一章 1-8
慶仁はそれとなくフォローをこころみる。
「まあ、当時のマスコミの煽りっぷりもすさまじいものがあったみたいだよ。この時代なら婚活だっけ? それ並みのものじゃなかったとかって授業で習ったんだ」
だが返ってきたのは、小さくぼそぼそ話す慶人の声だった。
「じゃあ俺もマスコミに乗せられたひとりってことか……」
「いや、そうじゃないけどさ……」
慶仁は全然フォローになっていなかったことにこまり果てた。
「慶仁」
突然の智世のおちついた声に、慶仁はギクリとする。
「いまはよかったけど、くれぐれも必要最低限以外の未来の情報を言っちゃダメだから」
「う、うん。わかってるよ」
「どうだか」
智世はつんとそっぽを向いた。
「仲が悪いのか?」
ふたりのやりとりを聞いていた慶人が、顔を上げて何気なく慶仁に訊く。
「まあ……ね。小学校高学年か中学校ぐらいだったかな。智世姉が俺に対する態度が冷たくなったのは」
慶仁は智世を一瞥してからため息をつき、しみじみ述懐する。
「ちっちゃいころはよかったなぁ。智世姉なんか泣き虫だったけど、それはそれはかわいらし」
「慶仁!」
智世が恥ずかしさで顔を赤らめながら、怒鳴ってさえぎった。
「ごめんなさいごめんなさいごめんなさい!」
慶仁はごめんなさいに合わせて頭を下げ続ける。
「な、なるほどね」
「なにが『なるほどね』よ」
智世はジロリと慶人をにらむ。慶人は咳払いをし、その場をつくろった。
「とにかく、ふたりのことは大体わかった。とくに智世は大変だっただろう。おそらくはさっき慶仁が言ってた時期に、その静莉とかいう奴に何かされたんだろう。そして、決定的なことが起こった、と。ただ、言いたくないなら言わなくてもいい。ムリする必要はないからな」
「……わかったわ」
表情をいくぶんやわらげて智世は首肯した。
「さてと、えなもいつまでもばあちゃんばあちゃんって呼ばれたくないよな」
慶人はえなに同意を求めると、えなはあっさりうなずいた。
「あたし、まだしわしわのおばあちゃんじゃないもん!」
えなのストレートな発言に、三人はいっせいに笑い出した。
「そうだな。えなの言うとおりだ。というわけで俺も十代でじじい呼ばわりは嫌だから、せめて名前で呼んでくれ」
ひとしきり笑ったところで慶人が要望を言う。すかさず慶仁が応じた。
「じゃあ、じいちゃんは慶さんで、ばあちゃんはえーちゃんでいい?」
「問題ない」
「おっけーだよ。じゃあ、あたしも! えっとね、けーちゃんはいるから、けーくんにちーちゃんでいい?」
えなは慶仁と智世を順番に指差しつつ訊いた。
「うん、とってもいいよ」
「さすがおばあ……じゃなかった。え、えなちゃんね」
智世は恍惚とした表情でえなの頭は優しくなでた。智世になでられてすっかり機嫌がよくなったえなは、無邪気に笑った。
「ちーちゃん、あたしのことはえーちゃんでいいよ」
「いいの? そ、それじゃ、そう呼ぶね。……えーちゃん」
「はーい。よくできましたー」
えなが智世の頭をなで返し、智世は至福のひとときを味わう。
「智世、俺は?」
「慶人」
智世の声はふにゃっとしていて、とても同一人物とも思えないほどの力の抜けたものだった。
「俺は呼び捨てかよ!」
慶人のツッコミはまったく智世には届いていなかった。
「慶さん、いまはこのままにしておこうよ」
笑顔に戻っていた慶仁は苦笑を作って諌める。
「そうだな……」
あきらめた慶人は息を吐くと慶仁とともに、女性陣をほほえましく見やった。
こうして慶人は、未来から来た――と言い張る――ふたりの孫との奇妙な同棲生活が始まった。
「……にしても、いちゃいちゃするねぇ」
「そうだな……」