第百六十五話 怨気満腹
「やあ龍、今晩も始めて行こうかな?」
「うん……
今日はあの気持ち悪い敵と戦うんでしょ……?」
何か龍のテンションが低い。
無理も無いか。
それだけ刑戮連が異常と言う事だ。
「龍っっ!
安心してっっ!
僕が今こうしてお話してるって事は…………?」
僕は出来るだけ快活に陽気に話しかけてみた。
「あっっ!?
パパが勝ったって事っっ!!?」
「フフフ。
さあそれはどうかな?
じゃあ話していくよ」
ここまで来て何だけど、僕のこの形はネタバレ上等なんだよな。
一応勝ったとは言って無いけど。
とにかく龍のテンションが戻って良かった。
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異常。
それだけしか言えない。
僕の目の前には自分の頬に長い鉄パイプを突き刺した女性。
いや、もう女性かどうかも怪しくなって来る。
顔は女性の命。
誰かが言っていた。
その命とも言える顔を自ら傷つけたのだ。
それは女性として命を捨ててると同義だと僕は思う。
しかも曽根の場合はこれが初めてでは無い。
異常な鉄パイプ以外にも夥しい切創が顔を埋め尽くしている。
ぞくり
ここまで考えた段階で背中に寒気が奔る。
おそらく曽根は自傷癖がある。
元々あったのか式を会得する事で発生したのかは解らない。
だが、顔を自分で傷つけたのは間違いないだろう。
それを確定させる曽根の叫び声が聞こえたからだ。
「キョキョキョキョヒィ…………
痛…………
くないわァ…………
アタシ、すんごい顔になってるでしょォ…………?
でも痛くないの…………
私、痛くないのよォォォォッッッッ!
式を覚えたら私から痛みって言うものは消えちゃったのォォォォォッッッッ!!」
鉄パイプを横に突き刺したまま叫ぶ曽根。
本当に悍ましい。
悍ましくて気持ちが悪い。
よく鉄パイプを頬に刺したままで大声出せるな。
構わず口を開くものだから頬の穴が大きくなって血が飛び散っている。
「アタシ……
試したのォ…………
でもダメなのォ……
いくら切っても切っても切っても切っても切ってもォォ……
まぁったく痛みが無いのォ…………
もうバケモノよねェ……
人間じゃ無いわねェ…………
それもこれもアタシがブサイクだからよね…………」
ん?
気持ち悪いコメントの最後。
妙な事を言い出した。
ブサイク?
ルックスは今の話に関係無いだろう。
この後、大きな怖気に襲われる事を僕は気付いてなかった。
「アタシがそこに居るクレハみたいに……
若くて可愛かったら……
こんなメに合わなかったんじゃないのってオモウノヨォォ……
アタシが式に出会ったのもォォ…………
どれだけ傷つけても痛くなくなったのもォォォ…………
全部クレハとそこに居るオンナ二人が悪いのよォォォッッ…………
憎い……
憎い……
美しさが憎い……
憎い……
憎い……
カワイさが憎い……
憎い……
憎い……
若さが憎い……
可愛い可愛い可愛い憎いカワイイカワイイ憎い憎いかわいい憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いィィィィィッッッ!
キョヒキョヒヒヒヒィィィィィィィィッッッッッ!!」
ゾワァァァッッ!
足元から頭のてっぺんまで超速で怖気が駆け昇る。
怖い。
何だコイツ。
気持ち悪い。
何だコイツ!?
カタカタカタカタ
身体の奥から湧いた恐怖心が僕の身体を震わせ、縛る。
しまった。
戦闘中なのに絶招経の弊害が頭を持ち上げた。
「くそっ!」
パンッ!
パンッ!
両膝を叩き、気合を入れる。
が、依然として震えは治まらず。
だが、ここで僕の恐怖心を払拭する二つの出来事が起きる。
ソッ
僕の身体がゆっくり傾く。
後ろから優しい力がかかったからだ。
ポフ
何かにもたれ掛かった僕。
暖かさが背面から全身に伝播。
「竜司……
大丈夫……
私はここにいるわ……」
僕の両肩から細くて白い腕が伸びて、僕を抱きしめた。
声の主は暮葉だ。
僕が震えているのを見て止めようと動いてくれたのだ。
次第に震えが治まって来る。
これがまず一つ。
もう一つは…………
ビュンッッッ!
響さん。
あの気持ち悪いコメントをのたまっていた曽根に一歩も退かず、行動を移していた。
一瞬で背後を取る。
ガァァァァンッッッ!
弓反りになった曽根はボロボロになった縦花道の床鉄板に叩き付けられた。
響さんは背後に回った瞬間、思い切り腰を蹴ったのだ。
ガッッ!
まだ響さんは止まらない。
右足で曽根の背中を踏みつけ、固定。
受憎腕の一本を掴んだ。
「オイ……
何勝手な事ほざいて人のせいにしてんだコラ…………
式を身につけたのも、顔に傷つけたのもテメェが勝手にやった事だろうがよ……
知った…………
事かァァァッッ!!」
完全にスイッチが入っている響さん。
台詞が物凄く荒々しい。
ブチブチブチィィィィッッッ!
響さんが一思いに受憎腕を引き千切った。
おそらく両手に魔力を集中させ、発動したんだろう。
ブンッッ!
ビチャァァッ!
遠くに引き千切った腕を放り投げる響さん。
不快な音を立てて、地に転がり落ちるドス黒い紫の腕。
「ムッッ!?」
ヒュンッッッ!
優勢だと思われた響さんの姿が消えた。
が、すぐに理由が解る。
ガァァァァンッッ!
あらぬ方向。
おそらく響さんが立っていた場所からは死角。
死角方向から受憎腕が伸びて来た。
しかし危険を察知した響さんは既に消えており、虚しく受憎腕は床にめり込むのみ。
さっき見た時はあんな長さの腕は無かったぞ。
一体どう言う事だ?
「なるほど…………
伸縮自在って訳ね……
ゴリさんの報告書通りだわ……」
音も無く、隣に居た響さんの呟き。
「い……
いつの間に……」
「竜司、闘れる?
ガタガタ震えてたら奴等の養分にされるわよ」
ちらりと僕を見た響さん。
「え……?」
僕はって言うとまだ暮葉に後ろから抱きしめられ、背中に暮葉の温もりを味わっている所だった。
完全に震えは止まっている。
「もももっ……
もちろんっっ!」
パッ
即座に暮葉の両腕を振り解き、体勢を整える。
て言うか響さん。
僕が震えてるのをバッチリ見てたのか。
ヒュンッ
立ち上がった曽根の受憎腕が伸びた。
目的地は遠く離れた紫色の腕の残骸。
さっき響さんが引き千切り、投げたものだ。
目測でも十メートル弱は離れているぞ。
そこまで伸びるのか。
ガッッ!
ジュルルルルルルゥゥンッッ!
掴んだと思ったら一瞬で消えた。
掌に吸い込まれた様に見える。
何故そんな事をしたのか?
画的にかなり悍ましい。
悍ましいが考えないと。
何か理由があるはずだ。
僕は一つの仮説を立ててみた。
「響さん……
受憎ってもしかして……」
「ええ、再利用出来るわ。
これもゴリさんのレポートに書いてあった」
僕の立てた仮説が瞬時に確定した。
受憎は再利用可能。
おそらく残骸を焼却でもしない限り半永久的に使用できるのだろう。
今の現状を確認しよう。
現在曽根は肩から各二本ずつ。
そして腰、両端から各一本ずつ。
左脚太腿部から下。
合計七本の受憎部位が伸びている。
もちろん全てドス黒い紫色。
「キョヒキョヒィ…………
よくもやって……
やって……
んもう、喋りにくいわねえ……」
ガッ
腰、左部に生成された受憎腕が伸び、頬に刺さっている鉄パイプを掴んだ。
引き抜くつもりなのだろう。
今頃気付いたのか。
「んっ……
んっ……
抜けないわねえ……」
鉄パイプは折れて尖っていた為、出っ張りが引っかかり上手く抜けない様だ。
ここから目を疑う行動を取る曽根。
曽根は更に力を込めたのだ。
その方向が異常。
横では無く縦なのだ。
縦に力を入れているのが解った。
頬の皮膚が前に伸びているからだ。
血も更に噴き出ている。
何だ!?
コイツは何をやっているんだ!?
そんな前に力を入れたら…………
ブチブチブチブチブチィィィィィッッッ!!
不快。
物凄く不快な音が響く。
強引に鉄パイプを外した曽根。
ブシュゥッ!
曽根の両頬から真っ赤な血が噴き出る。
やがて血が止まると、そこに現れたのは文字通り口裂け女。
自ら開けた頬の穴と口が繋がり、もともと大きかった口が何周りも大きくなった。
その様相は人と言うよりかは爬虫類。
「キョヒキョヒ……
これで話し易くなったわぁ…………
よくもやってくれたわねぇ…………
このクサレ〇■×どもォ……
じゃあ次はこっちから行くわよォ…………
感染和法……」
もはや爬虫類。
ガレアとかスミスとかに近づいた曽根は手早く両手で四肢に触れていく。
身体強化をかけたんだ。
「発動ォォォォッッ!
暮葉ァッ!
来るぞッッ!
気を付けてッッ!」
ドルンッッ!
ドルルンッッ!
ドルルルルンッッッ!
「うんっっ!」
僕は先程からの奇行に嫌悪感と恐怖を感じていた。
その湧いて来るネガティブな感情を押し殺す為、大声で叫んだ。
僕の声に呼応する様に大きく鳴るエンジン音。
集中先は両手、両脚の四肢。
そして全身に防御の魔力を張り巡らした。
「発動……」
響さんも魔力注入発動。
「さあっ!
来るわよっっ!
スミスッ!
魔力をよこしなさいッッ!」
【仰せのままにィィッッ!】
遥も改めて魔力補給。
これは体内に取り込む魔力注入とは違い、スキル使用に使うものだ。
絢爛武踏祭を維持する為だろう。
「キョヒィィィィィィィィィィィィッッッ!!」
ギュンッッ!
化物の様な叫び声を上げ、間合いを詰めて来る曽根。
その動きは空腹の猛獣を想起させる。
まっすぐ獲物に向かう。
バッッ!
その動きを先読みして、遥が割って入る。
おそらく絶対防衛線で防御するつもりだ。
先読みと言い、この身を挺する精神と言い。
外見以外は本当に四十二なんだよな遥って。
ガガガガガァァァァンッッ!
金属に大きな力がぶつかる。
激しい音。
一発一発に負の感情が込められている。
そんな気さえしてくる音。
せっかく遥が時間を作ってくれたんだ。
何か相手を攻撃しないと。
「ねえ……
響さ……」
僕は助言を仰ごうとちらりと隣を見る……
が、消えていた。
ガガガガガァァァァンッッ!
ザンッッ!
ズバンッ!
ダンッ!
激しい衝撃音と他に別の音が聞こえる。
それは鉄壁の絶対防衛線の後ろ。
超速で動く受憎腕。
その数がみるみる内に減っていっている。
ボトンッ!
ボタボタァッ!
ドス黒い紫色の肉片が辺りの散らばり落ちる。
この段階でようやく解った。
響さんだ。
響さんが敏捷型魔力注入による分身の術さながらのストップ&ゴーで受憎腕を切断して行っていたのだ。
遥の絢爛武踏祭を回り込み、曽根の背後に回ってのこの行動。
響さんが凄いのか。
敏捷型が凄いのか。
ドコォォォォンッッ!
とここで金属音がピタリと止み、大きな衝撃音が響く。
ギュンッッ!
身体をくの字に曲げて真横に跳ぶ響さんの身体。
ガシャァァンッッッ!
離れた観客席の柵に強く身体を打ちつける響さん。
「キョヒヒィィッッッ!!」
更に曽根が追撃を仕掛ける為、響さんを追う。
そうは行くか。
バァァァンッッッ!
僕はセンターステージの床鉄板を強く蹴り、前へ。
「キョヒヒ………………
ボヘェェェッッッッッ!!!」
曽根の横顔。
こめかみ辺りに思い切り右ストレートを喰らわす。
ギュンッッ!
強制的に方向を変えられた曽根の身体はメインステージに逆戻り。
僕は叩き付けるつもりで思い切り。
思い切り殴ったんだ。
くるん
タッ
バッ
ズザザザザザザザァーーーッッ!
素早く反転した曽根の身体は床に手を付き、難なく着地。
三則を使用した僕の一撃だぞ。
ジュルルルルルルゥゥンッッ!
四つん這いになった曽根は残った受憎腕を伸ばし、響さんが切断したドス黒い紫色の肉片を掴み、瞬く間に回収。
本当に所作はまるで獣。
ケダモノだ。
あっいけない。
僕は僕で響さんの元へ駆け付けないと。
ヒュンッッ
僕は床を蹴り、高く跳躍。
遠く離れて蹲っている響さんの近くへ。
続き、遥と暮葉も僕の後を追う。
「響さんっっ!
大丈夫ですかっっ!?」
「り……
竜司……」
僕が近くに来たのにまだ起き上がらない響さん。
それだけダメージが大きいのか。
「立てますか?」
僕は手を差し出す。
グッと掴む響さん。
「く……
魔力注入でガードしたのにこのダメージかよ……
くそっバケモノが……」
「響さん……
どうしましょう?」
「そうね……
やはりここは泥と同じ様に受憎腕を減らして行って拘束って所だろうけど……
何か曽根自身の個性と言うか特色が何かあったらヤバいかもね……」
響さんが言わんとしている事は僕らが正面切って対峙したのは泥のみと言う事。
要するにデータ・経験が足りないのだ。
式に関しても式使いに関しても。
先のビデオで見た中田の硬質化の様に何か曽根特有の式の使い方があるかも知れない。
そう言う部分を警戒したのだ。
「キョキョヒキョヒキョヒキョヒキョヒィィィィィィィィッッッッッ!!
どぉ~したのよぉ~~……?
アタシはまだピンピンしてるわよォォッ……
何でかかって来ないのォ…………
て言うより何で貴方達、壁に貼り付いているのォォォ…………?」
そう言う曽根の首は曲がっていた。
人間の可動域を大幅に超えて曲がっている。
普通の人間なら一瞬で絶命するレベルだろう。
多分僕の一撃でこうなったんだ。
「全方位」
僕を中心に広がる緑色の円状ワイヤーフレーム。
パンッッ!
僕は胸元で両手を合わせる。
「占星装術」
スキル発動。
おそらく曽根は襲って来る。
そう考えて準備を始めたんだ。
「黄道大天宮図」
両手を観音開き。
掌上に現れる眩い天体図。
よし神通三世の準備完了。
「あぁ……
コレか……
キョヒキョヒィ……」
ガッッ!
歪に曲がった自分の顔を両手で挟み込む曽根。
グギギギギギギギ
ゴキィィンッッッ!
東京ドームの静寂に大きな骨の音が響く。
曽根は強引に自分の首を元の位置に戻したのだ。
サラッとやっているが首の骨だぞ。
コレってレベルじゃないだろ。
「キョヒキョヒキョヒキョヒヒヒヒィィッッッ!
よ~やくちゃんと見えた……
なぁんでェ……
アンタ達向かってこないのよォ……
アタシが醜いからァ…………?
こんな傷だらけの顔なんて間近で見たくないって事ォ……?
アンタ達は良いわよネェ……
そんなに若くて張りもあってカワイイ顔でェ…………
可愛い憎い可愛い憎い憎い憎い憎い憎いィィィッッ!
そのチョーシこいた顔をメタメタのズタズタに斬り刻んでやるワァァァァッッ!
このビチクソ共ガァァァッッッ!!!」
見ると曽根の受憎腕は足も含めて七本になっている。
回収した肉で新たに再生し直したんだ。
「来るわっっ!
しょうがないっっ!
とりあえず泥の時と同じやり方でッッ!
スニーカーッッ!」
ドスッ
センターステージに居たスニーカーが跳躍して側に。
【はぁい、どしたの?
響ちゃん】
「亜空間をお願い」
響さんは亜空間に手を入れ、取り出したのは毎度お馴染み特殊警棒二本。
ポイ
無造作に投げ渡して来る。
「式対策で使いなさい。
暮葉さんも」
もう一本は響さんだと思っていたが暮葉用だった。
「響さんはどうするんですか?」
純粋な疑問。
「私はコレよ」
カラ……
側に落ちていた刃物を拾う。
形状としては鉈。
しかし長い。
これは腰鉈と呼ばれるものだ。
「響さん……
それは……?」
「これは腰鉈よ。
式対策で用意してたの」
ギュンッ
ギュンッ
パシィッ!
片手で華麗に回し、ギュッと腰鉈の柄を握る響さん。
なるほど。
磁雷管を発動しないと電磁熱鎖鋸は使えない。
そして磁雷管は自身にもダメージのある奥の手。
そうポンポン使っていられないと言う事か。
「ん?
何コレ?
何に使うの?」
警棒を受け取った暮葉はキョトン顔。
「暮葉。
その棒を持ってアイツをやっつけてって言ってるんだよ」
「ん?
私、何も持たなくても戦えるけど何で?」
「アイツの手は駄目なんだよ。
掴まれたら竜でもすぐにヘトヘトになっちゃうんだ。
だからその掌を防ぐ為だよ」
「こんなの持たなくても大丈夫よ。
さっきの私の動きを見てたでしょ?」
警棒を突き返そうとする。
そんな暮葉をジッと見つめる。
「暮葉……
前に僕は言ったよね……?
言う事を聞いてって。
響さんだって考え無しで警棒を渡してる訳じゃないんだ……
言う事を聞いてくれないなら今すぐガレアの亜空間で国立競技場へ避難して欲しい……」
僕は諭す様に考えを述べた。
内心、暮葉が戦うのは反対なんだ。
以前の僕なら少し怒っていただろう。
今の僕は怒りの感情が消失してしまっているから怒りの感情は全く湧かない。
代わりに言う事を聞いてくれない暮葉の態度に少し悲しくなってしまった。
僕の悲しげな顔を見た暮葉は……
「ごっ……
ごめんなさい竜司…………
響さん……
その棒、使います……
貸して下さい……」
ちょっとションボリしてしまった暮葉。
だけど長い目で見たら暮葉の為なんだ。
それだけ式はヤバいんだ。
さっきのビデオで竜が力無く倒れたのを目の当たりにしてるから。
そもそもさっき暮葉が怪我を負わず立ち回れたのは響さんと遥のフォローがあったからだ。
「その方が賢明よ……
多分相手の術は生物問わず体力を吸い出すものだから」
そう言って警棒を渡す響さん。
「は……
はい……」
「私は要らないわ。
絢爛武踏祭があるしねっ!」
四十二歳とは思えない元気な返答。
遥に関しては同意できる。
絢爛武踏祭は周りに浮いている武器を持って攻撃も出来るのだ。
確かこのスキルの肝は五つの武器に備わっているエンチャントの同時使用だった。
と、言う事はどの武器を持っても効果は同じと言う事だろうか?
「注意する点はあいつの掌だけだから。
と言ってもあれだけたくさんの掌を躱すのは大変だと思うけど……」
そんな事を考えていると、響さんが説明を続けている。
この考察は後にしよう。
「キョキョキョヒヒヒヒィィィィッッッ!
お喋りは終わったかしらァ…………?
良いわよねェ……
アンタ達は若くて綺麗で可愛いからァ……
寄り集まって話し合ってても絵になるもんねェ…………
私がフザイクなのは……
オマエ等、美形勝ち組が私にブサイク部分を押し付けたからよねぇ……
そうよ……
そうに決まってるわァァァ…………」
逆恨み言を言ったかと思うとしばし沈黙。
「キョヒィアアアアアアアアアアアッッッッッッッ!!!
こっち無視して勝手にペチャクチャ話してんじゃねぇぞォォッッ!
このクソ〇■×共ォォォッッ!
テメーらなんかァ……
△×△して〇〇■した所ォォォッッッ!!
△▽■□○○してやるァァァァァァッッッ!!!」
黙ったかと思うと急にキレた。
もう嫌だ。
この相手には嫌悪感。
生理的嫌悪感しか無い。
曽根は泥に比べて感情の起伏が激しい。
ブツブツ言ってたかと思うと急にキレたり。
後で解ったんだけどこの行動には意味があったんだ。
この時の僕はその意味に気付けずにいた。
ギュンッッ!
遠く離れたメインステージから曽根が飛び出した。
到達時間は目測で1.5秒。
「僕が先行しますッッ!
神通三世ッッッ!!」
ゴォォォォォォッッッ!
通風孔から風が吹き込む様な音。
スキル発動の合図。
続いて……
発動ッッ!
ドルンッッ!
ドルルンッッ!
ドルルルルンッッッ!
風が吹き込む音の後は激しいエンジン音が体内で鳴る。
ガンッッッッッッッ!!
地を強く蹴る。
超速で僕の身体も飛び出した。
更に時間は短くなり約半秒でランデブー。
これは実験的な意味合いもあった。
この神通三世。
動きを変える事が出来ない空中では上手く機能するのか?
どう言った動きをするのか?
そんな事を考えているともう曽根の身体は目と鼻の先。
眼が赤く血走り、さっきの一連で大きくなった口をバカッっと開いている。
カカカンッッッ!
体内で鳴る拍子木の音。
以前使った時はこの音が鳴ると、一瞬で視界が変わっていた。
だが、今回は違う。
視界はそのまま。
ひとりでに動く左腕。
身体の主導権を奪われた感覚。
凄い。
これが神通三世か。
ガッッ!
僕の左手が敵の受憎腕を掴んだ。
と思ったら、ここから視界変化。
くるん
逆上がりの様に身体が回転。
ガキィンッッ!
ドカァッッ!
回転中に向かって来た受憎腕二本を右手の警棒と右足で弾く。
おや?
もしかして空中では攻撃緩いのかな?
とかそんな事を考えていた。
が、それが酷く甘い考えと思い知る。
神通三世の凄さも。
カカカカカッカカカカカカンッッッッ!
長い。
拍子木が鳴るのが長い。
とか考えた瞬間…………
ズザザザザザザザァーーーッッ!!
視界が瞬時に変わる。
地面。
飛び上がっている曽根の後方へ瞬時に着地していた。
受憎腕を何本も何本も超速で振り回している。
まだ僕の姿が消えた事に気付いていない。
「起動ォォォォォッッッッ!!」
ドルンッッ!
ドルルンッッ!
ドルルルンッッッ!
僕は大きく叫ぶ。
この声で僕の位置は把握されるだろう。
だがこの距離。
三則を使用した僕の魔力注入なら瞬きする間に攻撃を当てる事が出来る。
ダァァァンッッ!
強く地を蹴る。
僕の身体が砲弾の様に放たれた。
飛び上がった瞬間、即身体を反転。
右脚を巨槍の様に曽根へ向けた。
ドコォォォォォォォォォォォォォォンッッッ!
大きな衝撃音。
僕の蹴りが曽根の腰部分に炸裂。
激突する刹那、曽根が血走った小さな目を僕に向けていた。
が、時すでに遅し。
僕の放った蹴りの勢いは止まる事を知らず、そのまま曽根の身体ごと宙を突き進む。
ガシャァァァァンッッッ!
僕と曽根の身体は緩い放物線を描いて、誰も居なくなったアリーナ席に着弾。
体勢は僕が曽根の背中を踏み付けている様な形。
カカカカカカカカンッッッ!
更にここで拍子木の音。
と言う事は曽根の攻撃。
が、攻撃を認識する事無く僕の身体はひとりでに動く。
気が付くと左手には受憎腕の前腕部(?)二本、掴んでいた。
右手は警棒で更に向かって来た受憎腕の掌を真正面から叩き割っている。
警棒が人差し指と中指の間にめり込んでいる。
曽根の背中と僕の右脚の間に更にもう一本受憎腕が挟まっていた。
ここで思い出される泥戦。
グシャァァァァッッ!
瞬時に判断した僕は左手を思い切り握り、ドス黒い紫色の腕を二本握り潰す。
ズバァァァァァッッ!
右手にも力を込め、警棒を強引に振り抜いた。
人差し指と中指の間から裂ける受憎腕。
よし、一旦離れよう。
最後おまけだ。
僕は右足に力を込める。
ブチィィィィィッッッッ!
ゴキィィィィィィィィッッッ!
挟まっていた曽根の腕を踏み潰し、更に腰骨を叩き折る。
ダンッッ!
その勢いで僕は飛び上がり、遠く離れた響さん達の元へ。
スタッ
「ふうっ」
僕は一分にも満たない今のやり取りを終え、ようやく一息つく。
「竜司、相変わらず凄まじい動きね。
神通三世は」
「はい、ありがとうございます。
とりあえず腕は三本。
四本目は真っ二つに裂いてやりました。
あとこちらに戻る時に腰骨も折りました。
多分回復には少し時間がかかるとおもいます」
「……となると、半分以上を無力化したと言う事ね……
上出来だわ」
ガラッ……
と、ここで離れた所か物音。
僕が着弾した辺り。
何と曽根が起き上がって来たのだ。
何故?
徹底的にやったはずだぞ。
よく見たら、受憎腕二本で身体を支えている様だ。
しかし……
何かフォルムがおかしい。
何かこう……
弓反りの様な。
下半身を後ろに反っている様に見える。
………………しまった。
今の状況を判断した僕。
致命的な失敗があった。
僕は受憎腕を確かに無力化した。
だけど残骸に関しては特に何をしていない。
切断された残骸を即回収し再度生成したのだ。
「キョヒキョヒキョヒィィッッ……
よくもやってくれたわねェ……
このクサレチ■×ォォ……
こぉんなにィ……
強いチ■×がぁ護ってくれるなんてェ…………
クレハァァ…………
一体どんなテク使って垂らし込んだのかしらァ……?
それとも毎晩フェ〇■△でもヤッてるのかしらァァァァァッッッ!!?」
何だ?
怒りながら何を言っているのだ?
多分前半のクサレチ■×と言うのは僕を罵倒した言葉だろう。
しかし後半のフェ〇■△と言うのは当時十四歳の引き籠りでは解らなかった。
ただ前後の台詞から超卑猥で下品な言葉だと言うのは解る。
「…………テメーは顔だけがブスなんじゃなくて性格が超絶ブスなんだよ。
むしろそっちの方が致命的だ」
響さんが、半ば呆れながら核心を突く。
「ねえねえ竜司。
フェ〇■△ってなあに?」
暮葉がこの緊張状態で好奇心が勝ってしまった。
キョトン顔で僕に尋ねて来る。
「僕も聞いた事は無い…………
でも……
暮葉みたいな娘が言って良い言葉じゃないと思う…………
多分超下品……」
「ハァ……」
響さんが、頭を抑えてヤレヤレと言った表情。
グギギギギギギギギギギギギィィ……
何か大きな力で骨を強引に擦り合わせる音がする。
ゴキンッッッ!
大きな音。
離れてても聞こえた。
外れた関節を治した様な音。
両肩から伸びた受憎腕で腰を掴み、弓反っていた身体を強引に治したのだ。
これで僕が与えたダメージは全て消えてしまった。
「キョヒキョヒキョヒィィィィッッッ……
アタシを性格ブスにしたのは誰よォォ…………
フッて他のクソ〇■×共に走ったオトコが悪いんじゃないのよぉォォッッ!
コージも……
タカシも……
ケンジも……
ヒロユキも……
アタシと一発ヤッたらクソ〇■×に行きやがってェェェェェェッッ!
何が向こうの方が可愛いよォォォォッッ!
何があっちの方が若いヨォォォォッッ!
死ねェェェェェェッッッ!
クソチ■×共ォォォッッ!
殺してやるァァァァァッッッ!
クサレ〇■×共ォォォォォッッッ!
世の中のチ■×も〇■×も全員恨み殺してやるァァァァッァァッッ!!
憎いィィィィッッ!
憎い憎い憎い憎い憎いィィィィッッ!!」
曽根が絶叫。
最初気持ちの悪い笑い声を上げたかと思うと急にキレ出した。
卑猥な言葉を連呼して恨みの言を響かせる。
ここで違和感を感じる。
それはほのかな。
微かな違和感。
その違和感とは泥との差だ。
泥と比べて叫ぶ事が多い気がする。
泥も叫んではいたが、それは追い詰められた時だ。
この曽根は今、特に傷を負っていないのに叫び声を上げている。
何故だろう?
ただ単に個体差だろうか?
ここで着想を変えてみる。
何故式使いが叫ぶのか?
その動機について。
ここで仮説を立ててみる。
多分叫ぶのは恨気を募る為ではないだろうか?
恨気は多分持てる総量が決まっていて、それ以上は持てない。
だから泥は要所要所で“憎い”と言うワードを発し、恨気を補充していたのではないだろうか?
ここまで来るとおのずと曽根が度々叫んでいる理由も見えて来る。
もしかして…………
曽根は…………
持てる恨気総量が低いのでは?
だから度々募って恨気を補充している。
ただこれはあくまでも仮説。
確定させる為の材料が足りない。
ただこれが合っていれば、突破口になる。
「響さん……
僕に考えがあります……」
「竜司、何かしら……?」
「僕が神通三世を発動させて暮葉と一緒に突っ込みます……
そして二人で今生えている全ての受憎腕を無力化します……」
「竜司……
貴方は神通三世で大丈夫かも知れないけど、暮葉さんはどうするのよ?」
「それは問題無いです。
神通三世は視界に入る全ての攻撃に有効ですから。
ただ防ぐ為には暮葉を前に行かせないと駄目ですが」
「なるほど…………
十秒と言う制限はあるけど回避系スキルの中では最強クラスね……」
「ここからが重要です……
曽根の受憎腕を無力化したら、遥さんと響さんで攻撃して下さい……
この攻撃をするタイミングが重要で……
受憎腕を再生成した直後です……
僕の仮説が正しければ、二度生成は出来ないはずです……」
「キョキョキョヒヒヒヒィィィィッッッ…………
無視すんなっつてんだろォッ!!
このクソ〇■カス共ォォッッ!!」
ダァァァァンッッ!!
腰にある二本の受憎腕に力を溜め、弾けた曽根。
一直線にこちらに向かって来る。
「詳しい話は後ですッッ!!
タイミングの件、よろしくお願いしますッッ!
暮葉ッッ!
行くぞォッッ!
一緒にアイツを倒すんだッッ!」
「うんっっっ!」
「先に行けッッ!
君の身体は僕が護るッッ!」
ガァァァンッッッ!
暮葉が地を強く蹴り、飛び出した。
東京ドームの床が薄く凹んでいる。
さすが竜。
僕も行こう。
「発動ォォッッ!」
ドルンッッ!
ドルルンッッ!
ドルルルンッッ!
激しいエンジン音。
バァァァァンッッッ!
続き僕も地を強く蹴り、暮葉を追う。
速度は僕の方が気持ち速い。
暮葉との差がどんどん狭まって行く。
こちらに向かって来る曽根。
黄道大天宮図はまだ展開している。
このまま行けば良い位置で標的とランデブーする。
来た。
もう曽根の身体は目と鼻の先。
目を凝らせ。
神通三世は十秒。
その間に少なくとも六本の受憎腕を無効化しないと。
発動タイミングをミスる訳にはいかない。
ピク
両肩の受憎腕が微かに動いた。
今だっ!
神通三世ッッ!
ゴォォォォォォッッッ!
風が吹き込む音。
スキル発動のサイン。
これで十秒間、暮葉を含めた視界に入る攻撃は絶対に当たらない。
当てさせない。
カカカッカカカカカンッッッッッ!
風が吹き込む音がしたと同時に響く拍子木の音。
そしてひとりでに動く身体。
グイィィィッッ!
曽根に向かって行っている暮葉の背を掴み、思い切り引き寄せる。
ギュルン
その勢いで僕の身体は前方へ回転。
ちょうど暮葉と位置を入れ替える形。
ガガガァァンッッッ!
回転しながら僕は右手の警棒を振るった。
力と力がぶつかる激しい音が三連続で鳴る。
向かって来た受憎腕の攻撃を止めたのだ。
どうする?
確かに神通三世が発動していれば、攻撃が僕に当たる事は無い。
が、あくまでも防御・回避スキル。
敵の武器を無力化する為には創作されていない。
とりあえず十秒の間は僕に攻撃は当たらないから今の内に無力化する方法を考えないといけない。
ふとそこに見えたのは左手に掴んでいる暮葉の背中。
超速で閃く案。
これは強力。
魔力注入を使用した僕の両腕+遠心力+竜の力。
三つのパワーが一つになるのだ。
暮葉に説明している暇はない。
何せ十秒。
ぼやぼやしてたらスキルが切れてしまう。
大丈夫だろう。
多分。
おそらく。
だって暮葉は竜なんだから。
行くぞッッ!
「暮葉ァァァァァァァァッッッッ!!
ムラサキの腕を狙えェェェェェェェェェェッッ!」
ガッ
左手で掴んでいた暮葉の背中を更に右手でも掴む。
両手持ち。
「アアアアァアアアアァァァァアアアッッッッ!!!」
カカカカカカンッッッ!
曽根の方を向き、力を溜めた段階で拍子木の音。
攻撃が来る。
ブンッッッ!
身体がひとりでに動き、両手を振り回した僕。
暮葉の身体ごと。
僕の思惑と神通三世の動きが一致した。
「エイッッッ!」
バツンッッ!
僕に向かって来た強靭な受憎腕が切断された。
先のエイと言う声は超速で振り回されている暮葉の声だ。
拍子木の音は相手の攻撃を表すと共にスキル効果発動も意味する。
となるとどうなるか……
ブンッ!
ブンッ!
ギュルルルルッッ!
暮葉を振り回す両腕は止まらないと言う事だ。
目にも止まらぬ速さで自分の婚約者を振り回す僕。
ついには超速で回転し始めた。
バツンッ!
ブチンッ!
ザンッ!
ズバンッッ!
ボキィッッ!
次々と受憎腕が叩き斬られていく。
気が付いたら僕は背を曽根に向け暮葉と向かい合っていた。
暮葉の顔は一言で言うなら“ぽー”。
何だか呆けている。
最初しか喋らなかったのはこの顔になったからだろうか。
よし。
ちらり
後ろを振り向いて曽根の顔を確認。
まだ回転した時の巨大な慣性力は僕の身体を動かしている。
「喰らえぇぇぇぇぇぇッッッ!!」
ボキィィィィィィィィィィッッッ!
曽根の顔、目掛けて思い切り両踵を喰らわした。
ギュンッッ!
ドッカァァァァァァァッァァァァァァンッッッッ!
曽根の身体は巨大な砲弾と化し、メインステージ左側に着弾。
けたたましい炸裂音を立てる。
まさに着弾。
そう思わせる音。
カンッ!
カランッッ!
辺りに破片が四散。
魔力注入を使用した僕の力に暮葉(竜)の力。
それに加えて回転の加速度が産み出す遠心力。
それら全てを両踵に集中させ放ったのだ。
納得の光景。
ギュルルルルッッッ!
依然として回転している僕と暮葉。
最後の仕上げだ。
相変わらず暮葉は目を点にしてぽーっと僕を見つめている。
グッ
両手に力を込め、暮葉の身体を掴む。
だが発動は使わない。
今から行う事は回転力を殺す為だ。
タッ
ようやく僕は地に足を付ける。
が、回転は止まらない。
ギュルルルッッ!
「行くぞォォォォォッッ!
暮葉ァァァァッッ!」
僕は気合の大声。
そして…………
ブンッ
思い切り婚約者《暮葉》を宙へ放り投げた。
目が点のまま超速で真上に舞い上がる暮葉。
ズザザザザザザザァーーーッッ!!
一人離れた事により遠心力が弱まった。
急ブレーキをかけ回転を止める。
地と足が強く擦れる音がする。
「発動ォォォッッッ!」
僕は両脚に魔力を集中。
一気に爆発させた。
バァァァァァァンッッッ!
暮葉を追い、僕も真っすぐ跳ぶ。
この東京ドーム。
高さは六十メートル近くある。
三則を使用して全力で跳んでも屋根には到達しない……
だろう……
多分。
ギュンッ!
遮る大気の壁を突き破る。
ぐんぐん近づく暮葉の身体。
見えて来た。
まだ目が点だ。
いつまで呆けているのだろう。
ガシィッッ
僕は暮葉の身体を抱き寄せた。
あれよあれよとお姫様抱っこの体勢。
僕の胸元には未だ目が点の暮葉。
「暮葉っ
おーいっ
暮葉っ」
僕は俯いて呼びかける。
だがまだ点が治らない。
「暮葉ってば」
「はっ!?
りゅっ……!
竜司ッ!?」
ようやく、くりくりと大きな瞳の暮葉が帰って来た。
「あれっ?
今、私何処にいるのっ!?」
意識が飛んでたのか。
「今、東京ドームの空中だよ」
この段階で僕と暮葉の身体は最高到達点に達した。
逆方向へ降下していく。
やっぱり東京ドームの屋根には到達しなかったか。
「私どうなったの?
何か竜司が叫んでー
私を振り回してー
そこまでは覚えてるんだけど」
「まあ概ねそんな感じ。
でも僕、全力で振り回したのによく攻撃出来たね」
「え?
だって竜司、紫色の腕を狙えって言ったじゃない」
胸元の暮葉は僕をキョトン顔で見上げる。
「うん、かなり速いスピードで回したけど見えてたの?」
「ん?
ん?
それは見えるでしょ?
私、目が付いてるし」
キョトン顔が全く治まらない暮葉。
僕が言いたかったのはそう言う事じゃ無いんだけどな。
まあいいか。
急いでたから全く説明できなかったけど、よく解ったなあ。
これは暮葉が純粋であるが故だろうか。
「もうちょっと待ってね。
あと少しで地上に着くから」
「うん」
ぴとっ
降下する最中。
暮葉が僕の胸にほっぺたをくっつけた。
「ど……
どうしたの?
暮葉?」
頑張って冷静を装ってはいたが内心少しドキドキしていた。
「んふふ~~……
わっ?
竜司の胸、ドキドキしてる」
「そ……
そりゃ僕だって男の子だもん……
暮葉みたいな可愛い子にくっつかれたらドキドキするよ……」
「竜司ーーッッ!」
ガバッ
僕との会話を無視して急に暮葉が抱きついて来た。
依然僕らは降下中。
「わわっ!?
ななっ?
何々っ?
暮葉っ?」
「前に漫画で見たのーっ!
マオーから救い出されたオヒメサマがユーシャって人に抱っこされてる時こーしてたのーっっ!」
久々に感じた暮葉の柔らかい身体。
ポヨン
プニョン
僕の身体に色々柔らかいものが当たる。
極めて柔らかいものが当たる。
今気づいた。
暮葉って着ヤセするタイプなんだ。
依然として僕らは降下中。
「バランスがっっ!
バランスがぁっ!?」
グラ
暮葉が自ら重心をズラした。
当然お姫様抱っこの体勢は崩れる。
ちょうどプロレスのフォールされた体勢になる僕。
と、冷静に判断している場合では無い。
早く。
早く背中に魔力を集中しないと。
こんなマヌケな事でダメージを負う事になってしまう。
集中ッッ!
背中全面に魔力集中。
ふうこれで良い。
あ~あ………………
さっさと落ちてくれないかな。
ドコォォォォンッッ!
落ちた。
背中に魔力を集中してたから痛くは無いが、巨大な“圧”に背中をぐいと押されている感じはする。
大きな衝撃のせいかモクモクと砂煙が立っている。
「ケホッ……
りゅ……
竜司お兄たん……
大丈夫……?」
やがて砂煙の中から声がする。
遥だ。
すぐに煙が晴れる。
現れたのは暮葉にフォールされている僕。
地は放射状にヒビが入っている。
「………………ワン…………
ツー…………
スリー…………
で良いのかしら……?」
僕の姿を見て自然とカウントを取った遥。
まあ気持ちは解らないでも無いけど。
……って違うだろっ!
曾根だ!
曽根嫉実!
目を離してのん気にカウント数えてる場合じゃないだろ。
「ちょっとっっ!
僕なんかの事よりっっ!
曽根ですっっ!
相手はまだ健在なんですよォォッッ!」
僕は依然としてフォールされた体勢で叫ぶ。
もう着地したのに暮葉は何故どかないのだろう。
「その点ならまだ大丈夫よ。
全く動きが無いもの。
最後に放った一撃……
もしかして決着ついたのかも知れないわ」
続いて響さんがやってきた。
「え?
そうなんですか?」
「さっきの一撃……
魔力注入で強化した身体に暮葉さんの竜の力…………
プラス遠心力を合わせたのね。
それ程の一撃を喰らったのよ?
もうこれは痛覚がどうとかの次元じゃないわ」
咄嗟に思い付いた案だったけど、それほどまでの一撃だったのか。
「それは……
そうと……
竜司…………
貴方、いつまでその体勢なの……?」
僕は依然として暮葉にフォールされている体勢。
「いや……
立ち上がりたいのは山々なんですけど…………
暮葉が……
何故か……
どいてくれなくて……
ねえ?
暮葉……?
そろそろどいて欲しいんだけど…………」
「イヤッッ!」
ここで予想外の返答。
「何でッッッ!?」
即ツッコむ僕。
「何かこの体勢良イッッ!
いっつも偉い子ぶってる竜司に勝った気がするもーんっっ!」
偉い子ぶる?
偉い子ぶるって何だ?
色々な意味で。
偉そうと言いたいのだろうか?
別にそんなつもりは無かったのにな。
何だか悲しくなる。
ってそんな事を考えてる場合じゃない。
今は戦闘中なんだ。
「暮葉……
僕の態度が悪かったのなら……
後でいくらでも謝るから……
早く……
どいて……
戦闘中だから……」
「イーヤーッ!」
プルプルプルプル
プルプル震えてる暮葉の身体。
どきたくないと言う意志を表しているかの様だ。
「全く何やってんのよ……」
ヤレヤレと言った表情で暮葉の両脇に手を入れ、ひょいと持ち上げる響さん。
ようやく解放された。
「あぁっ!?」
強制的に引き離された暮葉。
ゆっくりと僕は起き上がる。
「あの……
暮葉……
僕の態度……
そんなに悪かった……
のかな?」
僕はおずおずと尋ねた。
やはり偉い子ぶると言う言葉は気になる。
「ふーーんだっっ」
ツンとソッポを向く暮葉。
求婚した時の暮葉を思い出す。
「ぼ…………
僕の態度が……
悪かったのなら……
ごめん……
謝るよ……
でも解って欲しいのは……
僕が言ってる事は全部、暮葉を想って言ってる事なんだ……
アハハ……
何言ってるんだろ……
こんな事言ってても本人傷つけてたら意味無いよね……」
ダメだ。
何だか言ってて悲しくなって来た。
「あぁっっ!?
りっ……
竜司っっ……!?
はっ……!?
フッ……
フーーンッ!
ションボリしてもダメなんだからっっ!」
凹んだ僕の顔を見て、驚く暮葉。
だがすぐツンツンに戻る。
しかし驚いた顔は……
しまった。
こんなに凹むとは思って無かった。
こんな感じの何かバツの悪そうな表情だった。
「はいはい、貴方達。
痴話喧嘩は戦闘が終わってからいくらでもしなさい。
今は戦闘中よ」
「は……
はい……」
響さんの言う通りだ。
まだ曽根は拘束した訳じゃない。
気を抜いていたら簡単に命を落とす。
それ程の相手。
「ご……
ごめん……
暮葉……
まだ敵を倒した訳じゃないんだ……
話は全部終わってから……」
そう告げて僕は曽根が着弾した箇所に向き直す。
依然として静寂を保っている。
ポッカリと穴が開いていて、中の闇が現世と黄泉の境目の様に思えて来る。
あ、今の内に僕の仮説を響さんに説明しておかないと。
「響さん……
僕の仮説について説明しておきます……
それは……」
僕は……
曽根が泥と比べて“憎い”と言うワードを発しながら叫ぶ場面が多い事。
この“憎い”と言うワードを叫んで発するのは恨気を募る為ではと言う事。
回数が多いのは恨気の総量が少ないからでは無いかと言う事。
今、生えている受憎腕を全て再生成するとほぼ体内の恨気量はゼロになるのではと言う事。
概ねそれらの点を説明した。
「なるほど……
なら攻撃するタイミングは竜司達が切断した受憎腕を回収して再生成直後ね……
叫ぶ間も無く再度切断…………
と言った所かしら?
夢野さん?
聞いた通りよ」
夢野さん?
一体誰の事だ?
あ、遥の事か。
「ええっ
了解したわっっ!」
遥の元気な返事。
この機会に先の疑問も解消しておこう。
「遥さん、一つ良いでしょうか?
確か絢爛武踏祭って五つのエンチャントを同時使用可能って言うのが特徴じゃ無かったでしたっけ?」
「ん?
そうよ」
「なら甘美な蜂の麻酔で曽根を眠らせる事って出来ないんですか?」
【それに関しては小生が説明しましょう竜司氏】
急に後ろから竜の声。
「うわぁっっ!!?」
驚いて振り向くと、スミスが立っていた。
物音一つしなかったぞ。
見るとガレアとスニーカーも居る。
【竜司氏……
見た所、今雌雄を決している輩は既に人成らざる者と言う事で相違無いですかな?】
相変わらずうっとおしい喋り方のスミス。
「う…………
うん…………」
【ならば甘美な蜂の麻酔が効いていないのはそれが理由で御座る】
うっとおしい上に勿体付けてやがる。
どうしてこうオタクって言う奴は。
僕もオタクだけど。
「意味が解らない。
ちゃんと説明してスミス」
【つまり……
ですな……
小生が作製した五大大牙ははるはるの身の安全を守る為に創った訳で御座る。
はるはるのアイドル活動を邪魔する不逞の輩や悪漢共を一蹴出来る様にと。
従ってエンチャントも須らく対人用。
人以外に効くようには調整してはおりませぬ】
よ……
要するに効かないって事か。
甘美な蜂は曽根には効きません。
これで終わる説明では無いだろうか。
「そうみたいなのよね。
エンチャントを甘美な蜂より聖者より授かった雷牙に切り替えた方が良いかも」
ちなみに遥は使用魔力の関係で同時に使用するエンチャントは大抵三つなんだそうな。
逢鬼が刻の腕力バフ。
北風が騎士を作ったの風。
甘美な蜂の麻酔。
主にこの三つ。
五つ全てを同時に使用出来なくも無いのだが、使用魔力が大き過ぎて効率が悪いんだそうな。
まあ聖者より授かった雷牙はまだしも水蛇の恩恵は近くに海が無いと効果は激減するそうだから使ってもあまり意味は無さそうだけど。
よくよく考えたら五大大牙のエンチャントって限定的と言うか効果が尖ってるよな。
まあこれで絢爛武踏祭の疑問は解消された。
「ただ……
問題は……
思った以上に僕の攻撃が強力だったみたいで……
今曽根の姿を目視出来ないと言う点ですね……」
これは地味にキツい。
何故なら目視出来ないとなるとタイミングが取れないからだ。
あの暗がりで全てやられてしまうとこの作戦もフイになってしまう。
ずっと凝視しているが、動きは無い。
こうなると厄介だな。
式使いと言うのは。
何せ向こうは痛覚が無い。
気絶しているフリと言うのは充分考えられる。
不用意に近づいて掴まれたら一気に形勢逆転してしまう。
だから近づいて意識の確認も出来ない。
「全くどうなってるか確認出来ないのはイライラするわね……」
最初にイラつき始めたのは遥だった。
「焦りは禁物よ夢野さん……」
「わかってるわよ」
もう一度言うが、次に攻撃するポイントは離れた所に散らばっている受憎腕の残骸を回収し、再生成。
ここだ。
受憎の生成作業には相当量の恨気を使用する。
ガクンとエネルギーが減った段階で一気に畳みかける。
恨気を補給するヒマなんて与えない。
式と言う術は何をやるにしても動力として恨気が必要なのだろう。
上手く行けば身体強化も解けて、身体を動かす事も出来なくなるかも知れない。
「響さん……
次の攻撃……
僕と……」
ちらりと暮葉を見る。
「ん?
どしたの?
竜司」
良かった。
いつもの暮葉に戻ってる。
「いや……
次の攻撃……
一緒にやってくれないかなって……」
「え!?
まだ終わって無いのっ!?」
暮葉が素っ頓狂な声を上げて、驚いている。
気持ちは解らないでもない。
傍から見たら穴を見つめているだけだし。
でも本当に異質なんだ式使いと言うのは。
しかも式と言う術は圧倒的不利状況からも一発逆転を狙える。
警戒してもし過ぎる事は無い。
泥戦でそれは骨の髄まで痛感した。
「うん……
そう言いたいのも解るんだけど……
多分…………
まだ終わってないんだ……」
「そうなんだ。
竜司が言うならそうなのねっ」
特に相手へ生理的嫌悪感を抱いた様子も無く、素直に応じた。
これは竜だからだろうか暮葉だからだろうか。
「響さん、次の攻撃は僕と暮葉も参加します」
「そうね。
戦力は多い方が良いわ」
辺りはしんと静まり返っている。
誰も声を発するものはいない。
固唾を飲んで着弾した穴を凝視。
カラ……
微かな物音。
ドキィィィッッ!
心臓が高鳴る。
穴の方からだ。
「キョヒキョヒィ…………
あ~……
ビックリしたわぁ……」
硬質ゴムを二つ強く擦り合わせた様な独特で気持ち悪い笑い声と共に起き上がって来た。
やはりまだ倒れていなかったか曽根嫉実。
ゾワワァァァァッッ!
再び足の裏から頭のてっぺんまで悪寒が奔り抜けた。
何に悪寒を感じたのか?
それは……
曽根の顔。
さっきからまた変わっている。
変化部分は顎。
顎がドス黒い紫色に変わっている。
鉄パイプで自ら開けた穴もドス黒い紫色で塞がっている。
あのドス黒さは受憎で生成した証。
顎を受憎で生成したのだ。
おそらくさっきの一撃。
それが曽根の顎を吹き飛ばしたのだ。
顔の三分の一がドス黒い紫となり、ますます気持ち悪さに磨きがかかった。
「見た所…………
受憎をつかったのは顔部のみね……」
あの本当に気持ち悪い顔を見ても冷静な響さん。
この人の胆力と言うか肝の座り方と言うか。
本当に何なんだろう。
それだけ修羅場を潜って来たと言う事なのかな?
「は……
はい……
その様ですね……」
僕は沸き上がる嫌悪感を押し殺し、状況を確認。
確かに響さんの言う通り、ドス黒い紫色なのは顔と左脚のみ。
曽根の纏っていた長めの裏頭は激しい戦闘でビリビリに破れて、中に着ていた衣服が見える。
曽根の服は……
何だっけ……?
コレ……
確かすんごい昔に日本で流行ったって恰好。
えっと……
あぁそうだ。
ボディコンだ。
汚く薄汚れて全く光ってないがラメの入ったボディコンドレスを着ている。
■ボディコン
ニット等の身体に密着する素材を使って体線を強調している衣服。
またはボディラインを強調している体型を指す。
ボディ・コンシャスの略称。
1981年のミラノ・コレクションでアズディン・アライアが発表したドレスが発祥。
日本では1994年のジュリアナ東京から日本全国に広まった。
ボディコンって確かスタイル良い人が着るものじゃ無いのかな?
けど曽根の体型は完全に中肉中背。
腹も結構出ている。
しかも薄汚れている為、全く色気などは感じない。
ギュルルルルルルルルゥゥゥゥンッッ!
曽根の左肩口から一本新たに受憎腕が生成された。
速い。
かなりのスピード。
目標はやはり僕が落とした受憎腕の残骸。
人の身体からドス黒い紫色の腕が超速で生えて行く画と言うのは結構グロい。
紫色の掌が落ちている受憎腕の残骸を掴んだ。
ジュルルルルルルゥゥゥンッッッ!
一息に吸い込まれていく。
吸い込むスピードも速い。
手早く千切れた受憎腕を全て回収。
「そろそろ来るわ……
みんなっ……
準備してっ……」
響さんから小声で合図。
ん?
回収の為に伸ばした受憎腕が…………
あれ…………?
体内に引っ込んで……
行ってないか?
これが意味する事は何だろう。
ズボァァァァァァァッッッッ!!
とか考えてる最中、勢いよく六方向に汚い紫色の長い腕が生えた。
言葉で言うならまさに生え散ったという印象。
位置は先と一緒。
両肩口に各二本。
腰、両側に一本ずつ。
ここで僕の仮説が合っているのなら、恨気を募る為に叫ぼうとするはずだ。
「キョキョキョヒヒヒヒィ…………
アンタた……」
来た!
気持ち悪い笑い声。
「発動ォォォォッッ!」
曽根の気持ち悪い台詞を遮る様に響さんが叫ぶ。
「発動ォォォォォッッ!」
続き僕も魔力注入発動。
「行くわよォォォォォッッッ!」
遥が浮いている五大大牙から北風が騎士を作った(片手剣)を掴んだ。
瞬時に猛風を後ろに起こし、前へ弾け飛ぶ。
やはり絶対防衛線の強固な防御法がある為、先行は遥。
ドコォォォォォンッッッ!
バァァァァァァンッッッ!
続き僕と響さんが力を込めて地を蹴る。
巨大な力を推進剤として爆発させた。
衝撃に地面が耐えられず、大きな音を立てる。
その音を背中の先で聞く。
僕らはもう標的に向かって飛び出したからだ。
「エイッッ!」
ガァァァァァァンッッ!
暮葉はどうしたんだろう。
一緒に飛び掛かってくれただろうか。
僕らはもう飛び出している為、確認ができない。
曽根と接触までおそらく一秒もかからない。
「キョッッ!!?」
曽根の奇声。
さすがにこのタイミングで攻撃されるとは思ってなかったんだろう。
ガキィンッッ!
バキィンッッ!
先に着地した遥は既に交戦を始めていた。
絶対防衛線が超速で迫る受憎腕の猛攻を凌いでいる。
ズバァッッ!
隙を突いた遥が片手剣で斬り付ける………………
が、受憎腕を切断するまでには至らず。
途中で止まる。
これは遥の剣が未熟とかそう言う事では無く、単純に質量の問題だろう。
確かに片手剣は軽い分、取り回しは素早くできるがやはり一撃一撃の威力が弱いのだ。
間もなく僕らも到着。
ザザァァッッ!
着地。
着くなり押し寄せる受憎腕の猛攻。
ありとあらゆる角度から迫り来る。
ガンッッ!
ダンッッ!
既に魔力注入を発動した僕は難なく…………
とまでは行かないが、何とか捌ける。
両腕には式対策として魔力を集中済。
僕がこの戦闘でやることは決まっている。
ズバンッ!
バツンッ!
力任せに叩き斬る音が聞こえてくる。
響さんの腰鉈だ。
そう、僕がやる事は防御。
または僕に注意を向けさせる事。
僕は確実に受憎腕を素早く無力化する術を持ち合わせていない。
ならばそれは響さんに任せて、阻害する受憎腕の攻撃量を減らす事だと考えたんだ。
目を凝らせ。
視野を広く持て。
超速で迫る受憎腕の攻撃を見切るんだ。
「キョッッ……!?
キョキョヒィッ!?
こ……
このっ……
ウザい連中ねェッッ!」
曽根が僕らの攻撃に戸惑っている。
不意打ち気味に全戦力を投入したのだ。
やはり作戦的には成功だったのだろう。
ここで驚くべき事が起きる。
バカァァッッ!
超速で受憎腕が迫る刹那。
一本の受憎腕が二つに分かれたのだ。
分かれた一本一本に先ほどより小さくなった掌が付いている。
なるほど。
これはおそらく手数を増やす為。
何故、新たに受憎腕を生成せずに今在る腕を分割するという手段を取ったのか?
これは先の仮説と一緒に照らし合わせれば動機も見えてくる。
ガンッッ!
ダンッッ!
僕は頭の中で考えながら、数多の角度。
それこそ縦横無尽に襲い来る受憎腕の猛攻を捌いていた。
ちらり
僕は斜め後方に目線を送る。
暮葉も同様に受憎腕の激しい攻撃と戦っていた。
何だかんだ言いつつ、警棒もきちんと使って。
しかし…………
その数。
明らかに先ほど見た六本以上の受憎腕が超速で攻撃している。
それはまるで鋭い鞭の様。
ドス黒い紫色の鞭。
これが数本、超速で多角から暮葉に攻撃を仕掛けている。
どうにか式を仕掛けようと必死なんだ。
だが、曽根は竜である暮葉の基本身体能力を甘く見ている。
ガガガガンッッッ!
ダダンッッ!
目にも止まらぬハンドスピードで受憎腕を全く寄せつけない暮葉。
これなら大丈夫か。
また僕は考えを巡らせる。
先の続きだ。
何故、曽根は生成ではなく分割を選択したのか。
それはやはり恨気総量が原因ではないのだろうか?
新たに生成するとなるとおそらく相当量の恨気を必要とするのだろう。
そして僕らが攻撃を仕掛けたのは六本もの受憎腕を生成した直後。
恨気を募る前だ。
内包しているエネルギー残量は少ない。
したがって四人同時で仕掛けている攻撃に対応する為に取れる手段となると生成よりも分割となる訳だ。
分割であれば新たに恨気を使う必要がないのだろう。
何故なら元々生成した受憎腕を分けるという事だから。
ガンッッ!
ダダダダダンッッッ!
ブシュッッッ!
今まで捌けていた受憎腕が僕の防御を突破し始めた。
頬を汚い紫色の掌が掠める。
皮膚が裂け、血が噴き出た。
掠っただけでもこの威力か。
この受憎腕分割は一発一発の威力は軽くなるが、その分スピードが上がっている様だ。
だが………………
ズバンッッ!
さして…………
バツンッッ!
問題ではない。
何故なら僕の役割は防御。
敵の目を引き付ける事だ。
受憎腕を無力化する事は響さんがやってくれる。
ボトンッ
バタバタドサバタバタッッ!
僕の周りで攻撃を仕掛けていた数多の受憎腕。
そして遥に襲い掛かっていた多数の受憎腕。
それらが一斉に動きを止め、地面に力無く散らばり落ちていく。
響さんの腰鉈が受憎腕を切断したんだ。
これは分割を選択した弊害。
いくら分割しようとも根元は一本という事。
「エイッッ!」
可愛い声と共に警棒が振り下ろされたのが右目端に映る。
暮葉が曽根本体に攻撃を仕掛けたのだ。
ベキィィィィィィッッッッ!
可愛い声とは裏腹に大きな粉砕音が鳴る。
曽根の肩に命中したんだ。
しかし……
確かに……
全力でとは言ったが容赦ないなあ暮葉。
グアァッッ!
だが痛みを感じない曽根は近づいた暮葉を掴みにかかる。
そうは行くか。
「発動ォォォォッッッ!」
ドルンッ!
ドルルンッ!
瞬時に右手へ魔力を集中した僕は魔力を爆発。
思い切り右拳を振るい、閃光の様な右ストレートを曽根の腕に炸裂させた。
ボンッッッ!
暮葉を掴みかかろうとした曽根の前腕部が瞬時に吹き飛んだ。
吹き飛ばした曽根の腕。
色は肌色。
汚いが肌色だった。
となると受憎腕では無く生身部分だろう。
それにしても現在の魔力注入はここまで威力があるのか。
まるで小型爆弾を炸裂した様ではないか。
バツンッッ!
ズバンッッ!
ドサァッッ!
と、ここで響さんが曽根の両足を切断した。
地に倒れ伏す。
「フゥッ…………
手間ァ掛けやがって……」
ようやく響さんの動きも止まる。
うつ伏せで倒れている曽根。
またうつ伏せだ。
どうしてこう式使いというのはうつ伏せで倒れるのか。
また表情が解らない。
辺りには響さんが切断した受憎腕が散らばっているドス黒い紫色の長い腕。
全て身体から切り離されてピクリとも動かない。
新たに受憎腕を生成する様子もない。
「新たに受憎を生成する気配も無いわね……
よし拘束するわ。
手伝いなさい竜司。
スニーカーッッ!」
【は~い】
ドスドス
スニーカーが歩み寄ってくる。
「亜空間をお願い」
スニーカーの出した亜空間に手を入れる響さん。
取り出したのは泥に使用した拘束具…………
と、もう一つ何か小さなものを持ってる。
あれなんだろう?
取り出した物は黒く小さな皮ベルトっぽい物。
しかしサイズが小さい。
腰に巻くには少々サイズが小さい。
僕がベルトと呼んだのは小さなバックルが付いているからだ。
だがヘンなのはバックルの反対側。
いわゆる通常のベルトで言う所の背中側。
そこに小さな黒い球体が付いている。
大きさはゴルフボール大。
僕の頭にたくさんのハテナが浮かぶ。
「何ボーッとしてるの?
早く手伝いなさい」
「響さん……
それ何ですか……?」
僕は響さんが拘束具よりも先に付けようとしている小さなボールのついた皮ベルトみたいなものを指差し尋ねる僕。
「ん?
あぁ、これはボールギャグよ」
え?
何?
ギャグ?
何だろう、笑いが欲しかったのか?
響さんって真面目な人だと思ってたのに。
確かに緊張・緊迫した局面と言うのは笑いが起きやすいと言うけど。
いくらなんでも犯人を拘束するこの場面でギャグをすると言うのはあまりにも不謹慎過ぎる。
「あの…………
響さん…………
全く……
一つも…………
笑えないんですけど……」
僕は失望の混じった言葉を投げかける。
それを聞いた響さんはキョトン顔。
先の僕の様にたくさんのハテナが浮かんでる様子。
「????
何を言ってるかよく解らないけど、まず口を塞ぐわ。
頭を持ち上げて」
響さんは頭にハテナを浮かべながら職務を忠実に実行。
ここで僕は気づいた。
これは口枷だ。
多分恨気の補充を防ぐ為に使うものだ。
後で聞くとこう言う玉の付いた口枷の事を英語でボールギャグって言うんだって。
そりゃそうか。
こんな局面で一発ギャグをかまそうとする奴なんかいる訳がない。
「は…………
はい……」
僕は曽根の頭を掴み、持ち上げようとする。
ここで正直に告白する。
僕は気が緩んでいた。
そんなつもりは無かったんだけどそうなんだと思う。
そして大きな勘違いもしていた。
その勘違いとは恨気の募らせ方。
何も言葉を発するだけでは無いと言う事。
そう、心で念ずるだけでも募る事は出来るのだ。
式使いに勝利する為、絶対的に必要不可欠。
必須。
唯一無二。
決定的に必要な事項。
それは意識の確認。
式使いを拘束する為には昏睡状態にする。
それ以外には有り得ない。
僕らはそれを怠っていた。
これが僕の気の緩み。
その事を思い知る事になる。
「感染………………
除法…………」
曽根がポツリと呟いた。
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「はい、今日はここまで」
「パパー、ママもものすっごく強いんだねっっ!?」
「そりゃ外側は可愛い女の子だけど中身は竜だったからねえ。
でもママは普段、人を殴るなんて事は絶対しない人だったよ」
「こんなに強いのに何で?」
龍はキョトン顔で尋ねてくる。
「ママは人間のか弱さを知ってるからね。
竜の強い力で殴ったりしたら簡単に殺してしまうから」
ブルッッ!
それを聞いた龍が身震い。
「うっ……
うん……」
「あーあー心配しなくていい。
今もママはモデルとして立派にやってるだろ?
本当にこの刑戮連との争いが特別だっただけなんだから。
さぁ今日も遅い……
おやすみなさい」