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緋水の造形師  作者: おとかみ
1/4

1.


 朝の陽の光に照らされた、新しい週が始まったいつもの通学路。

 冬の暗い空からようやく解放され、同じ時間でも明るさが強まっている。それに合わせて気温も暖かくなってくる中、ひっそりと目立たないようにそっと歩くひとりの少女。

 守御神綾(かみみかみりょう)

 長い黒髪と眼鏡で色白の顔を隠し、紺色のブレザーとグレーのプリーツスカート。校則に定められた膝丈だ。

 暖かくなってきたと言ってもそれだけではまだちょっと寒い。制服の上にジャケットを着込み、ストッキングを穿いている。両方とも色は黒。

 全体的に暗く、化粧気のないその見た目は極めて地味だが、すらりとした体型は背筋がピッと伸ばされ、足運びもきびきびとして軽やか。

 服装に対してのスタイルの良さ。そのアンバランスさは注意して見れば深い印象を与えるだろうが、いまこの場では他の人影に紛れて目には留まらない。

「おはよう綾ちゃん!」

 背後からとんっと肩を叩かれた。晴れた朝に映える明るい声の主は、振り返って見なくても誰だか分かる。

「おはよう久那さん。今朝も元気ね」

 隣に並んだのは最近よく声をかけてくるようになった、同級生の久那香澄(くなかすみ)だ。

 家が同じ方向であるからか、以前から通学中に見かけることはあった。

 ただ、見かけることはあっても話すようになったのはつい最近だ。

 綾とは対照的に明るく目立つ子だ。人と関わることを極力避け、興味も示さない綾でも存在を知っているくらい、香澄は人目を引く。

 同じ学校とはいえ、学科が違うから校舎も別だ。今まで挨拶すらしたこともないくらい何も接点がなかったのに、アスファルトの小さな傾斜につまずいて転んだ彼女に手を貸しただけのちょっとしたきっかけで、今や友達として関係が成り立ちつつある。

 ひっそりと静かに過ごしたい綾にとって、少々遠慮したい存在感であった。もちろん口に出しては言わないが。

 薄く化粧した顔はいつもにこやかな表情を浮かべ、腕や首、バッグに付けたアクセサリーやストラップ等が、歩調に合わせてチャラチャラと鳴る。

 挨拶は返したが、それ以外に特に話すことはない。黙々と歩く綾に、着ている白いパーカーのポケットから折りたたまれた紙を取り出す香澄。

「綾ちゃん、これこれ! こないだ綾ちゃんが探してるって言ってたお店の地図描いてきたよ」

 言いつつ紙を綾に渡す。

「あら、ありがとう」

 受け取った綾は四つ折りにされたその紙を広げた。

 ルーズリーフノートの1枚だろう。そこには、彼女たちが住む刻丘市陽光町の商店街の外れ辺りが描かれていた。

「今日の放課後に一緒に行こうと思ってたんだけど急用ができちゃって。それでせっかくだから描いてみたら意外と楽しくてさ。時間を忘れてがんばっちゃったよ」

 極細のボールペンを使ったであろう線で、道路と建物が説明文と一緒にみっちりと描かれている。意気込みどおりに結構な大作だ。

「助かるわ。いくら探しても見つからなく……て……?」 

 感謝の気持ちで答える綾だが、後半は疑問が入り混じった。郵便局、銀行など主要な目印を確かめてみるが、何だか記憶と合わない。

 そのうえで、端っこの方にでかでかと書かれた『アンティーク・あるかみ』の文字。

「久那さん、この地図、郵便局と八百太さんが同じ通りにあるのだけど」

 八百太は、綾もよく利用する八百屋だ。陽光町商店街の大通りにある店だが、郵便局は大通りに並行している隣りの通りだ。

 他にも、繋がってるはずの道が途中で切れて他の道に合流してたり、店の位置も微妙に間違っている。

 いや、微妙と言うより絶妙か。街を知らない人がこの地図を頼りに歩けば、まるで図ったかのように同じところをぐるぐる回るはめになる気がする。

 記憶と照らし合わせているうち、自分の確信が揺らいでくるくらいだ。じーっと地図を見てるとなんだか頭がくらくらしてきた。

「えー、自信作なんだけど綾ちゃんにそう悩まれると悲しくなるなー。あたし生まれたときからこの町なのにー」

 言ってるその表情が曇る。

 香澄にそんな人を騙すような腹芸は持ち合わせてないことを、綾は知っている。短い付き合いだが、聞こえてくる周りの評判と相まって、裏表のないその性格を疑う余地はない。

 まあ記憶違いは自分の方にこそあるだろう。そう思う綾。香澄と違い、この町に来てまだ1年ちょっとしか経っていないのだ。

 とりあえず、目的地である雑貨屋、アンティーク・あるかみの位置は把握できた。

「いいえ、行ってみれば分かることだし、この辺りはよく歩いてるから多分すぐ分かるわ。今日学校が終わったら行ってみましょう」

 それからもう一度お礼を言って、折りたたんだ地図をジャケットのポケットに入れる。

「でも、なんであるかみなの? 雑貨屋なら駅前にもあるのに」

「アンティークってところがポイントでしょう?」

「ああ。あそこちょっとアヤシイものも売ってるしね」

 正直なところを言えば、綾はアンティークに興味はない。使うものは新しい方が良いと思う派である。

「店長さんがすっごい美人さんなんだー。もうひとり男の店員さんがいるんだけど、その人もかっこいいの!」

 香澄は香澄で、やはりその店の商品にはあまり興味がない。彼女が店に通う理由は、子どもの頃から知っている店長に会うためだ。

 店長と言う言葉をきいて、はっと気づく綾。その本当の目的もまた、店長だった。その存在は噂話を小耳にはさんだ程度だが、是非とも会ってみたい。

「その店長さん、名前は知ってるの?」

「うん。ベスタル・在上(あるかみ)さん。イギリスと日本のハーフなんだって」

 ベスタル……在上。噂話でベスタルという名前は知っていたが、期待していた苗字ではなかった。

 男の店員の方か?

「ちなみに、もうひとりの店員さんの方は?」

「ベラティアさん! ファミリーネームは知らないけど、彼もイギリス人なんだって。ちょっと陰があって渋ーいカンジでね。接客業でそれはどうよ? ってくらい無愛想なんだけどまあかっこいいから許せるわ」

 美男美女のペアって素敵よねーと小躍りし始めた香澄をほっといて、綾は真っすぐスタスタと歩く。得られた情報は不十分。

 彼女たちが通う学校、県立刻丘(ときおか)高校の正門が見えてきた。周辺の学生の密度も高まり、綾のような地味な生徒はすぐに紛れてしまう。

 それでも香澄はすぐに綾の隣に並び直したが。

 香澄は友達が多い。周りからおはよう、と声をかけられる。

 校門を過ぎれば、自然とそれぞれの学科に分かれるところだ。

「じゃあね、綾ちゃん」

「ええ」

 同じ商業科の友達であろう数人に囲まれた香澄が大きく手を振ってくる。こちらは小さく手を振り返す綾。

 普通科、工業科、商業科の3つに分かれるこの高校の敷地は、県内でもかなり大きい。部活をやるか、昔からの幼馴染でもないかぎり、違う学科で仲の良い友人をつくるのはそう簡単ではないだろう。

 あとは香澄のようにとても人懐こいか、か。

 普通科の校舎に足を向けて、ひとり、ひっそりと歩を進める綾だった。


 普段の綾はひたすら寡黙である。

 話しかけられない限り、彼女の方から声を出すことはほとんどない。丸1日声を出さないこともざらにある。

 授業態度はいたって真面目。教師の話をきちんと聞き、授業内容はきっちりとノートにまとめ上げる。

 出された宿題は休み時間や昼休みにできるだけやっておく。

 毎日一貫してそつのない行動。頭もよくて成績は上々。運動神経も抜群とは言えないものの、決して無理をせずその一挙手一投足が悠然と動く。

 クラスメイトから見たらなかなか不気味な存在だろう。すぐさまイジメの対象にでもなりそうなものだが、地味な見た目に反する毅然とした態度が陰湿な雰囲気を一掃する。

 実は彼女の隠れファンだという男子は結構多い。なぜ隠れるのかと言うと、単に誰も彼女に話しかける勇気が湧かないからだ。憧れと同時に何やら畏れ的なモノも感じるからかもしれない。

 1年とちょっとの時間を同じ教室で過ごすクラスメイトでも、綾の素性がほぼ一切不明で話しかけるきっかけがまったく分からない。

 進級し、クラス替えで新しく同じクラスになった者には更に近寄りがたく見えるだろう。

 話してみたい。けれども近寄りがたい雰囲気が、物理的な感覚を伴って周囲に距離を置かせる。

 それでも、学科を超えた名物生徒である久那香澄には遠く及ばないが、普通科のみに限れば男子人気は結構高い。手の届かないところに置かれた、精巧で精緻な芸術彫刻的な感じで。


 昼休み。

 普通科2年5組の教室の窓際の列、真ん中辺にある自分の席で、自作の弁当を開ける綾。

 保温ボトルのほうじ茶を飲みつつ、一定のペースで黙々と食べる。

「あ、あの、守御神さん、ちょっといいかな?」

 半分ほどを食べたところで、男子生徒に声をかけられた。左手で口元を隠し、口に入っていた卵焼きを急いで咀嚼して飲み込む。

 顔を向けた相手は、クラスメイトの秋吉孝樹だ。クラスでもムードメーカーの役割を果たしている。

「ごめんね、急に話しかけて」

 持っていた箸を弁当箱の上に置き、手を膝の上に置いて孝樹に顔を向ける綾。

「いいえ、気にしないで。で、何か?」

 何やらもじもじした態度の秋吉。逆に落ち着いた声で話を促す綾は、ウェリントン型の黒縁眼鏡の奥から、じっと秋吉の目を見る。

 教室がざわついているのが分かった。綾に誰かが話しかけるのは非常に珍しいからだ。

 綾はそんな状況に何も感じることはない。気にしていないのだ。

 一方で、一瞬で周囲から好機の目を向けられた孝樹はぐっと緊張感が上がった。

 正面から見た、凛と整った綾の顔立ちに見据えられているというのもある。

「えーっと、あのさ。さっき購買で久那から聞いたんだけど。在上さんの店に行きたいんだって?」

 赤らんでいる孝樹の顔。周囲の状況にプラスして、自分と話をする相手、特に男子は緊張状態になることを良く知る綾は、ゆっくりうなずいて孝樹の言葉の先を促す。

「お、俺で良かったら案内するけど。あの辺、ちょっと迷いやすいしさ」

 孝樹の申し出に、遠巻きに事の成り行きを見守るクラスメイトのテンションが一段階上がった。

 特に男子生徒からはかすかに『勇者キタ!』などと聞こえる。

 対して平然と孝樹の申し出を聞く綾。ここは素直に相手の好意に甘えておこう。

「ありがとう。助かるわ。今日、学校が終わったらすぐに行きたいんだけど、いいかしら?」

「今日ね。もちろん。じゃあまた放課後に」

 言いたいことを言った満足感からか、ニッと笑う孝樹。右手をシュッとあげて自分の席に戻っていく。

 孝樹の席付近に集まっていた男子生徒の塊が彼を迎え入れた時に小さな歓声が沸き上がっていた。

 何をやっているのだろうか。視界の端にその状況を見ながらそう疑問に思った綾は、すぐに興味を無くして昼食に戻るのだった。

 余談だが、綾と孝樹の会話を見ていた教室内の生徒のうち、孝樹の行動に称賛を送ったのは全体の約50%、嫉妬を覚えたのは約20%。

 残り約30%は綾に話しかけるチャンスに光明を見出した者である(すべて男女問わず)。

 なお、ほぼ全員が『守御神さんってちゃんと対応して喋るんだ』と思ったという。


 その日の放課後。約束通り連れだって歩く綾と孝樹。

 ふたりの間はいかにもただの顔見知りと言った程度の距離が開いている。半歩ほど孝樹が前を歩いていて、誰が見てもそれほど仲が良さそうには見えない距離だ。

 そんなふたりの背後をよーく目を凝らして見れば、様子を見守るクラスメイトたちの姿がちらほら見えるだろう。

 初めてのおつかい・孝樹くん編。皆のそんな言葉が脳裏に浮かんでいるんじゃないかという状況の中、尾行を目論む不届き者が数名いた。

 ふたりの関係性の発展に興味を持つ孝樹の友人3人。綾を守るんだ、と勘違いしているストーカー気質がひとり。

 そんなデバガメの存在に気づく綾と、ふたりで歩いていることに緊張を覚えて浮足立つ孝樹。

 流石に尾行されるのは気分が悪い。今の状況において、なぜ尾行されるのか。その理由が綾には分からなかった。色恋関係にはとんと疎いのだ。

 何に興味があるのかは知らないが、自分の周囲でコソコソとするのはご遠慮願おう。綾はしばし考える。

「秋吉くん、少し先に行っててくれるかしら」

 立ち止まる綾はそう声をかけた。

 会話のきっかけをどう作るかに思考が集中していた孝樹は、綾の声に気づくのが少し遅れていた。

 え? と右斜め後ろにいるであろう綾を振り返って見る……が、綾はそこにはいなかった。

「守御神さん!?」

 慌てて辺りを見回すと、今歩いている直線の道路の10メートル後方、ついさっき曲がったばかりの、丁字路になっている曲がり角の向こうに走っていく後ろ姿が見えた。

「どこ行くんだ!?」

 先に行っててという綾の言葉に従うか、自分の気持ちに従って追いかけるべきか、という逡巡。どちらが男らしい行動か。

 いや、どちらが綾の好感度を上げるのかという下心、と言った方が正しいかもしれない。まあある意味その考え方も男らしいが。

 迷ったのもつかの間、単純に綾が何をするのか見たいと、自分の気持ちに従った。

 走って曲がり角を曲がる。が、その先に綾の姿はない。

 学校付近の住宅地には身を隠せるスペースがたくさんある。探すのに苦労しそうだ。

 と、すぐ脇の茂みに、同じ制服をきた男子生徒が倒れているのを見つけた。びっくりして3歩後ずさる。

 よく見れば同じクラスの今田だった。あまり話したことはないが、暗い奴だと記憶している。

 近づいて確かめる。小太りの身体には特に外傷は見当たらない。更に見てみれば、気持ちよさそうに寝ている様だ。

「何でこんなトコで寝てんだコイツ」

 当然の疑問である。昼間は暖かくなってきたとはいえ、今はまだ4月の下旬。今の時間でも充分寒いのだ、このまま寝てたら凍死とはいかないまでも、かなりのダメージを受けるだろう。

 彼を見る女子の視線の重さを知っている。自分もこいつはちょっと苦手だ。それに綾の後を早く追いたい。だが、だからといって放っておく訳にもいかないと思うのは、彼なりの正義である。いや人として当然か。

「おーい、今田ぁー」

 取りあえず腕を掴んで揺する。起きない。足の裏を軽く蹴ってみる。起きない。茂みが邪魔で頭は小突けないから、股間辺りを踏んずけてみようと思って足を上げたところで、綾が戻ってきた。

「何をしているの?」

「お、おう、守御神さん。いや、今田のやつがこんなトコで寝てるから、起こしてやろうと思ったんだけど起きないんだよね」

 ふぅ、と何やら綾は大きく溜息をついた。

「そう……。あっちの方にも寝ている人がいたわ。先生を呼んできて助けてもらいましょう」

 そう提案する綾。そんな言葉の裏で、普段は特に感情が見えない綾の視線が、一瞬、冷気をまとって今田に突き刺さった様に見えた。

 唖然と綾を見る孝樹だったが、すぐに気持ちを立て直して、学校へと身体を向ける。

「ああ、俺が行ってくるよ。店に行くの、遅くなっちゃうね」

「……仕方がないわ。私も行く気が削がれたし。できれば、また明日にでも案内してもらえないかしら?」

「それはもちろん! じゃ、行ってくる」

 ダッシュで駆けていく孝樹の後ろ姿を見送った綾は、もう一度大きな溜息をついた。

『うお、増田たちじゃねぇか!』

 離れたところで同じように倒れてる生徒を見つけたのだろう、孝樹が声を上げるのが聞こえた。

(さすがにこの状況は秋吉くんには異常に映るわよね)

 今田たちが寝ている原因を作ったのは綾だ。とある薬を嗅がせて眠ってもらった。このままでも30分くらいで目が覚める。

 さて。明日また尾行されるのは避けたい。なぜ後を付けられるのか、その原因も突き止めないと。そう考える綾。

(まさか、彼らも店の場所を知りたいの?)

 もしそうなら、一度だけ一緒に行くのも許容範囲か。今のところは店の場所を特定するだけでいいのだから。

 などと考えが違う方向に走り始める。自分に興味があるから、とは一向に思いつかない綾であった。


 結局のところ、教師3人を連れて孝樹が戻るころには、目を覚ました4人が自分でも訳が分からない状態でその場にいたのであった。

 僅かに記憶障害の症状が見られたが、その場にいる教師は誰もそこには気づかなかった。

 生徒にからかわれたと思ったのであろう。孝樹、今田、増田たち計5人への厳重注意のみで事件にもなることなく済んだ。

 原因は自分にあると誰も知らないのをいいことに、綾は孝樹に先に帰ると一言残してさっさといなくなっていた。ずるい。


 次の日。火曜日。

 香澄の描いた地図を片手に、綾はひとりで陽光町商店街の同じところをぐるぐると3週していた。

 今日も香澄は用事で都合がつかず、孝樹は増田たちに連れていかれてしまった。

 友達と呼べる間柄の人物がまったくいないので、仕方なくひとりで探しているのだ。

 雑貨屋、アンティーク・あるかみ。

 分かっているのは、美人の店主と美男子の店員。店主は優しいが店員は無愛想。正体の分からない怪しい漢方的な物も売ってる。

 そして何より……店の位置が特定できない。できないことが分かっているのだ。

 店長……ベスタル・在上とおしゃべりするために何度も通う香澄でさえ、5回に1回くらいは道を間違えるという。

 知っている人は知っている。知らない人は全く知らないうえにその存在にも気づかない。

 香澄はそんなキャッチコピーを作って綾に聞かせていた。

 不思議である。店なのに客から姿を隠すなんて常識外だ。しかも隠す手段がオカルト的である。

 オカルトなのに、誰も不思議に思わない。香澄も、変なキャッチコピーを作っているのに、道を間違えることになんの疑問を覚えていない。仕方がないことだと、何の疑いもなく納得してしまっているのだ。

 異常な存在。ただそうとしか言いようがない。

 守御神綾にとって、ずっと求めてきた存在である。何としてでも店の位置を突き止めたい。

 もう一度地図を見直す。今の位置から北へ行けば店に着く。だが実際の道路が続いているのは東の方角だ。さっきと同じ間違いだと気づいたのは、その手前ですでに間違えていたからである。そんなことを何回も繰り返して3週しているのだ。

 地図の間違いに気づけない。気づいた時には別の間違いに進んでいる。冷静になって考えれば、この地図そのものが店を隠すオカルトパワーに取り込まれているのだと思う。

 香澄が描いたその瞬間に。……いや、オカルトパワーが香澄にこう描かせたのだろうか。

 2日に渡って香澄を綾から遠ざけているのも。昨日、綾の行動が裏目に出たのも。単なる偶然かもしれないが、店の存在を隠す力が働いたとも考えられる。

 恐らくその可能性の方が高い。綾が店を探す限り、香澄も孝樹も、店の位置を知る誰もが綾に協力できないことになる。

 オカルトパワー……魔法だ。そう確信したとき、綾の心臓がドクンと震えた。


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