修羅場
中世の騎士のような格好をしているが、顔まで覆い隠すような面のついた兜のせいで顔はわからない。きっといかついオッサンなんだろう。
フードのせいでこちらも顔はよく見えないが、なんとなく美人の気配がする。気になるのは、変な玉のついた杖。なんでうっすら光ってるんだ?LEDじゃないとは思うんだが。
まるでコスプレイベントの会場に迷い込んでしまったような感覚。地方の区役所のロビーくらいの広さのフロアーには、現代を生きる地球人の俺からして見れば、違和感しか感じられないような風体の人々でごった反していた。
「えるいーでい?なんだそれは・・・おい、あまりキョロキョロするな。ナメられるぞ。」
少しイライラした感じのアーサが俺に注意してくる。でも、しょうがないじゃないか。こんなのマジでゲームだ。ファンタジーだ。
俺とアーサは、あれから紆余曲折あり、今はオーランド城下町の中の冒険者ギルドにいる。
先ほど町の外で、アーサが俺の質問に答えた後に「ではな。」とワープ?しようとした為、俺は慌てて引き止めた。あのまま放っといたら、アーサはワープ的な術でどっか行ってしまいそうだったからな。どんなに危険人物だったとしても、たとえ俺をこの世界に召還した元凶だったとしても、今の俺に頼れるのはこいつだけだ。それこそ、平身低頭して引きとめた。
「ふむ・・・ならばひとつ約束しろ。私が貴様を呼んだのは、『目的』を得る為だ。貴様を選んだのは失敗であった可能性が高いのだが・・・。もしもその気があるのなら、私に協力し、私の『目的』と成れ。」
とまあこんなふうに意味のわからん事を約束させられもしたのだが、こっちはとにかく必死だ。これでもかってくらいの勢いで首を縦にふった結果、こうしてまだ行動を共にしている。
そんなこんなで何とかアーサの引止めに成功した俺は、気を取り直していざ、二人して町へと来たってわけだ。ただ残念ながら?アーサは引き続き行動を共にしてはくれるみたいなのだが、その口調はもう元には戻らないようだ。
「喋り方?ああ・・・あれは、その、なんだ。貴様のような軟弱そうな者にはな。いきなりこのような口調では警戒させるだろうと思ってな。」
ん?うん・・そーゆーもんか?まあ、でも最初の口調は確かに柔らかかったのは間違いない。ただ、びっくりするぐらい強引だったけどな。
「それはその、あれだ。私も私なりに緊張していたのだ。何せ、『目的』がかかっているからな。・・・というか、その話はいずれという事にしたのではなかったか?今、貴様がやらねばならぬ事を忘れたわけではあるまい。」
「あ、そ、そうだ。そうだったな・・・。冒険者登録か。」
「気を抜くなよ。貴様が泣いてすがるから、お情けで未だ関わり続けているだけなのだぞ、私は。見放されたくなければ、『目的』と成る為の努力を怠らぬように。」
ちくしょう・・・何が『目的』だ。そもそもそれの意味もわかんねーのに、どう努力しろってんだよ。
軽くイライラしてたせいか、ついうっかり近くにいた冒険者風の男に、肩が当たってしまった。
「・・・痛えな。おい、何だ?」
見るからに修羅場をくぐってそうな大柄な男。俺の腕くらいありそうな短剣を腰にぶら下げ、使い込まれた風な茶色いアーマーには、大小いくつもの傷がついている。さっきの・・何だっけ?なんとかジャガー?とはまた違う怖さだ。
「あ、いえ!すいませんすいません!や、ほんとすいま」
慌てて謝ってる最中に、男にガシッ!!と、胸倉を掴まれた。
「ひぃっ!」と思わず情けない悲鳴を上げる、情けない俺。
「ここはお前みたいなモヤシが来る所じゃねーんだよ!俺を誰だと思ってんだ!ああ!?」
男の度なり声が建物内に響き渡る。あまりの恐怖に、足腰に力が入らない。胸倉を凄まじい力で引っ張られてるから、息が苦しくて痛いし。
ていうか、この男がこんだけ大声出してんのに、何で周囲の奴らは見てるだけなんだ?誰か止めてくれねーのか!
「ここにいるような奴らは荒事にはなれているだろうからな。まあ、貴様にも場慣れさせる為に戦いを経験させはしたが、やはりあの程度ではそう簡単に胆力など付くわけも無いか・・・。」
些かガッカリしたようなアーサの説明。なるほど、ようは荒くればっかりなんだな、冒険者ギルド。そりゃ俺みたいなのはナメられるだろう。
「聞いてんのかぁ!?この糞モヤシが!」
糞モヤシの癖に女を連れている俺が気に入らなかったのか、男の機嫌は益々悪くなってしまったようだ。あ、これもしかして殴られるかも。うわ・・・最悪だ。怖えええええええ。おいアーサ、止めてくれよ!
「まあ良い。これはこれで経験になっただろう。では登録しに行こうか。・・・おいそこの貧乏冒険者よ、その手を離せ。」
・・・・・・!?あ、アーサさん?この状況で何おっしゃってます?止め方、間違ってませんか!?
・・・あ、このオッサン、こめかみで血管ピクピクさせてる。俺の首元を掴んでる手の力、めっちゃ強くなってる。
「おい・・・。聞こえなかったから、もう一度聞くぜ。この糞モヤシ野郎を掴んでる俺の手を、どうしろって?・・・そこの黒ずくめのワカメ頭、てめぇに聞いてんだよ!」
・・・・・・・・・!?!?!?お、おっさん。やめろ、アーサに何言っちゃってんの?この女はなんとかジャガーの頭をふっとばす女だぞ。・・・あ、アーサの黒い気配がめっちゃ濃くなってる。
「きーこーえーねーえーのーかーーー!?黒ずくめ、ああ、黒いっていやあ、あれだ。ゴキブ・・」
【砕けよ下賎なる魂】
アーサの声が、暗く冷たく静かに響く。
ガクッと、男がその場に崩れ落ちる。何だ?ああ・・いや。これも、アーサか。今、何かしたんだな。うん。
「おい、なんだ!?誰か倒れたぞ!!」
「喧嘩~?昼間っから何してんの??」
あちこちから、そんな声が飛び交う。ただ、大騒ぎって程でも無い。物珍しさって感じだ。きっと、こういう揉め事はここでは日常茶飯事なんだろう。
「アーサ・・・か?これ。ありがとう?」
「ふん、瑣末な事だ。では行くぞ。」
「行くって・・どこへ?」
「さっき言ったであろう。登録だ。カウンターに行くぞ。」