第百五十四話 陳蔡之厄
「やあこんばんは龍。
今日も始めていくよ」
「うん」
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次の日も僕は暮葉の事務所へ向かう。
午前九時二十三分
「竜司、おはよう」
「あ、おはようございます」
「さっき先方から連絡があったわ。
まず一人、警護の為派遣してくれるそうよ」
あれ?
二人って言ってたのに。
「一人なんですね」
「事件がまだ起きてない点もあって、まずは一人だそうよ。
状況を見た上で追加していくって言ってたわ」
「なるほど、そう言う事か」
「そろそろこちらに来るそうよ」
「わかりました」
「あっ
竜司っ
おはよーっ」
「あ、暮葉おはよう」
(あー……
眠……
怠……
ちょりーっす)
続いて暮葉とタエさんがやってくる。
ユニオンの始業時間は九時半との事。
タエさんは寝ぼけ眼で自席のPCをつける。
「所で……
竜司……
あなたもしかしてずっとそのスーツ着てるんじゃないでしょうね……?」
「え?」
指摘された為俯くと目に映るのはヘッロヘロにくたびれたスーツ。
そう言えば着替えてない。
「あ……」
「あじゃないでしょ……
全く……
タエちゃん、新しい男物のスーツ出して。
それで竜司が着ているのはクリーニングで」
(はぁーい)
イソイソと別室から男物スーツを持って来るタエさん。
さっそく着替える僕。
パリッとしたスーツに着替えると心が引き締まる気がする。
「今日の予定は何ですか?」
(えーとねー、今日は午前と午後とTV局で収録ッスー
夜はまたダンスレッスンっス)
本当に色々と忙しいなあ暮葉は。
「じゃあ僕は索敵しておきます……
全方位」
僕を中心に広がる翠色のワイヤーフレーム。
渋谷区一帯を包んでいく。
内部を注視。
渋谷区は大体四分の三が一般人。
他は竜河岸、竜と言った所。
みんな忙しなく動いている。
「おや?」
一組の竜河岸がこちらに歩いて来ている。
誰かがわからない。
と言う事は見た事無い竜河岸だ。
多分……
このルートだと……
目指しているのはこのビルだと思うんだけど……
「竜司、どうしたの?」
「いや……
一組の竜河岸がこちらに向かってますので誰だろうと思って……」
「貴方の能力って誰が来ているか解らないの?」
「顔を見ないと特定出来ないんです」
「ふうん、そういうものなのね。
多分警察の人じゃないかしら?
竜司の話だと襲撃してきた人は竜河岸じゃないんでしょ?」
「あ、そうだった」
そのまま白点が二つ。
こちらに向かって来る。
あ、ビルに入った。
そのまま上がって来る。
コンコン
(はぁーい)
タエさんが応対。
ガチャ
ドアを開けるとそこには一人のスーツを着た女性と向日葵の様な鮮やかな黄色い鱗の竜が立っていた。
女性は黒髪セミロング。
前髪をサイドにまとめ……
あれは簪だろうか?
鶴が翼を広げてるモチーフが付いている。
(どなたっすかぁーっ?)
「私は警視庁公安第五課特殊犯罪対策室特殊交通警ら隊、勘解由小路響と申します。
こちらは私が使役している竜のスニーカー。
本日は天華暮葉さんの警護で参りました」
ピシッと敬礼をする。
知らない人だ。
てっきりカズさんが来ると思っていたのに。
(ごくろーさんッスーっ
こちらへどうぞーっ)
「失礼します」
ツカツカと室内に入る。
颯爽とした立ち振る舞い。
何だか四辻文寧さんが想起される。
「おはようございます。
勘解由小路さん、本日からよろしくお願いします」
マス枝さんが右手を差し出す。
握手に応じる勘解由小路さん。
あの妙に長くて珍しい苗字を一聴で覚えたのか。
さすが。
「宜しくお願いします。
あと私の事を苗字で呼ぶのは止めて頂きます。
私の事は響とお呼び下さい」
「わかりました」
「それではさっそく本日のスケジュールから教えて頂けますか?」
「わかりました。
タエちゃん、お願い」
テキパキと動き出す響さん。
昨日兄さんが言っていた通り特殊交通警ら隊がエリートと言うのも頷ける。
カリ……
ん?
何か音が聞こえた。
気のせいかな?
カリ……
カリ……
やっぱり聞こえる。
何処からだ?
その音はタエさんの方から聞こえて来た。
何か噛み砕いてる様な印象。
タエさんが何か食べてるのかな?
あれ?
特に口を動かしてない。
じゃあ……
目線をズラすと、口を微かに動かしていたのは響さんだった。
あ、何かポケットから取り出した。
何だろうアレ。
白い結晶の様な。
口に入れた。
カリ……
コリ……
噛み砕いている。
何だろう。
ヘンな人だなあ。
「把握しました。
ありがとうございます」
「それでは行きましょうか。
車を用意してますので外へ」
「わかりました……
ん?」
テキパキと話が進んで行く中、唖然として見ていた僕と目線が合う響さん。
「貴方が隊長の言っていた……」
「はい、皇竜司と言います。
よろしくお願いします」
右手を差し出す。
が、握手は応じない。
代わりにジロジロ上から下まで僕を眺める。
まるで値踏みをする様。
スゴスゴと手を引っ込める僕。
「な……
何ですか……?」
「いや……
隊長が俺より強いと言っていたのでどんな弟さんかと思ったら……
こんなみすぼらしいオドついた男……
いや……
失礼……」
今みすぼらしいと言ったな。
聞き逃さなかったぞ。
「す……
すいません……」
だが、怒らない僕。
怒れないんだ。
情けなく謝ってしまう。
「せいぜい私の足を引っ張らない様に頼みます」
「は……
はあ……」
僕らは外に出る。
少し歩いた先にワゴン車が止まっていた。
運転席にはスキンヘッドの筋骨隆々の男が座っていた。
マックスさんだ。
何か懐かしい。
(おっ?
ボーズッ!
久しぶりだなっ!
元気にしてたかっ!?)
身体を乗り出し、白い歯を見せて笑うマックスさん。
「ええ、お久しぶりです。
マックスさん」
そう言えばマックスさんって名前何て言うんだろ?
まさかマックスが名前じゃ無いよな。
「さあ、時間も無いからとっとと車に乗り込みなさい」
「はい」
僕らは車に乗り込む。
「まずはどこから行くんですか?」
「テレビ朝日よ」
「わかりました」
僕はスマホを取り出し、地図アプリ起動。
テレビ朝日は港区。
ここから南東だな。
「えっと……
都道412号線から六本木けやき通りルートで大丈夫です。
人も流れてますので」
「だそうよマックス。
ありがとう竜司」
(オーライ)
これは全方位によるルート割り出し。
全方位は車は認識できないが、運転手は認識出来る。
あとは人の流れで判断したと言う事だ。
ブロロロ
車が走り出す。
「竜司さん、何故マネージャーは貴方にルートの確認をしたのですか?
カリ……」
さっきの白い結晶を齧りながら、聞いて来る響さん。
「あ……
それは僕のスキルです。
僕からも一つ聞いていいですか?」
「何かしら?」
「さっきから齧ってるのなんですか?」
「これは塩の結晶よ」
「塩の結晶?
何でそんなものを?」
「私のスキルの為よ。
塩分を摂取しないと使えないのよ」
「へえ、スキルってどんなのですか?」
「…………何で貴方に私のスキルを説明しないといけないのかしら?」
ツンツンとしてるなあ響さん。
僕、年下だぞ。
何と大人気ない。
「あ……
すいません……
じゃ……
じゃあいいです……」
「相手に聞く前に自分からと言うのを知らないのかしら?」
そう言う事か。
全くもう。
それならそうと早く言ってくれたらいいのに。
「あ……
すいません……
僕のスキルは全方位って言って……
範囲内の人物や竜河岸、竜などを探る事が出来るんです」
「なるほど。
それは建物内はどうなるのかしら?」
「問題無いです。
中の動きまで把握できます」
「個人を特定する事は?」
「顔と名前を認識出来れば可能です」
「貴方の印象は変わらないけど、そのスキルは使えそうね」
本当に偉そうだなこの人。
「は……
はぁ……
有難うございます……
じゃあ次は響さんの番です。
どんなスキルなんですか?」
「私のスキルは電波超傍受。
範囲内のありとあらゆる電波を傍受出来るの」
何という盗聴スキル。
「傍受って……
携帯とかですか?」
「携帯だけじゃ無いわ。
無線やラジオも傍受出来るし、無線LANを使用していればネットも傍受可能よ」
物凄いスキル。
兄さんが響さんを派遣した理由が解った。
多分相手の情報が少ないから、情報収集に長けた人を送り込んで来たんだろう。
「範囲ってどれぐらいなんですか?」
「調子が良ければ東京都全域可能よ」
絶句した。
東京全域の電波を全て傍受する。
入って来る情報は夥しい量になる。
そんなものを人間の脳に送り込んだらパンクしてしまわないのか?
これは僕が神道巫術で最初にやろうとした事だ。
最初、森羅万象あらゆる物の声を聞けるようにしようと考えていた。
だけどそれじゃあ僕の脳が持たないと思って断念したんだ。
「そ……
そんなに大量の情報が入って来て大丈夫なんですか?」
「ん?
まあ普通の人なら一瞬で廃人になるわね」
平然と答える響さん。
「じゃ……
じゃあどうやって……?」
「隔離領域で処理してるわ」
レジオ?
聞き慣れない言葉が出て来た。
「それって受動技能ですか?」
「そうよ」
■電波超傍受
響のスキル。
発動すると範囲内の電波傍受が可能。
電波であれば携帯だろうと無線だろうとパケット通信だろうと周波数問わず傍受する事が出来る。
だが、膨大な情報取得を行うと体内に負担。
特に血管に膨大な負荷がかかる。
響が塩分を摂取してるのは高血圧状態を保ち血管にかかる負荷を相殺する為である。
膨大に得られた情報は検索、検出により特定ワードで精査可能。
■隔離領域
響の受動技能。
響は脳内に情報保存・処理用の隔離領域を複数設けている。
電波超傍受により得られた情報は全てその領域に格納される。
人間は脳の三十%しか使っていないと言われているが響はこの受動技能により五十七%まで使用している。
それに伴い思考スピードも常人のそれと比べると桁違いに速い。
「そろそろ着くわよ」
よくわからなかったが、とにかくこの人は超膨大な情報を処理できる。
そしてその情報を処理する為に塩分を摂取していると言う事か。
「あ、はいわかりました。
特にTV局には怪しい動きをしている人は居ません」
僕は降りる前にTV局内部を確認。
全て青点。
いや、二点だけ白点がある。
竜河岸と竜がいる。
何でだろう?
だけど、動いているのは一室内のみ。
問題は無いだろう。
「わかったわ。
さあ行きましょう」
「はい」
僕らはTV局の中へ。
そのままエレベーターへ向かう。
「ガレア、ちょっと小さくなって」
「スニーカー、貴方もよ」
【おう】
【うん】
二人の竜が眩い白色光に包まれる。
やがて現れたのは二、三周り小さくなった竜。
そう言えばこの向日葵みたいな竜はどんな竜なんだろう。
スニーカーと言う名前はまた刑事ドラマからだろうか?
「響さんの竜ってどんな子なんですか?」
僕は聞いてみる。
「任務中よ」
とピシャリ。
【また響ちゃんはそんな言い方をするー】
小さな竜が長い首を持ち上げ、響さんを見つめている。
ドングリの様に目がクリクリキラキラしている。
何だか純真な子供を想起させる。
声も若い印象。
「スニーカー、うるさい」
【キミが隊長の弟君だね。
よろしくー
僕の名前はスニーカー。
本名は別にあるよー】
スニーカーもボギーと同じ様に僕を弟と呼ぶのだろうか。
「今日からよろしくお願いします。
皇竜司です」
チン
エレベーターが止まった。
見上げると六階部が点灯。
外に出て廊下を歩き、扉の前に。
貼り紙がしてある。
そこには……
ユニオン様
と書かれていた。
ガチャ
平然と中に入るマス枝さん。
誰にも言って無いけど良いのか?
中はTV番組で見る様な六畳ぐらいの畳敷きの座敷。
両側に鏡がついている。
これがTV局の控室と言う奴か。
「さあ、暮葉。
準備して」
「はーいっ!」
そう言いながら鏡の前に座る。
持っていた四角い大きめのカバンを台に置く。
あのカバン何処かで見た様な……
あ、アレ化粧箱だ。
そんなもの持ってたのか暮葉。
いつもスッピンだと思ってた。
「えーと……
ケショースイ……
ケショースイ……」
化粧箱を開け、中をまさぐり出す暮葉。
取り出したのは透明な液が入ったボトルと小さな白く四角い物。
確かバフって言ったっけ。
バフに液を染み込ませ、ペタペタ顔に塗って行く。
「マス枝さん、暮葉って自分で化粧できたんですね」
「私が教えたのよ。
苦労したけどね」
続いて別ボトルを取り出し、中のクリームをチョンチョンと顔に塗って行く。
そしてグリグリ伸ばしている。
これが化粧下地ってやつかな?
更にまた別の物を取り出す。
赤く正円形のものだ。
蓋を開けるとバフが入っていた。
あ、これファンデーションってやつだ。
バフを持ってパタパタ顔をはたき出す。
「マス枝さん、本日は何の収録なんですか?」
「アルバムの告知と曲録りよ」
なるほど。
音楽番組だろうか?
十五分後
「マスさん、終わったよーっ」
くるり
暮葉が振り向く。
そこにはいつもより数段可愛く見える暮葉が居た。
化粧はあくまでも薄く自然。
メイクしているのかどうかわからない程度。
だがいつもより可愛く見える。
化粧と言うのは恐ろしい。
「はい、OK。
じゃあスタジオに行くわよ」
「はーいっ……
ん?
竜司、どうしたの?」
数段可愛くなった暮葉の顔をマジマジと眺めていたら視線に気づいた暮葉がキョトン顔で問いかけて来る。
「いや……
メイクをした暮葉って初めて見たからね……
こんなに変わるなんてて驚いてたんだ……」
「ふっふーんっ!
竜司、知らないのーっ?
カワイイは創れるんだよっ!?」
ウインクしながら妙な事を言い出す暮葉。
いや、可愛いけどよ。
そんなキナ臭い言葉、何処で知ったんだ。
「なに……
それ?
そんな言葉、何処で覚えたの?」
「ん?
河合荘って漫画のサヤカちゃんが言ってた」
河合荘って僕らはみんな河合荘か?
大概暮葉も漫画オタクだよな。
■僕らはみんな河合荘
宮原るり作の漫画。
ヤングキングアワーズに2010年六月から2018年二月まで連載。
主人公の男子高校生が食事付きの下宿“河合荘”で一人の女子高生に恋をすると言う恋愛漫画。
ちなみに暮葉が言っているサヤカというのは作中で登場する性格は腹黒の小悪魔系キャラ。
*劇中は2017年の為、連載中である。
メイクを終えた暮葉と共に外へ出て、廊下を歩く。
やがてぶつかる大きく重そうな扉。
「よいしょっ……」
扉を開けると中で色々な人が忙しなく動いている。
ADさんかな?
「おはようございます。
ユニオンです」
マス枝さんが適当な人に声をかける。
(あっ
おはようございますっ
クレハさんっっ!
入られましたーーーっっ!)
ADさんが大声を上げる。
こう言うのよく見る。
僕とガレア、響さんとスニーカー、そしてマス枝さんは隅に寄る。
(リハーサル行いまーすっ!)
照明に照らされたセット。
ソファーが二つとテーブル一つ。
司会者という札を下げたADさんが台本を持ってソファーに座る。
向かいのソファーには暮葉が台本を持って座っている。
へえこれがリハーサル。
(さぁ
本日のゲストはクレハさんでーすっ!)
台本を見ながらADさんが大声を張り上げる。
こうしてリハーサルは進んで行き、やがて終了する。
そしてそのまま本番へ。
本番は滞りなく進む。
(ハイOKでーすっ!
じゃあセットチェンジしまーすっ!)
「はい暮葉、お疲れ様。
控室に戻りましょう」
「はい」
僕らは控室に戻る。
「竜司君、ちょっと付き合って」
響さんから不意の提案。
「え?
持ち場を離れて良いんですか?」
「少しの間だけよ。
それに貴方の全方位があれは危険が迫っても解るでしょ?」
「まあ……
それは……」
危険を察知したとしても場を離れた事のタイムラグが発生しそうだ。
まあでもガレアを置いて行けば大丈夫か。
「何処へ行くんですか?」
「屋上よ」
僕らは屋上へ向かう。
空は快晴。
雲は少ししか出ていない。
「スニーカー」
【うん】
黄色い鱗に手を添える。
魔力補給だ。
「ふう……
竜司くん……
隊長の話だと貴方が襲われたって聞いたけど、相手の格好や雰囲気を教えてくれるかしら?」
「あ、はい……
相手の名前は中田。
頭に長くて大きい裏頭を被って身体全体を覆っている様な服装でした。
雰囲気は一言で言ったら狂気ですね……
全ての負の感情を僕に向けている……
そんな感じでした……」
「裏頭……
わかったわ」
ポケットから塩の結晶を取り出す。
カリ……
静かに噛み砕く。
「電波超傍受ォォッッ!」
ギュオォッッッ!
スキル発動。
極太の黄色い光線が響さんの身体から天に向かって伸びる。
バシュッッ!
超高度で黄色い光が弾けた。
全方位に光の粒子が散布される。
キラキラとゆっくり散って行った。
「こ……
これは……?」
僕は響さんに聞いてみる。
が、無言。
十五分後
「ふう……
目ぼしい情報は無いわね」
「お……
響さん、何をしたんですか?」
「ん?
だから言ったじゃない。
私のスキルで情報収集したのよ」
「ど……
どれぐらいの範囲を……」
「今日は体調が良いから東京ほぼ全域ね」
東京都全域から抽出した電波情報を僅か十五分で精査したのか。
「そ……
そんな膨大な情報を……
一体どうやって……」
「私には受動技能があるから」
「受動技能ってさっき言ってた隔離領域って奴ですか?
それってどう言うものなんです?」
「…………まあ良いわ……
教えてあげる。
隔離領域ってのはね……」
僕は響さんの受動技能がどう言う物か聞いた。
そして絶句した。
恐ろしい技能だ。
多分今まで聞いた受動技能の中で一番汎用性に富んでいる。
何せ脳を五十%近く使用しているのだから。
「で……
でも……
いくら膨大な情報を保存できたとしても……
精査するまでの時間が早過ぎると思うのですが……」
「あぁ、それは検索を使ったからよ」
「検索?」
「そう、私はスキルで膨大な情報の中から特定ワードを検出する事も出来るのよ。
今回は“爆破”“竜”“クレハ”“殺”“陰陽””中田”等ね」
聞けば聞く程、物凄いスキルだ。
響さんが一人いるだけで戦況がガラリと変わってしまう。
つくづく今が戦時中じゃなくて良かったと思う。
「電波超傍受ってメール。
いわゆる活字でも問題無いんですか?」
「無論よ。
言ったでしょ?
ありとあらゆる電波を傍受するって」
確か東京都って人口が千三百万人居る。
メールやネット検索ワードなども含めたら物凄い情報量になるぞ。
「はいはい、お喋りはおしまい。
持ち場に戻るわよ」
「あ、わかりました」
もう少しスキルについて聞きたかったんだけどな。
しょうがない。
言う事を聞こう。
戻る道すがらもう一つ聞いてみた。
「でも爆破や殺はまだしも竜やクレハなんてワードは普通に出そうな気がしますけどね」
「ん?
そりゃいくらかはあったわよ。
でもどれも事件性の無い世間話や仕事の話だったのよ」
「そ……
それも含めて十五分で全部やったんですか……?」
「…………そりゃそうでしょ……?」
響さんは頭上にハテナを浮かべたキョトン顔。
この人の情報処理能力はシャレになってない。
僕らは控室に戻って来た。
中に入ると暮葉は座って漫画を読んでいる。
マス枝さんは何かメモ帳に書き込んでいる。
「ガレア、何も無かった?」
【ん?
何が?】
ガレア、キョトン顔。
と、言う事は何も無かったって事か。
漫画を読んでリラックスしてるって事はまだセットチェンジ中か。
「暮葉、何読んでるの?」
「ん?
これっ!
となりの怪物くんっ!」
前に言ってたやつか。
「おもしろい?」
「うんっ!
シズクちゃんってハルくんの事好きなのに何か喧嘩しちゃうの。
ねえ竜司、何で二人は上手く行かないの?」
弱った。
僕はこの漫画を読んだ事が無い。
でもなんだろう。
表紙を見る限りでは目つきの悪い長身の男と気の強そうな女の子が描かれている。
これがハルとシズクかな?
あれ?
男の方に首輪が付いている。
どんな漫画なんだ。
上手く行かないって事は、多分すれ違いってやつじゃないかな?
「多分ハルって男の子が素直になれなくて本心を言えないとかそういうのじゃないの?」
「ん?
そんな事無いわよ。
ハル君は素直にシズク、好きだぞって言うモン」
「なら素直になれないのはシズクちゃんの方かな?
本心を言わないから妙に拗れちゃってとかじゃないの?」
「あっ
うんっ
そうそうっ!
そんな感じっ
何でシズクちゃんは本心を言わないの?」
暮葉がキョトン顔でどんどん聞いて来る。
「そりゃあ照れ臭いとかこの男で良いのかとか色々な考えがあるんだろうね」
「へーっ
やっぱり人間って面白いっ!」
「そう?」
コンコン
暮葉と談笑しているとノックが鳴る。
(クレハさーんっ!
出番でーすっ!)
声がかかった。
僕らは再びスタジオへ。
中はさっきのセットとはうって変わって立派なステージが組まれていた。
(じゃあリハ、入りまーすっ!)
青い照明に照らされたステージの中央に行く暮葉。
リハーサルが始まった。
曲はバラード調。
なるほど、だから照明が青いのか。
そのまま滞りなく進み、本番収録まで終了する。
(ハイ!
OKでーすっ!
ありがとうございましたーーっ!)
「お疲れ様でした皆さん。
また宜しくお願いします」
マス枝さんがぺこりとお辞儀をして、踵を返す。
「次はどこに行くんです?」
「次は日テレよ。
急いで。
そんなに余裕は無いんだから」
「あ、はい」
荷物をまとめ、駐車場へ。
(ガァァァッ!
グアァァァッッ!)
運転席で豪快なイビキを掻いているマックスさん。
「んもう……
マックスったら……
起きなさいっ!」
マス枝さんがマックスさんを起こし始めた。
「電波超傍受」
ギュオッッッ!
突然聞こえた背後からの呟き。
響さんがスキルを発動したんだ。
「き……
急にどうしたんですかっ!?」
驚いた僕の声に無言。
得た情報を精査しているのだろうか。
(ん……
ムニャ……)
マックスさんが起きた。
あ、響さんどうしよう。
「全くムニャじゃないでしょう。
シャンとしなさいっ!」
(へ~い……)
禿げ上がった頭をポリポリと掻きながらまだ眠そうなマックスさん。
おっとそんな事より響さんだ。
こうなったら十五分は動かないぞ。
「あの……
マス枝さん……
すいません……
響さんがスキル発動らしくて動きません」
「ん?
その竜河岸の能力がどう言うものか知らないけど、そんなの手を引けば動かせるんじゃないの?」
響さんは片膝をついた姿勢で動かない。
グッ
試しに手を引いてみる。
普通に立ち上がった。
が、顔は心ここにあらずといった印象。
目の焦点が合っていない。
でもこれなら車に載せれそうだ。
「大丈夫そうです」
「じゃあ響さんを積み込んで。
早く行くわよ」
積み込んでて。
荷物じゃないんだから。
「あ、はい。
ルートは……
都道319号線から六本木通り経由で412号線で大丈夫かと」
僕は僕で全方位によるルート割り出し。
それにしてもスマホ操作が上手くなったもんだ。
僕は地元じゃないから道の名前なんて知らない。
だから地図アプリで名前を調べながら説明していた。
十五分後
あれ?
おかしいな。
響さんが帰って来ない。
車は少し渋滞に捕まって遅れている。
ニ十分経過
「ふう……」
響さんの溜息が聞こえて来た。
「響さん、大丈夫ですか?」
「大丈夫よ……
それよりここは?」
「今、日テレに車で移動中です。
長かったですね」
「ええ……
ちょっと気になる情報があったから……
書く物用意してくれる?」
「あ、はい」
僕は私物のデイバッグからノートと筆記用具を取り出す。
ヒビキの魔力注入講座が書いてある奴だ。
カリカリ
何かを書き出した響さん。
キキィッ!
停車。
着いた様だ。
まだ響さんは何かを書いている。
「響さん、着きましたよ」
「あぁ……」
明らかに生返事。
降りてもまだ書いている。
テレ朝と同じ様に控室に向かう。
日テレでは年末の特番収録だそうだ。
コツ……
コツ……
おや?
響さんが書くのを止めた様だ。
シャーペンを突きながら何か考えている。
カリ……
コツコツ……
カリ……
コツコツ……
何かを少し書いてまた考えてを繰り返している。
脇からノートを覗き見ると単漢字がいくつか書いてある。
「敷」
「識」
「鋪」
「士気」
「式」
と色々書いている。
どうやら全て読み方は“しき”らしい。
「響さん、何か解ったんですか?」
それを聞いた響さんは再び僕をジロジロと上から下まで眺める。
そしてフウと溜息。
本当に失礼で尊大な人だな。
「…………まあ良いわ。
貴方も警護に付いている訳だし。
情報を共有してあげる。
まず犯人は複数犯。
最低でも二人以上。
会話内容から明日何か仕掛けて来るわ」
凄い。
そこまで解るんだ。
「会話って事は携帯か何かだと思うんですけど、どうしてそこまで解るんですか?
何か別の会話だったって可能性はないんですか?」
「まずこの通信の出だしにクレハさんの動きを報告するものだった点。
あと受信者を中田と呼んでいた点から判断したわ」
なるほど。
なら熱狂的なファンとか言う事は無いな。
「それでこのいっぱい書いてある“しき”の漢字は何なんですか?」
「まだ解らないけど、多分これが敵の異能の呼称。
発信者が試してみたいと言っていたから編み出されて間もない物じゃないかしら?」
なるほど。
しき。
これが敵の異能か。
て言うか僕も異能の存在を受け入れちゃってるなあ。
マンガみたいな話なのに。
それもこれも今まで竜河岸のスキルを嫌という程見て来たからだな。
人間の慣れって凄い。
「なるほど……
それで試すと言うのが明日って言う事ですね……
明日、中田は来ますか?」
「いや、中田は何か用があるみたいで参加しない風だったわ」
「そうですか」
そう言いながらノートを再び覗き見る。
響さんが書いていたのは、会話内容の聞き起こしだった。
---
犯人A:俺は明日やるぜ。早くシキを試してみてえ
中田:晴らすなよ……あくまでも本番は二十四日だ……
犯人A:中田はどうするんだ?
中田:俺はまだ募らせる……
犯人A:あぁわかったよ……それじゃあな
---
ここで文章は終わっている。
電話が終了したのか。
何だろう。
しき……
シキ……
しき……
コンコン
と、そこへノック。
(クレハさーん、お願いしまーすッッ!)
ADさんの声だ。
「さあ、行くわよ」
「はい」
僕らはスタジオに行く。
そこにはどこもかしこも見た事ある有名人でいっぱいだった。
そう言えばTVの仕事だったんだ。
(あっ
クレハちゃん、おはよーっ!)
(あっちゃん、おはよーっ!)
あのあっちゃんと呼ばれた人はAKBだかなんだかのアイドルグループに居た人だ。
曲も出してるから暮葉と顔馴染みでもおかしくない。
驚いてる中、収録スタート。
八時間後
ぐう
僕のお腹が鳴る。
長い。
さすが年末特番。
もちろん僕らもご飯は食べていない。
マス枝さんにはもちろんさっきの電話内容は報告した。
そのせいで暮葉は局側が用意した食べ物・飲み物には手を付けて無いからだ。
番組の内容はチームによるクイズ番組。
見ている内に暮葉の番組でのポジションが見えて来た。
いわゆるおバカキャラ。
早押し問題等では竜だから手は早いんだ。
だけど押しても天然系の素っ頓狂な回答をするもんだから場がドッと沸く。
まあ番組が盛り上がってるから良いんだけど…………
だけど……
本当はバカじゃないんだけどな……
ただ人間の事を知らないだけなんだけどな……
何だかおバカ、おバカと言われてるのを見ると何だか嫌な感じだ。
「TVで目立つって言うのはこう言う事なの。
おバカキャラで受けたんならそれで良いのよ」
マス枝さんが僕の様子を見てフォローを入れる。
「……でも……」
「暮葉が頭が悪い訳じゃないと言うのは私も解ってるわ。
もちろんファンの人達も解ってる人達はいる。
まだ暮葉を知らない人がおバカキャラだと思って好きになるじゃない?
それが実はそうじゃ無かったってなったら一層ファンになってくれるかも知れないでしょ?
いわゆるギャップ萌えってやつよ。
こんなバラエティ番組でどう思われようが関係無いわ。
暮葉は歌でトップに立てれば良いのよ」
さすがマス枝さん。
きちんと芯を持って暮葉をマネージメントしている。
やがて時間が過ぎ……
(ハイOKでーすっっ!
お疲れ様でしたーーっっ!)
ADさんの声で収録は終了する。
時間は二十三時。
延べ十時間もの長時間収録。
何か凄く疲れた。
「何してるの竜司。
次に行くわよ」
と、マス枝さん。
え?
まだあるのか?
タレントって大変だ。
そして竜のガレアはというと……
【何だ?
もう行くのか?
ここ珍しいモンが多いからもう少し見てたかったんだけどなあ】
と、呑気なもんだ。
ガレアは撮影機材やらせかせか動くADさんやらが珍しいのかずっとその場でキョロキョロしていた。
でも動いて見ようとはしなかった。
これもガレアの良い所でありヘンな所。
多分自分が動くと一般人が驚いて暮葉の迷惑になると思ったのだろう。
前に読んだ漫画で妖怪が人間社会に驚いて色々見て回ると言うのがあったなあ。
それは妖怪が一般人には見えないって事だったけど、竜の場合は見えてるもんなあ。
いくら人間社会に溶け込んでるって言っても人間で無い異形の生物が近づいて来たらギョッと警戒する。
溶け込んでいると言うのはあくまでも理屈の上にあるもので感覚的にはまだ溶け込んでいないと言う事。
「ガレア、もう行くよ」
【えーもうちょっと……】
名残惜しそうなガレア。
目線の先には大型カメラクレーン。
そんなに珍しいのかな。
僕は引っ張ってガレアを連れて外へ。
そのまま車に乗り込む。
響さんも一緒に。
「響さん、今回は電波超傍受使わないんですね」
「アレはスニーカーの趙濃魔力を使用するのよ。
そんなにポンポン連発できる物じゃ無いの」
「あ、そういうものなんですね」
「だから電波超傍受は使うタイミングが重要なのよ」
なるほど。
だからまず現在の様子を伺う為に一回。
暮葉の動きがある段階で一回使用したって事か。
僕らは車に乗り込み、渋谷区へ戻る。
「あ、響さん。
このノート、返してもらって良いですか?
必要ならコピー取りますので」
「必要無いわ。
もう覚えたから」
そう言ってノートを差し出す。
Studio Mission
ダンススタジオに到着。
(あっ
ガレアきゅんっっ!
私に会いに来てくれたのねっ!?)
波留さんがガレアを見た途端色めき立つ。
深夜なのに元気だなあ。
【何だよお前。
良い奴だけどうっとおしいなあ】
ガレアの右腕にしがみつく波留さん。
ばかうけを買って貰った恩はあるがやはりくっつかれるのはうっとおしい様だ。
(へー、竜の鱗ってプニプニしてるのね。
赤ちゃんのホッペみたい)
波留さんが、ガレアの腕にしがみつきながら鱗を突いている。
赤ちゃんのホッペ。
そんな風に竜の鱗を表現する人は初めてだ。
「おはようございます波留さん。
こんな深夜なのに元気ですね」
(こんな商売してるとよくあるのよ。
まあ深夜にまでやってるのは私ぐらいだけどね)
「おはようございます波留さん」
(マスさん、おはよう)
「毎度毎度こんな深夜で申し訳ありません」
(別に構わないわよ。
でも私、深夜だからって手加減はしないわよ)
「ええ、お願いします」
「おはよーございまーすっっ!」
暮葉がダンスウェアを身に纏って出て来る。
ダンスレッスン開始。
本日のレッスンは比較的早く終わる。
スタジオの営業時間の為だ。
僕らはレッスンを終えて事務所に戻る。
「皆さま、お疲れ様でした」
ぺこりとお辞儀をするマス枝さん。
「お疲れ様でした」
本当に今日は疲れた。
早く帰って寝たい。
「あっ
竜司っ
待ってっ」
帰ろうとした僕を暮葉が呼び止める。
「ん?
暮葉、どうしたの?」
「えっとね……
あのね……
その……」
何か頬を赤らめながらモジモジしている。
うん、物凄く可愛い。
でも要領を得ない。
僕が目をパチクリさせていると……
「竜司っ!
また明日ねっっ!」
堰を切ったかの様に別れの挨拶を言う暮葉。
あぁ、なるほど。
それが言いたかったのか……
え?
何この子。
すっごく可愛いんですけど。
めちゃくちゃ可愛いんですけど。
誰も居なかったら叫んでるぞバッキャロー。
「うん、また明日ね」
「エヘヘ……
本当に人間って不思議ね。
こんなのただの言葉なのに何で言おうとするとこんなに恥ずかしい感じがするんだろ……?」
「多分それは暮葉が僕を意識してくれてるって事なんじゃないかな?」
夫となる身からしたらこんなに嬉しい事は無い。
「イシキ?」
「うん、何て言ったら良いのかな……?
暮葉の中で僕が特別になっているって言ったら良いのかな?」
意識するって言うのを説明するのは難しい。
何より言ってる僕が物凄く恥ずかしい。
「ん?
ん?
特別?
どゆこと?
竜司は竜司じゃ無いの?」
先程までの頬の赤みは消え、一転キョトン顔に変わる。
「まあそれはそうなんだけどね……
僕も良く解んないや。
それじゃあ僕は帰るよ。
暮葉……」
「また明日ね」
僕は笑顔で別れの挨拶。
「うんっ
また明日っ!」
パァッと満面の笑顔の暮葉。
こうして僕は南区の避難所へ帰って行った。
横浜市 南区 避難所
帰って来ると薄暗い。
明かりは数点電球がついているだけ。
トイレ用の灯りだろうか。
昨日居た元も居ない。
僕はスマホを取り出し時間確認。
ディスプレイの灯りが僕の顔を照らす。
午前一時二十二分
ド深夜だ。
そりゃあ元達も帰っているだろう。
僕はコッソリと体育館の自スペースに向かう。
【何だみんな寝てんのか?】
「ガレア、みんな寝てるんだから静かにしてよね」
【わかった】
自スペースに戻った僕はスーツの上着を脱ぎ、早々に薄い毛布にくるまり寝てしまった。
次の日
僕は目を覚ます。
ゆっくり上身を起こす。
パキ
少しだけ腰骨辺りが鳴る。
最初に寝た時はバキバキ鳴っていたのに。
慣れたって事かな?
頭がボウッとする。
今何時だろ?
午前八時三十分。
七時間ぐらいか。
睡眠時間としては充分だけど。
少し疲れが残ってる感じがする。
立ち上がり周りを見渡すと、自スペースにいる人は半分よりもう少し多いぐらい。
僕は出遅れた方か。
【ぽへー……
ぽへー……】
ガレアの面白いイビキにも慣れた。
身体を揺する。
【竜司うす】
今日はいつものガレア。
寝覚めが良い。
昨日、厄介事は無かったからな。
「おはようガレア、外に行くよ」
【おう】
「ハイッ!
ハイッ!
はいどーぞっ!
飲み物っ!?
あそこっ!
あそこのウォータークーラー使って下さいッッ!
コラッ!
そこっ!
きちんと列に並びなさいっ!
順番抜かしなんて大人気ない事してないのっ!」
何か威勢の良い声が聞こえて来る。
聞き慣れた声。
蓮だ。
ここにも避難所活動に慣れた人が一人。
もう炊き出しの場を仕切っている。
それにしてもさすが蓮。
度胸あるな。
並んでいる人達はみんな年上なのに。
おや?
列の中に元と踊七さんも並んでいる。
側へ駆け寄る。
「おはよう二人とも」
「竜司、おはようさん」
「おはよう竜司」
「竜司、列は割り込めへんで。
きちんと並びぃや。
割り込んだらキツいオニババからの怒……」
クワンッッ!
元の台詞に割り込んで何か硬くて軽いものが当たった音。
元の頭が右へ素早くブレる。
カランッ
何かが地面に勢いよく落下。
金属音。
見るとそれはおたまだった。
飛んで来た方向を見ると、投後のポーズを取っている蓮。
十メートルぐらい離れてるぞ。
ナイスコントロール。
「蓮ッッッ!
何すんねんッッッ!」
元の怒声。
「聞こえてるわよッッ!
誰が鬼婆よッッ!」
負けじと蓮も声を張り上げる。
列に並んでいる人達や周りの人達は呆気に取られて見ている。
何か物凄く恥ずかしい。
この恥ずかしさは父さんの痴態を晒した時の感じによく似ている。
「も……
もうやめなよ元……
何か恥ずかしいから……」
「ふぁあぁあぁ…………
何やってんだよ笑い事っちゃねぇ……」
踊七さんは我関せずと大欠伸。
とりあえず僕は最後尾に並び、順番を待つ。
僕の番が回って来た。
「あっ
竜司っ
起きてたのねっ
おはよう」
さっきのやり取りで見えてなかったのか。
「お……
おはよう……」
「ん?
どうしたの?」
「い……
いや別に……
き……
今日の献立はなあに?」
「今日はもやしナムルとしょうがスープとおにぎりよ」
「美味しそうだね。
ありがとう」
朝食を受け取り、踊七さんらと合流。
一緒に朝食開始。
「モグモグ……
昨日はどやってん?
マネージャー説得できたんか?」
「うん……
モグモグ……
それが……
一時停戦って形になって……
まだ保留……
モグモグ」
「停戦?
何やそれ」
「何かツアーに専念するって事で……」
「モグモグ……
襲撃の方はどうなったんだ?」
踊七さんも話に加わる。
「あ、そうそう。
それに関して進展がありました……
ちょっと待ってて下さい」
僕は席を離れ、体育館の自スペースから私物を持って来る。
戻って来ると炊き出しの配膳が終わった蓮も参加していた。
「あ、蓮。
お疲れ様」
「お疲れ様。
何か進展があったって聞いたけど何の話?」
「あ、うん。
襲撃の話」
「あ……
そっちなのね……」
少しゲンナリする蓮。
多分僕が平然と襲撃なんて物騒な言葉を言ったからだろう。
「んでんでっ!
どないな感じに発展したんやっ!?
はよ話せやっっ!」
ワクワクが表情から滲み出ている元。
「うん、まず犯人は複数人居る」
「おおっ?
マジでかっ?」
「それで今日、何らかの形で仕掛けて来る」
「……ん……?
竜司……
ちょっと待て……
何でそんな事まで解るんだ?」
「一緒に警護している竜河岸のスキルです。
電波超傍受って言って範囲内の電波を一斉傍受するんです」
「…………何だその盗聴スキル……
竜河岸、何モンだ?」
「兄さんの部下です。
襲撃の事を話したら警護の依頼をする事になって」
「なるほどな。
確か竜司の兄さんは警察官だったっけ?」
「そうです。
それでこれが傍受した電話の会話内容です」
ノートを差し出す。
「フム……」
ペラペラと捲っている踊七さん。
「何だこりゃ?
魔力注入の使い方じゃねえか。
しかも雑な。
笑い事っちゃねぇ」
「あ、違います。
もう少し先です」
「あ、そうなのか?
先……
先……」
ペラペラを捲り進める。
「お……
あったあった…………
…………
フム……
竜司……
この犯人Aが言っている“しき”と言うのがお前がやられた異能か?」
「はい……
多分そうだと」
「踊さん、ワイにも見せてくれや」
「私も見てみたい」
そう言いながらノートを覗き込む元と蓮。
「ふうん……
この犯人Aっちゅう奴が言うてる“しき”言うんが訳わからん異能っちゅう事か。
んで何で平仮名やねん」
「電話とかの会話内容を傍受した時はよくあるんだって」
「なるほどのう。
口語やから漢字までは解らんって事か……」
「これ……
恨みじゃ……
ないかしら?」
ここでポツリと蓮が呟く。
「どう言う事?」
「いや……
この“晴らす”とか“募らせる”とかがね」
そう言って該当部分を指差す蓮。
「なるほどな……
恨みを晴らす……
恨みを募らせるって事か…………」
察しがついた様子の踊七さん。
僕はまだよく解ってない。
「おい竜司。
これはあくまでも仮説だ。
それを踏まえた上で聞いてくれ。
多分相手の異能は動力を恨みとかの負の感情を使用するものだろう。
そしてその異能は負の感情が消えてしまうと使用不可になる。
これで晴らすなと言った中田の発言も合点が行く。
そしてその異能は魔力注入に似たブーストをかける事も可能……
これが中田が今日参加しない理由……」
なるほど。
さすが踊七さん。
でも具体的な作用が解らないとどうしようもない。
「中田って前に静岡で会った人でしょ……?
確か暮葉を狙って来たって言う……」
「うん……」
「どれだけ竜が嫌いなのよ……
その中田って人……」
これは僕のせいだ。
中田にドラゴンエラーの事を言った時、僕は出来る限り悪ぶって言ってしまった。
これは憎しみの矛先を僕に向けさせようと思ってした事だけど。
これが裏目に。
悪い方向に行ってしまった様だ。
中田は多分竜と竜河岸全体に恨みを増大させている。
「ごめん……
多分それは僕のせいだ……
僕が悪い奴のふりをしてしまったから……」
みんな沈黙。
沈黙と言う事は肯定している事だ。
「…………それで竜司、今日はどうするんだ?」
「とりあえず何か仕掛けてくると言うのなら僕はまた暮葉の元へ行って来ます」
「おいっ!
竜司っ!
ワイも連れてけっっ!」
元が息巻いている。
「ちょっ……!?
ちょっと待ってよ元……
急に連れてくと向こうの人もビックリしちゃうよ……
今日僕が助っ人がいるって事を言っておくからさ……」
「えーっ!?
何やねんそれーっ!」
「まあそうだな。
昨日の今日でいきなり押しかけても迷惑だろう。
笑い事っちゃねぇ。
元、今日は自重しとけ」
「そうよ元。
私だってついて行きたいの我慢してるんだから」
「くそっ!
しゃあないなあ……」
蓮と踊七さんに窘められ、どうにか矛を収めてくれた。
「ふう……
ご馳走様。
蓮、すっごく美味しかったよ。
いつもありがとうね」
「ワイはもうちょい肉っ気が欲しいトコやけどな」
「贅沢言わないの。
こっちだってやりくりしてるんだから」
ちょいちょい
何かが袖を引っ張る。
【なあなあ竜司。
ハラヘッタ】
と、ガレアが空腹で食事の催促。
どうしよう。
また何処かに行こうかな?
「あ、竜司。
ガレア、お腹空いたの?
ならちょっと待ってて」
そう言って席を外す蓮。
やがて大きな紙皿に何か山ほど積んで持って来た。
何だろうこれ?
食べ物……
かな?
「はい、ガレア。
召し上がれ」
【おっ?
これ食って良いのか?】
「いいわよ」
許可を得たと言わんばかりに妙な山に噛り付くガレア。
【うまうま……
何かわからんが美味いなコレ……
モグモグ……】
どんどん山が削られて行く。
「蓮……
これ……
何……?」
「これ野菜クズよ。
それに濃い味付けして炒めたの」
「野菜クズって……
こんなにあるものなの?」
「そりゃそうよ。
毎日たくさん料理作るもの」
「そうなんだ。
でもガレアは肉が好きなのに。
野菜クズなんて嫌がりそうな気がするんだけど美味そうに食べてるね」
「だから味付けを濃くしているのよ」
なるほど。
【ん?
コレ美味いぞ……
モグモグ】
キョトン顔で大きな口を咀嚼しているガレア。
やがてガレアの食事完了。
【プフー……
ハライッパイだ】
ガレアも満足そう。
「じゃあ先輩。
僕らはそろそろ行きます」
「おう、くれぐれも気をつけてな」
「はい」
「竜司……
気をつけてね……
危険な事はなるべく避けてね……」
「うん、行って来るよ蓮」
「竜司っ!
何やったら相手ふん縛って連れて来ても構へんでっ!
その訳わからん能力も気になるしの」
元が無茶な事を言う。
「元……
無茶言わないでよ……
じゃあみんな行ってくるよ」
「おう。
キャン言わせて来いや」
「いってらっしゃい」
僕は渋谷区の事務所を目指す。
東京 渋谷区 ユニオン事務所
「おはようございます」
「竜司、おはよう」
(竜司っち、ちょりーっす)
「竜司っ!
おはようっ!」
「おはよう」
マス枝さん、タエさん、暮葉はもう来ていた。
【弟クン、おはよー】
スニーカーも挨拶。
「おはよう、スニーカー」
「あぁ、そうそう。
昨日の傍受結果を隊長に報告したら、もう一人派遣してもらえる事になったから」
響さんから不意の報告。
「あ、そうなんですか。
今日来られるんですか?」
「いや、その隊員は別件で動いてるそうだから、今日は無理ね。
そっちが解決したら合流するそうよ」
「あ……
金科玉条……」
金科玉条とは竜河岸警官に課せられた訓戒。
その中に“事件を担当している場合、その事件が解決しないと別事件に関わる事を禁ずる”と言うものがある。
その新しい人はこの金科玉条の為、合流出来ないんだろう。
冷静に考えると何で駄目なんだろう?
別にその人のバイタリティが高ければ複数事件を受け持っても良いと思うのだが。
何かあるんだろうな。
「…………貴方……
何でそんな事知ってるの?」
“そんな事”と言うのは多分金科玉条の事だろう。
「……僕、先の呼炎灼事件に関わっているんで……
カズさんから聞いたんですよ」
「へえ……
貴方あの事件に関わっていたの?
後方支援?
補給隊とか?」
この人、とことん僕を見下してるな。
てか兄さん、言って無いのか?
「違いますよ。
戦闘要員です」
「へえ……
陸竜大隊の竜河岸と戦ったのね」
ま……
まあ辰砂は陸竜大隊の竜河岸と言えなくはない……
副長だけど。
でもやっぱりキツかったのは呼炎灼戦だ。
て言うか僕、陸竜大隊の副長と隊長、両方相手にしたのか。
「ええ、まあ……」
「それで勝ったのかしら?」
僕を見つめる響さんの眼には疑惑の色。
本当に何なんだこの人は。
「はい……
一応……
二人には勝ちました」
「へえ……
まあどうせ下っ端なんでしょうけど、二人も倒したのなら大したものだわ」
この人、わざと言ってないか?
何だか隊長と副長だと言い辛い。
でも言ったら少しは僕の事を見直してくれるかな?
「えっと…………
違います…………
隊長と副長です……」
「何でそんなウソをつくの?」
バッサリ。
この人もなかなかに強情な人だなあ。
「ウソじゃありませんよ。
呼炎灼隊長と三条辰砂副長は僕が倒しました」
「貴方……
解ってる?
呼炎灼って使役している竜が赤の王の現役最強クラスの竜河岸よ?
貴方が勝てるとはとても思えないわ」
何だかこの人の誤解を解くのが物凄くめんど臭くなってきた。
もうどうでもいい。
「ハァ…………
すいません……
ウソです……
僕が倒したのは下っ端の竜河岸二人です……」
「やっぱりね。
大人をあまりからかうものじゃないわよ」
「は……
はぁ……」
別にこの人の誤解を解いたからと言って何が変わる訳じゃ無し。
僕が暮葉を護りきれば良い事だ。
別に僕は戦時中の戦闘機乗りみたいに武勲を集めてる訳でも無いし。
「はいはい、そろそろ出かけるわよ。
仕事仕事」
まるで襲撃される事を気にせず仕事に出かけようと言うマス枝さん。
「あの……
解ってるとは思いますが……
今日、襲撃される可能性が高いんですよ……?」
「わかってるわよ。
その為に貴方達を同行させてるんだし。
それに危機が迫ってる時こそ平常通り振る舞うものよ。
私達が焦って襲撃を止めてくれるわけでも無し」
そ……
そういうものなのかな?
警戒ぐらいはしておいた方が良いと思うけど。
「わ……
わかりました。
それで本日はどこに行くんです?」
「午前中は都内の幼稚園を回るわ。
午後はラジオ局でコメント録り。
そしてダンスレッスンよ」
「何で幼稚園なんか回るんです?」
「これが暮葉の営業なのよ。
ツアーがあるからといって平常業務を疎かには出来ないわ」
マス枝さんが言うには暮葉はドラゴンアイドルである。
人の中にある竜への差別意識を無くす為に行動すべきと言うものがあると。
それで考えられたのは幼稚園を回る事。
幼稚園の子供達と触れ合って竜は怖くないと言う事を知ってもらっているのだ。
内容は園児と遊び、歌を軽く二、三曲歌うぐらい。
比較的に軽い。
一応有料ではあるが一般アイドルの派遣と比較するとかなり格安である。
「暮葉も大変だね。
幼稚園巡りなんて」
「ん?
何で?
子供達はみんな可愛いわよ?」
暮葉、キョトン顔。
「はいはい、じゃあ行くわよ」
マス枝さんの号令で外に出る僕ら。
「竜司、ルートの割り出しをお願い。
最初に行く幼稚園はここよ」
第一日野すこやか園 東京都品川区
渡されたプリントには幼稚園の名前と住所が書かれていた。
「へえ……
品川区……
えっと……
スマホスマホ……」
「電波超傍受」
ギュオッッッ!
響さんは響さんでスキル発動。
周囲の電波を傍受し始めた。
もう片膝を付いている。
精査モードだ。
僕も自分の役割を果たさないと。
スマホで場所を検索。
目的地は今居る所から南下するのか。
全方位内から場所を探す。
あ、ここだ。
ずいぶん立派な建物だな。
広大な敷地に建っているL字の五階建て。
こんな立派な幼稚園見た事ない。
屋上に角張ったドームみたいなのがある。
何だろう?
とりあえず人の流れは解った。
「マス枝さん、解りました。
多分、旧山手通りから駒沢通りに行って山手通りのルートが良いと思います」
「ありがとう。
聞いてた?
マックス」
(オーライ、ボス)
力強いサムズアップを見せるマックスさん。
何だかハリウッド映画みたいだ。
そうしていると響さんが立ち上がる。
「あ、響さん。
どうでしたか?」
僕の問いかけに無言でスニーカーの鱗に手を添える。
魔力補給だ。
今スキルを使ったばかりなのに何故だろう?
「みんな行くわよ。
車に乗って」
マス枝さんの声にも無言で車に乗り込む響さん。
明らかに様子がおかしい。
ブロロロロ
車が発進。
---
三十分後
山手通り沿い 雑居ビル屋上
キャンキャンッッ!
ガシャンガシャンッッ!
檻の中に中型犬が一匹。
吠えながら鉄格子にぶつかっている。
ガンガンッッ!
しゃがみながら屋上の床を殴りつけている男が一人。
先の中田と同じ様に大きな裏頭を被り、身体全体を白い大きな布で覆っている。
「くそっ!
くそっ!
何で俺がメス一匹狙ってこんな朝早くにこんなトコに居なきゃいけねぇんだよッッ!
くそっ!
くそっ!
中田のせいだっっ!」
ガンガンッッ!
怒りを拳に込め、床を殴る男。
この男の名は泥由紀夫。
年齢不詳。
中田と同様に術を会得している。
襲撃の共犯者の一人である。
「いや……
世間が悪いッッ!
俺が今こんな暮らしになっているのは全部クソッタレの世の中が悪いっっ!
ムカツク……
全部ムカつく……
俺をクビにした会社も……
今中田が狙ってるメスも……
クソみてえな世の中もォォッッ!
クソォッ!」
ガンガンッッ!
顔を負の感情のままに歪ませて怒りを表す泥。
まるで顔の皺、一本一本がドス黒く変色しているかの様。
拳に込めているのは怒りだけではなく、恨みも込められている。
これが中田の言っていた“募らせる”と言う行為である。
要は恨みを募らせて術の力を上げているのだ。
そしてこの男の怨みの元は逆恨み。
先の会社をクビになった話も会社の金を盗んだからであり、しかも懲戒解雇では無く依願退職できちんと退職金も支給されたのだ。
プルルプルル
電話が鳴る。
左手で電話に出る泥。
「あぁ……?
そうか……
来たか……」
プツッ
ぽつりぽつりと呟き、電話を切る。
立ち上がり、檻へ向かう。
キャンキャンッッ!
泥を睨みつけ、吠える中型犬。
「あぁうるせぇ……
てめぇ……
そんなに俺が嫌いかよ……
だけどなあ……
俺はもっとお前が嫌いだよ……」
ガチャ
檻を開ける泥。
ダダッ
檻から駆け出そうとする中型犬。
ガッ
が、逃げる事を許さず犬の腹を左手で掴む泥。
キャインッ!
キャインッ!
振り解こうと藻搔く中型犬。
そんな犬を恨めしそうな眼で見降ろす泥。
ガブゥッッ!
犬が泥の左前腕部に咬み付いた。
痛みが身体に奔る。
が、全く動じず左手を離そうとしない。
「あぁ……
痛てぇ……
何でこんな痛みを味わわねえといけねぇんだ……
憎い……
犬が憎い……
世の中のもの全てが憎い……」
フーッ!
フーッ!
依然として泥の左前腕部に牙を突き立てている中型犬。
ギャッッ…………!!?
グシャァァッ!
泥が左手で中型犬の腹を握り潰した。
心臓ごと。
中型犬は即絶命。
「受憎…………」
泥が呟く。
途端に短い呻き声を上げ、犬の姿が消失。
ピッ!
ピピッ!
犬の血飛沫が数滴。
それを残し犬の姿が消えてしまった。
同時に右腕部の裏頭の布が盛り上がる。
勢いよく白い布を押しのけ、太い右腕が現れる。
色は淀んだ紫色で染まった禍々しい右腕。
その様子はまるでたった今生えてきた様。
その通り。
泥は術の会得の際に右腕を丸々欠損している。
この異様に大きな裏頭は自分の欠損した部位を隠す為である。
「気持ち悪りぃ……
俺の身体もうおかしくなってんな……
もう後戻り出来ねぇじゃねぇか……
何でこんな事になったんだ……
憎い……
憎い……
全てが憎い」
生えたての右手を懐に入れ、取り出したのは一枚の紙。
そこには五芒星が描かれていた。
これは晴明桔梗である。
■晴明桔梗
陰陽道では魔除けの呪符として伝えられている。
印に込められた意味は、陰陽道の基本概念となる陰陽五行。
木、火、土、金、水の五つの元素の働きの相剋を表したもの。
別名:五芒星、桔梗紋、安倍晴明判。
晴明桔梗の中央に石片を置く泥。
この石片は山手通りから抉り取って来たもの。
立ち上がった泥は右足を高く持ち上げる。
「類感乗法…………」
泥が呟く。
バカァンッッ!
と、同時に思い切り石片を踏み砕いた。
やがて……
キキィィィッッッ!
ドコォォンッッ!
遠くで急ブレーキの音と衝撃音が響く。
それを聞いた泥の口が毒々しく開く。
「かかったぁ……」
怨霊の様な笑み。
笑みと言えるのかどうかもわからない。
パンッッ!
勢いよく両手で両膝を押さえる。
「感染和法……」
ドンッッ!
泥が呟いたと同時に上空へ弾け飛ぶ。
まるで魔力注入を使用した時の様な動き。
これが中田一派の会得した外法。
式である。
---
三分前
響さんはまだ無言のままだ。
本当にどうしたんだろう。
とか思っていたら
「竜司君……
マネージャーさん……
クレハさん……
衝撃に備えて下さい……
多分……
そろそろ……」
ようやく響さんが呟いた。
ビシィィィィィッッッッ!
と、同時にフロントガラスが一面、濁った白に。
微細なヒビが一瞬で入ったんだ。
(ウオォォォォッッッ!)
マックスさんの叫び声。
キキィィィィィッッ!
と、同時に大きな急ブレーキ音。
更に車体が少し斜めに傾き、慣性の法則で身体が右に持って行かれそうになる。
ハンドルを左に切ったんだ。
ガガァァンッッ!
響いた衝撃音と共に車は緊急停車。
この間一分弱。
僕は響さんの言いつけ通りに身を屈めて衝撃に備えていたから特にダメージは無い。
顔を上げるとエアバッグが膨れて、そこに顔を埋めているマックスさん。
中部座席に座っているマス枝さんと暮葉は無事な様だ。
ガチャッッ!
と、思ったらドアの開く音。
響さんが外に飛び出したんだ。
僕も続かないと。
後に続く。
外に出ると響さんは後ろに下がってしゃがんでいる。
足元を見るとアスファルトが砕け、下の地面が見えている。
その前にカーブを描いた濃いタイヤ痕がクッキリついている。
と、言う事はフロントガラスを割ったのはアスファルト片かぶつかったからか!?
一体どうやって?
ピピーッッ!
パパーッッ!
後続車輛がけたたましくクラクションを鳴らす。
「スニーカー」
【はぁい】
響さんの指示で出したのは亜空間。
中に手を入れ、取り出したのは拡声器。
「皆さーんっ!
私は警視庁公安の者ですッッ!
今ここら一帯にテロリストが潜んでおりますっっ!
山手通り一帯は緊急封鎖しますッッ!
早くここから避難して下さいッッ!」
(あぁっっ!?
何馬鹿な事言ってんだよッッ!
こちとら仕事で走ってんだァっっ!)
ブロロローッ
トラックの運転手が避難に従わず、悪路となった山手通りを走り出す。
咄嗟に避ける僕とガレアと響さんとスニーカー。
(へへっ……何にもねぇじゃねぇか。
脅かしやがって……)
「馬鹿が……」
響さんの呟き。
トラックの重量のせいか剥き出しになった地面も乗り越え、走り去る………………
はずだった。
ドコォォォォォォォォォォォォォォンッッッ!
耳をつんざく巨大な衝撃音。
何かが振って来てトラックの天井に激突したんだ。
パーーーーーーー…………
横倒しになったトラックから力無くクラクションが響く。
バコォォォォォンッッッ!
天を仰いでいた左側のドアが空へ舞い上がる。
ガランッッ!
ガラガラァァァッッッッ!
車体から強制分離されたドアが重力に逆らわず、地面に落ちる。
ギュンッッ!
空いた穴から何か飛び出した。
スタッッ
その何かが着地。
その姿に絶句する。
何に絶句したかと言うと中田と同じ長い裏頭を身につけているその男が右手に持っていたものだ。
それは…………
恐らくトラックの運転手。
歪に曲がった首。
体内にまでめり込んだ五指。
穴から血が流れている。
そして青ざめ、眼の焦点が虚ろな顔。
その様子から解る。
この運転手はもう死んでいる。
「さぁ~~~……
可愛い可愛いクレハちゃんは何処かなぁ~~……」
錆び付いた歯車を強引に回した様な擦り切れた低い声が聞こえて来る。
一聴で解る嫌な声。
「おいテロリスト」
響さんは声に臆せず話しかけた。
「あぁ…………?
何だテメェ…………
ん…………?
竜が側に居る所を見ると……
お前らが護衛って奴等かぁっっ!?」
響さんの問いかけは無視して見せる歪な笑顔。
仮面を粉々に握り潰して出来たものが偶然笑顔に見えた様な。
そんな印象の歪な笑顔。
辰砂とはまた違った嫌悪感が足元から立ち昇る。
「ハァ…………
ムカつく…………
俺みてぇなはみ出し者は……
クレハに会わせてもくれねぇってか……
憎い……
憎い……
全てが憎い……」
と、思ってたら今度は静かに怒り出した。
その怒りは大きく遠目で見ていてもわかる巨大な怨嗟の色が瞳に宿っている。
感情が安定していない。
情緒不安定。
「オイコラ、何調子に乗ってのたまってんだ。
こっちが呼びかけたら返事をしろ。
このボンクラ」
え!?
僕は思わず二度見。
今……
響さんが言ったのか!?
確かに響さんはツンツンしてたけど、何処か上品でピッとしたキャリアウーマンタイプだと思っていた。
こんな元みたいな下品な言葉を吐くなんて。
「俺が募らせてんだろォぉォぉっっっ!!
何勝手にくっちゃべってんだぁぁぁぁっっ!!
このブスゥゥゥッッ!
………………まあいい……
はい犬共ォッ!
お初にお目にかかりますゥッ!
俺は刑戮連の一人で泥由紀夫と申しますゥッ……」
コイツは危険だ。
辰砂と同種の匂いがする。
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「はい、今日はここまで」
「………………パパ…………
何コイツ……?」
前半は割と暮葉と楽しい事をやっていた話を楽しくしていたつもりだったんだけど、やはり刑戮連のインパクトは強かったか。
「うん…………
本当に気持ち悪い連中だったよ……」
「この人って普通の人なんでしょ……?」
いや、全くもって普通では無いのだが。
多分龍が言ってるのは一般人かと聞いているのだろう。
「うん……
竜河岸じゃなくて一般人だね……」
「何で空から降りて来て平気なの……?」
「それは式って言う外法を会得したからなんだ……」
「何でそんな事が出来るの……?」
「うん……
それに関してはね……
今になって考えると竜が居たからじゃないかなって思うんだ」
「どう言う事?」
「現実的に考えて式が起こす現象は到底有り得ない事だね。
でもそれは竜河岸のスキルも同じ事であって……
何だろう……
竜が来て……
竜河岸がスキルを使う事によって地球全体が超常現象に慣れちゃったんじゃないかなってね」
「よくわかんない……」
「僕も言っててよく解んないや。
とりあえず今は式を扱える人は居ないから安心してね……
じゃあ今日も遅い。
おやすみなさい」