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ドラゴンフライ  作者: マサラ
第九章 静岡 後編
109/284

第百八話 竜司と暮葉の御挨拶周り④~三重後編、奈良編

「やあこんばんは。

 今日も始めていこうかな?」


「うんっ!」


 ###


 中に入る僕ら。

 相変わらず広い玄関だ。


「さあっ上がってくれよっ。

 竜兄(りゅうにい)


「お邪魔します」


 と僕。


「お邪魔します」


 と暮葉(くれは)


【オジャマシマス】


 とガレア。


 行儀が良いのは良いんだけどやはりガレアが言うと違和感があるなあ。


「ねっねっ竜司っ!

 すっごいおっきな家ねーっ!」


 暮葉(くれは)が驚きながらキョロキョロしている。

 僕らは三人リビングへ招かれる。


「あっ(すめらぎ)さん」


 くるんとこちらに振り向く女の子。

 花穏(かのん)だ。


花穏(かのん)ちゃん、久しぶりだね」


「お久しぶりです。

 今日は急にどうしたんです?」


「今日は紹介したい(ひと)がいてね。

 連れてきたんだよ」


「隣の女の人ですか?」


「そう。

 駆流(かける)、麗子さんは?」


「今台所でクッキー焼いてるよ」


「じゃあ麗子さんがこっちに来てから紹介するよ。

 あ、暮葉(くれは)

 室内だからもう変装しなくていいよ」


「そお?

 じゃあ……」


 暮葉(くれは)がベレーハットを脱ぎ、サングラスを取る。


 プチン


 後ろに手を回し髪留めを外す。


 ファサッ


 暮葉(くれは)の長く綺麗な銀髪がお目見えだ。

 暮葉(くれは)は首の後ろに両手を回し一度ファサっとして髪を整える。


「ふうっ

 スッキリしたー」


「すっ……

 すっげーキレーなネーチャンだな……」


 駆流(かける)が絶句している。


「え……?

 もしかして……

 クレハ?」


 花穏(かのん)がクレハに気付いた様だ。

 マクレに居た女子学生と同じ様な反応をする。


「ええそうよ」


「キャーーーーッ!

 ホンモノッ!?

 ねえっ!

 本物ですかっ!?」


 花穏(かのん)が黄色い声をあげながらえらい勢いで暮葉(くれは)に詰め寄る。


「フフフ。

 ヘンな子。

 そうよ」


「おい花穏(かのん)

 誰だ?

 このねーちゃん」


駆流(かける)知らないのっ!?

 今人気急上昇中のクレハよっ!

 私もCD全部持ってるんだからっ!」


 花穏(かのん)は鼻息荒く自慢気だ。


「誰?

 しらね」


 興奮気味の花穏(かのん)とは対照的に淡白な駆流(かける)


「ねえ。

 貴方名前は?」


 そう言いながら手を差し出す暮葉(くれは)

 それを見た途端スカートで右手をゴシゴシ擦り手を差し出す。


「ハッ!

 ……花園ッッ!

 花穏(かのん)ッッッデスッ!」


 珍しく花穏(かのん)がキョドっている。

 無理もない。

 目の前には一級のアイドル、クレハが居るんだから。

 暮葉(くれは)の手と花穏(かのん)の手が触れ合い、握手する。


「フフフ。

 私、天華暮葉(あましろくれは)

 いつも応援ありがとうね。

 よろしく、花穏(かのん)ちゃん」


「はいっ!」


 花穏(かのん)は握手が終わった後もしばらく右手を見つめていた。

 ようやく花穏(かのん)が落ち着いたと思ったら次は暮葉(くれは)だ。


「キャーーーーーーーーーーーッッッ!

 マクベスーーッッ!

 久しぶりねーーーッッ!」


 奥に居たマッハの方に駆け寄る暮葉(くれは)


【あの……

 どなたでしょうか?】


「もーっ!

 ガレアといい貴方といいっ!

 私よーーっ!

 アルビノよーーッ!」


【えっ?

 アルビノなの?

 ホントに?

 何で人間の格好をしているの?】


「私ねっ!

 今人間の世界でアイドルやってるんだっ!

 結構有名なのよっ!

 エッヘン」


【へえ。

 それは凄いね】


 暮葉(くれは)とマッハは思い出話に花を咲かせている。

 その光景を見て花穏(かのん)が僕に尋ねてくる。


「ねえねえ(すめらぎ)さん。

 クレハって本当に竜なんですね」


「うんそうだよ花穏(かのん)ちゃん。

 竜のクレハも綺麗だよ」


「へー。

 見た事あるんですね」


 そんな話をしていると奥からエプロン姿の麗子さんがやってきた。

 皿に盛られたクッキーを持っている。


「さあさあ皆さん。

 クッキーが焼けましたよ……

 ってあら竜司さんじゃありませんか。

 御無沙汰しています」


「ご無沙汰しています」


「確か駆流(かける)から旅に出ているとお伺いしていましたが旅はもう終えられたんですか?」


「いえ。

 旅はまだ途中です。

 今日は皆さんに紹介したい(ひと)が居まして……

 それで三重まで戻って来たんです」


「あら?

 それって向こうの女性かしらフフフ」


 麗子さんは含みのある笑い方をする。


「何ですか?

 その笑いは」


「いいえェべっつにぃ~ムフフ。

 さあさあ皆さん。

 クッキーでも食べながら紹介してもらおうじゃないの」


 そう言いながら麗子さんはテーブルの前に座る。

 それに応じて駆流(かける)花穏(かのん)暮葉(くれは)と話し終えたマッハも座る。


「じゃあ……

 暮葉(くれは)……

 こっちに来て……」


「はーい」


 パタパタ暮葉(くれは)がこちらに歩いてくる。

 僕は右。

 暮葉(くれは)が左に立つ。


「で、改まって紹介したいって何だよ竜兄(りゅうにい)


 サクサク


 クッキーを食べながら駆流(かける)が聞いてくる。


「そーですよっ!

 皇さんっ!

 クレハと一体どーゆーカンケーなんですかっ!」


 サクサク


 クッキーを食べながら鼻息荒い花穏(かのん)


「えー……

 コホン……

 まずこちらの女性は天華暮葉(あましろくれは)

 アイドルをやってましてご存じの方もおられると思います」


「はいはーーいっ!」


 花穏(かのん)はクッキー片手にブンブン手を振る。

 あれ?

 花穏(かのん)ってこんな子だったっけ?

 アイドルを間近に見てテンションでも上がってるんだろうか。


「皆さんよろしくっ!」


 暮葉(くれは)が笑顔で元気に挨拶。


「よろしくーっ!」


 やはりテンションがおかしい花穏(かのん)


「えー……

 僕、皇竜司(すめらぎりゅうじ)天華暮葉(あましろくれは)は…………」



「婚約しました!」


 一瞬静寂。


「ええええええええええッッッッーーーーーーーーーーー!!!!!」


 この声をあげたのは花穏(かのん)だけである。

 駆流(かける)はキョトン顔。

 麗子さんは冷静を装っているが口元がゆるゆる緩んでいるのが解る。


「コンヤク……?

 コンヤクって何だ?」


「ウムフフフムゥ……

 てっきり私は恋人って紹介すると思っていたのにぃ~~

 ムフウムフゥ……

 まさか婚約者なんてねぇ」


「母さん。

 コンヤクって何だ?」


「婚約ってのはね。

 結婚の約束の事よ駆流(かける)


「ゲッ。

 マジかよ竜兄(りゅうにい)

 そのキレーなネーチャンとケッコンすんのかっ!」


「そ……

 そうだよ駆流(かける)

 だから暮葉(くれは)と僕が……

 ケッ……結婚したら……

 兄貴分の僕の奥さんだから姉貴分になるんだよ」


「まあ……

 そうなるかな?」


「フフフよろしくね……

 えーと……

 貴方お名前は?」


「俺か?

 俺は中院駆流(なかのいんかける)だ」


駆流(かける)ちゃんね。

 よろしく。

 あたし暮葉(くれは)


暮葉(くれは)……

 じゃあ暮姉(くれねえ)だな」


暮姉(くれねえ)……」


 暮葉(くれは)がキョトン顔。


「ムフッ!

 さあ駆流(かける)ちゃんっ!

 あたしの事をおねーちゃんって呼んでも良いわよっ!」


 暮葉(くれは)が溢れる自信で右人差し指を立ててポーズを決める。

 どっかで見たなコレ。


「いや……

 だから暮姉(くれねえ)って……」


「さぁっ!」


 暮葉(くれは)には駆流(かける)の物言いなど聞こえていない。


「さぁさぁっ!」


 たまらず駆流(かける)に耳打ち


「ゴニョ……

 ごめん……

 駆流(かける)……

 一回で良いからおねーちゃんって呼んであげてくれないかな……

 暮葉(くれは)、こうなったら聞かないから……

 ゴニョ」


「まあ……

 別に良いけどよ……

 じゃあ……おねーちゃん」


「ん~~~~っ」


 これを聞いた途端暮葉(くれは)の顔が緩々に綻ぶ。


「もーいっかいっ!」


「おねーちゃん」


「もーいっかいっ!」


「おねーちゃん」


「もーいっかいっ!」


「おねーちゃん……しつけえよ暮姉(くれねえ)


「ねえねえっ!

 竜司っ!

 何これっ!

 おねーちゃんって言われたら身体の中がほんのり温かくなって何となく背中がむず痒くなってっ……

 ねえねえこれって何て感情っ!?」


「多分嬉しいと恥ずかしいの合体じゃない?」


「えっ!?

 前に竜司が言ってた嬉し恥ずかしいとは違うのっ!?」


「その嬉し恥ずかしいの亜種とも言えるね」


「へーっ。

 やっぱり人間の感情って凄いのねっ!」


「えーと……

 僕、皇竜司(すめらぎりゅうじ)天華暮葉(あましろくれは)をこれからも宜しくお願いします」


 僕は深々と頭を下げる。


「えっ?

 ……あぁあぁっ!

 ……宜しくお願いしますっっ!」


 僕を見て慌てて頭を下げる暮葉(くれは)


「はい。

 二人とも末永くお幸せにね。

 宗次さんにも後でメール送っとかなきゃ……

 ええとデジカメデジカメ……」


 麗子さんが奥に消えていった。

 そしてすぐに戻ってきた。

 手にデジカメを持っている。


「ハァイ。

 お待たせぇん。

 さっお二人とも寄って寄って~~……」


 麗子さんがカメラを構えながら右手を左右に振る。

 そう言えば暮葉(くれは)とツーショットを撮るの初めてだ。


暮葉(くれは)、ちょっとこっちに来て」


「ん?

 スチール?」


「何それ?」


「えっ?

 だってあの駆流(かける)ちゃんのお母さんが持ってる小さい箱で紙に私を写すんでしょ?

 お仕事でよくやるもん」


 あぁそう言えば微かに覚えてる。

 前に読んだモデル漫画だったっけ。

 劇中で写真の事をスチールって呼んでた。


暮葉(くれは)、これはね写真って言うんだよ」


「シャシン?」


 暮葉(くれは)キョトン顔。


「確かに暮葉(くれは)の言う通りスチールでも間違って無いんだけどね。

 でも元々は写真って言うんだよ」


「ふうん」


「ほぉらぁ。

 二人共もっとくっついてぇん」


 麗子さんがしきりに手を左右に振る。

 しょうがない。


「ほら……

 暮葉(くれは)……

 もっとこっちに来て……」


「うん」


 ぴとっ


 暮葉(くれは)の華奢な二の腕が僕に二の腕に触れる。


 ドキン


 心臓が高鳴る。

 魔力注入(インジェクト)なんか使って無いのに。

 これは恥ずかしい。


「ん?

 竜司?

 何でホッペが赤いの?」


 軽いキョトン顔で僕を見つめる暮葉(くれは)

 顔が近い。

 ますます顔が赤くなる。


「ムフフフゥン……

 ハイッチーズッ!」


「えっ!?」


 僕が声のした方を向いた瞬間シャッターが切られる。

 フラッシュが僕の網膜を刺す。


「ムフフフゥン……

 良い写真が撮れたわよぉん。

 見るぅ?」


「み……

 見せて下さい……」


 麗子さんがデジカメの画面をこちらに向ける。

 そこには頬を赤くしながらキョドってデジカメの方を向く僕とその後ろで軽いキョトン顔の暮葉(くれは)


「プッ」


 何とも絶妙な滑稽さで僕は思わず吹き出してしまった。


「何だ何だ。

 竜兄(りゅうにい)、どんな写真なんだよ。

 俺にも見せてくれよ」


「はい」


「ブッ。

 何だよ竜兄(りゅうにい)この顔」


「しょうがないよ。

 だって正直暮葉(くれは)ってすっごい可愛いじゃん?

 そんな暮葉(くれは)が間近に迫って来たらねえ……」


「俺、そういうの良く解んねぇよ」


「そーですよっ(すめらぎ)さんっ。

 駆流(かける)に女の子の事なんか解るわけないんですからっ」


花穏(かのん)、うっせ」


「去年のバレンタインデーの時も手作りチョコ渡したら“ん? 何か知らんがくれるならもらうぞ”って言ってお礼の一つも無いんですよっ!」


「フフフ。

 花穏(かのん)ちゃん、手作りあげたんだ」


 僕はこのままほっといたらまた二人がいがみ合う。

 だから花穏(かのん)の台詞の中の肝の部分をついてみた。

 正直僕も反応が見たかったって言うのもある。


「べべべべべっっっ!

 ……別にっ!

 ……そそそそっ!

 ……そんなんじゃないですよっっ!」


 上から下まで顔を赤くした花穏(かのん)がキョドりながら否定する。


「ケッそんなんってどんなんなんだよ。

 このタコ花穏(かのん)


「はぁ」


 この駆流(かける)のコメントを聞いた瞬間僕は溜息が出た。


「ぬぁんですってぇっ!!

 駆流(かける)ッ!

 もういっぺん言ってみなさいよっ!」


 花穏(かのん)が顔の赤さを残しつつ勢い良く立ち上がる。


「何度でも言ってやらぁな!

 タコ花穏(かのん)、タコ花穏(かのん)、タコ花穏(かのん)、タコ花穏(かのん)、タコ花穏(かのん)ーーッ!」


 駆流(かける)は口を左右に引っ張り、舌を忙しなく上下に動かしながら花穏(かのん)を挑発する。


「ぬぬぬ……もう許せないっ!

 駆流(かける)ーーっ!」


 花穏(かのん)が立ち上がり駆流(かける)に掴み掛かる。


「いてててっ

 何すんだよっ!」


 花穏(かのん)は思い切り髪の毛を引っ張る。


「あぁっ……

 あぁっ……

 オロオロ」


 暮葉(くれは)がオロオロし出す。

 ここは僕が止めてカッコいい所を見せないと。


「まーまー花穏(かのん)ちゃん。

 抑えて抑えて……」


(すめらぎ)さんは黙ってて下さいっ!」


「……はい……」


 花穏(かのん)の迫力に圧されすぐに引っ込んだ僕。

 我ながら情けない。


駆流(かける)っ!

 アンタはいっつもいっつも……

 どうしてどうしてっ!」


 バシバシバシバシ


 髪の毛引っ張りから感情のままに駆流(かける)を叩き出した花穏(かのん)


 バシバシバシ


「いてっ

 いててっ

 やめろよっ

 花穏(かのん)っ!」


「いっつもいっつも私に心配かけてっ!

 クラッシュして骨折した時とかっ!

 補習サボってカートやってた時とかっ!

 前のバレンタインの時もそうよっ!

 私がどんな気持ちでチョコ渡したと思ってんのよっっ!!」


 バシバシバシバシ


「いててっ!

 いてっ!

 落ち着けって花穏(かのん)っ!」


 花穏(かのん)の殴打がピタリと止んだ。

 すると。


「うっ……

 うわぁっぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁんっっ!」


 花穏(かのん)が大声を出して泣き出した。

 これは予想してなかった。


「ゲッ!

 何なんだよお前」


「うわぁぁぁぁぁぁん!

 駆流(かける)のバカァァァァッァアァッ!

 うわぁぁぁぁぁんっ!」


 花穏(かのん)が思い切り泣いている。


「あぁっ!

 花穏(かのん)ちゃん何で泣き出したのっ!?

 竜司っ!?」


 暮葉(くれは)は状況が解らず聞いてくる。


「これは思い出し泣きだね」


「思い出し泣き?」


「うん。

 多分花穏(かのん)ちゃんは駆流(かける)の事が好きなんだと思う。

 でもその気持ちが伝わらないし、駆流(かける)は無茶して心配ばかりかけるし。

 そんな自分を客観的に見て哀しくなったんじゃないかな?

 勿論それだけじゃ無く色々複雑な想いが混ざり合って溢れ出てきたんだろうね」


「竜司……

 人間って凄いわね……

 そんな複雑な想いで涙を流すのね……」


「これは……」


 僕の中で“兄として”って気持ちがムクムクと頭を出す。


駆流(かける)


「あっ竜兄(りゅうにい)

 花穏(かのん)、何とかしてくれよ」


「それをやるのは僕じゃない。

 お前だよ駆流(かける)


「えっどういう事だよ?」


花穏(かのん)ちゃんが泣いているのは。

 駆流(かける)、お前のせいなんだよ」


「俺かっ!?

 これぐらいいつもやってるのになぁ……」


「うっ……

 うっ……

 ヒック……

 うっうっ……」


「ここで花穏(かのん)ちゃんを慰めないで他の人に任せるというのは男としてどうかと思うよ僕は」


「わかったよ……」


 駆流(かける)花穏(かのん)の頭をポンポンと軽く叩く。


花穏(かのん)……

 悪かったよ。

 これでもお前には感謝してんだぜ。

 骨折して苦しんでる時にもずっとついててくれてたりよ。

 チョコレートも美味かったよ。

 あん時は何か照れ臭くってよ……

 な?

 だから泣き止めって……」


「ぐすっ……

 ぐすっ……

 ホント?」


 涙で潤ませておずおずと駆流(かける)を見る花穏(かのん)

 正直少し可愛いと思ってしまった。


「ああ。

 まあ……

 これからも色々メーワクかけると思うけどよろしくな」


「うんっ!」


 パアッと笑顔になる花穏(かのん)


「一件落着だね暮葉(くれは)


「イッケンラクチャク?」


 暮葉(くれは)キョトン顔。


「物事が解決したって意味だよ」


【マクベスくぅ~ん。

 君は相変わらずだねぇ~

 ウリウリ】


【痛いっ。

 やめてよガレア~】


 ガレアがマッハの首を小脇に抱え頭をグリグリしている。


「ガレアってば人間界(こっち)に来てもおんなじ事してるのねえ」


 ガレアとマッハのやり取りを見てそんな事を言う暮葉(くれは)

 竜界でも変わらないんだな二人の関係は。


「さて……

 そろそろ行こうか。

 暮葉(くれは)、ガレア」


【マクベスくぅ~ん】


「ガレア!」


【何だ竜司?】


「そろそろ行くよ」


「えっ!?

 もう行っちまうのかよ竜兄(りゅうにい)


「うん。

 出来ればゆっくりしたいんだけど時間が無いから」


 この後のスケジュールを考えるとそろそろ出ないといけない。

 僕らは身支度を整える。


 中院邸 玄関


「じゃあ駆流(かける)

 また旅が終わったらまた遊びに来るよ」


「絶対来いよっ!

 竜兄(りゅうにい)暮姉(くれねえ)っ!」


(すめらぎ)さん、クレハとお幸せに」


「うん。

 花穏(かのん)ちゃんも駆流(かける)と仲良くね」


「……はい」


 花穏(かのん)が少し赤くなる。


「むふふぅん。

 竜司さん、結婚式には呼んで下さいねぇん」


 麗子さんは終始口元が緩みっぱなしだ。


「はい。

 もちろん招待させて頂きます」


【じゃ……

 じゃあね……

 ガレア……

 アルビノ】


 マッハがガレアに解放されたせいか少し安心している感じがする。


【おうまたなマクベス】


「じゃあ行ってくるわねマクベス」


「それじゃあ失礼します」


 僕らは駆流(かける)達に別れを告げた。

 僕らは歩いて駅まで向かう。


 近鉄四日市駅


 僕は案内所へ向かう。


(いらっしゃいませ)


「天涯駅まで一番早く行く方法を知りたいんですが……」


(少々お待ちくださいませ……)


 駅員がパソコンを前にキーボードを叩いている。

 検索している様だ。


(少々乗り換えが多いですが二時間弱で到着するルートがございます)


「わかりました。

 それを紙面で頂けますか?」


(少々お待ち下さい)


 駅員が印刷したプリントを渡す。


「ありがとうございます」


 えーと、何々……

 まず近鉄名古屋線の特急の鳥羽行きで伊勢中川までか。


「ええと……

 近鉄名古屋線……

 名古屋線……」


 僕は上の案内板を見ながら歩く。

 フラフラしてたのだろうか。


「もー竜司ってば。

 そんな上見てフラフラ歩いちゃ駄目じゃない。

 ちゃんと前を見て歩かないと周りのみんなに迷惑なんですよっ。

 フンッ」


「あ、ごめん」


 暮葉(くれは)が自信満々に僕を注意する。

 どうやら暮葉(くれは)は注意する時は敬語になる様だ。

 道徳の教科書でも読んだのだろうか。


 そして何故か自信に溢れてるのは得た知識をひけらかしたいからだろう。

 おっとひけらかしたいというのは少し酷いかな。

 披露したいかな。


「一体何を探してるの?」


 暮葉(くれは)がヒョイッと手のプリントを覗き込む。

 近い近い。

 顔が近い。


「き……

 近鉄名古屋線だよ……」


 良い匂いが鼻に入る。

 途端に顔が赤くなる。


「あれ?

 何でホッペが赤いの?」


 暮葉(くれは)の興味はプリントから僕の頬に移った。


「それは暮葉(くれは)がカワイイからだよ」


 僕もこのやり取りの流れには慣れてしまった様でこれぐらいならすんなり言える様になってるみたいだ。

 しかし相手はそうでもない様で……


「アレッ……!?

 あれあれあれっ?

 あれっ!?

 またっ!?」


 暮葉(くれは)が頬を赤くしながら顔をピタピタしている。


「何でっ!?

 何でっ!?

 竜司に言われると何で違うのっ!?」


「そんな事言われても……

 あ、あった近鉄名古屋線。

 こっちだよ暮葉(くれは)、ガレア」


【おう】


「ブツブツ……

 カワイイなんてお仕事で良く言われてるのに……

 何で竜司だと…………

 えっっ!?

 あぁっ!

 待ってよう竜司っ!」


 近鉄名古屋線ホーム


「あ、来た。

 これだよ」


 数分待つと電車が来た。

 特急鳥羽行き。


「さあ乗ろう」


 僕らは電車に乗り込む。

 ガレアと暮葉(くれは)は流れ出す外の景色を眺めている。

 僕は座席に座りさっきもらった紙面に目を通す。


【なあなあ竜司。

 さっきから何見てんだ?】


 ガレアがプリントに興味を持った様だ。


「あぁ、これはね乗り換える手順が書いてあるプリントだよ」


【ノリカエル?】


 ガレアキョトン顔。

 ガレアは乗り換えを知らない様だ。

 って言っても僕も電車の乗り換えって初めてだけど。


「ああ。

 乗り換えって言ってね。

 ある所まで行ったら降りて別の電車に乗る事だよ」


【フウン。

 ん?

 オイ竜司っ。

 これ見たらこの点が書いてある所がその乗り換えってのをする所って事か?】


「うんそうだよ」


【三回もするのかよ。

 めんどくせえなあ。

 何で行きたい所にすぐにビューンと行けないんだよ】


「しょうがないだろ。

 人間は竜みたいに翼とか生えてないんだから」


【それは知ってっけどよう。

 だからこーゆーのをいっぱい作ったんだろ?

 “乗り物”って言ったっけ?

 でもこの電サで何で行きたい所まで行けないのかってのがようわからん】


 どうやらガレアは乗り物がある事は認めている様だが電車の乗り換えって行為が良く解ってないみたいだ。


「電サじゃなくて電車。

 あのねガレア。

 この電車ってね線路っていう敷いてあるレールの上を走る乗り物なんだ。

 そこ以外は走れないんだよ」


【何だそりゃ】


「そのレールが目的地まで伸びてないとそこまでは行けないだろ?

 乗り換えってのは乗り物を変えるというよりはレールを変えるって事なんだよ」


【ふうん。

 何か解ったような解らない様な……

 何でそんなめんどくさい乗り物作ったんだよ人間】


 何か僕が人間代表の様に聞いてくるガレア。


「そんな事言われてもなあ」


「あっ!

 竜司っ!

 見て見てあそこっ!

 いっぱい鳥がいるわっ!」


 暮葉(くれは)が子供の様にはしゃいでいるなあと思って顔を見たら雰囲気的に楽し気って感じじゃ無かった。

 ちょっと気になって暮葉(くれは)の指し示す方向を見た。


 カラスだ。


 カラスの群れが上空に停滞している。

 どことなく揉めている様にも見える。


「ん……?」


 僕は気づいた。

 何かってそのカラスの群れの中心に見慣れた竜が居た。



 ドラペンだ。



「あれ……

 ドラペンじゃない……?」


「あらそうね」


 暮葉(くれは)はあっけらかんと答える。

 あいつこんな三重と奈良の県境辺りで何やってんだ。


 静岡に居たんじゃないのか。

 兄さんは何やってんだ。


 そのままカラスの群れに襲われているドラペンは風景の一部と化しそのまま流れていった。

 気になったので僕はスマホを取り出す。


 皇豪輝(すめらぎごうき)


「もしもし」


「もしもし兄さん?」


「おう竜司か?

 どうした」


「兄さん、ドラペンどうしてる?」


「お?

 お……

 おう、元気でやってるぞ。

 何でまた?」


「いや今電車なんだけど外にドラペンらしき竜が飛んでたから」


「……今竜司どの辺りだ?」


「ん?

 えーと三重と奈良の間ぐらいかな?」


「……そんな所まで行ってたのか……」


「え?

 兄さんドラペン側に居るんだよね?」


「お……

 おうっ!

 もちろんだっ!

 えっ?

 事件ですかっ!?

 すまんっ竜司っ事件だっ!

 じゃあ気を付けてなっ!

 プツッ」


「あっ兄さんっ!?

 もしもしっ!?

 もしもーしっ!」


 駄目だ。

 切れてしまった。

 結局どっちなんだろ。


(伊勢中川~伊勢中川~)


 あ、ここだ。

 降りる準備をしないと。


「ガレア、暮葉(くれは)

 降りるよ。

 準備して」


「うん」


【おう】


 僕らは電車から降りた。

 えーと次は……

 近鉄大阪線か。

 ホームは階段を上がった向こう側らしい。

 こういうのはめんどくさいよな電車って。


「階段上がった向こうだよ。

 行こう」


【めんどくせえなあ。

 ジャンプしたら駄目なのか竜司】


「そんな事したら周りの人がビックリしちゃうよ。

 ホラホラ行くよガレア」


 ブー垂れながらも階段を上がるガレア。

 ホームに着くとすぐに電車が到着。


 近鉄大阪線特急 大阪上本町行き


 乗り込む僕ら。

 また先程と同じ様にプリントで駅を確認。

 ついてに乗車している時間を確認する。


「次は……

 大和八木か……。

 ガレア、暮葉(くれは)

 今はゆっくりしていいよ。

 五十分ぐらい乗ってるから」


 僕は座席に座る。

 隣に暮葉(くれは)

 ガレアは外の景色を眺めている。


「ふう」


 僕は少し落ち着いた。


 ちょいちょい


 袖を引っ張る感覚がする。

 感覚がした方を見る。

 暮葉(くれは)だ。


「ねえねえ竜司。

 私の事可愛いって言ってみて」


「ん?

 可愛いよ暮葉(くれは)


 暮葉(くれは)の顔は特に変化がない。


「あれ?

 今は何にも感情が湧かないわ。

 ん?

 あれ?

 何で?

 何で竜司?」


 ああ。

 なるほどさっきの事を引っ張ってるのか。


「うーん。

 よくわかんないけど多分暮葉(くれは)に言わされたからじゃないかな?」


「言わされたってどういう事?」


 暮葉(くれは)はキョトン顔になる。


「だって暮葉(くれは)が“私の事を可愛いって言って”って言ったじゃん?

 だから僕は言った訳でそこに僕の感情は乗ってないもの」


「ふうん。

 何となく解ったわ。

 竜司に感情を乗せてもらうにはどうしたらいいのかしら?

 さっきと同じ様な感じになればいいのね……

 んーとんーと……」


 暮葉(くれは)が何か考え込んでいる。

 あ、何か閃いた顔をした。


 スッ


 暮葉(くれは)が何か寄ってきた。


「な……

 何……?

 暮葉(くれは)……」


「んっふーん。

 さっきとの違い気付いちゃったっ。

 竜司ってばさっきホッペが赤かったもんねっ。

 それでねっ。

 竜司ってば何故か私が近づいたら赤くなってたもんねっ」


 スッスッ


 暮葉(くれは)がどんどん寄って来る。


「んっふー。

 竜司っ♪」


 暮葉(くれは)がしたり顔でどんどん寄って来る。

 頬が熱くなるのを感じる。


「ちょ……

 ちょっと近いよ暮葉(くれは)……」


「だって竜司を赤くするためだもんっ。

 あっ竜司のホッペ赤くなったぁ。

 キャハハおもしろーい。

 どれだけ赤くなるのかしらっ!?

 えいっえいっ」


 暮葉(くれは)が僕の腕にしがみついてきた。

 華の様ないい匂いが香ってくる。


 ぽよん


 暮葉(くれは)の背丈の割には豊満な胸が当たる。

 物凄く柔らかい。

 この胸も魔力で作ってるんだろうか。

 いかん、何か混乱してきた。


暮葉(くれは)……

 当たってるから……」


「ん?

 何が?

 フフフすっごく赤くなった……

 これぐらいでいいかしら……

 ねえ竜司?」


「な……

 何?」


 パッチリ大きい紫の両眼を真っすぐこちらに向けている暮葉(くれは)の笑顔が物凄く近くにある。

 距離にして凡そ十センチ強。


「何で赤くなったのっ?」


「そっ……

 それは暮葉(くれは)が可愛いからだよ。

 うん抜群に」


 この近さではさすが冷静を装えない。

 でもそれは向こうも同じ様で。


「…………アレ?」


 十センチ強の距離で暮葉(くれは)の顔が見る見るうちに赤くなる。

 これはおもしろい。


 サササッ


 暮葉(くれは)が素早く距離を取る。

 忙しない子だなあ。

 眼を真ん丸にしてピタピタ掌を顔に当てて熱さを確かめている。


「アレアレアレッ?

 何でっ?

 ついさっきと全然違う……

 同じ言葉なのに……

 何で……?

 すっごい不思議……

 何でっ?

 竜司っ?」


 僕はしばらく考えてみた。


「……それはやっぱり命があるから……

 じゃないかな?」


「命があるって?」


 暮葉(くれは)キョトン顔。

 それはそうか。


「うん……

 今考えたんだけど僕は命があるって事は感情を持つって事だと思う……

 それで人間って生物の中でも飛びぬけて知能が発達したおかげで“言葉”っていう重要な文化が生まれた」


「うんうん」


 暮葉(くれは)が興味津々に聞いている。

 これはこれで少し恥ずかしい。


「そして“言葉”が産まれて意思の疎通がやり易くなった。

 多分そこからどんどん発展していって好きって気持ちとかいろいろな感情を言葉に載せて伝える様になったりしたんじゃないかな?

 あっ、暮葉(くれは)が唄っている歌も言葉に感情を乗せる文化が発達して出来たんじゃないかな?」


「人間って凄いわね……

 意思の疎通は竜でもテレパシーがあるけどテレパシーをそこまで発展させるなんて事を考えた竜なんて居ないもの……

 でも何で竜司が赤くなった時の“カワイイ”といつも言われてる“カワイイ”と違うのかしら?」


「やっぱり仕事で言われてるのとプライベートで言われた時の差じゃない?」


「でも赤い竜司が言った“カワイイ”と普通の竜司が言ったのとは違ったじゃない」


「だから感情を乗せてるのと乗せてないのとの差って言ったじゃん」


「じゃあ顔が赤かった時はどんな感情を乗せてたの?」


 暮葉(くれは)が難しい事を聞いてきた。

 あの時の感情か。

 好きって言うのはもちろんあるけど何だろ恥ずかしいってのはあったし、照れ臭いってのもあったし、いい匂いでボーッてなったのもあるし、胸の柔らかさもあったし目の前に暮葉(くれは)の顔があるって言うのもあるし。

 ええいもう何が何だか分からなくなってきた。


「わかんないよ。

 そんなの」


「えー何でよー。

 そんな事言っててホントは解ってるんだけどイジワルして言わないんでしょっ!」


 暮葉(くれは)がヘンな言いがかりをつけてきた。


「イジワルって……

 そんな事僕が暮葉(くれは)にそんな事する訳ないじゃない。

 感情の言語化って意外に難しいんだよ。

 とりあえず一言で言うなら僕の感覚のほとんどが暮葉(くれは)のものでいっぱいになったんだよ。

 もちろん心の底には暮葉(くれは)の事が大好きって言うのがあるんだけどね」


 五感の内、味覚以外は全て暮葉(くれは)に支配……

 いや包まれた感覚。

 そこから出た言葉だ。


「それで……

 出た言葉……?」


「うん」


 それを聞いた途端暮葉(くれは)の頬が見る見るうちに赤くなっていく。


「アレ……?

 アレアレアレ?

 また……」


 また掌でペタペタ顔を触り熱さを確かめている。

 僕は少し気付いた。


「あぁ、暮葉(くれは)

 それは僕の好きって気持ちが伝わったせいじゃないかな?

 ホラ感情って伝える相手と伝わる相手が居て成立する相互のものだからね」


「好き…………」


 そう暮葉(くれは)が呟いたと思ったら加熱しているのかと言わんばかりに赤くなっていく。


 プイッ


 暮葉(くれは)がそっぽを向いた。


「ん?

 どうしたの?

 暮葉(くれは)


「見ないでっ!」


 そっぽを向きながら両掌だけこちらに向ける暮葉(くれは)


「急にどうしたの?

 暮葉(くれは)


「見ないでっ!」


 そっぽを向いたまま両掌を上下に忙しなく振る。

 急にどうしたんだろう。

 よく見たら耳まで赤い。


(まもなく大和八木~大和八木~)


「あ、ここだ降りないと。

 暮葉(くれは)、ガレア降りるよ。

 準備して」


【おう降りるのか】


「見ないでっ!」


 まだやってる。


「わかったよ。

 じゃあ僕は暮葉(くれは)の方を見ないから手だけ繋いで」


「……うん……」


 僕は入り口の方を見ながら手だけ後ろに向ける。

 直にそっと手に温もりをを感じる。


(大和八木~大和八木~)


 僕らは駅に降りる。


「次は……

 近鉄福原線か……」


 階段の向こうだ。


【またこの段々登るのかよ。

 めんどくせえなあ】


 駅の柱に細長い鏡がついている。

 それで後ろからついて来ている暮葉(くれは)を見た。

 まだ耳まで赤くしながら俯いてついて来ている。

 何だかこんな暮葉(くれは)は新鮮で凄く愛おしく見えてきた。


 ###


 そんなこんなでとりあえず天涯駅に到着。

 懐かしいなあ。

 と言っても一ヶ月ぐらいしか経っていないんだけど。


 相変わらず電話番号は大量に交番の前の看板に書いてある。

 まだヨシオはいるのかな?


「わっあれ何っ!?

 竜司っ。

 “ようこそ おかえりなさい”って書いてある。

 みんな奈良に住んでる訳じゃ無いのに変なのっ」


 暮葉(くれは)が天涯市の看板を指差し騒いでいる。

 意外に核心をついている。


「そうだね。

 ヘンだね」


 僕は時間確認の為にスマホを取り出す。


 午後十六時二十五分


 ヒビキに連絡しないと。

 そう言えば並河さんの建築事務所で働いてるんだっけ。

 アドレス帳からヒビキの番号を出し電話をかける。


 PURURURURU


「もしもしっ!?

 竜司かいっ!?

 急にどうしたんだいっ!?」


 相変わらずヒビキはチャキチャキ威勢がいい。


「ヒビキ、久しぶり。

 今奈良に居るんだよ」


「あーっそうかいっ!

 旅はもう終わったのかいっ!?」


「いえまだ旅の途中でして……

 今日は紹介したい(ひと)が居ますので一時的に戻ったんです。

 出来れば氷織(ひおり)ちゃんと並河さんにも紹介したいんですが

 ヒビキ今どこに居ます?」


「ん?

 今社長の事務所で仕事中だよっ!

 あー、アンタこの前の出張費の領収書出しといてくれよっ」


 多分社長と言うのは並河さんの事だろう。

 良かった。

 ちゃんと仕事をしてる様だ。


「仕事は何時に終わります?」


「六時にはアタシも社長もあがれるよっ」


「じゃあ六時頃にヒビキの家にお邪魔してもよろしいですか?」


「いいよっ!

 来なっ!

 積もる話もあるだろうしねっ!」


「ありがとうございます。

 じゃあ後で。

 並河さんによろしく」


 プツッ


「ごめん暮葉(くれは)

 奈良でも少し時間が出来ちゃった」


「じゃあ三重の時の様にどんな事してたのか教えて」


 天涯と戦った時の話を掻い摘んでした。


「……という訳さ」


「何かすっごい悪い人だったのねその天涯さんって。

 それでさっきから言ってるヒビキ……

 さんってどんな人?」


「プッ。

 ヒビキは暮葉(くれは)も知ってる竜だよ。

 確か……

 金氷帝だったっけ?」


「えーーっ!?

 ヒルメイダスって奈良に居たのっ!」


「そうだよ後で逢えるからね」


「うんっ!」


 久しぶりにヨシオの話をしたせいか奈良での戦いを想い出した僕。

 少し溜息が出る。


「はぁ……」


「どしたの?

 竜司」


 不思議そうに暮葉(くれは)が聞いてくる。


「いや……

 奈良での戦いを想い出してね……

 我ながら情けなかったなあって……」


 奈良のそういった荒事関連はほぼほぼヒビキにおんぶにだっこだったことを想い出したからだ。

 そういえばあの時天涯は逃げたけど天涯教はどうなったんだろう。

 あの総本山はどうなったんだろう。


暮葉(くれは)、少し行ってみたい所がある。

 行こう」


「ん?

 どこ行くの?」


「さっき話した天涯教の総本山だよ」


「竜司が戦った所ねっ。

 私も見てみたいっ!」


「じゃあ行こうか。

 ガレアも行くよ」


【ん?

 どこ行くんだ?】


「前に行った事がある所だよ」


 二十分弱程歩いて目的地到着。

 何かおかしい。

 まず看板。


 天涯教 天涯支部


 と書いてある。

 支部?

 ここは総本山じゃないのか?

 僕は近くに居た信者らしき人に聞いてみる事にした。


「すいません。

 ここって総本山じゃなかったんですか?

 何かあったんですか?」


「ん?

 今、天涯教の総本山は長野県だよ」


「は……

 はぁ……

 そうなんですか」


 僕は敷地内に入る。

 確かこっちにヨシオの家があったはずだ。

 あった。

 そこには木製の看板でデカデカとこう書いてあった。


 売地 横田不動産


 僕は門のノブに触れてみる。


キイ


 開いた。

 不用心だな横田不動産。

 中を覗くと草はぼうぼうに生い茂りテラスにつながる窓のガラスは割れたまま。

 要するに僕と戦った時のままって事ね。

 おそらくヨシオは僕らから逃げた後そのまま長野に行って総本山も長野に移したんだろう。


「何か汚い所ねえ」


 暮葉(くれは)が三重でも聞いた様な事を言う。

 僕が通った後は全部酷い事になってる様な気がして少し凹む。


【おい竜司。

 ここってあのホトケってやつとケンカしたとこじゃね?】


「そうだよガレア。

 よく覚えていたね。

 でもアイツはホトケじゃなくてヨシオだよ」


【何だそりゃ。

 よくわかんね】


 そろそろ時間だ。

 駅に戻る時間も入れるとそろそろ行かないと。

 僕らは駅に戻る事にした。


 来た道を戻り、時間的にもちょうどいいのでそのままヒビキの家に向かう。

 駅前のタワーマンションだ。

 すぐに着いた。


「ひゃーっ。

 高い所ねえ」


 額に右手を当てて上を見上げる暮葉(くれは)


「確か……

 ヒビキの家は十二階だったっけ。

 ガレア、エレベーターで行くから少し小さくなって」


【わかった】


 ガレアの身体が光に包まれて二回りほど小さくなる。

 乗り込み十二階へ。

 歩いて一つの部屋の前で止まる。

 表札にはこう書いてある。


 嘉島


 ここだ。

 インターフォンを鳴らす。


 ピンポーン


 インターフォンから声がする。


「はいはいっ!

 どちらさんっ!?」


「僕です。

 竜司です」


「おーっ!

 よく来たねぇっ!

 待っとくれよっ!」


 ガチャ


 すぐに扉が開く。


「おーっ!

 ホントに竜司だこりゃっ!

 久しぶりだねえっ!

 元気にしてたかいっ!?」


 威勢の良いヒビキの声が響く。


「ええ。

 ヒビキも久しぶり」


「まーっ。

 積もる話もあるだろうしさっ上がっとくれよっ。

 お連れさんも遠慮はいらないよっ!」


 僕達は中に入る。


 ###


「はい。

 今日はここまで」


「パパー?

 何で花穏(かのん)は泣いちゃったの?」


「う~ん。

 何だろうねぇ微妙な女心はまだ(たつ)にはわかんないかなあ」


「ふうんよくわかんない」


「ちなみに今は結婚して中院花穏(なかのいんかのん)になってるよ。

 子供はまだって言ってたなあ」


「へー、結婚したんだ。

 キシシ」


 (たつ)がいやらしい笑い方をする。


「コラ、笑ってるけど(たつ)も大人になったらやる事なんだよ」


「フーン。

 僕はケッコンなんてしないもーん」


「タハハ…………

 さあ今日も遅い。

 もうおやすみ…………」

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