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ドラゴンフライ  作者: マサラ
最終章 第二幕 東京 暮葉ドームライブ編
164/284

第百六十三話 意気沮喪

「やあこんばんは。

 今日も始めていくよ」


「…………うん」


 (たつ)のテンションが低い。

 昨日の話が響いているのだろうか。


(たつ)……

 大丈夫?」


「………………うん……」


 ごめん(たつ)

 僕の頭の中は申し訳ない気持ちでいっぱいだった。


「じゃあ今日も始めていくね……」


 ###


 横浜市南区 避難所


 僕は目を覚ます。


 しんどい。

 身体がじゃない。

 心がしんどい。


 一晩寝たぐらいでは昨日の出来事を忘れる事なんて出来ない。


 蓮が僕との縁を切った。

 やはり悲しい。

 悲しくて淋しい。


 確かに僕は暮葉が好きだ。

 だから蓮と恋人になる事は出来ない。


 それは解ってる。

 だからこの淋しさは親友を失った時に来るものだ。


「…………蓮…………」


 ギュッ


 Tシャツの胸部分を強く握る。

 思わず親友の名が口に出てしまう。


 蓮から決別されたのは昨日の今日。

 そう簡単に割り切れるものでは無い。


 何かで言っていた。

 男女間の友情は存在しないと。

 それはこう言う事になりえるからだろうか。


 頭の中で色々考えが巡る。


 ピシャッ


 僕は思い切り両頬を引っ叩き、気合を入れる。


 僕がどんだけ悲しかろうが時間は待ってくれない。

 このまま進んで行くんだ。

 中田は依然として何か企てているし、暮葉のライブももう間近。


 きちんと。

 しゃんと。

 しっかりしないと。


 よし、まずはガレアを起こそう。


【ぽへー…………

 ぽへー…………】


 隣りを見ると何とも気持ち良さそうに変なイビキを立てながらガレアが寝ている。


「………………プッ…………」


 その巨体に似つかわしくない妙なイビキを聞いて噴き出す僕。


【竜司うす】


 その声を聞いてガレアが目覚めた。

 相変わらずの寝起きの良さ。


 僕の気持ちはほんの少し楽になった。

 昨日も思ったがガレアには救われる。


 本当に。

 本当に僕の隣にガレアが居て良かった。


「ガレア、おはよ」


 僕は借り物のスーツに着替え、外に出る。



 ここで眼を疑う光景が目に飛び込んで来た。



 遠くに見える焦げ茶色の見慣れた竜。

 黄色い柵に囲われた中心で自分の身体にコードを巻き付けている。



 ルンルだ。



 僕らとはもう会わないって言っていたのにどうして?

 人間の手助けももうしないって言ってたのにどうして?


 湧いて来る疑問と昨日の気まずい気持ちが頭の中で混ざり合い、せめぎ合う。



「ね…………

 ねえ…………?

 ル……

 ルンル……」



 僕は近づいて声をかけていた。

 疑問が勝ったからだ。


【あ…………

 竜司ちゃん…………

 ガレアちゃん……………………

 チャオ……】


 たどたどしいがいつものルンルの口調。


「な…………

 何で…………?」


【…………説明したげるから…………

 その前にやる事やってからね…………

 はい、竜司ちゃん手伝ってェん】


 そう言って長方形の黒い機械を亜空間から取り出し、僕に渡す。


 その機械は前面に小さな液晶板が付いており、その下に大きなダイヤルといくつかボタンもある。

 脇から細い赤と黒のコードも伸びている。


【それじゃあ、その赤いコードと黒いコードをこっちに渡してちょうだいん】


「う…………

 うん……」


 まだ要領を得ない僕は言われるまま二つのコードの先をルンルに返す。

 そのコードを両手に分ける。


【もうちょっとこっちに寄りなさいよぉん】


 少しコードが短かった様だ。

 僕は側に寄る。


【ハイ、じゃあまずダイヤルを回してすぐにある“V”のトコに合してぇん。

 電源がはいるからぁん】


「う……

 うん……」


 ぼんやりと何をするかとこの機械の意味が解って来た。


 ダイヤルを“V”と書かれた所に合わせる。

 同時にゼロとVの文字が液晶板に浮かび上がる。


【お次はぁん……

 “SEL”って書いてあるボタンを押して、左上にACと出たら教えてぇん】


 僕はSELを書かれたボタンを押す。

 液晶板の左上にACの文字。


 このACと言うのはおそらく交流と言う意味だろう。

 この機械は電圧テスターだ。

 このテスターを使ってルンルの電圧を計ろうと言うのだろう。


 となると、僕の中で新たな疑問が湧いて来る。



 蓮は何故居ないのだろう。



「う……

 うん……

 あ……

 あの……

 ルンル……?」


【ホラホラ、話は後って言ったでしょぉん。

 早く電力供給しないとぉん。

 皆、作業始められないでしょぉ。

 今からアタシが電気を少しずつ出すから、その機械見ててねん。

 それで数字が百になったら教えてねぇん……

 ホイ】


 とりあえず作業を終える事に。

 テスターの液晶板に数字が表示される。

 どんどん数字が上がっていく。


 少しスピードは速いけどタイミング取りなら得意なんだ。

 見事バッチリ百で止めてやる。


 70……

 80……

 90……

 95。


 今だッッ!


「ルンルッ!

 ストップッッ!」


 ピタリと数字の上昇が止まる。

 見事数字は100。

 99でも101でも無い。


【どう?

 竜司ちゃん】


「フフン、ホラ見てよ」


 僕は誇らしくなり、自慢気に液晶板を見せる。


【アラ?

 百ピッタリじゃないん。

 竜司ちゃんって地味な特技、持ってんのねぇ。

 これで準備OKよん。

 さぁ竜司ちゃん、皆に声かけて】


 蓮がこの場に居ない以上、皆に呼びかける役は僕が担うとと言う事か。


「う……

 うん……

 皆さーーんっっっ!

 電力の準備が出来ましたーーっっ!」


(おお、やっとか……

 あれ?

 今日は竜司さんなのかい?

 いつもの元気な娘はどうしたんだ?)


「えっ?

 えっと……

 きゅ……

 急用で今日は僕が臨時でやってます」


 僕は咄嗟に嘘をついた。


(あれ?

 そうなのかい?

 まあ俺らはいつも通り電気を使わせて貰えりゃそれでいいんだけどな)


 そう言いながら黒いコンセントをタコ足コードに差し込む。


(あれ?

 今日は変圧器じゃ無くて普通のコンセントだ)


 そんな事を言いながらどんどんルンルから伸びているタコ足コードにコンセントを繋いでいく避難民達。

 やがて接続作業は完了し、皆、散って行った。


【はい、これで完了よん。

 竜司ちゃん、ご苦労様】


「う……

 うん……」


 しばし沈黙。

 ガレアも無言で僕ら二人を見つめている。

 やがてルンルからゆっくり話し出す。


【竜司ちゃん…………

 ガレアちゃん…………

 昨日はごめんなさいね……

 アタシったら頭に血が昇っちゃって……】


「いいいいいやいやいやッッッ!

 僕の方こそッッ!」


【そうかー。

 何か話し方が変わったなーって思ってたらルンル。

 お前、キレてたのかー。

 全然違うけど何か昔みたいだったぞ】


 こんな事を言うガレア。

 昔みたいと言うのは多分オカマになる前のルンルだろう。

 全然違うと言うのは現在ルンルがキレたら関西弁になるからだ。


「何で…………

 今日来てくれたの…………?」


【蓮に…………

 言われたのよ……】


「そう……

 なんだ……

 どうして……?」


【アタシも帰った時はまだキレてたわよ……

 アンタ達の顔なんて二度と見たくないって思ってたし……

 そしたら蓮が……

 避難所の人達は助けてあげてって…………

 あの人達は私の失恋に関係無いからって…………

 あの子ったらこっぴどくフラれても他の人の事、考えてたのよん?

 どんだけイイオンナなんだっつうの】


「うん…………

 僕も…………

 そう思う……」


 本当にそう思う。


【そんな事言いながらアンタ、フッてんでしょーが】


 グサリ


「ぐうっっ……」


 このルンルの一言が僕の胸を貫いた。

 胸の痛みに深く項垂れてしまう。


【フン。

 ウチの子の哀しみに比べたらそんな痛みが何だって言うのよ。

 これぐらいじゃあ言い足りないわん】


 昨日のルンルの怒り方を考えたら当然だ。

 僕は言い返す事も出来ない。


「うん……

 ゴメン……

 それで蓮は何で来ていないの……?」


【アンタよアンタ。

 竜司ちゃんとまだ顔を合わせる事が出来ないってねぇ。

 あの子、まだ竜司ちゃんの事、踏ん切り付いてないみたいなのよん。

 だから今日は……

 ってか当分はアタシ一人だけよん】


「そう……

 なんだ……」


 蓮の心境を想い、落ち込む僕をマジマジと眺めるルンル。


【そんなに悩むぐらいならフラなきゃいーのに。

 ホント人間ってワケわかんないわぁ】


「しょうがないよ…………

 だって……

 だって……

 僕が好きなのは暮葉なんだもん……

 蓮じゃないんだ……」


【何かの雑誌で読んだわん。

 オトコってのは気配りが出来るオンナより純真無垢なコを選ぶってね。

 確かに純真無垢なんて暮葉の為にある様な言葉じゃなぁいん】


「ぼ……

 僕だって……

 何も安い気持ちで暮葉を選んだ訳じゃないんだけどな……」


【まーそこら辺は解ってるわん。

 竜司ちゃん?

 アンタ、スンゴイ若いんでしょぉ?

 そんなコが婚約を言い出すぐらいだもんねぇ】


「う……

 うん……」


 この口ぶりだとルンルは多分、人間の結婚や婚約などの習わしを知っている。

 多分僕が見た中で一番、人間社会に詳しい竜なんじゃないだろうか。


【とりあえずアタシは主人(マスター)の言いつけ通り毎日、電気の供給はしにきてあげるわん。

 ホラ、竜司ちゃんも。

 蓮が居ないんだから、色々とやる事あるんじゃないのぉん?

 人間ってテレパシー使えないんだからん】


 多分ルンルが言ってるのは蓮がこれから来ない事を炊き出し担当のおばさんや踊七さん、(げん)に伝えないといけないって事だろう。

 それにしてもこの竜の気配りは何だろう。


「うん……

 じゃあ行って来る」


 僕はルンルの元を離れ、向かう先は炊き出し場。


(はいっ!

 はいっ!

 そこっ!

 きちんと並べっっ!)


 もう炊き出しは出来ているらしく配り始めていた。

 威勢の良いおばさんの声が飛んでいる。


 どうしよう。

 この忙しい時に声をかけるのは邪魔以外の何者でもない。


 悩んだ結果、僕の選択は列に並ぶ事だった。


 並んで待っていると……


「お?

 竜司やないかい。

 おはようさん」


「竜司、おはよう」


 後ろから二つの声がかかる。

 振り向くと(げん)と踊七さんが並んでいた。


「おはよう(げん)、先輩」


「今日は手伝ぉてないねんなぁ。

 何や料理に飽きたんか?

 いかんっ!

 いかんぞぉっ!

 竜司クンッ!

 料理っちゅうんはチマチマこまい地味な作業を繰り返してこそやなあ……」


「いや…………

 そうじゃ……

 ないんだ……」


「竜司、笑い事っちゃねぇ顔してるぞ。

 何かあったのか?」


 さすが踊七さん。

 僕の変化はお見通しか。


「先輩……

 ええ……

 まあ……

 詳しくは朝ご飯の時に話します……」


「…………わかった」


 こうして僕らは朝食を受け取る。

 脇のブロック段で朝食を取る事に。

 炊き出し場は既に配り終えて、片付けに入っていた。


「先輩、(げん)

 先に食べてて下さい。

 僕はガレア達の朝食を持って来ます」


「おう行ってこいや」


「わかった」


 僕は足早に炊き出し場へ。


 もう朝食は配り終えて、片付けに入っていた。


(おや?

 ボーヤじゃないかいっ

 今日は手伝いに来てくれなかったみたいだけどやっぱり蓮ちゃんが居ないと張り合いがないのかねぇっ?)


 おばさんが囃し立てる様に僕をからかう。

 この笑顔を今から変えると思うと気が重い。


「いえ…………

 そう言う訳では…………

 あの……

 それで伝えないといけない事があります……」


(おや…………?

 何だい……?)


 もうこの段階でおばさんの顔から笑みは消えていた。

 さすが年の功。

 色々察してくれたのだろう。


「あの…………

 蓮は…………

 きゅ、急用でっ……

 来ることが出来なくなりましたっ……

 皆さんに宜しくとの事です……」


(ふうん…………

 急……

 用……

 ねぇ……?)


 ちらりと向ける目線の先にはルンル。

 そして僕の顔を見つめる。


(まあわかったよっ!

 ボーヤも色々あるんだねぇっ!

 蓮ちゃんにはずっと世話になりっぱなしだったしねぇ。

 ここらで私らが頑張って皆を支えないとどうすんだって話さねっ。

 …………それで蓮ちゃんはまた……

 来るのかい……?)


「い……

 いえ……

 僕では解りません……」


(そうかい……

 ありがとねっボーヤッ!

 伝えてくれてっ!)


「あ、いえ……

 そうだ、僕らの竜のご飯を貰いに来たんです。

 僕がやりますから失礼させてもらって良いですか?」


(ん?

 そうかい?

 いいよ入りな)


「失礼します」


 僕は長机を潜り中へ。

 棚から巨大紙皿を数枚取り出す。


「えっと……

 柄杓は……

 あった……」


 僕の動きをじぃっと見つめているおばさん連。


 脇に寄せられていたポリバケツ数基を空ける。

 中には大量の野菜クズ。


 これって腐らないのかな?


 ヒョイヒョイ


 ドサドサ


 手早く紙皿に積んで行く。


(あぁ、そのバケツ何だと思ってたけど竜ちゃんのご飯だったのかい。

 それにしても……

 盛るねぇ)


 高く積まれた野菜クズの山を薄く笑いながら見上げるおばさん。

 どうやら、これが竜のご飯とは知らなかったらしい。


「ええ、竜って言うのは御覧の通りの体格なのでみんな食べるんですよね」


 そんな話をしながら出来た野菜クズの山は合計四座。


「よいっしょっっ……!」


 その内の一つを持ち上げ、長机に持って行く。

 まずはルンルに届けよう。

 さっきと同じ様に潜り、校庭側へ。


「よい…………

 しょっっ!!」


 ググッッ


 気合を入れ、野菜クズが積まれた巨大紙皿を一息に持ち上げる。

 やはり重い。

 魔力注入(インジェクト)未使用の十四歳にはやはり重たい。


 蓮は軽々持ってたけど何かコツでもあるのかな。

 ヨロヨロとルンルに向かって歩を進める。


【アラ?

 何かランチがこっちに来るわね……】


「よいっしょぉっ!」


 ドスゥンッ


 重苦しい音を立てて野菜クズの山がルンルの前に聳え立つ。


【あらん、誰かと思えば竜司ちゃんじゃなぁいん。

 ナァニこれ?

 もしかしてアタシのランチィ?】


「うん……

 昨日あんな事があったのに来てくれたお礼」


【アタシは蓮の言う事聞いて来ただけだからそんな気、使わなくていいのにぃ。

 あ、もうちょっとこっちに寄せてくれると食べやすいわねぇん】


「あ、ごめん」


 ズズズ


 僕は紙皿を引き摺り、微調整。


【そこでOKよん。

 なら……

 頂きます……

 ガツガツ……】


 ルンルは焦げ茶色の長い首を降ろし、食べ出した。


「ねえルンル……

 さっき言ってたランチって……

 昼食って意味だよ?

 朝食ならブレックファーストだよ」


【それぐらいアタシも……

 モグモグ……

 知ってるわよ……

 それでもサ……

 モグモグ……

 ブレックファーストなんて言いにくいじゃなぁいん……

 ガツガツ……

 だからアタシは食事を全部ランチって呼ぶ様にしてんのよ……

 モグモグ】


 忙しなく口を咀嚼しながら、説明するルンル。

 まあ動機も意味合いも解らなくはない。


「そ……

 それも世のオカマから学んだ事?」


【イイエェ。

 世の先輩オネェの方々でこんな使い方してる人は見た事無いわねぇん。

 普通の人間はノンケでもオネェでも朝ごはんって言うんじゃ無いのぉん?】


 ルンル独自の言い回しだった。


 ふと腹を見ると依然としてコードが巻きつかれ外へ伸びている。

 ルンルは喋る、食べる、放電するという三つの事を同時にしてるのか。


「あ……

 そう……

 僕そろそろ行くよ。

 ガレア達にもご飯持って行ってあげないと。

 食べ終わったらそのままでいいから。

 後で取りに来るよ」


【わかったわぁん】


 こうして僕はルンルの元を離れ、炊き出し場に戻る。

 見ると残りの三座はもう長机に置かれていた。


「あれ?」


(あぁ、ボーヤッ。

 残りはここに置いといたから。

 すんごい重たかったわ)


「すいません。

 ありがとうございます」


 多分、これは踊七さん達を呼んで来た方が手間がかからないだろう。

 踵を返し、(げん)達の元へ。


「お?

 竜司、ご苦労さん…………

 って手ぶらかい」


「先輩、(げん)

 運ぶの手伝ってくれない?」


「おうええで」


「わかった」


 二人を連れて炊き出し場へ。


「…………ベノムらのメシっていつ見ても迫力あるのう……」


「竜司、ナナオの分も用意してくれたのか。

 すまねぇな」


 三人で野菜クズの山を持って行く。


 ■ガレアの場合


「よい……

 しょっ!

 さあガレア、朝ご飯だよ」


 ドスゥン


 ガレアの前に大量の野菜クズを置く。


【おっ?

 竜司、そろそろ言おうと思ってたんだよハラヘッタ】


 うん、危なかった。


 ガツガツバクバク


 早速食べ始めるガレア。


 ■ベノムの場合


 ドスゥン


 灰色の竜の前に野菜クズの山が置かれる。


「ゥホレッ!

 重……

 さあベノムッ!

 朝メシやっ

 食えや」


 のそりと無言でオレンジ色の両瞳を向けるベノム。


「あ…………?

 ししゃもが喰いたいやてぇっ!?

 ワレ、ここが避難所やって解っとんのかぁっ!?

 贅沢抜かすなっ!

 あぁっ!?

 こんなにも要らへんっ!?

 ワレ、ホンマに偏食やのうっ!?

 魚やったらこれぐらい喰いよる癖にっっ!」


 無言のベノムを前にギャースカギャースカ喚いてる(げん)

 本当に良く解るなあ。

 これって全部(げん)の妄想じゃないかと思えて来る。


「あ……

 (げん)……

 もし多かったらウチのガレアなら食べれると思うから……」


「ほうか?

 悪いのう竜司。

 ホンマにコイツ(ベノム)の偏食には参るわ」


「ハハ……

 そういえばベノムってししゃもが好きなの?」


「前に晩飯で喰わせたった子持ちししゃもがえらい気に入りよってなあ……

 多分ししゃも出したら永遠に食っとるで……」


 なるほど。

 ガレアのばかうけがベノムにとってはししゃもなのか。


 何かほのぼのする。


 ■ナナオの場合


 ドスッ


 深緑の鱗と七本の尾を持つ竜の前に朝食が置かれた。


「しょっと…………

 ふう、笑い事っちゃねぇぐらい重てぇなコレ」


【ム…………?

 これは我の食事か……?】


「おうそうだ。

 ナナオ、食いやがれ」


【フム……

 確かに少々小腹が空いて来た所……

 では頂こう……】


 ゆっくり顔を近づけ、野菜クズの山を一口ぱくり。


 こんな何気ない動作にも威厳と言うか迫力があるんだよなあナナオって。

 本当にくだけるのはぽちぽちの前だけなんだな。


 モグ……


【……なかなか美味だな…………

 モグモグ……

 しかし我としてはもう少し噛み応えが欲しいが……

 見た所、人間どもの暮らしが何か大変な事が起きてる様だ……

 食事を提供して貰えるだけでも有難いと思わなければな……】


「…………ナナオ……

 大変な事ってお前な……

 あれだけの地震を体験して軽くねぇか……?

 笑い事っちゃねぇ……

 こっちに来た時も何回か余震もあっただろ?」


【ン?

 モグモグ……

 確かに多少は揺れたが……

 モグモグ……

 あんなもの竜界では地震とは呼ばぬ…………

 おそらく人間の呼称する地震というものが竜界で起きたのであれば……

 モグモグ……

 アレの数十倍は大きいぞ……

 モグ……】


「オイ、フカシこいてんじゃねぇぞ。

 数十倍って。

 そんなに揺れたら地面はどうなんだよ」


【地震と言う言葉が示す通り…………

 モグモグ……

 大地が波打っている…………】


 僕は絶句した。

 大地が波打つ状況なんて見た事も聞いた事も無い。

 時々聞くナナオの竜界話は怖いものばかりだ。


 ###


 さて、竜はみんな食事を始めた所でようやく僕も朝ごはんを頂く。

 二人はもう食べ終わったらしく、無言で僕を見つめている。

 何か食べ辛い。


 最初に口火を切ったのは踊七さん。


「なあ……

 竜司…………

 お前の様子がおかしいのと……

 蓮ちゃんが来ていない事は関係あんのか……?」


 僕の箸が止まる。

 鋭い。

 さすが踊七さん。


「…………図星か……」


「ん?

 踊さん、確かに今日竜司の顔は何かババ色やなあ思てましたけど、それと蓮がどない関係あるんでっか?」


「見てみろよ(げん)

 蓮ちゃんは来ていないのにルンルは来て、普段通りに電力供給してるだろ?

 主の蓮ちゃんは見当たらないのに……だ。

 となると何か笑い事っちゃねぇ事が起きたって事だろ?」


 (げん)はルンルの方に目線を送る。


「あ…………

 ホンマや……

 蓮がおらんのにルンルは来とる……

 オイ竜司……

 何かあったんか?」


「……………………うん……」


 僕はゆっくりと蓮が来ない訳を説明する。


 昨日、マス枝さんを説得する為に蓮の前で結納みたいな発言をしてしまった事。

 それが蓮にとって痛烈なショックだったらしく大号泣した事。

 ルンルもキレてあわや一触即発まで陥った事。


 最後にサヨナラと言って去って行った事。

 今日ルンルが来た理由も全て話した。


「そうか…………

 笑い事っちゃねぇな……」


 これは踊七さんの口癖だが本当にその通りだ。


「本当に……

 その通りです……

 蓮はここまで付き合ってくれたのも……

 僕が煮え切らない態度をずっと取っていたからで…………

 それが蓮に変な期待を抱かせる形になって…………

 全部ぼ…………」


 全部僕のせい。


 そう言いかけた段階で僕の言葉は止まった。

 踊七さんの目が鋭くなったからだ。


 同時に頭を過る眠夢(ねむ)さんとの約束。


 自分を卑下しない。


 多分踊七さんの目が鋭くなったのは半ば癖づいている僕の自分を下に見る傾向が出そうだったからだと思う。


「…………いえ……

 何でもありません……」


 僕は言葉を飲み込んだ。

 が、内心は自分を責める言葉でいっぱいだった。


 お前のせいだ。

 これで戦力が減って刑戮連(けいりくれん)にやられてしまうかもな。

 お前は何様だ。

 一人の女の子を良い様に使ってモテ男気取りか。

 お前はただのオタクで引き籠りだろうが。


 次々と産まれる自責の言葉。

 だってしょうがないじゃないか。

 言う通り僕は引き籠りのオタクだ。


 ドラゴンエラーが原因で友達も満足に居ない非リア充だ。

 そんな僕が恋愛事で上手く立ち回れる訳が無いじゃないか。


 蓮と仲良くなってから現れた暮葉(運命の人)と出会ってしまってどう立ち回れば正解だったんだ?

 答えがあるなら教えて欲しい。


「竜司……

 多分眠夢(ねむ)の言葉を思い出して言葉を止めたんだろう……?

 そこは褒めてやる……

 けどな……」


「あ、踊さん。

 いいですわ。

 ここからはワイが言わせて貰いますよって」


「そうか?

 なら頼む」


「ヘイ……

 おい竜司。

 ワレの考えとる事、当てたろか?

 じゃあどうすれば良かったんだ。

 答えがあるなら教えて下さい……

 ってトコとちゃうか?

 どや?

 当たらずとも遠からじって所やろ?」


 僕は何も言えなかった。

 当たらずとも遠からじ所か、そのものズバリ。

 ほぼ正解だったからだ。


 そのまま言葉を続ける(げん)


「まー踊さんの言う通り言葉を止めたってのは少し成長したんかも知れんけどなあ……

 ワイは恋愛事なんぞわからんっ。

 タレなんかに興味は無いしの。

 だからワレが欲しい答えなんざ知らんわい」


「…………うん」


「ほいでも蓮がどう言うタレかっちゅうんは解っとるつもりやで?

 見とったら蓮て芯の強い奴やと思う。

 確かに静岡ついて来たんはワレへの恋心がキッカケかも知れんけどな。

 (にい)やんの話、聞いてキチンと自分で判断して何とかせなアカンて考えたん上で闘りおうたんとちゃうか?

 ワレは蓮と二度と会われへんとか思っとるか知らんけどな、ワイはこれが今生の別れになるとは思わん。

 ちゃんと自分の恋心に決着付けて、今度は親友としてワレを助けてくれると思うで?

 竜司、ワレも短い期間や言うても蓮を見て来たんやろ?

 そのお前がどこぞの腐ったタレみたいにずっと終わった恋を引き摺る様な女やと考えてもたらそれこそ蓮に失礼とちゃうか?」


 鮫島元(さめじまげん)

 僕が引き籠ってから出来た親友。

 いつもピンチの時は助けてくれる僕の大事な親友。


 僕は反省しないといけない。

 蓮の事を見誤っていた事を。

 そしてその事を気付かせてくれた(げん)


 (げん)には多大な感謝をしないといけない。


 じわり


 そう考えたら何か涙がじわりと湧いて来た。


「うおっっ!?

 竜司っ!?

 ワレ、泣いとんのかいっ!?」


(げん)……

 ありがとう……

 ありがとう……

 物凄く気持ちが楽になったよ……」


「ハッ。

 だからいつも言うとるやろっ?

 困った時は鮫島先生に頼れって」


(げん)……

 俺はお前をタダの気の良い喧嘩自慢かと思ってたが……

 笑い事っちゃねぇぐらい人を見てるんだな……

 正直驚いた……」


 僕と(げん)のやり取りを見ていてビックリしている踊七さん。


「踊さん、喧嘩自慢て何でんの?

 喧嘩自慢て」


「でも……

 ありがとう……

 本当に君に出会えてよかったと思うよ……」


「キショい事言うなや。

 まーんでも言うとんのはワイら野郎やからな。

 蓮自身が何考えてんのかはわからんで?」


「そうだな。

 もしかしてこのまま戦力を欠いた状態で刑戮連(けいりくれん)とぶつかるかも知れん。

 俺達が出来る事と言えば信じて待つぐらいか」


「そ……

 そうだよね……」


 ここで僕は認識した。

 (げん)の言ってくれた事は気休め。

 こんな事、蓮自身にでも問いたださないとハッキリしない事だ。


 でも……

 やはり……

 気休めでも言ってくれた(げん)の態度は嬉しい。


「あと、この事マネのおばちゃんと(おと)のねーちゃんにも言わななあ」


「うん……

 それは僕が言うよ」


「おう。

 ほいじゃ今日はワシが一緒に行くわ」


「じゃあ僕は竜達の食事を片付けて来るよ」


「おう、悪いのう……

 ホレ、ベノム。

 出かけんぞ」


 お腹いっぱいになったベノムはくるんと尾と首を丸めている。

 こんなに要らないと言いつつ全部食べたみたいだ。

 (げん)の呼びかけに反応してのそりと長い首を持ち上げる。


「あぁっ!?

 眠たいィッッ!?

 アホな事ぬかすなぁっ!

 ワレが腹マンチキまで食うからやろぉォッ!?

 んぅっ!?

 ネムタイとムエタイて似てるやてぇッッ!?

 んなんどうでもええわっっ!」


 (げん)が無言のベノムに向かってまくし立てている。

 やはり何かしらの作用があって本当に声が聞こえているのだろう。

 ビンワンの携帯とは違う。


 それにしても何処からムエタイなんて言葉引っ張って来たんだろう。


 僕はガレアとベノム、ナナオの紙皿を持ちルンルの元へ向かう。


【ん……?

 アラ?

 竜司ちゃんったらえらく短時間で顔つきが変わったのねぇ。

 何かいい事でもあったのぉん?】


「うん…………

 あと蓮に伝えて欲しい事があるんだ……

 今、僕らが戦っている敵は強大だ。

 出来れば一緒に戦って欲しい。

 僕は待っていると……

 それで……

 伝えて欲しいとは言ったんだけどこれを聞いたルンルの判断で良いよ。

 ルンルがそんな事を言う僕の事が気に入らないなら伝えなくて良い」


 そう言う僕を上から下までジロジロと眺める。


【フゥン…………

 フッた女に何を伝えるのかと思えば……

 そんな事ォン?】


「う……

 うん……」


【見たカンジ……

 蓮への気持ちに整理がついたみたいねぇん。

 今日一日ぐらいは様子見ようと思ってたけど、えらく短時間で整理つけたじゃなぁいん】


「うん……

 (げん)のお蔭で……」


【まーその方が良いわん。

 ずっと蓮への気持ちでウジウジしてたらぶっ飛ばしてやろうと思ってたから。

 それにしても人間ってヘンよね。

 自分のやった事でウジウジ悩んだりするんでしょぉ?

 ザイアクカンって言ったかしらん】


「うん……

 人間っていつも自分の選んだ事が正しいなんて思って無いから……

 これが正しいなんて思える事なんて僅かだよ……

 だから自分の選択肢で引き起った事に罪悪感が沸くんだよ」


【アラマア。

 アタシの百分の一も生きてない人間が言ってくれるじゃなぁいん】


「そ…………

 そりゃ僕は産まれてまだ十四年しか経ってないよ。

 ルンルからしたら赤ちゃんと変わらないと思うよ……

 でも僕にも目と頭は付いているんだ。

 色んなものを見て考えて来た結論だよ」


【フン。

 まー良いわ。

 約束通り伝えるか伝えないかはアタシが決めるからねん。

 あ、ランチ美味しかったわん。

 ご馳走様】


「あ……

 いえ……」


 僕はルンルの前の紙皿を回収し、炊き出し場のゴミ箱に捨てる。

 そのまま(げん)とベノムの元へ戻って来た。


(げん)、おまたせ」


「おう、ほな行こか。

 ほいじゃ踊さん、行って来まっさ」


「いってらっしゃい」


 東京都渋谷区 UNION事務


 ガチャ


「おはようございます」


「おはよう竜司」


(ちょりぃ~っす。

 あっゲンチィ~)


 (げん)を見たタエさんが途端に色めき立ちながら寄って来る。


「おうねーちゃん。

 うぃっす」


(んもう~

 アタシの名前はタエだってぇ~

 なかなか名前呼んでくれないんだからぁ~~

 まーそう言うトコもすんごいタイプなんだケド)


 タエさんは強いなあ。

 (げん)からおざなりな扱いを受けてもグイグイ行っている。


「竜司っ!

 おはよっっ!」


 暮葉が元気に笑顔で挨拶。


「暮葉、おはよう。

 今日も元気だね。

 あ、マス枝さん。

 お伝えしないといけない事があります」


「何?

 暮葉絡み?

 言っとくけど私はもう認めているわよ」


「えっと……

 暮葉絡みと言えばそうなんですけど警護に関連する事です」


「そう。

 じゃあ(おと)さんが来てから聞いた方が良いかしら?」


「はい、それでお願いします」


 とりあえず蓮の事は(おと)さんが来てから伝える事に。


(ゲンチィ~

 すんごいねこの胸板……

 カッチカチじゃん……

 どんだけ鍛えたらこんなになんのよ……)


「うひょっ。

 おいやめぇ。

 こちょばいからつつくな」


(アレ?

 ゲンチってばくすぐったがりィ?

 や~ん。

 そんな少年みたいな一面見せられたらオネーサン、もっと好きになっちゃうじゃん。

 えいっえいっ)


 くすぐったがる(げん)が面白いのかツンツン突き出すタエさん。


「うひょっ。

 うひゃひゃっ。

 ワケわからん事言いながらつつくんやめぇ。

 オイ竜司、助けてくれや」


「しょうがないなあ。

 タエさん、(げん)は女性を殴りはしませんが、怒ると本当に怖いのでその辺で……」


「ガハハ。

 竜司、わかっとるやないけ」


 何だか(げん)が自信満々。

 何がそんなに嬉しかったんだろうか。


(え~~?

 竜司っちぃ~~?

 自分が晴れて公認のカップルになったからってェ~~

 ヨユーのオトコの態度ォ?)


「そそそっ……!

 そんなんじゃないですよっ!」


 僕は赤面しながら否定。


「タエさん、ここが職場だって事を忘れない様に」


 ここでマス枝さんがピシャリ。


(はぁ~~い……)


 タエさん、スゴスゴと自席へ退散。

 さすがマス枝さんだ。

 ようやく解放された(げん)


「ふう、ようやく解放されたわ。

 何やろ……

 ワイ、静岡ン時からあーゆー妙なタレばっか知り合うわ」


「静岡の時?

 女性と知り合う機会なんかあったの?」


「ワイが闘りおうた裏辻湯女(うらつじゆな)っちゅうタレや。

 ケンカの後、何かウチに来るみたいな話になってのう。

 携帯の電番交換したわ」


「何でそんな話になるの?」


 暮葉では無いがキョトン顔になってしまう。


 ケンカにしか興味のない(げん)が女性とそう言う話になるのが不思議だったからだ。

 あ、でも趣味で料理があったか。


「そのタレ、肝炎持ちでのう。

 んでバーチャンが前、肝臓によう効く漢方作った言うん思い出してな。

 その話したら家に来るっちゅう事になったんや」


 ガチャ


 ここで扉が開き、(おと)さんとスニーカーが入って来た。


「おはようございます」


「あ、(おと)さん。

 おはようございます」


「おう、(おと)のねーちゃん。

 おはようさん」


「おはよう二人とも」


「あ、(おと)さん、ちょっと良いですか?

 伝えたい事があります」


「ん?

 何かしら?」


 (おと)さんがこちらに寄って来る。


「で、竜司。

 伝えたい事って何かしら?」


 マス枝さんもこっちへ寄って来た。


「はい…………

 あの……

 申し上げにくいんですが……

 蓮…………

 新崎蓮(しんざきれん)は…………

 もうここには来ません……」


 ピク


 これを聞いた(おと)さんの眉が少し動く。


「ふう……」


 何かを察した様なマス枝さんは軽い溜息をつく。


「えーーーッッッ!!?

 何でッッ!?

 何で蓮、もう来ないのっっ!?」


 聞いていた暮葉が眼を真ん丸にして驚き、詰め寄って来る。

 三人の女性が三者三様の反応を見せる。


(あ~~……

 やっぱね~~……)


 いや、四人だった。

 自席から覗き見るタエさんが居た。


「竜司、どう言う事?

 きちんと説明しなさい」


「ねえねえっっ!?

 何でっっ!?

 私、嫌われちゃったのっっ!?」


「暮葉……

 落ち着いて……

 まず(おと)さんに説明するからそれを聞いていて欲しい……」


 僕はゆっくり話し始めた。


 昨日、マス枝さんに婚約の許可を貰った事。

 その時、結納めいた発言をした事。

 帰る時、今日言ったのが自分の気持ちだと伝えた事。


 大号泣した蓮と怒ったルンルと一触即発になりかけた事。

 別れ際にもう人間に手助けはしないと言って去って行った事。


 まずはその点から話した。


「そう……

 私が帰った後にそんな事があったのね……

 まあ貴方達二人の距離は何処となく近めだと思ってたけど、蓮さんも貴方の事が好きだったのね……」


「竜司……

 蓮も竜司の事が好きだって事は知ってるけど、それだと何で蓮がもう来なくなるの……?

 その二つが繋がんない……」


「暮葉……

 それは繋ぐものが違うと思う……

 蓮がもう来なくなった事と繋げるべきは僕の発言だと……

 思う。

 蓮が僕の事を好きって言う事でも繋がらなくは無いけどね……」


「竜司の発言?

 昨日、何か蓮に酷い事言ったの?」


「うん…………

 蓮に向かって言ったんじゃないけど……

 間接的に……」


「何、言ったのよっっ!

 いくら竜司でも蓮をイジメたら許さないんだからっ!!」


 暮葉がプリプリ怒っている。

 蓮に向かって言ったんじゃないんだけどな。

 何にせよ暮葉が蓮を友達だと思っていた事に少し安心した。


「多分…………

 マス枝さんに言った…………

 貴方の娘さんを僕に下さい…………

 ってやつ…………

 これが決定打になったと思う……」


「竜司……

 結納めいた発言って何だと思ったら……

 貴方、十四歳でしょ……?

 ちょっと飛躍し過ぎじゃない……?」


 僕の言葉に(おと)さんが呆れている。


「まあ……

 今考えると……

 その時はマス枝さんを説得するのに必死だったから……」


「ん?

 それってユイノーって時に男の子が女の子のおとーさんとかおかーさんに言う言葉でしょ?

 それが何で駄目なの?」


 暮葉、キョトン顔。


「えとね暮葉。

 この言葉は紛れもない僕の気持ちで、僕が暮葉の事を好きだと言う意味があるんだ……

 これをマス枝さんに言うって事は僕の好きって気持ちが蓮には向けられないって事が解っちゃったんだと思う…………」


「えっっ!?

 竜司って蓮の事、嫌いだったのっっ!?」


「いや、そうじゃ無いけど……

 好きって言う気持ちも色々あるんだ……

 僕が暮葉に向けている“好き”って気持ちと蓮に向けている“好き”って気持ちは違うものなんだよ」


「へぇ~~……

 好きって気持ちも色々あるのねぇ……

 でも“好き”には違いないんでしょ?

 それが何で来なくなっちゃった事に繋がるの?」


 暮葉はキョトン顔。


「それは……

 蓮が欲しかった気持ちと違ったから……

 だと思う……

 蓮が欲しかった気持ちは僕が暮葉に向けてる気持ちで……

 それが違うって事が昨日解っちゃったから……

 凄く……

 辛くなったんだと思う……」


「何でその気持ちを蓮に向けてあげないのよっっ!

 竜司のイジワルッッ!

 私、全然蓮と遊んでないのにっっ!」


 僕を意地悪と罵る暮葉を見て少し悲しくなった。


「イジワルって…………

 そんな事言わないでよ……

 何だか悲しくなる……

 僕は暮葉に気持ちを向けたまま同じ気持ちを蓮に向けれる程、器用でも恥知らずでも無いよ」


「恥シラズ?

 恥って恥ずかしい事だよね?

 恥ずかしい事を知らないって事?」


「うん……

 恥知らずって言うのはね。

 やると人様に顔向け出来ない位恥ずかしい事でも平然とやれる人の事。

 簡単に言うと最低の人間って事だよ」


「ふうん……

 恥知らず……

 あれ?

 でもさっきの話だと竜司の私を好きって気持ちを蓮に向ける事が恥知らずって事よね?

 好きってあんなに胸がポカポカする素敵な感情なのに。

 何でそれが最低の人間になるの?」


 何を言ってるんだ。

 僕が蓮と話してたらわーーーとかやーーーとか言って割って来るくせに。


「前にも言ったでしょ?

 それが浮気ってやつなんだよ」


 それを言ったら何かを思い出した様な顔をする暮葉。

 この子は表情が解り易いなあ。


「あぁっっ!?

 バキラっちとオトーサンの話ッッ!

 ヤダッッ!

 浮気ヤダッッ!」


 ガバッッ!


 暮葉が素早く僕に抱きついて来た。


「ちょ、ちょっと落ち着いて……」


 僕は優しく暮葉を引き剥がす。


「ね……?

 僕も浮気は嫌いだし、やりたくない。

 だからこういう結果になるって解ってても僕の好きって気持ちは全部暮葉に向けたんだよ。

 物凄く辛かったけどね。

 ……これでも僕は意地悪かな……?」


「ううん……

 そんな事無い…………

 でも……

 蓮……」


(おと)さん、マス枝さん。

 まだ話は続きがありまして……

 今朝、避難所にルンルが来ていたんです」


「あら?

 もう人間の手助けをしないって言ってたのにどうしてかしら?」


 (おと)さんからの問い。


「蓮に頼まれたんですって。

 助けてあげて欲しい。

 私の失恋は避難所の人達に関係無い…………

 って。

 来たのはルンルだけです」


「そう……

 良い子ね……

 蓮さんって」


「ええ……

 本当に……」


「蓮さんと暮葉の両手に華状態であわよくばそのままずっと…………

 とか考えてたらとっちめてやろうと思ったけど、辛くてもキチンとその辺は考えてたみたいね。

 プラス五点」


 久々に出た。

 マス枝さんの点数付け。

 一体今は何点なんだろう。


「タハハ……

 それで(げん)の助言もありまして、一応ルンルには助けに来て欲しいとだけ言っておきました。

 ルンルが僕を許してなかったら蓮に伝わるかどうか解りませんが……」


「そう。

 でも悪いけど不確かな人員を戦力と数える訳には行かないわ。

 刑戮連(けいりくれん)の三人には私達四人で対処出来るよう考えないと。

 応援が来るかどうかも怪しいし」


 冷静な(おと)さん。


「さあさあ、話が終わった所で行くわよ」


 ここでマス枝さんから声がかかる。

 スケジュールは今日も歌とダンスだそうな。


 僕らは事務所を後にし、出かけて行った。


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 都内某廃ビル内


 そこには大きな裏頭(かとう)を付けた男と女が二人。

 女は隅のコンクリートブロックに座りながら古本の音楽雑誌を読んでいる。

 裏頭(かとう)の隙間から覗く左脚は膝から下が汚い真紫色をしている。


 そしてボロボロの薄汚れた服を着た男が一人。

 虚ろな目をして立っている。

 この男は左肘から下、左膝から下がドス黒い紫色をしている。


「キョキョキョキョヒキョヒキョヒィィィィッッッ!

 クレハァァァ……

 カワイイわぁ……

 カワイイ……

 こんな美人で竜だなんて信じられなぁいィィ……

 キョヒィッ!

 可愛いかわいいカワイイ可愛い憎い憎い憎い憎い憎い憎ィィィィィィィィィッッッ!

 キョキョキョキョヒィィィィィッッッ!!」


 ビリィィィィッッッ!


 狂った感情のままに音楽雑誌を引き裂く。


 グシャァッ……

 グシャグシャグシャ……


 横に大きな口を開け、雑誌に咬み付いた。

 その様は獰猛な肉食獣が捕食した様。


 離れた両眼は血走っており、まるで回遊魚の様に忙しなく泳ぐ。

 潰れた鼻に付いている大きな穴は咀嚼に合わせて胎動している。


 この狂った様な笑い声をあげ、正常とは思えない所作を繰り広げたこの女こそが曽根嫉実(そねしつみ)である。


 ここまで来れば読者もお解りだろうが、この虚ろな目をして立っている男は先日、轟吏(ごうり)らと死闘を繰り広げた渇木髄彦(かつきすねひこ)


 残る一人は中田宏(なかたひろし)


 刑戮連(けいりくれん)揃い踏み。

 この廃ビルは言わば根城代わりに使っているのだ。


(か……

 は……)


 部屋の隅には髪も髭もボーボーに伸ばした埃塗れの穴が開いた衣服を着ている中年男性が横たわっている。


 それも一人では無い。

 二人三人とまるで物を置くかの様に積み上げられている。


 全員、息も絶え絶え。

 身体も満足に動かす事が出来ない様子。


 この中年男性連は都内のホームレス。


 中田の感染和法や渇木(かつき)の感染減法により恨気(かいき)を流し込まれ、体力を吸い出され、吸い取られた者達。

 もちろん受憎(じゅにく)の元や渇木(かつき)の食糧用だ。


 更に側には竜と男性も一人寝転がっている。

 共に気を失っている状態。


 男性は若く、竜の鱗は強い赤。

 臙脂(えんじ)色とでも言おうか。


 寝ている男性は竜河岸である。

 中田によって捕らえられたのだ。


 竜河岸は中田の眼刺死(まなざし)で。

 竜は感染乗法で。


 体力、魔力共にゴッソリ吸い出され、動く事は出来ないのだ。


 竜にかけた感染乗法は(なずみ)が最後に放ったのと同質の物。


 遠隔と近接で差はあるが流し込まれた恨気量(かいきりょう)(なずみ)が放ったそれとは比べ物にならない位大量だった。


 それを乗法により倍加させて流し込まれたのだ。

 吸い出された魔力量は竜の生成量を大きく上回る。


 確かに竜は永久機関と呼べる魔力生成器官を備わっている。

 が、生成量には限度がある。

 かつ内包している魔力量が極端に減ると生成器官の性能がガタ落ちするのだ。


 それにより引き起こされるのは魔詰状態に似た現象。


 この竜と竜河岸は殺していない。

 竜と竜河岸に巨大な恨みを持っている中田らしくない行動。


 何故か。

 それはある動画を撮る為である。


 中田の計画は簡単に言うと東京ドームのオーロラビジョンを始めとする球場内のあらゆるディスプレイをジャックし、()()()()を流す事にある。


 では中田はどの様な動画を撮ろうとしているのか。

 それは…………



 竜河岸と竜を殺害するスナッフフィルム。



 ■スナッフフィルム


 娯楽用途に流通させる目的で行われた実際の殺人の様子を撮影した映像作品を指す俗語。

 スナッフビデオ、スナッフムービーとも言う。


 厳密には用途目的は違うが中田が撮影しようとしてるのは殺人ビデオである。

 今は竜河岸と竜の回復待ち。


 万全の竜河岸と竜を人間の自分が圧倒する動画を流して、竜は殺せると言う事を世間に知らしめる。

 これが中田の計画の概要である。


 竜が来訪してから圧倒的力でヤクザの様に居座っていると中田は考えている。

 ガレアやルンルやナナオの様に人間の文化に触れ、仲良く楽しくやっている事等考えていない。


 それはドラゴンエラーにより愛する妻と娘を奪われた事が起因。

 式を会得する以前から竜は危険な存在と刷り込まれてしまっていた。


 竜は人を虐げている。

 人間を強大な力で押さえ付けている。


 人を舐めるな。

 化物め一泡吹かせてやる。


 復讐してやる。

 その為に式を会得したのだと。


 違う。

 そうでは無い。

 中田が式を会得した動機は竜司が憎かったからである。


 ただ憎い。

 身を焦がす程の憎しみ。


 絶対に殺してやる。

 それが中田の式を会得した動機だ。


 では先の人間が虐げられていると言う考えは何なのか。

 これは言わば動機の置き換え、すげ替え。

 狂った殺人狂が自分のしている行いに崇高な理由を付けるもの。


 解り易い例を出すならば麻原彰晃が行ったオウム真理教のポア。


 私は殺人をしている訳では無い。

 穢れた魂を浄化しているだけだ。


 その実、やっている事は私利私欲によるただの殺人である。

 殺人鬼や犯罪者はこの様に自身のやってる事を正当化する事で精神バランスを保っているのではないかと筆者は考える。


 もちろん外道な行いを平然とやれる悪意の塊みたいな人間もいる。


 が、基本麻原彰晃にしても中田宏にしても元は唯の人間である。

 自身がやっている事が狂っていると認識してしまうと本当に心が崩壊してしまう。


 だから中田は“人間の為に”しているのだと。

 自分の外道な行いは長い目で見ると人間の為になるのだと。


 そう考え、精神バランスを保ちながら平然と人を殺すのだ。

 狂った殉教者の様に。

 この歪んだ考え方はアーディラを殺された直後のモブに似ている。


 参照:閑話 第五章。


「クチャクチャ……

 ブェッ!」


 嫉実(しつみ)が咀嚼していた紙面を床に吐き捨てる。


「キョヒキョヒ……

 中田ちゃぁん……

 そのコ目覚めないじゃない……

 キョヒヒィ……

 どんだけ恨気(かいき)流し込んでんのよ」


「フン……」


 そもそも式と言う術自体、恨みの力が無いと成り立たないもの。

 そして恨みとは利己的で独善的なもの。

 ”人間の為”みたいな利他的で自己犠牲的な考えでは決して生まれない。


 もちろん中田のドス黒い紫色の両腕も名も知らない人を殺し、体内に取り込み受憎(じゅにく)で生成したもの。


 人間の為に等とどの口が言うのだ。

 狂った殺人狂の典型的な考え方。


「…………ハラ…………

 ヘッタ…………」


 のそり


 ポツリと呟いた渇木(かつき)がゆっくりとホームレスの山に歩み寄る。


 ガッッ


 物でも扱うかの様に無造作にホームレスの首を右手で掴んだと思うと………………


 ベキィッッ!


 同時に嫌な音が部屋に響く。

 首の骨を折ったのだ。

 もちろん一瞬でホームレスは絶命した。


 ズルルルルゥゥッッ!


 渇木(かつき)の右掌にある(くち)からホームレスの死体を吸収。

 体内に取り込んだ。


「キョキョキョヒィ……」


 が、その場にはあらぬ方向を見て奇妙な笑い声を上げる曽根嫉実(そねしつみ)と意にも介さず無言の中田宏。


 たった今殺人が行われたとは思えない。

 異常、異質な空気が辺りを包んでいる。


【ん…………

 トオル…………?】


 ここで竜が目覚めた。

 臙脂(えんじ)色の長い首がゆっくりと持ち上がる。


 ようやく意識を保てる量の魔力生成が完了したのだ。


「キョヒィッ……

 何か竜が呻いてるわよォ……

 中田ちゃん」


「見れば解る……」


 曽根にしても中田にしても()()一般人である。

 竜の言語は理解できない。

 唸り声でしか聞こえないのだ。


【な……

 何があったんだ……

 トオルッッ!?

 おいっ!

 トオルッッ!

 しっかりしろっ!】


 必死に横たわる竜河岸を揺り動かす竜。


(う……

 ん……

 フレイム……?)


 ゆっくりと起きるトオルと呼ばれた竜河岸。

 自身に起きた事態にみるみる顔が青ざめていく。


(ここはァッ!?

 ここは何処だァッ!?)


 フラッ


 急に立ち上がった為フラ付くトオル。

 まだ体力は万全では無いのだ。


「ようこそ……

 憎き竜と竜河岸……」


 恐ろしく低い声で話しかける中田。

 身構える竜とトオル。


(お前らぁっ!?

 一体何なんだぁっ!?

 誰なんだよぉっ!?)


 目の前に居るおかしな恰好をした奴等を見て、声を荒げるトオル。

 ここが全く知らない場所で連れて来られたと言うのは解ったが、まだ自身に何が起きたか把握しきれていない。


 と、言うのもトオル。

 年齢は十五歳。

 まだ中学三年生なのだ。


 トオルは比較的竜河岸としては酷い差別になど晒されず、優しい父母に見守られ、楽しく生活を送っていた。

 そんな中、攫われて廃ビルにまで連れて来られたのだ。


 まさに災難。

 降りかかった災難。


 中田にしてみれば竜河岸と竜であれば誰でも良かったのだ。


 確率にして五千分の一。

 不憫としか言いようがない。


「おい……

 曽根……

 ビデオの準備を……」


「キョキョキョヒィィッッ!

 言われなくてももう撮ってるわぁん」


 気が付くともう曽根はもうビューファインダーにオオサンショウウオの様な顔を付け、撮影開始していた。

 もちろんビデオカメラは盗品である。


「我々が誰かなんてどうでもいい……

 貴様にはここで……

 死んでもらう……」


 静かに。

 ゆっくりと殺人予告をする中田。


 その台詞を聞いて絶句するトオル。

 だがすぐに奮い立つ。


(くそぉっ!

 やるならやってやるゥゥッッ!

 フレイムゥッ!)


【おう!】


 トオルは両掌を上に向ける。


火炎突風(パイロガスト)……)


 ブオォンッ!

 ボボォウッ!


 両掌から炎が噴き出る。

 トオルがスキルを発動したのだ。


 誘拐されたトオルとフレイムだったが幸運な事が一つあった。


 それはスキルが攻性だった事。

 やり様によっては脱出できるかもしれない。


 が…………

 それは中田にとっても好都合だった。


 バサァッ


 裏頭(かとう)を勢いよく捲り、ドス黒い紫色の両腕を晒す。


受憎(じゅにく)……」


 中田の呟き。


 グググググゥゥッッ!


 ジャキィンッッ!


 中田の右腕が変質し、鋭い刃へと変貌する。

 受憎(じゅにく)で生成された部位は形を変える事が可能なのだ。


 参照話:第百六十話


(ヒィィィッッ!

 バッ……

 バケモノォォッッ!

 くっ……

 くらえぇぇっ!

 火炎突風(パイロガスト)ォォッッ!)


 目の前に現れた殺意を持った異形の者に恐怖し、叫び声を上げるトオル。

 何とか気持ちを押し殺し、攻撃に転じる事が出来た。


 ブオォンッッ!


 炎が中田に向かって襲い掛かる。


 ボッッッ!


 中田の左腕に着火。


(どうだァッ……

 このまま僕をおとなしく……)


「フン…………

 どうと言う事は無い……

 感染和法……」


 左腕が燃え盛っているにも関わらずまるで意に介さず、自身の両膝に触れて式発動。


 ビュンッッ!


 疾風の如く中田が駆ける。

 目的地は窓。


 ガシャァァァァァンッッッ!


 右腕の大刃で一息に窓を破壊。

 行動の意味が解らず戸惑うトオル。


 ビュオオオオッッ!


 破壊された窓から風が入り込み。左腕の炎をかき消した。


(くそっ……

 そう言う事かッッ!)


 トオルは中田が窓を破壊した理由は左腕の炎を消す事だと判断した。

 そしてそれは自分のスキルが効いていると考えた。


 が、真実は違っていた。


 中田が窓を破壊した理由。

 それは換気の為だ。

 痛覚がほぼ無い中田にとっては炎で焼けようと特に気にはしない。


 受憎(じゅにく)で生成された腕なら尚更だ。


 だが、密閉空間であると言う条件はあるが刑戮連(けいりくれん)にとって炎は有効。

 空気を使って燃焼するからだ。


 痛覚は無いと言っても三人は辛うじて生物ではある。

 呼吸を止められると意識が飛んでしまう。


 トオルは勘違いをしたまま戦闘続行する事に。


 フンフン


 軽く上下に左腕を振り、動きを確認する中田。


 ビュンッッ!


 中田が動いた。

 瞬時に間合いを詰める。


(うわわわぁっっっ!!?

 火炎突風(パイロガスト)ォォォッッ!)


 突然の動きに驚いたトオルはスキル発動。


 ゴォォォッッ!


(あぁっっ!?

 しまったぁっ!?)


 トオルの声が響く。

 右掌から燃え盛る爆炎が上がる。


 咄嗟の事の為、威力をセーブしてなかったからだ。

 自分が死ぬかもしれない瀬戸際にも関わらず威力を抑えていた。


 良く言えば優しい。

 悪く言えば平和ボケのトオル。


 無理もない。

 竜司と違い、今まで血生臭い争い事に縁が無かったのだ。


 右掌から噴き出した爆炎が炎上網の様に向かって来る中田の前に立ち塞がる。 


 が…………

 全く気にせず左手を伸ばす中田。


(ヒイィィィッッ!!?)


 天上に届く程の大炎を前にして全く躊躇しない中田に恐怖し悲鳴を上げるトオル。

 やがて炎が大きくあがりトオルの視界を遮った。


 中田の動きが見えない。

 焦るトオル。


 恐怖の余りスキルを解除。

 身を屈めてしまう。


【ガッ……

 ハッ…………】


 聞き慣れた声色で変なうめき声を背中で聞くトオル。

 自身は何ともない。


 あれ?

 どうしたんだろう。


 恐る恐る振り向くと、使役している竜の長い首を掴んでいる中田の姿が目に飛び込んで来た。


 中田の狙いは初めから竜だったのだ。

 竜河岸の異能は竜から起因している事を中田は知っていたから。


 読者の中には竜の強い力なら簡単に振り解けるのでは?

 と、お考えの人もいるかも知れない。


 だが、それは否。


 炎上網から飛び出した中田の左手は瞬時にフレイムの首を掴み、同時に感染和法を発動していた。

 中田の左手から流し込まれる圧倒的量の恨気(かいき)は物凄いスピードでフレイムの身体を蝕む。


 ドンドン身体から抜けていく体力と魔力。

 共に万全では無いフレイムに抗う術はほとんど残されていなかった。


【くっ……

 くそぅっっ……

 離し……

 やがれ……】


 プルプル震えながら両手で中田の左掌を外そうと掴みにかかるフレイム。



 が………………



「感染…………

 乗法……」


【ああぁぁあぁぁぁっぁああぁ………………

 あぁ……

 あぁ……】


 ここで和法から乗法にチェンジ。

 抜け出るスピードが倍加する。


 だらんと垂れ下がるフレイムの両腕。


 今、目の前で起きている事が判断できないトオル。

 フレイムの苦悶の声を聞き、ようやく動き出す。


 しかし………………


(ウワァァァッァァァァァッッッッ!!

 やめろぉぉぉぉっっっ!!

 フレイムから手を離せぇぇぇぇぇッッッ!

 火炎(パイロ)…………)



 スカッッッ!



 トオルは何が起きたか解らなかった。


 スキルは発動しない。

 (かざ)した右掌はもう………………



 無かったから。



 ドサッ


 トオルの右手は宙へ舞い上がり、放物線を描いて小さな音を立てて床に落ちる。

 中田は右腕の大刃を天に向けていた。


 刃がトオルの血でベットリ濡れている。

 右手は中田が斬ったのだ。


(ウワァァァッァァァァァァァッァァッッッ!!

 ぼっっっ……

 僕の右手がァァァァァァァッッ!!!)


 ボトボトォ


 傷口から大量の血が流れ出る。

 認識した途端、灼け付く様な痛みが身体を縛り叫び声を上げるトオル。


 ゴロゴロゴロゴロォォッッ!


 余りの痛みに床を転げまわるトオル。

 当然痛みは消える訳も無く、依然として血も流れ続けている。


 何だ!?

 何だコレ!

 何でこんな事になったんだ!


 そんな想いがトオルの頭を駆け巡る。


 ドシャァ……


「……フン……

 いくら竜でもこれだけ恨気(かいき)を流し込まれたら動かなくなるんだな……」


 フレイムはほとんどの魔力を吸い出され、床に倒れ伏した。

 ピクピクと痙攣し、何も声を上げない。


(フ……

 フレイム……)


 血がどんどん流れ意識が朦朧とする中、網膜に映り込むのは自身の竜が床に這いつくばる姿。

 それを目の当たりにして愕然とする。


 ザッザッ


 倒れてるトオルの側に歩み寄る中田。


「……曽根……

 仕上げだ……

 こっちにズレろ……」


「キョキョキョキョヒィィッッ……

 はぁ~い」


 依然として撮影を続けている曽根は部屋の中央にズレる。


 ガッ


(う……)


 中田は無造作にトオルの髪を掴み、引き摺って中央まで。

 大量の失血によりもはや声を出す事もままならない。


 ズズ……

 ズズ……


 フレイムも同様に長い首を掴み、中央まで運ぼうとするが竜の為なかなか動かない。


「……さすがに……

 重いか……」


 ギュギュギュギュギュ


 肉の擦れる音が響いたかと思うと鋭い大刃だった右腕が瞬く間に人間の右手の形に変わる。


「キョキョキョキョヒィィッッ!

 中田ちゃんの受憎(じゅにく)っていつ見ても便利よねえ」


 ファインダー越しに一部始終を撮影している曽根からの所感。


 中田の受憎じゅにく

 大刃から通常の手に戻すまで凡そ二秒半。


 これは強敵と対峙した時に初見殺しとして使えるレベル。


 ちなみに受憎(じゅにく)で生成した部位を刃に変形出来るのは中田のみ。

 他三人はせいぜい棘どまり。

 尖らす事は出来ても中田の様に硬質化させ、鋭い刃に変える事は出来ない。


「感染和法……」


 戻した右手を左腕に添え、式発動。

 身体強化の為だ。


 ギュギュギュ


 ジャキンッッ


 身体強化を終えた中田は再び右腕を大刃に変えた。


 ガッ


 フレイムの首を掴み、引き摺る。

 こんどは身体強化をかけている為、軽々と運ぶ。


 そして中央へ。


 ドサァッ


 中央に運ばれたトオルとフレイム。


 ガッ


 うつ伏せに寝転がるトオルの髪を掴み、顔を引き上げる。

 右腕の大刃をトオルの首に添えた。


 中田の目の前には嫌らしい笑みを浮かべながら撮影している曽根。


「この動画を見ている方々……

 今まで竜河岸や竜の理不尽な蛮行に悩み、心を痛め、涙を流した事があるだろう……

 何も手が出せず、抵抗する事も叶わない……

 そんな憂き目に遭遇した事があるだろう……

 何故我々人間が手が出せないのか……

 それは竜と竜河岸には化け物じみた魔力と異能があったからだ……

 だが、そんなものが扱えても全く無駄だと言うのがお解り頂けたかと思う……

 私は御覧の通り……

 異能を使って襲い来る竜河岸と竜を圧倒したのだ…………」


 中田がポツリポツリと演説。

 まさに偏向演説と呼ぶに相応しい内容。


 まず竜と竜河岸が傍若無人な振る舞いをしていると決めつけている。

 確かに竜と人間の関係は強者と弱者がはっきりしているものとは言える。


 だが竜側は人の作り出した文化を尊重し、あくまでも平和的共存を望んでいる。


 現にガレアは店にある食べ物は勝手に食べず、与えられるばかうけを好んで食べ、ルンルは世のオカマさんに心酔し、赤の王ボルケはプラモが大好きだ。

 毒竜のハイドラですら川柳を好む。


 どの竜も人間社会を壊したいとは思っていない。


 かつ竜河岸と言う存在は竜と言う異形の種と人類との懸け橋的な役割を担っているのだ。


 そう言った部分に中田は全く目を向けず、みんなも苦しめられているに違いない。

 何故なら魔力やスキルなどの異能を扱うから。


 これが中田の理論。

 偏向理論。


 何故この様に偏ってしまったのかと言うとやはりドラゴンエラーが原因。

 圧倒的に理不尽な力で愛妻と愛娘を一瞬で消し飛ばされたのだ。

 この様に偏ってしまうのも無理はないかも知れない。


 だが言わんとしている事と行っている事は激しく乖離(かいり)している。


 中田は言わんとしている事は非力な人間だからと言って竜や竜河岸の強大な力に屈する事は無いと言う事。


 非力な人間。

 中田の行った事が圧倒的に乖離(かいり)しているのはこの点。


 中田は式と言う使い方によっては竜の魔力を上回る異能で圧倒しただけだ。

 まるで悪を更に大きい巨悪が圧し潰すかの様に。


 異能を会得した段階で既に中田も人間とは一線を画す場所に居る事を解っていない。


 髪を掴まれ強引に顔を持ち上げられているトオルだが、極度の失血で目が虚ろになっている。


(あ……

 う……)


 微かなうめき声しか出せないトオル。

 もはや感覚もぼやけ、恐怖も痛みもどんどん薄くなる。


 代わりに感じるのは寒さ、冷たさの類。


「……渇木(かつき)……」


 ポツリと渇木(かつき)を呼びつけた中田。

 無言で側に寄り、フレイムの長い首を持ち強引に持ち上げる。


「…………決して竜と竜河岸は強大では無い…………

 その証拠を今からご覧頂く…………」


 中田がポツリと呟き、目を血走らせる。


 力を込めて……………………



 大刃を引いた。



 ザンッッ!



 そして宙に引き切った大刃をそのまま勢いよく振り下ろす。



 ザンッッ!



 ドサッ


 床へ物の様に落ち、転がったのは………………



 トオルの首。



 ブシュゥゥゥゥッッッ!


 切断面から夥しく真っ赤な血が噴き出る。

 その赤は渇木(かつき)の身体をどんどん染めていく。


 が、いくら赤く染まろうと虚ろな目のまま全く意に介さない渇木(かつき)の両手に持たれていたものは………………



 フレイムの首。



「ハァーーーッッ!

 ハッハッハッハァーーーッッ!

 やってやったァッ!

 やってやったぞぉっ!

 竜河岸と竜を殺してやったぞォォッッ!

 ハーーッハッハッハッーーーッッ!」


 トオルとフレイムの斬首。


 この事が中田に狂った歓喜の笑いを引き起こす。

 狂った笑い声がいつまでもいつまでも部屋に響く。


「キョキョキョヒィッ!

 はーい撮影終了ォ~~……

 いい感じにグロくえげつなく撮れたんじゃない?

 キョヒキョヒキョヒ……」


 中田の狂った笑い声に曽根の気持ち悪い声も混じる。

 まさに狂乱の宴。


 確かに中田は竜河岸と竜を殺せたかも知れない。

 内容的に見れば圧勝と映るかも知れない。


 が、その実は状況や攫った竜河岸に助けられていた面が多分にある。


 まず状況。

 攫う時に不意打ちで喰らわせた感染乗法と眼刺死(まなざし)により、魔力と体力を大幅に吸い出されていた点。

 かつ見知らぬ所に突然連れて来られたと言うトオルの動揺、焦り。


 ここで中田と戦闘に入った時は二人とも万全では無かった。


 続いてフレイムの(マスター)であるトオルの力量。

 もともとケンカとかは余り好まない性格で自身のスキルも危ないから余り使用していなかった。

 スキルレベルも未熟だったのだ。


 もしフレイム、トオル共に万全でかつスキルの研鑽もしていたら勝負は解らなかった。


 トオルのスキル火炎突風(パイロガスト)はそれぐらいのポテンシャルを有するスキルだったのである。


 しかし…………



 時すでに遅し。

 手遅れ。

 覆水盆に返らず。



 虚ろな目のままマネキンの様に転がっているトオルの生首がそれを物語っていた。


 こうして見た者に精神的外傷(トラウマ)を植え付けかねない(おぞ)ましいスナッフフィルムが完成した。


 ボトォッ


 渇木(かつき)の両手から離れ、フレイムの生首が床に転がる。


 撮影は終わったが中田にはまだやる事があった。

 これも外道の所業。

 中田はまずトオルの生首に左掌を合わせた。


「…………受憎(じゅにく)……」


 ジュルゥゥッッ


 これが中田のやる事。

 受憎(じゅにく)により、竜河岸と竜を体内に吸収。


 この行為には実験的な意味合いが大きい。

 魔力を含有した生物を取り込んだ時、身体にどう言った影響が出るのか。

 それを確認したかったのである。


 トオルの生首が中田の体内に吸収された。

 続いて死体となったトオルの身体。

 これにも左掌を合わせる。


「…………受憎(じゅにく)……」


 ジュルルルルルゥゥゥゥッッ!!


 何倍もの大きさであるトオルの死体が見る見るうちに吸い込まれて行く。


 ドクン


 トオルの死体を吸収した途端、中田の身体に変化。

 胸が大きく高鳴った。


「グウゥゥッッ!!」


 中田が苦しみ出し、胸を押さえて(うずくま)る。


 ドラゴンフライで長く語って来たが魔力は猛毒。

 少量でも身体に取り込めば即身体に影響が出る程の猛毒。


 トオルは絶命したが体内には魔力が残っていた。

 それを身体に吸収したのだ。


 魔力が中田の体内から破壊し始める。


「グウウッ……

 ウウウッッ…………

 話にはぁっ……

 聞いていたがァッ……

 これほどとはッッ…………」


「キョキョキョキョヒキョヒキョヒィィ。

 中田ちゃ~ん、ダイジョーブ?

 キョヒキョヒキョヒ……」


 曽根が笑いながら中田の()()()()()()()()を示す。

 言葉は軽く、全く案じていないのが丸解りだ。


 これが刑戮連(けいりくれん)の関係。


 と言っても、もうまともにコミュニケーションが取れるのは曽根と中田のみ。

 渇木(かつき)は大量の恨気(かいき)に側頭葉をやられ、まともに話す事が出来ない。


「グゥゥッッ…………

 これほどのォッ…………

 猛毒でェッッ……

 恵美とォッ……

 萌はァッ……

 消し飛ばされたのかぁぁぁぁっっ!

 憎い……

 憎い憎い憎い憎い憎い憎い憎いぞぉぉぉぉっっ!

 竜河岸ィィィッッ!

 竜ゥゥゥゥッッ!」


 恵美が中田の愛妻。

 萌が愛娘である。


 中田の体内で急激に恨気(かいき)が募って行く。


「グゥゥゥゥッッッ…………

 ウォアオォアッッッ……」


 体内で恨気(かいき)が急激に膨張するが、依然として中田の体内に存在する魔力は侵蝕を止めない。


 恨気(かいき)と魔力。

 せめぎ合う二つの力。


「この恨みィィィィッッ…………

 晴らさで置くべきカァァァァッぁァァッッッ!!!」


 と、ここで苦しんでいた中田の身体がピタリと止まる。

 何事も無かったかの様に背筋をすっくと伸ばした。


「キョキョキョヒキョヒ……

 てっきり死ぬかと思ったのにぃキョヒキョヒキョヒ……

 中田ちゃんのハナシだと竜の魔力って毒なんでしょぉ?

 ソンなもん身体に入れてダイジョーブなのぉ?」


 曽根の嫌な笑い声の後の問い。

 これは中田の身を案じているとかそんな想いは微塵も無く、ただ単純な興味。


「知るか……

 とりあえず恨気(かいき)で封じ込める事は成功したみたいだな……」


 ザッ


 中田は足を踏み出す。

 向かう先は…………



 首の無いフレイムの身体。



 これに受憎(じゅにく)をかける事で生死の確認をしようとしていた。

 中田は竜排会時代から竜が死ぬ所は見た事が無い。


 そして受憎(じゅにく)で吸収出来るのは生物の死体のみ。


 これで身体が吸収出来なければ文字通り竜は化物と言う事になる。

 だが成功したとしても再び魔力の猛毒と戦う事になる。


 人間である竜河岸の残存魔力であの苦しみ方だったのだ。

 大元である竜の死体など吸収したらどうなるか推して知るべしと言った所だろう。


 この行為はどちらに転んでも地獄しかない二択。

 だが中田に一切の躊躇は無い。


 それだけ竜と竜河岸を憎んでいると言う事である。


 首の無い竜の鱗に左手を添える。


「…………受憎(じゅにく)……」


 ジュルルルルルルルルルゥゥゥゥッッ!!


 中田の左手にフレイムの身体が吸い込まれて行く。


 ここで判明した事。

 フレイムは絶命していた。


 やはり竜と言えども生物。

 首を落とされれば死ぬと言う事だ。


 が……………………

 それは………………



「ウワァァァッァァァァァァァッァァッッッ!!

 グアァァァァァァァァァァッッッ!!」



 同時にフレイムの持つ魔力が中田の身体を蝕む事を意味する。


「グアァァァァァァァァァァッッッ!!

 ヌゥゥゥゥゥゥゥゥッッッッ!」


 ゴロゴロゴロゴロッッッ!


 余りの苦しみに床を転がり回る中田。

 フレイムの持つ魔力は言わば源魔力と言うもの。


 トオルの持っていた残存魔力とでは濃さが違うのだ。

 圧倒的に。


「ウワァァァッァァァァァァァッァァッッッ!

 恵美ィィィィィィィィィッッッッッ!

 萌ェェェェェェェェェェッッッ!」


 愛妻と愛娘の名を叫ぶ苦悶の大絶叫はいつまでも響き渡っていた。


 中田の恨みの元である竜司は、こんな(おぞ)ましいビデオが作成された事など露程も知り得なかった。


 ※尚、このスナッフビデオ作製のくだりは竜司が知り得ない部分の為、(たつ)には話していません。


 ###

 ###


 この日は拍子抜けする程何も無く過ぎて行った。

 いや、この日だけでは無い。

 ここから本番当日まで何事も無く日々は過ぎて行った。


【なあなあ竜司、んで俺はいつ飛んだらいいんだ?】


「フィナーレで飛ぶらしいから一番最後だよ。

 勅使河原(てしがわら)さんの言う事ちゃんと聞いてね」


 僕はガレアにライブへの協力をお願いした所、快諾。

 理由は飛べるからだ。


 夜の照明で光るガレアの翼は綺麗だろうなあ。

 そんな呑気な事を考えていた。


 そしてついに来た。


 暮葉ドームツアー初日 東京ドーム


 ###


「はい、今日はここまで」


「あれ?

 パパ、今日はいつもに比べて早いね」


(スナッフビデオ作製のくだりを話してない為)


「僕もどこで切ったら良いかとか色々考えてるんだよ」


「ふうん」


 (たつ)はあまり解ってない様子。

 この話、前にもしたと思うけどな。


「じゃあ今日も遅い……

 おやすみなさい」

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