第百五十三話 前程万里
「やあこんばんわ龍。
さあ今日も始めて行くよ」
「うん、昨日はリューハイカイが出てきた所までだったよね」
「うん……
そうだね……」
「あれ?
パパ、どうしたの?」
「いや……
この話も結構辛かったから……
思い出してね……」
「ふうん……」
龍、キョトン顔。
あまりよく解って無いらしい。
「じゃあ始めて行くよ」
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僕はやっとの思いで振り向いた先。
その光景に言葉を失った。
そこに立っていたのは中田だった。
太い血管を網の目の様に張り巡らせた目を見開き、一筋の血が垂れる程歯を食いしばり、膨大な殺意を載せて僕を射る中田の視線。
ズンッッッ!
遂に両膝と両手をついてしまった僕。
明らかに異常。
【ん?
おい竜司、どうしたんだよ?】
ガレアがキョトン顔で見降ろす。
ガレアは異常を感じていない様だ。
となると僕だけか。
どうする?
やるか?
今はガレアが側に居る。
闘うか?
しかしこう身体を縛られた状態だと神道巫術も占星装術も使えない。
魔力閃光を使うにしても街中じゃ狙いの正確さが問われる。
身体が縛られている今じゃ街に被害が出るかも知れない。
と、なると……
残るは魔力注入。
これならノーモーションで発動できる。
もう迷ってもいられない。
早くこの身体の縛りを解かないと。
残存魔力はまだあっただろうか?
内部に意識を集中。
無い……か。
無理もない。
昨日と今日、魔力を使う用事は無かったから。
しょうがない。
魔力補給からだ。
魔力注入
ブニョンブニョンブニョン
ガレアの身体から魔力球が染み出て来て僕の体に吸収される。
ドッックゥゥゥンッッ!
心臓の高鳴り。
魔力が入った証拠。
保持
ガガガガガシュガシュガシュガシュ
続いて集中。
集中先は両手、両足。
接地している部分だ。
よし、準備完了。
いくぞ脱出だ。
発動ォッッ!
ドルンッ!
ドルルンッッ!
ドルルルルンッッ!
バンッッッッッッッ!
僕は両手足を思い切り下に突き出し、身体を跳ねさせる。
地面が凹み、小さなクレーターが出来る。
ビュンッッッ!
僕の身体が真上に飛び上がる。
身体が軽くなった。
やった成功だ……………………
そう思ったのも束の間。
ズンッッッッッッ!!
また身体が縛られた感覚。
ギンッッッ!
下から中田の負の視線。
重い。
物凄く重い。
重い視線なんて初めてだ。
血走らせ見開いた眼はさっきと変わらず、口角だけ僅かに上がっている気がする。
僕の身体は満足に動けず、落下。
重心移動、態勢変更などもままならず重力のままに落下していく。
「クソォォォォォォォォッッ!」
相手に良い様にされている悔しさから声を上げる僕。
駄目だ。
このままだと地面に激突する。
はっ?
防御の為に魔力移動しないと。
もう地面は目と鼻の先。
落ちる。
落ちてしまう。
と、思ったら急に身体が軽くなった。
どう言う事だ?
だがこれは好都合。
「くっっ!」
僕は即座に身体を捻り、うつ伏せの体勢。
仰向けの状態で落ちると頭を強く打ってしまうからね。
うつ伏せなら四肢で身体を支える事も可能だ。
となると更に魔力移動で四肢に魔力を戻さないと。
えらく忙しい。
ズダァァァァァァァンッッッ!
あ……
危なかった……
もう少しでまともに落下していた。
激突する寸前。
四肢への魔力移動が間に合った。
四つん這いの状態ではあるが、身体には異常は無い。
っとそんな事を言ってる場合では無い。
中田だ。
中田はどうなった?
僕は素早く立ち上がり、振り向く。
…………が、そこには誰も居なかった。
先程まで殺気を溢れさせていた中田の姿は何処にも居なかった。
霞の様に消えてしまっている。
色々と急激に押し寄せて来た出来事に頭が困惑する。
【おいおい竜司、何がどうなってんだよ】
「いや、僕も何が何だか……」
【何だよそれ。
しっかりしやがれ】
「うん……
とりあえず戻ろう」
帰る道すがら僕は考えていた。
何故中田があんな所に居たのか?
僕を狙って?
いや、僕の動向は掴めていないはずだ。
となるとあそこで出会ったのは偶然。
そしてあの格好。
長い裏頭の様な物を被っていた。
■裏頭
日本の僧兵などが戦で被る白い頭巾。
有名な所で言うと上杉謙信、武蔵坊弁慶等が着用していた。
ただ裏頭にしてはかなり長く、大きかった。
白い布が身体全体を覆う形。
まるで身体を見られたくない。
そんな雰囲気が感じられた。
そしてあの身体に感じた異常。
明らかに感じられた異変。
身体が急に重くなり、見えない鎖で縛られた様に満足に身体を動かせなかった。
竜河岸のスキルだろうか?
でもそれは考えにくい。
中田は竜と竜河岸を憎んでいる。
遅れた第一世代と言う事は?
いやいや、遅れた第一世代だからと言ってそれは異能が使える理由にはならない。
スキルが使えると言う事は使役している竜が居ると言う事。
遅れた第一世代は一般人から生まれる竜河岸の突然変異。
親が一般人の為、竜儀の式を行う為のツテが無い。
日本は竜河岸育成に関して消極的な国。
竜を見つけるのも一苦労する。
となるとあのスキルめいた異能は何だ?
わからない。
あと何故消えたのか。
僕を倒せる好機だったのかも知れないのに。
まあただ僕もただではやられないが。
それにしても情報が少ない。
判断材料が少なすぎる。
解るのは中田が今東京に来ているという事実と僕に対する恨みは依然としてあると言う事。
そして何らかの異能を使う可能性があると言う事だ。
まずこう言う時は解りそうな所から考えるのが常道。
何故中田が東京に居るのか?
ここで僕の頭の中に中田と初めて会った時の記憶が想起される。
もしかして暮葉のドームツアーでは無いだろうか?
それの妨害が目的。
となると大変だ。
早くマス枝さんに報告しないと。
ダダッ
僕は駆け出す。
【何だよう。
急に走り出すなよう】
ガレアも続いて走り出す。
二人が待っている所まで辿り着く。
「何やってたの竜司。
マネージャーたるもの一分一秒を大切にしなさい」
帰るなり怒られる僕。
「あ……
すいません……
ちょっと襲われまして……
それに関してご報告する事があります」
「襲われたって……
大丈夫なの……?
それで報告したい事って何かしら?」
「実は襲って来たのは……」
僕は突然中田に襲撃された事を話した。
そして僕が狙いではない可能性も話す。
「ホントなの……?
それ……」
「ええ……
でないとこんなに遅れませんよ……
それでドームツアーの日程を確認したいんですが……」
「まず東京で2Days。
それから名古屋で2Days。
大阪で3Days。
福岡で2Days、札幌で2Days。
そして最後にもう一度東京で3Daysよ」
本番だけで考えても十四日。
移動日や準備日などもいれると凡そ一ヶ月弱か。
いやいや、そんな事はどうでも良い。
それよりも場所だ。
なるほど。
最初に東京か。
「その日程の情報は公開していますか?」
「そりゃ日にち迫ってるんですもの。
もうチケットも販売されているわ。
あと残るは札幌で数枚って所ね」
「となると中田が今東京にいる理由は何らかの形で暮葉のライブを妨害しようとしてる可能性が強いかと思います」
「そうね…………」
「そして中田は多分……
一般人とはもう違います……
何らかの怪しげな術を使って来ます。
おそらく一般の警察などでは対処できないかと……」
「そうなの……?
竜河岸のソレとは違う物?」
「中田の状況からして竜河岸だとは考えにくいです……
だから物凄く不気味なんです……」
それを聞いたマス枝さんは考え込んでいる。
「…………何でこんな事に……
このドームツアーが失敗したら……」
マス枝さんが苦しそうだ。
ここで妙案が浮かぶ。
「マス枝さん……
安心して下さい……
絶対に中止はさせません……
僕が護ります……」
「何を言ってるの竜司。
警察に連絡して警護の依頼をするに決まってるじゃない」
しまった。
ここから条件を出そうと思ってたのに、出鼻を挫かれた。
どうしよう。
どうしよう。
あっそうだ。
「ででっ……!
でもっ!
僕に一任した方がスムーズに進みますよっ!
多分警護の依頼は特殊交通警ら隊に依頼すると思うんですが、その警ら隊の隊長は僕の兄さんですぅっ!」
「な……
何か怖いわよ竜司……
まあそうね……
その方が良いかも……
あの皇隊長……
あ、そう言えば同じ苗字か……」
「はいっ
任せて下さいっ!
僕が護り抜いて見せますっ!
それでもしこのドームツアーが上手く行ったら暮葉との婚約を認めて下さいッッ!」
「何か必死だと思ったらそう言う事。
竜司、馬鹿ねえ。
そんな条件、呑む訳ないじゃない」
「えぇっ!?
じゃ……
じゃあ暮葉のドームツアーはどうするんですかぁっ?」
「もちろんそんな危険な人物がうろついてるんなら警護は付けるわよ。
警視庁にはパイプあるし。
それに貴方、仮にも暮葉の婚約者を自称してるんならこのまま放置はしないでしょ?」
「くっ……
そっ……
それはっっ……」
本当にこの人、認めない気だな。
それにしても自称って酷い。
「はいはい。
この話は一旦終わり。
仕事に戻るわよ」
くそうっ
上手く行くと思ったのに。
まんまとしてやられた感じだ。
とりあえず僕らは仕事に戻る。
Studio mission
午後はダンスレッスンだ。
波留さんが準備万端で待っていた。
(あっ
ガレアくーんっっ!
ホラッ!
ばかうけいっぱい買って来たよーっ!)
昨日の今日でもう買って来たのか。
行動派だな波留さん。
【おっ
全部俺にくれんのかっっ!?】
「あの……
ガレアは全部貰って良いのかって……
聞いてます……」
(もっちろーんっ!
全部キミのものだよっ!)
【んふふぅ~ん。
あんがとな。
お前やっぱいい奴だな】
嬉しそうなガレア。
さっそく亜空間を出し、山程あるばかうけを格納していく。
(きゃーんっ!
やっぱその顔可愛いーっ!
それが昨日言ってた亜空間なんだ。
便利ねえ)
側で時空に穴が空いてるのに動じない波留さん。
「お待たせしました波留さん」
着替えた暮葉とマス枝さんが出て来る。
(じゃー昨日と同じ。
これから先はずっと同じメニューだから。
何度も何度も繰り返して身体に覚え込ませなさい)
「はいっ
お願いしますっ!」
ダンスレッスンスタート。
一時間後
(違うっっ!
まだ掴めてないっ!)
波留さんの怒声が飛ぶ。
頑張れ。
頑張れ暮葉。
心中でエールを送る。
僕はと言うと頭の中は中田の事が七割を占めていた。
正確には中田の使った術。
いや、術なのか何なのかも定かでは無い。
本当に不気味だ。
とりあえず兄さんに内容を伝えとくか。
「すいません……
ちょっと僕、席を外します」
「あら?
どうしたの?」
「ちょっと電話しに……」
「あら?
担当のコが頑張ってる中で席を外して電話しないといけないの?」
マス枝さんがちくりとイヤミ。
「兄さんです。
今日襲って来た奴について話しておこうと思って」
やはり波が立たない。
以前の僕なら声を荒げる所だけどやはり僕の中で怒りの感情は消えている。
「条件は呑まないわよ」
「解ってますよ」
僕は席を外し、スマホを取り出す。
かける先は兄さん。
プルルルプルルル
「もしもし竜司か?
どうした?」
「兄さん、久しぶり。
今日はちょっと伝えておきたい事があって」
「何だ。
藪から棒に」
「今日……
僕、襲われたんだ」
「呼炎灼に勝ったお前だ。
撃退したんだろ?」
「いや……
それが……
ちょっとやられかけた……」
「お前がか゚?
どうした?
油断でもしていたか?
それともスキルが特殊だったか?」
「いや……
違うんだ……
まず襲撃して来た男は竜河岸じゃない……
竜排会の人間だから……
でも怪しげな術を使って来た……」
「…………詳しく話せ……」
僕は襲撃時の状況を掻い摘んで説明。
「なるほどな……」
「兄さん……
心当たりある?」
「いや……
俺も竜河岸以外で異能を使う奴なんて聞いた事が無い……
それで竜司、何でその報告を俺にするんだ?」
「あ……
兄さん……
今僕は東京に居るんだ……
暮葉の側に……
多分近い内に兄さんの所へ警護の依頼が行くと思う。
今回の襲撃絡みで……」
「何だお前今東京にいるのか。
横浜はもう終わったのか?」
「ううん、横浜はまだまだ復興作業があるから終わってないんだけど…………
暮葉との婚約がマネージャーにバレちゃって……」
「何だお前言って無かったのか。
それで東京にいるんだな。
なるほど……
襲撃にあったのは最近か……」
さすが兄さん。
背景も即座に把握した。
「うん……
ついさっき……
襲撃犯の詳しい話は会ってからするよ。
とりあえず意味不明の異能が存在する事を伝えようと思って」
「そうか。
悪いな竜司。
俺の方でも探ってみる」
「うん、お願い。
それじゃあ……」
プツッ
電話を切る。
またレッスンスタジオに戻る僕。
(ハイッ
ワンツーワンツー……
いいわっ
その調子っっ!
トーントトーント……)
あ、暮葉が昨日失敗した所だ。
今日は違う。
波留さんと同じ動き。
(ハイッ……
よしっ!
OKッ!)
さすが暮葉。
昨日失敗した所は克服している。
しかし……
(違うっ!
テンポが速いっ……!
もう少し緩めてっ……)
次の曲でまたもたつき始める。
(今度はテンポが遅いっっ!
正確にテンポを把握しなさいっ!)
「はいっ!」
暮葉も喰らい付く。
が……
(ストップッ!
中止ッ!)
今日はここまでか。
あと数曲なんだけどなあ。
(暮葉、いい?
この曲は正確にテンポを掴まないと綺麗に踊れないの……)
ここから失敗点の反省と講義が始まる。
フンフンと聞いている暮葉。
僕の考えていた事はやはり中田の事。
あの様子だと何らかの犯罪行為、テロ行為を行う可能性が高いと思う。
となると気になる点として単独犯か複数犯かと言う所。
単独犯だとしたら何が考えられる?
手近な人間。
子供などを誘拐して、暮葉を呼び出す。
またはTVに向かって僕が起こした事を偏向して宣伝するとか。
後者は地味にキツいかも知れない。
ドラゴンエラーは殺人狂が起こした事と宣言するだろう。
そして中田には僕の名前を言っていない。
これは聞く人達からしたら怖くて仕方が無い事だと思う。
何せ三十万人も一度に殺した殺人狂の竜河岸が今も日本の何処かで生きていると言うのだから。
この話はおそらく瞬く間に日本全国に広がるだろう。
日本にネガティブな竜のイメージが拡大してしまう。
駄目だ。
考えれば考える程キツい。
ネカティブなイメージを払拭する苦労は横浜で身に染みて解っている。
駄目だ。
中田は止めないと。
一体何をする気だろう?
そんな事を考えている内に終了。
僕はまた次の日も約束をして、また南区の避難所へ戻って来る。
て言うか僕、復旧作業を手伝えてないのに避難所で寝泊まりして良いのだろうか。
帰って来ると元が一人で遅い夕食を食べようとしていた。
夕食と言ってもカップヌードルの様だが。
もう深夜帯。
炊き出しも終わっている。
電源も落ち、しんと静まり返った中カセットコンロの灯りと薄い月明りが場を薄ぼんやりと照らしている。
多分お湯を沸かしている最中だろう。
「元、ただいま」
「おう、竜司お疲れさん」
僕が目についたのは元の脇に置いてあるカップヌードル。
何か種類が見た事ない。
角煮って書いてある。
下にトロ味しょうゆ。
何だこりゃ?
こんなカップヌードル出てたっけ。
「元、今から夕食かい?
何か見た事ない味だね」
「おう、何かな。
配給物の中にあったんや。
珍しい思てな。
ちょお待てよ……」
そう言いながらカップヌードルを逆さまにして何かを確認している。
「うお……
これヤバいぞ……
1998年2月って書いとる……
二十年ぐらい前のもんや……」
「え……
ホントに……?
何でそんなものが……」
「多分地方の義援物資やろな。
倉庫に眠ってたもん出してきたんとちゃうか?」
「それ……
食べんの……?
元……」
「まあもうそろそろ湯も沸くしな。
角煮味のカップヌードルなんて食うた事ないし。
まあもともとコレは保存食やから大丈夫やろ」
「保存食ったって二十年前だよ……
お腹壊したりしないかな……?」
心配する僕をよそにペリペリと封を開け始める元。
チラリと見える中身が何となく腐っているのではと思えるのは二十年前と言う前情報の為だろうか。
トポトポ
湯が注がれていく。
ついに二十年前のカップヌードルが完成する。
何かタイムカプセルを開く様な感じがする。
二分後
「よし食うか」
「ちょっ……!
元ッッ!?
まだ早くないっ!?」
「ん?
ワイのカップヌードルスタイルは固めやねん。
食うてる内にちょうど良くなんのがええねやないかい」
「で……
でも……
二十年前のものだよ……
きちんと時間護った方が……」
「ズルズルーーッ……
フム……
まあとりたてて目立った味は無いな……
このトロみが結構ええな……
オイ竜司、心配すなや。
普通に美味いで」
「ほ……
ホントに……?」
「疑り深いやっちゃな。
ほんだら食うてみぃや」
僕はカップヌードルを受け取り、一口啜る。
「ズルズル……
あ、ホントだ……
普通に美味しい……
何だか汁がトロついてるね……」
「そらトロみしょうゆ味ゆうぐらいやからな。
この冬にはありがたい味やで。
日清も冬限定でこういうトロみのついた奴出したらええのにな」
二十年経っても味が落ちない。
さすが安藤百福が創造した日本が誇る傑作カップヌードル。
やがて食べ終わる元。
「あ、そういえば元」
僕は今日の襲撃の話を元にしておく事にした。
とにかく今回は相手が不気味だ。
もしかして助けを乞うかも知れない。
それに元の側にはフネさんが居る。
もしかして竜河岸以外の異能について知っているかもしれない。
「なんや?」
「今日襲撃されたんだ」
「何やとッッ!?」
声を荒げる元の顔は嬉しそうな感じもしつつ、驚いた感じもしつつと言った表情。
立ち昇るモヤも暖色系の朱が五……
いや六割。
他は何か銀色っぽい。
金属色。
そうか、驚いた時に登るモヤは銀色か。
「元……
何で嬉しそうなのさ……」
「なななっ!?
何をアホな事言うとんねやぁっ!?
心配しとるに決まっとるやないけぇっ!
でっ!
でっ!
んでどうなったんやっ!?」
多分元が喜んでいるのは久々に聞く血生臭い話だからだ。
そしてあわよくば自分もケンカ出来るかもとか考えてんだろうな。
確かに最近復旧作業ばかりだった。
それに元に話したのはもしかして力を借りるかもと言う考えもあったし。
「やられたよ……」
「何ぃっ!?
呼炎灼イワしたお前がやられたんかぁっ!?」
兄さんと同じ様な事を言っている。
「不意打ちに近かったしね。
油断もあったと思う。
あんな所で襲撃されるなんて思わないし……」
僕の新スキル、神道巫術と占星装術は共に不意打ちには滅法弱い。
発動する為の前準備があるからだ。
「お前、魔力注入使えるやろ?
そんでどないかならんかったんか?」
僕は中田と使用された怪しげな術について説明する。
「…………竜河岸以外の異能なあ……
ワイも聞いた事無いわ……
何か催眠の類とかは考えられへんか?」
「うーん……
どうだろ?
上空に飛び上がっても自由が効かなかったからね……
中田じゃ無かったら竜を警戒している所だよ」
「言うてる事がホンマやったらまず竜河岸のスキルを疑うわな。
確かに気持ち悪いのう。
ワイらが言うのもアレやけど漫画やないねんからなあ」
確かに。
僕らのスキルも漫画やアニメみたいだ。
事実は小説よりも奇なり。
こんな言葉が頭を過る。
そんな異能がバンバン世の中に溢れたらパニックだなあ。
「とりあえず、僕は明日も東京へ行くよ。
ヤバかったらまた力を貸してもらう事になるけど……
良い?」
「ガハハ。
ワイに任せとかんかい。
正体不明の異能が相手なんて血が騒ぐやないかい」
こと争い事に関しては本当に頼りになるなあ元は。
その日は眠り、次の日。
「はーいっ!
炊き出し配りまーすっ!」
校庭に出ると、元気な蓮の声が聞こえて来る。
どうしよう。
蓮には昨日の襲撃の事を伝えておいた方が良いのかな?
まだ元と踊七さんは来ていない様だ。
僕は炊き出しの列に並ぶ。
列はテンポ良く進んで行き、すぐに僕の番。
「あ、竜司。
おはよ。
昨日は見かけなかったけどどこか行ってたの?」
「うん……
それも含めて色々話があるんだけど、炊き出し終わってから時間取れる?」
「うん、いいわよ」
僕は朝食を受け取った後、適当な所に座って朝食を取る。
【なあなあ竜司ハラヘッタ】
僕の朝食を覗き込んで来たガレアがご飯の催促。
どうしよう。
避難所だから食糧の管理もきちんとしているはずだ。
そんな所に大飯喰らいのガレアが来ると多分迷惑だ。
どうしよう。
僕は少し考える。
あ、そうだ。
亜空間があった。
亜空間で移動してパパッと買って戻ればいい。
でもどこに行こう。
何か考えるのもめんどくさい。
ガレアに聞こう。
「わかったよガレア。
何が食べたい?
今まで食べた中で今食べたいのが売ってる所に亜空間開いて」
【ん?
何か良く解らんけど……
ハイヨ】
ガレアが亜空間を開く。
中に入る。
すぐに出口。
外に出るとファミリアマートが建っていた。
ここどこだ?
向こうに線路が見える。
何処かの駅前だろうけどよくわからん。
「ガレア、何食べたいの?」
【ん?
何か解らんけど肉】
ガレア、キョトン顔。
「あ……
そ……」
このままでは埒が明かない。
ガレアも店内に入れて選んでもらおう。
「しょうがないから中に入って自分で選んでくれる?
少し縮んで」
【おう】
ガレアが白色光に包まれ、ニ,三周り程縮んだガレアが現れる。
ガレアと共にファミリアマートの中へ。
(いらっしゃ……)
挨拶が途中で止まる。
竜河岸というのは普通外に竜を置いておいて買い物をするものだ。
突然入って来た竜に驚いても無理はない。
「さあ、ガレア何でも買ってやるから選びなよ」
【あっ!!?
これ前に食った美味い肉ッッ!!
これ食いたいッッ!】
ガレアがおでんを指差す。
そういやこいつ牛串好きだとか言ってたなあ。
て事はここ名古屋か!?
運良く牛串は大量にあった。
「わかったよ。
全部?」
【うんっ!】
僕はあるだけの牛串をカップに移す。
「他は?」
ガレアとの付き合いもそこそこ長い。
牛串数本で腹が満たされるとは思っていない。
【あっコレッ!
前に食った事あるっっ!
肉だろっっ!?】
ガレアが真っすぐ指差した先にはファミトリ。
「そうだよ。
これも全部?」
【おうっ!】
「…………すいません……
ファミトリあるだけ全部下さい」
(は……
はい……)
唖然として見ている店員。
【あっ!?
これ昨日食った甘い肉ッッ!
これも食いたいっっ!】
お次は肉まんだ。
「コレも全部だよね……
すいません……
肉まんもあるだけ下さい……」
(はい……)
【ここスゲーなッッ!
喰いもんだらけじゃねーかっ!】
そういえばガレアはコンビニ初体験か。
やがて購入完了。
「さあガレア、横浜に戻るよ。
亜空間出して」
【ヨコハマ?
さっきの所か?】
「そうだよ。
食べ物は向こうに帰ってから食べてね」
【わかったよう】
帰って来ると踊七さんと漣と元が固まっていた。
「あ、竜司。
何処行ってたの?」
「ガレアの朝ご飯買いに行ってたんだ」
「私に言ってくれたら用意したのに」
「ガレアたくさん食べるからね。
避難所の食糧減らす訳にもいかないし」
そう言いながらガレアを見ると、もう袋から牛串を出して齧ってる。
【うまうま。
やっぱこの肉、美味いなあ】
「おう竜司、おはよう。
昨日は居なかったな。
何処に行ってたんだ?」
踊七さんが話しかけて来る。
「あ……
暮葉の所です……
マネージャーに婚約がバレてしまって……」
「何だお前言って無かったのか。
笑い事っちゃねぇ」
「はい……
ですんで説明に……」
「それにしては時間かかったな。
一日居なかっただろ?」
「ええ、了承を貰えなかったと言うのもあるんですが……
少し向こうで厄介な事が起きそうで……」
「竜司、話ってその事?」
「うん。
蓮にも聞いて欲しい。
とにかく今回は相手が不気味なんだ……」
僕は踊七さんと蓮に昨日の襲撃について説明する。
「…………何それ……?」
「…………竜河岸以外の異能か……
確かに不気味だな……」
「その人は……
竜河岸じゃないの?」
「うん……
多分……
ホラ前に話したでしょ?
竜排会ってNGO団体の人なんだよ。
中田って人」
「竜排会って竜を日本から追い出そうとしてる団体よね……
なら竜河岸って事は考えにくいって事か…………
ホントに不気味ね……」
「竜司……
お前の身体を縛ったのは強い催眠の可能性は無いのか?」
「踊さん、ワイもそれ思いましたわ」
「先輩……
元にも言ったんですが……
上空に飛び上がっても軽くなったのは一瞬ですぐに自由が効かなくなりました……
それに今考えてみたら身体が縛られたのは中田を確認する前です……
確か催眠術って相手と視線を合わさないとかからないんじゃなかったでしたっけ?」
「いや、そんな事は無いぞ。
例えば音とかでも催眠はかけれるらしい。
その時、何か音は鳴ってなかったか?」
音か。
うーん、鳴っていたのはいわゆる環境音。
遠くで走る車の音とか微かに聞こえる人の話し声とか。
それぐらいしか覚えていない。
「さあ……
目立った音は鳴っていなかったかと……」
「そうか……
それで今日はどうするんだ?」
「今日も東京へ行って来ます。
だから……
すいませんが……
復旧作業には加われません……」
「いいさ。
その中田と言う奴が大元ならドラゴンエラーが関係無いとも言えないしな。
横浜の復旧に関しては俺達に任せとけ」
「そやで。
ワレは中坊らしくタレの心配しとけ」
ここで僕が話した目的も言っとかないと。
「それで……
なんだけど……
今回は本当に情報が少ない……
中田の単独犯かも複数犯かも解らないんだ…………
だから……
もし複数犯で僕の手に負えなかった時は…………
手を貸して欲しいんだ……」
「ガハハ。
任しとけっちゅうねん」
と、元。
「何言ってんだ竜司。
協力するに決まってるだろ。
笑い事っちゃねぇ」
と、踊七さん。
蓮は黙っている。
「蓮は…………
どうかな?」
僕の問いかけに返答は無い。
何か考えている様子だ。
「うん……
良いわよ……
危ない事は止めてって言ってもどうせ竜司は頑張るんでしょ?
それなら私も危険な目に遭って共有したいもん……
でも……
暮葉の為なんだよね……
ハハハ」
最後に蓮の乾いた笑い。
「ご……」
僕は謝りかけたが踏み止まった。
蓮には正直頼み辛かった。
蓮は僕に好意を持ってくれてるから。
この騒動はいわば恋敵に協力する事になるから。
自分で言ってて恥ずかしいけど。
でも蓮が毎回悲しむのは自分の知らない所で僕が傷ついてるからだろう。
だから早い段階で今の状況を説明しておこうと思ったんだ。
今の台詞からしてこの予想は概ね正解だった様だ。
「蓮…………
まだ具体的に何か起きた訳じゃないから……
とりあえず今の状況を説明したかっただけで……」
「うん……
わかった……
何かあったらすぐに言ってね……
私も元も踊七さんもしばらく復旧作業に協力してるから……」
「うん……
ありがとうみんな……」
こうして僕とガレアは東京に向かう。
東京 渋谷区 Union事務所
本日の話し合いの末、とりあえず暮葉との関係については保留しておく事となった。
理由は本番まで日が押し迫って来たと言う事と僕は暮葉の警護をする事になったからだ。
保留と言うか停戦。
期間中はマス枝さんも暮葉との関係については言及しない。
代わりに僕も了承を得ようとはしない。
ツアーに専念しようと言う事だ。
「竜司、お兄さんに警護の打診をしておいてくれないかしら?」
「あ、はいわかりました」
僕は兄さんに電話をかける。
「もしもし竜司か?」
「兄さん、話があるんだけど時間取れない?」
はいとは言ったが、僕は警察に警護の依頼をするやり方なんて知らない。
久しぶりに兄さんと話もしたいし。
とりあえず会ってそこらも含めて相談する気だった。
「話?
何のだ?」
「昨日の襲撃と暮葉絡みで」
「…………わかった……
なら今日仕事終わってから話を聞こう。
五時半に警視庁の下で待っていてくれ」
「うんわかった……
け……
警視庁…………
って何処だったっけ?」
「千代田区だ。
一人で来れるか?
へへへ」
少し馬鹿にした様な口調。
「大丈夫だよ。
警視庁と言えば有名だし。
スマホに地図アプリもあるし。
それでも解らなかったら人に聞いて行くよ」
「お……
おう……??
解った、それじゃあ後でな」
冷静に反論した僕に兄さんが少し驚いている印象。
多分僕が怒るとでも思っていたのだろう。
やはり僕は怒れない様だ。
やはり一昨日の怒った表情と言うのは感情の出所が違ったのだろう。
電話を置く。
「マス枝さん、連絡をしてきました」
「どうだった?
人員配置してくれそう?」
「あ、いえ……
そこまで具体的な話はまだ……
とりあえず十七時半に警視庁で兄さんと待ち合わせです」
「そう……
まだ実害が出てないものね……
そんなに早くは動けないか……
解ったわ」
「僕は一旦抜けますが、暮葉の側にガレアを置いて行きますので大丈夫です」
「なるほどね。
でも私、竜の言ってる事なんて解らないわよ」
「暮葉が解るから大丈夫ですよ」
とりあえず僕は暮葉の側に居る間はずっと全方位を展開していた。
これだと中田が接近して来たらすぐに解る。
だけど、これで解るのは人相が割れている中田のみ。
単独犯だったらこれで大丈夫だが、複数犯だった場合はわからない。
だから僕は全方位内の光点の動きを注視していた。
結果として特に不穏な動きがあった訳では無く時間は過ぎて行った。
そろそろ行こうかな。
「ガレア、ちょっと来て」
【ん?
何だ竜司……
ポリポリ】
ばかうけを食べながらこちらに来るガレア。
今食べてるのは波留さんに貰ったやつだろう。
ピトッ
ガレアの鱗に手を添える。
とりあえずは魔力補給。
一応中田を警戒してだ。
まだ暮葉が狙いと確定した訳では無い。
大型魔力を三回に分けて補給。
その都度保持をかける。
「ガレア、僕は少し出かけて来るよ。
その間、暮葉の側から離れないでね。
護ってあげて」
【ん?
何かキノコが来るのか?】
一瞬何を言ってるのか良く解らなかった。
が、すぐに気付く。
多分ガレアが言いたいのは火の粉。
降りかかる火の粉を払っただけだという言葉からの引用だろう。
それにしても解りにくいなあガレア。
「そうだよ。
だからキノコが来たら止めてね。
ただ人間は竜と比べると弱いから手加減はしてね」
【何だよめんどくせえなあ。
わかったよ】
「じゃあ行って来ます。
暮葉、頑張ってね」
「うんっ
竜司っ
いってらっしゃーいっっ!」
僕はみんなと別れ、一路警視庁を目指す。
外へ出た僕はさっそくスマホを取り出し、地図アプリ起動。
「えっと…………
警視庁の最寄り駅は……
桜田門か……」
桜田門って聞いた事がある。
確か警察の事をそう言うんだ。
「乗り換えは…………
ゲ…………」
乗り換えを調べて驚いた。
何がってその数だ。
まず東京メトロ銀座線の浅草行きに乗って表参道まで。
そこから更に東京メトロ半蔵門線の久喜行きに乗って永田町まで行く。
更に更にそこから東京メトロ有楽町線新木場行きに乗ってようやく辿り着く桜田門。
東京って土地的に小さくなかったか?
そんな狭い所でこんなにも乗り換えるのか。
ちなみに東京メトロと言うのは地下鉄の事なんだって。
多いけどとりあえず動かなきゃ始まらない。
僕は渋谷駅に向かう。
辿り着いて更に絶句する。
乗り入れ線の数がめちゃくちゃ多い。
まずJR東日本各線、京王電鉄、東急電鉄、さらに東京メトロ各線。
そして人。
何処を向いても人。
人。
人。
人が波になって移動してる。
その光景を目の当たりにして唖然と立ち尽くしてしまう。
「ハッッ!?」
いかんいかん。
余りの光景にボーッとしてしまった。
これじゃあまるでお上りさんだ。
これが都会の洗礼と言う奴か。
時間も結構押し迫っている。
早く行かないと。
「えっと……
銀座線銀座線……」
僕は見上げてキョロキョロしながら歩く。
ドンッ
「あっ……
すいません……」
人にぶつかりながら該当の路線を目指す。
ようやく辿り着いた。
確か浅草行きだ。
あったあった。
電車に乗り込み、表参道へ。
東京メトロ銀座線 表参道駅
「えっと次は……
半蔵門線だ……」
表参道駅は比較的乗り入れ線はスッキリしてる。
表参道と言えば原宿。
若者の街だ。
並木道が有名だったっけ。
おっといかんいかん。
こんな事を考えるからおのぼりさんなんだよな。
都会人は冷静に歩いて目的地を目指すんだ。
あ、あった半蔵門線。
電車に乗り込む。
「次は永田町か……」
こうして乗り換えを重ね、ようやく桜田門駅まで辿り着く。
「えっと……
警視庁は……」
あ、近い。
て言うか見えてるし。
少し離れた所にドラマや映画で見る大きな白い建物が見える。
屋上に赤い円筒の電波塔が立っている。
アニメであれが破壊されるのあったよなあ。
ついでに時間を確認。
十七時ニ十分
時間もちょうどいい。
僕は警視庁を目指し、歩き出す。
ようやく辿り着いた。
まだ兄さんは来ていない。
少し待っている事に。
ふと目端に大理石製のレリーフが見えた。
そこには金色の文字で……
警視庁
と書いてある。
僕は本当に警視庁まで来たんだ。
アニメとかドラマとかでしか見た事ない。
「おー竜司」
【弟クンだー】
感動している内に兄さんとボギーがやってきた。
「兄さん、一ヶ月……
ぶりぐらいかな?」
「地震の時は一度話したけどな」
「そうだね。
兄さん、もう腰は大丈夫なの?」
「あぁ、母さんが処置したからな。
さすがだあの人は」
確かに母さんの腕が良かったのもあるが、あの呼炎灼の猛攻を受けても重症にならなかった兄さんの強靭な肉体もあるだろう。
「竜司、お前何か食べたいものあるか?
奢ってやる」
「うーん……
パッと聞かれて思いつかないけど……
出来れば個室の所が良いかな」
「へっ……
襲撃を警戒してか……
成長したじゃねぇか……
なら有楽町へ行くか」
「え?
近くに無いの?」
「この辺りに食物屋って少ねぇんだよ。
皇居も近いしな」
「えっ!?
皇居ってあの皇居っ!?」
「な……
何だよ竜司。
そんなに珍しいか?
ここからでも見えるぞ」
そう言いながら指差す方向。
何か妙に空が広い広々とした区画が見える。
下に薄っすら線が引かれている。
あの線、何だろう?
塀かな?
「あれが皇居だよ」
「へーっ!
初めて見たっ!」
「そんな事よりとっとと行くぞ」
そう言いながらボギーを連れて歩き出す兄さん。
「あぁっ!?
待ってようっ!」
再び桜田門駅に戻って来た。
すぐに電車へ。
兄さんが居るから今回は迷わない。
「まさかお前と東京メトロに乗る事になるなんてな」
「そうだね。
僕も旅の目的は横浜だったから東京に来るつもりは無かったし」
「そういやそうだな。
竜司、ドラゴンエラーについては決着ついたか?」
「決着って意味合いで言うとまだだけど、僕の中で道が出来たと言うか……
どうしたら良いのか解ったと言うか……
旅を始める前から比べたら段違いでスッキリした……」
「そうか……
まあ積もる話は店に行ってからしようか」
「うん」
やがて有楽町駅に到着。
駅の外へ。
すぐにあるビルに到着。
中に入る。
「おい、ボギー。
ちっさくなれ。
ここのエレベーターは狭いからな。
いつもよりちっさくだ」
【うん】
エレベーターの前で眩い白色光に包まれるボギー。
やがて出てきたのは少年ぐらいのサイズまで縮んだ姿。
「すっごくちっさくなったねボギー」
【結構疲れるんだよ。
この姿になるの】
そう言えばそんな事ガレアも言ってたな。
そのままエレベーターに乗り込み、七階へ。
個室ダイニング ウメ子の家
「ここって……
居酒屋?」
「そうだ。
完全個室だぞ」
(いらっしゃいませーっ!
あっ!?
皇さんっ
いつもご贔屓にして頂いて有難うございますっ!)
「あぁ、今日もゆっくりさせてもらうよ。
三名で」
(かしこまりました。
お部屋ご用意しますので少々お待ち下さいませ)
「わかった。
よろしく頼む」
待っている間。
「兄さん、この店来た事あるの?」
「まあな。
職業が職業だからな。
密談する時とかによく使う」
密談て。
何だか悪代官の様だ。
(お待たせしました皇様。
こちらへどうぞ)
「行くぞ竜司」
「うん」
僕らは奥の個室座席へ通される。
「料理は適当で良いか?」
「うん、兄さんに任せるよ」
「じゃあ、これとこれとこれを…………
それと生一つ……
竜司、お前はご飯ものは良いのか?」
「あ、何かあるの?
見せて」
兄さんからメニューを受け取る。
「えっと……
じゃあこれ。
スパイシーチキンのジャンバラヤ」
「じゃあそれも頼む」
(ありがとうございます。
ご注文は以上でしょうか?)
「はい」
(では少々お待ち下さい)
音も無く襖を閉める店員。
「とりあえず最初に用件だけ済ませとくね。
最近僕、襲撃されたって昨日言ったじゃない?」
それを聞いた兄さんの眉がぴくりと動く。
「……………………電話じゃ不明瞭な点もある
詳しく話してみろ……」
僕は先日、竜排会の中田に襲撃された事を話した。
中田と僕の関係や中田の狙いが暮葉なのか僕なのか解らない点なども含めて話す。
その時受けた攻撃の具体的な症状についても話した。
「なるほどな……
それで中田の怪しげな術でやられたと……」
「うん……」
「俺も調べたが情報は得られなかった。
となるとまだ編み出されたばかりか。
使う人間が極少数なのか。
仮にそんな異能があるとしたらだけどな。
聞いている俺も正直半信半疑だ。
竜河岸のスキル以外で超能力めいた異能があるなんてな」
「うん……
でも……」
あんな不可思議な現象は超能力の様な異能でしか考えられない。
遠く離れた人間の動きを縛るなんて。
仮に人間らしく科学で考えてみる。
離れていると言う事はリモコン等の遠隔操作。
あの感じた重さは筋弛緩による脱力とする。
筋肉をどうやって弛緩させる?
電磁波とか振動波とか?
それらの発生装置を地面に敷設?
いやいや無理だろ。
僕をその装置の上に載せるには僕がそこに居ると言うのを事前に知っていないとダメだ。
知っていたとしても僕がそこを通らなかったら終わりだし。
それに飛び上がった後もすぐ身体の自由は奪われた。
そう言う点からやはり異能としか考えられないんだ。
「わかってるよ。
みなまで言うな。
現在の科学技術じゃそんな現象起こすのは難しい。
とりあえず認識としては何らかの不明な異能と言う事で良いんじゃねぇか?」
「うん」
「それで今日の用件は?」
「暮葉の護衛の為に何人か派遣できないかなって思って」
「う~ん……
いや、これは誰が悪いって訳じゃないんだが警察には民事不介入ってのがあってだな……
お前に言われてハイじゃあガッツリ警護しますとはならねぇんだ」
民事不介入。
聞いた事がある。
警察と言うのは事件が起きないと動けないと言うのを。
「…………じゃあ人は出せないって事……?」
「待て待て。
早とちりするな。
何も出さないとは言っていない……
まあ俺達も忙しいからな……
出せて二人だ」
「二人…………
そっか……」
少し落胆。
「お前……
俺達を舐めてねぇか……?
特殊交通警ら隊は公安の中でもエリートの集まりだぞ……?
そもそも竜河岸で無いと応募資格すら貰えねぇのにそこからふるいにかけるんだ……
お前リッチーとか綴とか見て判断してるだろ?」
「そそそっ……
そんな事無いよっ」
いや、そんな事無い事も無い様な気がしない事も無い。
「まあ良いけどな……
あと断っとくが俺達は基本単独捜査だ。
みんな一組で捜査するんだよ。
俺とかはカズに残留思念を読み取って貰ったりはするけどその後は単独だ。
呼炎灼の時が特別なんだよ」
「そ……
そうなんだ……」
「暮葉さんのポジションや敵の異能、まだ事件が起きてない点とか考慮した上での人数だぞ」
「わかった……」
「よし、これでお前の用件は終わりか?」
「うん」
「じゃあここからは兄弟の会話だ。
お前、静岡出てからどうだったんだよ」
そういえば兄さんに横浜の話は全くしていない。
(お待たせしましたーっ
お料理お持ちしましたーっ)
「お、来た来た。
じゃあ話をする前にまず乾杯だ」
兄さんは並々とビールが注がれたジョッキを持つ。
僕はウーロン茶だ。
ガチャン
グラスを合わせる。
「んっ……
んっ……
ふう……
美味い……
さあ話してくれ。
横浜はどうだったんだ?」
「うん……
凄かった……
いや……
酷かった……
電車から降りたらもう竜に対する憎しみで溢れてて……」
「お前、受動技能で人の感情読み取れたっけな。
そんなに酷かったのか?」
「うん……
もう構内が真っ赤なモヤで溢れる程だった……
それで後から聞いたんだけど横浜ってヘイトシティって呼ばれてるんだって」
「ヘイトシティ……
憎しみの街って事か………………
お前…………
そんな所で暮葉さんと二人で渡り歩いてたのか?」
「あ、いや。
横浜で凄い竜河岸と知り合って……
その人に助けられた……」
「やはり協力者が居たのか」
「うん、梵踊七さんって人なんだけど…………
あ、そうそうこの人の使役してる竜が凄いんだよ」
「ん?
高位の竜か?」
「うん、しかも卿の衆だよ」
ガチャン
それを聞いた瞬間呑んでいたジョッキがテーブルに落下。
横倒しになるグラス。
ボタボタァッ
ビールが流れ、テーブルを伝わり畳に零れる。
「わぁっ!?
に……
兄さん何やってんのっ!?」
僕はおしぼりを数枚持って兄さんの側へ。
零れたビールを拭き取る。
「お前……
ロ……
卿の衆だとォォッッ!?」
あの冷静な兄さんが焦っている。
前にも話で出した時取り乱していたっけ。
「に……
兄さん……
ちょっと落ち着いてよ……」
「これが落ち着いていられるかァッ!!?
……あいつらは天災と称される連中だぞォッ!?
しかもそれは竜界でついた呼称だ……
あっちの災害は地球のそれとは規模が違う……
桁違いに……」
そう言えばそんな事をグースが言ってったっけ。
グースもナナオを初めて見た時は戦闘態勢だったもんな。
僕からしたらマザーと変わらない威厳大好きな竜。
ぽちぽちが大好きな竜って感じだけど。
「ちょ……
だから……」
「そんな竜が今、日本に居るんだぞっっ!?
下手したら日本なんて小さな島国、丸ごと沈没するぞォッッ!?」
「だからちょっと待ってってば。
もしそんな危険な竜なら僕が無事にここには居ないでしょ?」
「ま……
まあそれはそうだが……」
ようやく頭を冷やした兄さん。
「確かに僕も最初はビックリしたけど、先輩……
いや踊七さんの言う事は従っているんだ。
七尾は地球が気に入ってるから力を振るう事は無いって言ってたんだよ」
「そ……
そうなのか……?」
「プッ……
それでね……
竜の愛称はナナオって言うんだけど……
ナナオの好きな物って子犬なんだよ。
何かTV番組を見て感動したんだって。
だからいつも小脇に子犬を担いでるんだ……
ククッ……
それで周りに誰も居なかったら子犬にでちゅまちゅ言葉で話しかけるんだよ」
僕は噴き出し混じりにナナオの説明をする。
それを聞いた兄さんは唖然。
「な……
何だそりゃ……?
それ本当に卿の衆なのか?」
「まあ尻尾が複数あったし……
知り合いの高位の竜も一目で戦闘態勢になっていたし……」
「にわかに信じがたいな……
俺の師匠が言ってた話と大分違うぞ……」
「師匠?
竜河岸の?」
多分兄さんの言ってる師匠と言うのは魔力関連技術の先生みたいな人だろう。
僕はてっきりお爺ちゃんだと思っていた。
「そうだ」
「僕、てっきりお爺ちゃんに教わったと思ってたよ」
「まあ爺様の知り合いの人だけどな。
その頃は何かと爺様も忙しかったし、俺の教育はその人に任せっきりだった。
だから正直お前が羨ましかったよ。
確か魔力注入の三則だったっけ?」
「でも教わった時間は三十分も経ってないし…………
ねえ兄さん、その人から魔力注入は習わなかったの?
もしかして使えなかったとか?」
「いや、バリバリ使えたぞ。
師匠が魔力注入使ったらシャレにならん強さだったし。
習わなかったのは俺が拒否したからだな」
「何で?」
「何かしっくり来ないからだよ。
魔力で直接バフをかけるってやり方がどうにもシックリ来ない」
自分だって構成変化で異形になる癖に。
「兄さんの受動技能が判明したのはその後?」
兄さん曰く。
魔力注入が使えなくても受動技能の蓄積魔力があれば全然やっていけるらしい。
■蓄積魔力
皇豪輝の受動技能。
ボギーからの魔力を体内に吸収するのではなく身体周辺に纏わせる事が出来る。
これにより豪輝の魔力内包量は通常の竜河岸の二倍を誇る。
かつ蓄積魔力で纏わせた魔力は身体への影響が無い。
そして纏わせた魔力はコントロールする事で攻撃・防御などにも使用可能。
「確かそのぐらいだな。
師匠に聞いて受動技能ってのがあるって知ったし」
「へえ……
そのお師匠さんって何処にいるの?」
(お待たせしましたーっ)
追加で頼んだビールが運ばれて来る。
おもむろにジョッキを掴む兄さん。
「んっ……
んっ……
ふう……
師匠か……
師匠なら……」
そう言って上を指差す兄さん。
もう亡くなってるって事か。
「……そう……
わかったよ。
あ、そうそうセンパ……
いや、踊七さんのスキルが兄さんの不平等交換に凄く似てるんだ」
「ほう?
どんなのだ……
モグモグ」
つまみにパクつきながら興味を示す兄さん。
「五行魔法って言うんだけど、土とか炎とか電気とか水とかを操るんだ。
木の壁とかも一瞬で出せて、それ見た時兄さんのスキルを思い出したよ」
「それは凄いな。
魔法使いみたいだ」
「うん、僕も初めて見た時はビックリしたよ」
僕は魔法については話さない事にした。
やはり魔法は物凄い技術。
竜河岸が扱うスキルに無限の広がりを示してしまう。
だからこそ慎重に扱わないと。
元の時はしょうがなく説明したんだ。
運よく元は興味を持たなかったけど。
やっぱり性格上めんどくさいって思うのかな?
「お前は戦った事があるのか?」
僕の頭の中にドラゴンエラーを告白した時の事が呼び起こされる。
「う…………
うん………………
ドラゴンエラーの事を言った時に……
先輩の恋人の両親が…………
ドラゴンエラーの被害者で…………」
「さっきから言い直してた言葉は先輩か。
それは梵さんの事か?」
「あ……
うん……」
「何でそんな呼び方なんだ?」
「…………あの人は強くて優しくて……
僕から見て本当に憧れるんだ……
それこそ兄さんと同じぐらい……
そんな背中を見てたらそう呼びたくなったんだ」
「なるほどな。
それとドラゴンエラーの事を言ったってのは?」
「もちろん僕が……
引き起こしたと言う事だよ……
それで先輩と殺り合う事になった……」
「そうか……
さっきお前はスッキリしたと言った……
だが俺が知ってるお前は部屋に引き籠って、その話題を出すと途端に吐く程のトラウマを背負ってしまった姿しか知らない……
教えてくれ……
横浜で何があったのか……
お前のトラウマがどうやって払拭されたのか……
兄として知っておきたい」
「うん…………
結果としてなんだけど竜排会の横浜支部はほぼ壊滅して……
中区の人達はほとんどドラゴンエラーの事を知ってる……」
驚愕の事実が次々と飛び出て絶句している兄さん。
「壊滅って…………
お前がやったのか……?」
「うん…………
僕と先輩で……」
「俺が言うのもアレだが……
犯罪だぞ……
竜司……」
兄さんは多分勘違いしてる。
僕が殺人を犯したと思ってる。
「いいいやいやいやっっ!
あくまでも壊滅させたのは拠点だけだよっっ!?
人は一人も殺してないっっ!
って言うか殺してるのは向こうだからねっっ!」
僕はそのまま竜排会が遅れた第一世代の子供達を駆除と称して殺害していた事を話した。
「オイ……
それ……
マジか……?」
この話を聞いてさらに表情が歪む兄さん。
「兄さん、警察なのに知らなかったの?」
「今の横浜はほぼ治外法権化してるからな……
入って来る情報にも制限があるんだ……
お前は何でその情報を知っているんだ?」
「市長に直接聞いたから」
「お前、林市長に会ったのか……
竜と竜河岸嫌いで有名だぞあの人。
一体どうやって……」
「横浜市庁舎に殴り込んだんだ」
もう極限まで歪んだ顔は変わらない。
ただ絶句するだけの兄さん。
「何か俺……
横浜の話を聞くのが怖くなって来た……
お前の事だ……
何か目的があってやったとは思うが……
そもそも何で竜排会と事を構える事になってんだよ」
「それは……
先輩の家庭環境が発端だよ」
僕は踊七さんが横浜のドラゴンエラー爆心地の荒野に住んでいた事。
そこで遅れた第一世代の子供達を育てていた事。
その子供達と一緒に引っ越しする為、家を空けた隙に竜排会に襲撃された事。
子供の一人が瀕死の重傷を負わされた事。
それが竜排会と対峙する事になった発端だと。
「そうか……
それで梵さんの引っ越し先は決まったのか?」
「うん……
西宮に……
今は僕の知り合いの家にお邪魔しているけど。
その人も竜河岸なんだ」
「その人は旅で出会った人か?」
「うん、僕が家を出て最初に出会った竜河岸でお医者さんなんだ」
「それで竜排会を潰す為に拠点を破壊したって事か……
確か竜排会の会長は林市長のはずだ……
だから市庁舎に乗り込んだって事か……」
「それもあるんだけど……
僕にも別の目的があって……」
「目的?」
「うん……
僕はずっと考えていたんだ…………
たくさんの墓を見て……
どうやったら罪を償えるんだろうって……
そんな時アングリラーマっていうお坊さんの話を知って……
僕は横浜の人達を集めて、ドラゴンエラーについて話す事を決めたんだ……」
それを聞いた兄さんは沈黙。
やがて口を開く。
表情は驚きの形に歪めたまま。
「お前…………
それ…………
シャレにならん事になんねぇか…………?」
「う……
うん……
集まった人は千人以上居たし……
正直死にかけた……」
「ま……
まあ……
今こうしているのなら無事だったって事だが…………
お前……
割と無茶する奴だったんだな……
前の呼炎灼戦と今日の横浜の話を聞いて実感したよ……」
僕の頭の中で符合する色々な出来事が蘇る。
「そ……
そうかな……?」
ごもっともと言わざるを得ないがとりあえずすっとぼけた僕。
「でも死にかけた直後はまだどういう風にこれから進んでいいか解らなかったんだ。
悩んでる所に地震が来ちゃってね……」
「お前地震の時、西宮に居るって言ってたな」
「うん、それですぐに救助活動に向かったんだ」
「大丈夫だったのか……?
横浜で救助活動なんて……」
竜と竜河岸を憎んでる街で救助活動なんかして、素直に救助されるのかと言いたいのだろう。
「うん……
大変だった……
しかも僕の顔を知ってる人もたくさん居て……」
「……どう言う事だ……?」
「僕がドラゴンエラーの告白をした様子をビデオに撮ってたらしくて……
それを使った番組を横浜中に放送したらしいんだよ……」
「それでか……
ヒデェ話だな……」
「まあね……
でも……
そのお陰で人間ってのを知れたんだよ……」
「どう言う事だ?」
「その放送を見て違和感を持った人が現れて理解を示してくれたんだ……
その人は普通に接してくれたよ……
他では杖で殴られたり……
突然拳が飛んできたりしたけどね……」
僕は集団私刑の詳細は兄さんに説明しなかった。
聞いても嫌な気持ちにしかならないし、僕が言いたいのは私刑の詳細では無い。
だいいち出来事自体はもう終わった事だ。
話す事では無い。
僕が覚えていれば良い事だ。
「……そうか……」
「それでね……
後でお爺ちゃんや元、蓮も復旧作業に加わって……
一緒に救助作業してる時、一般人ってガレアや側に居る僕を見て驚いたり、恐怖を抱いているのかなって思ってたけれど、普通に救助される人も多かったんだよ。
僕はそれを見て実感したんだ。
本当に人間って色々な人が沢山居るんだなって……
僕はドラゴンエラーで何十万人も殺した大罪人だ……
だから竜河岸以外の人は全員竜に対して恐怖を抱いているのかなって心の何処かで思ってたんだ。
でも実際はそんな事は無かったんだ。
それと同時に僕の選んだ方法も間違って無かったんだって思えてね。
そう考えたら何かスッキリしたって訳さ」
僕は少し笑う。
「そうか……
良かったな……」
僕の笑顔を見て兄さんも薄く笑う。
「まだまだ償いは済んだとは思って無いけどね。
これからだよ。
一回死にかけたぐらいじゃあ僕の罪は晴れたとは思って無い。
現に中田は姿を現した訳だし」
この後は楽しい話をして、食事は終了した。
帰り際僕は暮葉の事務所の住所を教えて別れる。
明日人員を派遣すると言ってたけど誰が来るんだろう。
カズさんかな?
綴さんかな?
もしかしてリッチーさんじゃないだろう。
渋谷に戻る道すがらそんな事を考えていた。
「あら?
竜司、おかえりなさい」
「ただいまです」
出迎えてくれたマス枝さん。
事務所に戻って来た僕。
ダンスレッスンは午後のみだった。
「ガレア、お疲れ様」
【おう、竜司。
アルビノ何やってんだ?
さっきから見てるけどよくわからん】
「もー、何かもーイヤーッ!」
何か暮葉が両手を上げて、癇癪を起している。
座ってマジックペンを持っている。
前に積まれているのはCDの山。
「何やってるの?
暮葉」
覗き込むと、CDに何か書いてある。
これはサインだ。
「雑誌プレゼント用の直筆サインCDよ」
マス枝さんから注釈。
ってこれ全部か?
少なく見ても二百枚ぐらいあるぞ。
見ると床の段ボールに百枚ぐらい入っている。
これはもう書いたやつだろう。
と、なると合計三百枚か。
「ちょ……
ちょっと多くないですか……?」
サインと言うのは枚数が少ないからこそ希少価値が出るものだと思うんだけど。
「配る雑誌が多いのよ。
多くても、各誌十枚ぐらいよ」
と言う事は少なくとも三十誌以上か。
凄い。
「これがクリスマスに発売するNewアルバムですか?」
「そうよ。
ジャケットだけ完成したの」
ジャケットのデザインは大阪で見たポスターの絵。
夕方、何処かの草原で佇んでいる暮葉の後姿。
それをロングショット気味に撮った写真。
相変わらず幻想的で僕はこの写真が物凄く好きだ。
「ねーっ!
竜司、書いてようっ!」
おかえりも言わず、僕に泣きついて来る暮葉。
僕が書いたら意味ないだろ。
て言うか、竜なんだから疲れないだろ。
「暮葉は竜なのに疲れたの?」
「んーんっ
疲れて無いけど、こーゆーチマチマした作業はやってるとイーッてなるんだよう」
ぶんぶん顔を横に振りながら、そう言う暮葉。
「それならちゃんと書かないと。
これって雑誌のプレゼントなんだってね。
と言う事は暮葉のファンが欲しくて応募する訳じゃん?
そんなファンの人達に僕が書いた暮葉のサインCD受け取って喜ぶと思う?」
「う……
そっか……
じゃあ……
頑張る……」
「うん、僕も終わるまで付き合うから」
「ありがと。
竜司」
こうして暮葉のサイン書きが完了したのは二十三時ぐらいだった。
「うへーっ
よーやく終わったーっ」
テーブルに突っ伏している暮葉。
「フフフ。
暮葉、お疲れ様」
「暮葉、お疲れ様でした」
「うん、マスさんお疲れ様」
「じゃあ僕も帰ります。
あ、多分明日に兄さんから電話があると思います。
まだ事件が起きてない事もあって警護に出せる人間は多くて二人だそうです」
「わかりました。
先方はこちらの現状を理解してるって事で良いのね?」
「あ、はい。
その点は説明しておきました」
「ありがとう。
ではまた明日」
「はい、お疲れ様でした。
暮葉、また明日ね」
「うん、また明日……
…………フフフ」
「ん?
暮葉、どうしたの?」
「何かね。
前に読んだ漫画で好きな男の子と交わす”また明日”が大好きだって話があってね。
今、言ってみたら何か気持ちが解るかもって思ってね」
また明日と言う言葉が出ると言う事は学園恋愛物だろうか。
僕も暮葉も学校行ってないから言う機会が余り無い台詞。
僕もドラゴンエラーが起こるまでは良く言ってたんだろうな。
今となっては思い出せない。
こうして僕らは南区の避難所に帰って行った。
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「はい、今日はここまで」
「ねーパパー
ちょーのーりょくってホントにあるのー?」
多分今回引っかかったのは中田の異能の事だろう。
「うーん……
超能力が実在するかパパは解らないけど、世の中ってのはね、説明のつかない不思議な現象と言うのが山程あるものなんだよ」
「ふうん」
「さあ、今日も遅い……おやすみなさい」