失敗
「・・・・・・・。」
目の前には、首から上を無くした哀れなグレートジャガー。
お座りの体勢になり、首の断面からブシュウッと噴水のように血を噴出していたが、すぐにポタポタと垂れる程度になった。それを無言で眺める事しかできなかった俺に、アーサが明るく声をかけてきた。
「まあ、こんなもんね、それじゃ行きましょうか!町に入ったら冒険者ギルドに行って、登録しましょうね。」
なんだろう?なんでそんなに楽しげなんだろう?というか、何なんだ?何が言いたい、何がしたい。
「なあ、何なんだ??・・・お前は、何者なんだ?俺に何をさせたいんだ??」
こいつ、怖い。やばい。問答無用でこんな所まで連れて来られて、またしても死にそうな目にあって。かと思ったら何をしたのかはわからんが、こいつは、グレートジャガーの首を吹っ飛ばした。きっと、いとも簡単に。
「私?言わなかったっけ?私はアーサ、禁術師っていうんだけど・・・。」
「いや、いやいやいや。そういう事じゃない。・・・俺はな、お前の行動原理がわかんねえ。お前、アーサ?おかしいだろ!?死んだらどうすんだよ!!!何考えてんだよ!!!」
「えー。いやだって、冒険するんだし。これくらい、これからもあるわよ?」
いや、違うんだ。あるだろうな?この世界の事はわからんが。危ない事があるんだろう。あるんだとしても、だ。
「だから!そこらへん俺は知らないだろ?しかも心の準備も何もねーじゃん!何なんだよ!いきなり過ぎるんだよ何もかも!頭おかしいんじゃねーの!?」
子供みたいにブチキレる俺。自分で自分が情けなく思えてくるが、それでももはや、この展開の雑さと恐ろしさに、俺の心は何度も何度もへし折れまくってるんだ。
「・・・・・・うーん。そうなの?ふうん・・・そっかあ。・・・・。」
アーサの顔から、先ほどまでの軽薄な笑みが消え、その瞳の色に相応しい暗く淀んだ表情になった。そしてゆっくりと、近づいてくる。
「なんだ?・・・何だよ。」
「・・・・。そっかあ・・・。ふむ。そうか、貴様はどうやらダメだったようだな。」
・・・は?きさま?
「何だ?アーサ。えっと、お前怒った?もしかして。」
ヤバイかも知れない。こいつは手も触れずに獣の頭を吹っ飛ばす危険な奴だ。ぶち切れるにしても、もっと状況を考えるべきだった。常にヘラヘラしてる感じだったし、一応は助けてくれたって事もあって、無意識のうちに俺はこいつをナメていた。
「いや、な。だってさ。俺の記憶を覗いたんだろ?だったらわかるだろ?俺はほんとにただの一般人っていうか・・・。」
「そうだな。貴様は普通の男だった。まあ、そこはどうでも良かったのだ。大事なのは、貴様が私の『目的』と成りうるか・・・。そして、貴様は、ダメだった。貴様は違ったようだ。残念だな。」
アーサの言う事が意味わからんのはもう慣れたが、こればっかりはいよいよマジで意味がわから無さ過ぎまくる。貴様?目的?
「ていうか、何だ?その口調。あっいや、いいんだけど。いや、怒ってる?いやいや、感謝はしてんだよ、そこはさ。助けてくれたりはさ。」
なんとなく嫌な予感がして、焦ってご機嫌を取るモードに入る俺。
アーサの様子が、その表情が、どんどん変わっていく。周囲の空気ごと暗さを増していき、なんというか、こいつを中心に夜になっていくような。そんで物凄く冷めてる気がする。マジで、さっきまでの適当な明るさの女とは全然違う。なんだ、何かやばい。
「なあ、あのな。ごめん。いや、すいません。」
なんだかわからないが、今は謝ろう。とりあえずこいつの言う事に逆らっちゃダメだ。最悪、俺の頭も吹っ飛ばされる可能性がある。
「・・・いや、良い。違ったものはしょうが無い。私も、適当に選びすぎた。今思えば・・・せめて何らかの魔力でも付与しておけば、それでも多少は違ったかもしれんがな。いや、つい面倒でな。」
何を言いたいのか相変わらずわからない。わからないが、ぞくり、と悪寒が走る。こいつに対する恐怖とはまた別の、嫌な嫌な予感。そんな俺を尻目に、まるで独り言のように、ぶつぶつと喋り続けるアーサ。
「特殊設定は手間がかかるのだ。そもそも本来は私の専門では無いし、属性に応じた相性なんかもあってな。私がサポートしたり、魔道具を用いさせたりでその辺はカバーできると踏んだのだが、どうやら見通しが甘かったようだ。」
・・・・。
・・・。
特殊設定は。
特殊設定。
俺はその言葉を聞いて、強烈な頭痛を覚えた。そして思い出す。この糞みたいな世界に飛ばされた瞬間の、あの「声」。
────ええっと・・・異世界転移・・・特殊設定無し、と。────
・・・。あれは、何だったんだろう。あれは誰の声だったんだろう。
「なあ、アーサ。ひとつ・・・聞いてもいいか?」
「何だ?といっても、私はもうここから立ち去る。お前にはもう用は無いのでな。よって、ひとつまでだ。ひとつなら答えてやろう。」
暗闇を纏ったアーサは、道端の小石でも見ているような目で俺にそう答えた。
「・・・。お前なのか?俺を、この世界に連れて来たのは。」
小石が何か言ってるな、といったかのような目つきのアーサ。もう、俺の事など心の底からどうでもいいんだろう。何故だかわからないが、そう思った。答えるのも面倒と言わんばかりにため息をひとつついて、アーサは答えてくれた。
「ふん、そんな事か。・・・『その通り』だ。」