第1話 城の中では……
一方――<巨神兵>が連れ帰り、“収容所”に投げ込まれたのは大公領の者・権力者の子だと分かるや、リーランドの城の中は騒然となった。
特に驚いたのは“収容所”を管理する宮中伯だった。そして次に驚いたのは、彼より火急の報せを聞かされた城の主・アリスである。彼女はそれを聞くなり、直ちに彼女の宰相職である“五老”を招集していた。
幸いにも、この日はウィザムの件について話し合う予定だったため、早急に人を集め、“事態”ついて対応にあたれたのは不幸中の幸いと言えよう。
“五老”と呼ばれるだけあって、席に就くのは五人いる。その中には、かのダヴィッドも含まれているのだが、ちょうど王女・クリアスに呼ばれているため、この席には参加していない。
残りの四人は、女王を中心とした六角形のテーブルについており、ああだこうだと結果の出ない議論を延々と交わし続けていた。
「すぐに大公領に報せ、釈放の準備をするべきだ!」
と、女王の右斜め前の席に座る灰色のくせ毛髪の男が声をあげると、
「何を言うか、〔フー〕殿! 民から山のように嘆願状がやって来ているのだぞ!
ここで然るべき処罰を与えねば、我が領の、ウィザムを初めとした周囲の村人の反感を買ってしまう!」
と、彼の右横、ちょうど女王の正面に座る緑髪の男が、腰を浮かせ気味にしながら大きな声をあげた。ウィザムの村の均衡を治めているのが彼であり、懐には嘆願が綴られた書状がチラりと覗いている。
それを宥めるように、その彼の右横に座る金髪の髪の男が口を開いた。
「〔アーブル〕殿の言葉も一理あります。
このタイミングで<巨神兵>が動いたのは、我々に取っても救われたかもしれませんね。
我々がああでもない、こうでもないと議論を交わしている間に、民の不満は増す一方でした……がしかし、コトは慎重を要する事態でありますれば、短絡的な措置は避けるべきかとも思います」
やれやれ、と長い金髪を大きく左右に揺らした。
それを見た、女王の左隣に座る男がややイラ立たし気に強い息を吐いた。
「まったく、この時期に……いったい誰が、相談もなく <巨神兵>を――あっ……」
思わず口を滑らせてしまい、周囲の男たちがジロりと彼に目を向けた。
現在、<巨神兵>を動かせるのはアリス女王のみとされており、それについて言及することは、己が仕える主君を咎めることとなるのだ。黒々とした短い髪が特徴的であったが、それが総白髪になりかねないほどの大失言である。
“五老”の中では一番若い彼は〔エミュー〕と言い、顔を赤くして視線を真下に落した。
しかし、女王は気にも留めず、毅然とした態度のまま口を開いた。
「動かしたのは、私ではありませんよ――」
「な……で、では、いったい誰がっ! <巨神兵>が動く理由はなかったはずですよ!」
驚愕の表情と共に声をあげたのは、灰色の髪をしたフーである。
元は黒髪だったのだろう、ロマンスグレーの髪の中には黒髪がまばらに残されていた。
彼は“五老”の中では二番目に古株であり、“女王の剣”の異名を持つほどの剣の腕を持つ。
そんなフーの言葉に、女王は片眉をあげた。
「――考えてもごらんなさい。もし私がしていれば、こうして貴方がたを集めてなんていないでしょう。
大公・“十二席”の一人、エスター家のご子息を筆頭とした彼らが、何らかの、看過できぬ行いをしたと考えてよろしいでしょうね。
今ここで話し合うべきことは<巨神兵>が動いたことよりも、その後の彼らの処遇についてです。大公家を刺激せず、かつ、我々を貶めようとしたことを焦点にして」
それに、さらさらと長い金髪をした〔ヴァン〕が大きく頷いて見せた。
この中では最も争いを好まない、冷静沈着な男である。
「まずは大公領に書状を送り、向こうの出方を窺うべきかと存じます。
怒り狂い、言いがかりをつけてくれば、こちらでの悪行の数々を盾に――。
切り捨てれば、何の言及もせず国元に返し、“貸し”を作るべき案も――」
ヴァンの問題は、案を出すが根本的な解決策を出さないことであった。
それは女王も熟知しているため、本人が気づいていない所で小さく息を吐いている。
「盾――と言えば、ダヴィッドは一体どこに?」
「クリアス様に呼ばれているようで……」とヴァンが言うと、ファーは
「こんな時にあの男はッ!」とイラ立ったように口にした。
“五老”には〔ソル〕と呼ばれる男がいたのだが、三十年前に事故で死亡している。
ソルとファーは領地が近かったのもあり、二人は仲が良く、その亡き友人の代わりとして入ったダヴィッドを快く思っていない。友の死には不審な点も見受けられたため、未だに『“五老”の席欲しさに暗殺した』とダヴィッドを疑い、毛嫌いしているのだ。
「あのような者は放って――」
『心配には及びません』
重い扉の前で突然声がしたかと思うと、両手で押し広げながらダヴィッドが部屋に部屋にやって来た。
万が一に備えて鎧をまとっているせいか、会議の場は一変して物々しい空気に包まれた。
ファーは鼻息を荒くしながら強く睨みつけも、“女王の盾”との呼ばれるだけあってか、ダヴィッドは一切動じていないようだ。
――女王の剣と盾はどちらが強いのか
これが近衛兵の酒の席では定番の話題であった。
だいたいは『盾が勝つ』との結論に至るのだが、フーにはそれが面白くないのも関係しているのだろう。
いつも敵意をむき出しにする彼に呆れ顔を浮かべながら、女王・アリスは口を開いた。
「遅かったのねダヴィッド。うちの娘がまた何かワガママを言ったんでしょう?」
「滅相もありません、女王陛下――。
しかし、そうですな……今回のクリアス王女のそれは、これまでにない最大のワガママかもしれませんね」
「あら、今度はどんなことを言って来たのかしら?」
「『此度の一件、わたくしが』と――大公領に書状を送られました」
「な、なんだと……ッ!?」
ファーはガタンッと椅子を倒しながら、驚愕の声をあげた。
それには他の者も同じで、母であるアリスも思わず立ち上がってしまっている。
「そ、それでいったい、あの子は何を……!」
「エスター家の当主・ジョアンを隠居させ、長男・ジュラルドの継承権を放棄。
捕らえた若者の中にオードリー家の次男もおりましてな、当時に当主とご子息の“心の病気”を国に通知する、と。
“十二席”の竜の翼と髭を切り落とすとは、いやはや実に大胆な決断でございます」
ファーを除いた、“五老”のメンバーの顔からさあっと血が引いて行くのが分かった。
「いったい何を考えておるのだ! そのようなことをすれば最悪、戦争だぞ!
大公領の軍は強大で、我が軍の三倍の兵を用意しているのだ!
攻め手に欠ける我が軍でどう戦う!
お前と王女が結託してやっている、妙ちくりんな絵で戦うのかっ? あの女崩れが描いた物で、足を止めさせるかっ? 戦争になれば、そんなのは意味ないぞ!」
「言葉が過ぎますよ、ファー殿。
しかし……その言葉はまことなのですか、サー・ダヴィッド」
「はっ、私がこの目と耳でしっかりと――」
女王の言葉に、ダヴィッドは胸に手をやりながら小さく顎を引いた。
しかし、ファーの動揺は治まるところを知らない。
「今すぐ呼び戻すのだっ! 早馬で送ったのなら、《コボルド》の犬どもを使えば間に合うだろう!」
「――それは無理でしょうな」
ダヴィッドは疲れたように、ふぅ……と息を吐いた。
ファーと会話するのには神経を使い、非常に疲れるのである。
アリスは『そのようなものが……?』と首を傾げ、ダヴィッドに答えを求めた。
「《コボルド》でも追いつけないほどの馬がここに?」
「最近、このリーランドにやって来てまして……非常に高い“料金”を請求されそうです」
「最近やってきた――まさか!」
とアリスは、ハッと息を呑んだ。
「ま、まさかっ、《ケンタウロス》族を頼ったと言うのかっ!
あ、あぁ……いったい、いったいどうしてそんな無茶なことを……」
ファーはよろよろとよろめき、がくりと机に手をついた。
「無茶と言いますか、そもそもあれらをリーランドに招き入れたのはその――クリアス王女でございますから」
その言葉を聞くや、今度は女王までも額に手を当てながら『何を考えているのクーリ……』と、深く腰掛けた椅子の上で、ひたすら娘の奇行を嘆くしかできなかった。




