表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
90/91

第11話 きっかけ と なった もの

 女はただひたすら歩いていた。

 いったいどれほどの長さがあるのか。ねっとりとまとわりつく闇は、ほんの僅かに逸れただけで、まったく別の“世界”に繋がりそうな場所だ。

 もし“彼女”が道を知っていなければ、迷宮入り……永遠に出口のない道を彷徨っていたに違いない、と女は思っている。


「起きているなら起きていると言ってください」


 真っ暗闇の中で、“クレア”はそう発した。

 正しくはクレア本人ではない。肉体はそうであるが、()()()()()()のは赤の他人――恋敵でもある“クリスティーナ“なのである。


『……ちゃんと説明してもらえるかい?』


 不安に満ちた、くぐもるような声が“中”で響いた。

 浮いているのか沈んでいるのか、進んでいるのか後退しているのかすら分からない。

 傍目で見れば、真っ暗闇に気が触れたと思われるだろう。


「説明と言われましてもね。

 そこそこ深め傷とは言え、致命傷ではないのに、不幸のヒロインを演じたのが実に腹立たしかったと言いますか……。

 あれくらいの怪我でめそめそするぐらいなのに、男と殴り合いしたがる無鉄砲さに()()()()を感じたと言いますか」

『ち、違っ!? どう言うわけか、その……アイツの前だと、怖くなるんだよ……』


 “クレア”の中で、クレアは重いため息を吐いた。


「ま、それが本当の“クレア”でしょうかね。

 男の前だと弱い女の子になる、媚びっ媚びっのムカつく女にしか見えませんが」

『んな゛っ!? そ、そんなことあるわけないだろうっ!?』


 クレアはつまらなさそうに唇を尖らせた。

 いつの間にかぼんやりと光る灰色の道の上を、彼女は歩いている。


『……それで、私は死ぬのかい?』

「死ぬわけないですし、死なせませんよ。

 ああでも……死んだら、私にもチャンスがありますね」

『アイツがアンタ――クリスティーナを選ぶとは思えないね』

「……このナイフ、もう三センチほど突き入れてみます? きっと死にますよ?」

『や、止めっ、止めてっ!?

 アンタはアンタだけど、私でもあるんだから! ずきずきと痛いんだよっ!?』


 クレアは荒々しく鼻息を鳴らした。


『でもさ……感謝してるよ。

 アンタがいなきゃ、私は本当に死んでいたかもしれないしさ』

「まぁ、あのまま放置していれば死んでいたかもしれませんね。

 私の憑依は、いわば“一時停止”しただけに過ぎません」


 クリスティーナはあっけらかんとして語った。

 これも“思惑”の一つに入っていたのだろう。

 “クレア”自身も、どうして彼女が憑依したのかぼんやりと理解できている。


 ――ここは死者でなければ通れぬ


 この道は本来、“生ある者”では通れないのだ。

 いや通れるかもしれない。しかし、道を誤れば半ばで倒れ、永遠に彷徨うような“魂の道”だ。

 そうと解ると同時に、“クレア”に新たな疑問が浮かび上がった。


『アンタ……“向こう”でも、<イントルーダー>の力を持ってるんだね……?』

「“引き寄せる”だけですけどね。

 “意味”を与えるのは、あの子が持っていきましたので」

『<導入者>が引き寄せ、それに意味を与える……か。

 でも、リーランドに“ソース”とか来ていたのはどうしてなんだい?

 クリアス女王は、その力を持ってないんだろう?』

「<ガーディアン・フォース>――貴女がたが、<巨神兵>と呼ぶ彼らですよ。

 ああ見えて、やんちゃ盛りの寂しがり屋のイタズラっ子たちでしてね……遊びに来て欲しい時など、こっそりウチなどから持ってゆくのですよ」


 好きな女の子を困らせたくなるようなものだろう、と“クレア”は思った。

 それをクリアスが受け取り、“夢”で見たそれに意味を与える――。

 クリスティーナは幽霊だと聞いていたが、厳密には違うのだとそこで分かった。


『ホント、“()()()()()”女だねアンタは……』

「あれは偶然の産物、イレギュラーですよ。

 ま、そのおかげで、“二つの世界”の往来って荒業が出来たわけですが。

 本来は、進次郎さんを籠絡・手籠めにするのは、私かクリアスだったんですよ?」

『な゛っ――!?』

「その方が都合が良いですし、動きやすかったですから。

 なのに、“魂”を繋ぎ合わせようとした時――どうしてか、あの人の心に既にクレアがいた」


 進次郎と買い物に行った“夢”は、そのための舞台だった、クリスティーナは明かす。

 あの夢を見た日、進次郎にはクリスティーナが憑りついていた。

 “買い物に行く夢”を通じて、“導線(ケーブル)”を繋げようとした時、あろうことかそこにクレアがついて来てしまっていたのだ。

 その結果――“舞台”の主役(クリスティーナ)がクレアに追いやられる、という結果を招いた。

 クリスティーナの想定外は、そこでも起こっていたらしい。


「惚れた腫れた、でそんなことはあり得ません……。

 何らかの“繋がり”が無ければと思い、貴女や進次郎さんに憑りついたりしたのですが、結局分からずじまい……。

 貴女はいったい、何をしたんです?」

『い、いや……? 私にもサッパリだね……』


 厳密に言えば、“クレア”自身もいつどこで彼に惚れたか分かっていない。

 心の中に彼がいると分かってから、そこに惹き寄せられていたのだ。


「寝食共にすれば、その気がなくとも情が移り合うものなのですかね……?

 いや、『子宮で考える』とも言うし……まぁ、後の研究材料です。

 地上の者は“愛の種”をどのように産むのか、種が先か花が先か……」

『あ、アンタはいったい何を――って、あれは?』


 彼女らの視線の先に、ポツン……と小さな扉が見え始めていた。

 まだ爪のような大きさであるが、近づくにつれて徐々にそれがどんどん大きくなってゆく。

 “クレア”が気づくと、クリスティーナは最後の決断を迫った。


「――さて、そろそろ出口になりますが、向こうに渡る覚悟はおありですか?

 戻ればまぁ……リーランドの侍女として、将来有望な伯爵あたりに見初められ、誰もが羨むような幸せな暮らしができる美少女に生まれ変わらせられますが?

 だけど、このまま進めば、無駄毛の処理しないようなガサツで男勝りの、行き遅れ三十路女のまま――」

『さ、最後の最後で人を惑わせにくるんじゃないよっ!?

 そう言って、シンジをモノにする気なんだろう!!

 私はね、何があってもシンジ居る世界に渡って、一緒に――』


 “クレア”は言いかけて、ある物をハッと思い出した。

 どうして彼と繋がっていたのか、該当するのはこれしかない。

 僅かな間を置いて、彼女は大きく頷いた。


『クリスティーナ――アンタ、最後に一つだけ持って来られる物あるかい?』


 “クレア”は『これがコトの始まりだったんだよ』と小さく呟いた。



 ◆ ◆ ◆



 どれほどかして……進次郎は、クレアが歩んだ道を辿り始めていた。

 まさに、“花”と“ミツバチ”の関係だろう。“におい”を辿るかのように、己の身体は彼女の“残り香”をハッキリと感じ取っている。


(これが、あいつらの目的か……)


 手に感じたクレアの“死”――これが引き金となり、進次郎の“欲求”を爆発させた。

 失ってから大事な物だと分かるもの。得られぬと分かった時、彼は彼女の存在を強く求めた。

 華奢な身体のくせに男勝りなクレアを、今もなお強く求めている。

 凍てつく冬でも、一緒にいれば温かくなれるような、大切な存在を求めている。


(“乾き”や“飢え”を与えることで、クレアをより甘美なものにさせたんだな……。

 『空腹であれば何でも美味く感じる』って現象も、たんぱく質などの身体が必要とする栄養素を摂取するため、脳がそう感じさせるって聞いたことがあるし)


 クリアスかクリスティーナの策謀だろう、と進次郎は踏んでいる。

 そのために用意されたであろう“カード”に目を落とした。

 裏面に貼られているハートのシールは、不定期に一枚ずつ剥がれ落ちてゆく。

 残り十七枚……ひらりと舞い落ちた先で、それがぼうっと赤く灯る。まるでフロアライトのようであった。


 ――進次郎さんは、蜂の巣の見つけ方を知っていますか?

 ――もし、シンジさんだけが帰らなければならないのなら、彼女が跡を追えるように目印をつければいいんです


 クリスティーナは、この方法を言っていたのだ。

 暗転中でも分かるよう、舞台上にあらかじめ畜光テープを貼るようなものだ。

 しかし、彼女が言う『彼女』はクレアのことではないと、ここに来てやっと分かった。


(クリアス……の思うままかよ……)


 クリアスとクリスティーナ――二人に共通するのは<イントルーダー>ということであり、彼女たちは“向こう”に渡ることを望んでいたのだ。

 土産のように、一人を連れ帰るだけであれば、“花とミツバチ”のままでよいだろう。

 けれども、その先にある“蜂の巣”を欲すとすれば――進次郎はまんまと捕えられ、跡を追えるよう“マーキング”されてしまっているのである。


 それは、“死”から始まる。

 進次郎が死んだ原因は、夜間作業中に突っ込んできた車による事故死だ。

 道路作業員には隣り合わせの事故。よくあると言えば語弊があるものの、珍しいものではない。

 しかし、その時だけは珍しかった。

 進次郎は轢かれる直前、その赤い車の運転手を見た。

 それは、見惚れそうなくらいの――金髪の美しい、女だったのだ。


「くそっ! 道理でアイツの笑みが、時々不気味に思えたはずだよっ!」


 思わず地団駄を踏んでしまう。

 進次郎を轢いた運転手、それはクリアスだったのである。

 どうして彼女が進次郎を殺す必要があったのか?


 ――“魂”がそれを吸う


 彼女が持つ<イントルーダー>の力を、彼に渡さねばならなかったからなのだ。

 轢かれた直後、クリアスは運転席から降りた。

 そこで進次郎の意識は一瞬途絶えたが、どこかのタイミングで……恐らくは救急車の中で“魂”を抜き取り、どこかのタイミングで<イントルーダー>の力を移譲したのだろう。

 恐らくクリアスはその時、二つの世界を往来できるクリスティーナによって、一時的に“実体を持つ魂”となっていた――進次郎はそう確信した。


(帰りたければ、そこで仕事して路銀を稼げ。

 人のためになることを、人に役立つことをした報酬が“シール”……。

 それを集める手っ取り早い方法が、交通問題を抱えた国に設ける【道路標示(ロードマーキング)】だったってことか……)


 進次郎は思わず『くそったれ』と叫びそうになったが、そのおかげで運命の女性とも言える者に出会えたのだ。

 釈然としないが、ペイでいいかと納得させる。


 進次郎はひたすら歩き続けていた。

 クレアの“花の香”が強くなるにつれて、一枚……また一枚……と落ちてゆくペースが早まってゆく。

 “元の世界”に戻ってからが本当の勝負である。

 共に歩む者がいれば尚更だろう。これまでのようなイージーな暮らしは“一炊の夢”とし、己の道を切り拓かねばならないのだ。

 そう思うと、途端に進次郎の気持ちが重くなった。


(自信がついた、って言うとなんかアレだが……やれそうな気がするな)


 しかし、鬱々とした気持ちも一瞬のうちに払拭した。

 進次郎は胸ポケットから、クレアが返した指輪を取り出す。

 渡すべき者の強い責任感に、無意識のうちに感化されていたようだ。

 今度は自分がクレアを守る番だ――進次郎は、それをぎゅっと握り締める。

 己には“仕事”がある。下を向いていた顔を前に向けた時、一筋の光明が見えた。


「あれは……出口か!?」


 進次郎は、初めてリーランドの城門を見た時を思い出していた。

 ワンコの馬車から覗くそれは豆粒ぐらいであった。その時と同じで、距離に対してその大きさを考えると、計算間違いかと思えるほどの大きさとなっている。

 どんどんと大きくなってゆくそれは、“時の扉”と同じほどの大きさまで膨れ上がってきた。


「何が通るのを目的とした扉だ……ってか、何だこれ?」


 進次郎は“時の扉”の真下――灰色の真っ平らな地面に、白い何かが描かれていることに気づいた。


「梯子……?」


 左右に三十センチほどの直線を引き、そこに横線が数本引かれている。

 扉の脇には、見覚えのある白いペンキ缶とハケが置かれていた。


「これはクレアの所にあった――って、もしかしてこれ【横断歩道】のつもりか!?」


 正確に長さを計ったものではなく、フリーハンドで描いた落書きに近い。

 どうして彼女はこんな場所に、こんなものを描いたのか?


(確かに、クレアは妙に【横断歩道】が好きだったけど……。

 わざわざ描かなくても、この先いくらでも……――ん?)


 進次郎はどうしてクレアが【横断歩道】が好きだったのか、その理由が頭をよぎった。


 ――きっかけとなった場所


 彼女と初めて仕事をした時の作品、結ばれた夜の待ち合わせ場所だ。

 しかし、進次郎に仕事をさせるきっかけとなったのは、彼女がその【道路標示】の“意味”を知った時、セイズ村で一緒に看板を作っていた時である。


「ああ、そうか……」


 その時、看板に描かれた【横断歩道】を渡り、進次郎の下にやって来たのだ。


 ――これがあれば、例えばこうやってアンタのいる向こう側に


 進次郎はそこでやっと分かった。


「その時から、アイツは俺の心に渡っていたんだ――」

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ