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ドラゴンフライ  作者: マサラ
最終章 第一幕 横浜 ドラゴンエラー編
146/284

第百四十五話 Shinto

「やあこんばんは(たつ)


「あ、パパうす」


「今日も始めて行くよ」



 ###

 ###



 次の日


 僕はゆっくり目を覚ます。

 身体はほのかに怠さが残る感じ。


 特に動くのは問題無い。

 起き上がり、着替え始める。


【竜司うす】


 着替えている途中でガレアが目を覚ます。

 本当に起きるモーションとか全く無しで起きるんだよなガレアって。


 普通人間の場合だとううん……的な声を漏らして起きるもんだ。

 声が出ないにしても目を開けるとか何か動きがあると思うんだけど、ガレアの場合はパチッと急に眼が開いて、挨拶なんだ。


 まるで寝て無かったよって暗に言われてる感じがする。


「ガレアおはよう…………

 本当に寝覚めいいよねガレアって」


【ん?

 そうなのか?

 よくわかんね】


 本人も良く解ってないみたいだ。

 ぶっきらぼうのガレアらしいな。

 僕らはリビングへ降りる。


 ワイワイ


 リビングではもうみんな起きていて、朝ご飯の準備を総出で行っていた。


「竜司にーちゃんっ!

 おはよーーっ!」


 まず最初にカンナちゃんが挨拶。

 昨日とはうって変わって今日はキチンとツインテールを結んだいつものカンナちゃんだ。


「おはようカンナちゃん。

 今日はきちんと起きてるね」


「ぶ~~っ!

 私いつもちゃんと起きてるもんっっ!」


 僕の“今日は”と言う言葉に引っかかったのか、むくれ出すカンナちゃん。


「ウフフ今日、この子日直なのよ」


 台所から凛子さんが朝ご飯を持って来た。

 なるほど日直だから少し早起きなのか。


「あっ竜司っ!

 おはよーーっっ!

 ねぇねぇっ!?

 見て見てっっ!

 このサラダ私が作ったんだヨっっ!?」


 暮葉が咲いた鮮やかなアサガオの様な笑顔で挨拶をした後、自信満々に器に盛られたサラダを見せる。


 器が複数あると言う事は全員分作ったのだろうか。

 見た感じ、暮葉が手を加えたと想像出来る赤色は見当たらない。


「へ……

 へぇ……

 凄いね……

 お……

 美味しそう……

 かな?」


 見た目は変哲の無いサラダ。

 だが暮葉が作ったと聞くとどうにも不安が残る為、手放しで褒める事が出来ない。


「竜司様、ご安心ください。

 アルビノは野菜を包丁で切っただけです」


 続いて出て来たグースが戸惑っている僕を見て、フォローを入れてくれた。

 なるほど、切っただけか。

 なら安心だ。


「グース、ありがとうございます」


(あっ

 (あん)ちゃんっっ!

 うぃーっすっ!)


(おにーちゃんっっ!

 おはよーーっっ!)


(お兄さん、おはようございます)


 続いてお馴染みケンジ、ヒナちゃん、ガクの三子供が登場。

 僕の名前は皇竜司(すめらぎりゅうじ)だ。


「お?

 竜司じゃねぇか。

 おはよう」


 踊七さんが台所から出て来た。


「おはようございます先輩。

 台所で何やってたんですか?」


「ん?

 牛乳を飲んでたんだ。

 朝は牛乳一気飲みから始めるんだよ」


 何か子供みたいだ。

 踊七さんって顔は本当に特徴無いけど身長は結構高いのに。

 これ以上大きくなってどうするんだろう。


「ナナオさんは?」


「ナナオならぽちぽちと散歩だ。

 この辺りを回って来るってよ」


 大丈夫なんだろうか?

 (ロード)の衆が犬を連れて散歩。

 災害が散歩に行ってるのと同義だぞ。


「だ……

 大丈夫なんですか?」


「ん?

 ナナオの事か?

 問題ねぇぞ。

 あいつ、地球好きだしな。

 ナナオから何か騒ぎを起こす事なんてねぇよ」


「そ……

 そうですか」


 一抹の不安は残るものの使役している竜河岸がそう言っているんならそれで良いんだろう。

 朝食を運び終え、テーブルに並ぶ。

 みんな席に着き、朝食開始。


 やはり楽しい時間と言うのは過ぎるのが早いもの。

 あっという間に朝食完了。


「先輩」


 後片付けを終え、凛子さん、グース、カンナを見送った段階で踊七さんに話しかける僕。


「ん?

 何だ竜司」


「先輩って今日は何かされますか?」


「ん……?

 いや特には……

 夜に竜排会の他支部を潰しに行くぐらいだ」


「あの……

 昨日言ってた話なんですが……」


「あ……

 そうか、言ってたな……

 どうする?

 ここで話せるか?」


「出来れば……

 まず踊七さんだけに話したいんですが……」


「わかった……

 じゃあ上に行くか」


「はい」


 僕は踊七さんを連れて自室へ。



 蘭堂邸 二階 自室



 ドカッと床に腰掛ける踊七さん。


「で……

 話って何だよ?」


「ハイ……

 僕なりに考えたドラゴンエラーの罪の償い方なんですが……

 聞いて貰えますか…………?」


「……何をしようってんだ……?」


「はい……

 一所に横浜の人達を集めて…………

 僕がドラゴンエラーを起こした犯人だと言う事を公開しようと考えてます……」


 それを聞いた踊七さんは無言。

 絶句している様だ。


「…………オイ…………

 竜司…………

 笑い事っちゃねぇぞ……

 そんな事をしたらどうなるか解らんお前じゃねえだろ……?」


 そんな事をしたらどうなるか?


 それを聞いた横浜の人達は最初、信じないだろう。

 だけど、僕は全てを曝け出す気でいた。


 ドラゴンエラーは僕が暮葉の逆鱗に触れた事で起きたと言う事。

 報道が止まった理由は祖父が報道規制を打診した事。


 お爺ちゃんに迷惑はかけられないので、名前は伏せるが。


 そして僕が当時横浜に住んでいた事等も含めて全部。

 そこまで言ったら、おそらく横浜の人達も僕の言った事が真実だと認識するだろう。


 カタカタカタカタ


 考えていると、両膝が震えて来る。

 体内で膨らんでくる恐怖心。


「はい……

 覚悟の上です……」


「覚悟の上ったって……

 お前、笑い事っちゃねぇぐらい震えてるじゃねぇか……」


 その事を知った横浜の人々はどうするか?


 おそらくアングリマーラが受けた様に石を投げてきたり、棒で強く叩かれたりする。

 僕がその中でどれだけ謝罪しても無駄だ。

 極大に膨れ上がった悪意は瞬く間に僕を呑み込み、僕を徹底的に痛めつけるだろう。


 無慈悲に。

 残酷に。

 僕の命を奪う気で攻撃してくる。


「そ……

 そりゃ怖いですよ…………

 でも僕が起こしたドラゴンエラーの罪の償い方って……

 それぐらいしか思いつかなくて……」


「ま……

 まあ魔力注入(インジェクト)で防御すりゃあ何とかなるかも知れないけどな……」


「そ……

 それに関しては……

 魔力注入(インジェクト)を使うつもりは…………

 ありません……」


 それを聞いた踊七さんは言葉を失っている。

 それはそうだ。


 魔力注入(インジェクト)未使用となるとそこにいるのは普通の十四歳の男子。

 とても襲い来る暴行に耐えられるものでは無い。

 身体中の骨と言う骨が折れ、打撲や挫傷の嵐になるだろう。


 だけど防御に魔力注入(インジェクト)を使う訳には行かない。


 僕に浴びせられる一発一発が横浜の人達の気持ちなんだ。

 僕は受けないといけないんだ。

 魔力注入(インジェクト)みたいな竜河岸特有のズルを使ったら駄目なんだ。


「最悪……

 お前…………

 死ぬぞ……?」


 ぞくり


 悪寒が足から頭まで立ち昇る。

 魔力注入(インジェクト)に関しては使わないとは言ったが、防御に使わないと言うだけで回復には使おうと考えていた。


「せ……

 先輩……

 全く使わない訳ではありません……

 魔力注入(インジェクト)を使用するのは回復だけと考えてるんです…………」


「あのな……

 竜司……

 人間ってのはショック死っていうのもあるんだぞ……?

 それにお前、意識が無くなったら魔力注入(インジェクト)を使う所じゃないだろ……」


「はい……

 わかってます……」


「解っちゃいねぇっ!

 全然お前は解っちゃいねぇッッ!

 お前が死んだら暮葉さんはどうなるんだっ!!?」


 踊七さんが声を荒げる。

 それを言われると弱い。

 そりゃ僕だって死にたい訳じゃない。


 でも、これは避けて通れない気がする。

 横浜の人達は原因不明の災害に被災して誰を恨めばいいか解らず、竜と竜河岸を恨む様になったと思うんだ。

 そんな人達を差し置いて僕がのうのうと暮らしていて良い訳が無い。


「はい……」


 僕は俯いて黙ってしまった。


「まあ……

 それに関してはちょっと置いておこうや…………

 お前の覚悟は見せてもらったからよ……

 もう少し考えてみろって……」


 僕の様子を見かねた踊七さんの出した結論は保留だ。


 頭を冷やせと言う事だ。

 しょうがないか。

 近しい人が馬鹿げたことを言い出したら僕だって、(たしな)めて考え直せと言う。


 こうして僕の相談は一度保留となった。

 ここからの日々は昼に魔法(マジック・メソッド)の修正を行い、夜は竜排会の支部を破壊する。

 そんな日々が続く。


 金沢区、礒子区、港南区、栄区、戸塚区、泉区、旭区、瀬谷区、緑区、青葉区、都筑区、港北区、神奈川区、保土ヶ谷区、南区、西区、鶴見区と一週間かけて支部ビルを襲撃。


 ビルに保管されている書類、PC類を破壊して回った。


 粛正隊は配備されている時もあれば、されてない時もあった。

 重要な情報が保管されてるせいか、たまたまなのかはわからない。

 ただ粛正隊が配備されていようとされてなかろうと僕らにはさして問題では無かった。


 ビル内の様子は僕の全方位(オールレンジ)で丸見えだし。

 居る場合は先にやった様に侵入して一人ずつ倒して行き、資料やパソコンを破壊。

 居ない場合は踊七さんの加具土命(カグヅチノミコト)で丸焼きだ。


 恐ろしい事を平然と言ってる様に受け取るかも知れないけど、竜排会の連中も僕らを殺しにかかってるからね。


 竜排会の壊滅に勤しんだこの一週間弱だった。

 その中で僕の魔法(マジック・メソッド)はほぼ完成していた。

 神通三世(プリディクション)の音も鳴る様に変更。


 作動音はゴォォォと言った風の音。

 イメージは強い換気扇の様な。

 穴から風が吹き込む様な音。


 神通三世(プリディクション)発動時の防御行動は拍子木の音。

 火の用心などで聞こえる様なカンッと言う乾いた音だ。


 検証時、踊七さんのラッシュを受けた時は体内で響く音が凄かった。


 カンカンカンカン。


 十秒の間ずっと拍子木の音が鳴り響く形になった。

 これで大分使いやすくなった。

 とりあえず僕の魔法(マジック・メソッド)占星装術(アストロ・ギア)は完成。


 そんな日々を続けていたある日。

 僕にある閃きが来る。

 この閃きがあったのも、その日の占星装術(アストロ・ギア)の星の言葉がキッカケだ。


 僕は襲撃に出向く日は毎回占星装術(アストロ・ギア)で占っていたんだ。

 取り立てて目立つ結果は無い日々が続いていたけど、その日は違った。



 今日は貴方の閃きが輝きを放つ日。

 思いがけない事で今後、貴方の命運を左右する発想が生まれるかも?

 ラッキーアイテムは包丁。

 アンラッキーアイテムは腐りかけの牛乳です。



 その日、降りて来た星の言葉はこんな感じだった。


 回数を重ねる毎にオカマ口調は鳴りを潜めて行ったけど、やはり女性っぽいのは変わらない。

 ラッキーアイテムが包丁と言うのが気になっていたけど、内容に関してはさして気にも留めてなかったんだ。


 と言うのも占星装術(アストロ・ギア)の結果って百%当たるって訳じゃ無い。

 て言うか占いって言うもの自体がそうなのかも知れないけど。


 ラッキーアイテムとかも全く目に触れない時もあるし。

 あのラッキーアイテムは何だったの?

 って思う日もあったりするし。


 けど、その日は違った。

 出来事は台所で起こった。

 台所で飲み物を飲もうと冷蔵庫を開けた時、目についた牛乳の賞味期限が来ている事に気が付いた僕。


 トントントントン


 傍らでは眠夢(ねむ)さんが包丁を振るっている。


「あ、眠夢(ねむ)さん。

 牛乳の賞味期限が来ていますよ」


「え~~~?

 なあに~~?」


 ツル


 眠夢(ねむ)さんが振り向いた瞬間、手から包丁が離れた。


 ストッ


「ウワァァッッ!?」


 床に刺さる包丁。

 僕は叫び声を上げ、咄嗟に右足を引く。

 すんでの所で事なきを得たんだ。


「わ~~~

 竜司くん~~~

 大丈夫~~~?」


「え……

 えぇ……

 何とか……」


 僕は考える。

 この包丁が動かせたらな。

 こう言う咄嗟の時とかに包丁の軌道を変えたりとか出来るのに。



 この時、僕の中で一つの閃きが起きる。



 それは魔法(マジック・メソッド)

 確かに僕の占星装術(アストロ・ギア)はある程度の完成を見た。


 だからこれはまた別の話。

 そう、僕は占星装術(アストロ・ギア)とは別の魔法(マジック・メソッド)を構築する事を閃いたんだ。


 そのヒントは今落ちて来た包丁にある。

 例えば僕が包丁の声が聞けたとして、刺さるから避けてと頼む。

 すると包丁が落下軌道が変わると言うイメージ。


 あくまでもまだぼんやりと浮かんだイメージなので上手く説明は出来ないが、要は数多の物質の声を聞いて意のままに操る。


 見た目は念動力(テレキネシス)

 この魔法(マジック・メソッド)に関しては少し攻性要素も含まれる様にしたい。


 日本には古神道の考え方で八百万神(やおろずのかみ)と言うものがある。

 キリスト教やイスラム教の様な唯一神的な考え方では無い。

 森羅万象あらゆる物には神が宿っていると言う考え方。


 その存在は神様と言うよりは精霊に近い。

 同じ様な考え方をネイティブアメリカンも持っていると言うのを聞いた事がある。


 占星装術(アストロ・ギア)は占星術。

 この僕が考えている魔法(マジック・メソッド)は巫術に近い。


 だけど魔法(マジック・メソッド)を二冊も所有すると言う事が出来るんだろうか。

 僕は閃いたその足で踊七さんに聞いてみた。


「あの……

 踊七さん、ちょっと良いですか?」


「ん?

 何だ竜司」


魔法(マジック・メソッド)を複数持つ事って可能ですか?」


 それを聞いた踊七さんは絶句している。


「り……

 竜司……

 お前……

 それ笑い事っちゃねぇぞ……」


「やっぱりそうですかね……?」


「まあ……

 俺も思いついた事無いから出来るかどうかと聞かれても解らんとしか答えられん……

 そう言った聞き方をするって事はもう占星装術(アストロ・ギア)とは別の発想があるって事か?」


「はい、実は巫術を構築してみようかと思いまして……」


「巫術?

 あれか?

 恐山とかに居るって言うイタコとかか?」


「イタコの様な降霊術とは少し違います。

 僕がやろうとしてるのは色んな物と意思疎通を行う魔法(マジック・メソッド)です」


「何だそりゃ?

 それじゃあ何か?

 お前はこのコップと話をする為に魔法(マジック・メソッド)を組むって言うのか?

 笑い事っちゃねぇ」


 踊七さんがテーブルにあったコップを手に取り、半ば呆れている。

 まあ平たく言えばそうなんだけど、でも僕はそれが目的で構築するんじゃない。

 きちんとそこを説明しないと。


「まあ、概要を言ってしまえばそうなんですが、僕の目的としては例えば敵に追われている時にこの魔法(マジック・メソッド)を使って木を倒したり、塀を崩したりして妨害したりとか……

 地面に転がっている岩とかを動かして相手にぶつけたりとか……」


「なるほどな…………

 でもそれなら念動力(テレキネシス)系のスキルを考えりゃ良いだけじゃねぇのか?」


 確かに。

 踊七さんの言う通りだ。

 でも僕は昨日の占星装術(アストロ・ギア)の言葉が頭にあった。


 思いがけない事で今後、貴方の命運を左右する発想が生まれるかも?


 ラッキーアイテムも包丁だった。


 僕はこの占いを信じた。

 この魔法(マジック・メソッド)で巫術を構築する事が何か僕の未来を決定づける。

 そんな気がしてならなかった。


「確かに仰る通りなんですが……

 僕はこの閃きを大切にしたい……

 だから巫術の魔法(マジック・メソッド)を構築してみたいんです……」


「へっ……

 ならいいさ……

 やってみな……

 複数の魔法(マジック・メソッド)を所有するなんて俺もやった事の無い前人未到の領域だ。

 出来るかどうか俺もわからんが、お前がやろうとしてる事なら俺は応援するぜ」


「ありがとうございます」


 ぺこり


 僕は頭を下げる。


「良いって事よ。

 これでもお前には恩義を感じてるんだぜ。

 しかし何だな竜司……

 色々な物質の声が聞ける様になるんだろ?

 物凄くうるさくなりそうだな」


「そうですかね?」


「考えても見ろ。

 人間ってのは森林伐採やら海洋汚染やら色々な物に迷惑かけて成り立っているんだ。

 木や海は何も言わないから良いものの、もし声が聞ける様になったら不平不満をガンガン言ってきたり、なかなか言う事聞いてくれなかったりしてな」


 あ、そんな部分は考えてなかった。


「た……

 確かに……

 だから僕は……

 この魔法(マジック・メソッド)が完成したら、町の掃除や街路樹の手入れなんかに勤しむと思います」


「何だそりゃ?

 笑い事っちゃねぇ」


 こうして僕は二冊目の魔法(マジック・メソッド)を構築する運びとなった。



 あくる日の深夜。



 僕らは横浜西区に居た。

 眼前には巨大な炎の竜巻に包まれているビル。

 竜排会の拠点ビルだ。


 僕らの身体を大炎の灯りが照らしている。


 この西区で最後だ。

 これで竜排会横浜支部のビル全てを襲撃した。

 これで竜排会が持っている竜河岸リストや遅れた第一世代(ディレイド)リストなども焼失しただろう。


 ガラ……

 ガラガラ……


 大火災により外壁が瓦礫と化し、地面に落ちる。

 もはや立派なビルの面影は何処にも無い。


「そろそろか……」


 左指で正円を描く踊七さん。

 太極図だ。


五行魔法(ウーシン)……

 太極が陰陽に分離し、陰の中で極冷部分が北に移動して、水行を生じる……

 第一顕現……

 武美名別命(タケミナワケノミコト)……」


 ズゴゴゴゴォォォォッッッ!


 踊七さんの前に現れる大きな水の竜巻。


 クイクイ


 踊七さんが左指を動かす。

 その動きに呼応する様に大きな水の竜巻が動き出す。

 その動きはまるで巨大な大蛇の様。


 生物の様にうねりながら燃えている竜排会西区支部ビルを呑み込む。

 消火の為だ。


 ジュオオオオオッッ!


 炎と接触した所からどんどん水蒸気に変わっていく。

 圧倒的水量に加具土命(カグツチノミコト)の勢いが見る見るうちに弱まって行き、やがて鎮火する。


「ふう……

 これで全部終わったな……

 さあ帰るか……」


「はい」


 こうして僕らは横浜を後にした。


 これで僕らは竜排会の拠点を全て潰した訳だがこれで横浜は何か変わるのだろうか。

 やって見れば虚しさしか心に残らなかった。


 結局の所、僕らがやった事は八つ当たりでは無いのだろうか。

 そんな後悔に似た考えばかりが頭を過る。


 バンッッ!


「ゲホッッ!」


 項垂れている僕の背中を強く叩く踊七さん。

 思わず(むせ)てしまう僕。


「なあにしみったれた顔してんだよ竜司。

 俺達は目的を果たした。

 それで良いじゃねぇか。

 これだけの事をやらかして死人は一人も出てねえんだぜ?

 それは誇っても良いんじゃねえか?」


 踊七さんが優しく力強いフォロー。


 うん、そうだ。


 これでまだ横浜でひっそりと生きている竜河岸や遅れた第一世代(ディレイド)の暮らしが少しでも楽になれば良い。

 そう考える事にした僕。


「はい……

 ありがとうございます」


「竜排会の支部をぶっ潰した事で横浜がどうなるかはわからんがな……

 まあそこら辺はおいおい俺が見て行くから任せとけ……

 お前はとりあえず魔法(マジック・メソッド)の構築だけ考えてろ」


「わかりました」


 こうして僕らは帰宅。

 その日はそのまま寝てしまった。



 次の日



 僕はゆっくり目を覚ます。

 いつもの通り皆に朝の挨拶を済ませ、朝ご飯を食べる。


「先輩は今日はどうされるんです?」


「今日は不動産巡りだ。

 今度は()()()だぜ」


 ニヤリと笑う踊七さん。


「わかりました」


「お前はどうするんだ?」


「えっと……

 魔法(マジック・メソッド)の考えをまとめて……

 出来たら構築に取り掛かりたいと思います」


「そうか。

 まあ頑張りな」


「はい」


 朝ご飯を終えた僕らはそれぞれ散っていく。


 踊七さんは十時ごろに不動産へ出かけて行った。

 ナナオはぽちぽちと庭で遊び、ヒナ、ケンジ、ガクは勉強。

 眠夢(ねむ)さんは洗濯と掃除。


 凛子さんとグースは診療所。

 カンナちゃんは小学校へ。


 わんわん


【フフフ……

 ほれ取って来いぽちぽち】


 ポイッ


 ボールを投げるナナオ。

 一心不乱にボールへ向かっていくぽちぽち。

 そんな様子を眺めながらポーっと考えていた。


 内容はこれから組む魔法(マジック・メソッド)について。


 まず発動は全方位(オールレンジ)を展開してから。

 それは占星装術(アストロ・ギア)と同じだ。


 範囲内に存在するあらゆる物質の声が聞ける。

 僕からの声も届く。


 範囲内のどこからの声かも解る様にしよう。

 でないと重要な情報を得た時、どこからの声か解らなくなってしまうからね。


 しかし、これをそのまま構築してしまって大丈夫だろうか?

 今見渡しただけでも植木、花、石、池の水、ボール等などあらゆる物がある。

 視界内でもそれなんだ。


 全方位(オールレンジ)内となると、物質の数だけで言うと数億にも上るだろう。

 膨大なあらゆる声が僕に雪崩れ込んで来る形。


 この魔法(マジック・メソッド)の目的は物質を手も触れず操る事。

 そんな数億の声が聞こえたら、操るどころの騒ぎでは無い。


 僕はスマホを取り出す。

 ネットで知識を得る為だ。


 検索ワードは精霊。

 検索完了。


 フムフムなるほど、古代日本では精霊の名称に“チ”を付けて敬ったと言う。


 古事記や風土記等では……


 葉の精を葉槌(ハヅチ)

 岩の精を磐土(イワツチ)

 野の精を野椎(ノヅチ)

 木の精を久久能智(ククノチ)

 水の精を水虬(ミヅチ)

 火の精を軻遇突智(カグヅチ)

 潮の精を潮椎(シオツチ)


 へえ潮って海の事かな?

 そんな物にも名前があるんだ。


 ええと……

 葉っぱと岩と地面と木と水と火と海……

 これぐらいなら大丈夫かな?


 この精霊達と会話、交渉等をして、その属する物質を操ると言うのはどうだろう。

 例えば磐土(イワツチ)と交渉して、岩片を飛ばしたり倒壊している瓦礫の撤去とか。

 火事が起きてる時に軻遇突智(カグヅチ)と話して、火を消したり弱めたりとか出来たら良いなあ。


 って軽い感じで岩を飛ばしたりとか言ってるけど、そんな事出来るのかな?

 いや、違う。

 出来る出来ないじゃ無くてそうする為にどうしたら良いか考えないとな。


 どうしよう?


 うーん……

 やっぱりガレアの魔力ぐらいしか思いつかない。

 ガレアの魔力を飛ばして操る。


 …………何か精霊がどうとか関係無くなりそうな気が……


 いや駄目だ駄目だ。

 こういうものは形式を大事にしないと。

 そうか、精霊にガレアの魔力を渡して物質の操作などは精霊に任せよう。


 でもこの魔法(マジック・メソッド)下で会話した磐土(イワツチ)軻遇突智(カグヅチ)って一体何なのかな?

 精霊なんて居る訳が無いし。


 言わば僕のイメージの産物。

 その中なら僕は創造主みたいな感じになるのかな?

 だったら言う事を聞いてくれるかな?


 何か僕が創造主なんておこがましい気がするなあ。


 名前はどうしよう。

 この魔法(マジック・メソッド)は八百万の神って所から来てるから神道って事かな?


 そう言えば神道って英語で何て言うんだろう。

 スマホで検索。


 へえ知らなかった。

 神道って英語でもShinto(シントー)って言うんだ。

 Tsunami(津波)みたいなもんなんだな。


 何かしっくり来た。

 これにしよう。


 名前:神道巫術(シントー)


 概要:あらゆる物質の精霊と会話、交渉する事が出来る。


 効果:全方位(オールレンジ)範囲内のあらゆる情報を聞き出したり、ガレアの魔力を送り込み、操る事も可能。


 こんな所かな?


 時間を確認。


 十一時三十四分


 もうこんな時間か。

 本格的な構築は午後から始めよう。


 でもこんな事出来るのかな?

 占星装術(アストロ・ギア)も大概だったけど、神道巫術(シントー)はそれに輪をかけて現実離れしてる。

 こんな事が出来るのだったら魔法(マジック・メソッド)って本当に夢の技術だ。


 成功したらますます秘匿しないといけない技術だ。

 こんなものが広まったら、世の中滅茶苦茶になる。


 まあ構築はそれなりにしんどいんだけど。

 そんな事を考えながら宅内へ。


 家に入ると歌声が聞こえる。

 リビングからだ。

 歌声に誘われる様にリビングへ向かう。


 するとそこで暮葉が歌っていた。

 その前に座るヒナちゃん達三人と眠夢(ねむ)さん。

 じっと歌を聞いている。


 やがて歌が終わる。


「ふう……」


 パチパチパチパチ


 拍手をしているのは眠夢(ねむ)さんのみ。

 他の三人はポーッとしている。


「暮葉ちゃん~~

 お歌上手いのね~~」


 ほのぼの賛辞を贈る眠夢(ねむ)さんを見て、微笑みながら片足を斜め後ろの内側に引き、もう片方の足を曲げる。

 両手でミニスカートの裾を少し持ち上げた。

 これはカーテシーだ。


 ■カーテシー


 ヨーロッパ、アメリカでの西洋文化的挨拶法。

 見た目の特徴として頭を下げる日本式とは違い、背筋を伸ばしたまま行う。

 使用人が主人に相対した時等に用いられる。

 ダンス界で多く使われ、バレエやフォークダンス、フィギュアスケートなどの演技後、観客への感謝の意を表す為に用いられる。

 アニメではメイドキャラなどがよく行う挨拶。


 綺麗。

 物凄く綺麗。

 思わず見惚れてしまった。


(わーーーッッッ!

 おねーーちゃんっっ!

 すっごーーーいッッ!

 歌上手ーーーッッ!)


 ようやく正気に戻ったヒナちゃんが騒ぎ出す。


(ねーちゃんっっ!

 すげーーじゃねーかっっっ!

 ただの激辛好きなオンナじゃなかったんだなっっ!

 プロみてーーーッッ!)


 続いてケンジ。

 激辛好きて。

 そんな風に思ってたのか。


(確かに……

 歌に非凡なものを感じますね……)


 クイ


 ガクがメガネの位置を治す。


「エッヘンッッ!

 こう見えても私アイドルなんだからっっ!」


 暮葉が自慢気に胸を張る。


(えーーーっっ!?

 おねーちゃんっっ、アイドルなのーーっっ!?)


 アイドルと言う言葉にヒナちゃんが喰いついた。


「ウフフそうなのよっ!」


 暮葉の鼻高々な態度は治まらない。


(でもアイドルがこんな所で何やってるの?

 お仕事とか無いの?)


 キョトン顔でヒナちゃんが純粋な疑問。


「今はお休み中なの。

 CD百万枚売ったからとかでご褒美だって」


 サラッと言っているがこのネットが流行っている世の中で百万枚売ると言うのがどれだけ凄い事か。


 そう言えばこの三人はTVとかは見ないんだろうか。

 確か踊七さんの家は外の情報を入れない為にTVは無いって言ってたっけ。


 でもそれは横浜の話。

 今は西宮だからむしろもっとTVを見た方が良いんじゃないか?


「ヒナちゃん、暮葉だったらTVの歌番組とかに出てるよ。

 今はお休みだから出演は無いかも知れないけどCMとかなら見れるんじゃないかな?」


(テッ…………

 TV…………)


 ヒナちゃんの身体がびくんとなる。

 明らかに様子がおかしい。

 横を見ると、ケンジとガクは浮かない顔。


 僕は良かれと思って言ったのに、一体どうしたと言うんだ。


「竜司くん……」


 眠夢(ねむ)さんの静かな声。

 いつもの間延びした声じゃない。


「この子達はね……

 TVを怖がっているの……

 正確には外の情報を見る事に怯えているの……

 たかがTVって思うかも知れないけど……

 外の事を知って興味が沸く事に物凄く恐怖を抱いている……

 特にヒナちゃんが……」


 眠夢(ねむ)さんが言うには現在横浜は民放がほとんど映らないそうな。

 これは市長の方針。

 地元のケーブルテレビが主だそうな。


 だが、市長もメディアを軽んじている訳では無くかなりの予算を割いている為、民放と遜色ない番組が放送してるんだって。

 だが竜のネガティブな放送は毎日行っているらしい。


 しかも厄介なのが放送枠で現在行方を追っている竜河岸や遅れた第一世代(ディレイド)の写真、名前などを公開し、情報を集めているそうだ。

 となると、横浜の連中は全員ヒナちゃん達の顔を知っていると言う事になる。


 気持ち悪い。

 物凄く気持ち悪い。


「で……

 でもここは西宮ですよ……

 普通の民放とかやってるんですし……

 このぐらいの年頃なら普通にTVを見るものでしょ?」


「………………ヒナちゃんに聞いてみましょう……

 ヒナちゃん……?

 どう?

 TV見たい……?」


 カタカタカタ


 静かに語りかける眠夢(ねむ)さん。

 それを聞いたヒナちゃんは少し震え出す。


(いやっ……

 私っ…………

 TV見たくないっっ!)


 ガバッ


 膝を抱えてしまったヒナちゃん。


 後で聞いた話だけど何でこんなに恐怖を抱いてしまっているかと言うと、横浜で竜河岸や遅れた第一世代(ディレイド)の情報募集の放送を見てしまったそうなんだ。

 詳細は解らないが、それがよっぽど酷い放送だったんだろう。


「ごっ……

 ごめんっ!

 ヒナちゃんっっ!

 もうTVを見ろなんて言わないからっっ!」


 僕の不用意な発言で傷つけてしまったと謝罪。

 ケンジとガクは放送を見ていないらしく、TVに対してさして抵抗は無いのだが浮かない顔だったのはヒナちゃんを気遣っての事だった。


 僕はこのままじゃいけないと思う。

 TVもまともに見れない女の子が正常だとは思えない。


 この三人には普通に人生を歩んで欲しいんだ。

 でも、僕に何か出来る訳じゃない。


「じゃ……

 じゃあ僕はやる事があるから上に行くよ……

 ガレアちょっと付き合って…………

 ヒナちゃん……

 本当にゴメンね……」


 僕はガレアを連れて自室に消えて行った。


 何て無力なんだ僕は。

 僕に出来る事はこの場を去る事ぐらい。

 本当に情けない。



 蘭堂邸 二階 自室



【なあなあ竜司。

 何やるんだ?

 また前のやつか?】


「うん……

 そうだよ」


【何か最近そればっかやってんなぁ……

 って竜司、お前何ションボリしてんだ?】


 ガレアがキョトン顔。

 まあ竜のガレアに僕の気持ちなんて解る訳が無い。


「まあ……

 色々あってね……

 亜空間をお願い……」


【ホイヨ】


 ガレアが亜空間を出す。

 中に入る僕ら。

 いつもの通り、周りに何もない所まで移動。


 ピトッ


 いつも通りガレアの魔力を補給。


 ドッッッックゥンンッッッ!


 心臓が大きく高鳴る。

 準備完了。

 静かに座る。


 今から魔法(マジック・メソッド)の構築だ。

 失敗は忘れて集中しないと。


 パンッッ!


 両手を勢いよく合わせる。

 イメージ……

 イメージ……


 占星装術(アストロ・ギア)の時は黒い本だったが、この神道巫術(シントー)に関しては白い本。


 (おもむき)占星装術(アストロ・ギア)と同じ。

 古めかしいヨーロピアンな魔法書みたいな感じ。

 この黒い本と白い本で僕は強くなるんだ。


 こうして再び僕の魔法(マジック・メソッド)の構築が始まった。



 ###



 どれぐらい時間が過ぎただろう。

 僕は一心不乱で構築に励んだ。

 魔力補給の為に手を上げる。


 プルプルプル


 手が震えている。

 そろそろ限界か。


 今日はこれぐらいで終わろう。

 最後〆の言葉を書き記し、本を閉じるイメージ。


 よし完了。

 これで……

 出来たのかな?


 頭の中で行っている事だからきちんと出来たかどうかは分からない。

 とりあえず今日は終わった。


「ガレア……

 終わったよ……」


【ぽへー……

 ぽへー……】


 ガレアはやはりまた寝ていた。

 退屈なんだろうな。


 最近ガレアに悪いな。

 またたこ焼きでも買ってやろう。


「ホラ……

 ガレア……

 起きてよ……」


 ガレアを揺り動かす。


【竜司うす】


「終わったよ……

 外へ出よう……」


【ホイヨ】


 僕は千鳥足で外へ。

 かなり疲労している。


 外へ出ると夕方だった。

 僕は時間を確認。


 十七時ニ十分


 結構な時間だ。

 とりあえずリビングに降りよう。


 ワイワイ


 階段を降りるにつれ、賑やかな声が聞こえて来る。

 リビングを覗くとまず驚いたのが皆でTVを見ていた事だ。

 もちろんヒナちゃん達も一緒。


 ヒナちゃんは笑顔。

 隣にはカンナちゃんも居て共に笑顔。

 踊七さんも帰宅してソファーに座りながら、TVを見ている。


 一体何を見ているんだ?

 画面を見るとそこには暮葉が映っていた。


(わぁぁぁ……

 おねーちゃん、キレーー……)


 ヒナちゃんは画面の暮葉に釘付けだ。

 画面には暮葉のライブの模様が映し出されていた。

 ステージ衣装が照明の光を浴び、キラキラ光っている。


 その中で堂々と歌う暮葉。


 その周りでバックダンサーが踊り、ライブを盛り上げる。

 観客は声を上げ、暮葉の歌声に酔いしれる。

 ライブの盛り上がりはうなぎ登り。


 やがて曲が終了。

 そして暮葉のMCが始まる。


「はーいっ!

 Full aheadでしたーーっ!

 みんなーーーッッ!

 今日は来てくれてありがとーーッッ!」


 ワァァァァ……


 うねりの様な歓声が飛ぶ。

 ここはどこだろう?

 ていうかこの映像は何なんだろう?


「お?

 竜司じゃねえか。

 ただいま」


 ようやく僕に気付いた踊七さん。


「先輩おかえりなさい。

 この映像は何なんですか?」


「あぁ、これはカンナちゃんが持って来た暮葉さんのライブDVDだよ。

 何だかヒナがションボリしてるっつってな元気づける為に見せてくれたんだと。

 俺は途中に帰って来たから詳しくは知らねぇけどな。

 しかし……

 近くに居る人が画面の中でライブをやっていると言うのは不思議なもんだ」


「ヒナちゃんヒナちゃんっっ!

 ねっねっ!

 凄いでしょっっ!?

 ステキでしょっっ!?

 クレハってっっ!!」


(うんっっ!

 スッゴイ綺麗だったっっ!

 おねーちゃんっっ!

 カッコ良かったよーーっっ!)


「ウフフありがとう」


 ファンと接するモードになった暮葉。

 この子ってファンと接する時は雰囲気が落ち着いた感じになるんだよな。


「暮葉のライブ映像初めて見たよ。

 やっぱり素敵だね」


「フッフーーンッッ!

 そうでしょっっ!?」


 僕に対してはいつもの天真爛漫な感じだ。


「これって何処のライブ?」


「えっとねーー……

 大阪のフェスティバルホールってとこ」


 聞いては見たものの場所を言われても良く解らない。


 プルルルルル


 ここで携帯の音。

 僕のとは違うようだ。


 誰のだろう?

 僕は踊七さんを見る。


「ん?

 俺のじゃねえぞ。

 眠夢(ねむ)、こんな音だったか?」


「ん~ん~~

 私じゃ無いよ~~」


 プルルルルル


 依然として鳴り続ける携帯の音。


「ん……?

 この音何処かで聞いた事ある様な……」


 暮葉が妙な呟きの後、ポケットをまさぐる。


「あ、私のだ」


 何で自分の携帯の音に気付かないんだ暮葉。


「もしもし?

 あ、マスさん?

 ええ……

 久しぶりっ

 今?

 西宮って所に居るよっ」


 電話に出る暮葉。

 相手はマス枝さんか。

 久しぶりだなあ。


 ■安藤マス枝


 芸能事務所ユニオン所属。

 暮葉のマネージャー。

 右も左も解らない暮葉を見出し、トップアイドルまで押し上げた敏腕の持ち主。

 だが初対面の相手に点数を付けて勝手に評価する失礼な人間でもある。


 参照話:九十五~九十七話


「うんっ

 ええ……

 …………あれ?

 もうそんなに経ってたんだ……

 …………うん、わかった」


 電話を置く暮葉。


「暮葉、マス枝さん何だって?」


「えっと……

 そろそろ一ヶ月だから戻ってらっしゃいって……」


 突然だ。

 突然の出来事。


 冷静に考えてみればそうか。

 いつも一緒に居たから気づかなかったけど、暮葉はトップアイドルなんだ。

 僕みたいな不登校の人間と常に一緒に居ること自体おかしいんだ。


「そうなんだ……」


 でも、暮葉が離れるとなるとやはり寂しい。

 言葉の端々に気持ちが出てしまう。


「ゴメンね…………

 何か年末にドームツアーをやるから物スッゴク忙しくなるって言ってた……」


 ここで静岡に出向く際に訪れた大阪で見た暮葉のポスターを思い出した。

 重大情報をクリスマスイブに公開するって書いてあった。

 それがこのドームツアーの事かな?


「…………しょうがないよ……

 暮葉はみんなのアイドルだもん…………

 それでいつここを出るの?」


「うん……

 明日の朝」


 今日の夜を最後に当分暮葉とはお別れか。

 寂しいな。


「暮葉さん、仕事に行くのか。

 寂しくなるな」


「え~~、暮葉ちゃん~~

 行っちゃうの~~?」


(おねーちゃん……

 行っちゃうの……?)


 ギュ


 スカートの裾を握りながら淋しそうな顔をするヒナちゃん。


「うん……

 ゴメンねヒナちゃん……」


「だっ……

 駄目だよ……

 ヒナちゃん……

 クレハはお仕事があるんだからっ……

 みんなのクレハなんだからっ…………」


 カンナちゃんがヒナちゃんを(たしな)めている。

 多分強がりだろう。

 自分も本当は暮葉と一緒に居たいはずなのに。


 笑ってはいるが凄く無理をしているのがありありと伝わって来る表情。

 自分も寂しそうな顔をすると暮葉を困らせてしまう。

 そう考えたんだろう。


「ただいま~…………

 ってあら?

 どうしたの?

 何だか湿っぽい雰囲気だけど……」


 と、そこへ凛子さんとグースが帰って来た。


「おかえりなさい凛子さん……

 いえ、暮葉が仕事の為ここを離れる事になったんです」


「そう……

 淋しくなるわね…………

 じゃあ今日の晩御飯は腕を振るわなきゃね。

 暮葉さん、何か食べたいものある?」


「辛い物ッッ!」


 暮葉が元気に回答。


「フフフ。

 解ったわ。

 とびきり辛いの作ったげる。

 眠夢(ねむ)さん、グース。

 手伝ってくれる?」


「はいはい~~」


「わかりました」


「わぁい」


 無邪気に喜ぶ暮葉を尻目に台所へ消えて行った三人。

 ご飯が大体出来る迄三十分ぐらいか。


 今のうちに魔法(マジック・メソッド)を見て貰おうかな?

 結構しんどいけど一回ぐらいなら使えるだろう。


「踊七さんちょっといいですか?」


「何だ?」


「今日、構築してみた魔法(マジック・メソッド)を見てくれませんか?」


「お?

 もう構築したのか?

 いいぜ……

 ってお前フラフラしてるけど大丈夫か?」


「ええ……

 まあ何とか……」


「まあお前が良いって言うんなら良いけどよ……

 外か?」


「はい」


 僕らは外へ向かう。

 果たして出来るだろうか?

 踊七さんと対峙する僕。


「じゃあ行きます……

 全方位(オールレンジ)


 僕を中心に展開される翠色のワイヤーフレーム。

 僕の魔法(マジック・メソッド)はここから始まる。


神道巫術(シントー)


 ポウ


 僕の両人差し指に青白い炎が灯る。

 ゆらゆら揺らめくその様はまるで人魂。


 灯った両人差し指を共に内側へスライド。

 空中に二本の蒼い線が現れる。


「そしてこのまま……」


 続いて僕は両人差し指を縦に構え、スッと振り下ろす。


「おっ?

 それは鳥居か?」


 空中に現れる青白い鳥居のシンボル。


 その通り。

 僕は神道のシンボルである鳥居のマークを起点に魔法(マジック・メソッド)を発動させようと思ったんだ。


 これで……

 出来たのかな?


 まだ声は聞こえない。

 僕から話しかけないといけないのかな?

 まずはどの精霊から話しかけてみようか?


 まずは久久能智(ククノチ)(木の精)からにしよう。


久久能智(ククノチ)……

 久久能智(ククノチ)……

 僕の声が聞こえる……?

 聞こえるなら返事をして欲しい……」


 僕は呼びかける。

 が、辺りは静寂。

 無音。


 全く声は聞こえない。


 踊七さんは黙って見ている。

 何か厨二臭くて凄く恥ずかしい。

 じっと見つめる踊七さんの目線が痛い。


 これはまずい。

 何かしらの結果を見せないと。

 焦り出す僕。


久久能智(ククノチ)ッ!

 返事をしてよッッ!」


 焦りから声を荒げる僕。


〖…………………………イヤどす…………〗


 あ!!?

 何か聞こえたっ!!


 今何て言ったっ!!?

 確かイヤドスってっっ!!


 ………………え?

 嫌どす…………?


「へ…………?

 嫌………………

 って……?」


〖……………………だからイヤどすって言うたんどす……〗


 何で京都弁?

 いや、今はどうでも良い。

 何で嫌なんだ?


「な…………

 何で嫌なのか教えてくれないですか…………?」


〖そんな(ミソギ)もしてへん汚らわしいあんさんなんかとは喋る口はおまへん…………

 ほなさいなら〗


「ええっっ!?

 (ミソギ)って何っ!?

 ねぇっ!?

 久久能智(ククノチ)ッッ!?

 久久能智(ククノチ)ーーーッッッ!!?」


 僕が必死に呼びかけるが、もう返事は無かった。

 全方位(オールレンジ)解除。

 神道巫術(シントー)終了。


「……終わったか……?」


 踊七さんが話しかける。


「は……

 はい……」


「んーー…………

 何とも言い難いが……

 これ……

 俺が見る必要あるか……?」


「え……?」


「だってよ……

 仮にお前が得体の知れんモンとコミュニケーション取ってたとしても……

 それ俺には聞こえねぇからなあ」


 しまった。

 確かにその通りだ。


「た……

 確かに……」


「俺が言えるのは外見ぐらいだけど、今見た限りでは特に変えた方が良い所なんて無いしなあ……

 ゆくゆくは片手で鳥居を描ける様になればってトコだ…………

 んで、どうだったんだ?

 様子を見ると()()と話してる風だったが……?」


「あ、そうそう。

 久久能智(ククノチ)って言う木の精霊に話しかけたんですが…………

 僕とは喋りたくないって言われました…………」


「何だそりゃ?

 笑い事っちゃねぇ。

 その精霊はお前が産み出したもんだろ?」


「ええ……

 僕も言う事聞いてくれるかなって思ってましたが……

 でも……

 何だったかな……?

 何か(ミソギ)をしてないから汚くて話したくないって言ってました……」


「プッ………………

 いやすまねぇ……

 それはアレだな。

 お前、魔法(マジック・メソッド)(ことわり)に縛られてるな。

 俺も経験あるよ…………

 ホラ俺の五行魔法(ウーシン)って五行思想を元に作られてるじゃねぇか?」


「はい」


「五行思想の考え方に相生と相剋っつうのがあってだな」


「ガレアの魔力閃光(アステショット)を防いだ相剋(コンフリクト)ですね」


「そうだ。

 その相生と相剋ってのがややこしくてな。

 相生の中に相剋があったりすんだよ。

 例えば相生の(ことわり)で言うと一番加具土命(カグツチノミコト)の威力がスゲェのは森だ。

 森とまではいかなくてもある程度木があれば威力は跳ね上がる。

 これが相生で言う所の木生火ってやつだ。

 簡単に言ったら木が燃えて火になるって事だ。

 んでもな…………

 木が燃え続けて無くなれば火は衰える。

 これが相生の中の相剋ってやつだ」


「なるほど」


「これが厄介でよ。

 木があれば洒落にならん威力なんだが、木が無くなったら笑い事っちゃねぇぐらい威力が無くなりやがってな」


「へえ……

 それでどうしたんですか?」


「相生と相剋の部分を全部書き直した……

 それまでは相生と相剋って割とアッサリ書いてたからな」


 これを聞いて、絶句した。


 魔法(マジック・メソッド)の構築と言うのは基本やる事と言うと文字を書く事。

 だが問題はその筆記用具が全てイメージで創り出していると言う事だ。


 頭に描いた本を魔力で動かし、魔力で書く物を操作して一文字一文字書いていく。

 となると文量が増えると言う事はそれだけ魔力消費も跳ね上がる重労働になる。

 且つ踊七さんが行ったのは新規では無く、修正。


 となると一度書いたものを消して、再度書き込むと言う作業になる。

 修正のキツさは身をもって知っている。


「そ……

 それはキツいですね……」


「だろ?

 俺はこうなった原因を魔法(マジック・メソッド)(ことわり)に縛られたと考えたんだよ。

 どうせ一から自由にてめえで組み立てれるんだから、そこら辺も自由に組んでも良いんじゃねぇか?

 例えば竜司の声に逆らう事は出来ない事にするとかよ」


「う~ん……

 そうですねぇ……

 でも僕は……

 何て言うか……

 久久能智(ククノチ)の意思を尊重したいって言うか……

 創造主の強権を振るうって言うのはあんまりやりたくないんですよね……

 多分出来ると思いますけど」


「何だそりゃ?

 笑い事っちゃねぇ。

 俺なら絶対言う事を聞く感じで仕上げるけどな」


「すいません……

 でも何かしっくり来ないんですよね……

 そう言う偉そうな感じ……」


「謝るこたねぇよ。

 そう思うのもお前の性格だ。

 言っただろ?

 スキルを扱うので一番大事なのは感性(センス)だって」


「先輩、そんな事言いましたっけ?」


「あれ?

 言って無かったか?

 まあそういうこった。

 ならよ、契約っていう過程(プロセス)を挟んでみたらどうだ?」


「契約?」


「漫画とかであるだろ?

 悪魔と契約して異能を手に入れる話とかよ」


「あぁ、なるほど。

 それ良いかも知れませんね。

 取り入れてみます」


「さあそろそろ晩飯だ。

 お前も今日で当分暮葉さんとはお別れなんだからいっぱいイチャつきたいだろ?」


 踊七さんがからかって来る。

 それを聞いた僕は赤面。


「せっ……!

 先輩ッッ!

 何言ってるんですかぁっ!?」


「ハハッ

 まあ中に入ろうや」


「もう……

 はい……」


 僕らは中に入る。

 リビングに向かうと、テーブルに料理が並んでいた。


 鶏のから揚げ、春巻き、餃子……

 とこれは青椒肉絲(チンジャオロース)かな?

 そして麻婆豆腐。


 ほぼ中華料理で構成されていた。


 麻婆豆腐。

 何か暮葉の前に置いてあるモノだけが何か違う。

 赤さが違う。


 その赤さは活火山の火口を想起させ、何かグツグツと気泡を立てている。

 見ているだけで汗が噴き出る。


「あ、竜司君、おかえりなさい。

 今日は中華のご馳走よウフフ」


「中華は……

 わかるんですが……

 この……

 暮葉のやつは何ですか……」


「ウフフこれはね……

 激辛麻婆豆腐よ。

 大阪のお店でレシピ教えてもらったんだけど、作る機会が無くてね」


「そ……

 そうですか……」


 チラッ


 チラリと目線を送る。

 依然として気泡をグツグツと立てる麻婆豆腐を前にニコニコ笑顔の暮葉。

 本当に食うのかコレ。


「じゃあ頂きましょう。

 ホラ竜司君も座って」


「あ、はい」


 僕は席に座る。


「じゃあ手を合わせて……

 いただきます」


「いただきます」


(いっただきまーーすっ!)


 こうして夕食はスタート。

 料理はどれも美味しかった。


 鶏のから揚げは噛めば噛むほどに取りの旨味が口中に溢れ、春巻きはパリッとした皮と中の筍のクキッとした食感が堪らない。

 餃子は小籠包かと見紛う程、噛めば中から旨味のスープが溢れる。


 青椒肉絲は肉の旨味とピーマンの苦み。

 そして牛肉の硬い歯ごたえが物凄くいいバランスを保っている。

 麻婆豆腐は絹の様に柔らかい豆腐がピリ辛の刺激的な汁に包まれて、舌を震わす。


 どんどん箸が進んでしまう。

 と、暮葉はどうなったんだろう?

 ちらりと暮葉の方を見る。


 ニヤリ


 飛び込んで来たのは下唇を真っ赤に染めた暮葉。

 不敵な笑み。


 一筋の赤い線が顎に伸びている。

 その様子は吸血鬼。


「わーーーっっっ!!」


 驚いた僕は叫んでしまう。


「なっっ!!?

 なんだっっ!?

 竜司っ!

 どうしたっ!?」


 急な大声に反応した踊七さん。


「くっ……

 暮…………

 ち……

 血っっ!!?」


「………………竜司…………

 よく見ろ……

 こりゃ麻婆豆腐の汁だ」


 呆れた踊七さん。


「あ…………」


 気付いた僕は赤面。


「何で普通の食卓で流血沙汰になるんだよ。

 笑い事っちゃねぇ」


(なんだよっ!

 (あん)ちゃん、ビビりかよっ!

 俺はこんなの全然平気だぜっっ!

 ……モグモグ)


 威勢の良いケンジ。


 こうして和やかな夕食は終了する。

 後片付けを手伝い。

 食後のひと時。


 僕は少し暮葉の事を考えていた。

 明日の朝で暮葉とは当分お別れだ。

 今夜は暮葉と二人っきりで話がしたい。


 でも何かみんなの前で誘うのは恥ずかしい。

 今も楽しそうにカンナちゃんとヒナちゃんと話してるし。


 ここでムクムクと膨らんで来るのが独占欲。

 広言する訳では無いが暮葉は僕の婚約者なんだ。

 だから僕の物だ。


 何て身勝手でエゴイスティックな考えだ。

 でも生まれたんだからしょうがない。


 でもどうしよう?

 この考えを口に出して、強引に連れ去ってしまおうか。


 いやいや、何を考えてるんだ。

 結婚式に乗り込んで新婦を奪う映画じゃないんだから。


 ここは一つスタンダードに会話の隙を見て、用があると連れ出そう。

 じっと機会を待つ僕。

 やがて寸刻、会話が途切れる。


 ここだっ!

 このタイミング。

 僕はタイミング取りだけは自信があるんだ。


「ね……

 ねえ……

 暮葉……?」


「ん?

 どしたの?

 竜司」


「あの……

 その……

 ちょっと用があるんだけど…………」


「ヒナちゃん、ちょっとこっちへいらっしゃ~~い。

 んふふ~~」


 と眠夢(ねむ)さん。


「カンナ。

 ちょっと……

 ウフフ」


 凛子さんまで。

 僕を見てパチリとウインクをする二人。


 この二人は気を使ってくれたんだ。

 ありがとう眠夢(ねむ)さん、凛子さん。


「どしたんだってば竜司」


「あっ!?

 あぁ…………

 ちょっと外に行かない……?」


 ドキドキ


 少し心臓が高鳴る。


「ん?

 お外行くの?

 いいわよ」


 僕の心臓の高鳴りなんか知らないと言わんばかりのあっけらかんとした回答。

 僕らは家を出る。


 外は夜の闇が空を包んでいた。

 前の横浜程では無いがポツポツと星が出ている。


 あの横浜の星空を暮葉にも見せてあげたかったな。

 そんな事を考えながら空を見上げ、ゆっくり歩を進める。


「と……

 とりあえず……

 座ろうか?」


「うん」


 僕らは適当な場所に腰掛ける。

 僕はポーッと夜空を眺めていた。


 今日は良夜。

 月が美しく輝く夜。


 天空には鋭くなった弦月が輝きを放っている。

 そんな弓張月を見つめていた。


 だが内心は焦りで思考がグルグル回っていた。


 何か。

 何か話さないと。

 僕は暮葉を連れ出す事ばっかり考えてて、話題を持ち合わせてなかったのだ。



「月が……

 綺麗ですね……」



 自然に出てきた言葉。

 何も考えず、何も感じず自然に出て来たんだ。

 それを聞いた暮葉は沈黙。


 ゆっくりと目を暮葉に向ける。

 するとそこにあったのは僕を見つめる深い紫色の両瞳だった。

 暮葉が僕を真っすぐ見つめていた。


 何か驚いて言葉を失っている。

 そんな印象。

 両頬を赤く染めて眼を見開き、黙ったままこっちを見つめている。


「く…………

 暮葉……?」


「えっ…………

 あっ…………

 えっと…………

 今ならきっと……

 手を上げるでしょう……?」


 何かヘンな事を言い出した暮葉。


「え……?

 何それ?」


「えっっ!!?

 えっっ!!?

 違ったっっ!!?

 確かマスさんがOKの時はこう返すって言ってたのにっっっ!」


 僕が狐に摘ままれた様な顔をして尋ねると、更に真っ赤になって焦り出す暮葉。

 まあ可愛いけどもよ。

 イマイチ要領を得ない。


「え……

 どう言う事?」


「え……?

 だって男の人が二人きりの時に月が綺麗ですねって言うのは貴方の事が好きですって意味だってマスさんが…………

 でも突然どうしたの……?

 竜司が私の事好きだって言うのはもう知ってるのに……」


 それを聞いた僕は真っ赤になる。

 全くそんな事を考えてなかったから。

 確かにその話は知ってるけどもよ。


 ■月が綺麗ですね。


 小説家、夏目漱石が英語教師をしていた時、生徒がI love youの一文を“我君を愛す”と訳したのを聞き“日本人はそんな事は言わない。月が綺麗ですねとでもしておきなさい”と言ったとされる逸話から生まれた遠回しな告白の言葉。

(ただこの逸話は正式な記録や著作に残されている訳では無いので信憑性は低い)


 この月が綺麗ですねって告白には色々な返しがあるんだ。

 よく成功の例としてよく挙げられるのが……


 死んでもいいわ


 これは夏目漱石では無く作家の二葉亭四迷がロシア小説を訳した際に持ちられたと言われる。

 ちなみに断りの時は私はまだ死にたくありませんとなるそうな。


 その他現在では色々な成功の返し方があり、例えば今ならきっと手が届くでしょう、私にとって月はずっと綺麗でしたよ、貴方と一緒に見るからでしょう等がある。


 多分暮葉が言おうとしてたのは今ならきっと手が届くでしょうと言いたかったのだろう。

 でも言い間違えたとしても暮葉も僕の事を好きでいてくれてると言う事だ。

 こんな時にやる事は決まっている。


 ギュ


 僕は暮葉の手を両手で握る。


「ありがとう…………

 一緒に幸せになろうね」


「うんっ」


「暮葉…………

 少しの間離れるけど…………

 ライブ頑張ってね……

 絶対見に行くから詳しい事が決まったら教えてね……」


「うん……

 頑張る……」


 四つの頬が赤い。

 僕も暮葉も赤面していた。

 妙な勘違いから出た告白の恥ずかしさがまだ続いている様だ。


 次に会う時はドラゴンエラーに関して僕なりの決着が付いているだろう。

 ()()罪の償い方を実行したとして、僕は恐怖に耐えれるだろうか。


 僕が恐怖に縛られた時はいつも傍に居た暮葉が助けてくれた。

 だが、暮葉は居なくなる。

 僕一人だと正直自信が無い。


 ブンブン


 僕は顔を左右に振る。

 いやいやいやいや駄目だ駄目だ。

 これは僕一人で克服しないといけない。


 これから先、こういうケースが増えるだろう。

 そんな時、暮葉が居ないと恐怖を克服できないのであっては話にならない。


 僕はドラゴンエラーの償い方については暮葉に話さないつもりだった。

 話すとほぼ間違いなく暮葉は哀しむ。

 暮葉の哀しむ顔は見たくない。


 それに大きなライブが控えてる暮葉に要らぬストレスを与えたくない。

 暮葉には百%全力で臨んでほしい。


「どうしたの?

 竜司」


 考えこんでいる僕の顔を覗き込む暮葉。


「いいいやっっ……!

 何でも無いよっ……!

 ………………ねえ……

 暮葉……

 僕は次に会う時までに必ず成長する。

 あの呼炎灼(こえんしゃく)の時の様な情けない僕じゃない……

 強くなった僕になる事を約束する……」


「情けない?

 何の話?」


 暮葉がキョトン顔。

 結構僕なりに決意を込めて言ったんだけどな。


「いや……

 ほら……

 僕、よく震えてたでしょ……?」


 それを聞いた暮葉はにっこり微笑む。


「なあんだ、そんな事。

 フフフ、そんな事気にしなくても良いのに」


「そう……?

 本当に僕、みっともなかったと思うんだけど……」


 自分を卑下する僕を見て、笑顔を絶やさず首をゆっくり横に振る。


「ううん……

 そんな事無い……

 私、何で争っているのか良く解んないけど……

 竜司は頑張ってたもん……

 物すっごく頑張ってたもん……

 私ちゃんと見てたもん……」


「そう……

 かな……?」


「うん……

 私隣で見てて……

 何も出来なくて…………

 胸がザワザワして……

 だから……

 あんな事ぐらいで竜司の助けになるのなら……」


 暮葉は僕の側に居ながら何も出来ない自分に胸がうずいていたんだ。

 ついて来ているだけだと思っていたが、そんな事を考えてたんだ暮葉は。


「うん……

 ありがとう……

 あの時は物凄く助かったよ……

 正直暮葉が居なかったらどうなってたか解らない……

 でも……

 このままじゃイヤなんだ……

 いつまでも暮葉に甘えてもいられない……

 僕は男の子だから……」


「そう……

 無理しないでね……

 慰めて欲しかったらいつでも来て良いからね……」


 時々感じるんだ。

 暮葉から濃密な母性を。

 暮葉は竜なのに。


 いや違うだろ。

 竜だから何だってんだ。

 こう言ってくれるのは紛れもない暮葉の優しさだろ。


「うん……

 ありがとう……

 さあそろそろ戻ろうか……」


「うん」


「明日は駅まで送るから……」


「ありがと……」


 僕らは宅内に戻る。


「おっ?

 竜司。

 イチャつきタイムは終了したのか?」


 リビングに戻るなり、踊七さんが囃し立てて来る。


「もうっ!

 何言ってるんですかっっ!」


「あ、そうそう。

 お前に言う事があったんだ。

 横浜の様子をチラッと見て来たんだよ」


「あれ?

 見て来たんですか?

 どうでした?」


「それがな…………

 何か変わりなかったんだ……

 普通に竜排会のバッジ付けてる奴が巡回してたしな」


 どう言う事だろう?

 もう拠点や情報が無いのだから号令を出そうにも出せないのでは。

 僕はこう考えた。


「どう言う事ですか?

 号令を出そうにも資料やスケジュールとか全焼させたんだから動き様が無いと思うんですが。

 もしかして各々勝手に動いてるって事ですか?」


「いやな……

 俺もそうかなって思って情報集めたんだよ。

 そしたらな……

 竜排会って組織が見えてきたんだ。

 実は竜排会って一枚岩の組織だったんだよ。

 現会長が物すげえ敏腕らしくてな。

 そいつが就任してから物凄く大きくなったらしいんだ。

 現会長が太いスポンサーをいくつも引っ張ってきたり、ケーブルテレビを買い取って放送の質を高めたりとかな。

 粛正隊を組織する事を考えたのもこいつだってよ。

 今、巡回してる竜排会員は全員会長の所で指示を仰いでるんだと。

 それで……

 これは俺の推測だが、俺達が燃やした資料は全てコピーでオリジナルは全て会長が所有してるんじゃねぇかって思う」


「………………一体誰なんですか?

 その会長って」


「現横浜市長……

 林富美子(はやしふみこ)だよ」


 会長は女性だったのか。



 ###

 ###



「はい、今日はここまで」


「本当に最近パパ、カッコ悪いね。

 何?

 神道巫術(シントー)って」


 やっぱりそう来るか。

 何って言われてもなあ。


「でっっ!

 でもっっ!

 踊七さんですら魔法(マジック・メソッド)を複数持つ事は()()()()()んだよっっ?

 これって凄くないっっ?」


 踊七さんが複数持たなかったのは、単に性格の為だ。

 だから敢えて出来なかったじゃなくてしなかったと言ったんだ。


「え~~……

 でもなあ……

 新しいヤツってパパが一人で喋ってただけでしょ?

 ホントに声なんか聞こえたの?」


 ジトッとした猜疑の眼で僕を見る(たつ)

 視線が痛い。


「聞こえたのっっ!

 ホントなのっっ!

 ホントに京都弁で喋ったんだってっ」


「う~~ん…………

 まあここまでも普通に竜と旅するって言う有り得ない話だし……

 信じてあげる」


「ありがとう(たつ)


 何でお礼を言ってるんだ僕は。


「さ……

 さぁ……

 今日も遅い……

 もう寝ないと……

 おやすみなさい」

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