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ドラゴンフライ  作者: マサラ
最終章 第二幕 東京 暮葉ドームライブ編
167/284

第百六十六話 僑軍孤進

「やあこんばんは(たつ)

 さあ、今日も張り切って始めて行こう!」


「パ……

 パパ……?

 ど、どうしたの……?」


 僕のテンション上げ気味な挨拶に面食らっている(たつ)


「いや、今日する話は結構激しい戦闘の話だからね。

 僕もテンション上げて話そうと思ったんだ」


「ふうん…………

 確か昨日は……

 気持ち悪いおばさんが何か使った所だったよね?」


「うん、感染除法だね」


「………………本当に気持ち悪いね……

 このおばさん……」


 まだ何も話してないのに(たつ)の顔が青くなっている。


「ま……

 まあまあ……

 この刑戮連(けいりくれん)とのやり取りも本当にあった話だから……

 さあ話していくよ」


 ###

 ###



「………………感染…………

 除法…………」



 曽根が何か呟いた。


 え?

 何て言った?


 感染………………

 除法っっ!?


 式には四則演算に(のっと)った四つの型がある。


 〇感染和法

 式の基本術。

 掴んだ掌から恨気を流し込み、相手の体力・魔力を吸い出す。

 身体強化で使用も可能。


 〇感染減法

 和法の応用術。

 掴んだ掌から相手の体力を吸い取り、吸収。

 僕はまだ見た事が無い。


 〇感染乗法

 和法の応用術。

 流し込む恨気を倍加させる。

 和法と同様、身体強化などにも使用出来る。

 消費恨気量が大きい為、あまり多用出来ない。


 これが今までの経験・(なずみ)からの話などで判っている式と言う術の概要だ。


 そして今、曽根が呟いた言葉は感染除法。

 一番予測がつかなかった除法。


 足し算、引き算、掛け算は何となくイメージ出来るが、割り算で術を使うとどうなるのか?

 全く予測がつかない。


 と言うか根本的な問題。


 何故、式を使える?

 今お前の中に恨気は残されていないのではなかったのか?

 それとも僕の仮説が間違っていたのだろうか?


 ほんの数刻。

 瞬き二、三回程度の数瞬。


 その間に超速で思考が巡り、今の状況に対してあらゆる疑問が沸く。


 そして…………

 疑問の一つが即座に解消される。


 何故解消されたのか?

 それは僕の身体に起きた症状。


 ブルブルブルブルッッッ


 僕の身体は急に大きく震え出す。


 力が入らない。

 曽根の顔も持っていられない。


 ドシャァァッッ……


「テッ……

 テメーッッ…………

 何を……

 した……」


 (おと)さんも同症状。

 片膝を付いた。


 身体に起こった異変。

 体力と魔力が吸い出されていく感覚。


 身体に起きている感覚は辰砂の血感染アンフェクシオン・サンにやられた時と酷似。


 身体が熱くなる。

 異物混入のサインだ。


「スッ……

 スニーカァァァッッ!

 魔力をよこせぇぇぇぇっっ!」


 (おと)さんが必死に近くに居たスニーカーの鱗を掴む。

 魔力補給の為だ。


 だが…………


 スニーカーの様子がおかしい。


(おと)ちゃん……

 何だか僕……

 ヘンなんだ……

 少し怠いの……

 何でだろ……?】


 魔詰しかけている。


 この態度で解った。

 スニーカーも恨気に侵されている。


 ヤバい。

 これはヤバい。

 どうするどうするどうするっっ!?


 ドシャァ……


 続き暮葉も倒れてしまった。

 もはや一刻の猶予も許されない。


「ガレアァァァッァァァァァァッッッ!!

 そこからだァァァァッァッッ!

 そこからありったけの魔力をこっちに飛ばせェェェェェッッ!」


 敵の攻撃は不明。

 だが、この近くに寄るのはマズい。


 そう考えた魔力補給。

 竜排会と違って敵側に竜河岸は居ない。

 だから魔力補給は邪魔されないはずだ。


【んーー?

 竜司ーーっ!

 何かヤバそうな感じするけどそっちに行かなくて良いのかーー?】


「いいからぁぁぁぁっっ!

 早くゥゥゥゥッッ!」


【はいよー】


 ムンニョォォォォッ


 こんな音が聞こえて来そうな大きい緑色の光球が染み出して来る。

 フヨフヨとこちらに向かう。


 依然として曽根は眼前で倒れたまま。

 紫色の受憎腕、両脚は切断されたままだ。

 先の式発動以降ずっと黙したまま顔を床に付けている。


 だが、僕や(おと)さん。

 暮葉はダメージを負って倒れている。


 この異様な光景。


 (なずみ)の時も思ったが本当に式使いとの戦闘は異質で異様で気持ち悪い。


 フヨフヨ


 巨大な緑色の魔力球はフワフワこちらに向かって来る。

 目測であのサイズなら大魔力注入(ビッグインジェクト)レベルだ。


 ならば耐えれる。

 早く!

 早く来い!


 ピトッ


 意識が朦朧とし始めた時、魔力球が触れた。

 見る見るうちに体内に取り込まれる魔力。


 ドッッックゥゥゥンッッッ!


「グゥゥッッ……」


 キツい。


 体力が吸い出されている今のコンディションで大魔力注入(ビッグインジェクト)を使用するのは取っ掛かりからかなりキツい。


 保持(レテンション)ッッ!


 ガガガガシュガシュガシュガシュ

 ガガガガシュガシュガシュガシュ


 体内で響く圧縮機(エアコンプレッサー)の音。

 保持完了。


 続いて集中(フォーカス)だけど、これは身体全体。

 大魔力注入(ビッグインジェクト)の大きな魔力を万遍無く行き渡らせるイメージ。


 身体に侵入した異物を除去するイメージ。


 よし!

 行けっ!


「ネェッ!?

 ちょっとっ!?

 どうしたのよっ!?

 あんた達っっ!?」


 と、ここで遥の元気な声が響き渡る。


 遥は平気だ。


 何故?

 僕より後方だからか?


 いや違う。

 倒れている暮葉と同じぐらいの間隔だ。


 だが何故暮葉は倒れて、遥は平気なんだ。


 フワッ


 ここで肌に風を感じた。

 これは遥から吹いている。


 北風が騎士を作ったウィンド・ナイツ・ソードのエンチャントだ。


 風はそんなに激しくは無い。

 あくまでも涼やか。


「……………………くそっ……」


 僕の口から堪らず出た呻吟(しんぎん)の呟き。

 焦りから出た呟き。


 身体の回復が遅いからだ。


 いや、遅い訳では無い。

 感覚としては消えた右から新たに異物が侵入している。

 そんな感じだ。


 体内で増殖しているとかでは無い。

 外部からどんどん侵入している感じ。


 侵入しているのはもちろん恨気で、これがさっき曽根が呟いた感染除法の作用だろう。


 除法は割り算。


 和法は足し算で恨気を足す。

 細かい所を言うと差異はあるのかも知れないけど、概ねそう言うイメージで良いのだろう。


 乗法は掛け算。

 恨気を掛ける。

 効果・威力を倍加する。


 ならば割り算は?


 恨気を割る。

 分割してもデメリットしかない気がする。



 ここで僕は閃いた。



 アプローチを変えてみた事で起きた閃き。

 四則演算の形から考えるのでは無く、式と言う術の本質から考えてみたんだ。


 式は何の目的で編み出されたか?


 それは身体に産まれた恨みの気。

 如何にして恨気を標的に流し込むか。


 身体強化は別として編み出された目的はそう言う事だろう。


 となると、除法。

 恨気を分割してどうやってこの目的を果たす事が出来るのか?


 そもそも分割では無く別の作用が働いているのか?

 いや…………



 僕の閃きでは違う。



 おそらく分割はされている。

 分割するとデメリットとしてまず考えられる事は威力の減少。

 分割するんだから当然だ。


 ならばメリットは何だろう?

 さっき来た閃きはここで起きた。


 僕らが突然恨気に蝕まれた事も。

 暮葉が倒れて、遥が倒れていない理由も。

 どんどん外部から侵入して回復を阻害している事も。


 全て説明がつく。


 確かに感染除法は使用恨気を分割しているのだろう。

 デメリットとして威力が減少するのもそうだろう。


 だが…………

 分割数、分割量が大量、膨大ならどうなる?


 今ここで解った。

 これ以外には考えられない。



 感染除法。

 これは恨気を分割し、大気に付着させるんだ。



 それを体外に放出する。

 恨気入りの空気を吸い込んだものは瞬く間に侵される。


 魔力で除去を行っても侵入してきたのは僕らが呼吸をしているからだ。

 遥が侵されなかったのは北風が騎士を作ったウィンド・ナイツ・ソードで起こる風のせいだ。


 感染除法を防ぐ為には激しい風は必要無い様だ。

 空気の流れを変えるぐらいの緩やかな風で良いんだろう。


 まさに毒の空気。

 毒ガスを撒き散らす存在なんだ曽根は。


 ここで自身の決定的な勘違いにも気付いたんだ。


 それは……


 恨気を募るには何も言葉だけでは無いという事。

 心で念じても可能。


 おそらく感染除法も相当量の恨気を使用するはずだ。

 だが、式発動の呟き以外に喋ってはいない。

 となるとそうとしか考えられない。


 現在身体の体調不良は、血感染アンフェクシオン・サンの様な急激な衰弱では無い。


 なら挽回は出来る!

 出来るはずだ!


「遥さぁぁぁんっっっ!

 僕らを吹き飛ばすぐらいの強烈な風をォォォッッッ!

 早くゥゥゥゥッッ!」


 僕は叫んだ。

 体の自由は効かないが、声は出せる。


「わ……

 わかったわっっ!」


 ビュオォォォッッッ!


 遥を中心に猛烈な風が吹き荒れた。


 僕の身体や、スニーカー。

 (おと)さん、暮葉を吹き飛ばす程の猛烈な風。


 浮かび上がる僕の身体。


 ガシャァァンッッ!


 四つの衝撃音が響く。


 放射状に飛び散り、アリーナ席の柵にぶつかったんだ。

 曽根を含めた全員が散り散りになった。


「くっ……

 うぅ……」


 身体を強く打ちつけた僕は痛みに呻き声を上げる。


【おーい、竜司ー。

 お前大丈夫かよー】


 ガレアがドスドスとこちらにやってくる。

 ガレアの様子は先のスニーカーの様に変化は無い。


 と言う事はこの付近の大気は正常という事。

 僕はプルプル震えながらガレアの鱗に手を添える。

 魔力補給の為だ。


 ドッッックゥゥゥンッッ!


「グウゥゥゥッッ!」


 心臓が大きく高鳴る。

 やはり体力が減り、恨気に侵された今の状態で魔力を体内に取り込むのはキツい。


 保持(レテンション)


 ガガガガシュガシュガシュガシュ

 ガガガガシュガシュガシュガシュ


 集中(フォーカス)


 身体全身に魔力を張り巡らす。


 さあ、苦しめる元凶!

 僕の身体から出ていけぇっ!


 僕は強く願う。


 すると幾分か身体が楽になっていく。

 よし、異物(恨気)は消えた。


「ふう……」


 僕はゆっくり立ち上がる。


 身体から恨気の気配は無い。

 が、体力は戻っていない様だ。


 初めて式を体験したけど、これはヤバい。

 余裕があったのは込められた恨気量の低さからだろうか?


 フラつくが立つ事は出来る。

 頭も回る。


 まずは現状確認。

 僕から少し離れた所に暮葉が倒れている。


 そして僕の反対側。

 遠く離れた所に(おと)さんとスニーカーが倒れている。


 更に遠い所で曽根がうつ伏せに倒れている。

 見た感じ、まだ受憎で再生成はしていない様だ。


 ならば……

 まずは……


集中(フォーカス)っ!」


 両脚に残存魔力を集中。


発動(アクティベート)


 ドルンッ!

 ドルルンッ!


 ヒュンッッ!


 軽く地を蹴って前に弾け飛ぶ。

 目的地は暮葉の元。


 一瞬で傍に辿り着く。


「暮葉ッッ!」


 僕は暮葉を抱き起す。

 が、返事は無い。


 どうしようどうしよう。

 あ、そうだっ!


 ガレアだっ!

 ガレアが式にやられた時、魔力で除去していた。


「暮葉ッッ!

 魔力だっっ!

 魔力を使えっっ!

 魔力で恨気を除去するんだ!」


 暮葉の身体はガレアの時の様に黒く変色している訳では無い。

 だから恨気が除去出来ているか解り辛い。

 そもそも僕の声が届いているのかも怪しい。


 僕は曽根の警戒しつつ、暮葉の身を案じていた。


「り……

 竜司……」


 暮葉から反応があった。


「暮葉っっ!

 暮葉っっ!

 大丈夫ッッ!?」


「う……

 うん……」


 暮葉がゆっくり半身を起こす。


「何だったのかしら……?

 今のこれ……」


「敵の術だよ……

 それにやられたんだ……」


 僕の手から離れた暮葉はゆっくりと立ち上がる。


「暮葉っ!?

 大丈夫っっ!?

 無理してないっ!?」


「うん……

 何とか……」


「竜司お兄たんっっ!」


 ビュオゥッッ!


 スタッ


 合流した僕らの元へやってくる遥とスミス。

 スミスも無事だった様だ。


「大丈夫?

 いったいどうしたって言うのよ?」


「詳しい説明は(おと)さん達を回収してからです。

 ガレア、暮葉の側に付いてやってくれ。

 発動(アクティベート)


 ドルンッ!

 ドルルンッ!


 ヒュンッ


 再び、軽く地を蹴って前に飛び出す。

 目的地は反対側の(おと)さん達が倒れている場所。


 ぐんぐん景色が後ろへ流れて行く。

 やがて到着。


(おと)さんっっ!?

 (おと)さんっっ!?

 しっかりして下さいっっ!」


 多分一番曽根に近かった(おと)さん達が一番症状が重い。


(おと)さんっっ!

 ここなら体内の恨気を除去出来ますっっ!

 魔力注入(インジェクト)を使って下さいっっ!」


 先の暮葉同様、僕は必死に呼びかけた。


 おや?


 スニーカーから魔力が(おと)さんに流れ込んでいるのが解る。

 僕の声が届いたんだ。


「り……

 竜司……」


 やがて(おと)さんから応答があった。


(おと)さんっっ!?

 良かった……

 大丈夫ですか……?」


「今……

 私は何をされたの……?

 スニーカーも……」


「それについては考えがあります。

 とりあえずここから離れます。

 僕に捕まって下さい……

 発動(アクティベート)……」


 僕は両腕に魔力を集中し、魔力注入(インジェクト)発動。


 グッ


 (おと)さんに肩を貸す。


 軽い。

 まるで羽毛の様だ。

 これならいける。


 グッ


 倒れているスニーカーの右腕を掴み、持ち上げる。


 うん、大丈夫。

 感じる重さは大きめの石ぐらい。

 さてお次は……


 集中(フォーカス)


 両脚に魔力集中。

 今はスニーカーも持っている訳だし、力は調節しないとな。


 ちらり


 僕は曽根の方を確認。

 依然としてうつ伏せで倒れ、沈黙を保っている。

 何をしてくるか判らないだけに不気味だ。


 ダンッッッ!


 僕は気持ち強めに地を蹴る。

 右腕に(おと)さんを抱え、左手でスニーカーを掴んだ僕は前に弾け飛んだ。


 すごい。

 さすが魔力注入(インジェクト)


 (おと)さんはスレンダーだから五十キロ。

 スニーカーは少なく見積もっても五百キロはあるだろう。

 おおよそ0.5トン強を持ってこのスピード。


 ぐんぐん遥と暮葉の姿が近づいてくる。


 ズザザザザーーーッッ!


 僕はカウンター気味に足を入れ、急ブレーキ。

 到着。


「さぁ、(おと)さん……

 着きましたよ……」


 僕はゆっくり(おと)さんを降ろす。


「ハァ……

 ハァ……

 ありがとう……

 竜司……」


 息を切らせながら、その場に座り込んだ。

 やはり式で吸い出された体力は戻らない様だ。


 続いてスニーカー。

 どうしよう。

 ガレアに説明して貰おうか。


「ガレア、ちょっと来て」


【ん?

 何だ竜司】


「前にさ……

 同じ様な気持ち悪い紫の腕の奴と戦った事があったじゃん?」


【ん?

 あったっけ?】


 あれだけのインパクトがあってもすぐに思い出せないのか。


「ほら……

 あのガレアの腕が黒くなっちゃった時だよ」


【あーそう言えばそんな事あったな。

 それがどうしたんだ?】


 ガレア、キョトン顔。


「あの時、魔力を使って黒いの消したでしょ?

 あのやり方っていうかコツをスニーカーに教えてやってくれない?」


【ん?

 何かよく解らんが解ったぞ。

 おーいお前ー】


 ぶっきらぼうなガレアはしゃがみ、無造作にスニーカーの顔を掴む。


【ペラペラじゃねぇか。

 おーい、しっかりしろー】


 ペシペシ


 軽くスニーカーの頬を叩いているガレア。


 出た。

 ペラペラ。

 何だか知らないけど体調不良を示す表現。


 スニーカーは返事しない。

 恨気が全身を巡っているせいだ。


【黒いの消す方法はよー。

 身体ん中に魔力あんだろー?

 それを黒いトコに充ててバーンってすんだよー】


 うん、わからん。


 大体スニーカーは身体が黒い訳では無い。

 しかも具体的にどうするかも全くもって不明瞭。

 何ともガレアらしい説明だ。


【おーい、お前ー。

 聞いてんのかー?】


 ペシペシ


 更にスニーカーを叩くガレア。


「ちょっ……

 ちょっとガレア……

 あんまり無茶をしちゃダメだよ……」


【おーいおーい。

 解ったのかー?

 黒いトコにバーンでガーンなんだよー】


 説明が雑になって来た。

 ガレアもめんどくさくなって来たのだろうか?


 こんな説明で解る訳がない。

 そう思っていだが…………


【ん……?

 (おと)ちゃん……?】


 何と目覚めた。

 あの説明で解ったのか。

 本当に竜と言うのはよくわからん。


「スニーカー……

 大丈夫?」


【うん……

 もう大丈夫だよ。

 一体何だったの?】


「敵の攻撃にやられたのよ」


 これでようやく全員、意識が回復した。


「皆さん……

 これから今、曽根が仕掛けた感染除法について説明します。

 言質を取った訳では無いので確定ではないけど、ほぼ間違いないかと……」


 遥が恨気に侵されなかった理由は北風が騎士を作ったウインド・ナイツ・ソードの風が原因という事。

 感染除法とは恨気をナノレベルまで細かく分断し、それを大気に付着させる術ではないかという事。

 恨気の付着した大気を吸い込むと人、竜問わず侵され、体力が吸い出される事。

 魔力注入(インジェクト)で回復が遅かったのは、呼吸する事でどんどん新たな恨気が侵入して来たから。

 恨気を募るやり方は言葉を発するだけでは無く心で念じる事でも可能。


 僕はそれらの点を掻い摘んで説明する。


「なるほど……

 だから一番近かった私が症状が重かったのね……」


「はい…………

 それで射程に関しては長くても一メートルぐらい……」


「その根拠は?」


「奴は式を発動した時、()()除法と呟いていたからです。

 確か(なずみ)の話では感染呪法は近接用。

 遠隔になると類感呪法だったはず。

 現に今、僕らは何ともありませんし」


「そう言う事ね。

 なら多く見積もっても三メートルと言った所かしら?

 対策は……

 今の所、遥さんの風ぐらいね。

 一体どれぐらいの風が必要なのかしら?」


「あ、それに関しては解ってます。

 おそらく空気の流れが変わる程度の緩い風で大丈夫です。

 やはりナノサイズぐらい小さいものですから質量は僅かなんでしょう。

 僕らが動けないぐらいの風は必要ないです。

 ですので感染除法自体の対策は大した事ないとは思います…………

 思いますが……」


 緩やかな風で防げる感染除法だけど、一つ大きな。

 物凄く大きなメリットがあった。


 もちろんこのメリットは向こう側の話。

 こちら側からしたら脅威になる。


「竜司?

 どうしたの?」


「いえ……

 ここまで考えた上で感染除法の一番厄介な事は何かって考えたんですが…………

 この術……

 無色無臭なんですよね……」


「…………一番特筆すべき点はステルス性能という事か……

 確かに言葉を発さず発動されたらヤバいわね」


「発動したか解れば対策出来るんですけどね……」


 困った。

 正直打つ手が無い。

 画期的な対策なんて思いつかない。


「あと……

 問題は……」


 ちらりと遠くを見る(おと)さん。

 目線の先には未だうつ伏せで倒れている曽根。


「ええ……

 そうですね……」


 感染除法自体は対策はあるので、それ程脅威では無い。

 やはり一番恐ろしいのはその術を扱う人間。


 未だ倒れている曽根の存在。

 これが一番厄介で気持ち悪い。


 ピクリとも動かないが感染除法を仕掛けてきたのであれば、未だ健在と考えるのが自然。


 今、何をやっているんだろう?


 意識があるとして倒れている曽根が今、()()をしていて動かないのではと考えたんだ。

 答えはすぐに出た。


 エネルギーの充電。


 恨気を募っているのだろう。

 それにしては先の気持ち悪い発言の時に比べて遅い気がする。


 さっきは叫ぶだけで受憎腕六本分+戦闘するぐらいの恨気が募っていたのに。

 この充電速度の差も何か理由があるのだろうか?


 とか考えていたら…………


 ジュルルルルルルゥゥゥンッッッ!


 聞こえた。

 この戦いで何度も聞いた嫌な音。


 ヒタヒタに湿った質量のある物体を深い穴から引きずり出した様な音。

 受憎生成の音だ。


 ズボァァァァァァァッッッッ!


 嫌な音に顔をしかめていると更に()()が飛び出た様な音が鳴る。

 遠目でも解る異形の姿。

 うつ伏せている中年女性の両肩と腰から気持ち悪い紫色の腕が勢いよく伸びたのだ。


 ガッ


 生成された紫の掌が東京ドームの地を掴む。


 グググッッ


 未だ身体が全く動いていない曽根の身体が起き上がる。


 不気味。

 本当に不気味だ。


 軽く顎を上げ、全く動かない。


 ダッ


 ダッ


 力強く地を踏みしめ、のそりのそりとこちらに歩み寄って来る。


 ぷらんぷらんと身体が揺れている。

 まるで死体の様に脱力。


 コイツ(曽根)は生きているんだろうか?

 本当に不気味。


 ニヤァアッッ


 ここで動きがあった。

 顎を上げたまま口角を持ち上がったのだ。


 それは湿った笑顔。

 毒々しい笑顔。


 その笑顔からは膨大な負の感情が漏れ出ている様。

 顎がドス黒い紫色だから(おぞ)ましさ、汚らわしさもひとしおだ。


「………………キョヒィッ」


 硬いゴムを強く擦り合わせた様な曽根の笑い声。


「キョキョキョキョキョキョヒキョヒキョヒキョヒキョヒヒヒヒヒィィィィィィッッッ!!!

 このクサレ〇■×(放送禁止)共とクソチ■×(放送禁止)ォォォォッッ!

 よくも好き勝手やってくれたわねェェッッ!!

 アタシに残された数少ない生身の部分をぶった斬りやがってェェェェッッッ!

 何なのぉぉ……?

 何なのよアンタらはァァァッッ!?

 ちょっとばかり可愛くて美人で若かったら何しても良いのかよぉぉっっ!!

 憎い……

 可愛さが憎い……

 憎い……

 美形が憎い……

 憎い……

 若さが憎い……

 可愛い可愛い可愛い可愛い憎い憎い可愛い可愛い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いィィィィィィィィッッ!!」


 静寂の東京ドームに超下品で逆恨みでしかない大絶叫が響き渡る。


 しまった。

 ここで感染除法の大きなメリットを発見してしまった。


 今、ヤツ(曽根)には近づけない。

 近づいたら恨みの大気に汚染されてしまう。


 となるとどうなるか。

 恨気を募り放題と言う事だ。

 

 恨気の総量が少なかろうが関係無い。

 一度恨み言を載せて絶叫すれば少なくとも受憎腕を六本再生成出来るエネルギーを充電出来るのだから。


 ザッッ


 一歩前へ踏み出す曽根。

 覚醒したにも関わらず、未だ移動は汚い紫色の受憎腕。

 現在、曽根は再生成した六本+両脚二本の合計八本の受憎腕が生えている。


 バッッ


 僕は一歩後ろへ。

 間合いを広げる。


 感染除法がある以上近づく訳には行かないからだ。

 一番好ましい戦い方は遠隔からの射撃と言う僕の土俵だ。


 だけど今回の相手は化け物ではあるが、元は人間。

 ハンニバルの時とは違う。

 殺す訳にはいかない。


 相手が竜だから全力を出せた訳で、もし僕がガレアを駆って魔力刮閃光(スクレイプ)をガンガンぶっ放したら簡単に決着はつくだろうが、曽根は死ぬ。

 どうしたらいいのだろうか。


「キョヒィィッッ……

 離れたって事ハァ……

 アタシが仕掛けた事もある程度察しが付いてんのねぇ……

 まあ気付いた所でど~しようもないけれどねェェェ…………

 キョヒキョヒキョヒィィィィィッッッ!!」


「ぐっ…………」


 隣で(おと)さんが悔しそうに歯噛みしている。


 (おと)さんの得意分野は近接格闘と索敵だ。

 スキルや魔力注入(インジェクト)の種類からも解る。


「そぉ~よォッ!

 その顔よォッ!

 自慢のオウツクシイお顔が絶望に歪む…………

 これヨォォッッッ!

 コレコレェッ!

 コレが見タカッタのよォォォォォォッッ!

 でも……

 やっぱり……

 元が……

 美人だから…………

 やっぱり絶望の色に染まっても綺麗ネェ……

 許せないワァ……

 キレイなんて大嫌いよォォォッッ!!

 憎いキレイ憎いキレイキレイ憎い憎い綺麗綺麗憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いィィィィィィッッッ!

 キョヒィィィィィィィァァァァァッッッ!!」


 慣れと言うのは恐ろしい。


 確かに気持ち悪くて(おぞ)ましいのは間違いないのだが、こうも気違いじみた叫び声を何度も耳に詰め込まれると、もう最初聞いた時程の動揺は無い。


 ただのノイズ。

 雑音にしか聞こえない。


(おと)さん……

 どうします……?

 僕はガレアに乗って空に逃げれば何とかなりますが……」


「…………竜司……

 貴方はそれで良いわ。

 空中から援護。

 ただ攻撃は曽根に当てないで。

 ガレアって強いんでしょ?」


「ええ……

 それはもう……」


「そんな一撃を喰らわせたら死んでしまうわ。

 遥さん、貴方は風を起こしながら受憎腕の対処。

 暮葉さんは…………」


「あ、暮葉は僕と一緒にガレアに乗ります。

 暮葉?

 それでいいよね?」


「うん。

 うん?

 何の話?」


 オイ、何故一回吞み込んだ。

 そしてまた話を聞いていない。


「暮葉は僕と一緒に行こうって事」


「竜司と?

 うんっ!

 良いよっ!」


 さっきまで体力を吸い出され、フラフラだったのにもう元気な暮葉。

 見るとスニーカーももう問題なさそう。


 これは竜の生態によるものだろう。

 体内の魔力生成が一定量を超えたから元気になったんだ。


 魔力を使って体力を回復させたのかな?

 そもそも竜には体力と言う概念は無いのかも知れない。


 やはり竜にとってキツいのは体力を吸い出される事よりも魔力を吸い出される事なんだろう。


 僕の役割はガレアに乗って魔力閃光(アステショット)で受憎腕を排除だろう。

 いわゆるピンポイント射撃。

 まあ暮葉もいるんだし標的捕縛(マーキング)を併用すれば可能だろう。


 ただ全方位(オールレンジ)内に直接調印(マーキング)するには暮葉のブーストをかけないと無理なんだよな。

 辰砂の時は絶招経を発動してたし。


 とにかく暮葉のブーストは効果が高過ぎる。

 上手く力を制御しないと。


「それで(おと)さんはどうするんです?」


「スゥーーーッ……

 ハァーーーッ…………」


 (おと)さんは深呼吸をしている。

 何か深めだ。

 何回も深呼吸。


「スゥーーーッ……

 ハァーーーッ……

 ん?

 私は息を止めながら魔力注入(インジェクト)をかけて仕掛けるわ」


「息を止めてったって……

 1分やそこらじゃ有効な攻撃なんて……」


「私、趣味でフリーダイビングやってるの。

 最高記録は水深95メートル。

 女子じゃあ日本でもトップクラスなのよ」


 フリーダイビングって言えば素潜りを競うスポーツだ。

 凄い選手になれば5分以上息を止めてられるって言う。


「スタティックアプネアは6分29秒。

 日本女子三位。

 これ結構自慢なんだから。

 スゥーーーッ……

 ハァーーーッ……」


 スタティックアプネアがどういうものかは解らないが、時間を言ったって事は息を止めた時間の事だろう。


 ■フリーダイビング


 読んで字の如く呼吸する為の機材を使わないダイビングを指す。

 意味合い的にはレジャー的な要素もあるが、(おと)の言っているのはスポーツの方である。

 アプネアとも言う。

 競技種目も様々あり、フィンの有無やウエイトの有無等によっても分かれる。

 スタティックアプネアと言うのは呼吸を止めて水面に浮き、その時間を競う種目。

 2018年の廣瀬花子選手の106メートルが女子での女子水深日本記録。

 無呼吸時間は2018年の市原由利子選手で7分6秒が女子日本記録である。


「まあ、ただここは水の中じゃなくて地上だから6分とまでは行かないだろうけど、5分ぐらいなら何とかなると思うわ……

 スゥーーーッ……

 ハァーーーッ……」


 確かに6分と言う時間は凄いけど、おそらくフリーダイビングと言う競技の性質上、全く動かない状態での記録だろう。


 ただ今回は違う。

 激しい攻撃を息を止めながら行うのだ。

 本当に5分も持つのだろうか。


「だ……

 大丈夫ですか?」


「フフ……

 竜司。

 貴方、頭良いのね。

 確かにスタティックアプネアと今じゃ状況が違う。

 5分も息を止めれるかどうかは正直やってみないとわからないわ。

 でも四の五の言ってる状況でも無いのよ」


 確かに。

 今は戦闘中。


 その最中で出た案が最良になるかというとそういう訳では無い。

 むしろそうならない時の方が多いだろう。

 みんなギリギリの中でやっているんだ。


「は……

 はい……

 解りました……」


「遥さん、貴方のスキルは獲物を変えると効果は変わるのかしら?」


「ん?

 絢爛武踏祭アームドフェスティバルは五つのエンチャント同時使用出来るから獲物は関係無いわよ」


「わかった。

 なら獲物はその片手剣じゃ無しに両手槍に変えなさい。

 焼け石に水かも知れないけど少しでも間合いは広げた方が良いわ」


「了解」


 ポイ


 遥は持っていた片手剣を無造作に投げ、代わりに浮いている長い槍を手に取る。

 投げられた片手剣は地に落ちる事も無く、遥の近くで停止した。


 そろそろ僕も準備しないと。


「ガレア、闘るよ」


【おっ?

 竜司、何だ。

 俺もケンカに混じっていいのかよ】


「うん、て言うかガレア。

 お前が居ないと勝てないよ」


【ヘヘッ。

 やっぱしお前は俺が居ないと駄目だなあ】


「うん、今回も頼むよ」


【へへへ。

 しょうがねぇなあ。

 付き合ってやるよ】


「よいしょっと……

 さあ、暮葉も一緒に」


 僕はガレアの背に乗り、手を差し伸べる。


「うん」


 暮葉は僕の手を掴み、一緒にガレアの背へ。

 僕が前で、暮葉が後ろ。

 ここでガレアが長い首を曲げて振り向く。


【竜司よ、俺の背中に乗ったって事は飛んで良いのか?】


「うん。

 飛んで良いけど、ここ(東京ドーム)の屋根は壊しちゃダメだよ」


【ん?

 屋根ってアレか?】


 東京ドームの白い屋根を指差すガレア。

 あの白い屋根がビッグエッグと呼ばれる所以だそうな。


「うん、そうだよ」


【あんな低いのかよ。

 飛んでもあんまし気持ち良く無さそうだな】


「そう言わないでよ。

 この一件が終わったら、大空いっぱい飛ばせてあげるから。

 って言うか今ゴタゴタしてるけど、ライブの出番忘れてない?」


【あっそうか。

 後で飛ぶんだったな。

 なら良いか。

 とっとと片付けようぜ】


「僕らは援護。

 ガレアの力なんてぶつけたら相手死んじゃうでしょ?」


【エンゴ?

 エンゴって何だ?

 くいもんか?】


 マンゴーか何かと勘違いしてるのか。

 それともガレアは何か知らない言葉を聞くと全て食べ物だと思うのか。


「……何で今、食べ物の話を振るんだよ。

 援護って言うのは簡単に言ったら敵を倒す手伝いだよ」


【何だ。

 手を貸すだけか。

 つまんねぇな】


「ガレアが強すぎるからしょうがないよ」


 そう言うとガレアの顔が綻んだ。


【なっ……

 何だよー

 そんな煽ててもダメだぞ。

 ふふーん……

 そおかぁー

 強過ぎるかぁー……

 しょーがねぇなあ、手ぇ貸してやるぜ】


 こっちは別に褒めたつもりじゃなかったんだけど、何だかご機嫌の様子。

 何にせよやる気になってくれて良かった。


「キョキョキョヒィィィッッ……

 アンタ達ィ……

 何余裕ぶっこいて作戦会議してんのか知らないけどォォォ……

 こっちから仕掛けないとでも思ってんのォォ……?

 アタシは身体の恨気が(うず)いて爆発しそうなんだからァァァッッ…………!

 ……感染和法……」


 最後何を呟いたかよく聞こえなかったけど、直後の所作で解った。

 肩口に生成された長い受憎腕で四肢、他の受憎腕に触れたのが見えた。


 おそらく感染和法。

 身体強化だ。


 先ほど二度も恨みを込めて叫んだのだ。

 内臓エネルギーは満タンなのだろう。


「……来るわ……

 みんな準備してっ……

 発動(アクティベート)


 (おと)さんが魔力注入(インジェクト)発動。


 バリィッ!


 遥は両手の長槍を曽根に向けて構える。

 槍の穂先から火花。


 この槍は聖者から授かった雷牙(ヴァジュランダ)

 電撃を操るんだ。


「ガレア、そろそろ敵が向かって来る。

 僕が合図したら上空に飛べ」


【おう】


「キョヒァァァァッァァァァッッッ!

 このクサレ〇■×(放送禁止)共ォォォッッッ!

 アタシの恨みで全身を犯し尽くした後、その澄ました顔をビリビリに引き裂いてやるァァァッァァァァァァッッッッ!

 感染除法ォォォォッッ!」


 ドンッッッ!


 気持ち悪い絶叫の直後、身体を支えている二本の受憎腕が強く地を蹴る。


 前へ弾け飛んだ。

 真っすぐこちらに向かって来る。


「ガレアッッ!

 今だッッ!」


 ギュンッッ!


 ガレアが斜め上へ飛翔。

 巨大な力が勢い良く僕の下半身を持ち上げる感覚。

 僕らは一瞬で東京ドーム上空へ。


 さっき曽根は感染除法を発動した。

 そして向かって来た。


 そちらが術の射程に入らないと言うのなら、こっちから強引にいれてしまえばいい。

 そう言う事だろう。


 今、曽根の周りは恨気をたっぷり含んだ毒の大気が対流している。

 近づくだけで即昏倒してしまうだろう。


 僕らは上空を旋回。


「ガレア、それでOKだ。

 そのままグルグル回ってくれ」


【何だかアホみたいだなあ。

 まあ良いけどよ】


 ボヤキながらも素直に従うガレア。

 さっさと状況を確認しないと。


 僕は地上に視線を向ける。


 ガィンッッ!


 ガガガガガァァンッッ!


 (おと)さんが腰鉈を振るい、前後左右から襲い来る受憎腕の猛攻を凌いでいる。


 バチィッ!


 ビリィッ!


 遥は両手槍を振り回し、受憎腕を寄せ付けてない。

 受憎腕が槍に触れる度に通電。


 ここで(おと)さん側との違いに気づく。


 言葉で表すなら“ギョッ”。

 受憎腕がギョッとしている。


 嫌がっている様にも見える。

 もしかして電気攻撃は有効なのか?


「暮葉、僕にブーストかけて」


「うん」


 僕の背中に暮葉の手が触れる。


「はい、オッケー」


全方位(オールレンジ)


 スキル発動。

 今回は静岡とは違う。

 超全方位(スーパーオールレンジ)にならない様注意しないと。


 僕から正円状に広がる翠色のワイヤーフレーム。

 瞬時に東京ドームを覆う。


 さあ、ここからは実験に近い。

 超速で縦横無尽に動く受憎腕に標的捕縛(マーキング)を付ける事が出来るのか。


 静岡で放ったブーストをかけた流星群(ドラコニッドス)はあくまでも止まっていた竜排会員に付けただけだ。

 出来るかどうか解らない。


 もし出来なかったら大変。

 今回は流星群(ドラコニッドス)では無く、標的捕縛(マーキング)を単体使用。


集中(フォーカス)


 両目に魔力を集中。

 視力強化の為だ。


発動(アクティベート)


 ドルルンッ


 体内で響くエンジン音。


 今回は超速で動く受憎腕を捉え、調印(マーキング)すると言う事。

 少しでも可能性を上げる為、発動(アクティベート)を使ったんだ。


 ガガガガガァァンッッ!


 ガガガッ!


 ガガガァァンッッ!


 眼下では(おと)さんが頑張って受憎腕を捌いている。

 数えてないけどこの段階で経過時間は三分弱ぐらい。


 行くぞ。

 目を凝らせ。

 僕は曽根と(おと)さんが争っている辺りを凝視。


 よく見える。

 見える…………


 のだが、やはり曽根の攻撃は速い。

 捉えるのは困難。


標的捕縛(マーキング)ッッ!」


 東京ドームの地に一瞬で数個の蒼い菱形印が付く。

 失敗。

 数個付いたのは暮葉のブースト効果だろう。


「くそっ」


 僕は歯噛みしながらスキル解除。


 まだまだ。

 すぐに成功するとは思ってない。

 ガンガン行くぞ!


 よし、もう一度。

 よく見ろ。

 目を凝らせ!


標的捕縛(マーキング)ッッ!」


 再び床に付いてしまう。

 失敗。

 何度も行うが上手くいかない。


 一分間行うが、失敗ばかり。

 四分弱経過。


 時間が無い。

 発想を変えよう。


標的捕縛(マーキング)ッッ!」


 再び床に付く蒼い菱形印。

 これは失敗では無い。


 成功への布石。


 どんどんスキル発動。

 瞬く間に数多の菱形印が床に付く。


「ガレアァァッァァァァッッッ!

 魔力閃光(アステショット)ォォォォォッッ!

 シュウトォォォォォォッッ!」


 カカカカカカカカカッッッッ!


 僕の眼前に大量の煌めき。

 十数の眩い光。


 ドキュゥゥゥゥゥゥゥゥンッッッッ!


 鮮烈な白色光の雨あられが東京ドームの床目掛けて降り注ぐ。

 目標は床に付けた菱形印。


 ドコォォォォォォォォンッッッ!


 大量の魔力閃光(アステショット)が降り注いだ。


 それを認識した刹那。

 真っすぐ燃え上がる爆炎と耳をつんざく爆発音。


 だが、集中してる僕は意に介さない。

 目を凝らして燃え上がる炎の隙間を凝視。


 見えた。

 ドス黒い紫の帯。


 思った通り。

 やはり止まっている。


 これが僕の作戦。

 まず目くらましの為に魔力閃光(アステショット)を床に炸裂させて炎を上げる。

 あの炎に囲まれたら、一旦攻撃が止むと考えたんだ。


 全方位(オールレンジ)内でも解る。

 青い人型の光から青い帯が四本。


 更にその四本の帯は分かれている。

 三倍ぐらいにまで増えて、白い人型の光へ伸びている。


 考えるまでもなく蒼い光は曽根。

 この帯は受憎腕だろう。


標的捕縛(マーキング)ッッ!」


 更に僕はスキルを重ねる。


 これはあくまでも魔力閃光(アステショット)を受憎腕に当てる為の作戦。

 ここからが肝心なんだ。


 よし!

 受憎腕に菱形印が付いた。


 どんどん行くぞ。

 とりあえず(おと)さんに向かって行っている受憎腕全てに調印(マーキング)完了。


「行くぞァァッァァァァッッ!!

 ガレアァァァァァァッッッ!!

 魔力閃光(アステショット)ォォォォォッッ!!

 シュゥゥゥゥゥトォォォォォッッッッ!!」


 気合を入れて叫ぶ僕。

 受憎腕を貫くつもりで力を込めたんだ。


 カカカッカカカッッッ!


 再びガレアの鼻先に数多の煌めき。

 眩い程の一閃が大量に。


 余りの眩しさに目を細めてしまう。

 瞬時に降り注ぐ白色光。

 蛇の様にうねりながら目標に向かって突き進む。


 ドガァァッァァァッァァンッッッ!


 魔力閃光(アステショット)が着弾。


 数多くの閃光を放ったのにも関わらず、聞こえた爆発音は一つ。

 これは着弾したタイミングが同時だったせいだ。


 僕らが居る高度辺りまで大きく炎が上がる。

 何という威力。

 さすがガレア。


 だけど困った事が一点。


 全く状況が掴めない。

 地上の様子は大きな爆炎に遮られて解らない。


「いや……

 何と言うか……

 久々にガレアの力を見たけど……

 相変わらず……

 凄いね……」


【ん?

 そうか?】


 大きな炎を眼下に旋回飛行しながらあっけらかんとしたガレア。

 多分全力じゃないんだろう。

 全くもって末恐ろしい。


 ジュオァァァッァァァッァァァァッ!


 炎と一緒に白煙も上がり始めた。

 みるみる内に火が小さくなる。


 やがて全容が見えてきた。

 (おと)さんは…………


 居た。


 曽根から大きく間合いを広げて一塁側辺りに居た。

 大きく深呼吸をしているのが遠目でも解る。


 良かった。

 恨気に侵されていない様だ。


「コラーーーッッ!

 竜司お兄たーーんっっ!

 私まで殺す気ーーーっっ!」


 大声が下から聞こえる。

 見ると遥が長槍を火に向けている。


 穂先から水流。

 放物線を描き、消火していっている。


 これは水蛇の恩恵シーク・ウェット・ロッドのエンチャントだ。

 戦闘には使えないけどこう言う時は便利だよな。


「コラーーーッッ!

 聞いてんのーーーッッ!?

 竜司お兄たーーーんっっ!」


「ちゃんと狙ってますから大丈夫ですよーーーっっ!」


 標的捕縛(マーキング)できちんと印を付けたから大丈夫なんだけどな。


 そんな事より曽根だ。

 曽根はどうなった。


 ゾワァァッァァァッッ!


 曽根を意識した途端、僕の足元から頭の上まで大きな悪寒が立ち昇る。

 足から頭まで表皮が波打つ様な感覚。


 そして感じる射る様な視線。

 左下を向くと曽根が見上げていた。


 両目を血走らせながら憎悪の念を多分に載せ、恨めしそうに僕を見つめる曽根。

 だが中田や(なずみ)の時の様な身体の重さは感じない。

 という事は眼刺死(まなざし)では無いのだろう。


 曽根の周りには切断された受憎腕が散らばっている。

 魔力閃光(アステショット)で切断されたんだ。


 よし、この距離を保ちながらこれを繰り返せば…………



 この瞬間。



 一瞬だけ緩んだ気持ち。

 曽根に勝つ目が見えてきた瞬間。



 予想だにしない事が僕を襲った。



 ギュルルルルルルルルゥゥゥゥゥッッッ!


 ガレアの長い首に()()が巻き付いたのだ。


 その巻き付いたものには覚えがある。

 それは…………



 ドス黒い紫色。



 間違いない。

 これは受憎腕だ。


 誰のだ!?

 曽根か!?


 いや、伸びて来ている方向が違う。


 ならば渇木(かつき)か……

 中田!


 グンッッ!


 飛んでいるガレアが物凄い力で急激に引き寄せられる。


「ウワァァァァァッァァッッッッッ!!?」


 ずっと曽根一人だけを注視していた所の突然の横槍に戸惑い叫ぶ僕。

 まさかここに来て敵側に加勢が来るなんて。


【なっっ……!?

 何だこりゃァァァァッッ!】


 ガレアも突然の事に驚いている。


「ガレアァァァァッッ!

 振り解けェェェェッッ!」


 引き寄せる力が一瞬止まる。

 ガレアが逆らっているのだ。


 が………………


【ぐぬぬぬぬ………………

 竜司悪リィ……

 ダメだこりゃ】


「え…………?」


 ギュンッッ!


 引き寄せる大きな力復活。

 更に速度を増して何処かに引き摺り込まれて行く僕ら。


「ウワァァァァァァァァァァッッッッ!!?」


 ガレアの奴、諦めやがった。

 ヤバい。

 これはヤバい。


 咄嗟に暮葉の方を見る。

 暮葉だけでも脱出させないと。


 何でそう思ったか解らないけど、とにかく暮葉だけは何とかしないと。

 僕の頭に過った考えはそれだけだった。


「暮葉ァッッ!

 ゴメンッッ!

 発動(アクティベート)ォォッッ!」


 ドルンッ!

 ドルルンッ!


 体内で鳴るエンジン音。

 両腕に集中(フォーカス)した魔力を爆発させた。


 ひょいっっ!


 暮葉を軽々リフトアップ。


「ひゃんっ!」


 突然の僕の動きに可愛い声を上げる暮葉。


(おと)さぁぁぁっぁぁぁぁぁんっっっっ!

 受け取って下さぁぁぁぁっぁぁぁぁいッッッ!」


 ブゥゥンッッッ!


 僕は叫びながら持ち上げた両腕を勢いよく降ろし、暮葉投擲。

 (おと)さんに向けて投げつけたんだ。


 ガシィィィィィィッッッ!


 真っすぐ(おと)さんに向かう暮葉。

 両手で上手く掴んでくれた。


 よし、これで暮葉は大丈夫。

 僕はそのまま受憎腕が伸びている東京ドーム外野席入り口にガレアごと吸い込まれていった。




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 ###




 東京ドーム センターステージ跡 左側


 そこには両手で暮葉を受け止めた(おと)

 消火が完了して、合流した遥とスミス。

 側にはスニーカーが居た。


 ゆっくりと暮葉を降ろす。


「暮葉さん、大丈夫?」


「う……

 うん……

 ビックリしたー……

 竜司はどこ行っちゃったの?」


 状況が把握しきれていない暮葉は純粋な疑問を(おと)にぶつける。


「多分……

 敵に(さら)われた……

 くそっ……

 参ったわね……」


(さら)われたのっっ!?

 それってユーカイって奴でしょっ!?

 早くっ!

 早く助けに行かないとっっ!」


 暮葉は漫画で得た知識で竜司の危機を察した様だ。

 オロオロしながら竜司の救援を願う…………



 が……



「ええ……

 もちろんそうしたのは山々なんだけど……

 ね……」


 そう言いながらちらりと見た目線の先には竜司が切断した受憎腕の残骸を回収している曽根の姿。


「竜司お兄たんを救いに行くにしてもアイツ(曽根)を何とかしないといけないわね……」


 (おと)は解っていた。


 竜司が連れ去られた理由。

 それは戦力の分断。


 陰で曽根との戦闘を見ていて劣勢が見受けられた為、取った行動だと考えたのだ。


 何故竜司を狙ったのか?

 それについては一番近かったぐらいにしか考えてなかった。


 だが、これは誤り。


 竜司を(さら)ったのは狙ってである。

 この行為には大きな憎悪と恨みが込められたものだった。


「キョキョヒィィ……」


 受憎腕を回収しきった曽根が下卑た笑い声を零す。


 (おと)達は何故手をこまねいて残骸の回収を見ていたのか?

 受憎腕の脅威は重々承知のはず。


 かつ現在視界内には受憎腕の原料となる死体は見当たらない。

 先ほどまで散らばっていた汚い紫色の残骸と曽根の身体に内包されているもので全てなのだ。


 ならこちら側で残骸を回収し、曽根の届かない所に追いやる方が良いはず。


 (おと)は動かなかったのでは無い。

 動けなかったのだ。


 原因は感染除法。

 依然として曽根の周りには毒の大気が対流している可能性がある。


 さっきは無呼吸運動が上手くいったが今回もそれが上手くいくとは限らない。

 しかも現在、戦力が減った状態。

 迂闊に飛び込む訳にもいかないのだ。


 全て回収しきったという事はまた仕切り直し。

 一からやり直しである。


 式使いを倒す為には一息で再起不能まで圧倒し意識を寸断させないといけない。

 中途半端な攻撃では今の様に残骸を回収され元の木阿弥(もくあみ)になる。


 しかも式使いは恨気というエネルギーを自身で溜めることも可能。

 恨気を使って身体が動くところまで回復する事も出来る。


 かつ曽根は感染除法と言う鉄壁の防御を展開している。


 竜司とガレアの様な狙撃に長けた人材が消えたのはこちらサイドからすると物凄く痛手なのだ。


 人数の有利など消し飛ばす程の圧倒的不利。

 それが現在の(おと)達の置かれた状況である。


「暮葉さん……

 闘れる……?」


「はいっ!

 大丈夫ですっっ!」


 現状に凹み気味な(おと)とは対称にまだまだやる気の暮葉。


「……暮葉さん……

 奴が近づいてきたら息を止めて。

 でないと相手の術にやられるわよ」


「えっ?

 息を止めるの?」


 いつものキョトン顔を見せる暮葉。


「ええ……

 あいつの術は空気に毒を仕込むものらしいから」


「わかりましたっっ!」


 ジャキッ


 遥は両手槍を曽根に向ける。


(おと)さん……

 ちょっと試してみたい事があるんだけどいいかしら……?」


 遥は遥で考えがあった。

 先のやり取りで試してみたい事が出来たのだ。


 ただ()()を行う為にはいくつか条件が必要。


「何……?」


聖者から授かった雷牙(ヴァジュランダ)の電撃をアイツ(曽根)に浴びせてみたいの」


 先のやりとりで使ったエンチャントは逢鬼が刻(オーガペイン)の腕力バフ。

 北風が騎士を作ったウィンド・ナイツ・ソードの風。

 そして聖者から授かった雷牙(ヴァジュランダ)の放電。


 この三つである。


 遥は曽根との戦闘で穂先に触れた受憎腕が痙攣し、離れたのを見逃してはいなかった。

 それを生物の体性反射だと遥は考える。


 いくら曽根が痛覚が無く、受憎腕を何本も生やした化け物だろうとも生物には違いない。

 外部からの刺激に対しては反応する。


 これなら曽根を倒すまでは至らずとも動きを止めるぐらいは出来るかも知れない。


 遥はそう考えていた。


 ただ聖者から授かった雷牙(ヴァジュランダ)の放電を高出力で浴びせる為にはある程度の()()と穂先を対象に突き立てる必要がある。


 遥は高電圧を流す際は気合を入れる為、武器の名前を叫ぶのだ。


 参照話:第七十六話


「ならやってみれば良いじゃない。

 私に断りなんか要らないわよ」


「……まあそうなんだけどね……

 電撃を流す為には一秒弱ぐらいの時間が欲しいの。

 だから……

 時間稼ぎを(おと)さんにお願いしたいのよ」


「ええわかったわ。

 一秒弱ね。

 他にクリアする条件はある?」


「槍の穂先をアイツに刺さないとダメね。

 だから出来れば奴の隙も作って欲しいわ」


 やけにすんなり了承した(おと)


 理由は現状。


 正直な所、手持ちのカードで曽根に対して有効な手段が見当たらないのだ。

 さっきは辛うじて竜司の狙撃が有効だったが、それにはもう期待出来ない。


 何か決定打が無いと持久戦の泥試合が待っているだけ。

 試せる手立ては全て試そうと思っていたのだ。


「キョキョキョヒィィィッッ」


 曽根の嫌らしく気持ち悪い声。


 来る。


 ドンッッ!


 力を溜めた二本の受憎腕が爆発。

 地を蹴って、前に飛び出した。

 その姿はまるで豹。


「来るわっ!

 暮葉さんっ!

 息を止めてっっ!

 遥さんっっ!

 風をっっ!

 スゥーーーッッ……!」


 急いで全員に指示。

 同時に大きく息を吸い込む。


 相手はもう眼前。

 接触まで半秒もかからない。


 両肩口の受憎腕を構えた曽根。

 合計四本。


 バカァァァッッ!


 更にその四本が分割。

 攻撃は二倍三倍と膨れ上がる。


 ガガガガァァァンッッ!


 激しい衝撃音。

 魔力注入(インジェクト)を発動した(おと)が腰鉈を振るい、前後左右から襲い来る受憎腕を捌いているのだ。


 曽根の猛攻は凄まじく、何条もの紫色の鞭が意思を持って向かって来る。


 が、(おと)も伊達に敏捷性魔力注入アジリティインジェクトの使い手では無い。


 目にも止まらぬ速さの受憎腕を難なく…………

 とまでは行かないが何とか捌けている。


 どんどん削り取られて行く受憎腕。

 硬い金属の腰鉈を魔力注入(インジェクト)で強化した腕で振るっているのだ。


 常人であれば一撃で腕が消し飛ぶレベル。

 その一撃を物凄い速度で何発も何発も放って捌いているのだ。


 式使いとの戦闘はこう言った持久戦にもつれ込む時が往々にしてある。


 エネルギーを自身で補給できる為、こちら側がやれる事としては物理的に攻撃手段を削り、ダルマ状態にしてから意識を寸断させる。


 どうしてもこう言った戦い方になってしまう。


 スタミナがある人間とは違い、体力と言う概念があるかどうかも疑わしい式使い。

 戦闘は長引けば長引く程こちらが不利になる。


 しかも中途半端な攻撃だと更に恨気を募らせ脅威となる。

 式使いは追い詰められれば追い詰められる程、強大となるのだ。


 持久戦に関しては(おと)も懸念していた点。

 だからこそ遥の電撃を採用したのだ。


 (おと)が今、受憎腕を切断せずに捌きに徹しているのは曽根の注意をこちらに向けさせ隙を作る為だ。

 そして…………



 決定的な隙間。

 縦横無尽に襲い来る紫色の猛攻の決定的な隙間。

 それが今出来ようとしている。



 息を止めている(おと)は合図等を送る事は出来ない。

 だが遥はその隙を見逃さなかった。


 (おと)の左脇腹付近。

 そこに出来た隙。


 遥は聖者から授かった雷牙(ヴァジュランダ)を真一文字に突く。


 グサァァッッ!


 刺さった!

 遥の手に伝わる確かな手応え。


聖者から授かった雷牙(ヴァジュランダ)ァァァッッ!」


 バリィィィィッッッ!


 遥の叫びに呼応する様に曽根の身体を通電。

 放電火花が飛び散る。


 先ほどまで超速で猛攻を仕掛けていた受憎腕の群れが止まる。

 全ての腕が止まったのだ。


 ドコォォォォォォォォォンッッッ!!


 その好機を見逃す程、(おと)は甘い女ではない。

 曽根の鳩尾(みぞおち)目掛け、魔力を爆発させた右ミドルキックを喰らわせた。


 くの字に身体を曲げ、真後ろに吹き飛ぶ曽根の身体。

 十数の受憎腕群と共にメインステージ跡へ突っ込んだ。


「フゥーーーッッ……

 ある程度電撃は有効な様ね」


 曽根が離れた事により呼吸を戻す(おと)




 ###

 ###




 同時刻


 東京ドーム 三塁側外周部


 ガガガガァァァンッッ!!


 激しい衝撃音が連続して響く。

 ドス黒い紫色の触手群を輝く銅矛で捌いている一人の青年。


 ガンッ!


 ガガンッ!


 ズバァッッ!


 ザンッッ!


 曽根の時とは違い、隙あらば紫色の触手を切断。


「くそっ……

 笑い事っちゃねぇ……」


 キリの無い攻撃に口惜しく呟きを漏らす青年。

 この人物は梵踊七(そよぎようしち)


【ムウ……

 踊七よ……

 コイツは人間なのか……?】


「さぁな……

 ただ笑い事っちゃねぇぐらい狂ってるのは確かだっ…………

 てなぁっ!」


 ガガンッ!

 ガガガガンッッ!


 話している七本の尾を持つこの竜は踊七が使役している(ロード)の衆、ナナオ。


 そして踊七が狂人と評した人物は渇木髄彦(かつきすねひこ)

 刑戮連(けいりくれん)のメンバー。


 百五十九・六十話にて十拳轟吏(とつかごうり)飴村鞭子(あめむらむちこ)両名と死闘を繰り広げた。


(げん)ッッ!

 大丈夫かァッ!?

 やられていないかぁっ!?」


 ズバンッッッ!

 ザンッ!

 ザンッ!

 ズバババンッッ!


 大柄の青年が三十センチぐらいの大型ナイフを振るい、無数に襲い掛かって来るドス黒い紫色の受憎腕群と対峙していた。


 この金色リーゼントが目立つ青年は鮫島元(さめじまげん)

 竜司の親友である。


 (げん)の場合、踊七が響かせていた様な衝撃音では無く聞こえるのは切断音のみ。

 それは(げん)が使っているスキルによるもの。


 その名を高周波(ブレイド)と言う。

 持っている刃を震動で震わせ、高周波振動ブレードを作り出してる。


 斬れ味は凄まじく、強靭な受憎腕だろうとも生物である以上たやすく切断できる。

 この高周波(ブレイド)と言うスキルはあまりに危険な為、禁じ手としている代物だ。


 渇木を発見して大分時間は経っている。

 即戦闘に入った二人だが、状況は拮抗状態を保っていた。


 いや……

 拮抗状態と言うよりかは持久戦の泥試合に突入していた。


 踊七と(げん)が受憎腕を切断し、それを渇木髄彦が回収。

 再生成。


 その繰り返しなのだ。


 そんな長時間戦闘していて恨気が尽きたりしないのかとお考えの読者もいるかも知れない。


 が、それは否。


 渇木本人の恨気総量が多いと言うのもあるが、もう一つ原因がある。


 この渇木と言う人物。

 恨気の募らせ方が特殊。


 渇木が恨みを持っているのは食に関する部分。

 それは式会得の際や本人が持っている拒食症に起因するもの。


 もうこの男は人間らしい食事は出来ない。

 空腹を満たせるのは感染減法による吸収のみ。


 ある種の人肉嗜食(じんにくししょく)にまで成り下がってしまった。

 だがこれは式と言う術を使う事に関しては好都合なのだ。


 要するに空腹。

 これが渇木が恨気を募る上で重要な要因を占めている。


 食事の邪魔をする→邪魔した標的に対して恨気が募る。

 腹が減る→更に恨気が増大。


 この様な公式が成り立ってしまうのだ。


 曽根の様な気違いじみた絶叫を上げる必要も無い。

 ”憎い”と言うワードを発する事も無い。


 空腹であればある程、半自動的に恨気は募っていくのだ。


 ドボォォォォォォォォッッ!


 隙を突いた炎のような踊七の蹴りが渇木の腹に炸裂。

 攻撃していた受憎腕ごと真後ろに吹き飛ぶ。


 ザシャァァァァァァァァァッッ


 特に受け身を取る事も無く、そのまま地面を滑る渇木。


「キリがねぇな……

 笑い事っちゃねぇ」


「ホンマですわ踊さん。

 ナンボ倒しても起き上がって来ますしね」


「あぁ……

 こっちは竜司の加勢に行かなきゃならねぇってのに……」


「……あの方向……

 確かデッカイ公園があったはずですわ」


 踊七も(げん)も先程、東京ドームから飛び出す裏頭(かとう)姿の男とその男から伸びている紫色の触手の様なものがガレアを拘束。

 竜司と共に東の空へ消えていったのを目撃していた。


 さっきのインカムで曽根が出た事は知っている。

 そして眼前の男は渇木髄彦(かつきすねひこ)


 と……

 なると……


 竜司とガレアを(さら)って行ったのは……


 中田宏である。


「それにしてもコイツの身体はどうなってやがんだ……

 笑い事っちゃねぇ……」


「痛覚無い言うんはホンマに厄介でんな……」


「あぁ……

 しかもこっちは殺せねぇからな……

 加具土命(カグツチノミコト)は使えん……」


 加具土命(カグツチノミコト)

 踊七のスキル、五行魔法(ウーシン)の第二顕現。


 巨大な火災旋風を生成し、操る事が出来る。

 旋風内部の温度は1000度に達し、輻射熱も発生する。


 踊七の扱えるスキルの中で最大火力を誇る。

 あまりに威力が高過ぎる為、今回の戦闘には使えない。


 今回の刑戮連(けいりくれん)との戦闘。

 (おと)や踊七側に不利な点がある。


 それは殺人を犯せないと言う事。

 あくまでも拘束が目的。

 と、なると直接火力の高いスキルは使えないのだ。


「……ワイの貫通(ペネトレート)も当たり所が悪かったら死んでまうからなあ……」


 貫通(ペネトレート)魔力注入(インジェクト)を習得した(げん)が対竜用に考案した高火力スキル。


 その名の通り、衝撃を貫通させ標的を破壊する。

 貫通力は分厚く強靭な竜の皮膚をも貫く。


 このスキルはあくまでも対竜用。

 対人用では無い。


 貫通(ペネトレート)は拳で放つ為、範囲は広くないが炸裂した手の直線上にある臓器はほぼ100%破壊される。

 それ程の威力があるのだ。


 頭に喰らえば、内部の脳は確実に破壊される。

 故に今回の戦闘では使えない。


 使うにしても慎重に慎重を重ねないといけない。


 まだ仰向けで倒れている渇木(かつき)


 この行動の遅さも式使いの特徴。

 だが遅いにも動機は様々ある。


 (なずみ)は恨気で犯された対象をサディスティックに嬲り見る為。

 これにより自身の恨気は晴れてしまうが苦しむ様を見るのが堪らなく愉悦なのだ。


 曽根は頭の中で考えている。


 何故自分は醜いのか。

 何故世の中には美しい女が溢れているのか。

 何故美しければ大抵の事は許されるのか。

 何故醜い自分は不当な扱いを受けないといけないのか。


 ほぼ逆恨みである。

 答えが絶対に出ない自問自答を内部で繰り返している。


 こんな事を頭の中で考えているからこその気違いじみた絶叫である。

 要は恨気を募る為の遅さだ。


 そして…………

 渇木(かつき)の理由だが…………



 ボゴォォォォォォォッッッ!



 突然、背後の床石が割れた。


 ガシィッ!


「ナニィッッ!!?」


 (げん)の足首を掴んだのは地中から這い出てきた受憎腕。

 突然、背後からの動きで驚きの声を上げる(げん)


 ボコボコボコボコボコボコォォォォォッッ!


 受憎腕が飛び出た穴から線状に次々と床石が割れ、その線は仰向けに寝ている渇木(かつき)の元まで超速で奔る。


 地から現れたのは恐ろしく長い受憎腕。


 グアァァァッッ!


 80キロある(げん)の巨体が軽々宙へ浮かぶ。

 しかも渇木と踊七達は10メートル以上離れている。


 この戦法は轟吏(ごうり)鞭子(むちこ)戦でも使っていた。


 渇木の動作が遅い理由。

 これは恨気が原因。


 前述の通り、渇木の体内は半自動的に恨気が募って行く。

 膨れた恨気は既に渇木の頭脳も蝕んでいた。


 もはや渇木は満足に意思疎通コミュニケーションも取る事が出来ない。

 あるのは恨気を晴らす為に行動する本能のみ。


 この隙を突いた地中からの攻撃も全て本能で行っている。


 床石を貫き、地中を突き進む受憎腕のパワー。

 そして10メートル以上伸ばしても(げん)の大柄の身体を軽々持ち上げる程の恨気量。



 加えて…………



「………………カん…………

 げ……

 ホう……」


「グァァァァァァァッッ……!!?」


 掴んだ(げん)の足首が黒く変色。

 その黒は足首から侵食して行く。


 感染減法により、体力を吸収する事が出来る。

 魔力も一緒に吸い出すが吸収はしない。


 これは十拳(とつか)戦で学習した事。

 渇木(かつき)にとって魔力は不味いのだ。


 もう人の食事を取れない渇木(かつき)の“不味い”という感覚がどう言った物かは不明だが、一番近しい表現としてはそう言う事である。


(げん)ッッ!?」


 ザンッッ!


 踊七は日矛鏡(ヒボコノカガミ)を振るい、掴んている受憎腕を切断。


 ドサァァッッ!


 拘束が解かれた(げん)の身体が地に落ちる。


「グウゥッッ……」


 足首を押さえ、苦悶の声を上げる(げん)


(げん)ッッ!?

 魔力注入(インジェクト)を使えッッ!」


 踊七から指示が飛ぶ。


 と、同時に足の黒色がみるみる内に引いていき、(げん)の足が肌色に戻った。

 恨気除去が完了したのだ。


「隙見せたらすぐコレや……

 恐ろしいやっちゃのう……

 ホンマにあいつ人間か……」


 即座に立ち上がった(げん)


「あぁ……

 (げん)……?

 闘れるか……?」


「アホな事聞かんといて下さいや踊さん。

 ワイはまだまだ闘れまっせ」


 さすがバトルマニアの(げん)

 闘志の炎はまだまだ燃え盛っている。




 ###

 ###




 小石川後楽園 松原


 僕は一人の男と対峙していた。

 長い裏頭(かとう)の頭巾を降ろし、顔を晒している。


 両眼は血走り、口は折れんばかりに食いしばっていた。


 頭は横半分がほぼ禿げ上がり、縮れた毛が数本残っている程度。

 残っている髪の毛も汚い白髪になっている。


 全体的に血色が悪く、痩せこけてはいるがこの人相には覚えがある。


 中田だ。

 中田宏だ。


 ビデオに収められていた竜河岸を殺した男。

 僕を(さら)った男。


 初めは戦力を分断させる為に連れ出したんだと思っていたがそうでは無かった。

 陰で曽根とのやり取りを見ていて、僕と暮葉とガレアを連れ出す隙を伺っていたのだろう。


 しかし…………

 数か月ぶりに中田の顔をきちんと見たんだけど…………



 酷い。

 酷過ぎる。



 凶相と言う言葉が優しく感じてしまう程。


 凶相では無く()()

 狂相、鬼相、邪相と言った言葉が相応しい禍々しい人相と化していた。


「…………二か月………………

 か……」


 ここで中田がポツリと一言。


「…………は……?」


「…………貴様がドラゴンエラーの犯人と知って…………

 二か月……」


 そう言えばそうだ。


 中田と初めて会ったのは竜界に向かう前。

 今からおおよそ二か月ぐらい前だ。


 ゴクリ


 僕は黙って生唾を飲み込んだ。


 二か月。

 この短い期間でこれだけ人間というものは変わってしまうのか。


 先の跳躍や長く伸びていた受憎腕。

 ガレアの首に強く巻き付き、引き寄せる程のパワー。


 これらを二か月と言う恐ろしく短い期間で会得したと言う事になる。

 それだけ僕や竜に抱いている恨みが途轍も無く膨大と言う事なんだろうか。


「もはや俺は人間では無い…………

 貴様を殺す為、そこに居る竜を殺す為……

 俺はこの二か月で化け物になった…………

 ………………貴様と同じだァァァッッ!

 同じ化け物になったのだァァァッ!」


「そ……」


 “そんな事をしてしまったら僕と同じじゃないか”


 僕はそう言おうとしたが、発言を止めた。

 確かに中田のやった事は“目には目を”と言う報復律。


 僕は圧倒的な竜の力でドラゴンエラーを引き起こし、化物の様な竜河岸のスキルで竜排会の同胞五千人以上薙ぎ倒した。

 正直、僕は自分自身を化物だと思っている。


 その力に屈した中田が取った方法は自身も化物になる事。


 この頃の僕は何て言ったら良いか解らなった。


 だけど、それは違うと思ったんだ。

 絶対に。


 僕は中田の取った手段を否定する為にさっきの発言をしようとした。

 が、止めた。


 それは僕が言ったらいけない気がしたから。

 中田の取ったやり方を否定する事は僕が一番やったらいけない気がする。


 ジャキィィッッ!


 中田の右腕が硬質化。

 鋭い紫色の大刃と化した。


 受憎刃とでも呼ぼうか。

 しかもその刃は脛の中腹辺りまで伸びている。

 間合いが広い。


「恵美……

 萌……

 お前達の無念……

 今こそ俺が……」


 ドンッッッ!


 地を強く蹴り、中田がこちらに向かって来た。


 僕が出来る事。

 それは黙って中田を止める事だ。


 ###

 ###


「はい、今日はここまで……

 フウ……」


 テンションを上げて始めた今日の話だったけどやはり中田とのやり取りを話すとテンションが下がる。


「パパ……

 僕も何だか違うと思う……

 何て言って良いか解らないけど……

 中田のやった事は違うと思う……」


 良かった。

 (たつ)は解ってくれた。


「うん……

 そうだね……

 中田のやった事は相手が強いからと言って人の道から外れたやり方で強い力を得た事……

 それによって関係の無い人まで巻き込んでしまった……

 もちろん強い人に勝ちたいから努力して強くなると言うのなら構わないんだけどね……

 でもそうじゃないでしょ?」


「うん……

 パパと戦う事になるまで……

 たくさん人を殺したんでしょ……?」


 正直、僕のこの話は死人がたくさん出る。


 ドラゴンエラーで30万人。

 辰砂の時もそうだし、刑戮連(けいりくれん)に関しては無関係の死者がたくさん出てしまった。


 地震も含めると本当に。

 本当にたくさん死んでるんだ。


 だからこの長い話を(たつ)にしようかかなり迷った。

 だけど僕は話す事にした。


 僕のこの旅は悲しい事もあったけど、それよりも何よりもガレアや暮葉とした楽しい事が圧倒的に多かったから。


「うん……

 ゴメンね……

 (たつ)……

 パパのこの話ももう残す所、あと一幕と半分だから……

 辛いかもしれないけど……

 最後まで聞いてくれると嬉しい……」


「うん。

 大丈夫だよ。

 だって僕はパパの子だもん!」


 本当に。

 本当に強い子に育ってくれたな(たつ)は。

 感極まって何か泣きそうだ。


「うん……

 ありがとう……

 (たつ)……」


「あれ?

 パパ、泣いてない?」


「ババッ……

 バカな事言うんじゃないよっ!

 ほら、今日も遅い……

 おやすみなさい」

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