第4話 嵐の前の静けさ
三十分ほどして――頑丈な赤茶色の革鎧を纏った進次郎は、緊張の面持ちで空と平原の境目をじっと見つめていた。
初めての鎧にテンションが上がったのは一瞬。それは想像していたよりも重かった。
幾多もの皮を重ね合わせた頑丈な鎧、各所には鋲のような物を打ち込んである。軽くジャンプしただけでも、ずん……と重い衝撃が上半身を襲う。
それは重いだけではない。胸から腰にかけての可動域もまったく無く、動きづらい。
(アメフトのプロテクターと、剣道の胴丸を同時に装備してるようなものか……?)
無論、どちらも着たことが無い進次郎だが、それぐらいに身動きが取りづらい。
ガヤガヤと賑やかにしている半獣半人たちは、それよりも更に厚く重い金属鎧を纏い、軽々と扱っている。
それに進次郎は『さすがは武の者か』と、感心したように何度も頷いた。
「――あら、なかなかサマになっておりますわね」
進次郎の後ろから、クリアスがやって来た。
濃紫のドレスの上に灰色の革鎧。暗色のそれはキラキラと金糸のような細く柔らかな長い髪をいっそう引き立たせる。そんな彼女に、《ケンタウロス》たちは色めき立った。
女性用の鎧なのだろう。進次郎のに比べると重ねあわされた革は幾枚か少なく、軽そうだ。胸部はゆったりとした膨らみを持たせてあり、胸部や腰回りには金属板が貼り付けられている。
軽装に見えても、進次郎の物よりはるかに頑丈そうであった。
「本当に大丈夫なのでしょうか……?」
進次郎は力ない声で、クリアスに尋ねた。
「大丈夫ですわ。出たらすぐに《コボルド》のテリトリーを思いっきり侵すので、いきり立った彼らの猛追さえ振り切れれば」
「もうそれ全部じゃん……」
全てが危険だった。警察業務のような役を担う《コボルド》族と、今や暴走族と化した《ケンタウロス》族――それらがぶつかれば、どうなるか火を見るより明らかである。
しかも、それを振り切ると今度は<巨神兵>が待ち構える。
どうやっても負けイベントか……と、進次郎はがくりと肩を落とした。
「わたくしは〔ブライアン〕に乗りますので、貴方はそこの茶髪の〔マファル〕に乗って下さいな」
ブライアンと呼ばれ指差したのは、先ほどの短髪の“リーダー”であった。
うねる文様が特徴てきな漆黒の胴鎧に、飾り気のない同色の兜を小脇に抱え、馬の背の部分には馬具が取り付けられている。
クリアスの視線に気づくや、ブライアンはスッと頭を下げた。
片や、マファルと呼ばれた方は赤茶色のボサボサ髪をしている。
金色の重厚な金属鎧を纏い、ダルそうに煙草を吹かしながら進次郎の方を見下ろす。
その馬の背に馬具はなく、代わりに座布団が紐でくくりつけてあった。
「格差、酷過ぎやしませんかね?」
「あれがせめてもの譲歩らしいですわ。
では、時間が惜しいので参りましょう――」
クリアスは腰を下げたブライアンの方に歩み寄り、慣れた様子でさっと馬具をまたいだ。
当然、進次郎の方は容易くいかない。むしろ跨がせないように揺り動かされ、その上に跨るだけで五分以上かかるほどであった。
「大丈夫ですか、ブライアン」
「気遣いは結構です。女王クリアス」
ブライアンの声音には、先ほどのような刺々しさはない。
その仕草や目線などからして、普通の人間の女に対する感情以上の物があるようだ。
「――覚えとけよお前」
「知るか、クソが」
一方で、進次郎とマファルの関係は最悪だった――。
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馬の足音が、雑草生い茂る平原に響き続けていた。
小さな足音も、三百近い数になれば騒々しいまでの雑踏へ姿を変える。
集落を出た《ケンタウロス》は五十名あまり。他からも合流したため、今や三百近くまで膨れあがった。
(たった三百と思ったけど、こう見ると凄い威圧感あるな……)
騎兵の行軍であった。陽はすっかり高くまで昇り、進次郎が乗っているマファルの金色の鎧は、じっと正面を見ていられないほど、陽の光をぎらぎらと反射する。
ブライアンを除く全員が、群れの鼻つまみ者だ。
彼らはドクロや何やら文字の書かれた旗をかかげながら、馬の蹄の音、装飾品と鎧がぶつかり合う音、大きな声で話す声やそれに馬鹿笑いする者――各々が好き勝手に平原を横断している。
(彼らを取りまとめる“リーダー”が、あのブライアンか……)
クリアスを背に威風堂々と先頭を歩く姿は、明らかに周囲の者たちと違っていた。
それが面白く無いのだろう。マファルはタバコを咥えながら、忌々し気に舌打ちした。
「チッ……おもしくねぇな。
何で俺がこんなオッサンで、アイツがあんなイイ女なんだよ――」
「オッサンではない、まだ二十代だ」
「あ? 俺がそう言えばそうなんだよ、クソ」
「あのブライアンってのがお前らのリーダーだろうけど、やっぱ一番喧嘩強いのか?」
「ケッ、何がリーダーだ……ま、確かに喧嘩は強ぇがよ。百戦錬磨、未だに負けなしだ」
マファルがそう言うと、横から顔を腫らした男が口を開いた。
「マファルさんは、ブライアンに六回挑んだ強者なんだぜ!」
「黙ってろっ、クソがっ!」
「ひっ、す、すいま――あがぁぁっ!」
マファルは吸っていたタバコの火を、男の顔で強くもみ消した。
進次郎を殴打しようとした奴のようだ。顔だけでなく、その腕にも多数の火傷の跡が見受けられる。
(どこの世界でも、太鼓持ちになれぬ奴はいるってことか)
特別な同情心はなかった。
ブライアンが負け無しであれば、それに挑んだマファルは全て負けていることとなる。
周囲の様子からしてNo.1はブライアンで、マファルはNo.2――正面を歩くそれが忌々しいと思うのは当然だ、と進次郎は考えていた。
そのブライアンが突然、握りこぶしを作った右腕をさっと上げ、足を止めた。
すると、周囲の馬鹿笑いは正面から吹いてきた風と共に流れ、今はさらさらと葉擦れの音だけが響いている。
マファルが近くの者から旗を受け取ると、ゆっくりと先頭に立っているブライアンの下に歩み寄ってゆく。
「――いんのか?」
「ああ……相当な数だ。これほどの犬の群れは見たことがない。
ここから《コボルド》領を抜けるまで、最短で六キロ。
そこに到達するまで二百……いや、半分以下になっていることだろう」
マファルは呪詛を述べた。
彼らの視線の先は、なだらかな下り坂の草原が続いている。
その背丈の高い草木の茂みは、正面から吹く風のとは反対方向に揺れ動いた。
「クソッ、武器があれば叩き斬ってやんのに……。
どうしててめぇの親父は、俺たちに武器の携行を許さなかったんだ」
「女王クリアスがいるからだ。斬り合いになれば、彼女を巻き込んでしまいかねない」
「ケッ……迷惑な女だ。
戦争にでもなれば、どさくさに紛れてこの穴にブチ込んでやんのによ」
マファルはクリアスの尻に手を伸ばすも、強くパシッと叩かれてしまう。
「そのような言葉は、もう少し強くなってからお言いなさい」
「ぐっ……<ガーディアン・フォース>が居なけりゃ何もできないアマがっ……!」
「おっほほほっ! この方は、とても面白いことを仰りますわね。
その無力な女のおかげで、貴方がたが好き勝手に嘶ける。
そのことを、ゆめゆめお忘れなきよう」
進次郎の耳に、ギリッと奥歯を噛みしめる音が聞こえてきた。
事実、リーランドは<巨神兵>の存在があるから戦争が起らないのだ。
その恩恵を受け、彼ら・若き《ケンタウロス》も“自由”を満喫できていた。
一枚上手な彼女には敵わぬと、ブライアンは苦笑を浮かべてしまう。
「クソ……ッ。あんな犬どもの巣なんざ、簡単に駆け抜けてやんよ」
「マファル、俺には女王を守る義務がある。
したがって、この群れを引っ張れるのはお前だけ――ここは頼りにしているぞ」
「ん? あ、ああ……」
肩に手を置かれ、マファルは驚いたように目を見開いてしまっていた。
しかし、進次郎は気が気ではない。
「ねぇ、俺、この場に必要なの……?」
「貴方は少しお黙りになって下さいまし」
クリアスにピシャリと言い捨てられてしまい、『今なら女を殴れるかもしれない』との思いをぐっと堪えた。




