第百六十七話 至大至剛(曽根戦①)
東京ドーム内 グラウンド上
時間にして遥の聖者より授かった雷牙により、雷撃を浴びせ響の強烈な蹴りで曽根が吹き飛んだ直後。
「フゥーーー……
電撃はある程度有効な様ね……」
響は深く呼吸。
先程まで息を止めて戦闘を行っていたからだ。
この黒スーツを身に纏うスレンダーな女性。
髪は黒色セミロング。
前髪をサイドにまとめ、鶴が翼を広げた小さな簪を付けている。
この女性が勘解由小路響である。
■勘解由小路響
最終章第二幕で登場した特殊交通警ら隊のメンバー。
性格は真面目な堅物。
忠実な職務態度からも見て取れる。
人見知りな所もあり、それが手伝ってか男性女性問わず初対面の人間は使える使えないで判断する冷徹な面も。
が、一度実力を認めればきちんと接してくれる。
今では竜司の良き理解者、良き年上のお姉さんとなっている。
スキルは情報収集に絶大な効果を発揮する電波超傍受。
敵の概要が不明な場合は物凄く重宝する。
魔力注入使いでもあり、タイプは敏捷性。
短距離でも瞬時にトップスピードに達し、連続したストップ&ゴーにより分身の術さながらの動きも可能。
頭に留めている簪は祖母から貰った大切な品。
いつも肌身離さず付けている。
鶴は勘解由小路家の家紋である。
参照話:百五十四話~
「そうみたいね……
でも動きを止めただけ……
決定打にはならないみたい……」
両手槍を持ったこの少女風の女性は夢野遥。
髪は金髪ツインテール。
フリルがふんだんにあしらわれた服を身に纏っている。
その姿はまるで不思議の国のアリスの様。
ライブ衣装では無いのかと思う読者も居られるかも知れないがそれは違う。
これは普段着。
私物である。
■夢野遥
本名は権藤房代。
四十二歳。
外見からは判別できない。
そろそろ初老と呼ばれるかもと言った実年齢。
名古屋で竜司と知り合う。
性格は外見容姿から簡単に想起できる愛らしい性格。
悪く言えばぶりっ子。
竜司をお兄たんと呼ぶ所からも解るだろう。
だが、これは似非である。
実年齢は嘘を付かない。
培った経験等から節々で大人びた発言もする。
主なスキルは絢爛武踏祭。
使役している竜、スミスが創造した武器を操る。
普段は名古屋でアイドル活動をしている。
が、なかなか芽が出ない。
参照話:六十一~七十七話
「ねえねえっ!?
これでやっつけたんじゃないのっ!?
早く竜司を助けに行こうよっ!」
慌てて急かす様に竜司の救援に行こうと言うこの女性は天華暮葉。
深い紫色の大きな瞳を持ち、肌は穢れの無い雪の様に白い。
髪は銀色のサラサラストレートロングヘアー。
キュッとくびれたウエスト。
引き締まったヒップからも解る様にスタイルは良く、胸も大きめ。
竜司の婚約者であり、刑戮連事件の渦中とされていた人物。
人型をしているが竜である。
竜が変化した姿。
■天華暮葉
アイドルに憧れて人間界にやってきた竜。
竜の名前はアルビノ。
竜司の起こした天災級魔力事故であるドラゴンエラーの共犯者。
実行犯とも言える。
性格は天真爛漫。
竜らしく好奇心が旺盛。
知らない事があると素直に尋ねて来る。
人間の感情を勉強中。
優しく争い事は好まない。
外見は可愛い女の子だが内部は竜である為、身体能力は常人を遥かに凌駕する。
その優しさ故かその力を振るう事はしない。
しかし、曽根との戦闘は別。
竜司だけが傷ついて自分は見てるだけと言う境遇に耐えられなくなったからだ。
参照話:九十四話~
「キョヒィィィィィッッッッ!」
嫌な笑い声が静寂の東京ドームに響く。
まるで硬いゴムを強く擦り合わせた様。
ボコォォォォォォンッッ!
大きな破裂音。
辺りに瓦礫が飛散。
爆心地は先程響の苛烈な蹴りを叩き込まれ吹き飛んだ地点。
ゆっくりと起き上がってくる女性。
両肩口から各二本。
腰に二本。
両脚二本。
合計八本のドス黒い紫色の腕を生やした異形の存在。
これが今回の暮葉ドームライブ襲撃を企てた刑戮連のメンバー。
曽根嫉実である。
遥の言った通り決定打になっていない。
曽根はまだまだ元気である。
響、遥、暮葉VS曽根の決戦が始まる。
ドンッッッ!
力を溜めた紫色の両脚を爆発させた曽根。
弾丸の様に前へ弾け飛ぶ。
両目は血走り汚い紫色の顎を大きく開け、超速で迫って来る。
「来るわッッ!
暮葉さんッッ!
息を止めてェッッ!
スゥーーーッッ……!」
暮葉に息を止める指示を急いで行った瞬間、響も大きく息を吸い込む。
曽根は両肩から伸びた四つの受憎腕を構えた。
更にそこから分かれ、腕の数は瞬く間に二倍三倍と膨れ上がる。
全ての掌は大きく開いている。
隙あらば感染和法を仕掛ける気なのだ。
ガガガガガァァァンッッッ!
連続した大きな衝撃音が辺りに響き渡る。
曽根の受憎腕が攻撃を始めたのだ。
それを右手の腰鉈で捌く響。
既に魔力注入発動済。
多方向から超速で迫る受憎腕の群れに一歩も引けを取っていない。
バチィ!
ビリバチィッ!
遥は両手に持たれた長槍を振り回している。
穂先や柄に触れた受憎腕は通電。
火花が飛び散り、即座に離れる。
これは生物の体性反射によるものだ。
まるで達人が形成する結界の様に攻撃を寄せ付けない。
暮葉はと言うと…………
ビュンッッ
網の目の様に迫る受憎腕の猛攻を全て避け切って懐に飛び込んだ。
魔力注入を発動してもぼやけてしか見えない程のスピードで柔軟に動き回っている受憎腕の猛攻を。
である。
何故避けれるのか?
その答えは単純に見えているのだ。
これが暮葉のポテンシャル。
動体視力も常人のそれとは遥かに違う。
暮葉の身体能力はたかが人間が魔力を注入したぐらいでは到達できない程の高みに在る。
ドコォォォォォォォォォォンッッッッ!
一発。
ただ一発の大きな衝撃音。
暮葉のアッパーが曽根の腹に炸裂したのだ。
身体をくの字に曲げ、真上に飛び上がる。
「キョヒィィィィィィィィィィィッッッ!?」
突然発生した巨大な圧に驚き、叫び声を上げながら真上に飛んで行く曽根。
数多の受憎腕ごと。
「暮葉ァァッ!
ナイスゥッッ!」
ビュオゥッッ!
そう叫んだ遥は北風が騎士を作ったのエンチャントを全開。
身体を真上に撃ち出す程の猛風を突発的に発生。
ギュンッッ!
舞い上がった曽根を追いかける遥。
飛び上がった曽根は重力に逆らう事無く、先に落ちて来た。
飛び上がる遥と即交差。
頭上を取る形になる。
「ヨイッッショォォォッッッ!」
東京ドーム上空で遥の大声が響く。
ビュオゥッッ!
突発的な猛風が地上に向かって吹き降ろす。
小型嵐の様な猛風に乗って、遥の身体は逆方向へ。
「デリャァァァァァァァァッッッ!」
持っていた長槍の穂先を真下に向ける。
曽根の背中を串刺しにするつもりだ。
グサァッッ!
聖者より授かった雷牙の穂先を深く曽根の背中に突き刺した。
そのまま二人は落下。
遥を押し付けている猛風+曽根の体重、両手槍と遥の体重+重力も手伝って更に落下速度が増す。
ぐんぐん近づく地上。
ドコォォォォォォォォォォンッッッッ!
巨大な落下音。
着弾点を中心にクレーターが生成。
全ての力が遥の両腕から両手槍の穂先に伝わり、更に深く曽根の身体を貫く。
穂先は身体を貫通し、東京ドームの地に曽根を縫い付けた。
まるで昆虫標本の様に。
ここからが遥の狙い。
「聖者より授かった雷牙ァァァァッッッ!」
気合の込めた遥の声。
バリィィィィィッッ!
高圧電流が曽根の身体を瞬時に通電。
あまりの出力に放電火花が飛び散る。
ブルブルブルブルゥッッ!
曽根の身体が大きく震える。
生えている受憎腕の群れも同様。
パタ
力無く地に倒れ伏す曽根の身体。
ひらりと曽根の背中から離脱する遥。
聖者より授かった雷牙は曽根の背中に突き刺したまま。
「ふう……
思い切り電撃を喰らわしたけど……
これでどうかしら?」
バツンッ!
ザンッッ!
ズドンッッ!
ズバァッ!
無言で曽根の受憎腕を切断していく響。
無表情に。
無機質に。
流れ作業の様に切断して行く。
残酷なシーンと思われるかも知れないが、こうでもしないと式使いは止まらない。
泥戦で嫌と言う程、理解している為だ。
職務に対して冷酷に冷徹に執り行う事が出来る。
これも響の強みかも知れない。
ドンッッッ!
が、ここで動きがある。
曽根の身体が一瞬で消えたのだ。
「ナァァッ!?」
あまりに突然の出来事で遥も驚きの声を上げる。
超速で真横に弾け飛んだ曽根。
急速回避である。
曽根の腹部には大樹の幹ほどの太くドス黒い紫の腕。
受憎にて急生成したのだ。
電撃を浴びていたのに何故?
受憎腕八本でリミット、新たに生成するにも材料が無いはず。
疑問が頭を過る響。
ゴロッ!
ゴロゴロゴロゴロォォォッ!
着地せずに地面に叩き付けられ転がっていく曽根の身体。
これが答えの一つである。
何故、曽根は着地しなかったのか。
着地しなかったのでは無く出来なかったのだ。
現在曽根は両脚が無い。
両方共太ももの終り辺りから下が無くなっていた。
つまりこう言う事である。
曽根は両脚に生成した受憎腕を材料に使ったのだ。
脚部に生成されたのに腕と言うのもおかしな話である。
これは式と言う術の性質が理由。
式と言う術は恨気を標的に流し込む術である。
それに付随する術も全てその目的の為に存在する。
恨気を流し込む為には鶻と呼ばれる吸出口から全て行われる。
受憎の死肉吸収も同様。
鶻は基本掌である。
が、場合によっては身体のあらゆる場所を鶻と化す事が出来る。
泥が足で死肉を吸収した所からも解るであろう。
要するに鶻は基本的に掌であるから受憎で生成されるのは脚では無く腕なのだ。
だがそのままの手では無く、足として使えるように指は長めに生成されている。
曽根が着地出来なかったのは両脚を材料に回避用の受憎腕を一本生成した為である。
響に切断された部位もあり、転がっていった曽根の身体には両肩口から一本ずつ。
腹部に太い一本の合計三本しか生えていない。
これが問いの答えの一つ。
そしてもう一つ。
電撃は効いていなかったのか?
この疑問に対してだが半分誤りと言った回答となる。
確かに電撃は有効ではある。
が、決定打とはならない。
確かに聖者より授かった雷牙の雷撃は曽根の動きを止めた。
だが、意識を寸断させるまでには至らなかった。
逆に電撃の痺れにより体内の恨気量が急増大。
太い受憎腕を生成するに至ったと言う訳だ。
とりわけ恨気を生成するのに一番手っ取り早いのは身体の動きを阻害される事なのだ。
ジュルルルルルルルゥゥゥゥッッッ!
いつのまにか腹部の太い受憎腕は消えていた。
代わりに細く長い受憎腕が勢いよくこちらに伸びて来た。
狙いは響が切断した受憎腕の残骸。
それに向かって真っすぐ伸びて来る。
ダァァァンッッ!
それを指を咥えて見ている程、勘解由小路響は甘い女では無い。
遮る様に真っすぐ振り下ろされた腰鉈が伸びて来た受憎腕と鶻を切断。
「あ…………?
いつまでもチョーシ乗らせるわけねぇだろ……?
このクソが……」
鶻を分離切断されたらもう受憎腕で材料吸収は不可能。
そう思われていた…………
しかし
ジュルルゥンッッ!
目を疑うべき事が起きた。
響が切断した受憎腕の切断面から更に一回り細い受憎腕が生えたのだ。
急速に。
「何ッッ!?」
この動きは響も予測しておらず、驚きの声を上げる。
ガッッ!
ジュルルルゥンッッ!
ギュンッッ!
現れた細い受憎腕は即座に残骸を掴み、吸収。
超速で引っ込んで行く。
ズルゥゥゥゥゥッッッ!
腰から現れた二本の受憎腕が東京ドームの地を掴む。
そしてゆっくりと起き上がる曽根。
依然として両脚は欠損したまま。
ウジュル……
ウジュル……
見ると、腹の切創部分が蠢いている。
ドス黒く汚い紫色で。
先の聖者より授かった雷牙が貫いた傷。
その切創は外側へ大きく斬り裂かれていた。
常人であれば、大量出血と激痛により動く事もままならない程の傷。
力任せに引き裂かれたのが見て取れる。
曽根は身体を長槍で地に固定されていたにも関わらず、回避行動をしたのだ。
まさに痛覚が無い為、出来た行動。
曽根の傷口からの出血は比較的少量で、かつどんどん修復されて行く。
やがて、回復。
以前がどういった状態だったかは不明だが、ボディコンドレスの穴から見えるそれは波状模様のドス黒い紫。
「キョヒヒヒィィィッ…………
何ヨォ……
さっきのビリビリはァァァ……
どっちよォォ……
どっちがやったのよォォッ……」
チラリ
少し曽根の目線が降りる。
何を見ているか響にはすぐ解った。
目線の先。
それは響の足元。
正確には散らばる受憎腕の残骸。
響の頭の中にはこれから始まる戦いの概要が過っていた。
これから始まる戦い。
それは………………
ジュルルルルルルルゥゥゥゥッッッ!
地を這う様に細く長い受憎腕がこちらに向かって伸びて来る。
物凄いスピード。
先の戦闘時よりも細いせいだ。
目標はもちろん足元の残骸。
バンッッ!
だが、響は素早く残骸目がけてバックキック。
後方へ飛んで行く受憎腕の残骸。
これから始まる戦い。
それは受憎腕の争奪戦。
戦力を元に戻す為に曽根はまず全力で残骸を回収しようと動く。
それを邪魔しようと響達は動く。
厳密には争奪戦とは言えない。
変則的な形ではある。
曽根との争いは変則的な受憎腕争奪戦と形を変えようとしていた。
遠く離れた受憎腕を認識した曽根は即座に伸ばした紫色の腕を引っ込める。
受憎腕を維持しない。
この所作からも解る様に、現在曽根の体内には充分な材料が確保されていない。
「キョヒィィッッ!
私のものよォォッッ!
返しなさいィッ!」
ジュルルルルルルゥゥゥッッ!
細く長い受憎腕が右胸部から勢い良く飛び出す。
放物線を描きながら宙を駆けるドス黒い紫色の受憎腕。
今回の目標は響か?
それとも残骸か?
響はすぐ判別した。
これは残骸狙い。
理由は描く弧の角度が明らかに自分から外れていたからだ。
ザンッッッ!
響は曽根の方を向いたまま目標を一瞥もせず、腰鉈を超速で振るう。
鋭く弧を描き、飛んで来る受憎腕を叩き切った。
ヒュンッヒュンッ
ボトォッッ!
強烈な力で叩き切られた為、切断された残骸が回転し地に落ちる。
「あ…………?
ナメた事ぬかしてんじゃねぇぞ……
テメーのじゃねぇだろ……?
殺された被害者のモンだろ……?」
低くドスの効いた声。
響は戦闘時になると台詞が荒ぶるのだ。
しかし曽根の方も行動が早かった。
ジュルルゥッッ!
切断面から即受憎腕を生成。
たった今叩き切られた残骸を掴み、即回収。
引っ込んで行った。
「キョヒィィィィッッ!
何するのヨォォォッッ!
キョヒァァァァァッッ!」
「あ……?
邪魔すんのは当たり前だろが……
オツムまで恨みでやられちまってんのか……?
この狂人が……」
「…………感染除法…………」
聞こえない程の小さな声。
ザッ
曽根を支えている受憎腕が一歩前に踏み出す。
間合いを詰め始めた。
「来るわっっ!
暮葉さんっっ!
息を止めてっっ!
遥さんっっ!
風の準備をっっ!」
確かに響側には聞こえていない。
だが、紫色の顎。
正確には唇の動き。
そして間合いを詰めて来た事から感染除法を仕掛けた事は解っていた。
制限時間があるとは言え、対策がある感染除法に関してはさして怖くは無い。
ある種の楽観的な思考が響には過っていた。
ドコォォォォォォンッッ!
ギュンッッ!
腰から生えた受憎腕二本が火を噴いた。
間合いを詰めつつも、力を溜めていた。
それを爆発させたのだ。
物凄いスピードで跳躍した曽根。
現在、曽根は両脚が無い。
体内に受憎腕を生成する材料が足りなく、脚に回せない。
その点から戦法を変えて来た。
跳躍した曽根。
接触まで四分の一秒。
ほんの数瞬である。
その瞬き程の時間で構築したのか、以前同じ戦法を取った事があるのか、もしくは本能なのかは解らない。
だが、接触時の曽根の行動。
その戦法は驚くべきものだった。
ズボァァァァァァァァァァァァァァァァンッッッ!!
左肩口に生成された一本、左腰部の一本。
合計二本の受憎腕。
これが分割。
分割ならば先程もしていたのでは?
と考えるかも知れない。
だが今回は分割数が桁違いなのだ。
二十や三十では無い。
一本一本が紐の様に細い。
まさに千条の鞭。
それが意思を持って襲い来る。
全てがあらゆる方向から。
まさに全方位攻撃。
しかも……
その攻撃は全て遥と暮葉に向けられていた。
曽根は気づいていたのだ。
感染除法の対策や先の電撃は遥が放ったものだと。
空へ撃ち上げられた一撃を放ったのは暮葉だと。
響には右側二本の受憎腕でそれぞれ三分割で攻撃。
「!!!!??」
予想だにしていなかった戦法に驚きを隠せない響。
ガガガガガァァァンッッッ!
硬い金属の衝撃音。
連続して鳴る。
響が腰鉈で牙を剥く受憎腕の猛攻を捌く。
遥と暮葉に変化した攻撃をしたからと言って自身への攻撃が止んだ訳では無いのだ。
ガガガガガァァァンッッッ!
けたたましく鳴る衝撃音の中、響は二つ考えていた。
ビュオオオオゥゥッッ!
まず遥と暮葉への攻撃。
あまりにも数が多すぎて猛風が吹き荒れる様な音を立てる。
しかも膨大な数の為、視界が不明瞭。
内部の状態が全く分からない。
この数で攻撃を仕掛けて絡まったりはしないのだろうか。
見るとそんな様子も無い。
化物がっ!
響が心中に過った素直な感想。
同時に少し後悔も過る。
もっと三人連携を取れば良かったと。
二人に指示は送っていたが、戦闘になれば個々のマンパワーに頼る形になってしまった事。
三人で遥の起こす風の中に入れば状況は変わったのではないかと。
結果、現在戦力は分断されてしまった。
そしてもう一つは腰鉈の耐久度。
魔力注入を発動させた腕で振るっているのだ。
硬い金属と言えども限界はある。
ドサァァッッ
東京ドームの地に曽根の身体が落ちる。
まるで物の様に。
両脚が欠損しているから着地出来なかったのだ。
だがそんな事、曽根には関係無い。
受憎腕の猛攻は依然として止む事を知らず暴れ回っている。
ガガガガガァァァンッッッ!
響の足元に落下した曽根。
普通に考えると好機のはず。
だが、こと式使いが相手となると話が別となる。
体内の恨気が尽きない限り攻撃を繰り出すことが可能。
標的が目の前で物言わず倒れている。
だが一切手を出す事が出来ない。
この異様な光景。
そして…………
戦況に動きがある。
動きがあったのは遥。
周りを縦横無尽に駆け巡っていた細い受憎腕の大群に動きがあった。
汚い紫色のドーム状に見えていた受憎腕が指向性の動きに変化したのだ。
その動きは中央に収束。
その様を目撃した響は嫌な予感。
猛烈に嫌な予感が奔った。
更に戦況は変化。
ギュルルルルルルゥゥッッッッ!
遥と暮葉に襲い掛かっていた受憎腕の大群が超急速に曽根の体内へ引き込まれて行く。
グイィィッ
曽根が片肘を付いて、顔を持ち上げた。
その顔は嫌らしく、汚らわしく、禍々しく、浅ましく、忌まわしい恍惚の表情。
にちゃりと上顎と下顎の中切歯が唾液の糸を引く。
汚い紫色の顎が笑うその様は巨大な膿の患部を切開したかの如く。
笑顔が人外の化物じみているのは間違いないが、感情としては”やってやった”
いや、殺ってやった。
そんな気持ちが汲み取れる表情。
「キョヒヒヒヒャアアアアッッッッッ!!」
その汚い笑顔に相応しい下劣な狂気の笑い声が静寂の東京ドームに響く。
ドンッッッッッッ!
うつ伏せに倒れていた曽根の身体が瞬時に消える。
胸部中央に太い一本の受憎腕を急生成し、弾け飛んだのだ。
飛んできた方向とは別。
ガシャァァァァァンッッッ!
遠く離れたアリーナの柵を力任せに突き破り、観客席に飛び込んだ。
「プハァァァァッッ!」
呼吸を再開する響。
曽根が離れた事で感染除法の脅威から解き放たれた為だ。
まずは現状の確認。
急いで遥と暮葉の方を振り向く。
その惨状に絶句する響。
先程まで浮いていた五本の武器が辺りに散らばり落ちている。
その中央には声も発さず倒れている遥。
奥には両膝をついて、へたり込んでいる暮葉。
「ハァッ……
ハァッ……」
暮葉の息が乱れている。
見ると左上腕部。
右前腕部。
左太腿。
首筋から左顎部。
それらが大きく、そして黒く変色。
明らかに恨気を流し込まれた症状。
遥の方はもっと酷い。
ありとあらゆる箇所が黒く変色。
正常な色の肌を探す方が困難な程の有様。
「遥さぁんっっ!
暮葉さぁんっっ!」
常に沈着冷静な響がこの惨状に声を上げる。
【はるはるぅぅっっ!!?】
スミスも続き声を上げる。
スミスは遥が使役している竜なのだ。
響は暮葉の元へ。
スミスは遥の元へ。
それぞれ傍に駆け寄る。
「暮葉さんっっ!
魔力よっっ!
身体の魔力を使って恨気を除去しなさいっっ!
早くぅっ!」
鶻から直接恨気を流し込まれた場合は時間経過で症状が拡大する。
時間が経てば、皮膚の黒は全身を覆い尽くし、やがて絶命する。
従って出来るだけ早い処置が必要となるのだ。
【はるはるぅぅっっ!?
如何なされたァァッッ!?】
「遥には貴方の魔力を送り込みなさいィッッ!
そして呼び掛けてェッッ!」
【わかったおォォッッ!
はるはるぅぅっっ!
受け取って下されェッ!
はるはるゥッ!
小生のォッ!
小生のォッ!
魔力を使って下されェェェッッ!】
症状が進行すると声を発する事もままならなくなる。
声を発せられない。
これが地味にキツい。
何故ならこちらの指示が届いているか解らないからだ。
届いているかどうかは進行の変化で判断するしかない。
先に症状が引いて行ったのは暮葉。
あらゆる部位の表皮を席捲していた黒がみるみる内に引いて行く。
やがて全ての黒が除去された。
フラッ
ゆっくりと立ち上がる暮葉。
少しフラつく。
「暮葉さん……
大丈夫……?」
「うん…………」
「少しじっとしてなさい……」
響はそう言いながら、辺りにいくつか散らばっているドス黒い紫色の紐の様なものを拾い上げる。
これはさっき曽根が繰り出してきた猛攻の受憎腕。
その一片である。
暮葉が千切ったものだろう。
拾い上げたのは曽根の攻撃を判別、分析する為だ。
そして戦慄する。
その手に持たれた紫色の紐。
先端に物凄く小さな掌が付いている。
これは鶻だ。
恨気を流し込む吸出口。
これが先の嵐の様な攻撃。
それを形成している一本一本に備わっているとしたら。
そう考えて奔った戦慄。
戦き。
身の毛がよだつ。
「スゥーーーッッ…………
ハァーーーッ……」
響は深呼吸。
心を落ち着かせるためだ。
落ち着いた響は冷静に分析する。
この攻撃。
恨気を流し込む為だろうが、問題。
と言うか疑問点が浮上する。
この紐の様に細い受憎腕。
大きい小豆粒サイズの掌。
いや鶻。
ここから流し込まれる恨気量はどうなるのか?
鶻のサイズは関係無く、一定量を流し込まれるのか?
それともサイズに比例するものなのだろうか?
響の予想では後者。
それは自身が一度喰らった感染和法の症状との比較。
もしサイズを問わないのだとしたらおそらく全身黒くなっていてもおかしくない。
だが、暮葉の全身は正常な肌の部分が見受けられた。
となるとおのずと吸い出される体力、魔力の量も同様と予想される。
だが、ほんの少し動きを鈍らせるのには充分。
そこから汚い紫色をした受憎腕の大群が雪崩の様に押し寄せてくるのだ。
ブルッ
一度落ち着いた心がざわつく。
身震い。
戦慄。
戦きが再び響の身体に奔る。
「スゥーーーッッ……
ハァーーーッ……
スゥーーーッッ……
ハァーーーッ……」
響は深呼吸。
今度は念入りに。
体内の肺、横隔膜を意識。
心を落ち着かせる為に何度も深呼吸する。
ようやく落ち着いた。
むくり
ここでようやく遥がゆっくりと身体を起こす。
見ると身体を蝕んでいた黒は消え、正常な血色に戻っていた。
スミスの声は聞こえていたのだ。
「遥さん……
大丈夫……?」
響が声をかける。
ゆっくりと無言で振り向く遥。
まだぼーっとしている様だ。
【はるはるぅ……
大丈夫かお……?】
使役している竜の呼びかけにも応えない。
体力を消耗しているせいか。
ツカツカ
足早に響が歩み寄る。
パンッ
パンッ
軽く二回往復で平手打ち。
遥の顔が左右にブレる。
「遥さんっっ!
しっかりしなさいっっ!」
「あぁっ?
あぁ……
い……
一体何があったの……?」
ようやく応答。
「遥さん…………
貴方は敵の術にやられたのよ……」
遥は聞きながら立とうとする。
が、うまく立てず尻もちをついてしまう。
「あれ……?
立てない……
どうして……?」
遥は式を喰らった事は無い。
簡単に式の概要は竜司から聞いていたが、聞くのと体験するのとでは訳が違う。
「貴方は体力を吸い出されているの……
少し体を休めなさい」
「遥っっ!?
大丈夫っっ!?」
先程までフラついていた暮葉はもう体力を戻している。
体力と言うよりかは魔力をだ。
先の感染除法でやられた時と同様。
魔力生成を阻害していた恨気を除去すれば、元通りになるのは容易い。
「暮葉さん……
あまり大声を出さないで……
身体に響くから」
遥を労わる響。
が、そんな事を全く気にしない人間……
いや、竜が一人いた。
ゴゴゴゴゴゴゴ
空気が震える。
【許しゃなか…………
許しゃなかとぉぉぉぉっっ!
オイば崇拝し、尊崇し、崇敬しちょるはるはるニィィィィッッ!
何しとってくれとるゥゥゥゥッッ!
GYAAAAッッッ!】
スミスがキレた。
主人である遥。
いや自身の最推しである遥を傷つけられたのだ。
ブチキレても致し方ない。
そしてこのスミスと言う竜。
キレるといつものオタク口調は鳴りを潜め、何故か鹿児島弁になるのだ。
何故鹿児島弁なのかは不明。
「ちょ……
ちょっと……
落ち着きなさい……
大声は遥さんの身体に響くからやめろって言ってるでしょ……?」
「わぁ……
すっごい怒ってる……」
あまりの激昂ぶりに暮葉も驚いている。
【きさんっっ!
はるはるば傷つけたん誰かぁっっ!?】
ここで気づいた響。
現状の確認に気を取られ一瞬、敵の事を忘れていた。
素早く曽根が飛んで行った方向を向く響。
遠く離れているがまだ動きは無い…………
かと思われた。
ジュルッ…………
ジュルジュルジュルゥゥ……
微かに聞こえる音。
これには聞き覚えがある。
そう、受憎腕を生成している音だ。
「ん?
何かジュルジュル言ってるよ」
暮葉も気付いた様だ。
ここからでは観覧席の瓦礫が邪魔で良く解らない。
解る事は敵は依然健在と言う事だけだ。
ここで響は更に現状を分析する。
まずこちらの戦力。
暮葉は問題無いにしても遥がまずい。
ゴッソリ吸い出された体力はかなり大きく、すぐに戦線復帰は難しそうだ。
が、スミスはかなり怒っている。
響はスミスを戦力に加えるつもりだった。
基本人間同士の争い事には竜はあまり関わらない。
だがこれはマザーの禁忌等では無く、言わばしきたり。
慣例の様なもの。
竜河岸同士でも力比べは竜を使わない。
そう言った慣例がある。
しかし特に破ったからと言って魔力的な作用により、ペナルティが発生するものではないのだ。
現にガレアは度々竜司の戦いに手を出しているし、しきたりを破る竜も普通に居る。
続いては敵側の状況。
曽根は受憎腕を生成している事はほぼ間違いない。
自ら遠く離れて行って、未だ起き上がらない。
が、微かに聞こえる湿気を帯びた這いずり回る様な音。
受憎腕を生成するにも何か目的がある筈だ。
響にはすぐ解った。
残骸の回収だ。
思い切りバックキックを喰らわした為、散弾状に辺りに飛び散った受憎腕の残骸。
これを回収しようとしているのだ。
キョロキョロ
ここまで思考した段階で辺りを見渡す響。
「確か……
あの辺り……
発動」
響が魔力注入発動。
ヒュンッ
軽く地を蹴り、高く跳躍。
この所作は自身が飛ばした受憎腕の残骸を回収する為、曽根の現状を確認する為だ。
あった。
転がっているパイプ椅子の隙間に気持ち悪い紫色の前腕部発見。
良かった。
まだ回収されていない様だ。
そして曽根。
上空から見ると良く解る。
うつ伏せに倒れている曽根の身体から三本細い受憎腕が地を這う様に伸びている。
かなり広範囲に。
距離が少しある為、確定とまでは行かないが恐らく腰部の二本、両肩口の二本の受憎腕は体内に回収している。
それを材料に三本の受憎腕を生成したのだろう。
だが、響が見つけた残骸の所まではまだ届いていない。
これはチャンス。
スタッ
響は残骸の側へ着地。
湧き上がる生理的嫌悪感を押し殺し、受憎腕の残骸を持つ。
ヒュンッッ!
再び軽く地を蹴って高く跳躍。
暮葉達の元へ帰ってくる。
「スニーカー、亜空間を」
着くなり、使役している竜に指示。
響は竜の亜空間に残骸を格納するつもりなのだ。
いくら式使いが化物と言っても空間を斬り裂いたり、飛び越えたりは出来ない。
亜空間に残骸を入れてしまえば未来永劫、曽根は取り込む事は出来ないのだ。
【何か気持ち悪いなあ……
そんなの亜空間に入れるの……?
響ちゃん……】
「ブツクサ言わないの。
これも仕事よ」
とりあえず亜空間に格納は完了した。
響が切断した受憎腕は四本。
曽根は先程一本回収していた。
こちら側は一本だけ回収できた。
これが功を奏してくれれば。
ただ祈るだけである。
ガラッ……
遠くで物音。
ゆっくりと起き上がって来る薄汚れたボディコンドレス。
曽根が起き上がったのだ。
「キョキョキョヒィィィィッッ…………
これで三本…………
あと一本は何処かしらぁぁ~~……?
キョヒヒィ……
うっとおしい風を起こすロリ〇■×トォ……
オカワイイクレハちゃんはぁぁ……
アタシの恨気をたっぷり流し込んだからァァ……
もう全身真っ黒になってる頃かしらねェェ…………
ッッ!!!?
ッッテェェェェェッッッ!!
何で二人とも起きてんのよォォォォッッ!!?
確かに倒れたはずゥゥッ……!」
竜河岸と竜を相手にしているんだぞ。
そんなものいくらでもリカバリーする手段はあるだろう。
そうか。
曽根は竜河岸がどう言う人種か。
竜がどう言う種族か解っていないのだ。
おそらく接した事のある竜河岸はスナッフフィルム撮影時の殺害した者のみ。
響は曽根の絶叫に対して無言。
「………………ロリ〇■×は見た感じ死にかけっぽいから良いにシテモォォォォォッッ……………………
ォォォォォォクゥゥゥレェェェェハァァァァッッッ!!
アンタ何で綺麗な肌に戻ってんのよォォォォッッ!!?
黒く醜い肌に変えてやったはずなのにィィィィッッ!!
何……?
竜だから何でもありって事ォォッッ……!?
それともオカワイイ暮葉ちゃんは醜くて不細工なアタシの恨気なんか通用しないって事ォォォォォォォォォッッ!!?
キョヒヒァァァァァァァッッッ!!」
他の人が全員避難した静かな東京ドーム内に大絶叫が轟く。
強引に耳孔へ詰め込まれる大声は堪らなく響を不快にさせる。
「……相変わらず気持ち悪いやつね……」
苦言を呈しながら響は考えていた。
この大絶叫の意味を。
これは怨念に近い恨み言を放っている様だがその実は違う。
叫ぶ事で恨気を募っているのだ。
竜司の言っていた通り曽根の恨気総量が低いのは確かなのだろう。
タンク容量が小さいと補給頻度は高くなるのは自明の理。
声を発さず、念じるだけでも恨気が募る事は出来るのだろうが、おそらく溜まるのが遅いのだろう。
従って恨気を募る為には叫ぶ。
恨み言を載せて。
ちなみに曽根はどんな事象が起きても全て強引に可愛い暮葉と美人の響のせいにする。
逆恨み以外の何物でも無い。
「憎い憎い憎い憎い憎い憎いィィィィィィッッ!!
キョヒァァァァァァッッッ!!」
ズルゥゥゥゥゥッッッ!
勢い良く、曽根の身体から受憎腕が飛び出した。
両肩口から一本ずつ追加。
背面に太い腕が一本。
まるでパワーショベルのアームの様。
両脚は生やしていない。
欠損したまま。
遠目で見えるその様。
腰から生やしたドス黒い紫色の長い腕二本で身体を支えるその姿。
体のあらゆる部位から長い受憎腕を生やしたその姿はもはや化物、妖怪、魑魅の類。
人間では無い。
「おいィッ!
テメーッッ!」
ここで意外な展開。
響が話しかけたのだ。
ぴたり
曽根の歩みが止まる。
「キョヒヒヒィィッ……
なぁにぃ~……?
命乞いィィ~~?
まぁ~……
考えてやらなくも無いわぁ~~……
アンタが自分で顔に深い切り傷付けてェ~~……
“申し訳ありません嫉実様。私はブダです。痩せ細ったブタです。これから醜く喰いまくってブクブク太りますので今だけは何卒ご勘弁を”
って言いながら地面に額を擦り付けて土下座するんなら考えてあげなくも無いわァ~~……
もちろん全裸でネェ~~……
キョキョキョヒキョヒキョヒィィィィィィィッッッッ!
そうしたら一思いに殺してあげるワァァァァァァッッ!
キョヒキョヒキョヒキョヒキョヒィィィィィィッッッ!」
耳を塞ぎたくなる程の罵詈雑言。
結局そこまでやっても殺すのである。
もちろん声をかけたのは命乞い等では無い。
これは響の作戦。
今までの曽根の発言から軽いプロファイリングをかけて見た所、曽根は口は軽い。
うまくノせれば色々と聞き出せるかもと考えたのだ。
「…………テメー……
三本しか回収してねぇんだろ……?
私が斬ったのは四本だぞ……?
戦力が不充分の状態で私達と闘り合う気かよ……?」
「キョキョキョヒキョヒィィィッッ……
そんな事言っても戦力が足りてないのはそっちも一緒でショォォ……?
アンタ達もロリ〇■×はもう戦いには加われないしィィ~……?
三人……
いえさっきのクソチ■×を加えて四人か……
その四人でやっとアタシ一人と渡り合ってたじゃないのヨォォ……
一本回収してないって言ってもご覧の通りィィ……
これだけの受憎は使えるのヨォォ……」
両肩口の四本の腕。
背面中央の太い一本の腕。
全てドス黒い紫。
禍々しく掌を広げ、いつでもお前達を殺れると言うアピール。
ここで一つ解った事。
この曽根と言う女。
憎しみのままに暴れているだけかと思いきや、割と戦況を見ている。
あの狂った大絶叫でカモフラージュされていたのだ。
「あ…………?
心配すんな……
確かに遥さんはもう戦線復帰できないけどなぁ……
テメーの相手はこの竜がやる」
グイィッ!
響は強くスミスを引き寄せる。
【何ばしょっとかっ!?】
「よく見ろスミス……
アイツが……
お前の大事な大事なご主人を痛めつけた張本人だ……」
紅い鱗の長い首を曽根に向ける。
【響さん……
離しとってくれや……】
響は何も言わずスミスを解放。
スミスの鋭かった目が一際鋭さを増す。
同時にへたり込んでいる遥の周りに落ちていた五大大牙が一斉に浮き出し、スミスの元へ。
スミスの周囲を守護する様に浮遊する五大大牙。
その姿は遥の絢爛武踏祭を想起させる。
【きさんか……
きさんがおいん神様をこげん目に遭わせたんか………………?
GYAAAAAッッッッ!!!
……殺しくるっで……
ビリビリに引き裂いて殺しくるっでェェェェッッッ!】
怒っている。
スミスは怒っている。
ライブ開始前までの饒舌にオタク用語を話す竜は何処にも居ない。
竜界時の獰猛な竜に立ち昇っていた。
もう一度言うが怒ると何故鹿児島弁になるかは不明である。
「落ち着けスミス。
コロシは駄目だ」
【ナニィッ!?
ないでだァァッッ!?
おいばもう怒りでいけんかなりそうなんじゃァァァッッ!】
「だから落ち着けよ……
考えてもみろ?
テメーが人殺しして一番困るのは遥さんなんだぞ?
誰が人殺しした竜を連れてるアイドルなんか応援すんだよ」
【…………そいば確かにこまい……】
「だろ?
だからコロシは駄目だ…………
けどな……?
スミス、安心しろよ…………
スニーカー」
響はスミスを宥めながら、スニーカーを呼びつける。
側に寄ったスニーカーは無言で亜空間を出した。
ギュンッッ!
ドスゥッッ!
持っていた腰鉈を勢いよく地面に投げつける響。
黙ったまま亜空間に手を入れ、取り出したのは新品の腰鉈。
ギラァッ!
未使用の硬く分厚い腰鉈が光り輝く。
「ダメなのはコロシだけ……
半殺しにする分には問題ないって事だぁっ!」
【……了解……
闘ってやったァァッッ!】
「竜……
キョヒキョヒキョヒィィッッ……
アタシ竜を恨み殺せちゃうのかしらァァァッ……?
ねぇ知ってるゥゥッ?
竜って首を落としたら死ぬのよォォ……」
それを聞いた響は絶句。
知っている常識と相違があったからだ。
竜が死ぬ時は風化する。
これが日本……
いや、世界中の竜河岸の常識である。
この話には語弊がある。
確かに竜は死ぬ時、塵と化し風化する。
だがこれはあくまで寿命が来た時。
正確には体内の魔力生成器官の寿命。
つまりもう魔力を生成する事が出来なくなった時に起きる現象。
魔力生成器官の寿命は個々の竜により様々分かれる。
特に魔力を多く使ったからとか長い間魔力を生成したからとかそんな事は関係無い。
摩耗とか老朽。
そう言った類では無い。
人間の言葉で一番近い表現としては寿命となる。
具体的に寿命とは何なのか。
何故風化するのか。
そう言った事は一切不明である。
竜と言う生物は自身の存在に無頓着だからだ。
たまにキャロルの使役しているベルベット(参照話:閑話第五章)の様に知識欲のあるインテリな竜も居るが竜界は文化レベルが低い為、知識を得よう謎を解こうと思ってもやりようが無いのだ。
魔力生成器官の寿命は人間のそれとは違う。
子供が先に風化する事も往々にしてある。
人間の場合、事故や病気等で不幸にも子の方が先に亡くなる事はある。
が、竜の場合は違う。
純粋に魔力生成器官の寿命なのだ。
子と親の在り方も人と竜とでは全く違う。
親の情愛等も存在しない。
恩義等も存在しない。
竜の感情が偏っているのも原因ではあるが、子を産む時の苦労や子育てと言う概念が無いからかも知れない。
竜が子供を作る時は単体で魔力を使い、生成する。
人間の様な異性との性行為による受精等では無い。
従って出産時の痛み。
産後の体力の消耗。
そう言ったものも存在しない。
“私がお腹を痛めた子”
この言葉が示す通り人間の親子に愛情が生まれるのはこう言った苦労も一因なのだろう。
恋や愛情の類を知らない竜が何故子を作るのか?
理由は様々。
話し相手が欲しかったり、ケンカ相手に勝つ為、頭数を揃える必要があったり。
有体に言うと気まぐれなのだ。
“あー、子供でも作ろっかなー”
これぐらいのノリなのだ。
ちなみにこの作品の主人公であるガレアの親がガレアを作った動機は話し相手が欲しかったからだそうだ。
竜は子育ても必要としない。
教育等も存在しない。
人間の場合、産まれた子供は何も知らない赤子の為あらゆる事をゆっくり時間をかけて色々な事を覚えこませて行く。
これが教育である。
ドイツの哲学者カントの言葉でこう言うものがある。
“人間は教育によって初めて人間になれる”
この言葉を真っ向から否定する存在。
それが竜なのだ。
仮に赤子を何もせず放置すれば死が待つだけだが、竜の場合は違う。
餓死と言う概念が存在しない為だ。
体内の魔力生成器官によって栄養補給出来るから。
しかしガレア曰く魔力での栄養補給は味気無いのだそうな。
人間の膨大で色彩豊かな食文化に触れたのだから無理も無い。
「殺した竜は……
どうしたんだよ……?」
明らかにテンションが下がっている響。
自身の常識を覆されたから。
しかもテロリストに。
「キョヒキョヒキョヒキョヒィィィッッッ!
なぁんかぁ~~……
中田が受憎で取り込んでたみたいヨォ~~……」
その言葉で更に響は絶望の底に叩き落される。
中田が体内に竜の死肉を取り込んだ。
これが意味する事は何か。
考えうる最悪のケースは恨気と魔力の融合。
いや、中田は一般人。
魔力が扱えない。
体内に取り込んだ瞬間、身体は異常をきたすはず。
魔力は猛毒なのだから。
ブンブンッッ!
素早く首を左右に振る響。
あまりに絶望的な可能性の為、冷静な判断を欠いていた為だ。
いやいや、何を考えている!
冷静になれ!
刑戮連のメンバーは曽根を含め後三人。
先ほどインカムで敵と遭遇したと言う踊七からの報告があった。
そして先程、竜司を攫っていった存在。
となると三人共、何処かしらで戦闘中。
踊七が取り逃がし、そいつが竜司を攫った線も無くはないが、その場合なら何らかの報告がインカム越しに聞こえるはず。
だが、今までそんな報告は受けていない。
ならば三者三ヶ所で戦闘を行っていると考えるのが自然。
ヤバい!
これはヤバい!
中田がどちらと戦っているかは解らないが中田がヤバ過ぎる。
魔力を取り込んでも動けているとなると、最悪のケースになっている可能性が高いからだ。
「発動ォォォォッッッ!
スゥーーーッッ…………」
響は魔力注入発動し、大きく息を吸い込んだ。
ダァァァァッァァンッッ!
息を止め、強く地を蹴る。
響を中心にクレーターが生成。
前へ弾け飛んだ。
打って出る為である。
明らかに焦りから来た行動と見て取れる。
その通り。
響は焦っていた。
暮葉とスミスに指示を送る事も忘れ、飛び掛かって行った。
その理由は曽根が突き付けた事実。
中田が竜の死肉を取り込んだと言う事実。
魔力と恨気の融合。
もし自在に操れるとなれば怖ろしい程の脅威となる。
超速で宙を駆ける響。
目標まで約三分の一秒。
グァァッッ!
新品の腰鉈を振りかぶる。
目標の両肩口から生えた合計四本の受憎腕がくの字に曲がる。
曽根も迎撃態勢。
響が曽根の間合いに入った。
戦闘再開。
ガガガガガァァァンッッッ!
力と力の激しいぶつかり合い。
その音が連なり、重なり、連続して響く。
ガガァンッ!
バツンッッ!
ガガキィンッッ!
ズバンッッ!
高速で迫る受憎腕。
もちろん分割して手数は増やされている。
だが、響の戦い方も変化している。
さっきは捌く一辺倒だったのが、今回は隙あらば腕を切断して行っている。
これは焦りから来た副産物。
現在、響は“曽根を捕らえる”この事に集中していたからだ。
早く!
早くこいつを何とかして竜司を助けに行かないと!
この事が頭の中を巡っていた。
だが、力のゴリ押しで倒せる程、式使いの曽根は容易い存在では無い。
ジュルゥンッ!
叩き切られても即下方に受憎腕を分割し、高速で残骸を掴む。
瞬く間に吸収。
とにかく曽根は鶻による吸収。
受憎腕の生成スピードが速いのだ。
ズバァンッッ!
ジュルゥンッ!
ズダァンッ!
ジュルゥンッ!
切断音と残骸を吸収する音が折り重なって響く。
このままでは埒が明かない。
相手の恨気が尽きるまでこの攻防を続けないといけないのか。
「キョキョキョヒヒヒァァァッァッッ!!
ちまちまとうっとおしいやつねェッッ!
今までも纏わりつく様にひっついてチ■×共を誑し込んでェ……
手玉に取ってェ……
とっかえひっかえしてきたのかしらァ……?
完全に詐欺……
結婚詐欺……
犯罪ヨォ犯罪ィ……
でもアンタ程美人ならそんな犯罪行為も許されるんでしょうネェ…………?
何で美人ばかり優遇されるのヨォォォォッッ!
何で不細工ばかり冷遇されなきゃいけないノォォォ…………
許せない……
美人が許せない……
憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いィィィィィッッ!
キョヒァァァァッァァァァァッッッ!」
響は思った。
こいつ、恨気を募りやがったと。
これでまた振り出しに戻ったと言う事だ。
強い偏見。
穿った見方の曽根の持論。
並びに激しい罵詈雑言を響は全く聞いていなかった。
曽根が叫んだぐらいにしか捉えていない。
その叫びの向こう側にある本質を見ていたのだ。
曽根の恨み言は受憎腕で攻撃を繰り出している最中に行われた。
まだ響は受憎腕の弾幕を突破出来ず、本体には攻撃出来ていないと言う事だ。
ここで曽根に動きがある。
グアァァッ!
曽根の背面に生成された太い受憎腕が攻撃態勢。
掌が硬い握り拳に変わる。
響が他の受憎腕に気を取られている隙に巨大な一撃を頭上から叩き込む気なのだ。
ガガガガガァァァンッッッ!
ズバンッ!
ズダンッッ!
ジュルゥンッ!
が、響は気づいていない。
受憎腕を捌くのに集中しているからである。
響が冷静であれば、太い受憎腕の動きにも気を配っていただろう。
しかし、響は焦っていた。
所作に集中は出来るが、視野が狭くなっていたのだ。
ビュンッッ!
超速で巨大な紫色の拳が振り下ろされた。
「!!!!??」
完全に不意を突かれた。
危機感が脊髄を駆け登る。
駄目だ!
当たる!
ガァァァァァンッッッ!
巨大な衝撃音。
が、響は無事。
目を丸くして前の光景に驚いている。
見上げた目と鼻の先には…………
逢鬼が刻。
五大大牙の一角。
巨大な両手剣の刃で紫色の拳は遮られていた。
先の衝撃音は響に当たった音では無い。
護った音なのだ。
そして……
その逢鬼が刻を操るのは…………
ドスゥッ!
真一文字に飛んできた長槍が曽根の身体に深く突き刺さる。
そのまま真上へ持ち上げた。
身体が天高く舞い上がる。
数多の受憎腕ごと。
バリィッッ!
激しい通電音。
東京ドーム上空が発光。
ドコォォォォォォンッッ!!
続いて衝撃音。
いつの間にか上空、曽根の側に位置していた逢鬼が刻。
その強烈な一撃が曽根を叩き落したのだ。
紫色の弾丸と化した曽根は斜めに真っすぐ落下。
ドカァァァァァァァァァンッッッ!
曽根着弾。
巨大な音。
衝撃で四方の瓦礫が舞い上がる。
これがスミスの能力。
キレたスミスは五大大牙を意のままに操るのだ。
いや、五大大牙だけでは無い。
ありとあらゆる武器を急速生成し、それすらも操る事が出来る。
範囲も広く、全経100メートルぐらいなら可能なのだ。
戦い方としては絢爛武踏祭に似ている。
しかし威力、範囲は桁違い。
上位互換と呼べる代物。
【どげんやぁっっ!
思い知ったかこん愚か者めェェッッ!】
ドスドス
鼻息荒くスミスが響の側に寄ってくる。
圧倒的な竜の力に言葉が見つからない様子の響。
【ん……?
安心せい。
響さんがゆたで、殺しちょらんぞ】
依然、鹿児島弁が抜けていないスミス。
苛烈な一撃を喰らわせてもまだまだ腹の虫が治まらないのだ。
自身が一生懸けて推していくと決めた遥を傷つけられたのだ。
当然ではある。
「いや……
そうじゃなくて……
やっぱり竜ってのは恐ろしいわね……」
「二人ともーっ!
だいじょーぶーっっ!?」
暮葉も駆け寄って来る。
ここにもう一人の化物もやってきた。
強大な力を持つ二人の竜。
それを目の当たりにして自身の力量不足を痛感する響。
しかし響も常人比較をすれば十分化物の部類に入るのだが。
さあここからどうする?
いくら曽根でも空中での電撃から続く、強烈な一撃を喰らってはすぐに起き上がる事は出来ない筈。
「発動……
スゥーーーッッ……」
魔力注入を発動し、大きく息を吸い込んだ響。
となるとやる事は決まっている。
地を蹴って高く跳躍。
目的地は曽根の落下地点。
やる事とはそう。
受憎腕の切断。
並びに回収だ。
響は曽根が失神したとは思っていない。
これぐらいで決着がつくなら、自分一人で勝てた。
洒落にならないぐらいにタフ。
式使いで一番攻略が難関なのはどの様にして意識を寸断させるか。
この一点なのだ。
だから響は決して油断せず、息を止めて魔力注入を発動させた。
スタッ
曽根の側に着地。
ピクッ……
ピクッ……
痙攣して、仰向けに倒れている曽根。
目は開いて真っ直ぐ上を向いている。
意識の確認として瞳孔を調べる等があるが、そんな悠長な事はやっていられない。
ズバァッ!
ザンッッ!
手早く受憎腕を切断して行く。
とっとと作業を終わらせよう。
続いて背面の太い受憎腕の切断に取り掛かろうとした瞬間…………
ギロォッッッ!
血走った瞳が恨みの念を載せて響を睨み付けたのだ。
ズボァァァァァァァァァァァァァァァァンッッッ!
響の背後から受憎腕を急速生成。
真っ直ぐ天に伸び、瞬時に分割。
ビュオオオオゥゥッッ!
幾千条もの細い受憎腕の大群が竜巻の様に響を取り囲む。
曽根の身体ごと。
これはさっき遥と暮葉がやられた攻撃。
「!!!!??」
まだ電撃の効果は続いていた筈。
何故受憎腕を生成できる?
見ると依然として痙攣している。
と、そんなモタモタした事を考えている場合ではない!
ヤバい!
この包囲網から一刻も早く抜け出さないと。
ガッッ!
切断した受憎腕を一本掴む。
発動ッッ!
響は念じて魔力注入発動。
ダァァァァッァァンッッ!
強く地を蹴った。
真横に弾け飛び、紫色の壁に飛び込んだ。
ズボォッッ!
かなりの力を込めた為、受憎腕の包囲網から抜け出る事は出来た。
ザシャァァァーーーッッ!
着地出来ず、地を滑る響の身体。
見ると身体のあちこちが黒く変色している。
恨気に侵された状態。
「ス……
スニーカーァァッ……
あっ……
亜空間をォォッ!」
【響ちゃんっっ!
大丈夫ゥッ!?】
スニーカーが驚いて駆け寄る。
無理も無い。
向こうに主人が飛んで行ったと思ったら酷い状態で帰って来たのだから。
「いいからぁっ……!
早くぅっ……!
早く亜空間をぉっ……!」
【う……
うん……】
迫力に押されたスニーカーは亜空間を出す。
プルプル震える手で中に持ち出した受憎腕の残骸を格納。
これで二本。
「くぅっ……」
ピトッ
呻き声をあげながらスニーカーの鱗に震える手を添える。
魔力補給の為だ。
響の身体は四、五ケ所黒く変色していた。
じわりじわりと黒が大きくなる。
響が曽根の包囲網から強引に突破した際に受けた傷からだ。
体力がどんどん吸い出される。
集中
魔力補給を終えた響はすぐさま黒く変色している部位に魔力集中。
起動。
恨気除去の為、魔力注入発動。
みるみるうちに皮膚が正常な色に戻った…………
が、立ち上がらない響。
体力を吸い出されたからだ。
感染除法により体力を吸い出されている所に重ねた感染和法の体力吸出。
立ち上がりたくても立ち上がれないのだ。
今、響の身体は猛烈な怠さが包んでいる。
「ふ……
二人とも……
ごめんなさい……
私はすぐに立てない……
もし……
この間に曽根が起き上がってきたら……
少しの間、持ち応えて……」
ここに来てまさかの響、戦線離脱。
残るは戦闘に関して全く素人の暮葉とキレたスミスだけだ。
今の戦力が危険なのは響自身も解っている。
だからこの戦線離脱は一時的なものだ。
「響さん、疲れたの?
うんっ!
わかったっ!
私やるっ!」
別にこの戦いを軽んじている訳では無いのだろう。
自身のライブを襲撃された訳なのだから。
だが、この暮葉が言うと何か軽い。
まるでピクニックにでも行ってくる。
そんな雰囲気が漂ってくる。
響に不安が募る。
【響さん……
休んじょってくれん……
あげんバケムン、おいがギッタギダにうっくやしてやっで……】
まだまだ闘り足りないスミス。
「おい……
スミス……
解ってると思うけど……
コロシは駄目よ……」
【解っちょって。
安心しい】
安心しろとスミスは言うが依然として鹿児島弁は抜けていない。
更に不安が募る響。
願わくば体力がある程度回復するまで起き上がって来ないでくれ。
しかし………………
ガラッ……
往々にしてこういう時は願いと反した事が起きるものだ。
遠く離れた所で瓦礫の物音。
曽根が起き上がってきた。
腰に身体を支える為の二本。
両肩口から各二本ずつ。
ドス黒い紫色の受憎腕を生やしている。
背面の太い腕は無くなっている。
おそらく体内に格納したのだろう。
響が先程切断したのは二本。
回収できたのはその内の一本。
置いてきた一本は曽根に回収されたと考えるのが自然だろう。
「キョキョキョヒィィィィィッッッ!
何チンケなコソ泥みたいに人の物、掠め盗ってんのよォォォォッッッ!
返しなさいヨォォォォッッ!
キョキョキョヒァァァッッッ!」
ビュビュビュビュンッッ!
両肩口に生やした四本が高速で暮葉とスミスに向かってくる。
受憎腕は伸縮自在。
到達まで凡そ半秒。
瞬きする間に接触しようかと言うぐらい近づいても微動だにしないスミス。
キュキュキュキュンッッッ!
ダンッッ!
ズバァッ!
ドスゥッ!
グサァッ!
高速で何かが落下してきたかと思うと、全て向かってくる受憎腕に突き刺さり進行を阻止。
四種の刺突音が響く。
刺さったもの。
それは五大大牙。
水蛇の恩恵以外の五大大牙だ。
「キョヒィィィッッ!!?」
突然の出来事に驚きを隠せない曽根。
グッグッ
引き寄せる為、受憎腕に力を込める。
が、動かない。
それ程深く刺さっているのだ。
【フン……
麻酔は効かんか……
まあ別に良か……
確か電撃は有効やったな……】
バリィィッッ!
突き刺さっている聖者より授かった雷牙が放電。
受憎腕を伝わり、曽根の本体が通電。
ビリビリビリビリィィィィッッ!
遠く離れた曽根の身体がブルブル震える。
ドシャッ……
全身くまなく震えた曽根は力無く倒れる。
グッグッ……
グググウゥゥッ……
倒れているにも関わらず、受憎腕を引き寄せる力は治まる気配を見せない。
ブチブチブチブチィィィィッッッ!
構わず引き寄せた為、鶻部分と受憎腕が引き千切られる。
肉が千切れる不快な音。
ジュルゥンッ!
力任せに引き千切った四つの傷跡から細い受憎腕が急速に生え、分かれた鶻部分を全て回収。
現在、受憎の材料は腕二本分減った状態。
一片たりとも無駄には出来ない。
これが曽根の考えである。
倒れている曽根。
何も話さない。
遥が放つ電撃とは違う。
キレたスミスが放った電撃。
威力も違うのだ。
【確かさっき電撃、喰ろうても平気やったな……】
「ええ…………
多分……
意識はある筈……
油断しちゃダメよ……」
体力がまだ回復していない響。
座り込んで身体を休めている。
遥はへたり込んだ状態で少し俯き、一点を見つめたまま何も話さない。
【フン……
まあどげんでもよか……】
ジュルゥゥゥンッッッ!
曽根の腰から受憎腕が生えた。
力強く東京ドームの地を掴み、起き上がる。
見ると現在受憎腕は腰部の二本のみ。
残骸を回収後、全て一旦体内に取り込んだのだ。
ピクッ……
ピクッ……
何も発しない曽根。
未だ痙攣している身体。
まだ電撃は有効な様だ。
しかし、受憎腕は生えて動いている。
どういう事か?
これは渇木戦で十拳轟吏が体験した事。
轟吏のスキル弛緩咆哮で全身の筋肉を弛緩した渇木も同様の動きだった。
確かに電撃、高周波等の弛緩系攻撃は式使いには有効ではある。
が、それはスキルを喰らった時点だけである。
その後、生成される受憎腕に関しては関係無いのだ。
だから本体が高周波で弛緩していようとも、電撃で痺れていようともこの様に再生成した受憎腕で動く事が可能。
ジュルルルルルルゥゥゥッッ!
両肩口から各二本。
合計四本の長い受憎腕が生えた。
それぞれ掌が開く。
その様はマニュピレーターマシンの様。
断っておく。
まだ曽根の身体は痙攣したまま。
一言も発していない。
ちなみに内情を語ると曽根の意識は健在。
心中は言葉にするのも憚られる程の暴言、侮言、罵言の嵐。
恥辱と屈辱に塗れた台詞や想いが嵐の様に渦巻いていた。
これは恨気を募る目的もあるが六、七割は私怨で発生したものだ。
もちろん心中で考えるより声で発した方が恨気は募り易いのだが、現在曽根は話す事が出来ない。
聖者より授かった雷牙の電撃により全身が痺れているからだ。
結果、黙ったまま全身を痙攣させている中年女性。
その身体から無数に受憎腕を生やし、こちらへ向かってくる何とも異様な光景が出来上がると言う訳である。
「あの人、ピクピクしてるけどまだイジワル続けるの?」
暮葉はキョトンとした顔をしている。
もはや意地悪等と言う次元を遥かに通り越していると思われるが、これが天華暮葉なのである。
ビュビュビュビュンッッッ!
四本の受憎腕がスミスと暮葉に向かって超速で迫る。
ガガィンッッ!
が、スミスには届かず。
即座に動いた逢鬼が刻により阻まれる。
ヒュンッッ!
暮葉は受憎腕を素早いステップインで躱す。
もう数ミリズレていれば鶻に掴まれる程のギリギリの位置。
まさに達人の見切り。
ガッ
左頬を掠めて行った受憎腕を強く掴む暮葉。
「ぬぬぬ~~~………………
エイッッ!」
ビュゥゥンッッッ!
思い切り空へ向かって投擲。
形としては柔道の一本背負い。
だが、威力は桁違い。
東京ドームを特大ホームランの様に飛んで行く曽根の姿を見れば明らか。
ドガァァァァッァァァッァンッッッ!
アリーナ。
いわゆる東京ドームのグラウンドを大きく外れ、外野観覧席に着弾。
「…………ホント……
竜ってのは……」
化物じみた竜二人の強大な力をまざまざと見せつけられ、呆れ声しか出ない響。
これだけのパワーがあるのなら何とかなるかも知れない。
自身の体力回復ももう少し。
当初抱いていた不安はある程度払拭された。
後は殺害だけ注意してくれれば。
そう思った響なのであった。
まだ起きて来ない曽根。
「ん?
起きて来ないわね。
これで終わったんじゃないかしらっっ!?」
すっかり元気になった暮葉が笑顔で響とスミスに話しかける。
キラキラと光り輝く様な笑顔。
さすがアイドルである。
【つまらん……
腹ん虫はまだまだ治まっちょらんのにじゃ】
まだ怒りの治まらないスミス。
「…………いえ…………
多分……
まだよ……」
そして、未だ警戒を解いていない響。
六本の受憎腕を含めた曽根の身体。
推定で120キロはある。
それが野球ボールの様に高く舞い上がり飛距離100メートルを超えて外野席に炸裂したにも関わらず……
である。
決定打になってもおかしくは無い一撃だったと言える。
だが…………
ガラッ…………
それは…………
バコォォォォォォォォンッッ!
残念ながら響が正解。
着弾点を中心に瓦礫が爆散。
「キョヒェェェェェェェェァァァッァァァァァァァァァァッッッッ!!!」
その声は猛禽類の化物か。
もしくは獰猛な爬虫類を想起させた。
ホイッスルボイスなどが可愛く思える程の超々高音域の大絶叫が東京ドーム全体に響き渡る。
堪らず耳を塞ぐ暮葉。
響はこの超不快な大絶叫が轟く中、冷静だった。
こいつ、電撃効果が消えてやがる。
これが響の心中である。
先程は一言も発していない。
電撃の為、身体が痙攣していたからだ。
今は叫んでいる。
舌が動いている。
と言う事はそう言う事である。
響は地に座りながら現在の曽根を確認。
おや?
先程とは違う。
今回は全く受憎腕を生やしていない。
いや、生やしてはいるが両脚のみ。
戦法を変えて来たのだろうか?
ギュンッッ!
外野席から弾丸の様に飛んで来た曽根。
再びグラウンド上まで戻って来た。
座っている響を護る為、間に立ち塞がるスミスと暮葉。
「二人とも……
気を付けなさい……
何か仕掛けて来るかも知れないわ……」
さっきとガラリと違い、見た目だけなら人型の曽根に得体の知れない雰囲気を響は感じ取っていた。
「キョヒィァァァァァァァッッッ!
このクソ〇■×とバケモンッッッ!!
よくもやってくれたわねぇぇぇぇぇっっっ!!
バケモンは寸刻みにして喰い散らかしてウ■×にして下水に流してヤルァァァッァァァァァァッッッ!!
クソ〇■×は全裸で身体中の穴と言う穴ァァァッッ!
全部に杭をぶち込んでェェッッ!
アルタ前に掲げてヤルァァァッァァァァァァッッッ!!
憎い憎い憎い憎い憎い憎いィィィィッッッ!!
キョヒェェェェェェェェァァァッァァァァァァァァァァッッッッ!」
おかしい。
響が感じたのは違和感。
超下品な罵詈雑言はそうなんだが、喚いているだけでかかって来ないのだ。
受憎腕を生成する気配も感じない。
ただ少し離れた所から汚い言葉を発しているだけ。
そんな印象。
「…………おい……
テメー……
かかって来ねーのかよ……?」
響が違和感から尋ねて見る。
「キョヒィァァァァァァァッッッ!
その乳も抉り取ってェェェッッ!
〇■×から杭ぶっ刺して逆さに飾ってヤラァァァッァァァァッッッ!
憎い憎い憎い憎いィィィィィッッ!
キョキョキョヒェァァァァァァッッッ!」
が、尋ねた響を無視して絶叫している曽根。
おかしい。
何なんだ?
本当に恨みで狂ってしまっただけなのだろうか。
が……………………
ここで変化が起きる。
もちろん響側である。
ドシャァァッ…………
倒れた。
スミスが倒れたのだ。
うつ伏せに倒れた腹に見えるのは黒く変色した鱗。
明らかに恨気に侵された状態である。
続く
※竜司が連れ去られてからの話は竜司が知り得ない話の為、龍には話していません。
ご了承下さい。