第百十二話 竜司と暮葉の御挨拶周り⑧~甲子園、実家編
「やあこんばんは。
今日も始めていこうかな」
「パパ。
すっごいモテモテだったんだねキシシ」
龍が意地悪い笑い方をしている。
「まあ……ね。
昔のパパは結構カッコよかったんだからフフン」
僕は少し誇らしくなった。
「パパは今もカッコいいよっ」
龍が純真な眼を僕に向ける。
僕は少し照れてしまった。
「龍……
ありがとう。
じゃあ今日も始めていくよ」
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チュンチュチュン
翌朝
雲雀の囀りが聞こえる。
ぽよん
まだ目を閉じているが何か凄く気持ちいい。
顔辺りに暖かくそして柔らかいものが触れている。
何かこの暖かさに包まれていると安心する。
物凄く。
僕は起きてはいたがまだ目を閉じてこの暖かさに包まれていようと考えた。
背中にも同じような暖かさがある事に気付く。
位置は背中の肩口辺り。
ふにん
背中にも同様の暖かさ。
顔に触れている柔らかさに比べて小さいが、同様にこの暖かさは安心する。
僕は今暖かさのサンドイッチ状態。
物凄く気持ちいい。
もっと欲しい。
僕は両手をモゾモゾ動かし前方の柔らかさをこちらに引き寄せる。
ぼよん
「んんっ……
あんっ」
前方から何か色っぽい声が聞こえる。
この声は知っている……
暮葉の声だ……
暮葉って誰だ……?
僕の婚約者だ……
僕は目を閉じた状態。
前後の暖かい柔らかさに挟まれた状態で色々考えた。
ん?
あれ?
と言う事はこの柔らかさは……
僕はゆっくり眼を開ける。
「んんっ……
あっ……
やんっ……」
白。
少し桃色を加えた白。
僕の目に飛び込んできたのは色。
続いて認識できたのはY。
そう、Yの字状の筋の様な物。
頭は覚醒しているのだが視覚情報の処理が追い付かない。
僕はゆっくり顎をあげて上を見る。
「んっ!
……あんっ……!
……スゥ……」
ぐにん
暮葉の寝ている顔が見える。
僕が顔を動かした事で発せられた色っぽい声が聞こえる。
……と言う事は……
……と言うか半ば予想はついていたがこの柔らかさの正体は暮葉の胸だ。
ドキン
全てを認識できた僕は驚きの余りびくんとなる。
「あんっ。
やんっ。
竜司っ……
やだっ……
もっとぉ~……
スウ」
どっちだ。
僕のツッコミも冴えない。
それもそうだ。
今、僕はトップアイドルの胸に顔を埋めているのだから。
とても普通の生活をしていたら得られない経験。
ファンの人ごめんなさい。
どうしよう。
この状況どうしよう。
■悪魔竜司
(触ったれや……
ガッと!
揉みしだいたったらええんちゃうの?
暮葉も言うとったやろ?
“もっと”っちゅうてな。
ワレの目の前にはあんねや……
接触許可のおりた“おっぱい”っちゅう極上のモンがのう!)
■天使竜司
(竜司よ……
何を邪な事を考えているのですか……
貴方を信じて身を預けている暮葉を悲しませるのですか……
貴方が今為すべき事はその顔を離して起きる事ですよ……)
僕の中で天使と悪魔が囁き出した。
悪魔が何で関西弁なのかは触れないでね。
念のため上を見る。
「竜司……
スウ……
スウ」
暮葉が可愛い寝息を立てて寝ている。
夢でも見ているのだろうか。
寝ているし……
少しぐらいなら……
触っても……
いいかな……?
駄目だ!
いやっ!
駄目だ駄目だっ!
暮葉は婚約者なんだ!
何を考えているんだ僕は!
こういう事は二人の関係がもっと年数を重ねてからでいいじゃないか!
それに寝込みを襲うみたいな真似。
男として卑怯な気がする。
お互いがちゃんと起きて認識した時じゃないと。
何とか天使の僕が勝った。
正直ヤバかった。
僕はゆっくり体を起こす。
そして辺りを見渡す。
右にパジャマを着た暮葉。
胸のボタンが上から二、三個取れ白い肌と谷間の筋がクッキリ見えている。
さっき見たYの字はコレか。
僕は顔が熱くなるのを感じる。
そして左には蓮。
服装は普段着のまま。
やはり泊まる予定は無かったのだろう。
「おはよう二人とも」
「ん……
竜司……」
最初に暮葉が目覚める。
ゆっくり目を擦りながら半身を起こす。
ゆさん
暮葉の豊かな胸が身体の動きに遅れて下がる。
これもいわゆるわがままボディとでも言うのだろうか。
ブルッ
暮葉が身震いする。
今朝は割と肌寒い。
急激に冷えて身体が反応したのだろう。
ぷるるん
身震いした暮葉の動きに合わせて胸が揺れる。
オイちょっと待て……
もしかして暮葉ノーブラか?
そういえば胸の所にちょこっと突起がある……
気がする。
「……竜司……
おはよ……」
続いて蓮が目覚める。
ゆっくりと半身を起こす。
「ん…………?」
蓮が僕と暮葉の顔を交互に見ている。
何やら怪訝そうな顔。
と、思ったら動きがある。
「竜司っ!」
ガバッ
蓮が素早く両手を僕の後ろに回し自分に引き寄せる。
フニン
僕の右頬に蓮の胸が当たる。
暮葉に比べて細やかではあるがこれはこれで気持ちいい。
多分だらしない顔をしてると思う。
「ちょっ……
ちょっと蓮っ!?」
「何?
いいでしょ?
何か朝、寒いんだもん」
ギュッ
蓮が腕の力を強める。
ぐにゅん
「モガガーーッ」
僕の口も蓮の胸に埋まり声が上手く出せない。
僕はジタバタしてしまう。
「ああっ!
ダメーーーッ!
竜司はこっちーーーっ!」
僕の後ろで暮葉の絶叫が聞こえる。
物凄い力で蓮から引き離されてしまう。
くるん
と思ったら僕の身体が反転。
瞬く間に僕の顔は極上の柔らかさにまた包まれた。
ぽよん
「竜司はこっちなのーーっ!
フフフ」
さすが暮葉。
その圧倒的なボリュームは蓮の遥か上。
蓮の場合あれだけ密着されると全く動けなかったが暮葉の場合は若干動かす余裕がある。
胸に埋もれた顔を少し左右に振ってみる。
「あっ……
やん……
竜司ってば……
くすぐったいよう……」
蓮が見えない所で色っぽい声をあげる。
にしても何だこの柔らかさは。
例えるなら崩れないプリン。
僕はもう少し。
もう少しだけ顔を左右に振ってみる。
グニグニ
「あんっ……
やんっ……
駄目だってばぁ……
フフフ
竜司ってばいたずらっ子……」
見えてなくても何やら突起物が頬に当たるのが解る。
人間の感覚って凄い。
そして暮葉ノーブラ確定。
もう少しこの柔らかさを堪能していたいが、これ以上みっともない所を晒すわけにも行かない。
僕はゆっくり顔を離す。
「ゴホンゴホン……
改めて二人ともおはよ……」
姿勢を正し改めて二人を見る。
ここで、受動技能発動。
■暮葉の場合
桃色。
それはもう鮮やかな真ピンク色の煙が大きく立ち昇る。
多分嬉しいのだろう。
顔も笑顔だし。
■蓮の場合
赤。
それとどどめ色が織り交じった何とも形容しがたい色の煙が上がりそして僕の方に向かってきている。
もしかして僕に恨み。
もしくは怒っているのだろうか。
鋭い眼を僕に向けている。
「おはようっ!
竜司っ!」
「おはよ……
フンッ!」
プイッとそっぽを向く蓮。
やはり怒っている。
「タハハ……
僕、とりあえず着替えてくるよ……」
何となくいたたまれなくなった僕は着替えを持って居間へ。
そこではルンルとガレアが寝ていた。
脇に寄って着替える。
物音がしたのだろうかガレアが起きる。
【竜司うす】
相変わらず寝覚めの良いガレア。
僕は寝巻の上を脱ぐ。
「おはようガレア」
【あー。
竜司、でっけー跡があるな】
「ん?
跡?」
僕は顎を引き下を見る。
確かに大きな傷跡がある。
位置は中心より左。
僕の拳二つ分ぐらいの丸い傷跡。
これはハンニバルとの決戦で空いた穴だ。
ゆっくりその跡を左手でなぞってみる。
もう痛くない。
当然と言えば当然なんだけど。
【あれか?
橙の王とケンカした時の奴か?】
「そうだよガレア」
「竜司、着替え終わった?」
と、そこへ蓮がやってきた。
僕は半裸の状態で顔だけ振り向く。
「あっ蓮?」
振り向いた先には蓮の顔。
真っ赤になった蓮の顔
「あぁっ!
ごっ……
ごめんっ竜司……」
慌ててそっぽを向く蓮。
「あぁゴメン……
すぐに着るから」
僕は屈んで上着を取る。
そっぽを向いたまま蓮が話しかけてくる。
「ねえ……
竜司……
聞いていい?」
「ん?
なあに?」
「その……
背中の丸い傷跡……
何?」
「あぁコレ?
これはハンニバルとの戦いでついたものだよ。
あの時は参ったよ。
血がドバドバ出てくるんだもん」
「だもんって……
もしかしてそれって前にもついてるんじゃないでしょうね?」
「え?
ついてるよ。
だってハンニバルの攻撃はレーザーだったから」
「……何でその……
橙の王と戦う事になったのよ……」
そういえばマザーの言ってた世界線のくだりは話してなかった。
「あぁ。
それは世界線を変える必要があったから……
もういいよ服着たから」
蓮がこっちを振り向く。
思いのほか顔が真剣だ。
「何……
その世界線って……?」
「えとね。
世界線ってのは僕らが生きてる下にあるもので過去から未来までを含む一本線の世界の歴史の事なんだって」
「何それ?
じゃあ未来って決まってるって言いたいの?」
「マザーが言うにはね。
僕がハンニバルと戦う前は破滅の世界線だったんだって」
「竜司……
貴方何サラッと怖い事言ってるのよ……」
「僕が今軽く言えるのはもう心配する事は無いからだよ。
今居る世界線はもう破滅のものでは無いからね」
「え?
どういう事?」
「世界線って変える事が出来るんだって。
変える為に条件がいくつかあるんだけどね。
その条件の一つがハンニバルに勝つって事だったんだ」
これを聞いた蓮は絶句していた。
少し沈黙が流れる。
「……竜司……
貴方一体何してるの……?
何で私の目の届かない所で世界を救うヒーローみたいになってるのよ……
私の知ってる竜司は……
少し引っ込み思案で……
オドオドしてて……
そこがカワイイ……
それが竜司だったのに……」
「僕は変わってないよ。
ただマザーから聞いた破滅の世界線の行く末を聞いたら……ね?
ホントはハンニバルと戦うなんて嫌だったよ……
危ないし」
「行く末って……
どんなの?」
「…………竜と人間が死ぬ……
大量に……
そしてガレアと僕も……
その時は蓮は挙げられなかったけど多分死ぬ……」
蓮が更に絶句している。
「じゃあ……
間接的にとは言っても私は竜司に助けられたって事ね……
ありがとう」
「いやっ……
別にっ……
そんな事……」
「ねえ竜司。
これからどうするの?」
「時間も無いし朝ご飯を食べたら出ようと思ってる」
「時間が無いってどこか行くの?」
「うん……
実家に帰ろうと思ってるんだ。
こ……
婚約の報告をしに……
兄さんがくれた期間は残り三日だし」
「お兄さんもケチねえ。
三日と言わず一ヶ月ぐらいくれても良いのにね」
「兄さんが言うには陸竜大隊が動き出すのはあと三日なんだってさ」
「竜司……
貴方まさかその陸竜大隊とも戦うんじゃないでしょうね……?」
「うん……
嫌だけど……
兄さんも手伝いたいし……」
これを聞いた蓮の眼が鋭くなる。
「竜司っ!
貴方何考えてるのっ!
相手は陸上自衛隊よっ!
いわば戦闘のプロっ!
そんなのと戦うなんて……
そんな事は警察に任せておけばいいじゃないっ!」
「兄さんがその警察なんだけどね……」
「えっ!?
そうなの?
そういえばお兄さんと会った時はどうだったのよ?」
「兄さんは普通に接してくれたよ……
いつも通り、強くて凛々しくて頼りになる僕の憧れのままだった」
「そう……
良かった……」
少し笑顔の蓮の顔。
朝の日差しも手伝って物凄く綺麗に見える。
本当に暮葉が居なかったら好きになってただろう。
「あぁっ!」
暮葉の声が蓮の後ろから聞こえる。
と思ったら物凄い速さで僕と蓮の間に割り込んできた。
「ヤダーーーッ!
何か今の空気ヤダーーーッ!」
蓮と僕の間に入った暮葉は何か両拳を握り忙しなく縦に振っている。
「これはまだ脈があるかもね……
ウフッ」
何やら呟き、したり顔で笑っている蓮。
「え?
何?
何て言ったの?」
「何でもありませーーんっ!
さっ朝ごはん作らなきゃっ!
竜司は元とフネさん起してきてっ!
フンフーンッ♪」
鼻歌まじりに台所へ消えていく蓮。
何だろう急に機嫌が良くなったなあ。
「じゃあ起しにいこっか。
暮葉」
「うんっ!」
僕と暮葉は元とフネさんを起こしに行った。
割と二人とも寝覚めはよく、すぐに起きてくれた。
僕はてっきり元は兄さんタイプだと思っていたけど。
直に蓮お手製の朝ご飯が出来る。
ちゃぶ台にメニューが並ぶ。
御飯
漬物
だし巻き卵。
めざし
ほうれん草のお浸し
ワカメの味噌汁
「あ、フネさん。
これ冷蔵庫にあっためざしなんだけど食べて良かった?」
「おー別に構わんで。
そろそろ痛む頃やからホかそう思てたんや」
ホかす?
どういう事だろ?
多分前後の言葉から廃棄するって意味なのかな?
僕って関西に住んではいるんだけど関西弁が全く分からないんだ。
だって引き籠ってたから。
「じゃあ頂きます」
【頂きます】
ちゃぶ台を囲む僕、暮葉、フネさん、元、ガレア。
そして脇にはベノム用も用意されている。
あれ?
ルンルは……?
僕はキョロキョロする。
「ん?
ルンルならまだ寝てるわよ」
確かルンルは寝てる時に充電してるんだっけ。
昨日……
あー……
超電磁誘導砲五発ぶっ放したんだっけ。
そりゃあまだ眠いはずだ。
朝ご飯を食べ終わった僕は出発の準備に取り掛かる。
「竜司、行くんか?」
「うん、実家に行ってくるよ」
「ほいじゃあ全部終わった後にワイ拾いにもっかい大阪来いや」
「わかった。
約束する」
「ん?
竜司、何で元を拾っていくの?」
蓮が話に加わる。
「あぁ。元も一緒に陸竜大隊を止めるの手伝ってくれるからだよ」
「………………竜司……」
何やら声に力がある。
雰囲気的に怒ってる様な蓮。
「なっ……
何?
蓮……」
「何で私も誘わないのよっ!
私だって竜司の力になりたいっ!」
「え……?
だって蓮は女の子だし……
危険な事には巻き込みたくないよ」
「竜司……
そんな事言って暮葉は一緒なんでしょっ!」
「そっ……
そりゃあ暮葉は竜だし……」
「竜司っ!
言ったでしょっ!
私はこれからもガンガンアタックしていくってっ!
ねえお願いっ!
私も連れてってっ!」
僕は考えた。
あの超威力の超電磁誘導砲を五発撃てるし、おそらく力は陸竜大隊にも引けは取らないだろう。
でも……
蓮は……
女の子だし……
チラッと蓮を見る。
真っすぐな眼差しが僕に向けられている。
僕はとうとう観念した。
「わかった……
じゃあ……
蓮も一緒に来てくれる?」
これを聞いた蓮の顔がパアッと笑顔になる。
「うんっ!」
「じゃあ僕は出発するよ。
暮葉、ガレア行くよ」
「うん」
【へいよう】
玄関まで蓮、元とフネさんが見送ってくれた。
「竜司よ……
皇のボンによろしくの」
「行ってこいや」
「気を付けてね竜司」
「うん。
じゃあ行ってきます」
僕らはまず十三駅に向かう。
そこから電車に乗り一路梅田へ。
十分ほどで到着。
やはり近いなあ。
次は阪神電車だ。
えとどこだろう。
相変わらず場所が解らずウロウロしてしまう。
あ、あった阪神電車。
カウンターで切符を買う。
ガレアを連れてると自動券売機が使えないから不便だなあ。
えっと凛子さん家の最寄り駅は甲子園だったっけ。
電車に乗り込み二十五分経過。
(次は~
甲子園~
甲子園~)
「着いたよ。
二人とも降りよう」
「うん」
【へいよう】
僕らは再び甲子園の地に舞い戻る。
「ん?
何かある……
あの橋の向こうっ!」
橋?
ああ高速道路の事か。
高速道路の向こう……
あぁ甲子園球場の事か。
「興味あるなら近くまで行ってみようか?」
「うんっ!」
僕らは高速道路の下を潜り甲子園球場の近くに向かう。
凛子さんの家は逆方向なんだけどな。
時間は……
午前八時五十五分。
まだ余裕があるな。
まあいいか。
「わーーっ!
おっきーー建物ねーーっ!」
暮葉が見上げて驚いている。
「暮葉、ここで何するか知ってる?」
「んーん。
何するの?」
「野球だよ」
「ヤキュー?」
【何だアルビノ。
お前野球も知らねーのか。
野球ってのはなあ……
こうビュッと球が来てだなあ……
それをバットでカキーンなんだよっ!】
何か自慢気にガレアが野球について説明してるけどさっぱりわからない。
「フンフンッ!
ビュッと球がカキーンなのねっ!
面白そうっ!」
何か良く解らないガレアの説明から更にワードが減っている気がするが。
これの何が面白いのだろう。
出来ればちゃんと野球を見せてあげたいが今は高校野球はやっていない。
残念。
「さあこっちだよ」
「うん」
僕らは甲子園球場を後にする。
「わっ。
何この門っ!」
信号を渡った左側にある何かの施設に目を向ける暮葉。
そういえば前に来た時はここは入ってなかったなあ。
門の近くの看板に眼を向ける。
ららぽーと 甲子園
多分ショッピングモールだろう。
まだ開店していない。
「暮葉、目的地はここの近くだから後で一緒に行こうか?」
「うんっ!」
暮葉の満面の笑顔。
僕らはららぽーとの左の脇道に入る。
しばらく歩くと右に小学校が見える。
校門にはこう書かれている。
鳴尾小学校
ジロリ
校門に警察……
いや少し形が違う。
おそらくガードマンだろう。
何かこっちに鋭い視線を向けている。
えらく厳重だなあ。
何かあったんだろうか。
何となくいたたまれなくなり早足で立ち去る。
しばらく歩くと店舗がいくつか並んでいる所に出る。
上を見ると
鳴尾銀座
銀座って東京の土地の名前じゃ無いのだろうか。
僕らは鳴尾銀座に入る。
確か凛子さんの家はこの商店街を抜けてすぐの所だ。
あ、あった。
大きな家が見えてきた。
蘭堂
表札を確認した僕はインターフォンを鳴らす。
ピンポーン
しばし待つ。
反応無し。
もう一度鳴らす。
ピンポーン
しばらく待つ。
やはり反応が無い。
あっもしかして診療所の方かも。
今日平日だし。
どうしよう。
僕は凛子さんの診療所の場所を知らない。
とりあえず僕は鳴尾銀座に戻ってみる事に。
多分凛子さんの腕ならこの辺りで知らない人はいないだろう。
開店準備をしている肉屋の店員が見えた。
僕はさっそく声をかけてみる。
「すいません」
(お客さんまだ開店準備なんです。
すいやせん)
「あ、いえ……
ちょっと道を聞きたいんです……
蘭堂さんって医者がやってる病院知りませんか?」
(あー凛子さんの所かいっ!
お客さん見た所地元の人じゃないね。
凛子さんの評判聞きつけてきたのかいっ?)
「ま……
まあそんな所です」
(凛子さんの病院はそこの角を右に曲がってすぐの“蘭堂総合内科”ってとこだよ)
「ありがとうございます」
僕らは肉屋に別れを告げ一路病院へ。
「確か……
この角を曲がったら」
道を右へ折れる。
ホントだ。
すぐにあった。
蘭堂総合内科
「ここだよ。
入ろう」
「ねえねえっ!
竜司っ!
ここどこっ!?」
「ここは僕の知り合いがやってる病院だよ」
「ビューイン?」
暮葉キョトン顔。
まさか病院を知らないのか。
「ビューインじゃなくて病院ね。
病院ってのは人間が怪我したり病気になったりしたら行く所だよ」
暮葉、無言のままキョトン顔。
「…………暮葉……
病気になった事無いの……?」
「うん、無い」
キョトン顔のままあっけらかんと答える暮葉。
確かガレアも病気した事ないって言ってたっけ。
さすが竜だな。
「…………じゃあ入ろうか……」
キイ
扉を開ける。
まず眼に飛び込んできたのは白。
白色が見えた。
「おや?
誰かと思えば竜司様ではありませんか」
その白の正体はグースだ。
真っ白な作務衣を着こなしボリュームのある白髪。
そして白粉を塗ってるような肌の色。
間違いない。
グースだ。
「グース久しぶり」
「少々お待ち下さいませ。
イイですか徳次さん。
現在は私の治療で治まってはいますがあくまでも一時的なものです。
あまり無理をなさらぬよう……」
「わかったよ。
グース先生。
ほいじゃあまた来らぁな」
グースと話した徳次と言う人はそのまま帰って行った。
「さて……
お待たせしました竜司様。
お久しぶりですね。
そしてガ・レルルー・ア……
貴方も」
【はっ。
まことにお久しゅう御座いますっ!
マザーグース】
そう言えばガレアはグースが怖いから畏まるんだった。
「ん……
見ない顔がお一人おられますね……」
グースが僕の後ろに居た暮葉を見る。
「あっ。
あぁ……
今日はこの娘を紹介するために来たんです……
ほら……
暮葉……」
僕は暮葉を前に出るよう促す。
「うん」
前に出てくる暮葉。
上から下までまじまじと見つめるグース。
「貴方……
アルビノですか……?」
「ええそうよっ」
ガレアとマッハは全く解らず、辛うじてヒビキは竜である事しか解らなかったのに。
さすがグース。
個人まで特定してしまった。
「しかし何ですか……
その姿は?」
「私今人間界でアイドルやってるのよっ!
エッヘン!」
暮葉が自慢気だ。
「また何故アルビ……」
「グースーーッ!
何してるのーーっ!?
早くこっち来てーーっ!」
奥から聞きなれた声が聞こえる。
凛子さんの声だ。
「主が呼んでおりますので後程……
午前の診察が終了するのは十一時三十分です」
「わかりました。
時間になったらまた来ます」
僕らは診療所の外に出た。
そして時間を確認。
午前十時五分
さっきのショッピングモール空いてるかな?
「それじゃあ暮葉、さっきの所に行ってみる?」
「さっきのおっきな所っ?
うんっ!」
暮葉の元気な返事を聞き、僕らは歩き出す。
ららぽーと 甲子園
空いていた。
早速中に入る。
両側に並ぶ服飾店。
それが奥に見えなくなるまでズラッと続いている。
「ねえねえっ竜司っ。
ここ何なのっ!?」
「ここはねショッピングモールって言って店舗がいっぱい固まってる所だよ」
「ふうん。
こーゆーのってショーテンガイって言うんじゃなかったっけ?」
「何て言うんだろ……。
確かに合ってるんだけどショッピングモールは商店街を進化させたって感じかな?」
自分で言ってて何となくしっくりこない。
「ふうん……
あっ!
この服可愛いっ!」
暮葉が店先に並んでいる服に飛びつく。
こういう美的センスって竜と人って違うものだと思っていたけど案外同じなのかな?
それともこっちに来て培ったものなのかな?
「ねーねーっ!
竜司っ!
どお?」
暮葉が服を合わせてみる。
手に取ったのはピンク色の肩フロントラインにフリルがついている長袖のトップスだ。
白のミドル丈プリーツスカートに合っている。
と、言うか正直暮葉のルックスなら似合わない服を探す方が難しいだろう。
「うん可愛いよ」
それを聞いた暮葉の顔がパアッと明るくなる。
「ありがとっ!
じゃあ着てみるねっ!」
ウキウキしながら奥の試着室へ消えていく暮葉。
僕は試着室の前で暮葉の着替えを待っている。
おい……
ちょっと待て……
これってデートじゃないか?
少しドキドキしてきた。
【なあなあっ!
竜司何だこれっ!
何か輪っかがいっぱいあるぞっ!】
そう言えばこいつが居たんだった。
ちなみに僕は店舗内。
ガレアは店舗外。
にも関わらずクリアに聞こえる。
相変わらずデカい声だ。
竜河岸として行かないとしょうがない。
「何?
ガレアどうしたの?」
【これこれっ!
コレなんだっ!?
この輪っかっ!
あとすんげー甘い匂いもするぞっ!】
「あぁこれはドーナツって食べ物だよ」
これを聞いた途端ガレアの眼がキラキラし出す。
【竜司っ!
俺、ドウナチ食べたいっ!】
「はいはい、わかったよ」
僕が店内に入ろうとすると後ろで大声が聞こえる。
「竜司ーーっ!
どこーーっ!」
あ、暮葉が服を試着してるんだった。
「ガレア、ちょっと待ってて。
暮葉連れてくるよ」
僕は急ぎ足で元居た服飾店に戻る。
そこにあった異質な風景に絶句した。
「竜司……
嘘つき……
一人にしないって……
言ったのに……」
暮葉が真っすぐ僕を見てプルプル震えている。
眼も涙目だ。
まるで濡れている子犬の様。
と言うかマジか?
ちょっと離れていただけじゃないか。
(貴方彼氏さん?)
店員が耳打ちしてきた。
「あ、はい」
(彼女さん、貴方が居なくなったのに気づいたら急にオロオロしだしてねえ……
フフッ貴方愛されているのね)
「いえっ。
そんな事は……」
(ホラ早く側にいったげないと彼女さん泣いちゃうわよ)
「はっ……
はいっ」
僕は慌てて駆け寄る。
「く……
暮葉……」
「竜司……」
プルプル震えている。
何か爆発しそう。
「竜司ッ!」
ドゴォッ!
「オゴォッ!」
暮葉が殴ってきた。
位置は僕の左肩入り口辺り。
「バカッ!」
続いて第二弾。
ドカァッ!
僕の右胸辺りに炸裂。
「グヘェッ!」
「バカバカバカバカバカッ!」
ここから暮葉の拳打乱れ撃ち。
これって……
いわゆる彼女が“もうっ怖かったんだからっバカバカバカッ”っていいながら優しく胸辺りを殴り、彼氏が“ハッハーお馬鹿さんだなー”って返す微笑ましいシーンのはずだが……
はずなのだが……
一発一発が重い……
さすが……
竜……
身体を……
支えきれない……。
僕は後ろにぶっ倒れそうになった。
が、何とか踏ん張り僕は暮葉の方に倒れこむ。
「りゅ……
竜司っ!?
どうしたのっ?」
「ほ……
ほのかな若年性更年期障害的な何かだよ……」
いや暮葉の拳でこうなったんだって言いたかったが何となく男としてみっともない気がしたので適当に誤魔化した。
「竜司っ!
何か良く解らないけど大丈夫っ!?」
誤魔化しきれてなかった。
「うん……
まあ大丈夫だよ……
その服可愛いね。
買うの?」
暮葉がパアッと華のような笑顔を見せる。
「うんっ!」
(お買い上げありがとうございます。
お支払いは如何いたしましょう)
「カードでお願いします」
自然な動きで財布からクレジットカードを取り出し店員に渡す。
(カードでお支払いですね。
有難うございます。
ではこちらにサインを……)
「はい」
これまた紙面に物凄く自然にサインをする暮葉。
病院は知らないのにこういう事は人間と同じ様にこなすんだからやっぱり竜って不思議だな。
(お客様、この服はこのまま着て行かれますか?)
暮葉が笑顔でこちらを振り向く。
無言で笑顔のアイコンタクト。
僕も笑顔で頷く。
「はいっ!」
(ではお客様の服は袋にお入れいたしますね)
「お願いしますっ!」
暮葉の着ていた服は綺麗に畳まれ袋に入れて渡される。
「さあガレアの所に行こう」
僕らはドーナツ屋に戻ってきた。
「あれ?
ドーナツじゃない」
「暮葉、ドーナツは知ってるんだ」
「うん、差入でよく来るし。
割と好きよ」
【遅いぞっ!
竜司っ!
もう待ちくたびれちまったよっ!
さあさあ早くドゥナチ喰わせてくれよっ!】
とりあえず店内へ。
中はドーナツの甘い匂いと油の匂いがする。
どれどれ……
メニューは……
と。
期間限定 三種
イーストドーナツ 八種
ブリュレグレーズド 二種
オールドファッション 三種
あとこの店はコーヒーも売りらしい。
まあ大きさは普通のドーナツだ。
「暮葉、何が良い?
さっきのお詫びに僕が買ってあげるよ」
「さっきのお詫び?
何の話?」
さっき涙目だったのにもう忘れている。
「まぁいいや。
僕が買ってあげるから好きなの選んでよ」
「メニュー見せて……
どれどれ……」
暮葉の顔が近づく。
ドキン
心臓が高鳴る。
いや可愛いと言うのに慣れたりとか身体で暮葉の胸を感じたりとかはしてるけどやはりまだ顔が近づくとドキドキしてしまう。
「あれっ?
何コレッ?
緑色だっ!」
暮葉が指差した方向にはこう書いてあった。
宇治抹茶オールドファッション
「あぁ。
これはお茶が混ぜてあるんだよ」
「へーっ変わってるのねえ。
これにしてみるっ!」
「わかった。
宇治抹茶ね。
ガレアは……」
僕は振り向き上から下までガレアを見てみる。
「……ガレアは全種類で良い……?」
【おうっ!】
しばらく待ってドーナツ完成。
二十個以上ドーナツが並ぶ姿は圧巻だ。
【ふうんこんなもんか。
あんまし美味くねぇなあ】
竜語が一般人に解らなくて良かった。
文句を言いつつも全部食ってしまうガレア。
しかも早い。
「へえ。
このドーナツ少し苦いのね。
不思議な味」
決して美味しいと言わない暮葉。
やはり辛いものでないと駄目なのか。
【んでドゥナチ、歯に引っ掛かるしよ】
ガレアが指爪を使い歯と言うか牙を掃除し始めた。
そう言えばガレアって牙が生えてるんだよな。
まあそれはそうか。
竜だし。
ん……
牙?
何となく語感に懐かしさが漂う。
牙……
きば……
キバ……
木場……
木場!!!
「あぁっ!」
僕は思わず立ち上がる。
【あぁようやく取れた。
ん?
どうした?
竜司】
「竜司、どうしたの?」
「今の今まですっかり忘れていた……
あの……
暮葉を紹介したい人が増えた……」
僕も本当に忘れていた。
名前は木場直光とダリン。
僕とガレアの竜儀の式を取り仕切ってくれた人達だ。
こうしちゃいられない。
正直旅の中で木場さんに会いに行く予定は入れてなかった。
多分、おそらくいや確実に祖父とは戦闘になるだろうからその戦闘期間を余裕をもって三日って設定していたのに。
早く行かないと。
幸い木場さんの神社はここの近くだ。
「ガレアッ
暮葉っ。
早く準備してっ!
出るよっ!」
【何だよ忙しないなあ。
どうしたんだよ】
「どうしたのよ竜司」
「理由は歩きながら説明する」
僕らはそそくさとドーナツ店を後にする。
自然と早足になる。
「急にどうしたの?
竜司」
「あのね……
暮葉を紹介したい人を……
二人忘れていたんだ……」
ららぽーとを出る。
「何で忘れてたの?」
暮葉は歩きながらキョトン顔。
「僕も何でかわからん」
話している内に到着。
素戔嗚神社
小さな階段を上がり境内へ。
箒で掃除している中年の男性がいる。
間違いない木場さんだ。
「こんにちは」
「おや?
竜司君じゃありませんか」
「ご無沙汰してます木場さん」
「もう会う事も無いと思っていたのに」
木場さんがおかしなことを言う。
「どういう事ですか?」
僕は聞いてみる。
「それは私のスキルの影響でね。
過去を覗いた人の頭の中から私の事は記憶が薄れるんだ」
確かこの人のスキルは過去透過。
過去のトラウマ等を見る能力だ。
その能力にそんな代償があったなんて。
「あれ?
でも凛子さんは覚えていましたよ?
過去透過使ったんですよね?」
「凛子さんは近くに住んでいるからね。
ほぼ毎日顔合せるから新しい記憶が更新されているからだと思うよ。
僕の過去透過は完全に消える訳じゃ無くあくまでも薄れる程度。
でも竜司君の場合地元じゃないし旅の途中だっただろ?
多分雰囲気を見てると色々あった様だし僕の事なんか忘れて当然だよ」
「何か……
すいません」
「別に気にしなくていいよ。
僕は竜儀の式を行う竜河岸には必ず過去透過をかける様に決めてる事だし。
別に君が悪い訳じゃ無い。
それで今日はどうしたのかな?」
「今日は紹介したい娘がいまして……
それでお邪魔したんです」
「その……
後ろの娘さんかな?」
「はい。
あとダリンも呼んでもらえますか?」
「おや?
何か特別な女性なのかな?
フフフ。
おーーーいっ!
ダリーーーンッ!」
ピュウーっ!
本堂の屋根の向こうから薄緑色の蛇竜が飛んできた。
【はいはーいっ!
社長っ!
お呼びで御座いますかっ!
ややっ!
いつぞやのお得意様ではありませんかっ!】
“いつぞや”ってはっきり覚えてない先日って意味だったっけ?
はっきり覚えていないのにお得意さまって何か矛盾している。
多分語感や響きだけで使用しているのだろう。
「やあダリン。
久しぶりだね」
【大変ご無沙汰しておりますがお得意様もお変わり御座いませんでしょうか?
おや……
そちらの綺麗なご婦人は……
おっとこれはセクハラだったでしょうか?
失礼】
「竜司、誰?
このヘンな竜」
暮葉はダリンとは面識がないらしい。
【えー……
ワタクシこういうものでして……】
“ヘンな竜”と軽く罵られてもダリンは全然怯まない。
僕の時と同じように名刺を出す。
そこにはこう書いてあった。
株式会社 素戔嗚神社
営業課長 ダ・リングベル・ン
「あら?
名刺。
へー営業課長……
カッコいいですね」
【お褒め頂き有難うございますっ!】
ダリンは長い身体をうねらせ空に舞い上がる。
予想以上に嬉しかったのだろう。
「ゴショ……
暮葉……
カッコいい……
って意味解ってる?」
僕は暮葉に耳打ちする。
「ゴニョゴニョ……
ん?
名刺渡された時はこう言えってマス枝さんが」
暮葉がキョトン顔で耳打ち。
「あぁ……
そう……
おーいっ。
ダリーンッ!
おりといでーっ!」
【はいはーーいっ!】
ダリンがぴゅうっと木場さんの隣に降りてくる。
「えー……
コホン……
竜儀の式の際はお世話になりました」
ぺこり
僕はお辞儀をする。
「あっ……
あぁっ!」
僕を見た暮葉は慌ててお辞儀する。
「いえいえ」
「こちらの女性は天華暮葉。
今は人型ですが……
竜です。
あとアイドル活動もしています」
「へーっ。
珍しいねえ竜なのにアイドルなんて」
「わたし……
皇竜司は……
天華暮葉と……」
「婚約しました!」
何回やってもこの瞬間は恥ずかしい。
パチパチパチパチ
木場さんが笑顔で拍手してくれている。
「おめでとう竜司君。
まさか婚約者を連れて来るなんてね……
でも竜とこんや……
いや止めとこう……
それぐらい竜司君は解ってるだろうし」
さすが木場さん。
大人の察しだ。
「ええ……
まぁ……
ゆくゆくは結婚しようと考えてます」
「そうか……
改めておめでとう竜司君」
笑顔の木場さんの隣でキョドキョドしてるダリン。
【おっ……
おめでとうございますっ!
しゃっ……
社長っ!
これはめでたい事なんですよねっ!?】
それを聞いた木場さんはヤレヤレと言った表情。
「……そうだよダリン」
【お得意様っ!
おめでとうございますっ!
いやーめでたいっ!
後日ご香典は包ませていただきますのでっ!】
何で香典なんだ。
縁起の悪い事を言うな。
「ダリン……
香典じゃ無くてご御祝儀だから……」
【ややっ!
コレは失礼しましたっ!
ならば拙者切腹して果てる所存……】
「わーーっ!
そこまでしなくていいーーっ!」
ダリンは相変わらずだ。
おっと時間は何時だろう。
午前十一時三十二分
そろそろか。
それじゃあ凛子さんの所へ行こう。
「それじゃあそろそろ僕らは行きます」
「あぁ行ってらっしゃい。
結婚式には呼んでくれよ。
覚えていたらだけどハハハ」
木場さんが少し寂しい冗談を言っている。
「ええ絶対に招待状送ります」
ぼくがそこそこ強くなれたキッカケをくれたのは他でも無い木場さんのお蔭だと思ってる。
口には出さないが正直物凄く感謝してるんだ。
「それでは失礼します」
手を振る木場さんに別れを告げ、僕らは再び凛子さんの家を目指す。
十分ほど歩き到着。
本当に大きい家だ。
ピンポーン
(はい。
どちら様?)
返事が来た。
聞き慣れた声。
凛子さんの声だ。
「ご無沙汰してます。
竜司です」
(あらー。
さっきグースに聞いたけどホントにこっちに来てたのねぇ。
ちょっと待ってすぐに開けるから……)
カランコロン
何か乾いた音が聞こえてくる。
キイ
大きな門が開く。
中からスラッとした身体が出てくる。
胸辺りまであるストンとした黒髪ストレートヘアー。
瞳は大きく色は流石歌舞伎役者の家だけあって綺麗な黒色をしている。
歳を感じさせない均整の取れたプロポーション。
そして……
豊満な胸。
間違いない凛子さんだ。
「ご無沙汰してます凛子さん。
奈良のキャンプ以来ですね」
「ええ久しぶりね竜司君。
急にどうしたの?
旅は終わったの?」
「いえ、まだ途中なんですけど今日は紹介したい娘が居まして急遽戻って来たんです」
「へえ……」
ちらりと暮葉の方を見る凛子さん。
「まあ立ち話も何だから上がってちょうだい」
僕は門の中に入る。
「おじゃ……
あ、まだか」
暮葉フライング
【オジャマシマス】
ガレア言い切った。
庭も広い。
テニスコートぐらいの大きさだ。
庭を歩き玄関へ。
「お邪魔します」
と僕。
「お邪魔します」
と暮葉。
ガレアは無言で入る。
僕らはリビングに通される。
何か懐かしいな。
このリビングで初めて宴会したっけ。
おや?
リビングのソファーでグースが座って無表情で一点を見つめている。
目線を追うとTVがある。
画面には歌舞伎の演目が映っている。
何か珍しい絵で呆気に取られてみていると凛子さんが察して話しかけてきた。
「あぁ、これは“義経千本桜”って言う演目なのよ。
そして主役の源九郎判官義経を演じてるのが兄さんよ」
「へぇー。
凛子さんのお兄さんって確か歌舞伎協会の理事じゃ無かったでしたっけ?
理事になってもこうして演じたりするんですか?」
「これ昔のだもの。
何故かグースはこのDVDが好きなのよねえ。
あ、ちなみに無表情に見えるかも知れないけどこれでもグースは楽しんでるのよフフフ」
「ホントですか?」
そんな話をしている内に義経千本桜終了。
「やはり主の兄上が演じる義経は素晴らしい。
圧巻の一言です。
おや?
竜司様。
いらしていたんですか」
気付かなかったのか。
どれだけ集中しているんだ。
「まあ座って。
竜司君とお連れさん。
飲み物何が良い?」
「えと……
じゃあミルクティーで」
「私は竜司と同じもので」
「はい。
フフフ」
僕と暮葉はソファーに座る。
脇に立っていたガレアは何かキョロキョロソワソワしている。
凡その見当はついた。
「凛子さん、カンナちゃんはまだ小学校ですか?」
「ええ。
今日は五時間目までだから二時半ぐらいには帰って来るんじゃないかしら?」
「だってさガレア。
カンナちゃんはもう少ししたら帰って来るから待ってなよ」
【ベベベッ!
別にッ!
俺はッ!
カンナなんて探してねーしッ!】
ガレアがツンデレている。
しばらく待つと凛子さんがお茶を持ってこちらに来る。
僕らの向かいに座る凛子さん。
「それで竜司君……
そちらの方は?」
「あ、すいません。
この娘の紹介はカンナちゃんが帰って来た時にさせてもらいます」
「あらー
フフフわかったわ。
じゃあ奈良からの旅路の話でも聞かせてもらおうかしら?」
僕はまず三重でのレース。
そして名古屋での一戦まで話した。
そこまで聞いた凛子さんが話しかけてくる。
「驚いた……
あの栄での事件……
竜司君が関係してたなんてね……」
「こっちでニュースになってたんですか……?」
「全国放送のニュースで最初に放送してたわよ。
国営放送でもやってたし」
「そうなんですか……」
「それでどうなったの?」
「ええ。
正直、杏奈はかなりの強敵でしたが遥と蓮の協力もあって何とか撃退する事が出来ました……」
「フッフーンッ。
もしかして隣の方が蓮ちゃんかしらっ!?」
「違うっ!」
即座に暮葉が答える。
少し大きめの声だったので少しびっくりした。
「あ……
あら?
ごめんなさい……」
突然の事にビックリした凛子さんも呆気に取られている。
「それで栄の事件がキッカケで静岡で警察にご厄介になっちゃって」
これを聞いた凛子さんの眼が少し鋭くなる。
「竜司君……
貴方……」
「あっ!
でも逮捕じゃないですよっ!?
あくまでも参考人としての任意同行ですよっ!?」
「なら良いけど……」
「それで静岡で兄さんと再会しました」
「そう……
お兄さんはどんな感じだった?」
「兄さんは普通に接してくれました……」
「そう……
良かったわね」
凛子さんが優しい笑顔を向けてくれる。
「それで兄さんの仕事を手伝う事になって……」
「お兄さんって何のお仕事されてるの?」
「あ、警察官です」
「プッ……
竜司君、何か職業訓練の旅みたいね。
だって三重でレーサーでしょ?
名古屋で漫画家。
それで静岡は警官……」
凛子さんが優しい笑顔で僕の旅の軌跡を指折り数える。
「はい……
僕もそれは思いました……
ハハハ……
まあ色々ありまして……」
僕は続いて竜排会と対峙について話す。
「竜排会……
東京に行くと一回は耳にする名前だわ……
まだ関西では本格的に活動してないから地元にいる時はあまり聞かないけど」
「らしいですね……
あ、それとグース」
「何ですか?
竜司様」
「僕、マザーに会ったよ」
グースに反応があった。
薄いグレーの眉がほんの少しピクリと動く。
「ほう……
と言う事は竜界に出向かれたのですか?」
「うん。
マザーもグースは元気でやってるかって言ってたよ」
「それはそれは……
マザーもご健勝でしたか?」
「ええ元気でした……
プッ……
ハハハ」
「あら?
竜司君どうしたの?」
「竜司様、如何致しました?」
「フフフ……
あのねマザーと初めて会った時はね……
プッ……
ククク……
何か隅の方で寝っ転がりながら二時間ドラマ見てあたりめ食べてたよ」
「なあにそれ。
二時間ドラマってあれ?
あの両平みさきとかが良く出ているヤツ?」
「そうです。
姿は竜でも中身は普通のお婆ちゃんって感じでしたよ。
フフフ」
「フフフ。
ねえグース、貴方の長って本当にそんな竜なの?」
「竜司様。
我らがマザーへの不敬は許しませんよ」
グースの眼が緑色に光り僕をジロリと睨む。
「わわっ!
ごっ……
ごめんなさいっ!
お願いだから腐らせないで」
ふうと溜息をつくグース。
「とは言ってもマザーも相変わらず一人の時は緩みきっているご様子……
竜司様からの数言聞くだけでありありと浮かび上がってきます……」
グースもやれやれと言った様子。
ここからグースの半ば愚痴みたいなのが始まる。
「前は暇を見つけては竜の心を覗いて一人でほくそ笑むという趣味をお持ちでして……
お世辞にも褒められた趣味ではありませんが……
ここ数十年前からビンワンを城に招聘する様になってからは……
ハァ……
まあ他人から聞いて直ぐに風景が浮かぶというのはお変わりない様で安心しました」
「所で竜司君、何で竜界に?」
「あぁ。
それはマザーに呼ばれたんです」
「へえ……
まあグースの群れの長をやってぐらいの竜だから自身の所へ人一人呼び込むぐらい訳ないとは思うけど……
どうして竜司君なの?」
「それは……
色々あるんですがここでは説明を割愛させて下さい。
僕自身ピンと来ていない点もありますし……」
僕は世界線関連の説明は割愛した。
正直僕も未来が決まってるなんて言われてもピンと来ない。
上手く説明できる自信も無いし。
でもそこはそれ凛子さんは大人の女性。
解ってくれたらしく話を変えてくれた。
「そう……
竜界はどうだった?」
「大きい。
そう……
一言で言うなら大きくて広い。
何もかもがです……」
「竜界の地表面積は凡そ地球の四倍です」
「フフッ。
それは大きすぎて大変だったんじゃない?」
「もうマザーの城まで行くのに片道六時間の砂利がいっぱいの山道ですから……
あと竜界って大気中に魔力が充満してるんですよ……
だから普通に立ってるだけでもどんどん疲労していくと言う……」
「片道六時間って……
本格的な登山じゃないの……
大気の魔力はどうしたの?」
「それはガレアが膜を張ってくれたので何とか……
その代わりずっとガレアとベッタリでしたけど」
「フフッ。
相変わらず仲良いのねぇ貴方達。
それで竜界で何をしたの?」
「えっと……
ある事情で橙の王と戦う事になりまして……」
これを聞いた凛子さんが絶句している。
「ま……
まぁこうして元気でいるって事は無事だったって事で良いんだけど……」
そんな話をしている折玄関で元気な声が聞こえる。
「ただいまーーっ!」
カンナちゃんが帰って来た。
「ママー?
靴がいっぱいあったけどお客さん?」
ぴょこっと顔を覗かせるカンナちゃん。
赤いツインテールの髪が揺れる。
「やあ。
久しぶりカンナちゃん」
「あっ!
竜司にーちゃんっ!」
【カンナ……
うす】
ガレアがそっぽを向きながらボソッと挨拶する。
あのららぽーとでの大声はどこへ行った。
何気に頬も赤い。
久々に萌えてやがる。
「ねえねえ。
竜司っ。
何でガレアのホッペが赤いのっ?」
今までずっと黙っていた暮葉が口を開く。
「あぁ。
これはねガレアがカンナちゃんに萌えてるんだよ」
「え?
別にガレアは燃えてないわよ?」
暮葉キョトン顔。
ややこしい。
もっと噛み砕いて言わないと。
「えっとごめん。
ガレアはカンナちゃんが可愛くて照れてるんだよ」
「へえ。
こんなガレア見た事無いわ……」
「も……
もしかして……
クレハ……」
後ろでカンナの声が聞こえた。
振り向くと目を真ん丸とさせワナワナ震えているカンナが居る。
暮葉も気づき、カンナの方を見る。
「ええそうよ」
「ホ……
本物……?」
まだ今の状況を受け入れられてない様子。
「フフッ
ヘンな事言うのね。
私よ。
暮葉よ」
それを聞いた凛子さんがポンと柏手を打つ。
「あー。
どこかで見た事ある子だなーって思ってたのよー
そうそうクレハね。
あのドラゴンアイドルの」
「そうよっ!」
暮葉は元気に答える。
カンナはと言うと震えながら暮葉に一歩一歩近づいてくる。
歩き方が何かなんば歩きになっている。
花穏とは違った反応だ。
暮葉の有効射程に侵入。
「フフフ。
クレハさんごめんなさいね。
ウチの娘、貴方のファンなのよ」
「フフッそうなのね。
ありがとう。
貴方お名前は?」
笑顔で手を差し出す暮葉。
「はっ…………
ハイィッッッ!
蘭堂ッ!
カンナですッッ!」
「よろしくねっ
私、天華暮葉」
ギュッ
暮葉と握手を交わすカンナ。
どんどんカンナの顔がパァァッと明るくなる。
「ハワァァァァ……
クッ……
クレハと握手っ…………」
「いつも応援ありがとうね。
フフフ」
「フフフ良かったわねカンナ」
「うんっ!」
「さぁ。
カンナも帰って来たわ。
さぁ紹介して頂戴っ」
「わかりました……
さっ……
暮葉……」
「うん」
僕と暮葉は前に出る。
ソファーで凛子さんの隣に座るカンナちゃんはキラキラ。
凛子さんはワクワク。
グースは無表情。
そんな印象だ。
そう眼を向けられても困る。
「えー……
この方は天華暮葉……
ご存じの方も居られるかと思いますが……
アイドル活動を行ってます」
「フフフ」
と凛子さん
「エヘヘ」
とカンナ。
「僕、皇竜司と……
天華暮葉は……」
「婚約しました!」
一同沈黙。
「えぇぇぇぇぇぇええぇえーーーーッ!」
「フフフ。
あらそう?」
「コンヤク?
ハテ」
三者三様の反応。
「えっ!?
えっ!?
ココッ……
婚約って事は……
竜司にーちゃんとクレハが……
結婚するって事っ!?」
「フフフ。
そうよカンナ」
「あぁなるほど婚姻の約束。
略して婚約ですか」
「ええ……
まあ……
そういう事ですので……
これからも僕と暮葉を宜しくお願いします」
ぺこり
僕はお辞儀する。
「えっ!?
あっ……
あぁ……」
暮葉も慌ててお辞儀。
「竜司にーちゃんっ!」
ガバッ
カンナがえらい勢いで飛びついてきた。
「わっ!
どっ……
どうしたのっ!?
カンナちゃん」
「フフフフフ」
下から妙なカンナの笑い声が聞こえる。
「…………竜司にーちゃんとアタシは友達だよね……
フフフ」
依然として妙な笑い声と何かキナ臭い事を言い出したカンナ。
グワッ
艶めかしい動きで真っすぐ僕を見上げるカンナ。
何か目が座ってて瞳の焦点も定まっていない感じ。
異様な迫力がある。
「う……
うん……」
僕はこの異様な迫力に気圧され、すんなり肯定するのが怖かった。
「フフフ……
と言う事は友達の竜司にーちゃんのお嫁さんのクレハも友達だよね…………」
上を見上げたまま焦点の定まってないいわゆるイッてる眼を僕に向けるカンナ。
こんな娘だったか?
僕は無言で凛子さんに助けを求めるアイコンタクト。
「フフフフ。
ゴメンね竜司君。
後、訂正させてもらうわ。
ウチの娘、クレハのファンじゃないわ。
大……
いや超ファンよ」
片手で謝罪のポーズを取りながらそんな事を言う凛子さん。
「ねえねえ竜司。
どうしたの?」
こういう事は本人に相談しよう。
「あのね……
カンナちゃんが……
暮葉と……
友達になりたいんだって……」
「そうなの?
じゃあ……」
暮葉が屈んで目線をカンナに合わせる。
「ねぇカンナちゃん」
「クォッ……
レッ……
ハッ……」
目線に気付き横を向く。
暮葉と目線があった途端にキョドり出すカンナ。
「私と友達になりたいの?」
「ヒャッ……!
ヒャイッ!」
もう緊張がピークなのか。
カチコチに強張り発言の響きも角が立っている。
「じゃあ友達になりましょう。
改めて宜しくねカンナちゃん」
暮葉が手を差し出す。
おずおずと手を差し出すカンナ。
二つの手が合わさり握手が交わされる。
「はわぁぁぁぁ……
またクレハと握手しちゃったぁぁぁぁ」
「フフフ良かったわねカンナ」
「暮葉、ちょっとカンナちゃんと話しててくれる?」
「いいけどどうしたの?」
「ちょっとグースに用があってね」
僕はグースと凛子さんの側まで歩く。
「如何致しました?
竜司様」
「グースにちょっと頼みがあるんだ」
「何でしょう」
「グースって精神端末生成って出来る?」
「可能ですがどうして?」
「この後、実家に帰るんだ。
そこでおそらく祖父と戦闘になる。
相手は黒の王。
磁鍾帝カイザリスだ。
大規模で激しいものになると思う」
「ほう。
御祖父様の使役されている竜は黒の王ですか」
「グース。
黒の王の事知ってるんですか?」
「それは竜界でも有名ですから」
「今回事を構える事になりましたが実際強さはどんなものなんでしょう?」
「強いですよ。
物凄く。
ボルケより強いとも言われていますし」
あっけらかんと言うグースと対象に僕は絶句した。
「じゃ……
じゃあ何で“王の衆”のリーダーにならないんですか?」
「性格に問題があったからですね。
カイザは基本自身の興味のある事しか動きません。
三大勢力の長は力が強いだけでは成り立ちませんから」
「そ、そうですか……
具体的にどういう能力を使うんですか?」
「重力・引力・斥力を自在に操ると言われています」
「そ……
そうですか……」
能力の概要を聞いて僕は絶句する。
ハンニバルに勝った自信がボロボロと崩れていくのが解る。
「あの……
僕……
一応……
橙の王には勝ったんですが……
どうでしょう?
勝てますかね……?」
「まあ橙の王は王の衆の中でも一番の新参者ですからね。
ただそれでも勝ったというのは大したものですが」
それを聞いて更に落ち込む僕。
いわゆる漫画でよくある強大な敵のヒキに使われるパターン。
例に挙げると「ククク……あやつは四天王の中でも最弱」ってやつか。
「はぁ……」
「グース。
竜司君落ち込んじゃってるじゃない。
何かもう少し前向きな話は無いの?」
僕の溜息を見た凛子さんがフォローを入れてくれた。
「前向き……
前向きですか……
助けになるかどうかはわかりませんがおそらく黒の王は全力を出しませんよ」
「?
どういう事ですか?」
「仮に地球上で黒の王が全力を出したとしましょう。
高重力負荷により地軸がズレて地球から四季が無くなりますね」
全力を出すと四季が無くなる。
このシンプルな言葉に隠された黒の王の強大な力に僕は声も出ない。
「あぁ驚かせてしまいましたか。
申し訳ございません。
しかし黒の王はどういった訳か地球が気に入っている様子。
ですので全力は出さないかと。
おそらく出しても一割から二割。
つけ入る所があるとすればそこではないでしょうか?」
「うん……
ありがとう。
あ、あとね端末を生成して欲しいのは僕が怪我した時の為なんだ……
ムシの良い話かもしれないけど……」
「わかりました……
では」
グースが右掌を上に向け僕に差し出す。
蒼い光が一点に集まる。
「あっ。
持続時間は三日でお願いします」
「了解しました…………
ハイ出来ました。
ではどうぞ」
グースの右掌の上に生成された正四角形が僕にスゥーっと入り込む。
体内に異物があるのが解る。
その異物が体内を進み頭で弾けた。
では試してみよう。
――グース、グース。
聞こえる?
――はい、大丈夫です。
よしOK。
じゃあそろそろ行くか。
「じゃあ僕らはそろそろ行きます。
暮葉、ガレア。
そろそろ行くよ」
暮葉とガレアの方を向く。
ガレアの下顎にへばりつき逆さまになって話すカンナ。
あれは定位置なのだろうか。
それに平然と受け答えをする暮葉。
僕の呼びかけにギョッとした表情でこちらを向くカンナとガレア。
「えっ!
もう行っちゃうの竜司にーちゃんっ!?
ヤダヤダッ!
もっとクレハとお話ししたいッ!」
とカンナ。
【ヤダヤダ!
もっとカンナと遊ぶんだい!】
とガレア。
黙れ。
「ごめんね僕には時間が無いから。
僕ももう少し居たいけどこれ以上居たら予定が狂っちゃうから」
「ホラ、カンナ。
わがまま言っちゃダメよ」
凛子さんが優しくフォローを入れてくれる。
下顎からノソノソ降りてくるカンナ。
「うん……
わかった……
でも竜司にーちゃんまた来てねっ!
絶対絶対クレハを連れて来てねっ!」
目的は暮葉らしい。
まあそこは欲望に忠実な子供らしい一面だろう。
「あぁわかった。
また暮葉とガレアと一緒に来るよ」
「うんっ!」
カンナが曇り一つない笑顔を向ける。
僕らは身支度を整えた。
「じゃあ僕らは行きます。
グース、イザと言う時はお願いします」
「わかりました竜司様。
お気をつけて」
「いってらっしゃい竜司君。
気を付けてね」
「竜司にーちゃんっ!
クレハッ!
ガレアちゃんっ!
バイバーーイッ!」
僕らは蘭堂家を後にした。
阪神電車に向かう道すがら僕は考えていた。
これで全員に暮葉を紹介できた。
兄さん、涼子さん、カズさん、綴さん。
リッチーさん……
は置いといて。
そして遥、スミス、キリコ先生、ユリちゃん、大さん。
駆流、花穏ちゃん、麗子さん、マッハ。
ヒビキ、並河さん、氷織ちゃん。
元、ベノム、フネさん、ルンル……
そして蓮。
木場さん、ダリン、凛子さん、グース、カンナちゃん。
本当にたくさんの人に会ってきた。
阪神電車 甲子園駅
電車に乗り込む。
本当にたくさんの人に出会った。
引き籠っていた頃では考えられない。
世界は広かった。
心の底からそう思う。
(三宮~三宮~)
「あ、着いた。
乗り換えだよ二人とも」
JR東海道山陽本線新快速 姫路行き
僕は今実家に戻っている。
あの忌まわしき実家に。
ドクンドクン
心臓が高鳴る。
やはり僕のトラウマの大元とも言える実家。
まだまだトラウマを克服出来ていない僕の身体は拒否反応を起こしているのだろう。
(加古川~加古川~)
とうとう来てしまった。
戻ってきてしまった。
地元に。
電車を降り駅を出る僕ら。
【ここ初めの所じゃん。
何か懐かしいなあ竜司】
「うん、そうだね……」
「ねえねえ竜司、ここはどこ?」
「あぁここは僕の実家がある所だよ」
「実家?
あぁあの竜司に酷い事したお爺ちゃんがいる所ね。
そうそう竜司、お父さんお母さんは?」
「ん?」
「前に漫画で見たけど人間の家族ってお爺ちゃんが居てー。
その下にお父さんお母さんが居てー。
その下に子供がいるんでしょ?」
「あぁそういう事か。
母さんも父さんも世界を飛び回ってるからね。
母さんは医者で各地の紛争地域で治療業務。
父さんは日本郵船の船長でほとんど海の上に居るんだ」
「へーっ。
どんな人なの?」
「二人とも忙し過ぎて数えるほどしか会った事無いんだけど……
覚えている事は……
母さんは物凄く綺麗だった事は覚えている。
父さんは……
正直どんな顔してたかもよく覚えてなくて……
でも小さい頃海芝公園に連れて行ってもらった時に空高く抱えあげられた事は覚えてるんだ。
その時の父さんは力強くて頼もしかったなあ」
「ふうん」
そんな話をしている内に着いた。
着いてしまった。
見慣れている。
でももう二度と潜る事は無いと思っていた家の門。
何か見えないおどろおどろしい禍々しいオーラが立ち昇っている様にも見える。
次々と思い出したくない嫌な思い出がフラッシュバックする。
「ウエッ!
オエエエエッ!」
嗚咽がこみ上げ、僕は軽く嘔吐してしまう。
「竜司ッ!
大丈夫ッ!?」
心配した暮葉が駆け寄り背中をさすってくれる。
「あぁ大丈夫だよ……
暮葉……」
そうだ。
僕には暮葉も居る。
ガレアも居る。
この二人が側に居る。
身体の中から勇気が湧きおこり僕は意を決して門を開ける。
誰も居ない。
「ガレア、ここからはいつ戦闘になってもおかしくない。
それだけは解ってて」
【お?
何だケンカか?
解ったぜ】
無駄に広い庭を歩き玄関へ。
ガラッ
「……ただいま」
と僕。
「ただいま……
でいいのかな?」
と暮葉。
【オジャマシマス】
とガレア。
靴を脱いで入ろうとした時……
ちょいちょい
袖を引っ張る感覚がある。
暮葉だ。
「暮葉、どうしたの?」
「ねえねえ竜司。
この人誰?」
指差した方向に人が立っていた。
「うわぁっ!」
全く気が付かなかった。
後ろに人が立っている。
トップス、ボトムス共に二、三回りは大きいブカブカの衣服が目に付く。
背丈は僕より頭一つ分ぐらい上の長身の男が立っていた。
「…………
おやーー……
誰かと思えば竜司さんじゃありませんかー…………
いやー……
大きくなりましたですねぇ…………
ゴフッゴフッ」
虚弱。
この男を一言で表すなら虚弱。
吹けば飛びそうなガリガリの身体。
何か咳き込んでもいるし。
「あの…………
どちら様でしょうか……」
「…………
嫌だなーァ…………
僕ですよーー…………
貴方の父親…………
皇滋竜ですよーーぅ…………
ゴホッゴホッ」
え?
あれ?
確かに父さんの名前は滋竜だけどもっ!
記憶と真逆の父さんの様相に処理が追い付かない。
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「はい、今日はここまで」
「ねえねえパパ?
そんなにおっぱいが好きなの?」
前のディープキスはスルーで今回はそこか。
本当に子どもは解らない。
「いや……
まあ……
そりゃあパパも健全な男子だからね」
「ふうん」
「さあさあ。
もう遅いから今日はお休み……」