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ドラゴンフライ  作者: マサラ
最終章 第二幕 東京 暮葉ドームライブ編
161/284

第百六十話 棄甲曳兵(轟吏・鞭子後編)

「フーーーッッ!

 フーーーーッッ!」


 依然として轟吏(ごうり)の口から離れない渇木(かつき)の手。

 考えてか本能なのかは解らないが、これはかなり効果的。


 轟吏(ごうり)のスキルは強力ではあるが、基本は口から放つ為その口を塞がれるとどうしようも無いのだ。


 そしてそれは…………


 ガラ…………



 轟吏(ごうり)の危機を意味する。

 渇木(かつき)はそのまま轟吏(ごうり)を持ち上げる。


 ドコォォォォォォォォォォォォォォンッッッ!


 更に地面へ思い切り叩き付ける。


「ブファッッ!!」


 紫色の指の間から轟吏(ごうり)が吐血。


 何故渇木(かつき)はひと思いに轟吏(ごうり)を殺さないのか?

 と思う読者も居るだろう。


 それは()()()()()()()に理由がある。

 基本式を会得した者の行動原理とは恨みを晴らす為に動いている。


 恨みの晴らし方と言うのも様々あり、(なずみ)の場合は破壊と欲望との置換。

 欲望との置換とは自身が持つ欲望を叶えると同時に恨みが解消されると言う事。


 そして渇木(かつき)の場合は(なぶ)る事。

 恨みを持つ対象を(なぶ)り、果てしなく(なぶ)り殺害・破壊する事なのだ。


 自分の行動をさっきから邪魔している轟吏(ごうり)

 恨みの対象は轟吏(ごうり)にシフトしていると言う事だ。


 感染減法や受憎(じゅにく)を使わないのにも理由がある。


 現在体力は満タンなのだ。

 ここで感染減法を使い吸収してしまうと却って動きが鈍ってしまう。


 有体に言うと腹いっぱいと言う事。

 受憎(じゅにく)はストックMAXの為。


 と、なると自動的に対象を痛めつけるという行動になると言う事だ。


 自身の能力を封じられ、絶対的危機に追いやられた轟吏(ごうり)

 このままでは渇木(かつき)(なぶ)られて殺されてしまう…………


轟吏(ごうり)ィッッ!】


 が、轟吏(ごうり)は一般人では無い。

 竜河岸なのである。


 側にはそう……



 マミーがいる。



 ボコォォォォォンッッッ!


 マミーの強烈な体当たりが渇木(かつき)の横面から炸裂。


 頭から突撃した為、頭部の角が渇木(かつき)の脇腹に突き刺さり、そのまま上空へ飛ばされる。


 余りの威力の為、ようやく轟吏(ごうり)の口から掌が離れた。


 ドシャァッ……


 遠く離れた地点に落下する渇木(かつき)


轟吏(ごうり)、大丈夫ですか?】


「あぁ……

 何とかな……

 ガハッ!」


 轟吏(ごうり)が吐血。

 二回目の一撃で内臓を痛めたのだ。


轟吏(ごうり)……

 油断しましたね……

 戦闘の際は魔力遮壁(インターセプト)の射程から出るなとあれ程……】


「あぁ……

 スマンのうマミー……

 ゲホッ……

 ゲホゲホッ…………

 ペッ!」


 再び吐血し、血溜まりを地面に吐き捨てる轟吏(ごうり)


【ホラ……

 私の魔力を使って身体を回復なさい……】


「あぁ……」


 そっとマミーの鱗に手を添える轟吏(ごうり)

 魔力補給の為だ。


 轟吏(ごうり)は前話で話した通り、魔力注入(インジェクト)が使えない。

 が、体内に入った魔力を使って回復を図る事は可能。


 しかし、その効果は魔力注入(インジェクト)に比べて低く、且つ保持(レテンション)も未使用の為、魔力の毒性はそのまま身体にフィードバックされる。


 使役している竜の魔力の為、目立った症状はすぐには現れないが多用は出来ないのだ。



 十分後



「ふう……

 どうやら傷んだ内蔵は治ったようじゃのう……

 渇木(かつき)はどうなった?」


【いえ……

 まだ倒れたまま動きません】


「多分あの上空の一撃喰らって平気じゃったから多分まだ意識は保っとる思うんじゃけどのう……

 やいやい……

 ホンマに気持ち悪い奴じゃ……」


 そう、渇木(かつき)は飛ばされた後ピクリとも動かないのだ。


 新宿上空から強烈な一撃で叩き落されても轟吏(ごうり)の隙を伺う程意識はハッキリしていたのだ。


 先の体当たりは強烈だったとは言え、あの尾の一撃よりも凄いとは考えにくい。

 だからこそ抱く違和感や嫌悪感。


 轟吏(ごうり)からしたら今まで対峙した事の無いタイプ。

 全くもって得体が知れないのだ。


 多分弛緩咆哮(スラック・ロー)の効果も消えている。


 ボボボボボボボボボコォッッ!


 ガガガガガィンッッッ!


「うおぉぉっっ!?」


 静寂を破る様に魔力遮壁(インターセプト)発動。

 衝撃音が響き渡る。


 思わず声を上げる轟吏(ごうり)

 渇木(かつき)が攻撃を仕掛けてきたのだ。


 が、渇木(かつき)は遠く離れたままだ。

 一体どうやって?


 ようやく状況を把握できた轟吏(ごうり)

 目の前には無数の長い手()()()()()


 ガィンッッ!

 ガガガガィンッ!


 ハッキリしないのは依然として超速移動しながら攻撃して来ているからだ。


 辛うじて紫色が確認出来るが、身体能力が一般人程度の轟吏(ごうり)の動体視力では影を追うだけで精一杯。


 ガィンッ!

 ガガガガガィンッ!


 が、マミーの魔力遮壁(インターセプト)は鉄壁。

 就任後、今まで破られた事など一度たりとて無いのだ。


 射程範囲内では安全。

 轟吏(ごうり)もそれは重々承知。


 落ち着いて状況分析を行う。

 遠く離れた渇木(かつき)は依然として天を仰いだまま倒れている。


 と、なるとこの今攻撃して来ている無数の紫手群はおそらく背中に受憎(じゅにく)で生成したもの。


 それらで地面を掘削し、ここまで伸ばしているのだ。

 倒れたままなのは受憎(じゅにく)生成を悟らせない為だろう。


 轟吏(ごうり)は考える。

 現時点でおそらく死肉のストックや恨気かいきの残量も少ないのではと。


 根拠としてまず現在位置と渇木(かつき)との距離。


 目算で五メートル以上は離れている。

 それだけの長さの手を無数に生成するのだ。


 受憎(じゅにく)とて何も無い所から手を生成する訳では無い。


 続いて地面を掘削するパワーを手、一本一本に込めるのだ。

 それは相当量の恨気(かいき)を使用する。


 それらの点からガス欠は近いのではと考える。


「おい……

 マミー……

 二重唱(デュエット)行くぞ……」


【…………大丈夫なのですか……?

 相当喉に負担がかかるのでは……】


「確かに今の状態やと一回か二回が限度やろうのう……

 やいやい…………

 念のため……

 ()()()の分の喉も残しとかなあかんから……

 一回こっきりじゃろうのう……」


 轟吏(ごうり)の言う二重唱(デュエット)と言うのは弛緩咆哮(スラック・ロー)超音波刃針(ソニック・ランセット)のコンボ戦術の事。


 弛緩咆哮(スラック・ロー)で動きを封じた後、超音波刃針(ソニック・ランセット)でバラバラに切断するという荒技。


 超危険で対象を殺してしまう可能性も高い戦術。

 轟吏(ごうり)も今まで使ったのは一度しか無い。


 しかも人間相手では無く、魔力を取り込み獰猛(どうもう)になったヒグマ群に対してである。


 人間に使用するのは今回が初めて。

 鳥獣駆除に使用されるような戦術を放つ気なのだ。


 それは渇木(かつき)の化物じみた行動とこのまま取り逃がした時の被害などを鑑みた上での判断。


「よし……

 行くぞ……」


 マミーに跨る轟吏(ごうり)


 ガァンッ!

 ガガガガィンッ!


 跨る間も依然として猛攻は続く。


【で……

 どうするのです……?】


「やいやい。

 このまま間合いを詰めて、飛び上がれぃ。

 そこから下に向けて二重唱(デュエット)かます……

 多分相手はもう新しい手は生成出来ない筈じゃからのう……」


 横に放つと多大なる被害を引き起こす超音波刃針(ソニック・ランセット)

 下に放てば被害は減らせると考えたのだ。


 ダッッ!


 マミーが長い紫色の手群を掻き分け、駆け出す。


 ボコォォォォォンッッッ!


 マミーの動きに気付いた渇木(かつき)が応戦。

 地中に埋まっていた長い腕を地面から出し、マミーを追う。


 ガィンッッッ!

 ガガガガガァァァンッッ!


 超速で動いているにも関わらず追い付き、攻撃を繰り出す紫色の腕群。


【クッ…………

 邪魔ですねっ……

 紫の触手っ……】


 渇木(かつき)の猛攻にイラつき言葉が漏れるマミー。

 魔力遮壁(インターセプト)で防御は出来ているのだが、視界が遮られた為だ。


「やいやいっ!

 構わんッッ!

 そのまま飛び上がれぃっ!」


 ダァァァンッッ!


 視界は不明瞭だが構わず、飛び上がるマミー。


 コキコキッ


 首を持ち、喉を二回鳴らす。

 顔を下げた轟吏(ごうり)


 いつのまにか立ち上がっていた渇木(かつき)


 背中から蛸の様に何本も紫色の腕を生やし、腰回りから更に手を四本。

 両肩からも二本生やしたその姿は化物としか形容できない姿だった。


 かつ先程、切断した胸部の腕もそのままである。


 渇木(かつき)()()()()()のだ。

 歌舞伎町で脚を切断したにも関わらずである。


 見ると左脚。

 太腿部で鋭利に切断されたジーンズの裾から下に紫色の脚が伸びてるのが解る。


 それにしても何というドス黒い紫だ。


 空中に居る轟吏(ごうり)の頭に嫌悪感が過る。

 嫌悪感が浮かぶ中、顔を俯かせ口を開く轟吏(ごうり)

 

弛緩咆哮(スラック・ロー)ォォッ!

 オオォオオォオォォォ~~~ッッッ♪!」


 下方に向け放たれる超低周波。


 高くジャンプしたマミーの高度から放たれるそれは長い手を生やした渇木(かつき)の身体全体を包むのに充分だった。


 ブルブルブルゥゥゥゥッッッ!


 低周波を浴びた渇木(かつき)の身体が細かく震え出す。

 筋肉が弛緩し始めたのだ。


 だが、轟吏(ごうり)は止まらない。


 コキコキコキッ


 首を三回鳴らす。

 超音波刃針(ソニック・ランセット)の準備。


 この先程から轟吏(ごうり)が行っている首を鳴らす所作。

 これは声帯と喉頭を鳴らしている。


 轟吏(ごうり)はスキルを発動する前、喉に魔力を集中させ強引に声帯と喉頭を変化させている。


 喉鳴らしはその変化した形の微調整の為である。


 喉鳴らし一回が双周波籠点(ヘテロダイン)


 二回が弛緩咆哮(スラック・ロー)

 三回は超音波刃針(ソニック・ランセット)となる。


 ドシャァァ…………


 身体に染み渡った超低周波が長い紫色の手の先まで弛緩し尽くした。

 前のめりに倒れる渇木(かつき)


 轟吏(ごうり)は口を開いたまま。


 超音波刃針(ソニック・ランセット)ッッ!


 心の中で叫び、スキル発動。

 下に向けて忙しなく顔を。


 正確にはスキル発動器官である口を忙しなく動かす。


 バツンッッ!


 ズバンッッ!

 ズバズバズバァッ!


 ボトンッ!

 ボトッ!


 ゴロゴロゴロォッ!


 放たれた超音波刃針(ソニック・ランセット)で地面に横たわっていた長い紫色の手が次々切断。


 激しい勢いのため切断後、浮き上がり地面に落ち、そして転がって行く。

 地面ごと切り裂かれ、新宿御苑の草原に無数の大きな地割れがいくつも出来た。


 スタッ


 マミー着地。

 轟吏(ごうり)がゆっくり背中から降りる。


 さっきと同じ轍は踏まないとマミーの側から離れない。


「ゲホォッ……!

 ゴホッゴホッゴホォッ!」


 地面に降り立った途端、咳き込み出す轟吏(ごうり)

 二重唱(デュエット)の負荷の為である。


轟吏(ごうり)……

 大丈夫ですか……?】


「やいや……

 ゲホッ!

 ……あぁ……

 何とかのう……

 ゴホゴホッ!

 ……結構キツいが大丈夫じゃ……

 ゴホッ!」


 口癖の“やいやい”ですらままならない程、喉を痛めている轟吏(ごうり)


 ダンッッッッッ!


 と、ここで遠く離れた所で大きな衝撃音。


「んっ!?」


 遠い所で煙が上がっている。


 ザッザッザッ


 何かがこちらに向かって歩いて来る。

 樺色(かばいろ)の鱗が轟吏(ごうり)の目に映る。


 更にフリフリとミニスカートが揺れているのも目に映る。


 飴村鞭子(あめむらむちこ)とデュークが現着したのだ。

 怠そうな顔でこちらまで歩いて来る。


「おお、キャンディか……

 何しに来たんじゃ……?

 やいやい……」


 と、鞭子(むちこ)の視線が倒れている渇木(かつき)に向かう。

 側まで無言で近づいた鞭子は強めにステップを踏み始める。


 トントントン。

 トートントントントン。

 トートト…………


「あぁ……

 ()()()()()()か……」


 そう呟き、大きくゴツゴツした掌を鞭子(むちこ)の顔、右側に添える。


 鞭子(むちこ)のステップ。

 これはモールス信号である。


 あるスキル発動中は鞭子(むちこ)は発声する事や声を聞く事が出来ないのだ。

 従ってモールス信号でコミュニケーションを取っていると言う訳である。


 轟吏(ごうり)が行っているのは魔力を使った骨伝導通信である。


―ゴリサン、今ノ状況ッテドウイウ状況デスカ?


〔ワシが二重唱(デュエット)かましたんじゃ〕


()()ヤッタンデスカ?

 喉ハドウデス?


〔あと一発が限界と言った所じゃのう……〕


―ナラモウ真空装甲(アーマードバキューム)ハ解除シテモ大丈夫デスカ?


〔あぁ。

 次にスキル発動する時は合図するわ〕


「ふう……」


 ここでようやく鞭子(むちこ)が一息。

 スキルを解除したのだ。


「やいやい……

 キャンディ……

 何しに来たんじゃ?」


「ゴリさん、何しに来たんなんてご挨拶ゥ~~ッ。

 アタシはピンチだって聞いたから応援に来たってのにぃ」


 話せる様になった途端いつもの感じを出す鞭子(むちこ)


「やいやい、隊長の指示か?」


「そりゃそぉでしょぉ~……

 アタシ(おと)みたいに仕事熱心じゃないもぉんっ」


「やいやい、余計な事を……

 って言いたいとこやけど……

 正直ヤバかったわ……」


「見た所地面は()()()()()()()、まだ奥の手は使って無いんでしょォ?

 てか二重唱(デュエット)喰らわせたんならアタシの出番は無いんじゃないのぉ~~っ?」


「やいやい…………

 それが……

 多分そうでも無さそうなんじゃな……

 コレが……」


「アッハッハ」


 聞いた途端、笑い出す鞭子(むちこ)


「ア~~……

 冗談キツいでしょォ~~

 アイツ(渇木)、五体バラバラになって小刻みに震えてるじゃ無いですかぁ~~…………

 って何あのキモい紫の腕…………

 って一体いくつ散らばってるの…………

 キモい相手ねェ…………

 でももう動けなさそうだから拘束衣で締めて終わりじゃないんですかァ~~……?」


「やいやい…………

 そ……

 それがのう……

 弛緩咆哮(スラック・ロー)も…………

 超音波刃針(ソニック・ランセット)も撃ったん初めてじゃ無いんじゃ……」


「え…………?

 なら、震わせたんでしょ?

 その時確保しなかったんですか?」


「逃げられた……

 やいやい……」


 それを聞いて鞭子(むちこ)の言が止まる。

 更に……


「でっ……

 でもっ……

 その後……

 バラバラに切断したんでしょっ……?

 その時は?」


「………………逃げられた……

 やいやい……」


 更に言葉を詰まらせる鞭子(むちこ)


「………………何かゴリさんが二重唱(デュエット)使った理由…………

 解った気がします…………

 喉、大丈夫なんですかぁ……?

 年始にコンサートあるんでしょぉ?」


「まぁそりゃそうなんじゃけどのう……

 やいやい……

 あの年始コンサート都内でやるんだぞ?

 あんなバケモン放っといたらコンサート所じゃないだろ?」


 本日は昼から双周波籠点(ヘテロダイン)を連発し、弛緩咆哮(スラック・ロー)超音波刃針(ソニック・ランセット)を単発使用。


 更に先程二重唱(デュエット)を放った轟吏(ごうり)

 喉にかかる負荷は多大なものになっている。


 これ以上使うと喉が潰れてしまう。

 まさにレッドゾーン。


 そのラインにまで轟吏(ごうり)の喉は到達しかかっていた。


「ゲ………………

 って事は今戦えんのアタシしか居ないじゃないっスかぁっ!!」


 鞭子(むちこ)轟吏(ごうり)魔力注入(インジェクト)を使えない事はもちろん知っているのだ。


「だっ……

 だから言うたじゃろう……

 ヤバいって……

 やいやい……」


 それを聞いた鞭子(むちこ)は黙っている。


「ワッ……

 ワシもマミーに乗って一緒に戦うからっ……」


 竜に乗れば戦力になると考えるかも知れないが実際の所そうでもない。

 理由としては竜への指示出しによるタイムラグと竜の強大さだ。


 例として挙げられるのは竜河岸相手のケースしか無いのだが、魔力注入(インジェクト)を使用した犯人を取り押さえる場合、一秒の判断ミスが取り逃すと言う最悪のケースに繋がる事も往々にしてある。


 かつ鞭子(むちこ)轟吏(ごうり)は警察官である。

 犯人を殺す訳では無い。


 竜の強烈な力が加えられると最悪死んでしまう可能性もある。


 細かい所を挙げると巨体だから圧迫感あるだとか、尻尾振り回して当たりそうになるだの色々あるのだ。


 長々と語ったが要するに邪魔と言う事だ。


「………………確か……

 何でしたっけぇ~~?

 ケーリクレンでしたっけぇ~?

 あいつら痛覚が無いんでしたっけ?」


「やいやい。

 キャンディ、お前レポート読んどらんのか?」


「いや読みましたヨォ~~……

 チラッと……

 パラっと……」


 要は流し読みしかしていない。


 今の不可解な状況。

 犯人は手をたくさん切断され、散らかした状態で倒れ、震えている。


 勝敗は決したと思われる今の状況にも関わらずヤバいと言う轟吏(ごうり)の発言。

 それらを解消するのが痛覚が無いという流し見で得た前情報。


 あ、そうか。


 相手は痛覚が無いからバラバラになってもまだ抵抗するかも知れないと言ってるんだ。


 そうなんだと結論付けたのだ。


「やいやい……

 とりあえず身体、弛緩してるって思って油断せん方がええぞ……

 アイツ(渇木)の生成スピード速いからな……」


「生成?

 何の?」


「手?

 足なんかも知れんし、よう解らんやいやい。

 とりあえず今散らばっとる紫の気持ち悪い手は全部アイツ(渇木)のじゃ。

 渇木が生成したんじゃ」


「ウゲッ……!!

 キショッ!!」


「キャンディ……

 お前ホントに読んどらんのじゃのう……」


「だから読みましたってェ~~……

 確かケーリクレンの連中って完全に意識落とさないと確保する事が出来ないんでしょ?」


「そうじゃ……

 一人目の奴はカズが奥の手で確保したんじゃ……」


「あの面倒臭い奥の手を使()()()……

 って事はァ~~……

 カズのヤツゥ、上手い事オイシイトコだけ持って行ったのねぇ……

 相変わらず要領の良い奴だわぁ」


「やいやい。

 とりあえず(渇木)の意識がどうなっとるか確認せんとのう……」


「ゴリさん……

 軽く言ってくれてますけどォ~……

 それやるのアタシですよぉ~……?」


「やいやいっ!

 だからスマンて言うとろうが……

 この事件(ヤマ)、片付いたら甘いもんでも何でも驕ったるからここは一つ泣いといてくれへんか?」


「ハァ~~……

 多分アイツ起きてるかも知れないから魔力注入(インジェクト)発動して近づかないとダメですよねぇ~~…………?

 こんな事ばっかやってるからアタシ達、その界隈でC.D(カタストロフ・デュオ)とか呼ばれるんですよォ~~?」


 Catastrophe Duo。

 文字通り破壊の二人組。


 この二人の異名である。


 ある事件からこの二人組は自衛隊、警察、北海道猟友会等の団体からこう呼ばれる様になる。


 スキルの性質上、鞭子(むちこ)轟吏(ごうり)は二人組で困難な事件を担当する事が稀にある。


 大体、最初は轟吏(ごうり)が担当していて、鞭子(むちこ)が応援に行くというパターンが多い。


 C.D(カタストロフ・デュオ)と呼ばれる原因となった事件は北海道。


 上川郡は大雪山で起こった。

 犯人は竜河岸や竜では無い。



 ヒグマである。



 人間では無い動物にある程度の魔力耐性が発生するという珍しいケース。


 魔力が大気中に無い地球上で何がどうなってこうなったのか未だに不明ではあるが、何故か魔力を体内に含有したヒグマが確認され、獰猛(どうもう)になり大暴れをしたという事件。


 この危険なヒグマは周りのヒグマを手懐け、一大勢力を築き人里に攻め入り度々農作物を荒らしまくった。


 重傷者も多数出す大事件に発展。

 もちろん最初は警察や自衛隊、猟友会の面々が対処。


 が、他のヒグマは銃弾に倒れるにも関わらずボスヒグマは何発銃弾を受けても倒れない。


 被害はどんどん大きくなるばかり。


 日本全国の猟友会から腕の良い猟師が駆り出されるが状況は変わらず、ここで一人の竜河岸猟師の進言でようやくヒグマの体内に魔力が存在している事が確認される。


 そこで特殊交通警ら隊に依頼が来たという運びである。

 最初轟吏(ごうり)が単体で解決に臨む。


 が、ヒグマの数が多く分布も広い。

 マンパワー不足が否めなくなり、鞭子(むちこ)が応援として駆け付ける。


 鞭子(むちこ)轟吏(ごうり)共に大暴れし結果的にボスヒグマは駆除された。


 が、被害も大きく2017年現在では大雪山の一部である黒岳、烏帽子岳、赤岳、小泉岳は存在しない。


 轟吏(ごうり)の奥の手により、消失したからである。

 この事件の被害は解決後も起こる。


 北海道庁、自衛隊北部方面隊第二師団、北海道警察、その他ありとあらゆる団体から抗議文等の書類群が大量に豪輝の元へ届けられる。


 これらの処理に四日徹夜をしたと言う。


 変わった所では文科省の科学技術局からも抗議文が来ていた。

 内容は要するに魔力を含有したヒグマを駆除した事に対してである。


 長くなったが、これがC.D(カタストロフ・デュオ)と呼ばれる様になった事件である。


「しょうがないなァ~~

 ほんじゃまぁ~~?

 発動(アクティベート)ッ!」


 キラリンッッ!


 これが鞭子(むちこ)発動(アクティベート)起動音である。

 アニメの魔法少女物で聞かれる様な嘘臭い星が瞬く音とでも言おうか。


 竜司のエンジン音、(げん)のライター着火音、踊七の掘削機の掘削音。


 今まで様々な発動(アクティベート)起動音が出てきたが、このケースは初めてだと作者も驚いている。


 ヒュンッ


 魔力注入(インジェクト)を発動した鞭子(むちこ)の身体が消える。


 ガンッ!


 ゴロゴロゴロッッ!


 遠く離れた所で衝撃音。

 一瞬で間合いを詰めた鞭子(むちこ)渇木(かつき)の身体を蹴り飛ばしたのだ。


 激しくゴロゴロ転がって仰向けに。


「あれェ~~?

 ゴリさぁ~ん、やっぱり動きませんよぉ~~?

 もうトんで(失神して)るんじゃないですかァ~~?」


 仰向けになった渇木(かつき)だが依然として小刻みに震えている。

 生えている長い腕ごと。


「ワシの時もあんな感じじゃったんじゃあっ!

 ………………ん?」


 ここで違和感を感じる轟吏(ごうり)

 発生元は渇木(かつき)の身体。


 何かおかしい。

 さっきと何が違うのか?


 超速で轟吏(ごうり)の頭が回る。

 違和感を判明させる為に巡る。


「!!!!?

 イカァァァンッッ!

 キャンディィィィッッ!

 そこから離れェェェッッ!」


 違和感の原因に気付いた轟吏(ごうり)

 と、同時に脊髄を駆け上がる危機感。


「え?

 え?

 え?」


 急な大声に戸惑い、判断が遅れた鞭子(むちこ)


 ボコォォォォォンッッッ!


 鞭子(むちこ)の背後から大きな音。


「えっ!!?」


 素早く振り向く鞭子(むちこ)

 が、時すでに遅し。


 ガッ!


 右脹脛部を掴む、紫色の手。

 地面から這い出て来ている。


「キャアッッ!」


 鞭子(むちこ)の悲鳴。


 ボコボコボコボコォォォォォッッ!


 地面からドス黒い紫の腕が現れる。

 それは地中から根が這い出て来るかの様。


 その長い腕は渇木(かつき)の背中に続いている。


 ドシンッ!


 強い力で引っ張られ、尻もちをつく鞭子(むちこ)


「キャアッッ!

 何ッ!?

 ナニコレッッ!?

 キモいィィッッ!

 離してェェッッ!」


 グングン渇木(かつき)の元へ引き摺られる鞭子(むちこ)


「キャンディッッッ!」


 引き寄せられた段階で気付く。

 いつの間にか渇木(かつき)は立ち上がっている。


 何故?

 弛緩咆哮(スラック・ロー)の効果がもう消えたのか?


 いや、渇木(かつき)の身体自体は震えている。


 と、なると効果は消えていない。

 じゃあ何故渇木(かつき)は立ち上がっているのか?


 見ると、紫色の長い腕が二本伸びて身体を支えている。


 この二本は震えていない。

 これは何を意味するのか。


 それは受憎(じゅにく)で新たに生成した腕と言う事。


 何故だ?

 何故新たに生成出来る?


 死肉のストックはもう枯渇しているはずだ。

 それともその予想は間違っていたのか?



 …………否。



 轟吏(ごうり)の予想は間違っていない。

 いないが、それは受憎(じゅにく)の恐るべき性能を痛感する事になる。


 先程感じた違和感。


 それは渇木(かつき)の胸部にあった。

 無数にあった紫色の腕が消えている。


 先程轟吏(ごうり)超音波刃針(ソニック・ランセット)で切断した部分。


 その部分が消失している。

 他の切断部も同様。


 全て消えてしまっている。


 この受憎(じゅにく)という技。

 生成後も再利用が可能。


 切断された部位を一旦体内に吸収。

 改めて腕を生成し直したのだ。


 切断部をそのままにしていた理由はそう言った理由からだ。


 マミーに素早く飛び乗る轟吏(ごうり)

 鞭子(むちこ)を助ける為だ。


「ちょっとアンタッッ!

 パンツ見えちゃうじゃないのよっ!

 離しなさいよっ!」


 逆さに吊るされた鞭子(むちこ)は一生懸命スカートの裾を押さえている。

 だが、渇木(かつき)の中にはもう性欲など無い。


 あるのは…………


カンセンゲンホウ(感染減法)…………」


 歪んだ恨みと食欲のみである。


「アァアアァッッ……!

 アァッ……!

 アァアアァァアアァァッッッ!」


 逆さになった鞭子(むちこ)の悲鳴。


 渇木(かつき)が感染減法発動。

 紫色の腕が波打っている。


 体力を吸収しているのだ。


「マミーィィッッ!

 アイツ(渇木)を蹴り飛ばせェェッ!」


【ハイッ!】


 ダンッッ!


 大地を強く蹴り、一足飛びのマミー。


 ドコォォォォォォンッッッ!


 渇木(かつき)の脇腹にマミーの右足が炸裂。

 真横に吹き飛ぶ。


 強烈な威力の為、鞭子(むちこ)を掴んでいた手も離れた。


「キャンディッッ!

 大丈夫かぁっ!?」


「う……

 うう…………」


 地面に寝ている鞭子(むちこ)の姿を見て絶句する轟吏(ごうり)

 右脹脛から膝上辺りまで黒く変色している。


 これが恨気(かいき)に侵されると言う事。


「キャンディッッ!

 ワシの声は届いとるかっっ!?

 はやく魔力注入(インジェクト)を使うんじゃッッ!」


 呻き声のみで返答は無い。

 だが、呻き声を上げると言う事は気絶していないとして指示を送る。


 集中(フォーカス)ッッ!


 鞭子(むちこ)に指示は届いていた様で即座に魔力注入(インジェクト)発動。

 右脚に魔力を集中させる鞭子(むちこ)


 黒く変色していた右脚の黒みが徐々に引いて行く。

 それを見た轟吏(ごうり)は安堵する。


「キャンディ?

 大丈夫か?」


 すっかり元通りに戻った鞭子(むちこ)の右脚。

 ゆっくりと立ち上がる。


「あ~~……

 びっくりしたァ~~……

 ゴリさん……

 アイツ(渇木)、かなりヤバいっすね……」


「あぁ……

 式っちゅう術もまだまだ分からん事だらけじゃからなぁ……

 とりあえず受憎(じゅにく)は再利用可能らしい……」


受憎(じゅにく)ってあのキショい手を生やす術でしたっけ?

 再利用って?」


「既に生えとる腕を使って新たに生成出来るっちゅう事や…………

 となるとワシの弛緩咆哮(スラック・ロー)は効かんのう」


 例え現時点で渇木(かつき)を弛緩させたとしても新たに腕を生成して、いくらでも逃げれるからだ。


アイツ(渇木)の手に掴まれた瞬間、体力と魔力がゴッソリ抜けて行きましたよ~……

 アレが式って術でしたっけ~~……?」


「あぁ……

 ついでにいうと渇木(かつき)が使うんは感染減法っちゅうやつじゃ。

 やいやい」


「何ですかァソレェ~~?

 式っていっぱいあるんですかァ~~?」


「お前、本当にレポート読んで無いんじゃな……

 式っちゅうんは四つ型分けがあるんじゃと。

 やいやい。

 和法、減法、乗法、除法と。

 いわゆる足し算、引き算、掛け算、割り算って事じゃ。

 足し算や引き算は解らんでも無いが割り算なんてどうなんのじゃ……?」


「へェ~~……

 それで感染……

 減法でしたっけぇ~~?

 喰らったらどうなるんですゥ?」


 デュークの鱗に手を添え、魔力補給しながら更に尋ねる鞭子(むちこ)


「レポートには対象の体力を吸収するって書いとったわ」


「ウゲッ……

 キモい…………

 ゴリさん~~?

 バケモノって解ったからァ~~……

 ()()出しても良いですよねェ~~?」


 コロコロ球が転がる様な甘えたロリータ声で怖い事を口にする鞭子(むちこ)


「ワシは戦力としてほぼ役に立たんからのう……

 ええんじゃないか……?

 やいやい……

 けんどのう……

 北海道のクマとは違うんじゃ……

 くれぐれも()()()()……」


「ヤダなァ~~

 ゴリさんったらぁ~~

 アタシだって立派な婦警なんですからァ~~

 それぐらい解ってますよォ~~」


「本当かのう……?

 やいやい……」


発動(アクティベート)ッ!」


 キラリンッ!


 再び体内に嘘臭い星の瞬く様な音。

 魔力注入(インジェクト)発動。


 鞭子(むちこ)魔力注入(インジェクト)タイプは力型(パワータイプ)

 そう、ゴリッゴリの力型(パワータイプ)なのだ。


 キャンディというあだ名やフリフリのミニスカート等と言う外見とは真逆のタイプ。


 飴村鞭子(あめむらむちこ)

 あだ名や外見、言動などは苗字の飴村(あめむら)部分。


 魔力注入(インジェクト)タイプや後述のスキル等に関してはどちらかと言うと名前の鞭子(むちこ)部分と言う事だ。


「んで……

 キャンディよ……

 スキルの射程は伸びたんか?」


「ん?

 別に使う用事無いから据え置きの一メートルぐらい?」


「あ…………

 そうか…………

 やいやい……」


 トホホと言った顔を見せる轟吏(ごうり)

 前述の通り鞭子(むちこ)は職務に関してあまり真剣では無い。


 従って他に使い道のない物騒なスキルの研鑽など積む訳が無いのだ。


「ほいじゃァ~~

 まァ~~~……

 ブチのめして来るわァッッ!」


 前半はロリータ声。

 後半は荒々しいトゲ付いた声になっていた。


 鞭子(むちこ)の思考は戦闘モードにシフト。


 ギュンッッッ!


 鞭子(むちこ)の姿が消えた。

 渇木(かつき)に向かって行ったのだ。


「まず、アイツ(渇木)を起こさんとなあ……」


 鞭子(むちこ)の呟きと共に寝ている渇木(かつき)の頭上まで辿り着く。


 ガンッッッ!


 発動(アクティベート)を発動させた右足で思い切り顔を蹴り上げた。

 鞭子(むちこ)に一切の容赦無し。


 轟吏(ごうり)の様に仰向けにして瞳孔を確認。

 そんなまだるっこしい事していられるか。


 敵は依然として存在し、こちらを排除しようとしているのだ。


 完全に沈黙するまで殴って殴って殴り尽くし。

 蹴って蹴って蹴り尽くしてくれる。


 荒々しい戦闘モード鞭子(むちこ)の思考。

 無数の長い手群ごと空に舞い上がる渇木(かつき)の身体。


 バンッッッッ!


 強く大地を蹴り、渇木(かつき)を追う鞭子(むちこ)

 まだ一発しか蹴っていない。


 治ったとは言え、いつも手入れを欠かさない珠玉の脚を穢されたのだ。


 一発では許せない。

 許せる訳が無い。


 追う中で鞭子(むちこ)が気付いた事がある。


 ドコォォォォォォンッッッ!!


 天高く右足を上げ、思い切り踵落としを渇木(かつき)の腹に炸裂。

 ピンク色のハイヒールが突き刺さる。


 谷折りに曲がる渇木(かつき)の身体。


 ちなみに鞭子(むちこ)が履いている明るい蛍光ピンクのエナメルハイヒール。

 ラメが入っていてキラキラと物凄く乙女チックな品。


 が、材質は特殊チタンの物凄く剛性が高い物なのだ。

 従ってよくあるヒールの踵が取れるなんて事は体験した事が無い。


 これは魔力注入(インジェクト)に対応する為だ。

 魔力を込めた足で蹴りを入れたら普通のハイヒールでは一発で潰れてしまうのだ。


 ギュンッッ


 上昇していた渇木(かつき)の身体は強制的に方向を変えられ、落下。


 先程、鞭子(むちこ)が気付いた事は二つある。


 まず一つ。

 渇木(かつき)の身体の震えが止まっている。


 弛緩咆哮(スラック・ロー)の効果が止んだのだ。


 そしてもう一つ。


 ほんの数瞬前。

 思い切り蹴り上げた時にあったものが減っている。


 何が減っているのか…………



 それは紫色の腕である。



 正確には先の二重唱(デュエット)で切断された腕。

 切断された部位を体内に回収したのだ。


 だが、上空で鞭子(むちこ)が気付いた点は“何かが減っている”と言う事だけ。

 切断された部分までは気付いていない。


 ダンッッッ!


 落下した渇木(かつき)は着弾せずに着地。


 ビュビュビュンッッッ!


 更に地上から受憎(じゅにく)の触手で超速攻撃を仕掛けて来る。

 上空にいる鞭子(むちこ)は躱す事が出来ない。


 防御のみ。


 体勢的に圧倒的有利だった鞭子(むちこ)

 だが一瞬で状況が反転。


 不利になってしまった。


 ガンッ!

 ガガガンッ!


 だが、魔力注入(インジェクト)発動下の鞭子(むちこ)のハンドスピードなら何とか渇木(かつき)の超速攻撃に対応は出来る。


 だが…………


 ガンッ!

 ガガンッ!


 ガッ!

 ガッ!

 ガッ!


 超速で迫りくる無数の腕。

 両腕の倍以上の攻撃。


 かつスピードでは渇木(かつき)の方が上手の模様。

 手で払うのにも限界がある。


 瞬く間に左肩、左前腕部、右上腕部と三箇所掴まれてしまう。


「…………カンセン(感染)…………

 ワホウ(和法)……」


 ヤバい。

 恨気(かいき)を流されてしまう。


 しかし……

 鞭子(むちこ)は落ち着いている。


置換範囲(レプレイス・レンジ)


 ブン


 ここで眼を疑うべき事が起きた。


 確かに渇木(かつき)のドス黒い紫色の掌は地表から伸び、上空の鞭子(むちこ)を掴んでいた。


 だから上空で鞭子(むちこ)は止まっていたのだ。

 ……が、今……


 鞭子(むちこ)の身体は落下している。


 ボトッ!

 ボトボトッ!


 先に()()が落下した。


 それは紫色の肉片。

 切断面からは血等の液体は全く流れていない。


 受憎(じゅにく)を動かす為に血液などの体液は必要としない。

 必要なものは恨気(かいき)のみ。


 体内にどれだけの恨みを抱いているのか推して知るべしと言った所だろう。


 スタッ


 続いて鞭子(むちこ)も着地。


 ベリッ

 ベリベリッ


 各部に残っていた紫色の掌を強引に引き剥がし、汚いものでも拾ったかの様に遠くへ投げ捨てる。


 鞭子(むちこ)は一体どうやって脱出したのか?

 それは掴まれた瞬間に発動したスキルによってである。


 鞭子(むちこ)のスキルの総称は“置換(レプレイス)”と言う。

 文字通り一定範囲の物体を別場所に置換する。


 この置換(レプレイス)と言うスキル。


 汎用性が高く色々な応用が利くのだが、人相手の場合は使い方を考えないと簡単に殺害してしまう危険なスキルでもある。


 置換(レプレイス)はその名の通り何でも置換可能で指定範囲を真空状態にもする事が出来る。


 その状態は超高真空レベル。

 登場時に使用していた真空装甲アーマード・バキュームがそれである。


 ■真空装甲アーマード・バキューム


 鞭子(むちこ)のスキル。

 人の形に魔力で膜を作り、内部のあらゆる元素を置換(レプレイス)によって外部に押し出す。

 ある種の真空チャンバー。

 置換なので何らかの元素と交換という形にはなるのだが交換される元素は極々少量。

 宇宙空間に近い程の真空状態で身体を防御。

 あらゆる熱攻撃、電気攻撃などを防げる。

 更に超高真空状態を保つ魔力の膜となると硬度も高く、ある程度の物理攻撃にも有効である。


 鞭子(むちこ)轟吏(ごうり)と組まされるのはこれが理由である。

 真空装甲アーマード・バキュームを展開した鞭子(むちこ)には音は届かないのだ。


 鞭子(むちこ)は言わば轟吏(ごうり)の天敵と呼べる存在である。


 ちなみに真空装甲アーマード・バキュームを纏った際の身体的影響についてはほとんど無い。


 それは人型の魔力膜は二つ生成され、その中が真空になっているにすぎないからだ。


 厚めの透明な真空スーツで完全密閉していると考えて頂ければ解り易いだろうか。


 完全密閉しているのなら呼吸はどうしているのかと言う発想になるが、それは鞭子(むちこ)受動技能(パッシブスキル)で対応している。


 酸素変換オキシジェン・コンバート

 これが受動技能(パッシブスキル)の名称である。


 ■酸素変換オキシジェン・コンバート


 鞭子(むちこ)受動技能(パッシブスキル)

 デュークの魔力を酸素に変換し体内に行き渡らせる事が出来る。

 よって鞭子(むちこ)は無酸素空間でも活動が可能。

 だが、無制限と言う訳では無く長くて八分程度。

 理由は肺運動の停止による二酸化炭素排出不可。


 酸素は呼吸により肺を動かし摂り入れ、肺を覆っている血管内の赤血球にくっついて全身に運ばれると言う仕組み。


 だが酸素変換オキシジェン・コンバートが発動すると魔力で直接酸素を摂り込む形になる為、肺運動が停止する。


 酸素の面は問題無いが、二酸化炭素が体外に排出されない。

 八分以上でも可能とは言えるが高二酸化炭素血症を引き起こす可能性があるのだ。


 置換(レプレイス)の恐ろしさはこれだけに留まらない。

 そう、先の鞭子(むちこ)が脱出した置換範囲(レプレイス・レンジ)と言うスキル。


 これは言わばピンポイント置換と言ったもの。

 脱出時に使用した範囲は各全経三十センチ程のサイズ。


 範囲内の物質と別場所の物質を置換した。

 その置換した物質とは範囲外側の元素。


 何故元素かと言うとこのスキルは範囲内の物質を一瞬で別に()()()()()()と言う点が肝要な部分であり、置換される物質は何でも良いのだ。


 ■置換範囲(レプレイス・レンジ)


 鞭子(むちこ)のスキル。

 一定小範囲の物質と別場所の物質を置換する事が可能。

 別場所は最大十メートル範囲内であれば何処でも任意のポイントに送る事が出来る。

 発動箇所の物質は置換を抗う事が出来ず、半強制的に別場所へ送られる。

 (が、赤の王やナナオ等の超強大な魔力を有する存在であればその実では無いが)

 複数箇所同時使用も可能。

 使用時はすぐ側と置換する事が多い。


 ちなみに置換元。


 置換範囲(レプレイス・レンジ)の設置可能範囲としては二十メートルまで可能()()()()()()()()()()


 と、言うのもこのスキル指定範囲が無色透明なのだ。

 全方位(オールレンジ)の様に緑色等していない。


 だから遠く離れすぎると何処に設置したか鞭子(むちこ)本人にも解らなくなる。


 先に轟吏(ごうり)が聞いていたスキルの射程とは有効射程。

 現在、任意の箇所へスキル設置可能な射程は一メートル弱と言う事だ。


 従って最大射程は二十メートル。

 有効射程は一メートル弱となる。


 ザッ


 鞭子(むちこ)が歩み寄る。


「さぁ~~…………

 クサレバケモンだから遠慮は無用だよなぁ~~…………」


 依然として戦闘モードの鞭子(むちこ)

 言動の端々からも威圧が伝わる。


 かたや手を出さない渇木(かつき)

 いや、出せないのだ。


 状況がまだ理解できていない為。

 本能からなのか得体の知れない相手に不用意に攻撃は出来ない。


 ザッザッ


 が、無造作に近づいて行く鞭子(むちこ)

 有効射程まで侵入。


「まず…………

 動けなくなって貰おうかァ~~…………?

 置換範囲(レプレイス・レンジ)……」


 ブン


 ボトボトボトボトォッ!


 ブシュゥゥゥッッ!


 鞭子(むちこ)、スキル発動。


 瞬時に腰部に生成された受憎(じゅにく)腕二本。

 そして両脚、太腿部辺り。


 置換範囲(レプレイス・レンジ)の範囲に包まれたそれらの部分は強制的にすぐ隣に()()()


 真っ赤な血が右脚切断部から下へ噴き出す。


 ドサァッ


 紫色の受憎(じゅにく)腕が本体から離れ、地面に落ちる。

 その上に支えを失くした渇木(かつき)の身体。


「ウゲッ…………

 コイツ(渇木)の身体ホントにキショい……

 何で一箇所だけ血が出てんのよ……」


 それもそのはず。


 あくまでも血が通って無い部分は受憎(じゅにく)腕のみで右脚はそのまま素の身体なのだ。


 ビュンッッ!


 渇木(かつき)の身体が消えた。

 残る全ての受憎(じゅにく)腕を使って、超速で逃げた。


 それだけ置換範囲(レプレイス・レンジ)が脅威だった。


 弾丸の様に真横に跳んだ渇木(かつき)の身体。

 その先には………………


 先程二重唱(デュエット)で切断された受憎(じゅにく)腕の残骸群がある。


 これは渇木(かつき)の逃走経路。

 全て回収して改めて鞭子(むちこ)と対峙するつもりなのだ。


「逃げんじゃねぇっ!」


 動きに気付いた鞭子(むちこ)が後を追う。

 だが、これは悪手。


 一番良かったのはデュークの亜空間に足元の受憎(じゅにく)腕を格納する事だった。


 ジュルゥンッッッ!

 ジュルルルルルルゥゥンッッ!


 真横に跳びながら超速で無数の長い紫色の腕を伸ばし、受憎じゅにく発動。

 瞬く間に散らばっていた受憎(じゅにく)腕の残骸を体内に回収してしまう。


 ちなみに受憎(じゅにく)腕の掌も(くち)として使用する事が出来る。


 ダァァァンッッ!


 真横に跳びながら全て回収し切った渇木(かつき)は勢いよく地面を蹴り、大きくジャンプ。


 ちょうど向かって来る鞭子(むちこ)を飛び越える形。

 着地点はもちろん先程の場所。


 置換範囲(レプレイス・レンジ)で切り離された受憎(じゅにく)腕が散らばっている所。


「なにっ!?」


 この動きは鞭子(むちこ)も予想しておらず、面食らう。


 ギャギャギャギャァァァッッ!


 カウンター気味に地面に足を入れ、急ブレーキをかける鞭子(むちこ)

 素早く渇木(かつき)の方へ振り向く。


 そこにはもう先程まであった紫色の腕は見当たらなかった。

 全て体内に回収したのだ。


 遠く離れた渇木(かつき)に動きが見えた。


 現在、渇木(かつき)の両脚は無い。

 置換範囲(レプレイス・レンジ)によって()()したからだ。


 あくまでも消失。

 切断では無い。


 断面は鋭利な刃物で切断された様になっているが、置換範囲(レプレイス・レンジ)は範囲内の物質と別場所の物質を置換するスキルである。


 右脚部からポタポタ血が滴り落ちている。


 渇木(かつき)は背中部から生えている二本の受憎(じゅにく)腕で身体を支えている。


 すると……


 ズルルゥゥゥゥゥゥゥゥッッッ!


 一瞬で両脚が生えた。

 ドス黒い紫色をした両脚。


 スタッ


 生成したての両受憎(じゅにく)脚で大地に立つ渇木(かつき)

 更にここから……


 ジュルルルルルルゥゥゥゥッッッ!


 今まで生やしていた無数の受憎(じゅにく)腕を全て体内に回収したのだ。

 今目の前にいるのは通常の人の形をした渇木(かつき)


 左腕前腕部、両脚をドス黒い紫色に染めている。


「何…………

 アイツ(渇木)、観念したのかしら……?」


 グッグッ


 と、その場で急に屈伸運動を始めた渇木(かつき)

 まるで新たに出来た両脚を身体に馴染ませているかの様。


 その異様な様を見て、流石に観念したとは思わず警戒する鞭子(むちこ)


「キャンディ……

 気ィ付けぇ……

 多分……

 仕掛けて来るぞ……」


「わかってますよォ~~~……

 それぐらいィ~~……

 アタシの事よりゴリさんは自分の身を護る事を考えて下さいィ~~……

 正直……

 ゴリさんの事を護ってるゥ…………

 余裕は無いと思うんで…………」


 鞭子(むちこ)の内心では渇木(かつき)の身体能力と自分の魔力注入(インジェクト)発動時の身体能力との差を比較していた。


 力は同等ぐらい。

 状況などによって左右するだろう。


 防御面に関しては分が悪い。

 感染和法に侵されると回復にそこそこ時間がかかる。


 置換範囲(レプレイス・レンジ)で防御出来なくは無いが、同時使用は四箇所までが限界。


 両手と合わせて七つ以上の多点攻撃をされるとヤバいかも知れない。


 そして……

 これが一番マズい。


 スピード。

 これは明らかに差がある。


 式で身体強化した渇木(かつき)の方が速い。

 そしてこれは向こうも気付いているだろう。


 いや、気付いている事を前提として動かないと多分やられる。

 鞭子(むちこ)はそう感じていた。


 ご覧の通り、こちらのスキルも脅威だが相手の式も脅威なのだ。

 轟吏(ごうり)の身を案じている余裕など無い。


 ダダッ


 渇木(かつき)はこちらに向かって走って来た。

 結構速い。


 速い癖に目は虚ろで口が半開きなのが物凄く気持ち悪い。


 身構える轟吏(ごうり)らと鞭子(むちこ)

 どんどん間合いが詰められる。


 さあどう来る?

 鞭子(むちこ)の体内に緊迫感が奔る。


 目算で間合いが五メートルを切った。


 ダッッッッ!


 ここで強く大地を蹴り、高く空へジャンプする渇木(かつき)

 鞭子(むちこ)はまだ手が出さない。


 いや相手の出方が解らない為、手が出せないのだ。


 グアァッッ!


 思い切り身体を曲げ、海老反る渇木(かつき)

 力を溜めている様に見える。


 限界まで反った身体。

 力を解放させる様に。


 限界まで引き絞った弓を放つ様に。

 思い切り両腕、両脚を前に突き出した。


 ズボァァァァァァァァァァァァァァッッッッ!


 目を疑うべき光景に戦慄が奔る。

 轟吏(ごうり)鞭子(むちこ)の目に映った光景。


 背中から無数の受憎(じゅにく)腕が放射状に超速で伸びたのだ。


 いや……

 あれは()()()では無い。


 先端が尖っている。

 言わば受憎(じゅにく)棘と言うべきもの。


 何故恨みを晴らすと言う行為が行動原理の式使いが(くち)を生成せずに棘を生成したのか。


 それは渇木(かつき)の晴らし方が(なぶ)ると言う点に由来している。


 対象の力は脅威。

 ならば殺傷能力の高い形態でまず動きを止める事を優先したのだ。


 そして生成数が物凄い事になっていた。

 少なく見積もっても十以上。


 蛸二匹分。

 いや下手したらそれ以上。


 放射状に飛び出した無数の受憎じゅにく棘は縦横無尽に宙を駆け巡り、轟吏(ごうり)鞭子(むちこ)に襲い来る。


「なぁっ!?」


「ナニィッッ!?」


 目の前で起きた現実離れした事象に思わず声を上げる二人。


 ガガガガガガガガィィィィンッッッ!


 耳をつんざく衝撃音。

 マミー周囲の魔力遮壁(インターセプト)が一斉に発動したのだ。


 ガガガガガァンッ!

 ブンッ!


 鞭子(むちこ)も両手と置換範囲(レプレイス・レンジ)全開で防御。


 マズい。

 鞭子(むちこ)に迫るのは多点攻撃。


 あらゆる方向から迫る無数の受憎(じゅにく)棘。


 かたや鞭子(むちこ)の防御法は両手と置換範囲(レプレイス・レンジ)を合わせて六つが限界。


 明らかに迫る攻撃数はそれ以上。


 集中(フォーカス)ッッ!


 腹を括った鞭子(むちこ)

 瞬時に両前腕部へ魔力集中。


 防御の為だ。


 ガガンッッ!

 ブンッ!


 両手で迫る受憎(じゅにく)棘を払い、置換範囲(レプレイス・レンジ)で棘部分を消去。

 出来るだけ()()()()()()()()()


 数を減らした後は両腕を立てて胸前に。

 ボクシングで言う所のピーカーブースタイル。


 心臓や頭など即死する可能性のある重要部分を防御する為だ。


 発動アクティベートォッ!


 キラリンッ


 ドスッ!

 ドスドスドスッゥッッ!


 四つの刺突音。

 受憎(じゅにく)棘が鞭子(むちこ)の身体に突き刺さる。


 右脇腹。

 左肩。


 右太腿に二本。

 灼け付く痛みが鞭子(むちこ)の身体に奔る。


「グゥッッッ!!!」


 鞭子(むちこ)の口から苦悶の呻き声。

 だが耐えれる。


 腹を括っていたから。

 傷つく覚悟をしていたからだ。


「キャンディッ!」


 轟吏(ごうり)の声が轟く。


 スタッ


 渇木(かつき)着地。


 ググググッ


 貫いた鞭子(むちこ)の身体を持ち上げ、自分の方へ寄せる。

 体内に奔る痛みの処理で顔を物凄く歪ませる。


 その鞭子(むちこ)の顔を見つめ、ニヤァッと笑みを浮かべる渇木(かつき)


 その笑みは(なずみ)の亀裂の様な恐ろしく冷たい笑みとは違う。

 例えるならネットリとベトつく様な猛毒の沼。


 そんな笑みである。


「レ…………

 置換範囲(レプレイス・レンジ)……」


 ブン


 貫いていた四つの棘。

 その一部分が同時消失。


 ようやく鞭子(むちこ)解放。


 宙から落下。

 地面に落ちるかと言う瞬間…………


 ダッ!


 デュークが動いた。

 上手く背中で鞭子(むちこ)を受け止め一旦退避。


 ビュビュビュンッッ!


 ここで逃げられたら敵わないと渇木は受憎(じゅにく)棘を放ち、追撃。


【フン】


 ちらりと後ろを向いたデューク。

 向かって来ていた七つの受憎(じゅにく)棘。


 その先端が一瞬で消失した。

 これは置換範囲(レプレイス・レンジ)と同じ効果。


 同様の技をデュークも使えるのだ。

 しかも性能は鞭子(むちこ)よりも上。


 射程範囲外まで難なく退避したデューク。


【キャンディよ……

 大丈夫か……?】


「問題無いわ……

 ありがとうデューク」


 四箇所にかなり深い傷を負っていた筈の鞭子(むちこ)

 だがもう完全に傷口は塞がり、元通りになっている。


 先の攻撃に比べて段違いの回復スピード。


 先の恨気(かいき)に侵された状態とただの刺突傷では全く傷の種類が違うのだ。


 先の回復は傷の治療と言うよりは恨気(かいき)と言う毒素を除去するという意味合いが大きい。


 かたや今回の傷は深くはあるが、ただの刺突。

 傷を塞ぐだけなので回復が早いのだ。


 この段階で鞭子(むちこ)は勝利を確信した。


 場所が悪ければ致命傷も免れないかも知れない鞭子(むちこ)の暴挙とも言える行為。

 だがこの行為にはいくつかの意味があった。


 まず相手の方が勝っているスピード。

 この有用性はあくまでも動いているから意味のある事。


 刺して固定しまえば意味が無くなる。


 そして棘の状態でも恨気(かいき)は流せるのか?

 これは鞭子(むちこ)の予想通り流れていない。


 この事の実証。


 更に刺した後、鞭子(むちこ)の様子を伺う為に間合いを狭めた事。

 この距離は置換範囲(レプレイス・レンジ)の有効射程に入っている。


 ここまで確認した為、勝利を確信した。


 置換範囲(レプレイス・レンジ)の使用方法で今まで明かしたやり方以上の方法がある。

 次に攻撃して来たら、試す気でいた。


 このやり方で一番マズいのは、刺した後に更に刺そうと攻撃を繰り出して来た時だ。


 刺されて動けない所へ更に刺さると失血量も半端無くなり下手したら死んでしまう。


 だが、思いつく作戦はこれぐらいしかないのが現状。


 やるしかないのだ。

 いくら覚悟をしているからと言ってそう何度も刺されるのは御免被りたい。


 次の攻撃で渇木(かつき)を確保まで持って行く気でいた鞭子(むちこ)


「ゴリさん……

 次で決着(ケリ)つけますんで……」


 ビュンッ!


 覚悟を決めた鞭子(むちこ)

 発動(アクティベート)起動させた両脚で一足飛び。


 まるで特攻を仕掛ける戦闘機乗りの様。

 既に頭部と胸部は堅く両腕でガードしている。


 ここで渇木(かつき)の誤算が響いて来る。


 渇木(かつき)が勝つ為には(くち)を実装した手を生成するべきだった。

 だが、恨みを晴らす事。


 いわゆる対象を(なぶ)る事を優先してしまった。

 それが背中から生えている無数の受憎(じゅにく)棘なのだ。


 しかもその誤算に…………


 ビュビュビュビュンッッッ!


 渇木(かつき)は気付いていない。

 先と同じ様に超速で受憎(じゅにく)棘攻撃を繰り出して来る。


 ガガンッッッ!

 ブンッッ!


 両手で棘を払い、置換範囲(レプレイス・レンジ)で棘部分を消失させ、防御。

 グングン間合いが詰められていく。


 だが、雨の様な攻撃は止むことを知らず、次々と迫りくる。


 こんな雨の様な攻撃の中に飛び込むなど常軌を逸している。

 傍から見たらただの自殺志願者。


 だが、もちろん鞭子(むちこ)は死ぬ気など微塵も無い。

 不利な状況から勝利をもぎ取る為の行為。


 ドスッ!

 ドスドスドスドスゥゥッッ!


 やはり多勢に無勢。

 ついに鞭子(むちこ)の身体は貫かれてしまう。


 ここで鞭子(むちこ)にも誤算が訪れる。


 刺された箇所が五箇所なのだ。

 置換範囲(レプレイス・レンジ)は同時に四箇所しか発動出来ない。


 だが、地獄の業火の様な痛み以外は些細な問題。


 何故なら仕掛けようとしている作戦がハマれば、必ず渇木(かつき)は確保できる。

 そう確信していたからだ。


 鞭子(むちこ)の動きが止まる。

 猛烈な痛みと受憎(じゅにく)棘に貫かれたからだ。


 ググググッッ


 五本の受憎(じゅにく)棘が鞭子(むちこ)の身体を持ち上げ、渇木(かつき)本体の側まで寄せられる。


「グウッッッ……」


 動く度に身体の痛覚神経に大きな刺激が奔る。

 覚悟しているとは言え、意識が飛びそうな程痛い。


 苦悶の声が漏れる。


 だが、これで。

 これで決着がつく。


 渇木(かつき)との間合いが一メートルを切った。

 射程範囲。


 今回、渇木(かつき)は笑っていない。

 まるで値踏みする様に鞭子(むちこ)を見上げている。


 さっきと違う点が気になる所だがここまで来た以上もうやるしかない。


 鞭子(むちこ)は手を翳す。

 渇木(かつき)の顔に向けて。


減圧領域(ベンズ・リージョン)……」


 鞭子(むちこ)がスキル発動。

 このスキルが決まればこちらの勝利は確定する………………



 はずだった。



 グンッッ!


 渇木(かつき)が素早く頭を後ろに引いた。

 ボクシングで言う所の超速スウェーバック。


 鞭子(むちこ)のスキルが(かわ)されたのだ。


 この減圧領域(ベンズ・リージョン)と言うスキルも一定小範囲内に効果を及ぼすのだが、最大限に発揮できるのは頭部。


 本能からか第六感からかわからないが、渇木(かつき)は察知し、(かわ)したのだ。

 指定空間は置換範囲(レプレイス・レンジ)と同様、無色透明にも関わらずである。


「!!!!?

 …………グウゥッッッ……!」


 声にもならない驚きと全身に奔る痛みにより呻き声を上げる鞭子(むちこ)


 ヤバい。

 まさか(かわ)されるとは思っていなかった。


 背筋に戦慄が奔る。

 勝利を確信していたのが一転して圧倒的危機に陥った。


 これはマズい。

 一旦退いて体勢を立て直さないと。


「レ……

 置換範囲(レプレイス・レンジ)……」


 ブンッ


 突き刺さっている受憎(じゅにく)棘の一部分を置換。

 残る一箇所。


 右太腿部。


 ズボォォッッ


 ブシュゥゥッッ!


 鞭子(むちこ)は力任せに引き抜いた。


 幸運な事に渇木(かつき)がスウェーバックした事で受憎(じゅにく)棘の力が弱まったのだ。


 何とか拘束から解放された鞭子(むちこ)

 地面に落下。


 落下する間、太腿に魔力を集中させ止血と治療。


 ダンッッッ!


 着地寸前、地面を強く蹴り後方へ超速で飛ぶ鞭子(むちこ)


 ビュビュビュビュンッッッ!


 が、指をくわえて見ている程渇木(かつき)は甘い敵では無い。

 即、無数の受憎(じゅにく)棘を繰り出し追撃。


「デュークゥッッ!」


 鞭子(むちこ)が叫ぶ。


 ブンッ


 迫って来ていた受憎(じゅにく)棘の先端は全て別場所へ置換。

 鞭子(むちこ)、デュークと合流。


 そのまま背中に乗る。


「デューク……

 ゴリさんの所まで…………

 アアァァァッッ!!」


 ズボォォッッ!


 焦った鞭子(むちこ)置換範囲(レプレイス・レンジ)の位置をミスっていた。

 そのせいで、何本かは棘が突き刺さったままになってしまっていた。


 上半身に刺さっている受憎(じゅにく)棘を引き抜きながら、デュークに指示。

 抜く度に患部から奔る痛みで身が焦げる様だ。


 思わず悲鳴を上げてしまう。

 抜いた先から回復を図る。


【キャンディよ…………

 (渇木)の感覚はどうなっているのだ……?

 減圧領域(ベンズ・リージョン)を初見で躱すなど竜でも困難だぞ……】


 渇木(かつき)のスウェーバックに竜であるデュークも驚いている。


「そ……

 そんなのォっっ……!

 アタシがァッ…………

 知る訳無いじゃんッッッッ!

 んぅっ…………

 アァアァッッッ!」


 ズボォォッッ!


 最後の一本を引き抜く鞭子(むちこ)

 回復が終わった辺りで轟吏(ごうり)の元まで下がる事が出来た。


「キャンディ、大丈夫か……?

 やいやい……」


「軽く言っちゃってェ~~……

 ホント死ぬかと思いましたよォ~~……」


 何とかキャラ作りは出来ているが頭では減圧領域(ベンズ・リージョン)をどう喰らわすか思案中の鞭子(むちこ)


「アレ…………

 減圧領域(ベンズ・リージョン)じゃろ……?

 やいやい……

 まさかアレが躱されるとはのう……」


「ええ……

 アイツ、本当に化け物ですよォ~~…………

 でも生物である以上……

 決まれば気絶はすると思うんですがァ~~……

 こうなって来ると自信無くなって来ちゃう~~……」


「やいやい……

 キャンディ……

 ワシが()()()を使う……

 これで顔が出た瞬間ならどうじゃ……?」


「えぇっ……!?

 ()()使うんですか…………?

 ゴリさん……

 解ってるんですか……?

 あれって自爆技ですよ……?

 しかも下手したらゴリさんを逮捕しないといけなくなりません……?」


 轟吏(ごうり)の奥の手。

 それは鞭子(むちこ)が一瞬、自分のキャラを忘れてしまう程危険なスキル。


 このスキルが原因で大雪山の一部が消失したのだ……


「や…………

 やいやいっ!

 ()()きちんと対策も考えとるし、範囲も絞れる様になっとるっ!」


「ホントですかァ~~…………?」


 ジトッとした猜疑の溢れた目で轟吏(ごうり)を見つめる鞭子(むちこ)


「やいやいっ!

 信用せんかいっ!」


轟吏(ごうり)…………

 北海道の時とは違うのですよ……

 ここは街中…………

 下手をすると大量の屍を築く事にもなりかねません…………

 くれぐれも……

 くれぐれも注意して…………】


 マミーからも苦言が飛ぶ。


「やいやいっ!

 マミーまでそんな事言うんかっ!

 大体お前、ワシの練習に付き合ってたじゃろっ!?」


 轟吏(ごうり)の奥の手。

 名称を“じっと動くな(ソワ=イモビル)”と言う。


 これはロッシーニ作、歌劇”ウィリアム・テル“のフィナーレで歌われるアリア。

 轟吏(ごうり)の思い出の曲からの引用。


「とりあえず、はよ準備せいっ!」


「その前にィ~~?

 対策っての教えて下さいよォ~~

 アレ抜け出るの大変なんですからァ~~

 北海道の時も完全に酸素変換オキシジェン・コンバート頼みだったでしょぉ~~?」


「やいやい。

 それはのう、マミーの魔力遮壁(インターセプト)を横に使うんじゃ。

 そうしたら空中に浮いてられるって事が解ったんじゃ」


 轟吏(ごうり)の対策とはマミーの魔力遮壁(インターセプト)の応用。


 もともと魔力遮壁(インターセプト)とは物理攻撃が当たって初めて発動するものだが、それを足場として利用するのだ。


 もちろん射程範囲は狭い為、鞭子(むちこ)とデュークはマミーの側からは離れられない。


「マミーィ~~……?

 ゴリさんの言ってる事、ホントォ~~……?」


 猜疑の目を今度はマミーに向ける鞭子(むちこ)


【ええ……

 まあ……

 本当ではあります……

 私的には気持ち悪いのであまり使って欲しくは無いのですが……】


 あくまでも本来の使い方とは違う応用なので、マミー的には何ともムズムズするのだ。


「お前ら…………

 せっかくワシが考えた対策を…………

 やいやい、まあええわい……

 作戦としてはこうじゃ……

 まず竜に跨って、(渇木)の近く上空までジャンプする。

 上空で”じっと動くな(ソワ=イモビル)”を発動する。

 そんで地表一メートル付近に着地して待機。

 キャンディは減圧領域(ベンズ・リージョン)の準備。

 これでどうじゃ?」


「う~~ん…………

 何か色々引っかかる点はあるケドォ~~

 確かに”じっと動くな(ソワ=イモビル)”の進行速度なら大丈夫かもねェ~~……

 どうせこのままだと減圧領域(ベンズ・リージョン)はかからないだろうしィ~~……」


「やいやい、ほんじゃそう言う事で…………

 作戦開始ィッ!」


 轟吏(ごうり)鞭子(むちこ)は各々竜に跨る。


「行ってくれ、マミーッッ!」


「デューク、お願いんっ!」


【わかりましたっ!】


【承知ッ!】


 ダダッ!


 撫子色(なでしこいろ)の竜と樺色(かばいろ)の竜が渇木(かつき)に向かい、駆け出す。

 まだ特に動きが無い渇木(かつき)


 ダァンッッッ!


 二人の竜が強く大地を蹴り、高くジャンプ。


「行くぞォォォッッ!

 キャンディッ!

 準備せィッッ!」


 ゴキィッ!

 ギュウッッ!


 轟吏(ごうり)が自らの喉を持ち、鳴らす。

 ”じっと動くな(ソワ=イモビル)”を使用する時は大きく鳴らし、ガスコンロの様に捻るのだ。


 発動ポイントまで到着。


「”じっと動くな(ソワ=イモビル)”ゥゥゥッッ!

 オオオオアアアオアオオア~~~~ッッッ♪♪!!!」


 バス歌手特有の超低音ボイスが周りに響き渡る。



 ザザッ…………

 ザザザザザザザザザッザッザッザザザァァァァァァァーーーッッッ!!



 辺りに異変が起きる。

 地面が砂化、粉化して行っているのだ。


 その変化速度は途轍もなく速く、渇木(かつき)の脚は既に膝まで埋まっていた。


 突然の出来事に対応できずキョロキョロしている渇木(かつき)

 そうこうしている内に腰まで大量の砂中に埋まってしまった。


 藻搔く渇木(かつき)

 だが抜け出せない。


 藻搔けば藻搔く程どんどん沈んで行く。


 圧倒的進行速度。

 この広範囲を短時間で砂・粉に変質させる驚異的なスキル。


 ザフンッッ!


 完全に砂中へ沈んでしまった渇木(かつき)

 地表一メートル地点到達。


 スタッ!


 横に生成した魔力遮壁(インターセプト)に着地するマミー。


【ぬうっ…………?】


 すぐ側でデュークも着地。

 突然現れた足場に少し身体がグラつく。


「相変わらずゥ~~……

 シャレにならない威力ですよネェ~~?

 ”じっと動くな(ソワ=イモビル)”ゥ~~」


 鞭子(むちこ)の眼下に広がるのは一瞬で現れた広大な新宿砂漠。

 大昔の名曲“東京砂漠”を地で行くような光景。


「それでェ~~

 ゴリさん~~?

 これェ~~

 どこまで砂になってるんですゥ~~?」


「やいやい……

 かなり範囲は絞る様に意識したから……

 多分全経で五百メートルぐらいかなと……」


 轟吏(ごうり)の言う通りかなり遠くの方まで砂漠が続いている。

 緑豊かな新宿御苑の植物がほぼ砂漠に埋もれてしまった。


 新宿御苑の名物であり樹高三十メートル以上あるユリノキがほぼ埋まっている。

 これで解る事は砂漠の深さは三十メートル近くあると言う事。


 だが、遠くの方に植物は見える。


 北海道の頃と比べて格段に範囲が狭まっている。

 大雪山の時は全経十五キロが全て砂漠と化したのだ。


「うわっ…………

 久々に聞いた……

 ゴリさんのデスボイス……」


 鞭子(むちこ)が若干引いている。


 それもそのはず。

 轟吏ごうりの声が豹変していたからだ。

 

 まるでサンドペーパーを両手でグシャグシャと丸め続けている様な声。

 これは轟吏ごうりの喉枯れ。


 これでもう一切のスキルは使えない。


 ■じっと動くな(ソワ=イモビル)


 轟吏(ごうり)の奥の手。

 仕組みは至ってシンプル。

 弛緩咆哮(スラック・ロー)を最大出力で放つだけである。

 だがその効果は絶大。

 範囲内の無機物の分子結合を解き、砂もしくは粉に変えてしまう。

 有機物には効かない。


 このスキルは有機物には通用しない。

 従って、植物や生物はそのままなのだ。


 これは自身が警察官であると言う事が起因している。

 犯人を殺す事では無く、逮捕する事を重んじて職務に勤めているからだ。


 イメージとしては弛緩咆哮(スラック・ロー)を最大出力で放つ感覚なのだが、何故かこの様な効果になってしまった奥の手。


 轟吏(ごうり)が警察官と言う職に誇りを持っているからだろうか。


「んで~~……

 ゴリさん~~?

 アイツ(渇木)、窒息したらどうするんですかァ~~~?」


 ”じっと動くな(ソワ=イモビル)”で一番怖いのは恐ろしく深い砂の海に沈んだ事による窒息死なのだ。


 受動技能(パッシブスキル)により無呼吸下でも活動できるとは言え、北海道の時はあわや高二酸化炭素血症か窒息かと言う程に追い詰められた鞭子(むちこ)


 もちろん轟吏(ごうり)も同様に窒息死寸前だった。

 マミーが側に居なければ自身のスキルで絶命する所だったのだ。


 自爆技と言われる所以である。


「……そん時はワシが懲戒免職喰らって塀の中じゃろうのう……

 やいやい」


「いいんじゃないっスかァ~~?

 あんなバケモン殺してもォ~~?

 隊長がモミ消してくれますってェ~~」


「やいやいっ!

 キャンディッ!

 ワシらの仕事はあくまでも犯人を捕らえる事じゃっっ!

 犯人を殺してしまったら犯罪者と同じじゃないかっっ!」


 轟吏(ごうり)が声を荒げる。


「ふぅ~ん……

 ゴリさんってェ~~……

 キショいぐらい真面目ですよねェ~~……」


「キショ…………」


 言葉を詰まらせる轟吏(ごうり)


「や…………

 やいやいっ!

 そんなんはどうでも良いんじゃっっ!

 さっさと減圧領域(ベンズ・リージョン)の準備せいやっ!」


 キショいと言われた事がかなりショックだったが勢いで押し切る轟吏(ごうり)


「も~~

 準備出来てますってェ~~

 後は渇木(かつき)の顔出し待ちでェ~~す……」


 受憎(じゅにく)腕のパワーなら砂漠から飛び出して来るかも知れないのではと思うかも知れないがそれは不可。


 何故ならこの砂漠。

 深さは三十メートルあり、かつ砂の粒子はかなり細かい。

 力を込めても暖簾に腕押し。

 全て殺してしまうのだ。


 しばし静寂が辺りを包む。

 砂漠表面を目を凝らして見つめている鞭子(むちこ)


 あんな事は言いつつも、決して鞭子(むちこ)は油断している訳では無いのだ。



 三分後



 砂漠表面で変化がある。


 ボフッ


 渇木(かつき)の頭が出た。


「釣れたァァァッッ!

 減圧領域(ベンズ・リージョン)ッッッ!」


「ガァァッッッ………………!!!」


 鞭子(むちこ)がスキル発動。

 渇木(かつき)の呻き声。


 スキルにかかったのだ。


 ■減圧領域(ベンズ・リージョン)


 鞭子(むちこ)のスキル。

 小範囲の領域を生成し中の酸素と他場所の少量の元素と置換し、真空状態を作り出す。

 置換される元素は窒素。

 その領域は頭部から胸部にかけて設置。

 急な減圧環境下に置かれた対象に重度の減圧症(ベンズ)を引き起こす。


 ■減圧症(ベンズ)


 血液や組織中に溶けていた窒素が減圧に伴い気泡を発生させる状態。

 この気泡が膨張して組織を傷つけ様々な臓器内部の血管を直接塞いだり、血栓を生成したりする。

 症状は軽いものなら疲労、食欲不振、頭痛、怠さ等だが重度になると腕や脚にしびれ、筋力低下。

 部位によれば錯乱、発話困難、複視、麻痺や死亡まで幅がある。


 減圧領域(ベンズ・リージョン)で引き起こされる症状はⅡ型減圧症。

 意識を失う事は稀だと言われるが、大抵このスキルを喰らうと失神してしまう。


 ザフッ


 砂上に顔を突っ伏した渇木(かつき)

 失神したのだ。


 どうやらこれで決着がついた。


 ズブ……

 ズブズブズブ……


 失神した渇木(かつき)がどんどん砂に沈んで行く。


「おっいかん。

 やいやい、マミー。

 渇木(かつき)を引き上げてくれ」


【やれやれ…………

 轟吏(ごうり)……

 貴方最近、竜使いが荒くないですか……?】


 そう言いつつも長い尻尾を沈みかけた渇木(かつき)の腕に巻き付け、拘束。


「やいやい、後は”じっと動くな(ソワ=イモビル)”の範囲外まで跳んでくれや」


 ダンッッッ!


 足場の魔力遮壁(インターセプト)を蹴り、高くジャンプするマミー。


 ザバァァァァァッァァァッッッ!


 砂中から渇木(かつき)が引き上げられる。

 と、同時に無数の受憎(じゅにく)腕や棘も一緒に引っ張り上げられる。


「うわァ~~~…………

 何かキモい大物釣り上げたみたい~~」


 鞭子(むちこ)の素直な感想。

 デュークも続いてマミーの後を追う。


 ザンッッッ!


 マミー着地。


 ドンッッ!


 続きデュークも着地。


 ドサァッッ!


 マミーが宙で尻尾を解く。

 拘束から解かれた渇木(かつき)が地面に落下。


「やいやい…………

 これ…………

 どう拘束したら良いんじゃろ……?」


 目の前に転がるのは背中から紫色の夥しい数の長い腕と棘を伸ばしている失神した小太りの男、渇木(かつき)である。


 先程までは全て棘だったにも関わらず、いつの間にか数本腕に変わっている。

 恐らく砂中から這い出る為に変えたのだろう。


 轟吏(ごうり)鞭子(むちこ)も竜の亜空間に拘束衣は格納している。


 (おと)が使用したものと同じ。

 これはあくまで人間用なのだ。


 サイズは大きめに作ってはいるのだが、こんなにも受憎(じゅにく)腕を生え散らかした対象を拘束する様には設計されてないのだ。


 とりあえず亜空間から拘束衣を出したもののどう拘束したらいいかと頭を悩ませている轟吏(ごうり)


「ゴリさァ~~ん…………

 ナイフぐらい持ってるでしょォ~~……?

 それで斬り落としたらいいじゃないですかァ~~?」


 ロリータ声で怖い事をサラッと言う鞭子(むちこ)


「や……

 やいやいっ……

 持っとるけどもだな…………

 キャンディよ……

 お前は女なんだからもう少し言い方をだな……」


「ゴリさん相手に乙女出してもしょうがないでしょォ~~……?

 魚捌くのと大して変わりませんってっ!

 ホラホラッ!

 早くナイフ出してッッ!

 サンッ!

 ハイッ!」


 轟吏(ごうり)鞭子(むちこ)は七つ以上年が離れている。

 更に鞭子(むちこ)は年下好み。


 ハナから轟吏(ごうり)は眼中にないと言う事である。


「やいやいっ……

 わかったわいっ!

 急かすなっ………………

 本当に気持ち悪い紫色じゃのう…………

 よっと…………」


 ズバッ


 鞭子(むちこ)に急かされた轟吏(ごうり)は手早く亜空間からサバイバルナイフを取り出す。

 渇木(かつき)受憎(じゅにく)腕を持って、生成根元辺りに当てる。


 そして一息に引いて、斬り離す。


 分離された長い受憎(じゅにく)腕。

 それを亜空間に格納する轟吏(ごうり)


「はぁ~いちょいストップゥ~~……

 ゴリさんゴリさん何やってんのぉ~~?

 そんなキショいモン持ち帰ってどうすんのよォ~~。

 食べんのォ~~?」


轟吏(ごうり)……

 あまり私の亜空間に気持ち悪いものを入れるのは……】


 轟吏(ごうり)の行動に鞭子(むちこ)とマミー両方から物言いが入る。

 美を意識するマミーからすると自身の亜空間に気持ち悪いものを格納されるのは堪ったものでは無いのだ。


「食べるかぁっ!

 鑑識に回そうと思うとるんじゃぁっ!

 マミーもあと一本だけ我慢してくれや。

 これも仕事じゃ」


 ズバッ


 そう言って再び受憎(じゅにく)棘を持ち、根元から斬り離す。

 おもむろに亜空間へ格納。


「サンプルは一つずつでええじゃろ……

 ほいじゃあどんどんスッキリさせてくぞやいやい」


 ズバッ

 ズバッ

 ズバッ


 二本切ると慣れたのか、手早くどんどん受憎(じゅにく)腕と棘を切り取って行く。

 瞬く間に積み上げられた紫色の気持ち悪い山。


「ふぅっ……

 ホレ、こんなもんじゃろ……

 さっさと拘束衣着せるぞ。

 手伝えキャンディ」


「んでェ~~……

 この積んであるキショい山はどうするんだっつーハナ…………」



 ズンッッッッッッッッッッッ!!!!!



 突然。



 突然の出来事。

 突然轟吏(ごうり)鞭子(むちこ)の身体を縛る巨大な圧。


 いや、圧なんて言う生易しいものでは無い。


 纏わり、圧し掛かって来る圧はドス黒い巨大な負の思念の様。

 身体の奥から湧いて来る嫌悪感。


 ガクッ…………


 二人とも瞬く間に両膝をついてしまう。


轟吏(ごうり)

 どうしたのですかっ?】


【キャンディ……

 何が起きている?】


 竜は二人とも別状は無い。


「やいや…………

 これ…………

 は……」


「何…………

 コレ…………

 わから……」


 どんどん意識が薄れていく。

 目端から大きくなる黒。


 シュルゥゥゥッッ


 ぼやけていく視界の中。

 確かに見た。


 伸びて来る紫色の長い手を。

 その伸びた手は気絶している渇木(かつき)に巻き付き、そのまま攫って行った。


 そして…………

 二人は気を失った。


 百六十一話に続く。

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