↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
11/91

第2話 王都へ――

 月に厚雲がかかる夜の中、《コボルド》の馬車が駆け続けていた。

 二日目、三日目は、聞かされていた通りの悪路――乗り心地は最悪どころではなく、崖から転がり落ちているのではないかと思えるほどの道に、酷い“悪夢”を進次郎は味わされていた。

 赤いランタンを掲げただけの馬車は、速度を落とさずどんどんと突き進んでゆく。

 夜通し走ることができるのは、夜目が効く犬の獣人ならではだろう。

 最悪の悪路は抜けたらしいものの、ここから目的地まで車内泊となるらしい。


(あの日も確か、こんな南風(まぜ)が吹いていたな……)


 進次郎は、死(・)ん(・)だ(・)日のことを思い出していた。

 あれは、三月の年度末の工期が差し迫っていた――連日の悪天候、舗装業者が遅れたのが原因で、夜間も作業せねば間に合わないほどであった工事だ。

 その日は異様に暖かい夜だった。中着を脱ぎにトラックに戻り、安全ベストを手にしながら、投光器が照らす施工箇所に向かおうとした、まさにその時――白い光が、彼の背を照らしつけたのだ。


(避けられ、なかったな……)


 記憶の扉が開かれ、様々な感情がフィードバックしてくる。

 気がついたら地面に横たわっていた。その時は思い出せないが、揺れる光、点滅する赤い光の中で――身体がぐいと引っ張られたのを思い出せた。

 ほどなくして、白く眩い光に包まれる。恐らく救急車の中だろう。

 傍らで何かを話し合う声がし、くすくすと女の笑い声が起こった。


 ――笑う?


 救急車で? と、自身の記憶に首を傾げた瞬間であった――。

 赤い光が身体中にまとわりつき始め、突然ねっとりとした液体へと姿を変え始めた。

 手で拭えばそれがぬるり広がり、手の平にもべったりと絡み付いてくる。

 血で血は拭えない。……にも関わらず、“死の恐怖”から目を背けようと、手はそれを拭おうとした。

 しかし、何度やっても結果は変わらなかった。


『ねぇっ、大丈夫かいっ!?』


 顔のどこかに感じる痛みが、彼のそれを和らげた。

 まだ生きている、そう告げてくれる気がしたからだ。


『ねぇ……ねぇってばっ!』


 誰かの視線を感じるが、そこに浮かぶ顔はぼんやりとしており、ハッキリとは見えない。


(女……? いや、どこかで見覚えがあるような……)


 進次郎は目を思いきり広げ、それを確認しようとした時――


「起きてってばっ!!」

「――う……くれあ?」

「ああ、よかった……急に呻き始めるんだもん……。心配したよ……」

「呻き……?」


 クレアの心配そうな目に、進次郎は自分の身体を確かめ始めた。

 外を見ている内に眠ってしまっていたのだろう。馬車を止め、心配そうな目を向ける《コボルド》に手を出しながら謝ると、進次郎は深く息を吐いた。


 わずかな間を置いて、馬車は再び動き出した。

 空はいつしか薄く白み、黒い山の輪郭が鮮明になろうかとしている。

 “悪夢”のせいであろうか。清々とした風景に対し、頭はぼうっとして重く、身体もどこか気だるいままだ。

 当然、血などは一滴も流れておらず、そこに感じられるのはベタベタとした汗だけである。そっと胸に手をやれば、ヒヤリと冷たいものが感じられた。


「また、あの時の夢か……。はぁ……」

「起きないし、ずっと呻き続けているしさ。ホント、ビックリしたよ……。

 ほら、少しじっとしてな――」


 クレアはポケットからハンカチを取り出すと、進次郎の顔に浮かぶ汗をそっと拭い始めた。

 女性らしい仕草だった。子供のような扱いが恥ずかしくあったが……彼女の母親のような優しい手つきに、つい身を任せてしまう。


「……怖い夢でも見たのかい?」

「ああ……これまで何度も見てきたけど、今日は特に鮮明だった」

「そう――」

「ちょ、ちょっとっ!?」


 クレアはすっと手を伸ばし、進次郎の頭を胸元にぐいっと引き寄せた。

 むにっと柔らかな胸元に押し付けられ、慌てて頭を上げようとするも、彼女はそれを許そうとはしなかった。


「――私も怖い夢を見た時は、よく父さんにこうしてもらったんだよ。

 そこで、どんな内容だったか話すと……不思議と、何で怖かったのかと思えてくるんだ。

 聞いてあげるから、シンジもためしに話してごらんよ」

「あ、ああ……だけど、その……」

「変な気は起こすんじゃないよ?」

「わ、分かってる――」


 クレアの腕が痛い――とは言えなかった。

 それ以外では、じっとりと汗ばんでいるシャツも、間近に感じられる彼女の匂いも不快ではない。逆に気持ちが落ち着くような安心感が、そこにあった。

 そのおかげか『悪夢にしておけばいい』ような内容であっても、彼女になら全てを話せる気がしていた。


「夢ではなく本当の話だ――」


 彼女の胸の中で、ポツリ……ポツリ……と、“事故当時”の内容を話し始めた。

 案の定、眉根を寄せるクレアであったが、次々と語られる言葉に嘘偽りがまるで感じられず、次第に真剣な目つきに変わってゆく。


「――ってことは、あれかい?

 アンタは“ニホン”って世界から来たってのかい?」

「世界じゃなくて、国だな。

 世界で言うと何だ……ちー……きゅう、か?」

「“チーキュ”?」

「確かに、道路交通に関係してるけども……」


 それだと別の生命体になってしまう、と続けた。


「まぁ……信じられない話かもしれない、けど」

「確かにそうだね……。

 でも、シンジのこれまでの言動を顧みれば、納得も出来る。

 今は、頭ごなしに否定しないよ」

「……助かるよ」


 進次郎の言葉に、クレアは少しだけ強く腕に力をこめた。

 何か引っかかるものを感じていたが、その原因がハッキリと分かったようだ。

 恥ずかしいのか、進次郎は離れようとしているが、面白いからそうはさせない。


「くおおおお――っ!?」

「あっはっは! この程度も離せないとは情けないねぇー」


 ガッチリと頭をロックしたクレアは、してやったりと言った顔で大笑いしていた。


 ・

 ・

 ・


 それから数時間――陽が昇ると共に、目的地の王都【リーランド】がその姿を見せようとしていた。


「で、デカくないか……!?」

「ふふーんっ、凄いだろうっ!」


 鼻を高く突き出すクレアの傍らで、進次郎は言葉を失ってしまっていた。

 眼前に広がるそれは、まるで高い壁に覆われた白い岩山のようだ。

 円錐状の山の形状にあわせ、白壁の大小様々な建物が軒を並べている。

 その頂(いただき)には、ひときわ存在感のある城が天に向かって伸びる――。


 ――モン=サン=ミシェル


 第一印象はそれだったが、それよりもまだまだ大きいようだ。

 漠然としたイメージしか持っていなかった進次郎にとって、それは衝撃的な“巨大都市”に映る。

 開いた口がふさがらない進次郎に、クレアは誇らしげに胸を張った。


「どうだい! これがこの国の中心となる街だよ!」

「こ、こんな所で商(あきな)いをやってるてのか……どの辺りなんだ?」

「うっ……ま、まぁ、そうだね……あの辺りだよ」

「……指さされても全く分からんし、わざと揺らしてない?」

「き、気のせいだよっ! ま、分からないなら残念だねっ!

 ……って、ワンコは速度緩めなくていいから、さ、さっさと向かうんだよ!

 混むと面倒なんだからねっ」


 速度を落とした《コボルド》は楽し気に『ウォウォン』と吠えると、再び馬を繰り始めた。

 冷や汗を浮かべているクレアの言葉通り、城壁がじわじわと大きくなり始めると共に、大小様々な馬車が並走する場面も多くなろうかとしている。

 馬の数が四頭の馬車は速く、次々と自身の乗る馬車を追い越してゆく。

 中には、ラッパを吹いて煽り立てながら追い越してゆく者や、罵声を浴びせながら駆けて行く者も少なくなかった。

 そのような輩が通り過ぎてゆくたび、クレアは睨みつけるような目を外に向ける。


「――ったく、輸送屋どものガラ悪さったら、ありゃしないよ」

「やはり六十くらいのオッサンは、皆ああなるのか……?

 そういや、馬を繰るのは《コボルド》じゃなくて、オッサンばっかりだな」

「ああ、駅馬車とか近郊の町からとかは人間で、遠距離や郵便とかはワンコの種族が多いんだ。

 っと、噂をすれば――そこにある金の装飾を施した黒い小型の、あれが郵便馬車なんだよ」

「へぇ……ってことは、危険が伴う仕事は《コボルド》が、比較的安全なのは人間がするのか」

「お、よく分かったね?

 彼らは温厚だし、仕事にも忠実だから、街の治安維持などを任されているんだよ」

「街の治安維持……お巡りさん的なものか」


 それに《コボルド》は誇らし気に吠えた。

 経済活動も活発なのか、向かう馬車も多ければ、向かってくる馬車も当然多い――。

 だが“譲り合いの精神”なるものがないのだろうか。どちらも我先に突っ込んでゆく者同士による“衝突”によって渋滞が生み出されてしまっていた。

 事故ではない。人間同士の汚い罵り合いが、向こうの方から喧々とした声がしている。


「チッ、またかい……。

 この時間、この場所だと……後二時間は覚悟した方がいいだろうね」

「これ、向こうから来る奴が悪いのか?」

「いや、そんなことはないよ?

 我先に自分勝手に進もうとする奴が、この渋滞を生んでるのさ」

「幅員十メートルほどだし、片側一車線ぐらいは十分取れるだろ……?

 何で、どっちも学生の自転車通学みたいに横に並んで道塞ぐんだ……」

「アンタは一体、何の話をしてるんだい……?」


 クレアは進次郎の言葉がまるで分からず、きょとんとした表情をしている。

 道路設計に関しては別であるため関与しないが、そこで指示された図示表示を描いてゆく仕事をして来た――。

 規定された車の幅は、最大二・五メートル。道路の一車線の幅は、片脇に一・五メートルの“余白”を取り、三から四メートルの幅で線を引くのが基本である。

 見たところ、この国の馬車は前には長いが、横幅は二メートル程度が平均と言った所だろう。最低幅三メートルの車線を設けても、十分すぎるほどの余裕が生まれるはずだ。

 一車線では数珠つなぎになる可能性が否めないが、少なくともどちらが退くかでモメる事はないはずだ――と、進次郎は考えていた。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。