第1話 夜渡り
作業服姿の男は、星のない夜空を見上げていた。
夜間作業は辛い。慣れていない者にとって、それは絶えず眠気との戦いとなる。
春の足音が近づいていれば尚更だろう。
このまま眠ってしまおうか……と思い、瞼を閉じようとした途端、急に大きな声が響いた。
――しっかりしろ?
耳に空鳴りのような低い音が響き続けているせいか、言葉がよく分からない。
何事か、と閉じかけた目を薄っすらと開いた。赤いダイオードが点滅するベスト、黄色いヘルメットを被った中年の男が世界に映った。
誰だったか、と思い出そうとしていると、更にその背景に、白いヘルメットを被った者の姿が駆け寄って来るのが映る。バタバタガラガラと音を立てて。
――ああ、そうか
その瞬間、男は散り散りになっている記憶の糸――その中の一本を掴んだ。
あっ、と思った時にはもう地面に横たわっていた。その時の瞬間は思い出せないが、地面に頭が叩きつけられた瞬間、『これはダメだ』と悟った。
だから、冷たい灰色の道路の上で横たわっている理由や、這い寄ってくる“モノ”に気づかぬまま眠りたかったのだ。
――だから、夜間作業は嫌いなんだ
どこまでも深い夜空を背景に、赤色灯がチカチカと光っている。
澱む闇の滞留に五感は失われ、言葉を紡ぐ唇はもう動く気がしない。
ごぽごぽと沈んで行く意識の闇は、いったいどこに繋がっているのだろう。
世界が閉じられる直前、男は美しい天使の微笑みを見た気がした。
※色々つたない部分があるかと思いますが、最後までお付き合いくださいますようお願い申し上げます。