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ドラゴンフライ  作者: マサラ
最終章 第二幕 東京 暮葉ドームライブ編
171/284

第百七十話 半飢半渇(渇木戦①)

 ただ終わったと。

 終わった事だけは理解出来た(おと)であった。


 パタッ


 蓮が倒れた。


「くー……

 すー……」


 寝てしまったのだ。

 これは後遺症の睡魔。


 地に投げ捨てられた銃形態のルンルが眩い光に包まれる。

 やがて現れたのは竜形態のルンル。


 従来ならば蓮の意思が無いと戻らないのだが、今回は介在無しで元に戻った。

 これも魔力ブーストの効果と言える。


【あらん?

 この子、寝ちゃったの?

 まあ無理も無いわね。

 アタシの電力、結構減っちゃったしぃ】


 あっけらかんとしているルンル。


「蓮ってば寝ちゃったの?

 フフ……

 気持ち良さそうな顔して」


 プニプニ


 人差し指で蓮の頬をつつく暮葉。

 和やかな空気が周りを包む。


 だがその和やかな空気に納得しない者が一人。

 勘解由小路響(かでのこうじおと)である。


 (おと)からしたら自分なりに曽根を確保しようと頑張っていた。

 恨気に侵され、何度も何度も何度も倒しても起き上がって来た曽根との死闘。

 それがこんな訳の分からない事で決着がついてしまったのだ。


 その事に納得がいかない。

 何とも達成感(カタルシス)の無い任務。

 せめて何があったか実況見分を行わないと気が済まない。


「スニーカー」


(おと)ちゃん、終わったの?】


 傍へ寄り、クリクリした両眼を(おと)に向けるスニーカー。

 亜空間を出す。


「ええ……

 多分」


 亜空間に手を入れ、拘束衣を取り出す。


 頭の中は蓮の仕掛けた攻撃について考えていた。

 今、目に映っている景色に既視感。


 スニーカー、スミス以外の亜空間を見た気がする。

 あ、あの時。

 蓮の攻撃の時だ。


 蓮が引き金(トリガー)を引いた刹那。

 曽根の居る辺りに亜空間の入り口が開いていた。

 すぐに発射時の眩い光に遮られ、見えなくなったが。


 これが意味する事は何なのか?


 まだ解らない。

 とりあえず曽根の状態を確認する為、拘束衣を持って現場へ向かう。


 曽根の身体は倒れている。

 だがおかしい。

 曽根の身体がおかしい。


 ()()()のだ。

 物凄く。


 近づくにつれ、曽根の現状が明るみになり言葉を失った(おと)


 扇状に抉れ地面が剥き出しになっている中、横たわる曽根の側に立つ。

 その惨状は酷い物だった。


 まず曽根の周りを覆っていたドス黒い紫色の腕。

 受憎腕が一本残らず消失。


 無くしている箇所は受憎腕だけではない。

 腰から下、四肢もゴッソリ無くなっている。


 目の前に横たわるのは四肢と下半身を失った顎が紫色の中年女性。

 両眼は完全に白目を剥いている。


 ゆっくりしゃがむ(おと)

 まず行ったのは胸部に手を当てる事。

 生存確認だ。


 トク……

 トク……


 心臓の鼓動を感じる。

 こんな状態になってもまだ生きている。

 どこまで行っても化物だ。


 意識は寸断されている。

 (おと)や暮葉、スミスらがあれだけの攻撃を叩き込んでも得られなかった今の状態。


 一体どうやって?


 まず(おと)は曽根の傷口を確認。

 傷口は強大な力で引き千切られた様。

 両肩は上腕部の入り口辺りから引き千切られている。


 傷口に汚い紫色の肉片が残っている。

 伸びている受憎腕の表皮が痛々しい。


 肩の後ろ、背中の下降鋸筋辺りに生えていた受憎腕も同様。

 下半身はもっと痛々しく、中央に脊髄の断面らしきものが覗いている。

 見ているだけで背筋がゾクリとする惨状。


 ただその光景に疑問点が湧く。


 血が流れていない。

 着ていたボディコンドレスの断面が焦げている様に見える。

 触れたらすぐに四散してしまいそうな程、炭化している。


 いや、それは腰部だけで無く、両肩部も同様。


 焼き切ったのか?


 いや、それならこんな痛々しく表皮は伸びたりしない。

 とりあえず身体の確認は完了。

 拘束衣を取り付けて行く。


 ダルマと化した曽根なだけに物凄く付け辛い。

 拘束衣を付けている最中、周りの状況を確認する。


 おかしい。

 あの強靭な受憎腕がボロボロに炭化する程の熱量。

 にも関わらず、周りは全く焼け焦げてない。


 キョロキョロ周りを見渡してみる。

 何処も変化はない。


 確かに横たわる曽根の周りは扇状に抉れてはいる。

 が、扇の外は変化が無い。

 曽根との激闘を示すかの様に荒れに荒れていた。


 ただ一点。

 変化があった。


 それは直上。

 東京ドームの屋根。

 ポッカリと穴が開いて、空が見える。


 距離から考えて、穴の大きさは約1.5メートル強と言った所。

 ますますもって解らない。

 蓮が一体どういう攻撃をしたのか?


 やがて拘束衣を付け終わる。

 懐から携帯を取り出した(おと)

 かける先は豪輝である。


「もしもし、隊長ですか?」


「おう(おと)か?

 どうした?」


「テロリストを確保しました。

 府刑への護送をお願いします」


 曽根の護送を依頼。

 (おと)が言っている府刑と言うのは府中刑務所の略である。


 (なずみ)と同じ刑務所。

 と言うより東京には府中以外に刑務所が存在しない。


「わかった。

 場所は?」


「東京ドームです。

 あいつらライブを襲撃して来ました」


「そうか。

 刑戮連(けいりくれん)は全員居るか?」


「はい、私が確保したのは曽根です。

 渇木(かつき)、中田両名も現在交戦中だと思われます」


「わかった。

 すぐに人をよこす」


「あと救急車もお願いします。

 極度に衰弱している者が居ますので」


「わかった。

 合わせて手配しておこう」


「よろしくお願いします」


 携帯を切る(おと)

 電話している間も考えていた事は蓮の正体不明の攻撃。

 やはり納得が行かないのだ。


 音はどうだったか?

 聞こえたのは弾丸の発射音のみ。

 着弾やその他の音は聞こえていなかった。


 やはり気になるのは超電磁誘導砲(レールガン)の形状変化。

 主砲塔の上に備え付けられた副砲塔の存在。


 あれは何故生成されたのか?

 メインが撃てなくなった時に使う為だろうか?


 拘束衣に包まれた曽根を持ち、暮葉とルンル、スニーカー達の元へ戻る。


「ねえ……

 貴方、さっきの銃の形が変わったのって何か知ってる?」


 ルンルに尋ねる(おと)

 解らなければ本人に聞こうと言う事だ。


【ん?

 アタシ?

 あらん、アナタなんて呼び方はやめてちょーだい。

 アタシにはルンルって言うプリチーな名前があるんだからん】


 そう言ってバチンとウインクするルンル。

 やはり可愛くない。


「あ、そう……

 ルンル……

 貴方、変わった竜なのね……

 それよりも銃について教えて欲しいの」


【あぁ、あのカタチ?

 私も知らないわん。

 あんなのに変わったの初めてだしぃ】


 となるとメインが使用不能になった時の備えと言うのは考えづらい。

 スキルと言うものは発動者の意思で形成される物。

 未経験のスキルで備えと言う考えがおかしいと言う事である。


 ならば副砲塔はサブとして備わったものでは無く、撃つ為に備わったもの。


「ルンル……

 貴方、総蓄電量っていくつぐらいなの……?」


 (おと)は知識として雷竜の力量が蓄電量で決まる事を知っていた。

 だからこその問い。


【ん?

 アタシ?

 80(プーモ)……

 えっと、こっちで言うと80PW(ペタワット)でいいのかしら?】


 それを聞いた(おと)は絶句する。

 途轍もないエネルギーだからだ。


 例として原子力発電所で考えてみよう。

 原発一基が一年間で発電する総量は150~700億KW(キロワット)

 これをルンルが言った単位に換算すると0.07PW(ペタワット)


 これだけでもルンルがどれだけ膨大なエネルギーを内包しているかが解ると思われる。


 そしてこの80PW(ペタワット)と言う数値は竜界滞在時に測定した数値。

 生物とは学習し、進化していくもの。

 現在の蓄電量はそれ以上と言える。


 ちなみにルンルが竜界時代や蓮の母親、(あかざ)についていた頃。

 やたらと眠たそうにしていた。

 (参照:閑話第六章)


 それは内部の蓄電器官が成長していたのだ。

 まるで人間の背が伸びる時に身体が軋み、痛む様に。


「…………そ……

 それでさっきの銃を撃った時……

 いくらぐらいの電力を消費していたの……?」


 正直聞くのが恐ろしかった(おと)

 人間と竜との差が歴然となる。

 もちろん生物としてだ。


【ん?

 そんな使った電力まではよくわかんないわよう。

 減り方から考えて150(テラ)ぐらいは使ったんじゃないかしら?】


 ここで(おと)の脳裏に過ったのは何の気なしに読んでいた科学雑誌の記事。

 表題は“LHCで極小ブラックホールを生成しても地球は消滅しない”。


 LHCとはCERENがスイスに建設した大型ハドロン衝突型加速器の事。

 この加速器を使えば、マイクロブラックホールを生成する事が可能と言う途轍もない施設。


 この事が発表されるや、地球が飲み込まれてしまうのではと危惧する人が続出したと言う。


 (おと)が思い出した記事と言うのはこれに対するCEREN側が発表した否定記事である。


 ■LHC


 大型ハドロン衝突型加速器。

 LHCはLargeHadronColliderの略。

 高エネルギー物理実験を目的としてCERENが建設した世界最大の衝突型円形加速器の事である。

 2008年9月10日に稼働開始。

 2013年2月以降稼働停止していたが、2015年4月に改良工事を終え、稼働再開。

 改良された事により高速エネルギーが8兆電子ボルト(8(テラ)電子ボルト)から13兆電子ボルト(13(テラ)電子ボルト)に変更された。


 確か雑誌では陽子を物凄いスピードでぶつけると極小のマイクロブラックホールが生成されると書いてあった。

 何故突然ブラックホールの記事を思い出したかと言うとLHCの使用電力とルンルの言った電力の単位が合致したからだ。


 (おと)は考えていた。


 使用電力が約150TW(テラワット)

 2本の砲塔。

 標的の近くに開いた亜空間。


 そしてこの不可思議な扇状の現場。


 (おと)は突拍子も無い仮説を立てた。


 もしかして…………



 蓮はマイクロブラックホールを生成したのではないかと。



 まず使用電力。

 150TW(テラワット)もの膨大なエネルギーがあれば、弾丸を光速、もしくは亜光速まで加速が可能だろう。


 2本の砲塔。

 これは陽子同士をぶつける為、2発発射した。


 亜空間。

 普通の街中でMBHマイクロブラックホールなんか生成したら被害が甚大なものになる。


 が、亜空間内なら別。

 時空が別離されているのだから。


 被害が扇状なのは亜空間内に出来たブラックホールが呑み込んだからでは無いか?

 被害が近辺だけで済んでいるのはブラックホールが一瞬で消えてしまったから。


 この一瞬で消えてしまう。

 ここに屋根の穴の答えがある。

 ブラックホールが消えてしまう理由はホーキング放射という熱量放射の為だそうな。


 ホーキング放射が具体的にどれぐらいの熱量を持っているかは解らないが、ブラックホールが消失する程だから相当なものだろう。

 屋根の穴が開いているのは角度を付けた亜空間の入り口から放たれたホーキング放射のせいではないか?


 ここまで考察した段階で(おと)は考えるのを止めた。

 当の本人は眠ってしまっているし、第一撃った時も自身のスキルについて解っていない様子だった。


 しかしブーストをかける前でも相当な威力の銃だったのに、それがブラックホール生成器(ジェネレーター)に変質するとは。

 一番恐ろしいのは暮葉の魔力ブースト。


 ぶんぶん


 頭を左右に振る(おと)


 いやいやいやいや、何を考えているんだ。

 ブラックホールを生成したと言うのはあくまでも私の仮説じゃないか。


 今となっては誰にも答えが解らない。

 何をアニメや漫画みたいな事を考えているんだ私は。

 あまりに突飛な方向に考えが飛躍していた自分を(たしな)めた(おと)


 一瞬で終わった激闘。

 余りに不可思議な現場がそうさせたのだ。


「キャハハッ!

 面白ーいっ!

 いくらほっぺたつっついても起きなーいっっ!」


 嬉しそうに蓮の頬をつついている暮葉。


 その様子を見ているととても物凄い力を持っているとは思えない。

 もう忘れよう。

 戦いは終わったんだ。


「報告書どう書こう……」


 ぽつりと(おと)がぼやく。

 今回の曽根戦、報告書をどうまとめようと言う話。


 蓮さんの訳の分からない一撃で気が付いたら終わってましたとはとても書けない。


 まあ良い。

 そこら辺は落ち着いてから考えよう。

 とにかく疲れた。


「暮葉さん……

 貴方、ライブでしょ?

 国立競技場に向かった方が良いんじゃないの?

 スニーカーに亜空間、出してもらうけど」


「えっ?

 あっあぁ……

 ライブ……

 確かにそうなんだけど……

 でもっ……

 でも……

 竜司が……」


 暮葉は攫われた竜司の心配をしていた。


「竜司が心配なのは解るけど……

 それにしてもファンに何かしらのアクションは示した方が良いんじゃないの?

 マス枝さんにこっちが片付いた事を報告して欲しいし。

 竜司を助けに行くにしても一度国立競技場に行った方が良いと思うんだけど」


 (おと)は現状を国立競技場で待つファンに報告した方が良いのでは?

 とアドバイスしているのだ。


 東京ドームに来ていたファンは避難する際に暮葉が戦い始めた所を目撃している。

 となるとテロリストの存在を隠蔽する事にあまり意味を持たない。


 待っている者と言うのは何らかの情報が来ればある程度落ち着くもの。

 

 ここで全て片付けて何事も無かったかのようにライブを始めるよりかは貴方達を護ってるアピールをした方がファンの心は逃げないのではと(おと)は考えたのだ。

 言い方は悪いが。


「う……

 うん……

 わかった……」


「スニーカー……

 亜空間を出して……

 行先は国立競技場で……」


【うんわかったー】


 すんなり了承したスニーカー。

 口調は子供っぽいがいつも何処の事だと尋ねるガレアやバナナの事しか考えてないボギーに比べてスニーカーは利口なのだ。

 国立競技場が何処の事かは把握している。


 側に亜空間が開いた。


「じゃあ……

 マス枝さんに宜しく……

 こっちは片付いたって伝えてね……

 遥さんと蓮さんは私が責任持って見てるから安心して……」


「はい、じゃあ行って来ます」


 こうして暮葉は亜空間に消えて行った。


 (おと)は救援に行かないのか?


 こう思われた読者もいるかも知れない。

 その答えとしては助けに行かない。


 いや、助けに行けないと言うのが正しい。


 度重なる魔力注入(インジェクト)使用による魔力吸収過多。

 並びに魔力注入(インジェクト)による身体酷使。

 感染除法対策での呼吸器系統の負担。


 奥の手こそ使っていないものの(おと)の身体はかなり疲弊していた。

 今はもう竜司の無事を祈る事ぐらいしか出来ないのだ。


 こうして東京ドーム内での曽根との戦いは幕を閉じる。


 曽根嫉実(そねしつみ)VS勘解由小路響(かでのこうじおと)天華暮葉(あましろくれは)夢野遥(ゆめのはるか)新崎蓮(しんざきれん)、スニーカー、スミス、ルンル。

 (おと)側の勝利。

 決まり手:ブラックホール生成器(ジェネレーター)(未確認)




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 時間は1~2時間程。

 踊七と(げん)が外に出た辺りまで(さかのぼ)る。



「踊さん踊さん。

 相手、脅迫なんかして何しよ思てんでしょうなあ?」


 東京ドーム外周をのっしのっしと歩く大柄の男。


 頭は金髪リーゼント。

 アウターに黒いライダースジャケットを羽織っている。


 遠目でも解るその巨躯。

 肩で風を切りながら歩いている。


 この男は鮫島元(さめじまげん)

 竜司の親友である。


 ■鮫島元(さめじまげん)


 竜司の親友。

 17歳。

 関西の不良の頂点に立つ大番長。

 見た目は粗暴、狂暴。

 暴の空気をゆんゆんに発している。

 竜司とは大阪で知り合い雨の中、大ゲンカを繰り広げ、その後に親友となる。

 (参照:第二十三~四話)

 初めはその発せられる暴の空気に竜司も怖がっていたが、今は(げん)がどう言う人間か知っている為、仲良くやっている。

 確かに(げん)はケンカ大好き。

 バトルマニアの一面もあるが、その実は誰彼構わず暴力を振るう様な人間では無い。

 過去に父親を早くに亡くすと言う経験から将来は福祉の道。

 身寄りの無い子供達を助けたいと考えている。

 使用スキルは震拳(ウェイブ)貫通(ペネトレート)等、破壊力の高い物が多い。

 力押しの脳筋と思われがちだが、魔力中和(ニュートラライズ)と言う竜の魔力壁(シールド)を破る技術も習得。

 ケンカスタイルも相手の癖や嗜好、傾向などを分析しながら戦うのを得意としている。

 趣味は料理。


「ん……?

 何や?

 ししゃもが食べたいやてぇっ!?

 んなモンあるかいっ!

 終わってからや終わってからぁっ!」


 突然、(げん)が声を荒げた独り言。


 これは独り言では無い。

 使役している竜、ベノムとコミュニケーションを取っているのだ。


 (げん)の使役している竜はベノム。

 本名はベンダ・ノ・ムール。


 震竜である。

 種族が示す通り地震を操る事が出来る。


 性格は気まぐれで気分屋。

 まるでネコの様な竜。

 そして無口である。


 だが、何故か言葉を発せずとも主人(マスター)である(げん)には何を考えているか解るのである。

 従って傍から見ると(げん)が一人で(わめ)いている様にしか見えないのだ。


「おい……

 (げん)……

 お前、何一人で(わめ)いてんだ……

 笑い事っちゃねぇぞ……」


「ちゃいますちゃいます。

 ウチの竜と話しとんですわ」


「ん?

 何も喋ってねぇじゃねぇか」


「何か知らんのですけどね。

 いつからか喋らんでもコイツ(ベノム)が何考えとんのか解る様になったんです。

 んでコイツ、元々無口やのにそれに気付いたら更に喋らん様になったっちゅう訳ですわ。

 こん横着者が」


「何だそりゃ?

 笑い事っちゃねぇ」


「そんな事よりもさっきの話ですわ。

 相手、脅迫なんかして何考えとんのでしょうなあ?」


「ん~……

 脅迫や誘拐ってのは目的や要望を通す為にあるもんだ……

 敵の目的……

 竜や俺達(竜河岸)に対してデメリットがある事を仕掛けようとしてんだろうな……

 まあここからは推測だが、何らかの形で自分達の考えを広めようとしてんじゃねぇか?

 スタッフに標的を向けたのもライブの内容の一部を改竄(かいざん)する為……

 とかな。

 ……笑い事っちゃねぇ……」


 この(げん)と話している男性は梵踊七(そよぎようしち)

 竜司が先輩と慕う人物。


 体格は(げん)程、巨躯と言う訳では無いが体幹の強さを物語る様な筋肉の付き方をしている。


 顔は本当に特徴が無い普通の顔をしている。


 特に目が大きいとか離れているとか、鼻が鷲鼻とか豚っ鼻と言う訳でも無く、口も別段大きい訳でも無い。

 髪型も黒い短髪で本当に特徴が無い顔なのだ。


 本人曰く“人混みに紛れたら特定出来ない”らしい。


 先程から言っている“笑い事っちゃねぇ”と言うのは踊七の口癖である。


 ■梵踊七(そよぎようしち)


 最終章第一幕初登場。

 17歳。

 竜司とは横浜で知り合う。

 隠れる寝所を提供したり魔法(マジック・メソッド)を伝授したりと大きな支えになった人物。

 竜司がドラゴンエラーを引き起こした張本人と知った時は烈火の如く怒り、牙を剥いた。

 原因は恋人の両親が被害者だったから。

 死闘後、恋人にドラゴンエラーの事を懺悔し赦しを得た事で竜司の力となる。

 使用スキルは五行魔法(ウーシン)

 自身の構築したシステムに即する事であらゆる超常現象を引き起こす。

 明らかに通常の竜河岸のスキルとは一線を画す物。

 その秘密は踊七が考案した技術、魔法(マジック・メソッド)にある。

 (参照:最終章第一幕)

 趣味はダンス。

 ブレイクダンス・ヒップホップダンスを嗜む。

 夢はアメリカのWorldofDanceにて個人優勝を果たす事。


 特徴の無い顔とは裏腹に高い洞察力、判断力を持つ。

 憎しみの街(ヘイトシティ)と化した横浜で生きて来た経験から度胸も据わっており、世知にも長けている。


 そんな踊七の背中を見て、竜司が抱いた感情は憧れ。

 こんな人間になりたい。

 豪輝に抱く感情と同種の物が湧く。


 だから踊七の事を尊敬と羨望の念を持って“先輩”と呼ぶのだ。


【踊七よ……

 何やらこの巨大な建物の中から不穏な空気を感じるぞ……】


「あぁ……

 中で敵が現れたみたいだ……

 多分、俺達も戦闘にすぐなるだろうさ……

 笑い事っちゃねぇ……」


【ムウ……

 今回も我は手を出さぬぞ……】


「解ってるよナナオ。

 お前が手を出したらこの辺り一帯灰となるからな。

 俺は魔力補給さえしてくれたら何も言わねぇよ」


 踊七と会話している竜。

 これが使役している竜。


 名をナナオと言う。

 これは愛称。

 本名は別であるが、長ったらしいと言う事でもう忘れてしまったと踊七は言う。


 ナナオ。

 この名前が示す通り大きな特徴として尾を七本持つ。

 これは高位の竜(ハイドラゴン)三大勢力の一角、(ロード)の衆の証。


 その力は強大で竜界では天災と恐れられていた。


 遭遇したら全力で逃げろ。

 逃げられない時は命を諦めろ。

 そう伝えられている。


 それだけ強大。

 魔力内包量、魔力放出量共に桁が違う。


「ん……?

 踊さん、あれ何でっしゃろ?」


 遠目で何やらおかしなやり取り。

 (げん)がいち早く気付いた。


 後退(あとずさ)りしている女性。

 その前に薄汚れた白いフードと一体になっている長いマントの様なものを着用している者が一人。

 あれは裏頭(かとう)


 ゆっくり伸ばした腕。

 それを目撃した瞬間、踊七が動いた。


 ポウ


 踊七は左手でL字を作る。

 人差し指と親指の先端が青白く灯る。


 グルリ


 そのまま左手を一回転。

 正円を描いた。

 宙に現れたのは太極図。


 これはスキル、五行魔法ウーシン発動の兆候。

 インカムのマイクを口に近づける。


「…………竜司…………

 こっちも出た…………

 今から戦闘に入る…………

 生順破棄…………

 伊斯許理度売命(イシコリドメノミコト)……」


 同時にポケットから取り出したのは小さな金属棒。

 これはスキル発動スピード短縮の為の憑代(よりしろ)として使う。


 パンッ!


 ビリィッ!


 勢いよく両手を合わせ、離す。

 手から溢れる青白い放電の様な火花。


 両手の間から現れたのは銀色に輝く幅広の剣の様な物。

 これは銅矛。

 弥生時代に日本で生産された青銅製の武器の事である。


 この生成した銅矛を踊七は日矛鏡(ヒボコノカガミ)と呼んでいる。

 ナナオの超濃密魔力を使用して生成している為、斬れ味、硬度は従来の銅矛と比べて桁違いに高い。


 発動(アクティベート)ッッ!


 続き、魔力注入(インジェクト)を発動した踊七。

 魔力の集中先は両脚。


 ドンッッッッッ!


 日矛鏡(ヒボコノカガミ)を構え、強く地を蹴る踊七。

 弾丸の様に前へ。


 超速移動の踊七。

 敵との接触まで凡そ0.6秒。

 踊七の眼にはゆっくり女性に伸びる紫色の手が映る。


 確か竜司の話ではあの掌に掴まれたら体力を吸い出されるんだったな。


 突き進んでる踊七の脳裏には竜司からの前情報が思い出されていた。


 女性は眼前の男を凝視。

 身体が(すく)んで逃げる事も出来ない様だ。

 全身も小刻みに震えている。


 狙いは紫色の手。

 目的は敵に女性を掴ませない事だ。


 ザンッッ!


 一閃。

 踊七の逆袈裟(さかげさ)が敵の手首を切断。


 ボトォッ


 物と化した敵の右掌が地に落ちる。

 女性は掴まれていない。


 ズザザザーーーッッ!


 女性と敵の間に割って入る様に着地した踊七はすぐさま日矛鏡(ヒボコノカガミ)を敵に向ける。


「大丈夫ですかっ!?」


 踊七はまず女性の安否を確認。


「えっ……

 えぇ……

 だっ……

 大丈夫です……」


「ここは危険だ……

 一刻も早く離れた方が良い……」


「はっ……

 はいっ……

 ありがとうございますぅっ……!」


 この判断力と危機感知能力。

 敵と見なすと即動く行動力と躊躇しない度胸。


 これが梵踊七(そよぎようしち)である。


 ダダッ


 後ろの女性が駆け出した。

 踊七が庇ってくれたお陰で安心したのか身体が動く様になったみたいだ。

 これで一安心………………



 と思われた。



 この安堵感は予想外の行動により打ち砕かれる事になる。


 ズボァァァァァァァァッッッ!


 敵の右肩から勢いよく飛び出す様に()()が生えた。

 それは汚くドス黒い紫色。

 紫色の触手が伸びたのだ。


「あれが受憎って言う術か……

 笑い事っちゃねぇ……」


 踊七の呟き。

 呟ける程の余裕はある。


 何故か?

 触手の生えた方向は上。

 空に向かって伸びたからだ。


 踊七を狙って来ていない。

 なら敵の目的は何なのか?


「キャアッ!?」


 それは遠く離れた後ろからの悲鳴で判明する。

 素早く振り向く踊七。

 両網膜に映った光景に言葉を失う。


 離れた位置に居た先の女性が紫色の掌に首を掴まれている。


「…………カンセン…………

 ゲンホウ…………」


「あぁぁああぁあぁああっっっ…………」


 たどたどしい呟きと女性の呻き声。


「クソォッ!」


 バンッッ!


 すぐさま地を蹴り、女性の救援に向かう。

 が…………



 ベキィッッ!



 骨の折れる嫌な音。

 女性の首を折ったのだ。


 ジュルルルルルゥゥゥンッッ!


 女性の上半身がゴッソリと瞬時に消えた。


 ボトォッ!

 ボトボトボトォォッ!


 女性の四肢や下半身、顔の鼻から上が肉片と化し地に落ちる。


 ブンッ!


 ようやく到達した踊七の日矛鏡(ヒボコノカガミ)が空を斬る。

 瞬時に受憎腕を引き戻したのだ。


 ズザザァァッ!


 踊七着地。

 敵の方を見る。


 受憎腕の生成により着用していた裏頭(かとう)(めく)れ、その顔が露になる。


 頭はオカッパ。

 両眼は小さく中央に寄っている。

 瞳は生気が感じられなく虚ろ。

 口は半開きで顎に涎が一筋垂れている。


 コイツの人相には見覚えがある。

 渇木髄彦(かつきすねひこ)だ。

 (おと)さんから見せてもらった資料に載っていたモンタージュ写真に酷似。


 渇木は空腹だったのだ。

 従って初めから狙いは逃げた女性。

 踊七を避けるように大きく上空へ伸ばしたのは邪魔されない様にである。


 踊七もてっきり自分に攻撃してくるものと思っていたのともう安全だと思われた人物からの思わぬ悲鳴に出遅れてしまったのだ。


 これが式使い。

 自身の欲望に恐ろしい程忠実。


 (おぞ)ましくて、忌まわしくて、禍々しい存在。

 それが式使い。


 踊七()は式使いの洗礼を初めて受け、出鼻を挫かれる事となる。


 はずだった…………



「オイ、ワレ」



 渇木の側で声がする。


 ドコォォォォォォォォォォォンッッッ!


 同時に激しい衝撃音。

 渇木の身体が右へ吹き飛ぶ。


 確かに踊七は出鼻を挫かれたかも知れない。

 だが、この場に居るのは踊七だけでは無い。


 スタッ


 巨躯が着地。

 すっくと立ちあがる金髪リーゼントとライダースジャケット。

 身体から溢れるこの頼もしさ。


「ワイを無視して話進めんなや。

 こんダボが」


 そう、鮫島元(さめじまげん)である。


 踊七の元へ駆け寄る。


「踊さん、大丈夫でっか?」


「あぁ……

 俺は大丈夫だ……

 それよりも…………

 くそっ……」


 踊七の向ける目線の先にはさっきまで女性だった肉片の残骸。

 思わず目を背けたくなる程の惨たらしい惨状。


「踊さん……

 大丈夫でっか……?」


 もう一度同じ事を聞く(げん)

 これは意味合いが違う。

 死体を目の前にして精神的に大丈夫かどうかを確認したのだ。


「さっき言ったろ……?

 俺は大丈夫だ。

 それより(げん)……

 お前こそ平気か?」


 踊七は平気だった。

 横浜時代に死体を見た事が何度かあったから。

 流石にここまで猟奇的なのは経験無いが。


 踊七はいくらケンカ自慢とは言え死体は見慣れていないと考え、(げん)を案じたのだ。


「……正直、死体なんか見慣れてへんからキツいっすわ……

 でもまあ闘れまっせ」


「そうか。

 多分今使った術が資料にあった受憎と言うやつだな……

 掌から吸い取って触手の材料にするって言う……」


「ウゲッ……

 マジですか?

 ってなるとアイツ(渇木)に掴まれたらワイも触手になってまうんでっかっ!?」


「いや……

 材料となるのは死肉……

 いわゆる死体の肉だけらしい……

 って(げん)、お前資料読んでねぇのか?」


「ちゃんと読みましたよ。

 そこら辺の敵能力関連は飛ばしたんですわ。

 勝ったのは前情報があったお陰って思われたらシャクですやん」


 (げん)は基本ケンカの際に事前調査など前情報を得る事はあまりしない。


 あくまでも対等。

 お互いゼロの段階から闘り合いたい。

 根っからのケンカ好きなのだ。


「ですやんってお前なあ……

 笑い事っちゃねぇ……

 まあいい……

 とりあえず俺達が触手の材料になる事はねぇよ」


「にしてもコイツ(渇木)、ガチで外道ですな。

 人の死が前提で動いてるって事ですよね……」


「あぁ……

 本当にな……

 笑い事っちゃねぇ……」


「まあ……

 んでも……

 相手がド外道っっちゅうんはええとこが一個ありましてな……」


 ガンッ!


 勢いよく両拳を胸元で合わせる(げん)


「遠慮せんとブチのめせるって事ですわぁっ!」


 息巻く(げん)

 だが、まだ起きて来ない渇木。

 それもそのはず。


 (げん)が繰り出した拳は震拳(ウェイブ)

 スキルである。

 概要は体内に強い振動を送り込み、重要器官を破壊する。


 威力は高く、一発喰らうと激しい嘔吐を引き起こしまともに動く事も出来なくなる。

 この震拳(ウェイブ)をこめかみに叩き込んだのだ。


 これはまともな竜河岸が相手の場合は絶対に使わない。

 脳が破壊され、絶命の恐れも出て来るからだ。

 頭部に震拳(ウェイブ)は致死率が一番高い危険な戦術なのだ。


 相手がド外道ならそう言った部分も躊躇せず撃てると言う事。


「…………(げん)…………

 お前……

 解ってると思うが…………

 コロシは無しだぞ……?」


 それを聞いた(げん)の表情が変わる。

 明らかにしまったと言う表情。


 その通り。

 (げん)は殺してしまう可能性を無視してスキルを放っていた。


 相手の身体から恐ろしく長い触手が大きなアーチを描き、女性に襲い掛かる瞬間を見ていたからだ。

 要するにキレていた。


「あぁっ!?

 頭に血ィ登って忘れてたァッ!!?

 アッ……

 アイツ(渇木)……

 大丈夫でっしゃろか……?」


「ハア……

 お前なあ……

 俺が知るかよ。

 笑い事っちゃねぇ」


 踊七は距離を取った場所から動かない。

 頭の中で渇木を分析、考察を行っていたから。


 敵は恨みを動力、エネルギーとして活動している。


 踊七は考えていた。

 先の行動について。

 何故攻撃して来た自分を無視して女性を狙ったのか?


 最初の目的が女性の殺害だったからか?


 ここから踊七の思考は更に飛躍する。

 渇木の恨みの元は食、食事に向けられている。


 恨みとはストレス。

 心に圧し掛かるストレスであると踊七は考える。


 ならば食や食事でかかるストレス(恨み)は何か?


 それは食べたいの食べれない。

 食べようとした所に邪魔をされる。


 簡単に思いつく点としてはこう言った部分が挙げられる。

 ここで踊七の脳裏にさきの渇木の呟きが思い出される。


 カンセンゲンホウ。

 感染減法だ。


 資料によるとこの術だけは体力を吸い出すのではなく()()()()のだと記してあった。


 ここで女性を襲った理由。

 執拗に狙った理由がほぼ確定する。

 同時に渇木の身体的障害も推測できた。


 女性を狙った理由。

 それは簡単に言うと空腹。


 腹が減ったから襲ったのだ。

 まるで肉食獣が捕食するかの様に。


 そして渇木の身体的障害。

 こいつはもう口に物を入れる従来の食事摂取が出来ないのだろう。


 おそらく式の術を通してしか栄養摂取が出来ない。

 ここまで考えた上で渇木に対して物凄く不憫、哀れな気持ちが湧いてきた踊七。


 渇木髄彦かつきすねひこ

 この男が生きて行く為には式が無いといけない。

 でないと待っているのは餓死だけだ。


 感染減法で体力。

 言わば栄養を摂取しないと生きて行く事は出来ない。


 これが意味する事は何か?


 渇木は……


 もう恨む事を止める事が出来ないと言う事だ。


 世の中の人を物を死ぬまで恨み続けて行く。

 何と言う不憫で(あわ)れで侘しい人生だろうか。


 だが、踊七は戦意を喪失した訳では無い。

 確かに渇木の現状には同情する。

 だからといって無関係な人間を殺していい理由にはならない。


 自分のやる事は渇木を止める事。

 それだけだ。


 未だ起き上がらない渇木。

 それだけ頭部の震拳(ウェイブ)はダメージがあったのだろうか?

 もしかして意識を寸断する程?


 残念だがそれは否。


 確かに(げん)震拳(ウェイブ)は脳を損傷させた。

 が、損傷部分は受憎を使い修復していたのだ。


 式使いの意識を寸断させる。

 これは思っていた以上に厄介。


 身体部位の損傷ぐらいでは断ち切れない。

 何故なら式使いには受憎があるからだ。

 損傷した部分が例え脳や心臓の一部分だったとしても受憎にて修復してしまう。


 殺すのは簡単。

 脳か心臓を一撃で破壊し即死させれば良い。


 だが、さきの(おと)達と同様。

 踊七達に殺す事は出来ない。

 捕えないといけないのだ。


 式使いを身体欠損で捕える場合は体内に受憎材料が無い状態で五体バラバラにし動けなくするか、脳への血流を止め重度の脳機能障害を起こす。

 もしくは脳神経を焼き切って脳を機能不可にするか。


 ちなみに曽根戦では蓮が撃った正体不明の弾によって生じた超極熱放射によって脳神経が焼き切れ、意識を寸断する事が出来たのである。

 未だ渇木が起き上がらないのは脳の修復は時間がかかるからだ。


 むくり


 ようやく渇木が起き上がる。

 眼は虚ろ。

 口が半開きなのは変わらない。


「アウア…………

 ア…………

 ア…………

 クイ……

 タイ…………

 ハラ…………

 ヘタ……」


 ボーッと虚空を見上げぽつりぽつりと呟く渇木。


 受憎で脳を修復する。

 それにより渇木は人間で言う所の知能が恐ろしく低下している。

 女性を襲う前から既にまともな言葉を発する事が出来ない状態だったが、それに拍車がかかった状態になっていた。


 ここから渇木VS(げん)、踊七の死闘が幕を開ける。


 ビュンッッ!


「ぬおっっ!!?」


 ガィィィンッッッ!


 突然。

 急に渇木の左上腕部辺りから受憎腕が急生成。

 超速で真っ直ぐ踊七に襲い掛かる。


 が、それは日矛鏡(ヒボコノカガミ)の強烈な受け流しによって軌道を逸らした。


 ギャリリリリリィィッ!


 受け流しはしたが力は強く、圧に押される踊七。


「くっ!」


 ギィンッ!


 強引に右へ払い、その反動で更に間合いを広げる。

 見るとまだ渇木は空を見上げている。

 こちらを見ずに突然攻撃を仕掛けて来た。


「踊さんっ!」


 ダンッッ!


「待てっっ!

 (げん)っっ!」


 踊七が攻撃されたのを見て、前へ飛び出す(げん)

 現在見えている触手は全て長い。

 ならば間合いを詰めれば上手く攻撃出来ないと考えたのだ。


 だが…………

 それは…………



 甘い。

 恐ろしく。



 ブンッ


 (げん)が左拳を振るう。

 軌道はショートフック。

 もちろん叩き込むのは震拳(ウェイブ)


 目標は中心線の腹部。

 鳩尾(みぞおち)だ。


 ジュルゥンッ!


 ガッ!


 (げん)の左拳が当たる刹那。

 突然渇木の左胸部辺りから短い受憎腕が生えた。

 急速に。


 そのまま(げん)の左肘を掴む。

 ちょうどくの字に折れ曲がっている辺り。

 左拳は当然当たっていない。


 肘を抑えられるとその先の拳は当たらないのだ。

 これを気付いてやったのかは解らない。


 渇木は未だ空を見上げたまま。

 となると偶然。

 いや、本能からの動きか。


「何ィッッ!?」


 突然、予想してなかった動きを見せた渇木に驚きの声を上げる(げん)


 ゆらり


 ようやくゆっくりと顔を降ろす渇木。

 (げん)の方を見る。


「ア…………

 メシ…………

 ハラ…………

 ヘタ…………」


「うおぁぁぁっ!」


 (げん)が悲鳴交じりの呻き声をあげる。

 渇木が感染減法を使ったのだ。


 吸い取られて行く体力。


「離さんかいっっ!」


 右拳で掴んでいる渇木の受憎腕を殴りつけた。


 ブルブルブルッッ!


 掴んでいたドス黒い紫色の手が震え出す。

 力が緩んだ。


「オラァッッ!」


 ドコォォォッッ!


 その隙に渇木の脇腹を蹴りつけ、強引に渇木の手を振り解く。

 反動で飛び上がる。

 宙を舞う(げん)


 スタッ


 充分間合いを離し、着地した(げん)


(げん)っっ!

 大丈夫かっっ!?」


 駆け寄って来た踊七の眼に映ったのは黒く変色した(げん)の裏肘。


「ちょお、油断しましたわ……」


(げん)っ!

 魔力注入(インジェクト)だっ!

 魔力注入(インジェクト)で恨気を除去しろっ!」


 集中(フォーカス)


 (げん)が裏肘に魔力を集中する。

 侵食していた黒が引いて行く。

 元の血色に戻った。


(げん)、立てるか?」


 除去される様を見ていた踊七。

 すっくと立ちあがる(げん)


「大丈夫ですわ。

 まだまだ行けまっせ」


「確かアイツ(渇木)は相手の体力を()()()()らしいが……

 本当に大丈夫なのか?」


「確かに少々怠さはありますが、ワイはタフですねん。

 これしきじゃあヘバりませんわ。

 それにしてもあの術厄介ですね……

 袖戻しとこ……」


 そう言って(まく)っていたライダースジャケットの袖を戻す(げん)


「お前……

 敵の掌には注意しろって書いてあっただろうが」


「ワイ、ケンカする時は袖、捲りますねん。

 んであんだけおっとろしい術なんですから服あろうが無かろうが変わりまへんでしょ?」


 確かに(げん)の言う通り、式は衣服なんか簡単に通してしまう。


 が、それは通常の衣服の場合。

 こと(げん)の着ているライダースジャケットの場合は話が違う。

 (げん)はこの後、着用衣服の恩恵を受ける事となる。


「……まあそれは良いが……

 (げん)

 お前、獲物は持ってねぇのか?」


「ある事はありますが……

 あんまし趣味じゃないんすよね」


「そんな事言ってると死ぬぞお前。

 向こうはこっちの趣味なんか知ったこっちゃねぇだろ?」


「まあ……

 それもそうですわな……

 しゃあないなあ……

 おい、ベノム!」


 無言でのそりと寄るベノム。

 亜空間を開く。


 中に手を入れ、取り出したのは大きな(のこぎり)

 刃渡りは70センチ近くある。


(げん)……

 それは……」


「ん?

 あぁ、これ氷鋸ですねん。

 ワイのスキルを100%活用する為には(のこぎり)が一番なんですわ」


「へっ……

 笑い事っちゃねぇ……

 (げん)……

 とりあえず俺が五行魔法(ウーシン)で相手の視界を封じる……

 左右に分かれて攻撃を仕掛ける……

 良いか?」


「踊さん、了解ですわ。

 ほんじゃあ……

 高周波(ブレイド)


 ブブブブブブブブブゥッッッ!


 (げん)の持つ氷鋸の刃が超高速で震え始める。

 これが(げん)のスキル、高周波(ブレイド)である。


 ■高周波(ブレイド)


 (げん)のスキル。

 刃に振動を送り込み、震えさせる事で高周波ブレードを作り出す。

 その斬れ味は簡単に命を奪ってしまう程鋭い。

 その為、(げん)自身禁じ手としている。


 踊七はポケットから小さな木の棒を取り出した。

 これも憑代(よりしろ)である。


 ポウ


 踊七は再び左手でL字を作り、ぐるり正円を描いた。

 宙に現れたのは太極図。


「生順破棄……

 第三顕現…………

 沙土瓊尊(スナツチニノミコト)ォォォォッ!」


 ダッ!


 踊七が叫ぶ。

 同時に素早く地に掌を合わせた。


 ゴゴゴゴゴ


 地鳴りがしたと思うと、渇木の眼前三方から木の板がせり上がって来る。

 その高さは渇木より高い。


「今だぁっ!

 発動(アクティベート)ォォッ!」


発動(アクティベート)ォォッッ!」


 同時に魔力注入(インジェクト)発動。

 二人の身体が疾風の様に前へ弾け飛ぶ。


 超速でぐんぐん近づく木の壁。

 二人の身体が左右に分かれる。


「オラァッ!」


 ザンッッ!


 一閃。

 (げん)の強烈な一撃が木の壁を切断。

 高周波(ブレイド)を発動した刃の前では木の壁など紙も同然。


「ウラァッ!」


 続き踊七の一撃。

 日矛鏡(ヒボコノカガミ)が唸りを上げる。

 同様に木の壁を切断。


 おかしい。


 瞬きも許さないほんの数瞬。

 (げん)の脳裏に過ったのは違和感。


 違和感の出所は手応え。

 木の壁と人体を斬ったにしては手応えが無さすぎるのだ。

 この違和感は踊七も感じていた。


 ズズゥゥゥン……


 分厚い木の壁が重苦しく地に落ちた。



 居ない。

 渇木が居ないのだ。



 どこだ!?

 どこに行った!?


 霞の様に消えてしまった渇木を探し、辺りを見渡す。


 が、居ない。

 何処にも居ない。


 ここで踊七が気付く。

 地に付いた影に。


 そしてその影が変化。

 細い影が伸び始めたのだ。

 何本も。


 まるでウニの棘の様。


 木の壁切断からここまで約1秒弱。


 ゾワァッ!


 踊七の身体が一気に総毛立つ。


(げん)ッッッッ!

 上だァァァァッッッ!」


 渇木は上空に居た。


 何故踊七らは気付かなかったのか?


 それは踊七の五行魔法(ウーシン)が原因。

 踊七の発動した沙土瓊尊(スナツチニノミコト)


 これは木を生成する事が出来る。

 戦闘時では主に視界を奪う時に使用。


 だが、踊七の取ったこの戦法。

 これは式使いを見誤った選択ミス。


 木の壁で視界を奪う。

 これは渇木だけでは無い。

 踊七達も見え辛くなるのだ。


 渇木が飛び上がったタイミングは沙土瓊尊(スナツチニノミコト)が発動し、踊七達が突っ込んで来た辺り。

 かなり引き付けてから飛び上がったのだ。


 引き付ける程、二人の視界は木の壁に奪われ、より見え辛くなる。


 これを渇木が考えて行動したのか?

 いや、本能としか言えない。


 上空に飛び上がった事で逆に視界が明瞭になったのは渇木の方。

 見降ろせば戸惑い、立ち止まっている獲物が見える。


 これを狙わない手は無い。

 渇木は腹が減っているのだ。


 ビュビュビュビュビュビュンッッッ!


 上空から数多の受憎腕を下に繰り出してくる渇木。

 先程見えたウニの棘と言うのはこれの事である。

 超速で降って来るドス黒い紫色の雨。


 ガァンッ!

 ガガガガァァンッッ!


 日矛鏡(ヒボコノカガミ)を振るい、受憎腕を捌く踊七。


 刑戮連(けいりくれん)の連中を型分けするのであれば、スピード型は曽根。

 パワー型は渇木。

 技術型が(なずみ)

 総合型が中田となる。


 従って渇木のスピードは曽根に比べて早くはない。

 だから魔力注入(インジェクト)敏捷性(アジリティタイプ)では無いが、捌く事は可能。

 だが早くないと言っても常人では見切れない程のスピードは出るのだが。


 (げん)の方はどうなったのだろうか?


 ズバァァァァァッッッ!


 高周波(ブレイド)を発動させた氷鋸を大きく横薙ぎ一閃。

 受憎腕を捌き防いでいた踊七とは違い、高周波(ブレイド)により高周波ブレードと化した(のこぎり)の前では豆腐も同然なのだ。


 ボトボトォッ!

 ビチャァッ!


 横に吹き飛んだ受憎腕の残骸が地に投げ捨てられる様に散らばり落ちる。


 ケンカを始めた(げん)は甘くない。

 視界を塞いでいた受憎腕が取り払われ、渇木本体が丸見え。

 更に追撃を仕掛けた。


 ダンッッ!


 魔力を両脚に集中させ、空に弾け飛ぶ。


「いくら気色悪い触手生やせる言うても、落下の方向変えれる訳や無いや………………

 ろぉっっ!」


 ドコォォォォォォッッッ!


 苛烈な(げん)の右ジャンプキックが渇木の脇腹に炸裂。

 この蹴りは震拳(ウェイブ)


 このスキルは拳と銘打っているが、脚でも発動可能なのだ。

 真横に吹き飛ぶ渇木の身体。


 ズザザザーーーッッ!


 受け身も取らず地面に落下した渇木の身体が地を滑って行く。


 スタッ


 (げん)着地。


「踊さん、大丈夫でっか?」


「あぁ……

 すまない(げん)……

 俺の選択ミスだ……」


「何言うてるんです。

 踊さんの声が無かったら気付きまへんでしたよ。

 何で相手が上空におるって解ったんです?」


「あぁ……

 それは影だ……

 それにしても笑い事っちゃねぇなアイツ(渇木)……

 普通、急に木の壁が出てきたら戸惑うだろ……」


「アレちゃいます?

 アイツ、さっきからアホの子みたいな事しか言うとりませんやん?

 多分……

 恨気……

 でしたっけ?

 それがもう脳まで来てまともな考えが出来ん様になっとるんとちゃいまっか?

 だから本能的なアレで躱したとか」


 言ってる言葉に緊張感は無いが(げん)の分析は概ね合っている。


 渇木はもうまともな思考をする事が出来ない。

 従って二人の攻撃を避けたのは本能である。


 これが何を意味するのか?


 渇木にはハッタリ、ブラフと言った揺さぶり等が通用しないのである。


 踊七がやる事は犯人逮捕と言うよりは有害鳥獣捕獲に近い。


 危険なケダモノ。

 それが現在の渇木髄彦(かつきすねひこ)である。


 渇木はまだ起き上がらない。

 (げん)の放った震拳(ウェイブ)を発動させた蹴りにより内臓を破壊された為か?


「あぁ……

 多分(げん)の言ってる様な感じだろう……

 笑い事っちゃねぇ……

 アイツ(渇木)には目くらましやブラフ、ハッタリの類は通用しねぇだろうな……」


「踊さん、どないします?」


 倒れている内に作戦を練ろうと話しかける(げん)


「う~ん……」


 聞いた踊七はガシガシ頭を掻き始める。

 迷っている様だ。


「踊さん、どないしはりました?」


「まあ五行魔法(ウーシン)でやってみたい事も無くはないんだがなあ……」


「踊さんの五行魔法(ウーシン)って一体どれだけの事が出来るんです?」


「水行、火行、木行、金行、土行の五系統にそれぞれ二つずつ。

 計十種だ」


「うお。

 それ凄いスキルですね」


「まあ魔法(マジック・メソッド)で構築してるしな。

 でも致死率が激高なものもあるから今回の戦闘で使えねえものもあるけどな」


 踊七の五行魔法(ウーシン)は計十種の多彩な攻撃が特徴とも言える。


 各行ごとに二種。

 棲み分けは単純に強弱。

 弱の方は威力は弱いがその分精密操作が可能。


 踊七が考えているのは第五顕現、

 土行の強術。

 面足尊(オモダルノミコト)の使用をどうするかである。


 五行魔法(ウーシン)の強術はどれも致死率が高い物ばかりなのだ。


 水行の武美名別命(タケミナワケノミコト)は巨大な水の竜巻を生成。


 火行の加具土命(カグツチノミコト)は火災旋風を作り出す。

 温度は1000度を超える極熱。


 木行の級長津彦命(シナツヒコノミコト)は猛風を操る。

 第三顕現の強術が一番被害範囲が広い。

 辺りは大型台風下さながらの状態に陥る。


 踊七が級長津彦命(シナツヒコノミコト)を最大で発動した場合平均風速50㎧。

 瞬間最大風速は70㎧に達する。


 金行の賀茂別雷命カモノワキイカズチノミコトは標的に落雷。

 これもまともに喰らえば絶命必至の危険な術。


 残る土行の面足尊(オモダルノミコト)だが、これは底なし沼を標的の地面に生成する。


 この術をあまり踊七は好まない。


 理由は地味だからだ。

 何故こんな術を構築したか?


 それは魔法(マジック・メソッド)の不確かで不思議な部分としか言いようがない。

 この被害は竜司にも起こっている。


 竜司が魔法(マジック・メソッド)で構築した占星装術(アストロ・ギア)の未来予知がそれである。

 何故か未来予知を行うと、朝の情報番組の星占いの様な言い回し、口調になるのだ。


 まだまだ謎が多い魔法(マジック・メソッド)なのである。


「へえ……

 んで踊さんが悩んでんのは何ですのん?」


「土行の面足尊(オモダルノミコト)な……

 これは相手の足元に底なし沼を生成する……

 ()()()……」


「らしい?

 えらいキショい言い方しますな」


「俺の趣味じゃねぇからあんまし使った事ねぇんだよ。

 検証も足りてねぇから本当に底が無いかも定かじゃねえ」


「はぁ~~……

 こらまた使えるか使えへんかようわからんスキルでんな」


「だろ?

 それでも他の強術だと全部死ぬからな……」


「沼や言うんなら中身は泥でっしゃろ?

 それなら粘度とかの調節は出来まへんの?」


 (げん)が言わんとしているのは面足尊(オモダルノミコト)で沼を形成し、そこに足をはまらせる事で動きを鈍らせる事は出来ないかと聞いているのだ。


「出来なくは無いが……

 面足尊(オモダルノミコト)は強術だからかなり効果が極端になるぞ」


 五行魔法(ウーシン)の強術は弱術に比べ、威力の微調整などは難しいのだ。


「なら願ったりやないですか。

 トリモチぐらいねばーっこい沼が出来たらもしかしてアイツ(渇木)、コケるかも知れまへんやん」


「そうだな……

 じゃあやってみるか。

 おっと……

 そろそろだな」


 渇木がのそりと起き上がって来た。


 同時に踊七は手をポケットに入れる。

 取り出したのは少量の土。


「生順破棄……

 第五顕現……

 面足尊(オモダルノミコト)……」


 左手で太極図を描き、踊七スキル発動。

 渇木の足元に全経1メートルぐらいの小さな沼が生成された。


 ズボォッ!


 渇木の足が沼にはまる。

 生成スピードが速く、対応が追い付かなかったのだ。


 ググッ!

 ググググッッ!


 身動きが取れない渇木。

 生成した面足尊(オモダルノミコト)の沼は相当な粘度だったらしく、満足に動く事も出来ない様だ。


 ズデェッ!


 つんのめった渇木が前方に倒れた。

 更に接触箇所が増える。

 ますます身動きが取れない。

 このブレーキング性能は特筆すべき点である。


「おお、結構使えるもんだな。

 しかし底なし沼の癖に沈んでねぇじゃねぇか……

 笑い事っちゃねぇ」


「まあええですやん。

 これで攻めやすくなりましたわ。

 発動(アクティベート)……

 先、行きまっせぇっ!!」


 ドンッッッ!


 魔力注入(インジェクト)を発動した(げん)は強く地を蹴り、先行。

 目標はもちろん渇木。


 手の氷鋸を構える。

 もちろん高周波(ブレイド)発動済。


(げん)ッッッ!

 殺すなヨォッ!

 発動(アクティベート)ォォッッ!」


 ドンッッッ!


 続いて踊七も魔力注入(インジェクト)発動。

 後を追う。


 現在、渇木が生やしている受憎腕は九本。

 内一本は先程胸に生成したもので現在沼に接触中。


 残る八本の内、三本は(げん)が鋸で斬ったため切断面のみ。

 となると現在有効なのは五本となる。


 式使いに有効な手立てとして受憎腕が少ない段階でダルマ状態にしてしまうと言う物もある。

 短期決戦は思いの外、効果的だと言える。


 (げん)も狙っているのはそれ。

 受憎腕が少ない内に畳みかけてしまおうと考えていた。


 もう渇木は目と鼻の先。

 依然としてうつ伏せに伏しながら藻掻いている。

 絶好のチャンス。


 グアッッ!


 腰を大きく捻る(げん)

 横薙ぎの構え。


 ビュビュビュンッッッ!


 渇木が受憎腕で応戦。

 三本の受憎腕が(げん)に襲い掛かる。


 何故うつ伏せになって死角になっている(げん)の位置が特定出来たのか?

 それは渇木の本能によるものとしか言い様が無い。


 しかし(げん)も負けてはいない。

 先の動きから応戦はしてくるものだと考えていた。


「オラァッ!」


 ザンッッ!


 向かって来た三本の受憎腕が切断。

 上下に斬り分かれる三本の受憎腕。

 そこから右に回り込み、氷鋸を振りかぶる。


 分割された三本の受憎腕を切断するつもりだ。

 

 先程式使いに有効な戦術として短期決戦を挙げた。



 が………………

 短期決戦が…………

 有効なのは…………



 相手の体内に受憎腕の材料が無い場合である。



 ズボァァァァァァァァッッッ!


 背中から更に受憎腕が大量に急生成。

 その数。

 およそ十。


 更に先程分割した三本の受憎腕もそれぞれ受憎腕に変型。


 全て。

 全てが(げん)に襲い掛かって来た。


 合計16。

 先の攻撃の五倍以上もの攻撃が一斉に迫って来る。


「ウオオオオオッッッ!」


 この事態の急変はさすがの(げん)も想像していなかった。

 堪らず驚嘆の声を上げる。


 ザンッ!

 バツンッ!

 ズバンッ!


 (げん)も鋸を振るい、応戦。

 だが、多勢に無勢。


 渇木の(くち)(掌)がついにげんを掴む………………



 と思われた。



(げん)ッッ!」


 ガィィィンッッッ!


 すんでの所、踊七の日矛鏡(ヒボコノカガミ)が割って入り捌く。


 だが渇木の攻撃は止む事を知らず、受憎腕が多方向から襲いかかる。

 残り二本の受憎腕も加わり総数十八。


 十八もの受憎腕が二人の身体を掴もうと迫り来る。


 (げん)は先程の驚きから体勢を崩している。

 踊七は(げん)を護りながら、十八もの攻撃を捌かなくてはいけない。

 これにはさすがの踊七も多勢に無勢。


 ガァンッ!

 ガァンッ!

 ガガガガガガガァァァァァンッッッ!


 強い衝撃音が何度も何度も響く。

 これは堪らない。

 防衛線が持たない。


(げん)ッッッ!

 一旦引くぞォッッッ!

 発動(アクティベート)ォォォッッ!」


発動(アクティベート)ォォォッッ!」


 同時に魔力注入(インジェクト)発動。

 二人とも魔力の集中先は両脚。


 ドンッッッ!


 強く地を蹴り、弾ける踊七と(げん)

 渇木から離れた。


 ズザザザーーーッッ!


 十メートル程離れた所に着地。

 地を滑る二人の身体。


「す……

 すんまへん踊さん……

 まさかあないぎょうさん生えるとは思ってませんでしたわ……」


「…………俺も正直驚いている……

 あいつどれだけ材料持ってやがんだ……

 笑い事っちゃねぇ……」


 渇木の体内は現在約十人の死肉を保有している。


 これらはほとんどホームレス。

 スナッフフィルム撮影現場に拉致されたホームレスの人々。

 山の様に積まれていた昏睡状態のホームレスはほとんど渇木の食糧兼材料だったのだ。


 渇木の恨気総量は大きい。

 そしてその総量の大きさは受憎の材料保有量にもリンクしている。

 つまり恨気総量が大きいと死肉を保有できる量も増えるのだ。



「ハラ……

 ヘタ……」



 ゾクゥッ!


 踊七、(げん)

 両名の身体が総毛立つ。


 この呟きは渇木のもの。

 その呟きが聞こえたのは…………


 すぐ側。


 二人とも急速に呟きの方に振り向く。

 同時に日矛鏡(ヒボコノカガミ)、氷鋸を振り上げる。

 防御体勢だ。


 すぐ側。

 半メートル程の間合いにあったのは渇木の顔。

 虚ろな目で口が半開きの渇木の顔だったのだ。


 追撃。

 さっきまで本体自体の動きはスローだったのにも関わらず。

 かつ面足尊オモダルノミコトの粘着沼にはまっていた筈なのに。


 何て素早さだ。

 それにどうやって粘着沼から脱出したのだ?


 ガガァァンッッ!

 ガガガガガガガァァァァァッッン!


 ズバァンッッ!

 バツゥンッッ!


 考える暇も無く、連続して響く硬い肉と硬い金属がぶつかる音。

 そして切断される斬撃音。


 十八ものドス黒い紫色の腕が攻撃を仕掛けて来る。

 踊七の日矛鏡(ヒボコノカガミ)が捌き、(げん)の高周波ブレードが切断して行く。


 何故、踊七は受憎腕を切断出来ないのか?

 それは武器の形状が原因。


 (げん)の氷鋸に比べ、踊七の日矛鏡(ヒボコノカガミ)は刃の腹が幅広なのだ。

 従って刃を立てて当てるのが困難。


 逆に(げん)高周波(ブレイド)を発動させた氷鋸は触れれば斬れる程の超強振動を維持している。

 刃がズレても簡単に切断してしまう。


 一見無敵と思われがちだが、欠点もある。

 (げん)高周波(ブレイド)は受けが出来ない。

 受けたくても触れると切断してしまうのだから。


 切断するのであれば良いじゃないか。

 そうお考えの読者もいるかも知れない。


「何やコイツッッ!

 斬っても斬っても全然怯まへんぞぉっ!!?

 キモッ!

 キショッ!」


 それがメリットとなるのは相手が一般人や通常の竜河岸の場合。

 (げん)達が相手にしているのは式使い。


 そう、痛覚が極めて。

 恐ろしく。

 途轍もなく鈍いのだ。


 腕の一本や二本切断したぐらいでは何にも感じない。


「こっ……

 この猛攻はっ……

 クソォォォッッ!」


 踊七が押されている。

 渇木が攻撃の割合を切り替えたからだ。

 対比としては8:2。


 八割の攻撃を日矛鏡(ヒボコノカガミ)一本で捌いているのだ。

 押されても当然と言える。


「喰らわんかいッッッ!」


 ドゴォォォォォォォォォッッッ!


 攻撃のウエイトが踊七に割かれた為、若干手薄になった所を(げん)が動いた。


 渇木の腹に一撃。

 いや、二点同時打撃。

 (げん)の繰り出した攻撃は双掌打。


 まともに喰らった渇木の身体が後方へ吹き飛ぶ。


 ザシャァァァァァァァァッッッ!


 受け身も取らず地面に叩き落とされ、勢いのままに地を滑って行く渇木の身体。

 渇木が受け身を取らなかったのは恨気のせいで判断力が鈍っていると言うのもあるが、大きい理由は(げん)の放った攻撃にある。


 例え受け身を取る事を渇木が覚えていたとしても取る事は出来なかっただろう?


 (げん)が放った双掌打。

 これはスキルである。

 名を双震拳(ダブルウェイブ)と言う。


 その名の通り震拳(ウェイブ)を二点同時に叩き込むのだ。

 この効果は凄まじく、体内で発生した二つの振動波は共鳴し合い、倍加する。


 膨らんだ巨大な振動波が重要臓器を広範囲に破壊するのだ。


「ふう……

 無事でっか?

 踊さん」


「あぁ……

 すまねえ(げん)

 助かった。

 それにしても……

 ヤベェな……

 アイツ(渇木)の動きが読めん……」


 踊七からすると今の攻撃に相当驚いたらしい。


「ん?

 そうでっか?

 まあ確かに読めへん言うたら読めへんですけど、踊さんイヌ捕まえる時に動き読んだりしますか?」


 対照的に割と余裕がある(げん)


「いや……

 まあそりゃ確かに考えたりはしねぇわな」


「でしょ?

 つまりはそう言う事ですわ。

 アイツ(渇木)捕える言うんやったらイヌやらネコやら捕まえる気でやらんと」


「イヌネコ…………

 ならこれが使えるかもな」


 そう言いながら上着の内側に手を差し入れる。

 取り出したのはライター。

 ガスの入っていない使い終わったライターだ。


 これも憑代である。

 この様な形で踊七は常に身体のあらゆる箇所に憑代を仕込んでいる。


「踊さん、ライターですやん。

 そんなん何に使いますのん?」


「これは火行の憑代だ。

 イヌネコなら火が意外に有効なんじゃないかって思ってな」


 踊七が仕掛けようと思っていたのは五行魔法(ウーシン)、第二顕現の弱術である天火明命アメホノアカリノミコト


 相手を殺害していいのであれば迷わず強術である加具土命(カグツチノミコト)を使用するところだが今回は使用出来ない。


 ただ弱術といってもスキルは五行魔法(ウーシン)

 使用者は梵踊七(そよぎようしち)なのである。

 馬鹿には出来ない。


 ポウ


 踊七は左手でL字を作る。

 人差し指と親指の先端が青白く灯る。


 グルリ


 そのまま左手を一回転。

 正円を描いた。

 宙に現れたのは太極図。


「踊さんの五行魔法(ウーシン)って発動プロセスめんどくさいっスね…………

 ってこっから仕掛ける気でっかっ!?」


 踊七の行動がスキルを発動しようとしているのは解った。

 が、現在渇木は(げん)双震拳(ダブルウェイブ)を喰らい、遠くに吹き飛び、まだ起き上がってないのだ。


 天火明命アメホノアカリノミコトは射程が広い。

 範囲内なら何処でも発火させることが可能。


「まあそう言うな。

 このプロセスも欠点の一つだったりするんだよ」


「確かアレでしたっけ?

 魔法(マジック・メソッド)って欠点や制限を設けへんと威力や精度が上がらへんって」


「そう言う事だ……

 生順破棄……

 第二顕現……

 天火明命アメホノアカリノミコト


 カチ


 太極図を描いた左手。

 憑代を持った右手。

 交差(クロス)させ、ガス切れのライターを着火。


 ボボボウ


 複数本の受憎腕から火が上がる。

 その箇所は全て掌。

 先端である。


 ■天火明命アメホノアカリノミコト


 踊七のスキル五行魔法(ウーシン)の中の一種。

 火行の弱術。

 無機物、有機物問わず発火させる事が出来る。

 範囲はおよそ20メートル。

 さらに複数同時発火も可能。

 魔力により酸素を多く送り込めば火勢を大きくすることも出来る。

 が、あくまでも魔力的な作用は発火と酸素吸入ぐらい。

 発火ポイントに可燃物が無くなれば消えるのである。


 踊七が使用した憑代はライターなのだが必要なのは着火装置部分。

 要は火花を使用したのだ。


 パタパタパタパタ


 発火した受憎腕がパタパタ動いている。

 力強さは感じられない。


 これは生物の反射運動だ。

 渇木本体は倒れているが、背中から生えている無数の受憎腕は掌を燃やしながらパタパタと地を打ち付けている。


 その様はまるで昆虫の様。

 本当に気持ち悪い。


「うおっ!

 キショッ!

 何か燃えとる手がパタパタしとりますわっ!」


 その様に(げん)(おぞ)ましさを感じている様だ。


「フム…………

 火はそこそこ有効みたいだな……」


 遠くで倒れている渇木を見つめ、分析を始める踊七。


 反射運動を行っている所から辛うじて生物の部分を残している様だ。

 この反射運動は単なる刺激による動き。


 渇木の意思では無い。

 これは混戦になった時、使えるかもと踊七は考えていた。


 例えば複数本の受憎腕が攻撃を仕掛けて来る。

 その内の数本を発火させれば反射により少なくとも力が緩む。

 そこが穴になると言う事だ。


 パタパタパタパタ


 まだパタパタと反射運動を繰り返す受憎腕。

 未だ起き上がらない渇木。

 依然として燃え続ける無数の掌。


「フム……

 もうちょっと火の勢いを強めてみるか……

 よっと……」


 踊七が左手を振るう。


 ボボウッ!


 やがて火勢が大きくなる。

 無数の掌に燃えている火が全て。


 魔力を使って酸素吸入量を増やしたのだ。

 その様子を射る様な眼で見つめる踊七。


 観察しているのだ。

 あの触手が可燃物と言う事は解った。

 次は果たしてあの紫色の肉は燃え尽きるのか?


 踊七が知りたいのはその点。

 見ると燃焼部分が拡大し前腕部を登り始めた。


 パタパタパタパタ


 未だ反射運動をしている渇木の受憎腕。

 火勢が増大したにも関わらず、早まる訳でも無く遅くなる訳でも無く一定のリズムを保ち、パタパタと続けている。


 この様を見て踊七は思う。


 渇木は本当に痛みを感じないのだなと。


 痛覚があり、神経があの受憎腕に通っているのならば火勢が強まれば早くなるものである。

 一定のリズムを刻みながらパタパタと力無く打ち付け続けるその様を見て何処か機械的な印象を受ける。


 受憎腕は身体であって身体でない。

 そのことを痛感した踊七であった。


 むくり


 ようやく渇木が半身を起こす。


「起きてきやがったな……」


 パタパタパタパタ


 起きても止む事の無い反射運動。

 自身の掌が燃えているにも関わらず、全く意に介さない渇木。

 ゆっくりと立ち上がる。


 立ち姿を見て踊七はある事に気付く。


 コイツ、手足ほとんど受憎腕になってやがる。


 渇木は左腕、両脚共にドス黒い紫色の肉と化していた。


 両足の形がおかしい。

 人間のそれとは違い、掌の様な印象を受ける。


 長い指を持った二本の掌。

 これで身体を支えている様だ。

 足の指の位置が完全に掌と同一の位置である。


 おや?

 ようやく渇木が燃えている掌を見つめだした。


 クルゥ……


 ゆっくりと首を動かし、燃えている掌を確認。


「踊さん……

 どないします……?」


 身構えた状態で作戦を立てようとする(げん)


「さっきの事もある……

 あいつがどれだけの死体を格納してるかわからんからな……」


 踊七が危惧しているのは先の受憎腕大量生成。

 どういう原理か知らないが、渇木の体内にはおそらく無数の死体が内包されている。


 不用意に飛び込んで更に受憎腕を増やされたら捌き切れない可能性も出て来る。

 早い話が攻め(あぐ)んている状態なのだ。



 ここで目を疑う光景を目の当たりにする。



 天火明命アメホノアカリノミコトで着火した数は七つ。

 その七つの受憎腕を別の受憎腕が掴んだのだ。


 現在十八もの腕を生やした状態。

 良く絡まらないなと思う程複雑に受憎腕が重なり、交差し、七つの燃え盛る腕を掴んだのだ。


 ブチブチブチブチブチブチブチィィィィィッッ!


 肉を力任せに引き千切る音がする。

 いや、握り潰したのだ。


 ボトボトボトォォォォッッ!


 落下する七つの燃え盛る炎は何処か儀式で使用する松明の様にも見える。


 ギュルルルルゥゥッッ!


 続き複数の受憎腕が急速に伸びる。


「伸縮も自在かよ……

 笑い事っちゃねぇ……」


 踊七の呟き。

 呟ける程の余裕はあったのだ。

 何故なら完全に狙いは踊七達では無いのが方向から解ったから。


 踊七はまだ動かない。


 何も突破口。

 勝ちへの道が見えないからだ。


 観察しろ。

 何処かに。

 何処かに突破口があるはずだ。


 ここで渇木が今やろうとした事が判明する。

 伸ばした受憎腕の目標は(げん)が切断した残骸である。

 全てドス黒い紫色の掌が掴む。


「切断した腕なんかで何しようって言うんだ……」


 ジュルルルルルルゥゥゥッ!


 一瞬で消える残骸。

 (くち)で吸収したのだ。

 再利用の為に。


 だが、踊七らは受憎腕が再利用可能だとは知らない。


「うおっっっ!!

 キモイキモイキモイッッ!

 何やこいつっ!?

 喰ったんかっ!?

 自分の腕、喰いよったんかっ!?」


 その様を見ていた(げん)が気持ち悪さに声を上げる。

 受憎による死肉吸収を喰ったと表現するのは(げん)独特のセンスである。


 かたや踊七はその様子をじっと見ていた。

 観察しているのだ。


 じっと動かず、観察していた甲斐があった。

 現在の渇木の行動にほんの微かな違和感を感じた踊七。


 渇木が燃えている掌を分離させたのは本体まで燃えるのを防ぐためだろう。

 何故アイツ(渇木)()()()()()()()()()分離させたのか?


 曽根に負けず劣らず生物離れした驚異的な能力を見せる渇木髄彦(かつきすねひこ)

 かたや殺害不可の為、使用できるスキルに制限をかけられている踊七と(げん)


 状況は不利だとは言える。

 正直踊七にはまだ明確な勝ちへの道は見えていない。


 だが、今の残骸回収の所作。

 天火明命アメホノアカリノミコトの効果。

 受憎腕が見せた反射行動。

 並びにこめかみへの震拳(ウェイブ)による脳破損が引き起こした知能の低下。


 一つ一つは二人を勝ちに導く程の事象では無いが今挙げた数々の微かな違和感や気付きは踊七らを勝利させる為の道を構築しつつあった。


 ここから更に踊七、(げん)と渇木の戦いが激化する事となる。


 続く

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