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日裏耕作の裏工作

「――犯人は工藤さん! あなたですね」


 事件当日に屋敷にいた人間を居間に集め、美女木さんは凛とした声を響かせた。

突き出した人差し指の先には、工藤がうろたえている。相変らず、推理を語る美女木さんは美しい。その佇まいや語り口は、もはや芸術の領域にまで達している――


 ただしその推理の内容は、てんで的外れなのだが。


「実に単純なトリックでした。完全な密室なのに、犯人はどうして木戸さんを絞殺できたのか。謎のカギは、まさに鍵にありました。この部屋の扉にある鍵穴は、通常のものよりかなり大きいサイズになっています。犯人は大胆にも、そこにロープを通したのです。そして天井に滑車をかけ、タイミングを見計らい机で作業をする皆藤さんを、外からロープで絞めたのです。その後、遺体の第一発見者のふりをして最初に部屋に入り、仕掛けを回収した」


 全部間違っている。今時そんな手あかのついたトリック、推理小説でもしない。第一いくら大きいといっても、所詮は鍵穴である。そんなところを通して人を絞め殺せるだけの力でロープを引っ張れば、鍵穴が壊れるかロープがちぎれる。俺が用意したトリックは、もっともっと複雑だ。


 しかしいくらツッコミどころがあろうとも、皆は美女木さんの推理を真実だと思い込んでいる。澄みきった彼女の美声と、円らで大きくまっすぐな彼女の瞳を前にすれば、カラスは白いと言われても信じてしまうだろう。彼女にはそういう、尋常ではない説得力がある。さらには彼女には、これまで五十以上の事件を解決に導いたという実績がある。信頼されるのも当然である。まあ、そのすべてが誤認逮捕であるわけだが。


「工藤さん。あなたの上着の内ポケットを調べさせてもらいました。思っていた通り、小さな滑車が出てきました。これが揺るがぬ証拠です」


「う、嘘だ! 僕はそんなの知らない! 濡れ衣だ!」


 工藤の言っていることは正しい。工藤は誰も殺していない。では、美女木さんがつきつけているあの証拠は何なのか。答えは簡単。あの滑車は俺が忍ばせておいたものだ。木戸殺しの罪を擦り付けるために。


 今回も美女木さんは、俺の描いたシナリオ通りに推理を進めてくれた。旧友である工藤には申し訳ないが、俺の恋路のために犠牲になってもらおう。


 俺は笑みを押し殺し、シリアスな表情を作る。


「まさか、お前が犯人だったなんてな。確かにお前が木戸を恨むのは分かる。けどそれでも、殺人は犯罪なんだ。一度失われた命は、もう二度と戻らないんだ。しっかり自分の罪と向き合って、償わなければならないんだ」


「だからぁ、僕はやってないんだってばぁ」


 そんなことは分かっている。しつこい奴だ。美女木さんの迷推理につかまったらもう逃げられないんだから、あきらめるんだな。俺は心中で吐き捨てた。


 工藤は最後まで駄々をこねていたが、屋敷の人間全員に取り押さえられ、会えなくお縄についた。そして無事、警察へと引き渡された。これにて一件落着である。推理を終えモノクルの曇りをふき取る美女木さんに、思ってもない礼を言う。


「ありがとうございました美女木さん。目の冴えるような推理でした」この場合の目の冴えるようなというのは、見当違い過ぎてという意味でもある。


「このくらいどうってことないわ日裏くん。けれども、元クラスメイトが犯人だったなんて、ショックでしょう……大丈夫なの?」


「まさか、あいつが人を殺めるなんて思ってもみませんでした。今はまだ現実を受け止められていません」


「そうでしょう。おまけに最近あなたの周りで、異常なほど殺人事件が起こっているじゃない。よく平静でいられるわね」


 全部自分で起こしている事件なのだから、へいせいもしょうわもないのだが。そんなことはいざ知らず、美女木さんは俺を気遣ってくれる。本当に、推理以外は完璧な女性だ。


「そうだ日裏くん! 来週の金曜日は暇かしら?」


 美女木さんは柏手を打った。俺は手帳を取り出し確認する。幸いその日は早くに仕事が終わり、それ以降は何も予定がない。


「それならちょうどいいわ! 迷惑じゃなければだけど、その日一緒に遊ばない? 平静に見える日裏くんも、きっといろいろ溜まっていると思うの。私でよければ、その発散に協力してあげようかなと思って!」


 俺は目を丸くした。


 なんという僥倖であろうか。あの憧れの美女木さんからの、デートのお誘いである。俺の心は、一瞬で天まで舞い上がった。思えば苦節二年。美女木さんとの接点を作るために、はじめは一か月に一度の頻度で事件を起こし続けた。最近では一週間に一度のハイペースである。いなくなった子猫捜索のような小さな事件から、時価二百億円のレッドダイヤモンドの盗難といった大きな事件まで、コツコツやってきたかいがあるというものだ。


「はい。ぜひ、というのはすこし不謹慎かもしれませんが、よろしくお願いします」


 そう言って、俺は美女木さんとの約束を結んだ。


 思えば、事件以外で二人っきりになるのは初めてのことである。このチャンスを逃してはいけない。俺はこれまでのどんな事件よりも入念に、計画を練るのであった。




 デート自体は、いたって奇をてらったようなことは起こさずに、順調に進んだ。前提が、「身の回りで殺人事件が起きまくった日裏くんを慰めよう」なのである。浮かれたサプライズとかハプニングはふさわしくない。あくまで普通に、けれども特別に、である。


 俺たちは少し衒学的な映画を見て、喫茶店で感想を語り合った。会話がひと段落したところで、予約した高層レストランへ移動した。最も夜景の綺麗な席は、半年は待たないと確保できないのだが、そこは俺の得意な裏工作の腕の見せ所である。美女木さんには見せられないのだが。


「うわあ、すっごい綺麗な景色。……だめだね。日裏くんを元気づけるためだったのに、私の方がテンション上がっちゃって。こんなのじゃだめだよね」


「そんなことないですよ。美女木さんが楽しそうなら、俺も幸せな気分になります。あなたと一緒なら、工藤の一件からも立ち直れそうな気がする」


 美女木さんは顔を赤くする。ワインのせいか照明のせいか。計画通り、雰囲気はばっちり。これ以上ないムードだ。後は俺が、美女木さんに愛の言葉を贈るのみである。その後の準備もできている。このレストランのすぐ下のホテル、その2031号室がゴールだ。


 覚悟はできた。勝利のビジョンは詳細に描けている。さあ、あとは言うだけだ――――


「美女木さん、俺……」



「きゃぁぁぁぁ!!!!」



 と、その時、俺の一世一代の告白は、一つの悲鳴にかき消された。俺のすぐ後ろの席に座っていた女性のものだった。


「服部君!? どうしたの!? 返事をして! ねえってば!」


 見ると、女性の向かいに座っていた男が、青い顔をして床に倒れ伏していた。口からは、白い泡を吹いている。まさか、この状況は――


「毒殺、ですね」


 美女木さんは脈を確かめながら鋭く言う。先ほどまでの和やかな彼女からは一変して、推理(ポンコツ)モードに入る。ああ、なんてタイミングが悪いんだ。よりによってなんで今、殺人事件が起こるんだ。


「まさかあの人は!」


「美人探偵で有名な!」


「美女木さん! 美女木さんだ!」


「まさか美女木さんがいるなんて! この事件は解決したも同然だ!」


 レストランにいた他の客がざわめく。世間的には、彼女はあらゆる難事件を解決する美人探偵で通っている。騒ぎになるのも無理はない。


「皆さん、落ち着いてください。ひとまずは、その場から動かないように。この場にいる人間は、全員容疑者だと思ってください。ですが安心を。私が犯人を見つけてみせます」


 自信満々に言い放つ美女木さん。敏腕探偵に相応しき振る舞いだ、しかし今まさに起きたこの事件は、当然ながら俺が起こしたものではない。今まで美女木さんが解決した事件は、大なり小なり俺が絡んだ事件である。だからこそ解決(誤認逮捕という形ではあるが)に導けたのだが……。今回は俺の預かり知らぬところで起こった事件だ。いったい彼女は、どう推理をするのか。


 美女木さんは周囲を二三度みわたし、目を閉じて自らの額を指で小突く。彼女が推理をするときのお決まりの仕草だ。悩ましげな表情はやはり美しい。


 そうしてしばらくした後、美女木さんは口を開く。


「犯人が、わかりました」


 レストラン内にいた、美女木さん以外の俺を含めた全員がどよめく。いくら何でも早すぎないか。いつもポンコツ推理ばかりするというのに。俺の額に冷たい汗がにじむ。


「い、一体だれが服部くんを……」

 被害者の恋人であろう女性がおのおのと尋ねる。俺の推理では、なんだかんだこいつが怪しい。だって普通に考えて、一緒に食事している人間が一番毒を仕込みやすいに決まっている。


 そこまで考えて、合点がいった。そうか。きっと美女木さんも、この恋人の女性を疑わしいと思ったに違いない。今の俺と同じような推理で、答えに至ったのだろう。だからこんなに早く解答編に入ったのだ。なんだ。駄目探偵だと思っていたが、存外まともにも思考ができるようだ。十中八九美女木さんは彼女を指さすだろう。


「私も、この結論に達したときは驚きました。そして何よりも、絶望しました。まさかあなたが、殺人を犯すなんて。信じたくなかった。しかし論理的に考えると、それ以外ありえない」


 そんなに絶望的だろうか。痴情のもつれで恋人を殺すなんて、割とよくある話だが。まあ彼女にとっては恋人を殺すなんてありえないのかもしれない。意外と恋愛方面にはピュアな人である。


「とにかく、結論を言います。このレストランで、服部さんを毒殺した犯人は―――」


 美女木さんは大きく息を吸い、そして一息に言い放った。



「日裏くん! あなたですね!」



 ……………………。


 しばしの、時が凍結したかのような沈黙の後、俺は吠えた。


「はぁぁ!?」


「下手な芝居はよしてください日裏くん! 私にはすべてお見通しです! 自分の罪を、認めてください!」


「待て待て待て! 何で俺が! 絶対無理だろ!」


 流石に予想外である。この三流探偵、どう推理したらそんなトンチンカンな答えに行きつくんだ。


「理由は簡単です。あなたは被害者のすぐ隣の席に座っていた。トイレに行くふりをして毒を仕込むことは容易です」


「いやいや! この恋人の女性の方が容易だろ!」


「何を言っているのですか。女性が愛する恋人を殺そうとする事なんてありえません」


「とんでもない決めつけだ! よしんばそうだったとしても、美女木さんだって条件は俺と同じだ!」


「やだなあ、私が人を殺すわけないじゃないですか。探偵ですよ」


「暴論だ!」


 その後も美女木さんは、推理とは到底言えないような論を展開し、存在しない俺の毒殺手口を証明した。もちろん、素面ならば抱腹絶倒ものの、荒唐無稽で意味をなさない証明である。しかし彼女の芸術的な語り口と、圧倒的な立ち居振る舞いは、見る者聞く者すべてを納得させてしまう。今まで何度もその特性を利用してきた俺には、痛いほどわかる。こうなってしまえば、もう逃げようはないのだ。


 一応弁明しようとはしたものの、美女木さんの追求からは逃れられなかった。こうなってしまったら、もはやどれだけ有力な証拠があったとしても覆すことは不可能である。


 そして何より、俺がここで美女木さんを論破してしまえば、美女木さんの華麗なる実績に傷がついてしまう。それは喜ばしいことではない。彼女の実績は、俺の工作の実績でもある。それに俺自身が終止符を打つのは、はっきり言って美しくない。


 加えて、美女木さんは失敗してはならないのだ。彼女は、美しく凛と事件を解決する女探偵でなくてはならない。彼女のポンコツさを知るのは、俺だけなのだ。


 俺は、おとなしくお縄についた。


 そうして暴力的に俺を犯人に仕立て上げ、警察に突き出した美女木さんはこう告げた。


「日浦くん。私、あなたのことを好きだったのかもしれません。知人としてではなく、異性として。でも、それとこれとは話が別です。愛する人が犯人であっても、真実を告げなくてはならないのが探偵です。しっかり罪を償ってきてください」


 恰好をつけているところ申し訳ないが、俺は犯人じゃないからな。そう言いたいところを、俺はぐっとこらえる。


 おそらく、今までの罰が当たったのだろう。この結末は妥当なものだ。未練がましくうだうだ言うつもりはない。


 けれども心残りがだけ一つある。俺がいなくなった後、美女木さんは一体どうなるのだろうか。今回の推理は、俺の裏工作のない初めての事件であった。今回は彼女のカリスマ性と、俺の諦めの良さで何とか収集がついたが、これからもあんなトンデモ推理を続けていれば、いつかメッキがはがれる。俺が居なければ、結局彼女は無様な推理を露呈させてしまい、実績が傷だらけになってしまうのではないだろうか。心配だ。愛した人が、嘘つきだと言われるのを想像すると心が痛む。それだけが心残りだ。


 本当に、心配だ――




数日後、美女木探偵事務所にて。


「そういえば美女木探偵、知ってますか?」


「? 何をですか? 和藤刑事」


「この間あなたがレストランで捕まえた、毒殺事件。その犯人の日裏耕作が脱獄したらしいんです。もしかしたらあなたを恨んでいるかもしれません。我々警察も目を光らせておきますが、くれぐれも気を付けてくださいね……」


続きが思い浮かべば、続きを書きます。

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