第百六十四話 嚆矢濫觴
「やあこんばんは。
今日も始めて行こうかな」
「うん、パパ。
今日からママのライブが始まるんだね」
「うん、そうだよ」
「ママがアイドルだったなんて未だに信じられないよ僕」
「フフフ。
昔のママはそれはそれは可愛くてねぇ。
もちろん今もキレイだけど」
「僕からしたらただのうるさいママなんだけどなあ」
「コラ、龍。
ママもうるさく言うのは龍の為なんだから」
「それは解るんだけど……
ママって何かにつけてわーきゃー言ってるじゃない?
昨日もTV見てキャーキャーって。
何がそんなに楽しいんだろ?」
龍が現代っ子らしい冷めた発言。
「だってママはもともと竜だもん。
まだまだ知らない事いっぱいあるんだよ。
龍みたいに学校とかにも行ってないんだし」
「ふうん」
「じゃあ始めるよ……」
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午後四時半
東京都文京区 東京ドーム ライブスタッフブース
ガヤガヤ
ガヤガヤ
周りは本番に向けて、スタッフが忙しなく動いている。
「外はどうなってるんだろ……」
僕は暮葉の側に居た。
警護とライブ協力の為。
結局の所オーディションでも竜と竜河岸の数が足りず、僕とガレアもオーディエンス輸送の為、手伝う事になったからだ。
もちろんそれが無かったとしても警護の為、側には居ただろうけど。
「へえ……
ライブの裏側ってこんな感じになってんだな。
笑い事っちゃねぇぐらい忙しないな」
「ホンマですね踊さん。
こう言うのも役得って言うんでっしゃろか?」
「まあ警護の任でも無いと見れねえ景色だからな」
側に居た踊七さんと元が話をしている。
【なあなあ竜司。
こいつらセカセカと何やってんだ?】
ガレアがキョトン顔で聞いて来る。
【お前、何しにここ来てんだ?
今からクレハのライブやるからに決まってんだろ?】
名も知らない竜がガレアに答えた。
ライブスタッフだろう。
【へーそうかー
今からアルビノが歌うんだなー
んでもこいつらアルビノじゃねぇじゃねえか】
ガレアのキョトン顔が治まってない。
「何言ってるんだよガレア。
この人達はみんな暮葉のライブを手伝ってるんじゃないか」
【この人間全員かっ!?
スゲーなーライブって】
そう言いながら暮葉の元へ寄るガレア。
「フンフン……
わかった……
じゃあそんな感じで……
ん?
ガレア?
どうしたの?」
【なあなあアルビノ。
周りの人間どもって全員お前のライブってのを手伝ってるんだってな。
お前ってもしかしてスゲーやつなのか?】
「ん?
そうよっ!
私はスッゴイんだからっっ!
エッヘンッッ!」
暮葉が自慢気に胸を張っている。
って言うか今最後の打ち合わせじゃなかったか?
邪魔しちゃいけない。
ガレアをこっちに戻さないと。
「こらガレア、邪魔しちゃ駄目だよ。
こっちに来な」
【ん?
そうか?】
とりあえずガレアを呼び戻せた。
【踊七よ……
何やら大量の人間どもが忙しなく動いておるが……
何かの催し物か?】
「ナナオ……
お前今まで何見てたんだよ……
笑い事っちゃねぇ……
そうだよ。
ライブが始まるんだ」
【ムウ……
また新しい言葉が出て来たな……
その“ライブ”なるものは……
前に見た“祭り”と言うものの事か……?】
「ん?
まあ……
あながち間違っては無いが……
規模が全然違うだろ?
笑い事っちゃねぇ」
【フム……
確かに……
我が前にTVで見た時の景色と似通ってたからな……】
ナナオは一体どんな祭りを見かけたのだろうか。
確かにライブって一種のお祭りみたいな所はあるけど。
こうしてライブの下準備は進んで行く。
外ではもう物販を売り出しているらしい。
本番直前。
「ライブ前の緊張感…………
これはいつでも変わんないわね……
さぁ~~……
沸かせるわよォ~~」
ライブ衣装に身を包んだ遥が出番を前に高揚している。
【ムッフッフ……
小生も気合入りまくリングで御座るぞぉッ!
はるはるぅっ!】
いくら激ヤセしようともスミスはうっとおしい。
ガヤガヤ
ガヤガヤ
と、ブースの外が騒がしくなって来た。
客入れを始めたのか。
「さぁーっっ!
あと一時間で開演よーっ!
集まりなさーいっっ!」
マス枝さんから号令がかかる。
みんな集まって来た。
円陣を組む為との事。
と、言っても集まるのは外に出る連中。
メンバーで集まった竜河岸や竜。
遥とスミス。
僕とガレア。
あと暮葉とマス枝さんだ。
元や踊七さん。
他の裏方さんは参加しない。
けどかなりの人数になり、円陣も一つでは無く二つに跨る。
僕も一角に入り両肩を組む。
両側は共に竜。
ガレアは向かいに居る。
【言われるままにやったけどよ。
コレ何だ?】
【何か人間の儀式で円陣って言うんだってよ】
【エンジン?
何だそりゃ?
燃えそうだな】
【何か人間どもがこんな感じで丸くなって声上げるんだと。
そしたら気合が入るって主が言ってた】
【ふうん、そんなもんか。
人間のやる事ってのは時々よく解んねぇよな】
僕を挟んで両側の竜が話している。
【とりあえず声を出しゃ良いんだな。
じゃあ……】
あ、この竜。
合図が無いのに声を出そうとしている。
止めないと。
そんな事を思ったら意外なトコから制止が入る。
【オイお前。
勝手に声出したらダメなんだぞ。
人間が大勢でやる事ってのは合図がかかるからそれに合わせて声出さないと怒られるぞ】
【ん?
そうなのか。
わかった】
ガレアだ。
ガレアが他の竜を窘めている。
この前までコイツも勝手に声上げてたのに。
人間社会に慣れたもんだなあ。
「さーっ!
みんな円陣組んだわねーっっ!
スゥーッ…………」
マス枝さんが息を吸い込んだ。
「クレハドームツアーァァッッッ!!
ライフウィズドラゴンズ初日ィィィィッッッッ!!
気合入れて行くぞお前らァァァァァァッッッッ!」
オオオオオッッッ!
【ウオォォォォォォォ!!】
ビリビリビリビリ
人間はまだ大丈夫だが、竜の声はやはり大きい。
空気が震えて振動する。
「さぁっ!
みんなインカム付けて配置についてェェッ!」
マス枝さんからの号令。
【へえ、これが円陣か。
割と気持ちいいもんだな】
(こら、そろそろ行くぞ)
【へえい】
そう言ってメンバーの竜河岸は竜を連れて配置に向かう。
基本ライブ中で壇上に上がるのは竜だけで竜河岸は袖で見ているのだ。
竜河岸と竜がセットで働くのはピストン輸送の時だけだ。
そう言えば響さんが見当たらない。
何処に行ったんだろう?
「竜司、それに元くん。
踊七さんも」
そんな事を考えていたら、後ろから声がかかる。
響さんだ。
「あ、響さん。
何処に行ってたんですか?」
「電波超傍受で情報を集めてたのよ……
カリ……」
そう言いながら塩の結晶を齧っている。
「響のねーちゃん。
どないしたんや?」
「響さん、どうかしましたか?」
元と踊七さんも寄って来た。
「ええ……
ちょっとマズい事が起きたわ……
集めた情報の中にヤバい事を言ってるやつが居てね……」
響さんが言うには、電波超傍受で集めた情報の中にライブスタッフの家族情報を流したと言うものがあったらしい。
その話をしている連中はおそらく鼓室の連中と言っていた。
こいつらは特定人物の所在地・現在位置などを割り出す連中。
「…………こいつらはいつもに比べて容易かった。
それにしては割のいい仕事だったと言っていたわ……」
おそらく鼓室の連中は個人情報を流したりもするのだろう。
そして一番、僕が感じたこの情報のヤバい点はそれを流した先。
依頼人は恐ろしく低い声だったとの事。
ライブスタッフの家族情報が必要でしかも恐ろしく低い声となると思い当たる奴等は一つしかない。
刑戮連だ。
何故刑戮連がライブスタッフの家族関係を知りたがる?
考えろ。
刑戮連がスタッフの家族関係を知って何をする?
思いついた。
それは脅迫。
何らかの目的でスタッフの家族を誘拐。
脅迫したんだろう。
「……多分、そのスタッフを脅迫したんでしょうね……」
響さんも同じ見解だ。
「多分そうでしょうね。
それで依頼人の目的は?」
「十中八九そうやろ。
相手が何でそないな事したかって所がミソでしょうなあ」
踊七さんと元も同じだった。
「ごめんなさい……
私がスキル使った時の情報じゃ目的までは……」
これは電波超傍受の欠点。
あくまで収集できるのはスキル発動したタイミングのみ。
時間がズレると情報は入らないんだ。
「そうですか……
ならどうしましょう?」
「そうね……
確か竜司……
貴方達の出番は観客の移動と後半の国立競技場よね?」
「はい」
「本番も近いし、スタッフ全員取り調べてる時間は無い。
私と竜司は中の警戒。
元くんと踊七さんは外の警護を頼むわ」
ここに来て人員の少なさが露呈。
でもしょうがない。
今居る人数で何とかしないと。
「わかりました」
「了解です」
「おう、ええで。
ほなさっそく行きまっか踊さん」
「二人とも気を付けて」
「おう、ほなな」
そう言って元と踊七さんは去って行った。
「私達も行くわよ」
「はい。
ガレア、行くよ」
【ん?
どこか行くのか?】
「うん、ついてきて」
僕は左右キョロキョロと目を皿の様にして周りを警戒する。
キャァァァッァァァッァァァッッッ!!!
と、そこへ耳をつんざく大歓声が聞こえて来る。
その後ろで音楽も流れ始めてる。
遥の歌声も聞こえて来た。
この曲はPrologueだ。
ライブが始まったんだ。
ついに始まってしまった。
僕は暮葉を護らないと。
気が逸り、足早になる。
何だ?
一体何を狙っている?
僕は一層、警戒の目を強める。
見た所、誰も異常は無い。
「Oneッ!
Twoッ!
Threeッ!
Goォッ!」
遥の掛け声がスピーカー越しに聞こえて来る。
曲調がアップテンポに変化する。
曲はどんどん進んでいる。
まだ異常は無い。
わからない。
焦る気持ち。
「みんなーーっっ!
盛り上がってるーーっっ!?」
キャーーーーッッ!
ワーーーーーッッ!
遥のMCが始まった。
観客が声援で返答する。
曲が終わった。
まだ異常は見つからない。
「初めましてーーーっっ!
私の名前は夢野遥ーーーっっ!!
普段は名古屋でアイドルやってまーすッッッ!
良かったら応援してねーーっっ!」
ふと…………
ここで目端に移る違和感。
それはたくさんのモニターの前に座っている人物。
感じた違和感はその人の手に持たれている物。
マイナスドライバーとビデオテープ。
何で本番始まってるのにドライバーが必要なんだろう。
あのビデオテープは何だろう?
ライブで使うビデオかな?
何故か気になった。
「じゃあーこれから楽しんで行ってねーーっっ!
夢野遥でしたーーっ!
ありがとうございまーーすっっ!」
ワァァァァッァァァァァァッッ!
遥の出番が終わった。
ここから人間と竜がバックダンサーとして登場し、メインである暮葉も出て来る。
まだ異常は見当たらない。
とか思っていたら……
プルプル
さっきのモニター前の人物が震えている。
震えてビデオテープを前の機械に入れようとしている。
明らかに異常。
何故震えている?
♪♪ーーーッッ!!
と、思っていたら、音楽が流れ始める。
これは暮葉のFullaheadだ。
僕は震えてる人に歩み寄る。
声をかける為だ。
その人はテープを中に入れ、再生。
動画が映し出される。
「ようこそ…………
憎き竜と竜河岸よ……」
あれ?
何か動画の様子がおかしい。
恐ろしく低い声。
流れている動画は明らかにライブ映像などでは無い。
何処かの廃ビルで撮ったホームビデオの様相。
(お前らぁっ!?
一体何なんだぁっ!?
誰なんだよぉっ!?)
別の人の声も聞こえる。
「キョキョキョヒィィィッッ!
言われなくてももう撮ってるわぁん」
また別の声。
動画には二人しか映っていない。
となると撮影者の声だろうか。
この声も恐ろしく低く、そして笑い声が嫌悪感が沸く程かなり特徴的だ。
僕はライブと言う場に流れたその動画の異質さ・不気味さに呆然としてしまった。
いやいや。
どう考えてもおかしいだろ。
何でこんな動画を流しているんだ。
早く問い正さないと。
ベキィッ!
僕が動き出そうとした瞬間、音が聞こえた。
見ると、モニター前の人が操作盤にマイナスドライバーを突き立てている。
「ちょっとっ貴方っっ!
何やってるんですかっっ!」
グッッ
止める為、右肩をグッと持つ。
(邪魔をするなぁっっっ!)
ブウンッッ!
その人は右腕を振るい、僕の手を強引に引き剥がした。
だが依然として震えている。
(やらなきゃぁぁぁぁ……
やらなきゃならないんだぁぁぁぁぁ……)
ベキィッ!
操作盤破壊再開。
この人はもう正常では無い。
「響さんっ!
響さんっ!
発見しましたっ!
モニター前まで来てくださいっっ!」
僕はインカムで焦眉の急を告げた。
「……了解……
二秒で行く」
暮葉の歌声が聞こえたと思ったらすぐに止まった。
ザワザワ
ガヤガヤ
観客のどよめきも聞こえ始める。
みんな動画がおかしい事に気付いたんだ。
暮葉の声が止まったと言う事は暮葉も気付いたんだ。
「……感染……
乗法……」
え!?
マヌケな事に今気づいたんだ。
この動画に出ている連中は刑戮連だって。
映像を見ると竜を掴んでいるその男の左腕はドス黒い紫。
間違いない。
こいつは中田だ。
本当はこんな動画止めなきゃいけなかったんだけど新しい情報が山の様に押し寄せて冷静な判断が出来なかったんだ。
暮葉の声が止まった。
観客が騒めいている。
動画の異変に気付いた?
出演者は刑戮連。
動画内で争っている男は中田宏。
中田は竜とでもまともに闘り合える力を持っている?
(火炎…………………………
ウワァァァッァァァァァァァッァァッッッ!
ぼっっっ……
僕の右手がァァァァァッッッ!!)
更に押し寄せる新情報。
闘っている竜河岸の右手が無い。
刃物なんて何処に?
あ、中田の右腕が大きな刃になっている。
受憎ってあんな事まで出来るのか?
更に追加された情報が頭を巡る。
巡る。
巡る。
「この動画を見ている方々……
今まで竜河岸や竜の理不尽な蛮行に悩み、心を痛め、涙を流した事があるだろう……
何も手が出せず、抵抗する事も叶わない……
そんな憂き目に遭遇した事があるだろう……
何故我々人間が手が出せないのか……
それは竜と竜河岸には化け物じみた魔力と異能があったからだ……
だが、そんなものが扱えても全く無駄と言うのがお解り頂けたかと思う……
私は御覧の通り……
異能を使って襲い来る竜河岸と竜を圧倒したのだ……」
何か長々と中田が話している。
観客の声援も止まり場は虚しく、Fullaheadの音楽が流れているのみ。
暮葉の声も聞こえない。
僕も声を発する事が出来ない。
ただただ無言で動画を見つめていた。
異様な動画は進んで行く。
大刃が竜河岸の首に添えられた。
眼は虚ろ。
おそらく大量失血により、朦朧としているのだろう。
「……決して竜と竜河岸は強大では無い…………
その証拠を今からご覧頂く…………」
大刃と化した中田の右腕が微かに動く。
おいまさか。
やめろ。
やめろやめろやめろやめろぉぉぉぉっっっ!
心中ではこの動画のヤバさを身体全体に巡らせ、必死に動けと急くが全く動けない。
動く事が出来ない。
「竜司ィッッ!
何やってるのォッッ!
動画を早く止めなさいィッッッ!」
マス枝さんの怒号が聞こえて来る。
はっっ!?
ようやく我に返った瞬間……
ドコォォォォォォンッッッ!
巨大な衝撃音と真っすぐ縦にモニター機械が割れた。
まさに真っ二つ。
ようやく冷静になった僕が見たものは響さん。
おそらく踵落としでモニター機械を割ったのだ。
当然モニターは真っ暗。
「竜司、状況を説明しなさい」
凛と立つ響さんがくるりと振り返り、状況の説明を求めている。
「は…………
はい……
モニター前に居た人が震えながら……
ビデオテープを機械に入れて……
そしたら……
さっきの動画が流れ始めて……」
「なるほどね……
そのモニター前に居た人というのは何処かしら」
僕は指差す方向には腰を抜かしている男性。
震えている。
「ちょっとぉっっっ!!?
どうなってるのよぉっっ!!?
今日がどれだけ大事な日か解っているのォォッッ!!?」
「わっっ!?」
マス枝さんが狼狽えて詰め寄って来る。
その剣幕に驚き、釈明できない。
「落ち着いて下さいマス枝さん。
これはテロリストの仕業です。
我々が事態の収拾にかかります」
「何言ってるのよォォッッ!
警護警護って言って結局台無しにされてるじゃ無いのよぉォォッッ!」
この取り乱し様。
どれだけこのドームツアーに懸けていたかが解る。
「我々はSP。
犯罪の未然防止に関しては職務外。
事後でないと動けません。
何度も申し上げますが事態の収拾は我々が行います。
暮葉さんの身は全力でお守りしますので」
取り乱しているマス枝さんを前に冷静な響さん。
多分今までも同じ様に詰め寄られた事があったんだろうな。
そうだっっ!?
暮葉っっ!
暮葉は大丈夫かっっ!?
僕は駆け出そうとした…………
が…………
「待ちなさい竜司」
「ぐえっ」
後ろ襟首を響さんに持たれて、首が締まる。
「なっ……
なんですかっ……?
ゴホッ……
響さんっ……」
「今貴方、何しに行こうとしていたの?」
「ええっ?
くっ……
暮葉の側へっ……」
「観客が居る事を考えなさい。
ステージの昇降機を使って回収するのよ。
あと暮葉さんはインカム付けている?」
「は……
はい……
そのはずです……」
それを聞いた響さんが即インカムで号令。
「暮葉さん、聞こえる?
こちらで機材トラブルが起きました。
一度仕切り直しますのでこちらへ戻って来て下さい。
昇降機の枠で待機をお願いします」
「………………はい……
わかりました……」
ぽつりと聞こえた暮葉の声。
明らかに元気が無い。
「スタッフの方々ッッ!
今聞いた通りですっっ!
昇降機で暮葉さんの回収をお願いしますっっ!」
(は…………
はいっ!)
呆然としていたスタッフ達が響さんの声で動き出す。
まだ響さんは止まらない。
「ライブの球場内アナウンスは誰がやっているの?
誰か知ってる人、教えてくれないかしら?」
(そ……
それはウチらのスタッフが別場所からアナウンスしてます……)
「そのスタッフもインカムは付けているわよね?」
(はい)
「アナウンススタッフの方?
アナウンススタッフの方?
球場内にアナウンスして欲しい事があります。
応答して下さい」
(はい……
こちらアナウンスルーム……
い……
一体何が……?)
「詳しい説明は後で。
ひとまず球場内に機材トラブルの為ライブ一時中断する事を伝えて欲しいの」
(はいわかりました)
---
本日はクレハドームツアー ライフウィズドラゴンズにお越し頂き誠にありがとう御座います。
ただいま機材トラブルの為、ライブを一時中断しております。
ご迷惑をおかけしますが今しばらくお待ち下さい。
---
インカムを切った途端にアナウンスが流れた。
響さんもプロなら、このアナウンサーさんもプロだ。
ただただ感心するばかり。
「とりあえず……
これで少しは時間が稼げるでしょう。
暮葉さんが戻って来るまでに竜司……
ビデオの内容を教えなさい」
「え……?」
正直固まった。
あの気持ち悪いビデオの内容を思い出さないといけないからだ。
「え……?
じゃないでしょ?
私は壊す寸前の画しか見ていないの。
今は少しでも情報が欲しいの。
貴方が十四歳だからと言って甘やかしはしないわ」
さすが響さん。
職務に忠実だ。
不登校の中学生だからと言って容赦が無い。
僕は記憶の中から動画内容を呼び起こす。
まず……
中田の右腕が刃と化していた事。
竜河岸のスキルは炎系の攻性スキルだった事。
炎にも一切躊躇なく中田は向かってきた事。
だが、炎に焼かれた時に最初行った事は窓の破壊だった事。
式は竜にも有効だった事。
それらを話した。
「なるほど…………
受憎と言うのは硬質化も出来るみたいね………………
くそっ……」
響さんが悔しそうに歯噛みしている。
一体何故だろう。
「響さん、どうしたんですか?」
「いや…………
今の話を聞いてるとね……
鞭子のスキルが一番有効だと思って…………
応援に来てくれたらこちらが有利になるのにって……」
確か飴村さんのスキルは置換だったっけ?
何でそれが有効なのだろう。
「???
何か要領を得ないんですけど……
今の話で何故飴村さんが出て来るんです?」
「竜司……
貴方、何故中田が窓を破壊したと思う?」
「え?
それは左腕の炎を消すのが目的じゃないんですか?」
「まあ普通はそう思うわよね。
でも私は違う見解。
多分中田がしたのは換気よ」
「換気……
ですか?」
まだこの時の僕はピンと来て無かった。
何故中田が空気の入れ替えをするんだろう?
そんなマヌケな考えが過っていた。
「そう、多分炎の燃焼が進んで室内の酸素減少に伴う意識の寸断を防ぐ為よ。
化物じみている刑戮連の連中も生物と言う事ね」
なるほど。
ここで合点がいった。
何故炎で焼かれても平然としていた中田が一目散に窓を破壊したのか。
何となく映像的に違和感を感じていたのがこれで払拭された。
そして飴村さんのスキルが有効なのは指定範囲の酸素濃度を自在に変えられるからだろう。
もしかして式使いの天敵は飴村さんなのかも知れない。
「確かに……
気体操作のスキルなんかも有効かも知れませんね」
「そうね。
特殊交通警ら隊には居ないけど。
貴方、知り合いで居ないの?」
考えてみたけど思い当たらない。
「すいません……
僕も居ないです……
でもこの動画を流すのが目的だとしたら……
中田は一体何がしたかったんでしょうか?」
「多分動画で主張していた反竜思想の流布ね。
中田は竜と竜河岸が恨気の元らしいからそれだけ竜と竜河岸が憎いって事ね」
「でもあんな動画を流したからといって思想が伝播するものなんでしょうか?」
これは嘘だ。
僕はおぼろげながら解っていた。
あの動画の影響を。
それは途中で止まったあの動画の続きを解っていたから。
響さんが機器を破壊して再生を止めた。
動きに一切の躊躇いが無かった。
それほどヤバい動画だったんだ。
余り考えたくは無いが…………
あの…………
竜河岸は…………
死んでいる。
「……………………それは私が止めたからよ…………
あれはスナッフフィルム…………
心の弱い人間なら精神的外傷を植え付けかねないもの……」
スナッフフィルム。
聞いた事がある。
僕は見た事は無いが殺人を娯楽目的で撮影した動画の事だ。
「なるほど……
だから機械ごと壊すのに躊躇が無かったんですね」
「かなり際どい所だったけどね…………
直接的な映像は流れてないけど、あの後どうなったかは容易に想像できる所まではは流れたから……」
響さんの言っているあの後というのは竜河岸がどうなったかと言う点。
詳しくは言わないけどやはりあの竜河岸は死んだと言う事だ。
人の悪意の底知れなさに理解が追い付かず反吐が出そうになる。
狂っているとしか言いようのない所業。
そこで僕の脳裏に気になる点が一つ浮上する。
「竜は…………
大丈夫なんでしょうか?」
「それはわからないわ……
あの竜河岸と竜の関係も知らないし……
私が破壊した後だから……」
竜は死ぬ時、風化すると言われている。
これはガレアからの証言だ。
中田が竜を殺したのであれば風化する所を見たのであろうか?
わからない。
しかしあんな動画を見せたからと言って人の心が変わるのだろうか。
いくら残酷と言ってもたかが動画。
人の心に影響があるのだろうか。
そんな事を考えていると動画の影響をモロに受けた人がやってきた。
「暮葉ァァァッッ!?
どうしたのォォッッ!!?」
マス枝さんの驚嘆。
暮葉を回収出来たんだ。
その姿を目の当たりにして言葉が出なかった。
肩から白いタオルをかけられて顔面蒼白。
ガタガタと大きく震えている。
まだライブらしいライブをまだ披露していないのに関わらず。
あまりにやつれた姿に呆然としていた僕はようやく我に返る。
「暮葉っっ!!?」
ダダッ
駆け寄る僕。
こんな姿に暮葉が変貌するのには覚えがある。
それは血。
大量の血を見ると狼狽してしまうんだ。
これはドラゴンエラーでの原初還りが原因。
先の動画で血が出ただろうか?
あ、あの竜河岸が右手を切断された時。
確かに血が噴き出ていた。
だがすぐに転げ回った為、画的にはそんなに赤くはなかった。
あの映像よりかはハンニバル戦の時の僕の方がもっと出血していた。
しかもそれを間近で見たんだ。
何故こんなにも変貌してしまったのか。
「り…………
竜司…………」
僕に気付いた暮葉。
だが表情は晴れない。
ガクンッッ……
両膝から崩れ落ちる暮葉。
「暮葉ッッ!?」
僕は咄嗟に抱き止める。
だらんと僕の身体に身を預ける暮葉。
ライブが始まる前の意気込みは見る影も無い。
ガタガタガタガタ
依然として震えている。
「り………………
竜司………………
あの人は…………
どうなっちゃったの…………?」
ポツリポツリと話す暮葉。
この問いでおぼろげながら何故ここまで変貌してしまったのか解った気がした。
多分暮葉はあの竜河岸がどうなったか気付いている。
人間社会に馴染み過ぎたせいだろう。
人間文化や感情など触れ、慣れた結果。
あのタイミングで途切れてもその先がどうなったか予想できたんだ。
この場合どう言う声をかければ正解なんだろう。
この場合どう言う行動をとるのが正解なんだろう。
ギュッッ
僕は静かに力強く。
暮葉を抱きしめた。
「暮葉………………
君がした訳じゃない…………」
いやいやいやいや。
何を考えているんだ僕は。
何を小賢しく。
ちょこざいな事を考えていたんだ。
何が正解とかそんなのどうでも良いだろ。
今、僕がしないといけないのは暮葉を一刻も早くライブ前のテンションに戻す事だ。
「あの人……
あの人…………
とても苦しそうだった……」
ステージのモニターは超巨大。
途中で寸断されたとは言え、殺人ショーの片鱗を見せられたのだ。
こうなっても仕方のない話なのかも知れない。
けど…………
僕は…………
「暮葉…………
今から僕の言う事を聞いて欲しい……
少し酷い事を言うかも知れないけど…………」
肩口にある暮葉の顔が無言で頷く。
「君はアイドル…………
みんなにポジティブな陽の空気を振り撒く存在なんだ……
ここにいる人達みんな…………
君が出す陽の空気を期待してる…………
君は…………
それに応えないといけないと…………
僕は…………
思う…………
誰も落ち込んだ暮葉なんて見たくないから…………
安心して…………
僕は絶対に死なない……
ずっと君の隣に居るから…………
君の側で素敵に輝く君を見てるから…………
約束する…………
だから…………
立って…………
奮い立って…………
欲しい」
僕は思いの丈を吐き出した。
聞いた暮葉は無言。
やがて…………
グイッ
力強く僕から離れる暮葉。
顔から先の沈んた表情が色を潜めていた。
「うん…………
そうだよね…………
私はアイドルなんだもんね……
私……
頑張るッッ!」
勢いよく立ち上がる暮葉。
「フフ…………
竜司、それなりに立派な恋人してるじゃないの」
後ろから響さん。
「からかわないで下さいよ」
「さて……
メンバーの竜河岸と竜の人達、集まってッッ!」
響さんが声を上げる。
側に寄って来る竜河岸と竜、総勢三十名。
「皆さんっっ!
予定を少し繰り上げて国立競技場への輸送配置を敷きますっっ!」
響さんからの指令。
これに咬み付いたのはマス枝さん。
「ちょっと待ちなさいィィッッ!
何勝手に指示してるのよっ!
二会場で一つのライブを行うのも目玉の一つなのよォォッッ!」
勝手にした指示した事に物言い。
マス枝さんの言い分も解る。
だけど、響さんも何の考えも無しに言っている訳では無かった。
「マス枝さん、落ち着いて下さい。
我々のすべき事はまずクレハさんの安全と観客の無事です。
相手は人の命を奪う事に何の躊躇も無いテロリストです。
もしドームに賊が侵入していて暴れまわり、観客に怪我でも負わせたら賠償責任だけじゃ済みませんよ。
クレハさんのアイドル生命に傷がつく可能性もあります」
さすが響さん。
緊急事態にも冷静で理路整然としている。
「でっっ……
でもっっ…………
目玉がっっ……」
かたや冷静さを失っているのはマス枝さん。
長い期間準備をしていたドームツアーの初日から壊されたのだ。
当然ではある。
「このライブはツアー。
ここから先、何日も続いて行くんです。
ここで手をこまねいてツアー自体中止せざるを得なくなったらどうするんですか?」
「…………わかったわ…………
貴方の言う通りね……
それでお願い」
「ありがとうございます。
さぁっみんな今聞いた通りよっっ!
即配置についてっっ!
インカムからの指示を注意する様にっっ!」
(はいっっ!
行くぞっっ!)
蜘蛛の子を散らす様に配置につく竜河岸と竜。
「みんないい?
これはあくまでも念の為の措置です。
このまま何事も無くライブが再開されれば、即座に戻って来て」
さっそくインカムで指示を送る響さん。
(了解)
(了解です)
全員応答があった。
あれ?
僕はどうしよう。
僕も輸送を担当してるんだけど。
でも暮葉の側から離れる訳にもいかないし。
「すいません、響さん」
僕は確認しようとした。
その時…………
「ちょっとちょっとどうしたの?
一体全体何があったのよ」
【はるはるぅ~~
待って下されェ~~】
遥と激ヤセ竜の声がする。
そうだ、この人達が居た。
「ね……
ねえスミス…………
今日って五大大牙……
持って来てる?」
【ん?
竜司氏、愚問ですな。
小生とはるはる。
そして五大大牙は常に一心同体。
今も亜空間に格納してますしおすし】
物凄くうっとおしい。
が、遥なら戦力になる。
「ねえ遥さん?」
「ちょっと何で暮葉は歌って無いのよ。
竜司お兄たん」
「それには訳がありまして……
実は……」
現在、刑戮連なるテロリスト集団に暮葉のライブが狙われている事。
スタッフの一人を脅迫してスナッフフィルムを流された事。
テロリストは式なる異能を使う事。
そこら辺の事情を掻い摘んで話した。
「………………と言う事でして……」
「…………何それ……
かなりヤバい状態じゃ無いのよ……」
「ええ……
それで予定を繰り上げて、竜河岸と竜は既に輸送配置に付いています。
多分国立競技場を避難場所として使おうと考えているのかと……」
「…………それが賢明ね。
もし観客に怪我でも負わせたら大変だもの」
遥は理解が速かった。
さすが四十二歳。
「ええ……
それでお願いしたい事がありまして。
僕も輸送を任されてるんで……
ここを離れないといけないんです。
ですので……」
「みなまで言わなくて良いわっ!
その間、暮葉を護ってって言うんでしょっ!?」
「は……
はい、その通りです」
「私も初めて歌ったドームライブが滅茶苦茶にされて黙ってられないものっ!
スミスッッ!
五大大牙の準備しといてっ!」
【仰せのままに】
スミスが亜空間から大きなリュックを取り出し、背負う。
「ま……
まだ戦闘になるとは限りませんから……
とりあえず警護をお願いします」
「了解っっ!」
元気な返答。
この人これで四十二なんだよなあ。
「あ、響さん。
僕も輸送配置ポイントに行きます」
「暮葉さんはどうするのよ?」
「それに関しては遥さんに任せます」
「あの子、闘えるの?」
「それに関しては問題無いです」
「…………貴方がそう言うなら多分そうなんでしょうけど…………
本当に竜河岸って不思議よね……」
多分、響さんは遥の本当の年齢を知らない。
この人、四十二ですから。
僕や響さんよりも年上ですから。
「じゃ……
じゃあ僕はポイントへ移動します」
「竜司、インカムの指示には注意してね」
「わかってます。
ガレア、行くよ」
【ん?
何だ?
移動か?】
「そうだよ。
ガレアの亜空間を使うからそのつもりで。
出口は何日か前に行った屋根の無い広いトコだよ」
【おーっ
あの俺が飛ぶ所だな?】
「うん、亜空間を出すタイミングは後で言うから」
【わかった】
この前、下見で国立競技場行っといて良かった。
ガレアも自分が出る所だから印象も強かったのだろう。
やがてポイントに到着。
(お?
やっと来た)
先に来ていた竜河岸の方が話しかけて来る。
「はい、遅れてすみません」
その男性は年齢的に言うと十八~ニ十歳ぐらい。
明るい金髪で逆立っている。
痩せ型でスラッとしたその雰囲気はどことなく飄々とした雰囲気がある。
(まー何か見た感じ?
緊急?
みたいな?
袖から見てたけど、アレ明らかにヤバ気な動画っしょ?
何でライブであんな映像流すんだっつー)
「はい……
多分別の物に差し替えられたんだと……」
(ゲッッ。
マジで?
何でそんな事すんの?
訳わかんなくね?
まーいいや。そう言うややこしい事は上の連中が良い様にするじゃんね?
俺達下っ端は言われた事をやるだけってな。
俺の名前はジュンペイ。
ジュンって呼んでくれよ)
やたら疑問符が多い人だな。
口調的にタエさんの雰囲気。
都内の若者って皆こんな感じなのだろうか。
「僕は皇竜司と言います。
よろしくお願いします」
(竜司?
何かアニメの主人公みてーな名前じゃん。
イカス)
「あ……
いえ……
そんな」
ザワザワ
ガヤガヤ
観客がにわかに騒ぎ出した。
何の音楽もかけられてない中、照明も落とされている今の状態。
そろそろ繋ぎ止めておくのも限界では無いだろうか。
「響さ……」
(こちら十一番外野ポイント。
そろそろ観客が騒ぎ出してます)
(こちら二十四番アリーナポイント。
こちらも同じです。
観客がざわつき始めてます)
「こちら四十番二階席ポイント。
こちらの観客も同様です。
何らかの手を打った方が良いと思います」
この四十番というのは僕とジュンさんが居るポイント。
(おーおーリュウよ。
仕事熱心だなお前)
ジュンさんが飄々と話しかけてくる。
リュウって僕の事だろうか。
【オイジュンゥ~~……
おりゃあ踊れんのかァ~?
この日に合わせていっぱい練習したんだよォ~~】
すると側に居た竜がジュンさんに話しかけている。
渋柿の様な鱗をしている。
だがそれよりも独特な喋り方。
どっかで見た事あるぞ。
どこだったかな……
確か物凄く古いTVドラマだ。
「そんな事、俺に言われてもわかんねぇよゴローさん」
ゴローさん?
これがこの竜の名前だろうか。
ん?
ゴロー?
あ、思い出した。
北の国からだ。
北の国からの主人公、黒板五郎と同じ様な喋り方をしている。
俳優が独特な人だったから喋るとすぐに解る。
確か五郎の息子がジュンだったはず。
この口調だからゴローなのか。
ゴローと命名したからこの口調になったのか。
全くもって竜と言うのは不思議だ。
「こちらで何らかの手を打ちます。
観客から説明を求められたら機材トラブルで押し通して」
(了解)
(了解)
「了解です」
---
ご来場の皆様。
ただいま機材の復旧に全力を務めておりますので、今しばらくお待ち下さいませ。
---
場内アナウンスが流れた。
特に指示は飛んでいない。
おそらくインカムのやり取りを聞いていたアナウンサーのアドリブだろう。
ザワザワ
ガヤガヤ
が、観客のざわめきは止まらない。
何か音楽でも流して落ち着かせた方が良いんじゃないのか?
そんな事を考えていた時…………
場に変化が起きる。
パッ
薄暗かった球場内に小さな明かりが一つ灯る。
それは二階席から見ると本当に小さな明かり。
位置はステージ中央付近。
ザワ……
ザワ……
観客も気付いた様だ。
すこしざわつきが小さくなる。
誰か出て来て機材の調整でもしてるのかな?
僕はそんな事を考えていた。
が…………
それは…………
そんなものでは無い。
もっと悍ましいものだった。
初めの違和感はその灯り。
全く動かないのだ。
定点に止まり、ピクリとも動かない。
「ガレア、ちょっと」
【ん?
何だ?
竜司】
ピトッ
ガレアの鱗に手を添え、魔力補給。
魔力注入を使う為だ。
今回は視力強化だけなので、極々少量。
保持
どんなに少量でも体内に入れる時はきちんと三則を使わないと。
集中
両眼に魔力を集中。
発動はどうしよう。
使うと効果が爆発的に上がるけど。
発動
ドルン
ドルドルン
結局使った僕。
エンジン音はいつもに比べておとなしめ。
意識の違いで発動音も変わるんだな。
また一つ勉強になった。
「ん……?
あれは……」
魔力注入を使用した僕の両眼に映ったのは人。
明かりはその人が懐中電灯を点けている様だ。
周りが暗い為、誰が何しに来たかイマイチ解らない。
白っぽい衣服を着ているのは解ったが。
この人が立っているのはメインステージから伸びる縦花道上。
おや?
その人物がゆっくり歩き出した。
あの歩き方はモデルウォークだ。
この段階で解る。
あの人はスタッフじゃない。
しかも…………
モデルウォークではあるのだが…………
何か汚い。
いや、下品。
見ていても全く気持ち良くなれない物凄く下品でゴテゴテした汚らしいモデルウォーク。
何だ?
何だあの人は?
ザワ……
どんどん観客のざわめきが沈静化していく。
ステージに動きがあったからだ。
(こちら四十一番二階席ポイント。
誰かステージに出ていますが何かの演出でしょうか?)
(こちら二十番アリーナポイント。
誰か花道に立っています。
ライブは再開されたのでしょうか?)
(こちら三十番バルコニーポイント。
こちらでも確認出来てます。
あれは一体誰でしょうか?)
インカムでもみんな口々に異変を報告。
(あれ?
何か?
出て来てね?
あれ誰よ?)
ジュンさんも視認できた。
あれは一体誰なんだ?
その答えが今明らかになる。
悍ましい証明と共に。
それはチラリと見えたその人物の左脚。
全容は視認できなかったが下に向けた懐中電灯の明かりが照らしたソレは…………
ドス黒い紫。
ビクゥッ!
全身が総毛立つ。
アイツは…………
刑戮連の…………
曽根嫉実。
僕の脳裏に過ったのは前の泥の取り調べ。
曽根は左脚。
左太腿の真ん中から下。
式を会得した者の欠損部位。
それと符合した。
ほぼ間違いない。
「響さぁぁんッッッッ!
出ましたァァァァッッ!
刑戮連、曽根嫉実ですゥゥゥッッッ!」
僕はインカムで叫ぶ。
緊急事態を告げる為に。
「キョキョキョキョヒキョヒキョヒキョヒキョヒィィィィィィィッッッッ!!!」
曽根が海老反りながら笑い叫ぶ。
その声は気持ち悪い。
それ以外に形容し難い声だった。
何故遠く離れている曽根の声が聞こえたのか?
それもそのはず。
観客のざわめきはいつの間にかピタリと止んでいたのだ。
みんながみんなこの急に降って湧いた狂人に呑み込まれていた…………
「各員ッッ!
観客の輸送を始めてッッ!
中央に居る人物は危険ッッ!
繰り返すッッ!
各員ッッ!
観客の輸送を始めなさいッッ!」
勘解由小路響。
この人を除いては。
(り……
了解)
(了解)
「了解しました。
みなさーんっっ!
ライブスタッフです!
会場を変更します!
近くの方は荷物を持ってこちらの入口まで来て下さいっっ!
この説明を聞いた人は隣に伝えて下さい!」
(確かにありゃヤバそうだ……
ゴローさん、亜空間の準備を)
【そりゃぁ~
良いんだけどよォ~~
おりゃあ踊れんのかァ~?
踊れんのかよォ~?】
あーあー♪
あああああーあー♪
僕の頭の中で北の国からのテーマソングが流れる。
緊迫感が無いなあ。
「ガレア、亜空間出して。
入口大きめのやつ」
【わかった】
僕らの後ろに二つの亜空間入口が現れる。
ドーム出入口をスッポリ塞いでしまう。
(あの~~……?
移動って何処に……?)
手荷物を持った女性二人組が話しかけて来る。
「はい!
今から竜の不思議な力で貴方達を別会場へお連れします。
行先は国立競技場。
僕の後ろにある穴に入って下さい。
すぐに出口がありますからそこから出て現地のスタッフにチケットを見せてご自身の席でお待ち下さい」
この説明は事前の打ち合わせ通り。
(え…………?
穴って後ろの何か薄暗い穴……?
だ……
大丈夫なんですか……?)
竜の不思議な力を目の当たりにして、物怖じしている。
急に言われて信用しろと言うのが無理な話だ。
と、そこへ…………
(おっ?
これが竜の亜空間ってやつか?
潜んの初めてだぜ!)
(あっくぅ~ん、知ってんのぉ~?)
助け船。
名も知らないカップル。
彼氏側が竜の亜空間を知っていた。
「ご存じなんですか?」
(あぁ、ツレに竜河岸のやつが居てな。
よく亜空間を使って移動してるんだよ。
羨ましいって思ってたんだ。
これ中に入ったら良いんだよな?)
「はい。
すぐに出口がありますのでスタッフにチケットを見せて案内を受けて下さい」
(わかった。
さあ行こうぜエリコ)
(あっくんがそう言うならぁ~)
そのカップルは中に入って行った。
(おんもしれーっ!
宇宙空間に居るみたいだ!)
中で叫んでいる。
「中にあるものは触れないで下さいよーーっっ!
ヘンな事になりますのでーーっ!」
(わかったーっ!)
中から声がする。
(だ…………
大丈夫なのかしら……?)
先程物怖じしていた女性たちの態度が変わった。
「ええ、ご安心ください。
一瞬で貴方達を遠く離れた場所までお連れしますので」
僕は精一杯の笑顔で応答。
(じゃ……
じゃあ……)
そういって恐る恐る亜空間内に消えて行った。
ここまで進めば後は芋づる式。
どんどん我も我もとみんな亜空間に入って行く。
よし、流れが出来た。
あっそうだっ!?
曽根はどうなったっっ!?
「皆さんっ!
列を崩さない様にそのまま進んでもらって結構ですのでよろしくお願いします!
ジュンさん、ちょっとこの場をお願いできますか?」
(ん?
別にイイけど?
トイレか?)
「まあそんなとこです」
僕は列の脇を遡り、見晴らしの良い所まで走る。
「ちょ……
ちょっとすいません……」
列を横切る。
ステージが見えた。
その光景は先と一変していた。
まず照明が灯っている。
灯って花道、センターステージを照らしている。
そこに小さく響さんと遥が既に戦闘を始めていた。
(うわ…………
何あれ……
何かヘンじゃね……?)
ザワザワ
周りの観客も気付いて、にわかに騒ぎ出す。
「皆さん!
今行っている移動は避難も兼ねています!
このまま列を進んで別場所へ移動すれば問題ありませんので!」
僕は叫んだ。
(避難って……
何でライブで避難すんだよ……)
ぼそりと観客の呟きが耳に入る。
まあごもっとも。
だがその人も列を乱そうとする訳では無く、滞りなく移動は進んで行く。
ガキィンッ
小さく金属音。
逢鬼が刻(遥の大剣)が受憎腕とぶつかったんだ。
遥は既に絢爛武踏祭を発動していた。
確かあのスキルは絶対防衛線って言う防御があった。
参照:第七十六話。
響さんは相変わらずの素早さ。
魔力注入を使っているのだろう。
足元に散らばっている気持ち悪い受憎腕の残骸が戦闘の激しさを物語っている。
「響さん、観客の輸送は進んでいます。
終わり次第、僕も参戦しますのでもう少し持ち応えて下さい」
インカムで現状を報告。
「了解ィッッ!」
荒々しい響さんからの返答。
今は何とか観客に被害が出ていないみたいだが、何せ相手は式使い。
こんな事で終わるはずが無い。
今二人がしている事はあくまでも応戦。
相手を沈黙させる動きでは無い。
あっそうだっ!
元と踊七さんはっ!?
今までインカムで全く姿を現さなかったけどどうしたんだろう?
「元ッッ!
先輩ッッ!
応答して下さいっっ!
刑戮連ですっっ!
奴等が出ましたっっ!」
「…………竜司…………
こっちも出た…………
今から戦闘に入る…………
生順破棄…………
伊斯許理度売命……」
踊七さんがスキル、五行魔法を発動した。
と、言う事は出たんだ。
刑戮連が。
■伊斯許理度売命
踊七が魔法で創作したスキル五行魔法の第四顕現。
金行を司る。
日矛鏡と呼ばれる銅矛を生成する。
参照:百三十九~百四十七話。
加勢は期待出来ない。
出たのはどっちだ。
渇木か?
中田か?
ガガガガガァンッッッ!
遠くで衝撃音。
金属を力任せでぶっ叩く様な音だ。
見ると遥の周りを目にも止まらぬ速さで武器が周回。
あらゆる方向から迫り来る受憎腕を防いでいる。
使った量が少ないとはいえ三則を使用した魔力注入で視認が困難なスピードだぞ。
どれだけ鉄壁なんだ絶対防衛線。
もしかして防御だけならヒビキの氷壁に匹敵するかも知れない。
参照:閑話第四章 四時間目。
僕は依然としてポイントを動く事が出来ない。
何せ総勢六万人の移動。
すぐには完了しない。
早くっっ!
早く移動終われ!
あぁっ!
もどかしいっ!
あっっ!?
動きがあったっっ!
ヤバい!
響さんが受憎腕に足を掴まれたッッッ!?
ブゥゥゥンッッ!
ギュンッ!
ギュンギュンギュンギュンッッッ!!
曽根は大きく響さんを振り回す。
グングン回転速度を増す。
そして…………
巨大モニター目掛けて投げつけた。
ダメだ!
ぶつかる!
その時だった。
「ダメーーーーーーーーーーッッッッッ!!」
聞き覚えのある声がドーム中に響き渡る。
マイクを通していないのに物凄い声量。
遠く離れていても認識できる程。
その声の主は………………
暮葉だった。
ガァァァァッァァァァンッッ!
大きな衝撃音が更に響く。
響さんがモニターに叩き付けられたのだ。
いや…………
違う。
暮葉が身を挺して庇ったから暮葉ごとだ。
もしかして……
暮葉は戦うつもりなのだろうか……?
新宿で言っていた。
次に言ってる敵と言うのが来たら私も戦うと。
響さんはもう起き上がっている。
暮葉が庇ったからダメージは無かったんだ。
続いて暮葉も起き上がる。
ここまで響いて来る程の衝撃音だったのに。
このタフさは竜だからだろうか。
何か響さんが暮葉に詰め寄って両肩を押してる。
避難させようとしているのだろう。
だけど、その腕を振り払い顔をぶんぶん振った。
おそらく拒否してるのだろう。
何やら言い争っている様にも見える。
(おっ!?
あれクレハじゃねっっ!?)
しまった。
観客が気付き始めた。
(クレハだっっ!
クレハが何かヘンな奴とケンカしてるぞっっ!?
ガンバレーーッッ!)
列が乱れて観客が押し寄せる。
特撮を見てる無邪気な子供の様に応援している。
どうしよう。
「皆さんッッッ!
今、暮葉は皆さんの為にテロリストと必死に闘っています!
相手は人殺しも厭わない危険な連中ですっっ!!
貴方達が今出来る事は一刻も早く安全な場所に避難する事です!!」
僕は必死に大声で叫んだ。
テロリストと言う情報を出していいか迷ったが、ここで輸送が滞ると色々マズくなると判断した。
(お……
おぉ……
そうだな……
みんな、早く移動しようぜ)
(う……
うん……)
僕の必死さが伝わったのか。
列は元通りになり、輸送は再開された。
みんな亜空間を潜る。
良かった。
だけどまだ完了しない。
僕は指を咥えて見てるだけしか出来ない。
あっ!?
暮葉の蹴りが当たった!
いいぞっ!
頑張れ!
僕は立場上大っぴらに応援する事が出来ない。
心の中で念じる事しか出来ない。
頑張れと。
頑張れ暮葉と。
あぁっ!?
暮葉が殴られたっ!?
けど大丈夫ッッ!
遥がフォローしたッッ!
全く響さんは何をやってるんだっっ!
ギュッッ!
僕はこの場から動けない事への焦りと苛立ちで勝手な事を想い、強く手すりを握る。
早く。
早く駆け付けたい。
暮葉の元へ駆け付けたい。
(おい、リュウよー。
そろそろ終わり見えて来た?
みたいな?
感じなんだけどー終わったら俺らどーすんの?)
え?
そんなに進んだのか?
僕は慌てて振り向く。
本当に列はスムーズに進んでおり、残す所あと十人足らずと言った所まで進んでいる。
この場から視認出来る各ポイントを見ても、概ね同じ様な状況。
これは各竜河岸達が一丸となって観客輸送に勤めた事と響さん、遥、暮葉が必死に曽根を喰い止めていた賜物だ。
(ん?
リュウよ?
どした?)
僕は思ってた以上にスムーズに進んだ作業に驚き、呆気に取られていた。
「あ……
あぁ。
いえ……
何でも。
そうですね……
今、響さんはこちらに指示を送れないですし……」
(オトサン?
誰よソレ?
あーそのまま進んでもらって大丈夫でーす。
向こうでスタッフの案内受けて下さーい)
本当に疑問符が多いな。
僕に問いながら観客に指示もしている。
何でもソツ無くこなす人なんだろうな。
「響さんは僕らに指示をした女性ですよ」
(あー、あのスラッとしたネーちゃん!)
どうやら認識したみたいだ。
でもどうしよう。
僕らで判断するしかない。
多分響さんの考えでは東京ドームは破棄。
ライブは国立競技場のみで行うと考えているはずだ。
となると、ここにジュンさんらが残ってても意味が無い。
「多分、最後の人が向こうに行ったらジュンさんらも向こうに行って大丈夫だと思います」
(まぁ?
確かに?
俺らがここに残ってても?
意味が無いんじゃね?
みたいな?)
「はい、僕から指示を出します…………
マス枝さん!
竜司です!
応答して下さい!」
僕はインカムで呼びかける。
「竜司、どうしたの?」
「そちらの状況はどうですか?」
「ライブスタッフの撤収準備はほぼ完了してるわ」
やはりマス枝さんも東京ドームでのライブは捨てるつもりだ。
「こちらももう少しで輸送完了します。
そちらも最寄りの亜空間から移動をお願いします」
「わかったわ。
さあ皆!
国立競技場へ行くわよ!」
(はい!!)
「各ポイントにおられる竜河岸の皆さん!
最後の一人を送り出したら各位国立競技場へ向かって下さい!」
(了解)
(了解!)
よし、これでOK。
こうしている内に最後の一人が中に入った。
(さーこれで一仕事完了?
みたいな?
そんじゃ俺達も行くべよ)
「あ…………
先に行ってて下さい」
(ん?
何だ?
わすれもん?)
「まあ、そんな所です」
(じゃー俺は先に行くわー
遅れんなよリュウ)
「はい」
こうしてジュンさんとゴローさんは亜空間に消えて行った。
「ガレア、ご苦労様。
さぁ、僕らはまだやる事があるよ」
【ん?
何だ?
ケンカか?】
「そうだよ。
僕らも真ん中のケンカに加わる!」
【ん?
何か真ん中でしてんな。
アルビノもケンカしてんじゃん。
珍しいな】
ピトッ
僕はガレアの鱗に手を添える。
魔力補給。
ドッックンドッックンドッックン。
大型魔力を三回注入。
少し多いと思うかも知れないけど、相手は式使い。
念には念をだ。
保持
ガガガガガシュガシュガシュガシュ
ガシュガシュガシュガシュ
ガガガガガシュガシュガシュガシュ
大量の魔力を体内に入れた為、いつもより念入りに保持をかける。
集中
まず全身に防御の為、魔力を張り巡らす。
続いて両脚に魔力を集中。
よし準備OK。
ガァンッッ!
ガガガァンッッ!
ドカァッッ!
金属にぶつかる音と、衝撃音が響いている。
今東京ドームは観客が全く居なくなって静寂がこの広い空間を包んでいる。
もうスタッフも移動したのだろうか。
「竜司ッッ!
スタッフの移動は完了したわっっ!」
インカムからマス枝さんの声が聞こえた。
よし、これで敵の材料になるものは無い。
戦闘に専念できる。
「了解しました…………
じゃあマス枝さんも……
危険だから……
一刻も早く避難を……」
僕はゆっくりと腰を落とす。
両脚に力を溜める。
目標はセンターステージにいる曽根の身体。
僕はこの距離から……
遠く離れた二階席から魔力注入発動させ、思い切り跳び蹴りを喰らわしてやる気だった。
そう言えば曽根って女性だったっけ?
まあどうでもいいか。
相手は式使い。
化物だ。
行くか。
「発動ォォォォォォッッ!!」
僕は気合を入れる為、あらん限りの力を込めて叫んだ。
ドルンッ!
ドルルンッッ!
ドルルルルンッッッ!
気合に呼応する様に体内でエンジン音が大きく鳴る。
内部で着火した様だ。
ガァァァァッァァァァンッッ!!
遥か後方で爆弾が爆発した様な音。
僕が思い切り蹴ったからだ。
身体は煌きと化し、一瞬で宙に発射。
かなり目標と距離はあったがすぐに到着しそうだ。
でもいまの音から察するに二階席付近はボロボロに壊れていないだろうか。
修繕費とか誰が持つのかな?
そんな事が頭を過ったと思うと、もう目標は目と鼻の先。
くるん
僕は素早く反転。
右脚を矢の様に目標へ向ける。
曽根は響さんと遥。
そして暮葉に夢中で僕に気付いていない。
僕は蹴りの体勢を維持しつつ、両手をクロスさせ頭を防御。
これは物凄い速度で動き回る受憎腕の群れへの対策。
流れ弾に被弾を警戒してだ。
着弾迄あと1.5秒。
「みんなァァァァァァァァッァァァッッッ!!
離れてェェェェェェェェェッッッッ!!」
ドコォォォォォォォォォォォォォォンッッッ!!!
僕の大きな叫び声とほぼ同時に曽根の左脇腹に僕の右脚が着弾。
身体がくの字に曲がっているのが解る。
ベキバキボキベキベキベキベキィィッッ!
右脚から身体に伝わる骨の折れた感触。
左側の肋骨を悉く折ったみたいだ。
充分距離を取り、両脚に込めた大量の魔力を三則で爆発。
更にほぼ不意打ちに近い攻撃。
曽根からしてみたらあらぬ方向から襲い掛かった巨大な衝撃。
身体を支えられる筈もなく、センターステージの床に圧し付けられる。
ボコォォォォォォンッッッ!
瞬間、床が衝撃で破損。
舞い散る破片。
だが僕の勢いはまだ止まらなかった。
ガガガガガガガガガガガガガァァッァァァァァッッッ!!!
地を掘削する轟音。
僕の勢いは留まらず、曽根ごと床を削りながら縦花道を遡って行った。
破片が大量に飛び散っている。
ドッカァァァァァァァッァァァァァァンッッッッ!!!
そのまま縦花道を遡り、メインステージを横切る。
ようやく超巨大モニターが設置されている壁に激突し停止した。
ひらり
僕は軽やかに曽根の身体から離れ、みんなの居るセンターステージまでジャンプ。
この距離をひとッ飛びだ。
まだ発動が有効だったらしい。
スタッ
振り返る。
両眼に僕が作った惨劇が映った。
真っすぐ破壊された道が続いている。
床板が完全に割れ、下の鉄板が剥き出し。
周りは破損した欠片が散らばる。
遠くメインステージではあまりの衝撃で固定点が一部外れ、超巨大モニターが傾いている。
センターステージはもっと酷い。
落下点は床板が完全に吹き飛び、下の鉄板はひしゃげ薄いすり鉢状になっていた。
ちょっとした岩石が空から落下した様。
しかし全開で三則を使用した大魔力注入の威力はここまでなのか。
全容はまるで戦闘機に爆撃された様になっている。
「竜司、輸送ご苦労様。
なかなかやるじゃない」
響さんが話しかけてきた。
この惨状を見て“なかなか”と言っているのだろうか。
いやいや“なかなか”所じゃないでしょ。
「竜司お兄たんッッッ!
今の一撃スッゴイ威力だったわね。
あれって何か新しいスキル?」
「いえ魔力注入です」
「あの技、まだ使ってたの?
身体大丈夫?」
あ、そう言えば遥は魔力注入を使うのに否定的だった。
と言うのもその頃の僕はヒビキから教わったまんまの魔力注入を使っていたから。
後遺症もいっぱい出てたもんなあ。
お爺ちゃんがはぐれ魔力注入とか言ってたっけ。
参照:第七十七話。
今はお爺ちゃんから三則を教わって、きちんと手順を踏めば影響は無い事を伝えないと。
「あ、今は特に問題無いです。
と言うのも前の時は使い方が違ったんですよ」
「???
どう言う事?」
「前の名古屋の後、実家に帰りまして……」
僕は前の名古屋の後、実家で死ぬ思いをして、お爺ちゃんと和解した事。
その時に魔力注入の使い方の誤りを指摘された事。
そこで改めて三則と言う魔力注入の基本を教わった事を話した。
参照:第百十七話。
「じゃあ、今は魔力注入が無限に使えるって事?」
「無限かどうかは解りませんが。
少なくとも前みたいな後遺症はもう出ないかと」
「竜司っっ!」
続いて暮葉。
「向こうに行っても良かったのに。
やっぱり出て来ちゃったんだね」
「だって前に言ったでしょ?
私も戦うって。
あの女の人が私のライブにイジワルする悪いヒトなんでしょっっ!?
フンッッ!」
暮葉の鼻息が荒い。
気炎万丈と言った面持ち。
しかし意味合い的には間違って無いがイジワルする悪いヒトって。
それに暮葉はあの何本も長い手を生やしたバケモノが女と言う性別に見えるのか。
「竜司……
あなたの恋人はたいしたものだわ……
あんな気持ち悪い相手に一歩も退いていない……
竜だからなんでしょうけど……」
「まあ考えて見りゃそうなんだろうけど……
クレハって護衛要らないんじゃないの……?」
響さんと遥が半ば呆れた感じ。
遠目で見ていても暮葉の奮迅っぷりは凄かったのだ。
間近で見ていた二人は尚更だろう。
「フッフーーンッ!
どうっ!?
竜司っっ!
私はタイシタモノなのよっっ!?
エッヘンッ!」
暮葉がまた自慢気に胸を張る。
元々高い鼻がさらに伸びてる様な感じ。
「うん、本当に凄かったよ。
アレって全力?」
「ん?
よくわかんない」
【アルビノー
お前人間のカッコしてるから全力出せねぇんだよ】
ここでガレアが口を挟む。
しかもこの後の展開が予想できるよけいな事。
いや、余計な事では無いのかも知れないけど。
って何か邪な考えがムクムク顔を出す。
いやいや何を考えているんだ僕は。
だいいちここには響さんや遥も居るんだぞ。
「ん?
そお?
じゃあ……」
プチプチ
ほら来た。
さっそくアイドル衣装を脱ごうとする暮葉。
「わーっ!
暮葉ーーっ!
脱いじゃダメーーっ!
響さん達も居るんだからーーっっ!」
この部分はいつまで経っても覚えないなあ。
ふいにするからいつも焦る。
竜は服着ないからなあ。
「あっそっか。
確か女の子はむやみに肌を見せちゃいけないんだっけ……
エヘヘ、ゴメンね竜司」
服を着直した暮葉。
ふう、事なきを得た。
「フフ……竜司。
貴方、結婚したら大変よ」
「アハハッ本当ね」
「まあそこら辺は覚悟してます」
場を包む和やかな空気。
が……
その和やかな空気をビリビリに引き裂く出来事が訪れる。
「キョヒィィィィィィィィィィィィィィィィィッッッ!!」
耳をつんざく嫌な叫び声。
それは遠くメインステージの方から。
ボコォンッッ!
何かが飛び出した。
スタッ
その何かは着地。
曽根だった。
浮いている。
二本の受憎腕で身体を支えているから。
泥戦を経験したとは言え、本当に悍ましくて禍々しい。
「キョヒキョヒキョヒィィ……
キョヒキョヒ……
貴方達は…………
良いわよねぇ…………
そぉんなに美人でェッ!
可愛くてェッ!
若いからァッ!
ピンチになってもォ……
こうしてオトコが助けに来てくれるゥ…………
憎い…………
美しさが憎い…………
憎い…………
可愛さが憎い…………
憎い…………
若さが憎い…………
可愛い可愛いかわいいカワイイ憎い可愛い憎い憎いカワイイかわいい憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いィィィィィィィィッッッッ!!
キョヒィィィィィィィィィィィィッッッ!!」
極端に離れた小さな血走った両眼。
潰れ横に大きい鼻。
その大きな鼻よりも三周りは横に大きい口。
動物で例えるならオオサンショウウオ。
美人、可愛い等とは対極に座する顔。
大きな口を開け、恨みの丈を声に載せて吐き出す曽根。
ゆっくりのそりとこちらに近づいて来る。
手には折れて尖った鉄パイプを持っている。
僕の蹴りで破損した物だろう。
何故こんな物を持っている?
武器か?
僕は身構える。
この距離。
感染和法で身体強化すれば充分射程距離。
しかし…………
その鉄パイプが別の目的で持たれていた事がおぼろげながらに解った。
何故解ったか。
それは…………
曽根の顔。
激しい戦闘の為、既に纏っていた裏頭は外れて顔が明るみになっている。
その顔は…………
切り傷だらけだったのだ。
切創が縦横無尽に曽根の顔を奔っている。
両瞼を幾重にも太い切傷が跨り付いている。
目だけでは無い。
頬、額、唇、鼻、顎と。
よもやついていない部位は無いのではと思われる程の夥しい傷が付いている。
ゾワァァァァァッッ!
怖気、悪寒、違和感。
あらゆる感情が一緒くたになり、足元から頭頂まで駆け昇る。
全身に生えたありとあらゆる体毛が一斉に総毛立つ。
この曽根の顔は世間一般で知られる女性の顔と乖離し過ぎていた。
不幸な病気で顔に湿疹などが出て、苦しんでいる女性も居るかも知れない。
だが、この曽根はそう言ったものでも無い。
持っている尖った鉄パイプがその答えだ。
「キョヒヒヒェァ…………
アンタァ…………」
誰の事を言っているのだろうか?
「アタシ…………
キレイ……?」
口裂け女か。
前に都市伝説サイトで読んだ。
昔に流行って社会問題にもなった事があるんだって。
確かこう問われたら綺麗と言うか曖昧な回答をしたら口裂け女が戸惑うからその間に逃げると書いてあったっけ。
でも本当に物凄い顔をしている曽根。
これを綺麗と言うのは何か憚られる。
「そ………………
それなりに…………」
僕が選んだのは曖昧な回答。
て言うか律儀に返答する事も無かったんだけど。
でもあくまで口裂け女の話は都市伝説。
それを骨の髄まで思い知る事になる。
ドンッッッ!
曽根は…………
自分の頬に尖った鉄パイプを突き刺した。
容易く鉄パイプは頬を貫通。
異常。
それだけしか言えない。
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「ふう…………
はい、今日はここまで……」
「パパ…………
僕、もう良く解らなくなって来たよ……
何なの……?
この敵……」
龍は刑戮連の禍々しさに理解が追い付いていない。
無理も無いか。
まだ十二歳の子供だから。
「うん……
僕も本当に当時は気持ち悪かったよ……
出来れば関わり合いたくは無かった…………
さあ、今日も遅いからおやすみなさい」