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第4話 星めぐり祭(暗雲)

『“星めぐり祭”の当日は、天上の男女が逢えぬ涙を流す夜になるかもしれない』


 と、時おり西から吹く風に、星読みたちは予想していたが、それをあざ笑うかのようにリーランド王都の上空には雲一つないカラりとした青空が広がっていた。

 王都への門から城のふもとまで――この祭りの期間だけは、外部からの商人も自由に商売が許されるため、大通りの脇道には三日三晩、さまざまな出店や人で賑わう日となっている。


 そして、クレアと進次郎には運命の日ともなる――皆が心躍らせる日であるが、事務所の中はぎこちない雰囲気に包まれた朝を迎えていた。

 クレアはまだ寝間着姿であるが、進次郎は作業服を着ており、これから作業に向かうところだった。


「こんな日に仕事を入れるとはのう……あのオッサンも何を考えておるのじゃ」

「まぁ、この日しか教会の作業が止めらないらしいからな。昼過ぎには戻るよ」

「当然じゃ。晩飯にご馳走が出る子供の気分で帰って来るのじゃ」


 そう言うと、クレアの方をチラりと見やった。


「い、イヴっ!? ま、まぁその……早く、帰って来るんだよ?」

「あ、ああ! じゃあ、行ってくる!」


 進次郎はそう言うと、事務所の入り口に置かれているペンキ缶とハケを持ち、現場・建造中の教会へと歩を向け始めた。

 昨日、ダヴィッドから『教会前に停車用スペースを設置して欲しい』と、急ぎの依頼が届けられたのである。


 こんな日に……と土木従事者の宿命を呪ったものの、ある意味では救われていた。

 道路関係の事業者は、基本的に雨が降れば休みとなる。昼は一時間キッチリ休憩、合間にコーヒー休憩を挟み、日暮れの約五時過ぎには作業を終えて帰る。

 会社の中で、延々とパソコンと睨めっこしているような環境よりホワイトではあるものの、急がねばならない現場や、特定の日でなければ作業ができない時などは、休みであっても否応なく出ねばならないのだ。

 そのため、五月から七月前後までの暇な時期以外は土曜、祝日が無い。代休はあったり、なかったり。

 家庭持ちからすれば、逆にそちらの方がありがたい人も多くおり、今の進次郎もその気持ちが理解できていた。


(事務所にいたくない、ってわけじゃないんだけど……。

 今日だけは、少し居心地が悪いからな……)


 街全体が祭りムードに盛り上がっている。

 初めてこの国に設置された横断歩道を渡り、“自由市場”に繋がる大きな橋に差し掛かった。

 人で賑わう市場は、これまでとは想像もできないほど閑散としていた。露天商のほとんどが大通りに並べられているため、そこに居るのは路地裏で店舗を構える店の者だけなのだ。


 その道中、恐る恐るいつもの場所に目を向けた。小物屋も今日ばかりは店を出しておらず、クリスティーナもそこにいなかった。

 ここに来るまでの間、進次郎はずっとクレアのことを考えていた。

 祭りまでの二日間、イヴの入れ知恵のせいか、クレアが作る料理は豚肉やチーズ、ナッツ類などの精のつくものばかり。明らかに“今日”を意識している。

 進次郎からすれば願ってもないことなのだが、その反面『これでいいのか?』と自制を求める声が響いていた。


(やっぱり、こればっかはハッキリさせなきゃならないよな――)


 建造中である教会に近づいてゆくにつれ、道はしん……とした静寂に包まれ始めてゆく。

 視線の先にある、荘厳な建造物のせいだろうか。四本の尖塔が天に向かって伸びる、巨大な三角屋根の建物――見方によっては要塞とも言えるそれに、進次郎は思わず息を呑んでしまっていた。


「これが、教会なのか……?」


 教会と聞き、イメージしていたのは、せいぜい結婚式で使われるチャペルのような建物だ。

 しかし、目の前にそびえ立っているのは、人の手でどうやって作ったのかと思えるような、“大聖堂”だったのである。

 高さは七、八階建てのビル程度の高さだが、芸術に興味のない者でも見惚れてしまいそうな彫刻が施されている。

 恐らくドワーフの意匠によるものだろう。彼らと敵対している《ケンタウロス》族を排したい、王女の思惑がここに垣間見れた気がした。


「さて……“糸打ち”はもうやっているらしいんだけど……」


 地面に目を向けた進次郎は、我が目を疑ってしまっていた。

 聞いていた話では『五台分ほどの【駐車区画】を設けるだけ』としか聞いていない。

 ――なのに、目の前に広がっているのは予定の十倍くらいの数、しかも【進行表示】の矢印から【停止線】までが描かれた、商業施設のような駐車場の“下書き”までされてあるのだ。


「全部やる、ってことはないよな……?」


 現場監督はまだ来ていないのか、と周囲を見渡すも誰もいる気配がしない。

 しばらく途方に暮れていたが『追加なら追加で監督が来た時に言ってくるだろう』と、当初の予定されていた分だけをやることにし、持って来ていたペンキ缶の蓋を開いた。

 その場所の路面は、様々な形のブロックを敷き詰めた石畳とは違い、凹凸ない真っ平らなものとなっている。


「材料も食われないだろうし、これならすぐに終わりそうだな」


 塗り始めようかと身を屈めた進次郎だったが、背後から忍び寄って来る影に気づいていなかった。



 ◆ ◆ ◆



 一方その頃、大通りを歩く小さな女の子がいた。

 この国・近郊に一体どれだけの商人がいるのか、と思えるほどの出店が軒を連ね、路肩には商人たちの馬車でごった返している。

 だが、毎年のような強引な人の横断などによる馬車の混雑・事故は殆どなく、今年はスムーズに準備が進められているようだ。

 その様子を見た褐色肌の少女・イヴは、進次郎とクレアが設けた【横断歩道】を渡ってゆく者たちを見やりながら、何度も髭をさわるかのような仕草で顎を撫でた。感心ごとやリラックスした時に行うドワーフ特有の仕草である。


(落書きにしか見えぬモノも、“作品”となれば人の足をも止める――か。

 同じ“職人”として誇り高くもあり、触発されるものがあるのう)


 警備・誘導にあたっている《コボルド》たちの指示によって、馬車が止まり、人が横断する。

 毎年、国の兵士たちは交通整備なども苦労させられてきた。が、今年は違った。

 <イントルーダー>の力のおかげか、彼らは歩行者と御者への指示を出す程度で済み、浮いた時間を出店の売り物チェックにあてやすくななるなど、非常に助けられている部分が大きいようだ。

 イヴは頷きながら歩いていると、店のチェックや兵士に指示を出すダヴィッドの存在に気が付いた。


「――ふむ、忙しくしておるようじゃの」

「む? おお、クレアのところのお嬢ちゃんか。早速下見かね」

「うむ。クレアの所にいても退屈なだけじゃしな。

 あの小娘、“本番”になればぶっ倒れそうなほど、朝からガッチガチになっておる。

 お主がシンジに仕事を与えてくれたのも、まぁ功を奏したようじゃ」

「――仕事? 私は何も頼んではおらんぞ」


 小さき者の言葉に、ダヴィッドは眉を寄せた。


「む? 昨夜、『建造中の聖堂の線引きを願いたい』ってお主の使いが来ておったではないか」

「何だと!? あそこは私の管轄では――いや、確かに図案を作成したのは私だが、作業がしづらく量も多いので、我々で済ませようとしている現場だぞ!」

「……非常にマズい状況かの。

 クレアはわんわんと一緒におるが、シンジは一人じゃ」

「わ、私は急ぎ城に戻って確認をしてくる! お嬢ちゃんは、急ぎシンジの所に向かってくれ!」


 そう言うや、ダヴィッドは近くにあった馬に乗り、大急ぎで城に向かって駆け始めた。

 片やイヴは落ち着いたものであった。近くにあった工事用の大ハンマーを握りしめ、何でもない道で足をもつれさせながら、ゆっくりとした足取りで“自由市場”に向かってゆく――。

※明日(3/30)の投稿は少しだけ遅くなり、恐らく20:30頃の投稿となります

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