遮って薄暗くなっている。

 視界も不明瞭になっている中こう絶えず攻撃を仕掛けられると、五行魔法(ウーシン)を使う暇も無い。


 とてもじゃないが脱出する事は出来ない。


 ガガガガガガガガガガガガガガガァァッ!


 ボコォッ!

 ボコォッ!

 ボコォッ!


 激しく衝撃音が鳴り続ける中、違う音が聞こえた踊七。


 何だ?

 何の音だ?


 その答えは一瞬で出る。

 しかもその答えが判明したのは…………



「グアアアアアアアッッッッ!」



 (げん)の悲鳴でである。


(げん)ッッ!!?」


 超速で受憎腕を捌いている中、目に移った光景に言葉を失う。

 (げん)の爪先を鋭くドス黒い紫色の棘が貫いている。


 右足に二本。

 左足に一本。


 (げん)の履いているスニーカーが見る見る内に紅い鮮血に塗れて行く。


 ゴォォォォォォォッッ!


 ここで受憎腕の大群に動きがある。

 一斉に(げん)、目掛けて襲い掛かったのだ。


 今、(げん)は地に縫い付けられて動けない。

 一気に畳みかけるハラなのだ。


 ガッ!

 ガガッッ!

 ガガガガガガガガガガッッ!


 瞬く間に大量の受憎腕が(げん)の全身を掴んだ。

 上半身から下半身まで満遍なく紫色の掌に掴まれている状態。

 そしてそのままリフトアップ。


 ズボァッッ!


「グァァァァァァァァァッッ!」


 爪先から強引に引き抜かれた受憎棘の激痛に苦悶の声を上げる(げん)


 ゾワァァッッ!


 踊七の全身が総毛立つ。

 危険信号。

 (げん)を助けないと取り返しのつかない事になる。


起動(アクティベート)ォォォォォッッッ!」


 踊七が叫ぶ。

 魔力注入(インジェクト)発動。


 魔力の集中先は両腕と両脚。

 かなりの魔力を集中させた。


 ダァンッッ!


 弾丸の様に空へ弾け飛ぶ踊七。


 ズバァァッ!


 超速で跳び上がった刹那、日矛鏡(ヒボコノカガミ)を振るい、(げん)を拘束している受憎腕の大群を一気に切断。

 止まっていれば刃を立てる事は難しくないのだ。


 ガシィッ!


 そのまま右腕に(げん)を抱えた。

 更に日矛鏡(ヒボコノカガミ)を口に咥え、視線を地上の渇木に向けた。

 左手でL字を作り、一回転。


 生順破棄!

 第五顕現!

 面足尊(オモダルノミコト)


 念じてスキル発動。

 そう、これは五行魔法(ウーシン)の発動モーション。

 憑代である少量の土は既に右拳に握られていたのだ。


 ズボァッッ!


 渇木は足元に生成された粘着沼にはまる。

 そのまま飛び上がり遠く離れて着地した踊七。


「大丈夫かっっ!?

 (げん)っっ!?」


 床に寝かせた(げん)に呼びかける踊七。

 だが、返事が無い。


 足首から覗く素肌は既に黒い。

 その様を見て絶句する踊七。

 依然として爪先からも血が流れている。


(げん)っっ!

 魔力だっっ!

 魔力注入(インジェクト)を使えっっ!」


 (げん)からの返答は無い。

 聞こえているのか聞こえていないのか判断がつかない。


 ようやく足首の黒色が引き始める。


 むくり


 (げん)は無言で起き上がる。

 傷は治ったのだろうか?


「おぉぉぉぉいッッッッ!!

 ベノムゥゥゥッッ!」


 自分の身を案じてくれた踊七には一言もかけずベノムを呼びつけた(げん)

 その声はまるで怒鳴りつけている様。


 ドスドスドス


 巨体を震わせてベノムがやってきた。

 そのまま何も言わずベノムの鱗に手を合わせる(げん)

 魔力補給だ。


 ズポ


 魔力補給をしながら血塗れで大きな穴が開いているスニーカーを脱ぎ始めた。


 続いて大穴が開いている靴下もスルスルと脱ぎ始め、裸足になる(げん)

 大きく円形の痣が二つついた右素足が現れる。

 やがて両脚とも裸足になった(げん)


 ピョンピョン


 立ち上がり、軽く跳ねる。

 まるで傷の具合を確かめる様に。

 何ともない様だ。


 かなり酷い傷を負っていたが完全に治癒している。

 驚くべきは魔力注入(インジェクト)の回復力。


「お……

 おい……

 (げん)……?」


 明らかに様子のおかしい(げん)に呼びかける踊七。

 しかし返答しない(げん)

 無言のまま。


 クルッ


 黙ったまま振り向き、渇木の状態を確認する。


 粘着沼から抜け出れずに藻掻いている姿が見える。

 さっきの脱出方法を採らない。

 もはや恨気が脳を侵食し、正常な判断が出来なくなっているのだ。


 目標を見定めた(げん)


「踊さん………………

 すんまへん…………

 ワイ…………

 もう…………

 キレましたわ……」


 ヒュンッッ!


 (げん)がようやくポツリ呟いたかと思うと姿を消した。


「おいっっ!?

 (げん)ッッッ!?」


 (げん)の姿を見失う踊七。


 キレるとはどう言う事か?

 激昂したのだ。

 文字通り(げん)がキレた。


 姿を消したのは静岡編で見せた縮地走法。

 (参照話:百二十話)


 魔力注入(インジェクト)を全開で発動し、渇木に向かって行った。


 これが意味する事は何か?


 ベチャァッッ!


 遠く離れた所で粘っこい水音。

 見ると(げん)が既に渇木の背後まで移動しており、背中を足で押し付けていた。

 前に倒れこんだ渇木はそのまま顔面を粘着沼に沈めた。


 ガンッ!

 ガガガンッッ!

 ガガガガガガンッッ!


 渇木が背中の受憎腕を忙しなく動かし、辺りを破壊し始める。

 その様は苦しんでいる様にも見える。


 その通り。

 渇木は今、息が出来なくて苦しみ藻掻いているのだ。


 式使いの弱点。

 それは窒息。


 呼吸を止められるといかに痛覚が無い式使いと言えども失神。

 意識を失ってしまう。


 さきのトオル殺害時、まっさきに窓を破壊した中田の姿を見ても解るだろう。

 

 ガンッ!

 ガガンッ!

 ガガガガンッッ!


 息が出来ず苦しみのあまり、受憎腕で辺りを破壊し続ける渇木。


「フン…………

 バケモンや言うても息ィ出けんかったら苦しいんか……」


 苦しみ藻掻く様を冷静に見降ろす(げん)


 その眼。

 瞳の奥に宿っているのは……………………



 殺意。



 純然たる殺意だったのだ。


「あの馬鹿……

 発動(アクティベート)ォォッッ!」


 ガンッッ!


 ここで踊七が魔力注入(インジェクト)発動。

 (げん)を止めるつもりなのだ。


 そう、(げん)は渇木を殺す気だったのだ。


 さきの攻撃。

 爪先を棘で貫かれた時の身を裂かれる様な激痛。

 十を超える受憎腕に持ち上げられ、多数の(くち)から流し込まれた大量の恨気が内部の体力、魔力を吸い出した。


 その時に襲い掛かって来た極度の倦怠感。

 ここまで痛めつけられたのは久しぶりだった(げん)


 竜司とケンカした時もここまでキレてはいなかった。

 あの時は言わば血が(たぎ)って闘争本能のみに火が付いた状態。


 今回は命の危険も過った為、闘争本能にプラス生存本能にも火が付いた状態なのだ。

 それにしても竜司とケンカした時も爪先を骨折したが、つくづく爪先に良い事が無い男である。


 スッ


 藻掻いてる渇木の背中に右拳を合わせる(げん)

 位置は腰部中心。


 踊七が超速で向かう。

 (げん)を止める為に。


 渇木を殺すつもりなのだ。


 今の(げん)にいつもの剽軽(ひょうきん)な頼もしさは見れない。

 あるのは殺意を持った目で冷たく見降ろす(げん)の顔。


 あの顔はマズい。

 見た事がある。

 横浜で動けなくなった遅れた第一世代(ディレイド)に集団で暴行していた一般人と同じ顔をしている。


 狂った様にも思える眼。

 止めないといけない。

 早く止めないと。


 (げん)は帰って来れなくなる。


 だが…………



 制止の手は間に合わなかった。



「………………貫通(ペネトレート)……」


 貫通(ペネトレート)

 体内の魔力を拳に集中させ尖らせる様に変化。

 且つその尖った魔力の塊を強振動させ、標的に送り込み破壊する一撃必殺のスキル。


 前話で語った通りである。


 その威力は…………



 バゴンッッッッッッッッッッッッ!!!!!!



 ドサッッ……

 ゴロゴロォ……


 酷く重たい大きな音が鳴った。

 (げん)貫通(ペネトレート)が渇木に炸裂。


 上半身と下半身が千切れ、衝撃のあまり渇木の上半身が吹き飛んで物の様に地に転がり落ちる。

 (げん)の眼前には千切れ残った渇木の下半身と一緒に千切れた受憎腕の残骸が多数。


 真下に全経60センチもの大穴がポッカリ開いてしまっている。

 踊七の生成した粘着沼やリグナムバイタの床ごと。


 粘着沼は解るにしてもリグナムバイタの床は踊七の魔力が込められている為、鉄壁の強度である。

 渇木の受憎棘が貫けなかった事からも解るだろう。


 それを跡形も無く吹き飛ばしたのだ。

 何と言う破壊力と貫通力。


 その惨状はまるで炸薬を使用したパイルバンカーをゼロ距離で喰らわせた様になっている。


 受憎腕と言うのは一般人の肉体よりも強固。

 かつ渇木の身体は感染和法により強化されているにも関わらず、そんなものは無いに等しい。

 半紙に鉄串を突き刺すが如くである。


 このスキルは対竜用に編み出されたもので対人用では無い。

 人体に炸裂させたのは今回が初めて。


 直接心臓を狙わなかったのは一撃で終わらせたら恨みが晴れないと言う事だ。

 あれだけ痛めつけられたのだ。

 一撃で終わらせたらこの心中に沸いたドス黒い感情が消えない。


 2撃、3撃と喰らわせ誰にケンカを売ったのか思い知らせないと気が済まない。


 ここで気づいた読者もおられるだろう。


 (げん)がたった今、抱いている感情は渇木が抱いている感情と同種の物。

 恨みだと言う事に。

 これは(げん)が渇木と同じ土俵に()()()()()()()()事を意味する。


 (げん)が無言で立ち上がる。

 そしてゆっくりと上半身のみとなった渇木の元へ歩いて行く。


 だらんと垂れ下がった右拳はプルプル痙攣(けいれん)

 (げん)の意思で動かす事は出来ない様だ。


 この貫通(ペネトレート)と言うスキル。

 各拳一発が限度。

 凄まじい威力の代償として一発撃ってしまうともうまともに握れない程の反動があるのだ。


 回復には相当の時間を有する。


 残りは左拳一発のみ。

 これを撃ってしまうと(げん)は文字通りのダルマと化す。


 だが、(げん)は歩みを止めようとはしない。

 次の一撃で決着をつける気なのだ。


 決着をつける?

 どうやって?


 もちろん貫通(ペネトレート)を心臓に炸裂させてだ。


 (げん)はキレている。

 キレているのだ。


 心中に抱く感情は恨み。

 持つ意思は殺意。


 ゆっくりと。

 ゆっくりと歩いて行く(げん)


 渇木はまだ動かない。


 やがて(げん)が渇木の側に立つ。

 下にはうつ伏せで倒れている渇木の上半身と残った受憎腕数十本。


「……………………往生せいや……」


 ぽつりと呟いた(げん)

 残った左拳を硬く握る。

 もはや(げん)を止める者は誰も居ない…………



 ただ一人を除いては。



「生順破棄ィッ!

 第一顕現ッッ!

 水波能売命(ミズハノメノミコト)ォォォッッ!」


 (げん)を止める為、超速で突っ込んで来たのは梵踊七(そよぎようしち)だった。

 左手でL字を作り、一回転。


 日矛鏡(ヒボコノカガミ)の柄と一緒に握りこんでいた憑代は寿司弁当などで見られる小さな醤油差し。

 魚の形をしている。

 中身は醤油では無く水。


 ドゥンッッ!


 (げん)に向かって水球弾が放たれた。

 踊七が使用した五行魔法(ウーシン)水波能売命(ミズハノメノミコト)

 水行の弱術である。


 これは水球弾を生成し、標的に放つ事が出来る。

 複数生成も可能で威力もかなり幅広く制御できる。

 全開で放てばコンクリートを砕く程の威力が出る。


 バシャァッ!


「プワァッッ!!?」


 水球弾が(げん)の顔面に炸裂。

 突然の出来事に声を上げる。


「馬鹿野郎ォォォッッッ!」


 バキィィィッッ!


 踊七の左拳が真っ直ぐ(げん)の頬にぶち当たる。


 これは全く魔力を集中させていない。

 素の拳。

 (げん)を止める為に放ったのだから当然である。


「ブヘェッ!!?」


 ドシャァァッ……


 水を被せられた所に突然飛び込んで来た拳。

 右頬へまともに入る踊七のパンチ。

 横に吹き飛んだ(げん)はそのままリグナムバイタの床に倒れ込む。


「なっ……

 何やっ……!?」


 大量の水と踊七の拳で少し冷静さを取り戻した(げん)

 素早く身を起こすが、状況はまだ把握していない様子。


 いや……

 すぐに理解した。


 理由は(げん)の目の前。

 両脚で(げん)の腰を挟み込み、仁王立ちの踊七が居たからだ。

 真っ直ぐ見降ろす眼には怒りが感じられた。


 この様を見て理解した。

 水を被せたのは踊七のスキル。

 自分を殴ったのは踊七だと。


「目……

 覚めたかよ……」


 ぽつりと踊七が一言。

 踊七が言わんとしている事は理解出来た(げん)

 それぐらいまでは冷静さを取り戻していた。


 だが…………


「何で止めんねん踊さん…………

 アイツは殺す気で来とんねんぞ……?

 こっちも殺す気で行かなアカンやろがい……」


「……笑い事っちゃねぇぐらい馬鹿な事言ってんじゃねぇぞ(げん)…………

 いくら相手が殺す気で来ててもな……

 それはお前が殺人を犯していい理由にはならねぇだろがよ……」


 踊七が言わんとしているのは相手が殺意を持って向かって来たとしてもそれは相手を殺していい免罪符にはならないと言う事。


 正当防衛と言う言葉があるがそれは防衛の言葉が示す通りあくまでも対処なのだ。

 向かって来る殺意に対して対処した結果命を奪う事があったとすればそれは正当防衛と言う言葉が当てはまるかも知れない。


 だが、(げん)が行った事は粘着沼で拘束された渇木の背後から高威力のスキルを殺意を持って叩き込んだのだ。


 これは対処では無い。

 ただの人殺しである。


「ならこのまま殺されろっちゅうんかい……」


 (げん)がプイと横を向き、不貞腐(ふてくさ)れた様に吐き捨てる。


 グイィィッッ!


 そんな(げん)の態度を見て、素早く屈み強く胸倉を掴み自分へ引き寄せた。

 その間5センチ以下。

 (げん)の眼前には真っ直ぐ怒りの眼を向ける踊七。


「オイ…………

 笑い事っちゃねぇぐらいナメた事ぬかしてんじゃねぇぞ…………

 そう言う事を言ってんじゃねぇだろうがァッッッ!!」


 先程まで諭す様に語りかけていた踊七だったがついに声を荒げる。


「よ……

 踊さん……」


 余りの迫力にさしもの(げん)も言葉を詰まらせる。


(げん)……

 お前が今抱いている気持ちは……

 殺意と恨みだ……

 お前は渇木と同じ気持ちを持っちまってるんだぞォォォッッ!

 お前には大事な家族は居ねぇのかぁっ!!?」


 更に怒号を飛ばす踊七。

 この言葉で(げん)の頭に過った顔は十三で共に暮らす鮫島フネ。

 (げん)の祖母である。


 厳しい時もあるが、温かく見守ってくれた祖母。

 その顔が浮かんだのだ。


「ば…………

 ばあちゃん……」


「てめえっ!

 今の顔をそのお婆さんに見せれんのかよぉぉぉっ!!?」


 (げん)の顔はそれは酷い物でまさに凶相、鬼相と言う言葉が相応しい顔をしていた。

 眼は血走り、言葉にせずとも殺意が感じられる程だった。


 しかし………………


「踊さん…………

 離してくれや……」


 無言で手を離す踊七。

 そのまま立ち上がった。

 すっかり(げん)の顔が元通りに戻ったからだ。


 (げん)の心中には先程までメラメラと燃え盛っていた恨みと殺意の炎は霧散していた。


 何故、急激に霧散したのか?


 それはひとえに真正面から真剣に怒った踊七の気持ちとフネ。

 家族の存在があったから。


「踊さん……

 何か今回は世話になりっぱなしで…………

 すんまへん……」


「へっ…………

 なあに、受憎腕の切断に関しては俺だってお前に頼りっぱなしだからおあいこだっての」


 この時、同い年の踊七に尊敬の念を抱いていた(げん)

 この人は間違っても呼び捨てなんて出来ない。

 そう感じた(げん)なのであった。


 さて、渇木はどうなったかと言うとまだ動いていない。

 うつ伏せに倒れ伏したまま。


 下半身まるまる(げん)貫通(ペネトレート)で吹き飛んだのだから無理も無い事なのかも知れない。


「……我ながらごっつい威力やのう……」


 下半身をまるまる欠損して上半身のみでうつ伏せになっている渇木を見て純粋な所感を述べる(げん)

 どうやらもう心配は無さそうだ。


「……貫通(ペネトレート)っつったか……?

 俺の魔力注入(インジェクト)タイプに似ているが威力はダンチだな………………

 ん?」


 踊七が何かに気付いた。


 おかしい。

 何か違和感がある。

 遠巻きに見える渇木の身体が何かおかしい。


「踊さん、どないしたんでっか?」


「いや……

 何か妙だ……」


 良く見てみる。

 いや、観てみる。


 何がおかしいのだろうか?

 この感じる違和感は何なのだろう?


 違和感とは違いがあった時に感じるもの。

 何が違うのだろう?


 もっとよく視てみる。



 わかった。



 受憎腕の本数だ。

 本数が少ないのだ。

 (げん)がとどめの貫通(ペネトレート)を叩き込もうとした時と比べて何本か無くなっている。


 その通り。

 生えていた受憎腕は何本か体内に格納していた渇木。


 うつ伏せで倒れている渇木は何をしたのか?

 まず下半身から千切れ飛んだ後、何が起きたのか解らず少し呆けていた渇木。


 あ、俺の下半身が無い。


 この事に気付いたのは(げん)が踊七に殴られ吹き飛んだ辺り。

 ここから渇木は千切れた下半身と受憎腕の残骸を回収しようと試みる。


 まず現在、身体に材料は残っていない。

 となると生えている受憎腕を体内に格納しないといけない。


 だが、先程の衝撃はヤバい。

 今動くとやられる気がする。


 これが渇木の思惑である。


 まるで事の重大さを解っていない様な考え。

 へそ辺りから下がまるまる無くなっているのだ。

 もう立つ事も叶わなくなっているにも関わらず、まるで物を落したかの様な思考。


 何と言う人間離れした考え方である事か。

 だが、そんな化物の渇木でも(げん)貫通(ペネトレート)は脅威だったのだ。


 さすがの式使いでも死にたくはない。

 これは他の式使いにも言える事。


 (なずみ)にしても生きて目に映るムカつく物全てを壊して壊し尽くしてスッキリしたい。

 曽根は生きて可愛い女の子や美人の女性の顔を二度と見れない程ズタズタにして式の圧倒的な力で屈服させたい。

 渇木に至ってはもっとシンプルでずっと食べていたい。


 何と身勝手な理由だろうか。

 だが、式使いには恨みを晴らし続けたいという(おぞ)ましい生存欲求が存在する。


 恨みを晴らせるなら死すら厭わないと言う言葉があるが、これが当てはまるのは中田のみ。

 中田は竜や竜河岸に、ひいては竜司に対して考えている以上の巨大な恨みを抱いている。


 この身を焦がす程の恨みを晴らせるのなら他はどうでもいい。

 どうなろうと知った事か。


 こと“恨む”と言う事に関しては抜きんでている中田。

 刑戮連(けいりくれん)の長になったのも頷ける。


 おや?

 話し声が遠い所で聞こえるぞ。


 これは渇木の気付き。

 こんな風に言語化していた訳では無いが、踊七と(げん)が遠く離れた事に気付いたのだ。


 まず現在残っている受憎腕を数本体内に格納する。


 渇木はうつ伏せで倒れていた。

 が、内心では生存欲求と言う本能が突き動かしていたのだ。


 次に行ったのは受憎腕の再生成。

 骨髄が見える程の大きな腰部の傷口から。


 その数およそ三十。


 おや?

 そんなに生成できる程材料が残っているのか?

 と思われた読者もおられるだろう。


 この生成した受憎腕。

 一本一本がかなり細い。

 それこそ絹糸ぐらいの細さ。


 これを自身が寝ている地点から扇型に伸ばして行った。

 まさに捜索網。


 自分の下半身。

 受憎腕の残骸。

 それを回収する捜索網。


「おい……

 (げん)……」


 (げん)に語りかけながら自身が生成した粘着沼の方を確認する踊七。

 その景色に言葉を失った。

 在るべき物が無かったから。


 残された渇木の下半身。

 千切れ飛んだ無数の受憎腕も。


 見当たらない。


 踊七は左手を横に振って面足尊(オモダルノミコト)解除。

 だが無い。

 何処にも見当たらない。


「…………()()()()()……」


「足りひんって何がですのん?」


 あまりの光景に言葉足らずになってしまう踊七。

 当然良く解らなくて聞き返す(げん)


「腕だよ腕。

 何か違和感感じてな。

 よく見てみたらやけにスッキリしてんだ。

 気が付かなけりゃ解らないもんだな。

 多分5、6本少ねぇ……

 そんで見てみろ……

 俺が面足尊(オモダルノミコト)を生成した辺りを……」


「ん…………

 何の変哲もない……

 踊さんが生成した木の床とワイが空けたデッカイ穴が見えるだけ…………

 あれ?」


 (げん)も気付いた。

 先程まであった千切れた下半身と無数の受憎腕が無い事に。


「…………か…………

 回収しよったんか……」


 冷静な(げん)は察しが良い。

 さっきまであった物が無くなった事。

 5,6本受肉腕が格納されている事から結論を見出したのだ。


「そういう事だ……

 笑い事っちゃねぇ……」


 現在の状況を見てみよう。


 〇踊七・(げん)側。


 踊七は特に変化なし。

 各憑代の残弾も充分ある。


 だが(げん)が問題。

 右腕が貫通(ペネトレート)を放った事により使い物にならない。

 戦闘で使えるのは左手のみ。


 (げん)の利き腕は右。

 完全なる戦力ダウン。


 〇渇木側。


 下半身が欠損したが、それは受憎腕の残骸も含め全て体内に格納済。

 材料としては下半身分増量している。

 だが今、渇木は両脚が無い為立つ事すら出来ない。


 が、それはあくまでもヒト。

 人型を保つ場合によるものだ。


 材料がある限りいくらでも受憎腕を生成出来る式使いにとってもはや四肢を持つ人の形などあまり意味が無い。


 ジュルルルルルルルルゥゥゥゥッッ!


 腰部の傷口から直接受憎腕が急に四本生えた。

 臀部(でんぶ)など存在しない。

 へその下辺りから直接ドス黒い紫色の腕が生えている。


 ググググ


 受憎腕を支えに起き上がる渇木。

 先に生やしていた受憎腕の大群もまだ残っている。

 渇木の上半身をぐるり放射状にドス黒い紫色の腕が囲んで伸びている。


 その様はまるでクトゥルフ神話のナイアーラトテップの様。



 ■クトゥルフ神話


 20世紀に小説を元に作られた架空の神話。

 クトゥルー神話、クルウルウ神話とも言う。


 ■ナイアーラトテップ


 クトゥルフ神話に登場する外なる神(アウターゴッド)の一柱。

 日本語ではナイアルラトホテップ、ニャルラトホテプ等と表記される場合もある。

 夥しい数の触手を持つ大きな肉の塊で描かれる事が多い。

 異名は這い寄る混沌。



 這い寄る混沌。

 この異名が相応しいと思える程、異形ぶりに拍車がかかった渇木。

 これは戦力増強と考えるのが妥当だろう。


 ジャリ……


 渇木は既に踊七らの位置を把握している。

 ゆっくりと歩み寄って来る。

 身体が揺れる度に生やしている夥しい数の受憎腕がワサワサ動く。


「…………キモいなあ…………

 まるで汚いイソギンチャクやで」


 言い得て妙。


 渇木の様は(おぞ)ましい色をした大きいイソギンチャクにも見える。

 ナイアーラトテップをご存じない方は巨大なイソギンチャクで中央に中年男性の上半身があると想像してくれたら良い。


 どれだけ異形で(おぞ)ましいかが解ると思われる。


「ムシャァァァァッァァァァァァァッッッ!!」


 渇木が叫んだ。

 恨気を募ったのだ。

 この気持ち悪い金切り声はもはや渇木と言う動物の泣き声の様にも思えて来る。


「来るぞっっ!!」


 踊七の声。

 右手には日矛鏡(ヒボコノカガミ)

 左手には小さな金属棒。


 これは五行魔法(ウーシン)、金行の憑代だ。

 踊七はある事を試そうとしていた。


 それは…………



 日矛鏡(ヒボコノカガミ)の複数生成。



 二刀流だ。

 本来ならばこんな窮地に試す様な事では無い。

 失敗すれば身の危険が増すからだ。


 検証もしていないぶっつけ本番。

 まさに一か八かの賭け。


 何故こんなギャンブルを選んだか?


 それは相手との戦力差が原因。

 先程語ったこちらの戦力ダウンは踊七も把握している。


 現在(げん)は左手でナイフを持っている。

 右手はずっと小刻みに震えていた。

 これがさっきのスキルの後遺症と判断。


 利き腕でない(げん)はおそらく先の様な動きは出来ないだろう。

 となるとこちらも何らかの形で戦力を増強しないと太刀打ち出来ない。


 結果思いついたのが一か八かの日矛鏡(ヒボコノカガミ)二刀流なのである。


 左手は憑代を握ったままL字を(かたど)る。

 宙に現れる蒼い太極図。

 日矛鏡(ヒボコノカガミ)の柄を握っている右手に勢いよく左掌を合わせた。


「………………南無三ッッ……」


 集中し、勢いよく左手を引き絞る様に離す。


 バチィッ!


 青白い火花が散った。

 踊七の両手間に現れた光り輝く銀色の銅矛。

 宙に現れたので重力に逆らわず落下。


「わっ!?

 ……ととっ……」


 本当に出来るとは思っていなかった踊七は驚き慌てる。

 何とか落下する日矛鏡(ヒボコノカガミ)を上手くキャッチ。

 現在踊七の両手には日矛鏡(ヒボコノカガミ)が二本握られている。


 二刀流だ。


「うお!?

 何でっか踊さんっ!?

 宮本武蔵でっか?」


 二刀の日矛鏡(ヒボコノカガミ)を構えた踊七の様を見た(げん)の所感。

 少々発想が古い。


 だいいち宮本武蔵は日本刀二本だ。

 幅広の銅矛二刀流ではフォルムがかけ離れている。


 今の発想、且つフォルムが似ている物となるとBLEACHの京楽春水やFateのアーチャーが近い。


(げん)……

 お前発想が古いぞ……

 なるほど……

 二刀流になると片手持ちが基本になるから多めに魔力を集中させないとな……」


 踊七が言っているのは日矛鏡(ヒボコノカガミ)を扱う上での魔力配分である。


 日矛鏡(ヒボコノカガミ)一本の時は場合によっては両手持ちに切り替えて打ち込みのパワー、スピードを上げたりしていたが二刀流の場合はそれが出来ない。


 かつ日矛鏡(ヒボコノカガミ)はかなりの重量がある。

 それが一本増えたと言う事は制御するにもかなり力がいる。

 でないと二本の重さに振り回される事になる。


 ズボァァァァァァァァァァァァァァァァッッッッ!


 渇木は全身受憎腕塗れになっていた所、更に追加。

 まさに生え散らかしたと言う言葉が相応しい状態。


 ウジュル……

 ウジュル……


 狭い面積の中、詰め込む様に生えている受憎腕の大群。

 それらが擦り合わさり、気持ちの悪い音を立てている。


 ビュンッッ!


 ガァァァァァンッッ!


 まずは一撃。

 超速で受憎腕を繰り出して来る。


 咄嗟に日矛鏡(ヒボコノカガミ)でクロスガード。

 何とか捌く事が出来た踊七。


 さっきより速くなっている。

 これは渇木の体内で発生した恨気量が膨大だった為。


 渇木の中で踊七ら二人に対する恨みは尋常では無かった。


 遭遇した時から食事の邪魔をし、頭部を妙な拳で殴られ、ずっとへばり付いて人の腕を斬り飛ばし続け、妙な穴で動けなくさせられたり、ヘンな爆発で吹き飛ばされたり、下半身をまるまる消し飛ばされた。


 巨大な恨みを抱くのも解らなくはないかも知れない。


「……ちょっと…………

 これは……

 笑い事っちゃねぇぐらいヤベェかもな……」


 受憎腕の速度を見た踊七に戦慄が奔る。


 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッッッ!!


 渇木の総攻撃が始まった。

 激しく大きく鳴り続ける衝撃音はずっと響き続けるのではないかと思う程、二人の鼓膜を揺らし続ける。


 何とか。

 何とか凌げている踊七。

 二刀流と集中した魔力のお陰だ。


 だが、気は抜けない。

 全く抜けない。


 神経を研ぎ澄ませ、侵入して来る攻撃は一本も見逃さず捌いて行かないと。

 でないとやられる。

 確実に。


 それぐらいの猛攻。

 大猛攻なのだ。


 踊七は二刀の日矛鏡(ヒボコノカガミ)で迫る受憎腕を捌いている中、(げん)の事を案じていた。

 この大猛攻に大丈夫なのかと。


 ちらり


 一瞬の隙に(げん)の様子を見る。


 ヤバい。


 瞬時に浮かんだ言葉はコレである。

 (げん)は致命傷こそ無いものの既に何発か喰らっている……

 いや掠っているのか。


 両頬には何条もの赤い線が付いている。

 掠った時に肉を(えぐ)ったのだ。

 ライダースジャケットも腕の部分がいくつも破れている。


 ここで再び違和感を感じた踊七。


 それは頬の傷。

 (えぐ)れて血が出ているが、黒く変色していないのだ。

 変色していないと言う事は恨気が流れていないと言う事。


 続いて自分に向かって来る攻撃に目を凝らす踊七。

 もちろん魔力を集中させて。


 わかった。



 今、渇木は受憎腕と受憎棘を混合させて攻撃している。



 ヤバい。

 これはヤバい。


 受憎腕だけの攻撃ならば恨気は流し込まれるが、身体が動く間に切断するなりして脱出し、魔力を使って対処出来る。


 受憎棘だけの場合は恨気は流し込まれない。

 且つ刺されば動きは止まるので切断するのは容易。

 傷は後で魔力注入(インジェクト)を使い治癒すれば良い。


 要するにとりあえず対処法があるのだ。

 それなりにダメージもあり、危険な方法ではあるのだが。


 だが、この混合攻撃は違う。


 受憎腕に一度掴まれたら、恨気を流し込まれて体力を奪われる。

 動きが鈍った所を畳みかける様に無数の受憎棘に貫かれ、動きを完全に止められる。


 その後は…………


 言葉にしなくても解るだろう。

 最初に喰らうのが受憎棘でも同じ事。


 それ以前にこの荒れ狂う大波の様な圧倒的物量攻撃の前では為す術が見つからないと言うのが現実。


 (げん)はやはり劣勢。

 利き腕では無い事に加え、片腕で戦っているのだ。

 無理も無い。


 (げん)が片膝をついてしまった。

 次々と傷も増えて行く。

 このままではやられてしまう。


 マズい。

 この距離はマズい。


 今までの様な至近距離(ショートレンジ)の戦い方では駄目だ。

 根本的に戦い方を考えないと。


(げん)ッッッッ!!

 退けェェェェェッッ!」


 踊七の叫び。


 この総攻撃。

 真後ろは空いていた。

 だから真後ろへ跳べば間合いを広げる事が可能。


 だが()()()

 罠の可能性も捨て切れない。


 しかし、四の五の言っていられない程の緊急事態。

 このまま手をこまねいていたら(げん)が殺される。

 危険でも一度、戦況を動かさないと100%こちらが負ける。


 ダァンッッ!


 バァァンッッ!


 魔力を集中させた両脚を爆発させ、真後ろへ一足に跳ぶ。

 これで間合いは広げられる…………



 はずだった。



 ダァァァァンッッ!


 が、そうは問屋が卸さなかった。

 渇木も無数の受憎腕で素早く地を蹴り、追撃して来たのだ。


 ガガガガガガガガガガガガガガガガガガガッッッッッ!


 跳びながら二刀の日矛鏡(ヒボコノカガミ)を振るい、捌く踊七。

 止むと思われていた衝撃音が依然として鳴り続けている。


 (げん)は回転の遠心力も加え、何とか凌いでいる。


「クソォッ!」


 悔しくて声を上げる踊七。


 この追撃は本能から。

 恨みから来る本能。


 こいつらは邪魔だ。

 排除しろとドス黒い本能が囁くのだ。


 だから追って来る。


 加えて言うと、後ろが空いていたのは特に罠などでは無い。

 単純な射程の話である。


 もう渇木は恨みを晴らすと言う本能だけで行動している。

 罠を作って標的を誘い込むような作戦を組み立てる知能は残っていない。


 全方位攻撃。

 紫色の汚いドームで取り囲む攻撃は曽根が得意とする戦法。

 受憎腕を細分割させ、極細の受憎腕を大量に作り出し、それを伸ばして超速で襲い掛かる。


 喰らうと竜巻の中心にいる様な感覚を覚えると言う。


 かたや渇木は現在ある程度の太さを持った受憎腕を大量に生成している。

 太さは一般女性の腕ほどはあるのだ。

 それだけの太さの受憎腕を五十以上超速で操る。


 込められている恨気量が途轍もなく膨大と言うのが解るだろう。


 ある程度の威力を全て保つには伸ばしていられないと言う訳なのだ。

 この渇木の総攻撃は射程にして3メートル程しか無い。


 だが、この事をまだ踊七らは知り得ない。

 依然として罠に誘い込まれたのではと言う疑念が残る。


 この疑念が…………



 戦況を変化させる。



 ガンッッ!


 一本の受憎棘が踊七の腰を掠める。

 二刀の日矛鏡(ヒボコノカガミ)が作る防衛線が突破された。

 疑念で動きが鈍ったせいだ。


 一発とはいえ威力の高い受憎棘。

 勢いのまま体勢を崩す踊七。


「クソッ!」


「うおっっ!?」


 ドシャァァァッッ!


 体勢を崩した踊七が地に倒れ込む。

 踊七に巻き込まれた(げん)と共に。



 あ、マズい。



 踊七の脳裏に過った簡単な言葉。

 素早く身を起こすと眼前には大量の受憎腕、受憎棘から成る総攻撃。

 命を摘み取ろうと迫り来る。


 踊七にはこの総攻撃が酷く。

 酷くゆっくりと見えた。


 これはタキサイキア現象。

 一般的には死に際に見る走馬灯と表現される現象。


 踊七は死を覚悟したのだ。


 あ、俺死んだ。

 死ぬ時ってのはこんなにあっけないものなんだな。

 笑い事っちゃねぇ。


 踊七の脳裏にはこんな言葉が過った。

 迫る受憎腕の大群との距離が1メートルを切った。



 もう駄目か。

 すまねえ、ケンジ、ヒナ、ガク………………

 眠夢(ねむ)



 その刹那。



 ガァァァァァァッァァァァァァァンッッッ!


 硬い金属にぶつかった様な大きい音が踊七の鼓膜に飛び込んで来た。

 踊七の眼前には突然現れた銀色に光り輝く巨壁。


 さきの大きい音は現れたこの巨大な金属の壁に受憎腕がぶつかった音だ。


 一体何が起こったのか?


 訳が解らずただただ眼前の金属壁を見つめるだけの踊七。

 呆気に取られている。


「こ……

 これは……?」


 (げん)の目の前にも(そび)える銀色の金属壁。


 ガンッッ!

 ガガンッ!

 ガガガガガガガガガガガガンッッッ!


 連続して巨大な音が鳴り続ける。

 壁の向こうで渇木が無数を受憎腕を振るい、破ろうとしているのだ。


 が、全く破壊される気配を見せない壁。

 重量も相当なものなのだろう。

 文字通りビクともしない。


「も……

 もしかして……」


 冷静さを取り戻して来た(げん)

 この金属壁を()()したのが誰か気付いた様だ。


(げん)くんっっ!!

 大丈夫かっっ!?」


 背後から聞き慣れた声がかかる。

 振り向いた先に見えたのは…………



 親友である皇竜司(すめらぎりゅうじ)の実兄。

 皇豪輝(すめらぎごうき)だった。



「兄やん…………

 遅いっスわ……」


「遅れてすまない……

 ほら、立てるか?」


「あ、すんまへん」


 浅黒い豪輝のゴツゴツした手に掴まれて、(げん)が立ち上がる。


(げん)くん……

 貫通(ペネトレート)を使ったようだな」


 豪輝は(げん)の右腕が震えている事を見逃してなかった。

 そしてこのスキルが対竜用。

 対人用では無い事も知っている。


「ヘイ…………

 ワイ、ちょおキレましてね……

 えらいすんまへん」


 (げん)のこの謝罪には色々意味合いがある。

 まず対人用では無いスキルを使用した事。

 あと犯人に殺意を持ってしまった事に対してである。


「げ……

 (げん)……

 知り合いか……?」


 ようやく踊七が口を開けた。


「ん?

 あぁ、踊さんは初対面でしたな。

 この人は皇豪輝(すめらぎごうき)さん。

 竜司の兄やんですわ」


「こ…………

 この人が…………」


(げん)くん、彼は?」


「この人は梵踊七(そよぎようしち)さん言いますねん。

 竜司の知り合いですわ」


 ここで豪輝は遠くに居るナナオの姿を目撃する。


「君が……

 竜司が先輩と慕っている方ですか?

 (ロード)の衆を使役すると言う……」


 そう言いながらナナオを見つめる。

 その眼は若干鋭い。


 いくら竜司が安心だと言っても天災と呼ばれる竜。

 警戒して当然である。


「兄やん、何怖い目してはんのや。

 踊さんの竜は何も怖い事あらへんで」


 ちなみに(げん)(ロード)の衆の存在を知らない。

 無知とは恐ろしい物である。


 ガガガガガガガガガガガガガガガガガンッッッッッ!!


 会話を妨害する様に受憎腕が壁を破壊しようと連撃を続ける音が響く。


「あぁっ!?

 そっ……

 そんな事よりも渇木ですっ!

 アイツはっっ!?」


 渇木が迫って来ている事を思い出し、焦り出す踊七。


「ん?

 俺が生成した壁はタングステンだ。

 早々に破られる物じゃないぞ?

 だが、こううるさいとゆっくり話を聞く事も出来ないな……

 (げん)くん、踊七さん。

 下がっていろ」


 豪輝が踊七と(げん)の前に立つ。


 ここから。

 警視庁公安第五課特殊犯罪対策室特殊交通警ら隊の隊長。

 誰もが桁外れのスキルを持つ竜河岸達の中で隊長を勤める者の。



 その底知れない実力を思い知る事になる。



 フィンッ!


 左手を横に振る豪輝。

 タングステンの壁が霧散。


 ズデェッッ!


 金属壁が突然消えた為、つんのめって前に倒れる渇木。

 だが、本能のままに動く渇木は即座に起き上がり向かって来る。


構成変化(コンステテューション)


 ドゴォォォォォッッ!


 斜めに急速に迫り出した金属注とモロにぶつかる渇木。

 真後ろに吹き飛ぶ。


 渇木の身体は物凄い勢いもついていた為、カウンター効果により威力倍増。


 これは豪輝のスキル不等価交換(コンバーション)第二形態(フェーズツー)構成変化(コンステテューション)である。


 生成したのは先と同じタングステン製の柱。

 超速で迫る渇木の攻撃が当たる前に生成された。

 何と言う生成スピード。


 だが、まだ止まらない。


 ダンッ!


 勢い良く前へ弾け飛んだ豪輝。

 追撃の構え。

 生成したタングステン柱の角度は浅く真横に飛ぶように調整されていた。


 バンッッ!


 強く地を蹴り、高く跳躍。

 渇木の頭上を取った豪輝。


構成変化(コンステテューション)


 再びスキルを発動した豪輝。


 ガンッ!

 バババンッッ!

 ゴンッッ!


 生成したのはタングステン製の巨大なブロック。

 生成ポイントは渇木の動線上。


 突然現れたブロックに強く身体を打ちつけ、力無く地に倒れ伏す。


 と、思ったら残り三方向にも同様のタングステンブロックが現れる。

 最後、上空に生成されたタングステンブロック。

 それが落下し、空いた穴を塞いでしまった。


 スタッ


「ふう……

 これで良いだろ」


 難なく豪輝着地。


 スタスタ


 軽々と歩きながら戻って来る豪輝。

 まるでその辺りを散歩して来たかの様な面持ち。


 だが、後ろには五方向を巨大なタングステンブロックで囲まれた絶景が見える。

 まさに堅牢。

 瞬く間に拘束された渇木。


 これが皇竜司(すめらぎりゅじ)の兄。

 皇豪輝(すめらぎごうき)の実力である。


「待たせたな。

 まず踊七さん。

 貴方の使役している竜は安全と見て良いのか?」


 さっそく竜司の言っていた事の言質を取ろうとする豪輝。


 と、言うのも八尾(ロードエイス)が現れた情報は逐一警視庁も把握しており、周知は当然豪輝の元にも回って来ているのだ。

 豪輝はその報告書を見る度、(ロード)の衆の恐ろしさを感じていた。


 確認を取っても無理も無い話なのだ。


「ええ豪輝さん。

 安心して下さい。

 ナナオは決して人間に害をなす竜ではありません」


 踊七は真っ直ぐ豪輝の両眼を見ながら答える。

 この目に込められた意思に弟である竜司の影がちらついた。


「フ…………

 君は良い眼をしているな。

 よし、なら信用しよう。

 さっそくだが現状を教えてくれ」


 この現状と言うのは戦況。

 渇木の能力も込みの事である。


「はい……

 今、戦っている敵は渇木髄彦(かつきすねひこ)で間違いないかと思います……

 私も初めて式使いと初めて戦いましたが、ここまで触手を生やせるとは思ってませんでした」


 踊七は自然と豪輝に対して敬語で話す様になっていた。

 原因はさっき見たスキルの凄さから。

 それに何より目上の人だ。


「確かにな…………

 遠目でも解った。

 もう人間じゃねぇなアレは……

 一体何本ぐらい生やしているのかは解るか?」


「きちんと数えた訳では無いですが、50ぐらいは生えているかと」


「50か…………

 確かに多いな……

 確保すんのにゴリさんも苦労したからな……

 さすが刑戮連(けいりくれん)NO2と言った所か」


 ここで出て来たワード。


 ゴリさん。


 この言葉を聞いて(おと)の言っていた事を思い出す踊七。


「そう言えば豪輝さん。

 何で現場に来れたんですか?

 確か(おと)さんの話では渇木との戦闘で出た被害の書類処理で当分帰れないと伺ったんですが?」


 おとの話によると被害はかなり甚大なものとなり、事務処理が大量に発生。

 そのため、処理に追われ当分帰れないと聞いていた。

 現場には出れないと考えていたから、豪輝がこの場にいるのが不思議だったのだ。


「踊七さん…………

 その話は言ってくれるな…………

 まだまだ終わんねぇよ…………

 ……俺が来たのは鑑識の結果を伝える為だ」


 豪輝が来た理由。

 鑑識の結果で有効な手段になる可能性が見つかったからだ。


 ちなみに前話で(おと)の電話を受けた時には既に警視庁を出ていた豪輝。

 自分が向かっている事を告げなかったのは、任務完了の報告だったからである。


「確か(おと)さんが言ってました。

 ゴリさんと言う方が持ち帰った物を鑑識に回したって。

 一体何を持ち帰ったんです?」


「受憎で生成した腕の残骸だ」


「うお……

 そんなん持ち帰っとったんか。

 ポリっちゅうんは大変な仕事やのう」


 話を聞いていた(げん)が所感を述べる。

 残骸を持ち帰ると言うのは死体の一部を持ち帰る事と同じだから驚いても当然である。


「まあゴリさん自身、真面目な人だからなあ。

 そんな事より結果だ。

 まず結論だけ先に言うと………………

 不明だ」


「不明って何でんの?

 兄やん」


「そのままの意味だよ。

 人体の肉で構成されているのは解ったんだが、骨も無ければ筋肉らしきものも無い。

 鑑識の奴らも本当に動いていたのかと疑っていた。

 だから解剖結果としては死体の肉で創った腕のオブジェだと。

 気持ち悪い話だがな」


「じゃあ、何で来たんスか?」


 (げん)からの問い。

 結果が不明ならば何故やって来たのだと言う事だ。


「鑑識が実験をした結果、火が有効だと言うのが解ったんだよ」


 豪輝が言うには鑑識は実験を続けたそうな。

 科学警察研究所からも動員し、この受憎腕は何なのか実験を繰り返した。


 この肉は水溶性なのか不溶性なのか。


 絶縁体なのか。

 導体なのか。


 可燃性なのか不燃性なのか。


 あらゆる実験を繰り返している中で驚くべき反応を見せる。


 炎で炙ると動いたのだ。

 受憎腕の残骸がである。

 避ける様な動きを見せた。


 そしてそのまま炎は残骸全域に巡り、燃え尽きた。


 ここで実験は終了。

 報告書を受けて炎が有効だと豪輝が判断したのだ。


 プルルルル


 ここで電話の音。

 豪輝の電話が鳴っている。

 懐から取り出し、電話に出る豪輝。


「もしもし……

 あぁすまんすまん。

 ちょっと忘れていた。

 容疑者はとりあえず一時拘束しているからもう来てくれて問題無いぞ」


 プツッ


 電話を切る豪輝。


「豪輝さん、その電話は?」


「あぁ、炎が有効だと解ったからな。

 来てるのは俺だけじゃないんだよ」


(すめらぎ)警視正ーーーっっ!)


 ここで遠くから声がかかる。

 遠巻きに車両も停車していた。


 車体は青と白のツートンカラー。

 警視庁で使用している人員輸送車である。

 静岡決戦の時は竜司達を富士山の(ふもと)まで運んだ車両。


 ガッチャガッチャと重苦しい音を立てながら五人ほど人がこちらへ来る。

 着ている服や装備で解った。


 機動隊だ。


 だが、機動隊でも一点だけ似つかわしくない装備がある。

 全員後ろに何か背負っている。


 あれはボンベだ。

 そこからチューブが伸びていて機動隊の両手に持たれている銃器の様な物と繋がっていた。


 踊七は察しがついた。

 あれは火炎放射器だ。


 五人が傍まで来ると、ピシッと横に並びキビキビした動きで敬礼。


「おう、ご苦労さん。

 二人共、この方々は警視庁第四機動隊の隊員だ」


 警視庁第四機動隊。

 別名“鬼の四機”と呼ばれる。


 マークに鬼の角を表す三角形が描かれており、鬼の強さ、隊訓の剛健を象徴する。

 四機は特殊交通警ら隊と仲が良い珍しい部署。

 時々人員の貸し借りを行ったりもしている。


(一般竜河岸の方々ッッ!

 テロリスト確保に御協力頂き感謝しますッッ!)


 敬礼の体勢を崩さず、一番右側の男が野太い声を上げる。

 ピッとした空気を振りまき、何か踊七も緊張してしまう。


「あーお前ら。

 何か踊七さんが緊張してるから直りなさい。

 四機の隊長と違って俺なんだ。

 もっと崩していいぞ」


 踊七の様子を察した豪輝からの指示。


(ふー……

 豪輝さぁん。

 この火炎放射器、重いっスよ)


(火炎放射器なんて任務で使った事無いんスけど、ホントに大丈夫なんスか?

 俺達は竜河岸じゃなくて一般人っスよ?

 二階級特進なんて御免っスからね)


 豪輝からの指示があった途端砕け始める機動隊員。


 警視庁に装備として火炎放射器なんて無い。

 これは特殊交通警ら隊の装備。


 装備と言うよりかは半ば豪輝の趣味で集めたコレクションと言える品。


 自衛隊から中古を安く譲り受けたのだ。

 中古と言えども元々第二次大戦中に使用されていたM2火炎放射器を改良したもので火勢、火力共に凄まじく可燃性の受憎腕なんて簡単に着火する事だろう。


 もちろんこの横流し行為自体は紛れも無い違法である。

 豪輝が上に打診すれば火炎放射器ぐらい融通してくれそうな気はする。


 竜と言う異生物や竜河岸なんて異能を使う連中なんかがウロウロしている世の中なのだから。


 脱法までして手に入れたのは豪輝の趣味である。


 鑑識の報告書は早い段階に上がっていた。

 が、周知が遅れたのは機動隊員に火炎放射器の使用方法や陣形などの訓練をしていたからである。


「心配すんな。

 お前達は一般人。

 俺が死んでも護ってやる。

 式使いは一般人で確保するのは危険過ぎるからな。

 あれに対応出来んのは竜河岸だけだろうよ。

 さっき見たがもうテロリストと言う言葉では生温い。

 あれは異形生物(クリーチャー)と呼んだ方が良いかも知れん」


(ひえっ…………

 お願いしますよ……

 俺、今月結婚するんですから……)


 機動隊員が身震いしながらベタな死亡フラグを立てる。


「おめでとう…………

 と言いたい所だけどお前それ死亡フラグじゃねえか?」


(やややっっ……

 やめて下さいよう……)


「だから心配すんなっつってんだろ?

 死亡フラグなんざ俺が叩き折ってやるからよ」


 踊七に輪をかけて更に自信が満ち溢れている豪輝。

 それもひとえに自身のスキル、不等価交換(コンバーション)への信頼が為せる事。


 以前、踊七を見て兄の面影を見た竜司だったが言うなれば豪輝、踊七、竜司で三兄弟と言った印象。


 長兄が豪輝。

 次兄が踊七。

 末弟が竜司。


 ここで何かを思い出したかの様に周りをキョロキョロしだす豪輝。


「踊七さん…………

 竜司の姿が見えないが中か?」


「竜司は敵に(さら)われました……

 現在は別場所で中田と対峙している筈です……」


「……………………そうか……

 わかった」


 ここで呼炎灼(こえんしゃく)の時の様に狼狽えて助けに行くと言い出すかと思っていたがただの一言だけ。


 意外な反応。

 これは豪輝の中でもう竜司を一人の男として認めている点が大きい。


 当然、刑戮連(けいりくれん)のリーダーが中田宏と言う事は知っている。


 並びに中田がドラゴンエラー、竜や竜河岸に抱いている恨みの大きさ。

 ドラゴンエラーに対する竜司の想い。

 それらを加味した上での判断。


 これは竜司一人(厳密にはガレアが居るので一人では無いが)で決着をつけないといけない。

 これは竜司の贖罪なのだと言う理解。


 これで中田に殺されてしまうのであればそこまでの男だったと言う事。


 だが、豪輝はさほど心配してなかった。

 竜司ならば自身の納得いく形で決着をつけ、生きて帰って來る筈だと。


 以前の引き籠っていた竜司であれば、心配だから助けに行こうと言う考えが過ったかも知れない。


 だが、今の竜司は違う。

 旅を経て、横浜にも辿り着いた。

 成長している筈だと。


 豪輝は竜司を信用…………



 いや、信頼していたのだ。



「…………豪輝さん……

 それで我々は()()()()()()


 話を進めた踊七。

 豪輝の態度で竜司に対する信頼を感じたからだ。


 この人が解ったと言うのならそういう事なのだろう。

 それならばこれ以上は赤の他人である自分が言える事は何も無いと。


 そう思い、話を進めたのだ。


 そしてタングステンブロックに囲まれ幽閉された渇木だがこれで終わりではない事も悟っていた。

 今の状態では身柄を確保と言えないからだ。


「ヘッ……

 なるほどな……」


 豪輝の呟き。

 この踊七が話を進めた事を受け、先輩と竜司が慕う理由がおぼろげながら解ったのだ。


 普通友達が(さら)われた場合、何とか救出しようと最優先で動こうとするものである。

 確かにそれ自体は友達想いの素晴らしい行為ではある。


 だが、そうせず必死に渇木を止めようと戦っている踊七。

 そして客観的に見て割と意外な反応を示したにも関わらず察したかの様に呑み込んだ。


 この判断力と洞察力を感じて踊七と言う人間が見えたのだ。


「どうかしましたか?」


「いや、何でもない。

 すまねえ、今から作戦を説明する。

 まずは…………」


 豪輝の作戦。

 それは……


 一、タングステンブロックを取り囲む様に機動隊員配置。

 火炎放射器発射準部。


 二、不等価交換(コンバーション)解除。

 火炎を一斉放射。

 狙いは本体では無く、あくまでも無数に生えている受憎腕。


 三、受憎腕を全て焼却した後、背後から豪輝が頸動脈を切断。

 脳に送られる血液をストップ。


 四、失神した後に拘束衣で確保。


 ざっくり言うとこの様な形である。


 踊七と(げん)の役割は着火した受憎腕の切断。

 本体に燃え移らない様にする為だ。

 あと機動隊員の防衛。


「何や兄やん。

 ワイらは防衛と後始末ですかいな。

 つまらん。

 んで簡単に触手切断言いますけどそない上手く行きまっかいなぁ?」


「まあそう言うな(げん)くん。

 そもそもテロリストの確保なんて100%俺達の仕事だ。

 君達が危険な目に遭う様な事じゃない。

 それに君の右腕は戻るまでまだかかるだろ?

 あと触手だが、燃やされた時の反応は多分反射運動だ。

 ここからは推測だが自由自在に操るとはいかない筈だ」


 推測といってるがそのものズバリ正解である。


 仮に今生えている受憎腕に火が付いたとなると渇木はコントロール不可となる。

 いくら巨万の兵を持っていたとしても指揮系統が寸断されれば攻略は容易いと言う事である。


「あと豪輝さん……

 頸動脈切断って言ってますが……

 それだと渇木は死んでしまいませんか?」


 踊七が気にしたのはこの部分。


 今まで渇木を殺さない様に。

 あくまでも取り押さえる様に動いていたから当然の疑問である。


「今までの報告書を見る限りではおそらく死なないと俺は踏んでいる。

 式使いが生存するのに血液が必要なのかも疑わしいぐらいの化物だ。

 だが、万が一と言う事もある。

 だから俺がやるんだ。

 踊七さん、(げん)くん。

 君たちが背負う罪じゃない」


 真っ直ぐ強い意志を載せて踊七を見る豪輝。

 これが皇豪輝(すめらぎごうき)と言う男である。


「わ…………

 わかりました……」


 内心納得していない点は多分にあるが豪輝の迫力に圧され了承した。


「あ、誰か()()()()()()()()()

 何でもいい」


 突然ヘンな事を言い出す豪輝。


「何やそれ?

 ようわからんわ」


(豪輝さん、ざっくりし過ぎですよ)


【これは……

 モグモグ……

 ダイダイブツを探してるんだよ…………

 モグモグ】


 突然背後から声。

 竜の声。


「うわっ!?」


 驚いた踊七は声を上げ、後ろを振り向く。

 そこには輝かんばかりに眩い黄金色の鱗を持つ陸竜が立っていた。

 バナナを食べている。


 何だ?

 この竜は何だ?


「こらっ!

 ボギーッ!

 てめーっ!

 まだバナナ食べて良いって許可してないだろっっ!」


【ボクを待たせた待たせ賃だよーだっ……

 パクッ……

 モグモグ……

 やっぱりバナナは美味しいなあ】


「ったくっ……

 しょうがねえやつだな……

 おいボギー。

 お前が食ってるバナナの皮で良い。

 よこしやがれ」


【ん?

 はい】


 ぽい


 無造作に投げられるバナナの皮。


構成変化(コンステテューション)


 受け取った豪輝はスキル発動。


 ジャキィンッ!


 現れたのは銀色の刀。

 かなりの長尺だ。


「相変わらず兄やんのスキル、インチキ臭いっすよねえ。

 んでボギー。

 ワレも久しぶりやのう」


【おー君は……

 君は……

 確か……

 弟クンの友達クン。

 久しぶりだねえ。

 バナナ食べてる?】


「ワレ……

 思い出すん時間かかっとるがな……

 しかもワイの名前覚えとらんし……

 んで相変わらずバナナん事しか頭に無いようやのう……」


(げん)くん……

 すまない……」


「すいません……

 豪輝さん……

 色々と説明して頂けると有難いんですが……」


 (げん)はボギーの事を知っていても踊七は知らないのだ。


「あ、すまんすまん踊七さん。

 この竜はボギー。

 俺が使役している竜だ。

 (ロード)の衆とまでは行かないが結構強いぞ。

 んで俺のスキルは不等価交換(コンバーション)

 あらゆる物質を別物質に変換する事が出来る。

 形も自在だ。

 んで今俺が探してたのは獲物を創る時に使う代替物(だいたいぶつ)


 ここで竜司の言っていた五行魔法(ウーシン)に似ていると言った意味を理解する踊七。


「大気を変換して作らないんですか?

 おそらくさっきの金属ブロックはそうやって創ったんですよね?」


「さすがだな踊七さん。

 それは魔力効率だ。

 もちろん大気を刀に変換する事は出来るが代替物(だいたいぶつ)があった方が消費魔力を節約できるんだよ」


「なるほど……」


 そう言いながらボギーの鱗に手を添える豪輝。

 魔力補給をしているのだ。


「さあ、積もる話は全て終わってからだ。

 行くぞ……

 全員配置につけ」


(了解)


 ガガァン…………

 ガガガガガガァァン…………


 タングステンブロックに近づくと解る。

 依然として中で破壊しようと渇木は暴れている様だ。

 周囲に散開する機動隊員。


「踊七さん……

 (げん)くん……

 ヤツは中で暴れている……

 解除したら一斉に触手が飛び出してくる可能性がある。

 充分警戒しろ……

 機動隊員。

 お前らはまずブロックの上辺りを目掛けて放射だ」


「わかりました」


「おう」


(了解)


 各々返事。


「じゃあ行くぞ………………

 不等価交換(コンバーション)…………」


 長かった渇木との決戦はついに終局を迎えようとしていた。


「解除」


 続く

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