幕間 『いまだ残酷でない世界』
ーーーここはどこだろうか。
水中にいるかのような、体を包み込む感覚は、温かく気持ち良い。一方、その感覚を伝えてくる身体は、存在感を薄め、半透明に感じられる。
昔、習った胎児の暮らす子宮内の様子はこんなものなのかな、と考えながら、彼は心地よく、ひどく安心するこの空間にしばらく体を浮かべていた。
いくらかの穏やかな時間が過ぎた。
ふいに彼は呟いた、
「そうか…俺は死んだのか…」
刹那的に死ぬ間際の痛みが蘇り、彼は眉をひそめた。
ーー痛かったな…
ーー苦しかったな…
ーー疲れたな…
「まあ、でも、そんなこともう良いか…」
彼はもう安らかに眠りたかった。もう、苦しみたくない。そう、心から願っていた。
彼は瞼をゆっくりと閉じた。
ゆっくり、ゆっくりと瞼を閉じた。
最後の光の筋が視界から消えようとしたそのとき、彼は忘れていたことを思い出した。
ーー彼女のことを
ーー最後の一瞬に聞こえた声を
彼女は透けるような白い肌と、対照的な黒い髪と瞳が印象的な少女だった。
彼女を失った、そのことを忘れ、彼は一人楽になろうとしていた。
まず、そんな自分が許せなかった。
次に彼女を残忍に、冷酷に殺したあの男に深い憎しみを感じた。
最後に彼女を思い出し強い愛しさを感じた。
「しおり?しおり…君はどこかで僕のことを待っていてくれているのか?」
その瞬間、彼の瞳からは涙が溢れた。流れ落ちる雫は彼の不透明な身体に柔らかな光となってぶつかり、不透明だった身体にしっかりとした色彩を与えた。
ーー世界に光が満ちた。
世界はまだ残酷ではなかった。
遅くなって申し訳ありませんでした!
まだ、忙しい日が続くので更新速度が遅い日々が続くと思われますが、どうぞ読み進めていただけると幸いです。
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