酒に呑まれて始まる生活
連載というより、3部作です。年上受けうまいんじゃ。
ーーああ、最高に気分がいい。
酒で酔った身体は思うように動かず、前に進もうとする意思に反してふらりふらりと揺れる視界が少々鬱陶しい。
歪んだ世界の中ふわっとする頭が感じたのは、謎の幸福感と今ならば何でもできるという自信だった。
普段はどこにでもいそうな男であるおれが、このときばかりはすべてを掌握したような気さえしていた。
今日は金曜日、週末の仕事帰りだった。
高校の同級生と久々にばったり会ってそのまま居酒屋に入り、お互いの近況を肴にしていれば、酒を呑む手が進んだ。
お互い現状とそれにまつわる不平不満をしょうもなくだらだらと話し、先ほど陽気になり過ぎた状態で別れたところだった。
やはり酒はいいものだ。
上司のせいで昇進させてもらえず給料も人並み、その上嫁さんもいないさみしい独り身サラリーマンであるおれは酒を呑むしかストレスの発散法を知らない。
そのためか会社でストレスが溜まるととにかく酒を呑む。
いかんいかんとは思いつつ、方法がほかにないのだから仕方ないのだと自身を納得させている。
そう、きっとほかに熱中できるものがあれば酒に手が伸びることも少なくなるだろうに。
不確かな歩みでしかし確実に自分の家を目指し歩いていたところ。
少し硬めの何かにぶつかった。
ただでさえふらふらな足取りに衝撃が加わったことで、体勢を立て直すこともできずに倒れこむ、
かと思いきや、そんなおれを支える手があった。
「す、すみません、大丈夫ですか?」
自分を支えてくれた手の持ち主であろう人の少しだけ気の弱そうな声が聞こえ、そちらに顔を向けると、まだ青年と呼んで差し支えない男がおれのすぐ目の前にいた。
そして。
「あ、ああいや、おれこそ酔ってふらふらしていたから…すまなかった、ありがとう」
その男は大層美しい外見をしていた。
顔はもちろんのこと、身体も男らしさの中に芸術的な美しさが見てとれる。
しっかりした体躯を見れば、服の上からでも筋肉が暑苦しくない程度に綺麗についているだろうことは予想できた。
女の子は放っておかないだろう、おれくらいの歳になれば家族団らんで夜を過ごすんだろうか。
男としてなんとも羨ましい限りだ。
しかし彼は男らしい見た目の割に気の弱そうな表情を浮かべていたので、なんとなく小動物を彷彿とさせた。
「いえ、倒れる前に支えられてよかったです。ところで…だいぶ酔われてるようですが」
「ああ、つい呑みすぎたようで。普段はもう少しマシなんだが、今日は家に帰るのも一苦労しそうだ。でももう大丈夫だ、そろそろ行かないと終電を逃してしまう。本当に助かった、ありがとう」
地に足つけてまっすぐ立っているというのに未だおれから離れようとしない男の腕を窘めるように二度叩く。
と、なぜかむしろ力が強まった気がした。
正直もう家に帰してほしい。
酒が入ってまともな判断力もできない上にこの男があまりにも美しい外見をしていることで、おれの危険信号がこう告げている。
「このまま一緒にいると過ちを犯すぞ」と。
おれはゲイでもバイでもない。
偏見はないが、自分は女の子が好きだ。
しかし美しい人とこんなに密着している、かつ溜まっているなら別だ。
自分で慰めるのはさみしくなるからそれなら別に、なんて思って処理していなかったのが仇になった。
相手はそんな気、ないだろうに。
やめてくれ、いますぐ離してくれ。
しかし願い叶わず、
「もし…よかったらおれの家に来ませんか」
近くなんで。
そうおれの耳元で囁いた青年の声には、火が灯っていたような気がする。
そして気づいたときには青年が目の前で寝転がっていた。
どういうことだ。
この青年はソッチの子なのか。
小動物はどこにいった。
呆然とするおれに手を伸ばし、青年は強い力でベッドに引きずり込んだ。
「おじさん。おじさんはノンケ?」
「…は?何を、」
「そうですか、すみませんおれ、おじ専なんですよね、あることがきっかけで」
何を言われているのか全くもってわからない。
最近の若い子は話が通じないのだろうか。
ことばのキャッチボールをしてくれ。
どうでもいいが最近は休日にキャッチボールをする親子の姿も見なくなった気がする。
「初めてですか?」
「…昔いた彼女と」
「そうですか!それはよかった!」
なにがだ。
童貞ではなくて喜ばれているのか。
しかしそんなに経験は積んでいないぞ。
そもそも男同士ではケツを使うという話しか知らないし、この子がいれてくれと言っても正直できる気がしない。
「おれね、ゲイなんですよ。ここまでくればわかると思うけど。でもみんなアナルの方が気持ちいいって言うし、おじさんも試してみて。騙されたと思って」
アナル?ああ、ケツの穴のことか…とぼうっと考えていたらおれの腰に痺れが走った。
どうやら性器がにぎられたようだ。
ところで女性器よりケツの方が締まりがいいみたいな話はそういえばどこかで聞いたことがある気がする、どこだろう。
友人だったか。
与えられる快感で真っ白になりゆく世界の中、直前に言われたことを考えていた。
「考え事?余裕ですね、じゃあもういれちゃいましょうか?」
その声に顔を上げるとケツに痛みが走った。
「い゛ッ……は?」
「え?…ああ、大丈夫…初めてみたいだし、ちゃんと解してからいれますから」
え、おれに?
眼が覚めると見えたのは知らない天井だった。
ここはどこだ。
昨日どうしたんだっけ。
靄がかかった頭で回想する。
会社を出て、久しぶりにあいつと会って、居酒屋行って、それから…それから?
身体が異様に怠いし、どうやら呑みすぎたのだろうことはわかる。
そのあとどうしたんだっけ、と身体を起こそうとしたところ、動かせない。
無理に動かせばギシリと音を立て壊れそうなくらいに固まっている。
なぜだ。
そういえば変に腰が痛む。
あとケツと首元がジクジク痛んでいる。
なにがあった、昨日のおれ。
わけのわからない現状に冷や汗が流れる。
シインとしていた部屋に突如ガチャリという音が響く。
ドアが開いた?
そちらに顔を向けると
「あ、起きたんだね。大丈夫?初めてなのに可愛すぎて止まらなくてだいぶ無理させちゃったから心配してたんだけど」
思い出した。
なんてこったおれは
「き゛さ゛ま゛ァ゛!」
「え…!ッハハ!声枯れすぎ!超可愛い!あれだけ喘いでればこうもなるよねぇ、はいお水…起きられる…?口移ししようか?」
「い゛ら゛ね゛ぇ゛」
「本当に可愛い…」
こいつに犯されたというのか。
今も愛おしそうにこっちを見るこいつはどこかソワソワしているように見える。
「な゛ん゛、」
「ねえ…慶次さん」
なぜ知ってるんだと恐怖を覚えたが、そういえば行為中に聞かれて名前教えちまった、ような気もする。
「慶次さんはこれからおれの恋人ね」
それとも慶次さんは恋人以外ともセックスしちゃうビッチのかな?
なんてニヤニヤしながら見てくるこいつの精神がわからない。
「ほ゛さ゛け゛」
「うん、慶次さんすき」
不本意ながらも『付き合っている』ということになってしまったらしいが、とりあえず今は動けるようにならなければ始まらない。
断るとか断らないとかそういうことは、おれが動けて声が出るようになるまでお預けだ。
と思うほどには絆されてしまっているらしい。
一晩でこうなるなんて、おれが老けたのかそれともこいつが手練れなのか。
どうでもいいが、「おれ祐一だから、ゆうって呼んでねって昨日言ったの、覚えてる?」なんて太陽のように笑うこの美形を眺めてなんとなくしばらく我慢してやる気になった。
撫でてくるこいつの手が心地よくて目を細めると笑ってきたので、力を振り絞って払いのけておく。
ありがとうございました。