表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
81/91

第2話 計画と決行

 セイズ村が占領されたとの報せは、直ちに女王・クリアスにも届けられていた。

 王都にとっては何のダメージもない場所と言えど、領内の村を奪うと言うことは、立派な宣戦布告だ。

 “中流区”や“上流区”の者は我が事のように畏れ、慌てふためいたものの『【セイズ村】とはどこにあるのだ?』と問われると、互いに首を傾げ合う。


 どうしてそんな辺境の村を取ったのか?

 東に位置するゲブゼリアのドワーフ軍が(はや)ったこともあるが、まずは大公領が動いたことを報せる要因が強い。

 これに王都側は『西に位置するラウェアの大公軍は、一度南下し、北上するゲブゼリア軍と合流してから真っ直ぐに向かってくる』と予想している。

 加えて、ドワーフのやり口を知っている者は『<巨神兵>を動かしてでもゲブゼリアを排除せねば、周囲の村々が恐怖に怯える日々を送る』と、連日の軍議の中で強く唱え続けた。

 事実、誰もがそれを期待していた。特に新・女王派の者たちは『小さな村一つの犠牲で、女王の姿勢を国民アピールできる』と目論んでいるのだ。

 だが、彼女は皆の思っている逆の手段を取る――。


「――城はどうして何もしないんだいっ!!

 頭の良い連中が、会議室で話をしているだけで何が動くってんだよっ!!」

「く、クレアさんっ! お、おお、落ち着いてくださいっ!」


 国が動かないことにイラ立ち、募り募ったクレアの怒りが遂に爆発した。

 占領されたとの報せが来てから四日、彼らは一向に動く気配を見せない。

 それもそうである。最終決定を下す女王・クリアスが一向に首を縦に振らないのだ。

 肩を怒らせながら、力任せに己の執務室の扉を開いた。


 ――やはり“世界”を知らぬ小娘か


 陰でそう囁かれているのを耳にし、思わず目くじらを立てたが、今では声を大にして彼女を罵ってやりたい気持ちで一杯だった。

 そこにイヴとワンコが向かったと聞いたことで、更に強い焦りを抱いてしまっている。

 ゲブゼリアが敵に就くことの最大の問題が、彼らが技術集団のドワーフと言うことにある。


(イヴ……アンタ、大丈夫かい……?)


 同郷の者なら、酷いことにはならないだろう。

 昨晩、進次郎と“夢の中”で会った時『イヴなら軍隊そのものを乗っ取るさ』と冗談めかして言っていた。

 何を悠長な……と思ったものの、確かに彼女であればやれそうだと思うと、心のわだかまりが流れてゆく気がしている。


(そいや、シンジが変なこと言ってたね……えぇっと……“魂”の餌だっけ?)


 クレアは思い出すようにして、己の下腹部を撫でた。

 “夢の中”で進次郎に撫でられた時は、心の底から嬉しくなり、思い出すだけでもじんわりと身体の底から温かい物が感じられてくる。


 ――俺が生きるための、“蜂パン”の材料となる物が溜まっている


 クリアスの言葉で、“ある仮説”が浮かび上がったようだ。

 だがそれよりも、その後に続いた言葉が彼女の心を強く動かした。


 ――会って、ちゃんと伝えたいことがある


 進次郎の表情は真剣なものだった。この後すぐに目が覚めたが、彼女は熱でも出たのかと思えるほど顔を赤くしていた。

 良い夢ほど、きめの細かい砂のように指の間からするりとこぼれてゆく。

 しかし、この時の気持ちだけは、言葉、仕草だけは絶対に離すまいと強く握り締めた。


「――――~~~~ッ!!」


 期待のあまり、身体をくねらせ、地団駄を踏んでしまう。

 会える日はいつか、もしも戦争のせいで会えぬのならば、前線に立って大公をぶん殴りに行ける気さえする。

 だが、あまりに自分の世界に入りすぎていて、何度も部屋をノックされていることに気づいていなかった――。


「あの……強いお薬でも飲まれたのですか……?」

「ハッ!? いい、いいや、な、何でもない、何でもないっ!!

 ど、どうしたんだい、いったい、サインが必要かいっ!?」

「い、いや……女王陛下が、皆を招集するように、と……」

「へ……女王陛下が……?」


 あまりの出来事に、クレアは『そんなことしてる場合なのか』と口にしてしまった。

 その入口に、彼女が来ていたことも知らずに――。



 ◆ ◆ ◆



 “女の園”で重大発表が行われてから二時間後――。

 進次郎はイヴが作成した“指輪”を手のひらで転がしていた。

 後戻りできない言葉を言った、もう後は実際に面と向かって()()()()だけである。


『落として傷なんてつけるんじゃないよ』

「あ、ああ……」


 進次郎は、クレアの母・ケリィの言葉にそそくさと台座にそれを戻した。

 白金の輪の頂きには、二ミリほどのダイアモンドがキラキラと輝いている。

 それも、ただの白金の指輪ではない。細かな“葉”のレリーフが刻まれ、その頂きに“ダイアモンドの花”が咲く――との作品となっている。

 イヴに会ってからずいぶんとドワーフへの印象が変わったが、『装飾品や彫金を行わせれば右に出る者はいない』との印象はそのままであったようだ。


(花……か……)


 似つかわしいが、ずいぶんと縁のある言葉であった。

 “花摘み祭り”がきっかけで知り合い、初めて結ばれた日は彼女が“花”となった。

 そして、“真実”が分かった――《クレア》と言う花がなければ、|《進次郎》と言うミツバチは生きてはいけないのだ、と。


(クレアが“花粉・花蜜”を作り、俺がそれを集め、“別の場所”にやる――。

 そこで、熟成した“花粉・花蜜”が、俺の食糧でもある“蜂パン”となっている――。

 また、クレアもそれを()み、己の生成を促進させる――。

 つまり、“感情の暴走”が起こるのは、蜜の採取・収集の促進と、呼応だった――)


 クリスティーナの言葉、クリアスの言葉を併せれば、どうして自身に<巨神兵>に“罰”となるカードを与えられたのかも分かった。


(あいつら<イントルーダー>は、俺のいた国……“日本”に行こうとしてたんだ。

 俺はそこから来た。どうやって来たかは分からないが、来られたなら帰ることもできる。

 ……だけど、何らかの手違いが起り、その案内役・随伴者がクレアに変わってしまった……)


 クリアスと共に《ケンタウロス》の討伐に行った際、彼女も自身の“欲求”に触れ、“感情の暴走”を起こしてしまったと考えられる。

 そして、そこに混じった別の“花の香”をクレアが察知し、嫉妬がより強い“香り”を出すようになった、と――。

 だから、彼女たちはそのまま決行した。クリアスがクレアと進次郎を引き放したのは、互いに“飢え”を与えることである。

 結果として、“女の園”に潜入した際、その“飢え”が互いの成長を促進しあった。


(加圧トレーニングみたいなもの、か?)


 血流を制限した状態で行うトレーニングであり、酸素不足にすることで成長ホルモンの分泌を促進させ、それが体脂肪などを燃焼させる効果を得る方法である。

 帰るための必要なエネルギーを蓄える必要があるのか、今はその“最終段階”にやって来ていると、進次郎は感じていた。

 しかし、それがあまりにも酷なもの……クレアの両親の色・形がハッキリと分かり始めようかとしているのだ。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ