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ドラゴンフライ  作者: マサラ
最終章 第一幕 横浜 ドラゴンエラー編
142/284

第百四十一話 Astro gear

「やあこんばんは、(たつ)


「パパ……」


 あれ?

 何処となしに元気ない。


(たつ)

 どうしたの?」


「パパ……

 ホントにガク大丈夫なの……?」


 この発言で合点がいった。

 昨日の話を引き摺っているのか。


「昨日も話したけど生きてるからッッ!

 今弁護士として活躍してるからっっ!」


「ホント……?」


「ホントホントッッ!

 何なら電話しても良いよっ!」


「うん……

 わかった……」


 (たつ)のテンションが戻らない。

 まあしょうがないか。


「じゃあ始めるよ……」



 ###



「竜排会ッッ!!」


 踊七さんが語気を荒げる。


「ええ……

 多分そこの粛正隊……」


 ■粛正隊


 竜排会の部隊。

 主に荒事担当。

 食い摘まんだヤクザ崩れやチンピラで構成される。

 全構成員の四十五%を占める。

 何故そんな輩をNGO団体に組み込んでいるかと言うと、竜と言う強大な力に対抗する為である。

 竜排会はNGOの中でも取り分け入団のハードルが低い。

 理由は知能は低くても腕っぷし自慢を集めたいと言う竜排会の意向。

 結果構成員約三万人と言うNGOの中でも抜きんでた規模となる。

 粛正隊の蛮行により竜排会の品位が下がるケースもしばしばあり、その対応に追われる事も少なくない。

 だが、竜排会は今日も粛正隊の募集を続けている。

 品位よりも実績と言う事である。


「まあまだ……

 断定は出来ませんが……」


「竜排会…………

 荒っぽい連中と言うのは知っていたけどまさかここまでやるとはね……」


 まだ目覚めないガクを見る凛子さん。


「人間の悪意と言うのは底無しですからね。

 時に(そよぎ)様……

 七尾(ロード・セブンス)はご一緒では無いのでしょうか?」


 と冷静なグース。

 あれ?

 そう言えばいない。


「あぁっ!?

 忘れてたァッッ!

 ちょっと取りに行ってくるゥッッ!

 竜司ッッ!

 頼むッッ!」


「あ、はい。

 ガレア、何度も悪いんだけどもう一度亜空間お願い」


【何だよもう。

 竜使いが荒いなあ。

 ほいよ】


「ガレアもついてきて」


【わかってるよ】


 僕とガレア、踊七さんはすぐさまガレアの亜空間に入る。


 すぐに到着。

 再び真っ暗な家に戻って来た。

 中はまだ荒らされたまま。


「明日……

 また片付けに来ねえとな……」


「そうですね……」


 しんと静まり返った家に上がり、リビングへ。

 荒れたままの光景に胸が痛む。


「居ねえな……」


 僕は別室を確認しに行く。

 何も気配がしない。


 ガラッ


 部屋を開け、辺りを見渡す。

 暗くてよく解らないが、居ないのかな?


 と、目端に黒い塊が見えた。


「ん?」


 キラッ


 部屋の隅にキラリと二つの光。

 見ると、(うずくま)っている一人の竜。


 あ、いた。

 ナナオだ。


「あ…………

 ナナオさ……」


【シィッッ……!

 ぽちぽちが起きるっ…………】


 ナナオが口に人差し指を当て、必死に静かにしろとジェスチャー。


 スウー

 スウー


 ナナオの胸には可愛い寝息を立てて、幸せそうに寝ているぽちぽち。

 堪らず僕は両手で口を塞ぎ、何度も頷く。

 そろりと場を離れ、リビングへ。


「踊七さん、ナナオが居ました。

 別室です」


「そうか。

 何でこっちに来ねえんだ?」


「それが……

 ぽちぽちが寝ているらしくて……

 それを抱いている為動けないみたいです……」


「何だそりゃ?

 笑い事っちゃねぇ……

 ちょっと行ってくるわ」


 続いて踊七さんがナナオが居る部屋に向かう。

 しばらく待っていると帰って来た。

 一人で。


「あれ?

 踊七さん、ナナオは?」


「あぁ、面倒かけて悪かったが一度出直そう。

 駄目だ。

 ナナオのやつ、ああなったら動きやしねぇ。

 どうせ片付けに来るんだ。

 その時にナナオを連れて帰ればいい」


「わかりました。

 じゃあ一度帰りましょうか」


 僕らは荒れに荒れてボロボロになった真っ暗な家を後にする。

 外に出ると、ガレアが大空を見上げていた。


 空は広大な夜闇が広がっていた。


 満天の星々が煌き、遥か遠くまで散らばっている。

 細くなった大きな弓張月がその数多の星々の長と言わんばかりに輝きを放つ。

 まさにこれが手が届きそうな星。


 僕もつられて空を見上げる。

 それはこの広大で圧倒的な晩秋の大星空の絶景に驚いたから。

 夜半の秋に優しく頬を撫でる素風は肌寒く、冬隣を思わせる。


 何故こんなに星が綺麗なのか考えてみた。


 すぐに答えは出た。

 おそらく原因はドラゴンエラー。

 皮肉にもこの辺りにあった工場地帯を軒並み吹き飛ばしたせいで空気が澄んだ為だ。


 少し落ち込み、項垂れる。

 でもこの星空をもう一度見ようとまた見上げる。

 何か忙しい。


「何だ?

 竜司。頭を下げたり上げたり、忙しい奴だな。

 笑い事っちゃねぇ」


「あ……

 いや……

 物凄く綺麗な星空だって思って……」


「あぁそういやそうだな。

 ずっと遠くまで見えらあ。

 笑い事っちゃねぇ。

 …………ヒナやケンジ達にも見せたかったな……」


「ガレア、帰るよ。

 何ずっと見てるの?」


【ん?

 いや、キレイだなって思ってよ】


 そう言ってまた見上げるガレア。


 何かしっくり来た。

 この荒野に佇み、じっと見上げるガレア。

 目線の先には晩秋の大星空。


 この絵が何かしっくり来る。

 馴染んでいると言うか。


 この時見た星空が僕の中にインスピレーションの種を植え付けた事は僕はまだ解らなかった。


「ガレア」


【あぁもうわかったよ。

 うるせぇな。

 ホラヨ】


 渋々亜空間を出すガレア。

 中に入る三人。


 すぐに到着。

 そこは何処かの施設の前。


 中は真っ暗。

 見上げると看板には……


 蘭堂総合内科


 凛子さんの診療所だ。

 全くガレアの亜空間は本当によく解らない。

 そこから凛子さんの家まで少し歩く。


 ピンポーン


 再びインターフォンを鳴らす。


「あら?

 竜司君おかえりなさい」


 凛子さんの声。

 すぐに出迎えてくれる。

 ようやく帰って来れた。


「ただいまです」


(そよぎ)さんの竜はどうしたの?」


「あの……

 それは……

 事情がありまして……

 明日出直す事になりました……」


「あらそう?

 ならいいけど」


 再びリビングへ。


 そこにはグースと暮葉が話していた。


「あれ?

 他の皆は?」


「フフフ……

 それがね……」


 ドッスンバッタン


 二階から騒音が響く。

 と同時に。


(キャハハハーーッッ!

 カンナちゃんおもしろーーいッッ!)


 ヒナちゃんの笑い声。


(アハハハーーッッ!

 カンナ何だよソレーーッッ!)


 続いてケンジの笑い声が響く。


「フフフ……

 何かもう仲良くなっちゃったみたいで。

 私の取り越し苦労だったみたいね。

 家が壊れないか心配だわ」


 良かった。

 子供達は何か仲良くなったみたいだ。


 あのモジモジしていたヒナちゃんが打ち解けた様で安心した。

 これはカンナちゃんのキャラクターがそうさせたのだろう。


「ガレア、上でカンナちゃん達と遊んできて良いよ」


【べべべっ!?

 別にっ!?

 俺はっっ!!?

 カンナとヒナとっっ!!?

 遊びたいとかぁっっ!!?

 そんなん全然思ってねぇからなっっ!!?】


 はいはい、いつものガレアのツンデレ。


「わかってるよ」


【わかればよし】


 そう言い残し二階へ向かうガレア。

 心なしか足取りが軽い。


(う…………

 ん…………)


 と、そこへガクがゆっくり目を開ける。


「ガクゥゥゥッッ!!?」


 踊七さんが駆け寄る。


(よ……

 踊兄……

 ここは……?)


「ここは蘭堂さんの家だぁっ!

 安心して良いッッ!」


(ら……

 蘭堂さん…………?)


 あ、そうか。

 まだガクは凛子さんの事を知らない。


「初めましてガクくん。

 私の名前は蘭堂凛子」


(あ……

 はい……

 初めまして……

 (そよぎ)ガクと申します……)


 ゆっくり体を起こすガク。


「あぁっ!!?

 ガクゥッ!?

 無理すんじゃねぇぞっっ!?」


(これぐらいは……

 大丈夫だよ…………

 でも……

 メガネ…………)


「あら?

 ガク君、メガネをかけてるのね……

 ちょっと待ってて……」


 そう言って奥へ消えて行った凛子さん。

 直ぐに戻って来た。

 手にはいくつかメガネが持たれている。


「お待たせ。

 ガク君、これかけてみて」


 そういってメガネを渡す。

 ガクも凛子さんの意向を察した様だ。


(あ、少し見えます…………

 さっきよりはマシです……)


「フフ……

 良かったわ……

 ちょっと不便かも知れないけどソレで」


(はい……

 ありがとうございます……

 踊兄……

 色々と状況が判断できないんだけど……)


「おお、笑い事っちゃねぇな。

 すまねぇ。

 あのな……

 まずここは西宮だ。

 横浜じゃねぇ。

 そしてこの蘭堂さんがしばらく俺達に住む所を提供してくれる人だ」


「フフフよろしくねガク君」


 凛子さんがにっこり笑顔。

 それを見たガクは少し頬を赤らめ、凝視。


(…………あぁっ!?

 はっ……

 はいっ!

 明日からお世話になります……

 グゥッッ!?)


 ガクが腹を押さえて悶える。


「駄目よ……

 ガク君……

 まだ完治して無いんだから……」


(は……

 はい……

 すいません……)


「ガク……

 身体が痛む所悪い……

 何が起きたか状況を説明して欲しいんだが……

 出来るか…………?」


(う……

 うん……

 えっと……)


 ガクが言うには、まず窓ガラスが割れる音と野太い男性の大人の声が聞こえて来た。

 只ならぬ状況を察したガクはすぐに行動を移す。

 ヒナとケンジに声をかけ、物置部屋に逃げ込んだ。


 そして二人を押し入れに隠した段階で侵入してきた犯人に見つかり…………

 鈍器の様なもので頭を殴打され、そこで気を失ったらしい。


 この話を淡々としている時、受動技能(パッシブスキル)越しに見た踊七さんの様子はそれは酷いものだった。


 止めどなく膨大に溢れる赤いモヤ。

 冷静を装って入るが本当に怒っている。


 リビングを埋め尽くすほどの紅。

 更に更に。


 考えてみれば当然だ。

 最初の一撃で気を失ったと言う事は、その後犯人は気を失ったガクを痛めつけたと言う事だ。

 何時間も何時間も。


 見た目からまだ充分少年と言えるような子を。


 そこまで憎いのか竜を。

 竜河岸を。


「ちょっ……

 踊七さんっっ……!?

 落ち着いて下さいっっ!」


 余りに膨大に溢れている為、堪らず僕は踊七さんを(たしな)める。


「あぁ……!?

 俺は冷静だぞ……

 笑い事っちゃねぇっっ……!!?」


 冷静だと言っているが語気は角張っている。


「ガクくん…………

 その犯人の印象を教えてくれないかな……?」


(はい……

 人数は五人ぐらい……

 もっと居たかも知れないですけど…………

 全員何か粗暴な感じで……

 ハラマキを巻いてるヤツとかも居た……

 あ、あと顔に大きな立て傷があった奴が……

 僕に鈍器を振り下ろしてきました…………)


「立て傷…………」


 ギュウッッ!


 怒りのまま拳を強く握る踊七さん。

 犯人の印象を強く刻みつけたんだ。


 それと同時に溢れ出す紅いモヤは勢いを増す。

 ここまで怒っている人は見た事ない。


(あぁっ……!?

 そうだっっ!?

 踊兄ィッ!!?

 ヒナとケンジはァッッ!!?

 グゥゥッッ……!)


 再び激痛に悶えるガク。


「ガク……

 安心しろ……

 ヒナもケンジも元気だ…………

 お前のお蔭だ……」


 にっこり微笑みながらガクの頭を撫でる踊七さん。

 同時に紅いモヤが暖色系のモヤに成り代わる。

 頭を撫でられたガクは赤面。


(やめてよ踊兄…………

 僕はアイツらの兄貴なんだから……

 当たり前だよ……)


「よく頑張ったわねガクくん」


 続いて凛子さんがにっこり微笑みながら、ガクを労う。

 それを見たガクは更に赤面。


(………………………………ありがとうございます…………)


 目線を横に逸らしながらポツリとお礼。

 おや?

 これはもしかして……。


「フフ……

 ガク……

 とりあえず……

 お前はゆっくり静養して身体を治せ……

 横浜の事は…………

 俺に任しとけ…………

 お前をこんな目に合わせた奴等に…………」



 再び膨大に溢れる紅いモヤ。



「キッチリ落とし前はつけてやるからよォォッッ!!!」


 この日はそのまま寝る事に。


 ###


「う……

 ん……」


 翌朝。


 僕は目覚める。

 側にはガレアが寝ている。

 暮葉は別室で眠夢(ねむ)さんと一緒に寝ている。


 それにしても広い家だ。


 僕とガレアで一室。

 暮葉と眠夢(ねむ)さんで一室。

 ヒナとケンジとガクで一室。

 踊七さんとカンナはそれぞれ一室ずつ宛がってもまだ部屋は余っているらしい。


 むくりと起き、寝巻から普段着へ着替える。


【竜司おす】


 着替えている段階でガレアが目覚めた。

 本当に寝覚めが良い奴だ。


「おはようガレア。

 さあリビングへ行くよ」


【おう】


 着替え終わった僕とガレアはリビングへ向かう。


 トントントン


 軽い包丁の音が聞こえる。


「あら?

 手慣れているわね眠夢(ねむ)さん」


「んふふ~~

 踊ちゃんのお嫁さんになるんですから~~

 コレぐらい当然ですよ~~」


「凛子、そろそろ味噌汁が仕上がります」


 声から察するに凛子さんと眠夢(ねむ)さん。

 あとグースが朝ご飯を作っている様だった。


「あっ

 竜司っ

 おはよーーっ!」


 そこへ暮葉の元気な挨拶。


「あぁおはよう暮葉。

 よく眠れた?」


「うんっ!」


 パァッと華が咲いた様な笑顔を見せる暮葉。

 本当に暮葉は良い顔で笑う。

 この笑顔が僕は大好きだ。


「おう竜司。

 おはよう」


 続いて踊七さん。


「踊七さん、おはようございます。

 あれ……?

 ガク君は解るにしても、子供達はまだですか?」


「あぁ……

 昨日怖い思いをさせちまったしな……

 すまねえがもう少し寝かせといてやってくれ」


「わかりました……

 あの踊七さん……

 昨日言っていた()()()()の件なんですが……」


 ピクッ


 少し身体を揺さぶる踊七さん。


「何だよ……?

 笑い事っちゃねぇ……」


「僕と約束して下さい……

 絶対に殺しはしないって…………」


「んなもん相手の出方次第だろーがよ……

 笑い事っちゃねぇ」


「それでもっっ!

 極力殺しは控えて下さいィッッ……

 僕はもうっ……

 ドラゴンエラーが発端で人が死ぬ所は見たくありませんッッ……」


「………………わかったよ」


「ありがとうございます」


 ぺこりと頭を下げる。


「あら?

 竜司君おはよう」


 と、そこへお盆に朝食を載せた凛子さんがやってきた。


「おはようございます凛子さん」


「朝食の準備手伝ってくれないかしら?

 あと踊七君。

 子供達、嫌いな物とか無いかしら?

 今日の朝食は和食なんだけど」


「そこら辺は心配ねぇぜ凛子さん。

 あいつらは好き嫌い言わさねぇように俺がしっかり見てるからよ」


 あれ?

 呼び方が変わってる。


「呼び方変わってますね踊七さん」


「ん?

 あぁ朝起きた時によ。

 蘭堂さんって呼んだら私の事は名前呼びでいいって言うからな」


「ふわぁぁ……

 おはよう……

 ムニャムニャ……」


 眠たい目を擦りながら、カンナちゃんが起きて来た。


「もうカンナったら何て顔してるの……

 ホラ顔洗ってらっしゃい……」


「ふぁい……

 ムニャムニャ……」


 口をモゴモゴさせながら洗面所へ消えて行くカンナ。


「ホラ先に朝ご飯頂いておきましょう。

 今日は色々と忙しいんでしょ?」


「あ、はい」


 僕らは先に朝食を頂く事に。


 焼き鮭。

 ほうれん草のお浸し。

 卵焼き。

 大根の味噌汁。

 漬物がテーブルに並べられる。

 スタンダードな和朝食。

 どれも普通に美味しい。


 気が付いたらカンナちゃんも一緒に食べていた。

 目が完全に閉じている。

 閉じていても器用に食べ物を口に運んでいる。


(おはよーーっ!

 みんなーーっ!)


 と、そこへヒナちゃんが元気に降りて来た。

 もう完全に心の壁は取り払われた様だ。


(おはよう……

 ござます…………

 ミナシン……

 ムニャ)


 ケンジはまだ眠たそうだ。

 多分“おはようございます。皆さん”って言いたかったんだろう。

 眠いせいか若干噛んでる。


(おはようございます皆さん。

 昨夜はご面倒をかけて申し訳御座いませんでした)


 ぺこり


 最後にガクが頭を下げ、朝の挨拶。

 相変わらずきちんとしているなあ。

 てかもう動いて大丈夫なのか?


「ガクゥッ!!?

 もう起きて大丈夫なのかっっ!?」


(ええ……

 朝起きたら随分楽になってました……

 まだ少し痛みはありますが……

 普通に動く分には……)


「マジでかっっ!?」


 驚いた表情で凛子さんを見る踊七さん。


「フフフ……

 私が施した処置はまず酷かった外傷の治療。

 骨折している肋骨の治癒。

 裂傷していた重要臓器の修復。

 脳挫傷の治療。

 拡大はしてなかったから脳機能に影響はないと思うわ。

 そして最後はグースの魔力を使った自然治癒力のアップね」


 スラスラと自分が施した処置を語る凛子さんを見て、絶句する踊七さん。


「あ……

 あの短時間でそんなにやったのか……

 笑い事っちゃねぇ……」


(自然治癒力のアップ…………

 なるほど……

 治りが早いとは思ってましたがそう言う事だったんですね)


 完全治癒をしなかった理由はグースの魔力はやはり劇薬という事。

 いくら魔力耐性があると言っても使役外の竜の魔力を注入し続けると身体機能に障害が出るそうだ。

 あと身体が()()()()()と言うのもあるそうな。

 短時間で完全治癒してしまうと脳が身体の急激な変化を認識できず、脳障害が起きる時があるんだって。


(三人とも朝ごはん食べる?)


(はーーいっ!)


(はい、いただきます)


 元気な返事と落ち着いた返事。

 朝食再開。


(シャケ美味(うめ)ーーーッ!

 俺大好きッッ!)


 焼鮭をパクつき笑顔のケンジ。


(卵焼きフワフワ~~)


 卵焼きを食べるヒナ。


(フム……

 このお味噌汁……

 良い出汁してますね……)


 落ち着いた様子でじっくり味噌汁を味わうガク。

 三者三様。

 好き嫌いが無いと言うのは本当なんだ。


 そんなこんなで朝食は完了。

 後片付けも手早く済ませる。


「さて……

 これからどうします……?」


「俺は横浜に行って片付けだな」


「あ、それ僕らも付き合います。

 凛子さんは?」


「私は診療所ね。

 カンナは学校」


「私はどうしようかな~~?」


眠夢(ねむ)は悪いがこっちに残って当面の必需品を買って来てくれ。

 あとガクのメガネも頼む。

 予算は十万あったら足りるか?」


「うん~~

 それだけあれば大丈夫だよ~~」


「じゃあ頼むわ」


「りょ~~か~~い。

 さ~~

 三人とも~~

 今日はみんなでお買い物だよ~~」


(おうっ!)


(お買い物ーーッッ!)


(わかりました。

 眠夢(ねむ)姉、よろしくお願いします)


「フフフ……

 さあみんなの予定も決まったし今日も一日頑張りましょう」


 凛子さんの号令でみんなそれぞれ行動し出す。

 僕、暮葉、ガレア、踊七さんは亜空間で横浜へ。


 直ぐに到着。

 再び荒れた家へ戻って来る。


 ガラッ


 わんわん


 玄関を開けると尻尾を振りながらぽちぽちが出迎えた。


 ドタドタ


【あぁっ!?

 ぽちぽちィッッ!

 そんなにはしゃいだら転びまちゅ…………】


 続いて奥から出て来たナナオ。


 言が止まる。

 僕と目が合ったからだ。

 何か気まずい。


「あ……

 あの……

 おはよう……

 ございます……」


【ゲッッ……

 ゲフンッゲフンッッ……

 ムウ…………

 主等来ていたのか……

 こらぽちぽち……

 そんなに走ると転んでしまうでは無いか……】


 ナナオ謁見モード。

 これずっと続けるんだろうなあ。


 廊下の床にはクッキリ賊の足跡が付いていた。

 陽が出ているとはっきり解る。

 そのまま土足で上がる踊七さん。


「踊七さん、靴は脱がないんですか?」


「あぁもうここは破棄するからな。

 要る物を亜空間に格納したら、もうここには来ない」


 手早くヒナ、ケンジ、ガクの部屋へ行き、私物をナナオの亜空間に格納していく。


「暮葉さん、悪いんだが眠夢(ねむ)の私物に関しては任せて良いか?」


「え?

 何で?」


 暮葉、キョトン顔。


「いや……

 ほら……

 だって眠夢(ねむ)は女だからよ……」


「え?

 オンナだったら何で片付けないの?

 何で?」


 暮葉はキョトン顔を続けている。


「だっ……

 だから……

 女物の下着とかあるだろうよっ……

 何言わせんだっっ!

 笑い事っちゃねぇっっ!」


 ここで僕が助け舟。


「あ、暮葉。

 竜には解らないかも知れないけど人間の男って女の子の下着を見ると恥ずかしいんだよ。

 それは女の子も同様で男の子に下着を見られると恥ずかしいものなんだよ」


「あ、だから竜司が私のブラジャー見た時、顔真っ赤だったのね」


 ブッッ!


 何か出た。

 何を言い出すんだ暮葉(この子)は。


「わーーーッッ!

 暮葉何言ってんのーーッッ!」


 僕は赤面しながら慌てて制止。


「竜司……

 おめえ……」


「違いますーーっっ!

 不可抗力ですーーっっ!」


 荒い言い訳。

 とりあえず暮葉は納得し、眠夢(ねむ)さんの私物を整理。

 やがて完了する。


「よし、私物の整理は終わったな。

 次は掃除だ……

 掃除道具は何処やったかな……」


 ゴソゴソ


 踊七さんは押し入れを探し出す。

 ここで一つ疑問。

 何故破棄するのに掃除をするんだろう。


「踊七さん、何故破棄するのに掃除をするんですか?」


「ん…………?

 おっあったあった…………

 ふう……」


 押し入れから掃除用具を見つけ、顔を出す。


「まあ確かに破棄するんだから掃除をする必要がある訳じゃないんだがな……

 何て言うか……

 礼儀だ」


「礼儀?」


「あぁ……

 この家にも思い出がある……

 一階さん達が苦労して建ててくれた家だしな」


 なるほど。

 その気持ちは解る。


「じゃあ隅々まで綺麗に掃除しましょう」


「おう」


 ここから家の掃除が始まった。


 パリンッッ!

 ガシャーーンッッ!


 サッシの隅に残った窓ガラスを割り、全て取り除く。

 床に落ちたガラスの破片を掃く。

 流石に切り刻まれたソファーや畳に関しては元には戻せないが、散らばった泥や土を綺麗に拭き取る。


 続いてばら撒かれた汚水の処理。

 まず乾いたモップで汚水を吸い取り、バケツで洗う。

 そしてまた吸い取る。

 その繰り返し。


 数時間かけて家の中を綺麗にする。

 綺麗になるにつれ、気が付いたら靴を脱いでいた。


「ふう…………

 こんな所か……

 二人ともご苦労だったな……

 座ってくれ。

 最後の茶でも飲もうぜ」


「あ、はい」


 僕らはズタズタに切り刻まれたソファーに座る。


 ヒュウ


 ガラスを取り払われたサッシから晩秋の寒風が入り込む。


 ブルッ


 身体が震える。

 十一月だからしょうがないか。

 やがてお茶を入れた踊七さんがやってくる。


「すまねぇな竜司。

 笑い事っちゃねぇぐらい寒いだろ」


「いえ、大丈夫です」


 お茶をすすりながら小休憩。


「さて……

 竜司……

 眠夢(ねむ)達を片付けに呼ばなかったのはガキ共の面倒を見て貰うと言うのもあるが…………

 本当はコレだ……

 おいナナオ」


 側にいたナナオに指示。

 亜空間を出す。

 中に手を突っ込み取り出したのは地図。

 横浜の地図だ。


「ココと……

 ここ…………

 ここにここ……」


 呟きながら地図に次々と丸を付けていく踊七さん。

 合計二十五か所。


「これが横浜市全十八区に点在する竜排会の拠点だ」


「踊七さん……

 まさか……」


「あぁ……

 竜排会をぶっ潰す。

 ガクをあんな目に遭わせた野郎共には容赦はしねぇ。

 笑い事っちゃねぇぐらい後悔させてやる……」


「ちょっ!?

 ちょっと待って下さいィッッ!

 踊七さんっっ!

 こんな真昼間から手を出したら死人が出ますッッ!

 確実にっっ!」


「そ……

 そうか……」


 とりあえず落ち着いた様子。


「でも拠点を潰すという案は賛成です。

 拠点と言うのは人員が集う場所。

 そこを潰せば集う所が無くなり分散してしまうと思います。

 あとおそらく情報は全て拠点で管理しているはずだから、潰す事で奴等の情報力と共有力を減らす事が出来ると思います」


「なるほどな……

 じゃあどうするんだ?」


「決行は真夜中にしましょう。

 まず拠点の近くまで行ったら僕が全方位(オールレンジ)で中に人が居ないかどうか確認します。

 そして誰も居なくなったら中に侵入するなりして破壊しましょう。

 特にPCやファイル等の情報系を重点的に」


「わかった……

 じゃあとりあえずお前の案で行こう」


「ありがとうございます」


「じゃあ……

 そろそろ行くか……」


「はい……」


 僕らは外に出る。


 くるり


 踊七さんは振り向き、家と対峙。

 左手で正円を描く。

 宙に浮かぶ太極図。


五行魔法(ウーシン)……

 太極が陰陽に分離し、陰の中で極冷部分が北に移動して、水行を生じ、次いで陽の中で特に熱い部分が南へ移動して火行を生じた…………

 第二顕現…………

 加具土命(ガグヅチノミコト)……」


 ゴォッッ!


 激しい爆音を立て、天に向かって立ち昇る巨大な炎の竜巻。

 瞬く間に家を呑み込む。


 パチパチ


 建築材が爆ぜる音と木やモルタルが燃える匂いが辺りに立ち込める。

 どんどん炎が家を焼いて行く。

 全てを消し去って行く。


 ガラァッ


 支えを失い、建築材が瓦礫と化し落下する音が響く。

 もはや見る影も無い。


「今までありがとうよ……」


 小さな声でお礼を呟く踊七さん。

 そのありがとうの言葉にはあらゆる想いが込められていたのだろう。

 全て燃やし尽くしても消えないどころかますます勢いを増す炎の竜巻。


「そろそろか……」


 踊七さんが左手を横に振る。

 すると炎の竜巻は瞬時に霧散する。

 残ったのは黒く炭化した家の残骸。


 再び左手で正円を描く。


「次は……

 五行魔法(ウーシン)……

 太極が陰陽に分離し、陰の中で極冷部分が北に移動して、水行を生じる……

 第一顕現……

 武美名別命(タケミナワケノミコト)……」


 ズザザザザザザザァーーーッッ!


 続いて現れたのは水の竜巻。

 左手を動かしながら竜巻を操作。


 ザバーーーーンッッッ!


 黒く炭化した焼け跡を全て呑み込み、そのまま海へ落下。

 多分自分達が暮らしていた痕跡を全て消し去る為だろう。


 残ったのは焼け焦げた地面だけ。

 残骸は全て海に落とされた様だ。


「さあ……

 これでもう俺に繋がる手がかりはねぇ……

 帰ろうか……

 竜司……」


「…………はい」


 次に住む場所があるとはいえ、やはり寂しい。

 頭の中に一日だけだけど和やかな朝食風景がフラッシュバック。

 胸が詰まる想い。


 僕が来る前から色々と思い出があったんだろう。

 だが今残ったのは黒く焼け焦げた地面だけ。


 やはり……

 淋しい。


「竜司…………

 気にする事はねぇぞ……

 お前が悪い訳じゃねぇ……

 どうせ遅かれ早かれこうなっていたんだ……」


 僕の様子を見て気遣ってくれる踊七さん。


「はい…………」


「何心配いらねぇって……

 西宮に笑い事っちゃねぇぐらい立派な新居建ててやっから見てなっっ!」


 踊七さんが気遣い、おどけてそんな事を言う。

 本当にこの人は優しい人だ。


 僕らは用事を済ませ凛子さんの家に帰って来た。


「あ~~

 おかえり~~

 踊ちゃん~~」


(あっ!

 踊ちゃんおかえりっっ!)


(あっ踊兄っっ!

 おかえりっっ!)


(踊兄、ご苦労様)


「あぁみんなただいま。

 私物全部持って来たからな。

 ナナオ、三人の部屋まで頼む」


【ウム】


 踊七さんは眠夢(ねむ)さんや子供達に襲撃の件は話さなかった。

 多分気遣っての事だろう。


 暮葉はどうしよう。

 ドラゴンエラーの関係だから連れて行かないと駄目だよな。

 でも暮葉は眠夢(ねむ)さんと一緒に寝ているんだよなあ。


「あの……

 暮葉……

 ゴニョ」


「ん?

 どうしたの?

 竜司」


「ちょっと声が大きいよ……

 内緒の話だから……

 あのさ……

 暮葉って夜に起きる事とか出来る(ひと)……?

 ゴニョ」


 暮葉は良く寝ている印象があるから念のための確認だ。


「夜?

 何処かに行くの?」


 暮葉、キョトン顔。


「うん…………

 横浜にね…………

 あと少し荒っぽい事になる……

 多分……」


「横浜…………

 そう言う事か…………

 うんわかった……

 夜に起きる様にする……

 何時ぐらい?」


 暮葉が察してくれた。


「深夜一時ぐらい……

 その時間になったら着替えて僕の部屋まで来て……

 ゴニョ」


「うん」


 これで暮葉の了承を得た。

 メンバーは僕、暮葉、ガレア、踊七さん、ナナオの五人。

 これで竜排会横浜支部に襲撃をかける。


 一日で終わらせるつもりは無い。

 先の地図の丸を見ると、満遍なく分布している訳では無く、ある程度集中していた。


 それは神奈川区、西区、中区、南区の四か所。

 そして二重丸がかけられていた所は鶴見区。

 ここは横浜本部だと言っていた。


 先の四か所に十二拠点ある。

 他は横浜全域に点在していると言った形。

 僕の考えはまずこの四区の拠点を潰し、すぐに退散。


 夜が明けた後、僕か踊七さんが単体で状況を確認。

 そういう段取りで行こうと考えていた。


「みんな~~

 お昼出来たよ~~」


 眠夢(ねむ)さんのほのぼのした声がリビングに響き渡る。


「あ、はい……

 踊七さん?」


 何やら踊七さんが考え込んでいる。


「踊七さん、気になるのは解りますが……

 今はとりあえず家族団らんを楽しみましょう」


「あっ……!?

 そうだな……

 よしっ!

 メシだメシだーーっ!」


(メシだーーっっ!)


(イエーーイッ!

 メシだーーッッ!)


(全く踊兄ったら……)


「んふふ~~

 じゃあ皆さん手を合わせて~~

 頂きます~~」


 昼食開始。

 良かった。

 本当に良かった。


 この和やかな食事をもう一度体験出来て良かった。

 昨夜はどうなるか本当に不安だった。

 もう二度とこの光景を見れないんじゃないかと。


「ただいま~」


 あ、凛子さんが帰って来た。


「お疲れ様です。

 どうでした?」


「ウフフ。

 なあに?

 竜司くん、大人ぶっちゃって。

 あら?

 美味しそうなもの食べてるじゃない」


「凛子さんの分もありますよ~~

 入れてきますね~~」


 パタパタ


 そう言って台所に行く眠夢(ねむ)さん。

 すぐに昼食を持って来た。


 ぱくりと一口


「あら?

 良いお味じゃないウフフ」


 こうして凛子さんも加わり和やかな食事が終了。


【時に主よ…………】


 ここで意外にナナオが話しかけた。

 主…………

 あぁ凛子さんの事か。


「あら?

 何かしら?」


【屋敷の広い庭にぽちぽちを離しても構わぬか……?】


「ウフフ……

 貴方……

 見た目の迫力と違って可愛いのね。

 いいわよ全く問題ないわ」


【ありがとう……

 主よ……】


 こうして昼食を終える。


 ###


 わんわん


 広大な庭を走り回るぽちぽち。


(ほらーーっっ!

 ぽちぽちーーっっ!

 とってこーーいっっ!!)


 ポイッ


 ボールを投げる。


 わんわん


 甲斐甲斐しくボールを取って来るぽちぽち。

 そんな様子をボーっと眺めていた僕。


(ヘァッ!

 ハァッハァッ!)


 ぺちぺち


 ケンジは相変わらずガレアの下で小さな拳と足を繰り出している。


【お前朝から何なんだよ。

 下でずっとぺちぺちやりやがってよ】


 気付いていたのかガレア。


(何って修行だよっっ!

 ヘァッ!

 ハァハァッ!)


 ぺちぺち


【修行?

 何だちっこいの。

 お前強くなりたいのか?】


(そうだ………………っよっ!

 タァッ!)


 ペチン


 ケンジから渾身のパンチが繰り出される。

 が、乾いた音が響くのみ。


【よしっ!

 わかったっっ!

 俺もヒマだっっ!

 お前に修行を付けてやろう】


 ん?

 何かキナ臭い話になりそうだぞ。


(ホントかよっ!?

 押忍ッ!

 師匠ッ!)


【押忍?

 何だそりゃ?】


(弟子が師匠にする挨拶だよ。

 師匠、物知らねぇなあ)


【ンな事は良いんだよ。

 ホレ来やがれ】


(ハァッ!

 ヘァヘァッ!)


 ぺちぺち


 相変わらず軽い拳と足を繰り出すケンジ。


【ホレ】


 ビシィッ!


(ギャウッ!!?)


 ドシャァッ


 ガレアの軽いデコピンを喰らって吹っ飛ぶケンジ。


「あぁっっ!!?

 ガッ!

 ガレアッ!?

 もうちょっと手加減しなよッッ!!」


【あ?

 これ以上手加減なんか出来ねぇよ】


 ヒョコッ!


 勢いよく起き上がるケンジ。


(スッゲーーーッッ!

 流石師匠ーーっっ!)


 何か喜んでいる。

 まあ平気そうだし大丈夫か。


 また僕はボーッッと眺める事にした。

 考えていた事は魔法(マジック・メソッド)の事。


 僕の魔法(マジック・メソッド)はどんなのになるんだろう。

 踊七さんは五行思想で組んだと言っていた。


 多分モチーフがあると比較的組み易いと言う事だろう。

 どうしよう。


 ふと浮かぶ昨夜の星空。


「星……

 か……」


 でも星と言ってもどうする?

 多分攻撃には使えそうにない。

 いくらブーストをかけた全方位(オールレンジ)でも大気圏外まで届きそうも無いからだ。


 少し考えを飛躍させる。


「占星術…………」


 僕が考えた案は占星術の様な魔法(マジック・メソッド)を組み、星の流れで敵の動きを予知する。

 僕の能力は基本的に“視る”と言うのが肝心になると思うんだ。


 全方位(オールレンジ)は索敵スキルだし、標的捕縛(マーキング)は視認しないと付かないし。

 あと受動技能(パッシブスキル)は目を凝らすと相手の感情が解ると言うもの。


 けど、予知ったってどうする。

 しかも一秒を争う戦闘時にちんたら星を見てる余裕なんてない。


 もしそういう魔法(マジック・メソッド)を組むのなら、瞬時に身体が反応する様な。

 僕がよく見るフラッシュバックの様な。

 そんな形が望ましい。


 僕は攻性スキルと言うものを持っていない。

 全方位(オールレンジ)標的捕縛(マーキング)反射蒼鏡(リフレクション)は全ていわゆる補助(サポート)スキル。


 基本魔力攻撃に関してはガレア頼みだ。

 流星群(ドラゴニッドス)にしてもダメージを与えるのは魔力閃光(アステショット)だ。


 ここが他の竜河岸と違う所。

 僕は基本闘う時はガレアと一緒だ。

 竜河岸同士の戦いの場合、竜は手を出さないという習わしを大きく破っている。


 今まで竜も攻撃を仕掛けてくる奴は居た。

 天涯のケイダとか。

 けど攻撃の主となるのはあくまでも竜河岸側だ。


 これは多分僕がヘタレなのが原因だろう。

 恥ずかしいんだけどね。

 でも幸か不幸かそのお陰でガレアとの絆が深まったと思っている。


 反射蒼鏡(リフレクション)の時にスキルの作り方のコツは学んだから、多分炎やら氷やらが出るスキルも作れなくはないんだろう。

 でも何かしっくり来ないんだよな。


 何でだろう。

 単純に危ないからかな?


 だって危ないじゃん。

 火とか出たら。

 死んじゃうじゃんって事だ。


 まあ魔力注入(インジェクト)やらで暴れてるヤツが何言ってんだって感じだけど、やっぱり魔力を使って殺傷すると言うのは抵抗がある。


 魔力注入(インジェクト)も魔力を多分に使ってるが、あれはあくまでも攻撃してるのは僕の身体だ。


 ゴマカシかも知れないけど、イメージとしてやはり(げん)震拳(ウェイブ)や天涯の光槍(フォトン)の様に魔力で対象を破壊するというのは出来ればやりたくない。

 それは多分ドラゴンエラーの経験がそうさせてるんだと思う。


 それでも僕は今までやってこれた。

 ガレアと一緒にやって来れたんだ。


 僕はぽちぽちと楽しく遊ぶガレア達をポーッと眺めながらそんな事を考えていた。


「ワーーッッ!

 竜司ッッ!!?

 危ない危なーーいッッ!」


「へ?」


 バシッ!


「ブヘッ!」


 一瞬目の前が真っ暗。

 何かが顔面に直撃した。

 顔前面に痛みが伝播。


 突然のことでビックリした僕は仰向けに倒れてしまう。


(あーーーっ!

 おにーちゃんに当たったーーっ!)


 僕の目線には大空。

 目端からにゅにゅっと色々な顔が飛び出す。

 みんな僕を凝視。


(あん)ちゃん、何やってんだよ)


 とケンジ。


(おにーちゃん、大丈夫?)


 そう言いながらちょいちょい僕をつつくヒナ。


「竜司、大丈夫?」


 キョトン顔の暮葉。


【何やってんだよ竜司。

 だらしねえな】


(そっスよね師匠)


 何かケンジとガレアがヘンな関係になってる。


 わんわん


 耳にぽちぽちの声。

 方向から多分倒れている僕の周りを回ってるんだろうなあ。


 むくりと起き上がる。

 鼻がケンケンする。


「何が……

 ぶつかったの?」


「ん?

 これよ。

 ボール。

 みんなでどっぢぼーるっていうのやってたの」


「ドッジボール…………

 フフフ……」


 僕はすっくと立ちあがり、落ちていたボールを手に取る。


(お?

 何だ(あん)ちゃん、やる気かよ。

 けどヘナチョコなボールだったら俺は当たらねぇぜ)


 ケンジ、自信満々。

 だが、僕もやるからには負けたくない。

 大人をナメてるとどうなるか教えてやる。


 魔法(マジック・メソッド)については一先ず置いておこう。

 どうせ組むのに時間かかるし。


「フフフ…………

 くらえぇぇぇっっ!」


 ビュンッッ!


 僕は思い切りケンジに向けてボール投擲。


 バンッ!


(ぶへっ!)


 ケンジの顔面に命中。

 ヘンな声を上げてケンジが吹っ飛ぶ。


「どうだっ!?

 僕だって馬鹿にされっぱなしじゃ無いんだぞっ!」


 あれ?

 ケンジが起き上がらない。

 やりすぎたかな?


「ケ……

 ケンジくんっ……?

 大丈…………」


 バシッ


「ブヘッ!」


 再び顔面に衝撃。

 さっきと同じ痛み。

 ようやく鼻のケンケンが消えかかってたのに。


(それーーっっ!

 敵は怯んだぞーーっっ!

 ヒナーーッッ!

 ねーちゃーんっっ!

 一斉攻撃だーーっ!)


 バシッ

 ベシッ

 ドシッ


 身体中に伝わる衝撃。


 あれ?

 これってドッジボールじゃ無かったっけ?

 再び仰向けに倒れる僕。


(あん)ちゃん、良いボール投げるじゃん。

 でも甘いな。

 あんなんじゃ俺は死なねぇぜっ!)


 いや、これドッジボールじゃ無かったんですかケンジさん。


 僕は日が暮れるまでみんなとボール遊びで盛り上がる。

 途中でカンナちゃんも帰って来て、みんなでボール遊びに興じた。


「みんな~~、陽が落ちたからそろそろ家に入らないと~~~」


 眠夢(ねむ)さんから声がかかる。

 もうそんな時間か。


「もう日が暮れてる……

 みんなーっそろそろ家に入ろう」


(はーいっ)


 みんなで家の中に入る。


 あれ?

 そう言えば踊七さんは何処に居るんだろう。

 そんな事を考えながら、家に入ると偶然踊七さんが二階から降りて来た。


「あ、竜司。

 ちょうど良い。

 ちょっと顔貸してくれ」


「はいわかりました。

 ガレア、暮葉。

 先にリビングに行ってて」


「わかった」


【おう】


 僕は踊七さんと共に二階へ。

 あてがわれた自室へ向かう。


「どうしたんですか?

 踊七さん」


「いや、今日の深夜について作戦を考えてみたから聞いて欲しくてな」


 踊七さんの作戦はほぼ僕と同じ。

 一日で完遂すると言うものでは無かった。


 ただ本日の標的に鶴見区。

 横浜本部も含まれていた。


「五か所……

 こんなに回れるかな……?」


「神奈川区、西区、中区、南区はナナオも行った事あるから亜空間で行けるが……

 やはり距離的に厳しいか……

 でも本部は先に潰しときたいんだよなあ……」


「何故そんなに本部に固執するんですか?」


「竜排会……

 外の活動に関しては公開してるんだがな……

 内部の活動は秘匿してんだよ……

 正直誰に聞いてもわからん。

 ようやく聞いた話だと技術部と言う部署があるんだってよ……」


「技術部……?

 じゃあ奴らが兵器類を独自で開発してるって事ですか?

 …………あ……」


 ここで僕の頭の中に竜排会の連中が撃って来た擲弾型の鉄鎖網がフラッシュバック。

 あれは多分既存の兵器では無い。


「何だ?

 心当たりがあるのか?」


「一度……

 暮葉が狙われた時……

 グレネードランチャーみたいなので鉄鎖網を撃ち込まれた事がありまして……」


 それを聞いた踊七さんは考え込む。


「フム…………

 開発してる兵器がその程度なら問題無いんだけどな……

 もしな…………

 対魔力兵器を開発してるとしたら……

 どうだ?」


 確かにそんな代物が開発されたらかなりヤバいけど、僕はこの話を聞いた時浮かんだ言葉は荒唐無稽。


 要するに有り得ない事。

 魔力と言うのは竜のエネルギー。


 人間が決して触れれない物。

 アンタッチャブルなものなのだ。


 それは竜が地球に来訪した時の交渉で身に染みて解っているはずだ。

 人間は。


「竜司……

 笑い事っちゃねぇ顔すんなよ……

 正直俺も有り得ねぇって思うよ。

 でもこういう作戦を組む時と言うのは最悪のケースを考えて行動するもんだ。

 そうだろ?」


 確かに。


「では鶴見区の横浜本部を最初に襲撃するとして……

 他四区の方を選定するというのはどうでしょう?」


「だな……

 それが妥当か……」


 作戦は最初に鶴見区の横浜本部を襲撃し、その後亜空間で神奈川区、西区、中区を襲撃する作戦になった。


「わかりました……

 では決行は深夜一時で……」


「わかった。

 じゃあ下に降りるか」


「はい」


 下に降りると凛子さんと眠夢(ねむ)さん、グースの三人が夕飯の準備をしていた。

 凛子さんもう帰って来ていたんだ。


「あら?

 竜司君、ちょうど夕飯が出来上がった所よ」


「凛子さん、お帰りなさい」


「ウフフただいま」


 テーブルにたくさん食べ物が並べられている。


 夕食開始。

 夕食はとても美味しく、笑い声が溢れ和やかな食事となった。

 あっという間に夕食は後片付けも含めて完了する。


 子供達は遊ぶ為に二階へ消えて行った。

 リビングに残ったのは僕、暮葉、凛子さん、踊七さん、眠夢(ねむ)さん、グース、ナナオとぽちぽち。

 そしてガレアだ。


「踊七君、お家の片づけは終わったの?」


「あぁ……

 綺麗さっぱり失くして来た……」


「そう……

 お疲れ様。

 辛かったわね……」


 察した凛子さん。


「ありがとよ凛子さん……

 でも遅かれ早かれこうなる予定だったんだ。

 もう今は焼け焦げぐらいしか残ってねえ……」


「なるほど……

 そこまで徹底したのは踊七君に繋がる手掛かりを消す為ね……

 でも()()()ってどうやって?

 家屋を撤去するって言っても全て片付けるのは何日かかかると思うんだけど」


「俺のスキルだよ」


 サラッと言う踊七さんを見て驚きを隠せない凛子さん。


「………………さすが(ロード)の衆を使役してるだけあるわね……

 踊七くん…………

 その力で……

 竜司君(この子)を助けてあげて欲しい……

 私からのお願い……」


 え!?


 凛子さんがヘンな事を言い出した。


「ちょっっ!?

 り……

 凛子さん……」


「竜司君……

 私は貴方がカンナの居場所を見つけてくれた事は忘れてないわよ」


 凛子さんはおそらくカンナちゃんの誘拐事件の事を言ってるんだろう。

 懐かしい。

 いや懐かしがるのも不謹慎か。


「何だ何だ?

 笑い事っちゃねぇ。

 何の話だ?」


「踊七君……

 以前ね……」


「ちょっ……

 ちょっとっ!

 止めて下さいよっ!

 凛子さんっ!」


 事の顛末を離そうとする凛子さんを慌てて制止。

 理由は何か自慢してるみたいでカッコ悪いと思ったからだ。

 別にあの時は大変な事が起きて必死だっただけで、別に正義のヒーローを気取ってやった訳ではないんだ。


「あら?

 いいじゃない。

 貴方は立派な事をやったのよ」


「えぇっ……?

 でもっ……

 何か……

 自慢してるみたいで……」


「ウフフ。

 ヘンな所で恥ずかしがるのね竜司君。

 そんな可愛い顔見せられたらおばさん言っちゃうーっ!

 あのね……

 踊七君……

 実はね……」


 凛子さんが饒舌にカンナちゃん誘拐事件の話をする。

 ものすっごい恥ずかしい。

 僕の顔が赤面する。


「…………と言う事があったのよ…………

 本当に竜司君が居なかったらカンナはどうなってたか解らないわ……

 本当にありがとう竜司君……」


「へっ……

 やっぱり竜司……

 お前は良い奴だな……」


「んふふ~~

 だから言ったじゃない~~

 竜司くんはイイコだって~~」


「ねっ!?

 眠夢(ねむ)ッッ!?」


「それなのに~~

 踊ちゃんってば~~

 竜司くん虐めるんだから~~」


「虐めるって何だよっっ!?

 虐めるって!!」


「あら?

 二人の間に何かあったの?」


「グッ…………

 話していいか……?

 眠夢(ねむ)…………」


「……………………

 いいわよ……

 凛子さんはその話を吹聴する様な人じゃないわ……」


 いつの間にか眠夢(ねむ)さんの間延びが消え、眼がぱっちり見開いていた。


「あぁ……

 ありがとな……

 凛子さん……

 結果だけ言うとな……

 俺と竜司は殺し合ったんだよ……」


 ピク


 それを聞いた凛子さんの眉間が少し動く。


「殺し合い…………

 それは穏やかじゃないわね…………」


「しばらく世話になるんだ……

 この機会に俺が何故ガキ共の面倒を見てるかも話しておこうと思う……

 少し長いが聞いてくれるか?」


「……ええ……」


 踊七さんは静かに話し出す。


 現在の横浜が憎悪の街(ヘイトシティ)になっている事。

 横浜在住の竜河岸はほぼ全員市外へ追い出されるか、竜排会の手により竜を竜界に戻されたかのどちらかだと言う事。


 ドラゴンエラーが起きた後の市民皆検診により、竜河岸のあぶり出しが行われた事。

 誰が竜河岸、もしくは遅れた第一世代(ディレイド)かほぼ全員の市民が知っている事。


 ケンジの家ではDV。

 ヒナの親は蒸発。


 そして……

 ガクの親が一般人に嬲り殺された事。

 それを目撃した踊七さんが三人を自分の家に誘ったと言う事。


 そのまま眠夢(ねむ)さんの事を話す踊七さん。

 眠夢(ねむ)さんの両親はドラゴンエラーに巻き込まれ、亡くなったと言う事。

 僕がドラゴンエラーを起こした張本人と聞いて殺意が湧き、殺そうと戦った事を。


 凛子さんは黙って聞いていた。

 そしてポツリと一言呟く。


「酷い……」


「だけど……

 私は竜司君とある約束を交わし、それが守れるなら許すと言いました……」


 続いて眠夢(ねむ)さんが静かに話し出す。


「その約束って……?」


「それは竜河岸達と一般人との懸け橋になる事……

 そして過去に囚われて自分を卑下したり歩みを止める事の禁止です……」


「そう…………

 貴方……

 優しいのね……」


 そう言ってにっこり微笑む凛子さん。


「多分……

 許せたのは…………

 安心した所もあったからだと思います…………

 私……

 今でこそ平気ですが……

 ドラゴンエラーが起きるまで竜に恐怖を抱いていました……

 一度ナナオさんの強大な力を目撃した事があって……

 それ以来私は竜を恐れていました……

 だから、ドラゴンエラーが起きた理由が悪意のある人による故意に引き起こされた事じゃないかって……

 そんな風に思ってました……

 本当に怖かったんです……

 また同じような事が起きて……

 近しい人が居なくなるんじゃって考えると…………

 でも起こした竜司君が人の事を気遣える優しい少年と知ったから……」


「そ…………」


 僕は“そんな事はない”って言いかけるが留める。

 まだ潜在的に僕は自分を卑下する部分が残っている様だ。

 まだまだだな。


「凛子さん」


 不意に踊七さんが声をかける。


「何かしら?」


 ぺこり


 静かに頭を下げる踊七さん。


「改めて礼を言わせてくれ。

 知り合って間も無い俺達をここに置いてくれて……

 本当にありがとう……

 感謝する」


「凛子さん……

 私からもお礼を言わせて下さい……

 ありがとう……」


「いいのよ……

 この一日で貴方達の為人(ひととなり)は解ったし……

 何より竜司君の知り合いだしね…………

 ……あと踊七君……?」


「何だ?」


「………………………………人を殺めるのは駄目よ……」


 さすが凛子さん。

 この後、踊七さんが何をするか察した様だ。


「凛子さんも……

 竜司と同じ事言いやがる……」


「人を殺されたからと言って更に殺人を重ねると……

 それは恨みの対象と同種の人間になってしまうわ……

 そして悪意の連鎖と言うのは続くもの…………

 しかも重ねれば重ねる程その鎖は強固になって断ち切れなくなってくる……

 確かに悪意の連鎖を断ち切るのは物凄く辛いし、勇気のいる事だと思うわ……

 でも昨日から貴方を見ていれば……

 それが出来ると信じれる……

 と私は思うのだけれども……」


「わ……

 わかった……

 殺しはしねぇよ……」


 良かった。

 流石凛子さん。

 どうにか踊七さんを説得できた。


「あ、踊七さん、あとガレア。

 ちょっと二階までいいですか?」


「何だ?」


【何か用か?】


「まあ……

 二階で……

 では凛子さん失礼します」


「ウフフ。

 一体男の子同士で何の話をするのかしら?

 いってらっしゃい」


「え~~~?

 多分コイバナですよコイバナ~~

 踊ちゃん~~~

 私が可愛いって言うのはいくら言ってくれても構わないからね~~」


 眠夢(ねむ)さんが冗談を飛ばす。

 また間延びした台詞に変わっている。

 良かった。


「バッッ!

 バカッッ!

 何言ってんだっっ眠夢(ねむ)っっ!

 全く笑い事っちゃねぇッッ!」


 こうして僕は自室へ踊七さんを招く。


「んで人目を避けて何の話だ?」


「あ、えっと…………

 今から魔法(マジック・メソッド)を試しに組んでみようと思いまして……」


「竜司……

 あのな……

 時間かかるっつっただろ?

 お前、俺だけ襲撃に行かせるつもりか?」


 そう言う訳ではない。


「それに関しては考えがあります。

 何も今日完成させなくても良いと思うんですよ。

 ひと先ず本日はどう言う魔法(マジック・メソッド)にするか形だけ創って……

 そこにこれから新ルールを継ぎ足し、継ぎ足ししていくイメージと言いますか……

 それって出来ませんかね?」


「…………なるほどな……

 確かに俺の場合は一気に完成まで持って行ったからな……

 正直出来るかどうかはわからん……

 前例も無いしな……

 まあ時間の部分に関してはクリアするとしても……

 体力の方はどうだ?

 結構体力削られるぞ……」


「そこは自分と相談ですね……

 ある程度体力のボーダーラインを決めておいて、それを超えるまで組み続けると言う事で」


「まあそれはそれで良いとしてもよ。

 何故人目を避ける必要があったんだ?」


「それは……

 魔法(マジック・メソッド)が踊七さんの中で肝の部分だと思ったので……

 あまり広めるのも良くないかなって思いまして……」


 この魔法(マジック・メソッド)


 竜河岸が知れば必ず試して見たくなると思う。

 こんな事誰も思いつかないから。

 思考の外の発想なのだ。


 他の皆は授かったスキルから発想し、そのスキルを研鑽したりそこから連想される新たなスキルを開発するもの。

 そして一般人が到底起し得ない超常現象を引き起こす。


 だが、この魔法(マジック・メソッド)は違う。

 超常現象を起こす事を考えるのではなく、その現象が生まれるルール、法則、(ことわり)を産み出すと言うものなのだから。


「へっ……

 要は俺に気を使ったって事か……

 ありがとよ竜司」


「あ……

 いえ……」


「じゃあ、お前に俺がやった魔法(マジック・メソッド)の組み方を教えてやろう……

 まずイメージする物は……

 ノートだ……」


「ノート?

 それって文房具のですか?」


「そうだ。

 まずイメージするのは白紙のノート。

 そこに書き込んでいくイメージだ。

 出来れば書く物もイメージ出来れば良いな。

 それでどんどん書き込んでいくんだよ。

 俺の場合は机の上に置いてあった大学ノートだ。

 んで書いた内容も出来ない時もあれば出来る時もある。

 それは検証だな。

 検証して失敗して検証して失敗しての繰り返しだ。

 あと俺は自分の部屋で組んだって言ってたけど厳密には亜空間の中だ。

 俺はナナオの亜空間の中に引き籠って組んだんだよ」


 なるほど。

 加具土命(カグヅチノミコト)みたいな極大威力の炎の竜巻なんてどうやって検証したのかと思ったけどこれで合点がいった。


 ノートか。

 何にしよう。

 昼に考えてた事だと星に関係する補助(サポート)スキル。


 何だろう。

 何となく星と聞くとギリシアとかヨーロッパをイメージしてしまう。


 あ、辞典かな?

 分厚い辞典。

 前に見た洋画のファンタジー物でも扱ってた様な魔法書チックなやつ。


 そしてそうなると書く物は羽ペンだ。

 これ以外考えられない。


「あと魔力の扱いに関してはとりあえず吸い取れ」


「は?」


 一瞬何を言ってるのか良く解らなかった。


「は?

 じゃねぇだろ。

 笑い事っちゃねぇ。

 とりあえずイメージすんだよ。

 ガレアの魔力をどんどん身体に取り込むイメージだ」


 この段階でこの魔法(マジック・メソッド)を組むのが想像を絶する辛さと言う事を実感した。


 それもそのはず。

 筆記用具と魔力に加え肝心なルールも考えないといけない。

 四つの事を同時にイメージしないといけないんだから。


 踊七さんが頭をフル回転させたと言うのも良く解る。

 でもまあ何事もやってみないと解らない。

 とりあえず指針として……


 筆記用具:魔法書の様な白紙の辞典と羽ペン。

 魔力:どんどん身体に取り込むイメージ。

 スキル:占星術


 こんな所か。


 魔力に関しては絶招経を経験済みなのであんな感じでやれば大丈夫だろう。

 絶招経を発動しない様に注意しないと。


 そしてスキルは占星術。

 名前は後で考えるとして、概要は吉兆を占う様な感じ。

 ゆくゆくは未来予知みたいな事が出来れば。


 ピシャッッ!


 僕は思い切り両頬を打つ。

 よし、気合が入った。


「よし!

 じゃあ行って来ますっっ!」


「おう頑張れよ。

 あとお前は予定があるんだからな。

 スマホのタイマーはセットしとけよ……

 今十九時四十三分だから…………

 二十四時までには帰って来てくれ。

 下の眠夢(ねむ)達には俺から言っといてやる」


「わかりました」


 僕はスマホを取り出し、二十四時にアラームが鳴る様にセット。


【何だ?

 何すんだ竜司】


 ガレア、キョトン顔。


「ガレア、亜空間出して」


【ん?

 どっか行くのか?】


「いや、違うよ。

 亜空間の中が目的地だ。

 これから新しい事をやりに行く」


【また何か面白れぇ事考えてやがんな竜司。

 いいぜ付き合ってやるよ。

 ホレ】


 ガレアが亜空間を出す。


「じゃあ行って来ます」


「おうしっかりな」


 僕とガレアは踊七さんに見送られながら亜空間に侵入。


 中は薄暗く、あらゆるものが乱雑に浮いていた。


 確たる地面もあるかどうか良く解らない。

 何となく宙に浮いている様な感覚。

 薄く危険信号が身体に伝播


 腰を入れんかぁぁっっ!


 ここで何故かお爺ちゃんの喝を思い出す。


「スゥーーー……

 ハァーー……」


 僕は眼を閉じ、大きく深呼吸。

 そして下腹部を意識し、力を込める。

 よし、妙な浮遊感は薄まった。


 僕は一歩足を踏み出す。

 今まで亜空間を使う場合は入り口から出口まで一本道をただ歩くだけだった。


 こんな宇宙空間の様な上も下も定かでは無い所で一本道と言うのもおかしな話だが何処かに行きたいとガレアに頼み亜空間を開けて貰うと、もう既に出口は開いているんだ。

 そこを目指して真っすぐ歩くのだ。


 だけど今回は違う。

 この亜空間自体に用があるのだ。


 僕はしばらく色々なものが浮いている中を歩く。

 気を抜いたらこの妙な浮遊感に巻き込まれそうだ。


 見上げると本当に色々なものが浮いている。

 前に見たサトちゃんの生首に始まり、ヘンな草、アステバンのDVD、ばかうけ等。


 時々、見た事無いものも浮いていたりする。

 何でマルシンハンバーグが浮いているんだろう。

 しかも封は開いているが中身は残ってる。


 ヘンなの。


 僕が歩き出した理由は落ち着ける場所を探す為だ。

 本当に色々なものが浮いているから気が散る。

 とりあえず何も無い所は無いものか。


 三十分程歩くとようやく浮いていた物は数を減らしていき、ようやく途切れる地点まで辿り着いた。


 どれだけ歩いただろう。

 僕の歩幅が七十九センチ。

 普通の歩速で歩いていたから多分歩数は三千~四千。


「ゲ……

 この色んな物、三キロも散らばってるのか……

 ガレア……

 ちょっと整理した方が良いんじゃない……?」


【やだよ。

 めんどくせえ。

 それにしても竜司よ、新しい事って俺の亜空間の中を見たかったってだけか?】


「そんな訳ないじゃん。

 じゃあ始めるよ」


 僕はとりあえずその場に座る。

 そういえば踊七さんは五行魔法(ウーシン)使う時、両手を合わせてたっけ。


 パンッッ!


 僕は勢いよく両手を合わせる。


「イメージ……

 イメージ……

 本……

 本……」


 頭の中にモヤモヤと浮かんでくる分厚い辞典。


「そして……

 羽ペン……

 羽ペン……」


 続いて書く物をイメージ。

 僕の中で羽ペンが浮かんでくる。


「これで……

 いいのかな……?

 次は……

 魔力か……

 ガレア、魔力使うよ」


【いいぞ】


 確か踊七さんは魔力を大量に使うと言っていたっけ。

 絶招経を使う時に似た感覚。

 自分の中の門を開ける様な。

 堰を切る様な。


 ドッッッックゥンンッッッッ!


 大量に魔力が体内に流れ込み、心臓が大きく波打つ。

 これはキツい。


 ドクンドクンドクンドクンドクン


 大きく波打った後は細かく、激しく鼓動を打ち始める心臓。


「カハッ…………」


 弾ける様に息が出る。

 思わず合わせていた両手を離し、胸を押さえる。


 ドクンドクンドクンドクンドクン


 依然として波打つ心臓。


【おいおい、大丈夫かよ竜司】


「あ……

 あぁ……

 何とか……」


 いかん、両手を離してしまった。

 もう一度体勢を元に戻さないと。


 スッ


 プルプル震える手で静かに両手を合わせる。

 先程の勢いは何処へやらだ。


 魔法(マジック・メソッド)ッッッ!


 書け。

 書くんだ。

 白紙の辞典に書くイメージ!


 お…………

 おぉっ……

 何か凄い。


 感覚で解る。

 何か書き込まれていく。

 こんな事が出来たんだ竜河岸って。


 あ、駄目だ。

 余計な事を考えるとイメージが薄れていく。


 確か踊七さんが食事を取ったらイメージが吹き飛ぶと言っていた。

 これは油断が出来ない。


 しかも身体の中から急激に魔力が消失して行くのが解る。

 いや、消失じゃない。

 これは消費だ。


 かなり多く魔力を取り込んだはずだ。

 今の僕でもキツいぐらい。


 ほんの少ししか経ってないのにもう無くなりつつある。

 と言う事はさっきと同等量の魔力を再び取り込まないといけない。


 なるほど、確かに過酷だ。

 とか、考えているとまた筆記用具のイメージが薄れていく。


 駄目だ駄目だ。

 再びイメージし直す。

 これを維持したまま再びガレアから大量の魔力を取り込む。


 ドッッッックゥンンッッッ!


 心臓が大きく波打つ。

 両手が離れそうになる。


 が、意地でも離さない。

 これを解いたらやり直しになる気がしたからだ。


 キツい。

 身体の中に極度の倦怠感が溢れる。


 ドクンドクンドクンドクンドクン


 依然として激しく波打つ心臓。

 ただ初めて魔力注入(インジェクト)を使った時の様な血を吐いたり、骨が折れたり、激しい腹痛に襲われている訳では無い。


 これが慣れと言うものか。

 人間って凄い。


 また余計な事を考えた為筆記用具のイメージが薄れていく。


 本当に忙しい。

 動いていないのに頭の中が忙しい。

 維持するのに一苦労だ。


 再び魔法(マジック・メソッド)を組み直す。




 ―――どれぐらい時が経っただろうか。




 わからない。

 ずっと同じポーズを取って、微動だにしないと体内時計が上手く機能しない。

 僕はただひたすら魔法(マジック・メソッド)を組み続ける。


 魔力が体内から消えれば、その都度ガレアから魔力を補給。

 その度心臓が波打ち、極度の疲労感に見舞われる。

 が、不思議なもので何度も繰り返していると魔力補給も慣れて来る。


 心臓が波打つのは変わらないが。

 これは慣れとかそう言う事じゃ無くて単純に僕の身体が十四歳のソレだからだろう。

 要するに身体が未熟な為に大量の魔力を取り込むと身体が反応すると言う事だろう。


 ピピピピピ


 スマホが鳴る。

 リミットだ。

 もうそんな時間か。

 僕は最後に〆の言葉を書き記し、本を閉じるイメージ。


「ガレア……

 今日は終わりだよ……

 さあ戻ろう……」


【竜司、お前何やってたんだよ。

 何か俺の魔力大量に使ってたけどよ】


「うーん……

 説明しにくいなあ……

 凄い事が出来る様になってからまた説明するよ。

 じゃあまた亜空間をお願い」


【ホイヨ】


 目の前に亜空間が現れる。

 ゆっくりと立ち上がる。

 身体が重い。

 頭もガンガンする。


 フラ


【おいおい大丈夫かよ竜司】


 よろめく僕。

 ガレアにもたれかかる。


 想像以上にキツかった魔法(マジック・メソッド)の構築。

 踊七さんはこれを七日間続けたのか。


「あぁ……

 大丈夫だよ……」


 亜空間を潜る僕とガレア。

 自室に帰って来た。


「ガレア……

 ちょっと部屋で待っててよ」


【おう】


 ゆっくりと静かにドアを開ける。

 外はしんと静まり返っていた。


 動いている気配はない。

 僕はスマホで時間を確認。


 二十四時七分


 もう深夜だ。

 子供達も寝ているんだろう。


 僕は一階に降り、風呂場を目指す。

 凛子さんの家の風呂は良く解らないけど、沸いていたら良いなあ。


 沸いてなかったらシャワーでも良い。

 とにかく僕は熱いお湯を浴びてサッパリしたかった。


 風呂は沸いていた。

 どうやら凛子さんの家もいつでも入れる風呂らしい。


 僕は身体を洗い、広い湯船に浸かる。

 凛子さん家の風呂は僕ぐらいの身長なら楽に足を伸ばせるんだ。


 ゆっくり足を伸ばし…………

 大きく伸びをする…………………………



 僕は眠ってしまった。



 ###


 ハッッ!


 ザバァッッッ!


 僕は慌てて覚醒。

 余りの疲労で寝てしまったらしい。


 遅刻していないだろうか。

 すぐさま湯船から出る。


 不思議なもので幾分か身体が楽になっていた。

 僕は手早く着替え、風呂場を後にする。


 そろりそろりと音を立てずに。

 だが気持ち早めに。


 ようやく自室に辿り着く。

 中から話し声が聞こえる。


 ガチャ


 中に入るとガレア、暮葉、踊七さん、ナナオと勢揃いしていた。


「お?

 竜司、何処行ってやがったんだ?」


「あ……

 ちょっと疲れたのでお風呂に入ってサッパリしようかと…………

 踊七さんって……

 本当に凄いですね……

 ()()を七日間なんて……」


「だろ?

 俺は笑い事っちゃねぇぐらいスゲェんだぜ」


 踊七さんはニカッと白い歯を見せて笑う。


「暮葉も……

 起きてくれてありがとう……」


「ううん…………

 私も……

 関係してる事だから……」


 笑ってはいるが薄く、顔は痛ましい表情。


「あれ?

 ナナオさん、ぽちぽち連れて無いんですか?」


【…………今から赴く地は……

 戦場(いくさば)であろう……

 その様な危険な地にぽちぽちを連れて行ける訳なかろう……

 ぽちぽちはヒナと一緒に眠っておる……】


「そうですよね」


「んで竜司よ。

 出来たのか?

 お前の魔法(マジック・メソッド)


「う~ん……

 僕のは検証がし辛いので出来たかどうかは…………

 まあ外に出て一度試してみたいと思います」


「そうか。

 ならそろそろ行くか」


 僕らは外に出る。

 外は真っ暗。

 先の横浜程じゃ無いにしてもいくつか星が瞬いている。


「さあ竜司。

 見せて見な。

 お前の魔法(マジック・メソッド)


「はい……

 じゃあガレア、ちょっとこっち来て」


【おう】


 ガレアを側に寄せたのはいつでも魔力補給が出来るようにだ。


「じゃあ行きます…………

 全方位(オールレンジ)


 僕を中心に広がる翠色の半円状ワイヤーフレーム。

 僕の魔法(マジック・メソッド)はここから始まる。

 よし限界ギリギリまで広がり切った。


「そして……

 全方位(オールレンジ)を維持したまま……

 黄道大天宮図(ホロスコープ)ッッ」


「オォッ!?」


 僕の頭上に現れた蒼色の大星図。

 半径十メートル程のその中には数多の星々が描かれている。

 踊七さんも驚いている。


 やった。

 ここまでは記したとおりに出来た。


「更に…………

 ここから……

 占星装術(アストロギア)ッッ!」


 しばしの沈黙が辺りを包む。

 周りは固唾を飲んで見守る。


「来た…………

 降りてきました……」


「な……

 何が……?」


「星の言葉です…………

 えっと………………

 炎には注意してね。

 本日の運勢はそこはかとなく上昇傾向だけど炎が出ると途端に運気は急降下しちゃうゾ。

 ラッキーアイテムは電気。

 アンラッキーアイテムはメガネ………………

 だそうです…………

 って何だこりゃ?」


「竜司…………

 自分で言ってりゃ世話ねぇぜ。

 笑い事っちゃねぇ」


 確かに僕は星を見て予見する能力とは書いたけどもよ。

 何でこんな目覚ましTVの占いみたいなんだ。


 しかも一体いつの誰の占いなんだ。

 何だラッキーアイテムって。

 僕は自分の中で激しくツッコむ。


 場をヘンな空気が包む。

 何か凄く申し訳ない。


 依然として展開中の黄道大天宮図(ホロスコープ)

 何か宣伝だけ豪華で中身がショボかった映画を見せたみたいな。


「まあ……

 その……

 何だ……

 検証し辛いってのは解った……

 何か……

 アレだよな……

 朝に使うと一日ハッピーに過ごせるかもな……」


 踊七さんが一生懸命フォローを入れてくれている。

 その心遣いが苦しい。


 まだだ。

 まだ終わらんよ。

 実はもう一つ別機能があるんだ。


「ちょっ……

 ちょっと待って下さいッッ!

 僕の占星装術(アストロギア)には別機能を設けてあるんですッッッ!」


「べ……

 別機能……?」


「はい……

 それを試して見ますので……

 踊七さん……

 協力をお願いします……」


「別に良いが何やるんだ?」


「僕の顔面にパンチを繰り出してみて下さい……

 僕はそれをサッと避けて御覧に入れましょう…………」


「ホントか?

 よし……」


 踊七さんが身構える。


占星装術(アストロギア)……

 予見機能(モードフォーシー)……

 よろしくお願いします」


 ブンッッ!


 ゴシャッッ!


「ぶへっ!!!」


 ドシャア……


 顔面に踊七さんの右拳をモロに喰らい、奇声を上げながら情けなく倒れる僕。


「うおっ!

 笑い事っちゃねぇっ!

 まともに入ったぞッッ!

 大丈夫かっっ!

 竜司ッッ!」


 踊七さんが駆け寄って来る。

 僕は宙に展開した黄道大天宮図(ホロスコープ)を見つめていた。


 すると、倒れている僕としゃがんで何かを話している踊七さんの図がフラッシュバック。


「遅いよ…………」


「竜司、何が遅いって?」


 しゃがんで踊七さんが話しかけて来る。

 なるほど見えた絵はこれか。


「いえ……

 今のこの図が見えましたので……」


 むくりと起き上がり、黙ってスキル解除。

 醜態を晒して物凄く恥ずかしい。


「とりあえずこれで全部か……?」


「はい…………」


「まあそう気を落とすな。

 占星術に目を付けたお前の発想は悪くないと思うぜ。

 検証がし辛いと言うのはネックだけどな。

 こうして試して少しづつ修正をかけていくんだよ。

 まず最初の占いっぽいやつだけどな……」


「っぽいって言うか完全に占いですけどね……

 ハハハ」


 自虐的な台詞を吐く僕。


「そう言うなって。

 笑い事っちゃねぇ。

 まずいつの誰の占いかハッキリさせねぇとな。

 いつの話なのかは多分今日解るだろう。

 けど誰の占いかは解る様にしないとな。

 例えばスキル発動前に標的固定(ターゲッティング)過程(プロセス)を挟むとかな」


 なるほど。

 それは使わせて貰おう。


「あと次に見せた……

 予知のスキルだが……

 まあそれは言わなくても解るだろう……」


「はい…………

 発動が遅すぎますね……」


「そうだな……

 まあ見えたと言う事は出来なくは無いんだ。

 でも予知が見えるのが攻撃が当たってからじゃああまりにも遅すぎる」


「そこも何とか修正加えないと駄目ですね……」


「あともう一点……

 あの出した星図な……

 デカすぎやしねぇか?」


「え?

 何となくスゴイ事をやろうとしてるんだから大きい方が良いんじゃないかなって……」


「気持ちは解らんでも無いがな……

 竜司、そのスキルは補助(サポート)スキルだろ?」


「はい」


「質のいい補助(サポート)ってのはいついかなる時でもその役割を果たす事が出来る物の事を言うんだ」


「確かに」


「例えば……

 敵に追われててヤバい時とか。

 どっちに行ったら解らないって時にあんなデカい星図出してたら誰でも気づくんじゃねぇか?

 まあ一般人にはスキルは見えねえからそんなに欠点にはならねぇかもしれないんだけどな」


 さすが踊七さん。

 僕のスキルを尊重した上でアドバイスしてくれている。


「ありがとうございます。

 大きさの点も少し考えてみます」


「じゃあ……

 そろそろ行くか。

 みんな待たせて悪かったな」


「ねえねえ竜司、今何してたの?

 キラキラしたもの出したり、殴られたり」


 キョトン顔の暮葉。


 やめて。

 それ以上は仰らないで。

 物凄く恥ずかしいから。


「まあ…………

 おいおい説明するよ……

 ハァ……」


 初めから上手く行くとは思って無かったけど全く使えないスキルだったなと若干凹む。


「何でションボリしてるの?

 ヘンな竜司」


「よしお前ら。

 まず神奈川区までナナオの亜空間で行く。

 そこから鶴見区に入り、真っすぐ横浜本部を目指す」


「わかりました」


 僕らはナナオの亜空間に入る。

 すぐに出口到達。


 出るとそこはしんと静まり返った街だった。


 物音一つしない。

 明かりが灯っている所も無い。

 まるで町全体が眠っている。

 そんな印象。


 着くなり踊七さんはナナオを連れてビルの物陰に入る。

 もう行動を起こしてるんだ。


 早い。

 僕は暮葉を連れてガレアの背中へ。


「ガレア、お願い。

 高度はこのビルの屋上辺りで良いから」


【おう】


 バサァッ


 大きく翼をはためかせる。


 グググッ


 強い力が僕のお尻を底上げる。

 味わい慣れた感覚。


 バサァッ

 バサァッ


 ガレアが羽ばたき、空へ舞い上がる。

 視界が急激に下がる。


 目端に屋上にいた踊七さんとナナオが見える。

 もう飛び上がっていたのか。


「ガレア、ストップ。

 高度はここで良い」


【ホイヨ】


 僕らを確認した踊七さんは東へ動き出す。

 その動きは速く、まるで疾風の様だ。

 その動きについて行っているナナオも凄い。


 おっと、こうしちゃいられない。

 僕らも向かわないと。


「ガレア、踊七さんを追いかけて」


【わかった】


 続いてガレアも動き出す。

 こういう時使役している竜が翼竜だと楽だよな。


 ビルと言うビルを飛び越えて真っすぐ東へ向かう踊七さん。

 三十分程移動しただろうか。

 やがて踊七さんから指を下に差し向けたハンドシグナル。


 着いたのか。

 そのままビルとビルの間に滑り込んだ踊七さんとナナオ。


 僕らも降りないと。

 大通りだとバレるかも知れないので裏手が良いだろう。


「ガレア、着いたよ。

 このビルの右側に着陸して」


【おう】


 ガレアはゆっくりと高度を下げる。

 ぐんぐん近づく地面。


 バサァッ


 ドスッ


 最後の一羽ばたきをしてガレア無事着陸。

 僕らは背中から降りる。


「えっと……

 踊七さんは確か……

 このビルの路地に…………

 居た。

 行こうガレア、暮葉」


「うん」


【おう】


「踊七さんお待たせしました」


「おう来たか竜司。

 見てみな……

 あれが竜排会横浜本部だ」


 顎をしゃくり、指示をする踊七さんの目線の先には七~八階建ての大きなビルが建っていた。

 その周りには広めの公園が取り囲んでいる。

 そして一階正面には


 竜排会 横浜本部


 と彫られた立派なプレートが掲げられていた。

 こんなビルを所有しているなんてもはや普通のNGO団体じゃない。


「じゃあ……

 始めるぞ……」


「ちょ……

 ちょっと待って下さいっっ!

 踊七さんっっ!

 約束忘れたんですかっっ!?」


「約束……

 あぁそうだったな……

 少し頭に血が昇って忘れてたぜ……

 全く笑い事っちゃねぇ……」


「じゃあ行きます……

 全方位(オールレンジ)っっ」


 僕から緑の半円状のワイヤーフレーム展開。

 すっぽり横浜本部ビルを覆う。


「少し待って下さい…………

 えっと…………

 ビルの中には人は居ません………………

 あれ…………?

 地下もある…………

 四階まで……

 地下には数名人が居ます……

 一般人の様です……」


「こんな深夜に何やってんだ……

 残業か……?

 まあ良い……

 とりあえず地上の階には人は居ねぇんだな……」


「はい」


 ブン……


 僕の返事を聞いた途端、左手で正円を描く踊七さん。

 太極図だ。


 パンッッッ!


 両手を勢いよく合わせる。


五行魔法(ウーシン)……

 太極が陰陽に分離し、陰の中で極冷部分が北に移動して、水行を生じ……

 次いで陽の中で特に熱い部分が南へ移動して火行を生じた…………

 第二顕現……

 加具土命(カグヅチノミコト)……」


 ゴオオオオオオッッッッッ!


 現れた超巨大な炎の竜巻。

 瞬時にビルを丸々呑み込む。

 メラメラと激しい炎を立て、燃え盛る。


 これは大火災だ。

 離れているにもかかわらず肌にじんわり伝わって来る熱さ。

 闇に包まれていた町を大火災の明かりが照らす。


 パチパチ


 炎が爆ぜる音と建築材の焼ける匂いが鼻腔に滑り込んでくる。

 巨大な炎の竜巻は益々勢いを増し、横浜本部ビルを燃やし続ける。

 まるで全てを灰燼に帰すまで治まらないかの様だ。


 凄い。

 まさかこれ程の威力があろうとは。


 この凄まじさを見て解る。

 多分踊七さんが僕に放った加具土命(カグヅチノミコト)は手加減してくれていたんだろう。


「妙だな……」


 ポツリと呟く踊七さん。


「どうしたんですか?

 踊七さん」


 僕の問いかけに答えず、ビルの路地から大通りへ出る踊七さん。

 続いて僕らも後を追う。


「どうしたんですって。

 踊七さん」


 僕はもう一度聞き直す。


「いや……

 これだけ激しい音と光を出しているのに人っ子一人集まって来やしねえ……」


 そういえばそうだ。

 激しい音を立て、燃えているのは本部ビルだけで、周りは静寂のまま。

 明かりが点く様子も無い。


 あれ……?

 これって……

 もしかして……


 バンッ

 バババンッ


 ストロボを焚く様な音と眩しい光が幾層にもなって僕らを包んだ。


(オヤァ……?

 襲撃が来ると警戒していたら……

 貴方じゃないですかぁ……

 (そよぎ)さん……)


 どこかで聞いた事がある声。

 声がする方を見るも逆光でよく見えない。


「こんな陰険な罠を張るなんて…………

 アンタぐらいしかいねぇわな……」


 この眩しさは踊七さんも同じはずなのに誰か解っている様だ。



暫目斑矢(ざんめまだらや)……」


 ###


「はい今日はここまで」


「パパ…………

 ププププ……

 パパ…………

 黄道大天宮図(ホロスコープ)ッッ……

 プププ」


 何か(たつ)がウケてる。

 ご丁寧に僕の物真似なんかしちゃってさ。

 確かに大袈裟だとは思うよ()()()占星装術(アストロギア)は。


 でも……

 そんなに笑わなくても良いじゃないか。


「そんなに笑わなくても良いじゃないか(たつ)……

 そんなに笑われたらパパ……

 少しションボリしちゃうよ……」


「あぁっ!?

 ゴメンゴメンッッ!

 パパッ!

 ウソだよウソウソッッ!」


 そう言いつつ顔は嘲笑の顔。

 見てろ。

 占星装術(アストロギア)はこれから物凄くなるんだから。


「シュン…………

 じゃあおやすみ……」

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