ノーチート物語
「グルゥアアアアアァァ・・・」
「ピィピィッ・・・」
どこかで聞いたような事があるような、生き物の鳴き声が聞こえてくる。
少し動き回るだけで体中がジットリとなってしまう程の湿気に包まれながら、行く手を塞ぐ折重なった倒木を見上げ、俺は今日何度目かのため息をついた。
なんとなくだが、きっとここは森である。それも、ジャングル的な森である。木々はやたら生い茂りまくっているし、しかもデカくて太い。空を見上げれば、本当に微かに木漏れ日のような光が見える。
そう、俺は「気が付いたら異世界的などこかへ転移していた」状態であった。なぜ俺が異世界に転移したか理解しているかというと、飛ばされる瞬間に聞いた「あの声」がそう教えてくれたからだ。
日本国内とある片田舎のとあるぼろアパートのとあるベッドに寝転がり、俺は携帯を弄んでいた。少しして眠たくなって、なんとなく目を閉じて、携帯がやたらとブーブー言い出したな・・・なんて思いながら・・・ふと、声が聞こえたような気がしたんだ。
『ああもう、こいつでいいか。ええっと・・・異世界転移・・・特殊設定無し、と。』
ふふ、なんだ?特殊設定ってチート的な事か?異世界飛ばされるなら何かつけてくれよ・・。そんな幻聴じみた声が聞こえる自分に苦笑しつつ、なんだか妙な浮遊感に包まれて、ふと気がつけば、森の中ってわけである。
森にいると自覚するまでに数分間、蒸し暑さを自覚するまでにさらに数分間。それから、遅れてやってきた驚きタイム。これでもかってくらい、大声でわめきまくってしまった。何ならそこそこの距離を走ってしまった気もする。今考えると実に愚かだったな、水分補給のアテも無いのに。
そして、ようやく心が落ち着いた頃には結構な汗をかいており、当然喉はカラッカラ。かといって、四方八方を囲むようにひたすら森なので、このままじゃブッ倒れてしまう。とにかく移動しなきゃならんと思いながらも、ちょっと進めば見たことも無いような巨大な草木が生い茂ってたり、倒木の小山が出来上がってたりといった感じだ。
「やべえな・・・何か、何か無いか。このままじゃ死ぬぞ。」
あえて声に出したのは、とにかく冷静になる為だった。いきなりサバイバル状態に放り込まれたのだから、当然何の用意も無い。今年で30歳、もう若い頃みたいなバカげた体力も無い。かろうじて男に産まれはしたが、どちらかというとモヤシ系。条件は限りなくアウトオブアウトであった。
「・・・そうだ、異世界だろ?異能力はどうだ?ステータスオープン?」
ピギャアア・・・と、遠くから獣?の鳴き声がやかましい。蒸し暑さに混じり、小さな羽虫がうっとおしい。
「ステータス!ステータスオープン!・・・ウォーター!召還!あーあー、聞こえますかー?」
ガサガサッ!と、足元に何かが這いずる気配を感じ、ギョっとなって反射的に片足をあげる。蛇っぽい何かが、スゥッと藪に消えていく。
「くそ・・・転移!ステータス!いでよ精霊!うーん・・・」
傍から見たら実に異様な光景だっただろう。上下ジャージの日本人男性が、森の中で靴も履かずに、わけのわからん事を呟いてはガッカリしている。でもな、当事者にしてみりゃ必死なんだ。喉の渇きはいよいよ痛みを伴い始め、そういえば頭もクラクラしてきた。いかん、脱水症状か?
「ダメか・・・。残された希望は、これが夢って事くらいか。・・・・」
「・・・・くそおおおおお!!!!何だよコレえええええ!!!!!!!!!!!!!!」
「・・・グスッ」
もう、なんだか歩く気力も無い。ここに飛ばされて、どれくらい時間が経った?走り回っているうちに傷つけたのか、足の裏が傷む気がするが、確認する気も起きない。グシャっという感じでその場に座り込んだ俺は、もう一度空を仰ぐ。
「グスッ・・・はは、なんだこれ。おーい、助けてくれー・・・。父さん、母さん・・・。」
「私はあなたのお母さんではないけれど、助けて欲しいの?」
・・・!?
半べそかきながら泣き言を口にしていた俺の背後から、森の騒音に紛れ、だがはっきりとそう聞こえた。
飛び跳ねるように振り返り、俺は声の主を確認する。
「あら?若い・・?どうなの?よくわからないわね。それにその格好。変な布ね?」
お前に言われたくねーよ!と、元気な状態の俺なら思っていたであろう声の主の服は、ひたすら真っ黒なローブのような、よくわからない何かであった。さらに髪の色も黒くて長くて、前髪のせいで顔がよく見えない。ほんの数瞬ではあったが、つい見入ってしまい無言になってしまった俺にそいつは、興味深そうにこう告げてきた。
「貴方は誰?・・ていうか、何してるの?こんな所で。ゴブリンの餌になりたいの?」