第百四十八話 Great earthquake
「やあこんばんは龍」
「あ……
パパ……」
少し元気が無さそう。
無理もない。
この前のラストがラストなんだから。
「龍……?
大丈夫……?」
「うん……」
「さあ……
今日も始めて行くよ……」
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###
僕は気を失った。
僕はどうなったんだろう?
もう死んでしまったのだろうか?
わからない。
もう体の感覚も無い。
やはり無謀だったのか?
何千人の悪意に晒されて生き残ろうだなんて。
ドラゴンエラーで死んだ人達を差し置いて僕だけが幸せになろうだなんて。
僕だけが暮葉と幸せに過ごしたいだなんて。
僕は大罪人。
何十万人も殺した大罪人。
死んで正解だったんだと思う。
………………だけど………………
生きたかった。
死にたくなった。
生きて暮葉と幸せになりたかった。
死にたくない。
死にたくない。
暮葉。
死にたくない。
死にたくない。
死にたくない。
暮葉。
死にたくない。
暮葉。
死にたくない。
暮葉。
死にたくない。
死にたくない死にたくない死にたくない暮葉死にたくない暮葉死にたくない暮葉死にたくない暮葉死にたくない暮葉死にたくない暮葉暮葉暮葉暮葉暮葉ッッッ!
「ガハァッッ!」
鼻腔の奥をガツンとハンマーでぶっ叩かれた感覚。
と、同時に全身から巨大な痛みが痛覚を刺激する。
「竜司ィィッッ!?
大丈夫かァッ!?」
これは踊七さんの声。
返答したいが、全身に奔る痛みで声を出す事が出来ない。
ピクッッ!
微かに指を動かしただけで、全身に痛みが駆け巡る。
スウ
「………………!!!?」
息は出来る。
が、少し息を吸い込んだだけで胸部から大きな鈍痛。
折れた骨が肺に刺さっているんだ。
「竜司っ……
落ち着け。
落ちついて魔力注入だ。
ガレア、構う事は無い。
どんどん魔力を送り込んでやれ」
【おうわかったぞ】
ガレアの声が聞こえる。
と、言う事は傍に居るんだ。
「竜司……
まず胸部からだ……
落ち着いて魔力注入……」
集中
言われるまま胸部に魔力集中。
どんどん呼吸が楽になる。
よし、胸部修復完了。
続いて腹部だ。
腹に魔力集中。
どんどん鈍痛がひいていく。
やがて修復完了。
「グアァッッ!」
「竜司ッッ!!?」
胸部・腹部の修復が完了した途端、四肢から痛烈な痛みが痛覚に伝播。
呻き声を上げる。
落ち着け。
落ち着け僕。
一本一本だ。
一本ずつ修復して行けばいい。
まずは右腕部。
肩から下へ魔力集中。
やがて修復完了。
続いて左腕部。
修復完了。
ようやく身体の修復が完了する。
むくり
ゆっくり身体を起こす僕。
「ここは……?」
「ナナオの亜空間の中だ……
竜司……
お前大丈夫か……?
まだ頭から血が出ているぞ……」
「ええ……
何とか……
かなりヤバかったですが……
何か鼻の奥を強く叩かれた気がして……
それで目覚めました……」
「良かった……」
ツン
何か強烈に匂う。
「く……
臭い……
せ……
先輩……
何か匂いませんか……?」
「ん……
あぁこれだ。
臭いだなんてご挨拶だな。
これはお前を呼び覚ました立役者だぞ」
そう言いながら踊七さんが見せたのはアンモニア水だった。
聞いた事がある。
アンモニアって気付け薬として使われると言う事を。
「そんなの持ってたんですね先輩」
「バーカ、普段からこんなモン持ってる訳ねぇだろ。
今日の為に買っといたんだよ。
初めて使ったが上手く効いて一安心だ。
笑い事っちゃねぇ」
僕の為に買ってくれてたのか。
頼りになる人だ踊七さんは。
「それで……
僕はどうなったんですか……?」
「あぁ……
お前がメッタメタに踏みつけられまくってる時にな……
これはヤバいと思ってお前を助け出しに動いたんだよ。
んでお前を担いで飛び上がったら、あいつら大乱闘始めやがった」
「そ……
そうなんですか……」
多分僕に暴行を加えてた人達の気持ちが収まらなかったのだろう。
スペース的な部分から僕に一撃も加えられてない人もたくさんいた。
そンな折、暴行の対象である僕が消えたのだ。
フラストレーションが溜まった人間は些細な事で爆発する。
そして人数が多ければ多い程その暴行の連鎖爆発は肥大する。
「それでとりあえずお前をナナオの亜空間に格納して、少しだけ上から見てたんだ。
もうパニックだよ。
数千人の大乱闘騒ぎだ。
すぐに警察や竜排会が収拾に動いてたっぽいけどな」
「また僕のせいで……」
「こぉーらっ!
また悪い癖出てるぞ。
オメェはよく耐えたよ。
どれだけやられてもお前は手を出さなかった。
それは俺がちゃんと見ていたからよ。
でもマジでこんな事はコレッきりにしろよ。
何度もこんな事やってたら今に死んでしまうぞ。
笑い事っちゃねぇ」
「そ……
そうなんですかね……?」
【なあなあ竜司。
お前何でボッコボコにされてたんだ?】
ガレアからの問い。
「僕を殴ってた人達はね……
ドラゴンエラーの被害者の遺族達なんだよ……」
【どらごんえらー?
何だそりゃ?】
そういえばガレアに話してなかった。
「ドラゴンエラーってね僕が暮……
アルビノの逆鱗に触れた事で起きた事件の事だよ」
【あぁオメェがやらかしたやつな……
竜司お前……
逆鱗に触れるのは駄目だぜ】
「そんなの言われなくても解ってるよ」
【んでオメエが起こしたえらーが何でボッコボコにされる事に繋がんだ?
よくわからん】
「僕を殴っていた人達は家族や恋人を殺された事で怒ってたんだ。
そんな人達に反撃なんて出来ないよ」
【コイビト……?
あぁ何かアステバンでも出てたな。
スキってやつだろ?】
「そうだね。
ガレアも言ってたでしょ。
カンナちゃんが殺されたら、殺した奴を消してやるって。
僕を殴っていた人達は同じ気持ちだったって事だよ」
【ふうん。
まあ殴ってた奴等の気持ちは解ったけどもよ。
何でオメエやりかえさねぇんだ?
殴られたら痛てぇだろ?】
「そりゃ死ぬ程痛かったよ。
でも肉親や恋人を殺された人達の気持ちを考えたらとても拳は出せないよ」
【ん?
何で?】
ガレアキョトン顔。
「それは僕のつ……
僕が悪い事をしたから償わないといけないんだ」
【ツグナワナイト?
ツグナワナイトって何だ?】
またややこしい事を聞いて来るガレア。
「償いって言ってね。
悪い事をした事の埋め合せをする事だよ。
僕はドラゴンエラーと言う悪い事をしたから殴られる事で埋め合せをしたんだよ」
【でもよ。
そのえらーってアレだろ?
アルビノの逆鱗に触れた話だろ?
それって……
えっとあれ何て言ったっけ……?
不義の事故だったっけ?】
物凄く懐かしい単語が出て来た。
たしか僕が旅に出る前にガレアが言ってた言葉。
「不慮の事故?」
【そうそれだそれ。
それってオメェがやりたくてやったんじゃねぇんだろ?
それでもオメェが埋め合せしなきゃいけねぇのか?】
「そ……
それは……」
ガレアがつく核心。
純粋であるが故だろうか。
僕は言い淀んでしまう。
「ハッハ。
ガレアの言う通りだな竜司。
オメェはやりたくてやった訳じゃねぇんだ。
だからそんなにドラゴンエラーの事をしょい込むな」
ポン
踊七さんが僕の肩に優しく手を置く。
と、言うか貴方も僕を殺そうとしていたでは無いか。
いやいや踊七さんは僕を気遣って言ってくれているんだ。
そんな嫌な事は考えちゃいけない。
考えてみればガレアの言ってる事ももっともなんだよな。
じゃあ何で僕がやられるままだったかと言うとやっぱり僕自身の話だ。
僕が自分に何か罰を科さないと許せなかっただけだ。
もちろんこれで赦されたとはとても思ってない。
ここから僕の贖罪が始まったんだ。
「はい……
わかりました」
「とりあえず帰ろうや……」
「はい」
僕らは西宮に帰る事になった。
そう言えば今何時なんだろう?
僕はスマホで時間を確認。
十八時四分
結構な時間だ。
「あ、時間なら気にする事はねぇぞ。
もう眠夢には連絡してるからな」
なるほど。
とりあえず今日は帰ろう。
この時、僕は知らなかった。
明日、僕への集団私刑なんか比べ物にならない程の出来事が起きるとは。
西宮 蘭堂邸
僕らは西宮に帰って来る。
「おかえり~
二人とも~~……
って竜司くん~~っ!?
どうしたの~~っ!?
服ボロボロじゃない~~?」
あ、しまった。
着替えて来るの忘れてた。
見下ろすと上着はビリビリに破れ、血糊が付き、埃塗れになっていた。
「あ……
いえ……
大丈夫です……」
「大丈夫じゃないでしょ~~?
背中も足跡だらけだよ~~~
は~~……」
パタパタ
忙しなく出て行く眠夢さん。
やがて帰って来ると着替えを持っていた。
「ほら~~
これに着替えて~~
踊ちゃんのだけど入るかな~~?」
「あ、ありがとうございます」
僕は渡された衣服に袖を通す。
やはり大きい。
袖を捲り調節する。
「ハッハ。
やっぱり俺の服は大きいな竜司。
オメエ痩せっぽっちのモヤシだからダメなんだよ。
もっとメシ食えメシ」
「は……
はい……
頑張ります」
結果、晩御飯をたらふく食べた僕。
腹がはち切れそうだ。
苦しい。
僕は自室に戻る。
ゴロリと寝転がる。
ふいに僕は……
「全方位」
スキル発動。
寝転んだ僕を中心に広がる緑色のワイヤーフレーム。
「神道巫術」
寝転びながら青白い鳥居を描き、神道巫術を発動させた。
「久久能智……
久久能智……?
居る?」
ボボウ
室内に現れる丁字色の炎。
〖はいな……
おるえ主はん……
んでどないしたんどす?〗
「いや……
何となく。
話し相手が欲しかったのかも」
〖主はん……
ホンマに変わっとるなあ。
そないな理由で精霊呼ぶ奴なんか初めてやで。
ほんでさっきの事もそうやけどな……
身体大丈夫なんか?〗
初めて。
と、言う事は他に呼び出した奴が居るって事だ。
ん………………?
さっきの事?
「身体は大丈夫だけど……
って久久能智見てたのっっ!!?」
〖そらもうバッチリと。
ボッコボコにやられとったなあ。
何であないにやられるままやったんどす?
主はんはヘタレか?〗
【なあなあ竜司、お前最近何か一人で喋ってるな。
気持ちワリィぞ】
ここにガレアが加わる。
ガレアには久久能智の声が聞こえないんだ。
明日にでも修正しておこう。
「あ、ガレア。
今精霊と話してるんだ」
【セイレイ?
何だそりゃ?】
「う~ん……
言ったら神様かな?」
【ん?
カミってあれか?
デカい木の像があった所で言ってた奴か?】
ガレアが言ってるのは奈良の事だろう。
奈良の場合は神様って言うか仏様なんだけどな。
地味に難しい事を聞いて来るガレア。
「う~~ん……
同じと言えば同じなんだけど別って言うか……
木の像の奴とはまた別の神様なんだよ」
【何だそりゃ?
よくわかんね】
〖主はん、何さっきからこまい話しとんどす?〗
更に久久能智が加わる。
「あぁ、久久能智。
今ガレ……
僕の竜に久久能智の事を説明してるんだよ」
〖ふうん。
何や隣にトカゲのバケモンがおるなあ思てたけど、主はんのツレかいな〗
どうやら久久能智は竜を知らないらしい。
にしてもトカゲのバケモンて。
「あ……
話せるように修正かけとくから明日きちんと紹介するよ」
〖はいな。
あ、話が脱線してもた。
ほんで何であないにやられるままやったんどす?〗
「それは……
僕が起こした事件があって……」
〖事件?〗
僕が起こしたドラゴンエラーについて久久能智にかいつまんで説明した。
「…………だから僕は罪を償わないといけないんだよ」
〖ほうか……
んでも主はん、その事件はやりとうてやった訳や無いんやろ?
やったらそないにしょい込む事無いんとちゃう?〗
ガレアと同じ事を言っている。
…………でも
「僕を殴ってた人達は好きな人を失くしたんだ……
僕の起こしたドラゴンエラーのせいで……
そんな人達に拳を向けるなんて出来ないよ……」
〖人間っちゅうんは難儀な生物どすなあ〗
ボボウッッ!
急に灰色の炎が激しく現れる。
磐土だ。
〖ウオオオオオッッ!〗
同時に野太い叫び声が聞こえて来る。
「い……
磐土……
どうしたの……?」
〖ワシャア、ぶち感動しょうるんじゃあっっ!〗
〖磐土……
お前は相変わらずどすなあ〗
〖ウオオオーーンッ!
ウオオオーーンッ!〗
文字通り岩の様な声。
泣いているんだろうか?
磐土の感情を表す様に激しく揺らめく灰色の炎。
「い……
磐土……
どうしたの?」
〖ワシャァ、頭の漢気に感動したんじゃあっっ!
ウオオオーーンッ!〗
「そ……
そう……」
〖主はん、すまんどすなあ。
磐土、昔からこうなんや〗
昔からって産み出したん最近だってば。
〖頭ァッ!
何かピンチになりましたらァいつでも呼んでつかぁさいっ!
すぐに駆け付けますけぇっ!〗
何かコテコテの広島弁でまくし立てる磐土。
内容を要約すると、僕を信頼してくれたって事かな?
まあそれはそれで良い事だ。
「ありがとう磐土。
期待してるよ」
〖任せてつかぁさいッッ!〗
フッッ!
言いたい事だけ言って消えてしまった。
ポウ
お次は蒼い炎。
水虬だろうか?
潮椎だろうか?
ガスコンロの様な色だから多分水虬だろう。
何かそう思うと炎の揺らめきも何か艶めかしく見えて来る。
〖楼主さん、お疲れさんでありんすぇ……〗
「うん。
お疲れ様、水虬」
〖にしても楼主さん、なかなかの間夫でありんすなあ……
一切手を出さず我慢して殴られてる所を見てわっちは惚れてしまいそうになりんした……
そこらの野暮や塩次郎やない……
信念を感じんした……
磐土やないけどわっちも楼主さんに協力しんす……
御用がありんしたら、お呼びくんなまし……〗
「うん、ありがとう水虬。
頼りにしてるよ」
〖それじゃあおさればえ〗
フッ
蒼い炎が消えた。
ちなみに間夫って言うのは廓詞でイイ男って意味なんだって。
そして野暮は田舎者。
塩次郎は自惚れが強い人なんだって。
ここで気づく。
何で久久能智と他精霊一体ずつなんだろう。
「ねえ久久能智。
何で久久能智と他の精霊一体なの?」
〖ん?
何の話どす?〗
「いや、だからさ。
磐土も水虬も言いたい事言ったら消えちゃったじゃん。
何でかなって?」
〖そら単純に主はんの力量不足どす。
今の力やと同時に出せる精霊は二つが限界言う事どすな〗
「そ……
そうなんだ……?」
何かズケズケと、どすどすハッキリ言われて少し凹む。
ボウ
続いて灯る炎は淡い緑色。
葉槌だ。
強敵現る。
〖まっだく、ご主人様どきだきゃ……〗
「こ……
こんばんは葉槌……」
〖こんばんはだばねばだーっ
あっただ事ばして死んでぁいったんきゃ何ぼするんだっっ!?〗
うんわからん。
何言ってるかわからん。
やはり強敵だ。
「ね……
ねえ……
久久能智……?
葉槌、何て言ってるの……?」
〖あないな事して死んでもたらどうすんねん言うとるんどす〗
「そ……
そうか……
ごめんなさい葉槌……
心配かけて……」
こう言うと淡い緑色の炎がゆらりゆらりと揺らめき出す。
〖バッ……
バッカの事言わねでけろっ!!?
わっっ……
わが何で御主人様の事ば心配しねどまいねんだかァァッ!!?〗
うん、やっぱりわからないなあ。
「久久能智……」
〖あぁ葉槌は何で主さんを心配せなあかんねんて言うとるわ。
要するに照れとるんどすえ〗
照れてる?
何だろうツンデレの類だろうか?
東北弁のツンデレ。
新しいなあ。
〖とっっ……
とにがぐゥゥッ……
きっ……
きつけへっっ!
へばなッッ!〗
フッッ!
緑の炎が消えた。
東北弁のツンデレか。
やっぱり新しい。
その後、僕は久久能智と話をしていた。
野椎、潮椎は出てこなかった。
野椎はやる気無かったし、潮椎は出て来られても何言ってるか解らないから好都合だ。
この後は久久能智と会話して過ごした。
久久能智が言うには自分達と対話できる人は居たんだそうな。
でも対話できるだけで“糧”が無いから先日見せた様な超常的な現象は起こせなかったんだ。
せいぜい天候を予測するぐらいだったんだって。
でも、この天候予測が物凄い事を予見するなんて僕はこの時、露とも思っていなかった。
そして夜は更ける。
次の日
ゆっくりと目が覚める。
身体は……
うん大丈夫そうだ。
しかし回復の魔力注入の効果は凄まじいものがある。
これって老化が促進したりしないのだろうか。
僕が大人びてる理由はそこだったりして。
まあ解らない事をいくら考えても仕方が無い。
僕は今十四歳。
それで良いじゃないか。
僕は着替えを終えてリビングへ降りる。
皆に挨拶を済ませ、朝食を食べる。
「竜司、今日は何するんだ?」
「今日は軽い神道巫術の修正と検証ですかね」
「また修正するのか。
無理すんなよ」
「今日は一文付け足すだけですからすぐですよ」
「そうか。
ならいいけどな」
朝食完了。
凛子さん達はそれぞれ出て行った。
僕はガレアを連れて自室へ。
「ガレア、亜空間出して」
【ほいよ】
亜空間の中に入り、いつも通り魔法の修正。
今回は一文だけだったので即完了。
ちなみにその一文は……
“なお精霊との意思疎通は術発動者の使役する竜も可能とする”
「さあ終わったよガレア。
戻ろう」
【ん?
今日ははええな】
「うん、外に出たら早速試してみるからね」
亜空間から外に出た僕らはその足で外へ。
「全方位」
さっそくスキル発動。
神道巫術の準備だ。
パンッッ!
勢いよく両手を合わせる。
「神道巫術」
ポウ
両指先が青白く灯る。
両人差し指を前に構える。
スッ
内側に指をスライドさせる。
青白い火が宙に二本の線を描く。
そのまま両指を真下に振り下ろす。
現れたのは青白い鳥居。
「久久能智、久久能智、居る?」
ボボウ
現れる丁字色の炎。
〖はいな主はん、おはようさん〗
「おはよう久久能智、紹介するよ。
これが僕の使役している竜のガレアだよ」
〖リュウ?
竜って何でんの?〗
あ、そうか。
久久能智は竜を知らなかった。
「あ……
えっと……
その前にホラ……
ガレア……
言ってる事、解る?」
【ん?
何か声が聞こえたけど誰が喋ってんだ?】
よかった。
ちゃんと修正部分は活きている様だ。
「あぁ喋ってるのはこの炎だよ」
【え?
マジで?
この火が喋ってんの?
マジかよオイ】
「ホントホント。
話しかけてごらん」
【おう炎、うす!】
何かガレアが挨拶してる。
新鮮だ。
それにしても炎て。
失礼にしてると久久能智、怒っちゃうんじゃないかな?
〖ウチは久久能智言うねん。
よろしゅうな〗
あれ?
【おう、俺はガレアだ】
何か普通だ。
しかもガレアめんどくさいのか本名、名乗ってない。
「ク……
久久能智……
何か僕の時と対応違うね……」
〖ん?
何がどす?〗
「いや……
僕の時はやれ穢れてるだのなんだの言ってたじゃん」
〖何やそんな事かいな。
理由は簡単。
このリュウっちゅうんは全く穢れてないからどす〗
「何でっ!?」
〖理由なんか知るかいな。
何か知らんがガレアは全く穢れてへん。
ウチもイケズやないからそら話ぐらいはするわいな〗
「わいなって…………
何か……」
何かズルい。
直感的に抱いた感想がこれだ。
ガレアもアレが食いたいとかこれは不味いだの欲丸出しなのに。
「あ、そうそう久久能智。
竜って言うのはね……」
僕は竜がどう言う生き物で世界には今人間と竜が沢山住んでいる事を話した。
〖ふうん……
竜なあ……
地球て人間どもが調子に乗ってお山の大将気取っとる星や思てたけどなあ。
何や人間どもの隣にトカゲのバケモンがおる思てたらそないな事があったんどすかぁ〗
久久能智からしたら、竜もトカゲか。
「う……
うん……
そうなんだよ」
その後、ガレアを他の精霊(呼び出しに応じるやつ限定)に紹介した。
【なーなーどすよー。
オメエら何で炎なんだ?】
このガレアの言ってるどすって言うのは久久能智の事だ。
〖ん?
ガレア、何の話どす?〗
【何でそんなヘンな格好なんだろなってよ。
だってそんな炎じゃメシも食えねぇじゃねぇか】
〖ウチら精霊なんどすから。
あんさんらみたいにメシなんか食うかいな。
まあ炎なんは主はんと契約して日、浅いからやろなあ〗
【もったいねぇな。
ばかうけの美味さも解んねえなんてよ……
ポリポリ】
そう言いながらばかうけを齧っているガレア。
と、そこへ意外なヒトが食いついた。
ボボウ
蒼い炎が現れる。
不規則にゆらりゆらりと揺れている。
この色は水虬だ。
【お?
ありんすが帰って来たぞ】
ガレアの言ってるありんすと言うのが水虬の事。
多分語尾を聞いてパッと思いついたのだろう。
ガレアらしい。
ちなみに磐土はじゃけー。
葉槌はけろと言う。
僕的には何か葉槌のけろが和む。
〖ガ……
ガレアはん……
何かよろしいモン食うてますなあ……
きさんじなもんやねえ〗
【ん?
ありんす、オメエばかうけ食えんのか?】
〖わっちのこの姿では食えないでありんす……
神社にお供えしてくれたら味はわかるかも知れんせんが……
その神社、茨城なんですわあ〗
【ん?
ん?
何かよくわかんねえが、要するに喰えねえって事か?】
ガレア、キョトン顔。
フッッ
と、ここで唐突に蒼い炎が消える。
ボボウ
と、同時に別の炎が燃え盛る。
見慣れない色。
黄緑色だ。
と言う事は野椎だ。
契約して以来全く出なかったのに。
【ん?
何か見た事ねえ色だぞ】
〖オーナー、ワシに期待せんとってくれよ〗
ヘンな入り方をする野椎。
訳が分からない。
「ちょっと野椎。
どう言う事?」
〖いや、だからワシに言われても何もでけへんって言う意味や。
ワシに出来んのは予知までや。
ホンマは出て来とう無かったんやけどな、言わんかったらアカンかなて思ってな。
ホラ……
ワシも一応契約しとるんやし……〗
「だから何の話?」
〖来るで……
五……
四……
三……〗
何だかキナ臭くなって来た。
「ちょっ……
ちょっとっ!
だから来るって何の話なんだってばっ!」
「地震や…………
二……
一…………
ゼロ」
グラグラグラァッ…………
微かに地面が揺れているのが解る。
外に立っていないと解らないレベル。
ホントに来た。
地震だ。
「うわッ」
すぐに揺れは止む。
震源地は何処だろう?
〖主はん、大丈夫かいな?〗
「うん、大丈夫だよ」
気が付くと黄緑色の炎は消えていた。
野椎が消えたんだ。
本当にやる気が無い精霊なんだな。
僕はこんな呑気な事を考えていたんだ。
僕らは三十分程談笑し、とりあえず宅内に戻る。
蘭堂邸 リビング
そこには真剣な面持ちでTVを凝視する踊七さんと眠夢さんが居た。
「お?
竜司、今揺れたの解ったか?」
「あ、はい。
地震でもあったんですかねえ?」
(私は現在横浜市は中区上空に来ておりますッ!
大変……っ!
大規模に燃え広がっておりますっっ!
まだ……っ!
救助活動は行われておりませんっっ!)
と、ここにTVからの音声が耳に入る。
「え…………?」
TVにゆっくり目を送る。
そこに映し出されていた光景に絶句する。
画面いっぱいに黒煙と炎の図。
まさに地獄絵図。
街が燃えている。
無言でチャンネルを変える踊七さん。
(先程大きな地震がありました……)
踊七さんは国営放送にチャンネルを変えた。
(地震の情報、今入っている所まで繰り返します。
十時ニ十分頃東海地方で大きな地震がありました。
各地の震度ですけれども震度六が横浜。
震度六横浜です。
震度五が伊豆市。
強い地震があった所の方に申し上げます。
地震で一番怖いのは火事です。
ガスの元栓を閉めて下さい。
アイロンやトースターなどの電気器具のスイッチを切って下さい。
TVやラジオはそのままつけておいて下さい。
情報を確認して下さい)
淡々とアナウンサーが話している。
僕は呆けてしまった。
何だコレ?
竜河岸の誰かがやった事?
僕は異能の日々に慣れてしまい、まずそう言った思考に陥る。
「先輩……」
「あぁ……
これは阪神淡路大震災や東北大震災以上の被害になるぞ……」
東北大震災。
数年前東北地方を襲った大地震。
阪神淡路大震災は僕の産まれる前にここ西宮で起きた地震。
何でも高速道路が横倒しになったそうな。
死傷者は延べ二万五千人にも昇る。
東北大震災の方は津波が酷くて、行方不明者の数は五百人もいたらしい。
(現実では阪神大震災の死傷者五万人、東北大震災の被害者は二万五千人ですが、劇中では竜河岸が救助活動に尽力した為被害者の数は半減しています)
授業で習ったけど有志の竜河岸がすぐに現場に駆け付け、人命救助を行ったらしい。
多分踊七さんが懸念しているのは場所の事だろう。
よりにもよって横浜。
竜を排斥している横浜だ。
みんなはどう動くんだろう?
プルルルルル
電話が鳴った。
スマホのディスプレイを見る。
皇豪輝
兄さんだ。
「もしもし兄さん?」
「良かった……
繋がった……
お前、地震は大丈夫なのか?」
「うん、色々あって今西宮に居るんだよ」
「そうか……
それは何よりだ……」
「兄さんは今何処にいるの?」
「俺は本庁だ。
特殊交通警ら隊総出で待機中。
今、上が竜河岸を救助に派遣させてくれと横浜に掛け合っている所だ」
何だそれは。
ここまで来ても竜を拒否するのか。
と言うかどれだけ力が強いんだ横浜は。
「竜司、誰と話してるんだ?」
踊七さんからの問い。
「あぁ僕の兄さんです」
「あの五行魔法に似たスキルを使うと言う噂の兄貴か。
一度会ってみたいものだな」
「ハハ……
また機会があれば」
僕は兄さんとの電話に戻る。
「あと竜司、爺様や母さんには連絡しとけよ。
あの人達もきっと心配しているだろうから」
「うん、わかった」
「まあお前が無事で何よりだ。
じゃあな」
プツッ
電話を切る。
その足で実家に電話をかける。
「もしもし皇ですが……」
聞き慣れた皺枯れ声が聞こえて来る。
お爺ちゃんだ。
「お爺ちゃん、僕だよ。
竜司だよ」
「りゅっ!!?
竜司ィィィィィッッッ!!?
お前地震は大丈夫なのカァァァッッ!!?」
突然大声を出すお爺ちゃん。
おもわずスマホを離してしまう。
「う……
うん……
色々あって今西宮にいるから大丈夫だよ」
「おいおい、何かデケェ声が聞こえたぞ。
笑い事っちゃねぇ」
踊七さんにも聞こえた様だ。
「あぁ……
ウチのお爺ちゃんです」
「あの竜極が電話の向こうに……
竜司……
お前血筋だけで行ったらサラブレッドなんだよな……」
踊七さんが何か言ってる。
血筋だけとは何だ血筋だけとは。
「竜司ィッ!?
地震の報を聞いた時から儂は気が気で無くてのう……」
本当にお爺ちゃんは孫煩悩だなあ。
「お爺ちゃん、本当に僕は大丈夫だよ。
心配しないで。
あと母さんにも無事だって伝えて欲しいんだ」
「了解した……
一報入れておく事にしよう。
おっと、そろそろ組合に出向かないといかん。
何にせよ無事で良かった」
「組合?」
「竜河岸組合じゃよ。
ワシはそこの相談役を担っておる」
■一般財団法人 竜河岸組合
ベテラン竜河岸達が私有財産を持ち寄って設立された組合。
主な活動は一般人(日本)への竜の啓発活動。
外資系社長などの竜河岸も出資しており、政界や財界等への影響は大きい。
ドラゴンエラーの報道規制もこの組合からの働きかけである。
「へえ、そんな組合があったんだ。
知らなかった」
「おそらく救助の為に竜河岸で隊を組織せねばならんからな。
それではワシは行って来る。
竜司、またの」
電話が切れた。
えらく忙しないな。
いや、違う。
確か阪神淡路大震災の時は何故甚大な被害が出たかと言うと政府の初動が遅かったのが原因と言われている。
災害救助に関しては一分一秒の遅れが被害を招くんだ。
僕はどうしよう?
確かに一刻を争う状況。
出来れば僕も助けに行きたい。
でも……
僕の脳裏に昨日の私刑の内容が蘇る。
あの横浜へもう一度行くのか。
膝が震える。
いや、もちろん二度と横浜へ行かない訳じゃない。
でも昨日の今日だ。
とても足が向くものでは無い。
…………いやいやいや。
何を考えているんだ僕は。
ここで行かないとダメなんじゃないか。
でもまた行っても蔑みと悪意の眼で晒されるだけなんじゃないのか?
そう考えると息が詰まりそうになる。
でも駄目だ、僕が助けに行かないと。
これも贖罪に繋がるんだ。
僕が被災者を救う。
命を救う事に意味がある…………
様な気がする。
「先輩」
「あぁ解ってる。
行くんだろ?
横浜へ」
さすが踊七さん。
「俺も行くぞ。
何だかんだ言って育った街だからな。
こんな笑い事っちゃねぇ状況になったらほってはおけねぇ」
「先輩……
大丈夫ですか?
横浜ですよ?
先輩が竜河岸と解ったらどんな悪意に晒されるか……」
コツン
心配する僕の額を優しく手刀を当てる踊七さん。
「バァーカ、何言ってんだ。
笑い事っちゃねぇ。
ンな事百も承知だよ。
それでも助けたいんだよ俺は」
「そ……
そうですか……
でも……」
僕はすぐに頭に血が昇る踊七さんの気性を心配していた。
早い話が暴力沙汰を心配しているんだ。
「お前……
もしかして俺が横浜の人間、殴るとか考えてんじゃねえだろうなあ?」
バレてた。
「いいいやいやいやっっ!
そそそそんな事はっっ!」
「お前な……
俺は人命救助に行くんだぞ……?
ンな笑い事っちゃねぇ事するかよ」
「そ……
そうですか……
良かった……」
「良かったって事はやっぱり考えてたんじゃねぇか」
しまった。
ミスった。
「えぇっっ!?
あ……
いや……
す……
すいません……」
「全く……
お前は俺をどう言う目で見てやがんだ……
笑い事っちゃねぇ」
「いいいえいえいえいえっっ!
本当に頼れる先輩だと思ってますよっっ!
ただ…………
少し怒りっぽいかなって思うぐらいで……」
これを聞いた踊七さんは少し怪訝な表情をする。
「あはは~
確かに~~
踊ちゃん、ちょっと怒りっぽいかもねエ~~~」
「……まあいい……
眠夢、俺はこれから被災地に行く。
帰りは遅くなるかも知れん」
「は~~い。
オホン、それに関して~~
私から一つ条件があります~~」
「何だよ。
勿体ぶらず言いやがれ。
笑い事っちゃねぇ」
「それはですね~~
ちゃんと一日一回は帰って来る事~~
これを護ってモラウノデス~~」
「何だそんな事か。
分かったよ」
僕らは約束をして一路ナナオの亜空間へ飛び込んだ。
目指す先は被災地横浜。
ガヤガヤ
ワーワー
キャーキャー
喧騒が聞こえる。
出口を潜るとそこは地獄絵図だった。
辺りに立ち込める黒煙。
至る所から火の手が上がっている。
怪我人に肩を貸し、ヨロヨロと歩いている者。
バケツリレーで火事に水をかけている人達。
住民はみんな右往左往している。
(アァーーンッッ!
ママァッ!
ママを助けてぇッッ!)
泣き叫ぶ子供の声。
まずはあの子からだ。
僕は踊七さんに視線を送る。
無言で頷く踊七さん。
「ねぇっ!?
君っ!
お母さんは何処に居るんだっ!?」
ビクゥッ!
少し大声を出してしまったから怯えてしまった。
……いや、違う。
子供の目線はガレアやナナオに向いている。
竜に怯えているのだ。
「ごっ……
ごめん……
僕達がお母さんを助けるから何処にいるか教えて欲しいんだ……」
(あの火事の中……)
子供が指差す方向にはメラメラと燃える木造住宅。
この火の手はヤバい。
急がないと。
「全方位」
僕を中心に展開される緑のワイヤーフレーム。
火災現場を確認。
倒れている人が居る。
一般人。
まだ生きている。
「先輩ィッ!
中に人が居ます!
火は僕が何とかするので、救助をお願いしますゥッ!
左の台所ですっ!」
「わかったッッ!」
パンッッ!
僕は両手を勢いよく合わせる。
「神道巫術」
ポウ
両指先が青白く灯る。
素早く描く軌跡が青い鳥居を描く。
「久久能智ッッ!
水虬ィッッ!
力を貸してくれぇっ!」
ボボウ
眼前に蒼い炎と茶色い炎。
〖はいな、主はん〗
〖楼主さん……
凛々しいでありんすなあ……
どうしまひょ?〗
「水虬は水で火を消してくれ……
久久能智は鎮火した木の瓦礫を撤去して欲しい…………
出来る?」
〖木使いが荒い主はんやなあ……
まあ何とか出来るやろ〗
〖心配いりんせん楼主さん……
そんな事お茶の子さいさいでありんす……
ほんだらまずわっちからやね……〗
ボボウ
蒼い炎が激しく揺らめく。
ピシッ……
地面に亀裂。
ズボーーーンッッ!
亀裂が入ったのを認識した刹那、水柱が瞬時に聳え立つ。
その様はまるで間欠泉。
圧倒的水量が豪雨の様に辺り一面降り注ぐ。
見る見るうちに火が弱まって行く。
ピシッ!
ズボーーーンッ!
ピシッ!
ズボーーンッッ!
と思っていたら、同じ様に次々と天高く水柱が聳え立ち、辺り一面豪雨地帯の様になる。
延焼していた隣家も鎮火していく。
「す……
凄い……
水虬……
これは……」
〖ウフフ……
これは地下水でありんす……
素から水出す事も出来るのでありんすが……
糧を使い過ぎんすからなあ……
楼主さん、救助続ける気でありんしょう?〗
水虬は僕を気遣ってくれた様だ。
でもこれだけの水量を吸い上げて大丈夫なんだろうか?
土地に影響が出るのはそれはそれで困りものだ。
「水虬……
僕を気遣ってくれるのは嬉しいけど……
出来れば極力土地に影響が出る様な動きは避けたいんだ……
次からは素から水を産み出してくれない?
なあに僕なら大丈夫だよ。
ガレアが居るからね」
ポン
ガレアの肩を叩く。
【なーありんすー。
この水、お前が出したのか?
すげーなー……
ん?
何だ竜司?】
ガレアがキョトン顔。
〖わかりんした……
ならそうしんす……
楼主さんとガレアさんは仲良しさんでありんすなあ〗
やがて一帯が完全に鎮火する。
が、完全に倒壊しており、目の前に現れたのは黒ずんだ瓦礫の山。
〖ほな次はウチやな。
主はん、気持ちもうちょい糧もろてええか?
大掛かりになりますよってなあ〗
「いいよ。
どんどんいって」
人命救助に躊躇はしていられない。
〖ほな……〗
ボボウ
丁字色の炎が激しく揺らめく。
ボコォッッ!
地面が割れた。
亀裂から極太の根が無数に這い出てくる。
ギュギュギュギュ
木が擦れる音。
ググググググゥゥッ!
根が瓦礫に絡みついて行き、次々と持ち上げて行く。
一つ残らず瓦礫を持ち上げてしまった巨大な根群。
更に地上ではぽっかり道を作る様に避けて天に伸びている。
その道が続く先には倒れている女性の姿が見える。
「これが神道巫術……
また笑い事っちゃねぇ魔法組みやがったな竜司……」
目の前に広がる光景に驚いている踊七さん。
「先輩ッッ!
早く救助をお願いしますゥッッ!」
「わかったッッ!」
久久能智が作った道に飛び込む踊七さん。
「水虬……
久久能智……
ありがとう……
でもよく倒れてる人の場所が分かったね久久能智」
〖何言うてはりますのんや。
主はんが見とるモンはウチらも見えとるに決まっとるやろ〗
ここで一つ新事実。
全方位で僕が確認した物は各精霊も共有しているらしい。
これは使える。
すぐにお姫様抱っこをして救助した踊七さんが出て来た。
(ママァッ!)
救助者の娘が駆け寄る。
優しく地面に寝かせる踊七さん。
「もう助け出したから大丈夫だ。
ちゃんと息もしている」
クシャ
優しく笑顔で女の子の頭を撫でる踊七さん。
(ヒック……
ヒック…………
あ……
ありが……)
ガッッッ!
女の子が何か言いかけた所、僕の頭に衝撃。
同時に痛みが全身に伝播。
何かをぶつけられたんだ。
投げられた方角を向く。
(お前……
リュージだな……)
血走った憎悪の眼でこちらを凝視している中年男性。
投後フォームから恐らく岩片を投げつけて来たんだろう。
「え…………?」
(ケイコから離れろォッッ!
この悪魔ァッッ!)
(お……
おじさぁぁんッッ!)
泣きながら中年男性に駆け寄る女の子。
おそらく近親者なのだろう。
(どうせこの地震もお前達竜河岸がヘンな力で起こした事なんだろうっっ!
この疫病神ィッ!
横浜から出て行けェッ!)
ガバッッ!
ケイコと呼ばれた女の子を抱える様に抱き寄せ、大きな憎悪と警戒心を載せた視線を僕に向ける。
「せ……
先輩……
ここって……」
救助に集中していたから、何処にいるか確認していなかった。
が、今居る所が何処かはもう見当はついていた。
「あぁ……
お前が察している通りここは中区だ……」
そして僕が気づいた事を察した踊七さん。
僕の問いかけと男性が向ける悪意の眼から判断したんだろう。
やっぱりそうか。
あの人は前の僕の告白を聞いていたのか。
人づてに聞いたのかは解らない。
もちろんあんな告白一度で僕は赦されたとは思っていない。
覚悟していた事。
けど…………
やっぱり…………
胸に来る。
「竜司…………
次に行くぞ……
まだ逃げ遅れた人は居るんだろ……?」
「は……
はい……」
僕らは次の救助に向かう事に。
僕らは走る。
沈む気持ちを振り切って。
「竜司ッッ!
全方位だァッ!
逃げ遅れた人を探せッッ!」
「はいッッ!」
僕は全方位内に意識を集中する。
「居ましたァッ!
次は二人ですッッ!
……………………け……
けど…………」
僕は全方位内の反応の場所を見て言葉を詰まらせる。
その二人が居た所は……………………
倒壊したビルの一階。
現場到着。
上にうず高く積まれた膨大な瓦礫の山を見上げる。
「この……
瓦礫の下って言うのか……
こりゃ笑い事っちゃねぇぞ……」
それは踊七さんの言う通り僕も解っている。
魔力注入を使って瓦礫を撤去できなくは無いが、上から救助可能なレベルまで撤去するには時間がかかり過ぎる。
魔力閃光等で吹き飛ばしても救助者が巻き込まれる恐れもある。
正直打つ手は無い。
一般人ならば外から呼びかけて救助者の意識をしっかり保ち、重機などで瓦礫を撤去して救出と言った所だろうが正直時間が無い。
全方位内の反応が消えかかっているのだ。
僕はどうしてもこの二人だけは助けたかった。
何故これだけ大きいビルに反応が二つだけなのだろうか?
その答えが理由だ。
おそらく他に人は居たのだろう。
なら何故反応が無いのか?
答えは簡単。
もう死んでいるのだ。
この全方位の反応は辰砂戦で検証済。
全方位は死んでいる生物は反応しないのだ。
僕は嫌だ。
目の前で人が死ぬのはもう見たくない。
何としてもこの二人は助ける。
考えろ。
僕は竜河岸。
人を助ける術をいくつも持っているじゃないか。
僕は超速で思考を巡らせる。
ここである閃きが電光の様に奔る。
「先輩……
僕に考えがあります……」
「言ってみろ……」
「僕の神道巫術で瓦礫を何とか浮かせて見せます……
その間に救助者二人を抱えて反対側の道路まで出て下さい……
幸い向こうの道路はまだ無事の様です……
人も居ます」
「浮かせるってお前この量だぞっっ!?」
「わかってます……
ですのでほんの一瞬しか無理でしょう……
でも先輩の魔力注入なら数秒で向こう側まで駆け抜ける事は出来るでしょう……?」
僕は踊七さんの魔力注入を信頼していた。
「へっ……
わーったよ。
やってやる……
発動…………
竜司ィッ!
目算で良いィッ!
何秒イケるっっ!!?」
「長くて三秒ォッッ!
…………神道巫術」
パンッッ!
再び両手を合わせ、青白い鳥居を描く。
「磐土ィッ!
来ォォォォいッッッ!
お前の力を貸してくれぇぇっ!」
ボボボウッッ!
灰色の大炎が眼前に現れる。
〖頭ァァァッッ!
待っとったァァッッ!
もうええッッ!
みなまで言わのうてもわかっとるけぇェッッ!
あの瓦礫を何とかしたいんじゃろぉぉっっ!!?〗
そう言えば契約した精霊は出なくても会話は聞いてるって久久能智が言っていた。
話が早くて助かる。
「あぁそうだ磐土……
ほんの数秒で良いッッ!
浮かせて欲しいッッ!
…………出来るか……?」
〖ヘッ……
頭……
何を言うとるんじゃ……
誰でも無いっ!
頭の頼みやけえェッ!
出来るに決まっとるやろォォッッ!〗
熱い。
熱い性格だな磐土は。
〖ただ……
見た所かなりの量じゃ……
それなりに糧は使うが構わんか?〗
「あぁッッ!
いいッッ!
どんどん使ってくれェッッ!」
〖わかったぁっ!
ワシに任せとけぇっ!〗
「先輩ィッッ!
準備出来ましたァァッッ!
三秒後に持ち上げますゥゥッッ!
よろしくお願いしますゥゥッッ!」
「わかったっっ!
こっちは準備出来てるぞっっ!」
「三……
二……
一……
磐土ィィィィィッッッ!
行けェェェェェェッッッ!」
〖おうさぁぁぁっっっ!〗
ググッ
僕と磐土の叫び声が聞こえる中、膨大な瓦礫が一つ残らず宙に浮き始める。
「よし!」
ビュンッッ!
地面を蹴り、疾風の様に飛び出す踊七さん。
僕が浮かせた狭い間を低く低く駆け抜ける。
瞬時に倒れていた二人を抱える。
「グゥッ……」
キツい。
思ってた以上にキツい。
身体の中から急激に何かが失われて行く。
巨大な喪失感。
思わず苦悶の呻き声を上げてしまう。
「ガレアァァッッ!
もっとォッッ!
もっと魔力をくれぇっっ!」
【お……
おお……
竜司、お前大丈夫か?
汗スゲェ掻いてるぞ】
「大丈夫だァッ!
はやくゥッ!
早く魔力をォッ!」
ドッックゥゥンッッッ!
心臓が高鳴る。
よし魔力補給された。
が、すぐに無くなって行くのが解る。
「竜司ィィィッッ!
もう大丈夫だァァッッ!」
そこへ踊七さんの大声が聞こえる。
よしっ!
神道巫術解除。
ズズゥゥゥンッ!
解除した途端、重力に逆らう事無く落下する瓦礫群。
むあんと大きな砂塵が立つ。
へたん
砂塵が舞い上がる中、僕は極度に襲う怠さでその場にへたり込んでしまう。
「ハァッ……
ハァッ……」
息切れする。
魔力を体内で使用すると襲ってくる怠さ。
ここでも新事実。
魔力は身体で使用せず体外へ抜けても身体に影響が出るみたいだ。
……いや、違うか。
多分精霊は僕が産み出したもの。
となると精霊が使う魔力の影響も多分僕に来るんだろう。
少し動けない。
「ケホッ……
ケホッ……
煙てぇな……
笑い事っちゃねぇ」
砂塵の中から聞き慣れた声が聞こえる。
踊七さんだ。
煙の中から姿を見せる。
「先輩……
救助者は……?」
踊七さんは手ぶらだった。
「心配すんな。
避難している人に預けたよ。
見える位置に避難所があったから大丈夫だ……
って竜司、お前大丈夫か?」
「ええ……
ちょっと一気に魔力を使い過ぎたみたいで……
まだ少し立てません……」
「どうする?
一度避難所に行くか?」
正直避難所で休みたかった。
だけど僕は了承しなかった。
ここは横浜市中区。
周りは僕への悪意を持った人達だらけだ。
僕が行っても静かに休ませてはくれないだろう。
「いえ……
もう少し座っていれば回復します……
このまま行きましょう……」
「ふう……」
一息ついて踊七さんも座る。
「全く……
周りはお前を嫌ってる奴等ばっかり。
大地震が来ても避難所も満足に使えねえ。
こんな感謝もされねぇ褒められねぇ救助活動をやるなんてよ……」
「そうですよね……
でも僕はか……」
「わーってるよ。
感謝されるためにやってる訳じゃないって言うんだろ?」
「は……
はい……」
くしゃ
僕の頭を優しく掴む踊七さん。
「でも俺はそんなお前が嫌いじゃねーぜっ!」
踊七さんは満面の笑み。
「ありがとうございます」
この時の踊七さんの優しさは本当に嬉しかった。
身に染みた。
これで良い。
今はこれで良い。
例え横浜市全員が僕を憎んでいるとしても、踊七さん一人は僕を賛同してくれている。
今はこれで良いんだ。
やがて歩けるぐらいまで回復する。
「よし……
先輩……
もう行けます……
急ぎましょう……」
「大丈夫か?
あまり無理すんなよ。
助ける側の俺達が倒れたら二重遭難になっちまう。
笑い事っちゃねぇ」
ヨロ
僕はゆっくりと起き上がる。
「はい……
行きましょう……」
僕らは走り出す。
全方位内を意識しながら。
どこかに逃げ遅れた人は居ないか?
居た。
反応がある。
次は人数が多い。
しかも……
これは……
車の中だ。
「踊七さんっっ!
人が居ますっっ!
左前方ォッッ!
車内ですッッ!
人数は五人ッッ!」
「わかったァッ!
俺が先行するゥッ!
お前は後から来いッッ!
発動ォォッ!」
バンッッ!
大地を強く蹴り、超絶ダッシュをかける踊七さん。
瞬く間に離される。
僕は体力がまだ戻っていない。
僕は出来る限り足に力を入れ、先を急ぐ。
ようやく現場到着。
そこには酷い有様だった。
現場は大通りの十字路。
左に折れたすぐの所。
倒壊したビルの側にマイクロバスが落下した瓦礫の下敷きになっていた。
が、前方だけ。
運転席部分が完全に瓦礫で潰されている。
入口諸共。
踊七さんは既に救助活動を行っていた。
マイクロバスの後方に大きな穴が空いていて、二人目を救出した所。
抱きかかえているのはお婆さんだ。
あのマイクロバスは老人ホームのだろうか?
と、そんな事を考えている場合では無い。
僕も救助に加わらないと。
「先輩ィッッ!」
大声で僕が来た事を告げる。
すぐにバス内へ侵入。
(ヒョワァァァァッッ!
リッッッ……
リュージィィッッ……)
僕を見た救助対象のお婆さんがガタガタ震え出した。
多分このお婆さんも僕がドラゴンエラーを起こした事を知っているんだろう。
ズキン
胸が痛む。
「御婆さん……
ここは危険です……
早く出ましょう……
僕に捕まって……」
けど、僕の気持ちなんて今はどうでも良い。
半壊したバス内は危険だ。
早く外へ避難しないと。
バキィッッ!
と、思ったら頭に衝撃と痛み。
お婆さんが持っていた杖を僕の頭に力いっぱい振り下ろしたのだ。
このお婆さんの認識では僕は悪魔か人でなしとなっているんだろう。
こんな緊迫した状況でここまで抵抗する程に僕を拒否・否定しているのだ。
ガンッ!
ガンッ!
ガンッ!
そんな事を考えていると、更に連続して頭から痛みが奔る。
何回も何回も僕の頭に杖を振り下ろしている。
老婆は非力だが、おそらくこの杖は丈夫な木を使っているのだろう。
頭から生温い液体が流れてくるのを感じる。
血だ。
頭が割れたのだ。
ここまで拒否する人に僕がやる事は決まっている。
スッッ
僕はゆっくり老婆の前で土下座。
「お願いします……
貴方を僕に助けさせて下さい……
このバスは半壊しています……
ガソリンに引火して爆発するかも知れない……
一刻も早くここから出ないと危険なんです……」
僕は土下座の姿勢を崩さず、一心に懇願した。
(ワシは騙されんぞォォッッ!
甘い事を言ってワシを殺す気なんじゃろぉぉっっ!
この鬼畜めがァァァッッ!)
駄目だ。
この老婆はもう偏向情報で凝り固まってしまっている。
僕の言う事を聞いてくれない。
「…………お願いします…………」
だけど、僕は土下座で頼む事しか出来ない。
「竜司ィッ!
急げぇっ!
あとはそのお婆さんだけだァッ!」
他の救助対象は踊七さんが救出した様だ。
後は目の前のお婆さんだけ。
喫緊した状況なのは確か。
もうこうなったら手段は選んでいられない。
グアァァッ!
土下座の姿勢から一転、お婆さんを強引に抱きかかえる僕。
(ヒョワァァァァッッ!
やっ……
やめろぉぉぉっっ!
爺さんっっっ!
爺さーーーんっっっ!)
あらん限りの金切り声を僕の胸で叫ぶお婆さん。
確保出来たら後は簡単。
脱出するだけだ。
外へ出ると少し離れた所に老人四人が横たわっていた。
気を失っている。
傍に踊七さんが立っている。
起きていたのはこのお婆さんだけか。
踊七さんの方に向かい、ゆっくり降ろす。
へたん
腰が抜けたのか、へたりこんでしまうお婆さん。
その刹那。
ズボォンッッッッ!!
背後より少し大きめの爆発音。
咄嗟にお婆さんを庇う僕。
振り向くとマイクロバスの下から炎と白煙がもうもうと立ち昇っていた。
危ない所だった。
ふと見下ろすと、お婆さんがジッと僕を見ている。
そこには確かに憎しみが込められているが、別の感情も含まれている気がした。
(何でじゃ……?)
「…………は……?」
(何でワシを庇うんじゃ……?)
「怪我して欲しくないからですよ」
当然の回答。
(貴様はドラゴンエラーで何十万人も殺した鬼畜じゃろうっっ!!?
そんな貴様が何故ワシの様な老いぼれを庇うんじゃあッッッ!)
眼下で大声を出す老婆。
「信じて貰えないかも知れないですが…………
僕は…………
殺したかった訳じゃないんです……」
胸が痛い。
このお婆さんも近親者をドラゴンエラーで失ったのだろう。
悲しい。
深い悲しみが僕の胸を抉る。
(そうか……)
ただ一言。
それだけだった。
(あぁっ!!?
ここに倒れてる人が居るぞーーっっ!)
何処からか声が聞こえる。
声のした方を見ると、中年男性の群れがこちらを指差している。
(リ…………
リュージだぁぁっっ!
あいつお婆さんを殺す気だぞォッッッ!
離れろォぉォっっ!)
この言葉を受けた僕は唇を噛む。
悔しい。
本当に悔しい。
解ってもらえない事が本当に悔しい。
それでもしょうがない。
僕はそれだけの事をしたのだから。
悔しさを押し殺し、僕はそっとお婆さんから手を離す。
(どけぇっっ!
この悪魔ァッッ!)
僕を罵りながら中年男性が駆け寄って来る。
距離を取る僕。
(お婆さんっっ!
大丈夫ですかァッッ!?)
(ワシは大丈夫じゃ……
腰が良くないから起してくれると助かる……
ワシよりもトメさんやウメさんを見てやってくれ……
強く打って気を失っとる……)
(わかりました)
中年男性に捕まるお婆さん。
立ち上がる際、僕の方にチラリと視線を送る。
(ありがとうよ…………)
確かに聞こえた。
微かな声だけど確かにこのお婆さんは僕にお礼を言った。
そんなお婆さんに僕は無言で深々とお辞儀。
「良かったな……
竜司」
傍で見ていた踊七さん。
聞こえていたらしい。
本当に良かった。
しみじみそう思う。
さぁ次だ。
「はい先輩!
次に行きましょうっっ!」
元気が出た。
貰ったものは本当にちっぽけなものだ。
だけどこう言うのを積み重ねて行くんだ。
僕らは駆け出す。
逃げ遅れた人達を救う為に。
中区を北上し捜索。
行く先々で火事を鎮火。
僕の水虬と踊七さんの五行魔法で。
倒壊した家屋から人を救助。
やがて目線の先にひび割れた巨大なコンクリートの壁が見える。
いや…………
あれは壁なんかじゃない。
倒壊した首都高だ。
その余りの光景に言葉を失う。
辺りに瓦礫が散乱している。
この辺りは特に酷い。
と、そこへ全方位内に反応がある。
大きい敷地の中に一般人が多数。
動いているのと公園と言う事から恐らく避難所。
だが問題はその避難所を挟んだ位置。
同じぐらい広大な敷地に半壊した巨大な建物。
その中に多数、人が居る。
その数、十人以上。
避難所の人の動きは比較的落ち着いている。
おそらく気付いていないんだ。
この数を僕らだけで救えるだろうか?
でもそんな事言ってられない。
急がないと。
「先輩ィィッッ!
左斜め前の大きな建物内に十人以上逃げ遅れていますゥッッ!
避難所を挟んだ向こう側ッッ!
魔力注入で飛び越えましょうォッッ!」
集中
両脚に魔力集中。
「わかったっ!
発動ォォッッ!」
一足先に魔力注入発動。
「発動ォォォッッ!」
ドルンッ!
ドルルンッッ!
ドルルルルンッッッ!
バンッッッ!
地面を強く蹴り、僕らは上空へ弾け飛ぶ。
空で気づく。
ガレアやナナオはついて来ているのか?
左を見ると、普通にガレアは飛んでいた。
踊七さんの右側を見るとナナオも居た。
そろそろ着地する。
ッッズゥゥゥゥンッッッ!
着地点に小さなクレーター。
膝を大きく曲げてショックを殺す。
身体を持ち上げ、状況確認。
……ACHI
……AZA
半壊した壁面に英語の銀色プレートが張り付けられている。
多分英語で元町プラザと書いてあるのだろう。
入口辺りがほとんど屋根の倒壊や瓦礫で埋まっている。
「ここか……
どうする?
竜司」
見た所、瓦礫は派手に散らばっているが、建物自体は崩れてはいない。
崩れているのは外壁部。
これならさっきと同じ様に磐土で入口の瓦礫を一気に撤去して侵入。
こんな所か。
もう一度全方位で確認しよう。
救助対象は中央の一か所に固まって動かない。
これは……
おそらくレジやバックカウンターの机の下だ。
おかしいな。
普通地震などで建物に閉じ込められた場合確かバルコニーや窓を探して外に自分達がいる事を知らせるものだ。
もう少し全方位を確認。
理由が解った。
階段が瓦礫で埋まっている。
しかも停電しているのだろう。
視界も不良。
真っ暗か薄暗い中でどうにか集まって固まっているのだ。
救助対象は動かない。
これは気絶しているのか。
ただ動かないのか解らない。
これも新事実。
全方位の反応は生死までしか解らない。
「先輩……
内部の状況を説明します」
僕は全方位で知り得た情報を踊七さんに話す。
「なるほど……
中は視界不良だな……
まあ魔力注入で視力聴覚強化すりゃあ何とかなる」
なるほど。
その手があったか。
暗い中でどう動こうか考えていたけど、僕らには魔力注入があったんだ。
「では右側入口の瓦礫を僕が神道巫術で撤去しますので救助をお願いします。
瓦礫を撤去し終えたら、僕も救助に加わります」
「さっきのビルと同じ形か」
「さっきと違う点は穴は一か所しかありません。
となると一度救助対象の所まで行って往復する形になります。
一回に二人が限度なので最低でも五往復……
僕も加わりますので回数は軽減されますが……」
「なるほどな……
了解した……
中に起きてる奴が居ればいいんだけどな……
発動…………
よし、俺は準備OKだ」
「ハイッ!
では行きますゥッ!
神道巫術ォォッッ!」
パンッッ!
勢いよく合わせる両手。
青白い鳥居が宙に現れる。
「磐土ィィッッ!
お前の出番だぁァァッ!」
〖おうさぁぁっ!
頭ァァァッッ!
準備は出来とりますけぇっ!
糧頂きますゥッッ!〗
「ああっ!
どんどん持って行けッッ!
先輩ィッッ!
すぐに瓦礫撤去しますゥッッ!
救助お願いしますゥッ!」
「わかったっ!」
ガラァッッ……!
右側入口に積まれていた瓦礫が浮かび上がる。
やはり途端に襲う喪失感。
急激に身体から何か抜けて行く感じ。
ズズゥゥゥンッッッ……!
僕はすぐに瓦礫を脇に落とす。
とっとと神道巫術解除。
浮かしたままで良い事なんて一つも無い。
ふう、喪失も治まった。
さあ次だ。
早く救助に加わらないと。
すぐに眼と耳。
そして両脚に魔力集中。
「発動」
三則の利点は発動によって少ない魔力で効果を増大させれる事だ。
本当にありがとうお爺ちゃん。
バンッ!
大地を強く蹴った僕は前方へ弾け飛び、入口直線上で更に地面を蹴る。
左へ急カーブ。
入口へ飛び込む。
中は暗い。
が、魔力注入で視力を強化してるので、見える。
地面が緑がかった白に輝いている。
呼炎灼戦で得た経験だ。
ビュンッッ!
ここで二人を抱えた踊七さんが超速ですれ違う。
もう救助したんだ。
と、お次は何人かこちらに向かって走って来る。
やはりじっとしていただけの人が何人か居たんだ。
「暗いですゥッッ!
慌てないでェッ!
入口の瓦礫は撤去していますゥッッ!
大丈夫ですゥッッ!
助かりますゥッ!」
すれ違い様に呼びかける。
早く。
早く救助者を運び出さないと。
ザシャァァァッッ!
着いた。
右足で床を強く踏み、急ブレーキ。
カウンター内に入る。
「誰か……
居ますか……?」
(おお、本当に来た……)
声がした。
大きな机の下から一人起き上がる。
中年男性だ。
身なりから店側の人間だろう。
「大丈夫ですかっ?」
(あぁ、私は大丈夫だ……
さっき来た若者は二人抱えて消えてしまったが、大丈夫か?)
多分踊七さんの事だ。
「ええ、大丈夫です。
避難補助が必要な人はどれぐらい居ますか?」
(私以外全員だ……
さっきの若者に残って残りの人数を伝えてくれと言われたんだ。
気を失っている人は九人……)
なるほど。
踊七さんの指示か。
確かに全方位内を確認すると九人だ。
となるとあと四から五往復。
一人頭二~三往復か。
よし解った。
「把握しました。
貴方も早く脱出して下さい。
気を失っている人達は僕らに任せて。
暗いので足元だけ注意して」
(あぁ……
わかった……
よろしく頼む)
中年男性は光の方へ向かっていった。
さて早く外へ運び出さないと。
両腕に魔力集中。
「発動」
ドルルンッッ!
ドルンッ!
フラ
少し怠さが来る。
限界が近いんだ。
多分神道巫術の使い過ぎが原因だ。
出来立てで慣れて無い所に連発させたから。
でもへこたれてはいられない。
早く運び出さないと。
ヒョイッ
怠くはあってもさすが魔力注入。
成年男性の身体がまるで羽毛の様な軽さに感じられる。
軽々と二人担ぐ。
更に両脚へ魔力集中。
「発動」
ドルンッ!
ドルルンッッ!
体内で響くエンジン音。
怠い所に更に重ねる様に怠さが来る。
くそ!
負けるか!
ビュンッッ!
光に向かって超速で駆け出す僕。
疾風の如き速さ。
更に前から突風が逆巻く。
ハッキリとは見えなかったが、多分風の正体は踊七さんだ。
僕も負けてられない。
すぐに外へ出る。
周りを確認。
五人程固まっていて、地面に二人寝かされている。
あそこか。
ゆっくりと二人を降ろす。
その様子を無言でじっと見ている六人。
何か視線が痛い。
痛くて重い。
ちらりと見上げる。
(こ……
こいつリュージだ……)
(リュージだ……)
(ドラゴンエラーを起こした悪魔……)
(何でこんな人殺しが俺達助けてんだ……
気持ち悪い……)
ズキン
上から重い罵りの言葉が降って来る。
胸が痛む。
やはり侮蔑や悪口の類はなかなかに慣れない。
「この建物の向こう側の大きな公園が避難所になってます……
人もたくさんいます……
気を失っている人達はそこに運んだ方が良いかも知れません……
信じるかどうかは好きにして下さい……
僕は救助に戻ります……」
僕は周りの人達を一瞥もせず、また入口目指して走り出す。
見るのが怖かったんだ。
入る時、また踊七さんとすれ違う。
あと五人。
僕はすぐ戻り、また二人を抱えて入口へ。
更に踊七さんとすれ違う。
あと一人だ。
僕は二人を抱えて、外に戻ると何人か減っていた。
特に確認した訳じゃないが、多分避難所に向かったんだろう。
ゆっくり二人を降ろすと、最後の一人を助け出しにまた入口へ向かう。
「竜司ィッッ!
あと一人だぁっ!」
すれ違い様、踊七さんの声がかかる。
早く助け出そう。
僕は急ぐ。
最後の一人が倒れている所に辿り着いた。
グッ
男性の身体が重い。
くそ、魔力注入切れか。
今一度両腕に魔力集中。
グラァッ
頭が重い。
身体がフラつく。
いくら発動で使用魔力が少ないと言ってもキツい。
「ア……
発動……」
ドルンッ!
ドルルンッッ!
体内で響くエンジン音。
救助対象の身体は軽くなった。
限界が近いから魔力注入は両腕だけにしておこう。
この軽さなら素の脚力でも問題は無いだろう。
ダッッ
僕は最後の一人を担いで出口へ駆け出す。
光が大きくなる。
もう少しだ。
あと少しで出れる。
その瞬間
ゴゴゴゴゴゴゴォォォォォッッッ!
「ウワァァァッッ!!?」
何だ!?
いきなり床が揺れ出した。
これは………………
余震だ。
しかもかなり大きい。
大きく身体のバランスが崩れる。
くそっっ!
後もう少しなのに。
閉じ込められたらアウトだ。
もう魔力注入は使えない。
ゴゴゴゴゴォォッッ!
まだ揺れている。
結構長い。
僕は屈んでやり過ごす。
やがて余震が止む。
今だッッッ!
僕は救助者を抱え、一目散に出口へ。
よしッッ!
外へ出れたァッッ!
「竜司ィィィッッ!
危ねぇぇッッ!!」
外へ出た瞬間、踊七さんの大声。
咄嗟の事で判断が出来ない。
え?
危険?
足元に大きな影が差す。
見上げると網膜に映るのは………………
巨大な瓦礫。
どんどん大きくなる。
落ちて来てるんだ。
「先輩ィィィッッッ!」
ビュンッッ!
救助者を踊七さん目掛けて投げつける。
バシィィィッッッ!
踊七さんが上手くキャッチ。
良かった。
誰も死なずに済んだ。
ゆっくりと大きくなる瓦礫。
これは死に際に働くタキサイキア現象か。
いわゆる走馬灯と言うものだ。
ここで終わりか。
僕は死ぬんだ。
身体の傷やウイルス。
今まで色々な事で死にかけたけど、結局死ぬ時はシンプルな物理。
これではどうしようも無い。
でも僕なりに頑張ったんだ。
助けた人は僕を嫌っているけど良かった。
これで良かったんだ。
僕は観念し……………………
かけたその刹那。
「貫通ォォォォォッッッ!」
聞き慣れた大声がこだまする。
ドッッッコォォォォォォォォンッッッッ!
巨大な衝撃音。
粉々に弾け飛ぶ巨大な瓦礫。
辺りに砂塵が舞い上がる。
「竜司、危ないトコやったのう」
舞い上がる砂塵の中、響く関西弁。
聞き慣れた関西弁。
ツウ
両頬に濡れた感覚。
僕は泣いていた。
その関西弁を発した主は………………
僕の親友…………
鮫島元だった。
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「はい、今日はここまで」
「パパー
今日話した地震って駿河トラフ大地震?
授業で習ったよ」
僕が体験した地震の被害は大きく、駿河トラフ大地震。
神奈川大震災等と呼称されている。
「そうだよ。
良く知ってるね龍」
「でも何でこんな所に元がいるの?」
「何でかはまた明日話すよ……
さあ布団に入って……
おやすみなさい」