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ドラゴンフライ  作者: マサラ
最終章 第一幕 横浜 ドラゴンエラー編
140/284

第百三十九話 Atonement for whom

「やあ、こんばんは」


「あ、パパうす」


「さぁ今日も始めていくよ……」


 ###


「ドラゴンエラーにはな……………………

 眠夢(ねむ)の……………………

 両親が居た………………」


 怒りに溢れた眼で僕を見下ろす踊七(ようしち)さん。



 ドッドッドッドッ



 え…………?

 今何て…………?



 ドッドッドッドッ


 心臓が高鳴る。

 気持ち悪い。


 両親?

 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。


 誰の?

 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。


 ドッドッドッドッ


 心臓が高鳴る。

 眠夢(ねむ)さんの笑顔がフラッシュバック。


 居た?

 気持ち悪い気持ち悪い。


 どこに?

 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。


 僕が引き起こした。

 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。

 ドラゴンエラーの中に!!!?



 気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い気持ち悪い。



「ウゲェェェェエッッ!!」


 ボタボタァッ


 胃液が急逆流。

 口から大量の吐瀉物が流れ出る。


 僕は吐いた。

 僕は僕は。


「すまねぇな……

 竜司…………」


 四つん這いになりながら依然として吐き続けている僕の上から踊七(ようしち)さんの声がかかる。

 口から体液を垂らしながらゆっくり顔を見上げると……


「生順破棄……

 第三顕現……

 級長津彦命(シナツヒコノミコト)……」


 既に左手で太極図を描き、割り箸を持った右手をクロスさせている踊七(ようしち)さんが居た。


 ビュオオオオオオッッッ!


 踊七(ようしち)さんから猛風が巻き起こる。

 四つん這いの僕は吹き飛ばされる。


 ドシャァァァ


 地面に倒れ込む僕。

 この猛風でのダメージはさほどある訳では無い。

 が、僕の中で眠夢(ねむ)さんの両親を殺してしまったショックの方が大きく、立ち上がる事が出来なかった。


「竜司…………

 知り合って間もねぇけどよ……

 お前は笑い事っちゃねぇぐらい良い奴だ…………

 でもな……

 俺は……

 お前を許す事が出来ん…………

 眠夢(ねむ)がな…………

 泣いてたんだよ…………

 死亡者リストを見ながらな…………

 付き合い長いがアイツが泣いた所なんて初めてだったよ…………」


 ポツ…………

 ポツ………………


 天から水滴。


 ザァァァッァァァァ


 雨が降り出して来た。

 ゆっくり顔を上げると踊七(ようしち)さんの顔が大きな悲哀の表情に変わっていた。

 雨に濡れてよく解らないが………………



 おそらく泣いている。



 ググッ


 ようやく身体を起こす。

 四つん這いの形。

 踊七(ようしち)さんの前で跪く形。


 しばらく無言。

 だが、今の踊七(ようしち)さんは追撃の手を緩めなかった。


 スッ


 ポケットから取り出したのは金属棒。


 ポウ


 左手の指が太極図を描く。


「生順破棄……

 第四顕現……

 賀茂別雷命カモノワキイカズチノミコト


 バリィィッッ!


 大きな放電音。

 雨水を伝わり高圧電流が通電。


「グァァァァァァッッッ!」


 ビクゥッ!


 身体が痙攣(けいれん)

 痛覚と共に身体の隅々まで電流が伝わる。

 叫び声を上げる僕。


 ドシャ


 力無く仰向けで倒れる。


「立て…………

 竜司…………」


 この踊七(ようしち)さんの声に応じる事が出来なかった。


 立って何になる。

 僕はやはり生きていてはいけない人間だったんだ。


 僕が立ちあがるとそれだけで周りに不幸を撒き散らす。

 まさに貧乏神か疫病神。

 そういった類の物。


 僕は死んだほうが良いんだ。

 今僕が死ぬ事で踊七(ようしち)さんの怒りが少しでも静まるならそれでも良いかも。


 僕は極大に膨れ上がった罪悪感と後悔と自責の念に圧し潰され、生きる事を諦めかけていた。

 ガレアと暮葉の存在も忘れて。



「……………………殺して下さい………………」



 ザァァァァァァァァァ……


 降りしきる雨の中、長い沈黙の末出た言葉がこれだ。

 それを聞いた踊七(ようしち)さんの反応は意外なものだった。

 怒りの表情を浮かべ、早足で僕の元へ。


 グイッッ


 僕の胸座を強く掴み、強制的に僕を起こす。


「オイ……

 笑い事っちゃねぇぐらいナメた事言ってんじゃねぇぞ……

 竜司ィィッッ!

 ここでお前が死んだら暮葉さんはどうなるっっ!!?

 結局不幸を撒き散らさない為に死んでも不幸になる奴は出んだよぉっっ!」


 僕に怒っている。

 いや…………

 これは殺せと言った僕に対して”叱っている”のだ。


「………………じゃあ僕はどうしたら良いんですか…………」


 だが、その頃の僕は踊七(ようしち)さんの真意は解らなかった。


 僕の眼からは涙が溢れ、顔はくしゃくしゃに歪んでいた。

 そんな僕を見て踊七(ようしち)さんはこう言った。


「生きろォッッ!

 生きて生きて生き抜けェッッ!

 それがお前が死なせてしまった何十万人の人への手向けになるゥゥッッ!

 お前を殺そうと向かって来る俺も打ち倒してェッ!

 お前は生きないと駄目だァッ!

 このまま無抵抗で死んで楽になろうなんて俺が許さねぇッッ!」



 ハッ



 生きていて竜司……

 貴方が死んだら……

 哀しいわ……


 ここでようやく泣いて僕に生きていて欲しいと言った暮葉の顔を思い出す。


 僕は何を考えていたんだろう。

 死ぬ?

 暮葉を置いて?


 違うそうじゃない。

 もうドラゴンエラーは起こってしまった。


 過去は変えられない。

 今の僕に出来る事は生きて、被害者の怒りを受け続ける事では無いのか。


「……………………わかりました…………」


 目が覚めた。

 ずっと悩んでいたドラゴンエラーの贖罪に関して一歩進んだ気がした。



 ガッ



 僕は右手で胸座を掴んていた踊七(ようしち)さんの手首を握る。


「ん……?」


「…………………………発動(アクティベート)……」


 ドルルンッッ!

 ドルルルルンッッッ!


 体内に響くエンジン音。

 思い切り右手に力を入れる。


 ボキィィィッッ!


 鈍い音。

 踊七(ようしち)さんの右手首を魔力注入(インジェクト)全開でへし折ったのだ。


「グアァァァァァッッ!」


 バッ


 余りの痛みに大きな叫び声を上げ、たまらず間合いを広げる踊七(ようしち)さん。


「イ…………

 魔力注入(インジェクト)……」


 踊七(ようしち)さんが呟く。

 おそらく回復の為だろう。


「ふう…………

 笑い事っちゃねぇ……

 やるじゃねぇか……」


 僕が折ってやった右手首をプラプラ振る。

 完全回復。


「………………ありがとうございます………………

 行くぞぉぉォッッ!

 ガレアァァァッッッ!」


【ん?

 何だ?

 見てたけどやっぱ闘んのか?】


 僕は踊七(ようしち)さんと向かい合う。


 両眼からは涙を流し身体中からなけなしの敵意を集め、それを使って表情を作っていた。

 力いっぱい歯を食いしばり。

 眉をつり上げて。


「何で礼なんか言ってんだ…………

 それと何て顔してんだ……

 ナナオ…………

 お前はいつも通り手ェ出すなよ……

 お前が出張ると日本が笑い事っちゃねぇ事になる……」


【ヌウ……

 踊七(ようしち)よ……

 それは構わんが…………

 二対一と(いささか)か不利になるのでは無いか……?】


「へっ俺が負けるわきゃねえだろ。

 笑い事っちゃねぇ。

 良いハンデだよ」


【フフ……

 まあな……

 では存分に闘って来るが良い……】


「おうよ」


 ナナオとの会話が終わり、僕と向かい合う。


 さあどうする。

 闘ると決まれば負ける訳にはいかない。


 ボルケの時と同じく、ナナオは手を出さない。

 となると集中すべきは踊七(ようしち)さんのみ。


 古今魔法使い(マジック・キャスター)は遠距離特化。

 間合いを詰められると弱いものだ。


 タッッ!


 勢いよくガレアの鱗に手を付く。


 ドッッッッックンッッッ!


 大型魔力補給。


 保持(レテンション)ッッ!


 ガガガガガシュガシュガシュガシュ


 集中(フォーカス)ッッ!


 両脚と右拳に魔力集中。


「行きまァァッッすッッッッ!」


 ガァァンッッ!


 僕は大地を強く蹴り、前に飛び出す。


 ギュンッッ!


 僕は超速で踊七(ようしち)さんとの間合いを詰める。

 瞬く間にに目と鼻の先。


 発動アクティベートッッ!


 ドルルンッッ!

 ドルンッ!

 ドルルルルンッッッ!


「デヤァァァァァッッッ!」


 ゴッッ!


 素早く身を屈め、脇を閉める。

 炎の様な右フックを踊七(ようしち)さんの左脇腹目掛け、放つ。

 踊七(ようしち)さんは特に防御態勢を取らない。


 ドッゴォォォォンッッッ!


 右フック炸裂。

 が、手応えがおかしい。

 まるで分厚く硬いゴムの塊を殴った様な。


「なっっ…………!?」


 見上げると踊七(ようしち)さんと目が合う。

 僕を見下ろしていた。

 右拳を握って。


 シュッッ!


 カツンッッ!


 踊七(ようしち)さんの打ち下ろしストレートが的確に僕の顎を捉えた。

 僕の顔が横に揺れる。

 あ、駄目だ。

 脳みそが頭の中で暴れているのが解る……………………



 僕は気絶した。



 五分後



「う…………

 ん……」


 僕は目覚める。


 ガバッ


 素早く起き上がる。

 無事だ。


 身体に傷は…………

 無い……


「目覚めたか…………

 五分てとこか……

 竜司……

 お前気絶馴れでもしてんのか…………

 どんな笑い事っちゃねぇ旅して来てんだ……」


「くっ」


 バッ


 僕は間合いを広げる。


「竜司……

 なかなかの一撃だ……

 配分は脚四、拳六って所だな……」


 呼炎灼(こえんしゃく)と対峙した時に使った大魔力注入(ビッグインジェクト)の一撃だぞ。

 勿論三則も使っている。


「あの一撃で…………

 無傷…………?」


「あぁ……

 安心しな竜司……

 無傷って訳でもねぇよ……

 軽い打ち身ぐらいはあった……

 お前は解り易いな……

 今あれだけの一撃を放ったのに何でこの人はダメージが無いんだろうとか思ってるだろ……?」


 ザァァァァァァァァァ…………


「…………はい……」


 雨音が響く中、僕は素直に肯定。


「素直な奴だ…………

 竜司…………

 お前はスタンダードな力型(パワータイプ)魔力注入(インジェクト)だな……」


 知らない言葉が出て来た。


「そうなんですか……?

 僕にはよく解りませんが……」


「何だ……

 そんな事も知らねぇのか……

 ある程度習熟した魔力注入(インジェクト)使いってのはな大体どう言った部分に特化するかって型分けされんだよ……

 お前の様な力型(パワータイプ)速さ型(スピードタイプ)防御型(ガードタイプ)とかな……

 自然とそうなる奴も居れば、俺みたいに任意でなる奴もいる……

 この事を知らねぇって事は竜司……

 お前は前者だな……」


 全然知らなかった。

 お爺ちゃん、そんな事は教えてくれなかったし。


 まあ無理も無いか。

 お爺ちゃんから教わったのは三十分にも満たない講義だけなんだから。


「それで俺が選択したのは貫通型ペネトレーション・タイプ……

 いわゆる貫通型だ……」


「か……

 貫通型…………?」


 ゴクリ


 僕は生唾を飲み込む。


「フフ……

 そんなあからさまに驚いた顔をするな……

 笑い事っちゃねぇぐらい素直な奴だな……

 ここで俺がどうやってお前の一撃を凌いだか教えてやる……

 簡単だ……

 防御にほぼ魔力を全振りしてんだよ……

 拳に込めた魔力は全容量の0.5にも満たねぇんじゃ無いのか?」


 え?

 さっきの右ストレートは反応しきれない程の速さだったぞ。

 そして僕も多少なりと魔力は防御に回していたはずなのに。


「解せないって(ツラ)だな…………

 俺の放った一撃な……

 正面から見たらそんなに速くねぇぞ……

 多分竜司の習熟なら難なく対処出来るだろう……

 が、俺の一撃は死角からだ。

 喰らう瞬間、こっちを向いて認識はしたがな……

 そんな事してたら間に合わねぇよ……

 そして俺の型は貫通型ペネトレーション・タイプ……

 少しでも魔力を込めりゃあ、防御を突き抜けて確実にダメージを与える……」


 なるほど。

 色々と納得した。


 何で踊七さん(この人)は色々手の内を教えてくれるんだろう?

 バレても負けないという自信からだろうか。

 ナメてるのか?



 !!!?



 僕は握った拳を降ろしかけた。

 その理由は受動技能(パッシブスキル)で覗いた踊七(ようしち)さんの感情のモヤにあった。


 天を衝く程、大量に赤く立ち昇ってはいる。

 その赤はまるで綺麗な火の様に。

 純粋な炎の様に立ち昇っていた。


 …………いたんだが、その一部分。

 割合で言うと三割程。

 黄色や桃色など別暖色のモヤがある。


 これが意味する事は何か。

 と、同時に先のナメていると思った自分の考えを恥じた。

 その別暖色が意味するものは。



 おそらく愛情の類。



 ナメている訳では無い。

 おそらく踊七(ようしち)さんは僕に教えてくれているんだ。


 僕を強くする為に。

 自分が教えれる戦い方を教授してくれているのだ。


 ブンブン


 僕は頭を振って、改めて拳を構える。

 この戦いはここで終わっちゃいけない。

 ここで終わってしまったら三割程度の愛情のモヤは怒りのモヤに呑み込まれるだけだ。


 この闘いはどちらかが敗北するまで続けなければならない。

 身体の中から義侠心にも似た感情と闘志が膨れ上がる。


「へっ…………

 いい顔になったじゃねぇか……」


 ショートレンジは駄目だ。

 ダメージが入らない。


 こうなったら遠距離だ。

 相手の土俵に上がる事になるけど僕も戦闘スタイルは遠距離なんだ。

 闘えない事は無い。


 それに向こうは踊七(ようしち)さんのみ。

 こっちはガレアと僕だ。

 充分勝てる目はある。


発動(アクティベート)ォォォッッ!」


 両脚に魔力集中し、魔力注入(インジェクト)発動。


 ドンッ


 一気に間合いを開け、一瞬でガレアの元に戻る。


 バッ


 素早くガレアに飛び乗る。


「飛べぇぇぇッッ!

 ガレアァァァァァッッ!」


【おうよっっ!】


 バサァッ


 即座に大翼を広げ、はためかせる。


 グァァッッ!


 下から僕を強い力が押し上げる。

 僕とガレアは雨粒の突き抜け、大空へ。


「へっ……

 俺が飛べねぇのを知ってて上空からか…………

 笑い事っちゃねぇぐらい本気だな……」


 ガレアは大きく旋回。


「よし……

 それでいい……

 ガレア……

 あと二、三周回ったら……

 仕掛けるぞッッ!

 準備しておけッッ!」


【わかった】


 ガレアは大きく旋回。

 僕は旋回していると見せかけて突然攻撃してやろうと考えていた。

 まるで椅子取りゲームの様に。


 こんな手立てが通用するとは思えないが、真正面から行くよりかはマシだろう。

 僕はゆっくり右手で指差す形を作る。

 射撃準備だ。


 眼下で踊七(ようしち)さんはゆっくり体勢を変え、僕を視野に入れている。

 ここで一計を案ずる。


「ガレア……

 少しスピードアップだ……

 それで踊七(ようしち)さんの背後に回り込め……

 回り込んだら即僕が指差す方向に魔力閃光(アステショット)だ」


【おう】


 ギュンッ


「うわっ」


 ガレア急加速。

 少しって言ったのに。

 僕は堪らず左手でガレアの首を掴む。

 瞬時に踊七(ようしち)さんの背後に回る。


 見えたっ!

 踊七(ようしち)さんの後頭部っ!


「ガレアァァァァァッッッ!

 シュゥゥゥゥゥゥゥトォォォォォォォッッッッッ!」


 力を込めて叫んだ。


 カッッッ


 ガレアの口が眩い白色光に煌めく。


 キュンッッ!


 魔力閃光(アステショット)が超速射出。


相克(コンフリクト)


 踊七(ようしち)さんが何かを呟いた。

 口が動いただけしか解らない。

 左手で正円を描く。

 って言うか、既にこっちを向いているじゃないか!


 だか、この魔力閃光(アステショット)の速度。

 回避行動は間に合わない。


 バシュゥゥゥゥゥゥッッッ!


 モロに当たった。

 これでは流石の踊七(ようしち)さんも………………



 あれ?



 おかしい。

 当たった時の反応が何処かで見た事がある。


 そうだ。

 魔力壁(シールド)だ。

 魔力壁(シールド)で弾かれた時の反応に似ている。

 辺りに散った魔力片が四散している。


 くそっ

 踊七(ようしち)さんも魔力壁(シールド)が張れるのか。


 多分この魔力閃光(アステショット)は効いていない。

 だが、まだ射出は続いている。

 目暗ましにはにはなるだろう。


「ガレアァァァッッッ!!!

 跳ぶぞォォォォォッッ!!

 発動(アクティベート)ォォォォッッ!!」


 ドルンッ!

 ドルルンッッ!

 ドルルルルンッッッ!


 体内でエンジン音。


 ダァァァンッッッ!


 僕はガレアの背を強く蹴る。

 高く跳躍。

 ここで何故か名古屋での(あかざ)さんの言葉が頭を過る。


 次に使う時は魔力移動(シフト)について考えてみな。


 跳躍時、体内魔力は大まかに分けて片足ずつ五。

 跳躍した後、体内魔力をコントロール。

 右足に全ての魔力を集中(フォーカス)


 右足を踊七(ようしち)さんに向け、真っすぐ落下。

 さっき防がれたのは、拳への魔力の振り分けが足りなかったと考えたんだ。


 ゴォォッッ!


 グングン上がる落下速度。


 ボッッ!


 右足が大気摩擦で発火。

 まさに炎の蹴り。


 ガレアの魔力閃光(アステショット)が止んだ。

 視界がクリアーに。


 中から出てきたのは案の定ピンピンしている踊七(ようしち)さん。


「ん…………?

 …………っと…………

 これは笑い事っちゃねぇな……」


 ダッ


 咄嗟にその場から離れる踊七(ようしち)さん。

 回避行動。


 ドコォォォォォォォォォンッッッッッ!!!


 僕の蹴りが地面に着弾。

 大きな衝撃音が響く。

 地面が抉れ、小さなクレーターが出来る。


「くそっ

 躱されたッッ!」


 改めて踊七(ようしち)さんと対峙。


「おーすげぇすげぇ……

 こりゃ笑い事っちゃねぇな……」


踊七(ようしち)さん…………

 貴方魔力壁(シールド)が張れるんですか……?」


 僕は竜河岸単体で魔力壁(シールド)を張れる人物を何人か知っていた。


「ん?

 あぁ違う違う。

 さっきの閃光を防いだのは魔力壁(シールド)じゃねぇ。

 魔力壁(シールド)なんて笑い事っちゃねぇぐらい燃費の悪いモン使えねぇよ」


 父さんと同じ事を言っている。


魔力壁(シールド)ったって許容を超える魔力をぶつけたら割れるしな……

 俺の防御はまた別アプローチだ」


「別アプローチ……?」


「これも五行魔法(ウーシン)の一種だ。

 相克(コンフリクト)っつってな。

 閃光系は大体火行か木行。

 要するに陽だ。

 なら水剋火か金剋木で防げる……

 相克(コンフリクト)で魔力作用をキャンセルしたんだよ」


 ゴクリ


 僕は生唾を飲み込む。

 魔力作用をキャンセル?

 要は“破壊する”と言う魔力の作用を打ち消したって事か?


 違う。


 魔力壁(シールド)の様な硬い壁で防ぐという考え方と根本的に違う。


「ついでに言うとな俺の掠奪速読(スキミング)はスキルの行種を見切る為に編み出したスキルなんだよ」


 なるほど。


 相克(コンフリクト)


 これ想像以上にヤバいスキルだ。

 行種を見切られたら、そのスキルは完全に踊七(ようしち)さんに通用しないという事になる。


 何か。

 何か無いか。


 思い出せ。

 踊七(ようしち)さんの行動を。

 僕と戦っている時、どう言う動きをしていた?


 まず防御から。

 まず相克(コンフリクト)を発動する時、左手で正円を描いていた。


 これは太極図を描く為だ。

 五行魔法(ウーシン)は何をやるにしてもこの太極図が起点になる様だ。


 だが、最初に見た時の様な呪文の様な言葉は発してなかった。

 そもそもそんな時間は無い。


 となるとおそらく生成順序を破棄したのだろう。

 でも、手には何も持たれていなかった。

 となると使った憑代(よりしろ)は何処に?


 それとも相克(コンフリクト)の場合は憑代(よりしろ)を持たなくても可能なのか?

 少し考える。


 ハッ


 僕は素早く見上げる。

 憑代(よりしろ)はおそらくこれだ。



 雨。

 厳密には雨水。



 これを憑代(よりしろ)にしたんだ。

 なら確認しないといけない事が一点ある。


踊七(ようしち)さん……

 僕の魔力閃光(アステショット)は火行ですか……?」


「ん?

 アステ……

 あぁ……

 さっきの撃って来た閃光の事か……

 へっ……

 笑い事っちゃねぇぐらい察しが良いじゃねぇか竜司……

 そうだ……

 おそらくさっきの攻撃は火行……

 だから水剋火でキャンセル出来たんだろうな……

 どうしてわかった……?」


「おそらく五行魔法(ウーシン)と言うスキルは発動に生成順序が重要になって来ると思うんです…………

 ただ一点だけ例外がある……

 それが憑代(よりしろ)を使った生順破棄……

 おそらくあの魔力閃光(アステショット)の速度から言って順序を一から踏んでいる時間は無かった…………

 となると生順破棄となりますが……

 あの時、踊七(ようしち)さんは憑代(よりしろ)らしきものを持ってなかった……

 なら何を憑代(よりしろ)にしたかと言う事ですが…………

 それはこの雨です……

 この雨水を憑代(よりしろ)相克(コンフリクト)を使った……

 どうでしょう?」


「へっ…………

 笑い事っちゃねぇぐらい御名答といった所だな……

 竜司……

 お前なかなか頭が良いじゃねえか……」


「…………もし魔力閃光(アステショット)が木行だったらどうするんですか……?」


「そんときゃ喰らって俺が吹き飛ぶだけだな」


 踊七(ようしち)さん、あっけらかん。


「そ……

 そんな危険な事を……」


「あ?

 しょうがねえだろ?

 俺が組んだ魔法(マジック・メソッド)がそう言うものなんだから……

 って言うか殺し合っている相手になに気、使ってんだ……

 笑い事っちゃねぇやつだな……」


 そうだった。

 踊七(ようしち)さんと普通にコミュニケーションが取れていたので一瞬忘れていた。


 踊七さん(この人)は僕を殺そうとしている。

 そして僕はそれに抗っている。

 今一度現状を確認し、気を引き締め直した。


 ポウ


 踊七(ようしち)さんの左指が灯る。

 正円を描く。

 仕掛けて来る。


 憑代(よりしろ)は……

 持ってる。


 あれは短い金属棒。

 僕は身構える。


「生順破棄……

 第四顕現……

 伊斯許理度売命(イシコリドメノミコト)


 パンッ


 勢いよく両手を胸前で合わせる踊七(ようしち)さん。


 バチィッ


 青白い火花が飛び散る。

 重苦しく合わせた両手を引き離す。

 掌から何か出て来た。

 あれは……



 剣…………?



 いや違うあれは銅矛だ。

 弥生時代とかで使っていた武器。

 瞬く間に現れた。


 ただ僕が見た事ある銅矛とかとは違い、物凄く綺麗。

 銀色に光り輝き、表面は鏡の様。


 そして何よりも大きい。

 僕が見た事ある銅矛は四十センチぐらいだった。

 だが、踊七(ようしち)さんのそれは倍以上ある。


「そ……

 それは……?」


「これは……

 日矛鏡(ヒボコノカガミ)っつってな……

 ナナオの魔力と俺の五行魔法(ウーシン)で創り上げた魔矛だ…………

 卑怯だなんて言わねえよな竜司…………

 これは殺し合いだ……

 どちらかが死ぬまで続く……」


 ビュンッッ!


 一足飛びに踊七(ようしち)さんが間合いを詰める。


 シュンッッ!


 熱ッッッ!


 踊七(ようしち)さんが矛を振る。


 左斬上げの軌道。

 僕の右脇腹から左肩口辺りまでに伝わる一筋の熱さを瞬時に脳が検知。

 身体全体に伝播。


 ドッドッドッドッ


 心臓が高鳴る。

 踊七さん(この人)、振り切っている。

 今の苛烈な斬撃を見て良く解る。


 この人は本気だ。

 本気で僕を殺そうとしている。

 伝わった熱さから連想させる死の予感。


 ドッドッドッドッドッ


 心臓が更に高鳴る。


 嫌だ。

 僕は死ねない。

 死にたくない。


「ウッッ……

 ウワァァァァァァァァァァァァッッ!!!

 発動(アクティベート)ォォォォォォォッッッッ!!!」


 ドルルンッッ!

 ドルンッ!


 ドコォォォッッ!


「ゲホォォォォッッ!」


 死の恐怖に駆られた僕は感情のまま、魔力注入(インジェクト)発動。

 思い切り踊七(ようしち)さんの腹を蹴り上げた。


 バキベキボキバキ


 鈍い音。

 踊七(ようしち)さんのアバラが折れた音だ。


 ドシャァァァッッ!


 吹き飛ぶ踊七(ようしち)さん。

 雨でグショグショになった地面に倒れ込む。


「ガレアァァァッッッ!」


【ほいよ】


 いつの間にか降りて来ていたガレアの背中に飛び乗る。


「飛んでくれっっ!

 早くっっ!」


【ほいよ】


 バサァッ


 僕はガレアと再び空へ。


「よし、ここで止まれ……」


 言われるままにガレア、定点で停止飛行(ホバリング)

 ふう落ち着いた。


 ズキンッッッ


 落ち着いた段階で痛みが奔る。

 さっき斬られた所だ。

 痛み出して来た。


「イ……

 魔力注入(インジェクト)……」


 僕は残留魔力を回復に充てる。

 どんどん痛みが引いて行く。

 よし傷は塞がった。

 これでゆっくり考えられる。


 まず感じた違和感から消化していこう。

 まず何故さっきの僕の発動(アクティベート)踊七(ようしち)さんがダメージを負ったのか。

 さっきの話だと、体内魔力をほぼ全て防御に回している為効かないはずだ。


 上空で少し考える。

 やがて一つの仮説が産まれる。



「…………重さ……か……」



 僕の仮説。

 それは単純な話。

 あの銅矛が重たいのだ。


 つまり何が言いたいかと言うと、あの銅矛を制御して操る為にはそれなりの魔力配分がいるという事だ。

 少なくともさっき僕が気絶させられた時の魔力配分では無い筈だ。

 この仮説が正しければ、あの銅矛を持っている限りは僕の攻撃は通るという事だ。


 ゴクリ


 僕は生唾を飲み込んだ。

 あの斬撃の中に飛び込むのか。


 これは物凄く勇気がいる。

 正直怖い。


 カタカタカタカタカタ


 両膝が震えて来た。


【ケタケタケタ。

 竜司お前また震えてんのか?】


 呼炎灼(こえんしゃく)戦以来の得体の知れない恐怖心の増大。

 本当に何なんだコレ。


 カタカタカタカタカタ


 怖い。

 腕を斬り飛ばされるかも知れない。


 怖い。

 足かも。


 もしかして突きが僕の肩を貫くかもしれない。

 怖い怖い怖い怖い。


「くそっ!」


 パンパンッッ!


 カタカタカタカタカタ


 両膝を強く打つ。

 が、震えが止まらない。


 パンパンッ!


 両頬を強く叩く。

 まだ治まらない。

 今暮葉は居ない。


 やぶれかぶれにガレアの背に手を合わせ大型魔力補給。


 ドッッッックンッッッッ!


 大きく心臓が波打つ。

 治まると震えも止まっていた。

 かなり強引なやり方だけど、これでも震えは止まるんだ。


五行魔法(ウーシン)……

 太極が陰陽に分離し、陰の中で極冷部分が北に移動して、水行を生じる……

 第一顕現……

 水波能売命(ミヅハノメノミコト)


 ドゥンッッ!


 僕の鼻先を何かが超速で掠めて行った。


 ビクンッ!


 突然の事で驚き、身体が痙攣する。

 角度からして地上から。

 僕は素早く見下ろす。


 ドドドドドドゥンッッ!


 掠めていった物。


 その正体は水球。


 踊七(ようしち)さんが地上からスキルで攻撃してきたのだ。

 しかも次は連発。


「ガレアァァァァァッッ!

 避けろォォォッッ!」


【叫ばなくても判ってるよ。

 よっと……】


 ギュンッッ!


 ガレア急発進。

 今度はきちんと首を左手で持っている。

 急旋回。

 今の攻撃はすんでの所で躱せた。


「ん…………?

 昼見た時より速ええな……

 笑い事っちゃねぇ……

 ならこうだ」


 ドゥンッッ!

 ドドドドドドゥンッッ!


 バシャァッッッ!


 僕に水球直撃。


「プワッッ!」


 物凄い水圧。

 聞いた事がある。

 暴徒を鎮圧する為に放水砲と言うのがあるのを。


 グラァッ


 僕はバランスを崩し、ガレアの背から落ちる。


「ウワァァァァァッァァァッッ!」


 叫び声が響く。

 地表に向かって落下。


 クソッ


 身体を反転。

 着地まで後四秒。


 早く。

 早く両脚に集中(フォーカス)しないと。


 集中(フォーカス)ッッ!


 ドコォォォォンッッ!


 集中(フォーカス)の直後着地。

 響く着弾音。

 危なかった。

 あの高さでそのまま着地したら両脚は折れていた。


「遅い」


「え…………?」


 声がした方を振り向くと、踊七(ようしち)さんが間合いを詰めていた。

 銅矛を振り下ろす瞬間。


 これは逆袈裟の軌道。

 何で踊七(ようしち)さんがこんな所に。


 もしかして先の攻撃は僕を空から引き摺り降ろす為だけで本命はこっちだったのか。

 早く避けないと。

 後ろに下がるんだ。


 超速で思考が巡る。


 僕は斬撃を避ける為、バックステップ。


 ガンッ


 が、叶わなかった。

 僕の左足を踊七(ようしち)さんが踏みつけたのだ。


「グゥッ!」


 左つま先から全身に痛みが奔る。

 バランスを崩す僕。


 しまった。

 このままでは倒れてしまう。


「うわわわわッッ!」


 ドシャァァ……


 僕は情けない声を上げ、仰向けに倒れる。


 くそっ


 僕はすぐ起き上がろうとする。

 が、それも叶わなかった。


 チャッ


 僕の動きが止まる。

 鼻先に銅矛の切っ先を突き付けられたから。


「終わりだ…………

 竜司…………

 じゃあ…………

 眠夢(ねむ)の両親の仇…………

 討たせて貰う…………

 悪く思うな…………」


 踊七(ようしち)さんが銅矛を振りかぶる。



 ドッドッドッドッ



 心臓が高鳴る。


 僕を見下ろす踊七(ようしち)さんの眼。


 殺意が感じられる目。

 この人は本気だ。

 本気で僕を殺す気だ。



 嫌だ嫌だ。

 死にたくない。

 駄目だ。


 僕はこんな所で死ねない。

 暮葉。

 死ぬのか。


 痛いんだろうなあ。

 駄目だ。


 死んだら駄目だ。

 ここから逆転の方法を考えるんだ。

 暮葉。



 ドッドッドッドッドッドッドッ



 心臓が更に高鳴る。



 嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ嫌だ。

 暮葉。


 死にたくない死にたくない死にたくない死にたくない。

 暮葉。


 駄目だ駄目だ駄目だ駄目だ。

 暮葉。


 死ねない。

 暮葉。

 死ねない。

 暮葉。

 死ねない。

 暮葉。

 死ねない。

 暮葉。

 死ねない。

 暮葉。

 死ねない。

 暮葉。

 死ねない。

 暮葉。

 死ねない。

 暮葉。

 死ねない。

 暮葉。

 死ねない。

 暮葉。

 死ねない。

 暮葉。



 プツン



 超速で死への恐怖と暮葉への想いが混濁し、錯綜する中。

 何かが切れた。



「ウワァァァァァァァァァァァァッッァァァァァッァァァァァッッッッッッ!!!」



 ガバァッ!


 僕は絶叫を上げ、身体を急激に起こし踊七(ようしち)さんに組み付こうとした。


「むっ!?」


 ビュンッッ


 踊七(ようしち)さんが銅矛を振り下ろす。


 ザクゥッッ!


 銅矛の刃が僕の左肩口に深く食い込む。

 左肩口から瞬時に全身へ激痛が奔る。


 だが、アドレナリンが大量分泌している僕は止まらない。

 そのまま体重を前にかける。


「ウワァァッッ!?」


 バシャァッッ!


 雨で(ぬか)るんでいたせいか、バランスを崩し倒れる。


 ここだ。

 ここしかない。

 ここで踊七(ようしち)さんを倒さないと僕に勝ち目はない。


 ガバッッ


「フーーーッッ!

 フーーーッッ!」


 倒れた踊七(ようしち)の身体に組み付く。

 マウントポジションを取る為だ。


「クッ……

 クソッ……」


 踊七(ようしち)さんが焦っている。

 おそらく先の一撃で終わると思っていたんだろう。


 揉みくちゃになる二人。

 全身泥だらけ。


「フーーーッ!

 フーーーッ!」


 バシャ

 バシャッッ


 僕の荒々しい息遣いと激しい身体の動きから発する泥の撥ねる音しか響かなくなる。


「ク……

 クソッ……

 笑い事っちゃねぇぞッッ……」


 雨が降る中、僕が組み付いて揉みくちゃになる事十分弱。

 ついに僕は辿り着いた。


 踊七(ようしち)さんのマウントポジション。

 勝利への扉。

 その前に。


 ギュウッッッ!


 右拳を硬く。

 堅く握る。


「フーーーッ!

 フーーッッ!

 発動(アクティベート)ォォォォォォォォォォォォォォッッッ!!!」


 ドルンッ!

 ドルルンッッ!

 ドルルルルンッッッ!


 体内に響くエンジン音。

 そして右拳を思い切り振り下ろした。


 ドゴォォォォォォォォォン!


 バキベキボキバキ


「ゴハァァッァァァァッァッッッ!」


 スレッジハンマー気味に叩き付けた拳が踊七(ようしち)さんの鳩尾辺りに突き刺さる。

 くの字に曲る身体。


 骨が折れる音。

 吐血と共に響く苦悶の絶叫。


 だが僕の追撃は止まらない。


発動(アクティベート)ォォォォォォォォォォォォォッッッ!」


 ドルンッ!

 ドルルンッッ!

 ドルルルルンッッッ!


 ドゴォォォォォォォォォンッッッ!


 再び振り下ろされる拳。

 踊七(ようしち)さんの身体に突き刺さる。


「ガハァァァァァァァァァァッァァァァッッッ!!」


 ピッ

 ピッ


 噴き出した踊七(ようしち)さんの吐血が頬に付く。

 斬り付けられた影響で左腕は上がらない。

 が、そんな事は関係無い。


「フーーーッッ!

 フーーーッッッ!

 ウワァァァァァァァァァァァァァァァッッッッッッ!!」


 ガァァァンッッ!


 ゴォォォォンッッ!


 ダァァァァンッッッ!


 僕は発動(アクティベート)を使うのも忘れ、とにかく拳を振り下ろした。

 何度も何度も。


 荒ぶる感情のままに。

 何度も何度も。

 その姿はまるで血に飢えた獣染みていた。


 やがて骨が折れる音も踊七(ようしち)さんの叫び声も響かなくなった。



 ハッ



 ここで僕は我に返る。

 下には口に吐血した血糊をつけ、一言も発しなくなった踊七(ようしち)さん。


 プルプルプルプルプル


 僕の右拳が震え出す。

 その震えは伝播し、身体全体が震え出す。


 僕はまたやってしまったのか。

 殺してしまったのか。

 そう考えると更に震えが大きくなる。


 ガチガチガチガチガチ


 震えで顎が震え、上顎と下顎の歯が細かく擦れ合う。


「………………………………どしたい………………

 竜司………………

 さっさと殺れよ………………」


 小さな声。

 下から聞こえた。

 そこにはニヤリと微笑む踊七(ようしち)さん。


踊七(ようしち)さぁんっっ!!」


 ボロボロォッ


 僕は涙を流しながら声を上げる。

 良かった。

 死んでなかった。


「…………………………笑い事っちゃねぇ顔してんな……………………

 竜司…………

 この勝負はお前の勝ちだ………………

 さあ殺れよ…………

 俺を殺って生き抜け…………」



「…………………………出来ません………………」



 僕は雀の羽音の様な声で拒否。


「あ…………?」



「出来ませぇぇぇぇんッッッッ!!!

 僕は誰も殺したくは無いッッッ!!

 殺したくは無かったんだァァァァァァッッッッ!

 ウワァァァァッァァァァァァァァァァンッッッ!!」



 僕は顔を天を仰ぎ、泣きながら絶叫し拒否。

 前者は踊七(ようしち)さんに対して。

 後者はドラゴンエラーの被害者に対して。


 僕は感情を載せ、虚空に吐き出した。


「甘めぇな…………

 竜司……………………

 …………………………

 生順破棄………………

 第四顕現……………………

 賀茂別雷命カモノワキイカズチノミコト……」


 踊七(ようしち)さんが呟く。



 ピシャァァァァッァァァッァァァァンッッッッッ!



「アァァァァァァッァァァァァッァァッッッッッ!!」


 轟く雷鳴。

 辺りを包む眩い雷光。

 僕の身体に落雷。


 余りの衝撃に絶叫。

 身体中を過電流が駆け巡る感覚。

 動けない。


 大魔力注入(ビッグインジェクト)のお蔭で命は取り留めたが、一般人なら一撃で絶命している程の電量。


 ドシャァッ


 僕は身体のコントロールを失い、仰向けに倒れる。

 二人とも倒れてしまった状態。



 ザァァァァァァァァァ……



 雨が絶えず降る。

 その中で仰向けに倒れている二人。

 沈黙が続く。


 僕は残存魔力を使って魔力注入(インジェクト)による回復を図っていた。

 真っすぐ空を見上げながら。


 じわ


 涙腺が緩むのを感じる。

 涙が溢れて来た。


 結局僕は殺せなかった。

 踊七(ようしち)さんを。


 さっき敵は打ち倒して、生き抜くと決めたばかりなのに。

 結局僕は土壇場になるとこうなんだ。


 解った風。

 決めた風。

 全ての事を表装だけ捉え、イザという時になると決断出来ない臆病者。


 半端者。

 それが僕だ。


「うっ……………………

 うっ…………

 ううううぅぅ……」


 魔力注入(インジェクト)による回復でようやく両手は動く様になる。

 そんな僕が最初にした事。

 それは両掌で両眼を押さえる事だった。


 溢れる涙を押さえる為だ。

 押さえても止まる訳ないのに。


「竜司………………」


 踊七(ようしち)さんが先に起き上がり、側に寄って来る。


「うっ……

 うっ……

 うううううっ…………」


 僕は倒れたまま、両掌で両手を押さえながら泣いていた。


「竜司…………

 何故俺を殺さなかった…………

 俺はお前を殺す気だったんだぞ……」


 コク


「うっ……

 ヒック……

 うっ……

 ううううう」


 僕は頷くだけしか出来ず、まだ泣いていた。

 確かに踊七(ようしち)さんは殺意を持って僕と対峙していた。


 あの銅矛の斬撃。

 雷の威力等からも良く解る。

 でも僕は殺せなかった。


「お前はよく泣く奴だな……………………

 笑い事っちゃねぇ…………」



 ザァァァァァァァァァ……



 雨はまだまだ降り続く。

 僕が泣き止むまで降り続ける様な気がする。



「うっ……

 うっ…………

 僕だって…………

 殺したくて…………

 うっ…………

 殺した訳じゃ無いんだ…………

 たまたまっ……

 逆鱗がッ…………

 ヒック…………

 暮葉のっ…………

 お腹にあってっ…………

 僕の足がっ……

 触れてしまっただけなんだっ………………

 うっうっ……」



「竜司…………

 わかってるよ…………

 そんな事ぐらい…………

 ドラゴンエラーが事故だって事は…………」


「うっうっ………………

 うううううぅ……」


「けど俺は…………

 お前を許す事が出来なかった…………

 頭では解っていたんだ……

 ドラゴンエラーは故意に引き起こされた事象では無い…………

 けどな…………

 溢れて来る憎悪と殺意はどうしようも…………

 無かったっっ!

 ………………すまなかったな…………

 竜司…………」



「ウワァァァァッァァァァァァァァァァッッッッッッ!!!」



 ザァァァァァァァァァ……



 降りしきる雨の中。

 僕は泣いた。

 ただ泣いた。


 言葉にしづらいが、踊七(ようしち)さんの謝罪を聞いた瞬間、溢れていた涙の上から更に止めどなく涙が溢れて来たんだ。


 辛かった。

 ただ辛かった。


 そんな僕をただ見つめていた踊七(ようしち)さん。


「最初にも言っただろ…………

 おめえが良い奴だって言うのは解ってるって…………

 これでお前が何であそこまで警戒していたか…………

 墓前で二人抱き合っていたか…………

 ガク達の話を聞いてる時急にトイレ行った理由も…………

 全て合点がいった…………

 多分お前が暮葉さんを選んだってのはドラゴンエラーも関連してんじゃねえのか…………?

 オメエの若さで婚約者って笑い事っちゃねぇぐらいおかしいと思っていたが…………

 ()()ドラゴンエラーの当事者二人と言う事なら頷ける」


 コク


 依然として泣いている僕は手で眼を押さえながら頷く。


「竜司………………

 俺は眠夢ねむの両親を殺したお前をまだ許す事は出来ん………………」


 ズキンッッッ!


 僕の心を罪悪感の大棘が貫く。

 痛みが胸から全身に奔る。


「が………………

 お前…………

 眠夢(ねむ)にこの事を話す事は出来るか……?」


「え………………?」


眠夢(ねむ)にお前が起こした事を話す勇気はあるかって聞いてるんだ」


 僕の脳裏にほのぼのとした眠夢(ねむ)さんの笑顔が浮かぶ。


 あの人に?

 僕が起こしたドラゴンエラーの事を?

 話す?


 正直言えない。

 言いたくない。


「…………お前の処遇は眠夢(ねむ)に委ねる事にする…………

 眠夢(ねむ)が許さねぇと言えば即家から出て行って貰うし……

 眠夢(ねむ)が許すと言えば笑い事っちゃねぇぐらいお前に協力してやる……

 これでどうだ……?」


 この事を聞いたら眠夢(ねむ)さんはどれだけ哀しむだろう。

 もしかして逆上して襲い掛かって来るかも知れない。


 でも言わないといけない。

 さっきは殺したくて殺したんじゃないとみっともない言い訳をしていたけど、引き起こしたのは僕。


 これは曲げようのない事実。

 僕は罪を償わないといけない。


 さっきの踊七(ようしち)さんの助言で決めたんだ。

 僕は生きて罪を償い続けないといけない。




 これは被害者に対してだけの贖罪では無い。

 僕自身に対しての贖罪でもあるんだ。




「……………………わかりました…………」


 固く決意。

 自然と涙も止まっていた。


 ムクリ


 僕は起き上がる。

 足取りも重く、無言で家に向かう。

 ガレアとナナオも黙って付いて来る。


 ガチャ


「ただいま……」


「あら~~~?

 随分時間がかかったねぇ~~」


 パタパタ


 足音をさせながら眠夢(ねむ)さんがリビングから顔を出す。


「おか……

 え~~~っ?

 二人ともどうしたの~~?

 ビショビショの泥んこじゃない~~

 竜司君は服もボロボロで~~~」


「ん?

 眠夢(ねむ)さん、どうし……

 竜司っ!?」


 僕の姿を見た暮葉が血相変えて駆け寄って来る。


「暮葉…………」


「そんなびしょ濡れでどうしたのっ!?」


「うん……

 まあ……

 ちょっとね……

 眠夢(ねむ)さん……

 暮葉…………

 お話があります……」


 フワッ


 そう言う僕の頭の上に柔らかいタオルがかけられた。


「お話はお風呂の後~~

 もう湧いてるから入りなさい~~」


「え……

 でも……」


「わかってるよ~~

 何か凄い事があったんだよね多分~~

 そう言う話をする時は~~

 きちんと身なりを整えるものよ~~

 (よう)ちゃんのパジャマ、竜司君に貸してあげていい~~?」


「あぁ……

 すまねぇな……」


 踊七(ようしち)さんが家に上がろうとびしょ濡れの足を持ち上げた瞬間


「すとっぷ~~っ!

 へいゆー、じゃすともーめんと~~~っっ!」


 何かほのぼのした思い切り日本語発音の英語が飛ぶ。

 その声を聞いた踊七(ようしち)さんの足が止まる。


「な……

 何だよ……?」


「そのまま上がったら~~~

 家の中泥んこになっちゃうでしょ~~~

 ちょっと待ってて~~~~

 古新聞持って来るから~~~

 暮葉ちゃん手伝って~~~

 は~~

 忙し忙し~~」


「あ、はい」


 そう言ってパタパタと奥へ消えて行った。

 すぐに大量の古新聞を持って来る。


「新聞なんて取ってたんですか……?

 踊七(ようしち)さん……」


「馬鹿……

 何処の世界に高レベル魔力汚染されてる所に新聞配る配達員がいんだよ……

 笑い事っちゃねぇ……

 これは俺がバイト先とかから貰って来たやつだ……

 非常用の燃料としてな……」


 なるほど。


 眠夢(ねむ)さんは暮葉と一緒に手早く古新聞を並べていく。

 瞬く間に出来る古新聞ロード。


「さぁ~~~

 お待たせしましたご主人様~~

 この上をごゆるりと渡り~~

 お風呂へどうぞ~~」


 眠夢(ねむ)さんがほのぼのおどけている。

 僕らの様子を見て気を使ってくれてるんだろうけど、その態度が逆に僕の心を抉った。


 古新聞の上を渡り、風呂場へ。

 え?

 これは僕と踊七(ようしち)さん二人同時に入ると言う事だろうか。


「何してんだ竜司……

 早く脱げよ……」


「………………はい」


 が、拒否する事も出来ず、僕はボロボロになった泥だらけの服を脱いだ。

 浴場は少し広めの作りで、眠夢(ねむ)さんの言う通りもう湧いていた。


 ザバーーッ


 掛け湯を何度かした後、浴槽に浸かる踊七(ようしち)さん。

 僕は掛け湯の後、先に身体を洗う事にした。


「おい……

 竜司……

 その胸辺りの穴は何だ……?

 それに右手首の痣……

 それは火傷の痣だな……

 それも重度の……」


「ええ……

 これは旅の中で色々ありまして…………」


「…………そうか……」


 踊七(ようしち)さん、ただ一言。


「そう言えば……

 僕が旅に出た詳しい理由はお話してませんでしたね…………

 僕…………

 ドラゴンエラーのショックから二年ほど引き籠ってたんです……

 家族もそんな僕に冷たくて…………」


「家族って両親がか……?」


「いえ…………

 ウチは共働きなので…………

 普段はお爺ちゃんしか居ないんです…………

 お爺ちゃんも竜河岸で……

 劣等生を嫌う性質(タチ)でして…………

 引き籠ってた時は僕を空気の様に扱ってましたよ……」


「純粋な竜河岸一家って事か…………

 ……………………待てよ……

 (すめらぎ)……

 (すめらぎ)……

 オイ…………

 竜司……

 お前の祖父って……

 まさか……

 皇源蔵(すめらぎげんぞう)か……?」


「ええそうです……

 知ってるんですか?

 踊七(ようしち)さん?」


「これはまたビッグネームが出て来たもんだ…………

 知ってるって言うか竜河岸で知らねぇ人は居ないんじゃないか?

 日本最強の竜河岸だ…………

 黒の王を使役して重力を自在に操る…………

 全国五千人の竜河岸の頂点…………

 竜極とまで称された人物だぞ……」


 お爺ちゃんってやっぱり凄かった。

 こんな所まで名が知れ渡ってるとは。


 てか竜極って何だ?

 究極の竜?

 極限の竜?


「まあそれで…………

 僕は引き籠って毎日筋トレと特撮をずっと見てたんですよ…………

 そしたら同じ特撮好きのガレアと知り合って…………

 ガレアの勧めで…………

 要するに旅では無く家出です……」


「何だ……

 家出だったのか……

 ドラゴンエラーの墓前に参るって言うのは何処で出るんだよ」


「それは…………

 大阪で知り合った親友がくれたんです…………

 この家出を旅に変えてくれたのもその親友です……」


 そこから僕は旅の内容を(つまび)らかに話した。

 加古川から横浜に来るまでに色々な。

 本当に色々な竜河岸に出会った事。


 竜界にも出向き、マザーとも謁見した事。

 橙の王とも闘い、胸の穴はその時に出来たものと言う事。


 静岡では陸自の部隊とも戦闘し、この右手首の痣はその時に出来たものだと言うのも。


 踊七(ようしち)さんは黙って聞いていた。


「竜司…………

 妙に闘い慣れているとは思ったが…………

 笑い事っちゃねぇぐらいの修羅場経験してんだな……

 それにしてもお前…………

 赤の王の竜河岸に勝ったのか……?」


「勝った……

 って言うか……

 反則って言うか……」


「何だ……

 煮え切らねぇ回答だな……」


 僕は絶招経について踊七(ようしち)さんに話した。

 さっきの戦闘で使わなかったのは代償の得体が知れないからだと。


「…………と言う訳です……」


 それを聞いた踊七(ようしち)さんは絶句していた。


「…………竜司…………

 そろそろ変われ……

 俺が身体を洗う……」


「あ……

 はい……」


 ザブン


 踊七(ようしち)さんと変わり、僕は浴槽へ入る。

 僕は熱い湯に浸かりながらさっきの眠夢(ねむ)さんの態度について考えていた。


 そこでぽつりと一言。


踊七(ようしち)さん…………

 眠夢(ねむ)さんって…………

 良い人ですね…………」


 それを聞いた踊七(ようしち)さんは無言。


 ジャーーッッ!


 風呂桶に湯を溜める。


 ザバーーーッ!


 それを一息に頭から被る踊七(ようしち)さん。

 ニ、三度顔を振り、ザッと髪を掻き上げる。



「当たり前だ…………

 だから俺はお前を許せねぇんだよ…………」



 そう言い残し、僕らの風呂は終わった。


 脱衣所に向かうと見慣れない服と下着が置いてあった。

 多分眠夢(ねむ)さんが置いて行ってくれたんだろう。

 その衣服に身を包む。

 そしてリビングへ。


「あ~~~

 お風呂から出た~~?」


「あ、はい……

 パジャマありがとうございます……」


 ドスン


 無言で眠夢(ねむ)さんの隣に座る踊七(ようしち)さん。

 僕は暮葉の隣へ。

 ちょうど真正面に眠夢(ねむ)さんが座り、暮葉の前に踊七(ようしち)さんが座る形に。


「それで~~~?

 話ってなあに~~?」


「暮葉……

 僕……

 ()()()眠夢(ねむ)さんに話すよ……」


 僕は隣の暮葉に真剣な目を向ける。


「………………うん…………」


 少しの沈黙の後、頷く暮葉。

 解ってくれたかどうかは判らない。


「……………………あの…………

 僕が今からお話する事は僕が…………

 旅をしている理由です……」


「そうそう~~

 竜司君って旅をしてるんだよね~~

 何で~~?」


 ニコニコしながら眠夢(ねむ)さんが受け答え。


「あの……

 僕が…………

 旅をしている理由は…………

 ドラゴンエラーの墓前に参る事です…………」


 言ってしまった。

 ついに。

 眠夢(ねむ)さんに。


 怖くて顔が見れない。


 バッ


 堪らず立ち上がる。

 そしてすぐ土下座。


 床に額を擦り付け、震えながら土下座の姿勢を崩さない。

 みっともなくても構わない。

 その姿勢のまま僕は話し出す。


 ドラゴンエラーを起こしたのが自分だと言う事。

 竜の暮葉に跨った際に逆鱗に触れてしまったのが原因だと言う事を。

 この旅はドラゴンエラーの犠牲者を参る為だと。

 そして家に入るのに時間がかかった理由は踊七(ようしち)さんにこの事を告げた為だと言う事も。


 僕は話した。

 終始土下座で震え、何度も何度も謝罪しながら。

 ふと、ちらりと眼球を左に向けると、暮葉も同じポーズを取っていた。



 長い沈黙。

 永久に続くのでは無いかと思われる程の沈黙。



「竜司君…………

 顔を上げて…………」


 やがてかかる声。

 眠夢(ねむ)さんの声だ。


 ……声である事は確かなんだが……

 様子が違う……


 いつもの間延びした声じゃない…………

 僕はゆっくり顔を上げる。

 そこには目をしっかり開いて僕を見つめる眠夢(ねむ)さんが居た。


 そんな顔を見たら何も言えない。

 だけどこのままじゃあ謝っただけだ。

 どうして欲しいかも言わないと。


 命をあげる事は出来ないが、バットでボコボコにされるぐらいは覚悟していた。

 それは魔力注入(インジェクト)で防御なんてしてはいけない。

 そのバット一撃一撃が眠夢(ねむ)さんの気持ちなんだ。


 どんなに痛く、逃げ出したい程の苦しみでも僕は甘んじて受けないといけない。

 僕は勝手に妄想し、迫りくる脅威に覚悟を決めていた。


眠夢(ねむ)さん…………

 貴方の両親を…………

 こ…………

 殺してしまったのは…………

 僕です…………

 煮るなり焼くなり好きにして下さい……」


 僕はもう一度土下座。

 床に頭を擦りつける。



「わかりました…………

 竜司君…………

 ならこれからの人生は私が貰います……」


 ガバッ


「え…………?」



「竜司君……

 貴方は残された人生……

 苦しんでる竜河岸の方々と一般人との懸け橋になる様努めなさい…………

 いつか訪れる竜河岸への差別が無くなり日本の皆が仲良く暮らしていける世の中を信じて生きなさい……

 そしてむやみに自分を卑下して死のうとしたり、過去に囚われて歩みを止める事を禁じます…………

 どうですか……?

 これが守れますか……?

 これが守れるなら私は貴方を許します……」



「え……?

 そ……

 そりゃあ守りますけど…………

 そんな事で良いんですか?

 僕は貴方の両親を殺したんですよ?」


 目をパッチリ開いた眠夢(ねむ)さんが微笑む。


「竜司君…………

 話を聞くとドラゴンエラーが事故だったと言うのはよくわかるわ…………

 今まで辛かったでしょうね…………

 ホラ涙を拭いて……」


 僕はまた泣いていた。

 静かに泣いていた。

 差し出されたハンカチを受け取り、涙を拭う僕。


眠夢(ねむ)……

 本当に良いのか……?」


「いいよ~~」


 また間延びした声に戻っている眠夢(ねむ)さん。

 目も半分閉じている。


「お前の両親を殺した奴だぞ……?」


「だって~~

 竜司君イイコじゃない~~

 こんなに泣いてる顔を見たら~~

 誰だってドラゴンエラーが事故だってわかるよう~~」


「けど…………

 なぁ……」


(よう)ちゃんしつこい~~

 またアレでしょ~~?

 お外で竜司君イジめてたんでしょ~~?

 (よう)ちゃんってばホントに大人気ないんだから~~~」


「大人気ないってお前なあ……

 笑い事っちゃねぇぞ……」


 そう言うのも無理はない。

 踊七(ようしち)さんは眠夢(ねむ)さんの為に戦ってたんだから。


「ほらほら~~

 暮葉ちゃんももう良いよ~~

 頭を上げて~~

 そろそろ寝ましょう~~

 色々あって疲れたでしょう~~~」


「あ、はい……」


 僕らは余っている別室を宛がわれる事に。


 ※ここで少し眠夢(ねむ)の様子を語りたいと思います。

 この部分は竜司も知りえない部分となり、(たつ)にも話していない部分となります。


###

###


 風呂から上がり、自分の寝室に居る眠夢(ねむ)

 布団の上に座りながら俯き、何かを眺めている。

 見ていたものは……



 一枚の写真。



 そこには小学生ぐらいの眠夢(ねむ)と父親と母親が写っていた。

 三人とも満面の笑顔。

 じっとその写真を眺めていた。


「ねえ……

 パパ……

 ママ……

 これで良かったのかな……?」


 そしてポツリと独り言。

 いや……

 亡くなった母親と父親に語りかけていた。


「だって…………

 あんな竜司君の顔見ちゃったら……

 何も言えないよ…………」


 眠夢(ねむ)の独り言は続く。


「フフ……

 “努めなさい”だって…………

 前に読んだ漫画の御姫様の真似してみたんだけどどうだった……?

 私もママみたいな素敵な女性に近づけたかなあ……

 うっ……

 ううっ……」


 震え出す眠夢(ねむ)

 目からは涙が零れ出す。



「ううっ……

 うっうっうっ…………

 良かったね…………

 パパ…………

 ママ…………

 ドラゴンエラーが何で起きたか…………

 うっうっ…………

 解ったよ……

 うっ……

 あれは事故だったよ…………

 うっうっ……

 不幸な事故…………

 うっうっうっ…………

 不条理な事で殺されたんじゃ…………

 うっうっ…………

 無かったよ…………」



 ギュッ


 小さな写真を抱きしめ、(うずくま)眠夢(ねむ)


「でも…………

 うっうっ…………

 やっぱり………………

 淋しいよ………………

 うっうっうっ……

 ウワァァァァァァァァァァァァッッ

 淋しいよう淋しいよう

 ウワァァァァッァァァァンッッッ

 パパァッ

 ママァッ」


 眠夢(ねむ)の泣き声。

 響かない泣き声。


 それもそのはず。

 眠夢(ねむ)は枕に顔を押し付けて泣いていたのだ。


 自分の声を竜司に聞かせる訳にはいかないと。

 この自分の泣き声で竜司や子供達にショックや心配をかけてはいけないと。

 必死に顔を枕に押し付けていたのだ。


 この人知れずの努力を見ていた人物がいた。


眠夢(ねむ)……」


 いつのまにか部屋の入口に立っていたのは……


 梵踊七(そよぎようしち)だった。


 ゆっくり(うずくま)眠夢(ねむ)に近づく。

 そしてソッと背中に手を置く。


 ガバッ


 ようやく気付いた眠夢(ねむ)はハッと頭を起こし、振り向く。


 その顔は酷く、眼は泣き腫らして真っ赤。

 鼻は枕に押し付けた為少し潰れ、鼻腔から鼻水が垂れている。

 少し開いた口からは一筋の涎が垂れていた。


「グスッッ…………

 よ……

 (よう)ちゃん…………」


 ガバッ


 直ぐに抱きつき、踊七(ようしち)の胸の顔を埋める眠夢(ねむ)


眠夢(ねむ)……

 心配すんな…………

 俺がずっと傍にいるからよ…………」


 ギュッ


 強く眠夢(ねむ)を抱きしめる踊七(ようしち)


「うん…………

 ありがとね…………

 (よう)ちゃん……

 良かったよ……

 うっうっ……

 パパとママ……

 不条理な事で……

 うっうっうっ……

 殺されたんじゃ無かったよぉ……

 ううううううっっっ……」


 サラ……


「あぁ……

 そうだな……」


 踊七(ようしち)眠夢(ねむ)の頭を撫で、ポツリと一言。


 眠夢(ねむ)が一番危惧していた所はそこであった。

 ドラゴンエラーとは悪意のある竜河岸により、故意に引き起こされたものでは無いかと言う点。


 そう思うには理由がある。

 以前、踊七(ようしち)と他の竜河岸の(いさか)い時にナナオが力の一端を見せたのだ。

 その圧倒的な力を目の当たりにし、竜に対して恐怖を植え付けられる。


 そんな眠夢(ねむ)に訪れたドラゴンエラーと言う厄災。

 緊急特別報道により、竜が起こした仕業というのは分かるも、それ以来プッツリとマスコミは放送しなくなる。

 これは源蔵の計らいによる報道規制が原因だ。


 ドラゴンエラーが起きた翌日から毎日淡々とNHKで報道される死亡者リスト。

 帰って来ない両親。

 気が気で無い想いだっただろう。


 そんな中、流れる死亡者リストの中に自身の両親の名前があった。

 無機質な文字で淡々と。

 下から上へ流れて行く文字。


 それを見て、眠夢(ねむ)は泣き崩れた。

 側に踊七(ようしち)が居るにもかかわらず。


 それ以来ずっと気にしていた眠夢(ねむ)

 もしかしてドラゴンエラーは悪意のある竜河岸により不条理に行われた事では無いかと。


 無理もない。

 ナナオの力に恐怖を抱いている中、起きたドラゴンエラー。

 そしてその詳細に関しては不明と来ているのだから。


 人と言うのは未知の事象。

 特にそれが理解の追い付かない程の事象の場合、往々にしてネガティブな方向に考えてしまうものだ。

 眠夢(ねむ)も例外では無かったと言う事である。


 だが、実際起こした人物は少しオドついた優しい少年。

 竜司だった。

 この眠夢(ねむ)の涙は安心と言う感情もあったのかも知れない。


眠夢(ねむ)……

 お前がこの話を許すというなら……

 俺はもう何も言わない…………

 明日から竜司に協力してやろうと思う…………

 どうだ……?」


「うん…………

 わかった…………

 (よう)ちゃん……

 竜司君に優しくしてあげてね……」


「何だよそれ……

 笑い事っちゃねぇ……

 あと明日ガキ共のこれからについて相談したい事がある……

 これは竜司からの発案なんだが」


「うん…………

 わかった……」


 ゆっくり踊七(ようしち)の胸から顔を離す眠夢(ねむ)


「じゃあ……

 おやすみ……」


 踊七(ようしち)からおやすみの挨拶。


「うん……

 おやすみ………………

 (よう)ちゃん…………

 大好きだよ……」


 これを聞いた踊七(ようしち)の頬は赤くなる。


「馬鹿……」


 こう言い残し、自寝室に戻る踊七(ようしち)であった。


 ###

 ###


 次の日


 僕は目覚める。


「スウ……

 スウ……」


【ポヘー……

 ポヘー……】


 隣で暮葉が可愛い寝息。

 ガレアがあの面白いイビキを立てている。

 僕が一番早かったみたいだ。


 …………って言うか僕普通に暮葉と布団並べて寝ちゃった…………

 いや神に誓って何もしてないよ。

 ホントだよ。


 とりあえず僕は着替え、部屋の外へ。

 外は薄暗く、人が動いている気配がしない。


 まだみんな寝ているのかな?

 僕は部屋に戻り、コソッとスマホを取り出し、時間を確認。


 午前六時二十六分


 六時半か……。

 みんな寝ている訳だ。


 僕は起こさない様にそろりと外へ行く。

 昨夜の雨が嘘の様に空は晴れていた。


「うーーん……」


 僕は大きく伸びをする。

 こんなに晴れているのなら海は綺麗に見えるだろうと家を回り、海側へ。


 おや?


 誰かいる。

 踊七(ようしち)さんだ。

 何をしてるんだろう。


五行魔法(ウーシン)……

 太極が陰陽に分離し、陰の中で極冷部分が北に移動して、水行を生じる……

 第一顕現……

 武美名別命(タケミナワケノミコト)


 ズザザザザザザザァーーーッッ!


 海水が渦を巻いて、競り上がる。

 瞬く間に(そび)え立つ巨大な水の竜巻。


「フム……」


 左手を翳したまましゃがみ、地面から土を掴む踊七(ようしち)さん。


 クイクイ


 左手を微妙に動かしている。


 グググッ


 天高く(そび)え立っていた水の竜巻に変化。

 頭を踊七(ようしち)さんに向け、襲い掛かって来る。

 これヤバくないか?


踊七(ようしち)さんっっ!!?」


 堪らず叫ぶ僕。


「生順破棄……

 第五顕現……

 大苫姫尊(オオトマヒメノミコト)


 ゴゴゴゴゴゴ


 地鳴りがする。


 ボコォォォォォンッッッ!


 踊七(ようしち)さんの前の地面が四角く盛り上がり壁を作る。

 ちょうと踊七(ようしち)さんを護ってる様な形。


 バシャァァァッッッッ!


 土の壁に水の竜巻が激突。

 水竜巻の方が威力が大きく、みるみるうちに土の壁を飲み込んでいく。


 ドロォォォッッッッ


 圧倒的な水流と土の壁が合わさる事で現れる土石流。

 海に流れ落ち、海水を汚す。


「フム…………

 出来なくは……

 無いか……

 よっと……」


 踊七(ようしち)さんが左手を横に振る。

 海面から上がる霧。

 踊七(ようしち)さんが五行魔法(ウーシン)を解除したんだ。


「ん?

 竜司か。

 お……

 おはよう……」


「お……

 おはようございます……」


 お互い挨拶を言い淀む。

 殺し合ったのが昨日の今日だし、僕も目の前でみっともなく大号泣してしまったからしょうがない。


「その…………

 なんだ…………

 昨日言った通りだよ……

 眠夢(ねむ)が許したからもうお前に手は出さねぇよ……」


「あ、はい…………

 所で今何をしていたんですか?」


「ん……?

 あぁ……

 朝のトレーニングついでに五行魔法(ウーシン)相乗(シナジー)を利用した第一顕現と第五顕現の合わせ技を試していた」


「つくづく凄いですね……

 五行魔法(ウーシン)って……」


 ■五行魔法(ウーシン)


 踊七(ようしち)のスキル。

 踊七(ようしち)魔法(マジック・メソッド)で構築したシステムにより、あらゆる超自然現象を引き起こす。

 五行思想に基づいて構築されている為、通常このスキル発動には太極図と呪文詠唱が必要。


 第一顕現から第五顕現まであり、太極図に関しては紙に描いた物か踊七(ようしち)自身が空中に作成した物を使用。

 利便性から主に踊七(ようしち)が描く物を使用する。


 詠唱時間は一番早いのが第一顕現で遅いのが第五顕現となる。


 “太極が陰陽に分離し、陰の中で極冷部分が北に移動して、水行を生じ、次いで陽の中で特に熱い部分が南へ移動して火行を生じた。さらに残った陽気は東に移動し風となって散って木行を生じ、残った陰気が西に移動して金行を生じた。そして四方の各行から余った気が中央に集まって土行が生じた”


 これが呪文の全文である。


 発動スピード短縮の為、生順破棄と言う方法も存在する。

 水行、火行、木行、金行、土行。

 それぞれをイメージできる物を憑代(よりしろ)とする事で使用可能。

 生順破棄を使用した際、使った憑代(よりしろ)は消失する。


 通常使用と生順破棄使用の棲み分けとしては、精度が求められ戦闘時で無い時は通常使用。

 喫緊時や、戦闘時は生順破棄使用となる。


 ただ憑代(よりしろ)が消失する点から生順破棄の場合、残弾制限もある。


 ちなみに顕現名称が全て日本の神様なのは踊七(ようしち)の趣味である。


 相生、相克、比和、相侮(そうぶ)、相乗といった法則も存在し、踊七(ようしち)は防御法として相克(コンフリクト)を使用。

 相手の攻撃を見切り、それに応じた行種にて発動。

 成功すれば、その技の魔力作用をキャンセルする事が出来る。


 踊七ようしちのスキル掠奪速読スキミング相克コンフリクトを使用する為に編み出された。



「だろ?

 俺が組んだ魔法(マジック・メソッド)だからなっ」


「でも結構、天候に左右されそうなスキルですよね。

 昨日も第五顕現を使って無かったのは雨で地面が(ぬかる)んでいたからでしょ?」


「そうだな。

 水が混じると憑代(よりしろ)としては使えねえからな」


「どうしてそんな制限を…………

 そうそう、踊七(ようしち)さん。

 そもそも魔法(マジック・メソッド)って何ですか?

 スキル?」


魔法(マジック・メソッド)は、スキルじゃねぇ。

 どちらかというと魔力注入(インジェクト)と同質の技術になる」


「え?

 そうなんですか?」


「そうだ。

 多分これをやったのは日本で俺が初めてだ。

 竜司には特別に教えてやろう……

 お前には協力するって決めたからな」



 ■魔法(マジック・メソッド)


 魔力を使い、地球の物理法則、自然法則などを無視したシステム・法則・(ことわり)を構築する。

 そもそもスキルとは魔力を使い、超常現象を直接起こすものと考えられるが、魔法(マジック・メソッド)に関してはその超常現象が起こるルールを創るという考え方。

 こうした魔力を使ったシステム構築は踊七(ようしち)の言う通り世界初である。

 制限を色々かけているのは踊七(ようしち)自身のアイデアで、その方が精度・威力が増すと考えたからである。

 結果威力は凄まじいものとなっている。

 魔法(マジック・メソッド)を構築し、スキル五行魔法(ウーシン)を編み出す事が出来たのはひとえにナナオの超膨大な魔力放出量があったからである。



「って訳だ……」


 凄い事を考える人だ。

 僕は純粋にそう思った。


「そ……

 その魔法(マジック・メソッド)って他の人も使用できたりするんですか……?」


「それはわからん。

 今まで戦った連中ではそう言う奴は居なかったなあ。

 そんなん出来たら笑い事っちゃねぇ」


 確かに。

 逆手に取られたら大変だ。


 でも魔力を使ってルールを創るなんて聞いた事もないし、普通闘うとしたら頼るのは自身のスキルだから心配は無いだろう。


 と、ここである閃きが頭を過る。


「…………………………僕も…………

 出来るかな……?

 魔法(マジック・メソッド)……」


 ###


「はい、今日はここまで」


「パパ…………

 良かったね……」


 これは多分、眠夢(ねむ)さんと踊七(ようしち)さんと仲直り出来た事を言ってるんだろう。


「ありがとう(たつ)…………

 うん…………

 ね?

 本当に横浜は大変だったんだから……」


「それで最後だよっっ!!

 ねえねえっ!

 パパも魔法使える様になるのっっ!?」


「フフフ…………

 その話はおいおいしていくね……

 じゃあ今日はもうおやすみ……」

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