第8話 導入者《イントルーダー》
突如現れた<巨神兵>に、進次郎とクレアは驚きを隠せなかった。
だがそれ以上に衝撃的だったのは、まさに鉄拳パンチを貰ったであろう“世直し組”のリーダー・ジャンが、<巨神兵>に片脚を掴まれ、ズルズルと引きずられて来る光景であった。
鼻血と前歯が折れているせいか、その顔の下半分は血だらけになっている。身体はぐったりと伸びきっており、乾いた土の上に腕を投げ出している。犯罪者、と呼ぶべきか定かではないが、その扱いが非常に雑だった。
立ちつくしている二人とすれ違う際、バケツをひっくり返したような<巨神兵>の頭が、唖然と立ち尽くす二人を見下ろした。傍に居たイヴはまるで憧れのアイドルに会ったかのように、言葉を失ったままフルフルと歓喜に打ち震えている。
「ご、ごくろうさまです」
進次郎もクレアも息をするのを忘れ、じっと見上げ続けた。
重厚な見た目のまま、重さも相当にあるようだ。頭部の目の部分に開けられた穴からは、混沌とした深淵の闇が覗いている。
進次郎はゆっくりと右手で敬礼のポーズを取ると、<巨神兵>の方もガチャリ……と金属が擦れ合う音を立てながら敬礼を返し、去ってゆく――。
しばしの沈黙を挟み、二人は呼吸を思い出したように呑み込んだ息をゆっくりと吐き出した。
「寡黙な奴だ……」
「あ、当たり前じゃないか……!
でも、どうして今になって<巨神兵>が……?
もし、リーランドが動いたなら――いよいよ荒れるよこれ」
クレアは<巨神兵>が去った方角を心配そうに見つめていると、平素に戻ったイヴが口を開いた。
「ああ、行ってしまった……ま、心配はいらんじゃろ、あれを動かしたのはシンジなんじゃし」
「お、俺が!?」
「<巨神兵>を動かせるのは王族、それも一部のみって聞いた――ま、まさか、シンジは王族の出なのかいっ!?」
「うんにゃ、これはただの阿呆な凡人じゃ。
ただ、どう言うわけか、<イントルーダー>の力の一部を持っておるがの」
「な、何だって! ……って、何だいそれ?」
クレアは気の抜けるような返事を返した。
その横では、進次郎が自分の手をじっと見つめ続けていた。先ほどまでクレアと握りあっていた右手が、ほんのりと赤く柔らかな感触が残っているぐらいであり、他には生命線が途中でとぎれているだけの、何の変わり映えのない手である。
「――アタシも聞いた話だけで、詳しい話は知らんがの。
得体の知れぬ物を持って来ては、“使い方”と言う意味を与えてここに広めたと言う。
シンジ。お主は恐らくその看板に“意味”を与えたじゃろ?
それに反した者にペナルティーを課す“何か”を。でなきゃ、あんなことは起きん」
「“意味”……?」
クレアも進次郎も腕を組み、これまでのことを思い返し始めた。
最初は、眼前に立てかけられた【安全地帯】の看板である。
それと同時に、リュンカが『不思議なことが起きた』と話していたのを思い出した。
(そう言えば、あの時は『中に女がいる時は、男が寄って来られないように』って祈っていたはず……)
クレアにもそれを話しており、結果――その通りとなった。
彼女の所に来たのは、想い人のウィルだけではなく、他の……彼女を密かに想っていた男も来ていたようだ。
奇しくもリュンカの父親・トマスの時と同じ状況である。気の弱いウィルは押しのけられ、リュンカの下に男が攻め寄った。しかしそれと違うのは、群がる男たちは【安全地帯】の看板を立てた際に描いた、白い“囲い”のラインを踏み越えられず、男の誰かが『越えてはならない気がする』と言葉を発した――と、リュンカは言った。
また、【横断歩道】に関しても、クレアは看板に描いたそれを踏みながら進次郎の下に渡って来た。また地面に描いたそれは、近隣の者が『そこを使わないといけない気がする』と言う。
(で、直近ではワンコの【スリップ注意】の盾か……?)
ワンコに絵の意味を説明した時、『“この先は滑るから気をつけろ”と言う意味だ』と話した。
そして、その結果――ワンコとすれ違った男たちが、次々とスリップした。
「まさか……【道路標示】に反すれば、“ルール違反”になる。
ワンコのような【注意看板】は、デザイン通りの“意味”が起きる――ってことなのか?」
「それなら、馬車に描いたあの“矢印”の説明がつく……ね。
どういうわけか、あのボンクラどもはその“矢印”の方向に行かされ、巣に帰れなかったようだしさ」
クレアの言葉に、進次郎は馬車の方向を見た。
馬車は山の上の登り口、左脇に置いてある。恐らくトラックの荷台に【矢印看板】を乗せた“規制車両”と同じ意味となってしまったのだろうか。
それに、クレアは腕を組んだまま顎に手をやり、首を傾げ始めた。
「でも、どうしてアイツらは【矢印】には従って、この【安全地帯】には従わなかったんだい?」
「ワンワンが馬に突っ込ませたからじゃろ。
まぁ、それだけで重罪にはならんじゃろうし、先ほどシンジが言った『飲酒』やら色々コンボで、累計アウト喰らったのじゃろう。
まったくつまらん“制約”じゃ、馬上で酒を飲むのがいいのじゃと言うのに……」
「あー、なるほど……」
イヴの言葉に、ワンコもドヤ顔で吠えた。
「うーん、それにしても、わんわん族はやっぱり可愛いのうーっ!
このモシャモシャの毛、ちょっとモフらせるのじゃっ!」
「ウォン!」
ワンコは身をかがめると、イヴはそれに飛びつくように抱きつき、獣の身体に顔を埋めた。
空気を全て吐き出し、陽の香り混じりの温かな野生の匂いを胸いっぱいに満たすと、幼いながらも恍惚の表情を浮かべ始める。
また、ワンコも立てた耳を後ろに引き、イヴの頭の匂いを嗅いでは涎を垂らす。その姿はまるで、幼女を捕えたケダモノのようであり、進次郎とクレアはわずかに危機感を覚えた。
「さっきの奴らの中にも、ロリコンっぽいのがいたからな……うん」
「わ、ワンコ……おかしな気を起こすじゃないよ?」
それを聞いたワンコは慌て、ブンブンと首を振った。
「美味そうな、牛の匂い? よりダメじゃないか……?」
「美味そうな牛じゃと? ――ふむ? ああそうかっ、モウモウ族の臭いか!
……え? もしかして、わんわん族ってあれ食うの? ……マジで?」
イヴの言葉に、ワンコは『その通りだ』と言うかのように、大きく吠えた。
「モウモウ族……?」
「多分、《タウロス》族だよ。王都にもチラホラと牛頭のゴツい奴がいただろう?
あれらはドワーフと共存していて、採掘・伐採・運搬と力仕事をやっているんだよ。
この辺りでも荷物運びとか、荷車押しとかやってるのもいるね」
「なるほど、パワー系なら確かにドワーフと相性が良さそうだ」
進次郎は頷き、<巨神兵>が消えた山――リーランド王都方面を望んだ。
一つの解を見つけたものの『他に<イントルーダー>と呼ばれる存在はいるのか』との、新たな疑問だけがそこに浮かびあがっている。




