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第8話 クリスティーナ

 その頃、進次郎たちが留守番している事務所では――。


「う、むぅ……」


 クレアが言った通り、書類棚の中には<クリスティーナの似顔絵>が入っていた。

 それは一枚ではない。いったい何に使おうかと思ったのか、失敗作を含めて五枚――それも、怨念と殺意が籠るバツ印が走っている。

 もしこの被写体と鉢合わせしていたらどうなっていたか……ひしひしと伝わる彼女の“想い”は、浮ついた気持ちを引き締め直すのに十分であった。

 そこに、しばらく出かけていたイヴが帰ってきたのだが、進次郎が手にしている絵を覗き込むなり、彼女もすぐに表情を険しいものに変えた。


「むー……やはり、ロクでもないことを計画しておると思っておったが……」


 “夢の中”で聞いたクレアの話を聞くと、イヴは更に目を座らせ唸るような声で呟いた。


「もしかして、犯人を知っているのか?」

「もしかするも何も、その送り主・犯人はアタシのトーちゃんじゃ……。

 申し訳ない、娘として深くお詫びする……」

「い、いや、誤解も解けたからいいんだけど……でも、絵だけで分かるのか?」

「うむ。クレアの絵はまぁ……トレースで“独特な味”が出せるのも才能じゃと思うが、先日からわんわん族のお巡りさんに色々聞かされておったしの。

 特に、この目元のタッチからして、トーちゃんと見て間違いないじゃろう」


 ここ最近出かけていたのは、父親の一件で少し調べたいことがあったと明かす。

 何かしらのアクションを起こすだろうと思って、彼女もあちこちの痕跡を辿っていたが、もう既に起こし終えた後であったようだ。

 イヴはそれと分かるや、悔しそうに事務所の床を踏みつけた。


「トーちゃんはクレアではなく、この女にターゲットを切り替えたようじゃ。

 まったく! いい加減にせぬと、マジでちょん切る方も考えねばならんのじゃ!」

「ターゲットをって、く、クリスティーナにかっ!?」

「ふむ。この娘はクリスティーナと言うのか……なるほど。

 トーちゃんは地下水路を利用し、あちこちに出没しては、この女の残り香を追い、逃亡を繰り返してしておるようじゃ」

「なんて変態(ストーカー)だ……娘の顔が見てみたい」

「お主はそんなにアタシにシバかれたいか? んん?」


 イヴの顔はニコやかだが、目は笑っていなかった。


「まぁ、それはいいが――お主、この女と話す時、いつもどこで話しておった?」

「へ?」


 クレアも似たようなことを言っていた、と進次郎は眉を寄せた。

 嘘を言う必要もないので『“自由市場”の路地に差し掛かる、小物屋の側だ』と話した途端、イヴは下唇を出しながら腕を組み、ブツブツと何かを考え込み始めた。


「うぅむ。とすると……いや、まさかのう……。

 じゃが、トーちゃんだけが見えたのならそれで合点が行く……」

「クリスティーナに、な、何かあるのか?」

「親の恥は子の恥、子の恥は親の恥。

 恥の上塗りを防ぐため、アタシもその者を探しておった。

 ……のじゃが、手がかりがまったく無く、とん挫した――その理由が分かるか?」

「いや……“反女王派”の可能性があって、神出鬼没ってだけか?」

「そこなのじゃ。この娘の情報がまったくない。

 よく見ているはずの小物屋の親父ですら、それを知らんと言う。

 そこに加えて、お主はずっと一人じゃった――と言う。

 しかも、“反女王派”なぞもう存在せぬ……奴らは王女の飼い犬になっておるしの」


 イヴは『実体のないものを追い続けていた』と続ける。

 クレアも『進次郎が一人でいた』と話したところからして、それは嘘ではないだろう。

 その共通する言葉に、“ある可能性”が浮かぶが、同時に別の疑問も浮かぶ。


 ――なら、イヴの父親はどうして気づいたのか?


 進次郎の疑問に気づいたイヴは、どこか言いにくそうに口を開いた。


「実は……恥ずかしながら、トーちゃんは元・神官……司祭なのじゃ……」

「な、何だとぉっ!? あ、あのスケベ親父がかっ!?」

「ドワーフは信仰深くっての。ツルハシが経典に持ち替える者も少なくないのじゃ。

 トーちゃんもその一人。しかし、祈りに来たカーちゃんにベタ惚れして『女神に悪魔が憑いている』って言って、経典を投げ捨てて寝込みを襲ったのじゃ……」

「どっちが悪魔だ――。ってことは、もしかして“見えないモノが見え”ちゃう系?」

「手がかりは無かったが、アタシは何も掴めなかったわけではない。

 “反女王派”が生まれる原因となった【焼け落ちた教会】――そこで死んだと言われるシスターの名、それがお主が先に述べた〔クリスティーナ〕と言うのじゃ」

「な、何だって……っ!?」

「幼い頃、トーちゃんから『死した者の“思念”だけがこの世に留まり、徘徊する場合がある』と教えられた。

 ある程度の意思を持つが、その者が持つ世界は“死んだ日”で止まったままだ、と。

 お主は恐らく、その女の“思念体(ゴースト)”と会っておったのじゃ」


 敬虔な信徒であれば、その名をつける者も多い。

 しかし、これまでの情報を一まとめにすれば、行き着く可能性は――とイヴは話す。

 進次郎は息をするのも忘れ、言葉を失ったまま茫然と立ち尽くしてしまっている。

 耳に、ざわざわと風の音が飛び込んできた。

 確かに思い当たるフシは多い。雪の様に白い肌、冷たい手……言われてみれば生気が感じられるものではなく、晴れているのに曇りと言ったり、言動にもおかしな部分が多く見受けられた。

 そんな進次郎をよそに、イヴはすっと事務所の入り口を見やった。


「こんなクソ暑い、真昼間からゴーストがうろうろしておるとはのう」

「じゃ、じゃあクリスティーナは、何らの目的があってウロついて――」

「どうしたのじゃ?」


 イヴは心配そうな目を進次郎に向けた。

 進次郎はイヴと同じ方向を見ていたのだが、彼女はそれに気づいていなかった。


『――貴方の考えている通りです。進次郎さん』


 黒い修道服を着たシスター・クリスティーナが、事務所の玄関に足を踏み入れたことに――。


「いるのかっ? ここに女狐がいるのか!?」

『むぅー……この子は失礼ですっ! “まだ”何もしていないって言うのに!』

「まだって言うな、まだって……。

 と、と言うか、クリスティーナって、ほ、本当に幽霊なの……!?」

「ええ、そうですよ」


 クリスティーナはずいぶんと軽く、あっけらかんとして答えた。

 これまでと同じく、幽霊と言われても実感がなく、おどろおどろしさがまるで感じられない。むしろ、イヴの頭を撫でる姿は普通の少女そのものである。


「どこじゃっ、どこにいるっ! アタシも見たいっ、見たいっ!」

「見たい、って言われてもな……その正面で、イヴの頭をナデナデしているとしか……」

「すぐに止めさせるのじゃっ!」


 クリスティーナはころころと笑い、今度はポンポンとイヴの頭を叩き始めた。

 見えないのをいいことに、このようなことをしていたのか? と進次郎は思っていると、


『いいえ、自由に動けるのは限られた時間――いわゆるオートパイロットか、マニュアルモードのような物があるのです』

「幽霊って自動操縦とかあんの!?」

『まぁそれに関しては、色々と事情があるのですが……私の本来の魂は、もう既に別の所にあるのです。

 今の私は、この世界の“クリスティーナ”の意思とリンクし、操作しているだけに過ぎません』

「意思……?」

『はい。生前の――<イントルーダー>としての無念が、ここに残ってしまったのです』

「何だって!?」


 見えぬイヴは何が起こっているか分かっておらず、そこにいるであろうクリスティーナと進次郎を交互に見やるしかできない。

 だがそれは、進次郎であっても困難になり始めていた。

 リンクできる時間がなくなってきたのだろうか。“クリスティーナ”の身体が揺らぎ始め、肌に落ちた雪のように、スゥッ……と消えようかとしていたのだ。


『進次郎さん、お願いです! 私がここに遺した日記を見つけてください!

 そこに、<イントルーダー>であった、私の言葉が記されています。

 それは女王の鎖を解くための鍵……彼女に“真実”を伝え、解放してあげて下さい!』

「に、日記に女王っ!? そ、それはどこに――」

「焼け落ちた……教会の、子供たち……大好きな――」


 クリスティーナの口が『遊び』と動いたのを最後に、彼女の身体は完全に見えなくなってしまっていた。

 そこに残された進次郎とイヴはしばらく、ぼうっと事務所から覗く外の景色を眺め続けるしかできない。

 彼女は<イントルーダー>として何かを書き遺し、それを女王に伝えようとしていた――進次郎は彼女の言葉を何度も反芻し、忘れぬよう心に深く刻みつけた。

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