なんだかんだで
「・・・では、登録手続きは以上になります。手数料として・・・」
登録は、思いの他あっさりと終わった。まるで住民票でも発行してもらう時みたいなノリで、滞りなくって感じだ。アーサから貰ったいくらかの金(のようなもの?価値は未だによくわからないが)の中から、金色のコインを数枚取り、カウンターに無造作に並べてみる。それを見た受付のかわいらしい職員は一瞬顔を強張らせ、1枚を手に取りこう言った。
「あの・・、今回はお一人様の登録、という事ですよね?何かご依頼でも?」
あ、これ多分あれだ。多すぎたんだ。
「あ、すいません。ちょっとまあ・・・。お釣り、いただけます?」
俺はそそくさと数枚のコインを回収し、ぎこちない愛想笑いで誤魔化す。
まったく、フリーターやってると愛想笑いのひとつも満足にできなくなるもんだな。ってより、これじゃコミュ障なんて言われても仕方ない。受付の職員さん、なんか引いてるしね。
「・・・?はい、こちらお返ししますね。」
俺よりも年下な感じに見えるショートカットの職員さん。何なら高校生くらいに見えるが、化粧してるせいでよくわからない。白いブラウスが清潔感を感じさせるが、まさかこの子まで異世界的な魔法だの何だのの使い手って事もないだろう。
「では、依頼を受ける段取りや依頼料の授受等についてですが・・・。」
「それについては構わないわよ。私が説明しておくから。登録終わった?じゃあ、行きましょうか。」
突然、背後から聞きなれた声が話しかけてきた。登録の間、というかその直前からずーっと姿をくらませていたアーサだ。
「あ、お仲間の方がいらっしゃったんですね。では、何かございましたらいつでも受付までいらして下さい。」
職員さんがペコリ、と小さく頭を下げてくれる。ああ・・・この世界に来て、唯一優しく接してくれた人との時間もこれで終わりか。
「あ、どうもありが」
「ほら、行くわよ。次は食事ね。私ちょっと疲れちゃったから、今日はこのまま宿を取りましょう。」
そう言って俺の腕を取ると、半ば強引にグイグイ引っ張ってゆくアーサ。ギルドのかわいい職員さんは、何とも言えない微妙な笑顔でこちらを見送ってくれていた。・・・アーサ、何でそんな猫被ったしゃべり方なんだ?
グイグイ、グイグイと、どんどん引っ張られる。何だ何だ?という目でこちらを見てくる冒険者であろう方々をかき分けて、俺達はギルドの外へ出た。日は少し傾き始め、そこそこ涼しいかな?って感じだ。
「宿についてはもう決めてある。では行くぞ。」
「いや・・・、なあ。何だ?さっきちょっと、アーサ、喋り方が・・・。」
「ああ、貴様は一々変な事を気にするのだな。簡単な話だ。」
「簡単?」
「冒険者として新人の貴様は、何かと周囲にナメられ易い。それなのに私から、偉そうな口調で話しかけられている所を他の冒険者に聞かれてみろ。ナメられるでは済まんぞ。」
「・・・・・・・。」
「まあ、これも私なりの気遣いというやつだな。いや、我ながら実に思慮深い。」
ふふ、と妙な機嫌の良さのアーサ。ちょっとした笑顔なんかは、やっぱり物凄く魅力的だ。ギルドの中でも、綺麗な黒髪やなんとなく香るいい匂いに振り返る奴めっちゃいたもんな。
「あのさ、それはわかったよアーサ。でも、なんで登録の時に、俺一人きりにさせたんだ?正直、マジで困ったんだけど。」
そう、アーサはいざ登録という段階になって、「では行ってこい。」と言い残し、いきなり俺を置いてどこかへ立ち去ってしまったのだ。いや本当に、いつもいつも突然過ぎるんだよ行動が。
「ん?解らんのか?何事も経験というやつだ。」
「経験・・・。」
あ、なるほど。あれか。アーサの行動原理が今、少し理解できたような気がした。
こいつは、お膳立てまではある程度してくれるんだ。んで、その後はライオンが我が子を谷底に突き落とす的な、そういう感じなんだ。
・・・・・。あり得ねえ。これからは一瞬たりとも気が抜けない。工場のバイトだって、慣れないうちは先輩が色々教えてくれるもんだ。
「ここは工場では無いぞ。まあ、貴様も良い経験になっただろう。私もな、貴様に対して無駄な気を使い続けるよりも、今のようにある程度素で接しつつ行動を共にする方が楽だ。そういう意味では、我々の関係は一度破綻の危機を迎えたが、まあ良しだ。」
なんだろう?さっきからアーサの機嫌が良い。俺にはそれが、物凄く嫌な感じだ。またこいつの意味不明なペースに巻き込まれつつあるのか?という予感。
「ふふ、まあここまで来れば、まずは第一段階終了だ。さあ、宿だ。私は酒を飲まないが、今夜は乾杯しても良い気分だ。」
「あ?ああ・・そうだな。えっと、ありがとう?」
「うむ。では行くぞ。」
意気揚々といった感じで、アーサは俺の手を自然に取って、俺は少しドキっとして。
「転移【宿】」
・・・・・・・いやだからいきなり転移すんじゃねーよ!!!!・・・
かわいいギルドの受付職員さんの笑顔が脳裏によぎり、俺の意識はそこで途切れた。