第百一話 空
「やあ、こんばんは。
今日から百一回目だね。
じゃあ始めようか……」
「うん」
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僕は大空に居た。
バタバタと風の音がやかましい。
「竜司。
それでどうやってハンニバルをやっつけるの?」
「え!?
何て!?
聞こえないっ!」
風の音がうるさくて近くの暮葉の声すらかき消してしまう。
実際空に上がってみるとこんなに不便なものなのか。
会話一つままならない。
漫画の空飛ぶヒーローとかどうしてるんだろうか。
まあ漫画だからって事なのかな?
ここで僕は一つ思いついた。
さっそくマザーに聞いてみよう。
―――マザー。
マザー。
応答願います。
―――どうしました……
竜司……
フム……
凡そは把握しました……
回答としては条件付きならば可能と言った所です……
さすがマザー。
心が読めるだけあって話が早い。
僕が考えた事は竜同士が使うテレパシーだ。
マザーから四角い何かを受け取った訳だし。
それを使ったりとかして僕も使えるようにならないかと思ったのだ。
―――条件って?
―――まずあの四角いものは精神端末と言うもの……
体内に入った端末は技術にもよりますが……
操作は可能です……
そして竜司が念話を行う術ですが……
まず体内にある端末をイメージ……
「フムフム」
―――それを話したい人数分に分けるイメージです……
なるほど。
僕の場合はガレアと暮葉だから三等分か。
―――そして分けた端末を相手に移すイメージです……
これで念話が使えるはずです……
但し……
注意点があります……
それはある程度の技術が必要なのと……
端末は有限と言う事です……
「有限?」
―――ハイ……
端末は時間とともに体内から消失します……
私が渡した大きさで凡そ地球時間で一日……
それを等分で分けるとなると使用時間も短くなると言う事です……
―――なるほど……
わかりました。
注意します。
じゃあ早速やってみよう。
僕の頭の中の四角形……
これをナイフで三等分するイメージ……
ベースはケーキを切り分けるイメージ……
出来た……
のかな?
次はそれを相手に渡す……と。
まずは目の前の暮葉から。
そっと背中に掌を合わせる。
「ひゃぁっ!
竜司なになにっ!?」
僕は体内にある何かを移動するイメージをする。
お?
おお?
何か体の中で動いているのが解る。
体内にある何かは僕の腕から掌に。
掌から暮葉の身体に入った。
【もー竜司、何よー。
何したのー?】
暮葉が前で何か言ってる。
風の音がうるさくてよく聞こえない。
バタバタバタバタバタ
ええいバタバタうっとおしい。
僕はさっそく交信できるか試してみた。
―――暮葉……
暮葉……
聞こえる?
僕はそう頭の中で念じてみた。
すると前の暮葉の身体がピクッとなる。
―――わっ……
誰っ……
って竜司?
あれっ?
念話使えたのっ?
―――今だけだよ。
どうやら上手く行ったようだね。
待っててね。
ちょっと前ごめん……
僕は上半身を前に倒し、暮葉の左脇に差し入れる。
左手を伸ばしガレアの裏首に合わせる。
さっきと同じイメージ……
いかん、暮葉の左胸が当たってる。
いや当たってる気がする。
いや当たってるに違いない。
暮葉の身体は柔らかい。
いかんイメージが散ってしまう。
集中集中。
よし完了。
僕はすぐに身体を元に戻す。
―――ガレア……
ガレア……
聞こえる?
僕は頭の中で呼びかけた。
すぐに反応がある。
ガレアの身体がピクッとなったのだ。
―――うわっビックリした。
って竜司か?
お前テレパシー使えたのか?
―――今だけね。
空の上は風の音がやかましいからね。
空ではこれで会話するよ。
―――何か今回初めての事ばかりだなあ。
いいぜ。
―――とりあえず三人で作戦会議だ。
どうやってあの橙の王と戦うかだ。
―――どうするの?
竜司。
―――定石でいうとこのまま雲に隠れながら狙撃して牽制ってのがセオリーだけど……
―――何かまだるっこしいなあ。
何で出て行って正面からケンカしないんだ?
―――出てって姿を晒したら一瞬でやられちゃうよ。
なんせ向こうの攻撃は光速なんだから。
―――なあなあ。
さっきも下でそんな事言ってたけどコーソクってなんだ?
強いのか?
―――強い?
いや、強いんじゃなくて速いんだよ。
物凄く。
光ったのが見えたって事はもう当たってるって事だからね。
でも前に漫画で読んだな……
速さは重さって……
じゃあもしかして物凄く強いとも言えるかも知れないなあ……
―――ふーん。
まーとにかくまずはめっちゃくちゃ速いのが来るってだけ考えてたら良いか?
―――うん。
じゃあとりあえずそれで
―――ねーねー竜司。
私も戦うのよね。
私は何をしたらいい?
ここで僕は口を噤んだ。
暮葉の能力は魔力ブースト。
魔力の放出量を跳ね上げると言っていたが多分それだけでは無い。
それは先のブーストした流星群を見ても一目瞭然だ。
ここで暮葉にガレアのブーストを頼むのは簡単だ。
ただ簡単なだけにその能力を使ってしまう事に一抹の不安と恐怖を感じた。
でもそんな事は言ってられない。
ここで橙の王に勝たないとよしんば逃げて生き延びたとしても、世界線は変えられず破滅に突き進んでしまう。
―――ねえ竜司。
どうしたの?
―――あっああ……
何でもない。
暮葉は要所要所でガレアの魔力をブーストして欲しい
―――……わかったわ……
―――でも注意して……
相手に暮葉の能力の事は知られたくない。
使うタイミングは僕が言うよ
―――わかったわ。
―――でもどうしよう……?
二人とも。
正直橙の王を打倒する具体的な案は全く出てこない。
移動や攻撃を光速で撃ち出す相手とどう戦えばいいか見当もつかない。
―――なあなあ竜司。
とにかくアイツをぶっ飛ばさないと駄目なんだろ?
間違ってはいないがガレアが言うと何か軽い。
―――うんそうだね。
―――んでアイツの攻撃がめっちゃくちゃ速いからどうしようって話だろ?
やはり軽い。
―――うんそうだよ。
しかも相手は高位の竜で王の衆の一角だからね。
―――ふうん。
じゃあ俺ちょっと試してみたい事があるわ。
ガレアがこんな提案をするなんて初めてだ。
仄かに怖い。
―――いっ……
一体何を試すの……?
―――いやな……
俺の魔力壁で攻撃防げるかどうかって思ってよ。
―――防ぐって……
あの橙の王の攻撃をかい?
―――そうだよ。
あっけらかんと答えるガレア。
僕は浮かんだ最悪のケースを話してみた。
―――ガレア……
防げればいいとして……
もし……
無理だったらどうなるの……?
―――そりゃ当たって死ぬだけだろ?
これまた恐ろしい事をサラッと言うガレア。
相手が王の衆と言うのを解ってないんだろうか。
赤の王の時とはえらい違いだ。
―――赤の王の時はあんなに怖がってたのに。
同じ王の衆だけど態度が全然違うんだね。
【ヒエッ……!
アッ……
赤の王ッ……ッ!!?】
ガクン
身体を支えていた巨大な力が一気に抜ける感覚がする。
視界が物凄いスピードで下に向かう。
これは……
落下だっ!
「キャアァァァァッ!」
ガレアの首にしがみつく暮葉。
「うわぁぁぁぁぁっ!」
暮葉の背中にしがみつく僕。
【アアァァァッ……
赤の王……】
ガレアはキョトン顔の時の様に目を真ん丸とさせ小刻みに震えている。
視界がぐらぐら揺れつつ猛スピードで落下。
内臓が身体の動きについていけず上へ置いてかれる感覚。
エレベーターで最上階から一階に一気に降りる時の感覚だ。
と、そんな悠長な事を考えている場合ではない。
―――ガレアッッ!
落ち着いてっっ!
ここに赤の王は居ないからッッ!
飛んでッッ!
地面にぶつかるゥゥゥゥゥッッ!
【ハッ!?】
ようやく我に返るガレア。
翼を再び羽ばたかせる。
尻に感じていた強い大きな力を再び感じる。
視界もまたゆっくりと上昇し出す。
―――ガレア……
そんなにも赤の王が駄目なのか……
―――バッ……
バカッ!
竜司のバカッ!
ビビビッ……
ビックリさせんじゃねぇよっ!
ガレアが怒ってる。
何となく彼女の様な乙女チックな出だしだ。
何かカワイイ。
とにかくガレアに赤の王は禁句だ。
―――ま……
まぁ、とにかく落ち着いて良かったよ。
―――んでどうすんだ竜司?
―――それじゃあ……
ガレアの案でとりあえず行ってみようか。
ガレアの案と言うのは魔力壁で防げるかって話だ。
その案でいこうと決めたのは橙の王の力をある程度測っておいた方が良いと思ったからで、イザという時は暮葉のブーストもある事だし何とかなるだろうと考えたからだ。
一抹の不安と恐怖なんてカッコいい事言っておいて結局は暮葉の力に頼っている。
僕は自分のこういうズルいというか打算的な所が嫌いだ。
―――じゃあまず橙の王の場所を探る……
全方位。
展開される緑のフィールド。
空に居るだけあって広がるフレームは真円状だ。
範囲もだいぶ広げれる様になった。
そういえば最近スキルのレベルをチェックしてなかったなあ。
地球だったらどれぐらいか判るんだけど。
まあ大体五キロぐらいかな?
五キロ周辺。
見当たらない。
―――ガレア……
そのままゆっくり元居た方向に戻って……
急がなくていい……
ゆっくりとだ。
―――わかった。
ガレアはゆっくりと翼を動かし前へ進む。
全方位は展開中。
居た。
フレームの端に橙の王を捉えた。
位置は……
僕達から見て右下辺りでウロウロしている。
点の色から言ってまだ怒っている様子だ。
―――見つけた。
僕らのいる所から右下辺りに居るよ。
―――じゃあ行くか竜司。
―――待って。
大きく迂回して後ろに出る様に行こう。
幸いこの出鱈目に大きな雲の中だ。
多分上手く行くと思う。
―――何か卑怯だなあ。
―――作戦って言って欲しいなあ。
正面から行って勝てる相手じゃないからしょうがないよ。
僕は負ける訳には行かないんだ。
あとガレア。
飛ぶ時は極力魔力を使わないで。
橙の王に気取られると面倒だ。
―――わかった。
でも魔力使わずに飛ぶの結構しんどいんだよなあ。
バサッ
バサッ
バサッ
ガレアの翼が大きく羽ばたく。
外側に吹いているだろう猛風の余波が頬に当たる。
ガレアは右上に向かい、大きく曲線を描くように回る。
―――ようし……
そのままそのまま……
よしガレアストップ。
予定ポイント到着。
スーハー……
スーハー……
僕は大きく深呼吸。
今から橙の王に挑むんだもん。
緊張もするよ。
よし腹は括った。
僕はここからの作戦をガレアと暮葉に伝えた。
―――二人ともよく聞いて。
ここからの作戦を話すよ。
まずガレア。
ここから左下の方角に橙の王が居る。
僕が合図したら全速力でそっちに降りてくれ。
多分橙の王は怒ってるから僕らを見たらすぐに撃って来るだろう。
だからそれに合わせて魔力壁を張ってくれ。
―――わかった。
―――私はどうしたらいいのっ?
―――暮葉。
魔力ブーストっていつまでもつものなの?
―――えぇっ……!?
そっ……
そんな事言われても……
私も数える程しか使った事無いし……
―――それじゃあ、その使った時の話で良い。
その時効力が切れて困った事とか無かった?
―――んーと……
んーと……
それは無いわね。
―――よしOK。
それで充分だ。
それじゃあ僕が作戦開始の合図を出したらすぐにガレアに魔力ブーストを使ってくれ。
―――わかったわ。
僕はガレアに全速力でと言った。
走って音速を超えるガレアの事だ。
おそらく一瞬で着くだろう。
そういう時間を考えて開始同時がちょうどいいだろうと踏んだのだ。
―――んで竜司。
お前はどうすんだ?
―――僕は橙の王の頭に標的捕縛をセットする。
セット出来たら合図するからまた全速力で雲の中に逃げろ。
―――わかった。
これは光陰矢の如しを防げたらの前提だ。
防げなかった時の事は無理に心の奥に押し込めた。
―――じゃあ……
僕も準備するよ……
魔力注入……
ドクン……
ドクドク……
最初の鼓動は魔力を注入したせいだが後半は緊張からだ。
―――よし……
行くよ……
二人とも……
GOッ!
ギュンッ
僕の声を聴いたガレアは瞬時に飛行スピードを上げる。
口の中に空気が勢いよく送り込まれ唇がブルブル震える。
これはたまらない。
魔力注入。
口内に送り込まれる空気によって喋る事も出来ないので僕は念じて魔力注入発動。
身体の周りを魔力で覆う。
ふう幾分か楽になった。
にしても凄いスピードだ。
後数秒で雲を抜けて橙の王の後ろに出るだろう。
雲を抜ける…………
抜けたっ!
橙の王だ。
僕の上半身ぐらいの大きさの橙の王が見える。
何かキョロキョロしている。
肩が大きく胎動している。
全方位で見ると橙の王を表す点は真っ赤だ。
よほど怒っているのだろう。
すると橙の王の身体がピクッとなる。
【ソコカァァァァァッ!】
瞬時に橙の王が振り向く。
同時に瞬き。
ボフッ!
僕の視界が眩しい光でいっぱいになる。
バシュュュュッッッ!!
弾けた。
ガレアの鼻先で。
余りの眩しさで視界は悪いが、僕はこの通り生きている。
ガレアの魔力壁が光陰矢の如しを防いだのだ。
魔力壁に当たった光が弾けて小さな無数の流星となり辺りに四散している。
【ケッ!
俺の光陰矢の如しを防ぐたあ、なかなかイルな魔力壁張るじゃねぇかッ!
ただレベル1のレイ防いだくらいでいい気になってんじゃねぇぞぉっっ!】
橙の王がカッと目を見開き怒号を放つ。
そして今、怖い事を言った。
今のがレベル1!?
【オラァッ!
レベル2ッ!】
橙の王の口が素早く開く。
口内の奥が瞬く。
バフッッ!
止んだと思ったのにまた視界いっぱいに煌めき。
先程より光量が多い。
余りの光に網膜に大きな残影が出来る。
バシュッ!
また先程と同じ様にガレアの鼻先で弾けた。
四散する小さな光弾群が雲を散らしていく。
僕はこの数刻のやり取りに呆気に取られ自分のやるべき事を忘れていた。
「マッ……
標的捕縛ッ!」
僕はようやく自分のやるべき事を思い出した。
光が止み網膜の残影が止む。
見えた。
橙の王の顔っ!
僕は一点を凝視する。
ついたっ!
蒼い菱形印っ!
僕は素早くガレアの背中を叩きテレパシーで交信。
―――ガレアッ!
標的捕縛ついたぞっ!
雲の中に逃げろォォォッ!
―――わかったっ!
バサッ
ガレアが大きく翼をはためかせ瞬時にスピードを上げる。
【またぁぁぁっ!
逃げんのかぁぁぁぁっ!
てんめぇぇぇぇぇっ!】
ボボボボボフッッ!
橙の王の怒号と連続してストロボを焚く様な音を背中で聞く僕。
光陰矢の如しを放ったのだ。
【よっと】
「うわわわわっ!」
ガレアが少し首を左に傾けたと思うと急激に右に回転し出した。
思わず僕は暮葉にしがみつく。
ガレアの身体は進行方向に向かって螺旋を描いている。
これはもしかしてバレルロールじゃないか?
ガレアはこんな事も出来るのか。
橙の王の放った光陰矢の如しは一発も当たらない。
ボフン
雲の中に飛び込むガレア。
しばらく飛ぶと辺りはすっかり厚い雲で覆われた。
―――こんな所かな?
んで次はどうすんだ竜司。
―――それよりガレア。
聞きたいことがある。
さっきの逃げる時、後ろからの橙の王の攻撃に気付いてたの?
―――ん?
何かアイツすっげぇ怒ってたからなあ。
何かやってくんじゃねえかとは思ってた。
―――それで後ろも見ずに橙の王の攻撃を全部躱したじゃない。
どうやって感知したの?
―――ん?
勘。
あっさり。
まあガレアらしいっちゃあらしいけど。
―――……あとさっきのガレアの飛び方凄かったよ。
バレルロールが出来るなんて知らなかった。
―――ばれるろーる?
何だそりゃ?
食いもんか?
多分とは思ってたけどガレアはバレルロールを知らなかった。
―――……違うよ。
ガレアが逃げる時にこう……
錐もみ上に飛んだじゃない。
落ちるんじゃないかってびっくりしたよ。
僕は右人差し指を螺旋状に回転させて説明した。
―――ん?
そんな名前があんのか?
それ人間がつけたんだろ?
人間飛べねぇのにどこで使うんだよ。
ケタケタケタ。
―――バレルロールってのは飛行機の操縦技術で使う言葉なんだけどね。
暮葉もよく平気だったね。
あんな急激な回転だったのに。
―――だってガレア飛んでたもん。
あれぐらいへっちゃらよ。
―――さっき落下した時キャーーって言ってたのに?
僕はわざと意地悪く聞いてみた。
―――あれはガレアの力が抜けたからよっ!
もーいいじゃないっ!
その話はっ!
―――まあそれはいいにしてもよ。
次どうすんだって竜司。
あっそうだった。
―――次は魔力閃光だ。
さっき見せたぐらいのデカいのを頼む。
―――わかった。
けどどっちに向かって撃つんだ?
ガレアは標的捕縛の事を良く解ってないらしい。
まあそりゃそうか。
―――別にどこでも良いよ。
どこに撃っても必ず当たるから。
―――えっ?
そうなの……。
じゃあまあ……
ガレアがパカッと口を開ける。
魔力蓄積開始。
途中でガレアが翼を大きく広げ出した。
やはりガレアの翼は大きくて綺麗だ。
魔力の作用だろうか。
翼の翠色がキラキラ光り出した。
僕は聞いてみる。
―――ねえガレア。
さっき下でデカいの撃った時も翼って広げてたっけ?
―――うんにゃ。
陸じゃあ広げねぇよ。
―――じゃあ今は何で?
―――何て言うの?
空で翼広げると魔力溜めるのが何かイイんだよなあ。
ぶっきらぼうなガレアらしくザックリとした説明だ。
仮説だがガレアの両翼が高効率の魔力生成器官になってるのではないだろうか。
……って事は今からガレアが撃とうとしてるのはさっき以上!?
―――ハイこんなもんだろ。
じゃー行くぞー。
―――ガレアッ!
ちょっと待っ……
時、既に遅し。
ガレアの口から魔力閃光射出。
ギャンッッッ!
太い。
いや、太いなんて生易しいものじゃない。
ガレアを五周り程もある大きな真円状の白色光が前方の雲を巻き込み散らした。
と、思ったらその大きな白色光の帯は意志を持ってるかのように急激に曲がる。
よく僕は標的捕縛使用時の魔力閃光を蛇や流星と表現するが、この大きなソレは言うなれば白色の大蛇。
もしくは意志を持った彗星。
ガレアの口から放たれた白色の大蛇は猛スピードで目的地を目指し周りの雲を巻き込み散らしながら疾走する。
目的地はもちろん橙の王の頭。
標的捕縛が付いた所だ。
ズギャァァァァッァァン!
大きな衝撃音か破裂音の様な物が聞こえる。
橙の王とは数キロは離れているのに何て音だ。
思わず耳を塞いでしまう。
一瞬で音は止み、辺りは静寂に包まれる。
周りの雲もガレアの全開魔力閃光で大分消えてしまった。
「全方位」
僕は状況確認の為、真円のフレーム展開。
橙の王は……
居た。
あれ?
何か様子が違うぞ。
色が赤から通常の白色に戻っている。
座標は変わってない。
全方位の索敵では情報収集に限界がある。
僕は意を決して橙の王に近づく事を決めた。
―――ガレア、こっちの方角に橙の王が居る。
行ってみてくれないか?
急がなくていい。
ゆっくりと行ってくれ。
―――わかった。
バサッ
バサバサ
ガレアは翼をはためかせ、ゆっくりと前進し、橙の王の方角へ進む。
先程まであった分厚い雲はほとんど四散してしまっていた。
これはもう隠れて狙撃という訳には行かないぞ。
出来ればこの一撃で決まって欲しい。
全方位で確認した場所に近づく。
居た。
橙の王だ。
止まってる。
止まって浮いている。
翼も動いていない。
何だ、じゃあ飛ぶのに翼はいらないんじゃないか。
竜の翼って一体。
しかし今はそんな事を言ってる場合じゃない。
―――ど……
どうしたんだろ……?
―――何か空中で止まってんなあ。
―――ガレア……
もう少し回り込んで近づいてみて……
音を立てずに……
ゆっくりとだ……
僕は恐る恐る指示をする。
―――わかった。
ガレアはゆっくり回り込み近づく。
ゆっくりゆっくり。
じきに橙の王の正面に辿り着く。
間合いはおよそ一メートル半。
正面から見て気付いた。
橙の王の頭から血が流れている。
竜の血は赤いんだ。
夥しいとまではいかなくても額に赤い軌跡が出来る程は流れているからそこそこ出血は激しいらしい。
顔は俯いている。
僕は身を乗り出し覗いてみる。
眼は開いているが白眼だ。
瞳が消えている。
こんなキャラが居た漫画を読んだな。
確か古い漫画でサイボーグ九号。
それは九人のサイボーグが出る漫画なんだ。
全身武器の四号が同じような目をしていた。
「気絶している……
のかな?」
僕は気絶したと決めつけ身を引いた刹那。
橙の王の瞳が出る。
口が開く。
光陰矢の如し射出。
ここまで一秒弱。
ボバッ!
バシュッッッッ!
僕の右隣りすぐで光が弾けた。
光弾群が辺りに四散。
【クソッ!
つえぇぇぇぇぇっ!】
ガレアの身体が押されている。
体勢が崩れる。
勢いよくぐるっと左反転するガレアの身体。
僕と暮葉はバランスを崩し宙に投げ出される。
重力に逆らわず落下する二人の身体。
「キャァァァッァァッ!」
「うわぁぁぁぁぁぁっっ!」
ぐんぐん落下する身体。
【竜司っ!
アルビノッ!】
ガレアは勢いよく左に反転した勢いをそのままに大きく下へ宙返り。
右手で僕の襟首。
そのまま更に急ターンして左手で暮葉の襟首を掴んだ。
橙の王より大分下を滑空し戦域から離脱する。
ガレアに襟首を掴まれながら上を見るが橙の王が追ってくる気配はない。
しばらく飛んだ後、ガレアが右手を回す。
「うわぁっ!」
強制バク宙の視界。
本日何度目かの情けない声。
ドスン
僕の身体はガレアの背中に着地。
続いて左腕を回す。
暮葉はくるんと華麗に空中で回転し僕の後ろに着地。
今度は僕が前にくる形となった。
―――あービックリした……
―――ホントだね……
ガレア、大丈夫だった?
―――魔力壁張ってたからな……
そう言えばガレアと一緒に色々戦ってきたけど魔力壁を使うのは今回が初めてだ。
僕は聞いてみる事にした。
―――ガレア。
僕ら今まで色々戦ってきたけど、魔力壁使うのって今回が初めてだよね。
それはどうして?
―――ん?
そんな事ねぇよ。
前のホトケがいる所のケンカとか、あの気持ち悪い女とのケンカの時も使ってたぞ。
ガレアが言ってるのは奈良の天涯と名古屋の杏奈とのバトルの事だろう。
―――あれ?
そうなの?
―――俺がやるケンカの時は基本張ってるぞ。
―――じゃあ何で言ってくれなかったんだよ。
そう言う事が出来るって。
―――だって聞かれなかったもんよう。
まあごもっともだ。
―――その魔力壁ってガレアの周り全部に張ってるの?
―――そうなんじゃね?
さすがに股座に攻撃してくる奴なんて居ねえから全部確かめた訳じゃねえけどな。
ガレア。
本名:ガ・レルルー・ア。
竜の中でも腕自慢で今まで竜との戦闘で負けた事など数える程しかない。
出来れば負けた時の話を聞きたい。
それはガレアの魔力壁の限界や破れる時の様子を聞いておきたいからだ。
……となると
……やはり
……赤の王……。
―――ガレア……
話があるから一回地上に戻ってくれない?
―――ん?
何だ急に。
―――いいから。
後出来れば身を隠せる所が良いな。
―――何か良く解らんがいいぞ。
バサッ
ガレアは翼をはためかせ、緩い大きなカーブを描くように下へ。
下の分厚い雲を抜ける。
「うわぁ……」
眼下に広がる竜界の絶景に僕は思わず息を呑む。
物凄く大きな草原。
その草原は遥か遠くの地平線の奥まで続いている。
僕らの直下は岩石山地帯。
ゴツゴツとした岩山がいくつも立っている。
草原の方にはちらほら竜もいる。
親指の爪程の大きさだから何をしているかまでは解らない。
僕は直下の岩石山地帯に降りる事にした。
―――ガレア、すぐ下の岩山辺りに降りよう。
下に降りてくれ。
―――あいよ。
ヒューン
ガレアは翼を動かさず、大きく広げた状態で下へ滑空。
一番高い岩山の頂上が目線の先に来るぐらいまで降りてきた。
―――ええと……
どこかいい所は……
あ、あそこにしよう。
三方が突起した大岩に囲まれている地点を発見。
まあ、上から見たら丸見えだけど気休めにはなるだろう。
ドスン
付近にガレア着地。
【はいよ】
僕と暮葉は地上に降りる。
そして適当な岩に腰を掛ける。
【んで何だよ話って】
「まあまあそう焦るなって。
時間は……?」
スマホで時間確認。
午後十三時十二分
「そろそろお昼だし食事しながら話そう。
ガレアさっき渡したカレー出して」
【おっ飯か。
へいよ】
ガレアは右に亜空間を出し、中から取り出す三つのコレイチカレー弁当。
僕らはここで昼食を取る。
正直こんな悠長な事はしてられないのだけど、今回の要はガレアの魔力壁だ。
そんな気がする。
僕が詳細を把握して上手く扱わないと。
昼食
【うまうま……
結構美味いなあ】
ガレアが八割ほど食べた。
話を切り出すなら今だ。
「ねぇ……
ガレア……
赤の王と戦った時なんだけど……」
僕はそう切り出した。
ガレアは黙っている。
僕はチラッとガレアの顔を見上げた。
顎が動いていない。
咀嚼が止まっている。
ボタボタ
と言うかプルプル震え、開きっ放しの口からカレーが零れている。
ダメだこりゃ。
「ガレアーっ!
落ち着いてーっ!
赤の王はここにはいないってーっ!」
【あぁあぁぁっぁぁ……
赤の王……】
「あら。
ガレアどうしたのかしら?」
「ガレアは一度赤の王に負けて以来赤の王の名前が禁句になってるんだ。
赤の王の名前を聞くとこうなるんだよ。
どうにか落ち着かせて話が出来る様にしないと……」
「このままじゃ話できないもんね。
じゃあ私がやってみるわ……」
暮葉がそっと右手をガレアの肩に沿える。
そして静かに眼をつぶりゆっくりと口を開く。
何か聞こえる。
これは歌だ。
暮葉が小さく歌っているのだ。
小さく、細く。
ガレアにだけ歌っている。
清流の潺の様な儚い高音で奏でるその歌はまるで小夜曲の様。
【あっあぁぁあぁ……
あぁ……】
ガレアの震えが止まった。
これならイケるかも。
「ガレア……
ごめん。
嫌な事を思い出させちゃって……
赤の王と戦った時の魔力壁について聞きたいんだ……」
【あぁあぁぁあぁ……】
―――暮葉、歌いながら念話で答えて。
今歌ってる歌、あと何分ぐらいで終わる?
―――あと二分ちょいって所よ。
―――じゃあそのまま歌い続けてガレアを慰めてやってくれ。
―――わかったわ。
「ガレアの魔力壁が破られる時ってどんな感じなの?」
ガレアが重い口を開く。
【あぁ……
バリーンって割れるんだよ……】
「赤の王と戦って敗れた時の話を聞かせてくれないか……」
―――残り一分ぐらい。
暮葉が念話で残り時間を告げてくれる。
【あぁ……
赤の王からずっと流れてくるマグマとか溶岩弾とかが来てよ……
最初は魔力壁で防げたんだけどよ……
もう戦ってる時は熱くてよ……】
―――残り三十秒ぐらい。
【……そんで最後何かいっぱいの溶岩弾を防いだら割れた……
パリーンって……
んで急に起きた突風で俺は吹っ飛んで起き上がったらそこに赤の王が居て……
肩の人間の眼が赤くなって……
そしたら足元から……】
―――もう終わるわよ。
「よし!
ガレアッ!
わかったっ!
もういいっ!」
破れる時は割れる。
魔力壁と言えども万能では無い様だ。
超える力をぶつければ突破されるみたい。
さっきの光陰矢の如しでは割れた様子は無かった。
だが勢いで魔力壁ごと圧され不利になる事もある様だ。
あとガレアは熱いと言っていた。
魔力壁は魔力攻撃。
良くても防げるのは物理攻撃までなのかな?
熱や冷気、後重力攻撃などは防げないんじゃないかな?
あと気になる点は割れた時に起きた突風。
これには心当たりがあった。
聖塞帯でガレアが捕えられたのを解放した時に起きた突風。
魔力通風現象に酷似したものでは無いだろうか。
よし、まとめるとこんな感じだ。
■魔力壁
魔力を使った防御壁。
特徴:破れる時はパリンと割れる。
割れなくても体勢を崩す事は可能。
破れる時突風が起きる。
対象:魔力攻撃。
物理攻撃(熱などは対象外)
まとめるとこんな所か。
ガレアの魔力壁で光陰矢の如しをある程度は防げる事が解っただけでも儲けものだ。
「さっ二人とも。
そろそろ行こうか」
正直まだ勝ちの目は見えない。
けどやるしかない。
僕と暮葉はガレアに跨る。
ん?
ガレアの鐙の先に手綱を発見。
鐙に手綱って変わってるなあ。
しかも手綱は普通口についてるものだけど竜の手綱は首筋に巻いてある。
僕も付けてる時は何で巻くんだろぐらいにしか思って無かった。
よし。
今回は手綱を握ってみよう。
「じゃあガレア……
お願い。
全方位」
緑のワイヤーフレーム展開。
バサッ
バサッ
ガレアの翼がはためく。
力強い力が下半身を押し上げる。
「おっと」
僕は少しバランスを崩す。
まだガレアと一緒に飛ぶのに慣れてないらしい。
二人の身体と一緒に持ち上がる。
ビュン
ガレアが一気にスピードを出す。
―――うわわわわっ!
ちょっ……
ちょっと待ってっ!
ガレアッ!
―――何だよ竜司。
アイツぶっ倒しに行くんじゃないのかよ。
フレーム内確認。
まだ橙の王は見当たらない。
確か橙の王の辺りは雲はほとんど無かった。
と、言う事は正面からぶつからないといけない。
しょうがない。
僕は腹を括った。
―――ガレア、暮葉。
今から作戦を話すよ。
作戦ってもそんな大層なものじゃないけど。
多分さっき動かなかったのはガレアの魔力閃光で気絶してたんだと思う。
だから僕らの攻撃が全く聞かないって訳じゃ無いんだ。
多分もう目覚めてまだ怒ってるから僕らを見かけたらすぐに撃って来る。
それを魔力壁で防いでくれ。
暮葉はさっきと同じ様に合図がしたらブーストをかけて。
―――わかった。
―――わかったわ。
―――じゃあ行ってガレア……
魔力注入。
ドクン
胸の高鳴りと共にガレアは飛び立つ。
一気にスピードが上がる。
ガレアが目的地に着く間テレパシーで作戦の詳細をもう少し話した。
ガレアのスピードならすぐに着く為、とりあえずかいつまんで。
―――わかった。
全部聞いたガレアは一言そう言った。
フィールド内に反応アリ。
橙の王だ。
やはり点は赤い。
怒ってるんだろうなあ。
出来れば逢わずに帰りたいなあ。
でもそんな事も言ってられない。
グングン近づく赤い点。
ボフン
ガレアが勢い良く雲から飛び出す。
【ソコカァァァァァァッ!】
ぐるんと橙の王の長い首が下を向く。
今回は反応が良い。
橙の王の口が素早く開く。
―――暮葉ッ!
ブーストッ!
―――ええっ!
暮葉の力強い返事。
ボフッ!
バシゥゥゥゥゥッッン!
僕の頭上で光が弾けた。
天頂から僕らを避ける様に数多の光弾が輪の列を形成。
周りに落下。
「いまだぁぁぁぁッ!
ガレアァァァァッ!」
僕の叫びに呼応するかの様に瞬時にトップギア。
先程とは比べ物にならないぐらいのスピード。
ガレアと僕らは流星の様に瞬時に橙の王の頭上へ。
「ガレアァァァァァッ!」
手綱を強く掴みながら、右人差し指を橙の王に向ける。
動きに合わせてガレアが下に向け口を素早く開ける。
「シュゥゥゥトォォォォッッ!」
ギャンッ!
ガレアの口から魔力閃光射出。
今回はガレアの三倍ぐらいの真円。
威力としては申し分無い……
はずだった。
ただその攻撃は橙の王には当たらなかった。
発射直前、橙の王がこちらを向いたのだ。
ボフンッ!
バシュゥゥゥゥゥゥゥゥン!
激しい衝突音が辺りにこだまする。
魔力閃光と光陰矢の如しがぶつかったのだ。
撃ち降ろされる閃光と撃ち上げる光。
衝突する二つの巨大な力は拮抗している。
「くっそぉぉぉぉぉっ!
ガレアァァァァッ!
ガンバレェェェェッ!」
【ハッ!
俺のレイレベル2とタメ張るたぁ……
なかなか良い魂込めてんじゃねえかッ!
だがなぁレイが撃てるのは一発とは限らねぇぜェェェェッ!】
ボボボボバッ
瞬きの上から更に連続した瞬き。
駄目だ。
拮抗が破れる。
バキュゥゥゥゥンッ!
魔力閃光は撃ち負け、ガレアの魔力壁に着弾。
【ヌヌヌヌゥゥゥッ!
やっぱつぇぇぇっ!】
グイグイ勢いに押されている。
たまらずガレア後ろに反転。
力を逸らす。
体勢を崩し、ガレアの背中から宙に投げ出される僕と暮葉の身体。
「うわぁぁぁぁっ!」
手綱を強く握る。
「キャァッ!」
―――暮葉っ!
手を掴んでっ!
僕は右手に手綱。
左手に暮葉の手をガッチリ掴んだ。
重力が容赦なく僕らを引っ張る。
ガレアは逆さまの状態で間合いを広げる。
しばらく飛ぶとくるんと回転し、僕らは背中に戻った。
【あー……
アイツすっげぇつええな……】
「結局どっちなんだろ……」
ガレアに話した作戦の詳細とは、要するに光陰矢の如しで橙の王自身は眩しくないのだろうかって話。
それを確かめたいって話したんだ。
さっきの反応を見ると正直半々。
橙の王のあの動き。
あれは僕らの位置を確信していた動きだ。
光を操るだけあって耐性があるのか。
それとも魔力反応を感知して振り向いたのか?
―――ねえ。
ガレアって他の竜の魔力とかって感知できるの?
―――ん?
そんな事出来ねぇよ。
―――魔力を感知できる竜もいるわよ。
マザーとか。
暮葉がフォローを入れる。
―――結構レアな能力なの?
―――んー。
確かにあんまり聞いた事無いわね。
―――もともと竜なんて気に入らなけりゃぶっ飛ばすだけなんだから、他の竜がどうしようと関係ねぇよ。
そう言うって事はガレアも竜界に居た時はそうだったって事か。
よくそんな粗暴な奴がこんなに素直になったもんだ。
僕は感心してしまった。
と、なるとどちらかというと前者の方が可能性があるな。
ただ確信が欲しい。
もう少し検証を続けないと。
―――よしっ!
ガレアッ!
もう一度行くよっ!
作戦はさっきと同じだっ!
あと同じ作戦で何度かやるから。
―――同じやり方で何度かやるのか?
わけわかんね。
まあいいか。
―――わっ……
私はどうしたらいいのっ!?
暮葉が息巻いている。
何かカワイイ。
―――暮葉もさっきと同じで。
僕が合図したらブーストをお願い。
―――わかったわっ!
元気な返事だ。
―――さぁガレア……
行こう。
全方位……
魔力注入ッッ!
ギュンッ!
ガレアは瞬時にギアを上げる。
フレームの中の景色がどんどん変わって行く。
現れたっ!
端に赤い点っ!
おそらく今のガレアのスピードなら後数秒で橙の王の視界に入るだろう。
―――暮葉っ!
ブーストッ!
―――わかったわっ!
―――すぐに戦闘になるっ!
僕をしっかり掴んでてっ!
―――うんっ!
僕は手綱を両手で強く握りガレアの背中の上にゆっくりと立った。
何となく両脚で踏ん張る方がバランスが摂りやすいと思ったからだ。
手綱を外側に引っ張る様に持ち、両足をガレアに押し付ける形で固定。
よし安定した。
と思ったら視界に橙の王が入った。
左を向いている。
と、思ったら僕らが真っすぐこちらに向かっているのを気づいた様だ。
【キタカァァァォォォァァァァッッッ!】
僕らの方を向いた橙の王の口が開く。
ボフッッッ!
光陰矢の如し射出。
眩い光が目を襲う。
視界に大きな残影が残る。
バシュゥゥゥッッッッッ!
ガレアの顔の先で弾けた。
先と同じく分散した光弾群が周りに散らばる。
【グヌヌヌヌゥゥゥッ!】
ガレアが頑張って踏ん張っている。
プルプル震え出す。
―――ガレアッ!
無理するなっ!
力を逸らせっ!
僕と暮葉なら大丈夫だっ!
僕はこう叫ぶと同時に手綱を握る手に力を込め、上に引っ張り両足を踏ん張った。
―――わ……
わかった……
素直にガレアは下向きに反転。
この時の視界は物凄かったよ。
天地が縦に回転するって言うのかな。
脳も一緒に縦に揺れるから遠心力で物凄く気持ち悪いしね。
何で漫画とかは平然と空中で飛んだり跳ねたり出来るのかなって思ったよ。
まあ漫画だしって事なんだろうけどね。
だけどやっぱり立って正解だった。
僕と暮葉は落ちなかったよ。
―――竜司、これでいいのか?
―――あぁ上出来だガレア。
これを何度か繰り返してくれ。
―――ふうん。
よくわからんがわかった。
同じような形で何度か橙の王と対峙する。
そこで気付いた事がある。
と、言うかさっきから疑問に思っていた事だ。
確かに橙の王の光速攻撃光陰矢の如しや、光速移動術刹那は脅威だ。
だけど……
反応速度。
いわゆる体内の感覚伝達速度も光速なのだろうか?
と。
数回対峙してみてわかった。
答えは否。
橙の王の反応速度自体は他の竜と大差ない。
いわゆる普通なんだ。
僕はここに勝機を見出した。
蜘蛛の糸の様にか細い勝機だけど。
―――よし。
大体解った。
ガレアッ!
ここから反撃だっ!
―――おうよっ!
んでどうすんだ?
―――その前に確認したい。
二つ前の魔力閃光。
あれを撃つのにどれぐらいかかる?
―――二つ前って事はあのウネウネか。
大体五秒から十秒ってとこじゃね?
ウネウネと言うのは標的捕縛使用時の
魔力閃光の事だろう。
しかし十秒は時間がかかり過ぎる。
僕が行う作戦にはそぐわない。
せめて五秒以内。
もう少し突っ込んで聞いてみた。
―――もう少し短くならない?
例えば魔力蓄積に集中するとかしてさ。
―――ん?
まあさっきのウネウネの時は翼そんなに広げてなかったからなあ。
目一杯広げりゃ短くなるんじゃね?
やった事無いけど。
さっきも結構広げてたと思うけど。
流石ガレア。
底が知れない。
―――よしわかった。
ガレア。
これから行う作戦の時はずっと目いっぱい翼を広げたままって出来る?
―――わかった。
―――じゃあガレア。
いい?
今回の作戦は……
これから実行する作戦は簡単に言うと攪乱。
撃っては移動。
撃っては移動を繰り返す。
多方面から全開級の魔力閃光を連発。
一撃でダメージを負ったんだ。
それを連発で喰らったらさしもの橙の王でも……。
ただ一つ気がかりな点がある。
今回の作戦は急激なストップ&ゴーの移動。
そして急速魔力蓄積の連発。
これをガレアが出来るのか。
一応ガレアに作戦を告げたら……
―――わかった。
と一言だけ。
ガレアにばっかり気にかけてもいられない。
僕も急激に動くガレアの背中から落ちないようにしないと。
―――暮葉はさっきと同じで合図したらブーストをお願い。
あと次の作戦はガレアが急激に動くからしっかり僕を掴んでてね。
―――わかったわ。
―――よし……
僕はガレアの手綱を強く握る。
「行こうっ!
ガレアッ!
魔力注入ォォォッ!」
【おうよっ!】
元気な返事と共にガレアトップスピード。
今回は全方位未発動。
どうせ見ても怒ってるだろうし。
作戦は決まってるし。
僕は腹を括っていたから。
グングン雲の中を突き進むガレアと僕ら。
一体どれぐらいのスピードが出ているんだろう。
雲を抜ける……
抜けたっ!
偶然橙の王の真後ろに出た。
まだ気づいていない。
―――ガレアッ……
ストップッ……
ガレア急ブレーキ。
―――どうしたんだよ竜司
僕は黙っていた。
予定ではすぐに発見され橙の王の一撃を喰らう予定だったから。
―――暮葉……
今のうちにブーストをお願い。
でも……
どうしよう……
思わず今の心情を吐露してしまった刹那。
【ソコカァァァァァァァ!】
橙の王の怒号が聞こえる。
来たっ!
ボフッ!!
それは一瞬。
一瞬で視界が大きな煌きに包まれる。
突き刺すような光が網膜を襲い大きな残影が生まれる。
光はガレアの鼻先で弾けている。
小さな光弾群が辺りに四散。
魔力壁が防いでいる。
よしっ!
今だっ!
「ガレアァァァッァァッ!
跳べェェェェェェッ!」
【おうよっ!】
ガレアは瞬時に上に跳ぶ。
速い。
流石ガレア。
すぐに橙の王の頭上を取った。
―――ガレアッッ!
ストップッッ!
ガレア急ブレーキ。
反動でつんのめりそうになるが堪える。
そして僕はあらん限りの力を込めて素早く下の橙の王に右人差し指を指す。
「シュゥゥゥトォォォォォォォォ!」
ギャンッッ!
ガレアの口から下に向かって全開魔力閃光射出。
撃ち降ろされる閃光。
僕は結果を見ずにガレアに指示を出す。
―――ガレアッッ!
次ッッ!
―――おうっ!
ガレア、またトップスピード。
瞬時に橙の王の左側に。
再び力を込めて橙の王を指し示す。
正確にはその付近だ。
と言うのも煙がもくもくと立っていて場所が確認できなかったからだ。
でもそんな事は関係ない。
力を込めて叫んだ。
「シュゥゥゥゥトォォォォォッッッ!」
全開魔力閃光射出。
「ガレアッッ!
次ッッ!」
【おうさっ!】
この一連の動きを僕は繰り返した。
回数にして五回。
ガレアは僕の言いつけ通り五回全て全開で放ってくれた。
橙の王が居た所は大きな煙がもくもくと上がっている。
上がったかと思うとすぐに風で四散している。
―――よしっ!
ガレアッ!
これぐらいでいいだろうっ!
―――竜司、やったのか?
―――わからない……
でもあの大きさの魔力閃光を五発も受けて無事でいるとは思えない……
―――ほんじゃあ俺たちの勝ちだなっ!
俺達王の衆に勝ったんだなっ!
ムフー。
ガレアが嬉しそうだ。
―――もうガレアってば。
まだわかんないよっ。
その様子を見て僕も気が緩んでしまった。
その後起きる惨劇を知りもせずに。
パリン
何か割れた音がした。
あれ?
僕の左胸辺りから光が伸びているぞ。
そう思うが早いか僕の左胸を中心に巨大な激痛が僕を襲った。
「え…………?
ガハッッッ!」
ドボドボドボドボ。
吐血と夥しい出血。
痛い。
痛い痛い痛い。
僕は患部を抑える。
すぐに左手は肌色を無くし真っ赤に染まった。
「竜司っ!」
【あーっ!
竜司ーっ!
どうしたんだよーっ!?】
僕は力が抜け、暮葉にもたれかかる。
ガレアや暮葉の声が遠くに聞こえる。
それに何だか身体が寒い。
あれ?
これってまずいんじゃ……
早く魔力注入を使わないと……
###
###
「はい今日はここまで」
「パパッッ!
パパどうなっちゃうのっ!?」
龍が心配そうに僕に聞く。
僕がここで話していると言う事は無事だったって事が解ってないのかな?
「それはまた明日話すね……
それじゃあおやすみ……」