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ドラゴンフライ  作者: マサラ
最終章 第一幕 横浜 ドラゴンエラー編
152/284

第百五十一話 How to atone

「やあこんばんは。

 今日も始めて行こうかな?」


「パパうす」


「今日で最後の話の一幕が終わるよ」


「一幕?

 全部で何幕あるの?」


「全部で三幕だよ」


「へえ、じゃあもう終わりも近いって事だね」


「そうだね」


 ###


 津波が来る。


(神奈川、千葉の太平洋側に大津波警報です!

 今入った情報によると津波の高さは七メートル!

 津波の高さはおよそ七メートル!

 観測所によっては大きな津波が予想されます!

 先程の地震は震度六弱を観測しています!

 現在の時刻は十時十分ですが、千葉県砂取港への津波到達時刻は十時十七分。

 あと七分です!

 更にその五分後十時二十二分に神奈川県三崎港にも到達します!

 海面などには絶対近づかないで下さい…………!)


 ラジオの声が響く。

 みんな黙って聞いていた。


「ど……

 どうするダニか……」


 みんな動けずにいる。

 この津波を何とかしないと。

 みんなが頭で考えている事は同じだった。

 だが動けない。


(範囲が広すぎる……)


 動けない理由は範囲が広すぎるからだった。

 千葉県、神奈川県の太平洋沿岸となると範囲が広すぎる。

 だけど……

 僕は……


「みんなッッ!

 この津波は僕が何とかするッッ!

 だからみんなは他の人達の避難を誘導してッッ!」


 ガレアの背に飛び乗った。


「ちょっと待てぇ!

 竜司ィ!

 貴様何とかするってどうするつもりじゃあッッ!」


 慌ててお爺ちゃんから止めが入る。


「僕の新スキルで何とかして見せるッッ!

 お爺ちゃんは先輩に連絡して三崎港に向かってもらってぇっっっ!」


「お……

 おう……

 わかった……

 気をつけてな……」


 僕は焦っていた。

 凄い剣幕だったのだろうか。

 あのお爺ちゃんがたじろいた。


「うんっっ!

 ガレアァァァァッッ!

 飛べぇぇぇッッッ!

 全方位(オールレンジ)ィィッッ!」


 空へ舞い上がるガレアの背中から超速で広がる緑のワイヤーフレーム。

 確認すると遠い南の方に桟橋みたいなものが見える。

 沿岸の形からおそらく千葉県だ。


 全方位(オールレンジ)がかなり広範囲まで届くようになっている。


「こっちだぁぁっっ!

 ガレアァァッッ!

 全力で飛べぇぇぇッッ!」


【全力かッッ!

 久々だなッッ!

 振り落とされんなよォッ!】


「行けぇぇぇぇぇッッッ!」


 ガッッ!


 ガレアの首にしがみつく。


 スポァァァァッァァァァンッッッ!


 ブルルッッ!


 突き抜けた音と身体に来る底冷え。

 見なくても解る。

 ガレアが音速を超えたのだ。

 瞬時に。


 この冷えはペイパーコーンが出たせいだ。

 この速度なら目的地まで五秒もかからない。

 この時間のアドバンテージはデカい。


「ガレアァァァァッッッ!

 ストップゥゥゥゥ!

 下の海沿いに降りてくれッッッ!」


【おうよッッッ!】


 ガレア急下降。

 まさに一瞬の出来事。

 あっという間に横浜の神奈川区から千葉県の端まで来てしまった。

 やはりガレアは凄い。


 僕が降りた所は千葉県の名前も知らない海岸だった。

 左には誰も居ない港らしきスペースが見える。


 ここからだ。

 ここからが本番。

 全方位(オールレンジ)は展開済。


 パンッッ!


 勢いよく両手を合わせる。


神道巫術(シントー)


 両人差し指が青白く灯る。

 その青白炎が描く軌跡は青い鳥居。


磐土(イワツチ)ィィィ!

 潮椎(シオツチ)ィィィィ!

 出て来ォォォォいッッッッ!

 力を貸してくれェェェッッッッ!」


 現れる灰色とマリンブルーの大炎。


〖おぉぉぉぉさぁっっっ!

 (カシラ)ァァァァァッッ!

 やるんじゃなぁぁぁっっ!〗


〖何さー…………?

 そんなウフグィー(大声)出さなくても聞こえてます……〗


 僕はまず頭にテトラポットの絵を思い浮かべる。

 これは今朝の占星装術(アストロ・ギア)の結果から。

 多分言っていた大水難とはこの津波の事。

 そしてラッキーアイテムで言っていたのはたくさんのテトラポット。


磐土(イワツチ)ッッ!

 僕の頭に浮かんでる物を大量に生成して欲しいッッッ!

 設置場所は目の前の海岸線ッッッ!

 範囲ギリギリまで堤防を作るんだッッッ!

 (かて)はいくら使っても構わないィッッッ!」


 占星装術(アストロ・ギア)はこうも言っていた。

 貴方の判断が最悪の結果を招くかもと。

 躊躇なんかしていられない。

 僕が差し出せるものは何でも出す気でいた。


〖ホウッ……

 ほうほうっ!

 わかったわいっ!

 これやなッッ!

 ぬうんっっっ!〗


 ズズズズズズズズズゥゥゥゥゥゥンッッッ!


 重苦しい音と同時に無数のテトラポットが海岸線に現れる。

 コンクリート色の消波ブロックが並んで行く。

 すぐに端が見えなくなる。


「ぐうぅうぅっっ!」


 と、同時に身体中に膨らむ喪失感。

 何かが物凄い速度で失われて行く。

 何かが身体から抜けて行くと言うのはこんなにもキツいものなのか。


 だが、へこたれてはいられない。

 僕の判断が最悪の結果を招くんだ。

 今出来る全力だ。

 全力を出すんだ。


 確か津波の高さは七メートルと言っていた。

 となると……


 高さが足りない!


「ガレアァァァァッッッ!

 足りないィィィッッッ!

 もっと魔力をよこせェェェッッッ!

 磐土(イワツチ)ィィッッ!

 高さが足りないィィィッッ!

 もっとだァァァッッ!

 もっと重ねろォォォ!」


〖おうさぁぁぁっっ!!

 ぬうぅぅぅぅんっっっ!〗


親方(うえーかた)盛りうぃーがっちょる(盛り上がってる)所、やなやいびーんが(悪いんですが)……

 わん()ぬーしちゃんら(何をしたら)いいーのびんやーかみ(良いのでしょうか)?〗


「あぁ……

 潮椎(シオツチ)……

 お前には来る津波を止めて欲しい……」


 潮椎(シオツチ)は普段通り方言バリバリの口調。

 だが僕には潮椎(シオツチ)が何を言っているか理解出来たんだ。

 人間、緊急になると言葉の意味が解らなくても意志は通じるんだなってこの時思ったよ。


マギーシガラナミ(大きい津波)止めるんよーやーみ(止めるんですか)

 無理やいびーん(無理です)


 言葉の意味は解らない。

 が、津波を止めるのは無理と言われたのは解った。


「無理か…………

 大きすぎるのか…………

 なら弱める事はどうだッッッ!!?」


〖弱めるぐらいならぬーとい(何とか)…………〗


 多分可能だと言ったんだろう。


「ならそれで良いッッ!

 (かて)はいるだけ持って行けッッッ!」


〖はい……

 んじちゃーびら(行ってきます)


 フッッ!


 青い大炎が消えた。

 多分津波の威力を弱めに行ったんだろう。


 よしこれで良い。

 少しでもマシになってくれたら。


「グウゥゥゥゥッッ!」


 ドシャッッ!


 僕は砂浜に片膝をつく。

 大きかった喪失感が更に大きくなる。


 ズガガガガガガガァァァァンッッッ!


 目の前に高く積まれて行くテトラポットの列。

 磐土(イワツチ)が頑張ってくれている。

 主の僕が先に参る訳には行かない。


「ガァァァッッ……

 ガレアァァァァッッッ!

 もっとぉぉぉっっっ!

 もっと魔力をよこせェェェェェッッッ!」


【り……

 竜司……

 お前大丈夫なのかよ……】


「大丈夫だァァァァッッ!

 もっとよこせぇぇぇっっ!」


【お…………

 おう……】


 ここで僕は重大な出来事を思い出す。

 津波が到達する所は千葉だけじゃ無いんだ。

 神奈川にも来る。


 一か所だけでこれだけ体力を消耗しているのに神奈川まで持つのか?

 残り体力を考えてみる。

 もう一か所。


 正直無理だ。

 千葉の段階で六割ぐらい消耗してる。


 どうする?

 踊七さんに頼るか?


 ブンブン


 僕は首を横に振る。

 いや駄目だ駄目だ。

 今人任せにしたら駄目だ。

 そんな気がする。


 もし踊七さんが上手く行かなかったらどうする。


 ここである閃きが来る。

 発想の元は(かて)の質の部分。

 より質のいい(かて)を精霊達に提供できないか。

 ここで辿り着く答えは一つしか無かった。



 それは……



 絶招経。



 今までの経験から来る当然の帰結。

 絶招経を発動すれば体内の魔力の質が上がるのではと考えたんだ。


 だけど、僕の残り体力で使用できるのか?

 そもそも絶招経を使用して、魔力の質が上がると言う事自体間違っているのかも知れない。

 そして…………


 やはり一番気になるのは…………



 感情の欠損。



 これがあるからやはり躊躇してしまう。

 僕はスマホで時間を確認。


 十時十五分


 後二分で津波が到達する。

 そして五分後に神奈川県に津波が襲い掛かる。

 身体が総毛立つ。


 ズガガガガガガガァァァァンッッッッ!


 考えている間にも磐土(イワツチ)がテトラポットを生成している。

 襲い来る喪失感。


 ズシャァッ


 身体に巡る倦怠感に片膝をついてしまう。

 駄目だ。

 このままだと僕は動けなくなってしまう。


 使うしかない。

 絶招経を。

 手をこまねいていると僕の判断でまた人が死んでしまう。


 もういい。

 僕の感情なんかで良いのならいくらでも持って行け。

 僕は絶招経を発動する決心をした。


「ガレアァァァァァッッッ!

 絶招経行くぞォォォォォォッッッ!

 ありったけの魔力をよこせェェェェッッッ!」


 ムウウウニョオン


 こんな音が聞こえてきそうな感じでガレアの身体から巨大な魔力球が染み出て来る。


 周りは白緑色。

 中央に向かう度緑が濃くなり、中心は常盤色。

 中央の()らしきものがチリチリと白い火花を発している。


 懐かしい。

 初めて使った時を思い出す。

 これに触れたら僕の中から一つ感情が消える。


 でも僕に迷いは無かった。

 これが無いと救えない。

 絶招経を発動しないと命を守る事が出来ない。


 スッ


 僕はその巨大な魔力の球に触れる。


 シュオオオオオオオッッッ!


 見る見る内に魔力球が吸い込まれて行く。

 全て体内に入った。


 ッッッバァァァァァァァァンッッッッ!


 雷鳴の様な音と共に身体が宙に浮く。

 この感じも前と同様。


 熱い。

 身体が灼ける様だ。

 体内に大きな熱い何かがあるのが解る。

 ()()を何回も保持(レテンション)をかけて封じ込めて行く。


 保持(レテンション)


 ガガガガガシュガシュガシュガシュ


 治まれ!


 保持(レテンション)


 ガシュガシュガシュガシュ


 まだ熱さは治まらない。

 くそぉっ!

 治まれッッ!


 保持(レテンション)


 ガガガガガシュガシュガシュガシュ


 保持(レテンション)


 ガガガガガシュガシュガシュガシュ

 ガガガガガシュガシュガシュガシュ


「暴れるなぁぁぁぁぁぁッッッ!」


 保持(レテンション)


 ガガガガガシュガシュガシュガシュ



 感覚が変わった。

 体内にあった刺つく様な()()()()が変質。

 熱い事は熱いのだが、じんわり身体に染み渡る熱さ。

 この感覚は覚えがある。


 ビュォォォォォォッッ!


 僕の身体から猛風が吹き荒れる。

 これは魔力風だ。

 確かこの魔力風を体内に吹かせる様なイメージ。


 ザザッ……!

 ザザザザザァァァァァッッ……!


 海岸の砂が僕の身体に引き寄せられて行く。

 吹き荒れた猛風が身体に吸い込まれる。

 やがて止まった。


 ザザザザザァァァァァッッ!


 身体に貼り付いていた大量の砂が地面に落ちる。

 よし、これで成功したはずだ。


磐土(イワツチ)ィィィッッッ!

 潮椎(シオツチ)ィィィィッッ!

 僕でやれる事は全てやったッッッ!

 後はお前達の働きにかかっているゥゥゥッッ!

 頑張ってくれぇぇ!」


〖おおっっ!!?

 おお……

 オオオオオッッッ!

 (カシラ)(かて)が変わりよったァァッッ!!?

 これならァァァァッッッ!〗


 ズガガガガガガガァァァァッッッッ!


 磐土(イワツチ)のテトラポット生成速度が上がる。

 見る見るうちに高く。

 高く積まれて行く消波ブロック。


 出来た。

 僕の目の前には延々と伸びる堤防の壁。

 全方位(オールレンジ)範囲いっぱいに生成指示したから果てしなく横にずっと伸びている。


 そして高い。

 その高さは歴史で習ったベルリンの壁を想起させる。

 身体が出来た影に覆われる。


 おそらく僕の背丈の何倍もあるだろう。

 よしここはこれで良い。

 後は潮椎(シオツチ)が津波を弱めてくれる事に期待しよう。


 僕は右拳を握ってみる。

 残り体力を確認する為だ。


 ギュッッ!


 全然大丈夫。

 続いて左拳。


 ギュッッ!


 こちらも問題無い。

 凄い。

 先程まで片膝を付いていたのが嘘の様だ。

 これならイケる。


「よしッッ!

 ここはこれで良いッッ!

 磐土(イワツチ)ッッ!

 ご苦労だったッッ!

 次のポイントに行くまで休んでてくれッッ!」


(カシラ)ァァ!

 ありがとうございやすッッ!〗


 フッッ!


 灰色の大炎が消えた。

 僕は時間を確認。


 十時十六分。


 あと一分。


「ガレアァァァッッ!

 次のポイントへ行くぞォォッッ!」


 僕は叫びながら、ガレアの背に飛び乗る。


 バサァッ!


 ガレアが大きく翼をはためかせる。

 空へ舞い上がる僕ら。


「待てっ!

 ガレアッッ!

 少しストップッッ!」


 キキッ


 更に高く飛ぼうとしたガレアは急ブレーキ。

 高度は凡そ十五メートル。


【何だよ竜司。

 別の場所に行くんじゃ無いのか?】


「あと少しで津波が到達する。

 僕らが作った堤防で防げるかどうか確認したい」


【ふうん、まあ良いけどよ】


 僕は目線を海岸に降ろす。


 あれ?


 何か……

 おかしい……

 海が……

 海面が……

 近い……


 ここは高度十五メートル。

 遥か空の上だ。


 ゴシゴシ


 遠近感でも狂ったのか。

 僕は両眼を(こす)る。


 その刹那。

 視界が(さえぎ)られた刹那。

 視界が闇に包まれた瞬間。



 ザッッッパァァァァァァァァンッッッッッ!



 耳を。

 鼓膜を突き刺す水音。

 いやこれはもはや水音では無い。

 爆音だ。


 何かが弾けた音がした。

 僕は急いで目を開ける。


 ピッ

 ピッ


 頬が濡れた感触。

 飛沫だ。

 飛沫が頬に付いたんだ



 …………え……?



 ここ……

 高度十五メートルだぞ……

 僕は声を発する事も忘れ、素早く堤防付近を見下ろす。

 その光景に大自然の驚異を思い知る事になる。


「なん…………」


 僕は言葉を詰まらせ、息を呑んだ。

 僕と磐土(イワツチ)が苦心して積み上げたテトラポットの堤防が…………



 崩れている。



 遥か遠くの方を見ても同様。

 海岸線が無茶苦茶になってしまっている。

 崩れたテトラポットが散乱し、砂浜が見えなくなっている。


 だが、波は砂浜を侵食した段階で止まっている。

 確か東北大震災の時はあのまま波が街中まで侵入し、車や建物を飲み込んでいったんだ。

 崩れはしたが最小限で防げたと言う事は良しとしよう。


 ぐずぐずしていられない。

 次に向かわないと。


全方位(オールレンジ)


 僕は全方位(オールレンジ)を張り直す。

 横浜の三浦市。

 お爺ちゃんが伝言通り踊七さんに伝えてくれたのなら、三浦市の南端に居るはずだ。



 ……………………居た。



 踊七さんだ。


「ガレアァァァァッッッ!

 こっちの方角へ全力だぁぁぁぁッッッ!」


 ガレアがエンジンを回す寸前、スマホで時間を確認。


 十時十八分に変わった所だった。


 ギュンッッッ!


 ガレアエンジン全開。

 瞬時に超高速域へ。

 ガレアの凄い所は本気を出したら即座に最高速度まで持って行ける所だ。

 いや、ガレアの事だ。

 まだまだ速度は上がるかも知れない。


 あっそうだ。

 僕は今絶招経を使っている。

 と、言う事はタキサイキア現象を発動下で通常通り動けるはずだ。

 脳に魔力集中。


 キタ。

 タキサイキア現象発動した。

 周りの風景がゆっくりに見える。

 だが、ゆっくりと言っても自転車ぐらいのスピードはある。


 何か飛んでいるガレアをぐるりと白い蒸気の様な円が囲んでいる。

 これがペイパーコーンかな?

 タキサイキア現象が発動していないとこんなのゆっくり見る事が出来ないからな。


 と、そんな事を考えている内に三崎漁港が見えて来る。

 踊七さんの姿は見えない。


 それもそのはず。

 海岸線に高い土の壁が(そび)えていたからだ。

 多分あれは踊七さんの五行魔法(ウーシン)だ。


 確か第五顕現、大苫姫尊(オオトマヒメノミコト)

 確かに高い。

 高さは充分だ。


 だが、範囲が短い。

 短すぎる。

 津波は三浦市、横須賀市、横浜市と到達するのだ。

 少なくとも海岸が南に向いている所には堤防が欲しい。


 ダッッ!


 僕はタイミングを見計らいガレアの背から飛び降りた。

 と同時にタキサイキアも解除。

 重力のままにグングン落下する身体。


 見えた。

 踊七さんの姿。


「センパーーーイッッッ!」


 僕は上空から大声を出す。

 気づいた踊七さんが見上げ、僕と目が合う。

 少し後ろに下がる。


 ザフゥゥンッッッ!


 砂浜に着地。

 もくもくと砂埃が舞う。


「竜司ッッ!」


 砂埃の中から踊七さんの声。


「先輩ッッッ!

 高さは充分なんですが範囲が足りませんッッッ!」


 まだ姿を確認していない内から現状をまくし立てるように説明。

 煙の中から踊七さんが現れる。


「竜司……

 お前……

 何かヘンだぞ……」


 僕の様を見て驚きを隠せない踊七さん。

 自分自身では良く解らないけど、絶招経を発動させた事により僕の雰囲気が変わっていたのだろう。

 出来れば絶招経について説明したい所だけど、今はぐずぐずしていられない。


「先輩ィッッ!

 詳しい話は後ですッッ!

 あと四分ぐらいで津波が来ますゥッッッ!」


「あぁ、わかってる……

 だが五行魔法(ウーシン)が有効なのは俺の目が届く範囲だけなんだ」


 なるほど。

 五行魔法(ウーシン)は視認出来る範囲でないと生成出来ないらしい。


「それに関しては僕に考えがあります。

 僕が全方位(オールレンジ)が届く範囲内にテトラポットの堤防を作ります……

 先輩には大苫姫尊(オオトマヒメノミコト)でテトラポットの隙間を土で埋めて行って欲しいんです」


「わかった。

 頼んだぞ」


「はいぃぃっっ!

 全方位(オールレンジ)!」


 更に貼り直す全方位(オールレンジ)


 パンッッ!


 勢いよく両手を合わせる。


神道巫術(シントー)!!」


 両指先が青白く灯り、すぐさま鳥居を描く。


磐土(イワツチ)ィィィィッッッ!

 来ぉぉぉぉいッッッ!」


 ボボウッッ!


 目の前に灰色の炎が現れる。


(カシラ)ァァァァッッ!

 やるんじゃなァァァァァッッ!〗


「あぁっっ!

 さっきと同様ッッ!

 海岸線に積みまくれェッッッ!」


〖おうさぁぁぁっっっ!〗


 ズドドドドドドドドドドォォォォォンッッ!


 テトラポット生成開始。

 海岸線に積まれて行く。

 さっきと比べてスピードが段違いだ。

 これも絶招経のお蔭だろうか。


「うお……

 凄まじいな……」


 踊七さんが驚いている。


 ボボウ


 と、そこへ青い大炎が現れた。

 潮椎(シオツチ)だ。


親方(うえーかた)あんせー(とりあえず)シラガナミや(津波は)弱めて来ましちゃん(弱めて来ました)


 相変わらず方言バリバリで言葉の意味は解らない。

 だけど意志は伝わった。

 多分仕事をして来たと言っているんだろう。


「どれぐらい弱まったか教えてくれない……?」


「およそ三割弱と言う所やいびーん(です)


「三割か……

 上等ッッ!

 潮椎(シオツチ)ッッ!

 ご苦労様ッッ!」


〖はいな、ぐぶりーさびら(さようなら)


 フッッ!


 三割減と言う事はさっきみたいな超巨大な波飛沫が経つと言う事は無い筈だ。


【おおーい竜司ー】


 空からガレアが戻って来た。

 グッドタイミング。


「ガレアァッッ!

 良い所に戻って来たッッ!

 早速で悪いがもう一仕事頼むッッ!」


【えぇっ!?

 何だよお前。

 急に居なくなったと思ったら……

 まあ良いけどよ】


「先輩ィッッ!

 ガレアに乗って下さいィッッ!」


 それを聞いた踊七さんは少し考える。


「へっ……

 なるほどな……

 お前の意図は理解した。

 ガレア、俺を逆さ吊りにしろ。

 ナナオ、悪いが地上から俺達を追跡して来てくれ」


【ん?

 逆さにするのか?

 良いけど、大丈夫か?】


「あぁ、大丈夫だ」


 ゴロン


 そう言って寝転ぶ踊七さん。


「ガレア、先輩を逆さに持ってこのずぅっと続いているヘンな形をした石沿いに飛んで欲しい。

 今回はゆっくりとだ」


【ん?

 このずっと続いている石の壁か?

 何か良く分らんけど解ったぞ】


 ズドドドドドドドドドドォォォォォンッッ


 説明している間も次々テトラポットが積まれて行く。

 身体は平気だった。

 何か気持ち少しずつ減って行ってるなと言う感覚はあるが、特に身体の動きには支障は無かった。

 やはり絶招経は凄い。


 ガッッ!


 ガレアの足爪が強く踊七さんの脚を握る。

 僕はガレアの背中に飛び乗った。


 バサァッッ!


 ガレアが大きく翼をはためかせる。

 そして大空へ。


「ガレアッッ!

 行けッッ!」


 ガレア発進。

 スピードはさっきよりも全然遅い。

 高度もおおよそだが十三~五メートルぐらい


 パンッッ!


 下で音がする。

 踊七さんが手を合わせたんだ。

 僕はガレアの脚の方を見る。


 ブルッッ!


 震えが身体に奔る。

 気が張っていたから全然気にしてなかったけど今僕は遥か上空に居るんだ。

 目も眩む様な高さ。


 下にテトラポットの帯が見える。

 それが万里の長城の様に果てしなく続いている。


 と、踊七さんがポケットに手を入れた。

 取り出したのはビニールの小袋。

 中は……

 土だろうか。


「生順破棄……

 第五顕現……

 大苫姫尊(オオトマヒメノミコト)……」


 踊七さんが五行魔法(ウーシン)を発動させた。


「竜司ッッ!

 確かテトラポットの間に土を詰めるんだったなッッ!

 …………へっっ……

 超精密操作じゃねぇか……

 笑い事っちゃねぇ……」


 ここから黙る踊七さん。

 出来ているのだろうか。

 上空からだとよく解らない。


 確認してる暇はない。

 今は踊七さんのスキルを信じるしかない。

 二分程で横須賀市最東端の公園らしき所へ到着。


「ガレア、一旦降りて」


【おう】


 バサァッッ


 ガレア急降下。

 地表まであと一秒弱。


「ガレアッッ!

 脚を離せッッ!」


【お?

 おお】


 パッ


 ガレアが踊七さんの脚を離す。

 宙に投げ出される。


 クルッッ


 素早く身体を反転。


 スタッ


 無事着地。

 華麗だ。

 素直に出た感想。


 僕も続いて着地。

 振り返ると僕の背より何倍もあるテトラポットの壁が果てしなく(そび)え立っていた。

 そしてテトラポットの隙間にはギッシリ土が詰め込まれている。


 五行魔法(ウーシン)の精度もさる事ながら、やはりこの量。

 膨大な数のテトラポット。


「凄い……

 さすが磐土(イワツチ)……」


 ボボウッ


 僕の側に現れる灰色の大炎。


〖お褒めに預かり光栄じゃき。

 一回やった事じゃからやりやすかったわい〗


「オイ……

 お前身体大丈夫なのか……?」


 遥か上に(そび)えるテトラポットの列を見上げ、言葉を詰まらせる。

 身体は大丈夫。

 まだ体内の()()は健在。

 絶招経の兆候だ。


「ええ僕は平気です……

 さあぐずぐずしていられません。

 次は金沢区です。

 そこから磯子区、中区と同じ様な堤防を作ります」


「ちょっ!

 ちょっと待てってっ!

 お前これだけの量を生成するってどれだけ魔力を使うと思っているんだ……

 これ以上やると死ぬぞ……

 お前集団私刑(リンチ)から助かったばかりじゃねえか……」


「それに関しては大丈夫ですッッ!

 タネは堤防を作り終わった後に話しますからッッ!」


「様子を見てると……

 無理はしてねえ様だな……

 わかった!

 後で聞かせてもらうぞっ!」


「はいィィィッッ!」


 僕はガレアの背に。

 踊七さんは魔力注入(インジェクト)発動。

 急いで横須賀市から金沢区を目指す。


 目的地は八景島シーパラダイス。

 距離にして十キロ少々。

 ガレアの翼なら十秒もかからない。


 一瞬で到着する。

 ガレアの背中から飛び降りる。


 ダンッッッ!


 地面に着地。

 落下の衝撃で大きくくの字に曲がる身体。

 が、大丈夫。

 全く何ともない。


磐土(イワツチ)ィィィィィッッ!」


 全方位(オールレンジ)は展開済。


 ボボウ


 灰色の大炎が再び現れる。

 もう準備完了。


〖おおさぁぁぁっっ!

 次はこの範囲内でやるんじゃなぁぁぁぁっっ!!?〗


「そうだっっ!

 到達まで時間が無いッッ!

 ガンガン積めェェェェェェェッッッ!」


〖ぬうぅぅぅぅんっっっ!〗


 ズドドドドドドドドドドォォォォォンッッ!!


「頑張れェェェッッ!

 磐土(イワツチ)ィィィィィッッッ!」


 僕も磐土(イワツチ)にエールを送る。


「おいおい……

 笑い事っちゃねぇなこれは……」


 後ろで踊七さんの声がする。

 追い付いたんだ。


「先輩」


「おい竜司……

 この生成スピードシャレになってねぇぞ……

 無から有を創るだけでも相当の魔力を喰うのに、このスピード……

 お前……

 何か魔力的なドーピングをしただろ……?」


「はい、物凄く掻い摘むとそう言う事です」


(カシラ)ァァァッッ!

 終わったでぇぇぇっっ!〗


 えっ!?

 もうっっ!?


 ここで磐土(イワツチ)からの作業終了の声。

 気が付かなかったが僕の目の前にはうず高く積まれたテトラポットの壁が立っていた。


 時間を確認


 十時ニ十分


 あと二分。


「詳しく話を聞きたい所だがそんな事言ってる場合じゃねぇ様だな……」


 ジャリ


 踊七さんが地面の土を一握り。

 多分生順破棄の憑代の為だろう。

 再びガレアは踊七さんの脚を掴む。

 僕はガレアの背に。


「生順破棄……

 第五顕現……

 大苫姫尊(オオトマヒメノミコト)


 下から声が聞こえる。

 スピードは視認出来る速さの為、比較的ゆっくり。

 これ本当にギリギリなんじゃないか?


 早く。

 早くしないと津波が来てしまう。

 遥か遠くにのっぺりとした荒野が見えて来る。

 あれはドラゴンエラー跡地だ。


 早く。

 早く。

 早く。


 来た!

 中区の端!


 スタッ


 僕と踊七さんは先と同様に無事着地。

 正直これで津波を全て防げるのだろうか。

 わからない。


 素人考えで太平洋側を向いている海岸だけ堤防を作ったが、これで護れるのだろうか。

 でもどの道これ以上となると時間的に無理だ。

 東京までに堤防を作っていたらもっと時間がかかってしまう。


 僕の脳裏に先の千葉での有様が思い出される。


「竜司……

 とりあえずこれでやれる範囲の堤防は完成したか……」


「はい……」


 僕はスマホで時間を確認。


 十時二十一分。


 後一分。


「そろそろ来ます……

 先輩はあの高速道路の上まで避難して下さい……

 僕はガレアの背中から見ています……」


「わかった」


 ビュンッッ!


 踊七さんは大地を蹴り、空高く跳躍。

 瞬く間に高速道路まで飛んで行った。

 僕はガレアの背に乗る。


「ガレア……

 空へ避難だ……

 飛んでくれ……」


 バサァッッ!


 ガレアは無言で翼をはためかせる。

 下腹部が強い力で押し上げられる。

 空へ舞い上がる僕ら。


 その上昇している刹那。



 ザッッッパァァァァァァァァンッッッッッ!



 爆音が鼓膜を突き刺す。

 さっきも聞いた爆音。

 津波が到達したんだ。


 僕は急いで振り向く。

 僕らの高度までは届かないものの物凄い高さまで水飛沫が上がっているのが見える。

 こんな高さの波は見た事無い。


 下は。

 下の堤防はどうなったっ!?


 僕は目線を下に。


「くそ……」


 僕は悔しさ混じりに声を漏らす。


 堤防は崩れていた。


 津波の力には付け焼刃の堤防では完全に防ぎきれなかった。

 テトラポットが少し流れているのが見える。

 何という波のパワー。


 が、堤防の残骸のせいか波は湾岸部ぐらいまで侵食した段階で止まっている。

 僕はすぐさま次の行動。


「ガレアッッ!

 先輩と合流しろッッッ!」


【おう!】


 ギュンッッ!


 ガレアが飛翔。

 あっという間に踊七さんの上空に。


 バッッ!


 僕は飛び降りる。


 ダァァンッッ!


 高速道路に着地。

 この高速道路はドラゴンエラーによって寸断されているので車は一台も走っていない。


「先輩っ!

 大丈夫ですかっっ!?」


「ああ、俺は大丈夫だ」


「津波の被害は多分最小限に抑えられている……

 はずです……

 僕はこのまま別地域の逃げ遅れた人達を助けに行きますッッ!」


「俺も救助に向かう」


「はいッッ!

 では後ほどッッ!

 ガレアァァァァッッッ!」


 ビュンッッ!


 何処からともなくガレアが舞い降りて来る。

 着地する前にジャンプ一番。

 ガレアの背に飛び乗る。


全方位(オールレンジ)


 僕は再び全方位(オールレンジ)を張り直す。

 確認した光景に絶句する。


 埋立地が完全に水没している。


 海面から高速道路のジャンクションが立っている異様な光景。


 ブルッッ!


 身体に震えが奔る。

 津波の。

 大自然の猛威に恐怖を感じる。


 ブンブン


 駄目だ駄目だ。

 恐怖で動きを止めるな。

 今は逃げ遅れた人達だ。


 僕は今一度全方位(オールレンジ)内を確認。


 居た。


 海面に沈んだ埋立地からビルが伸びている。

 そのビルの屋上付近に十五人ぐらい居る。


「ガレアァッ!

 あっちだっっ!

 あっちに向かえっっ!」


 僕は方向を指し示す。


【おう!】


 ギュンッッ!


 ガレアは示した方向へ真っすぐ飛ぶ。

 海面から伸びる高速道路を物凄いスピードで潜る。

 目的地は高速道路の向こう側。


 近づくと解る。

 逃げ遅れた人が数人屋上に出て来ている。

 津波の様子を伺ってるんだろう。

 屋上付近まで到着。


「ここだっ!

 ガレア、もう少し近づいて」


【おう】


 バサァッ!


 ガレアは大きく翼をはためかせ屋上に近づく。


(ウワァッ!?

 り……

 竜だァッ!?)


 屋上の人達が驚いている。

 が、驚いているだけで恐怖を抱いている様な様子は無い。


「皆さんっ!

 無事ですかっっ!?」


(あ……

 あぁ……

 すぐ下の階にも何人か居る……)


「良かった……

 さあ竜の背中に乗って下さい。

 避難所まで運びます」


(ちょっ……

 ちょっと待ってくれ……

 下の連中にも言って来る。

 女性から先に避難を頼む)


「わかりました」


 対応した男性が急いで下階を目指す。

 すぐに五人程女性を引き連れて戻って来た。


「ガレア、あそこに降りてくれ」


 ドスッ


 屋上に着地するガレア。


「ガレア、背中に何人乗れる?」


【何人って言われてもなあ】


「一度乗せてみてもいい?」


【いいぞー】


「はい、皆さん。

 竜の背中に乗って下さい。

 出来るだけ詰めて」


(は……

 はい……)


 おずおずとガレアの背中に乗り始めるOL達。


(あ、意外に柔らかくて気持ちいい……)


 ガレアの皮膚って柔らかくてプニプニしてるんだ。

 とりあえず詰めに詰めて五人背中に乗る。


「よし、ガレア。

 一度飛んでみてくれ。

 少し浮くだけで良いから」


【ん?

 飛んで良いのか?】


「ほんの少しだけだよ。

 ガレアが飛べるかどうかの確認だから。

 皆さん、しっかり捕まっていて下さい。

 あと後頭部にあるコブは絶対に触らないで」


(は……

 はい……)


「じゃあガレアお願い」


【へいよう】


 バサァッ!


 ガレアが翼を大きくはためかせる。


 フワッッ


 OL数人を載せたガレアの身体が浮く。

 どうやら問題無い様だ。


「ガレアー、降りて来てー」


【ん?

 もう降りんのか?】


 ドスッ


 ガレア無事着地。


(あー怖かった……

 私、竜に乗るなんて初めて)


(私もよ。

 気持ち良かったー

 こんな大きな動物に乗って空飛ぶなんてなかなか出来ない経験だもの)


 少し笑う女性OL。

 この人達は竜を恐れないのだろうか。


「あ……

 あの……

 貴方達は竜が怖くないんですか……?

 横浜なのに……」


(ん?

 怖くないわよ。

 だって私、住んでる所品川区だもの。

 フフ、空を飛ぶのは怖かったけど)


(私は大田区。

 帰りどうしようかしら……

 家族とは連絡取れたけど……)


 なるほど。

 合点がいった。

 東京に住んでいるから竜に対する恐怖意識や差別意識が無いのだ。


 これは好都合。

 避難はスムーズに行きそうだ。

 だが、女性がガレアの背を占拠してしまう。


 僕はどうしよう。

 ふと目に入るガレアの大きな手。


「ねえガレア、僕を片手で持てる?」


【ん?

 片手で?】


 ガレアが大きな手を目一杯広げ、ピタピタ僕の身体に合わせる。

 時々首を傾げてる。

 持てるかどうか試しているんだろう。


 何か純粋に考えて、試行錯誤しているガレアに和む。

 そう言えば服を持てば、いけるんじゃないだろうか。


【あっ!!?】


 何かに気付いた。

 と、同時に奥上の床が下へ遠ざかる。

 身体が浮いたんだ。

 襟首を掴まれてる感覚。


 解った。

 ガレアが持ち上げたんだ。


【わかった竜司。

 こうすりゃ持てるぜへへへ】


 何だろう。

 ガレアからしたらなぞなぞを解いてる様な感覚だったんだろうか。


「あの……

 ガレア……

 降ろしてくれない……?」


【へいよう】


 ドサッ


「イタッ」


 ぶっきらぼうに手を離す。

 床に叩きつけられるお尻。

 地味に痛い。

 ゆっくり起き上がる僕。


「イタタ……

 全くもう……

 皆さん、お待たせしました。

 今から避難所に向かいます。

 竜の背中に乗って下さい」


(はい)


 次々と背中に乗って行く。

 一度やったから手慣れたものだ。


「じゃあ、行きます。

 ガレア、さっきの様に僕を持ち上げて」


【へいよう】


 ヒョイ


 襟首を掴み、軽々僕を持ち上げるガレア。


「では出発します」


 くるん


 身体を捻じり、後ろを向く。


 くるん


 だが、また元に戻る。

 何か凄いもどかしい。


(あ……

 あの……

 避難所ってどこへ……?)


 くるん


 再び身体を捻じり、後ろを振り向く。


「人が集まってる所に向かいたいと思います。

 場所は地元じゃないので解りません」


 くるん


 また元に戻る。

 何かイメージ的にカンガルーの子供が親の袋から顔を出して説明しているみたいな。

 凄く恥ずかしい。


(プッ……)


 あっ、今笑った。

 背中越しでも解る。

 もう早く行こう。


「ガレアッ!

 とっとと出発してっ!

 行き先は僕が指示する……

 全方位(オールレンジ)


 宙づりの僕から広がる緑のワイヤーフレーム。

 同時に飛び上がるガレア。


 えっと……

 どこにしよう。

 僕は空を飛びながら全方位(オールレンジ)内を探す。


「……なん……だ……

 これ……」


 眼下に映る景色に絶句する。

 鶴見川が何倍にも大きくなっている。

 そして鶴見区が水浸しだ。


 いや、水浸し所の騒ぎじゃない。

 河口部分は水没している。

 人の反応が少なくなっている。


 やはり付け焼刃の堤防じゃ津波を全て防げなかった。

 僕は津波警報で告げられた場所を防いだだけだ。


 大量の車が増水、氾濫した川の水により流されている。

 東北大震災で見た光景。


 ブルッ


 身体が恐怖で震える。


 駄目だ駄目だ。

 僕が恐怖に縛られてはいけない。

 僕が今為すべき事はガレアの背に乗っている人達を安全な所へ運ぶ事だ。


 早く。

 早く避難所を。


 あった。

 人が密集している所。

 川からも離れている。

 地面にも何人かいるから津波の被害は無いんだろう。


「ガレアッッ!

 こっちの方角に飛んでくれっ」


【おう】


 僕の指し示す方向へ飛ぶガレア。

 避難所へ到着。

 この辺りは水で濡れてない。

 津波の被害は届いていない様だ。

 何処かの中学校だろうか。


 バサァッ!


 ガレアが降下。


 ドスッ


 校門付近に着陸。


「ガレア、降ろして」


【へいよう】


 ストッ


 僕も無事着地。


「皆さん、到着しました」


(はい)


 ガレアの背から降りるOL達。


 ワーワー


 ガヤガヤ


 校庭は騒がしい。

 みんな津波の襲来に戸惑っている様だ。


(ここどこかしら……

 まずそこから確認しないと……)


「では皆さん、僕は他の人も連れて来ます」


(はい、お願いします)


 僕は再びガレアの背に飛び乗る。

 もう一度空へ。


「ガレア、さっきの所に戻って」


【おう】


 ビュンッッ!


 ガレアがもう一度屋上へ向かう。

 目的地が解っているせいか一瞬で到着。


「皆さん、お待たせしました。

 早く竜の背中に乗って下さい」


(すまないな)


 続いて男性。

 男性の場合は身体が大きいから詰めても四人が限度。

 僕はまたガレアに襟首を掴まれる。


「ガレア、出発して」


【おう】


 ガレアは避難所へ向かう。

 このやりとりを三往復。

 ようやくビルに取り残された人々の避難完了。


 これからどうしよう。

 僕は少し考える。

 出した結論はお爺ちゃんに指示を仰ぐ事。

 ガレアの背に乗る僕。


 バサァッ!


 無言で翼をはためかせるガレア。

 空へ舞い上がる。


全方位(オールレンジ)


 全方位(オールレンジ)内からお爺ちゃんを探す。


 居た。


 あれ?

 竜河岸の人達は横浜中に散っている。

 主に湾岸部や川岸部。


 お爺ちゃんは西区。

 ランドマークタワー辺りに居る。

 みんな救助をしているんだ。


「ガレア、こっちに行って」


【へいよう】


 ギュンッ!


 僕はガレアと共に西区へ向かう。

 すぐに到着。

 地面はもう泥が混じって溢れた海水が浸している。


 そこで見た光景。


 お爺ちゃんが浮いている。

 黒の王と一緒に浮いている。

 高層ビルの中腹辺り。


 物凄く異様な光景。

 多分浮いているのはお爺ちゃんのスキル、(じん)だろう。

 何をしようとしているんだ。


 何か手で指示している。

 ジェスチャー的に離れろと言っている様な感じ。

 あっお爺ちゃんが右拳を引いた。


 そして……

 思い切り窓を殴りつけた。


 遠目だから良く分らない。


「お爺ちゃん」


 ようやくお爺ちゃんの傍まで到着。


「竜司っっ!?

 無事かっ!?」


 ビュオオオッッッ!


 高層の猛風により、お爺ちゃんが割った窓から空気が流れ込む音がする。


「うん……

 僕は大丈夫……

 凄い事になったね……」


「あぁ……

 だが被害は東北程では無いらしい……

 竜司……

 貴様か……?

 大量のテトラポットを設置したのは……」


 何で知ってるんだろう。


「う……

 うん……

 でも付け焼刃だったよ……

 僕が作った堤防は崩れちゃった……」


「何を言うか……

 崩れたとは言え、消波の役割は充分に果たしておる。

 あのテトラポットが無ければもっと街は水に呑まれておったじゃろうて…………!!?」


 と、僕を二度見するお爺ちゃん。


「この飛びぬけて異質な超高濃密度の魔力…………

 竜司……

 貴様…………

 何をした……」


「そ……

 その話は後で……

 今は救助を急がないと」


「おおそうじゃった。

 皆さんっ!

 今から救助を行うっ!

 風が強いので転んで怪我をせぬようになっ!」


(は……

 はい……)


逆枷(さかかせ)……」


 お爺ちゃんがスキル発動。

 中を覗くと人間が十数人宙に浮いている。

 これは斥力を操るスキルだ。


(しょう)……」


 更にスキルを重ねるお爺ちゃん。

 これはピンポイントで重力を任意の方向に発生させるスキル。

 次々人が窓から出て来る。


 ゆっくりと。

 僕と戦った時はこんなに精密で丁寧な操作が出来るとは思って無かった。


「さて、儂はこの人達を避難所へ運ぶ」


「僕はガレアで中の人を運ぶよ」


「わかった。

 ワシは西区の避難所へ向かう。

 場所は解るか?」


全方位(オールレンジ)で追跡するから大丈夫」


「わかった。

 では先に行く。

 皆さん、このまま避難所まで運びますので暴れないで大人しくしておいて下され」


(う……

 浮いてる……

 は……

 はい……)


 音も無くゆっくりと進み出す人の群れ。

 多分スピードはかなり気を使ってるんだろう。


「ガレア、中に入れる?」


【ちょっとちいせえなあ】


「わかった。

 じゃあもうちょっと窓まで近づいて……

 中の人達っ!

 少し窓から離れて下さいっ!」


 中の人が後ろに下がったのを確認。

 そして右拳に魔力集中。


 颱拳(たいけん)を使うと階ごと吹き飛んでしまう。

 だからごくごく少量。

 ほんの少しだけ魔力を右拳に集中。


「フッッ!」


 ドゴォォォォォォォォンッッッ!


 大きな衝撃音。

 窓が吹き飛ぶ。

 発動(アクティベート)も使う必要は無い。

 ぽっかりと更に穴が大きくなった。


「これぐらいでどう?

 ガレア」


【おう、こんだけ空いてたら大丈夫だぞ】


 バサァッ


 翼をはためかせ、内部へ侵入する僕ら。


 ドズッ


 ガレア着陸。

 周りの人達は驚き近づいて来ない。


「さあ、この竜の背に跨って下さい。

 順に避難所へ連れて行きます」


(は……

 はい……)


 おずおずと一人、また一人と順番に跨って行く。

 この会社は女性優先とかそう言うのは無いみたい。

 男女混合で五人積載。


「ガレア、行くよ。

 また僕を持って」


【へいよう】


 ヒョイッ


 僕を持ち上げるガレア。

 そのまま外へ飛び出す。


「ガレア、こっちだよ」


【おう】


 僕は全方位(オールレンジ)で確認したお爺ちゃんの反応がある場所に向かう。

 距離的に西区の避難所だろう。

 人もたくさん集まっている。


 津波の被害も無い様だ。

 本当に近い距離だったので一瞬で到着。


 スタッ


 地面に降りる。


「皆さん着きました」


(は……

 はい……

 ありがとうございました……)


 降りた後、もう一度全方位(オールレンジ)でお爺ちゃんの場所を確認。


 居た。


 何かテントの下に居る様だ。

 ほんの少し揉めている様子。

 何となく雰囲気的に下に入りづらいので、外から中の声に聞き耳を立てる僕。


「……だからワシは救助しただけだと言っておろうが」


(化物なんかに助けて貰わなくても良いって言ってるんですよっっ!

 救助は我々だけで行うっっ!!)


「水没している場所もあるのにどうやって助ける気じゃ」


(そっ……

 それはボートとか使って……)


「ほう……

 貴様は船舶免許でも持っておるのか?

 まだ流れも激しく乱れておる。

 専門の者でも無い限り船を出すなど到底出来んじゃろうて」


(でっ……

 でもっ……

 お前みたいな気持ち悪い奴に助けて貰うなんて……)


「貴様の気持ち良さなぞ知った事では無いわい。

 どうして横浜の連中はこう言う奴が多いんじゃ。

 こうして言い争いをしている間にも命が消えるやも知れん緊急事態だと言うのに……」


(ねえ……

 もう良いじゃない……

 この人の協力を仰ぎましょうよ……)


(グッ……

 でっ……

 でもっ……)


 どうやら拒否してる人は竜に対するネガティブな意識が強いらしい。


(この人が言ってる事ももっともよ……

 無礼な態度で申し訳ありません……

 どうか救助の方宜しくお願いします……)


 フォローを入れた人がぺこりとお辞儀。


「フム……

 中には冷静な者も居る様だ……

 ワシはこれからみなとみらい付近に取り残された人々を救助に向かう」


(はい……

 よろしくお願いします)


「あなた方は医療品などの確保をしておいてくれんか。

 多分百人単位で運び込まれる可能性もあるからの」


(はい、わかりました)


 話を終えたお爺ちゃんがテントから出て来る。


「ん?

 竜司か。

 ご苦労。

 色々話を聞きたい所じゃが、今は緊急事態。

 救助に向かうぞ」


「うん」


 お爺ちゃんと一緒にみなとみらいの救助に向かう事にした僕ら。

 お爺ちゃんは迅で。

 僕はガレアの背に乗って目的地へ向かう。


「竜司、止まれ」


 お爺ちゃんからの指示。


「ガレア、止まって」


 僕らとお爺ちゃんは空中に制止。

 ガレアは解るが、お爺ちゃんは何かヘン。

 八十の老人がが空中で静止している絵は何か凄い違和感。


 場所は高速道路を潜ってすぐの辺り。

 さっき救助した高層ビルの近くだ。

 この辺りも濁流の浸水が酷い。


「竜司、全方位(オールレンジ)を頼む。

 わしに救助者の位置を教えてくれ」


「うん、全方位(オールレンジ)


 僕はすぐに全方位(オールレンジ)を展開させ、救助対象の位置を確認。


「うわ……

 かなり居るよ……

 お爺ちゃん」


 確かみなとみらいって横浜のオフィス街だったっけ。

 なら人が多いのも納得できる。

 だけど、人が全く居ないビルもある。

 地震が起きたから自宅待機にでもなったのかな?


「フム……

 地震直後でも働いておるのか……

 日本人と言うのは勤勉じゃのう……」


「お爺ちゃんはさっきの所の救助をお願い。

 僕は別の所の救助に向かうよ」


「わかった……

 フフ……

 立派になったものじゃな竜司よ……

 わしに救助の指示を出すとはな……」


 またお爺ちゃんが孫バカを発揮。

 少し赤面する。


「や……

 やめてよ……

 何か恥ずかしい……」


「まあ良い。

 救助が完了したら携帯を鳴らす。

 そしたらさっきの避難所で一時合流じゃ。

 そしてまたわしに救助者が居る所を教えてくれい」


「うん、わかった」


 早速行動開始。

 僕とお爺ちゃんは別れる。

 お爺ちゃんはさっきの救助の続きを。

 僕は新しい場所へ。


「ガレア、こっちに飛んで」


【おう】


 ギュンッッ!


 ガレア発進。

 すぐに到着。


「ガレア……

 もうちょっと上昇して……」


【おう】


 ガレアゆっくり上昇。

 人が集まっている階まで座標を合わせる。


「うん……

 高さはOK……

 もう少し窓に寄って……」


 ガレアが窓に寄る。

 よし位置はこれで良い。

 中の人達が僕らに気付き、窓に寄って来る。


 僕はさっきお爺ちゃんがやっていた様にジェスチャーで窓から離れる様に指示を送る。

 中の人達も窓から離れる。


 僕は極々少量の魔力を右拳に集中。

 右拳を引く。


「フッッッ!」


 僕は身体に溜めた力を吐き出す様に短い息を吐き、右拳を真っすぐ真一文字に繰り出す。


 ドコォォォォォォンッッッ!


 大きな衝撃音。

 窓が大きく砕け散る。


 本当に絶招経の威力は凄いんだ。

 気を使って使わないと被害が甚大になってしまう。


「ガレア、これで入れる?」


【全然余裕】


 ガレアは中に侵入。


 ドスッ


 床に着地。


 ビュォォォォォォッッ!


 大きく空いた穴から猛風が吹き込む。


「皆さんっ!

 風が落ち着くまで身を低くして動かないでっ!」


 やがてか風が治まる。


「さぁ、大丈夫です。

 順番に竜の背中に乗って下さい。

 避難所までお連れします」


(あ……

 あぁ……)


 恐る恐るガレアに近づき、一人ずつ背に跨って行く。


 と、そこへ……


(リ……

 リュージ…………)


 ガレアの背で位置を微調整していた所に背中から微かに声が聞こえる。

 振り向いた瞬間



 バキィッッ!



 何かが頭部左側に当たった。

 見ると、憤怒の表情で木製モップを振り下ろした男性社員が立っていた。


(フーッ……

 フーッ……)


 吐く息は荒く、猛々しい。

 僕の方は全く平気。

 絶招経の効果だろうか。


 魔力注入(インジェクト)を使っていなくても防御力は格段に上がっているらしい。

 逆にモップの方がへし折れてしまっている。

 僕はその人を見つめ、無言。


(お前がぁっ!!

 お前がチカをォォッッ!

 チカをォォォォッッ!)


 バキィッ!

 ベキィッ!

 ボキィッ!


 折れていても関係無い。

 目に怒りをたぎらせ、僕の身体を殴る。

 殴る。

 殴る。


 音こそ激しいが僕の身体は傷一つ負っていない。

 この人はおそらくドラゴンエラーの被害者だ。

 本来ならば魔力注入(インジェクト)を解除して、この人の気持ちを受け取らないといけないんだけど、今は絶招経を発動してしまっている。

 申し訳ない気持ちが心中に溢れる。


(ハァッ……

 ハァッ……)


 周りの人は声も出さず、モップを持って息の荒い男性を凝視。


(ヨ…………

 ヨネムラくん……

 一体どうしたんだ……)


 恰幅の良い男性がようやく声をかける。


(課長ッッ!

 こいつはぁっ!

 ドラゴンエラーを起こした悪魔なんですよぉっっ!!)


(ほ……

 本当か……?)


(ええっっ!

 こいつがそう言ってましたァッッ!

 放送で見たんですッッ!

 こいつが……

 こいつがァァッ!

 チカをッッ!

 チカをぉォッッ!)


 この人も近くの人をドラゴンエラーで亡くしたのか。


 誰もが根津さんの様じゃない。

 解っていた事だ。


 でも辛い。

 心が痛い。

 こんな人に何が出来ると言うのか。

 だけど、僕が取る行動は一つしか無かった。


 両膝を床に付ける。

 両手も床に付け、ゆっくり。

 ゆっくりと噛み締めながら額も床に擦り付ける。


「本当にすいませんでした…………」


 ただ一言謝罪。

 他には何も言葉を付けなかった。

 何を言っても言い訳にしかならないから。


 ガシャァァッッ!


 後頭部に何か衝撃が奔る。

 モップとは違う。

 大きな物だ。


 が、全然痛くない。

 ちらりと横に目をやると転がっている鉄製のオフィスチェアが見える。

 上から椅子を叩きつけたんだろう。


(謝って赦されると思っているのかぁぁぁっっ!!)


 グイィィッッ!


 僕の胸座を掴み、強引に立たせる。

 僕はブランと為されるがまま。

 そんな僕に怒りの右拳を振り上げようとする。


(お……

 落ち着きたまえ、ヨネムラくん……)


 恰幅の良い男性が制止に入る。


(課長ッッ!

 邪魔しないで下さいィッッ!)


 だが、憤りは治まらない男性。


(仮に君の言ってる事が本当だとして、この緊急事態にする事かと言っているんだ。

 君の妹が殺された憤りは私にはわからん。

 だが、救助に来てくれた彼を殴りつける事で我々が助かる訳でも無いだろう)


(こんな悪魔の言ってる事を信用するんですかぁぁっっ!!?

 我々を騙して殺す気ですよォぉっっ!)


(私には彼がわざわざ緊急事態に初対面の我々を殺すメリットがわからんのだが……

 仮に彼が殺人鬼だとしたら声をかけず、殺しにかかると思うのだが?)


(ぐっ……

 そっ……

 それはっ……)


(とりあえず話は救助されてからにしないか?)


(僕は嫌ですッッ!

 こんな化物の背中になんて乗りたくないッッ!)


(わかった……

 君、時間を取らせて悪かったね。

 避難所に連れて行ってくれないか?)


「…………すいません……

 お気遣い感謝します……」


 ゆっくりとお辞儀。

 僕は最初に乗った人達を避難所まで送り、再び戻って来る。


「皆さん、お待たせしました。

 どんどん乗って下さい」


(ヒッ……!

 嫌っ……)


 嫌がる女性が何人か。

 さっきの男性もずっと僕の事を睨みつけている。

 痛い。

 視線が痛い。


 こうして救助に応じてくれる人達は全員避難所に運べた。

 残るは男女合わせて八人。

 全員横浜在住なのだろう。


 どうしようか。

 救助を拒否しているのに僕は戻って来た。

 僕が考えた方法は……


「ガレア……

 亜空間をお願い……」


【おう】


 ガレアの側に亜空間の穴が現れる。

 中に手を突っ込み、取り出したのはミネラルウォーターの大型ペットボトルが詰め込まれた段ボール数箱。

 そして保存食が詰め込まれた段ボール数箱。


「皆さん……

 救助を拒否すると言うのならそれでも構いません……

 一般人の救助を待っていて下さい……

 これは当座の食糧です……

 自衛隊には僕から伝えておきますので……」


(そんなもの食えるかァッッ!

 どうせ毒でも入れてるんだろうッッ!)


(ねえ……

 このペットボトル……

 栓、空いてないわよ……

 こんなの毒の入れようが無いんじゃ……)


 ペキッ


 ペットボトルの栓を空ける女性。

 マグカップに注ぐ。


 ゴクッッ


(うん……

 美味しい……

 普通の水よ……)


「毒なんて入れてませんよ……」


(ホントに……?

 ゴクッ……

 うん……

 普通の水だわこれ)


 ここで少し事態が変化する。


(ねえ……

 私……

 竜の背中に載せてくれない?)


 最初に水を飲んだ女性が救助に応じたのだ。


(あ、私もお願いしようかな?)


「あ、はい。

 別に構いませんが……

 どうしてですか?」


(だって貴方の態度見てたらとてもドラゴンエラーの犯人とは思えないもの。

 この二年で私、偏見を持っていたのかも。

 竜が恐ろしい生き物。

 竜河岸が恐ろしい人種。

 そんな風にずっと思っていたわ)


(私もそうかも……

 確かに竜河岸って物凄い化物みたいな力を持ってるけど……

 貴方はむやみに暴力振るったりしなさそうだもんね)


 この二人は解ってくれた。


「……………………ありがとうございますぅっ…………!」


 僕は二人に向かって深くお辞儀。

 多大な感謝を込めたお辞儀。


 たかが二人。

 されど二人。

 僕の行った事は間違って無かったんだ。

 この竜に恐怖を抱いていた二人の態度が示している。


 僕の目の前が開けた気がした。

 この二人の何気ない態度の変化に僕は救われた気がした。


 正直集団私刑(リンチ)を受けただけでは僕は赦された気が全くしなかったんだ。

 何か暗にこんなに酷い目に遭ったんだから赦してくれよと言ってる様な。

 モヤモヤしている中で起きた横浜大震災。


 でも避難所で出会った根津さん。

 そして目の前の二人。

 気持ちの枷が取れた気がした。

 

 僕らは避難所へ向かう。


(ありがとーっ!

 リュージくーんっ!

 救助頑張ってねーっ!)


 地上に降ろしたOLさんが下で手を振ってくれてる。

 凄く嬉しい。

 僕は笑顔で手を振る。


 さあ、ここからは気を引き締めないと。

 僕は再びみなとみらいを目指す。


 次の高層ビルでは比較的作業はスムーズに行った。

 そこのビルは全員東京在住の人達だったのだろう。

 二つ目の救助を終えた段階で


 プルルル


 僕の携帯が鳴る。

 お爺ちゃんからだ。


「もしもし」


「おう竜司か。

 待たせたのう。

 ようやく救助を終えたわい。

 今貴様は何処じゃ?」


「今三つ目の救助に向かう所だよ」


「ほう、それは好都合。

 一度避難所に戻って来てくれんか」


「うん、わかった…………

 ガレア、ごめん。

 一度さっきの場所に戻って」


【何だ?

 忘れ物か?】


 ガレアはUターンして避難所に戻る。

 お爺ちゃんと合流し、救助活動を続ける僕ら。

 みなとみらいの作業が終わる頃には夕方に差しかかっていた。


「よし、竜司。

 一度避難所へ戻るか」


「うん」


(じん)……」


 フワッ


 お爺ちゃんが浮かび上がる。

 僕もガレアの背に乗り、空へ舞い上がる。

 一路、南区の避難所へ。


 避難所には更に人が増えていてた。

 みんな物資を運んだり、忙しそうだ。

 踊七さんが脇で飲料水を生成している。


「おう、竜司。

 無事やったか?」


 (げん)も戻って来ている。


「うん、僕は大丈夫だよ」


「…………竜司……

 お前何かヘンやないか?」


 (げん)も僕の身体の異変に気付いた様だ。


 ぐう


 僕のお腹が鳴る。

 お昼も食べずに作業をしていたから当然。


「げ……

 (げん)……

 詳しい話の前に何か食べさせて」


「プッ……

 竜司ハラ減っとんのかい。

 確かに何や身体の魔力がヘンやけどワレはいつもの竜司やな……

 蓮のトコ行ってこいや。

 避難民増えたから炊き出し、また配っとるわ」


「うん」


 僕は炊き出しが行われているテントへ向かう。

 そこは長蛇の列が出来ていて、一人ずつ食べ物を受け取っている。


 僕も列に並ぶ。

 最後尾だ。


 さすが蓮。

 手際が良い。

 どんどん配って行く。


 一人、また一人と食べ物を受け取り、列から離れて行く。

 ようやく僕の番だ。


「あ……

 り……

 竜司……」


 何か僕を見て、バツが悪そうな顔をしている蓮。


「蓮?

 どうしたの?」


「あの……

 その……

 ゴメン……

 ちょうどさっきの人で炊き出し無くなっちゃった……」


 何て漫画的な展開。


「マジで……?」


「うん……

 マジで……

 ゴメン……

 どうする……?

 とりあえず様子を見てからまた作り出すんだけど……」


 ぐう


 再び腹の虫が鳴る。


「お腹空いてる様ね……

 じゃあこれで…………」


 コト


 置かれたのはカップヌードルカレー味。

 いや、好きだけどもよ。

 好きだけどもよ。

 何か寂しい。


「うん……

 ありがと……」


「お湯……

 沸いたら知らせるわ……

 竜司、ホントにゴメン……」


 寂しくカップヌードルを抱えた僕は戻って来る。


「何や竜司、炊き出し無かったんか?」


「うん……

 僕の前で終わっちゃって……」


「ハハッ

 マンガみたいやのう」


「竜司ー

 お湯沸いたよーっ!」


 やがて蓮から声がかかる。

 テントに向かい、お湯を注ぐ。

 箸とカップヌードルを持って戻って来る。


 ズルズルズルーっ!


 三分待って、カップヌードルを啜り出す僕。

 何か凄く美味しい。

 お腹が空いていたからだろうか。

 いつもの一.五倍ぐらい美味しい。


「竜司……

 戻ったか……」


「あ、へんぱい(先輩)……

 モグモグ……」


 水の生成を完了した踊七さんも合流。


「竜司……

 話してもらうぞ……

 貴様何をした……」


 後ろにお爺ちゃんも立っていた。


 モグモ……


 それを聞いた僕の咀嚼が止まる。


「うん……

 あの……

 僕……

 絶招経……

 使っちゃったんだ……」


 少し静寂。

 お爺ちゃんは呆けた顔で僕を見つめる。


「竜司ィィィィッッッ!

 貴様ァァァァッッッ!

 静岡で言った事を忘れたのかぁぁぁぁぁッッ!!?」


 ビリビリビリビリ


 お爺ちゃんの怒号が周りに響く。


(な……

 何だこのデケェ声は……)


 周りの人も驚いて、こちらを振り向く。


「し……

 しょうがなかったんだ……

 津波を防ぐ為には……」


「だから何度も言っておろうがァァァァッッ!

 救助を行うものが身体を壊しては本末転倒じゃとォォォォォォッッ!!」


 まだ興奮が治まらないお爺ちゃん。


「ま……

 まあまあ竜司のじーちゃんよ。

 とりあえず落ち着けや。

 見た所普段の竜司と変わらん見たいやしな。

 ほんで竜司のじーちゃんが言うには何や歪みが出る言うてたやんか?

 ワレ何か身体イワしとんか?」


「うん……

 これはあくまでも仮説なんだけど……

 絶招経を使った弊害って言うのは多分…………

 感情が無くなる…………

 僕は今怒れなくなっているんだ……」


 それを聞いた(げん)が絶句している。


「マジか……

 お前……

 シャレにならんで……

 それ……

 何の感情が無くなったか解んのか?」


 僕はゆっくり首を横に振る。


「…………これはあくまでも仮説だから……

 怒れなくなってる事に気付いたのも最近だし……」


「多分怒りって感情が目立ったから気づいたんやろうけど……

 ワレあんま顔出さん感情やったらどないすんねん?」


「わからない……

 怒りが無くなったって言うのも考えた上での仮説だし……」


「笑い事っちゃねぇ……

 竜司……

 絶招経について詳しく教えてくれ……」


「あぁ(そよぎ)くん、それについてはわしから説明しよう」


 お爺ちゃんは僕らにしてくれた絶招経の概要について話す。


「なるほどな……

 俺との戦いで使わなかったのはそれが理由か……

 多分絶招経の本質は体内に取り込んだ大量の魔力を保持(レテンション)で圧縮をかけ続ける事で魔力の濃度を上げる……

 そして最終的には魔力の質を上げると言った所だろうな……

 オイ竜司……」


「…………はい……」


「お前これ使うのもう止めろ。

 人間として生きていたいんならな」


 そんな事は言われなくても解っている。

 僕も使いたくて使ったんじゃないんだ。

 理由はそれしか無かったからだ。

 もし使わなかったら僕は横浜の途中で力尽きていただろう。


「は……

 はい……」


「踊さんの言う通りやで竜司。

 いくら強なるいうても人間やめてまで求めとったらそら薬物中毒者(ジャンキー)と変わらんで。

 そんなんワイでも嫌やわ」


「うん……

 ごめん……」


「とりあえず感情に関しては置いておくしかあるまい……

 本当に無茶ばかりしおってからに……」


「うん……

 ごめんなさい……」


「まあとりあえず休んどけや竜司。

 みんなから聞いたで。

 千葉と中区の方に大量のテトラポットがあるゆうてな。

 ワレの仕業やろ?

 確かさっきの星占いで言うてたもんな。

 ラッキーアイテムはテトラポット言うて」


「うん……」


「多分魔力消費も激しいやろ。

 今めっちゃ怠いんちゃうか?」


「いや……

 別に……

 全然……」


「ハッハッハ。

 冗談キツいで竜司君。

 無から有を創るっちゅうんがどんだけ魔力消費するかワイが知らん思ってんのか。

 百や二百や効かん数のテトラポットこさえたんやで?

 んなもん身体に影響あるに決まっとるやろ。

 頑張りたいっちゅう竜司君の気持ちは解らんでも……」


 あ、そうか(げん)は絶招経の仕組みを知らない。

 絶招経は体内に在る太陽みたいな魔力塊を使い切らない限り消えないんだ。

 しかも発動している間は身体に影響はない。

 つくづくチートだよな絶招経って。

 感情を糧にするぐらいだから当然か。


「いや……

 ホントに平気なんだ……」


 そう言いながら僕は絶招経の概要を説明した。


「何じゃそら……

 反則やろ……

 ほんじゃあ今は絶招経発動しとるっちゅう事か?」


「うん」


「竜司、いっぺんワイと手合わせせえへんか?」


 ここでバトルマニアの血が騒いだのか、(げん)からの申し出。

 正直受けたくは無かった。

 本当に絶招経は危ないんだ。


「いいよいいよ。

 こんな避難所で止めとこうよ……」


「えーそんな事言うなや。

 頼むっ!

 この通りっ!」


 パンッ


 勢いよく両手を合わせて拝む(げん)


 でも僕は頑として応じなかった。

 やれば(げん)を怪我させてしまう可能性がある。

 (げん)は明日からも救助を手伝って貰う大切な人材。

 そして何より化け物じみたあの力を公衆に晒す事が嫌だったんだ。


「ちぇー

 ケチーーッッ!」


 とりあえず渋々納得してもらった。

 にしてもケチて。


「あっ!

 少年君!」


 と、ここで元気で可愛らしい声が背中から聞こえる。

 聞いた事のある声だ。


 振り向くと見た事のあるクリーム色のシュートボブカットが目に入る。

 大きな瞳をウインクさせ、可愛く敬礼しているその人は久我真緒里(こがまおり)さんだ。


「あ、久我(こが)さん」


「おい竜司、このねーちゃん誰や」


 そう言えば(げん)は見た事無いのかも。

 あったとしても今、普段着だから気づかないのかな?


「あぁ、この人は久我真緒里(こがまおり)医官だよ。

 ホラ……

 静岡の……」


「少年君ッッ!

 ()医官だよっ!

 もう自衛隊じゃないからねっ!」


「あれ?

 そうなんですか?」


「そりゃボクらは国に反逆しようとしたからねっ

 見事に懲戒免職喰らったって訳さ。

 早い話がクビだよっ」


 笑顔でエライ事をサラッと言う真緒里(まおり)さん。


「そ……

 そもそも何で呼炎灼(こえんしゃく)の一味に加わったんですか?」


「ん?

 だってそれがボクの仕事だもんっ」


 真緒里さんがあっけらかんと言う。


「まー内容聞きながら“あれ、これもしかしてやったらいかんやつじゃ……”とか思ってたけどねっ

 自衛隊は昔から縦社会だから、上の言う事には逆らえないのさっ」


 いや、でももっと上に密告するとかやり様はあった気が……

 呼炎灼(こえんしゃく)は確か政治家も手を出せないぐらい強い権力持ってるとか言ってたな。

 そこら辺の関係かな?


「今は刑務所ですか?」


「うんにゃ、まだ刑が確定してないから拘置所暮らしだよっ

 まいったねーっ

 嫁入り前の娘が傷物だよーっ

 ヨヨヨ」


 自業自得だと思うが。


「そ……

 それは災難でしたね……」


 災難って言うのもおかしな感じがするけど、僕は言葉が浮かばなかったんだ。


「それでそこのお爺ちゃんに司法取引を持ち掛けられて応じたって訳さっ!」


 司法取引なんて映画でしか聞いた事無いや。


「そ……

 そうですか……」


「ご苦労じゃったの久我さん。

 明日から本格的に復旧作業に加わってもらう。

 時空翻転タイム・アフター・タイムと言ったか……

 期待している」


「アイアイサーッ!」


 元気に敬礼する真緒里さん。

 こうして夜は更けていった。


 次の日


 僕は目覚める。

 物凄く高い天井が目に映る。

 あぁ、そうだここは体育館だ。

 ゆっくり身体を起こす。


 パキパキ


 やはり地べた同然なだけに起きると身体が鳴る。


【ぽへー……

 ぽへー……】


 ガレアが隣で寝ている。

 相変わらず面白いイビキだ。


「ほら……

 ガレア……

 起きて……

 朝だよ……」


 僕がガレアを揺り動かす。

 が、起きない。

 ガレアが起きないなんて珍しい。


【ぽへー……

 ぽへー……】


 いくら揺り動かしても起きない。

 全然起きないガレア。


 考えてみればそうか。

 昨日は津波が到達したせいでガレアの魔力をかなり使った。

 起きなくても無理は無いのかも知れない。

 もう少し寝かせといてやろう。


 僕は体育館を出ようとする。


(おっ

 竜河岸さん、おはようっ!)


 すれ違った避難民が声をかけて来た。


「お……

 おはようございます……」


 突然の事に戸惑ってしまう。


(聞いたぜ……

 アンタが昨日の津波を必死で止めようとしてくれてたってな……

 ありがとうよ……)


「あ……

 いえいえっ!」


(俺は誤解してたよ……

 竜河岸って俺ら一般人を見下してる連中ばかりだと思ってたからな……

 アンタみたいな良い人も居るんだな……)


「いえ……

 僕なんて……

 それよりも中に僕の竜が寝てるんですが、もう少しそっとしておいて頂けると有難いです。

 彼も僕と一緒に津波を止めてくれてたので……」


(そうかいっ!

 お安い御用さ)


「ありがとうございます」


 外へ出ると蓮やルンル、(げん)とベノム。

 踊七さんとナナオ。

 お爺ちゃんや左京さんと竜河岸救助隊の面々。

 全員来ていた。


 ガヤガヤと忙しなく動いている。

 準備でもしているのだろうか。


「遅いぞ。

 竜司」


 開口一番、お爺ちゃんに窘められる。


「ご……

 ごめんなさい……」


「スメちゃん、津波を防いだ英雄に対してその態度は無いダニィ。

 竜司君、ちょーっとぐらい寝坊しても構わないダニ」


 左京さんからフォロー。


「止めて下さいよ……

 英雄だなんて……

 そんなつもりやったんじゃないですし……」


「それはそうと竜司、貴様の竜はどうしたんじゃ?」


「ガレアはまだ寝てるよ。

 疲れてたみたいで」


「フム……

 と言う事はまだ魔力が全快しとらんのか……

 絶招経……

 恐ろしいのう……

 わかった。

 ワシらは六つに分けてそれぞれ各地の救助に向かう」


「うん、わかった。

 お爺ちゃんは何処に行くの?」


「ワシは鶴見区じゃ。

 久遠寺と久我(こが)さんを連れてな。

 全く……

 予定じゃったら今日にでも東京への道は修復できるはずじゃったのに……

 全く自然の驚異とは恐ろしいわい」


 ここである閃き。


「お爺ちゃん、僕なら浸水被害スムーズに片付けれるよ……

 多分。

 僕も鶴見区に行こうか?」


 一昨日液状化現象を修復させたのと同じ要領でいけるかもと考えたんだ。


「そうか、そうしてくれると有難い」


「うん」


 僕は鶴見区へ向かう事になった。

 左京さんはお爺ちゃんと別班らしい。


 僕は右拳を握ってみる。


 ビュォォッッ!


 右拳から魔力風が噴き出る。

 うん、まだ絶招経は発動中の様だ。

 これも呼炎灼(こえんしゃく)戦で経験済。


 僕は朝食を摂る為に炊き出しの列に並ぶ。

 僕の番。


「あ、竜司おはよ」


「おはよう蓮。

 朝早くからご苦労様だね」


「そんな……

 竜司こそ……

 昨日凄かったらしいじゃない……」


 それで蓮の言葉は止まる。

 どうやら蓮は詳しく聞いてないらしい。


「タハハ……

 あ、今日の炊き出しは何?」


 僕ははぐらかした。

 詳しく説明して無用な心配はかけまいとしたんだ。


「あ、今日は味噌焼きおにぎりと味噌汁よ」


 そう言って、おにぎり二つと椀を渡される。


「美味しそう。

 有難く頂くよ」


「では竜司、ワシらは先に行っとるからの」


 戻って来ると次元孔ディメンション・クレーターの穴に入ろうとしている竜河岸救助隊。

 先頭のお爺ちゃんから声がかかる。


「うん、行ってらっしゃい。

 鶴見区だよね。

 僕も後から行くよ」


「相変わらずスメちゃんはエラそうダニィ」


「先に行ってるぞ竜司」


「ほんじゃあ行って来るわ」


「さぁー

 お仕事お仕事ーっ!」


 みんな穴に消えて行く。

 やがて消える次元孔ディメンション・クレーターの穴。


 僕はゆっくり朝食を食べる。

 うん、この焼きおにぎり美味しいなあ。

 時間をかけて朝食を頂いた。


 さて、そろそろガレアも起きたかな?

 僕は体育館に向かう。


【ぽへー……

 ぽへー……】


 ガレアはまだ寝ている。

 とりあえず揺り動かす。


「ガレア……

 起きて……

 朝だよ……」


【ん……

 むにゃ……

 ふわぁぁぁぁ……

 竜司うす……】


 起き抜け一番大欠伸(おおあくび)をするガレア。

 これも珍しい。


「おはようガレア。

 昨日はお疲れ様」


 とりあえず、ガレアを連れて体育館の外に出る。


「じゃあ、ガレア行こうか」


【ちょっと待てよー

 メシぐらい食わせてくれよー】


「あ、ごめんごめん。

 じゃあ何か貰って来るよ」


 僕は炊き出しのテントに向かい、ガレアの食事を貰って来る。

 竜用は別で設けていたみたいだ。


【おっメシだメシだ……

 うまうま……

 ガツガツ……】


「もうガレアったらゆっくり食べなよ」


 ガレアの食事が終わるまで待つ僕。


【ぷふー……

 食った食った】


 ガレアの食事終了。


「さあ、ガレア行こうか」


【おう】


 僕はガレアの背に飛び乗る。


 バサァッ


 ガレアの大翼が大きくはためく。

 と同時に宙に浮く。


 ギュンッッ!


 かと思ったらすぐさま大空へ。


全方位(オールレンジ)


 ワイヤーフレーム展開。

 鶴見区の場所を確認。


 さあ今日も人達を助けよう。


 僕の心は晴れやかだった。

 ドラゴンエラーの償い方が解ったからだ。

 集団私刑(リンチ)を受けたり、謝罪を続けたりと合っているのかどうかも判らず、闇雲に僕が出来る事していた。

 聞いた人達は誰もが否定。

 合っているとは誰も言ってくれなかった。

 そんな事が言える人は世界中何処にも居ない事は解っている。


 その真っ暗闇を歩く様な感覚だったのが今は晴れやかになっている。

 昨日の根津さんや名も知らない二人のOLのお蔭だ。

 僕のした事は間違って無かったんだ。

 もちろんまだ赦されたとは微塵も考えていない。

 何年、何十年とかかるだろう。

 何度も何度も石を投げられたり、棒で叩かれたりもするだろう。

 だが、僕の足元には道がある。

 僕はただこの道を歩くだけだ。


 ###


「はい、今日はここまで」


「パパ、ふと思ったんだけどさ。

 僕、授業でドラゴンエラーの事習って無いよ。

 何でだろ?」


「それには訳があるんだ。

 おいおい話していくよ」


「へー何だろ?」


「はい、これで第一幕は終了。

 どうだった?

 (たつ)


「うーん……

 何となくパパが晴れやかになっちゃダメな気が……」


「なっ……!?

 何でッ!?」


「だってね……

 ドラゴンエラーで大好きな人を殺された人が聞いたら怒るんじゃないかなって……」


 (たつ)が割と厳しい事を言う。


「そっ……

 そんな事言うけどさ……

 じゃあ(たつ)は僕がずっとドラゴンエラーの罪悪感でウジウジシクシクしてたら良いの……?」


「んー……

 そんなパパ見たくないな……」


「でしょ?」


「うん、じゃあいい」


「さあ、今日も遅い。

 おやすみなさい」

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