第百二十八話 Hear We Go!!
「やあこんばんは。
今日も始めていくよ」
「パパッッ!
今日はあんのキモチワルイ奴ぶっ倒すんでしょっっ!?」
龍が息巻いている。
「さあ……
どうだろうね……
それじゃあ始めるよ……」
###
「魔力注入ォォォォォォッッッ!」
自分以外は実験動物。
この三条辰砂と言う男は他人を踏みつけて自分の利益を貪る奴だ。
どうあっても許せない。
頭に血が昇っていて僕はキレていたよ。
「オーオー……
セイギのヒーロー気取りかァッ!?
おんもしれぇっっ!」
声は上ずり、嬉しそうなのだが、物凄く悲しそうな顔をしている。
眉間に皺を寄せ、眉をハの字に曲げ、口もへの字だ。
また表情と言動が一致しない。
ゾクゥッ
生理的嫌悪感から背中に悪寒が奔る。
本当に不気味だ。
今までの敵で考えると大抵は強大な力で圧倒する奴が多かった。
中には天涯の様な小狡いだけのゲスも居たが。
そのどちらにも当てはまらない。
ただただ不気味で毒々しく、悍ましい敵なのだ。
三条辰砂は。
「デリャァァァッァァァッァァッッ!」
嫌悪感を圧し殺し、地面を蹴る。
弾丸となった身体が三条辰砂にグングン近づく。
「ダァァァッァァァッッッ!」
たっぷり魔力を込めた渾身の右ストレート。
目的地はさっきと同じ右頬。
僕の右拳は最短距離を駆け、三条辰砂の右頬に炸裂する……………………
はずだった。
ガッッ
素早いハンドスピードで僕の右拳は止められていた。
すっぽりと辰砂の左手が包んでいる。
魔力注入だ。
「クソォッ!
離せぇっ!」
僕は身を捩りながら辰砂の顔を見る。
そして言葉を失った。
「……………………………………は?」
ポツリと一言漏らした辰砂の顔は……
無だった。
感情と言うものを置き忘れてきた様な。
この表情からは何も読み取れない。
いや、そもそも読み取る感情が零なのだ。
僕には目もくれず、ただただ一点を見つめている。
さっきまでこの世の終わりかと言う沈んだ表情をしていたとは思えない。
ゾクッ
背中に再び悪寒が走る。
本当に不気味だ。
「…………………………魔力注入」
ポツリと一言。
その内容を確認する間も無く、力づくで上に引っ張り上げられる。
「うわぁっっ!?」
建設重機が想起される程のパワー。
たちまち上空を登る身体。
グゥイィィッッ
空に上げられたと思いきや、更に力任せに降ろされる。
ドボォォォォォッッッッ!
僕の右拳を握ったまま、苛烈な右拳を腹に叩き込んでくる。
「オゴォォォォォォォッッッ!」
ギュンッッ!
バキバキバキバキバキィッッ!
弾丸の様に吹き飛ぶ身体。
くの字に折れ曲がり、背中で次々巨木を薙ぎ倒していく。
ザシャァァァァァッッ!
吹き飛んだ身体が地面に倒れ込む。
「ガハァァッッッ!!」
吐血。
腹部に猛烈な鈍痛が走る。
肋骨が何本か折れて、内臓に突き刺さったのだ。
「グゥッッ!」
背中からも激痛。
吹き飛んだ時に背骨も傷めたのだろう。
魔力注入
回復の為、魔力注入を使用する。
うつ伏せになりながら考えていた。
何故初弾は喰らったのに今のは軽々躱されたのか。
と、ここで気づいた。
僕は従来の魔力注入を使用していた。
頭に血が昇り、キレた事で三則を使用する事を忘れていた。
とりあえず使ってしまったものはしょうがない。
これからはきちんと三則を使おう。
頭も冷静になって来た。
今の一連の流れを考える。
旧来の魔力注入だと軽々躱された。
そして魔力注入でガードしていたにも関わらず、このダメージ。
となると気になるのは三条辰砂はどうやって魔力注入を知ったかと言う事だ。
厳密に言うと三則を知っているのか。
とりあえず今の魔力注入は発動特有の発動音が聞こえなかった。
身体の中で響いてたのかも知れないが。
まだ確証はとれない。
あと毒の点に関しても身体に異物が混入した感触は無い。
と言う事は普通の打撃戦では毒は使わない様だ。
となるとまず警戒すべきはあの身体から出る銀色の液体だ。
よしそろそろ回復した。
ゆっくりと立ち上がる。
「ペッッ」
口の血溜まりを地面に吐き出す。
「ハァ……」
少し溜息が出る。
お爺ちゃんとの時も思ったけど毎回敵の攻撃を喰らわないと話が進まないなあ僕って。
全然変わってない自分を思って出た溜息なんだ。
とりあえず、ゆっくり。
平然と悠々と戻ってやろう。
ゆっくりと時間をかけて戻ってやった。
「は…………?」
辰砂は既に竜司に背を向けて、自衛隊の死体をしゃがんで弄っていた。
その姿を見て、僕は絶句した。
またキレそうになる。
イカンイカン。
冷静に冷静に。
自分を落ち着かせながらガレアの側まで歩いて行く。
そっとガレアの身体に手を添える。
ドクンドクンドクン
魔力を補給。
【竜司、お前大丈夫か?
何かぶっ飛んでたぞ】
「うん大丈夫だよ。
こんなこといつもあるでしょ?」
【ははっ
違いねぇ】
保持
ガガガガシュガシュガシュ
集中
集中した先は身体全体と右拳のみ。
スタスタ
未だ死体を弄っている辰砂の側まで歩いて行く。
「おい……」
「なるほどォォ…………
あれぐらいの魔力で人間は死ぬのか……
フウンフン……」
モノ言わぬ死体の腕を持ち上げたりしている。
「……んじゃ次は……」
僕を無視して、サバイバルナイフを取り出す。
ブスッ
何の躊躇いも無く、死体の手首に突き刺す。
ボトボトォォ
死体の手首から血が大量に滴り落ちる。
胸元から四角形の箱を取り出し、開ける。
その箱の中に血を溜め始めた。
「……帰って分析だな……」
箱をしまう辰砂。
ゾワワワァッッ
感じた事の無い大きな悪寒が背中を昇る。
何だこいつ。
一体何なんだこいつ。
こいつは一体何をしてるんだ。
自分が殺した相手に刃を刺して、血を採取して。
異質。
異端。
人外。
こいつにはもう生理的嫌悪感しかない。
「オイッ!」
「ンア……?」
ようやく気付いて僕の方を向く辰砂。
だが顔から漂ってくる雰囲気は……
誰だコイツ
まるで初対面の様な面持ち。
「ンア……?
誰だお前……?」
辰砂の右頬を見る。
まだ赤く腫れている。
つい先程僕がつけたものだ。
そんな辰砂に言葉も出ない。
「…………………………発動」
ドルンッッ!
ドルルルルンッッ!
ドルンッ!
体内で響くエンジン音。
右拳をギュゥッっと握る。
スッ
僕は右拳をゆっくり後ろに引く。
「んあ?
お前それで何す…………」
ギュンッッッ!
辰砂が言い終わらない内に僕はもう右拳を放っていた。
三日月状の軌跡を下から上へ猛烈な勢いで登る僕の右拳。
放った一撃はアッパー。
目標は辰砂の腹。
先程と同じ様に素早いハンドスピードで掴みにかかる。
が、三則を使用した僕の右拳は止まらない。
ペキィッ
パキィ
超スピードで拳を振り上げている中、確かに見た。
掴みかかった辰砂の右手、薬指と小指があらぬ方向へ曲がったのを。
「イデェッッ!」
辰砂の悲鳴。
多分折れた。
だが僕は気にしない。
目標に叩き込むだけ。
ドコォォォォォンッッッ!
当たった。
そのまま僕は力を込め、思い切り辰砂の身体を持ち上げる。
僕の右拳から解き放たれ、辰砂の身体は空へ飛ばされる。
まだ僕の攻撃は止まらない。
続いて……
集中
集中先は両脚。
「発動ォォッッッ!」
ドルンッ!
ドルルルンッッ!
ドルンッ!
ダンッッッッッ!
僕は思い切り大地を蹴る。
空へ放たれたマグナム弾の様に身体が超速で空を駆ける。
瞬時に辰砂の上を取った。
「デリャアアアアアアッッッッ!」
タービンの様に勢いよく腰を回し、空から右回し蹴りを辰砂の身体に叩き込む。
ドコォォォォォンッッッ!
流星となった目標の身体が地面に叩き付けられる。
大きな衝撃音。
スタッ
【おーすげぇすげぇ】
目の前の光景に少し驚いているガレア。
モクモク
余りの衝撃に土煙が立ち昇る。
ただ相手は陸竜大隊副長。
油断は出来ない。
僕は警戒を解かない。
辺りは静寂。
が、事態は急変する。
シュルゥッッ
土煙の根元から銀色の液体が大量に伸びて来る。
全身が総毛立つ。
僕は叫び声をあげる。
「ガレアァァァッァッッ!
暮葉ァァァァッッ!
逃げろぉぉぉっっ!」
「どっ……
どうしたのっ?
竜司っ?」
【あ、毒か。
解った】
僕とガレア達は一緒に緊急退避。
距離を取る。
土煙の近くに倒れていた自衛官と竜の身体を浸す銀色の液体。
ガクガクガク
竜の身体だけ震え出した。
自衛官の身体は全く反応が無い。
と言う事は竜は生きているのか?
やがて土煙が晴れる。
「あー……
ようやく回復した……
何があったんだ……?」
シュルシュル
銀色の液体が辰砂の身体に戻って行く。
僕の蹴りで出来たクレーターから這い上がる辰砂。
毒の気配が無くなったので僕は近くまで寄る。
「んあ……?
これやったのオマエ?」
今度は僕を認識した様だ。
「……そうだよ……」
「今の魔力注入だよなァ…………?」
「…………そうだけど……」
「魔力注入ってあんなに威力が出んのか……
ククク……」
急に笑いながら顔が泣き顔になる辰砂。
僕は黙って見ていた。
「クククク……
見事ッッッ!
…………オマエはいーいぃ……
実験動物だぁ……」
物凄く悲しそうな目で僕を見つめる辰砂。
だが声色は嬉しそうだ。
この声と表情の不一致に僕は再び大きな悪寒を感じる。
「じゃあ……
次の実験……
タイトルは“運動失調、四肢反射異常、抹消知覚障害時における魔力注入の威力の推移”…………
…………水銀……」
ゴバァァァッッ
辰砂の全身から大量の銀色に光る液体が分泌される。
おそらくここからが本番だろう。
ゴソ……
銀色の液体に包まれた辰砂が胸元に手を入れ、小さなビニール袋を取り出す。
中身が赤銅色にキラキラ光っている。
「それは……?」
「んあ……?
これは銅粉だ……」
銅粉?
そんなものを何に使うんだ?
まだ相手の能力を把握しきれていない。
てか普通に答えるのか。
バサァァッ
辰砂は銅粉を銀色の液体にぶち撒けた。
次に辰砂の言った台詞でようやく銀色の液体の正体を知る僕。
「汞和金……」
アマルガム?
聞いた事がある。
確か歯医者で金歯や銀歯等の作成に使う合金だ。
確か別の金属と水銀を混ぜて造るって……………………
………………水銀っ!?
ようやく解った。
あの銀色の液体の正体は水銀だ。
ググググッ
銅粉を撒いた辺りの水銀が二本持ち上がる。
瞬く間に現れた全長三メートルぐらいの双塔。
両方ともてっぺんが尖っている。
ググググッ
てっぺんの尖った部分が僕の方を向く。
おいまさか。
ビュンッッ!
途轍もない速さで僕に向かってくる銀色の棘。
「うわっ!?」
余りの速さに声が出る僕。
咄嗟に足を持ち上げる。
ドカァンッッ!
間一髪躱す事が出来た。
「くっっ!」
たまらず間合いを広げる僕。
「くっじゃねーよ…………
何避けてんだ……
オマエが中毒にならねえと実験にならねえだろうが……
実験動物の癖に……」
何を言ってるんだコイツは。
ビュビュンッッッ!
二本の突起が僕、目掛けて襲い来る。
この攻撃はかすりでもしたらヤバい。
集中っっ
頭に魔力集中。
これはタキサイキア現象を引き起こす為だ。
脳に魔力を集中する怖さがあったが、まず汞和金の攻撃を見切らないと。
ただ僕はタキサイキアが起こってる時の動きが物凄くのろくなる。
それも注意して避けないと。
「発動ォォォッッ!」
ドルンッッ!
ドルルルルンッッ!
ドルンッッ!
タキサイキア発動。
全ての動きがゆっくりに見える。
間合い一メートルまで侵入してきた双銀槍。
避けないと。
僕は回避行動を取る。
間一髪。
僕の右頬三十センチ。
右脇下を通過する銀の突起。
グルゥゥッッ
僕は身体を反転させる。
攻撃部分は死角に置いておく訳にはいかない。
僕の後ろ三メートル付近で鋭角に曲がり、再び襲い来る銀の突起。
狙いは左肩と右上腕部。
僕はすぐさま身を屈める。
ビュビュンッッ!
危ない。
僕の左肩十センチ付近右上腕部左五センチ付近を通過する。
この段階で気づいた事がある。
汞和金は直線的な動きしか出来ない様だ。
なら躱せなくはない。
タキサイキア解除。
「避けんなって言ってんだろ…………
イラつくなぁ…………
イラつくなぁッッ!
……実験が上手く進まないとすんげぇイラつくわ…………」
イラつくと言いながら、顔は恍惚の表情。
舌をべろりと出し、悦に浸っている顔だ。
気持ちが悪い。
「その汞和金…………
直線的にしか動かす事が出来ないだろ……」
シュルシュルゥッッ
素早く水銀が辰砂の元に戻って行く。
僕の仮説を聞いても平然としている。
無言で右手を傾ける。
ビュビュンッッ!
脇に侍っていた二つの銀棘が頂点の突起を僕に向け、超速で襲いかかって来る。
が、直線的な動きなら突起の角度でルートは読める。
突起の軌跡から身体を外す。
よし躱す事が出来た。
ニヤァァァァッッ
が、躱した僕の目に飛び込んできたのは笑う辰砂の顔。
ゾクゥゥッ!
背中に悪寒が走る。
何か僕が間違えたのか?
アイツの笑い方は嘲笑。
馬鹿な奴を見た時に出る笑いだ。
だが、コイツは感情と表情が一致しない。
今笑っている顔も本当の感情かどうか解らない。
だけど僕の心が告げていた。
危険だと。
念のためもう少し間合いを取ろうとした瞬間……
バンッッ!
銀色の触手が弾けた。
無数に鋭い棘が噴き出た。
まさしく雲丹の様。
「うわぁぁっっっ!」
ブスブスブス
銀色の棘がいくつか身体に刺さる。
刺さった部分から痛みが走る。
「くぅっっ!」
僕はたまらず間合いを広げる。
「クックック…………
汞和金が曲げらんねェ事ぐらい解ってんだよ……
クックック……
曲げられなくてもなあ傷さえつきゃあそれでイんだよ……
…………後三秒ってとこかぁ…………
二…………
一…………」
最初は嘲笑を浮かべ、顔と感情が一致していた。
が、すぐに物凄く悲しそうな顔をする辰砂。
ボヤァァッ
あれ?
何かおかしい。
視野の縁がぼやけて見える。
僕は立ち上がろうとする。
ブルブルブル
おかしい。
足が震えて上手く立てない。
踏ん張ろうにも力が入らない。
身体の異変に気を取られていると、物凄い嗚咽がこみ上げてくる。
「オゥエエエエエェエエェェッッッ!」
ボタボタボタァァァッ
嘔吐。
口から大量の吐瀉物が溢れる。
「ハァ~イ……
中毒…………」
「オエェェェェェェッッッ」
再び嘔吐。
僕の足元を口から出た吐瀉物が濡らす。
これが水銀中毒。
あんなかすり傷。
しかもこんな短時間で毒が回るものなのか?
まずい。
早く何とかしないと。
あっそうだ。
魔力注入で体内の毒素を消さないと。
急激な異変に作戦を忘れていた僕。
魔力注入
「竜司っ!?
どうしたのっ!?
大丈夫っ?」
バッ
四つん這いになっている僕は暮葉の声を聴き、素早く掌を向ける。
来るなと言うサインだ。
―――暮葉っ
ガレアっ
僕の方に来ちゃ駄目だっ
毒にやられてしまうっ
ポンコポンコ
―――竜司っ
大丈夫なのっ?
いっぱいいっぱい口から出てたけど……
ポンコポンコ
―――今回復してるから大丈夫だよ……
ポンコポンコ
僕は念話で現状を伝える。
「スゥー……
ハァー……」
四つん這いの状態で口を下に向け深呼吸。
身体の中から異物が消えていくのがわかる。
よしすべて消えた。
ググッ
僕は立ちあがる。
フラッ
身体がふらつく。
どうして?
身体から毒素は消えたはずなのに。
「ンア……?
割と回復はえーな……
タイトル変更……
“脱水症時における魔力注入の威力の推移”……」
辰砂の発言を聞いて、今自身に起こっているのが脱水症状だと解る。
今自身に起こっている症状を確認。
物凄く喉が渇いている。
ぼんやりとして軽いめまいもする。
カクン
急に顔を横に倒し、僕を凝視する辰砂。
先程していた感情の無い無の表情。
違うのは眼だ。
眼が限界まで見開いている。
正円に近いぐらいの形までクワッと見開いている。
「ホラ…………
早く…………
魔力注入……」
ボソボソと途切れ途切れに話す辰砂。
物凄く気持ち悪い。
僕は警戒しながら荷物からペットボトルを取り出す。
パキッ
キャップを取り、飲もうと思った瞬間。
ビュンッッ!
急に辰砂の汞和金がこちらに飛んできた。
「うわっ!?」
突然の事に対処が出来ず、驚く僕。
ドスッ!
鋭い銀の棘がペットボトルを貫く。
グググッ
貫かれたペットボトルが辰砂の元へと引き寄せられる。
ドスッ!
バリィィッッ!
上空に持ち上げられたペットボトルにもう一本の棘を突き刺し、強引に引き裂いた。
ボタボタボタ……
雨の様に上から降る水を頭から被る。が、全く顔を変えない辰砂。
「オマエ……
何…………
水分補給しようとしてんの…………?
……脱水症状が消えたら…………
実験にならねえじゃねえか…………」
何?
何だコイツ?
さっきペットボトルを貫くぐらいの動きが出来るなら僕を攻撃したら良いじゃないか。
僕を敵と認識していない。
いや違う。
この三条辰砂と言う男は、本当に他を実験動物としか見ていないのか。
早くこんな戦い終わらせたい。
状況を整理。
とにかく僕は今喉が渇いている。
水を飲みたい。
が、辰砂が邪魔をする。
となると悔しいが今は辰砂の言う通りにするしかない。
右拳。
ギュウッ!
握れる。
続いて左拳。
ギュゥッ!
こちらも大丈夫。
よしイケる。
保持
ガガガガシュガシュガシュ
集中
両腕、両足。
そして全身と魔力を集中。
―――暮葉、後でそっちに行くから飲み物用意しておいてくれる?
ポンコポンコ
―――わかったわ。
ポンコポンコ
僕は今飲料を持ってない。
となると水分補給はガレア達の元へと戻らないといけない。
どうせその時に魔力も補給するつもりだ。
今体内に残存する全魔力を使ってやった。
「…………………………発動ッ!」
ドルンッッ!
ドルルルルンッッ!
ドルンッッ!
勢いよく体内で響くエンジン音。
ギュンッッ
僕の動きが弾丸を超えた。
光の瞬きに匹敵するほどのスピード。
瞬時に辰砂の懐まで。
「デリャァァァァッッッ!」
ドボォォォォッッ!
辰砂の腹目掛け右拳を叩きこむ。
重い一撃。
今回は止めようとしない辰砂。
敢えて受けた様な印象。
身体を張って検証しているのか。
その考えを後悔させてやる。
続いて左拳も辰砂の腹の叩き込む。
ドボォォォォォッッ!
辰砂の身体が内側に曲がる。
まだだ。
まだまだ行くぞっ。
「ウリャァァァッァァァッッッ!」
ドンッ!
ドドンッッ!
ゴンッ!
ゴゴンッッ!
ガンッ!
ゴンッッ!
業火の様な乱打を辰砂の腹に集中。
ここまで徹底的に攻撃しているのに呻き声一つ上げない。
何故だ?
全くダメージが無いのか?
その答えとなる手がかりが聞こえる。
パリンッッ
最後のアッパーを叩きこんだ瞬間、どこかで聞いた事があるガラスが割れる様な音がする。
が、今はそれを気にしている場合では無い。
「グアァァァッァァァッッ!」
聞こえた呻き声。
遥か上空へ飛ばされる辰砂の身体。
僕も後を追う。
バンッッッッ!
大地を思い切り蹴る。
瞬時に凹み、クレーターが出来る。
超速で空気の壁を何層も突き破り、舞い上がる僕の身体。
辰砂の上を取った僕。
ニヤァァァッッ
上空で確かに見た。
天を仰ぐ辰砂の笑みを。
まさに残忍酷薄、悪逆無道。
悪鬼羅刹の様な笑い顔。
ゾクゥゥゥッッ!
背筋に巨大な悪寒が走る。
その悪寒を圧し潰す様に辰砂の腹を両脚で踏みつける。
急速落下。
彗星の様に落下する二つの身体。
途中キリモミも加えてやった。
ドッコォォォォォンッッッ!
彗星着弾。
キリモミのせいで衝撃が大地を深く抉り、クレーターが出来る。
「ガハァァァァッッ!」
辰砂吐血。
ピッピッ
血が身体に付着。
まだだ。
まだ終わらんよ。
ガンッッッッ!
思い切り蹴り上げ、強引にクレーターから叩き出す。
バンッッッ!
と同時に僕もクレーターの外へ。
「オリャァァァァッァッッッ!」
ドゴォォォォォォォンッッッ!!
三則によりターボがかかった僕は猛烈な勢いで腰を回転。
上部からの右回し蹴りを炸裂させた。
「ウギャァァァァァッァッッッ!」
ビュュュュンッッッ!
ベキベキバキベキベキバキィィィッ!
青木ヶ原樹海に響く辰砂の呻き声と巨木が薙ぎ倒されていく音。
瞬く間に遠く。
スタッ
無事着地。
「よしっ。
さあガレアと暮葉の所に戻ろう」
僕は駆け出す。
「おーい」
見えたガレアと暮葉に声をかける。
「竜司っ!?
大丈夫っ?
大丈夫なのっ?」
物凄く心配そうな顔をしている暮葉。
「うん……
何とか大丈夫だよ……」
「ホントッ?
ホントッ?」
まだオロオロしている暮葉。
「心配しないで……
それよりも飲み物くれない?」
「うん……」
ペットボトルが手渡される。
パキッッ
蓋を開ける。
飲み口を咥え、一気に傾ける。
「んっ……
んっんっんっんっ…………
ぷはぁ……」
身体の隅々まで水が染みわたって行くのが解る。
五百ミリリットルを一息に飲み干してしまった僕。
「ふう……」
ようやく一息ついた。
ここでふと思い出す。
さっきの音についてだ。
パリン
確かにこんな音がした。
ガラスの割れる様な音。
どこかで聞いた事あるんだよな。
何だったっけ?
【ん?
何だ竜司】
僕は自然とガレアを見つめていた。
「あっっっ!?」
【な……
何だよ……
気持ち悪い奴だなあ】
僕は思い出した。
初めて聞いたのはハンニバルの時だ。
あの音は……
魔力壁だ。
魔力注入の作用か。
体内の魔力を使って生成したのか。
どちらかと言うと後者か。
魔力注入はあくまでも魔力の作用により身体能力をアップする技。
ならば魔力を使って自ら生成したと考える方が自然だろう。
それなら初弾で声を上げなかったのも納得がいく。
と言うか人間が魔力壁実装なんて出来たのか。
「あ~…………」
遠くから微かに声が聞こえる。
え?
あれだけの猛攻を受けてもう復活したのか。
僕はギョッとして、声のした方を見る。
ザシャァッッ
深い森の中から人影が見える。
「拳……
二割減……
右脚……
三割減…………
見た目派手だが……
総合して初弾よりは威力はねえな……」
そんな事言いながら辰砂が歩いてきた。
咄嗟にガレアの手を添える僕。
ドクンドクンドクンドクンドクンドクン
中型魔力を六回補給。
保持
ガガガガシュガシュガシュ
よしOK。
僕はゆっくり話し始める。
「あれだけの攻撃を…………」
「んあ……?
ンなもん意識さえ途切れなかったら魔力注入でどうにでもなるだろ…………
オマエ魔力注入使いのくせにそんな事も知らねぇのか……
見た目程の火力は無かったから……
さー次々……
タイトルー……
“魔力注入使用時と通常時の被毒時間の差異”ー……」
カクン
また頭がカクンと横たわる辰砂。
クワッと目を見開き正円状に。
ギョロギョロを眼が動く。
鼻や頬、口などは全く動かない。
物凄く気持ち悪い。
「さ…………
早く…………
ホラ…………
魔力注入…………
次は防御全振りだぞ…………」
途切れ途切れの言葉が聞こえる。
集中
僕は両脚に魔力集中。
―――ガレア、この会話が終わったらここから全力で退避する。
合図をしたら後ろへ飛べ。
僕も全力で距離を取るからしっかりついてきてね。
ポンコポンコ
―――おうわかったぞ。
ポンコポンコ
相手が毒使いと解ってるせいか、聞き分けの良いガレア。
「何で防御……」
「んあ……?
オマエ頭悪りぃな…………
差が解んねえだろが……」
顔を横たわらせたまま、ボソボソと途切れ途切れに話す。
言われなくても解ってるよっ!
僕は心の中でツッコミを入れる。
―――暮葉もガレアから振り落とされないでね。
ポンコポンコ
―――うんっわかったーっ。
ポンコポンコ
念話でも暮葉は元気だ。
「ふうん…………
でもそれって……
僕が被毒するのが……
前提…………
だろっ!」
「んあ……?」
「発動ォォォォォッッッ!」
バンッッッッ!
大地を踏み割る様に力を込めた。
衝撃により土煙が立ち昇る。
これは目くらましの為だ。
僕の身体が真後ろへ弾け飛ぶ。
ガレアも後からついて来ている。
ガサァッッ!
バサバサバキィッ!
森林の奥へ身体を飛び込ませる。
クルッ
素早く身体を反転。
ズザサササササァァァッ!
反動で地面を滑る僕の身体。
無事着地。
すぐさま立ち上がり、まずガレアと暮葉を確認。
居た。
すぐ側だ。
【おう竜司。
こっからどうすんだ】
「とりあえずここからもっと距離を取る。
僕の得意分野は狙撃だもん。
行くよ全方位」
僕を中心に広がる翠のワイヤーフレーム。
ええと辰砂は…………
居た。
あれ?
さっきの場所から動いていない。
何とも不気味だ。
念のためもう少し距離を取っておこう。
「ガレア行くよ」
ビュンッ!
地面を軽く蹴る。
疾風の様に青木ヶ原樹海を駆ける僕。
全方位を維持したまま。
全く微動だにしない辰砂。
不気味だ。
とにかく相手が相手だから油断しちゃ駄目だ。
よしこの辺りで良いだろう。
目測で辰砂とは直線距離で一キロぐらい離れただろう。
さて、ここからどうしよう。
油断しちゃ駄目だと自分に言い聞かせながら間合いを大分開けた事により僕は少し気が抜けていた。
この後に起こる現象は僕が予想だにしない事だった。
「んっ!?」
全く動かない辰砂の光点を中心に環状に何か広がって来る。
それは全方位内に垂らした液体の様。
色は蒼。
どんどん広がって行く。
スピードが尋常じゃない。
何だ。
何だこれは。
蒼に見える場合は竜河岸の時だ。
ここで僕は大きな勘違いに気付く。
全方位内の蒼い光点。
これは竜河岸に反応しているのではなく厳密には竜河岸体内の魔力に反応しているのだ。
そして辰砂を中心にしてグングン広がって来る蒼。
おそらくこれは水銀。
辰砂が大量に水銀を分泌しているのだ。
僕は更に考えを飛躍させる。
何故辰砂は水銀をばら撒いているのかと言う事だ。
ここで僕は嫌な考えに到達する。
辰砂がされて一番嫌な事。
それは反吐が出る実験が滞る事だ。
そして今の実験対象は僕。
僕の姿は目視出来ない。
となるとおのずと水銀をばら撒いた理由も明らかになる。
そう。
索敵だ。
ここからは僕の仮説だが、おそらく水銀内に込められた魔力を通じて感覚を繋げている。
要するに広がっている水銀に触れた物は辰砂に認識されると言う事だ。
もう範囲内の半分ぐらい蒼く染まっている。
辰砂が何処に居るかもわからない。
まさか全方位の索敵能力がこんな形で無力化されるとは。
と、こうしちゃいられない。
水銀がこちらまで来るのを防がないと。
「暮葉っ!
僕にブーストかけてっ!」
「わかったわ」
そっと身体に触れる暮葉の掌。
来た。
力が溢れてくるのが解る。
僕の立てた作戦はブースト使用時の流星群。
この状態なら標的捕縛を全方位内でつける事が出来るからだ。
しかも数が千じゃ下らない。
僕らを中心にU字に弾幕を貼ってやろうと考えた。
発動ッッ
ドルンッッ!
ドルルルルンッッ!
ドルンッッ!
体内に響くエンジン音。
準備OK。
「流星群ゥゥゥゥゥッッッ………………!」
パパパパパパパパッパパパパパッッッ
瞬く間に出来る標的捕縛によるU字の帯。
「シュゥゥゥゥゥトォォォォォッッッッーーーーーー!」
パァァァッ
ガレアの身体が白色光に包まれる。
即座に射出される千の流星。
ギャギャギャギャギャギャンッッッ!
木々の間をすり抜け、闇に消えていく線の光
ドコォォォォォンッッ
少し待つと聞こえてくる爆発音と爆炎。
木々の背丈を追い抜いて燃え上がる。
とりあえずこれで水銀は僕らの所までは来ない。
が、こんなのは急場凌ぎでしか無い。
あっそうか。
ブースト使用して流星群を当てれば良いのでは。
いや、駄目だ駄目だ。
魔力閃光を千発も身体に受けたら間違いなく死ぬ。
この歳になって殺人は犯したくない。
急を要するだけに考えがまとまらない。
U字の弾幕のお蔭で一瞬の足止めは出来た。
だが全方位内の蒼の広がりは留まる事を知らない。
「よし、もっと距離を取るよ」
僕はガレアに飛び乗る。
【どっちに行くんだ?
竜司】
「こっちで」
ここから斜め後方を指差す僕。
走り出すガレア。
目測で三キロ程距離を取った。
全方位内を確認。
蒼い広がりは半径二キロ付近で止まった。
射程距離は全経で四キロ。
途轍もない範囲だ。
とりあえず得た情報を綴さんに報告しよう。
全方位内を確認。
偶然近くに居た。
「ガレア、こっちに真っすぐ行って」
【おう】
走り出すガレア。
すぐにシンコに跨っている綴さんを発見。
「おーい綴さーんっ!」
「あっ竜司くうん……
無事だったのねぇん……?
あっちこっちでドッカンドッカン鳴ってるから心配しちゃったわぁん……」
「まあ……
何とか……
僕が得てきた情報を伝えます……
三条辰砂のスキルは…………」
■水銀
体内から大量に水銀を分泌する。
一般動物の場合、水銀に触れるだけで被毒する。
症状は運動失調、極度の眩暈、四肢末端の震え、視野狭窄、唾液の大量分泌。
魔力を通した水銀は一種の感覚器官となっており、触れた物を認識する事が出来る。(未確定)
射程範囲は全経約四キロ。
■汞和金
水銀に別金属を混ぜる事で生成される銀の触手。
動いている時に曲げる事は出来ず、直線的な動きのみ。
形状変化可能。
傷口から被毒。
あと魔力壁を貼る事が出来る。
魔力注入使い。
「…………という訳です」
「…………ねえ……
シンコォ……
人間に魔力壁張る事なんて出来んのぉ……?」
【そんな事言われても、アタシャわかんないわよ。
ボーヤがそう言うのならそうなんじゃないの?】
シンコがめんどくさそうに言っている。
て言うかボーヤって僕か。
「ふうん…………
水銀かぁ……
水俣病とか聞くもんねぇ…………
アタシの血液超循環でも被毒しちゃうのかしらぁん?」
僕の頭の中には血液超循環使用時のデタラメな強さが浮かんだ。
「それは…………
いやっでもっ……
あの即効性はかなり凶悪です……
全く無毒という訳にはいかないと思います……
加えて三分間……
切れた時、水銀に触れていたら一瞬で被毒してしまいますよ……」
「う~ん……
じゃあどうしよぉうかしらぁん……
所でアタシ気になったんだけどぉ……
まだ全方位の中に蒼い反応出てるのぉ……?」
全方位確認。
依然として半径約二キロ四方に広がる蒼い反応。
「はい……
まだ出てますね……」
「コレってぇ……
その水銀に触れた物を認識出来るって話じゃなぁい……?」
「ハイ……
まだ確証は取れて無いですが……
多分……」
「そんな広範囲の情報がいっぺんに頭に雪崩れ込んできて、処理が出来るのかしらぁ……?」
確かにそうだ。
全経四キロ。
環状に広がる水銀。
そこから得られる情報量は恐らく膨大だろう。
よしんばそれを処理できるとしても、集中してて他への注意は散漫になるのでは…………
例えば…………
空とか!?
「…………綴さんの意見で作戦立てて見ました。
聞いてくれますか……?」
「どんなのぉ?」
「まず僕がガレアに乗って空から偵察。
さっきは空、飛んでて気付かれましたが、今は水銀を広範囲にばら撒いて索敵してますので多分気付かれないでしょう。
そして敵がどちらを向いているか確認します。
どちらを向いているかは上空からメールで知らせます。
メールを確認したら敵の背後に回って、血液超循環の準備に入って下さい。
完了したら携帯を一度鳴らして下さい。
僕が流星群で敵の周りにグルッと目くらましの炎上壁を創ります。
それが合図。
飛び出して敵を撃滅して下さい」
無論ここで放つ流星群はブーストをかけている。
「あらん……
アタシ炎の中に飛び込むのぉん」
「もっ……
もちろんっ!
充分立ち回れるだけのスペースは作りますよっ!」
「いいわよぉん……
何か吉原炎上みたいで素敵じゃなぁい……
さすがにアタシはオッパイ放り出して走ったりしないけどねぇん……」
綴さんが言ってるのは、大昔の邦画“吉原炎上”の話だ。
「綴さんが飛び出した段階で僕も上空から襲撃します。
制限時間は三分。
タイムオーバーになったら、ガレアに回収してもらって上空に逃げましょう」
「ふうん……
解ったわぁん……
じゃあアタシはメールを待ってればいいのねぇん……」
「はい……
ではその手筈で……
ガレア、行くよ」
僕はガレアに飛び乗る。
ちなみに暮葉はずっとガレアに座ったまま。
僕の言いつけを護っているんだ。
可愛いなあ。
【んで次はどうするんだ?
竜司】
まあ解っていたけどガレアは相変わらず話を聞いていないなあ。
「とりあえず、僕が言う方向へ飛んで」
【おう】
バサァッ!
ガレアが翼を大きくはためかせる。
ビュンッ
臀部が物凄い力で押し上げられるのを感じる。
瞬時に僕ら三人は薄茜色の大空へ。
バタバタバタバタ
風が激しくはためいている音が聞こえる。
―――ガレア、まずこっちへ飛んで。
ポンコポンコ
僕は方向を指し示す。
さっきの広場の方だ。
―――おう。
ホイじゃ行くぞー。
ポンコポンコ
ビュンッッ
風圧が前面に当たる。
発動
ドルンッッ!
ドルルルルンッッ!
魔力注入発動。
これで良し。
観測ポイントに即到達。
通り過ぎるぐらいの勢いだ。
ガレア速過ぎる。
―――ちょっ!
ガレアッッ!
ストップストップッッ!
ポンコポンコ
―――ん?
何だ?
竜司。
ポンコポンコ
―――行き過ぎてるよ。
ちょっと戻って。
ポンコポンコ
―――何だよ。
めんどくせえなあ。
ポンコポンコ
別にポイントにこだわる事は無かったんだけど、何となくだ。
ブー垂れながらちゃんと言う事を聞いてくれるガレア。
定点でホバリングをするガレア。
―――よし。
そのまま……
ポンコポンコ
先の発動はまだイケるかな?
僕は目を凝らす。
おお、よく見える。
広場の方へ視線をずらす。
上空から見えるその光景に絶句する。
先程まで土色だった広場の地面が一面銀色に染まっている。
銀色の光沢が陽に反射してキラキラ光る。
もちろん光っている銀色は全て水銀だ。
これじゃあ背後に回って襲撃という訳にはいかないな。
―――ガレア、一旦戻って。
ポンコポンコ
―――何だ戻るのか。
ぶっ倒すんじゃねぇのかよ。
ポンコポンコ
―――ちょっと綴さんを拾ってくるんだよ。
ポンコポンコ
―――まあいいけどよ。
ポンコポンコ
ビュンッッ
すぐさま踵を返すガレア。
急旋回に身体が持って行かれそうになる。
全方位で見ると綴さんはさっきの場所のまま。
僕のメールを待っているんだろう。
早く戻ろう。
さすがガレア。
すぐに元居た場所の上空に着く。
―――ここだ。
真下に降りて。
ポンコポンコ。
―――おう。
ポンコポンコ。
ゆっくり下降するガレア。
下に小さく綴さんとシンコが見える。
「おーい」
上から声をかける僕。
何か既視感。
ドスッ
ガレア着地。
「あらぁん。
竜司君どうしたのぉん?
メールくれるんじゃなかったっけぇ?」
「ちょっと上から見たんですが……
見通しが甘かったんです……」
「どういう事ぉ?」
「あのですね……」
僕は上空から見た状況を綴さんに伝えた。
「……という訳です。
あれじゃあ、とても背後から襲撃とはいかないですよ……
距離があり過ぎる……
ですので……
メールの件だけ無かった事にして流星群で炎上壁を創ったら僕と一緒に上空から同時襲撃しましょう」
「ならシンコはどうするのぉん……?」
あ、しまった。
シンコの事を全く考えて無かった。
「シンコ……
は……
ですね……」
どうしよう。
全く考えて無かった。
ちらりとシンコの巨体とガレアの身体を見比べてみる。
うん。
多分無理。
ガレアにシンコを乗せて飛べなんてとても言えない。
僕は黙って考えていた。
「プッ……
アハハッ……
なぁにぃん?
シンコの事全く考えて無かったのぉん……?」
「はい…………
すいません……」
それを聞いたシンコがキレた。
【ンマーーッ!
何てシツレーなボーヤかしらぁっ!?
アタシこんなにミソッカスにされたの初めてだわぁっ!
ンモーーーッ!】
竜が牛になった。
頭をブンブン振りながらキャイキャイ言ってる。
「わわっ!
すっ……
すいませぇんっ!」
思わず謝ってしまう僕。
「アハハハハッ!
でもシンコ……
水銀毒ならアンタの調香華で何とかなるんじゃないの?」
【出来なくはないかも知れないけど、解毒まではねえ。
ボーヤの話じゃあ魔力通してるって話じゃない?
ここの土壌も確認しないといけないし】
「それでも進行を遅らせる事ぐらいは出来るんじゃなぁい?」
【まあそれぐらいなら……】
■調香華
シンコの特技。
体内で生成した魔力種子を使用してあらゆる効果を持つ華を咲かせる。
極度のリラックスや幻惑効果、そして解毒作用と産み出される効果は多岐に渡る。
効果は種子を植える土壌によって変わる。
従って希望の効果を産み出すのはかなり困難。
ある程度差異がある場合はシンコの調合によって近づける事は可能。
「…………って言う事ができるのよぉん。
この子は」
「すご……
って言うかそんな有用な特技があるなら早く言って下さいよ」
「だってぇん……
聞かれなかったしぃん……
それに竜司くんが頑張ってるのを見てるとォ……
何だかカラダからバブみが溢れて来てねぇん……」
一体何を言ってるんだこの人は。
って言う事はもう水銀毒に怯える事は無いと言う事か?
「じゃ……
じゃあ……
シンコが居れば水銀毒を無力化できるって事ですか?」
【このボーヤ、人の話聞いていないのかしら?
土壌次第って言ってるでしょォぉっ!】
もしかしてシンコは僕の事嫌いなんだろうか。
「土壌?」
【そぉーよぉっ!
お花は種子だけじゃ咲かないでしょぉっ!
栄養のある土壌に植えてぇっ!
たっぷりのお日様とお水ゥッ!
それがあって初めてお花は咲くのよぉっ!
魔力で栄養部分の補助は可能でも何から何まで出来る訳じゃ無いのよぉっ!
ンモーーーッ!】
再び竜から牛へ。
シンコは一体何に怒ってるのだろうか。
「そっ……
そうですね……
すいません……」
「シンコ、アンタ何に怒ってんのぉ?
忘れてた事なら竜司君、謝ったんじゃなぁい?」
【んっっ!?
何となくよっっ!
フンッッ!】
怒られ損だった。
何かシンコと話してると駆流の所のマッハを思い出す。
マッハがネガティブお花好きなら、シンコはアクティブお花好きだ。
「シンコ……
さん……
水銀毒についてはどうなんでしょう……?」
【どうって?】
「えと…………
例えば貴方は抗体を持っていて毒が効かないとか……」
【水銀なんて触った事無いもの。
抗体なんて持ってる訳ないじゃない】
あっけらかんとしたシンコ。
「じゃ……
じゃあ……
水銀があれば抗体を作る事は可能ですか?」
【ボギーも居ないのにそんなの無理よ。
アタシ割り出ししか出来ないしィ……】
「ん?
何でここで兄さんの竜が出て来るんです?」
「あぁ……
竜司くぅん……
それはねぇ……」
綴さんが言ってるのはボギーの特技、“分析”の事。
■分析
ボギーの特技。
視認したものの成分を判別する。
特徴として対象に触れる必要が無い為、絵や写真などでも分析可能。
豪輝のスキル“不平等交換”にうってつけの特技。
新しいものを作る場合、まずボギーの特技で分析して生成。
分析結果は魔力を通じて豪輝に送られる。
尚この特技は偽造宝石、ブランドコピー品等の判別にも重宝する。
(ただスーパーコピー品は、同一の材料を使っている時があり困難な場合もある)
現在判別時間は一秒を切る。
「……と言う事よん……」
やはり兄さんは最強だ。
そんな竜を使役している兄さんが敗ける絵なんか思い浮かばない。
綴さんが言うには、毒竜関連の案件は今回が初めてでないらしい。
魔力毒を扱う場合は該当の毒が含まれている物質(息、毒爪、毒液等)をボギーが視認。
成分表を豪輝が書き起こし、そこから適した土壌を見つけ出し調香華で抗体医薬を作成すると言う過程を通る。
ここで恐ろしく時間がかかるのが土壌探しである。
全国各署に連絡を取り、あらゆる土壌を集め一つ一つ確認していくと言う手間ののかかる方法を取らないといけない。
【正直もう土を見るのも嫌なくらいよ……】
シンコが遠い眼をしている。
おいアグレッシブお花好きじゃないのか。
魔力毒関連の案件はそんなに多い訳では無いが、その時は十五日部屋に缶詰めされたとの事。
理由は扱うのが毒なだけに一刻を争うからだって。
十五日で見つかったから良かったものの、もし見つからなかったらさらに長引くだろう。
「………………もちろん……
その時はアタシも一緒に缶詰めよぉ……
アン時は発狂するかと思ったわぁん……」
ゴクリ
生唾を飲み込む僕。
そしてちらりとガレアの方を見る。
【ん?
何だ?
竜司】
ガレアのキョトン顔。
「いや……
別に……」
良かった。
ガレアが分析やら調香華やらややこしい特技を持ってなくて。
ガレアは基本閃光をぶっ放して、超速で跳ぶだけだ。
物凄く解りやすい。
「この毒なんですけど……
身体が浸るだけで被毒するみたいなんですけど……
そこら辺はどうなんでしょう……?」
何かもうシンコには敬語で話さないとと言う感じになっている僕。
【そんなの厚めに魔力壁張れば多分大丈夫よ】
そんなものなのか。
本人が言ってるからそうなんだろう。
「じゃあ……
シンコ……
さんには別動隊としてすぐに調香華で水銀毒への対抗薬を作って欲しいのですが……」
【だからさっきも言ったけど、ここの土次第だから】
「ええ。
それは解ってます。
さっきの話だと進行を遅らせる薬は出来ると仰られてましたよね?」
【出来るとは言って無いわ。
出来なくもないと言ったのよ】
「出来ないとは言って無いですよね?
もしかしてこの対抗薬が決め手になるかも知れないので出来ればお願いしたいんですが……?」
【決め手ェッ!?
そ……
そお……?
ボーヤがそこまで言うのなら仕方ないわねぇ……】
気持ちシンコが嬉しそうだ。
良く解らない竜だなあ。
「あともう一つ……
その対抗薬は接種方法ってどうなるんでしょうか……?
注射だったりとか吸気だったりとか……」
【咲く華による】
つっけんどんなシンコ。
まあそりゃそうか。
あっそうだ。
綴さんとシンコにも精神端末を渡しておこう。
僕は両掌の間に魔力を集中する。
眩く光り出す。
「ちょっとぉん……
竜司くん……
何してんのぉ……?」
目の前の不思議な光景を見て、綴さんが尋ねてくる。
「今……
通信手段を作成してます……」
やがて両掌の間に現れる翠色の菱形。
淡い光を放っている。
「へえ……
これが通信手段になるのぉん?」
「ハイ……
でもまあ上手く行くかどうかわからないんですけど……」
これを二等分しないと。
イメージイメージ。
菱形の真ん中。
光の軌跡が降りていく。
よし出来た。
物珍しそうに見つめている綴さん。
「ハイ……
出来ました……
じゃあ綴さん、手を出して下さい」
無言で手を僕に差し出す。
菱形の欠片を押し込む。
すう
「アァンッ!
ハッ……!
挿ってくるぅんッッ!」
エロい声を出す綴さん。
何を勘違いしてるんだこの人は。
「は……
はい……
じゃあ次はシンコ……さん」
【アラ?
ボーヤ。
精神端末なんて創れたのねぇ】
さすが竜。
知っていた。
「はい……
まあ色々ありまして……」
シンコの掌に菱形の欠片を押し込む。
すう
すんなり入った。
―――綴さん、シンコさん。
聞こえますか?
ポンコポンコ
―――わっ聞こえるわ。
不思議なものねえ。
ポンコペンコ
―――問題無いわ。
ポンコペンコ
―――このポンコペンコ言ってるのはなぁに?
ポンコペンコ
―――すいません……
それは僕のレベル不足から来るノイズみたいなもんです……
でもポンコポンコじゃないですか?
ポンコポンコ
―――えぇ?
ポンコペンコよぉう。
ポンコペンコ
何だろう。
時間によって差があるのかな?
よくわからない。
「まあとにかく。
これで連絡手段はOKと言う事で……
作戦開始と行きましょう……
もう一度まとめます……
僕と暮葉、綴さんはガレアに乗って敵を上空から襲撃。
制限時間は三分間。
その間に敵を倒せなくてもガレアに回収してもらいます……
同時にシンコさんは別動隊で対抗薬の生成。
出来たら精神端末で連絡をお願いします……」
【了解】
「りょぉかぁいん」
そう言いながら綴さんはシンコに手を添える。
魔力補給だ。
おそらく血液超循環を使う為だろう。
【ん?
竜司、何すんだ?】
「今から敵をぶっ倒しに行くんだよ」
【おう。
そうか】
「はぁいん、準備OKェン!」
「では…………
作戦開始」
僕と綴さんはガレアに飛び乗る。
席順は一番前が僕。
真ん中が綴さん。
一番後ろが暮葉だ。
「綴さん、しっかり捕まって下さい。
じゃあガレア、お願い」
【おう】
間欠泉の様に下から湧き上がる強い力。
押し上げられる。
ビュンッッ!
勢いよく跳び上がるガレア。
顔に空気の層がぶつかる。
「キャァッ!」
ギュッッ
綴さんが僕の背中にしがみつく。
グンニョン
何か背中に当たっている。
いや何かがじゃない。
僕はもう解っている。
これは胸だ。
おっぱいだ。
オトナの巨乳が背中に押し当てられているのだ。
極上の柔らかさを背中で感じる。
だが僕は気づいていなかった。
押し当てている人間が色情狂だと言う事を。
―――あらぁん……
竜司きゅんったらぁん……
物凄くドキドキしちゃってぇん…………
お姉さんのおっぱいが原因かなー……
ポンコペンコ
綴さんが念話でからかってきた。
―――なっ……
何言ってんですかっ!?
大事な作戦前なんですからっ!
真面目にやって下さいっっ!
ポンコポンコ
ススッ
背中から綴さんの手が伸びて来る。
這い寄るその感触はまるで蛇の様。
ゆっくりゆっくり下腹部へ向かっている。
おいまさか。
―――んふふぅ~……
そんな事言っちゃってもォ……
ココはしっかりオトコノコしてるじゃなぁいん……
ポンコペンコ
―――わぁっ!
どっ!
どこ触ってんですかぁっ!
やめて下さいッッ!
ポンコポンコ
ススッ
這いずる蛇は止まらない。
左手で下腹部をキープしつつ、右手を服の中に入れてきた。
―――んふふ~……
コッチの具合はどうかしらぁん……
ポンコペンコ
こいつ、乳首を弄りに来やがった。
―――そっっ!
……そんなトコッッ!
弄らないで下さいっ!
ポンコポンコ
―――あらん……
もうコリコリじゃないのぉん……
ポンコペンコ
ぐにゃん
依然として背中に当たる巨乳。
下腹部と乳首で忙しなく動く蛇。
二点責めは勘弁してくれ。
―――ねえねえ、さっきから何してるの?
ポンコポンコ
―――あらぁん……
暮葉ちゃんもぉん……
旦那様の喜ばせ方を覚えておかないとねぇん…………
これも花嫁修業の一環よぉん……
ポンコペンコ
この人、何普通に嘘ついてるんだ。
ガッ
乳首を弄りまくっていた蛇は退散し、代わりの蛇が入って来た。
右胸部に伝わる感触。
スラっと細く長い指。
この感触には覚えがある。
コイツ暮葉の指を招き入れやがった。
―――ん?
なあにコレ。
何だかすんごくコリコリしてるわよ。
ポンコポンコ
―――そ・れ・は・ねぇん……
オトコノコがカンじる場所よぉん……
ポンコペンコ
誰かこの色情狂を止めてくれ。
―――あぁっ……
やめてっ……
そんなに弾かないでぇっ……
ポンコポンコ
僕は生娘みたいな声をあげながら、身を捩る。
いやまあ童貞ですが。
―――キャハハ。
竜司ってばヘンな声ー
ポンコポンコ
―――あらぁん……
竜司きゅん……
新しいオトナの階段登っちゃったのぉん……
ポンコペンコ
そう言いながら、下腹部の動きを止めない綴さん。
―――ウフフッ。
ココをこうするとどうなるのかしら?
ポンコペンコ
ビリッ
右胸部から全身に電気が走る。
大きく身を捩る僕。
―――お前ら、俺の背中で何やってんだ。
あんまり騒ぐと落っこちるぞ。
ポンコポンコ
グラァッ
ガレアの予感的中。
フッ
バランスを崩した僕の身体は大空へ投げ放たれた。
「うっ…………
うわぁぁぁぁぁっっ!」
重力に逆らうこと無く、グングン下降する身体。
視界の縁から黒くなっていく。
気絶の前兆。
助けてガレア。
【よっと】
ビュンッッ
僕が落ちた事に気付いたガレアは大きく宙返り。
半月状の軌跡を描きながら瞬く間に僕の下まで。
ドサァッ
誰かの両腕に落下した僕。
見上げると笑顔の綴さん。
―――竜司きゅうん……
おかえりぃん……
ポンコペンコ
―――おかえりじゃないですよ……
全くもう……
ポンコポンコ
―――竜司、大丈夫?
ガレアの背中で暴れると危ないよ?
ポンコポンコ
誰のせいだと思ってるんだ。
まあ僕の身を案じてくれてるんだから良しとしよう。
気を取り直して僕らは進む。
やがて見えてくる。
広大な銀色の水溜まり。
―――あれ全部水銀なのぉん……?
凄いわねねえ……
ポンコペンコ
―――綴さん、そろそろ血液超循環の準備をお願いします。
ポンコポンコ
―――りょおかぁいん……
ポンコペンコ
ペリペリ
ズジュルゥッ
ジュルッ
ジュルジュルジュル
後ろで血液パックを飲む音が聞こえる。
―――空のパックは投げ捨てないで下さいよ。
ポンコポンコ
―――わかってるわよぉん。
ポンコペンコ
三回血液を飲む音が聞こえた。
僕も準備しないと。
ドクンドクンドクンドクン
尻から魔力補給。
保持
ガガガガシュガシュガシュ
よしOK。
お次は……
―――暮葉、僕にブーストかけて。
ポンコポンコ
―――わかったわ。
ポンコポンコ
僕の背中に暮葉の手が添えられる。
力が湧いてくる。
よし準備OK。
―――僕の準備は出来ました。
綴さんの方はどうですか?
ポンコポンコ
―――OKよぉん。
じゃあ始めちゃおっかなぁん…………
血液超循環。
ポンコペンコ
―――わわっ……!
ちょっ……!
ちょっと待って下さいっ!
流星群ッ!
ポンコポンコ
綴さんの先走りに焦って、急いで全方位を発動する僕。
今真下に辰砂が居る。
標的捕縛設置。
場所は辰砂から一メートルほど離れた場所をグルッと取り囲む様に。
ボッシュゥゥゥゥゥッ
背中で噴出音。
後ろで発動してしまった。
「シュゥゥゥゥゥゥゥゥ…………」
「アァ……
アタシもう無理ィ……
身体の火照りが抑えられなぁい…………
行くわ……」
「…………ゥゥゥトォォォォォッ!!
…………ってアレッ?
何てっ!?」
風の音がうるさくて綴さんが何て言ってるのか解らない。
後ろを振り向くと……
フッ
綴落下。
「エッ!?」
後ろに居た見慣れた人が消えた事で、驚く僕を尻目に流星群が発動したガレアが白色光に包まれる。
「Hearッ!
Weッ!
Goォォッッ!」
###
「ハイ、今日はここまで」
「ねえパパ。
最後の方、綴さんと暮葉に何されてたの?」
それを聞くか。
時々エロ話に引っかかる子だ。
「く…………
くすぐられたんだよ……」
それを聞いた龍は無言。
「…………ウソでしょ……?」
気付いている。
「ババッ……!
馬鹿な事を言うなあッ!
龍はぁっ!」
後半の話の詳細は正直勘弁してほしい。
内容が完全に龍には早すぎる。
なら何で言ったって話だけど。
「ねぇ……
ホン……」
「やぁっ!
今日も遅くなってしまったなぁっ!
そろそろ寝ないと明日起きられないぞっ!
じゃあっ!
おやすみっ!」