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ドラゴンフライ  作者: マサラ
最終章 第一幕 横浜 ドラゴンエラー編
145/284

第百四十四話 Break the chain

「やあこんばんは(たつ)


「あ、パパ。

 うす」


「今日はたっぷりと話すからね。

 さあ始めて行こうか」



 ###



 僕らは家の中へ戻った。

 リビングに戻ると、凛子さんと眠夢(ねむ)さん、そして暮葉が談笑していた。


「ええ~~~っ!!?

 暮葉ちゃん大胆~~~」


 間延びした驚嘆の声。

 眠夢(ねむ)さんだ。


「ちょ……

 ちょっと……

 貴方達にはまだ早いんじゃないかしら……」


「ん?

 そうなの?

 でも恋人同士は一緒にお風呂に入るものって漫画に書いてあったわよ?」


 暮葉がキョトン顔。


 え……?

 お風呂!?


「ま……

 まあ……

 確かに言うけども……

 それは何年も付き合った恋人同士がする事であって……

 貴方達まだ付き合ってまだ間もないでしょ……?」


「そうだよぉ~~

 私だって~~

 まだ踊ちゃんと入った事無いのにぃ~~」


「ん?

 入ればいいじゃない眠夢(ねむ)さん」


「私はいつでもうぇるかむなんだけどぉ~~

 踊ちゃんがすっごい恥ずかしがるの~~」


 ちらりと踊七さんの方を見る。

 プルプル震えて真っ赤になっている。


「せ……

 先輩……?」


 あ、いけない。

 このガールズトークの雰囲気に呑まれていた。

 僕らがいる事をアピールしないと。


「あのっ!!

 ただいま帰りましたっっ!」


 ちょっと大きめの声で叫ぶ僕。


「あ、竜司っ。

 ねえねえ、恋人同士がお風呂に入るのってヘンなの?」


 キョトン顔でどう答えて良いか解らない疑問を投げかける暮葉。

 何か巻き込まれた感じがする。


「え…………

 あの…………

 その…………」


 戸惑いながら、言い淀む僕に凛子さんと眠夢(ねむ)さんがフォローを入れてくれる。


「ウフフ。

 コラコラ暮葉さん。

 竜司君が顔真っ赤になってカワイクになってるからその辺にしてあげて」


「わ~~~っ!

 暮葉ちゃん~~っ!

 貴方はどうしていつもガールズトークの内容を言いたがるの~~~っ!?

 し~~だよ~~!

 し~~」


 眠夢(ねむ)さんの場合はフォローとも言えない。

 珍しく焦っている。


「あっ……

 そうだった。

 ゴメンね竜司、今言った事は忘れて」


 忘れてって言われてもなあ。


「う……

 うん」


「所で竜司君……?

 お外で一体何をしていたのかしら……?」


「えっと……

 それは……

 すいません……

 ナイショです……」


 やはり魔法(マジック・メソッド)に関しては踊七さんの力の肝の部分。

 例え凛子さんだろうと言う訳には行かない。


「へっ……

 竜司……

 お前は義理深い奴だな……

 別に凛子さんなら言っても構わねぇのに」


「いや……

 でも先輩……

 魔法(マジック・メソッド)は多分先輩が考えている以上に物凄い事なんですよ?」


「そうは言ってもよ……

 凛子さんが魔法(マジック・メソッド)を知ったからと言って悪用する訳ねぇだろ?」


「それはそうなんですけど……

 心構えの問題って言うか……」


 僕は了承を渋る。


 この時の僕は踊七さんとの間に何となくグループ感の様なものが生まれていたんだと思う。

 魔法(マジック・メソッド)を覚えると言う事は何だろ?


 僕らの部活に入ってもらわないと嫌って言うか。

 部活って一体何のって話だ。

 それに僕は学校に行ってないんだし。


 多分この部活ってイメージは今まで見て来たアニメや漫画のイメージだ。

 まあ結局の所何が言いたいかって言うと僕らと行動を共にしないと魔法(マジック・メソッド)の事は教えたくないって事だ。


 僕が考えた訳じゃないのにね。

 気持ちがそうなっているって事だ。


「まあ別にお前が教えたくねぇってんなら構わねぇけどよ。

 まあそう言うこった。

 すまねぇな凛子さん。

 秘密特訓だとでも思っててくれ」


「ウフフわかったわ。

 竜司君ぐらいの年なら秘密の一つや二つ持っていてもおかしくないものね」


「す……

 すいません……」


 こうして夜は更けていった。



 次の日



 チュン……

 チュチュン……


 窓から光が差し込む。

 朝日を浴びて僕はゆっくり目を開ける。

 身体を起こす。


「ふわぁぁぁっ…………」


 伸びをしながら大欠伸。

 気持ちの良い朝。


 昨日とは大違いだ。

 身体もスッキリしている。


 やっぱり睡眠って大事だなあ。

 僕は服を着替える。


【竜司うす】


 着替えている間にガレアが起きた。

 いつもの寝覚めの良いガレアだ。


「おはようガレア」


 すぐに着替え終わり、リビングへ向かう。


「おはよう~~

 今日はちゃんと起きれたのねぇ~~

 感心感心~~」


 眠夢(ねむ)さんが朝ご飯の準備をしていた。


「あっ

 竜司っ

 おはようっ!」


 暮葉の元気な挨拶。

 あれ?

 エプロンを着ている。


「暮葉……

 まさか……

 今日の朝ご飯……

 暮葉が作ったの……?」


 何かどっと汗が噴き出る。

 激辛朝ご飯を想像したからだ。


「ん?

 私は運ぶの手伝ってるだけだよ……………………

 って何よっ!?

 竜司っ!!

 私が朝ご飯を作ったらいけないっていうのっっ!?」


 ぷうとほっぺたを膨らまして僕に詰め寄る暮葉。

 さらりとした銀色の長髪から物凄く良い匂いが鼻腔に滑り込んでくる。

 にしても僕が何考えているか良く見抜く様になったよな暮葉も。


「いいいやっっ!!

 そそっ……

 そう言う訳じゃないよっ!?」


「ウソッ!!

 竜司が嘘ついてるの私解るんだからっ!!

 何よっ!!

 私が朝ご飯作ったら何でいけないのよっっ!」


「えっと…………

 それは…………」


 確かに駄目なのはそうなんだが、事実を言いにくい。

 僕が言い淀んでいると……


「い~~わ~~な~~い~~と~~…………」


 ガッ


 僕の胸座を素早く掴む暮葉。

 あ、これは久々の…………



 教えてガックンだ。



 ガクガクガクガクガクガクガクガクガク


 竜の怪力で激しく前後に僕の身体を揺らし出す暮葉。

 こんなに振れ幅大きかったっけ?

 頭骨内壁にガンガン脳が当たっているのが解る。


「ちょ……

 暮…………

 待っ…………

 だ…………」


 ガクガクガクガクガクガクガクガクガク


「言えーーーっっ!

 何で私の朝ご飯がダメなんだーーっ!」


 駄目だ。

 意識が遠のく。

 脳震盪寸前。


「わ~~~~っっ!!?

 暮葉ちゃん~~っ!!?

 何やってるの~~~っ!!?

 竜司君、死んじゃうよう~~~」


 台所から出て来た眠夢(ねむ)さんが止めてくれた。


「ハッ!!?」


 眠夢(ねむ)さんの制止でようやく動きが止まる暮葉。

 ハッ!!?

 じゃないだろ。


 どうにか解放された僕。


「竜司くん~~?

 大丈夫~~~?」


 眠夢(ねむ)さんが僕の身を案じてくれている。


「ゲホッ……

 ゲホッ……

 まあ……

 いつもの事なんで大丈夫ですよ……」


「竜司……

 ごめんね……

 シュン……」


 暮葉がションボリしちゃった。


 サラ


 僕はそんな暮葉の頭を笑顔で撫でてあげた。


「フフ……

 別に良いよ。

 暮葉のそう言う所も含めて好きなんだから」


「んふふふ~~

 竜司に頭ナデナデされるの凄く気持ちいい~~」


 暮葉がニコニコ笑顔。

 可愛いなあオイ。


「あらあら。

 朝から仲が良いわねウフフ」


 台所から凛子さんが朝ご飯を持って出て来る。


「凛子さん、おはようございます」


「竜司様、カンナ様やお子達を起こして来てくれませんか?」


 続いて台所から現れたグースが僕に小用を頼んで来た。


「あ、はい」


 僕は立ち上がり、まずはカンナちゃんの部屋に向かう。


 トントン


「カンナちゃん?

 朝ご飯だよ?

 起きて」


 ドアをノック。

 が、返事は無い。


 トントン


「カンナちゃん?

 朝だよ」


「……………………ふぁい…………」


 何か聞こえた。

 しばらく待ってみる。


 ガチャ


 弱弱しくドアが開く。

 そこには眠たそうに眼を擦りながらカンナちゃんが出て来た。


 髪型が赤毛のロングヘアー。

 朝だからまだツインテールを結んでないのだ。

 何だか新鮮。


「ファァァ…………

 どしたの……?

 竜司にーちゃん……?」


「あぁっ!

 いっ……

 いや何でもないよ。

 ホラ朝ご飯だから」


「ふぁい…………」


 まだ眠たいんだろう。

 トボトボ歩きながらリビングへ降りて行った。

 続いてはヒナちゃんとケンジ、ガクの部屋だ。


 トントン


「起きてる?

 朝ご飯だよ?」


(はーいっっ!)


 元気なヒナちゃんの声。


 ガチャッ!


 勢いよくドアが開く。


(おにーちゃんっっ!

 おはよーーっっ!)


 ヒナちゃんは寝覚めは良い方らしい。

 朝から元気いっぱいだ。


(ふわぁぁぁ……

 眠…………)


 ケンジは何かいつもの感じ。


(おはようございますお兄さん)


 ぺこり


 ガクは礼儀正しくお辞儀。

 もう普通に起き上がれるようだ。

 凛子さん、さすがだなあ。


「ガクくん、もう起き上がれるようになったんだね」


(ええ、もう普通に起き上がれるぐらいにまでは。

 り…………

 凛子さんって名医なんですね……)


 少し頬を赤らめながら、目線を逸らす。

 何となく運ばれた時から思ってたけどガクは凛子さんに対して特別な感情が湧いているみたいだ。


「うん。

 僕も良く治してもらったよ。

 さあ朝ご飯だ、行こう」


(はい)


 僕らはリビングに降りる。

 後は踊七さんとナナオだ。


「くあ…………

 あぁ……

 笑い事っちゃねぇ……

 眠い……」


【フム……

 皆の者……

 おはよう】


 わんわん


 そんな事を言ってたら、踊七さんが眠たそうに降りて来た。

 側にはぽちぽちを抱えたナナオもいる。


 朝ご飯は卵焼き、何か開いた焼き魚、豆腐の味噌汁、漬物、ご飯。

 和風の朝食だ。

 昨日は洋風の方が良いなんて言ったけど、やっぱり朝はご飯が良いなあ。


 和やかに朝食は始まり、やがて終わる。

 後片付けを終えた後は、凛子さんとグース、カンナちゃんは出発の準備。

 診療所と学校に行く為だ。


「いってきまーーーすっっ!」


「ウフフ行ってきます」


「行ってきます」


「三人ともいってらっしゃい」


 三人とも見送る。

 さて僕はどうしようか。

 スマホで時間を確認。


 午前八時三十五分


「もう少し時間があるな……」


 僕は図書室に行くつもりだった。

 近くの図書館が開くのは九時半なんだ。


「ん?

 竜司じゃねぇか」


 後ろを振り向くとそこには踊七さんとナナオが居た。


「あ、先輩。

 何処か行くんですか?」


「不動産屋だよ」


 僕の中で地獄の土地巡りが蘇る。


「そ…………

 そうですか……

 いってらっしゃい……」


「おう、じゃあ行ってくるわ」


 そう言って踊七さんとナナオは出かけて行った。

 この時僕は疑問に持つべきだったんだ。


 不動産屋へ行くにしても時間が早過ぎるって事に。

 それにナナオも連れて行っていると言う事に。


 そして昨夜の占星装術(アストロ・ギア)の結果に。


 だけど、僕はその事に何も疑問を持たず、ただ見送っただけだった。

 結果から言うと踊七さんが不動産屋に向かったというのは嘘だった。

 それに僕が気づくのは何時間も後になる。


 僕はだだっ広い庭の隅に腰を掛ける。

 考えていた内容は魔法(マジック・メソッド)の修正。

 厳密には予見機能(モードフォーシー)の修正だ。


 このままだと予知できても対応できない。

 考えるべきは予見した事を上手く身体に反応させる事。


 どうしようどうしよう。

 ただ単純に予見画が見えるスピードを上げるだけじゃ駄目だ。

 何故ならその予見画に気を取られて戸惑うだけだから。


 ならどうする?

 僕はスマホでネット検索。

 検索ワードは“身体の動かし方 メカニズム”だ。


「フム……」


 なるほど。

 身体を動かすのは脳や脊髄から送られてくる電気信号によって起きるらしい。

 脳と言うのは眼や耳から入って来る情報を処理する場所が違う。


 目から入った情報は後頭部。

 耳から入った情報は耳の上辺りで処理されると。


 そして身体の筋肉に動けと命令を送るのは主にやや前辺りにあるのか。

 更にその中に肩の筋肉に指令を送るのはこの辺りとか足の筋肉に指令を送るのはこの辺りとか細かく区分けされてるそうな。


 人間の脳って凄い。

 てかそれが判明している人間の知識も凄い。


 おっとそんな事はどうでも良い。

 となるとこの身体が動くメカニズムと予見機能(モードフォーシー)をどう組み合わせて行ったら良いのか。



 僕は少し考える。



「………………意志を持つ電気信号……」


 僕は発想を変えてみた。

 そもそもこの予見機能(モードフォーシー)の目的は何だと言う事だ。

 その目的は敵の攻撃を躱すと言う点だ。


 何が言いたいかというと別に画は見なくても良いと言う事だ。

 画では無く、迫りくる攻撃に対して回避する動きを電気信号に変え僕の脳から身体全体に指令を送る。


 僕は漫画やアニメで見たイメージで未来予知と言うものがこういうものだと思い込んで画が見える仕様にしたけど、やっぱり実際やってみると対応出来る訳がない。

 以前みたいに攻撃を喰らうのがオチだ。


 意思を持つって言うのは少々大袈裟かもしれないが、ある種の決められたプログラムを組んで、それを電気信号に変換。

 その電気信号を脳に送り、身体全体に奔らせる。


 これならどうだろう?

 ただこの場合、僕がどんな攻撃にどういう動きをするのかが解らなくなりそうだ。


 まあそれは僕がこの予見機能(モードフォーシー)を信頼すれば良いだけの事。

 ネガティブポイントだと思おう。


 しかし果たしてそんな事が出来るのだろうか。

 こればかりはやってみないと解らない。

 ふいにスマホを見る。


 午前九時二十八分


 もうこんな時間だ。

 少し考え過ぎていた様だ。

 出かける準備をしないと。


 僕はとりあえず室内に戻る。


(ヘアッ!

 ヘアッ!)


 リビングに向かうと、ケンジがガレアの脚をペチペチ叩いていた。


【相変わらず弱ええなあケンジ。

 もっとバーンッとガーンッと行かねぇのかよ】


(ハァッ……

 ハァッ……

 そうは言ってもよ……

 師匠……)


 息を切らせながら泣き言を言うケンジ。

 まあ確かにケンジの身体で威力を出せと言うのも無茶な話だが。


「あ、ガレア、暮葉。

 僕、今から行く所あるからお留守番お願いね」


「ん?

 何処行くの?

 竜司」


【何処行くんだよ】


「図書館だよ」


【トショカン?】


「トショカン?」


 ガレアと暮葉、両方ともキョトン顔で僕を見つめる。

 二人とも全く同じセリフだ。


「図書館って言ってね。

 本がいっぱいあってそれを借りたり、読んだりできる場所の事だよ」


「へー……

 本がいっぱい……」


【ホン?

 漫画って事か?】


 反応が分かれた。


「竜司っっ!

 私も行きたいっ!」


【なあなあ竜司、ホンって漫画か?】


「暮葉……

 言い出すとは思ってたけど……

 図書館ってね喋っちゃ駄目なんだよ?

 退屈になったって騒いじゃ怒られるんだよ?

 ずうっと黙ってるなんて暮葉出来る?

 あと、ガレア。

 本と漫画は少し違うよ。

 本ってのは文字がいっぱい書いてあるんだ。

 絵とかも全く無いしね」


 小説とかの場合なら挿絵があったりもするけど、ガレアに説明するとややこしくなりそうだから言い切った。


「えっ!?

 全く喋っちゃいけないのっ!?

 それじゃあみんなそこで何してるのっ!?」


 いや、そりゃ本読んでるだろ。


「本読んでるんじゃない?

 まあ暮葉。

 今日行く所は初めて行くとこだしさ?

 様子を見て、暮葉が行けそうなら今度連れてくし……

 今日は大人しくお留守番しといてくれない?」


「…………うん……

 わかった……」


【竜司、俺もいいや。

 漫画がねえならつまんねえ】


 何とか暮葉が解ってくれた。

 ついでにガレアも興味が無くなった様だ。


「ありがとう暮葉。

 お昼までには帰って来るからさ。

 子供達と遊んでたり、眠夢(ねむ)さんを手伝ってあげて」


「うん、わかった。

 いってらっしゃい」


 僕は準備を済ませ、図書館に向かう。



 西宮市立鳴尾図書館



 カンナちゃんが通ってる小学校の隣にこじんまりした図書館が併設されていた。

 中に入る。


「二階か……」


 一階は集会所のような造り。

 左にある階段で二階に上がるみたいだ。


 僕が図書館に来た理由はドラゴンエラーの贖罪について何かヒントが無いかと思った為だ。

 故意にせよ過失にせよ僕の様に大量殺人を犯した人間が過去に居なかったか。


 そんな人間がどの様に生きたのか?

 そう言う部分を読んで、何かヒントが得られないかと思ったんだ。


 二階は外観と違って割と広い印象。

 あ、そうか。

 天井が高いからそう思うのか。


 本の量もそこそこ。

 かといって何か目的の本がある訳では無く、手探りで図書館にやって来た僕。


 さてどうしようか?

 順繰りに棚を物色し始める僕。

 う~ん、これといった本がなかなか無いなあ。


 三十分後


 宗教の棚に差し掛かった時、一つの本が目についた。

 その本は……


 アングリマーラ 罪と許しの物語。


 興味が少し沸いたので手に取ってみる。


 この物語の主人公はアングリマーラと言うインドの青年。

 アングリマーラは実の名をアヒンサーと言い真面目な青年だったと言う。

 あるバラモン(司祭)の弟子となり、日々熱心に修行に励む好青年だったそうな。


 そこに在る事件が起こる。

 師の奥さんが前々から気に入っていたアヒンサーを誘惑してきたのだ。

 だが、真面目な青年だったアヒンサーは人の道を外すようなことは出来ないと断る。


 腹を立てた師の奥さんが自らの衣服を破り、自分がアヒンサーに襲われたかの様に装ったのだ。


 これって何千年の前の話だろ?

 そんな頃からこんな痴漢冤罪みたいな話があったのか。


 つくづく男と女って言うのは変わらないんだな。

 まあ人間最古の職業が娼婦って言われるような生物だしな。

 ある種男と女って言うものは地球上でもっとも不変的なものなのかも知れない。


 更に物語を読み進める。


 奥さんの姿を見た師は怒り狂い、憎しみの余りとんでもない仕返しを考え、アヒンサーに言いつける。


(アヒンサーよ。

 お前はこれから国中の人を百人殺し、その死体から指を切り取りなさい。

 百の指を集めれば、お前の修業は完成したとしよう)


 アヒンサーは悩むが、大恩ある師からの言いつけであるため素直に従った。

 これがアングリラーマ(指の首飾り)が誕生した瞬間だった。


 多分、元は真面目で良い人だったんだろうな。

 僕は純粋にそう思った。


 こうして殺人鬼となったアヒンサーは九十九人を殺し、指を斬り落としていった。


 そして最後の百人目と出会ったのが仏陀だった。

 その声はアヒンサーの心の底に響き、ようやく正気に戻る事が出来た。

 そして過去の罪を悔い、仏陀の弟子になる。


 何となくこのアヒンサーにほのかな共感性(シンパシー)を覚えた僕。

 人数の規模や殺害の経緯こそ違うが僕も殺人の罪を悔いている。


 あのアングリラーマが仏陀の弟子になったと言う噂は瞬く間に国中に広がる。

 ここからアヒンサーの苦難の日々が始まる。

 それはある日の托鉢から始まる。


 托鉢に出向いたアヒンサーの後ろから石をぶつけられた。

 驚いて振り向くとまた別の石が。

 どんどん投げられる石は多くなり、蹲った所を棒で叩いて来る者も現れる。


(坊さんの格好をしても騙されないぞ。

 アングリラーマっ!

 父の仇だっ!)


 棒を持った人間が何人も現れ、滅多打ちに遭うアヒンサー。

 そう言った私刑(リンチ)は一日だけでは終わらず、何日も何日も続いた。


 毎日頭から血を流し、衣服はビリビリに破れ、身体中を痣だらけにしながら托鉢に帰って来る日々が続く。

 その姿を見た仏陀はこう言った。


(アヒンサーよ耐えなさい。

 お前は地獄に行き何万年の長い間受けるはずの罰を今受けているのだ。

 これに耐えてこそ、お前は生まれ変わる事が出来る)


 傷だらけになって帰る托鉢の日々が続く。


 やがて、石は投げられなくなってくる。

 アヒンサーが過去に行った大罪を悔いて懺悔し、戒をひたすらに守る姿を見て手を合わせるものも現れる。

 こうしてアヒンサーは人々に赦されたのであった。


 さきには放逸であったけれども

 のちに放逸ならざる人は

 雲を離れた月の様に

 この世を照らすであろう


 人もしよく善行をもって

 その為せる悪業を覆わば

 その人は 

 この世を照らす事 

 雲を離れし、月の如くであろう


 最後は仏教経典の言葉で締めくくられていた。



 カタカタカタカタカタカタ



 読んだ瞬間身体中が震え出す。


 百人殺してこれだけの私刑(リンチ)を受けたのだ。

 何十万人を殺してしまった僕は一体どうなるんだ。

 おそらくドラゴンエラーを憎んでいる人からしたらこの比では無いだろう。



 カタカタカタカタカタカタ



 両膝が震え出す。

 怖い。

 物凄く怖い。


 一体どれほどの悪意で僕に向かって来るのだろう。

 あの踊七さんですら、ああなったんだ。

 僕に受け止める事が出来るだろうか?


 いや、違う。


 出来る出来ないじゃないんだ。

 僕は受けないといけない。

 それが人を殺めると言う事なのだから。


 しかし…………

 それにしても…………

 気持ちが沈む。


 でもアングリマーラの物語を読んである種、腹を括った部分もある。

 横浜でドラゴンエラーを起こしたのは自分だと言う事を告げないといけない。

 さあ次は横浜の人達にどうやってアナウンスするか考えないといけない。


 怖くて気持ちが沈む。

 恐怖からか思考が進まない。

 ふいに壁にかかっている時計を見上げる。


 十二時二十八分


 もうこんな時間だ。

 そろそろ帰ろう。

 トボトボ歩きながら、帰宅の途につく僕。



 蘭堂邸



 帰宅すると凛子さんを含めたみんなは昼食を食べていた。


「あら?

 竜司君、おかえりなさい。

 何処へ行ってたの?」


「あ、ちょっと図書館に調べ物を……」


「あ~~

 竜司くん~~

 お帰りなさい~~

 お昼ご飯出来てるよ~~」


「あ、ありがとうございます。

 頂きます」


 僕は昼食を取る。


 あれ?

 踊七さんとナナオはまだか。

 不動産巡り頑張ってるなあ。


 この時はこの考えが物凄く呑気な考えだと言う事さえ解ってなかった。


「あ、ガレア。

 この後ちょっと付き合って」


 僕は予見機能(モード・フォーシー)の修正を行うつもりだった。


【何だまたかよ】


「うん、ごめんね」


【まあ別に良いけどよ】


 昼食を終えた僕は、ガレアを連れて二階へ上がる。


 竜司・ガレア自室


「じゃあ亜空間お願い」


【ホイヨ】


 ガレアの出した亜空間を潜る。

 相変わらず中は雑多と色々な物が浮いている。


 三回目となるとエライもので、不気味な物が浮いていたとしても特に気にしなくなっていた。

 ハイハイ、サトちゃんの生首生首。


 気にはならなくなったがやはり魔法(マジック・メソッド)をやる時は周りに何もない所の方が良い。

 周りに何もない所まで、三十分程かけて歩く。


「じゃあ始めるよ……」


 ピトッ


 ガレアの鱗に手を合わせる。


 ドッッッックゥンンッッッ!


 大型魔力を身体に取り入れる。

 心臓が高鳴る。

 よし準備OK。


 僕はその場に腰掛ける。

 しかし僕の身体も魔力に慣れたもんだなあ。


 パンッ!


 両手を勢いよく合わせ、眼を閉じる。


 イメージ……

 イメージ……

 頭の中に見慣れた古めかしい本が浮かび出す。


 さあ、ここからだ。

 まずは予見機能(モードフォーシー)が書いてある所を探さないと。

 頭の中でぺらりぺらりとページを捲っていく。


 このページを捲るイメージをするだけでもかなりの魔力を消費する。

 しかもどう言う訳かページを捲るのは一枚一枚なんだ。

 現実の本ならニ、三枚とかペラペラ捲っていけるのに。


 あ、魔力が無くなりそう。


 ピトッ


 再びガレアの鱗に手を合わせる。


 ドッッッックゥンンッッッ!


 大型魔力補給。

 あと厄介なのが体内の魔力が尽きると途端に頭の中のイメージが消えて行くんだ。

 だから体内には魔力が残留している状態を維持しないといけない。


 しつこい様だが魔力は猛毒だ。

 いくら僕が竜河岸で使役している竜の魔力と言っても、確実に身体を蝕んでいるのは分かる。


 やはりキツい。

 魔法(マジック・メソッド)の修正。

 ペラリペラリと捲っていって該当の場所に辿り着く。


 前より早かったな。

 初めて修正した時は魔力補給二回もしたのに。

 さて第一段階完了。


 次の作業僕が書き込んだ部分を消さないといけない。

 これもまた一苦労。

 全然消えない。


 しかも今回は全面一新(リニューアル)だ。

 書いてある部分をほとんど消さないといけない。


 少しずつ文字が消えて行く。


 頑張れ。

 頑張れ僕。

 あ、魔力が無くなりそう。


 ピト


 再びガレアの魔力を補給。


 ドッッッックゥンンッッッ!


 心臓の高鳴りを確認した後、文字を消す作業再開。


 しんどい。

 キツい。

 正直もう辞めたい。


 でもここまでやってしまったらもう後戻り出来ない。

 やるしかない。

 少しずつ文字が消えて行く。


 あ、また魔力が尽きそう。

 全くもう燃費が悪い作業だなあ。


 ピト


 三度ガレアの身体に手を添える。


 ドッッッックゥンンッッッ!


 心の臓が大きく高鳴る。

 体内に入った事を確認。


 もう少し。

 もう少しで消え終わる。


 やった、消し終わった。

 第二段階完了。


 さあ新しく考えた予見機能(モードフォーシー)についてまとめておこう。


 概要:意志・プログラムを持った電気信号。


 機能:直近で襲い来る攻撃を回避・または防御、無効化する動作を組み込んだ電気信号を脳の運動野に送り、身体全体に信号を奔らせる…………


 いや、違う。

 僕だけじゃ無く、視野に入る攻撃としよう。

 複数攻撃があった場合はその中で喫緊のもの。


 どう言う基準で喫緊だと言うのがあるが、それは僕の基準で良いだろう。

 例えば暮葉と知らない人が僕の視界で同時に攻撃を受けた場合、予見機能(モードフォーシー)は当然、暮葉に働く。


 訂正。


 機能:直近で視界内に起きる攻撃を回避・防御・無効化する動作を組み込んだ電気信号を脳の運動野全域に送り、身体全体に奔らせる。

 複数あった場合は自身が喫緊と感じた攻撃を優先する。

 尚、予見機能(モードフォーシー)を使用する範囲は魔力注入(インジェクト)を含めたものとする。


 欠点(ネガティブ・ポイント):映像が見える訳では無いのでどう言った攻撃が来るかは解らない。

 使えるのは黄道大天宮図(ホロスコープ)が発動している時のみ。


 こんな所か。

 ようやくスキルの形を為して来たといった感じだ。

 ついでに名前も変えておこう。


 予見機能(モードフォーシー)って名前だと副産物的な感じがしてしまう。

 これからは名前を神通三世(プリディクション)としよう。


 最近ネットで調べたんだけど神通三世って仏教用語でこれは優れた修行僧が得る超能力みたいなもんだって。

 スキルの名前に神って文字を入れるのは何となく驕りの様な気もするが、これぐらい大袈裟な方が、威力や精度が増す気がする。

 どうせ呼称はプリディクションなんだし構わないだろう。


 さて、まとまった所で書き込んでいかないと。


 イメージ……

 イメージ……

 羽ペンをイメージ……


 モヤモヤと浮かんで来た。

 書き込んでいく。

 どんどん魔力が減っていく。


 ピト


 ドッッッックゥンンッッッ!


 心臓が高鳴り、また書き込む。

 そして魔力が尽きかけ、更に魔力を補給。

 心臓が高鳴る。


 これを繰り返す事複数回。

 そろそろ身体が怠くなって来た。


 もう少し。

 もう少しで完了する。


 やったっ!

 出来たっ!

 フラフラになりながら最後の〆の言葉を書き込み、本を閉じる。


「フーーーーーーッッッ!!」


 大きく息を吐く僕。


「終わったよ……

 ガレア……

 ガレア?」


【ぽへー……

 ぽへー……】


 ガレアは寝ていた。

 面白いイビキを立てている。


 まあしょうがないか。

 身体の動きでは無く、頭の中をフル回転させていたから。

 退屈になったんだろう。


「ガレア……

 起きて……」


 僕はガレアを揺り動かす。


【ん…………?

 竜司うす】


「終わったよ……

 さあ外へ出よう……」


【おう】


 僕はガレアと共に外へ出る。

 足元はフラフラでおぼつかない。


 昨日と同じぐらい。

 それ以上に身体は疲弊していた。


 亜空間の外に出ると外は夕暮れ時だった。

 今、時間何時だろう。

 スマホで時間を確認。


 十七時五分


 もうこんな時間か。

 長い間、亜空間に入っていたんだな。

 喉が渇いたので、僕はリビングに降りる。


 下では暮葉と子供達がキャッキャと談笑していた。

 僕はフラフラしながら台所へ向かう。

 眠夢(ねむ)さんが夕食の準備をしていた。


「あ?

 竜司君~~、どうしたの~~?」


「喉が渇いたので飲み物を貰おうと…………」


 ガチャ


 冷蔵庫を開け、お茶をコップに注ぐ。


「先輩はまだ帰って来て無いんですか……?」


「うん~~

 まだ帰って来てないよう~~」


 グビッ


 お茶を飲み干した瞬間、僕の中で昨夜の占星装術(アストロ・ギア)の結果が閃きの様に奔った。

 今まで気づかなかった今朝の踊七さんの言動と行動の違和感が頭の中で繋がり出す。


 踊七さんが不動産屋に行ったと言うのは多分嘘だ。

 いくら時間がかかると言ってもこんなに時間がかかる訳が無い。


 そしてナナオを連れていた点。

 近所の不動産屋を回るなら必要無い筈だ。


 ナナオを連れて行った理由。

 それは亜空間を使う為。


 何処に出かける?

 もちろん横浜だ。


 そして昨夜の占星装術(アストロ・ギア)の結果。


 明日は貴方にとって大切な日。

 明日の選択で貴方の未来が決定づく。


 僕は降りてきた星の言葉がオカマ口調だった事に気を取られ、内容に関しては注視してなかったんだ。


 ダンッッ!


 僕は勢いよく飲んだコップをテーブルに置く。


「キャアッ!

 ど……

 どうしたの~~?

 竜司くん~~?」


 勢いよく置いたコップの音に驚き、声を上げる眠夢(ねむ)さん。

 そんな事を気にしている場合ではない。


 早く。

 早く踊七さんを止めないと。

 僕は急いでリビングへ。


「ガレアァッッ!

 暮葉ァッッ!

 急いでぇぇッッ!

 早く外へェェッッ!」


「キャッ!

 り……

 竜司?

 どうしたの?」


【何だよどうしたんだよ】


「早くゥゥッッ!

 急いでくれェェッッ!

 早くしないとォォッッ!

 取り返しのつかない事になるゥゥッッッ!」


 僕の迫力の驚いた二人は言われるままに外へ。


「ガレアッッッ!

 亜空間だッッッ!

 横浜まで頼むゥゥッッ!」


【な……

 何だよ……

 何、焦ってんだよ……

 ホラヨ】


 ガレアが亜空間を出す。


「早くゥゥッッ!

 暮葉もォォッッ!」


「う……

 うん……」


 亜空間に入る。

 すぐに出口。

 抜けるとそこはドラゴンエラーの爆心地。

 踊七さんの家があった所だ。


 急いで辺りを見渡す。

 が、誰も居ない。

 僕は急いでガレアの背に。

 強引に暮葉も載せる。


「キャッッ!」


「飛べぇぇぇぇッッッッ!

 ガレアァァァァッッッ!」


【な……

 何だよ……

 飛ぶのかよ】


 バサァッッ!


 大きく翼をはためかせ、ガレアが浮かぶ。


「暮葉ァァッッ!

 ブーストをかけてくれぇぇ!」


「う……

 うん……」


 ソッ


 焦る僕の迫力に驚く暮葉は言われるままに僕に手を添える。


全方位(オールレンジ)ィィィッッッ!」


 僕を中心に瞬く間に広がる正円状の翠色ワイヤーフレーム。

 ブーストをかけている為、範囲が広大。

 僕を中心に六十キロ圏内を包む。


 どこだ!?

 踊七さんはどこだ!?

 僕は全方位(オールレンジ)内を探す。



 居た!



 場所は大黒埠頭。

 その端。

 何か工場のような所に居る。


「こっちの方角だッッッ!

 急げぇぇぇッッ!」


【お……

 おう……】


 ギュンッッ!


 ガレアは僕の焦りに感化されたのか瞬時にトップスピード。


「ねぇっっ!

 竜司ッッ!

 どうしたのっっ!!?」


 後ろから暮葉の大声。


「踊七さんが人を殺してしまうかも知れないィィィィッッッ!!!

 早く止めないとぉぉぉッッ!!」


 大声の返答を聞いた暮葉は何も言わなかった。


 僕はガレアの背中を強く太腿で挟み込む。

 これは両手を離しても振り落とされない為だ。


 パンッッ!


 強く両手を合わせる。


黄道大天宮図(ホロスコープ)ッッッ!」


 合わせた両手を観音開きにして上へ。

 掌に現れた大星団図。

 僕はもしかしたらと思い、構築したばかりの神通三世(プリディクション)を使う気でいた。


 検証も何もしていないのに。

 出来るかどうかも解らない。

 一か八かだ。


 間に合って止める事が出来れば問題無いのだが、間に合わない時は使うかも知れない。


 ぐんぐん踊七さんが居る場所に近づく。

 そこに踊七さん以外の人もいる事が解った。

 一般人だ。


 おそらく沢地。

 襲撃の時のあの凶相は沢地の資料を見たからだ。


 その資料に何が書いてあったか解らない。

 ただあの身の毛もよだつ怒りの形相をしたと言う事は相当の事が書いてあったのだろう。


 やがて近づく目的地。

 工場だ。


「構わないィィィィッッッ!!

 ガレアァァァァッッッ!!

 屋根を吹き飛ばして中に突っ込めェェッッ!」


 キュンッッッ!


 ドカァァァァァァァンッッ!


 ガレアの口から魔力光射出。

 屋根に激突。

 風穴を空ける。

 衝撃に砂塵が舞い散る中、僕らは突っ込んだ。


 中に侵入した瞬間、目に映ったのは踊七さんが両手足が異様な方向に曲がり、倒れている男に向かって銅矛を振り下ろそうとしていた瞬間だった。


 ゾクゥゥゥッッッ!


 ヤバい。

 身の毛がよだつ。

 もう数瞬の猶予も許されない。


神通三世(プリディクション)ッッッッッ!」


 僕は叫んだ。


 どうだ!?

 発動しろ!!


 キュンッッッ!


 叫んだ刹那。

 僕の身体が閃光と化す。


 真っすぐ飛び降りた先は踊七さんの眼前。

 僕の意思は関係無く動いている感覚。


 ザシャァァァァァッッ!


 グワァッッ!


 着地と同時。

 ひとりでに両手が素早く動く。


 バシィッッ!


 気が付いたら僕は両手で踊七さんの銅矛を真剣白刃取りしていた。


「り……

 竜司ィ…………っっ!?」


 僕の存在を認識した踊七さん。


「……………………やめて下さいぃっっ……」


 まず出た言葉はこれだった。

 以前の僕だとキレながら叫んで踊七さんを止める所。

 だが、僕の中に怒りは沸かず大きな哀しさだけが溢れていた。


「………………何しに来た………………?」


「先輩を止めに来たッッ…………」


「………………離せ…………」


 グッ


 踊七さんは僕が挟んでいる銅矛に力を込める。

 が、僕は両手を離さない。


「…………いやです…………」


 ググッ!


 さらに力を込める。

 が、僕は意地でも離さない。


「…………離せぇッッ!

 竜司ィッッ!」


 踊七さんが声を荒げる。


「嫌だァァァァァッッッ!」


 ツウ


 頬を伝わる涙。

 僕は泣いていた。


「…………竜司…………

 何泣いてんだよ…………」


 僕の涙を見たせいか、銅矛に込められた力が少し緩む。


「僕はっっ…………

 ドラゴンエラーが原因でッッ……

 誰かが死ぬ所やッッッ…………

 大事な人が殺人を犯す所は見たくないィッッ…………」


 ギュゥゥッッ!


 逆に僕が挟んでいる両手に力を込める。


「何でだ……………………?」


 踊七さんがポツリと呟く。


「え…………?」


 グググゥゥゥッッ!


 緩んだ力が更に込められる。

 僕も離すまいと必死で掴む。


「そいつはァァッッ!

 自分の性欲を満たす為にガクに瀕死の重傷を負わせたんだぞォォッッ!

 凛子さんが居なかったらガクは確実に死んでいたァァァッッッ!

 こいつは生きてちゃ駄目な人間だァァッッッ!」


 性欲。


 突き刺さるワード。

 確かに沢地は生きているべき人間ではないかも知れない。

 だけど……


「でもそれは…………

 先輩が人を殺していい理由にはならないィィッッッ!」


 確かに自分の欲で他者を蹂躙する沢地は死ぬべき人間だと僕も思う。

 だがそれと踊七さんが罪を背負うのは別の話だ。


 僕は直接、人を殺した事がある訳では無い。

 だから殺人を犯した人間がどうなるのかはわからない。


 だけどこの手を解いてしまったら踊七さんはもう昨日見ていた踊七さんと違うモノになっている気がする。

 この手はどうしても離せない。

 離す事は出来ない。


「り……

 竜司ィッッ………………!!」


 ギリギリギリ


 踊七さんの歯軋りの音。

 必死で自分の中の激情と戦っているんだ。


「先輩ィッッ!

 凛子さんが言ってた様に僕も信じているゥッッ!

 貴方が悪意の連鎖を断ち切れる人だって事をォォッッ!

 だからっっ!

 だからぁぁっっ!

 この手を離してくれェェェェッッッ!」


 ギリギリガリギリギリギリガリ


 より一層強くなる踊七さんの歯軋り。

 顔は歯を強く食いしばっている。


 何かを堪えている様子がありありと解る。

 銅矛を握っている手が震え出す。


 パッッ!


 踊七さんの両手が離れた。

 ヨロヨロと後退り。


 ドスン


 バランスを崩し、踊七さんが尻もちをつく。

 急に軽くなった僕の両手。


「せ……

 先輩…………?」


「ウワァァァァァァァッァァァァァァッァァァァァァッァァァッッッッッッッ!!!」


 ビリビリ


 踊七さんが天を仰ぎ、叫ぶ。

 体内の悪意を全て吐き出す様に。

 工場内に声が響き、震える。


「ウワァァァァァァァッァァァァァァッァァァァァァッァァァッッッッッッッ!!!」


 まだ続く叫び。

 天を仰いだまま叫び続ける踊七さん。


 ブンッッ!


 思い切り左手を真横に振る踊七さん。


 フィンッ


 掴んでいた銅矛が霧散した。

 五行魔法(ウーシン)を解除したのだ。

 永遠に続くかと思われた叫び声がやがて止む。


「先輩…………

 沢地の処置は…………

 警察に任せましょう…………

 僕らが出来るのはそこまでです…………」


 正直今の横浜で警察が何処まで竜排会に機能するかは解らなかった。

 ただおそらくこの男は明るみに出れば犯罪になる行為をしている。


 逮捕されたとしても金の力で自由の身になる可能性もある。



 が…………



 ちらりと沢地の方を見る。


 そこには四肢が糸の切れた操り人形の様にあらぬ方向へ曲がっている。

 おそらく踊七さんが叩き折ったのだろう。


 意識は無い。

 踊七さんがとどめをさそうとしていた所を見ると命はあるのだろう。


 ここまでされたら沢地も懲りたのでは無いのだろうか。

 性欲が原動力となっているのなら、正直懲りたかどうかは五分五分だ。


 工場はまだ稼働しているっぽい。

 このまま放置したとしても明日来る工員に発見されると思う。


 踊七さんはまだ動かない。

 そんな踊七さんの側に行く僕。


「ガレアーーっ

 降りてきてーーっ」


 上から様子を見ていたガレアを呼びつける。


 ドスッ


 ガレア着地。


【どうした?】


「帰るから……

 西宮へ亜空間をお願い……

 さぁ先輩……

 皆が待っている……

 帰りましょう……」


 僕が呼び掛けても反応が無い。

 そんな踊七さんの腕を掴み、肩に回す。

 いわゆる肩を貸す形。


 こうしてガレアと暮葉。

 ナナオ、僕。

 そして僕の肩にもたれ掛かった踊七さんは横浜を後にする。


 やがて出口。

 出るとそこは凛子さんの家の真ん前だった。


 空はほぼ朱が無くなり夜の紺色が侵食し始めていた。

 冬になり始めているから陽が落ちるのが早いんだ。


「竜司…………」


 ここで踊七さんから声がかかる。


「先輩……

 着きました……」


「おお……

 すまねぇな……」


 ようやく正気を取り戻した踊七さん。

 僕の肩から離れ、一人で立つ。


「さあ……

 中に入りましょう……

 眠夢(ねむ)さんや子供達が待ってますよ……」


「竜司……

 家に入る前に……

 少し話があるんだが……

 いいか……?」


「わかりました……

 近くに小さい公園がありますのでそこへ行きましょう……」


 僕らは蘭堂邸の門を素通りし、先へ歩く。



 本郷西北公園



 やがて着く公園。


 そこはギリギリ公園と呼べるかと言う程、その長方形の敷地は狭かった。

 猫の額ぐらいの砂場と小さな滑り台。

 それとベンチが二基備わっているだけだった。


 何も言わずベンチに腰掛ける踊七さん。

 その隣に座る僕。


「どうしてわかった…………?」


 ポツリと話し出す踊七さん


「気が付いたのは……

 本当につい一時間ぐらい前です……

 魔法(マジック・メソッド)の修正をやっていて疲れていたからかも知れませんが……

 飲み物を飲んだ時に……

 昨日の占星装術(アストロ・ギア)の結果が閃いて……

 アレ……

 先輩を占ったんでしたよね……」


「そうか……」


「それでそこから先輩の言動が時間とナナオさんを連れて行っている点から…………

 ウソだと解りました……

 不動産巡りならこんなに何時間もかかる訳無いし、近所ならナナオさんを連れて行く必要はありませんもんね……」


「なるほどな……

 笑い事っちゃねぇ……」


「そして襲撃の時の怒りの形相と占星装術(アストロ・ギア)の結果が合致して……

 もしかしたらと思ったんです……」


 それを聞いた踊七さんは無言。


「あの日矛鏡(ヒボコノカガミ)を止めた動きは何だ……?

 まるで俺がどのコースで振り下ろすか解っていた様な動きだったが……」


「あれは……

 修正した予見機能(モードフォーシー)です……

 今は名前を変えて神通三世(プリディクション)って言いますけど……」


「…………俺が振り下ろした未来の画を見て、あの動きをしたって言うのか……?」


「あ……

 それは少し違います……

 新しくなった神通三世(プリディクション)は画は見えません……

 未来で起こる攻撃に対して回避、防御、無効化の動きを電気信号に変えて、それを僕の身体に伝わらせるっていう感じです…………

 検証も何もやってないから出来るかどうかは賭けでしたけど……

 上手く行って良かったです……」


「そうか…………

 なあ竜司……」


「はい」


「俺は…………

 これで良かったんだよな……?」


「何を言ってるんですか……

 当たり前です……」


「沢地は……

 多分……

 また犯罪を犯す……

 俺が拘束した時も……

 服に血がついてやがってな……

 多分長い時間かけて暴行して来たんだろう……

 スッキリした顔しやがってよ……

 その血と顔を見た瞬間…………

 俺は思ったよ……

 あ、こいつは生きていてはいけない人間だってな……」


 僕は踊七さんが何処に居て、何処で拘束したかは気になったが敢えて聞かなかった。

 聞いても十中八九嫌な気持ちになるからだ。


「確かにその意見には同意できます……

 世の中には生きていちゃいけない反吐が出る人間ってのが居る事を僕は知ってます…………」


 僕の頭の中で浮かぶ辰砂の顔。


「けど…………

 やっぱり人を殺すってやっちゃいけない気がします……

 それを下すのは裁判所で……

 もっと言えば刑務所の刑務官な訳で……

 それが僕らのルールなんだと思います………………

 ……………………

 いや…………

 違う…………

 僕はただ先輩に殺人の罪を背負って欲しくなかっただけです……

 すいません」


「何謝ってんだよ……

 笑い事っちゃねぇ奴だな……

 安心しな竜司……

 俺の中にもう殺意はねぇよ……

 さっきの大声でどっかに行っちまった……

 さっきまでの怒りが嘘の様に今は穏やかだ……」


「そうですか……

 良かった……」


「へっ……

 お前が泣きながら止めてくれたってのもあるのかもな……

 確かにお前は俺のラッキーアイテムだったよ」


 くしゃ


 そう言いながらゴツゴツした手で僕の頭を撫でる踊七さん。

 言っているのは多分占星装術(アストロ・ギア)の結果についてだ。

 確かにラッキーアイテムは後輩って言ってた。


「何か恥ずかしいから止めて下さいよ……」


 ふいに踊七さんが僕らから少し離れてじっと見ている暮葉とガレアに目線を送る。


「さぁそろそろ戻るか……

 もう聞きたい事は聞いた……

 暮葉さん、今日はすまなかったな……

 彼氏に色々面倒かけちまって」


「良かった……

 踊七さんの悪意が消えて……

 って彼氏って竜司の事?」


 何か酷い。

 でもしょうがない部分もある。

 僕は彼氏彼女の間柄を超えて暮葉を婚約者としてしまったんだから。


「ナナオ……

 今日も手間かけさせて悪かったな……」


【何……

 些末な事よ……

 今日、踊七に付き合って一つ学んだ事がある……

 人間の激情を止めるには他の人間の激情が必要と言う事だ……

 我が言っても踊七は殺害する事を止めなかった……

 人の激情を止めるには爆発する瞬間に別の激情をぶつける……

 ククク……

 誠に不思議な生物よ人間とは】


 含み笑いをするナナオ。


 僕らはそのまま帰宅の途に就く。

 帰る道すがら踊七さんが


「竜司。

 晩飯食ったら占星装術(アストロ・ギア)を俺に見せてみろ」


「え?

 占うんですか?」


「バッカ。

 ちげぇよ。

 神通三世(プリディクション)が完成したか確かめてやるって事だ。

 お前の説明を聞いて試して見たい事もあるしな」


 試してみたい事?

 何だろう?


「あ、はい。

 わかりました」


 蘭堂邸


「ただいま」


「ぶ~~~

 踊ちゃんのウソつき~~」


 帰って来るなり、ふくれっ面の眠夢(ねむ)さん。


「な……

 何だよ眠夢(ねむ)……」


 ビシィッッ!


 いつものほんわかした雰囲気とは違うキビキビした動きで壁を指差す眠夢(ねむ)さん。

 指し示した方向には時計。


 十八時ニ十分


「ニ十分遅刻~~

 踊ちゃんのウソツキ~~」


 何か約束でもしてたのだろうか。


「あ……

 た……

 確かに遅刻は遅刻だけどよ………………

 スマンッッ!

 許してくれっっ!」


 目の前で両手を合わせ頭を下げる踊七さん。


「しょうがないな~~~

 素直に謝ったから許してあげよう~~~」


「あと……

 眠夢(ねむ)……」


「ん~~?

 なあに~~?」


「今日でガクへの落とし前は全部片付いたからよ……」


 はにかみながら踊七さんが報告。


「そう……

 良かった……」


 一瞬だけ間延びした口調が消えた眠夢(ねむ)さん。


「さ~~

 これでみんな揃ったから晩御飯を始めよう~~~

 今日はお鍋だよ~~」


(やっとかよっ!

 待ちくたびれちまったぜっ!

 踊兄っ!)


「すまんなケンジ」


(おっなべ~♪

 おっなべ~♪)


「おっなべ~♪

 おっなべ~♪」


 カンナちゃんとヒナちゃんが二人で歌っている。

 昨日お姉ちゃんになったって思ったばかりなのになあ。


「ウフフ竜司君おかえりなさい」


 凛子さんが話しかけて来た。


「あ、ただいまです凛子さん」


「踊七くんと一緒に帰って来たと言う事は……

 何かあったのかしら?」


「ええ……

 まあ……」


眠夢(ねむ)さんから血相変えて飛び出して行ったって聞いた時は驚いたけど……

 その顔を見ると無事解決したって事かしら?」


「はい……

 まあ何とか……」


「ウフフ。

 さあ晩御飯を頂きましょ」


「はい」


 今日の晩御飯は豚肉の味噌鍋だ。


 白菜や長ネギ、えのき、厚揚げ、豚肉などがぐつぐつ茶褐色の出汁の中で煮えている。

 暖かい味噌の香りが鼻腔に滑り込んでくる。

 味噌の匂いってホッとするなあ。


 皆で鍋を囲んで夕食開始。

 和やかに食事は進み、やがて終了する。

 身体も心もお腹いっぱいだ。


 食後のひと時も堪能する間も無く、踊七さんからお誘いがかかる。


「よし竜司。

 腹がいっぱいになった後は運動だ。

 表出ろ」


「あ、はい。

 ガレア、ちょっと外へ付き合って」


「ウフフ。

 また秘密特訓?」


 薄く微笑んだ凛子さん。


「あ……

 え……

 まあそうです」


「頑張ってね」


 僕らは外へ出る。


「さあ準備しな」


 ある程度距離を取った踊七さん。


「あ、はい。

 全方位(オールレンジ)


 僕から翠色のワイヤーフレームが広がる。

 限界ギリギリまで広がった。


「えっと…………

 この状態を維持して……」


 パンッッ!


 両手を勢いよく合わせる。


黄道大天宮図(ホロスコープ)


 合わせた両掌を観音開き。

 天に向ける。

 掌の上に現れる蒼色の大星団図。


 少し透明なんだよな黄道大天宮図(ホロスコープ)って。

 蒼い半透明の薄い円盤。


 直径は三十センチぐらい。

 これは踊七さんに指摘された所だ。

 この三十センチぐらいの円盤に白く輝く星々が散りばめられている。


 これって多分星空を映し出していると思うんだけど、何処の星空だろう。

 出した僕が言うのもアレだけど、そんなに星座とか詳しくないんだよな僕って。


 あ、北斗七星が見える。

 これは知ってる。


 あとこれは…………

 カシオペア座だったっけ?


 それにしても眩しい。

 黄道大天宮図(ホロスコープ)内の星々が煌いている。


 最初出した時は半径十メートルぐらいの大きさだったのが直径三十センチまで凝縮されたのだから当然か。

 準備OK。


「準備出来たか……

 発動(アクティベート)……」


 踊七さんが魔力注入(インジェクト)発動した。

 本気なのかな?

 身構える僕。


神通三世(プリディクション)っ」


 僕もスキル発動……

 出来たのかな?


「おい竜司、もう仕掛けて良いのか?」


「あ、は……」


 ギュンッッ!


 僕が返事を言い終わるか言わらないか。

 瞬時に間合いを詰める踊七さん。

 咄嗟に判別できたのは踊七さんの握った右拳のみ。


 どうなんだ神通三世(プリディクション)っ!

 発動したのか!?

 してないのか!?


 グンッ!


 そんな事を考えているとひとりでに視線が斜め前に下がる。


「わわっ!」


 急激な動きに驚き、声を上げる。

 ふとちらりと見上げると、そこには踊七さんの右脇腹ががら空きになっていた。


 トン


 僕は魔力注入(インジェクト)等発動させず、ただ左拳を踊七さんの左脇腹に添えた。


「なっ!?」


 頭上で踊七さんが驚いている。


 ビュンッッ!


 ビックリしている踊七さんの顔を確認した刹那。

 また瞬時に視界が変わる。


 あれ……?


 地面が……

 物凄く……

 下だ……。


 気が付いたら俯瞰で鳴尾の街を見下ろしていた。

 ようやく認識した。

 僕は跳躍したんだ。


 何で?

 真下を見下ろすと踊七さんの右ミドル……

 いやローか。

 キックを空振っている。


 神通三世(プリディクション)が作動して、踊七さんの第二撃を躱したんだ。

 もう一つ欠点(ネガティブ・ポイント)を発見した。


 この神通三世(プリディクション)

 躱した後の状況を判別しないといけない。


 地球の重力に引き寄せられ僕の身体が落下。

 ぐんぐん下降する。

 下の踊七さんと目が合った。


 右拳を振り被っている。

 アレで僕を攻撃するつもりだ。

 第三撃目。


 どうしようどうしよう。

 作動するのか神通三世(プリディクション)

 もう接触をするまで二秒も無い。


「さあ姿勢制御出来ない空中で……

 この攻撃をどう躱すん………………

 っだっっ!!」


 ゴシャァァァッッ!


「ぶへぇっ!」


 ドシャァァァッッ!


「あぁっっ!?」


 大きく振りかぶった踊七さんの右拳が僕の右頬に炸裂。

 吹き飛び、地面に叩き付けられる僕の身体。

 頬から全身に激痛が奔る。


「イタタタ……」


 僕は右頬を擦りながら、ゆっくりと半身を起こす。


「フム……

 十秒……

 ぐらいか……?

 よし、立ち上がれ竜司。

 もう一度だ」


 まだ右頬痛いんだけどな。

 言われるままに立ち上がる。


「竜司、今から俺はお前にラッシュを仕掛ける。

 時間にして十一秒。

 使うのは両拳のみ。

 威力よりもスピードだ。

 もちろん魔力注入(インジェクト)は使う。

 それを神通三世(プリディクション)で躱してみろ」


「あ、わかりました。

 黄道大天宮図(ホロスコープ)


 パンッッ!


 勢いよく両手を合わせ、上へ観音開き。

 掌上に現れる蒼い大星団図。

 全方位(オールレンジ)はまだ展開中。


「準備出来たか…………

 発動(アクティベート)


 ギュンッッ!


 一瞬で僕の眼前まで間合いを詰める踊七さん。

 身体が強張る。

 僕も早く発動しないと。


神通三世(プリディクション)ッッ」


 ボッッ!


 グンッッ!


 発動した途端、視界が瞬時に下がる。

 頭頂表面にじんわり熱さを感じる。

 踊七さんの拳が通り過ぎて行ったんだ。


 ボボボボボボボボボボボボボボボボッッッ!


 踊七さんのラッシュが始まった。

 両拳を使い、僕の身体のあらゆる場所を攻撃してくる。


 が、当たらない。

 一発として当たらない。


 グンッ!

 ザッ!

 ダッ!

 バッ!


 まるで誰かに身体の主導権を奪われたかの様にひとりでに体が動く。

 この感覚は少し気持ち悪い。


 時には屈み、時には身体の向きを変え、火の様に繰り出される踊七さんのラッシュを次々と避けて行く。

 視界も目まぐるしく変化するから酔ってきそうだ。


 あれ?

 今何秒だっけ?


「十一…………」


 ドポォォォォッッッ!


「ゴハァァァァッッ!」


 痛烈な踊七さんのボディブローが腹に突き刺さる。


 ドシャッ…………


 余りの痛みに身体の動きが止まる。

 両膝を付き、倒れ伏す。


「なるほどな…………

 竜司?

 …………おい竜司」


「は…………

 あ……」


 腹から奔る激痛でまともに声が出ない。


魔力注入(インジェクト)で回復しろ」


 踊七さんの声が耳に入る。


 集中(フォーカス)


 患部に魔力を集中させる。

 どんどん痛みが和らいでいく。

 ついでに右頬も治しておこう。


 よし回復した。

 僕は起き上がる。


「竜司……

 お前の神通三世(プリディクション)の限界は十秒だな。

 十秒の間に迫る攻撃を躱す」


 なるほど。

 十一秒にしたのはそのせいか。


「十秒か……」


 こんな項目は設けた訳でもないので少しビックリする。


「なかなか良いスキルなんじゃねぇか?

 あの十秒は俺も本気だった。

 だが一発も当たらなかった。

 あの猛攻を躱しきるとはな。

 文字通り鉄壁の防御。

 それでもよ、ジャンプした時何でモロに喰らったんだ?

 手で防御なり何なりすりゃあ良かったのに」


「それは……

 神通三世(プリディクション)が動作してるか良く解らなくて……

 焦ってる内にほっぺたに当たったって訳でして……」


「プッ……

 何だそりゃオメエ。

 神通三世(プリディクション)って発動した後はどうなんだよ」


「どうって……?」


「発動時とか避ける時に音とか鳴らないのか?」


 あ、盲点だった。


「その顔を見ると無音か……

 それだと発動してんのかどうか解んねえだろ。

 俺の五行魔法(ウーシン)とかなら見た目で解るが、おめえの神通三世(プリディクション)は防御、回避系のスキルだろ?

 特に見た目が変化する訳じゃねぇんだから作動してる時とか回避や防御が働いた時は何か音が鳴る様にした方が良いんじゃねぇか?」


 確かに。


「わかりました。

 次の修正ポイントですね」


「しかしスゲェスキルになったな竜司。

 お前避けた時、俺の脇腹に拳を当てやがっただろ?

 となると神通三世(プリディクション)が発動していても攻撃は出来るんだよ……

 お前は防御の事を考えず、攻撃に専念できるって事だ」


 ニヤリと笑う踊七さん。


 何か凄く嬉しい。

 ただイメージが未来予知と言うものから大分かけ離れてしまった。

 まあしょうがない、名より実だ。


「ハイ!

 ありがとうございます先輩!」


「さあ帰るぞ」


「はい、あと僕の事で相談があるんですが良いですか?」


「ん?

 何だ?」


「えっと……

 魔法(マジック・メソッド)やガク君の事とは関係無くて……

 ドラゴンエラーの罪の償い方についてです…………」


 それを聞いた踊七さんの眉が少し動く。


「…………詳しく話してみろ……」


「えっと…………

 これからの動き方とかも関係してくると思うので……

 詳しくは明日話します」


「わかった」


 僕は考えていたドラゴンエラーの償い方について踊七さんに話す気でいた。



 ###



「はい、今日はここまで」


「ムムム…………

 えいっ!」


 ポコッ


 突然(たつ)が殴って来た。

 僕の右頬に拳が当たる。

 特に痛くは無いが、少し驚いた。


「な…………

 何……?

 (たつ)


「全然避けないじゃん。

 神通三世(プリディクション)なんて嘘じゃ無いの?」


「嘘じゃ無いよ。

 今ガレアが居ないんだから使える訳ないじゃない」


「じゃあガレアが居れば、使って避けれたの?」


「う~ん……

 使えるけど……

 多分当たってたと思う。

 割と面倒なんだよね神通三世(プリディクション)って。

 限界まで全方位(オールレンジ)展開させないといけないし。

 それで黄道大天宮図(ホロスコープ)発動させないといけないし。

 神通三世(プリディクション)って不意打ちには凄く弱いんだ」


「なぁんだ」


「そんな完全無欠な能力なんか無いんだよ。

 僕らは人間だからね。

 さぁそろそろ布団に入って……

 おやすみ」

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