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ドラゴンフライ  作者: マサラ
最終章 第二幕 東京 暮葉ドームライブ編
172/284

第百七十一話 暗中模索(渇木戦②)

 踊七はじっと見つめる。


 渇木を。

 どうすればヤツを捕らえられるのかと。

 勝ちへの道は何処にあるのかと。


 まず渇木が今した事を考えてみる。

 何故、(げん)が切断した腕の残骸を回収したのか?


 今まで本編を読まれて来た読者ならばお気づきだろう。

 そう、受憎腕の再利用の為だ。


 踊七と(げん)は再利用出来る事を知らない。

 この事が判明したのは轟吏(ごうり)鞭子(むちこ)との戦闘。


 報告書はまだ完成していない。


 当然である。

 轟吏(ごうり)鞭子(むちこ)は中田の眼刺死(まなざし)を長時間浴びた為、酷く衰弱し、現在入院中なのだ。

 話せはするが満足に動く事は出来ない状態。


 (おと)が知っていたのは、豪輝から戦闘の内容を聞いていたからだ。


 情報として受憎腕の再利用可能は知らない…………

 が、しかし……


「おい(げん)……

 多分あの腕、再利用出来るぞ……」


「ホンマでっか?

 こらまた便利な術ですのう」


 落ちている紫色の腕を更に長い紫色の腕が掴み、掌に吸収されて行く。

 正直絵的にはかなり(おぞ)ましい。

 常人、一般人であれば化物と叫んで逃げ出す様な図。


 だが冷静に観察していた踊七。

 だからこそ辿り着いた帰結。


 これで行動の理由は解った。

 続いて凝視したのは七つの炎。

 正確には自身のスキルで着火した七つの掌。


 何故、渇木は()()()()()()遠く離れた残骸を回収しに行ったのか?

 今から消すのだろうか?

 だが見ているとそんな様子も無い。


 やがて鎮火する炎。

 残ったのは完全に燃えカスと化した掌。


 なるほど。

 完全に炭化してしまうと再利用は出来ないのか。

 踊七はそう判断した。


 俯き、ボーッとしている渇木。


 ジュルルルルルルゥゥゥッ!


 現在生成されている受憎腕を全て身体に格納した渇木。


「…………絵的にキツいでんな……

 踊さん……」


 無数の長いドス黒い紫色の腕が一本残らず身体に格納される様を見た(げん)(おぞ)ましさを感じる。


「あぁ……

 笑い事っちゃねぇ……」


 それは踊七も同様。

 ここで渇木は驚くべき行動をとる。


「………………はラ…………

 ヘた…………」


 ズルルルルルルルゥゥゥゥッッ!


 呟きと同時に受憎腕を急生成。

 場所は腰、前後部に二本ずつ。

 両肩に長い受憎腕が二本。


 合計六本。


 身構える踊七と(げん)


 ダンッッッッ!


 渇木の姿が消えた。

 四本の受憎腕を使い、超速移動。


 が、その目標は踊七らでは無い。

 一瞬で遠く小さくなった渇木の身体。

 ここで踊七は奴の狙いに気付く。


「しまったァァァッッッ!

 追えェェェェッッッ!

 (げん)ッッッッ!

 発動(アクティベート)ォォォォォッッッ!」


 ドォォンッッッッッッッ!


 不意を突かれた踊七は急いで魔力注入(インジェクト)発動。

 思い切り地を蹴り、渇木を追う踊七。

 踊七に続く(げん)


 じわりじわりと近づいて行く。

 渇木がパワー型だからか、魔力注入(インジェクト)の習熟度からかスピードは踊七の方が上の様だ。


(キャアッッ!)


(ウワァァァァァッッ!)


 超速移動の中、響き渡る一般人の悲鳴。

 踊七の眼には驚愕する光景が映っていた。


 渇木の両肩から伸びた受憎腕が男性二人の首を掴み、持ち上げていたのだ。

 信じられない動きである。


 依然として常人には目にも止まらぬ程の超速移動中。

 その中で歩いていた一般人を捕獲したのだ。


 何のため?

 もちろん…………


 ギュオッッッッッ!


 ボトボトボトボトボトォォォッッ!


 掴まれていた男性の身体が消えた。

 正確には体幹上半身部分。

 肉片と化した残骸が辺りに散らばり落ちる。


 食事と材料収集。

 渇木は空腹を満たす為、移動したのだ。


 これは渇木がまだ踊七達を敵と認識していない事を意味する。


 その通り。

 渇木の中では踊七らはまだ()()()()()()()でしか無かった。


 ならば無理して食べる必要は無い。

 他で満たせばいいと言う事である。


「クソォォォォッッ!

 発動(アクティベート)ォォォォォォッッッ!」


 状況に大きな危機感を感じた踊七は更に魔力注入(インジェクト)を発動。

 魔力集中先は両脚。


 魔力注入(インジェクト)の重ね掛け。

 スピードアップの為だ。


 ガァァァァァァンッッ!


 超速移動の中、再び強く大地を蹴る踊七。

 更に移動速度を上げる。


 ザンッ!

 ザンッ!


 煌めく様な二閃。

 踊七の日矛鏡(ヒボコノカガミ)が唸りを上げる。

 両肩の受憎腕を切断。


 ギャギャギャギャァァァッッッ!


 腰に生成された紫色の受憎腕を地に突き立て急速ブレーキ。

 渇木が止まった。


 ギャリィッ!


 続き、踊七と(げん)もブレーキ。

 現在踊七らは外周を回り、位置はバックスクリーン側。


 くるぅ~~……


 ゆっくりと。

 ゆっくりと渇木が踊七達の方へ振り向く。

 眼が虚ろの為、何を考えているか全く解らない。


「おマ……………………

 ジゃマ…………」


 渇木の中で踊七達がようやく敵と認識された。


 ジュルゥッッッ!


 渇木の胸部から服を突き破って受憎腕が急速生成。

 真っ直ぐこちらに向かって来る。


 太い。

 今まで見て来た受憎腕の五周り、六周り程太い。

 まるで巨木を横に突き立てられた様。


 ガァァァァァンッッ!


 だが、それを日矛鏡(ヒボコノカガミ)で強引に捌く踊七。

 集中し、魔力注入(インジェクト)を発動させた踊七であれば、難なく…………

 とまでは行かないが、何とか捌く事は出来る。


 踊七の両手に強烈な重圧が圧し掛かる。

 あれだけの太さだ。

 やはり簡単には行かない。


 ザンッッッ!


 踊七が捌いた直後、大きい斬撃音が響く。

 見ると(げん)が氷鋸を振り上げ、受憎腕を切断していた。


「ヘッ小賢しいやっちゃのう。

 陰に隠したら不意を突けるとでも思うたか。

 甘いわ。

 こんダボが」


 渇木は胸部から受憎腕を急速生成したコンマ秒誤差でもう一本腹部から受憎腕を再生していたのだ。

 生成タイミングはほぼ同時の為、音だけでは一本にしか聞こえず胸部に生えた受憎腕の影に隠し、不意打ちを狙おうとした。


 腹部の方も同様の太さ。

 だが、そんな事は(げん)の持つ高周波ブレードの前では関係無い。

 難なく切断できるのだ。


 ギュルルルルゥゥゥッッッ!


 胸部と腹部に生成された受憎腕が渇木本体に戻って行く。


「…………おマ………………

 おマオマオまおま………………

 ジャマじャまジゃマジャマじゃまジャマァァァァァァッッ!!」


 渇木の叫び。

 初めて見せた感情らしい部分。

 まるで苛ついている様。


 その通り。

 渇木は苛ついていた。

 もう少しで満腹になる所を邪魔されたから。


 何だコイツらは?

 何故食事の邪魔をする。


 渇木が抱いていた気持ちとしてはこんな所。

 もはや著しく知能が低下している渇木はここまで具体的に言語化された思惑は出来ないが。


 ドンッッッッ!


 腰部に生成された四本の受憎腕で強く地を蹴り、踊七達に向かって来た。


 ガァァンッッッッ!


 二人は強く地を蹴った。

 魔力注入(インジェクト)を発動させている両脚で渇木との間合いを詰めたのだ。


 ズボァァァァァァァァッッッ!


 向かって来る中、背中から大量の受憎腕を急生成。

 その数、八本。


 踊七の左手にはガス切れのライター。

 持ちながら指でL字を作り、ぐるり一回転。

 これは五行魔法(ウーシン)発動の兆候。


 ビュビュビュビュンッッ!


 背中に生えた無数の受憎腕が鋭く弧を描き、踊七達に迫り来る。


「生順破棄ィィッッ!

 天火明命アメホノアカリノミコトォォォォッッ!」


 ボボゥッッ!


 向かって来る受憎腕の内、二本が着火。

 明らかに勢いが弱まる。


「ウラァッッ!」


 ザンッッッ!


 日矛鏡(ヒボコノカガミ)を振るう。

 目標は着火した二本の受憎腕。


 見事に切断。

 出来た隙間から宙に飛び出す踊七。

 渇木と交差する形。


 かたや(げん)は低く。

 低く間合いを詰めた。


 同様に迫る無数の受憎腕。

 大きく開いた(くち)(げん)の両眼に映る。


 ザンッッッ!


 映る(くち)

 そんなもの(げん)には関係無い。


 角度を付けて氷鋸を振り上げる。

 三本の受憎腕が容易く切断。

 (げん)も同様、出来た隙間から低く駆け抜け、渇木と交差する。


 交差した事に気付いた渇木が素早く振り向いた。


(げん)ッッッ!

 ()まるなよぉぉっっ!

 生順破棄ィィィィッッ!」


 宙に居た踊七は次の手を打っていた。


 左手には既に次の憑代が握られていた。

 それは少量の土。

 持った状態でL字に構えた左手がぐるり一回転。


「生順破棄ィィィィッッ!

 面足尊(オモダルノミコト)ォォォッッ!」


 全経1メートル程の小さな沼が渇木を取り囲む様に複数生成。


 その場から動かない渇木。

 先程嵌まった事は覚えている。

 動きたくても動けないのだ。


 落下する最中、踊七は先程切断した二本の受憎腕を確認。

 依然としてよく燃えている。


 スタッ


 踊七着地。

 (げん)が駆け寄って来る。


(げん)ッッ!

 気を付けろぉぉっ!

 来るぞぉぉぉっっ!」


 ズボァァァァァァァァッッッ!


 弾ける様に受憎腕追加生成。

 その数、十以上。


 先程踊七が二本。

 (げん)が三本。

 合計五本切断したが、そんな事は無視するかの様に尚一層の攻撃を繰り出してくる。


 渇木からすればその場から動けない事はあまり関係無い。

 何故なら身体のあらゆる箇所から伸縮自在の受憎腕を生成する事が出来るのだから。


 踊七もその事は重々承知。

 面足尊(オモダルノミコト)で生成した粘着沼。

 その意味は渇木がその場から動かないだけで充分役目を果たしていた。


 渇木がこの場から動かない。

 これは一般人の被害を防ぐ意味合いなのだ。


 見た所、周りに一般人は居ない。

 後は受憎腕の猛攻を防ぐだけと言う事になる。


 ガガガガガガガァァァァァッッンッッッ!


 超速で迫る無数の受憎腕を捌く踊七。

 硬い金属とぶつかる激しい音が響く。


 ザンッッッ!

 スバァッ!


 かたや(げん)は迫る受憎腕を薙ぎ斬り。


 散らばり落ちる受憎腕の隙間から確かに見た。

 二人に猛攻を繰り出しながら別の長い腕が斬り落とした残骸を回収しているのを。


「アイツの頭ん中、どうなっとんねや……

 あっっ!?」


 ここで(げん)の声。

 何かに気付いた様だ。


 ここで激しく鳴っていた衝撃音がピタッと止む。


 ビュンッッッ!


 そして渇木の姿も。


 どこだっ!?

 どこに行ったっ!?


 (げん)が目撃したもの。

 それは首筋から急速に生えた受憎腕。

 それは長く、天に向かって伸びる。


 その受憎腕の目標は東京ドームシティアトラクションズ(旧称:後楽園ゆうえんち)のサンダードルフィン。

 ジェットコースターのレーンである。


 沼に囲まれたこの場から脱出する為だ。

 強くレーンを掴み、反動で宙に飛び上がった。

 だがその一部始終は(げん)に目撃されていた。


「こっちですわ踊さんっ!

 発動(アクティベート)ォォォッッ!」


 ドンッッ!


 動きを見ていた(げん)はいち早く魔力注入(インジェクト)発動。

 強く地を蹴り、後を追う。


「くそっ!

 発動(アクティベート)ォォォッッ!」


 続き踊七も魔力注入(インジェクト)発動。

 (げん)と渇木を追う。


 渇木は逃げていた。

 これは食事の為。


 敵を殺す事と空腹を満たす事。

 優先順位が中で入れ代わり立ち代わりしているのだ。


 ズバンッ!

 バツンッ!

 ザンッ!


 (げん)は超速で移動する中、渇木の攻撃を切断している。


 後方から(げん)と渇木のやり取りを観察していた踊七。

 現在、渇木の手には食料となる一般人は掴まれていない。


 移動しながら周りを見渡してもいつの間にか人は居なくなっている。


 どういう事だ?

 解らない。

 だがこれは好都合。


 ガンッッッッ!


 更に地を蹴った踊七は少しスピードアップ。

 移動する中、左手でポケットに手を入れる。


 取り出したのは少量の土。

 渇木は現在追って来る(げん)に集中している。

 ならば攻撃、防御などに気を割かなくていい。


 左手の指をL字の形。

 ぐるんと一回転。

 五行魔法(ウーシン)を発動する気だ。


 だが、まだ発動しない。

 タイミングを伺っているのだ。


 発動するのは飛んで移動をしている渇木が着地する瞬間。


 まだだ。

 まだ。

 もう少し。



 今だッッ!



「生順破棄ィィッッ!

 面足尊(オモダルノミコト)ォォォッ!」


 ズボォッッ!


 ズデェッッ!


 渇木がつんのめって強く地面に顔を打ち付けた。


 踊七の作戦が上手く行ったのだ。

 着地する足元に急生成された粘着沼は物凄い勢いで跳ぶ渇木の力を全て吸収し、動きを縛る。


 かなりの超スピードで移動していたのにも関わらず、物凄いブレーキング性能。


(げん)ッッッ!

 やれぇぇぇっっ!

 触手を切断しろォォォッッ!」


 踊七が大声で指示。


 戦いの最中ずっと踊七は考えていた。

 この化物(渇木)に勝つ為にはどうしたらいいのかと。


 出た結論は渇木が生成している受憎腕。

 それを全て切断。

 材料をどんどん使わせ、枯渇させる。


 その上で四肢を切断し拘束。

 どちらが力尽きるのが早いかの消耗戦。

 結局の所、やる事は(おと)らと酷似していた。


「オラァッッ!」


 ザンッッ!


 瞬時に指示を理解した(げん)はうつ伏せに倒れている渇木の背中の受憎腕を横薙ぎ一閃。

 四本を斬り飛ばす。


 ズバァッ!


 負けじと踊七も日矛鏡(ヒボコノカガミ)の刃を立て、受憎腕を切断。


「もいっちょっ!」


 横に振りきった氷鋸を返し、更に三本切断する(げん)

 七本もの腕を叩き斬った。

 絵的には動けない人間に刃を振るっている何とも惨たらしい図。


 が…………


 ビュビュンッッ!


 うつ伏せにも関わらず、残った受憎腕で攻撃を仕掛けて来る渇木。

 渇木髄彦(かつきすねひこ)

 この男を人間と呼ぶのは無理がある。


「おっと」


 だが、攻撃を読んでいた(げん)は素早くバックステップ。

 攻撃を躱す。


 踊七も同様。

 素早く間合いを広げ、攻撃を躱す。


 踊七と(げん)

 合計九本の受憎腕を斬り飛ばした。

 これでさっき渇木が生やした触手はほぼ切断した事になる。


 これでかなり優位に立ったのでは?

 踊七はそう考えた。



 …………だが、それは誤り。



 ズボァァァァァァァァッッッ!


 背中から受憎腕を大量追加生成。

 もう背中に余地が残されていない程の量。

 夥しい程の本数。


 様相は蛸や烏賊(イカ)の化物の様。

 更に無数の受憎腕が波の様に押し寄せる。

 まさにドス黒い紫色の大波。


「キモいねんっっ!」


 ザンッッッ!


 高周波ブレードにはそんなもの関係無い。

 いとも容易く迫る受憎腕を全て切断してしまう(げん)


 踊七はこんな気持ち悪い攻撃に付き合う必要は無いと更にバックステップ。

 間合いを広げ難なく躱す。


 何故渇木はこんな簡単に避けれる手緩い攻撃を仕掛けて来たのか?

 それは目的が二人への攻撃では無かったからだ。


 渇木の目的は二人の視界を遮る事と間合いを広げさせる事。

 結果踊七は間合いを広げた。

 (げん)は間合いを広げなかったが、迫る大波の様な受憎腕の大群に視界は遮られた。


 視界を遮って何をやっていたのか?


 ガッッ!


 切断した受憎腕が散らばり落ちると(げん)が目にしたのは別の一本が空に向かって伸びている様。

 目標はガラス天井の骨組み。

 太い鉄パイプである。


 しっかり掴んでいる。

 これは先の方法と同じ。


 そう、渇木の狙いは粘着沼からの脱出である。


 ビュンッッ!


 消えた。

 眼前にあった大量の汚い紫色が消えた。


「ムッッ!?」


 突然の事に驚いた踊七。

 が、すぐに気付く。

 空に飛んだ事を。


 原因は地に出来た大きな影。

 その影は蠢いていた。


 スタッ


 ビュンッッ!


 脱出し、着地した渇木は更に走り出した。

 見ると先程生えていた夥しい量の受憎腕は消えていた。


 宙に飛んでいる間に体内へ格納したのだ。

 宙に浮いていたのは凡そ五秒弱。


 その間に数えるのも面倒な程、生えていた受憎腕をほとんど回収した。

 何と言うスピード。


「あっ逃げたっっ!

 待たんかいっっ!

 コラァッ!」


 ダダッ!


 (げん)も後を追い、走り出した。


 一部始終見ていたのだ。

 飛び上がる瞬間から着地まで。

 だから行動も早い。


 物言いはまるで逃げたイヌでも追いかけている様。


 踊七も後を追う。

 二度の使用で解った事。


 面足尊(オモダルノミコト)は渇木を拘束するのに有効。

 身体の半分も沼に浸かってしまえば単体の力だけでは抜け出せない様だ。


 ジェットコースターのレーンや天井の鉄パイプ。

 何かしら強く固定されている物が無いと抜け出せないのだ。


 今の所、五行魔法(ウーシン)で使えるのは受憎腕を捌く為の伊斯許理度売命(イシコリドメノミコト)日矛鏡(ヒボコノカガミ))、残骸焼却用の天火明命アメホノアカリノミコト、拘束用の面足尊(オモダルノミコト)


 かたや渇木は小腹の空きに苛ついていた。


 もう少しで満腹になるのに。

 どこかに()()()()のか?


 この際動物なら何でも良い。

 動いているなら何でも良い。


 追って来るこいつらはダメだ。

 邪魔をする。


 こいつらは後で(なぶ)ってやる。


 それよりも今は小腹だ。

 この少し空いている感じが気持ち悪い。


 早く。

 早く満腹になりたい。


 何故?

 何故いつもうろついている人間(食糧)が居ない。


 何処だ?

 何処に行った?

 俺の食いモン何処にやった。


 渇木の思惑を言語化するとこんな所である。


 渇木の思惑通り何故か周りに人は居なくなっている。

 店の店員すら。

 閑散としている。


 これには理由がある。

 これは警察による避難勧告と誘導によるもの。


 既に辺り一帯の道路封鎖も完了しつつある状態。

 さすが世界最高峰と呼ばれる日本警察の連携であるが、この初動の速さは豪輝の手配によるもの。


 (おと)が曽根を目撃した時、豪輝に連絡していたのだ。


 今日がライブ当日と言うのは知っていた豪輝。

 となると刑戮連(けいりくれん)は全員で来る。


 そう踏んだ豪輝は即東京ドーム一帯の道路封鎖と各所轄に連絡し、人員を使って避難誘導を敢行。


 先程犠牲になった女性や男性は逃げる前に襲われた。

 いくら連携が早いと言ってもテロリストがいつ現れるのかは解らない。

 不運としか言い様が無かった。


 そんな事を渇木は知らない。


 何故、先程まで居た人間(食糧)が無くなったのか。


 超速で走る中、頭にハテナが浮かび解消出来ない。


 ガァンッッ!


 ここで渇木に動きがある。

 強く地面を蹴り直角に曲がったのだ。


 ガシャァァァァァンッッッ!


 響き渡るガラスの破砕音。

 店舗に飛び込んだのだ。


 店名はBallParkStore。

 NPB(日本プロ野球)12球団全てのグッズを取り扱っている総合ショップ。


 もちろん店はライブの為、既に閉店している。

 店員も一人として残っていない。


 渇木が飛び込んだのは建物の中なら何か人間(食糧)があるのではないかと言う浅はかな考え。


「ムッッ!?」


 ギャギャギャァァッッ!


 予想外の行動に(げん)と踊七は急ブレーキ。

 眼前にはガラスがボロボロに破壊された店の入り口。


「踊さん、アイツどうしたんでっしゃろ?

 急に店、入って」


「多分、狙いは人間……

 店員だ……

 どういう訳か東京ドームの外周から人が居なくなっている。

 だから腹を満たす為、店員を狙ったんだろうぜ……

 笑い事っちゃねぇ……」


「何や好きな球団のグッズでもパクるんか思た…………

 ってそれヤバいんとちゃいまっかっっ!?」


 人命危機に焦る(げん)

 対照的に踊七は落ち着いていた。


 理由はこの急激な人の消失。


 売れっ子アイドルのライブ当日であれば外周もダフ屋やチケット譲渡を望む人等でごった返すものだ。

 それが全く居ない。


 この動きに意図的なものを感じた踊七。

 今日テロリストが行動を起こす事を知っているのは警察。

 正確には(おと)が所属している特殊交通警ら隊。


 多分この急な避難は(おと)が手配したものでは無いかと踊七は推測した。

 警察主導であればこの急激な人間の消失も頷ける。


 あと落ち着いている理由としてグッズショップに人がいない事は知っていた。

 ライブ当日はこう言う関連外の店舗は早く閉店する事を知っていたのだ。


「落ち着け(げん)……

 多分中に人は居ねぇよ……

 考えても見ろ……

 予定通りならもうライブは始まってる時間だぞ?

 そんな時間に野球グッズショップが開店してるかよ。

 笑い事っちゃねぇ」


「あ……

 そういやそうでしたな」


 ガシャァンッッ!

 バコォォォンッッ!


 店内から騒音が鳴る。

 中で渇木が暴れているのだ。

 人間(食糧)を探す為に。


 (げん)と踊七はまだ追わない。

 外と中では戦い方がガラリと変わるからだ。


「さてどうしたもんか……

 中と外では戦い方が違うからな……」


 だが、(げん)の思惑は少し違っていた。


「なあ踊さん……

 アイツ(渇木)……

 このまま放っといたら駄目ですかね……?

 何とかして入り口さえ塞いでもたらもう出れまへんやろ?」


 ケンカ好きの(げん)らしからぬ弱気な発言。


 戦闘が始まって一時間にも満たない時間で嫌と言う程、渇木の化物ぶりを見せつけられたのだ。

 弱気になっても無理は無い。

 (げん)が好きなのはあくまでも対人と言う事である。


「馬鹿な事言ってんじゃねぇぞ(げん)

 仮に塞いでその後はどうすんだよ?」


「とりあえず密閉してですな。

 中に毒ガスでも注入したらイチコロでしょ?

 バケモンや言うても生物なんですから」


「…………だからコロシは駄目だって何度も言ってるだろ?

 笑い事っちゃねぇ。

 んなもん流し込んでアイツ(渇木)が死んじまったら、その段階で奴らがやってる事を否定できなくなるぞ」


「う……」


 (げん)は何故殺してはいけないか深く考えていなかった。


 もちろん今までのケンカで人殺しなんかした事は無い。

 それは()()()()()()()()()()()からだ。


 前述部分と矛盾を感じるかも知れないが、若干意味合いが違っている。


 (げん)が人を殺したくない理由。


 ケンカしてるとは言え、殺してしまう事でその人間の人生を終わらせてしまう。

 これが極めて寝覚めが悪いのだ。


 だがこれはあくまでも(げん)が人殺しを好まない理由であって人殺しをしてはいけない理由になっていない。


 殺人を犯すと外道の刑戮連(けいりくれん)を否定出来ない。


 考えてなかった所にやって来た正論の為、言葉を詰まらせてしまったのだ。


「いいか(げん)

 俺達は竜河岸だ。

 竜をあてがわれた運のいい竜河岸だ。

 だからスキルって言う異能を使える。

 そんな俺達は一般の人達から見たら刑戮連(けいりくれん)と大差ねぇんだよ。

 それを念頭に置いた上で奴ら(刑戮連)と線を引く所は人間の理性じゃねえのか?

 奴らはもう狂って人殺しを(いと)わなくなっている……

 文字通りの化物だ……

 だが俺達は違うだろ?

 俺達も同様の異能は使えるがその前に人間だ。

 一般人に混じった社会でみんなと力を合わせて生きて行く人間だろ?

 だから俺達は殺しちゃいけない。

 殺人を犯してしまうと自分で引いた線を自分で飛び越えて外道に堕ちるって事だからな……」


 これは自分自身にも戒めている言葉。

 何故ならこんな事を言いつつ、竜司がドラゴンエラーを起こした張本人と知った時に抱いていた気持ちは紛れも無い殺意だったから。


 自分自身、激情に駆られ易いのは重々承知しているのだ。


「わ……

 わかりましたわ……

 すんまへん……

 そこまで深ァ考えてまへんでしたわ……」


「無理ねぇさ……

 普通に暮らしていて殺人が隣にあるなんて()()()()は有り得ねぇからな……

 あと渇木の能力は戦った奴にしかわかんねぇだろ?

 閉じ込めて人集めたとしても死人が出る可能性の方が高くねぇか?」


「まあ戦っとるワイらでも全部解った訳や無いですしねえ……

 前情報で触手生えるって知っとったとしても余程ケンカ慣れでもしてん限り初見で躱すのは…………

 なぁ……」


「だろ?

 だから渇木を捕らえれる可能性が一番高いのは俺達二人なんだよ」


 ペシペシッッッ!


 (げん)が強く両頬を打つ。

 気合注入の為だ。


「踊さんっっ!

 ヘンな事言うてすんまへんでしたっっ!

 ワイ、奴が余りに人間離れしとるから無意識にブルってた様ですわっっ!

 でももう大丈夫っっ!

 やったりましょうっっ!

 二人で渇木捕まえたりましょうっっ!」


 どうやら先の閉じ込め案は無意識に怖気づいた(げん)の気の迷いだった様だ。

 だが踊七の言葉で迷いは霧散した。


 ちなみにあれだけ人殺しは駄目だと言っている踊七の五行魔法(ウーシン)に致死率が高い強術が備わっているのは何故か?


 簡単な事である。

 男子ならば誰でも抱く心情。


 初めて扱う魔法(マジック・メソッド)

 これで創造されるスキルなのだから物凄いモノにしたい。

 大魔導士と呼ばれるぐらいの桁外れに物凄いモノ。


 こうして創られたのが武美名別命(タケミナワケノミコト)を始めとする強術の数々なのだ。


 現に人に向かって強術を放ったのは竜司を含め数える程しか無い。


 第五顕現の面足尊(オモダルノミコト)が何故、地味な底なし沼になったかと言うと体力の限界。

 有体に言うとしんどかったのだ。


 第一から第四まで検証を重ね、調整していただけあって時間がかかり第五顕現も検証をするのは正直無理。


 だからよく言えばシンプルに。

 悪く言えば適当に作られたのが面足尊(オモダルノミコト)である。


 その時、何を考えていたのかあまり覚えていない踊七。

 ナナオの超濃密魔力を何度も何度も吸収し、極度に衰弱していたからだ。

 ぼんやりと覚えているのは魔法使い=沼みたいなイメージ。


 しんどいのなら日を跨げと思われるかも知れないが、それは踊七の性格によるもので不可だった。

 それまで何日もかかって構築して来たのだ。


 いくらなんでもこれ以上日にちをかけてたまるか。

 もう何が何でも今日仕上げてやる。


 こうした想いから出来たのが面足尊(オモダルノミコト)である。

 渇木戦で有効だったから結果オーライと言えるが。


「で、どうします踊さん?

 踏み込みますか?」


「あ、待て。

 その前に…………

 (げん)、ちょっとここで見張ってろ」


 踊七は来た道を戻る。


 右手には二つのガス切れライター。

 目的地は先程面足尊(オモダルノミコト)を生成した地点。

 渇木と闘り合った所だ。


 すぐに辿り着く。

 目の前に全経1メートル程の粘着沼。


 周りに散らばる斬り飛ばした受憎腕の残骸。

 その数十以上。


 フィンッ


 まず踊七は左手を横に振り、面足尊(オモダルノミコト)を解除。

 粘着沼は霧となって消えた。

 あるのは元通りの床。


 続いて踊七は左手でL字を作り、一回転。

 宙に現れる青い太極図。

 そのまま憑代を持った右手と左手を交差。


「生順破棄。

 第二顕現、天火明命アメホノアカリノミコト


 カチ


 右手のガス切れライターを付ける。


 ボボボボボウ……


 散らばった無数の受憎腕の内、八つが着火。

 炎を上げる。


「フム……

 形式(フォーマット)を入れても同時に発火出来るのは八つが限界か」


 ■形式(フォーマット)


 スキルや魔力技を使う際に決められた動き、身体の形を指す。

 形式(フォーマット)を取らなくても使用は可能だが威力、精度が違ってくる。

 竜司が魔力閃光アステショットを撃つ際に取る指を指し示すポーズやげんがピンポイントで地震を起こす時に取る二本の指をくいと上げる動作がそれにあたる。


「くそ……

 火行の憑代はあんまし持てねえのに……

 笑い事っちゃねぇ」


 火行の憑代は一番大きい為、数は持てないのだ。


 愚痴を零しながら、もう一度スキル発動。

 散らばった残骸、全てが着火。

 鎮火も見届けず、(げん)の元へ戻った。


「踊さん、火は消さんでええんですか?」


「あぁ、燃やすもんが無くなりゃ勝手に消えるからな。

 放っといても問題ねぇよ」


 着火した目的。

 それは受憎腕の再利用を防ぐ為だ。


 渇木を拘束するには受憎腕を切断、焼却。

 それを繰り返し、体内にプールしている材料を枯渇させないといけない。


 しかもそれが第一段階。

 式使いが扱う異能は受憎だけでは無い。

 渇木を捕らえると言うのがどれだけ厄介で困難かが解るだろう。


 それは(げん)も承知の上。


「踊さん、どう行くか決めましたか?」


「正直相手の出方次第だな。

 室内は外と違って遮蔽物が多いだろうし、中は灯りも付いていないしな……」


「ワイも基本相手の出方見てから闘り方決めるスタイルやからなあ」


「とりあえず中に入らないと始まらねぇ……

 行くぞ(げん)……

 発動(アクティベート)


 踊七、魔力注入(インジェクト)発動。


「へい。

 発動(アクティベート)


 続いて(げん)も発動。

 これは防御の為。


 中から聞こえていた騒音はいつしかピタッと止んでいた。

 どうしたのだろうか?

 不気味である。



 BallParkStore 店内



 パキッ


 ゆっくりと中に足を踏み入れる二人。

 足元でガラスの破片が割れる。


 店内は酷い有様。

 そこらに破壊された野球グッズが散乱し、棚が横倒しになり、床には瓦礫が敷き詰められていた。


 渇木が人間を探す為、暴れたからだ。

 更に奥へ踏み込む。


 ガツガツガツ………………


 微かな音が耳に入る。

 何の音だ?

 踊七が何の音か考えようとした瞬間……


「ウオェェェェェェェェェェェェッッッッ!」


 大きな声。

 渇木の声だろう。


「何やこの声。

 ゲロ吐いてるみたいな」


 (げん)も気付いた。


 その通り。

 これは渇木が吐いた声。


 何があったのか?

 踊七は咄嗟に声がした方を見る。


 隅で四つん這いになっている渇木の姿が見えた。

 口からは液体が大量に溢れ落ちている。


 中に固形物は無い。

 出ているのは胃液のみ。


 周りには大量のお菓子が散らばっていた。

 包みはビリビリに破かれ、力任せに喰い散らかした様なお菓子が大量に散らばっていた。

 おそらくあのお菓子は店で販売されていたお土産だろう。


 嘔吐している渇木。

 胃液のみの吐瀉物。

 喰い散らかされたお菓子。


 この三点から渇木が取った行動を推測した踊七。


 渇木は人間(食糧)を求めて店に飛び込んだ。

 外周に居なくなったから。

 だが、店もライブの為閉店しており誰も居ない。


 最初は探したのだろう。

 先の騒音はその為だ。

 が、店内には誰も居ない。


 それに気付いた渇木が目にしたのはお土産の菓子。

 それを見た渇木は昔、自分が()()()()()を食していた事を覚えていたのだろう。


 もちろんこの“食する”と言うのは式使いが行う様な他人の体力を取り込む事等では無く、従来の人が行う口に物を入れる食事。


 今までの口ぶりからかなり知能は低下している。

 その中で微かに覚えていた記憶。

 それを実践したのだ。


 結果は見ての通り。

 大量の嘔吐と言う事である。


「…………確かヤツ(渇木)は拒食症を患ってたって書いてあったな……」


 ここで踊七が思い出したのは、(おと)の資料。

 そこに記された渇木の式会得の経緯。


 この大量に吐いている様を見て、自分が先程推測していた事を確定させる。

 渇木、こいつは普通の食事が出来ない。


「踊さん、アイツ(渇木)どないしたんでっしゃろ?

 周りの様子から見て菓子食うて吐いてる様にしか見えへんけど」


「あぁ……

 多分その通りだろうな……

 アイツはもう普通の食事は出来ねぇんだよ……

 笑い事っちゃねぇ」


 (げん)と会話しながら考えを更に飛躍させていた踊七。


 それは渇木の食欲。

 動機とでも言い換えようか。


 何故渇木は人間を探していたのか?

 それは空腹だったから。


 こいつはいくら食えるんだろう?

 (おぞ)ましい話だが多分東京ドームに出向く前に食事はしていたのだろう。

 そして先程、(げん)と一般男性二人分の体力を吸い取った。


 にも関わらず空腹だと言う事か。

 どれだけ食べれるんだ。


 踊七は渇木の食欲に驚嘆する。

 まさに底無しでは無いかと。


 だがその実は少し差異がある。

 渇木の空腹では無く、そこそこ満たされてはいたのだ。


 だがいつも満腹になるまで食事をしていた渇木。

 あと少しで満腹になるのに少し感じる空腹感。

 これを満たすにはもう少し食べたい。


 先程も述べたがこの少しの空腹感。

 これが物凄く気持ち悪い。


 どうにかして満たしたい。

 この空腹を満たして満腹になりたい。


 渇木を突き動かしたのはこの少量の空腹感。

 どれだけ渇木にとって気持ち悪かったかは捨てた昔の食事法を選んだ事から見ても解るだろう。


「んでどうします?

 吐いとる人間ブチのめす言うんはちょお気ィ引けるけど……」


「んな事も言ってられねぇだろ?

 このまま放っておく訳にもいかねぇしな。

 さて……

 どうやって渇木の意識を落とすかだが……

 (げん)、こめかみにスキル叩き込んだろ?

 あれ、意識を落とす様には撃てねぇのか?」


「そんなん言うてもあんなん撃ったん数える程しかありまへんねんから。

 まだまだ練習が足りまへんわ」


「撃った事はあるんだな。

 そん時はどうだったんだ?」


「撃ったん竜河岸でしたから…………

 ん?

 そう言や喰らった奴、気絶しとったな。

 何でやろ?」


「そりゃ竜河岸なら頭を魔力で防御してたんだろ?」


「いやそれは解るんですけども、渇木と反応ちゃいますやん?

 だから何でやろって」


「それは俺も解らねぇ……

 もしかして式使いが扱う恨みの気と魔力の差かもな……」


「なら渇木は恨みの気を使って内部の防御はでけへんって事ですかいの?」


「あの攻撃不意に仕掛けただろ?

 防御が間に合わなかっただけかも知れねぇ……

 それはもう少し戦わないと解らんな……

 まあとりあえず俺達のやる事は渇木にどんどん触手を生やさせて内部の材料を枯渇させる事だ」


「わかりましたわ。

 んでもアイツ(渇木)、どんだけ材料抱えとんでしょうなあ?」


「今までもかなり生やしていたからなあ。

 それでも切れた様子はねぇし……

 くそっどんだけ人間殺してんだよ……

 笑い事っちゃねぇ……」


「ほなぼちぼちやりましょか」


「おう」


 そろりそろり


 後ろから音を立てない様に忍び寄る二人。

 死角から今生えている受憎腕を切断するつもりなのだ。


 卑怯と思われるかも知れないが、相手は化物。

 手段を選んでいられないのだ。


 まだ渇木は四つん這いのポーズ。

 少ない生身の胃と食道を逆流する胃酸で痛めたのだ。


 だが式使いは痛覚を持ち合わせてはいない。

 となると逆流した胃液によるある種の息苦しさを感じているのでは無いか?


 死角から忍び寄る最中、踊七はそんな事を考えていた。

 息苦しさが有効となると五行魔法(ウーシン)の選択肢が増える事となる。


 現在生えている受憎腕は六本。

 両肩に一本ずつ。

 腰部前後に二本ずつ。


 外で見た夥しい量の受憎腕は消えてしまっている。

 おそらく体内に格納したのだろう。


 もう少しで射程に入る。

 二人はもう喋らなくなっていた。


 そろり。

 物音を立てない様に。


 そろり。

 瓦礫の破片を踏み潰す音も立てない様に。


 ゆっくりゆっくりと近づく。

 その様は本当にイヌネコを捕まえようとしている風。


 ようやく踊七の日矛鏡(ヒボコノカガミ)(げん)の氷鋸。

 二つの射程に入った。


 この時、踊七は忘れていた。

 この渇木髄彦……



 騙し討ちが得意と言う事を。



 踊七の網膜に映ったのは四つん這いになっている両手首から伸びているドス黒い紫色の細い()()()()()()


 超速で思考が巡る。

 今胃液の逆流で息苦しさを感じているのであれば、それが落ち着くまで何も動作が出来ない筈だ。


 なのに今眼には伸びている二本の細い受憎腕が映っている。

 となると答えは一つしかない。



 コイツ(渇木)はもう攻撃体勢に入っている。



 ゾワァッッ!


 踊七の全身が総毛立つ。


(げん)ッッッッッ!

 後ろだァァァァァッッッ!!

 ヤツはもう攻撃体勢に入っているゥゥゥゥゥゥッッッ!!」


「ナニィィィッッ!!?」


 危機を知らせる踊七の大声に振り向く(げん)

 目に映るのは迫る無数の細い受憎腕。


 それと小さな五指を開き、掴みかかって来る掌。

 いや、(くち)


 ガッ!

 ガガッ!

 ガッ!


 瞬く間に腕を掴まれる(げん)

 その数、四箇所。

 全て腕。


 ズバァァンッッ!


 が、(げん)は氷鋸を振るう。

 恨気に侵された様子は無い。


 一撃で掴んでいた受憎腕を全て切断してしまう。


「ぐぅぅっっ!!」


 かたや踊七は回避行動をとりながら日矛鏡(ヒボコノカガミ)を振るう。

 数本は切断出来たが、その内の一本が腹に(かす)った。

 苦悶の声が聞こえる。


「踊さんっっ!」


 ザンッッ!


 踊七を襲った残る一本を容易く切断する(げん)


 ダァァンッッ!


 素早く踊七を抱え、魔力注入(インジェクト)を発動させた足で床を強く蹴るげん

 一旦回避する為だ。


 ビュンッッ!


 広い店内。

 瓦礫が散乱している暗い室内を踊七を抱えた(げん)の身体が駆け抜ける。


 ザシャァァァァッッッ!


 瞬く間に店の端まで移動。


(げん)……

 もう大丈夫だ……

 すまねえな」


「え?

 踊さんっっ!?

 もう回復したんでっかっっ!?」


「あぁ……

 まだ半分程残っているがもう大丈夫だ」


 (げん)の移動は時間にして凡そ5秒弱。

 この短時間で回復したのだ。

 正確には半分だが、それにしても脅威の回復力である。


 それには理由がある。

 まず前情報として恨気に侵された場合は魔力を使って除去すると言う事を知っていた点。

 踊七は攻撃を喰らったと認識した瞬間から除去作業に取り掛かっていた。


 続いて攻撃して来た(くち)が小さかった事。

 小さいと流し込まれる恨気も少量になるのだ。

 任意で増大させる事も出来るが。


 それはしなかった渇木。

 狙いとしては背後からの感染和法にて少し動きを鈍らせた後、本命である攻撃で感染減法を仕掛けるつもりだったのだ。

 だが、目論見は踊七の気付きによって脆くも崩れ去る事になる。


「あの触手……

 身体の形、関係無しに攻撃して来るんですな……

 ワイ、四つん這いの姿に騙されてましたわ……」


「あぁ……

 それと式って術……

 初めて喰らったがかなりやべェな……

 (かす)っただけなのに結構、体力と魔力を持ってかれた……

 (げん)、お前は大丈夫なのか?」


 現在、立ち上がってはいるが体内の魔力作用としては目下恨気を除去中なのである。


「そうなんですわ。

 これが全然平気で……

 さっき喰ろた時は身体ん中から何かエラい勢いで侵食して行く感覚と怠さがあったんですが……

 今は何とも無いですわ……

 袖、伸ばしたんが良かったんかな……?」


 この(げん)の予想は間違っていない。


 その通り。

 (げん)の着ているライダースジャケットが式を防いだのだ。


 前述の通り式は衣類等を簡単に通してしまう。

 現に踊七が喰らったのは服の上からである。


 だが(げん)の着ているライダースジャケットは本革製。


 式は基本生物に反応する。

 通常の衣類繊維を通してしまうのはその為。


 だが(げん)のライダースジャケットは本革で仕立てている為、恨気はライダースジャケットの表面に流れたのだ。


 体力、魔力を吸い出すのが恨気の作用。

 ならば本革にはどういった動きを示すのか?

 恨気は大気に散って消失するのである。


 本革は生きていない。

 吸い出す体力も無い為。

 簡単な話である。


 言わば恨気に対するアース線を纏っている様な状態。


 (げん)は自身のトレードマークとしてライダースジャケットを着ているが、偶然式対策が出来ていたのだ。

 ただ(げん)自身この事は知り得ないので最初は喰らってしまったが。


「俺は服越しでも喰らったんだがな……

 ん……?

 (げん)、お前のそれ……

 本革製か?

 もしかして案外合ってんのかも知れねぇぞ」


 ガシャァァァァァンッッッ!


 強引に瓦礫を押しのけ受憎腕が現れる。

 (くち)を開き、こちらに襲い掛かって来た。

 その数、五本。


 先程に比べると少ない。

 さっきは数えるのも無意味な程の夥しい量で大波の様に攻撃して来たのに。


 ザンッ!

 ズバァンッ!

 バツゥンッッ!


 それを難なく切断する踊七と(げん)


 これが人間の“慣れ”である。

 最初こそドス黒い紫色の受憎腕に(おぞ)ましさを感じ戸惑ったが、何度も見ている為もう慣れたのだ。


 そして先程から続いていた膨大な量の攻撃。

 苦戦こそしたがそれを何とか凌いで来た二人。

 フォルムに慣れたと同時に数にも慣れたのだ。


 集中している踊七と(げん)の前ではもはや五本の攻撃など容易く対処が出来るのである。


「なるほど……

 有効射程は10メートルって言った所か……」


 容易く切断できる。

 これは心の余裕を意味する。


 踊七は現在渇木が居るポイントと自分達の距離。

 受憎腕が現れた地点とその本数。

 切断した時の手応え。


 あらゆる情報を加味した上で渇木の射程を測っていた。


 渇木は今、店の隅。踊七達は対角線。

 逆方向の隅付近。

 距離としては20メートル程離れている。


 そして比較的少なかった本数。

 斬った時の手応え。

 正確には力強さ。


 ここから判断した。


 つまり先程の様な捌いても圧して来る様な力強さや大量の受憎腕攻撃は最大でも10メートル範囲内で無いと繰り出せない。


 これはおそらく材料と恨気量の問題ではないだろうかと踊七は考えた。

 確かに大量の受憎腕を生やせるのは脅威ではあるが、何も無い所から作り出す訳では無いのだ。


 だがこれは少し誤りがある。

 見誤り。


 材料の部分は概ね正解なのだが…………



 誤りは恨気量の部分。



 恨気とは文字通り恨みの気。

 心の負荷ストレスによって増大するのだ。

 それを踏まえた上で現在の渇木の状態を考えてみよう。


 微量の空腹感に大きな気持ち悪さを抱いている。

 解消する為、口にしたお菓子で激しい嘔吐。

 そこに迫って来た先程から邪魔する連中。


 不意を突こうとしたが敢え無く失敗。

 逃がしてしまう。

 追撃するもたった今失敗。



 すると…………

 どうなるか。



 ボコォォォ…………


 更に瓦礫を押しのけゆっくりとせり上がる受憎腕五本。

 だが……

 さっきとは雰囲気が違う。


 太さこそ同じだが漂って来る気迫が先程とはまるで別物。


 ビュビュンッッッッ!


 (くち)を大きく広げたかと思うと超速で襲い掛かって来た。

 先程とはスピードも違う。


 早くなっている。

 これは容易く切断とはいかない。


 ガァァァッァァァァンッッッッ!


 激しい衝撃音。

 咄嗟に捌きが間に合った踊七。


「く……

 強い……」


 伝わって来る圧は先程と違って強い。

 離れているの何故に何故?

 そう考えている内に別方向から受憎腕が迫る。


「踊さんっ!」


 ザンッ!


 自分に向かって来た受憎腕は対処完了した(げん)からの援護。

 さすが触れるもの全てを切断する高周波ブレード。


 ここでお気づきかも知れないが何故、先程切断出来た受憎腕を今回は切断出来なかったのか解説しておこう。


 それは込められた恨気量の差。

 二回目の攻撃に込められた恨気量はおよそさっきの二倍。


 受憎腕を物理的に形成するのは(くち)で取り込んだ死体の肉。

 パワー、スピードなどを構成するのは恨気となる。


 従って込める恨気量でパワー、スピード等が上下するのだ。

 ただ無尽蔵と言う訳では無く、やはり物理的な大きさで限界も上下するが。


 踊七が切断出来なかったのは、先程とは段違いのスピード。

 そしてパワーの為、刃を立てる事が出来なかったのだ。


(げん)……

 助かった……」


「室内……

 これヤバいんとちゃいます……?

 室内やと物、多過ぎて触手隠し放題ですやん……」


 (げん)が言っているのは渇木が暴れて出来た瓦礫の山。

 散乱した瓦礫の山には小さな隙間がいくつもある。


 渇木の受憎腕は太さを調節し、いくらでも通す事が出来るのだ。

 そして迫って来る受憎腕は瓦礫が遮蔽して見え辛くなっている。


 更に物が散乱した室内だと受憎腕を切断したとしても天火明命アメホノアカリノミコトは使用出来ない。

 他の可燃物が多過ぎるのだ。


 燃やせないとなると受憎腕を切断したとしても焼却出来ない為、回収される恐れが出て来る。


 たらり


 踊七のこめかみに一筋の冷や汗。


「確かに……

 室内はヤベェな……

 ここで闘り合っても最終的には俺達が負ける……」


 (げん)からの進言も手伝って、式使いと狭い室内で戦う事の不利を肌で感じた踊七。


「んでも出るのはええんですが……

 アイツ(渇木)、誘いに乗ってくれますかね……?」


「さあな…………

 けど追ってくる可能性は高いぜ……

 アイツが何故店内に飛び込んだかって事…………」


 ボコォォォォンッッ!


「だぁぁぁぁぁぁっっっ!」


 踊七が話してる最中で周りの瓦礫が爆発した様に四散。

 中から現れたドス黒い紫色の受憎腕が飛び出し、襲い掛かって来る。


 ガガガガガガガァァァァァッッンッッ!


 日矛鏡(ヒボコノカガミ)で攻撃を捌く踊七。


 数は…………

 さっきと同じ五本。


 だが出現ポイントが違う。

 さっきは前方のみだったが、今回はぐるりと取り囲む様に現れた。


 それを見て悟った踊七。



 コイツ、学習してやがる。



 学習と言っても人間の様な高度な学習では無く、ラットが迷路の道筋を覚える様な原始的なもの。


 さっきのでは当たらなかった。

 じゃあ違う手を。


 これぐらいの短絡的なものである。


 マズい。

 このまま戦ってもこちらに好転する事は無い。

 要らぬ知恵をつけてしまうだけだ。


 切断しても焼却しない限りまた回収され、元の木阿弥。

 踊七に戦慄が奔る。


「こっちは一本だけかいっっ!」


 ザンッッ!


 (げん)に向かって行ったのは一本のみ。

 いとも簡単に切断。


 おそらく渇木は向かって行っても切断される事を学習したのだろう。

 現在踊七は残り四本を対処している事になる。


 ガガガガガァァァァンッッ!


(げん)ッッッ!

 斬れェェェェェッッッ!」


 連続した激しい衝撃音が響く中、踊七からの指示が飛ぶ。


「オラァッッ!」


 ザンッッッ!


 横薙ぎ一閃。

 (げん)の氷鋸が三本の受憎腕を切断。

 残り一本。


 ズバァッッ!


 踊七の日矛鏡(ヒボコノカガミ)が受憎腕を切断。

 向かって来るのが一本だけなら刃を立てて切断は可能なのだ。


(げん)ッッッッ!

 退くぞォォォォッッッ!

 外へ出ろぉぉぉぉっっ!

 発動(アクティベート)ォォォォッッ!」


 ダァァァンッッッ!


「アッ……

 発動(アクティベート)ォォッ!」


 ガァァァァンッッッ!


 魔力注入(インジェクト)を発動した二人の身体が物凄いスピードで横跳び。


 ガシャァァァァァンッッッ!


 窓ガラスをぶち破り、そのまま外へ。


 クルッ


 スタッ


 空中で反転し、着地する二人。


「踊さん。

 斬った腕、燃やさんで出て来て良かったんですか?」


「あんな瓦礫の山で着火なんかしたらたちまち周りは火の海だろ?」


「まあ確かにそらそうですわな。

 それよりもさっきの話ですわ。

 アイツが誘いに乗って来んで籠城決め込んだらどないしますのん?」


「あぁ、それな。

 俺は多分追って来ると思うぞ。

 奴が何で店内に侵入したかって話だよ」


「どう言う意味ですか?」


アイツ(渇木)が店に入った理由は食事だよ。

 簡単に言ったら人を探してんだよアイツは。

 喰う為にな。

 でもいつの間にか周りは俺達以外誰も居なくなってるだろ?

 だからアイツは店員狙いで侵入したんだよ。

 でも中は誰もいねぇだろ?

 そりゃそうだ。

 何処の世界でライブやってる時に野球グッズ買いに来る奴がいるんだって話だ。

 笑い事っちゃねぇ。

 んでアイツは誰も居ねぇから菓子食って吐いたって訳だ」


「渇木ってドアホなんか?

 それともそない腹減っとんのか?」


「多分どっちもだ。

 んで周りに誰も居ねぇ。

 人間は俺達だけ。

 となると…………」


 ガラッ


 薄暗い店内から音がする。

 中からゆっくりと姿を現す渇木。


 踊七は姿を確認した瞬間、素早くポケットに手を入れる。

 取り出したのは小さな木の棒。

 五行魔法(ウーシン)の準備。


 まだだ。

 もう少し……

 もう少し出てこい……


 五行魔法(ウーシン)を発動するのは大量の受憎腕を生成した瞬間だ。

 どうせ店内で切断したやつ(残骸)は回収してんだろ。


 店の外に出た。


 まだだ。

 まだタイミングでは無い。


「くワ…………………………

 せロ…………」


 ぐるん


 渇木の呟き。

 踊七は素早くL字を模った左手を一回転。

 宙に現れる太極図。


 ズボァァァァァァァァッッッ!


 再び背中から大量の受憎腕を生成した渇木。

 その総数16。


 全てに溢れた恨気を漲らせている。

 仕掛ける術はもちろん感染減法。


 が…………

 渇木は甘く見ていた。



 梵踊七(そよぎようしち)を。

 いや、魔法(マジック・メソッド)で構成された五行魔法(ウーシン)

 その多様性能、汎用性能を。



「生順破棄ィィッッッ!

 沙土瓊尊(スナツチニノミコト)ォォォォッッ!」


 ズルゥゥゥゥゥゥゥゥッッッッ!


 素早く五行魔法ウーシン発動。

 生成された受憎腕以上の太い蔓が四方から急速に生えた。


 そのスピードは受憎腕生成スピードをも凌ぐ。

 しかも本数も16以上。

 生成された受憎腕の数を超えているのである。


 その蔓はまるで意思を持っているかの様に素早く受憎腕に絡みつく。

 いや、腕だけでは無く全身へ伸びて行く。


 ビシィィィッッッ!


 瞬く間に渇木の身体全体を強く縛り上げる蔓。

 身動きが取れない渇木。


 踊七が生成した蔓はサルナシの蔓。


 ■サルナシ


 マタタビ科マタタビ属の雌雄異株または雌雄雑居性の蔓植物。

 別名:シラクチカズラ、シラクチヅル。

 蔓は直径5センチ、長さは50メートルまで伸びる事もある。

 非常に丈夫で腐りにくい事から祖谷(いやだに)のかずら橋(吊橋)の材料に使われる。


 更に魔力を通している為、実際のサルナシの蔓よりも遥かに強靭。

 それを一瞬の内に生成したのだ。


 そして数。

 パッと見でも明らかに受憎腕より多い。


 生成した位置も驚嘆に値する。


 まず地上。

 渇木の身体をコの字に取り囲む様に生えている。


 それだけではない。

 天井を支える太い柱からも大量に生えている。

 文字通り四方八方からがんじがらめになったのだ。


「カ…………

 ハ………………」


 当然、蔓は首にも巻き付いている。

 苦しそうな声を漏らす渇木。


 これが五行魔法(ウーシン)、第三顕現。

 木行の弱術、沙土瓊尊(スナツチニノミコト)である。


 これは木の壁を生成するだけでは無い。

 踊七のイメージできる植物であれば生成可能。


 しかも生成ポイントは視認できる範囲なら場所は問わない。

 コンクリートだろうとモルタルだろうとアスファルトだろうと関係無い。


 見ての通り多点同時生成も可能。

 且つ操作も自在。


「これで意識が飛んでくれたら良いんだけどな……」


 苦しそうな渇木を見て、先の四つん這いになっていた姿を思い出す踊七。

 これで決着が付くとは思っていない。

 あくまでも時間稼ぎのつもり。


「おい、(げん)

 魔力注入(インジェクト)の準備しろ。

 とりあえず魔力補給の為にナナオの所へ戻るぞ」


 沙土瓊尊(スナツチニノミコト)

 これだけの超常現象を起こす為にどれだけの魔力を使うのか?


 そう、踊七は残存魔力全てを使って五行魔法(ウーシン)を使用したのだ。

 室内の戦闘段階で残存魔力がそろそろ無くなるかもと考えていた。


 渇木の全身を強く縛るサルナシの蔓。

 あらゆる箇所に巻き付き、身体を拘束している。


 脱出しようと受肉腕を引っ張るが、強靭なしなやかさを見せる蔓は振り解けない。

 現在込めている恨気では力づくの脱出と言う訳には行かない。


 そう…………


 ビンッッ!


 バツンッッ!


 弾ける様に引き千切られるサルナシの蔓。

 そう、あくまでも現在の話。


 踊七達が対峙しているのは式使い。


 拘束されている今も食に、空腹に、目の前にある唯一の食糧(人間)に。

 恨みを募らせているのである。

 体内に溢れる恨気。


 ビンッッ!


 バツンッッ!


 再び引き千切られるサルナシの蔓。

 溢れた恨気の行先は現在生成されている全ての受憎腕。

 言い換えるとサルナシの蔓で縛られている箇所と言える。


「ホレ……

 来やがった……

 笑い事っちゃねぇ……」


 式使いはこれが出来る。

 現在脱出出来なくても、その一秒後は解らない。


 恨気を体内で発生させ、送り込む事でパワーアップを図る事が出来る。

 この事は踊七も重々承知。


 だが、まだ出発の合図を送らない。

 立ち尽くしたまま。


 ビンッッ!


 バツンッッ!


 ビンッッ!


 バツンッッ!


 次々と引き千切られて行くサルナシの蔓。

 脱出は時間の問題。

 だが、踊七はまだ行こうとはしない。


「あ~~……

 こらアカンわ。

 んで踊さん、まだ行かんのですか?」


「もうちょっとだ。

 もうちょっと待て……

 あと、(げん)

 俺は残存魔力をほとんど沙土瓊尊(スナツチニノミコト)に使っちまった。

 補給するまでスキルや魔力注入(インジェクト)を発動する事は出来ねぇからな……

 悪ぃが渇木の猛攻はお前一人で防いでくれ」


「わかりましたぁっ!

 任せてくんなましっっ!」


 ジャキィッ!


 気炎万丈の(げん)は勇ましく氷鋸を構える。


 ビンッッ!


 バツンッッ!


 ビンッッ!


 バツンッッ!


 更に引き千切るスピードはアップし、残された蔓はあと三本。


「そろそろか……

 さて、既に発動した魔力注入(インジェクト)だけで逃げ切れるかな……?」


 残存魔力が無くなったとしても素の身体能力で逃げる訳では無く、既に発動した魔力注入(インジェクト)を使用する。

 だがもう残存魔力は残されていない為、集中(フォーカス)し直しなどは出来ないが。


 ビンッッ!


 バツンッッ!


 残り一本。


「今だぁぁぁぁっっ!

 行くぞォォォォッッ!

 ナナオ達の元へ走れェェェッッ!」


 ガンッッッッッッ!


 強く地を蹴る踊七。


発動(アクティベート)ォォォッッ!」


 ヒュボッ!


 (げん)の体内で響くジッポライターの着火音。


 バァァァッァァァァンッッッ!


 続き、(げん)魔力注入(インジェクト)発動。

 踊七が動き出したのを見てから地を蹴る。


 これは踊七を先行させる為。

 (げん)殿(しんがり)を任されたのだ。


 超速で移動する二人の身体。

 目的地はナナオ達がいる地点。

 三塁側外周部。


 (げん)の眼には踊七の背中が見える。

 そして後ろを警戒する。


 何故、踊七は拘束してすぐにナナオの元へ走らなかったのか?


 これは自分達を狙わせる為。

 一番避けたかった事は東京ドームの外周を離れ、文京区市街地を目指される事。

 もしそうなってしまったら被害者の山を築く事になってしまう。


 だから自分自身をエサと思わせる為、ギリギリまで側に居たのだ。


 来た。

 来てる。

 追って来ている。


 千切れている巻き付いたサルナシの蔓もそのままに。


 渇木髄彦(かつきすねひこ)だ。

 踊七の誘いに乗った。

 まるで目の前にぶら下がったニンジンを目指す競走馬の様。


 ビュビュビュンッッッ!


 渇木が受憎腕で(げん)に襲い掛かる。


「確か……

 この触手……

 伸びる言うてたっけ…………

 のうっっっ!」


 ザンッッッ!


 超速で移動しながら氷鋸を振るい、迫る受憎腕を切断。


 景色が物凄い速度で後ろへ流れて行く。

 もう少し。

 もう少しで辿り着く。


 見えた。

 深緑の鱗と七本の尾。

 ナナオだ。


「ナナオーーッッ!

 魔力補給だーーッッ!」


 大声で呼びつける踊七。


 ズザザザザーーッッ!


 強く地に足を入れ急ブレーキ。

 勢いで滑る踊七の身体。

 ナナオの元へ到達。


 バッ!


 素早くナナオの鱗に手を合わせる踊七。

 膨大で濃密な魔力が体内に流れ込んでくるのが解る。

 入って来た魔力を右から保持(レテンション)をかけて行く。


【ムウ……

 踊七よ……

 お前が魔力補給するなど珍しいな……

 それ程の強敵なのか……?】


 竜河岸は個々で一度に内包出来る魔力の量は決まっている。

 限界を超えて魔力を吸入すると、様々な症状が現れる。


 アドレナリン大量分泌による興奮、錯乱状態や魔力の毒性により立てなくなる。


 名古屋で杏奈と戦った時や神戸で源蔵と戦った時に竜司が見せた状態。

 魔力酔い(ウェスティド)と呼ばれる症状である。


 内包魔力量は習練によって大きくする事は可能。

 踊七の魔力内包量は竜河岸の中でも群を抜いている。


 それはあの呼炎灼(こえんしゃく)皇豪輝(すめらぎごうき)と並ぶ。

 ナナオと言う異質の竜を使役し、横浜と言う竜河岸にとって魔都と化した街で生きて来たのだから当然とも言える。


「あぁ……

 ナナオ……

 笑い事っちゃねぇぐらいヤベェ相手だよ」


【フフ……

 それは愉快……

 お前を圧倒する程の強敵……

 ゆっくり見させてもらうとしよう……】


 ナナオは渇木の確保に手は貸さない。

 自身が一度力を振るえば東京全域が灰燼と化す事を知っているから。


 すぐに魔力補給が完了する。

 満タン状態。


(げん)ッッッッ!

 代われェェェェッッッ!

 発動(アクティベート)ォォォォッッ!」


 ガァァァッァァァンッッッ!


 強烈な力で強く地を蹴り、渇木へ弾け飛んだ踊七。


 魔力全開で発動した魔力注入(インジェクト)

 魔力が無くなる心配が無くなり100%戦闘に集中出来る。

 ノルアドレナリンやドーパミンが自然に溢れ、ボルテージも上がっている。


 今現在の踊七はさっきよりも強くなっている。


 到達した(げん)とスイッチ。

 次は踊七が一人で渇木を食い止める番だ。


 ガァァァァンッッ!


 (げん)と交代した踊七は横跳びしながら、手に持たれた日矛鏡(ヒボコノカガミ)を振るう。

 強烈な剣圧で向かって来た数本の受憎腕を薙ぎ払った。

 強制的に方向を変えられた受憎腕の群れがあらぬ方向へ四散。


 ズザザザザーーッッ!


 急ブレーキをかけた踊七。

 渇木の前に立ちはだかる。

 更に倍以上の攻撃を繰り出して来る渇木。


 ガガガガガガガァァァァァッッンッッッッ!


 何度も何度も大きい衝撃音が鳴る。

 多方向から迫る数多の受憎腕を日矛鏡(ヒボコノカガミ)一本で捌いている踊七。


 依然として刃を立てる事は困難で切断する事は難しいが、今の踊七ならば難なく捌く事が出来る。


 さっきのは…………

 回収済みか…………

 くそっ……


 踊七の思惑。


 さっき(げん)が切断した残骸を探したのだ。

 だが、見当たらない。

 既に渇木が回収したと言う事。


「踊さんっ!

 待たせたのうっ!

 触手はワイが引き受けまっさっっ!

 踊さんは残骸の焼却に集中してくれぇぇっ!」


「わかったぁっ!」


 更に踊七と(げん)の位置が変更。

 魔力補給を完了させたのだ。


 ザンッッッッ!


 ズバァァァァッッ!


 先程踊七が捌いていた数多の受憎腕を二振りで全て切断。

 全くもって高周波(ブレイド)を発動させた氷鋸の切れ味には驚愕する。


「生順破棄……

 第三顕現……

 天火明命アメホノアカリノミコト……」


 ボボウ……


 さっそく踊七が五行魔法(ウーシン)発動。

 たった今、(げん)が斬り落とした受憎腕の残骸に火をつける。



 ガシャァァァァァンッッッ!!



 と、ここで遠くから大きなガラスの破砕音。


「何やっっ!?」


「何だっっ!?」


 すぐさま音の方を見る踊七達。

 渇木にも聞こえたらしくぼーっと音のする方を見つめている。


 何か大きな()()()が東京ドーム内から飛び出して来たのだ。

 白い布からは紫色の太いロープの様なものが何本も伸びている。


 そして……

 その紫色ロープの先には……


 見慣れた人物と竜。


 二人は縛られ、拘束されている。

 その人物はそう……



 皇竜司(すめらぎりゅうじ)とガレアである。



 そのまま白い布は投擲された球の様に東の空へ消えて行った。


「竜…………

 司…………」


 その様を見た踊七は言葉を詰まらせる。


「あれ……

 竜司ですな……

 あいつ(さら)われたんか。

 となると、あの白い布は刑戮連(けいりくれん)……

 こいつが渇木でドームの中には曽根…………

 って事は中田か……」


 対照的に(げん)は落ち着いて分析。


「笑い事っちゃねぇな……

 早く渇木を片付けて助けに行かねぇと……」


「ん……

 まぁ大丈夫ちゃいまっかっ…………

 とぉっ!」


 ズバァッ!

 ザンッ!

 バツンッッ!


 踊七と会話しながら再開した受憎腕の攻撃を容易く切断して行く(げん)


「そうは言ってもだな……

 渇木でコレだぞ……?

 中田って言ったら刑戮連(けいりくれん)のリーダーだろ……?

 俺達が考えつかない事をやって来そうじゃねぇか……

 生順破棄……

 天火明命アメホノアカリノミコト


 ボボウ


 踊七も会話を続けながら、五行魔法(ウーシン)でテンポ良く残骸に火をつけて行く。


 どれだけ不意を突いても斬られてしまう。

 どれだけ攻撃を仕掛けても斬られてしまう。


 何故だ?

 何が原因だ。


 渇木の原始退化した脳はそう言う方向へ思考をシフトしていた。


 あれか。

 あの男が持っているもの。

 あれで切断しているのか。


 自分の食欲を満たす為だけに存在している脳でも、(げん)の持つ高周波(ブレイド)を発動させた氷鋸は脅威だったらしい。


 憎い。

 何だあれは?


 憎い。

 何故邪魔をする。

 何であれは俺の食事を邪魔する。


 憎い憎い憎い憎い憎い憎い。


 原始の脳に溢れる恨み。

 それはエネルギーとなり渇木の身体を駆け巡る。


 ズボァァァァァァァァッッッ!


 渇木の背中から夥しい量の受憎腕が急速生成。

 全て(げん)に向かって行く。


「へっ……

 手品ももう見飽きとるっちゅうねんっ!」


 だが、(げん)は臆する事無く氷鋸を握った。


 “見飽きた”


 この言葉は慢心とも受け取れる。


 その通り。

 (げん)は見誤っていた。


 また同じ攻撃が来るだろう。

 違っても数が増えるぐらいだろう。

 そう思っていた。


 が、渇木の狙いは違っていた。


 ジュルルルゥゥッッッ!


 超速で向かって来る中、複数本の受憎腕が合わさり一本の極太受憎腕を作り出した。

 その拳の大きさは乗用ワゴン車程もある。


 デカい。


「ナニィィッ!?」


 初めて見た受憎腕の合体、その大きさに(げん)は驚きの声を上げる。

 だが、同時に違和感も沸いた。


 何に?


 その軌道にだ。

 このコースだと(げん)本体は狙っていない。


 ならば何が狙いなのか?

 違和感が発生した直後、渇木の常軌を逸した行動を目の当たりにする。


 グアァァッ!


 巨大な拳の五指が開いた。

 そして一思いに掴んだ。


 何を?

 それは…………



 (げん)の持つ氷鋸。



 バツゥンッッ!


 掴んだ途端、弾け飛ぶように切断された受憎腕の指。

 現在高周波(ブレイド)は発動している。

 当然である。


 だが、更にここから異常。

 もはや生物から大きく逸脱した行動を取る渇木。


 ジュルルルルルゥゥゥンッッ!


 指の切断面から更に無数の受憎腕が大量急生成。

 氷鋸を掴みにかかって来る。


 バババババババババツゥンッッ!


 だが、依然として高周波(ブレイド)を発動している氷鋸は掴みかかる数多の(くち)を弾く様に次から次へと切断されて行く。

 まるで撥水性の高い物質が水滴を弾くかの様に。


 ジュルルルルルゥゥゥンッッ!


 だが負けじとどんどん次から次と受憎腕を急生成する渇木。

 それだけ(げん)の氷鋸に恨みを抱いていた。

 いや、それだけ脅威だったのだ。


「やめぇっ!

 無駄じゃぁっ!」


 狙いが解った(げん)は氷鋸を引っ張る。

 が、受憎腕に掴まれた氷鋸は動かない。


 高周波(ブレイド)を発動しているのに何故?


 それは切断は続いているが、それを上回るスピードで且つ大量の受憎腕が次から次へと急生成され、掴んでいる為。

 切断しているのに動かない。

 刃先にはドス黒い紫色が蠢く様に見える。


 何と(おぞ)ましくて奇妙な光景。

 更に別の腕が切断された残骸を次から次へと回収していく。


「くそっ……

 早過ぎる……」


 回収の速さは天火明命アメホノアカリノミコトを仕掛ける隙も与えない。


 そして…………

 ついに…………


「ウオォォォッッッ!」



 氷鋸が奪われてしまう。



 続く。

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