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第6話 ストリート・スイーパー

「<ガーディアン・フォース>――ッ」


 ズンッ……と地鳴りと共に土埃をまき起こす、丸みを帯びた金属のボディ。

 真上から降ってきた一体の()()()に、マファルはそう叫んだ。

 後ろにいる馬たちもまた脚を止め、あがる息を忘れ、茫然とそれを見上げている。

 遅れてもう一体――半数まで減った馬の後ろに、回り込むようにして降り立った。

 角ばった身体の<巨神兵>の手には、巨大なメイスが握られている。


 ――全員、ぶちのめす


 捕らえる時などに発光するのだろう。

 赤く光る彼らの目は、恐ろしいほどにそう語っていた。

 二歩、三歩後ずさりする者たちの中、一人だけは涼しげな表情を崩さない。


「あらあら、〔セルクル〕だけかと思えば〔クアドラング〕もやって来たのですね」

「せ、セル――?」

「正面の丸い身体がセルクル、後ろの角ばった身体がクアドラングです。

 二人とも最近退屈してましたので、はりきっているようですわ」


 そうだと言わんばかりに、丸い金属体・セルクルは人差し指をクリアスに向けた。

 中身は軽いお調子者のようであるが、その仕草にはどこか不満気な感情が窺える。


「最近忙しくて、あまり足を運べていませんものね……。

 ところで、例の物は手に入りましたか?」


 クリアスの言葉に、セルクルは腕を組んで大きく頷いて見せた。


「ふふっ、いつも仕事が早くて助かりますわ。

 ――さて、ブライアン。彼らは我々を捕まえる気ですが、逃れられる自信はございますこと?」

「……こればかりは、分かりません。ですが、女王の期待に応えてみせましょう」


 毅然とした二人の会話に、マファルは驚愕の声をあげた。


「つ、捕まえるって、い、いったいどう言うことだッ!

 我々は<ガーディアン・フォース>のルールに反しないはずだぞッ!」


 クリアスはそれに肩をすくめ、横目で冷酷な眼差しを向けた。


「この国の“ルール”に反する、反しないの判断は、貴方がたが決めることではありませんの」

「なッ……ま、まさかこのアマッ、俺たちをハメやがったなッッ!!」


 マファルの言葉に、他の《ケンタウロス》たちにも動揺が走った。

 自分たちは捕えられないと思っていたが、そうではない……国はあえて泳がせていたのだ、と。

 クリアスはそれに勝ち誇ったように、口元に小さく笑みを浮かべた。


「国の者として至極当然のことをしたまで、でしてよ。

 それに、貴方がたのためでもある――あのまま、この先もずっと、群れの中で好き勝手できていたとお思いで?」

「ぐっ……」


 マファルは言葉に詰まった。

 このままでは、群れから追い出され、野盗になるような末路しかない――。

 それは、若い《ケンタウロス》全員に共通する、漠然とした“不安”でもあった。

 戦うことを忘れた者は、この先もずっと退屈な遊牧生活をし続けねばならないのか、畑を耕し、その日暮らしの生活を死ぬまで続けるのか――若く、“外の世界”を知りたい・飛び出したい世代にとって、それは耐え難い“現実と未来”だった。

 だから逃げた。彼らは“若さ”と言う、あふれだすバイタリティのままに、野を駆け回った。

 しかし行き過ぎた……その報いが今、目の前にそびえ立っている。


『おい、マファル――お前、逃げ切れるか?』


 もう終わりか、と地に膝をつけそうになった時、耳元で進次郎がささやいた。


『あ?』

『俺もある意味では、あの女にハメられた側だ。

 あいつは何でも思い通りになる、それはもう高い高い自信を持っている。

 あいつの考えは、自らも捕まること――俺たちだけ<巨神兵>から逃げ切り、あいつの鼻っ柱へし折ってみないか?』

『む……』


 悪魔のささやきだった。彼女が捕まると言うことは、すなわちブライアンも捕まる。

 ここで自分一人が逃げ切れれば、彼より上回る部分があると証明できるかもしれない――彼のライバル意識が、それを大きくくすぐった。


『あの図体だ、できないことも無さそうだ……』


 マファルはそう呟くと、<巨神兵>・セルクルの股下をじっと見つめた。

 ダートなら自信がある――と、彼はぐっと握りこぶしを作り、カッカッと右前脚で土の地面を蹴った。土は悪くない、と頷く。

 チラりと見やったブライアンも、どうやら同じことを考えているようだ。


「……」


 微動だにしない眼前の<巨神兵>とにらみ合う。

 柔らかな微風が、彼の赤茶色の髪を撫でてゆく。噴き出した汗が、頬をつっ……とつたい、顎から落ちたそれがポタリと音を立てて地面に落ちた。


 ――きっかけは、それで良かった。



 ◆ ◆ ◆



 スタートダッシュが早かったのはマファルであった。

 一歩遅れてブライアンが駆ける。他の《ケンタウロス》も何が起こったか分からず、一瞬戸惑ったものの、すぐにその意図を理解して駆け始めた。


『うがぁっ――!?』

『うわあああああああっ!?』


 しかし、その時は既に<巨神兵>が動き出している――運の悪かった者は、悲鳴と共に吹っ飛ばされ、その先で潜んでいた《コボルド》たちの縄にかかってゆく。

 “怪我人”はいるものの、誰一人として命を落とした者はない。

 《ケンタウロス》持前の頑丈さもあるが、彼ら《コボルド》や<巨神兵>は、“生きて捕える”ことを目的としているのだ。

 そのため、角ばった身体の<巨神兵>・クアドラングが手にしているメイス自体も、見た目は物騒であるものの、触れてみるとスポンジのように柔らかく、殺傷能力は皆無なのである。


 彼のメイスの振り方は単調であり、戦いを生業としてきた彼らにとって大振りの攻撃を回避するなぞ造作もないことった。

 しかしそれは、()()()()()()()()()()()であれば――だが。

 顔や腕に火傷跡が残る《ケンタウロス》は、クアドラングが振り抜いたメイスを掻い潜り、したり顔で駆け抜けようとした。


『よっ……へへっ、正面のデカブツは後ろを向いてるから――って何ィィィッ!?』


 だが……テイクバックする時間がなかったはずであるのに、メイスの先端が真横から飛んできたのである。

 当人の馬鹿力があるため、それに触れれば思い切り吹き飛ばされてしまう。

 ()()()()()()()()()()()()ということは、宙を舞った時に分かったようだ――。


 ジャララッと柄の中にチェーンを巻き取り、元の形のメイスに戻したそれを背に戻し、クアドラングは道の向こうを望んだ。

 彼の前を走る者は、ズンッズンッと先を駆ける相棒のセルクルだけだ。

 遠のいてゆく相棒を追いたいが、相棒や他の仲間のように動き回ることは好きではない。

 僅かに思案した後、バケツを返したような重厚な頭を天に向け、赤い目をチカチカと点滅させた。



 ◆ ◆ ◆



 ブライアンとマファル、そしてその後ろを追う三十名余りの仲間――。

 出発時から十分の一まで減った彼らの表情には、馬鹿みたいにヘラヘラと笑う者はもう誰一人としていなかった。

 極力走ることに集中できるよう、手にしていたラッパや太鼓、装飾品なども全て投げ捨てている。

 想像していた通り<巨神兵>の足は遅く、走ることに集中した《ケンタウロス》からどんどん距離を離されてゆく。


「あらあら、あまりやる気になってないようですわね――」


 アップダウンの激しい道で、下り坂になるとついに頭先しか見えなくなった<巨神兵>を見やりながら、クリアスは深々とため息を吐いた。

 さすがに少しは疲れてきたようで、その涼しげな顔にも若干の疲れが窺える。


「ま、もうすぐ本気出すでしょう」

「あれでまだ本気じゃないってのか!?」


 生きるか死ぬか。《ケンタウロス》たちは一か八かの勝負出ているため、それに乗る進次郎は顔を引きつらせっぱなしであった。

 距離は離されてゆくが、決して<巨神兵>自体が遅いわけではない。本気になった《ケンタウロス》が速いだけであり、彼らの脚はゆうに時速六十キロは出ているのだ。

 アップダウンの道は落ち着きを見せ、なだらかな下り坂が続くと、更に速度が上がってゆく。


(何かあってクラッシュしたら、トマトどころでは……ん?)


 その時、進次郎はあぜ道の向こう、一キロほど先に何かがあることに気づいた。

 これまで見慣れていた物であるため、特に気にもしていなかったのだが、


(なんであんな所に【ダイアマーク】と……【横断歩道】があるんだ?)


 五百メートルほど手前に来て、やっとこの非日常的な乗り物と環境を思い出し、思わず首を傾げてしまう。

 こんな平原のど真ん中に【横断歩道】など設ける必要などないはずである。

 にも関わらず、そこに設け横断しようとする《コボルド》がいるのだ。

 高速で走る《ケンタウロス》は減速ができず、当然、今から急ブレーキなどかけられるはずもない。


「あれってもしかして、ワンコ……なのか?

 ワンコッ!! タラタラ歩いてないでさっさと渡れッ!!」


 進次郎は叫んだ。しかし、耳が良いはずのワンコは歩道のど真ん中で『聞えない』と言った様子で、耳に手を添えた。


「どかなきゃ轢くぞッ、クソ犬ッ!!」

「轢く――」


 瞬発力のある彼なら、直前でも避けられるだろう。

 その時、進次郎は最悪の結末が頭をよぎった。


「まさか……ダメだッ!? 止まれッ、マファル止まれぇぇぇぇぇ!?」

「今更、止められるかよッ!!」

「ダメッ!? この女の策に乗っちゃだめぇぇぇぇ!?」


 約二メートル、といった場所であった。

 ワンコは『キャインッ!!』と高い鳴き声をあげながら大きく飛びのき、道脇に転がったのである。


「……何だァ?」

「あ、あ、あ、あ、あい、あいつ……!」


 ワンコは何ともぶつかっていない。

 にも関わらず、彼は脇道で『キャイン、キャイン』とのたうっている。


「あ、“当たり屋”やりやがったな――ッ!?」


 その白々しい“演技”に、進次郎は口をパクパクと動かすしかなかった。


「あらあらー、轢いてしまいましたわね。

 しかも、そのまま逃げる……これは<巨神兵>が激怒間違いなしです」

「轢いてねぇよッ! あのクソ犬が勝手に吹っ飛んだんだろッ!」

「違うっ!? あれは、そう言う手口なんだっ!

 ぶつかったフリをして、保険金や治療費をまきあげる悪質な犯罪――って、<巨神兵>が来たァァァァッ!?」

「何ィッ!?」


 とんでもない速度で<巨神兵>・セルクルが走ってきており、かなり開いていた距離がどんどん詰まって行くのである。

 表情の変化は分からないが、軽やかな足取りから嬉々としていることが分かる。


「こ、国家権力が冤罪で逮捕するのはマズいだろッ!?」

「国家権力ではなく、彼らは元々神や天使の遣いですわ」

「なおのこと性質が悪いわッ!?」


 しかし、全力で走ればまだ《ケンタウロス》の方が早いようだ。


「……へッ、本気で走っても大したことはねぇなッ!

 はぁっ、クソッ、これで逃げ切れたら、本気でタバコ止めるぜ……」

「いや……アイツが遅いんじゃない……」


 再び距離が離れてゆくのだが、<巨神兵>が明らかに走る速度を制限している。

 疲れを知らぬであろう“生命体”と、それを知る“生命”とでは、()()()()()()()()()()のだ。

 いったい何をするつもりなのか。

 進次郎は疑問に思うも、見えなくなってしまっているため確認ができない。


(もしかしたら、また空からやってくるつもりなのか?)


 そう思い、大きな入道雲がかかるリーランド方面の空を見上げると――。

 後ろの方から、高い長い音が一定間隔で鳴り響いてきた。


「まぁ、大変っ!」

「こ、今度は何だァ? えらくかん高い音だが、<パルカ鳥>……でもねぇな」

「まさか……この高くなってゆく音って、ドップラー効果のアレじゃ……」


 進次郎は、背中に冷たい物を感じながら後ろを振り返ればそこに、ウーウーとサイレン音を鳴らす、四輪の輪がついた函体――


「あいつら何でもアリか!?」


<巨神兵>サイズのパトカーが、後ろから猛追してきたのである。

 サイレン音から海外の物のようだ。その証拠に、左座席に座るクアドラングがハンドルを握っている。

 そして、それに飛び乗ったセルクルは助手席の窓から身を乗出し、窓側に腰をかけている。


「神様の遣いが、パトカー箱乗りしてるんじゃねぇよッ!?」


 煽るように《ケンタウロス》の後ろにピタリと張り付き、セルクルは左腕を突き上げている。

 進次郎には、どちらが“暴走族”か分からなくなっていた。

 悠長にも『海外仕様なら強引な止め方もするだろう』と考えていたが、そのようなことをする気配が感じられず、ただ流れゆく世界を横に見るだけである。

 しかし、何かの物音がし、今一度振り返ると――


「増えてるッ!?」

「あら? 〔トリアングル〕と〔グット〕まで来ていたのですね」


 後部座席にもう二体追加されていたのだ。


「何体いるんだあいつら……!」

「<フォース>との通り、全部で四体ですわ――。

 左後ろにいる鳥みたいなフォルムをしているのが、トリアングル。

 右後ろにいるダイバーみたいなフォルムをしているのが、グット。です」

「空と海仕様か……?

 水関係の機体は影の薄いのが鉄板だが、あれもそうなのか?」

「……それは禁句ですよ」


 進次郎の言葉が聞こえたのか、グットはずんと落ち込んだ様子を見せた。

 図体はデカいが、中々デリケートな連中なのだろう。


「王都が見えて来たぞッ!」


 マファルのその言葉に、進次郎はハッとした表情を浮かべた。

 鼻つまみものとなっている《ケンタウロス》を捕えるにしても、それを秘密裏で捕まえては効果が薄い。自分たちで自慢しては『アピールだ』と言う者もいるだろう。

 だが、自ら身体を張り、人前で捕える姿を見せれば――


(この女、まさか……ッ!?)


 クリアスを見やった時、後ろの<巨神兵>の方からガチャリ……ッと、物騒な音が聞こえ、おそるおそる振り返るとそこには、


「そういうの止めようよ……」


 セルクルの手には、円柱の缶が取り付けられた銃を手にしていたのである。


「まぁっ、あれは初めてみる武器ですわっ! 進次郎さん、あれは何ですの?」

「多分、<Striker(ストライカー) 12>がモデルのショットガン……」

「すと……?」


 進次郎はそれを知っていたが、もう一度その武器……暴徒鎮圧用としても使用されている、散弾銃の名前を口にする気にはなれなかった。


「別名――“ストリート・スィー(ごみ掃除)パー”――」


 進次郎が言い終わるや、セルクルの持つ散弾銃の銃口が光った。

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