第百十四話 竜司と暮葉の御挨拶周り⑩~決戦 前編
「やあ、こんばんは。
今日も始めていこうかな」
「ねえパパ。
だから海人づくしって何なの?」
龍が前回の話を引きづっている。
しつこい。
「だから昨日も言っただろ?
人には知らなくていい事って言うのがあるんだよ。
さあ今日も始めていくよ」
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ギシッギシッ
僕らは階段を上がり二階へ。
階段の軋む音がする。
たった四ヶ月なのに酷く懐かしい気がする。
皇家 二階
「さあこっちだよ暮葉」
「ねえねえ竜司。
どこに向かってるの?」
「僕がここに居た時の部屋だよ。
二階の一番奥なんだ」
「へー」
そんな話をしている内につきあたりに辿り着く。
ガチャ
中に入る。
四か月ぶりだ。
変わってない。
アステバンのポスターもそのままだ。
ん?
アステバン?
僕は事態に気付き、四か月の懐かしさを感じる余裕も無く弾け飛ぶ様にに中に入る。
そして超速度で全てのアステバンのポスターを引っぺがす。
暮葉の為に。
「とりゃぁぁぁぁっ!」
そして丸めたポスターをくずかごに思いきり投げ捨てた。
あっという間に殺風景な部屋に早変わり。
「りゅ……
竜司っ?
どっ……
どうしたのっ!?」
「ハァッ……
ハァッ……
いや……
何でも無いよ……
さっ中に入って」
「うん……
お邪魔します……」
【オジャマシマス】
「ガレア、前に来た事あるだろ」
ちょこんと床に座る暮葉。
今、僕の部屋に。
今、僕の部屋に女の子が居る。
しかもトップアイドルで文句なしに可愛い。
あぁイチャイチャしたい。
物凄くイチャイチャしたい。
そんな邪な事を考えているとガレアが……
【なーなー竜司。
アステバン見ようぜ】
「ヒヤァァァァッ!
アッ……!
アステバンッッ!!」
そういえばコイツが居たんだった。
例のフレーズを聞いた暮葉。
途端に膝を抱え体育座り。
右手で絨毯をカリッカリッと引っかき始める。
「あたしのー♪
心のー♪
ふーかーいやーみのなっかーからっ♪
オイデオイデッッ!♪
オーイーデをー♪
すっる人っ!♪
アステッバーーーンッ!♪」
怖っ!
怖い。
今回の暮葉のトラウマソングは純粋に怖い。
ちなみにこれはちあきあけみって人の“夜へ急ぐ人”って曲。
紅白歌合戦で披露されて司会が“何とも気持ちの悪い曲ですねぇ”と思わず言ってしまったという曰く付きの曲だ。
ってだから何でこんな古い曲。
しかも暗い曲を知ってるんだ暮葉は。
僕は急いで暮葉の肩を持ち左右に揺り動かす。
「おーーいっ!
暮葉ーーッ!
戻ってこーーいっ!」
「ハッ!?
私どうしてたのかしらっ!?」
ふう。
何とか帰って来た。
お次はガレアだ。
僕はガレアの側に寄り耳打ち。
「ゴニョ……
ねえガレア……」
【ん?
何だ竜司】
「ゴニョ……
今日はさ……
その……
暮葉がいるからさ……
アステバンは……
無しの方向で……
ゴニョ」
【えー何だよそれー】
「ゴニョ……
ゴメン……
だって暮葉……
アステバンの名前聞いただけでもおかしくなるんだもん…………
ゴニョ」
【全くしょーがねーなぁ。
じゃあ漫画見せてくれよ漫画】
「漫画ならいっぱいあるよ。
こっちに来て」
僕はクローゼットを開ける。
下に大量の漫画が列を成している。
その数凡そ二百。
【おーいっぱいあんなー。
どれにしようかな……?
あっタイガーボールあるじゃん。
これにしよっと】
ガレアは片手で十冊程掴む。
相変わらず大きな手だなあ。
そのままガレアは寝転んで漫画を読み始めた。
にしても大きい手を器用に使って読むもんだなあ。
さて、僕はどうしよう。
とりあえず暮葉の元へ。
僕は隣に座る。
スッ
ちょっと僕から寄ってみる。
今僕の部屋に暮葉と二人きり。
正確にはガレアも居るのだが僕の眼には暮葉しか映らなかった。
長くサラサラの銀髪。
キラキラの光沢が綺麗だ。
パッチリと大きい眼。
深い紫の瞳が真っすぐに僕を見ている。
細く高い白い鼻。
そしてほんのり桜色の唇。
マジマジと暮葉の顔を見てしまう。
「なあに?
竜司、どうしたの?」
暮葉の問いに赤面してしまう僕。
身体から香って来る華の様な匂いに心の隅々まで溶けてしまいそうになる。
「いや……
こんなにじっくりと間近で暮葉の顔を見たの初めてだったから…………
その……
可愛いよ暮葉……」
僕の返答を聞いた暮葉も頬がゆっくりと桜色に染まって行く。
「フフ……
私今顔が熱いわ……
っていう事は今の“カワイイ”は感情を乗せてくれたって事ね……」
そう言いながら笑顔ではにかむ暮葉。
僕の中で愛おしさが限界値まで到達。
「暮葉っ!」
「キャッ!」
僕はギュッと暮葉を抱きしめていた。
溢れ出る感情を抑えきれずにとった行動だ。
「暮葉っ!
大好きだっ!
僕の隣にずっと居てっ!
僕から離れないでっ!」
僕は今の感情を吐き出すと暮葉は優しく背中に手を回してくれた。
「もう……
急だからビックリしちゃったじゃない……
うん……
私も竜司が好きよ…………
だって今物凄く心がポカポカしてるもん……
このポカポカは凄く好き……
そしてこの“好き”をくれたのは貴方よ竜司……
安心して……
ずっと私は隣に居るわ……」
優しくそう言ってくれた暮葉。
嬉しい。
本当に嬉しい。
今、僕は暮葉と抱き合っている。
今、全身で暮葉の柔らかさと暖かさを感じている。
しまった。
僕はこの後どうすればいいか判らない。
ずっとこうしていたい。
だけど、それが変な事は僕でも解る。
どっ……
どうしよう。
ここからどうしよう。
とりあえず僕はゆっくり暮葉から離れる。
見つめ合う頬の赤い僕ら。
しばし沈黙。
「あっ……!?
ぼっ……
僕、お風呂入って来るよっ……!」
「うん……
わかった……
竜司……
お風呂ってどこにあるの?」
「一階の玄関から真っすぐ行ったつきあたりだよ。
ガレアー、お風呂どうする?」
【俺はいいや。
タイガーボールが今面白い所なんだ。
カタッツ星にミルーク破争隊がやって来る所なんだよ】
「暮葉は?」
「私は頂くわ」
「それじゃあ僕、先に入って来るよ」
僕は寝間着を持って浴場へ。
ウチの風呂は駆流の家程じゃないけどそこそこ広いんだ。
総檜張りで長方形の和風のお風呂。
やっぱり建てる時にお爺ちゃんが設計したからかな?
僕は脱衣所で手早く服を脱ぎ浴場へ。
そしてどういう仕組みか判らないけどウチの風呂っていつも沸いてるんだ。
だから二十四時間いつでも入れるんだよね。
僕は身体を流し浴槽へ
ザブン
「あぁぁっぁぁぁぁぁあ…………」
物凄く気持ちいい。
誰かが言ってたっけ“風呂は心の洗濯”って。
ウチの浴槽は広いから足を延ばしてもまだまだ余る。
チャポ
僕は水面からお湯を掬い顔を洗う。
「ふう……」
ホントに気持ちいい。
僕はしばらく湯船に浸かっている事にした。
ガチャッ
外で脱衣所のドアが開く音がした。
父さんでも歯を磨きに来たのかな。
入口の方を見ると何やら人影の様な物が見える。
湯気で良く解らないが。
まあ父さんだろう多分。
チャポ
僕はもう一度湯船のお湯で顔を洗う。
「さぁ、身体でも洗うか……」
僕は入り口の人影の事を父さんと決めつけ全く気にも留めてなかった。
小椅子に腰かけ、さあ洗おうと思ったその時……
ガチャッ!
「竜司っ!」
勢いよくドアが開いたかと思うと一糸纏わぬ姿の暮葉が飛び込んできた。
「うわぁぁぁぁぁぁぁっっ!」
僕の顔は瞬時に赤くなる。
眼を固く瞑りそっぽを向く。
「あれ?
竜司どうしたの?」
「あれ?
じゃないでしょーーっ!!
何でお風呂に入って来てるのーーッ!?」
何だこのベタな展開は。
大体こういう展開は普通逆じゃないのか。
よくある展開では男主人公がうっかり入浴中の女キャラの裸を見てしまうってパターンじゃないのか。
大体暮葉は恥じらいと言うものが無い。
可愛いとか言ったら恥ずかしがる癖に。
「え?
だって恋人は一緒にお風呂に入るって漫画で読んだわよ?」
多分暮葉はキョトン顔。
「あっ!
そっかっ!」
声で解る。
何かに気付いた様子。
「なっ……
何っ?」
「お背中お流しいたしますっ!
この言葉が無かったからずっとそっぽ向いているのねっ!」
うん。
何かズレてる。
「ちがーーーうっ!
せめてっ!
せめてっ!
バスタオルを巻いてーーッ!」
「ふうん。
それじゃあバスタオルを巻いたらこっち向いてくれるの?」
「あぁっ。
それなら問題無いっ!」
ガチャ
一旦外へ出る暮葉。
ガチャ
「ハイ。
これで良いの?」
再び入って来る暮葉。
安心して暮葉の方に振り向く。
うん確かにバスタオルは巻いていた。
腰に。
「もっと上ーーーーーっ!」
あぁ。
ついに見てしまった。
いや認識してしまったと言うべきか。
大きな双胸の上にある乳首を。
暮葉の乳首はピンク。
僕の頭の中に刷り込まれてしまった。
これが大人の階段を昇るというやつか。
僕は新しいピンク情報を更新した上でまたそっぽを向く。
「あぁっ!
竜司ってばまたそっぽ向いてーっ!
ウソツキッ!
タオル巻いたらこっち向くって言ったじゃないっ!」
「だから胸を隠せって言ってんのーっ!」
僕はソッポを向きながら左手を暮葉の方に突き出し強引にタオルを上げようとする。
ぷにゃん
「やんっ!」
何やら物凄く柔らかいものを掴んでしまった。
少し手を動かしてみる。
ぷにゅぷにゅん
ソレは物凄く柔らかく微かにしか抵抗が無い。
そして掌に柔らかい突起が当たってるのが解る。
「あんっ……
ダメッ……
竜司ってばぁ……
そこは私のおっぱいだよう……」
僕は慌てて手を離す。
「わわっ!
ゴゴゴッゴメンッ!
とにかくバスタオルをもっと上げてっ!
お願いだからっ!」
「ふうん変なの…………
ハイ、これでいいの?」
僕は恐る恐るゆっくり眼を開けて暮葉とご対面。
良かった。
胸元までバスタオルで覆われていた。
……にしても、タオルを巻いて大事な所が隠れているとはいえ……
スタイル良いなあ……
ウエストなんかもキュッとなってて……
さすがトップアイドル。
僕はマジマジと見とれてしまった。
「わっ……
竜司、また気持ち悪い眼してるー」
「えぇっ!?」
素っ頓狂な声をあげる僕。
声が反響して風呂場全体に響く。
「相変わらずヘンな声が出るわねぇ竜司。
フフフ冗談よ。
さっこっち向いて」
僕は素直に暮葉の指さす方向を向く。
ホントに背中洗ってくれるんだ。
「えっと……
スポンジスポンジ……
あっこれね……
ええと……
ボディソープは……
これね」
カシュカシュ
割と手慣れている。
そりゃそうか。
家で風呂に入るもんな。
「じゃー洗いまーすっ……
ゴシゴシ……
んしょんしょ……
わっ背中に丸い跡がある……
これなあに?」
「あぁ、これはハンニバルと戦った時に付いた跡だよ」
「あぁ、あの時の……
あの時はホントにビックリしたわ……
あのまま死んじゃうんじゃないかって……」
ゴシゴシ
「ハハハ。
ホントだよね」
「ハイッ。
流しますよーぉ」
ジャアァァァ
僕の背中にお湯がかけられる。
「ふう気持ち良かったよ。
ありがとう」
「はいっ!
交代っ!」
交代?
そう言った暮葉はヒョイッと僕を持ち上げる。
「わっ」
そのまま強引に左にどかされ、空いた小椅子に暮葉が座る。
「ハイッ!
どうぞっ!」
そう言って背中を向ける。
「な……
なにやってんの……?
暮葉」
「私も洗ってっ!
あっ……
これがあったら洗えないわね……」
はらり
暮葉が巻いていたバスタオルを解く。
「わーっっっ!
わかったっ!
洗うっ!
洗うからちゃんと前は隠してよっ!
お願いだからっ!」
「ん?
別に良いけど……
ヘンな竜司」
暮葉は片手でバスタオルを抑えながら、もう一方の手で長い銀髪を上に持ち上げる。
真っ白いうなじが見える。
ちらり
目線を下げる。
暮葉の白いお尻の線も見える。
あぁ、暮葉のお尻……
触ってみたいなあ……
って何を考えてるんだ僕は。
ちらり
目線を少し上げるとそこには暮葉の横乳。
大半は隠れているとは言ってもそのボリュームは正面から見なくても判る。
触らなくても柔らかさが伝わって来る。
ってだから何を考えているんだってば僕は。
早く自分の職務を全うしないと。
カシュカシュ
スポンジを泡立て背中を洗う。
何か泡立ちが良い。
ガレアの時もそうだったけど竜って言うのは泡立ちが良いものなのかな?
すぐに暮葉の身体は泡塗れになり僕の恥ずかしさも軽減される。
「ハイ、じゃあ流すよ……」
シャァァァァ
背中の泡が落ちていき暮葉の白い背中が露になる。
途端に恥ずかしくなる僕。
そんなこんなで僕と暮葉のピンクバスタイムは終了。
暮葉は髪の毛を洗うそうで先に上がる僕。
正直出ても頭の中は鮮烈な暮葉の胸の映像でいっぱいだったよ…………
すいません。
何だかどっと疲れてしまった僕は暮葉が上がるの待って早々に寝てしまった。
翌日
僕は目覚める。
僕はゆっくり起き上がり手早く着替える。
「ガレア、朝だよ」
【竜司うす】
相変わらずガレアの寝覚めは良い。
お次は暮葉。
「スゥ……
スゥ……」
可愛い寝息を立てている。
出来ればこのまま眺めていたい。
でもそんな事も言ってられない。
僕は優しく暮葉を揺り動かす。
「暮葉……
起きて……
朝だよ」
「ううん……
ふぁぁーぁ……
おはよ……
竜司」
目を擦りながらゆっくり身体を起こす。
可愛い欠伸をしている。
「暮葉……
着替えたら下に降りてきなよ」
「うん……
わかった……
ふぁーぁ」
僕は下に降りる。
居間に向かう。
テーブルには朝食が用意されていた。
僕と暮葉、ガレアの分も。
「いやーーーぁ……
ゴフッゴホッ……
おはよーぉございまぁーすっ…………
ゴホッゴホンッ!」
父さんは現在虚弱モード。
この父さんなら多分フライパンを持っただけで骨折しそうだ。
……となるとこの朝食を作ったのは……
「フン……
朝食は一日の活力の源……
空腹が原因で満足に戦えなかった等と言われては敵わんのでな」
やっぱりお爺ちゃんが作ったのか。
「あ……
ありがとう……
お爺ちゃん」
「フン……
心して食えよ……
貴様の様な落ちこぼれには過ぎた朝食よ」
「おはようございます」
暮葉とガレアも降りてきた。
用意されている朝食に目が行く。
「あら?
ご飯……」
「ゴフッゴホッ……
これは天華さんの分ですよーーぉっ……
遠慮せずにどぉーぞ…………
そちらの竜さんもどぉーぞ……
ゴホッゴホッ」
「はいっ頂きますっ!」
【イタダキマス】
「……頂きます」
朝食は
ご飯
焼き魚
卵焼き
豆腐の味噌汁
ほうれん草のお浸し
定番の和朝食メニュー。
って言うかお爺ちゃんこんなの作れたんだ。
ズズズ
味噌汁を一口。
うん普通に美味しい。
「…………お爺ちゃんこんなの作れたんだ……」
「フン…………」
特に何も言わないお爺ちゃん。
朝食終了。
ポン
父さんが柏手を打つ。
今虚弱モードだから何か弱弱しい。
「さぁーーーっ……
ゴホンゴホンッ!
食事も終わった事ですしーーぃっ……
手合わせと行きましょうかねーーlっ……
ゴフンゴフン」
「そう言えば場所を提供するって言ってたけどどこでやるの?
父さん」
「六甲アイランドですよォーーッ……
ゴホッゴホッ」
六甲アイランドと言えば神戸の埋め立て地だ。
「何でそんな所に?」
「そこにーーぃっ……
ゴホンゴホン……
僕のーーォッ……
会社があるんですヨォーーッ……
そこならーーぁっ……
多少の無理も効きますのでぇーーっ……
ゴホンゴホン」
僕と祖父の手合わせだ。
しかも竜河岸としての。
周りの被害は甚大なものになるだろう。
「……ホントに大丈夫なの……?」
「ハハッ…………
ゴホンゴホン……
どぉーせウチの会社ァ……
僕に辞められたら中東方面の仕事が成り立たなくなりますしねーーーっ……
海賊と戦って百%勝てるの僕ぐらいですしーーぃっ……
ゴホンゴホン」
何やら怖い事を弱弱しくサラッと言う父さん。
今の口ぶりだとおそらく父さんは会社では割と上の地位なんだろう。
まあなら大丈夫か。
「ふん……
あそこか……
なら儂は先に行っておるぞ……
カイザッ!」
「はっ」
スッと立ち上がる黒の王。
そのまま黒の王の方を向かず玄関へ。
ついて行く黒の王。
僕らや父さんも一緒に玄関へ向かう。
靴を履き外へ。
僕らは入り口に向かうが祖父は右に曲がり庭へ。
「……お爺ちゃん……
どこ行くの?
入口はこっちだよ……」
「フン……
儂が貴様なんぞと仲良く行くかと思ったのか馬鹿が……
滋竜っ!
場所は貴様の職場で良いのだなっ!」
「はぁーーい……
いいですよぉーーっ……
ゴホッゴホッ……
あっ……
でもーっ……
父さぁーーんっ……
ゴホッゴホッ」
「……迅……」
ギャンッ!
父さんの話を聞き終わる前にポツリと呟いたかと思うと物凄い勢いで空高く舞い上がる祖父と黒の王。
瞬時に親指程の大きさになった。
ギュオッ!
褞袍をはためかせた祖父は瞬く間に東の空に消えていった。
重力操るって便利だなあ。
でもお爺ちゃん、あんな速度で空飛んで身体大丈夫なのかな。
「あちゃぁーぁ……
行っちゃいましたかぁーっ……
我々加古川からだとーーっ……
ゴホッゴホッ……
一時間ぐらいかかるのにぃーーっ……
ゴホッゴホッ」
「お爺ちゃんってどれぐらいで着くの?」
「えぇーっと……
多分ーっ……
五分ぐらいじゃないでしょぉーかぁーーっ……」
「五分……
ですか」
余りの速さに思わず敬語になってしまう。
「多分ですけどねぇーーっ…………
ゴホッゴホッ……
父さんの飛行スキル“迅”はですねぇーーっ……
ゴホゴホ……
亜音速まで速度が出るって話ですよぉーッ……」
「音……
速……」
僕は絶句する。
僕のお爺ちゃんは竜河岸の能力でペイパーコーンが出せるのか。
「まぁーーっ……
でも街中で音速なんか出したら衝撃波で滅茶苦茶になりますからぁーーっ……
ゴホッゴホッ……
数えるほどしか出した事無いとは言ってましたけどねぇーーっ……
ゴホッ」
「……じゃあ僕らも早く行こう。
父さん」
出かける前に物凄く凹んでしまった僕。
僕の何倍もずっと竜河岸として生きてきたお爺ちゃんに一発入れる事なんて出来るんだろうか。
何となく足取りが重たくなる。
JR加古川駅
「父さん、ここからどこに行くの?」
「えーっ…………
六甲アイランドのマリンパーク駅までですよーーぉっ……
ゴホゴホッ……
竜河岸が竜を連れてる時は窓口で買うんですよねーっ……
ゴホッゴフッ……
窓口なら六甲ライナーの券も一緒に買えるから便利ですヨォーッ……
ゴフッ」
「へぇそうなんだ」
僕はさっそく窓口へ。
(いらっしゃいませ)
「六甲アイランドのマリンパーク駅まで中学生二枚と竜一枚」
(有難うございます。
三千三百三十円です)
ホントだ。
買えた。
僕らは電車に乗り込む。
「父さん、どこまで行くの?」
「えーっ……
住吉までですねーーっ……
ゴホッゴホッ!
そこでーーぇっ……
六甲ライナーに乗り換えですヨォーッ……
ゴホッ」
電車に揺られる事四十分。
(住吉~住吉~)
「着いたよ……
みんな降りよう」
「はぁい」
【へいよう】
「ちょっ……
ちょっと待ってっ……
オェッ……
ゴホッ……
オエッ……
ゴホッ……
よっ……
酔った……
オエッ」
父さんが乗り物酔いを訴えている。
ってかそんな揺れたか?
ってか電車で酔う人初めて見た。
見ている内に四つん這いになる父さん。
(大丈夫ですか?
駅員呼びましょうか?)
見ず知らずの一般のおばさんがたまらず声をかけてくる。
「ありがとうございます。
でも大丈夫です」
ピリリリリリリリ
やばい。
ドアが閉まってしまう。
僕は父さんを抱える。
ヒョイ
めちゃくちゃ軽い。
一体何キロだ。
僕は今魔力注入なんて使ってない。
ってそんな事考えてる場合じゃない早く降りないと。
プシュー
何とかギリギリ間に合った。
とりあえず僕は父さんをホームのベンチに座らせる。
先に降りていた暮葉とガレアが駆け寄って来る。
「竜司っ
お父さんどうしたの?」
【竜司。
お前のとーちゃん、顔が真っ青だぞ】
「あぁ……
何か乗り物酔いしちゃったんだってさ」
そんな話をしていると父さんから弱弱しく声がかかる。
「あーーっ……
竜司さんーーっ……
オェェェ……
ゴホッゴホッ……
僕のーぅっ……
ポケットからタッパー取り出してくれませんかーーっ……
オエッ」
「い……
良いけど……」
父さんの有様に若干引きつつダボダボの服のポケットをまさぐる。
出てきたのは透明の小型のタッパー。
中は何やら粉やらカプセルやら錠剤やらがパンパンに詰まってる。
「あーっ……
竜司さん……
ウェッ……
水をーォッ
買って来てくれませんかーぁっ……
ゲホッゴホッ」
僕は言われるままに自販機でミネラルウォーターを購入。
それを父さんに手渡した後、聞いてみた。
「父さん……
このタッパーの中身何なの……?」
「あーっ……
これはーっ……
マレイン酸フェニラミン。
ジフェンヒドラミン。
塩酸メクリジン。
スコポラミン臭化水素酸塩水和物。
ジプロフィリン。
アミノ安息香酸エチル。
アルミノプロフェン……」
「OKわかった。
とりあえず薬がいっぱいだね。
これの中のどれを飲むの?」
「え…………?
全部です……
ゴホッ」
「えっ?」
今なんて言った?
全部?
これ全部か?
いくらタッパーが小さいと言っても十や二十じゃ効かない量だぞ。
僕が父さんの言った事を理解する間も無くタッパーを開けガバッと全部口に入れる。
お次はペットボトルの飲み口を咥え天を仰ぐ。
ゴクゴク飲み出した。
一気に二百五十ml程飲み干した。
ゴトン
ブルブル震え出した父さんの手からペットボトルが落下。
震えが全身に回りブルブルブルブル震える父さん。
「とっ……
父さんっ!?
大丈夫っ!?」
「……ガガッ……」
「ガガ……?」
奇声を発する父さん。
「ガガッ……
ガガッギギギホホホゥゥゥッ………………
アヒャァァッァッ…………」
全身の震えが大きくなり、叫ぶ父さん。
叫び終わると少し静寂。
カッと目を見開く。
「オクレ兄さんっっっ!!」
誰?
純粋に出た感想である。
これが僕の父さん。
もう一度言うこれが僕の父さん。
「ふぅーーっ……
ゴホッゴホッ……
お待たせしましたぁーーっ……
さぁーーっいきましょーーっ……
ゴホッゴホッ」
僕は薬についてツッコんで良いものか迷っていた。
何か悶々とする。
六甲ライナー 住吉駅
ずっと悶々としてる僕。
ええいもう限界だ。
聞いてみよう。
「ね……
ねぇ……?
父さん……
あのさっきの薬、何なの?」
「んーーっ……
あぁーーっ……
あの薬は酔い止めですよーーっ……
ゴホッゴホッ」
いやあの量は酔い止めってレベルじゃねーぞ。
「ただーーっ……
僕の場合はーーっ……
酔うと関節も痛くなるのでぇーーっ……
その薬も含まれてますがねーーッ……」
「あ……
そう……
それでオクレ兄さんって誰?」
「え?
誰ですかぁーっ……?
ソレ」
「飲んだ後叫んでたじゃん」
「知らないですよーーっ……」
「……もういいや」
父さんが良く解らなくなってきた。
(次はー
終点マリンパーク駅です)
そんなこんなで目的駅に到着。
ここから更に父さんが解らなくなる。
「さぁーーっ……
降りましょうかーっ」
今の父さんの台詞に何か違和感を感じつつ、僕らは六甲ライナーを降り改札を出る。
「さぁーーーっ……
職場はこっちですヨォーーッ」
僕らは言われるままに歩きだす。
あっわかった。
父さん、駅に降りてから咳をしてないんだ。
「ねぇ、とうさ……」
父さんの方を振り向きながら僕の質問は途中で止まる。
それは父さんの身長がさっきよりも頭三つ分ぐらいい上だったから。
OK。
状況を確認しよう。
僕は上から下まで父さんを確認した。
まず下半身。
これは昨日確認したマッスルモード(ムキムキの時の父さんの呼称)父さんのソレだった。
が、腰から上は虚弱モードの父さん。
うん。
ヘン。
下半身はムキムキでハツラツとしているのに上半身は猫背でガリガリのまま。
服も上着はダボダボなのにズボンははちきれそうだ。
「父さん……
何それ……?」
「えーーっ……
何がですかぁーーっ……」
「いや……
その身体……」
「あぁーーっ……
そろそろ潮の香りが漂ってきましたからねェーーっ」
そう言えば確かに潮の匂いがしてきた。
「そんな感じで段階的に変わって行くものなの……?」
「んーーっ
そうですねぇーーェッ」
「あ……
そう……」
全身物凄くアンバランスな父さんと一緒に父さんの職場見学。
アンバランスな体型に関しては竜界でのハンニバルの竜化を見ていたせいか幾分か耐性がついていた様だ。
これが僕の父さん。
もう一度言うこれが僕の父さん。
僕らは父さんの職場到着。
物凄く広い敷地。
建物の上に大きくアルファベットの看板がある。
NYK RINE
NYK…………
あぁ日本郵船神戸の略か。
「ねえ父さん、こ……」
父さんの方を振り向きながら僕の質問はまた途中で止まる。
本日二度目。
その理由は父さんの身体は既に完全マッスルモードだったから。
オイ。
さっきのアンバランスモード確認したの十分弱前だぞ。
「エェ、そうデスヨォ。
ココが僕の会社デス。
フッフッフ……」
相変わらずマッスルモードの父さんの身体は凄い。
ツカツカと門の中に。
中はハリウッド映画で見る様な赤や青のコンテナがズラッと並んでいるのが見える。
と、そこへ書類を見ながら歩いてくる男。
顔や腕は日に焼けて浅黒い。
体格も父さんに負けず劣らず筋骨隆々だ。
まさに海の男と言った感じ。
「あ……?」
前のマッチョな男性が僕らに気付いた様だ。
ゆっくりと父さんの前に立つ。
ゴゴゴゴゴゴ
いや、ホントに音がした訳じゃ無いんだけどただ何か二人のマッチョな男の間に漂う不穏な空気がそんな音を立てている気がした。
先に仕掛けたのは向こうだ。
「ハァッ!」
バリンッ!
向かいのマッチョ男の上着が弾け飛んだ。
中から浅黒い上半身が出現。
大きなトレーラーの分厚いタイヤが横に二つ並んでるかのような胸筋。
そこから相当な圧力でギュッと凝縮されたウエストへ。
見事にわかれたシックスパック。
とにかく物凄い身体つきの男がポーズを取っている。
このポーズ何て言うんだっけ…………
ええと……
あぁフロントリラックスだ。
「フフフフ……」
マッスルモード父さんの眼が赤く光る。
「ヘァッ!」
バツンッ!
次は父さんの上着が弾け飛んだ。
父さんの身体つきに関しては前に話した通り。
とりあえずムキムキなのだ。
そして父さんもフロントリラックスのポーズを取る。
何だ?
何だこれ?
この二人はポージングし合って何なんだコレ?
ピクッピクッ
父さんの胸筋が揺れる。
ピクッピクピクピクピクッ
向かいの男の胸筋も揺れる。
ピックピクピクピクピクッピックピク
次に父さんの胸筋。
ピクッピクピクピクピックピック
続いて向かいの男の胸筋。
だから何だこれ?
何やら交信している様にも見える。
「ハッハーーッ!」
突然向かいの男が白い歯をむき出し大きな声で笑い出した。
「わっ」
余りの大声で驚いた。
「君が船長の息子の竜司君かーーっ!」
名乗ってないのに何で名前知ってるんだ。
「あの……
貴方は……?」
「俺は魔地啓志。
滋竜船長の船で機関長をやっている。
みんなからはケイシーって呼ばれているっ!
よろしくなっ!
竜司君っ!」
あぁ、多分航海中に聞いたのかな?
「父さん、船の上で僕の事を何か言ってました?」
「いいやっ。
君みたいな大きな息子さんがもう一人居るなんて今知ったぞっ!
今日はお爺ちゃんと対決するんだってなっ。
場所はちょうどいい所があるからなっ!
がんばれよっ!」
バンッ!
ケイシーさんは強烈に僕の背中を叩く。
「ゲホッゲホッ……
は……
はい……
っていうかケイシーさん、何でそんな事まで知ってるんですか……?」
「ん?
今聞いたっ!」
海の男らしい豪快な答え。
僕は父さんの方を向く。
「フッフー……
竜司ィ……
不思議がってますネェ……
これぞっ!
マヤドー会海洋交渉術その七十六”筋肉は口程に物を言う”デスッ!」
やはりさっきの胸筋の揺れで会話してたらしい。
モールス信号みたいなものか。
って言うか筋肉で父さんと会話出来るって事はケイシーさんもあのなんとか会の術を使えるのか……
と言う事は……
海人づくしも……
ピクッピックピクピクピク
ケイシーさんの胸筋が揺れる。
ピクピクピックピクピクピック
続いて父さんの胸筋も。
「では竜司。
行きましょうか」
僕らはケイシーさんと別れ、父さんの後について行く。
辿り着いた先は波止場。
船は止まっていないため、僕の目の前には青黒い海が広がっている。
豆粒ほどの船がポツポツと見える。
海水の色はお世辞にも綺麗とは言えないが、陽の光がキラキラ反射している。
「うぅーーん……
父……
お爺ちゃん見かけませんねェ……
まあいいやァ……
先にバキラから紹介しときマショウかねェ……
出て来るかな……?
オォーーーイッ!
バキラーーーッ!」
しんと静まり返る海。
何も出てこない。
ボーーッ!
遠くで汽笛の音がする。
何かほのぼのする。
どこから出るのかな?
僕は辺りをキョロキョロする。
目線が横を向いた途端。
トプン
死角で微かに水音がする。
音の方を向く。
トプン
あれ?
何か居たような……。
僕はまた視線を外す。
トプン
また死角で水音が聞こえる。
音の方を向く。
トプン
また誰も居ない。
いや水面が波立っている。
何か居るんだ水中に。
「うーーん……
駄目でスネェ……
やっぱり恥ずかしがっていますカァ……
しょーがないデスネェ……」
父さんが荷物から何やら取り出す。
小さめのラジカセとマイクだ。
いそいそとラジカセにマイクを繋げる。
「ボリューム最大っと……」
カチッ
再生ボタンを押す。
チャチャンチャ♪
チャンチャンチャン♪
チャラチャーラーラー♪
「その身は巨大な竜なれど、心は可憐な乙女です。
明日は灘か瀬戸内か」
ザザザザザザ
父さんがマイクで何か演歌の前口上みたいなのを言い出すと大きな水音と共に波止場の側の水面が競り上がってきた。
「七つの海を股に掛け。
乙女心を唄います。
バトゥイラ・キ・ラルミルス。
“竜、乙女海峡”」
ザッパーーーンッ!
大きな水飛沫が僕らを襲う。
「プワッ」
袖で顔を拭き取るとそこには竜が浮かんでいた。
物凄く巨大な蒼い竜。
赤の王に匹敵。
いやそれ以上かもしれない。
鱗の色は綺麗なマリンブルー。
「海はヨォ~~♪
海はヨォ~~♪」
物凄い大声だ。
思わず耳を塞いでしまう。
この竜が唄っているのか。
しかも演歌。
ド演歌だ。
しかも結構上手い。
練習の量が見える。
僕らの目の前でド演歌を熱唱している巨大な竜に圧倒されている内に一曲終了。
【あっ。
滋竜っちー。
おかえりー。
アタシ寂しかったぁ~】
太くて長い首を曲げ、父さんに顔を向ける。
「イヤァ……
留守にして申し訳ありませんデシタネェ……」
【ん?】
僕らの方に大きな蒼い瞳を向ける。
バキラと呼ばれる竜が僕らに気付く。
「や……
やぁ……
こんにちは……」
何となく気まずい空気だったので僕から声をかけてみる。
【キャッ…………
キャァァァァァァァァァッッッッ!!】
ザッパーーーーーンッ!
再び僕らを大きな水飛沫が襲う。
「ぶわぁっ」
「キャアァッ」
余りの勢いに倒れてしまう僕と暮葉。
「大丈夫っ!?
暮葉っ!」
僕は素早く立ち上がり暮葉に駆け寄る。
「えぇ……
大丈夫……
ん?
どしたの?
竜司?」
暮葉は駆け寄った僕の顔を見て疑問に持ったのだろう。
何故なら僕の顔は赤面していたから。
赤面の理由は暮葉の服が濡れて純白の下着が透けていたからだ。
昨日の風呂の一件もありまともに正視できない。
僕の頭の中と手にはもう昨日の暮葉の胸の感触とピンクの乳首がありありと浮かんでくる。
「いやっ……
何でも無いよっ……」
あっしまった。
このパターンは。
僕は飛び退くよりも早く暮葉の手が伸びてきた。
ガッ
「コラーーーッ!
何で赤いのよーーッ!
答えなさーーいっ!」
ガックンガックン
久々に来た。
脳みそがシェイクされる。
力が強い。
さすが竜。
すぐに気持ち悪くなる。
「待って……
ちょ……
言……
言うから……」
パッ
「うわっ」
バタン
急に手を離すもんだから僕は倒れてしまう。
「でっでっ!
何で赤くなったのっ!?」
「あの……
ね……?
暮葉の……
下着が……
透けてるんだよっ!」
「下着?」
暮葉キョトン顔。
濡れた髪の毛がしっとりとしてて何かセクシーだ。
どうもよく判ってないらしく下と僕をキョロキョロ見る。
「あっ。
これっ?」
暮葉が張り付いている上着を少し持ち上げる。
「うっ……
うんっ……」
「これの何が恥ずかしいの?」
ガバッ
暮葉が豪快上着の胸元を開ける。
クッキリとしたYの字の谷間と白いブラジャーの一部分が見える。
「わーーーっ!
暮葉ーーーっ!
止めてーーーっ!」
「ハァいハァイ。
お二人さァん。
新婚さんみたいにイチャコライチャコラしなァい……
ホラ、バキラが出てこないじゃないですかァ」
僕が暮葉とワチャワチャしてる間に水面はもう緩やかな波が漂うだけの通常状態に戻っていた。
「父さんの竜……
どうしたの?」
「ハッハァー……
バキラはデスネェ……
少し恥ずかしがり屋さんなんデスヨぉ。
竜は大丈夫らしいんですが、知らない人間に見られると照れて隠れちゃうんですネェ」
ふむ、少し納得。
「それであの演歌は何なの?」
「アレはバキラの趣味デスヨォ。
バキラが自分の人見知りで悩んでた時に紅白歌合戦の坂木冬麗の“津軽海峡冬模様”の熱唱を見て感動しましてネェ」
「へぇ。
少し話してみたいな……
どうにかして出てこないかな?」
「大丈夫ですヨォ。
さっきの曲全部聞きましたヨネ?
どうでしタカ?」
「うん…………
僕、演歌の事は良く解らないけどズンと響く低音が凄くて……
基本は低音なんだけどサビに入るとキチンと高音も出て……
少し演歌に興味が出るぐらいの迫力があった……
ねえ?
暮葉」
「うん。
私あの竜知ってるわ。
でも歌手の名前が違うわ。
確か名前は海嘯満子って名前よ。
確か姿を見せない謎の演歌歌手で有名だわ。
さっきの唄った唄。
初週で四万枚ぐらい売り上げたってマス枝さんが……」
もうプロデビューしてるのか。
多分演歌部門で四万枚は凄い事なんだろう。
「あァ。
それはバキラの芸名でスヨ。
あの竜、坂木冬麗に憧れてますカラネェ」
「で、父さん大丈夫って言うのは……?」
「水面に向かって大声でさっきの曲、ホメてみて下さい」
おかしな事を言う父さん。
言われるままに実行する僕。
「さっきの曲ーーっ!
“竜、乙女海峡”良かったよーーっ!
感動したーーっ!」
僕は水面に向かって大声で叫んでみる。
トプン
小さな水音。
水面から大きな竜が半分顔を出してこっちを見てる。
何か可愛い。
【…………ホント?】
「ほっ…………
ホントホントッ!
ホントに凄い迫力で感動したよっ!
ねぇっ!?
暮葉っ!」
「ええ。
私も生で聞いたのは初めてだったけど凄い迫力だったわ」
ザザザザザザザザザザザザザ
激しい水音。
ザッパーーーーーーーン!!
「わぁっ」
三度僕らを大波が襲う。
その勢いに僕らは再び倒れ込む。
【ホントッ!?
ねぇっ!?
ホントッ…………!?
ん?】
倒れ込んでる僕らの有様を見ながらキョトン顔のバキラ。
「またビショビショだ……」
僕らはゆっくり起き上がる。
【ねえ滋竜っちーー。
このアタシのファンの人間、誰ー?】
このバキラと呼ばれる竜。
超巨体に似合わず声は女子高生みたいな可愛い声をしている。
ってかもう僕らはファンなのか。
「アァ……
この子は僕の愛息子の竜司デス。
そして隣の女性はその婚約者の天華暮葉さんですヨォ……」
【アレ?
滋竜っちの息子って警察官じゃなかったっけ?】
「あぁ。
それは豪輝の事デスネ。
竜司は豪輝の弟ですよォ」
【へー】
バキラは蒼くて長い首を曲げ僕の身体より何倍も大きい顔をこちらに向ける。
深海の様な深い蒼を携えた大きな瞳が僕らを見ている。
赤の王と同じぐらいの大きさの眼だがあの時の様な恐怖や緊張感は無い。
むしろ安心感や優しさを感じる目だ。
「は……
初めまして……
僕は皇竜司。
そしてこっちが僕の婚約者の天華暮葉です……」
【へー。
何となく滋竜っちに似てんねー。
シクヨロー、竜司っちー】
「何だ。
普通に話せるじゃないですか。
さっきは悲鳴を上げてどうしたんですか?」
【えっ……
だっ……
だってだって……
モジモジ……
人間の眼って何か怖いんだもん……】
水面で大きな首をクネクネ。
大きな手をモジモジさせてるバキラ。
何か妙に可愛い。
こんな大きな身体を持ってて何が怖いって言うんだろう。
「そんなに怖いですか?」
【だってホラ……
アタシってこんなナリしてんじゃん……?
アタシを見た人間って怯えた眼だったり……
怖がった眼だったり……
スッゴイ敵意の眼を向けてくんのよー……
アタシは仲良くしたいだけなのに……】
「バキラはですネェ。
黒の王に地球に連れてこられた時には竜らしく好奇心旺盛な竜だったんですヨォ。
初めの方は僕と一緒に海に出てたんですケドネェ……
しばらくしたら急に“もう嫌だっ!”って駄々をこね始めまして……
それで話を聞いたらそんな事を言い出しまして……
おそらく最初から人間の眼はネガティブなものだったんですけど、僕に気を使って黙ってたんでしょうネェ。
バキラは良い竜ですから」
【ヤダァ。
滋竜っちィ。
良い娘だなんてェ。
褒め過ぎだよう】
ブン
バキラが照れ隠しにその巨大コンテナの半分ぐらいもある大きな手を父さん目掛けて横に振り回す。
それはまるで蒼い極大ハンマーで父さんを殺しにかかってるかの様。
バン。
それを軽々と右手でブロックするマッスルモードの父さん。
身体が多少揺れただけだ。
父さんの丸太の様な脚は微動だにしない。
「ハッハッハーッ!
相変わらずバキラは恥ずかしがり屋さんですネェ」
カランコロン
微かに遠くで乾いた木の音がする。
気になったので音がしたであろう方向を見る。
少し遠くで褞袍を着た小さな男性と全身黒スーツを着たカイザも一緒に歩いてくる。
心なしか何となく怒ってる様子が見て取れる。
何を怒ってるんだろうお爺ちゃんは。
ゴゴゴゴゴゴ
こういう音がしていた訳じゃ無い。
何か異様な迫力があり、空気が震えてる気がしたからだ。
祖父が目の前に立つ。
そしてカッと目を見開く。
「遅いっ!」
そりゃそうだ。
何百キロも出して一瞬で着いちゃったんだから。
「…………ごめん」
僕はとりあえず謝った。
「貴様っ!
巌流島の宮本武蔵気取りかっ!
いい加減にせいッ!」
相当待ってたらしく相当怒っている。
パンパンパンパン
父さんが空気を破る様に父さんが柏手を鳴らす。
「はぁいはぁい。
まだ立ち合いは開始してないんですからネェ。
火花散らし合うのも良いですが程々にネェ」
「フン……
解っとるわい」
「ではルールを決めマショウかねえ」
父さんがおかしな事を言い出した。
「ルール?」
「ハァイ。
まずフィールドを区切らせて頂きまぁす。
まず地上は東の一キロ四方です。
今日も働いている人が居ますからネェ。
ケイシーにお願いして一キロ四方は立ち入り禁止にしてもらってマス」
立ち入り禁止て。
やっぱり父さんはそれなりの地位の人間って事か。
「わかった」
「承知」
「洋上に出るのはアリですが、ここを起点に三海里としますゥ」
「海里って言われても僕よく判らないよ」
【あー。
竜司っちー大丈夫よー。
三海里地点の海水光るよーにしとくよー】
さすが蒼の王。
そんな事も出来るのか。
「バキラさん、ありがとうございます」
【バキラさんなんて止めてよー。
バキラっちって呼んでー】
「バ……
バキラっち、ありがとう」
「二人の動きは僕とバキラが見守ってますからネェ。
一応場外は敗けとしますネェ」
「承知」
「うん……
わかった」
「では……
始めるか……」
僕は屈伸や準備運動を始める。
「うん……
良いよ……
ガレア準備は良い?」
【いいぞー】
今回は僕自身の話だから暮葉のブーストは使えない。
僕とガレアでやるしかない。
僕とガレアは祖父と黒の王の方を向いて身構えた。
「では……
双方の名乗りをした後に立会い開始です」
「皇竜司っ!
竜河岸だっ!」
「皇源蔵、竜河岸じゃ……」
「立ち合い……
開始っ!」
僕と祖父の立ち合いが始まった。
###
「はい、今日はここまで」
「パパッ!
ひいお爺ちゃんには勝ったのっ!?」
「さあどうだろ……
それは次の話を御楽しみって言った所だねフフフ」
「えーっ。
今聞きたいーーっ!」
「フフフ。
続きはまた明日……
おやすみなさい」