第10話 大公、立つ
その翌朝、
――シルヴィア・ド・コーカス様と思われる者、ラガン邸地下にて焼死
この報に、エミリオは人目もはばからず大声で泣き崩れた。
ラガンの首をハネ落とすと叫んだが、彼はその夜は邸宅を空けていたため、死罪までの責は問えぬと周りに諌められてしまう。
もし居たとしても、適当な理由をつけては免れていただろう。
当のラガンも激昂し、昨夜警護にあたっていた全員を罰した。
それは、シルヴィアを失ったからでも、子を失ったからでもない。
女王への“凶刃”となるはずであった、<イントルーダーの日記>を焼失させてしまったからである。
そこに記されていた【女王の不義】――不確定ではあるが、女王・アリスは教会の焼失事件への疑惑が持たれ、『女王が<イントルーダー>を口封じした』との過去の疑念を蒸し返すことができるのだ。
現にそれで一度政権を失っている。再び沸きあがったそれに不信感を与え、『任命権を放棄するべきだ』との世論の声を熾す――既に“五老”の半数を掌握しているため、不義の子の疑惑を持つアリスの娘・クリアスが選ばれずとも、国民の不信感がそれを認めざるを得ない状況を作り上げる算段であった。
(シルヴィア……君は、初めからこのつもりで……)
エミリオは涙で真っ赤にした眼をギロりと周囲に向けた。
初めて見る“大公の眼”に、周囲の臣下たちは思わず平伏してしまうほどの念を抱く。
その胸の中では、己に咎が来ぬための言い訳の言葉しか考えていない。
「この大公・エミリオが宣言する!
今をもって王都との条約を全て破棄し、これより王都と戦争状態に入る――ッ!
剣を持ち、盾を持ち、具足を纏え! 敵は西、リーランドの王都のみ!
我らの悲願を叶えよ!」
皆が唖然として立ち尽くしていたが、わずかな間を置いて大きな歓声が沸き起こった。
――大公、立つ
この報せは大公領中に広まり、各地で旗が掲げ始められたそれに王都が気づくのは、まだ先のことであった――。
※短いですが、前の回の続きでやると……となったので分けました




