第百五十二話 磑風舂雨
2017年 十一月下旬
僕は今日も横浜の復興作業に勤しんでいた。
人々の態度はまだまだ竜への抵抗はあるといった感じ。
自衛隊もようやく現着し、竜河岸救助隊との連携でゆっくりではあるが街は復興しつつあると言った所。
「はーいっ!
炊き出し配りまーすっ!」
蓮の元気な声が響く。
蓮もまだ手伝いを続けてくれている。
「おっ?
メシやメシ。
行こうや竜司」
元からの誘い。
「うん」
僕らは炊き出しを受け取り、適当な所で座る。
朝食開始。
「モグモグ……」
蓮の料理は相変わらず美味しい。
何だかホッとする味。
「モグモグ……
所で竜司よ……
ワレへの差別意識、気持ち軽うなった気がすんのう」
「そうかな……?
でも前は殴られたけどね……」
「あれは焦ったわ……
ワレが止めへんかったらワイもドツいとったで……」
何日か前、瓦礫撤去をしてる時通りがかった人に突然殴られたんだ。
その人は僕の名前を叫びながら何度も何度も僕を殴っていた。
多分ドラゴンエラーの被害者なのだろう。
「ま……
まあ……
僕の場合、魔力注入もあるし……」
「あるけどもやな……
あんなやり方ばっかで治療しとったらいつか身体イワすで……
モグモグ……」
やはり魔力注入での治療と言うのは異常な事。
使い続けると身体を壊すと言う事を言いたいのだろう。
「うん……」
これから暴行を受ける度に魔力注入を使い続けるのかと考えると少しゲンナリしてしまう僕。
(あ、竜司さん。
おはようございます。
昨日はお疲れ様でした)
「あ、おはようございます。
お疲れ様です」
「でもまー……
ワレの努力も少しずつ実っとるで……
ほら……
来た時はこないな感じで朝に挨拶する奴なんかおらんかったやないけ」
「それは……
まあ……
でも南区の人達だけだし……
相変わらず他の所じゃまだまだ怯えてる人とかが多いよ……」
「だぁーっもーっ!
そう言うトコが竜司、ワレのアカンとこじゃ。
確かに油断せえへんって言うのはエエ事かも知れんけどなっ。
ほいでも自分のやった結果を見て、少しでも気持ち上向きにせなずっと沈んだまんまやろ?」
「うん、そうだよね。
ありがとう元。
何か元気が出たよ。
さあ今日も復興作業頑張ろうっ!」
「へへへ……
ええ返事やないかい。
腹もいっぱいになったし、ほな行こか」
プルルルプルルル
と、そこへ携帯の音が鳴る。
着信音で解った。
僕の携帯だ。
ディスプレイを見る。
安藤マス枝
この人は暮葉のマネージャーだ。
別れて一ヶ月程経つか経たないかなのに酷く懐かしく感じる。
こんな朝に一体どうしたんだろう。
「もしもし」
「竜司……
久しぶり……」
何だろう。
ほのかに語尾が怒ってる気がする。
「あ……
はい……
お久しぶりです……」
「竜司……
渋谷のウチの事務所まで来れる……?」
は?
純粋に浮かんだ言葉はコレ。
「ど……
どう言う事ですか?」
「貴方の都合は関係無いわ……
今すぐ来なさい……
拒否権は無いのよ……
今すぐ来なさい……
事務所の場所は後でメールするから……
覚悟してなさい……
プツッ」
電話が切れた。
一方的に。
覚悟してなさいって何に!?
この時、僕は何故マス枝さんが怒ってるのか解らなかったんだ。
ドラゴンフライ最終章 第二幕は暮葉のマネージャー安藤マス枝さんからの一報から幕を開ける。
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2045年某月 某屋敷寝室にて
「やあこんばんは龍」
「チィーッス、パパ」
龍がまた変な挨拶になっている。
つい先日まではガレアの真似だったのに、一体何処から拾って来たんだ。
「龍……
その挨拶なに……?
友達から聞いたの?」
「んーんーっ。
何かね。
最近ヤンキーの人がこんな挨拶してた様な気がしたの。
だから使ってみた」
何だそりゃ。
「龍……
出来れば僕はそんな下品な挨拶はして欲しくないなあ。
ガレアの挨拶は龍が愛着持ってくれてるから別に良いけど」
「うん、僕も使って何か違うって思ってた。
やっぱり僕はガレアの挨拶の方が良いや」
傍から見ればどちらも目くそ鼻くその様な気もするが。
まあ良いか。
「さあ龍。
今日から第二幕だよ」
「あっそうか。
確か前の話でドラゴンエラーを治めたんだよねっ?」
「治めた訳じゃ無いんだけどね……
まあ一応の決着がついたって感じかな?
それにしても最後の話ももう真ん中だよ。
ここまで本当に長い話を聞いてくれてありがとうね」
「面白いから別に良いよ。
それで今日からはどんな話?」
純粋な目で聞いて来る龍の顔を見ると、頬が熱を帯びてくるのが解る。
「う……
いや……
あの……
その……」
「あれ?
パパ、どうしたの?
顔が真っ赤だよ?」
キョトン顔の龍。
僕が赤面した理由は今日から話す内容にある。
「あの……
ね……?
今日から話す内容はね……
マ……
ママが出てくるんだ……
いっぱい……」
聞いた龍の眼がいやらしく歪む。
今回は冒頭から龍の表情が豊かに変化するなあ。
「んふふぅ~ん……
そぉかぁ~~……
ママが出て来るんだぁ~~……
なるほどなぁ~~」
何となく龍の考えている事は解る。
「あーもーっ!
これ話さないと先に進めないから話していくよっっ!」
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東京 渋谷区 某喫茶店
僕の向かいにはマス枝さんが座っている。
隣には暮葉。
僕とマス枝さんの顔をオロオロと交互に見ている。
僕は縮こまって項垂れて座っている。
マス枝さんの顔は完全に怒っている。
何だ?
何かしたか?
思い当たるフシが全く無い。
お互い沈黙。
「あ……
あの…………?」
このままだと埒が明かないので僕から切り出す。
「はぁ……っ!?」
怒ってる。
完全に怒っている。
「ほ……
本日はどの様なご用件でしょうか……?」
「…………竜司……
私が怒っているのは様子を見て解るわよね……
じゃあ何で怒ってるか解る……?」
あ、これ恋愛漫画とかでよく見た事ある。
“私が何で怒ってるか解る?”
この質問をされると大体何を答えてもダメな奴なんだ。
「ええと……
く……
暮葉を色々連れ回した事でしょうか……?」
「違うッッ!」
ガンッッッ!
思い切り右拳でテーブルを叩くマス枝さん。
ほらやっぱりな。
何答えても怒られるんだ。
「じゃ……
じゃあ何に怒ってらっしゃるんでしょうか……?」
僕はこの問いに対する完璧な回答なんか知らない。
ならば疑問に思う事を聞いてみる事にしたんだ。
「暮葉から聞いたわ……」
ビクンッ!
静かに怒りを載せていたこの呟きに暮葉の身体がビクンと痙攣。
俯いてしまった。
「な……
何を……?」
「貴方…………
暮葉と婚約したそうね……」
あ。
それか。
あまりにも暮葉が隣に居る事が当たり前になりかけていたから気付かなかった。
そう言えば暮葉はアイドル。
そのアイドルが婚約をするとなるとそりゃ怒るか。
しかも暮葉に告白して以降マス枝さんには全く連絡していない。
この怒りぶりから多分暮葉も連絡していないのだろう。
となるとマス枝さんからしたら勝手に婚約したと言う印象だろう。
もしかしたら僕がかどわかしたみたいなネガティブなイメージを持っているかも知れない。
どうしよう。
でも、他人から否定されて辞める程僕は安い告白をしたつもりはない。
僕は暮葉と結婚する。
これは絶対だ。
必然だ。
僕、皇竜司を構成する上で天華暮葉は絶対に必要なんだ。
欠かすなんて考えられない。
となると……
男として……
夫になる人物として……
答えるべき回答はこれしかない。
「はい……
僕は暮葉と結婚します」
僕は静かに。
感情を載せず、強い意思だけを載せて真っすぐマス枝さんを見る。
「う…………
ふう……」
僕の気迫に圧倒されたのか軽い溜息をつくマス枝さん。
「ご連絡が遅れて……
申し訳ありません」
僕は謝罪。
結婚をする事にじゃない。
あくまでも婚約の連絡が遅れた事にだ。
「…………貴方が軽い気持ちや暮葉の外見だけで選んだとかふざけた事言うようなら全力で取り止めさせようと思ったけど……
その様子だと……
そうでも無さそうね……
何で暮葉なのか理由を聞かせて貰えるかしら?」
「はい……
それは良いですが……
ここではちょっと……
場所を変えても良いですか……?」
「わかったわ……
じゃあ事務所まで行きましょう」
「はい」
僕らは喫茶店を出る事に。
向かう道すがら……
「ゴメンね……
竜司……
まさかこんなに怒るとは思って無くて……」
ションボリしながら暮葉が謝罪。
「いいよいいよ。
マス枝さんに言うのを忘れてた僕も悪いし」
「そうなの……?
シュン……」
まだションボリが治らない暮葉。
暮葉に想いを告げてから本当に目まぐるしい忙しさだったからなあ。
兄さんに言われ、旅の道程を戻ったりとか。
お爺ちゃんと一騎打ちとか変態の父さんとか。
その話が一段落付いたら次は呼炎灼の一件もある。
それが解決したらドラゴンエラーの件で横浜に行ったり。
マス枝さんへの連絡を忘れててもしょうがない気もする。
歩いていると事務所に辿り着いた。
UNION
四階建ての立派なビルの一階にデカデカと看板。
そこには事務所名が書いてあった。
「凄く立派ですね」
「最近ここに移ったのよ。
新築よ」
中に入ると大阪で見た暮葉のポスターがデカデカと飾られていた。
「そう言えば暮葉、新曲のレコーディングは終わったの?」
「うん。
戻ってからすぐに録ったから。
ドームツアーの目玉曲にするんだって」
そう言えば暮葉はドームツアーをする予定だったんだ。
そのまま階段を登り、二階へ。
ガチャ
一室のドアを開けるマス枝さん。
隙間から見えたのは暮葉の等身大POP。
何故か暮葉は水着。
そこにこう書かれていた。
噂のドラゴンアイドル!!
鮮烈デビュー!
Full ahead 発売中
なるほど。
このPOPはデビュー当時のものか。
水着なのは”ホラ、人間と変わらないでしょ”とでも言いたいのだろうか。
それに……
しても……
やっぱり暮葉の胸って大きいなあ。
鷹司さんや凛子さんには負けるけど。
「タエちゃん、応接室にお茶を三つお願いできるかしら?
あと緊急の用でも無い限り声はかけないでね」
そのまま僕らは別室まで案内される。
「座って頂戴」
「はい」
僕はソファーに座る。
自然と暮葉は僕の隣に座った。
程なくして……
(ちょりーっす。
お茶とケーキっスー)
えらい軽いノリの女性がやって来た。
僕の前に並べられるお茶とケーキ二種。
「竜司ごめんなさいね。
この子ウチの事務員なのよ。
接客とかはダメダメだけど事務処理とスケジュール調整だけはなかなか有能なの」
(ちょっとちょっとォ
何すかー
事務とスケ調だけってー。
あ、このケーキイイヤツっスよー
ACOTの塩ケーキと塩バターキャラメルケーキー)
よく解らないが何か上等なケーキらしい。
「タエちゃん、ここは良いから仕事に戻りなさい」
(はぁーい)
そう言ってタエと言う人は退室していった。
【なあなあ竜司。
ソレなんだ?
食いもんか?】
ガレアが横からケーキを指差す。
ケーキは三人分。
ガレアの分は無い。
別にあげても良かったんだけど、上等なケーキと聞いて少し食べてみたい気もする。
どうしよう。
あげようかな?
今の所六:四で食べたい。
僕が返答に困っていると……
「ガレア、良かったら私の食べる?」
笑顔でケーキを差し出す暮葉。
何だか物凄く罪悪感が湧いて来る。
「ご……
ごめんね……
暮葉」
「別に私、このケーキそんなに好きじゃ無いから良いよ。
……フフフ……
何だか不思議……
これだけ近いと何となく竜司が考えてる事が解っちゃう。
今食べたーいって思ってたでしょ」
暮葉の顔が近づく。
頬がカッカカッカしてきたのを感じる。
まだまだ暮葉の可愛さには慣れてない。
「ちょっ……
暮葉……
近い……」
「え~~?
なぁに~~?
聞こえない~~
フフフ」
小悪魔っぽい笑顔を浮かべながら更に間合いを詰める暮葉。
鼻腔に華の匂いが入って来る。
嗅覚が甘い匂いで包まれる。
頬の熱さがマックス。
何かボーッとしてきた。
「あの…………
イチャついてる所良いかしら……?」
「あぁっ!?
すすっ……!
すいませぇんっ!」
「…………爆発しろ……」
「え?
何か言いました?
マス枝さん」
「何でも無いわ。
それで理由を教えて貰えるかしら?」
「あ……
はい……
僕が暮葉を選ぶ理由を話す前に僕が起こした事からお話します……」
僕はドラゴンエラーの事をゆっくりと話す。
それを聞いたマス枝さんは言葉を失っていた。
「貴方だったの……?
話を聞く限りでは故意の殺人じゃない……
事故だと言うのは解るけど……
でもそれにしても……
被害が大き過ぎるわ……」
確かに。
被害者の数は三十万人にも昇る。
人間の歴史にも残る程の事象。
この数はもう起こした人間が故意だろうと過失だろうと関係無い気もする。
「はい……
それは解っています……」
「それで……
ドラゴンエラーが何で暮葉との婚約に繋がるのかしら……?」
「……ねえ暮葉……?
ドラゴンエラーの事……
マス枝さんに話していい……?」
ギュッ
弱弱しい力で僕の袖を掴む暮葉。
「うん……」
「こんな暮葉の不安そうな顔、見た事無いわ……」
暮葉の表情を見てマス枝さんが驚いている。
怒られてションボリとしているのとは違う。
「あのドラゴンエラーは…………
僕が跨っていた竜の逆鱗に触れた事から起こった事象です……」
「それはさっき聞いたわ」
「その僕が跨っていた竜と言うのは………………
暮葉なんです……」
部屋を静寂が包む。
「………………本当なの……?
それ……」
僕と暮葉。
両方の顔を見比べるマス枝さん。
コク……
静かに暮葉が頷く。
「はい…………
静岡の時にそれを知りました。
そこで僕の中に暮葉への感情が生まれました……」
「……知ったって誰に教えて貰ったのよ……」
「マザードラゴンです」
「あ……
貴方……
マザードラゴンに会ったの?」
「ええ……
まあ……」
「もしかして人間初じゃ無いの……?」
「いえ……
第一の接触時の交渉で一度地球には来てますので人間初って事は無いかと……」
「あ、そういえばそうね……
話を続けて頂戴……」
「はい。
マザードラゴンに会った後…………
そこから……
マス枝さんもご覧になったでしょう?
竜排会……」
「あぁ……
あの連中ね……」
「竜排会の幹部に伝えたんです……
僕がドラゴンエラーを起こした犯人だと……
理由は……」
「…………貴方に憎しみの矛先を向けさせようとしたのね……」
さすがマス枝さん。
お見通しだ。
「ええ……
それで暮葉のアイドル活動が楽になるのならと思って…………
でもそれが結構……
辛くて……」
マス枝さんは黙って聞いていた。
「病院で暮葉に当たっちゃったんです。
もうあれは八つ当たりですね……
それでも……
暮葉は……
物凄く優しくて……
みっともなく泣いている僕に……
優しく歌を歌ってくれたんです……
そこで僕の中に暮葉と結ばれたいって気持ちが産まれました……
それでそのままプロポーズしました……」
「なるほどね……
でも良いの……?
暮葉は竜よ……?
人間じゃ無いのよ……?」
「フフ……
それ暮葉も言ってたね」
「え?
そうだったっけ?」
「そうだったじゃない。
あの時……
暮葉が…………
暮葉が……」
告白時を思い出した僕は途端に赤面する。
顔が熱い。
理由はあの時の暮葉の裸を思い出したからだ。
物凄く恥ずかしくなって来た。
「あれ?
竜司どうしたの?」
暮葉がキョトン顔で僕の顔を覗き込む。
「ななっ……
何でも無いよっっ!」
未だに慣れない。
結構な頻度で暮葉の肌は見たり触れたりしてるけどこの子の無防備さには未だ慣れない。
「ムムムッッ!?
何で言わないのよっ!
竜司ッッ!
私には解るんだからッッ!
竜司が何か隠してるってっっ!
い~わ~な~い~と~…………」
ガッ
死角から暮葉の両手が伸び、僕の胸座を掴む。
あ、すっごい久しぶり。
教えてガックンだこりゃ。
ガクガクガクガクガクガク
「ちょ……
やめ……
く……
クる……
脳にクる……」
ガクガクガクガクガクガク
「こらーーっ!
言いなさーーいっっ!」
効く。
久しぶりにコレは効く。
脳が前後に激しくシェイクされてるのが解る。
「言う……
言う……
から……
やめて……」
ピタッ
言うと解ると途端に止まる。
相変わらず現金な子だ。
「でっ!
何でっ!?
何で顔が赤くなってたのっ!?」
ニコニコズズイと満面の笑みで詰め寄る暮葉。
「あの……
ね……?
僕がこっ……
告白した時……
暮葉……
竜になってくれたじゃん……?」
「うんうん」
「そ……
その時……
暮葉……
裸になったじゃん……?」
「うん、そのまま戻ると服が破けちゃうもんね」
「その……
裸を思い出して…………」
もう頬が熱すぎて、何だか顔が無くなったみたいな感じがする。
「あーーーっっ!
そっかーーーっっ!」
ビクッ
急に大声を出す暮葉。
驚いてビクッとなる。
「な……
何……?」
「竜司ってばHだもんねっ!
Hって女の子の裸を見てドキドキする事なんでしょっ!?」
間違っては無いかも知れないけど、何かそう言うと可愛く聞こえてしまう。
「あの…………
貴方達…………
いい加減……
目の前でイチャコラするの止めてくれないかしら……?」
「あぁっ!?
すすすっ!
すいませぇんっ!
ほらぁ~
暮葉がハシャぐから怒られちゃったじゃないかぁ」
「ぶーっ!
竜司が言わないのが悪いんだもーんっ!
私悪くないもーんっ!」
子供っぽいむくれ顔を見せる暮葉。
何か可愛く見えて思わずにやけてしまう。
「オイ……
てめぇら……
いい加減に……」
ハッ!?
マス枝さんの方を見ると、夕闇の様な紅いモヤが立ち昇っている。
明らかに怒っている。
見た目で解る。
こんな時に受動技能発動しなくても。
てかこの人、キレたら言葉汚くなるんだなあ。
「す……
すいません……
話を戻します……
それで僕のプロポーズを暮葉が受けてくれたんです……」
「…………本当なの……?
暮葉……」
「え?
何の話?」
あっけらかんとした暮葉の回答。
オイ聞いてなかったのか。
二人の問題だぞ。
「ホラ……
僕が結婚しようって言った時、暮葉がどう言う返事をしたのかって話だよ」
「ハイって言った」
目を真ん丸として答える暮葉。
「貴方……
結婚がどう言うものか知らないでしょう……
竜司に良い様に騙されたんじゃないかって言ってんのよ」
マス枝さんが言いがかりを付けて来る。
だが、僕も負けじと反論。
「そんな事はしませんよ……
確かに暮葉は結婚とか婚約の意味とか知りませんでしたが、僕が求婚した瞬間は泣きながら笑顔でハイと言ってくれましたから」
「大体……
人と竜の結婚なんて上手く行くと思ってるの?
近所の冷ややかな目とかに耐えられるの?」
「僕は側に暮葉さえ居れば他は何でも良いんです。
それに同じ竜河岸ですが祝福してくれる人もいます」
「貴方……
そんなの一握りじゃ無いの?
絶対数で見ると一般人の方が遥かに多いのよ」
「僕と暮葉の生活が茨の道というのは理解しています。
僕はその上で暮葉と結婚したいと考えてます」
「理解してくれる人なんて極少数だって言ってるのよ」
「でも僕は旅を通して人をたくさん見ました。
横浜でドラゴンエラーの事を告白した時も正直死にかけたりもしました……
でも、僕の気持ちが伝わった人も確かにいました。
僕はこの結婚を公表しても周りの人は祝福してくれると信じてます」
「………………竜司…………
このビルってどうやって建てたと思う……?」
突然ヘンな問いかけをしてくるマス枝さん。
「えっ?
どうやってってどう言う事ですか?」
「このビルの建築費用はほぼ暮葉一人の売上よ」
「え……」
僕は絶句した。
どれだけ人気なんだ暮葉は。
「…………これの意味する事が解る……?」
「…………この芸能事務所の看板アイドル……
出世頭って事ですね……」
「そうよ……
私の見立てではまだまだこんなもんじゃないのよ暮葉は……
まだまだ上を目指せるの……
そんな……
そんな大事な時に……
婚約なんてスキャンダル……」
マス枝さんが頭を抱えだした。
「あ……
あの……」
さすがに悪い事をしたとムクムク罪悪感が首をもたげて来る。
「ん?
マスさんどうしたの?
そんなに青い顔して」
キョトン顔で尋ねる暮葉。
「あぁ。
僕と暮葉が婚約した事で芸能活動に影響が出るんじゃないかって心配してるんだよ」
「エイキョー?
何かヘンな事になるの?
どうなるの?」
「どうなるかはわかんないけど、人気無くなっちゃうかも知れないよ」
「ん?
何で?
竜司と結婚したら何で人気が無くなるの?」
「う~ん……
アイドルのファンって言うのはね……
自分だけのものって思うんだよ……
自分が好きなクレハは自分だけに笑ってくれてるってね……
こういうのを独占欲って言うんだけどね……」
「???
ドクセンヨク?
何それ?
よくわかんない。
私は私のものよ?」
うーん。
人間の感情を勉強しているとはいえ独占欲は少し難しかったか。
「ま……
まあ独占欲は置いといて……
ファンの人達はね……
何だよっ!
クレハの奴っ!
俺だけ見てたと思ってたのに結婚しやがってって気持ちになるんだよ……」
僕は偏見混じりの考えを暮葉に話す。
大体結婚報道で人気が無くなるパターンてそんな感じじゃないかなって思うんだ。
「まあそれだけじゃないけどね……
アイドルが人気下がるケースって言うのは素行とかが問題になる場合が多いわ……
例えば淫……
おっとこれは暮葉には聞かせられないわね」
淫の続きは行となったに違いない。
淫行。
つまりアイドルの人気が落ちる要因と言うのは清純洗練であるはずのアイドルが薬を服用していたり、見た目完全にカタギでは無い男と裸でベッドに入っていたりとかをマスコミにすっぱ抜かれて人気が落ちるのだ。
あるアイドルはファンへの謝罪の為丸坊主になったりしていた。
だが、その点が問題なら暮葉は大丈夫だと思う。
薬なんて使う事は無いだろうし、ヘンな男が近づいて来たとしても暮葉の方が強い。
圧倒的に。
そして何を隠そう婚約をした僕はまだ暮葉に一切手を出していない。
不可抗力や向こうからはあるが。
「えっ
なになにっ?
何の話っ?」
「暮葉にはまだ早い話よ」
「えーっ!
何よソレーっ!」
マス枝さんには教えてガックンしないんだよな。
何かズルい。
「素行云々に関しては大丈夫だと思いますよ。
だって僕、暮葉には一切手は出してませんから」
「あら?
そうなの?
キスぐらいはした事あるんじゃないの?」
「自分からは無いですよ」
「じゃあ暮葉からはあるっていうの?」
「ええ……
まあ一度だけ……
事故みたいなものですけど……」
「何で?」
「え?
何でって……?」
「貴方も若いんだし人並に性欲もあるでしょう?
他人の私がいうのも何だけど……
暮葉のプロポーションって凄いじゃない……?
こんなのぶら下げて隣り歩かれたらオトコなんて一瞬で狼になるんじゃないの?」
「………………あの…………
マス枝さん…………
何か男性に偏見持ってません……?」
「別に」
「………………老けてるかも知れないですけど僕十四歳ですからね……」
プルルルプルルル
と、そこへ携帯が鳴る。
「あら?
タエちゃんからだわ。
何かあったのかしら……
もしもし?」
(別に何かあった訳じゃないんスけどぉーっ
そろそろレコーディングの時間っスよ)
「あら?
もうそんな時間。
わかったわ」
「お仕事ですか?」
「ええ……
アルバムのレコーディングよ……
スタジオ借りてるから時間厳守なのよ。
暮葉、行くわよ。
準備して」
「うん、わかった」
僕を置いてきぼりで準備を進めるマス枝さんと暮葉。
「あ……
あの……
僕はどうすれば……?」
「あ、そうね……
まだ決着はついてないし……
どうしようかしら……?」
「あ……
あの……
僕もついて行って良いですか?」
僕の提案。
一度暮葉がどんな感じで仕事をするのか見てみたかったからだ。
「う~ん……
そうね……
目の届く所に居た方が良いかも……
構わないけど約束して欲しい事があるわ……
貴方はウチの新人で研修と言う形で連れて行く……
外では決して彼氏面みたいな態度は止めてもらうわ……」
僕に釘を刺すマス枝さん。
僕だって決着がついたとは思って無いし、なにより暮葉の仕事の邪魔はしたくないんだ。
「はい……
わかりました……」
「となるとその恰好はマズいわね……
ちょっとこっちにきてくれるかしら?」
「はい」
僕はマス枝さんの後に続き、隣の部屋へ。
(ん?
マスさん、何か忘れ物ッスか?)
「タエちゃん、男物のスーツ何着かあったでしょ?
この子のサイズに合いそうなの持って来て」
(ウィーッス……
じゃあ)
タエちゃんと呼ばれた人は別室に消えて行く。
やがて帰って来るとクリーニングの袋を数点、手に掛けている。
(ヘーイッ……
えーっと……)
「あ、竜司です。
皇竜司」
「へーっ!
イケてる名前じゃんっっ!
じゃーっ竜司っちっ!
フィッティングするからカモーンッ!」
怪しく手招きをする。
このタエちゃん。
見ると肌は黒い。
いわゆる不自然な黒さ。
日焼けサロンで焼いているのだろう。
肌の黒さとは対照的に物凄く明るい金髪。
毛先がかるくカールしたロングヘアー。
目元にタンニングを塗ったベタなガン黒ギャル。
しかしもう古くないか?
今2017年だぞ。
「は……
はい」
僕はタエちゃんの側に寄る。
するとペタペタ僕の身体を触り出した。
(わーっ!
竜司ッちってば痩せっぽっちのモヤシっ子だと思ったら結構いい身体してんじゃんっマジ卍ーっ!)
「は……
はぁ……
うひゃひゃっ……
ちょっ……
ちょっとくすぐったいですっ!」
(うーん、竜司っちタッパ無いかんねー。
これかな?
着てみてー)
「はい」
クリーニングの袋を開ける。
中にはスーツ一式入っていた。
そう言えば僕、スーツ着るなんて初めてだ。
えっと……
まずこの白いのを着るんだよな……
カッターって言ったっけ。
真っ白なカッターに袖を通す。
何だ少し緊張したけど着てみれば普通の服じゃ無いか。
当たり前だけど。
次はズボンか。
早速履く。
おや?
腰の前辺りにボタンがついている。
何だろう?
まあ良いか。
ボタンは放って置いてそのまま履く。
(あー竜司っちー
ダメダメーっ
内掛けボタンはきちんとハメないとシワになっちゃうよーっ!)
「あ、はい」
スーツと言うのも着るのが難しいもんだな。
とりあえず上下は着終わった。
(はーいっ!
次はネクタイだねっ!
……多分その様子だと締めた事無いよねー)
「はい……
すいません」
(いーよいーよっ
アタシが巻いてあげるっ!
ヘヘヘ……
まさか最初にネクタイ締めてあげんのが旦那じゃ無くて竜司っちなんてねー……)
手早く僕の首にネクタイを巻いて行く。
何だかよく解らない内に最後の工程。
キュッ
タエさんがネクタイを締める。
「ケホッ」
締める力が強くて少し咽る。
(あっごめ。
アタシ、人のネクタイ締めるなんて初めてだからさっ……
こんなもんかな……?
どう?
竜司っち?)
「はい、大丈夫です」
(じゃあ最後はジャケットを羽織って……
はいっ!
出来上がりっ!)
着たスーツは少々タイトなスリムスーツだった。
色は濃紺。
鏡の前に立つと何か大人になった気がする。
「着替え終わりました」
「へえ……」
「わぁーっ!
竜司かぁっこいいーっ!」
僕の初スーツを見て、はしゃぐ暮葉。
マス枝さんも少し驚いている。
「フム…………
こんな感じのスーツ姿のイケメンを……
あと四……
五人集めて……
ダンスユニット……
これはイケるんじゃないかしら……?」
何だか怪しげな発想が頭を巡ってる様子のマス枝さん。
「あの……
スタジオ行かなくて良いんですか……?」
「ハッ
そうだったわっ
急がないとっ」
「あ、マスさん。
となりの怪物くん持って行って良い?」
「好きになさい。
それを読む時間を作るのも今日の進行次第よ」
「うんっ
頑張るっ!」
僕らは外に出る。
もちろんガレアも一緒だ。
何でも暮葉に付いている人が竜河岸と言う方が説得力が増すんだそうだ。
向かった先は近くのビルの地下一階。
Version studio
「おはようございます~
ユニオンです~」
(お待ちしておりましたユニオンさん)
中は何人かのスタッフが準備を始めていた。
何かこんなの映画とかで見た事がある。
確かあの沢山のツマミはミキサーってやつだ。
(やあ、クレハさん。
今日も綺麗だね)
「おはようございます加藤さん」
何だかチャラそうな人が暮葉に話しかけて来た。
金髪メッシュのロン毛。
高そうな指輪を付け、多分高いのだろうスーツを着こなしている。
「マス枝さん、マス枝さん。
あの人誰ですか?」
「あの人は加藤鷹さん。
音楽プロデューサー。
今回のアルバムの総プロデュースを依頼したのよ」
加藤鷹。
聞いた事がある。
音楽プロデューサーで一時代を築いた人だ。
この人が作る音楽はTKブランドと呼ばれ、曲を歌った人たちを総じて加藤ファミリー。
TKファミリー等と呼ばれたりもする。
2017年現在では一時代ほど人気は無いが、やはり作り出す音楽はみんな一目置いている。
(準備は出来ている。
今日も宜しく頼むよ)
ポン
加藤の手が軽く暮葉の肩に触れる。
「はいよろしくお願いします」
特に気にする事も無く笑顔でスタジオ内に入る暮葉。
モヤ
何だか心の奥底がモヤッとする。
何だろう?
このモヤモヤは。
何だか嫌な感じ。
あの加藤鷹って人。
色々と女性スキャンダルも多い人なんだ。
加藤ファミリーが集まってチャリティーソングを歌った時も自分の側に恋人を侍らして気持ち良さそうにギターを弾いていたシーンを思い出す。
そして2017年現在はその恋人では無く別の人と結婚し、ただいま別居中らしい。
僕もワイドショーやネットニュースでの知識しかないけど正直女性関係で良い印象は持っていない。
何でこんな事を思い出したのか?
それと同時にさっきのモヤモヤの理由も解った。
多分さっきのモヤモヤの正体は嫉妬だ。
僕はあの加藤鷹の妙に馴れ馴れしい態度に嫉妬したんだ。
今僕が居る所は暮葉の仕事先。
まだ見た事無い暮葉の姿。
見た事無い立ち振る舞い方を目の当たりにして戸惑いもある中で加藤鷹と言う色んな意味で有名な人が現れ、その人が馴れ馴れしく暮葉にスキンシップしたのが何だか嫌だったんだ。
別に女性関係についてはあくまでワイドショーやネットニュースが言っているだけで事の真偽は明らかでは無い。
無いのだが、やはり刷り込まれたイメージ。
偏見はそう簡単に拭いされるものではない。
現に今僕もその偏見があるから嫉妬してるんだし。
(はーい。
じゃあ今日はアルバムの残りの曲、行ってみるよー)
「はいわかりました」
「まずはKeep smilingから行ってみましょう」
Keep smiling。
笑顔を絶やさないで。
その名の通りミディアムテンポで流れるその曲は沈んだ気持ちを前向きにさせる様。
その曲に暮葉の美声が載ると本当に身体の中から静かに元気が湧いて来る。
そんな曲だった。
一曲終了。
すると加藤が……
(もっと出るでしょう。
もっとサビの部分出るでしょう?
もう一回やってみよう)
「はい」
こんな感じでレコーディングは続く。
イザ始まってみると加藤もプロである。
暮葉に完璧を求めている。
一時間後
(ハイ、OK)
ようやく一曲の録りが終了する。
そのまま休憩を挟まず二曲目。
録り完了。
休憩を挟まず三曲目、四曲目とどんどん録りが進んで行く。
堪らずマス枝さんに聞いてみる。
「あの……
マス枝さん……
休憩とか挟まなくても大丈夫なんですか?」
「ん?
全然大丈夫よ。
今日はまだ軽い方だわ」
「そ……
そうなんですか……?」
「竜司……
貴方、暮葉をナメてない?」
(はいOK。
クレハ、お疲れ様でしたーっ!)
曲の録りが終わった様だ。
「この短時間で並みいるライバルを蹴落とし……
アイドル戦国時代と言われる現代でトップアイドルとして名を連ねる天華暮葉のバイタリティはこんなものじゃないわよ…………
はい加藤さん、本日はありがとうございました」
「やー上手く行った上手く行ったー」
満面の笑みでスタジオから出て来る暮葉。
スタジオ越しで見ていた顔と全然違う。
いつもの暮葉。
でもレコーディングをしている時の顔は真剣そのもの。
鬼気迫るものも感じたほどだ。
今回の一件で暮葉がプロだと言うのを実感した。
(お疲れクレハさん。
良かったらこの後ご……)
「すいません加藤さん。
暮葉はこの後も予定がありますので失礼します」
食い気味に断るマス枝さん。
かっこいい。
かっこ良すぎるよマス枝さん。
思わず小さくガッツポーズをしてしまう。
(えーっ?
でももう六時半だよ?
夕食ぐらい良いんじゃないの?)
食い下がる加藤。
「暮葉は竜です。
普通の人間とは違いますので。
年末から始まる初のドームツアー。
こちらとしても全力で完璧なパフォーマンスを出せる様仕上げないといけません。
それではまたご縁がありましたら……
ほら。
暮葉、竜司、行くわよ」
更にピシャリと断りを入れるマス枝さん。
くるり颯爽と踵を返す。
「あぁっ
待って下さいっ!」
「もーっ
マスさん待ってよーっ!」
後に続く僕ら。
男前すぎるよマス枝さん。
外は既に太陽が陰り始め、夕闇に包まれようとしていた。
ぐう
腹の虫が鳴る。
そう言えば昼前に食べたケーキ以来何も食べてない。
「あの……
マス枝さん……?」
「何かしら?」
「あの……
その……
僕らは夕食とか食べないんですか?」
「何を馬鹿な事を言ってるの竜司。
暮葉が食事を取らず頑張っているのに私達マネージャーが食事を取ってどうするのよ」
僕はマネージャーになったつもりは無いのだが。
「そ……
そうですよね……
失礼しました……」
とりあえず夕食は抜きの方向みたいだ。
トホホ。
続いて僕らが向かった先はとあるビル。
Studio mission
ここはダンススタジオらしい。
エレベーターに乗って最上階へ。
もちろんガレアには少し縮んでもらった。
【何だココ?
俺が映ってら】
ある一室に来た僕ら。
来るなりガレアが鏡に興味津々。
「ガレア、それは鏡だよ」
【カガミ?
何だそりゃ?】
「こんな感じで自分の姿とか映す物なんだよ」
【へー。
また妙なモン作るな人間は。
この先って何処まで続いてんだ?】
ガレアが鏡に映る自分を指差しながらキョトン顔で聞いて来る。
「何処までってどう言う事?」
【だって何かカガミの俺の周りも映ってんじゃねぇか。
こっちの俺が居るとこは何処まで続いてんのかなって】
ガレアが言わんとしてるのは多分鏡の世界などがあり、それが何処まで続いているのかって事だろう。
「うーん……
地球と同じ……
ぐらいかな?」
鏡ってただの光の反射だから鏡の世界なんてある訳が無い。
でも説明するのがめんどくさい。
【そうなのかっ?
すげーな。
この中の世界も含めたら竜界より広いんじゃねぇか?】
キョトン顔のまま驚いているガレア。
(プッ……)
噴き出す音が聞こえた。
した方に顔を向けると、そこにTシャツにスウェット。
肩からタオルを下げた、いかにも快活そうな女性が立っていた。
髪型は金髪ショートボブ。
身体はスラッとしているが、Tシャツの上からでも解るキュッと凝縮された筋肉。
おそらくこの人が暮葉のダンスコーチだろう。
「あの……
何か?」
(あ、ごめんなさい。
何だか竜が来たって唖然と見ていたら、何だか騒ぎ出したからね。
バタバタしてるんだけど顔がキョトーンとしたままなのが何だか可愛くてね。
ねえ貴方マスさんと一緒に来たのならユニオンの人よね。
初めて見るけど)
「あ、今日からユニオンにお世話になります。
マネージャー見習いの皇竜司です。
よろしくお願いします」
マネージャーになった覚えは無いのだが会話を円滑に進める為に便宜上でこうしておいたんだ。
僕は右手を差し出す。
笑顔で握手に応じる女性。
(よろしく。
私は波留夏美。
暮葉のダンスコーチをしているわ。
竜司君は竜河岸なのかしら?)
「あ、はい。
暮葉は竜ですので採用になったみたいです」
(なるほどね。
所でキミの竜なんて言ってるのか教えてくれない?)
「あ、はい」
僕は鏡についてのガレアとのやり取りを掻い摘んで説明した。
(きゃーんっ
カワイイーっ
何その竜、鏡の世界があるとでも思ってるのー?
意外に竜ってメルヘンチックなのねぇ)
「ガレアは……
あ、僕の竜、ガレアって言うんですけど。
色々人間界の物に興味があるらしくて……
僕に尋ねる時はいつもあんな感じなんですよ」
(へぇー。
竜ってもっと怖いんだと思ってたけど話、聞くと赤ちゃんみたいねえ)
「ええ、可愛いでしょ?」
(うん、すっごく)
「波留さーんっ!
お待たせしましたーっ!」
着替え終わった暮葉とお付きのマス枝さんがやってきた。
暮葉は上下黒のダンスウェア。
白いTシャツを着ている。
Tシャツの上から主張する極上のプロポーション。
下のダンスウェアがピッチリとした身体のラインが出るものだっただけに強調されている。
かつ少々上部分に結んだポニーテール。
ちらりと見える真っ白なうなじが妙にセクシー。
「どお?
竜司っ!」
ふふんと言わんばかりにポーズを決める暮葉。
ドキン
心臓が高鳴る。
「う……
うん……
すっごく可愛いよ……」
「ゲフンゲフンッッ!
はいはいっ!
このスタジオ借りるのもただじゃ無いんだから練習練習ッッ!
では波留先生、よろしくお願いします」
ぺこりと一礼するマス枝さん。
僕らは部屋の隅へ移動。
(はい、じゃあライブの曲のおさらいから。
行くよー)
波留さんが床のラジカセのスイッチを入れる。
♪♪♪
ラジカセからアップテンポの曲が流れて来る。
この曲は知ってる。
暮葉のFullaheadだ。
(はい、ワンツーワンツーワンツー)
同方向を見ながら二人が躍っている。
アップテンポなだけあってダンスのテンポも早く、激しい。
(クルッとターンで…………
タンタンタタタンッ!
タンッ!
…………うんOK)
「ふうっ」
一息つく暮葉。
続いてラジカセが二曲目に移る。
さすが暮葉。
休憩を挟まない。
続いても曲調は違うがアップテンポの曲。
(ハイッ!
タタタンッ!
ンパンパッ!
タンタタタンっ!
ハイッ!
OKッ!)
二曲目クリア。
さすが暮葉。
いや、今までずっと練習してきた結果だろう。
こうして三曲目、四曲目とテンポ良くクリアしていく。
そういえば今日はおさらいって言ってたっけ。
多分曲順はライブの曲順なんだろう。
一時間後
(ハイッ!
ワンツーワンツー……)
まだ踊っている二人。
曲数も十曲を超えている。
暮葉は竜だから解るにしても波留さんの体力も凄い。
周囲に飛び散る汗。
しかも膨大な量。
だけどダンスを止めない二人。
(クレハッ!
ステップ遅れてるッッ!)
波留さんの怒声が飛ぶ。
(次は半拍子早いッッ!
もっとリズムに乗ってッッ!)
さすがの暮葉も十何曲もの曲を完璧に踊り切るのは難しいのだろうか。
(ダメダメッ!
一旦中止ッ!)
踊るのを止めた波留さん。
ズカズカとラジカセを止める。
「ハァッハァッハァッ……」
暮葉が腰を曲げて、息を切らしている。
竜だから体力があるのにどうしてだろう。
(クレハ……?
いい?
ここはトーントトーントトトトンタタタントトタタタンなのよ。
それを貴方はトーントーントトトンタタントタタタンなのよ。
出だしが掴めて無いから後も狂うのよ)
「はい、すいません……」
もう素人からしたらトントンだのタンタンだの言われても良く解らん。
(じゃあ、アタシもお腹空いたから休憩がてらご飯にしましょう)
波留さんが、マス枝さんに声をかけた。
「わかりました」
さっきとは打って変わってすんなり了承。
え?
これはいいのか?
驚いた顔でマス枝さんを見る。
「ん?
あぁ……
ダンスは波留さんも一緒にやってもらってるから休憩入れると言ったら従う様にしてるだけよ」
視線に気づいたマス枝さんが説明。
とりあえず僕も夕食を食べれるようになった。
良かった。
「波留さん、何か食べたいものありますか?」
(私は何でも良いわ)
「暮葉は?」
「辛い物ッッ!」
「だわよね。
ならふじこで良いかしら」
「うんっ!」
「じゃあちょっと待って………………
もしもし……?
お世話になっておりますユニオンです。
奥の席空いてますか……?
…………ええ、じゃあお願いします」
ふじこというのはユニオン行きつけの中華料理屋だって。
ここは秘密もきちんと護る店らしく、店員も他に情報を流したりしないそうな。
僕らは外に出て一路中華料理屋へ。
中華料理屋 ふじこ
(いらっしゃいませーっ!
あ、マスさん)
「マスター、しばらく」
(奥の座席、準備出来てるよ)
「ありがとうございます」
僕らは奥の座席に向かう。
そこは四方が衝立で囲まれた一角。
なるほど、ここだと周りからは見えない。
「暮葉、貴方は豚骨ラーメンで良い?」
「うんっ」
「マスター、豚骨ラーメンだけお願い。
他は適当に」
(アイヨッ!)
え?
メニュー見せてくれないのか?
マスターもアイヨじゃないだろ。
「ん?
マネージャー見習いの分際で好きなもの食べれるとでも思っていたの?
ここの払いはユニオンが出すのよ」
唖然として見つめる僕の視線を再び気付いたマス枝さんが説明。
「そ……
そうですよね」
やがてどんどん料理が運ばれてくる。
暮葉の前に置かれた豚骨ラーメン……?
赤過ぎないか?
これ本当に豚骨ラーメンか?
後で聞いたところによるとこの店の豚骨ラーメンは激辛で有名らしい。
「んっふふ~~♪
これ大好きっ!」
ズルズルズルーッ!
一息に豚骨ラーメンを啜る。
見てるだけで汗腺が開く。
「おいっしーっ!」
ご満悦で笑顔の暮葉。
本当に美味しそうに食べるなあ。
僕はとりあえず来た料理を摘まんでいた。
【おっ?
何か美味そうだな。
俺もくれよ】
ガレアが興味を持った。
「うん、じゃあ……」
僕は唐揚げ数個と肉団子の甘酢あんかけも数個、皿に取りガレアに渡す。
(へーっ
竜って人間の食べ物も食べるんだ……
モグモグ)
更に波留さんがガレアの食事に興味を持った。
「ええ、普通に食べますよ。
やっぱり風体通り好きなのは肉ですけどね……
あっ……
ププッ……
でもですねこの子、ばかうけが好きなんですよ……」
(えっ
ばかうけってあのばかうけっ?)
「ええ、そのばかうけです」
(何でっ!?)
「初めて会った時にあげてから何か気に入ったみたいで……
亜空間……
あ、竜ってそれぞれ亜空間って言う別空間を開く事が出来るんですけど、その中はばかうけでいっぱいですよ」
(何か可愛いーっ!
この子すっごく気に入っちゃったーっ!)
【わっ
何だよお前。
うっとおしいなあ】
ガタンと席を立ち、素早くガレアの腕にしがみつく波留さん。
(ホントに一般人って竜が何言ってるか解らないのが凄く嫌だわ。
今日は特に。
だってガレア君と話せないんだもん)
【だから何なんだってお前。
離れろよ】
ブンブン
(おおっ!?
おおおっ!?)
振り解く為に腕を振るガレア。
多分ガレア的には軽く振ってるつもりなんだろうが、軽々と宙に舞う波留さん。
驚いて声をあげる。
「わーっ!
ガレアーっ!
その人は大事な人だから無茶しないでーっ!」
堪らず制止。
【ん?
そうか?】
ストン
波留さんを降ろす。
(あーっ
びっくりしたーっ……)
「すいません……
ガレアには人間のスキンシップって言うのが良く解らないみたいで……」
【ソキンサップって何だ?
竜司】
キョトン顔でガレアが聞いて来る。
(やーんっ
その顔ーっ!
その顔が凄く可愛いのよーっ!)
「ま……
まあ解らなくは無いですけど……」
「貴方達。
衝立があると言っても他のお客さんも居るんだから静かに食べなさい」
「あぁっ
すいませんっ」
(は~い)
はしゃいでた波留さんは席に戻る。
(ガレアくん、次に会う時は山程ばかうけ買ってあげるからねっ)
ブンブン
ガレアに向けて大きく手を振る波留さん。
【おっ?
マジでかっ!?
お前良い奴じゃねぇか】
(フフフ……
唸り声としか聞こえないけど、喜んでるって言うのは表情で解るのね)
「そうですね」
席から見上げるとそこには顔をゆるゆるに綻ばしているガレアの顔。
本当に解り易い奴だな。
パンッ
「ごちそーさまでしたッッ!」
気が付いたら暮葉の前の器は空になっていた。
スープ一滴も残っていない。
「そう言えば暮葉、レコーディングの時は平気だったのに何でダンスの時は疲れてたの?」
「ん?
そう?」
「うん、だって息切れてたじゃん。
レコーディングは何曲歌っても平気だったのに」
「あー……」
僕の言ってる事が解った様で返事をした後、沈黙。
「あのね……
歌の時は平気なの。
歌っていると物凄く気持ちいいし、いくらでも歌えるって感じなの。
でもダンスはね。
何だかちゃんとしないとちゃんとしないとって考えながら踊ってるから何だか凄く疲れちゃうの」
もしかして精神的なものか。
聞いた事がある。
精神的に追い詰められた状態とリラックスした状態だと疲労度が格段に違うと言うのを。
「うーん、歌の時と同じ気持ちになれたら良いんだけどなあ……」
「歌と言えば暮葉、今日のアルバム後半の曲はどうだった?」
ここでマス枝さんが話に加わる。
「うん、加藤さんの曲は何か聞いてるとチリチリする」
「チリチリ?
また別の表現が出て来たわね」
マス枝さんが言うには暮葉は知らない感情の表現をカタカナ四文字で表すんだそうな。
そう言えば僕が告白した時もポカポカって言ってたっけ。
「うん、何かね。
チリチリーッてするの」
「良く解らないけど、その感じは好き?
嫌い?」
「好きッ!
何かね、加藤さんの創った曲を聞いてるとやらなくちゃって気分になるの」
なるほど。
チリチリと言うのは心が研ぎ澄まされたって感じなのかな。
集中力が上がると言うか…………
……………………
でも…………
モヤ
何だか嫌な感じ。
何だろう。
このモヤッとした感じは。
「あれ?
竜司どしたの?
そんな怒った顔して私を見て」
「…………な……
何でも無いよ……」
プイッ
ソッポを向く僕。
これには理由がある。
色々新情報が雪崩れ込んできて処理が追い付かないからだ。
その新情報とは大きく分けて二つ。
この嫌なモヤモヤの正体と僕の表情だ。
モヤモヤの正体は嫉妬だ。
正体が解るのだが出所が解らない。
とりあえずこちらについては置いておこう。
それよりもう一つ。
僕の表情だ。
確かに暮葉は言った。
怒った顔って。
僕は絶招経の影響でもう怒れなくなっていると思っていた。
だが他人から見たら怒ってると取られる。
これはどう言う事なのだろうか。
僕は内心に集中してみる。
うん、やはり波は立っていない。
モヤモヤとした嫌な感じはするけど。
言うなればキレていた時は荒波。
大時化の様なのだ。
だけど今は言うなれば毒の海。
波は立ってないが浸かれば命を落とす様な色。
全く湧いている感情は違う物なんだと思う。
でも今の僕の顔を見て暮葉は怒っていると取った。
僕はある仮説を立てる。
おそらく表情の数より感情の数の方が圧倒的に多いせいではないだろうか?
湧いている感情は嫉妬だけど、それで作る表情も怒って作る表情も大差ないのでは?
それか単純に暮葉が嫉妬って言う感情を知らなくて怒ってるって表現しただけなのか。
いや、嫉妬って感情は大阪での一件で知っているはずだ。
となると、人から受ける嫉妬は解らないと言った所か。
「フフッ……
何だか竜司、ハル君みたい」
また知らない男の名前が出て来た。
「誰?
そのハル君て」
「うん、私が今読んでるとなりの怪物くんって漫画に出て来る男の子。
シズクちゃんがね、何だかオベンキョーする為に出かけるんだけどヤマケンくんも一緒に行くの。
それを知っちゃったハル君が物凄くヤキモチを焼くの…………
………………
あれ?
じゃあ竜司、今ヤキモチ焼いてるの?」
最終的にキョトン顔で問いかけて来る暮葉。
■となりの怪物くん
日本の少女漫画。
雑誌デザートにて2008年から2013年まで連載された。
幼少期から成績で学年トップを取る事にしか興味の無い勉強の虫である水谷雫と入学式当日に流血事件を起こした問題生徒吉田春の恋愛物語。
暮葉の言っているヤマケンというのはハルのライバルとして登場する山口賢二の事である。
劇中に出て来る鶏の名前は名古屋。
「う……
うん……
多分そう……
僕は暮葉にヤキモチを抱いているよ……
どこから出て来たかは解らないけど……」
(ねえねえ……
マスさん……
さっきから見てると……
ゴニョゴニョ……)
何だか波留さんがマス枝さんに耳打ちしている。
「ええ……
私も今日……
ゴニョゴニョゴニョ……」
(心配いりませんよ……
情報流して……
ゴニョゴニョゴニョ)
「ええお願いします……
私は認め……
ゴニョゴニョゴニョ」
「何の話ですか?」
(いんやぁ~
若いって良いねぇって思ってね~
竜司君、貴方……
マネージャー見習いってウソなんじゃないの?)
「う……
そ……
それは……」
ちらりとマス枝さんの方を見る。
「もういいわ……
波留さんには言っても」
「ええ……
波留さんの仰る通り僕はユニオンに在籍していません……
十四歳ですし……」
(えぇっ!?
マジでっっ!?
十四歳なのっっ!?
それにしては老けてる……)
「よく言われます……」
(で、何でマネージャー見習いなんてウソついたのよ)
「あの……
僕が東京に来た理由は暮葉との関係について説明しに来たんです……」
(関係って?)
「僕は暮葉の婚約者なんです」
(えぇっ!?
ホントにっっ!?
何となく竜司君とクレハの距離感から付き合ってるのかな?
とは思ってたけどまさか婚約者まで行ってるとは……
クレハ……
本当?)
「うんっ!
私は竜司とケッコンするのっ!!」
(ふうん……
双方合意って訳ね……)
「私はまだ認めてませんけどね」
マス枝さんがピシャリ。
(まーまー……
マスさん……
所でさっきの話なんだけど、何に嫉妬したか教えてあげましょうか?)
「わかるんですか?」
(伊達に歳食って無いわよ。
竜司君の嫉妬の正体はね……
多分音楽プロデューサーの加藤さん。
大方あまり知らないオトコの名前が出て来て、それで好きな女の子がその人を褒めるもんだから気に入らなかったんでしょ?)
あ、多分そうだ。
「う……」
「そうなの?
加藤さんにヤキモチ焼いてたの?」
目をパチクリさせながら暮葉が聞いて来る。
「うん……
多分そう……
暮葉があの人が作る曲が良いって言うもんだから……
何か凄く嫌な感じがしたんだ……」
僕が加藤さんに嫉妬を抱いたのは何もこの話だけじゃない。
レコーディング時、暮葉に手を出そうとしていたのも手伝って嫌だったんだ。
芸能界って所はこんな事日常茶飯事。
もっと言えば大人からしたら普通の事と言われるかも知れない。
でも僕は嫌だったんだ。
「へえ……
何かね……
今、心がポカポカしてるっ!
これって竜司が結婚しようって言った時と同じ感覚っ!
ヤキモチ焼かれてるって感じてもこんな気持ちになるのねっ!
やっぱり人間の感情って面白いっっ!」
ニコニコ顔の暮葉。
普通恋愛物とかじゃ、ヤキモチを焼いたり焼かれたりって時はその事を話さず拗れたりするもんだけど、僕らは違うなあ。
僕はあまりヤキモチを焼いてるって恥ずかしいとは思わないし、焼いてるって言われた女の子はニコニコ笑顔だ。
やはり変わってるのだろうか。
(あらあら……
仲のよろしい事で……
ねえマスさん……
このカップル認めてあげても良いんじゃないですか?
竜と人間が結婚するなんて物凄くマスコミも喰い付くと思うんだけど。
暮葉のアイドル活動にプラスになるかも知れないわよ)
「駄目ですッッ!
アイドルに恋愛事は御法度なんですっっ!
私は絶対認めませんっっ!」
何だろう。
昼は僕の理由を聞いて若干押し切れそうな雰囲気があったのに。
波留さんがこちら側についたから意固地になっているんだろうか。
これは説得するまで時間がかかりそうだ。
だけど僕は諦めない。
横浜で集団リンチを受けたんだ。
ちっとやそっとの事じゃあへこたれないぞ。
僕らは食事を終え、ダンスレッスン再開。
練習は深夜まで続いた。
「それじゃあ僕は一旦帰ります」
「ええ、お疲れ様。
また明日同じ時間帯辺りに来てくれるかしら?
まだじっくりと話してないものね」
マジか。
これ当分続くのか。
僕、横浜の復旧作業してるんだけどな。
「はっ……
はぁ……
わかりました……」
とりあえず僕は南区の避難所に帰る事にした。
横浜市 南区避難所
「ガハハ、何やそれ……
んっ……
んっ……
プハーッッ!」
戻って来るなり聞こえて来る関西弁と豪快な笑い声。
元だ。
焚火の前で数人と何か話している。
手に持っているのは……
ビールだ。
側に寄る僕ら。
「ただいま、元」
「お?
竜司、帰って来たんかい。
えらい遅かったのう。
んっんっんっ…………
プヘーーッ!
この一杯の為に生きとんのうっ!」
(あ、竜司さんおかえりなさい)
(おかえりなさ~い竜司さん)
「あ、ただいまです…………
皆さん……
何をしてるんですか……?」
(いや……
ハハ……)
「おう、何かのう。
配給品の中に酒が何本かあってなあ。
せっかくやからゆうて皆誘て酒盛りや」
(ええ……
まあ……
連日の復旧作業の労いになるかなと思って……
ね?
みんな……)
(う……
うん……
これが無いと……
大人も辛いんだよ……
竜司さん……)
元は別だが他の人は何だかバツが悪そうだ。
「いえいえ。
皆さん連日の作業でお疲れでしょうし、まだまだ横浜も復旧してません。
明日からも復旧に頑張るんですから、今ぐらいは楽しんでください」
(…………あの……
竜司さんって…………
おいくつなんですか……?)
「僕ですか?
十四です」
しばし静寂。
(ええええええーーーっっ!)
「んっんっんっ……
プハーッ」
静寂の後、一同驚嘆の声を上げる。
元は気にせず呑んでいた。
(見えないっ!
何っ!?
何なのその落ち着きっぷりっっ!?
僕はてっきり小柄な高校生かと……)
(俺も俺もっっ!)
(僕、大学生かな?
って思ってました……)
(うんうん)
「タハハ……
それさっきも言われました……」
(そういえば竜司さん、今日は復旧作業におられませんでしたよね?
何かあったんですか?)
「ええ……
まあ……
詳しい説明は省きますが、婚約者の関係者に色々説明しないといけなくなりまして……」
またしばし静寂。
(えええええええーーーっ!?)
「クハハ……
やっぱ竜司、ワレはおもろいのう。
酒の肴にピッタリやわ……
んっんっんっ……」
同じ様に静寂のあと驚嘆の声。
元はペースを変えず呑んでいる。
勝手に人をおつまみ扱いしないで欲しいなあ。
(婚約者っっ!?
いつの時代の話だよっっ!
許嫁って奴っ!?
竜司さんってもしかしてイイトコの子っ!?)
(何か最近漫画で読んだぞ。
北祖の拳。
ケンタロウとアリサの関係みたいなんじゃね?)
(それだそれだ。
大体あの漫画、主人公がケンタロウなのに恋人が何でアリサなんだよ)
(ホントだよな。
ハッハッハ)
「あれ核戦争後の話ですから、国境も無くなって人種も混合しちゃったんじゃないですか?」
(ヒューーッ!
オットナーーっっ!)
皆が一斉に囃し立てる。
「止めて下さいよ」
そんな事を言いつつ、内心は楽しかった。
酒盛りの場にいる横浜の人達は僕が起こしたドラゴン
エラーの事を知ってるかも知れない。
知らないかも知れない。
知ってて笑ってくれてるのかも知れない。
知ってるが僕の行っている事を見てて黙ってくれてるのかも知れない。
ただ今は酒盛りを楽しんで、人の背後関係如何は二の次、後回しなのかも知れない。
色々考えが巡るが、結局辿り着く結論は最後の後回し。
こんな事考えたって答えが出るもんじゃ無いし。
問い詰めてもウソをつかれたら真意なんて解らないし。
それよりかは今の楽しい時間を享受した方が良いだろう。
(竜司さんも加わって下さいよ)
「僕、未成年だから呑めませんよ」
(ジュースでも持って来てさ)
「あ、はいわかりました」
(こらこら。
お前達、竜司さんはお疲れなんだ。
こんな酔っ払い共の相手をさせるんじゃないよ)
「いえ、僕も楽しいですし平気ですよ」
酔っぱらいの一人や二人。
あの変態の父さんに比べたら全く問題無い。
僕はジュースを買って来て話に加わる。
一時間後
(グガァァァァッ……
ンゴォォォッ)
「みんな寝てしもたのう……」
「もう深夜一時だし。
しょうがないよ」
「んで竜司よ。
何や暮葉の用事やゆうて出てったけど、何かあったんか?」
「うん……
実は……
暮葉のマネージャーに婚約がバレちゃって……
それの説明に……」
「あっ
そうやっ
そういや暮葉おらんな。
今気づいたわ。
どないしたんや?」
「暮葉は仕事で一足先に戻ったんだ。
それで……
ポロっと暮葉が言っちゃったみたいで……」
頭の中でマス枝さんの剣幕がグルグル回る。
「…………その表情やと……
こってり絞られたみたいやの……
ご愁傷様」
確かに凄い剣幕だったが、こってり絞られた訳では無い。
「いや……
そんなには……
でも物凄く怒ってた……」
「まあそら自分ンとこのアイドルに手ェ出された訳やからなあ……
んで向こうさん了承したんか?」
「ううん……
まだ……
ってか手を出したって……
人聞きの悪い……」
「んでこれからどうすんねや?」
「うん……
明日も来いって…………
だから復旧作業には参加出来ないんだ……
ごめん……」
「ほうかーしゃあないなあ。
ほんだら明日にでも左京のじーさんに電話して誰か補充してもらう様言うとくわ」
お爺ちゃんと左京さんは現場から離れていたんだ。
震災直後は陣頭指揮を執る必要があった為、出張って来ていたが竜河岸の面々はもう流れが解ったから身を引いて上の仕事に移ったんだって。
上の仕事ってのは補給物資の打診や関係各所への説明・説得。
交代する竜河岸の確保だって。
上も上で忙しいなあ。
「うん……
ホントに御免……」
「まーワレのタレの話やからなあ。
しゃあないやろ?
そん代わりキチッと了承もろて来いや」
「うん……
ありがとう元……」
「あと何か厄介なドンパチになりそうなったら鮫島クンに即連絡する事ォッ!
わかったなっ!」
「わ……
わかったよ……
全くもう……
ホントに血の気が多いんだから……
でも今回は基本説得だけだからケンカとかは無いと思うよ」
「そうやろなあ……
ハァ……
つまらん……」
こうして夜は更けていった。
次の日
僕は再び、ユニオンビルへ向かう。
結果としては平行線。
僕は許して下さい。
向こうは認めません。
そのままだ。
平行線のまま、また暮葉の仕事の時間に。
今日は午前に雑誌取材数社。
午後は昨日と同じ様にダンスレッスン。
仕事になるとやはり暮葉は頑張る。
小休止を挟まず、どんどんこなしていく。
「喉乾いちゃった。
マスさん、飲み物持ってない?」
「わかったわ。
お水で良い?」
「うん」
「竜司、買って来てくれない?」
「あ、はい。
わかりました。
暮葉、ミネラルウォーターで良い?」
「うん」
「じゃあ行ってくるよ」
僕はガレアを連れてコンビニへ。
店でミネラルウォーターと…………
肉まんを二つ購入。
いわゆるつまみ食いだ。
もう一つはガレア用。
さっそく外へ。
「んふふ。
冬はおでんも良いけど肉まんもたまんないよなあ……
はいガレア」
【おっ
何だこれ?
肉か?】
肉には違いないけど、表面真っ白だろ。
ガレアは食べれるものだと全部肉に見えるのか。
「まあそんなとこ……
モグモグ……
ん~美味しいっ
ガレアも食べてごらん」
【モグモグ……
おっ?
何だコレ?
周りフワフワで中が肉だ。
甘い肉だ。
結構美味いな……
モグモグ……】
多分ガレアが感じた甘みはタマネギなどの野菜の甘味だろう。
何はともあれ気に入ってくれて良かった。
「モグモグ……
だろ?
……モグモグ」
【これもっと食いたい……
モグモグ……
もう無いのか?
……モグモグ】
「うふふ。
もうガレアったら……」
ズンッッッッッ!!!
何だっっ!?
背後から突然襲い来る射る様な視線。
いや、これは視線なんて生易しい物じゃない。
膨大な。
圧倒的な。
負の思念。
それを大きな塊にしてぶつけられてる様な。
そんな感覚が僕の身体を縛る。
ガクゥッ
思わず膝を付きそうになる。
こんな事って。
まるでお爺ちゃんの枷を喰らった様だ。
一体誰だ?
誰の仕業だ?
この溢れ来る負の思念に身体を縛られ満足に動かない。
明らかに異能。
おそらく竜河岸のスキル。
グググググッッ!
僕は力任せに首を捻り、後ろへ向ける。
ゆっくりゆっくり背後が見えて来る。
そして…………
やっとの事で…………
後ろを向けた。
網膜に映る光景に言葉を失った。
少し離れた所に人が立っていたんだ。
その人物は…………
中田だった。
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「はい、今日はここまで」
「ねーパパー?
中田って静岡でママを襲ったリューハイカイの人?」
「そうだよ。
よく覚えていたね龍」
「うん…………
あの時……
可哀想だったもん……」
多分龍は中田にドラゴンエラーの事を話した時の事を言ってるのだろう。
「うん…………」
今でも思う。
僕は暮葉を娶り、龍が産まれ幸せに暮らしている。
こんな幸せを僕が受けても良いのだろうかと。
人の幸せを破壊した僕が。
でも僕はやはり死ぬ訳には行かない。
僕が死ねば、暮葉と龍が悲しんでしまう。
それは嫌だ。
申し訳ないけど嫌だ。
遺族の気持ちを考えた事があるのかとか。
死んだ人達の気持ちを考えろとか。
言われるかも知れない。
けど僕は死ねない。
護るべき人達を捨てる様な事はしたくない。
結局の所、人は手の届く範囲の人間しかどうこう出来ない。
手が届かなかった人は救えなくなったりも往々にしてある。
僕が出来るのは救えなかった人たちの無念や憤りや怒りを背負って生きて行くぐらいなんだ。
これは僕が暮葉のドームツアーの一件を経て出した結論だ。
「さあ……
今日も遅い……
おやすみなさい」