第百四十七話 One step forward
「やあこんばんは」
「あ、パパうす」
どうやら昨日の事は引き摺ってない様だ。
良かった。
しかし今日話す内容はかなりキツいが大丈夫だろうか。
でも、龍には聞いて欲しい。
「じゃあ今日も始めて行くよ」
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「横浜の人達を………………
一所に……
集めてもらえませんか……?」
僕はそこでドラゴンエラーについて話すつもりでいた。
「………………何をする気だ……?
一所に集めて一気に殺す気が……?」
そんな事する訳が無い。
「違います……
その場で……
ドラゴンエラーの事を……
告白したいと思ってます……」
「おい竜司……
だから……」
やはりかと言わんばかりに踊七さんから声がかかる。
「いえ……
踊七さん……
やらせて下さい……
これは僕がやらないといけない事なんです……」
「竜司……」
「おい俗物…………
何故、悲劇の主人公気取りなのかは知らんが……
良いのか……?
我々、竜排会が声を上げれば突然でも数千は集まるぞ……?」
数千人。
それだけの人数が一斉に僕へ悪意を向けるのか。
耐えられるのだろうか?
しかも悪意だけじゃない。
待っているのは私刑。
数千もの人からの大規模な集団私刑。
でも………………
やらないと…………
「…………構いません……」
「ハッ……
膝が震えているでは無いか俗物…………
何十万人も殺した大罪人でも集団私刑は怖いのか……
身勝手過ぎて怒りすら湧かん……
構いませんと言ったな……
なら貴様は自殺志願者か……?」
「いえ…………
そう言う訳では無いです……」
「フン…………
まあいい……
願いを聞いてやろう……
二日貰う……
今日から三日後の今時分にまた来るが良い……
貴様の死に場所へ案内してやる……」
「三日後ですね……
わかりました……」
「用が済んだらさっさと去れっ……
貴様の顔なぞもう見たくも無い……」
「はい……
すいません……
お邪魔しました……
踊七さん……
行きましょう……」
僕らは市庁舎から出て行った。
そのまま亜空間で西宮へ帰って来る。
十四時四分
そんなに時間は経ってなかった。
「あれ~~~?
踊ちゃんと竜司くん~~
おかえりなさい~~
おはやいお帰りだねエ~~」
「おう眠夢、ただいま」
「眠夢さん、ただいま」
「眠夢、悪いが俺の部屋まで茶を持って来てくれねぇか?
竜司…………
ちょっと……」
踊七さんが右親指を立て、二階を指し示す。
多分今日の事についての話し合いだろう。
「はい……
わかりました先輩」
僕と踊七さんは二階へ上がり、部屋へ入る。
ドカッと床に座る踊七さん。
「で……
何だ……?
あれは……」
「あれは……
とは……?」
言いながら僕も床に座る。
「とは?
じゃねぇだろう……?
何であんな事を言ったんだ竜司……」
踊七さんが言っているのは市長にドラゴンエラーについて話した事だろう。
「あの人は…………
もう既に何人かの子供を殺してます……
止める為にはああするしか……」
「…………まあその事についてもそうだが……
俺が言ってるのは三日後の事だ……」
「そっ……
それはっ……」
「一度考えろって言っただろ……?」
「そ…………
そうなんですが……
あの市長の怒りを見てたら辛くて……
あの人をああまで変えてしまったのは僕が起こしたドラゴンエラーが原因です……」
「竜司くん……」
「うわっっ!!?」
いつのまにかお茶を持って側へ来ていた眠夢さん。
床に紅茶と簡単な茶菓子を並べる。
「私との……
約束……
覚えてる……?」
眠夢さんの台詞が間延びしていない。
真剣モードだ。
言っているのはドラゴンエラーの事で自分を卑下したり、歩みを止めたりする事を禁ずると言う事。
僕が提案した事は何も自分を卑下しての行動では無い。
「はいもちろん……
今先輩と話しているのは、僕がここから進んでいく為に必要だと判断した事なんです……」
それを聞いた眠夢さんはニッコリ笑顔。
「だったらおっけー~~~
それじゃあごゆっくり~~~」
いつもの眠夢さんの戻ると部屋を後にした。
「でだ……
どうすんだ……?
あんな事言っちまってよ……」
「多分行かなかったとしても……
市長に知られてしまった段階で僕にもう逃げ場はありません……」
「てっ……
てめぇ……
もしかしてそれを見越して言ったんじゃねぇだろうなぁっ……!?」
踊七さんが驚いている。
僕もそんな事を考えて言った訳じゃない。
あの時はただ必死だったんだ。
どうしたらこの人の蛮行を止めれるだろうって。
「そ……
そんな訳ないですよ……
でも……
もし三日後行かなかったとしても……
市長の事だから……
僕を眼の仇にすると思うんです……」
「まあ……
名前は言ってないからそこまで笑い事っちゃねぇ事にはならねぇとは思うがな……
だが、あの執務室……
防犯カメラとかついてたらアウトだけどな……」
「だから……
それなら……
僕自身で言ってしまった方が良いんじゃないかって……」
「お前な……
市長一人でもあれだけの暴行だったんだぞ……?
それが数千となると……
解ってるのか……?
お前…………
死ぬぞ……」
ぞくり
腰から頭まで恐怖で震えが立ち昇る。
確かに踊七さんの言う通りだ。
あの人、一人の悪意であれだけの暴行だったんだ。
それが数千倍。
一体どれだけの狂気、悪意、殺意に晒されるのか?
見当もつかない。
でも僕もただ無策で懺悔しようと考えた訳では無いんだ。
「だ……
だから……
死ななくても済む方法を一緒に考えて欲しいんです……」
「………………告白を辞めるって発想は無いのか……?」
「…………はい…………」
「…………どうしてもか……?」
「はい…………
これを通らないと僕は自分自身を赦す事が出来ないです…………」
「…………わかった…………
じゃあやる方向で考えてやる…………
ただ条件がある……
お前がマジでヤバそうだったら俺が止めに入る…………
これを認めろ……
これが条件だ……」
多分遠くから様子を見ていて、僕の命がヤバくなったら助けてくれると言う事だ。
どこまで行っても優しい人だ踊七さんは。
「はい……
わかりました……」
「で……
暴行を受けてもお前が生き長らえる方法か…………
魔力注入を防御に使う気は無いんだろ……?」
「はい……
すいません……」
「となると……
かなり厳しいな……」
「そうですかね……?」
「…………まあ……
人間ってのは脳と重要臓器さえ無事なら何とか生きてるもんだ……
特に脳……
これがやられたら人間は終わる……
暴行を受けるっていうのならさっきやってたみたいな頭を抱えるポーズだろうな……」
「はい…………」
「う~ん…………
なあ竜司……
脳と心臓だけは防御の魔力注入使えって……
でないとお前マジで死ぬぞ……?」
どうしよう。
回復の魔力注入があれば大丈夫だと思ってたけど、どうやらそうもいかない事に気付いたんだ。
気づいたのは市長から受けた傷を治す時。
患部が多すぎると迷うのだ。
回復の魔力注入は痛んでいる部分に魔力を集中させて修復する。
複数箇所を同時修復なんてやった事が無い。
しかも余りの痛みに痛覚が鈍麻すると、何処に傷があるか解らなくなる。
更に意識がハッキリすると痛覚が覚醒し、その痛みでショック死するかも知れない。
何度も言うが僕は自殺志願者じゃない。
死ぬ為に暴行を受ける訳じゃない。
となるとやはり落し所はここなのだろうか?
「はい…………
解りました…………
じゃあ脳と心臓だけは魔力注入を使う事にします…………
少し卑怯かもしれませんが……」
「お前は手を出さずに市民からの暴行を受ける気なんだろ?
卑怯でも何でもねえ……
自衛の最低限だ……
お前は真面目過ぎんだよ」
「そうなんですかね……?」
「俺は遠くから見てるからな」
「はい、ではその方向で」
段取りが付き、僕らはリビングに戻る。
あ、そうだ。
もう一度禊をしておこう。
そしてこの禊が終わったら、神道巫術の修正だ。
「あ、先輩。
僕、お風呂行ってきます」
「何か最近風呂ばっかり入ってるな。
お前はドラ座衛門のシズネちゃんか」
踊七さんがからかってくる。
シズネちゃんと言うのは漫画ドラ座衛門に出て来るヒロイン。
やたらと風呂に入るんだ。
「違いますよ。
僕は禊の為に入るんです」
「ハハッ
わーってるよ。
ンな事」
僕は風呂場に行き、手順通り禊を済ませた。
さあお次は……
リビングに戻る。
「ガレア、ちょっと付き合って」
【おういつものやつか】
「今から魔法の修正か。
頑張れよ竜司」
「ありがとうございます先輩」
僕らは自室に戻り、ガレアが出した亜空間の中へ。
しばらく内部を歩き、定位置を目指す。
「ガレア、そういえばさ……
何で付き合ってくれるの?」
僕は座りながら、ふいに過った疑問を投げかけてみる。
【ん?
何だよ突然】
「いや……
不思議に思ってね。
魔法の構築なんて全く動きが無いから退屈でしょ?
何で文句も言わず付き合ってくれるのかなって」
【う~ん、何だろうなあ。
退屈は退屈なんだけどな。
どうせ竜司、お前の事だから面白れぇ事考えてんだろ?
今日の喧嘩で見せたあのスンゲェ動きもこの退屈な作業で出たモンだろ?】
これだ。
ここがガレアの良く解らない所。
見ている様で見ていなく、見ていない様で見ている。
今回は後者だ。
「うん、そうだよ。
神通三世って言うんだ」
【何だよプリプリって。
ヘンな名前。
でも速かったなあ。
俺が目で追えなかったもんよう】
ガレアの飛行速度は最高マッハを超える。
そのガレアが目で追えないとなるとこれは相当凄いスキルだぞ。
何だか凄く誇らしい。
「エヘヘ……
そ……
そんなに凄かったかな……?」
【うわ何かスッゲェ気持ちワリィぞ竜司】
「そ……
そんな……」
バッサリ切って落とされた事が凄く悲しい。
今の僕は怒る事が出来ない。
だからその代わりに悲しみが襲って来ている。
人間の感情って良く出来ている。
感情の総量が百だとすると、その中で割合が決まってるんだろう。
例えば喜怒哀楽で各二十五%ずつとか。
その中で各カテゴリーに区分けされる様々な感情があるとする。
そこで今の僕は怒を失くしてしまった、
言わば喜哀楽になっている。
となると怒に充てられていた二十五%は何処に行くのかと言うと、残った三つに振り分けられる形になるんだろう。
僕はこれが絶招経の弊害だと思っている。
多分あの超絶無比は力を得る為に僕が失ったものは感情。
怒りと言う感情を糧にあのパワーを得たのだ。
もちろん今考えている事はあくまでも仮説だ。
これが正解かどうかは解らないけど。
【何だよ竜司。
気持ちワリィ顔したと思ったら黙りこくってよ】
「もうガレア……
気持ち悪い気持ち悪い言わないでよ……」
失くした怒りの分だけ悲しい。
切なくなる。
いやいやこんな事に気を取られている場合では無い。
忘れて修復についてまとめないと。
まず神道巫術で何をしたいか。
それは物質に宿る精霊と対話、交渉をして意のままに操ると言う事。
最初の検証では木の精霊、久久能智と話す事は出来た。
拒否されたけど……
ここでどうするか。
踊七さんは言う事を強制的に聞かせる様にしたらと言っていたが、僕は出来ればそれはやりたくない。
話をして、きちんと僕を理解してもらって、それで協力して欲しい。
でも踊七さんの言う事も一理ある。
そこで僕は契約という過程を挟もうと思う。
契約をすると僕の言う事に従う様になる。
これで対話する目的も出来た。
でも、どうなんだろ?
僕は権力者の強権を傘にするような真似はしたくない。
しかし一分一秒を争う局面で言う事を聞いてくれないと話にならない。
そこで僕は契約破棄と言う事も設けようと思ったんだ。
この契約破棄は精霊側でも可能。
やはりお互い合意の上で手伝って貰いたい。
精霊は僕が産み出したものなのに何言ってんだって話だけどね。
よし、これで修正点はまとまったかな?
「さあ始めるよ……」
ピト
ガレアの鱗に手を合わせる。
魔力補給だ。
ドッッッックゥンンッッッ!
心臓が深く高鳴る。
準備完了。
パンッッ!
手を勢いよく合わせる。
これは神道巫術の修正。
占星装術では無い。
間違えないようにしないと。
イメージするのは白い本だ。
白い本……
白い本…………
頭の中にイメージが浮かんでくる。
よし、始めよう。
数時間後
「ハァッ…………
ハァッ…………」
そこには息切れしている僕が居た。
相変わらずキツい魔法の修正。
とりあえず、さっき考えた事は書き込むことは成功した。
さあ亜空間から出よう。
僕は立ち上がる。
プルプルプルプル
膝が笑っている。
かなり疲弊した様だ。
「ガレア……」
【ぽへー……
ぽへー……】
ガレアが面白いイビキを立てている。
例によってガレアは居眠り。
まあその方が僕もやり易いから良いんだけど。
ガレアを揺り動かす。
「ガレア……
起きて……
終わったよ……」
【竜司うす】
「ガレアおはよ……
さあ出よう……」
フラッ
一歩踏み出すとフラつく身体。
ガレアにもたれ掛かる。
【オイオイ竜司、お前ペラペラじゃねぇか。
大丈夫かよ】
ペラペラって何だろう。
フラフラって言いたいのかな?
竜独特の…………
いやガレア独特の表現だろうか?
「うん……
何とかね……
ガレア……
悪いけど肩貸して……」
僕はガレアに寄りかかりながらゆっくり歩いて亜空間を出る。
それにしても今日の修正は一番疲れた。
この体力だと試す事は無理だ。
明日にしよう。
外へ出ると日は落ちていた。
時間は何時だろう。
プルプル震える手でスマホを取り出す。
時間確認。
十七時五十七分
結構な時間だ。
そのまま僕はリビングへ降りる。
脚が重い。
ゆっくりゆっくり階段を降りる。
【もっとサッサと歩けねえのかよ竜司】
ゆっくり階段を降りる僕にイラついたのかボヤき始めるガレア。
「ごめん……
ガレア……
すんごい疲れてるからお願い……」
【しょうがねぇなあ】
ボヤきつつも僕に歩速を合わせてくれるガレア。
やっぱりガレアは良い奴だなあ。
そんなこんなでようやくリビングに到着。
「おっ?
竜司……
ってお前ペラペラじゃねぇかっっ!?
大丈夫かっっ!?」
ガレア独特だと思ってたが違ってたらしい。
ペラペラな状態ってどう言う状態だろう?
「え……
ええ……
何とか……
思ってた以上に修正作業がキツかったみたいで……」
「お前……
無理し過ぎだぞ……」
「ただいま~~」
そんなやり取りをしていると凛子さんとグースも帰って来た。
「お……
おかえりなさい……」
「ただいま竜司君…………
ってどうしたのっ!?
貴方ペラペラじゃないっっ!!?」
凛子さん貴方もか。
だからペラペラな状態ってどう言うのだってば。
「凛子さん~~
おかえりなさい~~
晩御飯今出来ましたよ~~
ってあれ~~?
竜司君~~?
どうしたの~~?
ペラペラになって~~」
もういいよペラペラで。
ハイ今の僕の状態はペラペラ。
ペラペラで良いよ。
「あ……
いえ……
色々ありまして……」
「どうする?
治療する?」
「あ、いえ……
そこまででは無いので大丈夫です」
断った理由はこの疲労は魔法の修正によるもの。
ここで凛子さんに治療されると、この疲労がどれぐらいの休息で治るか解らなくなってしまうからだ。
いつも凛子さんが側にいるとは限らないし。
「そう……
無理しないでね」
「はい」
晩御飯スタート。
滞りなく美味しく頂く。
食後三十分程すると……
ガタンッッ!
身体が途轍もなく重くなった。
テーブルに勢いよく突っ伏してしまう。
「竜司っっ!?」
踊七さんの声が聞こえる。
だが、声が出せない。
それ程の怠さ。
極度の怠さと眠気が僕の身体を縛っている。
急に何だ?
どうしてだ?
「多分……
極度に疲労していた所に栄養を摂取したからだと思う……
竜司君はこのまま寝かせた方が良いわ」
薄れゆく意識の中、そんな事を言っている凛子さんの声を聞いた。
なるほど…………
そういう……………………
事か…………
僕は眠ってしまった。
次の日
僕はゆっくり目を覚ます。
あれ?
僕はどうしたんだっけ?
今僕は……
布団の中だ。
晩御飯を食べた所までは覚えている。
その先から覚えていない。
とりあえず半身を起こしてみる。
項垂れたままボーッとしてしまう。
身体は……
少し怠いけど……
動かす事は可能だ。
僕はゆっくりと布団から出る。
屈伸しながら服を着替える。
【竜司うす】
傍で寝ていたガレアが目覚める。
うん、屈伸しても痛い所なんか無い。
「ガレア、昨日僕どうなったの?」
【ん?
何かメシ喰ったらそのまま寝たぞお前】
あっけらかんとしたガレア。
今、何時だろう。
七時二十八分
確か晩御飯が終わったのは遅くとも十九時。
となると……
半日以上寝ていたのか僕は。
寝て一回も起きていない。
半日の間熟睡してたと言う事だ。
まあまだマシでは無いだろうか?
三重の時とか一週間ぐらい起きなかったらしいし。
全くもって人間の“慣れ”って言うのは凄い。
「じゃあ下に行こうかガレア」
【おう】
僕らは下に降りる。
少し怠さはあるが、階段を降りる脚もスムーズだ。
「おっ!?
竜司っっ!?
起きて大丈夫なのかよっっ!?」
既に起きていた踊七さんが駆け寄って来る。
「ええ、少し怠さはありますがもう大丈夫ですよ」
「そうか……
良かった……
俺の教えた魔法で笑い事っちゃねぇ事になったら寝覚めが悪すぎるからな」
「ご心配かけてすいません」
「あら~~?
竜司くん~~
おはよう~~」
台所から朝食を運んで来た眠夢さんと遭遇。
「おはようございます眠夢さん」
「身体大丈夫~~?
昨日ペラペラだったんだよ~~?」
だからペラペラってどんな状態なんだってば。
「タハハ……
そういえば凛子さんは?」
「ママは今日お休みだよ。
キューシンビだって。
ってか竜司にーちゃん大丈夫なの?
昨日本当にペラペラだったけど」
これはもしかして僕のツッコミ待ちだろうか。
カンナちゃんまでペラペラと言い出した。
凛子さんが休診日って事はまだ寝てるのかな?
「う……
うん……
僕は大丈夫だよ。
と言う事は凛子さん、まだ寝てるの?」
「うんっ
ママは今日お寝坊さんなんだよっ」
まあ、毎日頑張ってるんだしたまの休みぐらいは良いか。
「はいはい~~
竜司くん~~
カンナちゃん~~
朝ご飯、運ぶの手伝って~~」
「はーいっ」
「あ、はい」
僕らは朝ご飯の給仕を手伝う。
そう言えばグースも居ないけど、凛子さんと一緒に寝てるのかな?
主人に付き従う竜の鏡だなあ。
朝食を運び終わり、みんなで朝食開始。
今日の朝食はフレンチトースト、サラダ、スクランブルエッグとカリカリベーコンと洋風だ。
普通フレンチトーストってハチミツを塗った甘い食べ物だけど僕の食べ方は違うんだ。
まずフレンチトーストにカリカリベーコンとスクランブルエッグを乗っけて…………
少しマヨネーズをかける。
そして…………
一口ぱくり。
う~ん、美味い。
この塩味のフレンチトーストは僕が引き籠り時代にコンビニでよく買ってたんだ。
うん、かなり近い味だ。
こっちの方がアツアツで美味しいかも知れない。
「竜司くん~~
踊ちゃんみたいな食べ方するねぇ~~」
「ん?
……モグモグ」
キョトン顔で僕と同じ様なフレンチトーストを自分で拵え咀嚼している踊七さん。
「これ美味しいですよねえ先輩」
「竜司……
モグモグ……
お前解ってるじゃねぇか」
ニヤリと笑う踊七さんの口元にマヨネーズが付いている。
若干僕より多めに塗ったんだろう。
そんな感じで朝食終了。
カンナちゃんは学校へ向かう。
僕は魔法の検証だ。
「先輩、今日何か用事ありますか?」
「いや、不動産屋ぐらいだが」
「お暇でしたら検証に付き合いますか?」
「お?
昨日修正したやつか?
いいぜ、見せてみな」
「はい」
僕らは外へ向かう。
「じゃあやってみろ」
「はい……
全方位」
僕を中心に展開される緑のワイヤーフレーム。
パンッ
両手を勢いよく合わせる。
「神道巫術」
ポウ
両手の人差し指先端が青白く灯る。
そのまま両人差し指を前に構え、内側へ滑らせる。
僕の目の前に現れる青白い鳥居。
よし準備OK。
「久久能智……
久久能智……
返事をして……」
〖何どす…………?〗
応答があった。
「久久能智……
今日の僕は……
ど……
どうかな……?」
〖どうって……
どう言う意味ですのん……?〗
「いや…………
前にさ……
僕が汚れてるって言われたから……
禊やってみたんだけど……」
〖まあ……
多少はなあ……
相変わらず穢れとんは穢れとんやけどな……〗
結構真剣に取り組んだんだけどな禊。
一体どれぐらいやれば清められるんだろう。
「い……
一体どれぐらい禊をやれば良いのでしょうか……?」
〖向こう一年は続けなあかんなあ〗
「一年……
そ……
そんなに」
〖継続は力なり言うやろ?〗
言うけど。
て言うか産まれて数日しか経ってないのに何でそんな言葉を知ってるんだ。
今日は割と話してくれてる。
と、言う事は僕が行った禊は効果があったと言う事だ。
「あの……
久久能智……
さん……?
姿とか見せてもらう事とか出来ないんですか?」
〖何でや?〗
「いや……
僕の隣の人に久久能智さんが存在してるって事を教えたいんですよ」
〖隣ってその穢れに穢れきった兄ちゃんか?〗
穢れきった兄ちゃんって多分踊七さんの事だろう。
「は……
はい……
それで姿を見せる事は出来るんですか?」
〖うーん……
どやろなあ……
まだあんさんとは縁が弱いからなあ……
顕現化は無理やろな。
まあ頑張れば何らかの形で見えるかも知れんけど……
って何でウチがこない親身に相談乗っとんねんっっ!?〗
「す……
すいません……」
〖まあ何やろなあ……
あんさんのキャラがそうさせとんのやろなあ……〗
「キャラ……
ですか?」
〖ホラあんさん素直やろ?
前、ウチがボロカスに言うて去ったのにきちんと禊して出直しとるしな〗
「あ……
ありがとうございます……
で、良いのかな?」
〖プッ……
変わった子やなあ……
んでどないな形でも姿見せたらええんか?〗
「はい、出来ればお願いしたいんですが……」
〖わかった……
清めて来た礼や。
やってみるからちょお待っとき……〗
しばし静寂。
「踊七さん、今から久久能智が出てきます」
「おっ、そうか。
どんなんだろうな」
ボボウ
火が灯る様な音がしたかと思うと、目の前に現れた巨大な炎。
が、色が変わってる。
これは暗い黄色が混ざった赤。
茶色系だ。
丁字色とでも言おうか。
丁字色の大きな炎が揺らめいている。
面白いのが三か所ポッカリと穴が空いている。
位置的に何となく顔に見える。
これはシミュラクラ現象だ。
■シミュラクラ現象
人や動物の目と口は逆三角形に配置されている事から、穴や点、線等が逆三角形に配置されたものを見ると顔と判断してしまう脳の働きの事。
まさか引き籠り時代に軽い気持ちで調べた事がこんな所で出て来るとは。
「おおっ!?
何か出たぞっっ!!?」
踊七さんが驚いている。
「久久能智さん……
ですか?」
〖そやで、どないでっか?
ウチの姿〗
目の前の丁字色の炎が大きく揺らめく。
どうやらこの炎が久久能智で間違いないみたいだ。
「ええ……
何か精霊っぽい感じですね」
〖そら、ウチ木の精霊やねんから当然やろ?
姿は見せたけど隣の穢れ人間とは話さんからな〗
「いや、話せるの僕だけなんで」
「竜司、この茶色い炎がお前の言ってた精霊か。
しかし茶色い炎ってのは珍しいな」
「はい」
「んでこっからどうすんだ?」
踊七さんからの質問。
暗にこのままグダグダ話してもしょうがないと言っている様だ。
それに関しては考えてある。
次の段階…………
契約を行おう。
「締結」
呟くと同時に地面に青白い大きな二重丸が現れる。
これは魔法に書き込んだ通り。
本当は魔法陣みたいにしたかったんだけど、きちんとした魔法陣なんて僕は書けないから二重丸にしたんだ。
サークル内に僕と久久能智が入る。
〖ん?
あんさん、これなんでっか?〗
「………………ねえ、久久能智さん?」
〖何でっしゃろ?
………………はぅあっ!!?〗
ヘンな呻き声が聞こえたかと思うと丁字色の大炎が激しく揺らめき出す。
「我、ここに木の大精霊、久久能智と契約す…………
我が名は皇竜司……」
これで魔法の修正した部分の工程は完了した。
どうだろう?
これで言う事を聞いてくれるのかな?
見ると、茶色い炎の揺らめきが落ち着いている。
「久久能智……
久久能智……
気分はどう?」
〖主はん、気分はよろしいですわ〗
良かった。
僕の呼び方が変わっている。
と、言う事は成功したと言う事だ。
「フーーーッ……
踊七さん、どうやら成功したみたいです」
「成功ってどう言う事だ?」
「あ、すいません。
久久能智との契約です」
「ほう、そいつは笑い事っちゃねぇ。
んでそっからどうすんだ?
確か久久能智って木の精霊だろ?」
「う~ん……
そうですねぇ……」
僕はキョロキョロ大きな庭を見渡す。
ふと庭の隅に庭木が植えてある。
いくつか花が見える。
咲きかけと言った印象。
「久久能智……?
あの木の種別を教えて」
僕は庭木を指差す。
〖ん?
椿の事かいな?〗
「へえあれが椿……
ナントカ椿みたいな種類とかあるの?」
〖確か人間どもが数寄屋とか呼んどったなあ。
ウチ、人間どものやる事はよう知らんからなあ〗
「何となく遠目に咲きそうに見えるけど、そろそろ咲くの?」
〖あの椿は十一月から四月に咲くもんやからなあ。
そろそろ咲きよるんとちゃう?〗
よし、決まった。
あの椿の花を一斉に咲かせてみよう。
「踊七さん、今から久久能智に頼んで、あの椿の樹を満開にしてみます」
「えっ?
あの二分か一分咲きの花をか?
おもしれぇ。
やってみろやってみろ」
「はい……
久久能智……?」
〖主はん、なんでっしゃろ?〗
「あの椿の花を咲かせる事って出来る?」
〖無理やな。
そら葉槌の領分や〗
「え、そうなの?」
〖そうや。
ウチはあくまでも木の大精霊。
どうこう出来んのは木だけや〗
「そ……
そうなんだ…………」
少しションボリしてしまう僕。
〖何や。
何、凹んどんねん主はん〗
「いや……
せっかく久久能智の凄い所を見せてやれるって思ったのになって……」
〖何や、そないな事か。
ほんだら……〗
クル
丁字色の大炎が椿の樹の方向に向く。
って言うかやっぱりあの三つの穴は顔だったのか。
うーん、何をしようとしてるのか良く解らない。
見た目、ただの火だもんなあ。
ギュンッッッ!
とか考えてたら、瞬時に遠く離れた椿の枝が伸びて踊七さんの鼻先まで。
その枝は鋭く尖っている。
「ウオォッッ!!?」
踊七さん堪らずスウェー。
「ちょっ……!
ちょっとっっ!?
久久能智止めてよッッ!!」
〖アホか主はん。
ホンマに刺す訳ないやろ。
刺す気やったら、根で動き止めてからゆっくりやるわ〗
「うわー……
ビックリした……」
鳩が豆鉄砲喰らった様な顔をしている踊七さん。
「す……
すいません」
「いや……
刺さってねぇから良いけどよ。
しっかしこれスゲェな。
ホラ竜司見てみろよ。
全然折れねぇぞ」
ビヨヨン
ビヨヨン
遠く離れた椿の樹から不自然に伸びた枝を指でつつく。
枝はしなやかに揺れるだけで全く折れる気配が無い。
「ホントだ。
何でだろう」
「笑い事っちゃねぇ。
普通こんだけ伸びたら強度が弱くなって簡単に折れるもんだ。
地球の物理法則的なモン色々無視してんな」
ビヨヨン
ビヨヨン
伸びた枝をつついて遊んでいる踊七さん。
「ねえ久久能智、これって戻す事出来るの?」
〖んな事、朝飯前や。
ホイ〗
シュルンッッ!
瞬く間に戻る枝。
変哲の無い椿の枝に戻る。
て言うか精霊に朝飯ってあるのだろうか?
「ねえ久久能智、何でさっき枝折れなかったの?
普通あれだけ伸びたら簡単に折れるはずでしょ?」
〖そら契約の時に手付でもろた“糧”を込めたからやろ?〗
手付?
糧?
何の事だろう?
僕は少し考えてみる。
……………………もしかして…………
僕は体内に意識を集中。
やっぱり。
残存魔力が減ってる気がする。
多分糧って言うのは魔力の事だ。
なるほど、魔力を込めたのか。
なら折れないのも納得だ。
冷静に考えるとこの納得の仕方もどうかとは思うが。
「さっき根で動き止めるって言ってたけど、根っこは操れるんだね」
〖そら根も木の一部やからなあ。
んでなあ、ちょっと主はんに頼みがあるんや。
椿の樹に水やってくれへんか?
ここ最近雨降ってへんから弱り始めとんねん。
多めにくれたら嬉しいなあ」
確かに雨は降ってない。
それは一大事だ。
「それは大変だ。
すぐに水やりするよ。
椿の樹だけじゃ無くて、全部あげた方が良いかな?」
〖やっぱ素直やなあ主はん。
出来ればそうしてくれたら助かるわあ。
所で葉槌もウチみたいに契約したいんか?〗
「うん、あとでやろうと思ってるよ」
〖ほんだらウチが口聞いたろか?〗
「え?
そんな事出来るのっ!?」
〖出来るで。
だって葉槌はウチの妹やもん〗
衝撃。
妹って何?
てか精霊に性別なんてあるのか?
てかだからお前達は産まれて数日だってば。
色々なツッコミが超速で頭を回る。
「そ……
そう……
じゃ……
じゃあ、一旦解除するよ……
久久能智……
また後で……」
〖はいな〗
全方位解除。
丁字色の炎も消えた。
「ふう……」
一息つく僕。
「終わったか?」
「はい」
「で、何だって?」
僕は久久能智に言われた事を説明した。
「なるほどな……
魔力の事を糧か……
たしかにそうだわな。
葉槌が妹なあ……
俺が思うに、葉っぱとか花って木が生えてから付くもんだからかな?
そんでお前はこれからどうすんだ?」
「はい、庭の水やりをした後にまた神道巫術で次は葉槌と契約します」
「言ってたやつか。
ならウチのガキ共使ってくれて構わねぇぞ」
凛子さんの家の庭は広大だ。
これを一人で水やりするのは骨が折れる。
人手があるのは助かる。
「あ、お願いします」
「ほんじゃあ、俺は不動産屋行って来るわ」
「はい、いってらっしゃい」
こうして踊七さんは不動産屋に出かけて行った。
僕は宅内に戻る。
「フンフンフ~~ン♪
お洗濯~~
はまーいにーちいーたしーましょ~~~♪」
妙な歌が奥から聞こえて来る。
歌の方へ行ってみると脱衣所で洗濯物を洗濯機から出している眠夢さんが居た。
歌っていたのは眠夢さんだ。
「あ、眠夢さん」
「ポンピコポコリンッ♪
ポコポコ……
あれ~~?
竜司くん~~~?
もう用事済んだの~~?」
「あ、いえ、まだ続いてまして……
それでちょっと人手が居るので子供達に協力をお願いしたいんですがどこですか?」
「子供達~~?
なら二階だよ~~」
「ありがとうございます」
そのまま僕は脱衣所を後にし、二階へ向かう。
その道すがら、どうやって子供達に言う事を聞かせようか考えていた。
うーん、どうしよう?
多分論理的にこちらの事情を説明してもガクくんはともかく、ケンジやヒナちゃんはポカンだろう。
と、なると子供らしく物で吊ってみるか。
たべっこどうぶつと歌舞伎揚げは関西でも見た事あるけど、かっぱえびせんのにんにく醤油味は後で調べたけど、関東限定みたいなんだ。
こっちじゃ売ってない。
まあでも良いか。
こっちには近畿限定の関西ダシ醤油味がある。
そんなに好きじゃないけど。
美味しくない訳じゃないんだけどやっぱりこう言うのはスタンダードな奴が一番だったりする。
とりあえずこれで行ってみるか。
そんな事を考えている内に子供達の部屋に到着。
トントン
(はぁーいっ!
どなたーっっ!?)
中から元気なヒナちゃんの声。
ガチャ
部屋の扉が開く。
(あれ?
おにーちゃんっ
どーしたの?)
ヒナちゃんがキョトン顔で僕を見上げる。
「や……
やあ……
ちょっと君達に頼みたい事があってね。
今何しているの?」
(今オベンキョー中ッ!
あたしとガク君は終わったのっ!
後はケンジだけー
キシシ)
意地悪く笑うヒナちゃん。
部屋に入るとガシガシ頭を掻きながらノートとにらめっこしているケンジと落ち着いた様子のガクが居た。
(ホラ、ケンジ。
ここも間違えてる。
何で足してるのに数が少なくなってるの)
どうやらガクはケンジに勉強を教えているみたいだ。
「僕が見てあげようか?」
(あ、お兄さん。
全くケンジは本当に算数が苦手なんだから……)
「どれどれ……」
見ると、止まってるのはカッコを使った簡単な掛け算と引き算の混合式だった。
「えーと……
ケンジくん?
ドリクエでさ……
バイシフトって魔法あったじゃない?」
(あの攻撃力が二倍になる魔法だろ?)
「うん、そうだね。
この式だったらそれで考えてみたらどう?
ホラ……
まず一番左の数字が魔王のHPだとして……
カッコの中は勇者にバイシフトかけた時の攻撃力で」
(あっ!!
わかったっっ!
よしっ!
出来たガクッ!
見てくれよッッ!)
ノートを受け取るガク。
(せ……
正解……
何であの説明で解るんだお前)
(へっへーんっっ!
ガクとは頭のデキが違うんだよっ!
よしっ!
これで今日の勉強終ーーわりッッ!)
まあとりあえず勉強は終わった様だ。
さあ次は僕の番だ。
「ね……
ねえ……
みんな、ちょっと頼みたい事があるんだけど……?」
(んー?
なぁーにぃー?)
(めんどい事ならやんねぇぞ)
(はい何でしょう?)
どうやらヒナちゃんとガクは協力してくれそうな雰囲気。
が、ケンジはわからない。
「あの…………
この家の庭木に水をやるの手伝って欲しいんだけど……」
(お花さんにお水あげるのーっ?
うんっ
いーよっ!)
(お兄さんにお世話になってますから、そのくらいは構いませんよ)
(ゲッ!
この家の庭ってめっちゃデケェじゃんっっ!
めんどクセーッッ!)
やっぱりか。
ならばこれでどうだ?
「て……
手伝ってくれたらご褒美あげるけど……
どうかな?」
(ゴホービッッ!!?
何々ッッ!?
何くれるのっっ!?)
(別に僕はご褒美なんて無くても手伝いますけどね)
(エッ!?
エッ!?
何だよッッ!?
二人ばっかりズルいぞッッ!)
「ヒナちゃんはたべっこどうぶつ二箱。
ガクくんには歌舞伎揚げ二袋。
ケンジくんにはかっぱえびせんの近畿限定味二袋あげようかなって」
(たべっこどうぶつくれるのーーっっ!?
うんっっ!
私、頑張るーーっっ!)
ヒナちゃんOK。
(ま……
まあ僕はこいつらみたいにご褒美で吊られる程子供じゃないですけど…………
まあやる気は出ますよね……)
あの大人のガクですら揺らいでる。
どれだけ好きなんだ歌舞伎揚げ。
はいガクOK。
(なあなあにーちゃんっっ!
近畿限定って何味だよっっ!?)
「関西ダシ醤油味だよ。
食べた事無いでしょ?」
(何だそれっっ!?
聞いた事ねーっ!
興味あるっっ!)
近畿限定なんだからそりゃそうだ。
「じゃ……
じゃあ手伝ってくれる……?」
(しょーがねーなっ!
手伝ってやるよっ!)
良かった。
これで労働力確保。
僕は三人を連れて外へ。
庭の隅に手入れ用具は固めて置いてある。
蛇口もあった。
ジャーーッ
早速バケツに水を溜め始める。
合計四つ。
「はい、みんな。
ジョウロだよ。
バケツを持って庭木に水をあげてね」
(はーいっ!)
(おうっ!
任しとけっ!)
(わかりました)
各々バケツとジョウロを持って散って行く。
水やり開始。
さて、僕は椿の樹に水をあげよう。
ジョウロにバケツから水を汲み、かけ始める。
それにしてもこうして久久能智に言われないと気にも留めなかったんだよなあ。
そう言った意味でも僕の神道巫術は意義があるものなんだなあ。
そんな事を考えながら水をあげていた。
(んしょ……
んしょ……)
ヒナちゃんが二回目の水汲みを終え、小さい身体で一生懸命バケツを運んでいる。
もう一杯目終わったのか。
割と要領が良い子なのかも知れない。
四人もいれば作業もスムーズに進み、すぐに完了。
「はいっ!
みんなお疲れ様ーっ!
もう良いよーーっ!」
(なあなあ兄ちゃん、何で急に水やりしようとか思ったんだよ)
「えっと……
僕の魔法でそう言う事言われてさ」
(まじっく・めそっどってアレだろっ?
踊兄の魔法だろっ?)
(へえ……
お兄さんも魔法使えるんですね。
どんなのなんです?)
ガクも話に加わる。
「うん、神道巫術って言ってね。
精霊と話が出来るんだ」
(へえ)
「良かったら見て行く?
今から葉と花の精霊と契約するんだけど」
(ええ、是非)
「わかった。
えっと……
ガレア……
ガレア……」
【ぽへー……
ぽへー……】
居た。
庭の隅で寝ている。
最近ガレア、寝てばっかりだなあ。
多分、暮葉も居なくなって話し相手が無くなって退屈なんだろうなあ。
もっとガレアに構ってあげないといけない。
僕はガレアの元へ。
「ガレア、起きて」
【竜司うす】
「今からもう一度付き合って」
【ん?
何かやんのか?
いいぞ】
「ありがとう。
おーいっ
みんなーっ
こっちおいでよーっ」
(なになにーーっ!?)
(何だっ?
何やるんだよっ!)
(今から竜河岸のスキルを見せてもらうんだよ)
「うん、今から僕が行うのは竜河岸のスキルだよ。
これは竜儀の式を終えたら使える様になるものなんだ。
そこからやり様によっては自分でスキルを創ったりする事も出来るんだよ」
(すっげーっ!
スキル俺もほしーっっ!)
(ん?
ん?
私良く解んない)
(へえ、自分で創れたりもするんですね。
言われてみればそうか。
踊兄の五行魔法も創ったって言ってたっけ)
「じゃあ……
始めるよ……
全方位」
何だか模範演技みたいで少し緊張する。
僕を中心に緑色ワイヤフレーム超速展開。
(わぁっっ!!?)
三人ともビックリしてる。
パンッ
勢いよく両手を合わせる。
「神道巫術」
両人差し指先端に青白い炎が灯る。
その指先が描く軌跡がシンボルの鳥居を産み出す。
「久久能智……
久久能智……
居る?」
〖主はん……
おるえ……〗
僕の事を主と呼んでいる。
と、言う事は契約は神道巫術を解除しても有効と言う事だ。
(お兄さん、何か怖いですよ。
何一人で話してるんですか?)
おっといけない。
このままだと僕はただの厨二病患者だ。
「あ、久久能智?
また姿見せてもらえる?」
〖はいな〗
ボボウッ!
目の前に現れる丁字色の大きな炎。
(うわッッ!?)
三人とも驚いている。
〖主はん……
ありがとうなあ……
みんな喜んどったで〗
多分水やりの事を言ってるんだろう。
「あ、いえいえ」
〖今回はギャラリー多いねんな。
みんなちいこうて愛いやんか。
その子らも水やり手伝うてくれたんか?〗
「ええ……
まあ……」
〖あとでお礼言うといてんか。
ウチの声は主はんにしか聞こえんからなあ〗
久久能智は割と律儀な性格らしい。
(どーいたしましてっっ!)
「わっっ!?」
急に声を張り上げるヒナちゃん。
……………………ん?
………………どういたしまして?
………………もしかして
「ヒ……
ヒナちゃん……?
もしかして久久能智が言ってる事わかるの……?」
(くくのちってこの茶色い炎さんの事?
うん、水やりしてくれてありがとうって言ったんでしょ?)
「う……
うん……
そうだけど……
ク……
久久能智……
これどう言う事?」
(何だよっ!
ヒナとにーちゃんで何喋ってんだよっっ!!?)
ケンジはどうやら聞こえていないらしい。
「ねえ……
ガク君……
この炎が何言ってるか聞こえる?」
(いえ、全く聞こえません)
(なぁんだーっっ
二人とも聞こえないのーっ?
キシシ)
ヒナちゃんが意地悪く笑う。
これは多分二人より優位に立てる所が出来たからであろう。
〖ウチもようわからんわ。
まあ別にええんとちゃうの?
そこのお子……
ウチは久久能智言うねん……
よろしゅうなあ〗
(ククノチ……
ククちゃんねっっ!
私は梵ヒナって言いマァスッッ!
よろしくお願いしマァスッッッ!)
ヒナちゃんが元気に挨拶。
〖フフフ……
元気があってええ子やないかぁ〗
とりあえず状況をまとめよう。
何らかの原因でヒナちゃんは精霊の声が聞ける。
そしてケンジ、ガクは聞こえない。
理由は良く解らないけど。
〖んで主はん、どうすんねや?
葉槌呼ぶんか?〗
「あ、はい。
お願いします」
(ハヅチ?)
ヒナちゃん、キョトン顔。
〖葉槌言うてな。
葉の大精霊やねんよヒナ。
ウチの妹やねん〗
(へーっ!
ククちゃんの妹ちゃんかーっ!)
普通に会話してるなあ。
でもこの子、炎と話してる今の状況に何にも思わないんだろうか?
〖フフ……
葉槌ーーッ?
葉槌ーーッ!
出てきんさーい〗
ボボウ
火が灯る音。
丁字色の炎の隣にもう一つ炎が現れる。
その色は淡い緑。
ゆらりゆらりと揺らめいている。
まだ無言。
「あ……
あの……
は……
初めまして葉槌さん……」
〖初まなぐまして、わは葉槌ど言うでゃ〗
え!?
何て?
方言がキツくて何言ってるか良く解らない。
辛うじて分かったのは名前だけだ。
おそらく名乗ったと言う事は挨拶だろう。
「よ……
よろしく……」
〖先程はありがどうごしござでゃ。
ウチのワラシ達もわぃや喜んでじょいした〗
た……
多分……
水やりのお礼を言ってるんだろう。
本当に何言ってるのか解らない。
今まで会った奴で何言ってるか解らないランキング三位だ。
一位:ビンワン
二位:ハンニバル
三位:葉槌
(プッ……!
アーハッハッハッ!
何それーーっ!?
ハーちゃん、ヘンな喋り方ーーっっ!
じょいしたって何ーーっっ!!?
アーハッハッハッッ!)
ついに我慢の限界が来たのかヒナちゃん大爆笑。
ハーちゃんっていうのは葉槌の事だろう。
〖なっ……!
何がそったらさおがすんだかぁっ!?〗
〖コラコラ……
葉槌……
大人気ないで。
そないなちいこい子に何、声荒げとんのや〗
〖そしたら事言っても姉さん……〗
何か久久能智が葉槌を窘めている。
て言うか精霊に大人も子供も無いと思うんだが。
うーん、何か葉槌はとっとと契約した方が良さそうだ。
「締結」
地面に青白い二重円が現れ、緑の炎と僕は円の内側へ。
準備完了。
〖ん?
こいは何だか?〗
後は……
「ねえ葉槌さん?」
〖はい、何だびょん?
………………ゥホァッッ!!?〗
(アーーーハッハッハッ!
だびょんっっ!
だびょんだってーーっっ!)
「わ……
我、ここに葉の大精霊、葉槌と契約す…………
わ……
我が名は皇竜司……」
危ない所だった。
大事な契約の局面で笑ってしまう所だった。
早い事、契約しておいて正解だった。
これで……
契約できた……
のかな?
「は……
葉槌……
さん?」
〖はいご主人様、如何いたしますた?〗
よし、僕の事を主人と呼んでいる。
これでOKだ。
かなり方言がキツいけど、葉槌って礼儀正しい精霊なのかな?
「契約してくれてありがとう。
もう良いよ」
〖はい、解りますたぁ。
それではへば〗
フッ
そう言い残し緑の炎が消える。
(アーーーハッハッハッ!!
へばって何ーーっっ!
へば!
へば!
アーーハッハッハッ!)
ヒナちゃんが物凄く楽しそう。
呆気に取られて見つめるケンジとガク。
〖楽しそうやなあヒナ……
んで主はん、どないすんねや?
まだ契約続けるんか?〗
「うん、出来ればお願いしたいんだけど、今呼べる精霊って誰がいるの?」
〖まあ手近なトコで言うたら野椎やな……
後は池あるから水虬も多分おるやろ……
後は……
磐土はおるやろか……?
まあ池の縁におっきい岩いっぱいあるから大丈夫やろ……
まあざっとこんなトコやろなあ〗
野椎は野の精霊。
水虬は水の精霊。
磐土は岩の精霊だ。
軻遇突智は今火が無いから無理なんだろう。
潮椎も海が近くじゃないからだ。
とりあえず僕はこの三精霊と契約した。
〇野椎
〖オーナー。
ワシ、契約はしたけどやる気めっちゃ無いから。
そこんとこよろしゅう頼んまっさ〗
大阪弁。
僕の事をオーナーと呼ぶ。
何だか物凄くやる気が無い。
炎の大きさも比較的小さく、色は黄緑色。
〇水虬
〖あらあら……
こら可愛い楼主さんでありんすね……
わっちは水虬と申しんす……
ご用がありんしたらいつでも呼んでおくんなんし〗
何だかエロい。
この言葉遣い何て言ったかな……?
あぁそうだ廓詞だ。
遊郭とかで使われる言葉。
俗に言うありんす語と言う奴だ。
楼主って何の事かって調べたら、遊郭で一番偉い人の事なんだって。
遊郭が何かは内緒ね。
炎の色は綺麗な青色。
ガスコンロの色の様だったよ。
〇磐土
〖頭ァッッ!
ワシャ磐土言うもんじゃァッ!
ぶち迷惑かけるかも知れんが宜しゅう頼んますッッ!〗
磐土は広島弁だった。
口調から岩らしく豪快な性格らしい。
僕の事を頭と呼ぶ。
何だかヤクザの親分になったみたいだなあ。
炎は正に大炎と呼ぶに相応しい大きさ。
色は灰色。
灰色の炎って言うのも何か不思議な感じがするけど、とにかく灰色だった。
とりあえずこれで今契約できる精霊は全て完了した。
「ねえ……
久久能智……
何だか精霊ってみんな個性的だよね……」
〖そうか?
みんな昔からこないな感じやから、気にならんけどなあ〗
何となく久久能智と話してると落ち着く。
何でだろうと考えたら、母さんと同じ京都弁だからだ。
多分、精霊の色々な事は久久能智に聞く事になりそうだ。
家に戻ろうとすると、凛子さんとグースが玄関に立っていた。
「ウフフおはよう竜司君」
笑顔の凛子さん。
どうやら一部始終を見ていた様だ。
「お……
おはようございます……」
「ウフフさっき出してた炎が秘密特訓の成果かしら?」
「え……
ええ、まあ……」
「詳しくは聞かないわ。
何せオトコノコの秘密だものね。
でも炎の前で右往左往してる竜司君、楽しそうだったわウフフ」
やっぱり一部始終見ていた様だ。
何か恥ずかしい。
次の日から僕の生活習慣に色々な物が加わる。
まず朝起きたら風呂で禊。
朝食後は庭木の水やり、攩網で池の掃除。
生え過ぎている草は抜いて、池の縁の石をブラシで磨く。
これが日課として組み込まれる事になった。
次の日
僕はガレアを連れて海岸に来ていた。
潮椎と契約する為だ。
鳴尾浜公園
僕は波打ち際に立つ。
湾内だけあって海は物凄く汚い。
ペットボトルやらビニール袋やら色々な物が浮いている。
大丈夫かな?
「全方位」
翠色ワイヤーフレーム展開。
とりあえず久久能智に話を聞いてみる事にする。
パンッ
両手を勢いよく合わせる。
「神道巫術」
ポウ
青白く灯る指先。
軌跡が描くのは蒼い鳥居。
「久久能智、おはよう」
ボボウ
砂浜に現れる丁字色の炎。
ゆらりゆらりと揺らめいている。
〖主はん、おはようさん〗
「木が無くても久久能智と話せるんだね」
〖そらウチと契約しとんねんから当然やがな。
んで主はんはこないな所に何しに来とるんどす?〗
「うん、潮椎と契約しようと思って」
〖そ……
そうか……
うーん……
潮椎なあ……〗
「あれ?
どうしたの?」
〖主はんには言いにくいねんけど……
潮椎って人間嫌いでなあ……
ホラ海汚すやろ?
人間って〗
「で……
でもそんな人ばかりじゃないよ?
沖縄の海人とかは物凄く海を大事にしてるって聞いた事あるし」
〖まあアホ程人おるねんからそないな人間もおるやろ。
そやかて善意より悪意の方が目立つのが世の常やろ?〗
「そ……
そうだけど……」
だから産まれて数日なのに何でこんなに世知に長けているんだ。
〖まあええわ……
呼び出すんか?〗
「う……
うん」
とりあえずやってみないと何とも言えない。
僕は対話を試みる事にした。
目指す先は契約。
〖はいな、おーいっ
潮椎ーーっっ〗
静寂。
何にも返事が無い。
「あれ?
返事が無いね」
〖多分居てると思うんやけどなあ……
おーいっ
潮椎ーーッッ!
人間は相変わらず穢れまくっとるけど、この主はんはまだマシな人やでー?〗
サラッと毒を吐く久久能智。
〖ホラ主はんも呼びかけんかい〗
「シ……
潮椎ーー……」
やはり誰も居ない所で呼びかけるのは抵抗がある。
【竜司、お前一人で何言ってんだ?
馬鹿みてぇだぞ】
ガレアも呆れている。
〖…………何の用さ……〗
あっ!?
何か聞こえたっっ!!?
「シ……
潮椎……
さんですか?
こんにちは……」
〖………………はいたい……〗
とりあえず応答はしてくれたが、警戒をしている様子がありありと伝わって来る。
こう言うタイプはさっさと契約するに限る。
葉槌で学習済みだ。
「あの……
まず……
姿を見せてくれないですか……?」
〖………………嫌さー…………〗
最初の久久能智のような反応。
契約を結ぶには三段階ある。
一、精霊が姿を見せる。
二、締結で出したサークル内に入れる。
三、名前を呼び、返事をする。
これで契約出来るんだけど、とりあえず姿を見せてもらわないと契約は出来ない。
「何で嫌なんですか……?」
〖あびらんけ……
こんしにはごー海、見てちゃーうんぐとーるとぅ言えるさー〗
わからん。
多分沖縄弁だろうが、全く分からん。
これは強敵だ。
もしかして解らないランキング一位かも。
後半アウトから他三人をごぼう抜きする勢いだ。
何を言ってるかは解らないが、静かに怒ってるのは物凄く解る。
今の言葉の中で解ったのは海と言う単語だけ。
「た……
確かに仰る通りだと思います……
その怒りを表す為にも姿を見せた方が効果的だと思うのですが……
やはり声だけだと伝わるのが限界あると思いますし……」
僕は海の単語と怒ってると言う感情だけで、海を汚している事に怒っていると決めつけて会話。
カマをかけたが合っているのだろうか?
〖んじ…………?
なら……〗
ボボウッ!
目の前に巨大な炎が巻き起こる。
潮椎の怒りを表している様だ。
色は水虬の青よりも明るい蒼。
綺麗な海を想起させる色。
〖潮椎……
久しぶりやなあ〗
久久能智が語りかける。
〖おー久久能智、はいたいー。
みーどぅーさぬ、元気やみ?〗
〖ウチは御覧の通り元気やで〗
会話が成立している様子。
「ね……
ねえ……
久久能智……
何言ってるか解るの?」
〖ん?
そんなん精霊同士やから当たり前やろ?〗
あれだけ方言がキツくても解るのか?
もしかして精霊は言葉とは別ルートで意思疎通しているのかも。
どうしよう。
とっとと契約してしまった方が良いのかな?
いや、駄目だ。
潮椎は海を汚す人間に対して怒っている。
それに対して僕がどう思っているかを示さないと。
そして僕が出した結論。
青い大炎に向かい、ゆっくりと膝を降ろす。
更に両手をつけ、頭を垂れる。
土下座のポーズだ。
砂浜で良かった。
〖あ……
あったにどぅがししゃんよっ!?〗
「確かに人間は海を汚しています……
原油を海に垂れ流したり、干拓や埋め立て地の工事などが原因で赤潮を発生させたり……
プラスチックのゴミを海に捨てたりしている……
けどそんな悪い人間ばかりじゃないんです……
海洋汚染に対して真剣に取り組んでいる人も増えて来ています……
沖縄の人達も積極的に海を清掃する活動をしています……
ようやく来年から企業もプラスチックのゴミを減らそうと動き出すらしいし……
海洋清掃船なども建造されて世界中の人間が海を綺麗に保とうと動いているんです……」
僕は前に調べた海洋汚染についての知識をフル動員した。
今言った事は全て事実。
〖んじ……
あんやみ……?〗
何を言ってるかやっぱり解らないけど、揺らいでいる雰囲気が伝わって来る。
「善意より悪意の方が感情を揺さぶるので目立つのは解ります……
でも人間は海を綺麗にする方向で進んでいると信じて下さい……
僕は土下座して頼みます……
人間を……
もう少しだけ信じて下さい……」
〖な?
潮椎。
この主はん、変わっとるやろ?〗
〖じ……
じゅんにいふーな人間さー……〗
声の雰囲気的に僕の態度に驚いている様だ。
今ならイケそう。
「締結」
土下座のポーズのままスキル発動。
砂浜に現れる青白い二重丸。
サークル内に入る僕と蒼い炎。
〖ん?
うれーぬーやいびーが?〗
「ねえ潮椎……?」
〖ん?
何さー?
…………………………ゥボァッッッ!!?〗
ふう、ようやくここまで来た。
最後は契約の言葉で完了する。
「我、ここに潮の大精霊、潮椎と契約す……
我が名は皇竜司……」
これで契約完了……
したのかな?
確認しよう。
「ね……
ねえ潮椎?」
〖ん?
親方、何さー?〗
何か呼び方が変わっている。
多分成功したんだろう。
「いや……
契約してくれてありがとう。
また用があったら呼ぶよ」
〖はい。
あちゃーやーたい……〗
フッ
蒼い炎が消えた。
後で調べたら親方って琉球王国の最高の称号なんだって。
あとついでに言うと沖縄弁で“はいさい”ってこんにちはって意味なんだけどこれは男性なんだって。
女性の場合は“はいたい”になるんだ。
だから潮椎は女性だ。
とりあえず契約は完了した。
僕は凛子さんの家に戻る。
次の日は久久能智と精霊の話をしている内に過ぎて行った。
久久能智が言うのは他にも精霊がいるとの事。
だけど未契約の精霊は神籬と言うのが無いと出ないんだって。
「ねえ、久久能智。
神籬ってなあに?」
〖神籬言うのはな、神社やら神棚以外でウチらを迎える憑代や。
契約しとったら主はんの鶴の一声で呼び出せんねんけど……
軻遇突智は何とかなるにしても……
大雷に関してはなあ……〗
これが一番驚いた部分。
僕が魔法で書き込んだ内容は……
“契約出来る精霊は葉槌、磐土、野椎、久久能智、水虬、軻遇突智、潮椎など”だ。
そこから各精霊の概要を書き込んだんだ。
大雷なんて事は書いてない。
もしかして僕が書いた“など”が産んだ産物なのだろうか?
大体何か知らないが魔法はアドリブが多すぎる。
津軽弁や廓詞で話すなんて何処にも書いていない。
何でこんな事になっちゃったんだろうか?
トホホ。
まあとにかくその大雷と契約するには雷が必要だと言う事だ。
雷か……
蓮にでも頼もうかな?
そんな事を考えている内に日は過ぎて行った。
そして当日。
僕にとって一生忘れられない日がやって来た。
今日が僕の贖罪が始まる日。
昼食を終えた僕ら。
「眠夢、ごちそうさん」
「は~い、お粗末様でした~~」
「眠夢……
俺達ちょっと行って来るからよ……」
「は~い、いってらっしゃ~い。
六時までには帰って来てね~~」
「…………それはわからねえ……
遅くなる様なら電話するわ……」
「そう……
気を付けて……」
「おう」
「さぁ~~
おっかたづけ~~」
一瞬だけ眠夢さんが真剣モードになった。
察してくれたんだろうか?
「じゃあ……
行くか竜司……」
「はい……」
やはり足取りが重くなる。
今から暴行を受けに行こうとしてるんだから当然だ。
狂っているとしか思えない。
僕らはナナオの出した亜空間に入る。
横浜市役所
前と同じ様に正面から入る。
前はそのまま執務室を目指したが、今回は違う。
踊七さんは真っすぐ受付へ。
「市長に取り次いでくれ。
アポは取ってある」
(え……
あ……?
お……
お約束は……?)
受付の人が隣のナナオと踊七さんを交互に見て戸惑っている。
「だからアポイントメントは取っているって言ってるだろう。
笑い事っちゃねぇ。
連絡してみろよ」
(……市長……
受付です……
た……
竜河岸の方が来られてますが…………
えぇっ!?
そ……
そうなんですか?
……ええ……
いや……
そんな……
わかりました……)
言われるままに受話器を取り、連絡を取る受付の人。
(お待たせしました。
執務室へお越し下さいとの事です)
そう言い残し、何か自分の作業を再開した受付の人。
勝手に上がれと言う事だろうか。
こういう場合って誰か案内する人が付くものでは無いのか。
やはり差別意識がある様だ。
敬語は使っていたがこれは癖だろう。
「おい行くぞ竜司」
「はい」
僕らは執務室を目指し、歩き出す。
「おい竜司。
これはお前が選択した事だ……
ここまで来たらもう何も言わねえ……」
向かう道すがら踊七さんが語りかけて来る。
「はい……」
「今は付き添っているが……
場所が分かったら俺は離脱する……
そこからはお前とガレア二人で行け。
これはお前の話だからだ。
結局は人生なんてテメエ一人なんだよ。
誰も背負えねえんだ…………
…………うーん……
何かよく分からなくなって来た……
何が言いたいかって言うと自分で選択した道なんだから自分で歩きやがれって事だ」
「はい!
先輩!」
「まあ安心しな。
確かに俺は俺の人生があるからお前の人生は歩けねぇが、寄り添う事は出来る。
ちゃんと見ていてやるからよ。
俺が見ている内は絶対死なせねぇよ」
「プッ……」
ほんの数刻前、人生は自分一人だとか言ってたのに本当に優しい人だ踊七さんは。
緊張が和らいで噴き出したんだ。
「な……
何だよ……?
笑い事っちゃねぇ」
「あ……
いえ……
すいません」
そんな話をしている内に執務室へ到着。
和らいだ緊張がまた固まって来る。
コンコン
ドアをノック。
(入れ)
ガチャ
ドアを開け、中に入る。
中で応接ソファーに座っていた市長。
鬼気迫る雰囲気。
「し……
市長……
どうも……」
(フン……
貴様なんぞに市長と呼ばれる筋合いはない……
会場の準備は出来ている……
場所は横浜赤レンガ倉庫……
先程連絡があってな……
もう人は千五百人集まってるそうだ……
おそらく最終的に二千人と言った所だ……
ククク……
こちらが行うのは場所提供と人員整理までだ。
あとこれを渡しておく……)
ポイ
無造作に何かを投げて来た。
これは拡声器だ。
しかも使い古してある。
(それで存分にほざけ。
さあこちらはお前と同じ息を吸っているのも不快なのだ……
とっとと行くぞ……)
「は……
はい……」
テキパキと外へ出る僕ら。
「竜司、場所は解ったから俺は行くわ」
「あ、はい」
ポン
僕の右肩に優しく手を置く踊七さん。
顔は真顔で無言。
だが、その眼差しは僕にエールを送ってくれている様だった。
踊七さんとナナオ離脱。
会場へ向かう間ずっと無言だった市長。
だが……
(市長、こんにちは)
(こんにちは)
通りすがる人とは挨拶。
まるで僕らを空気の様に扱っている。
ふん、こんなのへっちゃらだ。
僕は実家でずっとこんな扱いだったのだから。
歩く事数十分。
僕らは目的地へ到着する。
横浜赤レンガ倉庫
そこは埋め立て地にあった。
何故こんな所を会場に選んだのだろうか?
あ、そうだ。
ガレアに言っておかないと。
「ねえガレア……?」
【ん?
何だ竜司】
「僕が合図したら、空に飛び上がって……
それで僕のやってる事を上から見てて……
決して降りて来ちゃ駄目だよ……
僕がどんな状態になってもだ……」
【お……?
おう……
な……
何かお前、迫力あるぞ】
「そうかな?」
これから始まる事に対して自然と力が入ってしまっていた様だ。
ガヤガヤ
(こちらでーす。
二列に並んで下さーい)
物凄い長蛇の列が出来ている。
人員整理をしている人達の声が響く。
(あ、会長っ!)
(会長っ!
お疲れ様ですっっ!)
(会長っ!)
(会長っ!)
一人の声を皮切りに次々と叫び出す竜排会員。
無言で右手を上げる市長。
その姿にカリスマを感じる。
(準備は出来ているか?)
(はい、言われた通り設置と配布は完了しています)
気になるワードを口にする竜排会員。
(こっちだ、ついてこい)
考える間も無く、更に奥へ進む僕ら。
ザワ……
ザワ……
(竜だ……)
(化物だ……)
(何で横浜に居るんだよ……
出て行けよ……)
(クソ竜が……)
大群衆を横切る際にガレアを見かけて怨嗟の言葉を吐く横浜市民。
【ん?
何だこいつら。
俺にケンカ売ってんのか?】
「ガレア気にしないで……
お願いだから無視してて……」
【わかったよう】
投げかけられる言葉を無視し、大群衆を横切りながら奥へ進む。
僕は群衆の方には目線を向けなかった。
向けると受動技能が発動して気が変になるかも知れなかったから。
奥へ進み、海岸線まで。
海岸際の柵の前に簡単なステージが設けられていた。
四畳ぐらいの汚れた板が地面から低い位置に設置。
ステージと呼ぶには余りに簡素でみすぼらしいものだった。
(ここだ。
ここでほざくが良い)
ニヤリ
悪魔の様な笑みを浮かべる市長。
ここで気づいた。
何故こんな海岸際をステージに選んだか。
ここで話すと言う事は僕は海を背負う形になる。
早い話が逃げ場所が無い所を選んだと言う事だ。
「…………はい」
僕は観念してステージに上がる。
いつの間にか手に拡声器を持っていた市長。
キィーーンッッ!
マイクがハウリング。
拡声器のスイッチを入れたのだろう。
(あーあー……
テステス……
お越し頂いた皆様ーっっ!
本日は突然の招集にも関わらず足を運んで頂いて感謝するーっ!
今日集まってもらったのは他でも無い。
私の隣に居る化物風情が何かほざきたい事があるそうだ。
みんなこの化物共には色々と憤る所もあるだろうが、まずは聞いてくれ。
その後、配布した物で好きにするが良い)
そうアナウンスすると同時に僕は数千人の人々と初めて対峙した。
その様子に絶句する。
全員が僕に悪意を向けている。
受動技能も発動。
溢れ出るモヤは指向性を持っていた。
膨大なモヤが天に立ち昇る。
その色はあらゆる色が混じり合って、もはや何の色があるのか把握しきれない。
文字通りグチャグチャ。
数千人が抱いている感情そのものという感じがする。
余りの光景に絶句する。
まだモヤがこちらに向かって来ていないだけ耐えれるが、優しさを感じる色など微塵も無いその膨大なモヤにただただ言葉を失う。
そして先程から言っていた配布した物が何かが解った。
数千人全員、手には重そうなビニール袋を持っている。
中身は石だ。
他に角材を持っている者もいる。
配布した物とは暴行を加える為の武器だ。
(どうした?
怖気づいたのか?)
「いえ……
じゃあ始めます……
ガレア……
悪いけど空に行ってて……」
【ん?
何だ?
もう良いのか?】
バサァッッ!
ガレアが翼を大きくはためかせ、空へ舞い上がる。
(くっ……
化物が……
じゃあ後は好きにしろ……)
そう言い残し市長はステージを降りて、消えて行った。
僕は拡声器のスイッチを入れる。
「あーあー…………
初めまして……
僕の名前はすめ…………
竜司と言います…………
今日皆さんに集まってもらったのは聞いて貰いたい事があったからです……」
僕は苗字を言いかけたが止めた。
苗字を言う事で家族に迷惑がかかる事を避ける為だ。
僕の第一声を聞いても何の反応も無い。
早く言えと暗に言われている様だ。
僕は話を続ける。
「聞いて欲しい事と言うのはドラゴンエラーについてです…………」
これを言った途端、聴衆から溢れ出ているモヤに変化がある。
グチャグチャしていた色が赤に呑み込まれて行く。
その色は炉に焼べて赤く光った鉄棒の様。
あらゆる複数の感情が怒りと言う単一の感情に染まって行く。
ドラゴンエラー。
この単語を出しただけでこれだ。
怖い。
本当に怖い。
数千の人が僕に怒りを向けている。
しかも周りに僕の味方は唯の一人として居ない。
僕一人。
これが人生なのか。
普段は周りに僕を好いてくれる人達が居るから薄れているかも知れないけど、これが人生なんだ。
僕は十四歳にして人生の具現化を体験してしまった。
カタカタカタカタ
膝が震えて来る。
何も言わず赤いモヤを発しながら僕の方を見ている聴衆。
これ程まで視線に恐怖を抱くのは初めてだ。
逃げたい。
でも出来ない。
逃げてしまったら僕はこの場で立ち止まる。
言わないと。
言え!
言ってしまえ!
「ド……
ドラゴンエラーがなぜ起きたかと言うと…………」
僕は話した。
ドラゴンエラーは二年前、何も知らない僕が竜に跨った時、誤って逆鱗に触れてしまって起きた事。
その真実が何故明るみにならなかったかと言うとそれは祖父が報道規制をかけたからと言う事。
だから他の竜河岸や竜は関係無い。
僕が全ての元凶である事を言った。
「すいませんでしたぁぁっぁぁぁぁぁぁっっっっ!!!」
僕は体内で急激に膨らんだ罪悪感に耐え切れず、その場で土下座。
しばし沈黙。
静寂が流れる。
ガッッ!
「グゥッ!」
左肩に衝撃。
何かを投げつけられたんだ。
目端に転がった石が映る。
始まった。
ガッ!
ガッ!
ガッ!
ガガガガガガガッッッッ!
瞬く間に僕の身体は投石の集中砲火を浴びる。
頭から生温い液体が流れているのを感じる。
石が当たって流血したんだ。
駄目だ。
頭は押えないと。
ガバッッ!
僕は両手で頭を抱える。
(この悪魔ッッッ!)
ガッ
(娘を返せッッ!)
ガッッ!
(殺人鬼ッッ!)
ガッッ!
(人でなしィィッッ!)
ガッッ!
僕を罵りながら悪意のこもった石を全力で投げつける聴衆。
「ごめ……
グゥッ……
なさ……
アァッ……
い……
ごめんなさ……
ウゥッ……
い……」
頭を抱えながらひたすら謝罪を繰り返す僕。
両上腕部から熱を感じる。
投石により赤く腫れ上がったんだ。
前面からズキンズキンと痛みが全身に伝わる。
もう泣いてしまいそうだ。
しばらく投石が続き、やがて止む。
もう終わったのかな?
恐る恐る少し顔を上げた瞬間。
ベキィッッッ!
「グアァァァッッッ!」
ゴロゴロォッッ!
背中に衝撃。
同時に猛烈な痛みが奔る。
余りの痛みに転がり回る。
気が付くと僕の眼前まで聴衆が迫っていた。
角材を握って。
「ヒィィィィッッッ!」
血走った目。
谷の様に眉間に寄った皺。
歯を力一杯食いしばった口。
まさに鬼の形相。
そんな顔が僕の周りを無数に取り囲んでいた。
思わず悲鳴を上げてしまう。
情けなくても構うもんか。
(死ねッッッ!)
殺意を込めて僕の頭目掛け、角材を思い切り振り下ろしてくる聴衆。
ヤバい。
これはヤバい。
再び頭を抱えて蹲ろうとする僕。
ベキィィィッッッ!
「アァァァッッッッ!」
鈍い音。
右手首から痛烈な痛みが伝播。
折れた。
僕の右手首が折れたんだ。
頬に濡れる感触。
余りの痛みに僕は泣いていた。
右手首を犠牲にしたが、何とか蹲る体勢を取る事が出来た。
ベキィィッッ!
ボキィィッッ!
バキィィッッ!
(お前なんか死んでしまえぇぇぇッッ!)
(母さんを返せェェッッ!)
(この世から消えてしまえェェッッ!)
恨みを込め、僕の背中目掛け力一杯角材を振り下ろす聴衆。
「アァァァァァッッッ!
ゴメ…………
グゥゥゥッッッ!
ナサ…………
ウゥゥゥッッ!
イ…………」
でも続けないと。
謝罪を続けないと。
呻きと謝罪の混ざった僕の声が弱弱しく鳴る。
聞いているかどうかは解らない。
僕は耐えた。
一切手を出さず耐えた。
この痛みはドラゴンエラーの被災者の気持ち。
僕が受けないといけない痛み。
肋骨も何本折れただろうか。
もう解らなくなっている。
やがて背中の衝撃が止む。
ガバッッ!
僕は両脇を抱えられ、強制的に身体を起こされる。
「グアァァァァァッッ!」
骨折している為、無理に曲げた背中からより一層の痛みが奔る。
意識が飛びそうだ。
両眼にはぼんやりと拳を握っている聴衆が見える。
地面には折れた角材がいくつもいくつも転がっている。
武器が無くなったから拳で殴ろうと言うのだろう。
そんな窮地に立たされても僕から言う事はこれしか無かった。
「ゴ…………
ゴメンナサイ…………」
ガンッッッ!
顔面に拳骨が叩き込まれる。
鼻骨が折れた。
「プファァァァッッッ!」
鼻がジンジンと猛烈に熱を持つ。
鉄の匂いがする。
「ゴフゥゥッッ!」
匂いを感じた瞬間、次は左頬に衝撃。
強烈な右フックが僕の顔に炸裂。
顔が右に勢いよくブレる。
「ゴメ……
ナサイ……」
僕は壊れたラジカセの様にただ謝罪を繰り返すのみ。
「ゴハァァァァッッ!」
次は腹。
鳩尾に容赦なく拳を連続して叩きこまれる。
肋骨も折れている為、痛みも倍増。
胃液が急逆流する。
「ウォェェェェェッッッ!」
僕の口から大量の胃液が溢れ出る。
全身の力が抜ける。
(うわっ
汚ねぇッッ!)
ドシャァッ……
拘束していた両脇の手が離れ、僕は吐瀉物塗れのステージに倒れ伏す。
もう何がどうなっているかも解らない。
ガンッッ!
ガンッ!
ガンッ!
ガンッ!
ガンッ!
ガンッ!
背中に衝撃を感じる。
多分憎い僕の身体を踏みつけてるんだろう。
もう痛みも良く解らない。
声も出せない。
あ、この感じ。
意識が途切れそう。
僕は気を失った。
###
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「はい、今日はここまで。
長くなっちゃったね……
って龍?」
「…………パパ……」
龍がプルプル震えている。
「ごめんね……
龍……
でもこの話は本当なんだよ……」
「パパ……
大丈夫だったの……?」
「うん……
何とかね……」
「今も横浜の人はパパの嫌いなままなの……?」
「えっとね龍。
前も言ったけど気持ちマシになって来たんだよ」
「どうやったの……?
とても許してくれそう無い様に聞こえたけど……」
「多分キッカケは今日話した集団私刑ともう一つあるんだよ。
それは明日話すんだけど、多分龍も授業で習ったんじゃないかな?」
「えっ?
授業で習った事?
何だろ?」
「フフフ……
それは明日のお楽しみ……
じゃあ今日はおやすみなさい」